テーブル・ランプ「Kシリーズ」 倉俣史朗作

スティール・アクリル/高さ37cm(小)/1972
スティール・アクリル/高さ37cm(小)/1972

 白い一枚の布をつまんだような美しいドレープが特徴的なこのランプは、《Kシリーズ》という製品シリーズの名前よりも、むしろあの漫画のキャラクターと同じ「オバQ」の愛称でよく知られています。これは作者が作品発表時に命名した「フロア・ランプ『ランプ オバQ』」に由来しています。本作のデザイナー倉俣史朗は、戦後日本のインテリアデザインや家具デザインの分野において既存のデザイン的方法論を根底から覆すような前衛的な作品を次々に発表し、時代の寵児となった人です。
 例えば、《硝子の椅子》(1976年)は座面や背もたれなどすべてがガラスのみで作られており、まさに”透明”の椅子といったところですが、逆にモノとしての限りない存在感があります。一方、長方形の引き出し家具《変型の家具 SIDE1》(1970年)では、合板という普通の素材が使われていますが、家具自体がゆるやかなS字に変形しており、引力の法則に背くようなその特異な形状は見る者を驚愕させます。
 お化けのような乳白色のアクリルのシェードの形状にも見られるように、この《Kシリーズ》においても倉俣は<浮遊感>あるいは<うつろい>といった、やはり人間の知覚や感情に深く訴えるようなデザインを志向しています。
 実はこのランプは、限りなく手作りに近い方法で制作されています。正方形のアクリル板を熱し、4人の職人が四方から柱状の型の上にかぶせ、空気を吹き付けたりしながら、独特のかたちを生み出します。ですから、一見同じようなプロダクトに見えますが、どれもディテールは微妙に異なっています。
 「照明」という実用的な役割のみに終始することなく、このランプは我々にとって身近であり根源的な存在である「光」の不可思議さやその限りない魅力をそっと照らし出してくれているかのようです。

(宇都宮美術館 学芸員 前村文博)

宇都宮美術館ico_link

  • 所在地 栃木県宇都宮市長岡町1077
  • TEL 028-643-0100
  • 休館日 毎週月曜日、祝日の翌日

<展覧会情報>

  • 大原美術館名品展 モネ、マティスから濱田庄司まで
  • 2010年2月14日(日)~4月4日(日)

展覧会概要

  • 大原美術館コレクションから、モネやマティス、梅原龍三郎、安井曾太郎などをはじめとする、西洋と日本の近代美術、現代美術、また、栃木県にゆかりの深い陶芸家濱田庄司など合わせて76作品(85点)を展示。

<次回展覧会予告>

  • 没後10年 小倉遊亀展
  • 2010年4月18日(日)~5月30日(日)

その他、詳細は宇都宮美術館Webサイトico_linkでご覧ください。


「赤い目の自画像」 萬鐡五郎作

油彩/キャンヴァス/60.7×45.5cm/1912-13
油彩/キャンヴァス/60.7×45.5cm/1912-13

とげとげしく描かれた髪の毛に角ばった顔の人物。背景の赤をはじめ、黄色や紫に塗り分けられた鮮やかな色彩とは対照的に、頬がこけて上目づかいにこちらをうかがう姿からは、自信や情熱は感じ取れません。むしろ彼を支配しているのは、不安や怯えといった自らの内に抱える負の感情ではないでしょうか。
 明治の終わりに東京美術学校(現在の東京芸術大学)で絵画の勉強をしていた萬は、フォーヴィスムや未来派など、海外で次々に生み出される新思潮の芸術に呼応し、自らも新たなスタイルの作品を発表しました。この作品においても、見たままを描くのではなく、内的な衝動を画面上で表現しようとする表現主義の影響がうかがえます。
 明治から大正への時代の変わり目に合わせるかのように、日本の芸術は写実主義の時代から、自らの内面を視覚化する時代へと変化していきました。その背景には、知識人の間で個人の人格や価値観を重視する個人主義が強く意識されるようになったこととも無縁ではないでしょう。萬も東京美術学校卒業の数年後に郷里の土沢(現在の岩手県花巻市東和町)に戻り、自己を見つめる作業に取り付かれたかのように、異様な迫力に満ちた自画像を数多く制作します。
 しかし、個人主義は明るい面ばかりをもたらしたわけではありません。大正の知識人たちは社会通念となっていた行動や表現の規範から脱しようとしましたが、その結果彼らには、よりどころを失い漠然とした不安感に悩まされる日々が待っていました。
 集団を離れた個人であることの高揚と不安。当時の多くの若者たちが感じたであろう二つの心情を、この絵は伝えています。

(岩手県立美術館 主任専門学芸員 加藤俊明)

岩手県立美術館ico_link

  • 所在地 岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
  • TEL 019-658-1711
  • 休館日 月曜日
    (ただし、月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
  • トスカーナの風に抱かれて 千葉勝展
  • 2009年12月12日(土)~2010年2月14日(日)

展覧会概要

  • 岩手県水沢市(現奥州市)出身で、イタリアの古都シエナの土色に憧れて渡伊、以後同地で制作を続けた画家、千葉勝。油彩画を中心に版画、陶板、ステンドグラスなど約120点を展示し、その魅力に迫ります。

<次回展覧会予告>

  • アートフェスタいわて2009 -岩手芸術祭推薦作家展-
  • 2010年2月27日(土)~3月22日(月・振休)

その他、詳細は岩手県立美術館Webサイトico_linkでご覧ください。


「Animal 2000-02」 三沢厚彦作

クスノキ,油彩/177×65×196cm/2000

クスノキ,油彩/177×65×196cm/2000

 三沢厚彦は京都出身、幼い頃から優れた木彫作品に接して彫刻家を志しました。東京芸大の彫刻科に進み、卒業後しばらくは「アッサンブラージュ」というプラスター片や木片を膨大に寄せ集めて作品とする制作を行っていました。しかし、2000年を期に原点の木に戻ってさまざまな動物をモチーフとした《Animals》シリーズの制作を始め、2001年には優れた彫刻家に贈られる平櫛田中賞を受賞しました。このシマウマはシリーズの最も初期のもので、クスノキを素材とした彫刻作品であり、一連の作品の中でも独特の味わいを持っています。
 作者の制作はドローイングから始まります。実物を見ながら描くのではなく自らの印象を頼りに描き、ラインが決まれば彫り始めます。彫ってからまたラインを見つけるために描き、着色してからもまた彫ります。表面を滑らかに仕上げることにこだわりはなく、ノミ跡やささくれ、寄木の跡などが残りますが、作者は全体としての印象に影響がなければそれでよしとします。
 淡々としたノミ跡は、優れた技術よりも職人的な気分を伝えます。他方で作者なりのこだわりは、香木としても用いられるクスノキの香りや、油絵の具による画家並みの彩色などに表れています。例えばシマウマの白黒の基調色は、わずかに施された黄色と水色によって引き立てられています。作者は視覚的な形や触覚だけでなく、あえて嗅覚や色彩の効果を作品の一部としているのです。そしてこのシマウマの全体像は、どこか現代的でユーモラスな雰囲気を醸しています。作者は「動物って、どーんとした胴があって四つの足が踏ん張っていて、鼻の先から尻尾の先までの形の動きが気持ちいい。」と語っていますが,まさにそのような姿です。以後の三沢による動物シリーズの中でも、ごく原初的なものがそこにあります。

(北海道立旭川美術館学芸員補 高橋みのり)

■北海道立旭川美術館ico_link

  • 所在地 北海道旭川市常磐公園内
  • TEL 0166‐25‐2577
  • 休館日 月曜日(祝日または振替休日の時は開館、翌火曜日が休館)
        年末年始(12月29日~1月3日)、展示替期間等。 

<展覧会情報>

  • アロイーズ/
    北海道のアウトサイダー・アート
  • 2009年10月24日(土)~1月14日(木)開催

展覧会概要

  • 男女の愛の世界を描き続け、アール・ブリュットの原点といわれるアロイーズの全貌と、北海道で注目されるアウトサイダー・アートの作家たちの作品を紹介します。

<次回展覧会予定>

  • 高橋留美子展 ~It’s a Rumic World~
  • 1月23日(土)~3月14日(日)開催

その他、詳細は北海道立旭川美術館Webサイトico_linkでご覧ください。


「空間概念 期待」 ルチオ・フォンタナ作

油彩/キャンヴァス/115.5×89cm/1961/Concetto spaziale,1961(C)Lucio Fontana by SIAE 2009
油彩/キャンヴァス/115.5×89cm/1961/Concetto spaziale,1961 (C)Lucio Fontana by SIAE 2009

 イタリアを代表する前衛芸術家、ルチオ・フォンタナの作品です。題名は《空間概念 期待》。赤く塗り込めたキャンヴァスに、軽やかな曲線をえがく三筋の切れ目が入れられています。
 フォンタナは、この作品のように、ひと色で塗り込めたキャンヴァスに、ナイフで切れ目を入れた作品を1000点近く制作しました。その多くには、この作品と同じ《空間概念 期待》という題名がつけられています。
 この題名には、ある法則があります。日本語に訳するとわからなくなってしまいますが、元の言語であるイタリア語では、切れ目がひとつの作品には、「期待」を意味する「Attesa(アテッサ)」という単数形の単語が当てられ、対して、切れ目が複数の作品には、同じく「期待」を意味する「Attese(アテッセ)」という複数形の単語が当てられています。
 切れ目がひとつの作品には、ひとつの期待、切れ目が複数の作品には、複数の期待。つまり、この題名にある「期待」とは、この切れ目そのものを指していると考えられるのです。
 フォンタナは、「画家として、キャンヴァスに穴を穿つ時、私は絵画を制作しようと思っているのではない。私は、それが絵画の閉鎖された空間を越えて無限に拡がるよう、空間をあけ、芸術に新しい次元を生みだし、宇宙に結びつくことを願っている。」(Jan van der Marck,”Lucio Fontana:From Tradition to Utopia”,op.cit.「フォンタナ展」図録 富山県立近代美術館他 1986年)と述べています。
 時代が移り、人々の生活が変わっても、依然として絵画や彫刻といった芸術の枠組みが変化しないことに強い疑問を抱いたフォンタナは、絵画という芸術を支えてきたキャンヴァスに穴をあけ、絵画という枠組みを、文字通り突破しようとしたのでした。

(大原美術館 主任学芸員 吉川あゆみ)

■大原美術館ico_link

  • 所在地 岡山県倉敷市中央1-1-15
  • TEL 086-422-0005
  • 休館日 月曜日(ただし、祝日、7月下旬~8月、10~11月は無休)、年末

<展覧会情報>

  • コレクションテーマ展28「新収蔵作品展 2006-2009」
  • 10月1日(木)~12月27日(日)

展覧会概要

  • 大原美術館が2006年以降に新規収蔵した、現代日本の作家たちの作品を一堂に公開。

【展示作家】 淺井祐介 会田誠・加藤愛 岩熊力也 植松奎二 太田三郎 岡田修二 押江千衣子 小野博 鯉江真紀子 東島毅 樋口佳絵 彦坂敏昭 北城貴子 町田久美 三瀬夏之助 ログズギャラリー

<次回展覧会予定>

  • コレクションテーマ展29「白樺派誕生100年 夢の美術館」
  • 2010年1月1日(金)~2月28日(日)

その他、詳細は大原美術館Webサイトico_linkでご覧ください。


「海辺の母子像」 パブロ・ピカソ作

「この作品に、なにが描かれているのか、話してください」

―海岸だと思う。

―暗い空。夜だろうか?月明かりが見える。

―母親と赤ん坊。舟が浮いている。

―母親が手に赤い花を持ち、浜辺にたたずんでいる。

―いや、歩いているかもしれない。しかも、裸足で。

油彩/キャンヴァス/81.7×59.8cm/1902/Pola Museum of Art,Pola Art Foundation/(C)2009-Succession Pablo Picasso-SPDA(JAPAN)
油彩/キャンヴァス/81.7×59.8cm/1902/Pola Museum of Art,Pola Art Foundation/©2009-Succession Pablo Picasso-SPDA(JAPAN)

 この作品を見せて、ある学校のクラス生徒全員に質問を投げかけたところ、一つとして同じではない、時には思いがけない答えが返ってきました。さまざまな人の視線、感覚、感情を惹きつけ、いかなる解釈も悠然とうけとめる度量を、この作品は備えているようです。なぜでしょうか?

 《海辺の母子像》は、20歳のピカソが描いた「青の時代」(1901-1904年)の作品です。スペインに生まれたピカソは、親友カサへマスの死をきっかけに、生と死、貧困といった主題に傾倒します。画家の心境の変化を映すように、その絵画からは明るくあたたかな色彩が消え、しだいに青い闇に覆われていきました。

 青色は、空や海を連想させ、純粋さ、静けさを感じさせる色彩です。また、「青=ブルー」といえば、憂鬱(ゆううつ)、不安など、メランコリックな性質も備えています。ピカソの「青の時代」の絵画には、イメージの宝庫であるこの青色が、たくみに多用されています。どうやら、この「ピカソの青」に、幾通りもの見方を可能にする秘密の一つがあるようです。

 ところで、絵画作品にはWeb等の画像を見るだけでは感じとることのできない重要なポイントがあります。それは「絵画の質感」です。専門用語では「マチエール」といいます。平坦に塗られているように見えるこの《海辺の母子像》も、実際はところどころ絵具が厚く塗り重ねられ、作品全体に重厚感を与えています。実は《海辺の母子像》を制作する以前に、ピカソはまったく異なる題材の絵を、この同じキャンヴァス上に描いていたことが透過X線調査でわかっています。

 Webで本作品が気になった皆さん、ぜひ美術館に足を運び、「ピカソの青」を体感してみてください。

(ポーラ美術館 学芸員 今井敬子)

■ポーラ美術館ico_link

  • 所在地 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
  • TEL 0460-84-2111
  • 休館日 年中無休(展示替え休館あり)

<展覧会情報>

  • 企画展「ボナールの庭、マティスの室内 日常という魅惑」
  • 9月12日(土)~2010年3月7日(日) ※期間中無休
  • 常設展示「ポーラ美術館の絵画」、「森芳雄 ひとのぬくもり」、「ガレ、ドーム、ティファニーのガラス-花ひらくアールヌーヴォー」、「粧いの空間-ロココからアール・デコ」

展覧会概要(企画展「ボナールの庭、マティスの室内 日常という魅惑」)

  • 身近な自然としての庭と日々の生活が営まれる室内。19世紀後半から20世紀の西洋絵画にみられる、庭と室内という日常的な空間の表現を、印象派のモネから20世紀のボナールやマティスまで、約50点の作品によって紹介します。

<次回展覧会予定>

  • 「ポーラ美術館の日本画Ⅰ- 杉山寧不朽の名作《水》を中心に」
  • 2010年3月13日(土)~6月8日(火)


「ミラールーム(かぼちゃ)」 草間彌生作

ミクストメディア/1991年 撮影:齋藤さだむ

ミクストメディア/1991年 撮影:齋藤さだむ

撮影:上野則宏

撮影:上野則宏

 展示室全体を覆いつくした黄色の地と黒の水玉。どうなっているのでしょうか?
 構造から見てゆきましょう。「ミラールーム(かぼちゃ)」と題された作品の本体は、鏡張りの2メートルの立方体です。一か所だけ開けられた小窓から中を覗くと、まるで万華鏡のようです。内部もすべて鏡張りになっているので、床に置かれた大小29個のかぼちゃの立体作品が、無限に増殖してゆくように感じられます。想像できますか?
 それを展示室の中心に設置し、周囲の空間全体を、天井・壁・床を問わず、作品内部のかぼちゃの色と同じ黄色に塗りこめ、無数の黒いドット(水玉)で覆いつくしたのが、このインスタレーション(設置場所の空間全体を作品化したもの)なのです。
 展示室に入ると、まず私たちは、日常とはかけ離れた強烈な空間に圧倒されてたたずみ、やがて鏡に映った自分の姿を意識しながら、その異空間をさまよう経験をします。しかも、鏡の中の自分は時折(角度によって)、背景の黄色と黒の世界と一体化したかのように、あるいは作品の中に吸い込まれてしまったかのように、視界から消えてなくなるのです。
 このインスタレーションは、「ミラールーム(かぼちゃ)」のコンセプトを、鑑賞者により効果的に体験してもらうために、60年代の草間彌生の「ハプニング」などにヒントを得て、作家監修のもと、原美術館が1992年秋のコレクション展のおりに、オリジナルに企画したものです。翌年には、草間が日本代表として参加し、その国際的な再評価の契機にもなった「第45回ヴェネツィア・ビエンナーレ」でも好評を博し、以降の作家の表現世界にも影響を与えました。
 多くの日本人作家に先駆けて1957年に渡米。以降十余年間にわたって、激動のニューヨークのアートシーンのなかでひとり戦い続けた草間彌生。無限の増殖と強迫観念からの解放、永劫への回帰は、歳月を経た今日もなお、一貫したテーマとして作家を触発し続けています。

(原美術館学芸員 青野和子)

※この作品はおもに、ハラ ミュージアム アーク(原美術館別館)でご覧になれます。展示期間の詳細はお問い合わせください。(TEL:0279-24-6585)

原美術館ico_link

  • 所在地 東京都品川区北品川4-7-25
  • TEL 03-3445-0651
  • 休館日 月曜日(祝日の場合は開館,翌日休館),展示替期間,年末年始

<展覧会情報>

  • 原美術館コレクション展
  • 8月1日(土)~10月12日(月・祝)

<次回展覧会予定>

  • 「原美術館コレクション展:『間に合わせもの』ラウシェンバーグへのオマージュ」
  • 10月24日(土)~12月上旬

ハラ ミュージアム アークico_link

  • 所在地 群馬県渋川市金井2855-1
  • TEL 0279-24-6585
  • 休館日 展示替え期間,冬季

<展覧会情報>

  • 「原美術館コレクション展~日本の現代美術はおもしろい」(現代美術ギャラリー)
  • 9月12日(土)~11月23日(月)
  • 「季をめぐる」(観海庵)
  • 前期:9月12日(土)~10月12日(月・祝)
    後期:10月17日(土)~11月23日(月・祝)

その他,詳細は原美術館Webサイトico_linkでご覧ください。


「道路と土手と塀(切通之写生)」 岸田劉生作

油彩/キャンヴァス/56×53cm/1915

油彩/キャンヴァス/56×53cm/1915

 風景画を見るときのポイントをお教えしましょう。(1)どこ? (2)季節はいつ? (3)画家の視点は? (4)風景と人はどのように結びつくか?
 わかりにくい? じゃあ、日本近代美術を代表するこの作品で確認していきましょう。
(1)タイトルに地名は入っていません。でも「写生」という言葉は、現実の風景を描いたことを意味しています。
 実際、現在の渋谷区代々木四丁目のものと判明しているのですが、それはあまり大事じゃありません。大事なのは、あくまでも、見てわかること。
 右手には造成された「土手」。左手には石とコンクリートとが混在した「塀」。そして中央には粗くならされた「道路」。すべて人工物です。ではそれらの素材はどうか? 土、草、石……自然物ですね。つまり、人工と自然との対比がここにはあります。もちろん、単に「対立」だけでなくって「共存」や「変転」もテーマになっています。
(2)影が濃いので夏のような気もしますが、花がないので冬だとも思えます。この絵が描かれたのは、右下に日付が書いてあるのですが11月上旬のこと。ちょっと意外ですが……そう、大事なのは(読んでではなくて)見てわかること。季節感のないこの絵において、季節は意図的に排除されているのです。「四季」や「花鳥風月」という約束事や叙情性に頼らずにどんな風景を描けるのか、それが劉生の考えだったと言えるのではないでしょうか。
(3)劉生は急な坂の下に立っていました。でも見上げるという感じはありませんね。土手や塀の上辺が少し下に向かって延びているからでしょう。しかも画家の眼差しは、すぐ手前の道路の土とそこに生えている草に焦点を合わせている。
 その焦点のきつさに目を上にやると、空があります。でも不思議。画面の中心に向かって明るいんです。「上に高い」のではなくて「奥に深い」空。ソラというよりカラですね。
(4)人工物と自然の対比の強調。季節感の排除。視点の不安定化。このようにして生まれた劉生の風景画を前にすると、観る人は、あることに気づくのではないでしょうか。そう、風景とは、私たちが見て意味づける以前から、そこに強く存在しているはずのものなのです。

(東京国立近代美術館 研究員 保坂 健二朗)

東京国立近代美術館ico_link

  • 所在地 東京都千代田区北の丸公園3-1
  • TEL 03-5777-8600(ハローダイヤル)
  • 休館日 月曜日(祝日または振替休日に当たる場合は開館し、翌日休館)、展示替期間、12月28日~2010年1月1日  ※ゴーギャン展の会期中(~2009年9月23日)は、9月21日(月・祝)は開館します

<展覧会情報>

  • 所蔵作品展「近代日本の美術」/「寝るひと・立つひと・もたれる人」
  • 6月13日(土)~9月23日(水・祝)開催

展覧会概要

  • 約9,800点から選びぬいた約170点を展示。20世紀はじめから今日までの日本近代美術の流れを、日本随一の質と規模で概観できる美術館です。斬新な視点による特集ではユニークな作品をご覧いただけます。

<次回展覧会予定>

  • 所蔵作品展「近代日本の美術」
  • 10月3日(土)~12月13日(日)開催


「マルタ/フィンガーペインティング」 チャック・クロース作

油彩/キャンヴァス/61.2×51.2cm/1986 © Chuck Close, courtesy PaceWildenstein, New York
油彩/キャンヴァス/61.2×51.2cm/1986 © Chuck Close, courtesy PaceWildenstein, New York

 作品を鑑賞するとき、「作品をよく見ましょう」といわれます。では、この作品をよく見ると何が見えるでしょうか。答えは、指紋です。この作品は、指に白い絵の具をつけて、黒い地の上にペタペタと押して描かれています。近づいてよく見れば大小や濃淡に変化をつけた無数の白い指紋が見えます。離れて見れば人物の肖像。モデルは女性です。この作品を見た生徒の中に、男性だと思ったという人がいました。そういわれると男性にも……。
 作者のチャック・クロースは、作品の制作に写真を使うフォトリアリズムの画家です。親しい人を写真に撮り、写真そっくりに一辺が数メートルもある巨大な肖像画を描きます。これが彼の基本スタイルです。しかしそれだけではありません。一枚の写真から様々な方法で複数の作品を制作します。カラー印刷のように色を三原色に分解して塗り重ねてみたり、画面を碁盤の目のように縦横に区切ってそのマスに濃淡の差をつけてモザイク画のようにしたりします。また、エアブラシを使ったり、細かい線を引いたり、指で捺したりして描きます。
 なぜこのように手の込んだことをするのでしょうか。クロースは次のように語っています。「いろんなシステムを使って執拗に同一人物を描き、容貌にどんな変化が起こるか……いかにしてほんのちょっとした変化が、ものの認識のされ方に甚しい相異をもたらすのかみる」*
 つまり、描かれた視覚情報の違いが人の認識にどう関わるかがポイントです。
 この作品をよく見ることで、人の姿が黒面上に配された白い指紋の集積であるとわかったとき、私たちは、指紋という抽象的符号の集積を、マルタという人物の写実的な肖像画として認めたことに気付きます。ところで、女性か男性かを判別する視覚情報はどうなのでしょうか。指紋は、作者のクロースという男性固有のものではあるのですが…。
 *リサ・ライオンズ「チェンジング・フェース-チャック・クロース年譜」(チャック・クロース展カタログ フジテレビギャラリー 1985年)より引用しました。

(徳島県立近代美術館学芸員 安達一樹)

徳島県立近代美術館ico_link

  • 所在地 徳島県徳島市八万町向寺山 文化の森総合公園
  • TEL 088-668-1088
  • 休館日 月曜日(休日の場合は翌日)

<展覧会情報>

  • おもろいやつら-人間像で見る関西の美術
  • 7月18日(土)~8月30日(日)開催

展覧会概要

  • 徳島県立近代美術館のコレクションの魅力を探る展覧会。同館のコレクションのテーマ「20世紀の人間像」を、「関西の美術」という切り口で作品を紹介。関西独特のニュアンスを持つ言葉「おもろい」がキーワードのユニークな企画展です。

<次回展覧会予定>

  • 美術の国徳島II -谷口董美、山下菊二兄弟 故郷のイメージを描く-
  • 9月5日(土)~10月12日(月・祝)開催


「肖像Ⅷ エドガー・アラン・ポー」 柄澤齊(からさわ ひとし)作

 この作品は、「肖像」シリーズの13番目の作品として制作されました。“13”は、不吉な数字と言われます。柄澤氏がこの番号に選んだ人物は、「エドガー・アラン・ポー」。ポーは、推理小説や恐怖小説で有名な作家です。

 さて、この作品です。顔はポーその人ですが、どういう訳か鳥の羽になっています。なぜでしょう?「肖像」シリーズについて柄澤氏は次のように話しています。「似顔絵としてではなく、解読し得るテキストとして、私なりに死者を読み、かつ描くことがどこまで可能かとの試みでした」と。表面的な似てる、似てないではなく、ポーという人物の“その人らしさ”を彼が読み解いた結果を、描いたのですね。

木口木版/22×6.2㎝/1983年作

木口木版/22×6.2㎝/1983年作

 代表作は「モルグ街の殺人」「黄金虫」「黒猫」などなど、題名だけ聞いても何やら恐ろしげですね。怖いのが好きな人、興味を持った人はぜひ読んでみてください。

この黒い羽は、大鴉(おおがらす)の羽です。ポーは「大鴉」という詩を残しました。この詩は、彼をまたたく間に有名にしたと言われています。また、大鴉は「悪魔の鳥」とも言われ、彼の作風を暗示しているようでもあります。

ポー自身は、この鳥を「死者を悼む、終わりなき追憶」を象徴すると言いました。ポーの死を悼み、彼の作品を通して、ポーという人物に思いを馳せる柄澤氏自身の姿が見えてくるようです。

本館には、柄澤氏の作品が多数収蔵されています。同じ肖像シリーズの、「肖像Ⅳ アルチュール・ランボー」も、お薦めです。

(埼玉県立近代美術館学芸員 山水明)

埼玉県立近代美術館ico_link

  • 所在地 埼玉県さいたま市浦和区常盤9丁目30番1号
  • TEL 048-824-0111
  • 休館日 月曜日,12/29~1/3,メンテナンスの日(6/23、7/21、12/8、12/25~27、1/12)

<展覧会情報>

  • 長澤英俊展 ―オーロラの向かう所―
  • 7月18日(土)~9月23日(水・祝)開催

展覧会概要

  • 長澤英俊は、埼玉県川島町で育ち、多摩美術大学を卒業後、1年余りをかけて自転車でアジア大陸を横断。到着したミラノを拠点に制作を展開し、主要な国際展で紹介される世界的な彫刻家です。川越市立美術館と同時開催。

<次回展覧会予定>

  • ロシアの夢
  • 10月10日(土)~12月6日(日)開催