日本型インクルーシブ教育を支える特別支援学校のセンター的機能の今

はじめに

 文部科学省は、特殊教育から特別支援教育への移行の際に、特別支援学校が地域の小・中学校を積極的に支援すること、つまり特別支援学校が「センター的機能」を発揮することの必要性を示しました。
 日本型インクルーシブ教育、正式には「インクルーシブ教育システムの構築」では、障害がある子どもとない子どもが同じ場で共に学ぶ仕組みを目指しつつ、特別支援学校や特別支援学級といった「多様な学びの場」を用意し、子ども一人ひとりの状態に応じた柔軟な教育を提供することを方針としています。この枠組みでは、障害がある子どもが通常の学校に在籍することについては、本人や保護者の意向を最大限尊重して最終的には市町村教育委員会が就学先を決定することになっています。こうした仕組みのもとで少なくない数の障害がある子どもが通常の学校で学んでいます。その場合、通常の学級における教員のマンパワーや専門的な指導体制の整備が課題となってきますが、実際に十分な対応が困難な場合もあるようです。特別支援学校から積極的な支援を受けることができれば、より適切な対応が可能となります。インクルーシブ教育システムの構築を推進するために特別支援学校のセンター的機能の一層の充実が期待されます。
 このセンター的機能については、本稿の<Vol.07(2020.08.25)>(*1)で紹介したのですが、それから6年近く経過しています。次期の学習指導要領改訂を目指して中央教育審議会特別支援教育ワーキンググループ(以下WGと記す)で検討されていることもあり、この話題を取り上げることにしました。

センター的機能とは

 学校教育法の第4条を確認しておきましょう。

 特別支援学校においては、第72条に規定する目的を実現するための教育を行うほか、幼稚園、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校又は中等教育学校の要請に応じて、第81条第1項に規定する幼児、児童又は生徒の教育に関し必要な助言又は援助を行うよう努めるもののとする(*2)

 ここには、特別支援学校が通常の学校の要請に応じて支援を行うことが盛り込まれています。このことを受けて、特別支援学校小学部・中学部学習指導要領には、第1章第6節 学校運営上の留意事項として次のように記されています(*3)

 小学校又は中学校等の要請により,障害のある児童若しくは生徒又は当該児童若しくは生徒の教育を担当する教師等に対して必要な助言又は援助を行ったり,地域の実態や家庭の要請等により保護者等に対して教育相談を行ったりするなど,各学校の教師の専門性や施設・設備を生かした地域における特別支援教育のセンターとしての役割を果たすよう努めること。その際,学校として組織的に取り組むことができるよう校内体制を整備するとともに,他の特別支援学校や地域の小学校又は中学校等との連携を図ること。

 2005年(平成17年)に示された「特別支援教育を推進するための制度の在り方(答申)」には、センター的機能の具体的な内容として具体的に次のような機能が示されています。

小・中学校等の教員への支援機能
特別支援教育等に関する相談・情報提供機能
障害のある幼児児童生徒への指導・支援機能
福祉、医療、労働などの関係機関等との連絡・調整機能
小・中学校等の教員に対する研修協力機能
障害のある幼児児童生徒への施設設備等の提供機能

 筆者は、国立特別支援教育総合研究所に在職中、こうしたセンター的機能の内容について検討する開発的研究に係わっていました(*4)

センター的機能の活用状況

 センター的機能の取り組み状況について、文部科学省では2009年(平成21年)から2015年(平成27年)まで毎年調査を実施し、その結果をホームページに公開していました(*5)
 その実施がほぼ定着したためでしょうか。2016年(平成28年)度以降は単独課題での調査は実施されていないようで、特別支援教育に関連する総合的な調査の中で扱われています。「令和4年度 特別支援教育に関する調査」には、2021年(令和3年)度に実施した特別支援学校のセンター的機能の取り組みに関する状況調査の結果が示されています(*6)
 この調査結果では相談件数、校内体制の整備状況、(図1)、取り組みの内容(図2)など量的側面での達成状況が示されています。センター的機能を主として担当する分掌・組織を設けている特別支援学校は97.0%(前回値:96.3%)に達していました。設置が求められている特別支援学校がほぼ対応しているといえます。


図1 2021年度におけるセンター的機能の取り組みの内容(*6)
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20231020-mxt_tokubetu02-000032348-1.pdf

図2 2021年度におけるセンター的機能のための校内体制の整備(*6)
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20231020-mxt_tokubetu02-000032348-1.pdf

 この調査では、センター的機能の内容の一つである小・中学校等の教員からの相談及び自校の在籍ではない幼児児童生徒及び保護者からの相談に対応している特別支援学校も9割以上に達していました。2021年度の相談延べ数は、小・中学校等の教員からの相談が110,387件、子ども及び保護者からの相談が92,998件に上っていたということです。この調査報告からは、国公立の特別支援学校のほとんどには対応する部門(分掌・組織)が設けられていること、通常の学校からの相談に特別支援学校がしっかり対応していることが伝わってきます。すでに、外形的な整備は一応整ったといってよいようです。
 他方、通常の学校では、どれだけ特別支援学校のセンター的機能を利用しているのでしょうか。中央教育審議会第8回特別支援教育WGで配布されて資料によると、小学校で66.8%、中学校で63.3%、高等学校で44.7%の学校が特別支援学校の支援を受けているということです。支援を受けていない学校は、小学校で16.4%、中学校で17.5%、高等学校で15.3%となっており、各学校段階の4分の1は支援を受けていないということがわかりました。実際に支援の対象児童生徒がいないという学校が小学校で16.7%、中学校で19.2%、高等学校で40.0%ありました。しかし小、中学校に在籍していて特別支援対象である児童生徒が8%を超えている現状からすると、これらの中にも本来は特別支援学校と連携した方が望ましいと思われる学校も含まれている可能性があるように思われます(*7)


図3 特別支援学校のセンター的機能の活用に関する状況(*7)
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20260421-mxt_tokubetu01-000049220_009.pdf

中教審WGでの検討状況

 次期学習指導要領の策定に向けて、中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会で審議が進められています。特別支援教育関連については、特別支援教育WGで検討されています。センター的機能に関する課題については、2025年(令和7年)10月9日に開催された第1回特別支援教育WGで次のように示されていました(*8)

通級による指導に関する課題
 特別支援学校のセンター的機能を活用した助言や援助を受けることができておらず、障害の状態等に応じた適切な指導に課題を抱えている学校もある。
特別支援学校に関する課題
 障害の早期発見・早期支援の更なる充実に向けた、センター的機能を発揮した乳幼児期を含めた相談体制の充実等も必要。
高等学校に関する課題
 特別な教育的支援を必要とする生徒が高等学校においても急増している現状を踏まえ、個々に応じた適切な指導や必要な支援の実現に向けた方策について、特別支援学校のセンター的機能の活用も含め、どう考えるか。

 第8回特別支援教育WGでは、以下のような検討の方向性が示され、議論されました(*7)

小・中・高等学校の学習指導要領に関して

  • 総則に、センター的機能の活用に係る規定が設けられているものの、解説において、具体的な活用場面に即した記載がなされておらず、センター的機能を活用して考えられる取組について具体的に記載することなどを検討してはどうか。

特別支援学校の学習指導要領に関して

  • 特別支援学校には、特別支援教育に関する相談や情報提供、教師への支援のみならず、小・中・高等学校の教師への研修協力や、医療、福祉、労働等の関係機関等との連絡・調整についても期待される旨、特別支援学校によるアウトリーチ的な取組も期待される旨を解説等において記載してはどうか。
  • 小・中・高等学校において体制整備が課題となる弱視や難聴などの子供たちが在籍している場合、視覚障害や聴覚障害の特別支援学校が確実に域内の弱視や難聴の子供たちへの支援体制を構築することが期待されている旨も解説等で記載してはどうか。
  • 障害のある乳幼児に対して、障害の早期発見と早期支援を進めていくことも必要であり、特に視覚障害や聴覚障害の乳幼児に対する支援において、特別支援学校が担う役割はこれまで以上に期待されていることから、解説において、乳幼児教育相談の充実についても言及を図ってはどうか。

 そして、直近の5月28日に開催された第9回特別支援教育WGでは、これまでの議論を踏まえて取りまとめ骨子案(イメージ)が示され、特別支援学校のセンター的機能の充実について、次のように整理されていました(*9)

  • センター的機能を活用して考えられる取組について、具体的な活用場面に即した記載などを、小・中・高等学校の解説等で示すこと
  • 特別支援学校にアウトリーチ的な取組も期待されることや、小・中・高等学校において体制整備が課題となる弱視や難聴などの子供たちが在籍している場合には、特別支援学校が確実に支援体制を構築することが期待されている旨を特別支援学校の解説等で示すこと
  • 障害のある乳幼児に対して、障害の早期発見と早期支援を進めていくことが重要であることを踏まえ、特別支援学校の解説において、幼児教育相談の充実についても示すこと

 特別支援教育WGでのセンター的機能討に関する検討の流れはおおよそ上記のとおりですが、センター的機能の一層の活用に向けた周知や特別支援学校における支援や相談機能の一層の充実といった、いわば量的な側面での充実を図るという方向でまとめに向かっているようです。

おわりに

 これまでの文部科学省のセンター的機能に関する調査においても、普及という観点から量的な側面での拡充が重視されていたように思います。特別支援学校のセンター的機能に求められている「地域の小・中学校を積極的に支援」するためには、支援を受ける小・中学校側にとっての充足度や、相談や支援の有効性等の質の側面のレベルアップを図っていくことも大切になってきます。
 筆者らが2016年に実施した小学校を対象とした調査では、センター的機能が概ね有効に働いていることが把握できた一方で、特別支援学校からの支援に対してその質に不満を示す回答もありました(*10)。それらは、小・中学校の実情を考慮しないアドバイスや一方的な支援に戸惑ったというものでした。
 センター的機能について量的な側面から一層の充実を図ることはもちろん大切なことですが、「インクルーシブ教育システムの構築」において、インクルーシブ教育の理念の実現に向け、障害がある子どもと障害がない子どもが可能な限り共に教育を受けられるように条件整備を行うためには、センター的機能の質のレベルアップも欠かせません。中教審のWGでは、実現可能性のある改善の方向性を示すことに尽力していますが、質的な面も含めて検討が進んでいくことを期待したいと思います。

*1:日本文教出版(2020)「学び!と共生社会 <Vol.07> 小・中学校等のインクルーシブ教育と特別支援学校のセンター的機能の活用」
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/inclusive/inclusive007/
*2:学校教育法
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000026#Mp-Ch_8-At_74
*3:文部科学省(2017)「特別支援学校小学部・中学部学習指導要領」(第1章第6節3)
https://www.mext.go.jp/content/20200407-mxt_tokubetu01-100002983_1.pdf
*4:国立特別支援教育総合研究所リポジトリ(2025)「特殊教育諸学校の地域におけるセンター的機能に関する開発的研究(総説編)」表紙、目次
https://nise.repo.nii.ac.jp/records/2001254
*5:文部科学省(2009~2017)「特別支援学校のセンター的機能の取組に関する状況調査関連」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/1343892.htm
*6:文部科学省(2023)「令和4年度 特別支援教育に関する調査結果について」
https://www.mext.go.jp/content/20231020-mxt_tokubetu02-000032348-1.pdf
*7:中央教育審議会 特別支援教育ワーキンググループ(第8回)(2026)「【資料4】第8回特別支援教育ワーキンググループの検討事項」
https://www.mext.go.jp/content/20260421-mxt_tokubetu01-000049220_009.pdf
*8:中央教育審議会 特別支援教育ワーキンググループ(第1回)(2025)「【参考資料1】特別支援教育ワーキンググループ 参考資料集」
https://www.mext.go.jp/content/20251007-mxt_tokubetu01-000045071_011.pdf
*9:中央教育審議会 特別支援教育ワーキンググループ(第8回)(2026)「【資料1】第9回特別支援教育ワーキンググループの検討事項」
https://www.mext.go.jp/content/20260528-mxt_tokubetu01-000050228_003.pdf
*10:香川邦生・大内進編著(2021)『インクルーシブ教育を支えるセンター的機能』慶應義塾大学出版会

「ゆうたくんとたくろうさんのこんぺいとう」 ―「本音」と「本気」を大切にした道徳授業(第4学年)

1.はじめに

 私はこれまで計14校の教壇に立ち、自作を含め100以上の教材で500人近い子どもたちと道徳の時間を共にしてきました。その中で私が大切にしているのが、「本音」と「本気」です。
 子どもたちの「本音」に寄り添う:道徳の時間は、単なる「正解の確認作業」ではありません。きれいごとを疑い、「どうしてそう思うの?」と問い返すことで、迷いながら絞り出される言葉の中にこそ子どもたちの「本音」が宿っています。教師が肩の力を抜き、子どもたちの言葉に寄り添うことで、教室は安心して本音をさらけ出せる場へと変わります。
 波及する教師の「本気」:教師自身が本気で行動する姿を見せることも重要です。私が初めて教材を作ったのは、冬のマラソン大会がきっかけでした。マラソンの練習を見学してばかりの子どもたちに対し、飛び込み競技の玉井陸斗選手の映像(わずか2秒の演技のために毎日6時間の猛練習を積む姿)を見せ、子どもたちと「なぜ、こんなに頑張れるのか」を考えました。さらに私は玉井選手本人へ手紙を書き、いただいたお返事を授業で紹介したところ、子どもたちは自ら校庭へ走り出し練習に励むようになりました。「先生も本気だったから」という気付きが、教師と子どもの心を一つにしたのです。
 今回は「本音」と「本気」を大切にして行った教材作成と授業実践についてご報告します。

2.実践報告

 小学4年生(22名)のクラスで、神奈川県の小学5年生の体操選手・木川裕太さんをゲストティーチャーに招いた授業実践

(1)本実践の経緯(教材文「ゆうたくんとたくろうさんのこんぺいとう」の作成)

 神奈川県横須賀市の体操クラブを見学する機会があり、そこで出会ったのが小学5年生の体操選手である木川裕太さんでした。コーチの励ましを受けながら、手の痛みに負けず、つり輪の技に何度も挑む裕太さんの姿が、糖蜜をかけて少しずつ大きくなる「金平糖」のようだと感じた私は、このときの体験をもとに「ゆうたくんとたくろうさんのこんぺいとう」の教材文を作成しました。
 その後、全国大会での裕太さんの競技を観戦する機会を得ました。彼は最初の種目(あん馬)で最下位(72位)となりながらも、直後のつり輪で暫定1位の得点を出し、最終的にはつり輪で3位に入賞しました。このときの彼の心境や決意、覚悟を裕太さん本人と子どもたちとで一緒に考えたいと思い、学校にお招きしました。

(2)授業展開(全4時間)

1時間目(道徳):裕太さんと直接会う前に自作の教材文「ゆうたくんとたくろうさんのこんぺいとう」を用いて授業を行いました。あえてタイトルの「こんぺいとう」の意味には触れず、子どもたち自身に解釈の余地を残しました。裕太さんの体操に打ち込む姿勢について、子どもたちは自分には真似できないと感じたり、逆に自身の打ち込む競技に置き換えて熱弁したりと、深く思考を巡らせていました。

「ゆうたくんとたくろうさんのこんぺいとう」

≪あらすじ≫
 暑い夏の日、小さな体操クラブで、ゆうたくんはコーチのたくろうさんの熱心な指導のもと、吊り輪や鉄棒などの体操の練習に励んでいます。ゆうたくんは何度も落ちてはすぐに立ち上がり、悔しさや痛みに耐えるような表情を見せながらも懸命に練習を重ねていきます。
 そのひたむきな姿を見守る「僕」は、「自分はひとつのことをこんなに積み上げたことがあっただろうか」と自身の人生を振り返るほど心を打たれます。そして、ゆうたくんの努力の積み重ねを、小さなザラメの粒に糖蜜をかけてできる「こんぺいとう」に重ね合わせます。

2・3時間目(体育):裕太さんが神奈川県から北海道まで来校しました。彼が美しい技を披露し、手押し車や倒立などの練習を共に行うと、体育館は競技会場のような熱気に包まれていました。子どもたちは自らアドバイスを求め、前のめりになっていきました。


4時間目(道徳):裕太さんを囲んで円のかたちになり、彼の「気持ち」や「心境」を深掘りする授業を行いました。裕太さんから話を聞くだけの学習にならないよう、子どもたち自身が彼の立場に立って考えたり、問いを投げかけたりして、裕太さん本人との対話を通して学びを深めました。

  • 内容項目
    A[希望と勇気、努力と強い意志]
  • 主題名
    やり抜く強い意志
  • ねらい
    小学5年生の体操選手・木川裕太さんの全国大会での体験について、本人と語り合うことを通して、自己決定に支えられた強い意志の在り方に気付き、自分が決めた目標に向かってやり抜こうとする道徳的実践意欲を育む。

教師の問い

児童と裕太君の対話の深まり

72位から1位という出来事をどう捉えるか。

裕太さん自身が「滅多に起こらないこと」と客観視したうえで、「奇跡を引き寄せる」可能性を感じていた。

応援があれば頑張れるのか。

周囲の声(外的要因)はブーストにはなるが、根本には「頑張ろうとする自分」(内的要因)がある。応援=元気球と表現していた。

なぜ努力し続けられるのか。

才能ではなく「(5年前に)自分でやると決めた」という自己決定が、5年間の継続を可能にした。楽しさを感じる自分の心に従った。

結果をどう総括し、未来に繋げるか。

自分のことではあるが、「たぶん納得」と表現していた。対話の中では悔しさはありながらも、足りない部分(あん馬等)を具体的に見据え、「自ら納得できる結果」のために向上する意志を語ってくれた。



3.おわりに

 遠距離の児童をゲストティーチャーに招いた本実践は、再現が難しい面もあります。しかし、ゲストティーチャーの活用に限らず、教科書を活用する場合であっても、目の前の子どもたちに合わせたオーダーメイドな授業を意識することが大切だと考えます。その期待も込め、本実践記録を残しました。
 教師の「本気」は、必ず子どもたちに伝わります。だからこそ、教師もまた教材を通じて自分自身の生き方を問い続けなければなりません。これからも、子どもたちが安心して「本音」を出し合い、何かに「本気」になれる授業を追求し続けていきたいと考えています。

「自分だったら」で終わらせない。~導入での体験的な活動の効果を高めるための工夫~ 「いのりの手」(第4学年)

1.はじめに

 道徳科の授業において役割演技などの体験的な活動を取り入れた際に、「自分の経験だけで演じてしまい、登場人物の思いから離れていった」と感じたことはないだろうか。本稿では、そうした課題を解消するための工夫について紹介する。「『特別の教科 道徳』の指導方法・評価等について(報告)」では体験的な学習の特長を「役割演技などの体験的な表現活動を通して、実際の問題場面を実感を伴って理解することを通して、様々な問題や課題を主体的に解決するために必要な資質・能力を養う」(*1)としている。代表的な活動として、「役割演技」「動作化」が用いられることが多い。また「『体験的な学習』というと、体験活動をイメージしがちである」(*2)という指摘もあるが、今回は「授業の中で行うことのできる体験的な活動」(*3)を指す。なお、体験的な学習の効果の一つとして「心情と行為とをすり合わせることにより、無意識の行為を意識化することができ、様々な課題や問題を主体的に解決するために必要な資質・能力を養う指導方法として有効。」(*4)と述べられている。
 しかし、先行実践からも役割演技などの体験的な活動を用いて学びを進める中で、「子どもたちが恥ずかしがって、演じることを拒否したり、前へでてきても演じられなかった。」(*5)とあるように体験的な活動に抵抗感を感じることが指摘されている。加えて、私自身も実践を重ねる中で、子どもが自分自身の価値観や経験に基づいてのみ演じてしまう姿が散見されていた。
 そこで、体験的な活動への抵抗感を低減し、登場人物の欲求・思考・感情・知覚などを推論したうえで、物事を深く吟味することを促す手立てとして、導入部分での体験的な活動に着目した。そして、体験的な活動の効果は活動そのものだけでなく、導入部分の設計に大きく依存するという立場に立ち、「登場人物に寄り添う心理的基盤を整える言葉がけと発問」と「視点の切り替えを促す活動」という二つの手立てから、体験的な活動の効果を高める工夫を提案する。
 道徳科の学習において体験的な活動を効果的に機能させるためには、子どもが「その場面の登場人物の立場に立つ」ことに対して心理的な準備が整っていることが不可欠である。そこで、導入部分での体験的な活動の効果を高めるための工夫として以下の2点を位置づける。

①登場人物に寄り添うための心理的基盤を整える言葉がけ

 体験的な活動に先立ち、子どもが登場人物の置かれた状況や文脈を把握しておく。登場人物の欲求・思考・感情・知覚などを十分に推論することができないまま体験的な活動に入ると、「自分自身のまま」演じてしまう傾向があるため、導入部分では以下の3点を意識した言葉がけと発問を行う。

登場人物が置かれた事実関係の整理
その状況で一般的に生じ得る感情の予測
子どもの既有経験との接続

 これらを本時の教材や子どもの思考の流れと照らして、具体的な言葉がけと発問に落とし込んだ(資料1・2)。

資料1 上記3点を踏まえて実際に用いた言葉がけと発問の例

T デューラーはプレッシャーや不安を感じながら、なぜこんなにも頑張り続けることができたのかな。
C ……。
T こんなときはやってみよう。
T 頑張り続けるデューラーの思いに寄り添えそうな…。
T どんなことを考えながら頑張り続けているか分かる?
C きっと、ハンスの分も頑張らないと、っていう気持ちだよ。
C ハンスの頑張りを無駄にできない、って思っているはず。
T みんなはこんなにも友だちに大切にしてもらったことはある?
C あるかも。休み時間に遊びに行きたいはずなのに、算数の問題の解き方を一緒に考えてくれる。しかも、いつも。
T なるほど。じゃあ、デューラーをあなたにお願いします。

資料2 実際の言葉がけや発問と子どもの反応

 こうした言葉がけや発問を通して子どもたちと対話し、登場人物に寄り添うための心理的基盤を整える。そのうえで「誰の立場に立って考えるのか」を意識的に変える活動を取り入れ、子どもが「自分のままで考える」ことから離れて考えられる状態をつくる。

②「視点の切り替え」を促す活動

 体験的な活動の導入部分で「視点の切り替え」(ここでいう視点の切り替えとは、誰の立場に立って考えるのかを意識的に変えることである。)を促すことで、子どものものの見方の柔軟性を高め、他者視点で考えやすい状態にする。これにより、子どもは「自分のままで考える」状態から離れ、複数の立場を往還しながら状況を捉え、考えやすくなるのではないだろうか。本実践においてはデューラーだけでなく、ハンスの立場にも立って思いを想像し、ペアやグループ、全体で共有した。

T なるほど。じゃあ、デューラーをあなたにお願いします。
T 鉄工所で頑張り続けるハンスは先生がやりましょう。
T ちなみに、ハンスはこの3年以上もの間、どんなことを考えていたと思う?
C デューラーのために頑張らないと、って思っているんじゃないかな。
C デューラーは元気かな?一生懸命に頑張っているかな?って考えていたのかも。心配していたかもね。
T ハンスになりきって、近くの人に何を考えていたのか言ってみて。
C (ペアトークあるいはグループトーク)

資料3 「いのりの手」における「視点の切り替え」を促す活動

 以上の2点を体験的な活動における導入部分に組み込むことで、子どもたちは「自分ではない誰かの立場」に立つことができた。

2.主題「導入での体験的な活動の効果を高めるための工夫」設定の理由

(1)ねらいや指導内容について

 本主題を通して友達と互いに信頼し合うことの意味や意義について考え、互いに信頼し、互いの気持ちを大切にする道徳的心情を養う。友達と互いに信頼し、互いの気持ちを大切にするには相手の立場や思いを理解し、その理解に基づいて、思いやりをもって接することが重要である。そして、互いにこのような経験を積み重ねることで友達との信頼関係が深まる。このような関係を築いていこうとする心情を養うためには、まず自分本位の一方的な思いでは友達との信頼関係を築くことにつながらないという気づきを促す必要がある。また、友達との信頼関係とは一方向のものではなく双方向のものであり、互いの気持ちを大切にし合うからこそ信頼関係が深まっていくという気づきを促す必要がある。加えて、互いに信頼を寄せ、互いの気持ちを大切にし合うことのよさを理解することができるように、自分自身の経験や友達の経験と関連させながら考えることも大切である。さらに、体験的な活動を通して、相手の立場や思いを理解したうえで、相手の立場に立ち、自分の行動を調整することの大切さについて実感をもって理解することが大切である。そのことが互いに信頼し、互いの気持ちを大切にし合おうとする道徳的心情を育むことにつながっていくだろう。

(2)子どもの学習状況や実態について

 本学級の子どもたちは、友達を信頼し、相手のことを思いやりながら過ごしている。例えば、係活動において進んで活動することができていない友達に対して、注意したり、先回りして指示を出したりするのではなく、「何か理由があるのかな。忙しいのかな。」と相手の事情を思いやり、必要なときだけ手助けをする姿が見られる。また、授業中に言葉に詰まった友達に対しても、勝手に代弁するのではなく、「もう少し考える時間が必要みたいだよ。」と、友達を信じて見守ろうとする姿勢がうかがえる。しかし、友達が信頼してくれているからこそ、その信頼に甘え、自分の行動を見直すことができない姿も見られる。例えば、係活動でペアの友達に毎回、任せっきりになって、友達が「明日は忘れずにできたらいいね。」と声をかけ続けてくれているのに、自分から動き出そうとしないことがある。また、友達のことを信頼しきれずに「声をかけたら、どう思われるかな。」と考えてしまい、困っていることを打ち明けられず、一人で抱え込む姿も見られる。こういったことをふまえ、本主題について考えることは子どもたちの実態に即していると考えた。

3.教材について

 本教材は、ハンスが一人ずつ、交代で絵の勉強をすることを提案するところから話が展開する。まずはデューラーが絵の勉強をすることをハンスが提案し、デューラーはその提案を受け入れる。その後、デューラーは何年もハンスからの仕送りを受けて、絵の勉強に励むことで評判の絵かきになることができた。しかし、ハンスは長い間の力仕事で、絵筆を持てなくなってしまったというお話である。ハンスの両手をにぎって涙を流すデューラーの姿は子どもたちにとって共感しやすいものであろう。ハンスの手を丁寧に描きあげるデューラーの思いだけでなく、ハンスの思いを想像したり、話し合ったりすることで友達と互いに信頼し、互いの気持ちを大切にし合うことの意味や意義について多面的・多角的に考えることができる教材である。

4.実践事例

(1)教材名

「いのりの手」(出典:日本文教出版 令和6年度版『小学道徳 生きる力 4』)

(2)主題名(内容項目)

なぜ信じられるのか B[友情、信頼]

(3)本時のねらい

 夢を追いかけるデューラーとハンスの姿を通して、友達を信じることの意味や意義について考え、互いに信頼し、互いの気持ちを大切にし合おうとする道徳的心情を育てる。

(4)展開例

学習活動

主な発問と予想される子どもの反応

教師の働きかけ

1 絵画「いのる手」を鑑賞し、教材への関心を高める。

○先生のお気に入りの作品を紹介します。
・お願いしているのかな。
・何で手だけなんだろう。

・絵画「いのる手」を提示し、感想を交流することで疑問が自然に芽生え、教材への関心が高まる。

2 教材文「いのりの手」を読んで、話し合う。

○どのように感じましたか。
・ハンスは偉すぎるよ。なぜ、そんなにも信じられるのだろう。
・ハンスだけが我慢している。こんなの不公平だよ。
・友だちと言っていいのかな。

・初発の感想を交流する。子どもたちの中に問題意識が自然に芽生え、「考えたい」という情意を高めるとともに、教材内の問題を自分ごととして捉える土台となる。

【学習テーマ】デューラーとハンスは本当に友だちなのか。

・ハンスも頑張っているけど、デューラーも頑張っているよ。
・デューラーも不安やプレッシャーの中で頑張り続けていたと思うよ。

・デューラーとハンスの思いを比較して捉えられるように板書で整理する。双方の立場を行き来しながら考える素地とする。

3 体験的活動を通して、ハンスの手を描くデューラーの気持ちについて考え、話し合う。

○なぜこんなにも頑張り続けることができるのかな。
・絵かきになることが夢だからだよ。評判の絵かきになりたかったんだ。
・でも、それはハンスの支えがあってこそでしょ。デューラーはそれでよかったと思っているのかな。
◎なぜ、デューラーはハンスの手を描いたのだろう。
・ハンスの思いに感動したんだよ。
・お互いの思いが重なり合ったんだね。
○なぜ、こんなにも友達を信じることができるんだろう。
・ふだんから大切に思い合うことが大切じゃないかな。
・一日二日ではここまでの関係にはなれないね。

・体験的な活動をすることでハンスの手を描くデューラーの思いを想像しやすくすると共に、実感をともなった理解を促す。
・「デューラーはどんなことを考えながら頑張り続けていたのかな」などと問う。登場人物のおかれた状況や文脈を整理したうえで体験的な活動に取り組めるようにする。
【①心理的基盤を整える言葉がけ】
・ハンスの立場に立って思いを想像し、ペアや全体で共有する。複数の視点を往還することで、子どもたちのものの見方の柔軟性を高める。
【②「視点の切り替え」を促す活動】
・ハンスのデューラーへの思いが想像しにくい場合は、教材の詳細版を動画化し、視聴する。映像を通じてハンスに寄り添って考えることを促すことができる。(資料4)

4 本時の振り返りをする。

○皆さんの周りにも、大切にしたい友達はいますか。
・いるよ。もっと大切にしたいという気持ちになったよ。
・相手にとって自分がそういう存在でありたいな。

・ロイロノートの共有機能を用いて友達を信じることの意味や意義について考えを再構築する。他者の見方を自然に参照できるため、より多面的・多角的に学びを振り返ることができる。(資料5)

参考として、本時で扱う予定だった、補助資料を資料4・5に示す。

資料4 ハンスに寄り添って考えることを促すための動画資料(本時では未使用)(*6)
資料5 ロイロノートの共有機能を用いたふりかえりの例(自作教材「生成AIに決めてもらっていいの」より)

※別実践での類似活用例を示す。

5.板書例

6.まとめ

 本実践では、導入部分での体験的な活動を工夫することで、子どもたちが「自分自身のまま」演じてしまう状態を抜け出し、登場人物の立場で物事を深く吟味し、考える学びを目指した。
 成果として、①心理的基盤を整える言葉がけについては、「デューラーはどんなことを考えながら頑張り続けていたのかな。」という発問に対して、「きっと、ハンスの分も頑張らないとっていう気持ちだよ。」「ハンスの頑張りを無駄にできないって思っているはず。」といった発言があった。さらに、「みんなはこんなにも友だちに大切にしてもらったことはある?」という発問に対して、「休み時間に遊びに行きたいはずなのに算数の問題の解き方を一緒に考えてくれる。しかも、いつも。」という自分の経験と関連づけて考え、デューラーの思いに深く共感する姿が見られた。これらのやり取りから、言葉がけや発問を通して、子どもたちがデューラーの立場に立って考える心理的基盤が整えられたと考える。②視点の切り替えを促す活動については、ペアトークの中で「デューラー、僕は自分のことのようにうれしいよ」という発言があった。これは、ハンスの立場で、デューラーの成功を心から喜んでいたことを推論したものであり、ハンスへの役割取得が促されたことを示している。これら①②の工夫をすることで、子どもたちは登場人物に寄り添うための心理的基盤を整え、「自分のまま」から離れやすい状態をつくることができたと言える。その結果、体験的な活動において登場人物の思いを深く吟味することが促され、「普段から大切に思い合うこと」「一日二日では築けない関係」といった、友達を信じることの意味を具体化しようとする発言へとつながっていった。
 一方で、このような実践は、一度の授業で完結するものではない。子どもたちが「自分のまま」から離れ、自然に他者の立場を往還しながら考えられるようにするためには、こうした導入の工夫を伴う体験的な活動を継続的に積み重ねていくことが大切である。また、①②それぞれの工夫が子どもの思考にどのように作用したかをより丁寧に見取るために、子どもの発言や反応を組織的に記録・分析する手立てを整えることが必要ではないだろうか。

【引用・参考文献】

*1:道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議(2016)『「特別の教科 道徳」の指導方法・評価等について(報告)』、p6
*2:林泰成(2017)『「考え、議論する道徳」の可能性と課題-「アクティブラーニング」の視点から—』道徳と教育335巻、p98
*3:前掲資料(2017)、p20
*4:前掲資料(2016)、p6
*5:早川裕隆(2017)『体験的な学習「役割演技」でつくる道徳授業』明治図書出版、p18
*6:林敦司(兵庫大学教授)「人物教材はオモロイがいっぱい!」道徳教育研究会「わかばの会」主催 道徳フェスティバル2025「明日の授業に生きる!道徳科の指導法~人物教材~」(2025年8月23日、ラッセホール5階)における講演内容に着想を得た。

自分や仲間の思いを大切にして、よりよい生き方を考える道徳科の授業(第3学年)

※この実践事例は、日本文教出版主催の道徳セミナーで使用する授業映像用に取り組んだものです。

1.はじめに

 近年、道徳科の授業を要として学校全体での道徳教育に力が注がれている。他教科との関連を示した別葉の作成を各校独自のものとして作成し、学校生活の中で道徳的価値に触れられるような環境づくりに力を入れる場面がよく見られるようになっている。生徒たちの心の成長を感じる場面を何度も目にし、日常的に道徳教育を意識して生徒と関わり合っていくことはとても意義があるものだと感じる。しかし、その道徳教育の要である道徳科の授業に悩みをもつ教職員が多いのが現状である。生徒たちが考えたくなる発問づくりはじめ、授業展開に頭を悩ませながら日々の道徳科の授業を迎えている。試行錯誤は大切だが、生徒の「道徳性を養う」という道徳科の目標に到達しない授業もある。生徒にとって浅い学びにならないよう努めることが大切であり、本実践では、道徳的価値についての生き方、考え方を議論し、道徳科の授業の中で級友の意見に納得し、そこから学んだことを今後の生き方に生かそうとする生徒の姿に期待する。
 本実践では、「自分や仲間の思いを大切にして、よりよい生き方を考える道徳科の授業」というテーマのもと、中学生の実態に合ったねらいの設定、ねらいに迫り、深く議論するための発問の工夫をはじめとした授業を展開することを目指した。

2.教材について

 本教材は、電車の中でよく行われる高齢者に席をゆずる行為について書かれたものである。「初めから席に座らずにいた主人公たちの行為」と「席をゆずった女の子二人の行為」を比べて、本当の思いやりについて多様な意見を交換できる教材である。基本発問では、席に座らずにいた行為をとった主人公の思いに迫る。高齢者から「ありがとう」と言われたはずなのにモヤモヤする主人公の行動は、決して本当の思いやりとは言えないだろう。心が伴っていないのに相手を喜ばせてしまった、主人公と同じような経験はないか、意図的に自我関与させることで、相手を大切にすることはたやすいことではない弱さに共感させたい。中心発問では、そんな主人公たちの行為と「席をゆずった女の子二人の行為」を比較して思いを巡らせる主人公に迫る。その行いの表面を比較すると、女の子二人の行為が、相手を思う素直な行為であることは一目瞭然であり、生徒たちもすぐに気付けることである。よって、その行いのよさと主人公たちに欠けていたものを学級全体で深く話し合うことで、二人の行為は「相手に気を遣わせない思いやり」になっていることに気付かせたい。その後、教材中の二つの行為に立ち返らせると「席に座らずにいる行為」も、捉え方によっては、相手に気を遣わせない思いやりのある行動だと考える生徒もいるだろう。しかし、主人公たちのとった行為は、「ひたすら相手のことを考えた思いやり」とは異なるものである。自分の利益ではなく、相手にとって何が喜ばしいことなのかを中心に考える思いやりや、そのような思いやりのある人間関係や社会の温かさについても深く追究して、今後の生き方を考えていける議論の雰囲気を生み出していきたい。

3.実践事例

(1)教材名

教材「電車の中で」(令和7年版『中学道徳 あすを生きる 3』日本文教出版)

(2)主題名・内容項目

本当の思いやりとは(内容項目:B-(6)思いやり、感謝)

(3)本時のねらい

 本当の思いやりとは、自分の利益ではなく、相手にとって何が喜ばしいことなのかを中心に考えるものであり、心がこもればこもるほどその行いはさりげなく、相手に気付かれにくいものになることや、そのような思いやりのある人間関係や社会の温かさに気付き、これからも相手の喜びを生むことを大切にして生きていこうとする態度を養う。

(4)展開例

段階

学習内容及び活動

○教師の支援 ※評価




(5分)

1 本当の思いやりとは何か、考える。

本当の思いやりって、何だろう。

・相手の立場を考えること。
・優しく接すること。
・時には相手のことを思って、厳しくすること。
・相手を自分のことのように思うこと。

○事前に教材を読ませておき、教材の理解を深められるようにする。
○授業内で範読はしないが、全員が話し合いに参加できるようにするために、あらすじを追いながら教材のキーワードや挿絵を黒板に掲示する。





(40分)

2 「本当の思いやりとは何か」について話し合う。

老夫婦に「立派な若者もいるんだな、と感心しました。」と言われたとき、タケシはどんなことを考えたのだろう。

・まあ、喜んでくれたならいいか。
・おじいさんたちが笑顔になってくれたのは、うれしいな。
・好意で席を空けた訳ではないのに。
・僕たちは、面倒なことに巻き込まれたくなかっただけなんだ。
・立派な若者と言われるとうれしいけれど、本当にこれで良かったのだろうか。
・心が伴っていないのに、これを思いやりと言うのが恥ずかしく、情けない。
・自分の心がスッキリしていないのは、相手のことを考えられていないからだ。
・相手に失礼なことをしてしまった。
・喜ばせてしまったことが、何だかだましているようで申し訳ない。

○思いやりが成立したからよいというプラスの思いと、相手に後ろめたさがあるマイナスの思いを分けて板書することで、主人公の葛藤があったことに共感できるようにする。

<補助発問>
・おじいさんたちが笑顔になってくれたのだから、それでよいのではないか。
・主人公のように、心を込めていない思いやりの行動をしてしまったことはあるか。

席に座らずにいた自分たちの行為と、席を譲った二人の行為を比べて、タケシは何を考えたのだろう。

A(言動に関する発言)
・二人は席を譲ったが、自分たちは譲っていない。

B(心の動きに関する発言)
・何が本当の思いやりなのか、分からなくなったな。
・僕たちは自分の損得ばかりを考えて行動していて、相手のことは何も考えていなかったな。
・先週の僕たちに比べて、女の子二人の行動は改めてすごく温かな行動に見える。
・女の子たちは心から相手に席を譲りたいと思っているんだろうな。
・「もうすぐ降りますから」の一言に、相手に気を遣わせない配慮の気持ちが感じられるな。
・心から相手のことを思って行動することが、相手が喜ぶことにつながるよな。

○生徒が考えを整理するために、道徳ノートに自分の考えをまとめさせる。

○基本発問での板書と同じように、プラスとマイナスの意見を分類して、生徒にとって意見の違いが分かる板書にする。

○席を譲った女の子二人の行為について「相手のことを第一に思っていた」「自分のためではなく相手のため」といったキーワードが出てきたところで、「女の子のどの言動からそう思ったのか」と補助発問をする。

<BからCに向かうための補助発問>
・どちらも「ありがとう」の言葉がもらえたからそれでいいのではないか。
・相手に嘘をついているわけだから、これは本当の思いやりとは言えないのではないか。
・「もう降りますから」の一言が、どうしてそんなに大事だったのか。

B(心の動きに関する発言)
・「申し訳ないな」と相手に思わせてしまう時点で、思いやりとは言えない。
・こちらが善意をもってしたことは、相手に気付かれないことが大事なんじゃないかな。
・「してあげた」ことが相手に一切伝わらないのが本当の思いやりではないか。そう考えると、タケシは「ありがとう」の言葉に対して、「何のことですか」くらい言えると良かったかもな。
・さりげない思いやりは、相手に気を遣わせないことになるからすごくいいよね。
・気付かれない思いやりが本当の思いやりならば、「席譲りますよ」の一言が負担になることもあると思う。
・タケシたちが最初から席を立っていた行動は、変に相手に気を遣わせない行動で、逆によかったのかもしれないな。
・でもそれは、自分のためであって、相手のことを考えたものではない。
・優しさとは言えないし、そんな人間関係や社会はいやだな。

○女の子二人の行為に肯定的な意見が偏ることが予想されるため、学級内の議論が深まったところで再度二つの行為に立ち返らせるような補助発問をする。

<Cに向かうための補助発問>
・この女の子たちの行動は、まさに「本当の思いやり」と言ってよさそうかな。
・席に座らずにいた行為は、「本当の思いやり」からかけ離れているものだったのかな。

※本当の思いやりについて、相手にとって何がよいのかという価値観を大切にして考え、今後の生き方に生かそうとしているか。(発言・道徳ノート)

本当の思いやりって、何だろう。

C(ねらいに迫る心の動きに関する発言)
・心から相手のことを思って行うもの。
・相手に少しのストレスも与えないような思いやりの行動のこと。
・自分にとって満足のいく行動のこと。ただし、それは相手から「ありがとう」の言葉をもらうために行うものではない。
・見返りを求めないもの。自分が気持ちよくなることを優先してはいけないもの。
・「してあげた」という思いではなく、「相手のために」という思いが根底にあるもの。
・このようなお互いが相手のことをひたすら考え合える思いやりのある人間関係や社会は温かいだろうな。

○教材を通して考え、議論してきた「本当の思いやり」について考えさせる。
また、考えた内容をより深く自覚できるように、次のような補助発問をする。

<深く自覚するための補助発問>
・これらの思いを大切にした「本当の思いやり」をした経験はないか。





(5分)

3 道徳ノートに授業で学んだことを記入し、発表する。

・本当の思いやりとは、相手のためを思って行うものであり、その形は、その相手、自分がしたいことによって変わってくるものだと思う。
・相手に全く気を遣わせない思いやりは難しいし、自分にも褒められたいという弱さはあるけれど、それでも相手のために尽くせる人になりたい。

○生徒が自身を振り返ることができるように、書く活動を取り入れる。
○学級全体でねらいに対する考えを深めるために、ねらいに迫る考えをもつ生徒を意図的指名し、学級全体で共有できるようにする。

4.板書例

5.まとめ

 本実践では、複数回の授業を重ねたうえで中心発問や補助発問を精選していった。複数回の授業で生徒の意見が出されるたびに、議論する視点や発問の細かな言葉遣いを改めていったが、今後の授業も、授業実践を繰り返してよりよい発問を追究していくことを大切にしたい。また、本実践はねらいに迫る意見を出させるための発問というよりは、反対意見をはじめとした多様な意見が想定される発問を大切にした。これについては、賛成か反対かを話し合うだけでは、深い議論には至らないという反省も生まれたため、生徒が考えたいと思う仲間の意見を取り上げ、その意見についてより深く考えることに時間を多く使うべきだと感じた。本実践を発表したセミナーでは、授業動画を視聴した多くの参加者から「生徒が自分の言葉で語ることができる。」「道徳科の授業を楽しんでいる。」といったご意見をいただき、この授業のスタイルは今後も続けていくべきだと感じた。しかし、発問については、こちらが事前に準備していたものをそのまま投げかけると、どうしても誘導的になってしまうというご意見もいただいた。授業の流れを読み、生徒が考えたいこと、あくまで生徒の意見をもとにして焦点を絞っていくことの大切さに気付かされた。ご意見いただいたことを、今後の実践に生かしていきたい。

SDGsを「自分ごと」にするための翻訳

 新年度が始まり、五月の連休が終わる頃になると、探究学習への取り組みに向けて本格的に動き出す学校も多いのではないでしょうか。
 この時期、私も多くの学校から年間を通じてどのように探究学習に取り組んでいくべきかという相談を受けます。その中で改めて感じるのは、SDGsやウェルビーイングの概念を手がかりにした探究学習がとても多いということです。

SDGsは児童・生徒にとって身近なテーマか?

 これらの概念を探究学習に取り入れること自体には、大きな意義があると感じています。ただし、そのまま提示するだけでは、児童・生徒にとって少し遠いテーマになってしまうこともあります。昨年4月に探究学習の課題設定について取り上げた際にも触れましたが、私は学校の先生方と話をする際に、「その課題は児童・生徒にとって身近ですか?」という問いを常に共有するようにしています。
 SDGs(持続可能な開発目標)は、世界的なキャンペーンが功を奏し、それまで取り組まれてきたMDGs(ミレニアム開発目標)に比べ、誰もが知る国際的な開発目標になりました。各地の探究学習においても、SDGsを活用したテーマ設定や、その後に続くアクションが数多く行われています。探究学習とSDGsの間には、とても強いつながりが形成されてきたと感じています。
 その一方で、SDGsは開発途上国の開発を大きな柱の一つとした国際目標でもあります。そのため、日本の学校や地域の状況にそのまま当てはめようとすると、すぐには実感しにくい表現や目標もあります。それは、児童・生徒たちにとっても同じではないでしょうか。


津波被害の宮城県大川小学校に残されていた宮沢賢治さんの言葉が記載された壁画

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない

 私は、SDGsやウェルビーイングといった大きな概念を、生活者の景色や地域の文脈に「翻訳」していくことが、とても重要になるのだと思います。SDGsには17の目標と169のターゲットが設定されていますが、それぞれの国や地域が置かれている状況によって受け止め方やアプローチの仕方は異なります。だからこそ、私たちが生活している場所でそれらがどのように捉えられるのかを考えることが、「翻訳」の大切な入り口になります。
 私はSDGsの講演やワークショップを行う際に、宮沢賢治さんが残した「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉を紹介しています。私にとってこの言葉は、SDGsの意義をとてもシンプルに伝えてくれる表現です。
 私たちの日常は、ウクライナや中東における戦争、他国での災害や紛争などからも大きな影響を受けています。ガソリンの価格や日用品の価格高騰も、私たちの暮らしに関わる深刻な問題です。私たちはもはや、一つの国や地域だけで完結して暮らしているわけではありません。世界のどこかで起きている出来事が自分たちの暮らしにもつながっていることを実感しながら、身近な課題に向き合い、みんなで豊かになる未来を描いていく必要があります。


品川区における中高生×商店街の取り組み

グローカルな視点を活用していくことの大切さ

 グローバルな視座とローカルなアクションの両方を一緒に考えていく考え方として、「グローカル」という表現があります。SDGsを探究学習で用いる場合にも、このグローカルな視点はとても有効です。地球規模の課題と日常の生活を結びつけるきっかけをつくることができれば、学びはより豊かなものになります。
 東京都品川区では、SDGsのゴールを踏まえたフードロス(食品ロス)削減の取り組みに力を入れています。品川区には、都内で最も長い商店街として有名な戸越銀座商店街をはじめ、68ヶ所の商店街があります。フードロスにどのように取り組んでいくかは、多くの商店街にとっても身近な課題です。
 そこで私たちは、一つの商店街を舞台に、中高生が商店街とコラボレーションしながらフードロスについて考える機会の創出を試みました。SDGsが掲げる地球規模のフードロスの問題と、中高生たちが日常を過ごしている商店街をつなぎ合わせる。そのような取り組みを通じて、多くの中高生がフードロスを「自分ごと」として捉え、SDGsそのものを身近なものとして考えるきっかけになりました。
 また、この取り組みは商店街にとっても意味のある機会となりました。消費者でもある中高生と一緒に課題に向き合うことは、単に学校や生徒たちから学習への協力を頼まれる関係性にとどまりません。地域にとっても、生徒にとっても、互いに学びや気づきのあるフェアな関係性を構築するきっかけになります。
 学外のプレイヤーと連携したり、グローカルな視点で探究学習を設計したりする際には、まず「このテーマは、子どもたちにとってどのように身近なものになるのか」、そして「関わる人たちそれぞれにとって、どのような意味があるのか」を考えるところから始めてみるとよいかもしれません。SDGsを地域の文脈に翻訳することは、探究学習を「自分ごと」にしていくための大切な一歩なのだと思います。

「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その6) 「インクルーシブ」

インクルーシブな学校の根幹となる
原則によれば、
可能な限り、どのような困難や
違いがあったとしても、
すべての子どもは
共に学ぶべきである。

「サラマンカ声明」
‘The Salamanca Statement and Framework for Action on Special Needs Education’
筆者訳

図1
図2
出典:聖心女子大学グローバル共生研究所(https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/

ダイバーシティとインクルーシブ

 今号で取り上げるキーワードは「インクルーシブ」です。辞書を引くと「包括的な」「包摂的な」「排他的ではない」「あらゆる人々を受け入れた」などと書かれています。最近、紙上で取り上げられる機会は増えているものの、いまだ十分に市民権を得ているとは言い難い用語であるといえるでしょう。
 実は、カード型教材をつくり始めていた当初は、「ダイバーシティ」が選ばれていました。勧告の該当箇所の原文には「文化の多様性」がことさら強調されているからです。ところが、マイノリティが排除されるような現状が続く日本の教育制度を考えると、「インクルーシブ」こそ、これからの学校や地域で考えてほしい概念であるという結論になり、「多様性」は表面(図1参照)に記載の問いの1つに「格下げ」されたという経緯があります。
 主題の「超訳」は次のとおりです。

一人ひとりが 多様性をもつ
かけがえのない存在
誰も排除せず その人が大切にしている
歴史・文化・言語を守るのが教育

 裏面(図2参照)に掲載の原文にはユネスコの「文化的多様性に関する世界宣言」が引用されており、多様性とインクルーシブとの関係性にも触れられています。多様性は色々あってよいのだからといって、人権侵害を受けている少数派の人々の人権問題をほうっておいてはならないのです。多様性は違いが存在している状態ですが、インクルーシブはその違いが尊重され、活かされる状態であるといえます。料理に例えるなら、食材は多様であっても、個々の食材の特性を活かしながら調和させて料理するプロセスがなくてはならないのです。多様性は違いがあることであり、インクルーシブは違いを共に生きることともいえます。
 さて、このカードにも3つの問いが用意されており、次のとおりです。

あなたのまわりの人々がもつ多様性には、どのようなものがありますか?
人々が大切にしている歴史・文化・言語がないがしろにされていると感じたことはありますか?それはどんな時ですか?
誰もがもつ多様性を排除しないインクルーシブな社会を創るには、どうしたらよいと思いますか?

 このカードでも一連の質問は、身の回りの課題に気づくことから徐々に社会的な課題へ、さらに行動へと関心を広げていく構造になっています。
 カードを作成する過程において「インクルーシブ」を障害者や障害のある子どもに限って検討していることに気づき、もっと裾野を広げてこの概念を捉え直すべきであるという議論がありました。たしかに、冒頭で触れたとおり、「インクルーシブ」は最近、紙上で取り上げられるものの、「障害のある子どもと、ない子どもがともに学ぶ」というような紹介が多いようです(*1)。しかし、社会的に排除されている人々は、前号で取り上げた性的マイノリティもそうですし、カードに明記されている「歴史・文化・言語」に関する少数派もそうです。①の問いが設けられた背景には、こうした問題意識があります。実際のワークショップでは「留学生と出会って、お肉を食べない人がいることを初めて知った」とか、「性的マイノリティの人が日本では10人に1人ほどいると聞いて驚いた」という意見が挙げられていました。
 ②の問いでは「アイヌのバンドの曲を聴いてから、アイヌの人々が経てきた排除の歴史に初めて興味を持った」と語る人や「植民地統治下の朝鮮半島で当時の韓国の人々に創氏改名を強要し、文化的アイデンティティを傷つけたことを学んだ」と述べる参加者がいました。
 また、カード型教材が学校で試験的に使われた際、日本に来たばかりの英語の先生が日本語カードを読めずに不自由を感じさせてしまったということも経験しました。そうした声のおかげで、現在では英語版カード教材も作成されています(*2)
 社会全体に視野を広げた③の問いは、学校での道徳の授業の可能性や国際理解教育の重要性、法整備による制度的な保障などが話し合われていました。ワークショップでは、包摂を意味するインクルーシブは、意志に反して括られてしまうような感覚につながり、複雑な気持ちにもなるという意見も聞かれた一方で、やはりマイノリティの人々の抱えてきたしんどさを考えると、不可欠なキーワードであるという意見もありました。
 なお、カードの裏面に記載の二次元コードからは日本学術会議での提言「すべての人に無償の普通教育を多様な市民の教育システムへの包摂に向けて」にアクセスできます。そこでは「不登校の子ども」「外国籍の子ども」「障害のある子ども」「貧困家庭の子ども」「被差別部落の子ども」「周辺化される目立たない子ども」をめぐる教育課題が取り上げられ、国・自治体・各学校への提言がなされています。

分離教育をこえて

 冒頭に述べたように、多様性(ダイバーシティ)と包摂(インクルーシブ)という、いわば表裏一体の課題は昨今、ますます重要性を帯びているように思われます。特別支援教育を受ける児童・生徒の数はこの10年で倍増しています(参考文献4.参照)。これはユネスコ教育勧告のみならず、国連の障害者権利条約をはじめ、子どもの権利や人権に関わる条約や規約に逆行する傾向であるといえます(*3)
 日本では「日本型インクルーシブ教育」のもと、特別支援学校・学級が合理的に配慮され、分離される傾向が顕著になっており、こうした分け隔ての方向性は国連が示す普通学級で共に学ぶという方針と乖(かい)離している現実であり、国連の障害者権利委員会による審査で差別的な問題性が指摘されています(2022年9月)(*4)。インクルーシブ教育の先進国といわれるイタリアなどから学ぶ点は少なくないでしょう(*5)
 最後に、デザインの役割の重要性に言及して本稿の結びとしたいと思います。私たちはマイノリティの問題を語るとき、とかく心や意識の問題として話しがちですが、それと同時に、学校などの空間や環境のデザインという課題もないがしろにしてはなりません。私たちの周囲を見回すと、誰であろうと公平に簡単に使えるものは意外と少ないのではないでしょうか。皆さんの学校やキャンパス、教室や職場である「足元」をインクルーシブの視点で生徒や学生と一緒に見直してみると、色々な課題に気づくでしょう。(参考文献7.参照)

「インクルーシブ」イラスト解説

エッセンスの言葉と向き合う中で、小さな花を両手で包み込むイメージが浮かびました。

いくつかの花の色にはそれぞれの背景を、また花そのものには一人一人の命を重ねました。

全ての人が大切にされ、安心して生きられる社会を思い願いながら描いた一枚です。

©Kei Ikeda

*1:一例ですが、「3月にパラリンピックが開催されたイタリアでは、障害のある子どもと、ない子どもがともに学ぶ『インクルーシブ教育』が実践されている。」(朝日新聞, 2026年4月29日朝刊)という記事が挙げられます。
*2:英語版カード型教材は次から閲覧できます。なお、作成の過程でユネスコの担当職員にも相談をした結果、国際的にも使用されることも考慮し、キーワードなどは一部変更されています。ユネスコ教育勧告の指針に基づき、日本語版では日本の現状や文脈と照らし合わせて重要であると思われるキーワードを選んでいるためです。
https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/cards/
*3:日本の分離教育の動向と問題点については橋田(2025)を参照して下さい。
*4:DPI日本会議「障害者権利委員会から日本政府へ勧告(総括所見)が出されました! 〜90項目以上改善するよう勧告されてます〜」
https://www.dpi-japan.org/blog/workinggroup/crpd/recommendations-for-japan/(2026年5月1日閲覧)
*5:イタリアのインクルーシブ教育の詳細については参考文献6や、弊社Webマガジン「学び!と共生社会」Vol.384761657174などが参考になります。

【参考文献】

  1. 「学校は『社会のミニチュア』」(2026年4月29日、朝日新聞朝刊)
  2. 「サラマンカ声明(宣言)」
    https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000098427(英文)
  3. 平野智之・菊地栄治 編著(2023)『みんなでつくるインクルーシブ教育』アドバンテージサーバー
  4. 文部科学省「特別支援教育の充実について」
    https://www.mhlw.go.jp/content/001231516.pdf(2025年5月1日閲覧)
  5. 橋田慈子(2025)「優生思想をほぐすための教育学:競争原理と排他主義を超えて」『現代思想』青土社, 104-116頁.
  6. 大内紀彦(2025)『フルインクルーシブ教育見聞録:イタリアの現場を訪ねて』現代書館.
  7. ジュリア・カセム(平井康之監修/ホートン・秋穂訳)(2014)『「インクルーシブデザイン」という発想:排除しないプロセスのデザイン』フィルムアート社.
  8. 「わたしたちがつくる平和・人権・持続可能な開発:日本のエデュケーターのための14のエッセンスと42の問いかけ(ユネスコ教育勧告カード型教材)」聖心女子大学グローバル共生研究所
    https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/

学級担任に聞く「特別支援学級と通常の学級の図工の時間」 第1回:支援の考え方は似ている

特別支援学級と通常の学級の図工の時間。先生は何を見て、どのように働き掛けながら、困っている子どもを支援しているのでしょうか。それぞれの学級に携わる二人の先生に話をうかがいました。

第1回:支援の考え方は似ている
第2回:子どもも教師も見通しをもてるように(7月10日公開予定)
第3回:「自由にやってごらん」を成り立たせるには(9月10日公開予定)

横浜市立緑小学校は児童数が800名を超える大規模校で、現在、個別支援学級(横浜市では特別支援学級を「個別支援学級」と呼ぶ。以下、個別支援学級)に在籍する児童は全体の約1割。自閉症・情緒障害学級(以下、情緒級)と知的障害特別支援学級(以下、知的級)の割合は、およそ4対1となっている。

個別支援学級は1学級につき児童数8人が基準となるため他学年と合同でクラスを編成するケースも多いが、同校では現在、学年ごとに情緒級の単独クラスを編成できる強みを生かして、一般学級(横浜市では通常の学級を「一般学級」と呼ぶ。以下、一般学級)に準じたカリキュラムを一人ひとりの特性に合わせて調整し、実施している。

  • 大谷幸子先生(写真左)
    毎年1年生の個別支援学級を担当し、今年で8年目。学級の児童数は8人。体育のみ個別支援学級の他の学年と一緒に活動し、その他の教科については単独の学級として指導に当たる。
  • 小坂美月先生(写真右)
    3年間、個別支援学級を担当し、昨年度から1年生の一般学級を担当する。学級の児童数は29人。

心が納得できる手立て

――個別支援学級と一般学級の図画工作において支援方法にはどんな違いがありますか。

小坂:少人数の個別支援学級の場合は、一人ひとりがどこでつまずきそうかを授業前に細かく予想して、特性に合わせて声掛けのタイミングやサポートの先生の配置などを計画します。一般学級は人数が多いため、子どもがつまずきそうなポイントを全体指導の中でどう拾っていけるかを考えながら授業を組み立てています。

大谷:一般学級では子どもが「失敗した」と感じてから関わり、そこから立て直したり広げていったりする場面も多いと思うのですが、個別支援学級の場合は、「失敗したらもうやらない」と活動が止まってしまう子がいます。そのため例えば、「画用紙の表で失敗しちゃったら裏があるからね」「それでも失敗しちゃったときには先生に相談に来てね」と活動を始める前にいくつかの方法を伝えて、「失敗しても大丈夫」という安心感をもって取り組めるようにしています。

小坂:個別支援学級であっても一般学級であっても子どもたちにとって安心感は大事ですよね。1年生の一般学級で「せんのぼうけん」の活動をしようと考え、その前の週に子どもたちに「どんなせんがあるかな?」と投げ掛けて試しにペンで線をかいてみたんです。すると子どもたちが口々に「先生、間違えた!」って言ってきて・・・・・・。その反応から、この題材では子どもたちが間違いをすごく気にすることがわかったので、「冒険」という要素を強く打ち出すことにしました。


『ずがこうさく』1・2上p.48-49

当日も「『ペンでかく』ということは消せないけれど、これは冒険なんだから大丈夫。冒険には失敗なんてありません!」と、失敗を恐れずに取り組めるように声を掛けました。それでもどうしようもないという場合には、切った紙を貼る方法を提案することもあります。その時は、全員にではなく状況によって個別に、という感じです。

大谷:個別支援学級では個に応じて柔軟な対応をしますが、将来的に一般学級に転籍することを踏まえて特別ルールは増やないようにしています。それよりも何でつまずいたのかを見て、その時にどういう支援だったら本人が納得できるのか。「心が納得できる手立て」のほうが大切です。個別支援学級も一般学級も図工での支援の根本的な考え方は似ていると思います。一般学級にも「苦手だからやりたくない」と言う子がいますが、それは想像できないからなのか、技能が追いつかないからなのか。そこが見えくると適切な支援ができますし、活動も広がっていきます。一人ひとりの子どもの実態を見取ることが欠かせません。

小坂:その点は他の教科にも通じますね。例えば、国語で作文を書くときに、この子が立ち止まっているのは、書くことが思いつかないからなのか、ひらがなが書けないからなのか。子どもの困りごとにあわせて支援していく。

大谷:1年生は困っていることを言葉にするのが難しい場合もあるので、その時は、選択肢を用意して子どもに聞くようにしていますね。「何をかいたらいいかわからなくて困っている?」「やりたいけれどうまくできなそうで止まっている?」「先生の説明がわからなかった?」と聞いて、「そうであればこういうお手伝いができるよ。どうする?」って。それを繰り返していくことで子どもは安心しますし、安心するとできることも増えていきます。

ここを見ている

☑ 安心感をもって活動をスタートできるか。
☑ この支援は子どもの「心が納得できる手立て」になっているか。
☑ 必要なのは構想面での支援か。技能面での支援か。
☑ 困っていることを言葉にできずにいないか。

●次回は、子どもや教師が見通しをもって取り組むための工夫や机間指導についてお聞きします。7月10日に公開予定です。

大谷幸子(おおたに・さちこ)
横浜市立緑小学校 主幹教諭。緑小学校に異動してからは、個別支援学級の1年生を担当し、今年で8年目。子どもの特性を踏まえ、支援の手立てを考え、子どもの思いが広がるような材の研究を行っている。

小坂美月(こさか・みづき)
横浜市立緑小学校 教諭。3年間、個別支援学級を担当。昨年度から一般学級を担当する。材との出合いを大事にし、子どもの思いを引き出せるように日々の実践を通して研究している。

連載の再開にあたって

 2024(令和6)年11月を最後に、1年半ほどにわたってこの連載を休ませていただきました。日本文教出版には、連載の再開を待ち望む声が届いているとのことです。ありがたいことです。
 この間、人権教育をめぐって大きな変化がありました。いくつかの出来事を紹介し、この連載再開への導入としたいと思います。
 ひとつは、2025年6月6日に「人権教育・啓発に関する基本計画(第二次)」(以下、「第二次基本計画」、全64頁)が閣議決定され、公表されたことです。第二次基本計画の大きな特徴は、個別人権課題に関する記述が大幅に増えたことです。2002(平成14)年に出された「人権教育・啓発に関する基本計画」(以下、「第一次基本計画」、全45頁)では、個別人権課題に関する記述が文書全体の半分以下だったのですが、第二次基本計画では約3分の2を占めています。また、すべての人が人権の保持者であるということを大切にして人権教育を進めるべきだということも強調されています。
 「第二次基本計画」を受けて、文部科学省では、2008年の「人権教育の指導方法の在り方について(第三次とりまとめ)」を改訂して、新しい基本方針を策定する取り組みが始まろうとしています。すでにこの連載でもお伝えしたとおりですが、2022年には『生徒指導提要(改訂版)』が改訂され、人権と人権教育に重なる内容が大幅に取り入れられています。
 このように、人権教育の推進に向けて、新しい動きがさまざまに生まれています。
 一方で、ヘイトスピーチやヘイトデモなどが各地で発生していると報じられています。そのひとつが、埼玉県川口市などにおけるクルド人に対するヘイトです。神奈川県川崎市で在日コリアンに対してヘイトを繰り返していた人たちがいました。2019年に同市で「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」が制定されました。そのなかに刑事罰も位置づけられていました。「市長の命令に違反した者は、500,000円以下の罰金に処する」(第23条)、「行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、同条の刑を科する」(第24条1)などです。こうした動きを受けて、川崎市で活動していた排外主義的な団体が、川口市などにおいても活動していると指摘されています。このことが示しているのは、条例や法律できちんと対処する体制を組めば、ヘイトを抑える効果があるということです。同時に示しているのは、ヘイトスピーチやヘイトデモを禁止する全国で一律の法律を制定すれば、全国的にヘイトスピーチやヘイトデモを抑えられる可能性があるということです。そのような法律がない現在では、条例のない地域などに排外主義的な団体が行く恐れがあるということでもあります。2016年に制定・施行された「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(ヘイトスピーチ解消法)は、法的処罰を含んでいません。そのため、クルドの人たちへのヘイトスピーチなどがなくならないのです。制定後10年になろうとしていますが、どれほど実効性があるのか疑問を投げかける声が出ています。


差別禁止条例の全面施行を周知するポスター(神奈川県川崎市)

 もうひとつ、少し前のことになりますが、障害者問題に関連して、2022年9月に国連障害者権利委員会が日本政府に対して総括所見を届け、日本のさまざまな障害者問題への取り組みが問題を含んでいることを指摘しました。特に注目されているのは、日本政府が2022年3月に出した「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について(通知)」という文書に対して「特別支援学級に関する政府の通知を撤回すること」、「通常教育の教員及び教員以外の教職員に、障害者を包容する教育(インクルーシブ教育)に関する研修を確保し、障害の人権モデルに関する意識を向上させること」を求めている点です。「障害の人権モデル」については、本連載の2022年8月の第15回でも触れました。その後、「障害の人権モデル」については、新しい指摘もあります。国連障害者権利委員会からの総括所見については、今後また触れることにしたいと思います。
 ほかにも述べるべき点はありますが、今回は連載の再開を報告することが第一の目的です。今後とも、よろしくお願いします。

【参考・引用文献】

  • 法務省ウェブサイト
  • 文部科学省ウェブサイト
  • e-GOV 法令検索
  • 日本文教出版株式会社ウェブマガジン「学び!と人権」 第15回 障害者の人権と教育(その3)「個人モデル」と「社会モデル」を考える
  • 共同通信社