学び!と美術

学び!と美術

放課後スクールの充実~エスポー美術学校の調査報告から
2017.10.10
学び!と美術 <Vol.62>
放課後スクールの充実~エスポー美術学校の調査報告から
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 フィンランド(※1)の国立教育庁、美術館、学校、放課後スクールと縦櫛で貫いたような調査に行ってきました(※2)。わずかな滞在で分かったように話すことは慎むべきですが、それでも教育の特徴や厚みを感じることができました。一例として、本稿では放課後スクールについて紹介します。
 フィンランドでは、児童・生徒が放課後学ぶような施設・団体が、美術に限らず音楽、サーカス等いろいろ用意されており、そこに多くの子どもたちが通っています(※3)。日本でいえばNPO法人の児童館という感じなのでしょうが、スケールはかなり違っています。私たちが訪ねたのはエスポー美術学校です。

① 設備・施設

 エスポー美術学校(※4)はフィンランド第2の街、エスポー市(※5)にあります。美術館やおもちゃ博物館、歴史博物館などがある広大なアート・センターの中に設置されています。美術学校の中にはワークショップ室、教材準備室、コンピュータ室など複数の部屋が用意されています。ワークショップ室は日本の図工室や美術室に似た広さと設備ですが、その部屋を少人数で使用するので一人あたりのスペースは豊かです。

② 児童・生徒

 参加しているのは、エスポー市在住の5歳~20歳までの1400人(国内最大)です(※6)。クラスは、10人~12人程で構成されています。1年コースまたは半期コースで、週当たり、5~6歳クラスは週2時間、7~12歳クラスは週2~3時間,13~20歳クラスは週3~4時間の授業が行われています。2016年春学期のクラス数は5~6歳14クラス、7~12歳70クラス、13~20歳28クラスで合計112クラスです(※7)。1400人の児童・生徒、112クラスの放課後スクールなんですね……。
 参加はホームページで申し込むそうですが、先着順で、すぐにいっぱいになり、希望者の8割程度が「入学」できるそうです。入学試験などはありません。私たちが訪れたのは午後でしたが、学校が終わる時間(概ね2時半~、4時半~)になると、保護者が子どもたちを次々と連れてきました。校長先生いわく「両親とも共働きが常識なので、このような施設が必要です」ということでした。日本もそうなんだけどなあ……。

③ 予算と支出

 驚いたのはその予算です。まず、エスポー美術学校の年間予算は1億9500万円、その40%が授業料で残りの24%をエスポー市、25%を国が負担します(※8)。う~ん、放課後スクールに約2億円、その予算の5割を自治体が出しているとは……。
 支出の内訳は74%が人件費です(※9)。17時間程度授業を教える先生が7名、3~15時間を担当する先生が35名、さらに単純な時間講師が120名ほどいるそうです。やっぱり教育は人、人ですよ(苦笑)。

④ 授業内容

 授業の内容は、テキスタイル、シルクスクリーン、お絵かき、粘土、コンピュータグラフィクスなどです。学習テーマにそって地域ショッピングセンターのサインをつくったり、美術館に鑑賞にいったりするなど実践も行われます。日本の美術館や学校が実践している内容と大きな違いはないように思いました。
 特徴的なのは、一定の年限を学習した16歳以上の生徒を対象に個人がテーマを設定し、1年間の卒業制作を行うプログラムです(※10)。卒業制作は審査もあり、就職等に活用できる課程修了証明書も出ます(※11)。卒業制作の作品は充実しており、他に展示されている児童作品を見ても、きちんと子どもの資質や能力を伸ばす題材が行われているなあという印象です。

⑤ カリキュラム

 フィンランドはナショナル・カリキュラムが改訂されたばかりなので、そこを踏まえているかどうか質問してみました。
 「国の学習指導要領をもとに学習しているとホームページには書いてあるのですが。」
 「ああ、フィンランドはナショナル・カリキュラムとは別に、このような学校のためのカリキュラムがあるのです。」
 え?放課後スクールの学習内容に国も関与しているんですか……知らなかった。
 「それほど古い歴史はありません。2000年に始まり今回2017年版が二度目のカリキュラム改訂です。美術だけでなく音楽、手工、サーカスなどつくられますが、私は美術部門の委員で、国の調査官と一緒にカリキュラムをつくっています(※12)。」
 学校だけで子どもを育てようとはしていないということですね……。

⑥ 目標

 エスポー美術学校は何を目指しているのかという質問に、校長先生はこう答えました。
 「子どもの得意なことを引き出し、伸ばし、美術に親しむ態度や意欲を育てたいですね。現代の世界を考えれば、物事をビジュアルにとらえて議論し、問題解決する力や、持続性、忍耐力などを高めることが必要です。そのために、テーマに基づいた学際的な教科横断型の学習を実施しています。押しつけ的に学ぶのではなく、子どもや先生との相互性を大切にしながら、主体性や協働性、創造性を育みたいのです。特にテクノロジーやデザインは強化したいと思っています(※13)。」
 校長先生の話は、まるで日本の新学習指導要領の話を聞いているようでした。施設や予算などが整備されたエスポー美術学校の背景に、しっかりした目標があるのは当たり前のことですが、グローバル化している現代において各国のねらいはほぼ似通っているといえるでしょう。

 

 フィンランドの手工科や美術科、そのための施設・設備、時数などについては文献や報告等で知っていましたが、放課後スクールまで充実しているとは驚きでした。おそらく美術以外の分野でも同じようなことが行われているのだろうと思います。エスポー美術学校が教えてくれたのは、学校だけで教育を考えるのではなく、様々な組織や人々が教育に関わる基盤の重厚さでした。

 

※1:人口550万、面積は日本よりやや小さい34万km2。収入、雇用、住居、ワークライフバランス、教育、社会的結びつき、環境、安全などの点でOECD加盟国平均を上回っている。
※2:平成28-30年度科学研究費助成事業(基盤研究(B))「美術館の所蔵作品を活用した探求的な鑑賞教育プログラムの開発」代表:一條彰子
※3:国全体で放課後の活動を充実する方向にありますが、エスポー市は特に充実させているそうです。アイスホッケーやサッカーをはじめとしたスポーツクラブなどは放課後スクールとは別のシステムです。
※4:私たちの訪れた本校の他、エスポー市内に11か所の活動拠点(分校)を持っています。授業の他には「学校とタイアップした4、5年生対象のワークショップ」「学校教諭向け講習会」「大人向け有料のショートコース(約6000人)」「企業研修(有料)」「夏季休暇中のイベント」等も行っています。アールト大学(ビジネス、美術・デザイン・建築などの学部がある)の1年次教育実習受け入れ校でもあります。
※5:エスポー市は、ヘルシンキとヴァンター市に隣接し、人口約27万。ノキア、フォータムなどの世界的な大企業の本社があります。
※6:男子25%、女子75%程度で、年齢が上がるに連れて女子の比率が高くなります。
※7:秋学期もほぼ同数でした。
※8:授業料は週の時間数や材料費にもよりますが、半期で3~4万円程度です。収入に応じた免除もあります。
※9:その他は教材費8%、分校のテナント料7%、雑費となります。
※10:昨年は26名がそれぞれテキスタイル、環境・建築、陶器、ストリートアート、グラフィック、写真、ビデオ、絵画・素描などの卒業制作を行ったそうです。
※11:大学入学に有利になる資格ではありません。
※12:ちょうど一昨日国立教育庁を訪問したので、「昨日あったミツコ調査官ですよね」といったら「ええ、ミツコですね。ミツコ、私よりもちょっとだけ若い(笑)」と校長はニヤリ……。発表会に国会議員を呼び、ロビー活動にも力をいれるなど、校長先生、なかなか「やり手」です。
※13:エスポー市内の高校やアールト大学(ビジネス、美術・デザイン・建築などの学部がある)ともタイアップし、高校生を対象としたデザイン・テクノロジー教育を強化しています。幼児教育からエレクトロニクス、ロボット等を扱うプログラムを開発する先端的な委員会も現在立ち上げられているそうです。