美術館で「ブラタモリ」

 テレビ番組の多くは司会役と参加役に分かれています。司会の進行にそって、ひな壇や解答席などに座る参加役が、答えを間違ったり、笑ったり、時に涙ぐんだりします。でも最終的には「ガッテン!」という「あらかじめ想定された答え」に行きつきます。
 一方、ギャラリートークはそういきません。最初から決まっている「答え」を目指すのではなく、参加者自身が活動を通して変化することがねらいです。進行役が想定していない意見や考えは歓迎されます。対話の中で作品について思いもしなかった解釈が生まれることもあります。
 テレビ番組で例えれば「ブラタモリ」のような感じでしょうか(※1)。ゆるやかなテーマのもとにブラブラと歩き回り、そこで何か見つけたり、地域の専門家と対話したりします。その過程で、何気ない道の段差や斜面の穴などが新しい意味をもち始めます。
 先日、ある美術館で行ったギャラリートークもそんな感じでした(※2)。依頼内容はとても緩やかで活動はお任せ、「時間は2時間、会場も小さいのでお客さんは多くて10名、役場の職員や学校の先生などが集まるはずです」。展覧会は大好きな「岩崎永人」。流木を用いて人体などをつくっている作家です。
 好きにやってよし、しかも大好きな作家とくれば、私の方程式としては「ブラタモリ」です。参加者と一緒にブラブラと館内を歩きまわりながら対話を楽しみ(※3)、状況に応じてアクティビティを取り入れます(※4)。何か生まれればそれでよし、うまくいかなかったら「ごめんなさい!」で……。

① テーマ

 行き先も分からずに、作品と対話するのは苦手なので、最初に緩やかなテーマを決めることにしました。「我々はどこから来て、どこに向かうのか考えてみましょう」と提案しました。岩崎さんの作品は、何か私たち自身の在り方について考えさせてくれると思ったからです。本当のところは、最近見た映画「ブレードランナー2049」のせいかもしれません(※5)……「人間とは何か」を問うテーマだったのです。

② 導入

 最初のアクティビティは、緊張している心をほぐすことが目的です。岩崎さんの風景画も展示してあったので、テーマに関連させて「あなたの原風景は?」としました。「空を見上げた記憶」「祖母の庭」「稲刈りの風景」「田んぼの小川で遊んだ記憶」などが返ってきました。自分自身との関わりから鑑賞する気持ちにはなってくれたと思います。
 次に、岩崎さんの油絵について語り合いました。風や匂いに関わる発言が出て、視覚だけでなく他の感覚を呼び起こすことにつながりました。ただ、この場面は参加者に「何をいっても認められるのだ」という雰囲気をつくることが何より大切です。作品解釈に深入りせず、早々にメイン会場の2階に向かいました。

③ 展開

 2階には8体の作品がフロアに並んでいます。しばらく見た後、一つの作品を取り出し、少し意見を聞いてみました。
 「目は表されていないのに、作品と視線が合います」。中学生の鑑賞会でも同じような意見が出ていました(※6)。「視線が合う」とは、「自分が見られている」、つまり自分を見つめることかもしれません。
 作品の中心を指さして、「中に何が入っているのでしょう?」という発言もありました。私は知っていたので、すぐに「骨のように芯材の枝が入っています」と答えました(※7)。すると「そういうことではなくて、この人の意思とか、作り手の思いとか……」なるほど、作品の中に入り込んで考えているのですね……。

 「自分を見つめ」「作品の中に入り込んで考えている」のであれば、一つの作品で話し合うよりも、自分の好きな作品と対話した方がよいでしょう。2階に上がったときに、8体のそれぞれに向かって参加者が近づいていく様子もありました。そこでトークをやめ、定番のアクティビティ「どの作品が一番好きですか、その理由は?」に切り替えました。
 結果は興味深いものでした。例えば「私はこれです」「理由は?」「一緒に踊るのにちょうどいいからです」。奥様と社交ダンスをやっている役場の方でした。作品と一体化し、運動感覚を働かせているのでしょう。
 同じ作品に対して「これなら勝てそう!」という参加者もいました。「えっ……なぜ?」「私より身長が小さいから……」なるほど、日々自分と戦っているのかなあ……。
 「私はこれです、唯一上向いている作品で、何か前向きな印象があります」。作品の視線を追う発言で、最初の発言「視線が合う」の発展のようです(※8)。作品の前向きさを自分自身と比べているように感じました。
 作品を通して自分を語る意見が多かったのですが、「塗料を塗っているのに『塗った感』がない」「こんなにたくさんの流木をどうやって集めたの?」(※9)など表現方法や制作過程に興味を持つ人もいました。様々な意見をまとめるのは難しいと感じたので、無理に結論付けず、一階に降りることにしました。

 降りていくと、ちょうど出口の手前に、二体が落ち葉を拾いながら対話しているような作品がありました。そこで「ふきだし」のアクティビティを思いつきました。「この二人は何をしゃべっていると思いますか?」。すると「枯れ葉を拾いながら、木は土から栄養をもらって、花や葉、そして実をつけます。でも、葉は枯れ、落ち、そして土に帰ります。私たち生物はすべて同じで、結局は土から来て、土に帰る、の連続です」。少しテーマに近づいたようです。

④ 終末

 展示会場から出た後、一人ひとりに感想をまとめてもらいました。ここで、参加者は鑑賞を通して深く考えていたことが分かりました。
 「晩秋に 流木見つめ 起結問う 土から生まれ 土に帰すなり」。今回のトークは人間の起結を問う内容で、作品から輪廻転生的な意味を感じたという短歌です。短歌にしたのは、この美術館が万葉集の石碑が配置されている公園(※10)に設置されているからです。参加者は、作品だけでなく、美術館の場所からも考えていたのですね。
 その他「大地に返って、芽となり木となり、枝となり、それの繰り返し」「自分、子ども、孫と続いていく営み」「答えを見つけ出そうとする日々の繰り返しこそが答え」など生命や世代の連鎖、人生の意味に関する感想もありました。

 

 成り行き次第のギャラリートーク、参加者が全身の感覚を働かせながら感じ、考え、対話し、何かしら新しい発見をしてくれたのであれば幸いです。少なくとも私は、岩崎さんの作品に対する見方が変わるという成果を得ました。始まる前は、自然としての人、朽ちる時間、環境などだろうと漠然と考えていましたが、生命の輪廻や世代を超えた人の営みまで感じることができたのです。
 美術館での鑑賞活動は、単なる作品解釈や学力育成ではありません。自己、社会、歴史などに広がって自分の生き方や経験を再構成し、新たな問いを生み出すものだと思います。今回もそんな実感が味わえた「美術館で『ブラタモリ』」でした。

 

※1:あくまで個人的な喩えです。「ブラタモリ」も構成や脚本、念入りな準備が行われているはずです。
※2:「大衡村ふるさと美術館」。地元作家菅野廉の記念絵画を常設展示しています。近年「何でぇーマンホール展」などの意欲的な展覧会で来館者を増やしています。
※3:進行役は作家や作品に関する知識が必要です。ただ初めて出会う作品ばかりなので、同行する美術館の方を頼ることにしました。ずるい?かな。
※4:まあ、こういうと格好がつきますが、自分のできることは知れてますので、居直りかもしれません。もちろん、手駒を増やす努力は必要ですが…。
※5:そんな理由でいいのでしょうか?いいと思います(^^)
※6:「目がないのに、どこかを見つめているようで不思議でした」大衡中学校「美術通信」2019.11.4 そのほかに「見る角度を変えると表情が変わっているように感じました」というのもありましたが、同様の発言が参加者からありました。
※7:ちょうど館の方に教えてもらったばかりで…(恥)。
※8:これも中学生が感じていたことでした。「上を向いている人をスケッチしていると、作品の感情も見えてきて、前向きに明るい未来を見つめているように見えました」前掲註6 スケッチや模写は作品との対話の手段として考えることができます。
※9:一つ一つの流木は、もとは大きいのですが、山梨の山々から富士川に流れ、海に流れ着くまでもまれて、削られて小さく形成されたものです。岩崎さんは、これを山のように集めて、そこから一つ一つの形や色を吟味して作品をつくっています。
※10:「昭和万葉の森」。万葉集に詠まれる草木を通して、歴史・文化・自然・科学等が学べる森林公園です。園内には万葉集の歌を刻んだ石碑や、万葉茶屋、パークゴルフ場、わんぱく広場などがあります。

放課後スクールの充実~エスポー美術学校の調査報告から

 フィンランド(※1)の国立教育庁、美術館、学校、放課後スクールと縦櫛で貫いたような調査に行ってきました(※2)。わずかな滞在で分かったように話すことは慎むべきですが、それでも教育の特徴や厚みを感じることができました。一例として、本稿では放課後スクールについて紹介します。
 フィンランドでは、児童・生徒が放課後学ぶような施設・団体が、美術に限らず音楽、サーカス等いろいろ用意されており、そこに多くの子どもたちが通っています(※3)。日本でいえばNPO法人の児童館という感じなのでしょうが、スケールはかなり違っています。私たちが訪ねたのはエスポー美術学校です。

① 設備・施設

 エスポー美術学校(※4)はフィンランド第2の街、エスポー市(※5)にあります。美術館やおもちゃ博物館、歴史博物館などがある広大なアート・センターの中に設置されています。美術学校の中にはワークショップ室、教材準備室、コンピュータ室など複数の部屋が用意されています。ワークショップ室は日本の図工室や美術室に似た広さと設備ですが、その部屋を少人数で使用するので一人あたりのスペースは豊かです。

② 児童・生徒

 参加しているのは、エスポー市在住の5歳~20歳までの1400人(国内最大)です(※6)。クラスは、10人~12人程で構成されています。1年コースまたは半期コースで、週当たり、5~6歳クラスは週2時間、7~12歳クラスは週2~3時間,13~20歳クラスは週3~4時間の授業が行われています。2016年春学期のクラス数は5~6歳14クラス、7~12歳70クラス、13~20歳28クラスで合計112クラスです(※7)。1400人の児童・生徒、112クラスの放課後スクールなんですね……。
 参加はホームページで申し込むそうですが、先着順で、すぐにいっぱいになり、希望者の8割程度が「入学」できるそうです。入学試験などはありません。私たちが訪れたのは午後でしたが、学校が終わる時間(概ね2時半~、4時半~)になると、保護者が子どもたちを次々と連れてきました。校長先生いわく「両親とも共働きが常識なので、このような施設が必要です」ということでした。日本もそうなんだけどなあ……。

③ 予算と支出

 驚いたのはその予算です。まず、エスポー美術学校の年間予算は1億9500万円、その40%が授業料で残りの24%をエスポー市、25%を国が負担します(※8)。う~ん、放課後スクールに約2億円、その予算の5割を自治体が出しているとは……。
 支出の内訳は74%が人件費です(※9)。17時間程度授業を教える先生が7名、3~15時間を担当する先生が35名、さらに単純な時間講師が120名ほどいるそうです。やっぱり教育は人、人ですよ(苦笑)。

④ 授業内容

 授業の内容は、テキスタイル、シルクスクリーン、お絵かき、粘土、コンピュータグラフィクスなどです。学習テーマにそって地域ショッピングセンターのサインをつくったり、美術館に鑑賞にいったりするなど実践も行われます。日本の美術館や学校が実践している内容と大きな違いはないように思いました。
 特徴的なのは、一定の年限を学習した16歳以上の生徒を対象に個人がテーマを設定し、1年間の卒業制作を行うプログラムです(※10)。卒業制作は審査もあり、就職等に活用できる課程修了証明書も出ます(※11)。卒業制作の作品は充実しており、他に展示されている児童作品を見ても、きちんと子どもの資質や能力を伸ばす題材が行われているなあという印象です。

⑤ カリキュラム

 フィンランドはナショナル・カリキュラムが改訂されたばかりなので、そこを踏まえているかどうか質問してみました。
 「国の学習指導要領をもとに学習しているとホームページには書いてあるのですが。」
 「ああ、フィンランドはナショナル・カリキュラムとは別に、このような学校のためのカリキュラムがあるのです。」
 え?放課後スクールの学習内容に国も関与しているんですか……知らなかった。
 「それほど古い歴史はありません。2000年に始まり今回2017年版が二度目のカリキュラム改訂です。美術だけでなく音楽、手工、サーカスなどつくられますが、私は美術部門の委員で、国の調査官と一緒にカリキュラムをつくっています(※12)。」
 学校だけで子どもを育てようとはしていないということですね……。

⑥ 目標

 エスポー美術学校は何を目指しているのかという質問に、校長先生はこう答えました。
 「子どもの得意なことを引き出し、伸ばし、美術に親しむ態度や意欲を育てたいですね。現代の世界を考えれば、物事をビジュアルにとらえて議論し、問題解決する力や、持続性、忍耐力などを高めることが必要です。そのために、テーマに基づいた学際的な教科横断型の学習を実施しています。押しつけ的に学ぶのではなく、子どもや先生との相互性を大切にしながら、主体性や協働性、創造性を育みたいのです。特にテクノロジーやデザインは強化したいと思っています(※13)。」
 校長先生の話は、まるで日本の新学習指導要領の話を聞いているようでした。施設や予算などが整備されたエスポー美術学校の背景に、しっかりした目標があるのは当たり前のことですが、グローバル化している現代において各国のねらいはほぼ似通っているといえるでしょう。

 

 フィンランドの手工科や美術科、そのための施設・設備、時数などについては文献や報告等で知っていましたが、放課後スクールまで充実しているとは驚きでした。おそらく美術以外の分野でも同じようなことが行われているのだろうと思います。エスポー美術学校が教えてくれたのは、学校だけで教育を考えるのではなく、様々な組織や人々が教育に関わる基盤の重厚さでした。

 

※1:人口550万、面積は日本よりやや小さい34万km2。収入、雇用、住居、ワークライフバランス、教育、社会的結びつき、環境、安全などの点でOECD加盟国平均を上回っている。
※2:平成28-30年度科学研究費助成事業(基盤研究(B))「美術館の所蔵作品を活用した探求的な鑑賞教育プログラムの開発」代表:一條彰子
※3:国全体で放課後の活動を充実する方向にありますが、エスポー市は特に充実させているそうです。アイスホッケーやサッカーをはじめとしたスポーツクラブなどは放課後スクールとは別のシステムです。
※4:私たちの訪れた本校の他、エスポー市内に11か所の活動拠点(分校)を持っています。授業の他には「学校とタイアップした4、5年生対象のワークショップ」「学校教諭向け講習会」「大人向け有料のショートコース(約6000人)」「企業研修(有料)」「夏季休暇中のイベント」等も行っています。アールト大学(ビジネス、美術・デザイン・建築などの学部がある)の1年次教育実習受け入れ校でもあります。
※5:エスポー市は、ヘルシンキとヴァンター市に隣接し、人口約27万。ノキア、フォータムなどの世界的な大企業の本社があります。
※6:男子25%、女子75%程度で、年齢が上がるに連れて女子の比率が高くなります。
※7:秋学期もほぼ同数でした。
※8:授業料は週の時間数や材料費にもよりますが、半期で3~4万円程度です。収入に応じた免除もあります。
※9:その他は教材費8%、分校のテナント料7%、雑費となります。
※10:昨年は26名がそれぞれテキスタイル、環境・建築、陶器、ストリートアート、グラフィック、写真、ビデオ、絵画・素描などの卒業制作を行ったそうです。
※11:大学入学に有利になる資格ではありません。
※12:ちょうど一昨日国立教育庁を訪問したので、「昨日あったミツコ調査官ですよね」といったら「ええ、ミツコですね。ミツコ、私よりもちょっとだけ若い(笑)」と校長はニヤリ……。発表会に国会議員を呼び、ロビー活動にも力をいれるなど、校長先生、なかなか「やり手」です。
※13:エスポー市内の高校やアールト大学(ビジネス、美術・デザイン・建築などの学部がある)ともタイアップし、高校生を対象としたデザイン・テクノロジー教育を強化しています。幼児教育からエレクトロニクス、ロボット等を扱うプログラムを開発する先端的な委員会も現在立ち上げられているそうです。

美術への期待と学力のエビデンス

 本連載は2012年に「図画工作科・美術科ができること」というテーマで始まりました(※1)。特に学力について何度か検討してきたつもりです。本稿では近年の報告をもとに美術に対する期待と学力のエビデンスについて紹介しましょう。

美術への期待

 すでに単純な知識の量では勝負できない時代になっています。AIがより進化し、求められる仕事が日々激変しています。新興国の経済力が日々向上する状況で、先進諸国にはより創造的な結果や違いを生み出す力が求められています。
 このような動きを反映してか、ビジネスの世界で美術について語られる機会が増えてきたように思います。例えば、4月に週刊ダイヤモンドが美術に関する特集を組んでいます。そこではビジネスの話だけでなく、美術によって培える資質や能力に関する発言が紹介されています(※2)

  • 「創造性を養うのにアートは不可欠(石川康晴ストライプインターナショナル社長)」
  • 「AI(人工知能)が仕事する時代に必要なものは感性。アートに触れることで感性が育つ(新藤博信アマナ社長)」
  • 「美術作品と豊かなコミュニケーションができれば、論理的に考える力や、直感的にメッセージを捉える力を伸ばせる(筆者)」

 最近の出版物としては、山口周「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」(※3)があります。そこでは、RCA(英国カレッジオブアート)におけるグローバル企業の幹部トレーニングや、メトロポリタン美術館の早朝ギャラリートークのビジネスマン参加などの例が紹介されています(※4)。そして、美術鑑賞が「観る力」を高めることや「美意識への復権」の時代が来たことなどについて述べられています。
 新しい時代に直面していることを肌で感じているビジネス界は、美術によって育つ創造性や感性などに期待しているのかもしれません。

学力のエビデンス

 エビデンスが求められる時代です。国内外で図画工作や美術教育が育てる学力について様々な調査が行われています。
 国内では、国立教育政策研究所が実施した「特定の課題に関する調査(図画工作・美術)」と「小学校学習指導要領実施状況調査」があげられます(※5)。いずれもテスト形式で子どもたちの学力を測定しています。結果からは、例えば図画工作で「形や色、動きや奥行きなどをとらえ、それらを基に自分のイメージをもつことができる子どもは絵に表す問題や鑑賞の問題の通過率が高い」「複数の造形的な特徴を根拠に作品の印象について説明することに課題がある」などが分かっています。
 国外の研究については、邦訳でいろいろ入手できるようになりました。例えば、C.リッテルマイヤーは複数の研究を広く検討し、芸術教育に自己省察力や構想力、視点の拡張などを育成する可能性があると述べています(※6)。OECD教育研究革新センターはさらに広範囲の検証を行い、美術と「空間認知」「心的イメージ力」「推論する力」「粘り強さ」「問題を発見しようとする力」「他者と異なる方法で解こうとする力」などに関係があることを証明しています(※7)。「芸術教育に参加している生徒は学力が高い」「創造的でメタ認知の力がある」「欠席率が低くなる。学習意欲が高い」など本連載の指摘と重なる点も多くあります。
 ただ、共通しているのは、一定の傾向や相関は見られるけれども、因果までは証明できないことです。一時的な効果やホーソン効果(※8)かもしれず、「追跡調査が行われていない」「プログラムや教師によって結果が異なる」などの問題が残っています。また、音楽や美術などの教科が他教科の学力を育てるとしても、そのために芸術教育があるのではありません。芸術教育それ自体に意味があるという考えも大切です。
 今後も、新しい調査が行われ(※9)、美術教育で育てられる学力について様々なエビデンスが提示されることでしょう。

美術検定が示すエビデンス

 エビデンスの一例として美術検定(※10)の結果分析を紹介します。
 美術検定は、いわゆる「検定物」(※11)です。4級から1級で構成され、主に事実的な知識を問う「知識問題」で構成されています(※12)。「知識問題」とは、例えば「モナ・リザ」の画像を提示して「作者は誰ですか?」「作品名は何ですか?」などを答える問題です。作品や作者に関する事実的な知識の正確性や保有量が問われます。そのため、4級から1級にいくにしたがって、次第に重箱の隅をつつくような構造となっていました(※13)。そこで著者が監修や問題作成に参加し、「知識・情報の活用問題」や〝複数の資料を活用しながら記述する問題“などを導入して改善を図っています(※14)。「知識・情報の活用問題」とは、例えば、アートゲームや授業など仮想の状況を設定し、そこで作品の特徴や歴史的な文脈などを問う問題です(※15)
 現在、美術検定実行委員会の協力を得て、内田洋行教育総合研究所/東京大学大学院の平野智紀さんを中心に統計学的な分析を行っています。そこから解答者が働かせている学力についていくつかの知見が得られています。
 例えば、新たに導入した「知識・情報の活用問題」と、これまでの「知識問題」には、あまり関連が見られないことが分かりました。前述したように、「知識問題」は、題名と作品、作家名と作品名などが合致すれば正答します。比較的、単純な知識で答えられます。一方「知識・情報の活用問題」では、作品から構図や時代などの知識を引きだして、それらを論理的に組み立てなければ答えられない仕組みになっています。分析結果からは「知識問題」ができるからといって、「知識活用問題」もできるとは言えないことが分かりました。逆に「知識活用問題」ができるからといって、「知識問題」ができるとも言えません。ということは、「知識・情報の活用問題」が測っている学力と、「知識問題」が測っている学力は違うのだろうということになります。おそらく、単純な知識をたくさん保有しているからといって、それを活用できるとは限らないのでしょう。知識を活用するためには、知識とは別の学力が必要だと思われます。
 次に「知識問題」の中で、「ある問題」が正答だと、他の問題もよくできているという問題があることが分かりました。例えば、次のような問題です。

 この問題を解くためには、アール・ヌーヴォーやアール・デコなどの様式について理解し、さらに写真から幾何学的な形、すっきりした構成など複数の特徴を取り出す必要があります。ビルの名前や設計者などの事実的な知識は必要ありません。この問題は、複数の知識がつながり合った概念的な理解を問うているのです。この問題ができていれば他の問題もよく解けているということは、「知識問題」を解く場合も、単純な知識だけでなく、より高次な概念や理解が必要だということでしょう。
 このように、検定という限定的な状況を詳細に調べることによって、人々がどのように学力を働かせているのかを調べることができるというわけです。

 

 時代や社会の変化を思えば、今後、美術への期待はいっそう高まっていくでしょう。また、教育統計学などの発展によって、国内外を問わず、美術教育に関して様々なエビデンスが提示されるでしょう。今回の学習指導要領では「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力等」の学力やその関係が明確にされました。「グリッド」に代表されるようなやり抜く力や協働性などの非認知能力も着目されています(※16)。これから5年間、美術や美術教育をめぐる状況は大きく変化すると思われます。

 

※1:学び!と美術 <Vol.01> <Vol.02> <Vol.03> <Vol.04>
※2:週刊ダイヤモンド「美術とおカネ全解剖 アートの裏側全部見せます」(ダイヤモンド社)2017年4月1日号 p43
※3:山口周「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」(光文社新書)2017。ビジネス等における事例が豊富です。
※4:筆者は別の著書で企業がアートスクールに研修派遣させることや、エグゼクティブが美術館に集うことについて指摘しています。後半に、「『エジソン』と『実験工房』の共通点を幼児がすぐに探す(エ)」という例が出されており、これも筆者の著書の「ピカソ」「学力」とそっくりでしたが……(笑)。
※5:国立教育政策研究所「特定の課題に関する調査(図画工作・美術)」2020
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/tokutei_zukou/
及び、国立教育政策研究所「小学校学習指導要領実施状況調査」2015
https://www.nier.go.jp/kaihatsu/shido_h24/index.htm
※6:C.リッテルマイヤー「芸術体験の転移効果―最新の科学が明らかにした人間形成の真実」東信堂 2015
※7:OECD教育研究革新センター編著「アートの教育学 革新型社会を拓く学びの技」明石書店 2016
※8:期待されていると感じることで、行動や病状が良くなる(と思う)現象。
※9:著者が現在関わっているフィリピン貧困地域の調査は、国内外に例のないランダム比較試験です。
※10:前身は2003年~2006年に実施されたアートナビゲーター検定試験(主催:アートナビゲーター事務局主催)。美術館の予算削減、美術教育の時数削減などに対して、美術を愛好し、美術活動を推進する人材の支援や育成を目的としてはじまりました。2007年に美術検定と名称を変更し(主催:美術検定実行委員会)、今年14回目、昨年度の受験生総数は約2千人です(2015年は運営母体の交代により休止)。
※11:江戸文化歴史検定、世界遺産検定、TOEICなどの語学、教養、金融、教養など様々な資格試験のこと。
※12:西洋美術、日本美術、画材や技法等を問う問題で構成されています。4級は中学生、高校生(選択科目は美術以外)、3級は中学生(美術部)、高校生(選択科目は美術、美術系高等学校の生徒)、大学生(一般教養で美術史を受講)、2級は大学生(美術・美術史系)、1級は大学院生、高等学校の美術科教師などを想定しています。4級及び3級はマークシート。2級はマークシートと美術行政や美術館運営等に関する穴埋め。1級は企画力や実践力を測るためにテーマに沿った記述や論述で構成されています。
※13:例えば「こんなことを知っていて役に立つと思えない」「1級合格者が美術館ボランティア等で行われるギャラリートークでただ知識を披露するだけに終わって困る」などの声がありました。
※14:「特定の課題に関する調査(図画工作・美術)」「小学校学習指導要領実施状況調査」の作成に携わったノウハウや全国学力調査B問題の構造などを応用しています。
※15:例えば以下です。
問「アートカードを使った『共通点探し』のゲームをしています、Aの中に入る作品はどれですか?」

Aを選ぶためには、作品の形式(①)、時代(②)、構図(③)等を組み合わせる必要があります。このような問題を各級に2~3題導入しています。
※16:代表的なのはアンジェラ・ダックワース 著、神崎 朗子 訳「GRIT やり抜く力」ダイヤモンド社 2016

アート・ゲーム再考

 アート・ゲームとは、美術館で販売されているようなアート・カード(※1)を使った美術鑑賞ゲームです。カード同士の共通点を探したり、仮想美術館をつくったり、ゲーム的な活動から作品鑑賞の力を身につけていくことができるとされています(※2)。鑑賞教育が多様に展開されるようになった現在、もう一度アート・ゲームについて振り返ってみたいと思います(※3)

アート・ゲームに挑戦

 筆者がアート・ゲームを取り入れたのは2003~4年の宮崎県立美術館学芸員時代です。当時、美術館内でギャラリー・トークを対話的に実践したり、その成果を発表したりしていました。そんなときアート・ゲームを日本に紹介した愛知教育大学の藤江充先生から「まさか、(やっているのは)対話だけではないでしょう?」と声をかけられたのがきっかけです。

写真1

 さっそく、宮崎県立美術館が発売していた瑛九やマグリット、ピカソなどの所蔵作品のポストカードを集めました。箱を自作して、授業で使えるように6セット程度そろえました(写真1)。実施するアート・ゲームは、藤江先生の論文(※4)や、すでに教育普及活動にアート・カードを取り入れていた滋賀県立美術館(※5)の事例を参考にしました。また宮崎県立美術館は当時、夏になると子どものための展覧会「たんけんミュージアム」を実施して様々なアート・ゲームをやっていましたので、そのノウハウも取り入れました(※6)。そして、美術館主催の研修会や学芸員の出前授業などでいろいろなアート・ゲームを実践しました。

アート・ゲームの効果

 アート・ゲームの効果を感じたのはビデオデータ分析と子どもの発言です。
 ビデオデータ分析から分かったのは出前授業の効果です(※7)。出前授業をしていない学校の子どもたちが来館したときの動きが図1です。図中の点は一秒ごとの子どもの位置で、線はそれをつないだものです。流れるように動いています。つまり、それほど作品の前に止まっていない(見ていない!)のです。一方、出前授業をすると図2のようになります。作品の前に一定の間、止まっていることが分かります。ギャラリーに入ってすぐに自分の興味のある絵の前に立ち止まり、友達と語り合っているのです(※8)
 子どもの発言とは、ある子どもが発した「ぼくの!」という言葉です。出前授業をした子どもたちがギャラリーに入ったときに、マグリットの作品を見つけて「あ!ぼくの!」と言って駆け寄ったのです。正しくは「授業のアート・ゲームで遊んだ絵」ですが、「ぼくの!」とは、まるで自分の持ち物のような表現だと思います。おそらく「作品を自分の手に持った」という行為や経験が「ぼくの」という感覚を働かせたのでしょう(※9)。それが主体的な鑑賞を促しているとすれば、重要な視点だと思います。

図1

図2

アート・ゲームの長所と短所

 それ以来、全国指導主事協議会や美術館などでアート・ゲームを紹介したり、アート・カードの作成(※10)に携わったりしました。自分なりにまとめた長所と短所は以下です(※11)

①長所

  • 自分で「持つ」感覚、作品との一体性がよい(やっぱり「ぼくの!」です)
  • 色や形が鮮明で、適度な大きさで、いつでもどこでも使い易い(ポストカードサイズであれば、対話による鑑賞やディスカッションなどに使えます)
  • 人数や場に応じて多様な学習が工夫できる(研修や採用試験、福祉などに用いている事例があります)
  • 認め合いのコミュニケーションが活性化する(芸術作品ゆえの多様性がポイントです)
  • 自分たちで鑑賞の視点をつくりだすように活動する(例えば二枚のカードから共通点を一つ見つければ、それは鑑賞の視点を一つ見つけたことになります)
  • よく見る、よく考える(先生が「じっと見なさい」と言う必要はありません。ゲームと場の仕組みが見て考える活動を促します)
  • たくさんの作品に出会える(アート・カードのセットは一つの美術館ともいえます。ゲームの方法によっては展覧会づくりや学芸員の仕事について考えることもできます)

②短所

  • ゲームで終わってしまう(ゲームが何の役に立ったのか、子ども自身に成長の実感がないことがあります)
  • 芸術作品を大切にする姿勢が育たない(カードを乱暴に扱うことへの批判があります)
  • 思い付きに終始して深く考えない(ゲームの種類にもよりますが、言語や勝負に達者な子どもが有利になります)
  • 学習評価がしにくい(学習を通してどんな能力が育ったのか分かりにくい)
  • 作品の種類や枚数に左右される(所蔵館の作品に偏るので、活動の幅がせまくなるケースがあります。セットの枚数が少なすぎて遊びにくかったり、使い込んでボロボロになったりする場合もあります(※12)

アート・ゲームのこれから

 2005年以降、アート・カードを持つ美術館は増え、教科書の補助教材(※13)として付けられたり、教材として発売されたりしました。学校や美術館でいろいろなアート・ゲームも実践されています。この15年、アート・カードは学校と美術館をつなぎ、鑑賞教育の幅を広げることに役立ったように思います。
 ただ、すでに鑑賞活動は多様になっています。「社会に開かれた教育課程」の観点から学校と美術館の関係も変化してきました。大分県立美術館では美術館が果たす役割を「図画工作・美術」以外に広げようとしています(※14)。このような動きの中で、アート・ゲームはどうなるのでしょう。おそらく、学校では定番教材の一つとして、目的やねらいをふまえた上でポイント的に用いられる方向に進むでしょう(※15)。メソッドが整理できれば、高齢者施設や福祉、企業研修などに積極的に活用される方向にも広がるだろうと考えています。

 

※1:一般的には美術館の発行するポストカードやセットなどを指しますが、広義では普通の絵ハガキ、タロットカード、あるいは1960年代の永谷園の「東西名画選カード」なども含まれます。
※2:アート・カードを使ったゲームを主にアート・ゲームと呼んでいます。アート・ゲームは愛知教育大の藤江充教授(当時)が1990年代半ばにアメリカの実践を導入したのが始まりでしょう。ただアメリカの事例は、色や形、構図など明確なねらいを持って使用するもので、活用の幅が限定的でした。「そのままでは使えそうになかったので、日本の現場に会う形に変えてアート・カードを紹介した。」と彼は述べています。藤江教授によってアート・カードは多様に活用できる性格をまとうことができたと言えます。
※3:アート・ゲームはアクティビティの一種だとも言えるでしょう。海外の事例をもとに、私たちはギャラリートークのような対話的プログラム以外の鑑賞活動を「アクティビティ」と読んでいます。「美術館の所蔵作品を活用した探究的な鑑賞教育プログラムの開発」(研究代表者:一條彰子) 科学研究費 基盤研究(B)(一般)平成28-30年度。「学び!と美術<Vol.34>」でも紹介しています。
「学び!と美術<Vol.51>」に登場した国立国際美術館学芸員の藤吉祐子さん編集による『アクティビティ・ブック』(2017)は、今、一番のお勧めです。
※4:ふじえみつる「美術鑑賞教育の一つとしてのアート・ゲーム」愛知教育大研究報告 教育科学編 第52号 2003
※5http://www.shiga-kinbi.jp/?page_id=3346
※6:宮崎県立美術館は2006年、文部科学省の「学力向上拠点形成事業(わかる授業実現のための教員の教科指導力プログラム)の委嘱事業で大学関係者や学校教育、教育委員会と一緒に、そのノウハウを集めたアート・カードを作成します。2007年には、アートボックスを作成します。マグネット盤や虫眼鏡、ヘッドフォンなど様々なキットでアート・ゲームができる鑑賞支援教材です。筆者が監修した美術出版サービスセンターのSCOPEのゲームキット「エウレカボックス」には、この鑑賞支援教材のノウハウを一部応用しています。http://bijutsu.biz/bss_bsc/scope/eureka.html
※7:学校と美術館の許可を得てギャラリーに設置してあるビデオデータから来館した学校の子どもたち(図1、図2とも小学校5年生)の動きを分析させてもらいました。
※8:奥村高明「状況的実践としての鑑賞-美術館における子どもの鑑賞活動の分析-」2004.3、美術科教育学会誌「美術教育学」第26号 pp.151-163
※9:ある女性誌の編集者が「男性誌と違って女性誌の表紙が厚いのは、女性が一度手に持って確かめてから購入する傾向があるからだ」と語っています。「本日発売―女性誌編集長の物語」桜井 秀勲 イーストプレス 1993.6。子どもも自らの感覚で確かめるという同じ傾向があります。前号で取り上げた森實先生は低学年でポーズを使った鑑賞を実践されています。似た事例として、宮崎県立美術館でサントリー美術館展を実施した時に、サントリー所蔵の初代長次郎作の黒楽茶碗を見ていた茶道を嗜む集団の一人が発した「お茶が入ったらきれいだろうね」という言葉も感覚を働かせた例の一つでしょう。ケースに入って触れない楽茶碗を、頭の中では自分の手に持ってお茶を注いだ状態にして見ていたと思われます。
※10:作成に携わったのは主に以下。
『国立美術館アート・カードセット』国立美術館。制作の経緯は「美術による学び研究会メールマガジン第164号」2017.7に詳しく書きました。http://www.nmao.go.jp/study/art_card.html
『じろじろみてね』監修:奥村高明 島根県立石見美術館。廣田学芸員や「みるみるの会」などの活躍もあり広く活用されているケースの一つです。http://acop.jp/images/2012/09/2012_mirumiru.pdf
『鑑賞ツールSCOPE vol.1(小学生用)』『SCOPE vol.2(中学生以上用)』監修:奥村高明・西村徳行 美術出版エデュケーショナル。http://www.bijutsu.biz/bss_bsc/scope/postcard.html
※11:様々な研究論文や実践報告などで言及されていますが、あくまで筆者の個人的な意見です。
※12:始めの頃の国立美術館のアート・カードが厚くコーティングされているのは宮崎県立美術館の経験からです。現在は改良が進んで薄く軽くなっています。
※13:日本文教出版の教師用指導書には、題材のポイントを記載した朱書編や指導案集、掲示資料の他、アート・カード3セットが付いています。
※14:「アートフル大分プロジェクト実行委員会(公益財団法人大分県芸術スポーツ振興財団(大分県立美術館)、大分大学、大分県、大分県教育委員会)」は県内の学校と「美術×理科」「図工×国語」など多様なプログラムを実践しています。例えば、アートとサイエンスの探究的な学びとして、地域の地層や海岸の石などから生まれる色に着目したクレヨンづくりや墨づくりなど多様な実践を行っています。「幼少期における地域の色をテーマとした教科融合型学習の開発」 科学研究費 基盤研究(B)(一般)平成28-31年度。
※15:小学校の国語でカルタを用いるように、アート・カードは学習教材として活躍してくれるだろうと思います。

【対談】これからの鑑賞活動

 札幌市立星置東小学校の森實先生と鑑賞活動で大切なことについて考えてみました。

「相互鑑賞」や「対話だけ鑑賞」の違和感

著者:鑑賞の実践はずいぶん盛んになってきました。でも気になることはけっこうあります。代表的なのが「相互鑑賞」で、造形活動を中断してお互いの作品を鑑賞し合わないといけない。子どもたちは自分の表現に夢中になっているのに、それを断ち切られるんですね。
 あるいは「対話だけ鑑賞」で、一枚の美術作品を前に低学年や中学年が延々と語り合っている。発達的には、作品と一体化できる特性があって、いろいろな方法で感じたり考えたりできる年齢なのにと思います(※1)
森實:言語化に違和感がありますね。自分の感じたことや考えたことなどを言葉にして「思考力,判断力,表現力等」を育成することは大切だと思います。でも、そこに、子どもの感じていることが十分表れているかというと、そうではありません。図画工作科や美術科では、子どもが本当に感じていることや考えていることなどは、言語だけで表れないというのが実感です。それが教科的な特徴だと思うのです。実際に、つくる活動の中に鑑賞活動は自然に含まれていますし、できた作品の中にも鑑賞したことが反映されています。
著者:「つくるのは表現」で「見るのは鑑賞」のように、表現と鑑賞を対立的に捉える傾向が背景にあるのでしょうね。「表現活動では、発想や構想、技能が発揮されている」だけで「鑑賞の能力は発揮されていない」と思っているのかもしれません。だからつくることを中断してまで相互鑑賞を行うのだと思います(※2)
森實:指導者が鑑賞ということを難しく考えているのかもしれません。鑑賞活動のねらいはその子その子のアンテナを増やすことだと思うんですね。発見する力、視点をつくりだす力と言い換えてもよいかもしれません。表現活動であれ、鑑賞活動であれ、子どもたちのアンテナが増える学習活動になっているかどうかを考えればよいのだと思います。
著者:アンテナという喩えは面白いですね。子どものアンテナが立つ題材や手立てになっているかをチェックすれば、「相互鑑賞」や「対話だけ鑑賞」は生まれないような気がします。

実践「私の素敵な和のセンス」

著者:アンテナが立っている実践の一つとして、森實先生の授業を取り上げたいと思います。子どもが着物や和食など日本風だと思われているものを鑑賞した後に、そこからエッセンスみたいなものを取り出して、扇子として表すという実践ですね。
森實:扇子というのは結構たまたまで(笑い)。屏風と違って「生活に使える」「親しみがある」と思ったんですね。試しにつくってみると「折りたたんで持てる」「開いた時美しい」ので「ああ、これは子ども達も楽しいかな」と。でも、そこにこだわっているわけではないんです。つくるものは何でもいいんです。
著者:というと学習のねらいは扇子づくりにはない?
森實:ええ。子どもたちの生きている生活の中に「和」はあって、その「和」ということを、その子らしいアプローチで、気づいて、考えて、その子なりにたどり着けばいいなと思いました。

著者:なるほど、私達の思う「和」や日本風を押し付けるのではないのですね。日本の伝統的な美を題材にすると、つい「自分たちの和」「大人の考える日本風」を押し付けがちになります。でも、材料は一応提供するけど、そこから何を感じるかは子どもたちに任せてみたわけですね。
 実際、できた扇子は様々ですよね。大人の言葉にすれば「空間的な構成」、「淡い色で表す季節感」、「繰り返しの様式美」などいろいろです。一つ一つの扇子の中に、その子の感じ考えた「和」がある感じがします。事実的な知識としての「和」ではなく、その子なりの概念的な知識としての「和」が成立している。
森實:この授業には、地域人材活用として美術の専門家に参加してもらいました。その方は、自分の価値観を押し付ける人ではなくて、子どもたちの実践を認めてくれるんですね。「これは空間を生かしたのかな?」「ほら、淡い色にはこういう作品もあるんだよ」って。その言葉に、子どもたちはずいぶん後押しされました。自分の考えた「和」に対して「これでいいんだ」と自信をつけたみたいです。
著者:なるほど、子どもに寄り添える大人が子どものそれぞれの感じや考えを言葉に変換して、新しい知識として定位させた感じでしょうか。

森實:この実践では、扇子の形はみんな同じなんですね。だから表現と言い切ってしまうのは、ちょっと心配で、私としては、この実践は鑑賞かなと思います。扇子そのものは作品というより、国語で言えば自分の考えを文字で表した感想文のような位置づけですね。
著者:その扇子から対話や感想文などには表れない子どもたちの感性や論理性が見えるような気がします。「ぼくの見つけた『和』はこれだよ!」みたいな声が聞こえてきそうです。言い換えれば、扇子の中に多様な「思考力,判断力,表現力等」が可視化されています。
 また、子どもたち一人一人は身の回りの生活や社会の中から、「自分の和の世界」をつくりだしていますよね。それは、ささやかだけれども「社会に開かれた教育課程」と言っていいかもしれません。
森實:美術館を出たときに、自分のまなざしが変化していることに気付くことがあります。何気ない標識や壁がアートに見えるというか、世界の美しさを感じるというか。私の目指したところはそこなんです。子どもたちの世界というか……なんだろう、遊びの幅を広げられたのだったらうれしいですね。
著者:遊びの幅という表現はいいなあ。新しい学習指導要領で言えば、「見方・考え方」が豊かになったということですよね。シンプルな題材なのだけど、子ども一人ひとりがよく感じ、考えています。これは絵だ、これは鑑賞だという内容から題材を考えるのではなくて、「思考力,判断力,表現力等」から考えていったら、こんな題材になったということだと思います。これから求められる題材の考え方ではないでしょうか。

「思考力・判断力・表現力」から鑑賞活動を考える

著者:子どもの事実としては、鑑賞はいつも自然に行われています。「ここをどうしよう」「何の色にしよう」と考えているときに、じっと自分の作品を見ていますし、キョロキョロと周りから情報を取り入れています。美術作品を鑑賞しながら、新しいことを発想しているし、作品の前後まで思いを巡らしたりしています。表現題材であっても鑑賞題材であっても、鑑賞という「思考力,判断力,表現力等」は働いています。
森實:鑑賞だ、表現だと考えるのではなく、「思考力,判断力,表現力等」から考えるということですか?
著者:はい。今回の改訂で、学習指導要領は、小中一貫して資質・能力ベースになりましたよね。そして「思考力,判断力,表現力等」の中に「発想や構想の能力」と「鑑賞の能力」が統合されたような形になりました。すると「表現と鑑賞がまずあって、そこでそれぞれの能力を伸ばして……」ではなく「『思考力,判断力,表現力等』を高めるために、学習活動がどうあればよいか」「表現と鑑賞がどう関連しあうのか」ということになるはずです。
森實:これまで通り、子どもから考えていけばいいんですよね……。
著者:そうですね。いくら理屈っぽく言っても、結局はそういうことだと思います(笑)。子どもの考える姿から鑑賞活動を工夫するということでしょう。今日はありがとうございました。
森實:ありがとうございました。

 

※1:対話だけでなく簡単なアクティビティを取り入れることが大事だと思います(学び!と美術<Vol.34>「探求的な鑑賞~探究活動を基盤とする美術鑑賞『Inquiry Based Appreciation』」
※2:相互鑑賞を指導過程に入れておけば先生は安心するからなのかもしれません。

学習指導要領の描く子ども観

 今、多くの人々に共有されている子ども像は、どのような経緯を経て形成されたのでしょうか。昭和22年から平成20年までの変遷を、当時の諮問、審議会答申、学習指導要領などから概観し、今回の改訂における子ども像につないでみましょう。

1.昭和22年学習指導要領(試案)

 昭和22年、日本国憲法が施行され、教育基本法や学校教育法が制定されます。戦前の教育を振り返り、6・3制や学校制度、教育の機会均等など戦後教育の基本的な枠組みが形成されます。教育の生気を取り戻すために、地域や学校の実態に応じて様々な工夫が行われます。発表された「学習指導要領(試案)」に次のような記述があります。
 「このような目標に向かって行く場合,その出発点となるのは,児童の現実の生活であり,またのびて行くのは児童みずからでなくてはならないということである(※1)。」
 子どもは自ら伸びようとする存在であり、目の前の子どもから教育を始める必要があるという「学習の主体者」としての子ども像がうかがえます。

2.昭和26年学習指導要領(試案)改訂版

 昭和22年の学習指導要領の使用状況調査、実験学校による研究などを経て、昭和26年「学習指導要領一般編(試案)改訂版」が示されます。主に道徳教育の導入、配当授業時数の比率の提示、自由研究の解消などです。子ども像については以下の記述から分かります。
 「児童・生徒は,自己の当面する環境を切り開くために,また問題を解決するために,いろいろな活動を行うようになる。すなわち,既往の知識・経験を生かし,さらに,他の知識を求めたりすることによって,環境に働きかけることになる。このような環境との相互の働きかけあいによって,他の知識は自分のものとなり,新たな経験が,自己の主体の中に再構成され,児童・生徒は成長発達していくということができる(※2)。」
 子どもは、自ら学ぶ主体的な存在であると同時に環境との相互行為によって成立するという,主体的かつ関係的な子ども像だといえるでしょう。

3.昭和33年学習指導要領

 戦後復興を果たし、生活の向上や国際社会での地位向上が国民の願いでした。教育においては、生活単元学習や経験主義に対する批判が起こり、各教科のもつ系統性を重視するなど義務教育の水準の維持向上が求められます。
 昭和33年の教育課程審議会答申の打ち出した方針は、道徳の時間の開設、国語・算数科の内容充実と時数の増加、年間授業時数の明示などです。
 昭和33年の学習指導要領では、指導上の留意事項に子ども像に関する記述を見つけることができます。「児童の興味や関心を重んじ,自主的,自発的な学習をするように導く」「児童の個人差に留意して指導し,それぞれの児童の個性や能力をできるだけ伸ばすようにする」などです(※3)。学びの主体が児童生徒であるという姿勢に変わりないようです。

4.昭和43年学習指導要領

 日本は高度経済成長期に入り、国民所得は大幅に向上します。スプートニク・ショックによる「教育内容の現代化」や地域による学力差などから基礎学力の充実が求められます。
 昭和40年の教育課程審議会への諮問では、人間形成の調和がとれた教育課程の編成、教育内容の質的向上、創造性に富み建設的意欲にみちた国民の育成などが示されます(※4)
 これを受けた昭和43年の学習指導要領では「基本的な知識や技能の習得」「健康や体力の増進」「正しい判断力や創造性」「豊かな情操や強い意志の素地を養う」「時代の進展に応ずる」などが方針となります。具体的には算数に集合を導入するなど教育内容の充実が図られ、授業時数も量的なピークを迎えます。子ども像については、昭和33年版と大きな違いは見られません。

5.昭和52年学習指導要領

 高等学校進学率は90%を超え、高学歴化が進行し、受験戦争や校内暴力が報道で取り上げられます。学習負担の適正化や「教育内容をしっかり身につけさせるともに,ゆとりのあるしかも充実したものとすること」(※5)などが教育の課題となっていきます。
 昭和51年の教育課程審議会答申には、「人間性豊かな児童生徒を育てること」「自ら考える力を養い創造的な知性と技能を育てること」(※6)などの文言が登場します。子ども像としては、自ら能力を発揮する存在であることが強調されています。
 昭和52年の学習指導要領では、各教科等の指導内容の精選、集約化、内容の整理統合などが行われますが、最も注目されたのは標準授業時数の削減でした。例えば小学校の5・6年生の総授業数は1,085時間から1,015時間、中学校の1・2年生は1,190時間から1,050時間に減少します。

6.平成元年学習指導要領

 社会の変化は進み、科学技術や経済の進歩だけでなく、情報化、国際化、高齢化、価値観の多様化などの現象が広がり始めます。臨時教育審議会は「個性重視の原則」「生涯学習体系への移行」「変化への対応」を提言し(※7)、教育課程審議会は、「豊かな心をもち,たくましく生きる人間の育成」「自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成(※8)」などを提言します。
 平成元年の学習指導要領の改訂では、自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成が重視され、基礎的・基本的な内容の指導の徹底し、個性を生かす教育の充実などが目指されます。具体的には、生活科の新設、思考力、判断力、表現力の育成などです。当時の子ども像がうかがえる文章は下記です。
 「これからの教育においては,児童生徒一人一人は様々な可能性を内に秘め,よりよく生きたいという願いをもち,その可能性を発揮して豊かな自己実現を目指しているという観点に立って,児童生徒の特性をとらえることが大切である(※9)
 子どもは単なる知識や技能を詰め込む箱ではなく、生涯にわたって自らの資質や能力で学び続ける力をもった存在だということでしょう。

7.平成10年学習指導要領

 ベルリンの壁は崩壊し、バブル崩壊によって景気が後退し、日本は政治、経済の面から変革期を迎えます。教育においては、いじめの深刻化、少子高齢化、環境破壊などが問題になります。
 平成8年の中央教育審議会答申では、ゆとりの中で「生きる力」を育むことを重視する提言が行われます。「生きる力」とは、「いかに社会が変化しようと,自分で課題を見つけ,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する資質や能力」「自らを律しつつ,他人とともに協調し,他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性」「たくましく生きるための健康や体力」です(※10)
 平成10年の学習指導要領の改訂は、完全週5日制の円滑な実施、年間総授業時数の削減、総合的な学習の時間を導入などが行われます。学習指導要領総則には「自ら学び自ら考える力の育成」「基礎的・基本的な内容の確実な定着」「個性を生かす教育の充実」などが示されます。子ども像は、自ら学び主体的に問題解決や探究活動に取り組む姿として明示され、この考え方は、その後ますます重要となっていきます。

8.平成20年学習指導要領

 しかし、平成10年の改訂は、すぐに「ゆとり」批判を受けることになります(※11)。特に、平成15年PISA調査の順位が下降すると、学力論争は燃え上がり、百ます計算ブームが起きます。平成15年に、発展的な内容を指導可能にする一部改正が行われますが、教育をめぐる状況は混沌としていました。
 平成20年改訂は、その解決を目指しました。学校教育法に示された学力の三要素「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力等」「主体的に学習に取り組む態度」を重視し、「生きる力」の育成にも変化はないと明言します。各教科等の目標や内容は、資質や能力の観点から見直されます。習得・活用・探究という学びのプロセス、言語活動の充実などが重視されます。総授業時数も増加に転じます。結果的に学力論争は終結します。
 子ども像は、「生きる力」の子ども観を引き継ぐものでしたが、「自己との対話を重ねつつ,他者や社会,自然や環境と共に生きる,積極的な『開かれた個』(※12)」という関係的な概念が示されます。

 

 昭和22年から平成20年までを概観したとき、子ども観自体に大きな変更はないことがわかります。昭和20年代に提示された子ども像は現在と比べても遜色ありません。その後、主体的な子ども像を引き継ぎつつ、平成に入ると生涯学習的な視点を加え、自ら学び続ける姿として描かれます。そして今回、未来や社会の創り手としての視点が加えられた子ども像に発展します。平成29年の学習指導要領の前文にはこう述べられています。
 「(前略)一人一人の児童が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆる他者を価値ある存在として尊重し,多様な人々と協働しながら社会的変化を乗り越え,豊かな人生を切り拓き,持続可能な社会の創り手となることができるようになることが求められる。」
 「不易と流行」という言葉からすれば、日本の学習指導要領が一貫して示し続けてきたこの子ども像こそが戦後教育における最大の「不易」だといえるのではないでしょうか。

 

※1:文部省「第二章 児童の生活」『学習指導要領一般編(試案)』昭和22年
※2:文部省「Ⅲ 学校における教育課程の構成」『学習指導要領一般編(試案)改訂版』昭和26年
※3:文部省「第2 指導計画作成及び指導の一般方針」『学習指導要領総則』昭和33年
※4:昭和40年の諮問「小学校・中学校の教育課程の改善について」における初等中等教育局長の諮問事項説明。出典は文部科学省初等中等教育局教育課程課『学習指導要領の改善に係る答申一覧』平成21年 ※一般に入手することは難しい
※5:昭和48年諮問「小学校、中学校及び高等学校の教育課程の基準の改善について」の文部科学大臣挨拶から。出典は上記註4
※6:教育課程審議会答申『小学校、中学校及び高等学校の教育課程の基準の改善について』昭和51年
※7:昭和62年8月の臨時教育審議会「教育改革に関する第4次答申(最終答申)」。臨時教育審議会は中曽根康弘首相の直属の諮問機関。
※8:教育課程審議会「幼稚園、小学校、中学校及び高等学校の教育課程の基準の改善について(答申)」昭和62年
※9:小学校及び中学校の指導要録の改善に関する調査研究協力者会議『小学校及び中学校の指導要録の改善について(審議のまとめ)』平成3年
※10:教育課程審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善について(答申)』平成10年
※11:代表的なのは「小学校算数では円周率を3として教えている」という言説である。算数科の学習指導要領で円周率はずっと3.14のままである。3を用いるのは概数概算においてだけであり、限定的な指示であった。しかし、その指示のみを取り上げて人々は「円周率が3」だと思い込み、学力が下がると喧伝した。
※12:中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校及び高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)」平成20年

新学習指導要領の要点(3)~構造的・関連的に理解する

 本稿では学習指導要領に関する基本的な事項や構造等を簡単におさえながら、図画工作・美術科の改訂の要点についてみていきましょう。

Q1.学習指導要領とはどのようなものですか?

A1.文部科学省は学校教育法等に基づいて各学校でカリキュラムを編成する際の基準を定めています。これが学習指導要領で、全国のどの地域どの学校にいっても一定水準の教育が受けられることにつながっています(※1)。学習指導要領は大きくは総則及び各教科等で構成されています。

Q2.授業時数も学習指導要領で決められているのですか?

A2.学習指導要領の改訂と同時に見直されるので、学習指導要領の一部と思う人もいるようですが、教科等の年間の授業時数は、学校教育法施行規則を根拠に定められたものです。教育課程に置かれる教科等や学習指導要領も学校教育法施行規則を根拠に定められています(※2)。各学校はこれらを踏まえ、地域や学校の実態に応じて、カリキュラムを編成することになります。図画工作・美術の年間授業時数に変更はありませんが、下記に述べるように学習指導要領の「総則」に変更がありましたから、前回と全く同じというわけではありません。

Q3.学習指導要領の「総則」って大事ですか?

A3.「自分は教科に精通している」と思っている人に限って「総則を読んでいない」というケースが多くあります。「総則」とは全教科等を統括する教育課程の基本的な規則です。例えば、一連の中央教育審議会の議論や答申に示されたことなどが法的拘束力を持って端的に説明されています。また、「授業時数等の取扱い」では、「各教科等の特質に応じ、10分から15分程度の短い時間を活用して特定の教科等の指導を行う場合…年間授業時数に含めることができる」とあります。すでに小学校の60分授業の試みも始まっており、カリキュラム・マネジメントはいっそう重要な概念になってくるでしょう。「総則」を熟読することはとても大事なことなのです。

Q4.学習指導要領に前文が置かれたって本当ですか?

A4.本当です。前文は、法令や規約などの条項の前に置かれている文章で、その規則を定めた理由、趣旨や目的、原則などを述べるものです。通例では法律には前文を付さないのですが、理念を強調して宣言する必要がある場合に置かれるようです(※3)。今回の学習指導要領の前文にも同様の意味があると考えてよいでしょう。個人的には学習指導要領の意義や役割、社会に開かれた教育課程の大切さなどについて書かれた名文だと思います(※4)

Q5.各教科の学習指導要領はどんな構造になっているのですか?

A5.簡単にいうと「目標」と「内容」、その「取扱い」の三つです。「第1 目標」は子どもたちに「どんな力をつけるのか」というねらいです。そのために「何を学ぶのか」が「第2 内容」です。そして、それを「どのように学ぶのか」が「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」ということになります。

Q6.「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」が今一つよくわからないのですが。

A6.「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」は、二つに分けられます。「1 指導計画の作成」と「2 内容の取扱い」です。
 「1 指導計画の作成」は、「指導計画を作成する上での配慮事項」です。小学校でいえば、「『絵や立体』と『工作』に配当する授業時数がおよそ等しくなること」という時数の目安や、「独立した鑑賞の時間は指導の効果を高める必要があるとき(※5)」という条件などが示してあります。
 「2 内容の取扱い」は、「内容を取り扱う上での配慮事項」です。「どのように学ぶのか」という方法論に関わる部分です。例えば、小学校では取り扱う材料や用具、中学校では表現形式や技法、鑑賞での日本美術の概括的な変遷、作品の特質などが示されています。

Q7.「内容の取扱い」はどのように参考にすればいいのですか?

A7.「目標」や「内容」だけでなく「内容の取扱い」の影響力も見逃せません。平成10年には美術館との連携が例示されましたが、これをきっかけに学校と美術館の関係は大きく変化しました。今回、〔共通事項〕の例示として「明るさ」「鮮やかさ」などが示されています。また鑑賞だけに対応していた「言語活動の充実」が、表現と鑑賞の両方に係っています。今後の実践に注目です。

Q8.〔共通事項〕の例示はどう取り扱えばよいですか?

A8.以前から解説書に載っていた言葉だとはいえ、「内容の取扱い」に示されたことで拘束性が生じます。また、一見「事実的な知識」が並べられているように見えて不安になるかもしれません(※6)。しかし、「形や色などを単なる知識にしない」という強い宣言のように思われます。なぜなら、まず「指導計画の作成」で、学習の充実においては、表現と鑑賞に関する資質・能力を相互に関連させることとされています(※7)。その上で、〔共通事項〕は資質・能力であり、「A表現」及び「B鑑賞」の指導と併せて指導することが明示されています(※8)。さらに中学校では「内容の取扱い」で、(生徒が)実感的に理解できるようにするとあります(※9)。「指導すればよい」「取り扱えばよい」という性質のものではないことは明らかです。小学校図画工作の「内容」が資質・能力で整理されたことも考え合わせれば、〔共通事項〕の例示は知識・理解の質を深めるとともに「思考力・判断力・表現力等」「技能」を育成する重要な要素と考えられるでしょう。

 年間授業時数や学習指導要領の「総則」などを踏まえ、図画工作・美術の「目標」「内容」「指導計画の作成と内容の取扱い」それぞれの関係をおさえながら、子どもたちの資質・能力の育成を目指すという、構造的・関連的な理解が今回の改訂のポイントだと思います。

 

※1:文部科学省「学習指導要領とは何か?」 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/idea/1304372.htm
※2:学校教育法施行規則、第4章小学校、第二節:教育課程、「第五十条 小学校の教育課程は、国語、社会、算数、理科、生活、音楽、図画工作、家庭及び体育の各教科(以下この節において「各教科」という。)、道徳、外国語活動、総合的な学習の時間並びに特別活動によつて編成するものとする。」「第五十二条 小学校の教育課程については、この節に定めるもののほか、教育課程の基準として文部科学大臣が別に公示する小学校学習指導要領によるものとする。」
※3:憲法の前文が有名ですが、教育基本法、観光基本法、高齢社会対策基本法、ものづくり基盤技術振興基本法、男女共同参画社会基本法、文化芸術振興基本法、少子化社会対策基本法などの○○基本法に多いようです。国立国会図書館法、日本学術会議法、ユネスコ活動に関する法律などにも置かれています。具体的な規則を定めたものではないので、直接に法的効果が生ずるものではないのですが、各条項の解釈の基準を示す意義や効力があるとされています。 http://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/004/a004_00.htm
※4:教育課程の意義として「一人一人の児童が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆる他者を価値のある存在として尊重し 多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え豊かな人生を切り拓き,持続可能な社会の創り手となることができるようにすること」、社会に開かれた教育課程の実現のために「よりよい学校教育を通してよりよい社会を創るという理念を学校と社会とが共有し,それぞれの学校において,必要な学習内容をどのように学び,どのような資 質・能力を身に付けられるようにするのかを教育課程において明確にしながら,社会との連携及び協働によりその実現を図っていくこと」などが明記されています。
※5:「子どもの能力を高められる場合」という条件付きで「近くにあるから」は理由にならないという意味ですが、学び!と美術<Vol.51>「【インタビュー】学校と美術館の連携の現場から」にて、国立国際美術館の藤吉学芸員が指摘するように、それがきっかけになることもよいと思います。
※6:「事実的な知識」については、学び!と美術<Vol.49>「図画工作・美術における知識の行方」を参照してください。
※7:「第3 指導計画の作成の内容の取扱い」の「(1)題材など内容や時間のまとまりを見通して,その中で育む資質・能力の 育成に向けて,児童の主体的・対話的で深い学びの実現を図るようにすること。その際,造形的な見方・考え方を働かせ,表現及び鑑賞に関する資質・能力を相互に関連させた学習の充実を図ること。」
※8:「第3 指導計画の作成の内容の取扱い」の「(3)第2の各学年の内容の〔共通事項〕は,表現及び鑑賞の学習において共通に必要となる資質・能力であり,「A表現」及び「B鑑賞」の指導と併せて,十分な指導が行われるよう工夫すること」。平成20年改訂では「能力を育成する上で共通に必要となるものであり…十分な指導が行われること」という記述でした。
※9:「第3 指導計画の作成の内容の取扱い」の「2 内容の取扱い」の「(1)〔共通事項〕の指導に当たっては,生徒が造形を豊かに捉える多様な視点をもてるように,以下の内容について配慮すること。」「ア 〔共通事項〕のアの指導に当たっては,造形の要素などに着目して,次の事項を実感的に理解できるようにすること。」

【インタビュー】新学習指導要領の要点(2)~中学校美術科

 前回は小学校に重点を置いたので、今回、中学校美術科の改訂について環太平洋大学副学長 村上尚徳教授にお話を伺いました。

1.中学校改訂の進化

著者「中学校の今回の改訂ですが、以前から図画工作・美術は資質・能力ベースでつくられていたので、それが進化した感じですね。すんなり入ってくるというか……」
村上「そうですね。今回の改訂では、教科で身に付ける学力の構造を分かりやすくするために、小・中・高校の全ての教科等を、(1)知識及び技能、(2)思考力・判断力・表現力等、(3)学びに向かう力、人間性等の「三つの柱」で整理されています。
 ただ、図画工作・美術は平成20年の改訂のときに既にA表現の活動を、思考力・判断力・表現力等である『発想や構想の能力』と、技能である『創造的な技能』に分けて指導事項が示されています。中学校では、この時から、描いたりつくったりする活動を通して、発想・構想工夫してつくる技能をしっかりと育てることを大切にしてきました。今回の改訂では、この考え方を引き継いでいます。同様に、今回B鑑賞においても、『鑑賞の能力』は思考力・判断力・表現力等として明確に位置付けられました。鑑賞については、これまで対話などを通して子どもたちが考える活動が行われていました。前回と同じ流れなのですね。だから『すんなり』と入ってくるのだと思います。」

2.より具体的になった教科目標

著者「同じ流れといっても、いっそう分かりやすくなったというか、具体的になった感じがします。」
村上「それは、教科目標の改訂が理由だと思います。今まで美術は、何を学ぶ教科なのかということを「短い言葉で分かりやすく示す」ということが行われていませんでした。今、大学の教員をしていますが、大学生に『中学校の美術でどんなことを学んだ?』と尋ねると、ほとんどの学生が『風景を描いた、粘土で手をつくった』など、描いたりつくったりしたことそのものを答えるんですね。結局、描いたりつくったりしたこと以外は、学びとして自覚されていない、もっと言えばその人に残っていないわけです。
 今回の改訂では、教科目標の最初に、『表現及び鑑賞の幅広い活動を通して,造形的な見方・考え方を働かせ,生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力を次のとおり育成することを目指す。』という一文が示されました。中学校の美術の学びとして、生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力を育成することが具体的な目標として明示されたわけです。」

3.「生活や社会で生きる資質・能力」と〔共通事項〕

著者「『生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力』とはどういうことですか?」
村上生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わるとは、例えば、将来、美術を生かした職業に就くだけでなく、趣味で絵を描くこと、美術館へ出かけて鑑賞すること、生活の中の自然物や人工物からよさや美しさなどを感じ取ること、デザインにこだわってものを選ぶことなど、様々な関わり方が考えられます。」
著者「美術から考えるというよりも、生活や社会から美術をとらえ直す?」
村上「『生活や社会』VS『美術』のような対立的な考えではないですね。むしろ豊かに関わる力を育成するために、レストランでお皿の形や色彩などに目を止めたり、絵を見るときに『なぜ、この絵は奥行きを感じるのだろうか。なぜ、絵から光を感じるのだろうか。』など、造形を捉える多様な視点を持つことそのものを大切にしたい感じです。」
著者「それは現行の〔共通事項〕で大切にしたことですよね。」
村上「そうですね。今回の改訂では、それをいっそう進めたといえます。例えば、中学校は〔共通事項〕が「知識」に関する事項として位置付けられ、内容の取扱いに、色彩の明るさや鮮やかさ、材料の質感、余白や空間の効果、遠近感、動勢などを捉えることが示されています。これは、「言葉」や「単語」として覚えるのではなく、表現や鑑賞の活動の中で実際にそれらを捉え、実感を伴って理解することが重要です。そして、〔共通事項〕を知識に関する事項として示すことで、生徒の中に造形を捉える視点として、しっかりと根付かせていくことが大切になります。」
著者「なるほど、単なる事実的な知識じゃなくて概念的知識というか、『まなざし』というか、造形的な視点というか、そこがポイントなのですね。豊かさをともなう観点から考えたいですね。」

4.鑑賞の改訂

著者「B鑑賞の改訂についてはどうでしょう?」
村上「B鑑賞は、ア 作品の鑑賞イ 生活の中の美術の働きや美術文化の二つに大きく分けられています。さらに、ア 作品の鑑賞は、(ア)は、A表現の絵や彫刻などの感じ取ったことや考えたことなどを基にした表現(イ)は、デザインや工芸などの伝えることや、使うことなどの目的や条件などを考えた表現に対応するように示されています。これにより、特に発想や構想と鑑賞の双方に働く中心となる考えを関連させながら思考力・判断力・表現力を育成することが重視されています。」
著者「なるほど、表現と鑑賞が相互に関わりあって学習できるようになったわけですね。」
村上「ええ、例えば、ピクトグラムのデザインの学習をする時に、ピクトグラムを描くことそのものが目的ではなく、形や色彩は情報や気持ちなどを分かりやすく、美しく伝えることができるという、ここでの中心となる考えを、作品を鑑賞したり、自分で表現する中で学んだりすることが重要だと考えます。〔共通事項〕により造形を捉える多様な視点を身に付けるとともに、表現と鑑賞を関連させて、心情などを表す美術装飾などの美術伝達の美術使うものの美術など、中心となる考えをしっかりと学ぶことで、生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力を育成することになるのだと思います。」

5.前回との関連

著者「個人的な印象なのですが、前回の改訂後、中学校の授業や作品が『がらり』と変わった感じがしました。豊かな学習活動が想像できるし、生徒自身が学力を自覚しているように思います。」
村上「前回の改訂の背景には、先ほどの大学生の発言のように、美術科の授業が、単に描くこと、つくることを目的としていた授業が少なくなかった感があります。そこで、前回の改訂では、学習指導要領の指導事項を、発想や構想の能力創造的な技能に分けて示し、それらを組み合わせて題材を考えるように改善が図られました。どのような資質・能力を育成するのかを明確にして題材を考えるという考え方を、今回は一層推進した改訂だと思います。」
著者「そこは今回の図画工作科の改訂でも同じ方向ですね。」
村上「今回の改訂は、全ての学校種、全ての教科で、学力の三つの柱に位置付けて資質・能力で学習指導要領を整理することになりました。図画工作、美術は、現行の学習指導要領で一回練習ができたので、ずいぶんスムーズに移行できるのではないかと考えます。」
著者「小中一貫というか、題材の展開も小中見通せますね。」
村上「確かに、図画工作は結果的に美術に近い形になりましたが、いきなりこの形になっていたら現場の先生方は戸惑っただろうと思います。前回が今回と前々回の中間的な形になっているので、今回の形に持って行けたのではないかと思います。」
著者「それはストンとくる説明ですね。」
村上発想や構想の能力、創造的な技能、鑑賞の能力といった資質・能力を表す言葉が、この10年で小学校も中学校も現場の先生方から普通に聞かれるようになってきました。加えて学習指導要領の構造も小中で同じような形になったので、新しい学習指導要領は小中ともにどちらの先生が見ても分かりやすいものになっており、小中連携もさらに進むことでしょう。」

 

著者「最後に、一言お願いします。」
村上「資質・能力を押さえて題材を考えることは大変重要なことで、新しい学習指導要領ではそれを一層推進した形になっています。それと同時に、図画工作・美術は子どもたちにとって楽しい活動であり、子どもの中では、発想や構想、技能、鑑賞などの資質・能力が関連したり一体化したりしながら働いているということを常に意識することが大切です。木を見る、森を見るといった視点で、資質・能力を押さえながら、学習活動全体として楽しくやりがいのあるものになっているかについて、常に関係づけながら捉えていきたいものです。」
著者「ありがとうございました。」

新学習指導要領の要点(1)

 新学習指導要領の改訂案が発表されました。2月14日から3月15日までパブリックコメントが募集されています。この案をもとに改訂の概観を簡単にスケッチしてみましょう。なお、あくまでも一個人の考えにすぎません。公的な説明とは異なることをご了承ください。

1.目標の改訂

 平成20年改訂では、各教科等の目標は一文で示されていました。重文、複文の構造で、その教科に精通していないと少々分かりにくいものでした。「各教科等のもとに目標がある」という感じもぬぐえませんでした。今回、全ての教科等で、「各教科等の見方や考え方を働かせることを踏まえた文章」と「資質・能力の三つの柱」で整理されています(図1)。これによって「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」などについて教科を超えて捉えることができるようになりました。「学校教育としての目標があって、次に各教科等がある」ことも明確に感じられます。

<図1>

 各教科等の目標の共通化は、教科横断的な実践を促進するかもしれません。これまでは各学校でクロス・カリキュラムをしようと思ったら、まず教科目標の共通性から検討しなければなりませんでした。それぞれの教科目標を達成することが必要十分条件だからです。一方で、「風で動くおもちゃをつくる。風だから理科、おもちゃをつくるから図工」のような安易な実践が見られたのも事実です。しかし、答申では「各教科等の教育内容を相互の関係で捉え、学校教育目標を踏まえた教科等横断的な視点で、その目標の達成に必要な教育の内容を組織的に配列していくこと」と述べられています(※1)。教科の学びを充実させながら、どのように子どもの成長発達を図るのか、各学校のカリキュラム・マネジメント力が問われるでしょう。

2.内容の改訂

 表現領域について、小学校図画工作は、「発想・構想」と「技能」が示され、それぞれに「造形遊び」「絵、立体、工作」が示されています(図2)。前回は、「造形遊び」と「絵、立体、工作」が示され、それぞれに「発想・構想」「創造的な技能」が示されていました。「内容の箱」から「資質・能力の箱」に整理し直したといえるかもしれません。中学校美術は前回から「資質・能力の箱」で示していましたが、今回さらに整理を進めています。図画工作・美術については前回の改訂から資質能力ベースで作成されていましたので、今回の変更に大きな戸惑いはないと思いますが、より小学校と中学校が一貫した印象をもつ方がいらっしゃるでしょう。

<図2>

 鑑賞領域に関して、小学校では鑑賞の対象や資質・能力がまとめて示され、事項に含まれていた「感じたことや思ったことを話す、聞く、話し合う」などについては、言語活動として「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」に示されています(図3)。中学校では、鑑賞の対象や資質・能力がより具体的に示され、言語活動については第1学年と第2・3学年ごとの「3 内容の取扱い」に示されています。学習指導要領の「事項」と「内容の取扱い」が連動した改訂です。

<図3>

3.内容の取扱いの改訂

 「内容の取扱い」のポイントは知識でしょう。小学校は〔共通事項〕のアで、中学校は〔共通事項〕のアとイで、知識の具体例が示されています。例えば、小学校中学年で「形の感じ、色の感じ、それらの組合せによる感じ、色の明るさなど」、中学校で「色彩の色味や明るさ、鮮やかさ」「全体のイメージや作風」などです。ただ、初出ではなく、図画工作や美術の認知的な発達も十分に踏まえて解説書等で繰り返し説明されている内容です。答申には「〔共通事項〕との関連を図り、形や色などの働きについて実感を伴いながら理解し、 表現や鑑賞などに生かすことができるようにする(※2)」と示されています。指導に当たっては、単に事実的な知識の定着を図るのではなく、概念的な知識の獲得や、創造的な知識の活用まで目指すことが大切でしょう(※3)。

 答申では以下のように述べられています。

現行の学習指導要領で明確にした、資質・能力と学習内容との関係を踏まえて、A表現、B鑑賞のそれぞれの領域及び〔共通事項〕の中で育成を目指す「知識・技能」及び「思考力・判断力・表現力等」について、それらと関連する項目や指導事項、内容の取扱いなどに明示する(※4)。

 資質・能力を育んでいくために、単に学習指導要領の一部を改訂するのではなく、子どもたちが「何ができるようになるか」「何を学ぶか」「どのように学ぶか」を踏まえて、目標、表現や鑑賞、〔共通事項〕、内容の取扱いなどを相互に関連させて改訂されているようです。

 

※1:「カリキュラム・マネジメント」の三つの側面
①各教科等の教育内容を相互の関係で捉え、学校教育目標を踏まえた教科等横断的な視点で、その目標の達成に必要な教育の内容を組織的に配列していくこと。
②教育内容の質の向上に向けて、子どもたちの姿や地域の現状等に関する調査や各種データ等に基づき、教育課程を編成し、実施し、評価して改善を図る一連のPDCAサイクルを確立すること。
③教育内容と、教育活動に必要な人的・物的資源等を、地域等の外部の資源も含めて活用しながら効果的に組み合わせること。平成28年12月21日 中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の 学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」23p
※2:同上書168p
※3:学び!と美術<Vol.49>「図画工作・美術における知識の行方」
※4:同上書170p

「中学生の作品」で小学生が鑑賞学習~全国大会報告

 先日、全国大会のイベントとして、小学生を対象にギャラリートークを行いました(※1)。鑑賞に用いるのは堺市が主催する全国中学校美術部作品展の入賞作品です(※2)。全国大会事務局から出されたオーダーは、「入賞作品を小学生向けの学習プログラムとして活用する可能性を検証してほしい」というものでした。本稿は、その報告です。

1.プログラム作成のポイント

 プログラムを作成するにあたって配慮したのは次の3点です。

(1)大人の作品は、遠慮なく自由に語り合っていいと思いますが(※3)、「中学生の絵」を取り扱う場合には作者である中学生に対する配慮が必要でしょう。作品解釈で切り刻むようなことはできません。

(2)小学生にとって中学生の作品は「手の届くところ」にあります(※4)。数年後の自分が描ける作品かもしれません。子どもたちの反応は大人の作品よりも「近い」だろうと思いました。

(3)実施は小学校4年生、活動的で想像を楽しむ快活な学年です。でも実施時期は12月、もう少しで5年生、高学年のような見方も可能になり始める時期です。

 そこで、対話だけで進行するギャラリートークを避け、4年生の快活さを生かし、アクティビティとトークが並行して進む「探究的な鑑賞活動」を行うことにしました(※5)。

2.学習計画

 学級の実態も踏まえ、「いろいろな視点から絵を見たり、考えたりできること」を目標にしました(※6)。大まかな流れは、三枚の作品を鑑賞した後に「根拠をもって自分の好きな作品を一枚選ぶ」というものです。うまく展開できれば、最後の場面で子どもたちは迷わないでしょう。その様子でプログラムの妥当性が判断できると思いました。

(1)作品1「感覚を働かせて見る」
絵から音を聞いたり、匂いを想像したりするなど、視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚の五感を活性化して鑑賞します。

(2)作品2「大切なものについて考える」
まず身近な物を用いて、それが大切な理由を考えるアクティビティを行います。その上で作品の主題について考えます。

(3)作品3「選ばれた理由」
一種のディベートです。作品を「入賞にする理由」「入賞をためらう理由」を、それぞれ二つのグループに分かれて考えます。

(4)作品4「私の一枚」
ここがゴールです。一人一人が大好きな作品を一枚選んで、その根拠や理由を述べ合います。

3.配慮事項

 ギャラリートークは、往々にして単純な意見のやり取りに流されます。状況に応じて立ち止まったり、考え合って深めたりすることが大切です。そのために、進行役として配慮したのは次の点です。

(1)「聞く」~抽象的ですが「我身を子ども側に投げ込んで、子どもの側から子どもの話を聞く、子どもが見るように作品を見る」という構えが大事だと思います。案外子どもは大人より深いことを感じているものです。「子どもが話す表面に出た言葉と、本当に言いたいことは別だ」という気持ちで、「本当にいいたいことは何かな」という探索的な姿勢を大切にします。

(2)「返す」~子どもの発表に対しての進行役の反応は決定的に重要です。基本的な姿勢は「認める」です。価値付けや称賛は控えて、相手の意見を理解することに心を砕きます。その現れが「うん、うん」 「えっ?」「あ~」「あっそうか」などの「頷き」や「繰り返し」などです(※7)。

(3)「具体化する」~子どもの語彙は豊富ではなく、理由と感想を混ぜ合わせて話すものです。そこで言葉を継ぎ足したり、「理由」と「根拠」を分けたりしながら、子どもの意見を丁寧に具体化し、これを周りに広げます。

(4)「与える」~時には、情報や知識を提供することも必要です。その際、子どもたちの話し合いの文脈を踏まえることが肝要です。文脈を超えてしまうと、子どもが唐突さに戸惑ったり、それまでの話し合いを台無しにしたりしてしまいます。そうならないために情報や知識の内容と提供のタイミングに気を付けます。

(5)「指名する」~指名は重要です。行き当たりばったりでは、子どもの思考が滞ったり、話が最初に戻ったりします。指名する前に「誰がどんな話をしているか」「どのような議論がグループで起きていたか」などを把握した上で指名順を考え、発表がつながり合い、知識・理解が深まるように指名します。

(6)「役割」~リカとエリオット(2011)は、ギャラリートークには三つのタイプがあるといいます(※8)。一つは「円」のような「会話」、もう一つは先生が「三角」の頂点にいて予定調和的に進む「議論」、三つめはその中間の「四角」で、四つの役割(推進役、傍観役、補足役、反対役)が循環的に進む「対話」です。子どもたちの果たしている役割に配慮しつつ、進行側も役割を使い分けながら適宜参加します(※9)。

(7)「楽しむ」~探究的な鑑賞であれ、対話を中心としたギャラリートークであれ「相手がすごいことを考えているという姿勢で、事実と理由を分けながら意見を交流させ、まとめていく」のですが、そうはいっても鑑賞という創造の現場を楽しむことが一番重要だと思います。

4.学習の結果

 作品1から3までは、特に盛り上がりもなく、淡々と進みました。最後の作品選びの場面で、子どもたちが迷うこともありませんでした。発表では根拠をもとに、自分が選んだ理由を見事に説明していました。学習としては成立したようです。
 ただ、授業後のビデオ分析からは、複数の課題が見つかりました。また、発言内容やルーブリックの結果からは中学生の作品に対する子どもの距離感が垣間見えました。一部を紹介します(※10)。

(1)「探究的な鑑賞」は一般的なギャラリートークに比べ、一見ゲームがあったり、子ども同士の相談場面があったり、学習者中心で進んでいるように見えます。でも大人がテーマを与え、学習をコントロールすることに変わりはありません(※11)。ビデオ分析からは、子どもたちが「進行役の方を向いて」発表し続けていたことが確認されました。進行役のコントロールが過ぎてしまうと、主体性のない予定調和的な活動に陥る危険があるでしょう(※12)。

(2)作品3でのディベートは失敗でした。「入賞をためらう理由」を考えてもらったグループなのに、子どもたちは「入賞にする理由」を発表していました。「自分が思ったことを素直に話す」のが四年生なのです。仮想の状況を踏まえて発言することは発達的に難しかったのです。

(3)作品2では、作者の中学生に登場してもらいました。子どもたちの反応は大きく、彼女の言葉の一つ一つに納得する様子が見られました。また、学校生活について描いた作品が多かったためか、小学生は「自分たちの学校生活」と重ね合わせながら発言できたようです。さらに、自己評価ルーブリック(※13)の分析からは、「中学生の作品」が「小学生の作品」と「美術作品」の中間に位置しているような傾向が見られました(※14)。全国中学校美術部展の作品は、作者、作品の両面で小学生に「近い」のかもしれません。

 今回の実践は初めてというわけではありません。堺市では全国中学校美術部展の作品を活用した鑑賞授業が他にも行われています。「社会に開かれた教育課程」やカリキュラム・マネジメントが強く打ち出されている現在、様々な実践の展開が期待できそうです。

 

※1:「平成28年度(2016年度)第67回造形表現・図画工作・美術教育研究全国大会第65回堺市幼小中合同造形・図画工作・美術研究発表会堺大会」 http://www.craypas.com/event/pdf/2017sakai.pdf
大会の2日目に「アートクラブグランプリを活用した鑑賞プログラム」として12月26日に実施した内容をビデオ分析した結果を報告しました。
※2:アートクラブグランプリのホームページ http://www.artclub-gp.com/
学び!と美術<Vol.42>「アートクラブグランプリ中学校美術部の甲子園『思う存分に格闘した中学生にしかできない表現がある』」でも解説しています。
※3:生まれたとたん作品は作家から自由なるという言い方をされます。
※4:学習指導要領では鑑賞の対象について、子どもたちの生活範囲や発達、文化や社会との関わりなどを踏まえて、低学年は「身の回りの作品」、中学年は「身近な作品」、高学年は「親しみのある作品」と位置付けています。
※5:「探究的な鑑賞」とは、テーマを設定した上で、ギャラリートークとアクティビティの組合せで鑑賞活動を行うものです。詳しくは学び!と美術<Vol.34>「探求的な鑑賞~探究活動を基盤とする美術鑑賞『Inquiry Based Appreciation』」
※6:鑑賞は「作品解釈」が目標ではありません。まして「対話」が目標ではありません。国立西洋美術館の寺島主任研究員も同様のことを指摘しています。寺島洋子「鑑賞する能力を育てることの重要性」初等教育資料2月号2017 pp.77-79
※7:頷きやオウム返しなどは単なるテクニックではありません。これを対話のテクニックとして解説している本もありますし、実際の場面でその通りにやっている様子を見ることもありますが、「何か形式的だなあ」と思うことが多くあります。
※8:Rika Burnham ,Elliott Kai-kee “Conversation, Discussion, And Dialogue” Teaching in the Art Museum: Interpretation As Experience , Getty Publications, 2011,pp.79-93
下図は、上記の理論と美術館の実践を筆者が対応させてみたものです。

※9:時には、進行役が悪役になることもあります。
※10:ギャラリートークを参観していた先生とのQ&Aを紹介します。
Q「たくさんの入賞作品の中から3点を選んだ理由は?」A「子どもがいろいろなことを見つけやすく、作者の主題に届きそうな絵、いわゆる身近な絵を選びました。」
Q「3点の順番や配置は?」A「美術館では来館者が展覧会を味わうための導線を考えて作品の配置を考えます。本時の学習活動の流れにそって配置しました。」
Q「グループ活動の理由は?」A「参観者や学習環境からなのか、子どもたちの青ざめた顔が見えたので当初の予定を変えて、グループによる話し合いを多く導入しました。」
Q「特定の子どもの意見を取り上げて、焦点化しなかった理由は?」A「自分で根拠をもって作品を選ぶのがゴールなので、それまでに無理に盛り上げたくなかったからです。」
Q「鑑賞活動で感想文を書くことは?」A「鑑賞活動は学習です。私が学級担任だったら年間計画や評価を踏まえて図画工作の授業の中で適宜書く活動を実施します。」
※11:同様に「細やかに子どもの話を聞き、話し合いが活性化するようなギャラリートークをすればいい」とも言えないでしょう。
※12:個人的には、あらかじめ決められた解答にどう行き着くかという「○○してガッテン」的なトークよりも、何が出てくるか分からない発見的な「ブラ○モリ」的トークを目指しています(^^)。
※13:学び!と美術<Vol.48>「図画工作の授業(3)~評価方法のいろいろ」
※14:筆者の行った鑑賞の自己評価ルーブリックの分析からは、子どもたちが「自分たちの作品」を見るときは、自分が工夫した形や色を視点に鑑賞する傾向がある一方、「美術作品」を見るときはよく考えたり、味わったりしている傾向があることが分かっています。今回のルーブリックは、対象数が少ないので明確なことは言えないものの、「自分たちの作品」と「美術作品」の中間的な結果が出まています。今後確かめてみたいところです。