バベルの学校

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 パリ10区にあるグランジェ・オ・ベール中学校。ここには、世界各国からフランスにやってきた子供たちがフランス語を集中的に学ぶ、適応クラスがある。年齢は11歳から15歳、日本でいうと中学生の年齢である。もとの国籍はまちまち。リビア、ウクライナ、中国、スリランカ、モーリタニア、ベラルーシ、ベネズエラ、ブラジル、セネガル、チリ、ルーマニア、セルビア、イギリス、ギニア、モロッコ等々20ヶ国におよぶ。人種が違えば、言葉も違うし、宗教も違い、風俗習慣も異なる。担任は、女性のブリジット・セルヴォニ先生。
 ドキュメンタリー映画「バベルの学校」(ユナイテッドピープル配給)は、この中学校の適応クラス24名の1年間を綴っていく。生徒たちには、さまざまな家庭の事情がある。政治的に亡命した両親がいる生徒、母国の過酷な風習に耐えられなかった生徒、少しでもいい暮らしをと移民してきた家族など、それぞれ事情が違っている。

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 授業の最初は、各国語で「こんにちわ」を言う。叔母と姪との親子面接が始まる。映像には出ていない彼女の母親は、読み書きができないが、娘の将来を真剣に考えている。母親の新しいパートナーとあまりフランス語で話さない、ボリビア生まれでチリ育ちの男の子は、母国語のスペイン語を忘れないようにと、言い訳をする。口数の少ない中国の女の子は、先生からもっと話すように言われる。みんなで映画を撮り始める。フランスにやってきたそれぞれの理由や、将来の夢を語り、それをカメラに収めていく。映画のコンクールがあって、そこに参加するつもりである。
 セルビアの男の子は、母親がユダヤ人で、ネオナチのひどい迫害から逃れてきた。ギニアの女の子は、生理が始まる年齢になると、自分の意志とは関係なく強制的に結婚させられる。モーリタニアの女の子は、パパの親戚から虐待を受け、ママのいるパリに逃れてきた。

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 自分の大事にしているものを紹介し合う授業がある。モロッコの男の子は、コーラン。ボーイスカウトの制服を着たイスラム教の女の子は、スカーフ。聖書をあげる女の子もいる。そこから生徒たちは、宗教をめぐる討論を展開する。アイルランドではカトリックとプロテスタントが戦っている、と発言する子もいる。先生は生徒たちを尊重し、自由に討論させる。
 生徒たちの多くの疑問が、フランス語のカードになって貼られる。なぜみんな同じ言葉を話さないのか? 神様はいる? なぜ大統領や王様が必要なのか? なぜ人間は動物を殺すのか? 悪魔はいるの? 地獄はあるの? 自分の宗教を信じるべきなの? なぜ金持ちは貧乏人にお金をあげないの? 生徒たちの問いに、おとなたちは、きちんと答えるべきだろう。
 映画のタイトルの「バベル」とは、旧約聖書の創世記の11章に出てくる「バベルの塔」である。ノアの洪水の後、ノアの子孫は、あちこちに散らばる。みんな同じ言葉を話している。シンアルの平野に住み着いた人たちは、自らの力を誇示しようと、神の作った石と漆喰ではなく、煉瓦を焼き、アスファルトで高い塔を作りだす。神が塔を見て言う。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」。奢りたかぶる人間への、神からの鉄槌と思う。
 「バベルの学校」の生徒たちは、言葉の違い、宗教の違い、人種の違い、習慣の違いなどを、違いとして認め合い、互いに尊重することを学んでいく。生徒たちの作った映画のコンクールが始まる。結果は?
 いまの世界のありようは、一部だけではあると思うが、異常である。憎しみと暴力に満ちている地域がある。報復の連鎖は、憎しみを増幅するだけである。「バベルの学校」を見ていると、テロリストや、テロリストと呼ぶ人たちも含めて、おとなたちの身勝手さが際立ってくる。インタビューに答えたセルヴォニ先生は言う。「生徒の話をよく聞くこと。生徒を励ますこと。生徒の価値を引き出し、自信を持たせること」。教育の根っこ、基本と思う。世界の異常な現実をみるまでもなく、教育の抱える課題は、まだまだ多い。
 監督は女流のジュリー・ベルトゥチェリ。「やさしい嘘」や「パパの木」といった劇映画を撮っている。いずれも、「命とは何か」を問いかけている。あわせてご覧いただくと、監督の希求する世界が伝わってくるはずだ。

2015年1月31日(土)より新宿武蔵野館(モーニングショー)ico_link渋谷アップリンクico_linkほか全国順次ロードショー!

『バベルの学校』公式Webサイトico_link

監督:ジュリー・ベルトゥチェリ
編集:ジョジアンヌ・ザルドーヤ
オリジナル音楽:オリヴィエ・ダヴィオー
サウンド:ステファン・ブエ、ベンジャミン・ボベー
ミキサー:オリヴィエ・グエナー
制作:Les Films du Poisson、Sampek Productions
共同制作:ARTE France Cinema
配給:ユナイテッドピープル
原題: La Cour de Babel
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
フランス/2013年/フランス語/89分/1.85:1/カラー/5.1ch/ドキュメンタリー
文部科学省特別選定 社会教育(教養) 青年向き
文部科学省選定  社会教育(教養)成人向き
2015年1月15日選定
フランス版・アカデミー賞「セザール賞」2015
最優秀ドキュメンタリー ノミネート作品

サン・オブ・ゴッド

(c)2014 LightWorkers Media Inc. and Hearst Productions Inc. All Rights Reserved.

 外国では、相変わらずイエス・キリスト関係や聖書関連の映画を作り続けている。昨年では、ノアの箱船を描いた「ノア 約束の舟」や、近く公開の、モーゼの十戒に材を得た「エクソダス 神と王」など、聖書やイエス・キリスト関連の映画は根強いテーマのひとつとなっている。また、多くの外国映画のちょっとしたセリフに聖書の一節が使われたりする。テレンス・マリック監督の「ツリー・オブ・ライフ」や「トゥ・ザ・ワンダー」などは、聖書に書かれた祈りそのものの映画である。キリスト教にそれほど縁のない向きには、理解の及ばないことも多いが、西欧では、聖書やイエス・キリストが生活や教育の場で身近にあり、映画の題材になることも多いのだろう。
 イエス・キリストが主人公となる外国映画をざっと思い出してみると、「キング・オブ・キングス」、「奇跡の丘」、「偉大な生涯の物語」、「ジーザス・クライスト・スーパースター」、「最後の誘惑」、「パッション」などが想い浮かぶ。このほど、イエス・キリストの伝記として、その誕生から死、復活までを描いた映画「サン・オブ・ゴッド」(ブロードメディア・スタジオ配給)が公開される。

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 手短かに天地創造の創世記から始まり、アダムとイヴ、ノアの箱船、モーゼの十戒などのエピソードが語られる。ベツレヘムに東方の三博士を迎えて、救世主としてイエスが誕生する。預言者ヨハネから洗礼を受け、神の言葉を伝えるべくイエス(ディオゴ・モルガド)は数々の奇跡を起こしながら教えを広め、弟子を集めていく。ガリラヤの湖では、漁師のペトロ(ダーウィン・ショウ)に多くの魚を釣らせる。ユダヤ人に嫌われているローマ帝国の税吏マタイや、マグダラのマリア(アンバー・ローズ・レヴァ)らも、イエスの弟子となる。
 イエスの弟子たちや、イエスの説教に共感する人たちが増えていく。多くのユダヤ人たちは、イエスこそがローマから派遣されたピラト総督(グレッグ・ヒックス)の圧政から救ってくれる、と期待するようになる。イエスの奇跡は続く。ガリラヤの湖を歩き、ラザロを死から復活させる。この奇跡を知ったエルサレムの祭司カイアファ(エイドリアン・シラー)は、イエスに熱狂する人たちの存在に、ローマ帝国が介入するのではないかと危機感を強める。
 イエスたちはエルサレムに向かい、大衆はイエスを救世主として崇める。本来、祈りの場である神殿が、いまや商いの場となっていることにイエスは怒る。エルサレムは大騒ぎとなり、騒ぎはカイアファやピラト総督の知ることになる。ユダヤ人たちはローマの支配に不満を持っている。このままでは暴動になりかねない。やがて、イエスの弟子のユダがイエスを裏切ることになる。過ぎ越しの晩餐が始まり、イエスが弟子たちに告げたこととは…。

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 聖書に基づき、イエスの多くの有名なエピソードを簡潔に網羅してイエスの生涯を描いていく。続出するエピソードに、いったいイエスはどうなるかのサスペンスが盛り込まれる。しかも、ドキュメンタリー・タッチのリアルな演出である。監督は、イギリス生まれのクリストファー・スペンサーで、テレビのドキュメンタリー作品で実績を残している。過去に、ジェフリー・ハンター、マックス・フォン・シドー、ウィレム・デフォーといった著名な俳優がイエス・キリスト役を演じたが、本作ではポルトガル生まれのディエゴ・モルガドが抜擢された。テレビ・シリーズの「ザ・バイブル」でイエスを演じた実績があり、リアリティたっぷりにイエスを力演する。
 日本におけるキリスト教は特定の学校では教育の現場で教えられるが、西欧ほど一般には根付いていない。多くの外国映画を見ると、聖書の一節や、ユダヤ教、キリスト教関係のセリフに出会うことが多い。かつて、チャールトン・ヘストンがモーゼに扮した映画「十戒」を見たあと、まっ先に旧約聖書の「出エジプト記」を読み出したことがあった。外国の映画好きなら、普段から聖書を丹念に読んだりイエスの生涯を辿ったりしていると、より映画の理解が深まるはずである。その意味で、本作は常識としてのキリスト教や、イエス・キリストの生涯を理解するにはうってつけの映画である。もちろん、イエスが復活し、永遠の命を得たかどうかは、人それぞれ信じるかどうかではあるのだが。

2015年1月10日(土)より新宿ピカデリーico_link丸の内ピカデリーico_linkほか全国ロードショー!

■『サン・オブ・ゴッド』

製作:ローマ・ダウニー、マーク・バネット
監督:クリストファー・スペンサー
脚本:クリストファー・スペンサー、コリン・スウォッシュ
音楽:ハンス・ジマー
出演:ディアゴ・モルガド、ローマ・ダウニー、グレッグ・ヒックス、エイドリアン・シラー、アンバー・ローズ・レヴァ 他
2014年/アメリカ/英語/カラー/シネマスコープ/138分
原題:SON OF GOD
字幕翻訳:松浦美奈
配給:ブロードメディア・スタジオ

みんなのアムステルダム国立美術館へ

(c)2014 Column Film BV

 4年ほど前に、「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」というドキュメンタリー映画が公開された。2004年、オランダのアムステルダム国立美術館の建物の老朽化が進み、所蔵品が増えたこともあって、改築が決まる。オランダの女性監督ウケ・ホーヘンダイクが、この改築をめぐっての顛末を撮ったドキュメンタリーだった。 
 改築は一筋縄では進まない。コンペを勝ち取ったスペインの建築家案に、サイクリスト協会の市民たちが待ったをかける。もともと美術館の中央には自転車がゆったりと通れる道があったのに、改築案では狭くなっている、との理由である。学芸員たちは、名画を修復したり、多くの所蔵品を新たに追加、展示できる絶好のチャンスと張り切っていたのだが。市民意識の高いオランダのことゆえ、いろんな意見が飛び交い設計案が変更となり、多くの時間が費やされる。

(c)2014 Column Film BV

 ドキュメンタリー映画「みんなのアムステルダム国立美術館へ」(ユーロスペース配給)は、前作「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」のいわば続編である。続編は、改修工事そのものが、美術館の関係者だけでなく、いろんな人を巻き込んでの大騒動、後日談を綴っていく。
 創立200年もの歴史を誇り、レンブラントやフェルメールといった世界的に著名な画家の作品を所蔵する、世界でも有数の美術館である。改修するだけでも巨額の政府予算が使われる。館長や学芸員といった美術館の関係者、政府の役人、建築家、市民たちが、それぞれの意見を述べ、主張する。ことに、自転車を愛するアムステルダム市民の意見は強硬である。自転車の通路をめぐって、エントランス設計の修正、見直しを主張する。2008年の春、館長のロナルド・デ・ルーウが辞任する。
 工事は進まないが、学芸員たちは、膨大なコレクションの展示を見直す絶好のチャンスと張り切る。学芸員たちは、収蔵庫の作品を修復しながら新たに展示する作品の選定に励む。同時に、オークションで作品を買い付けたりもする。新設されるアジア館の担当者は、アジア美術が好き。日本から取り寄せた金剛力士像を見る目は緩みっぱなしだ。管理人の美術館に寄せる愛着は尋常ではない。朝晩、美術館を巡回し、壁のヒビの状態まで記憶している。

(c)2014 Column Film BV

 ヴィム・パイベスが新しい館長に決まる。要職に張り切った新館長は、いろいろと経過を見直して、かつて却下されたエントランス案を復活させようとする。またまた、騒動が蒸し返しになる。なんとか工事が再開するが、完成時期が延々と遅れる。予算も限られている。工事は指示通りには進まない。電気の配線工事もひどい出来である。エントランス案は、結局、市民の意見が復活することになる。
 美術館の学芸員、スペインの建築家、フランスの内装担当者、政府の役人、工事関係者などの意見、主張が続出する。何度も何度も会議や打ち合わせが続く。会議では居眠りをする人もいる。みんな、長引く改修工事に疲労困憊。2005年の美術館の壁の取り壊しから、もう7年も経っている。さて、どうなるのか。
 美術館はいったいだれのものなのか。みんな、それぞれの考えがあり主張がある。美術館の改修工事といった大きなプロジェクトの場合、なかなか話がまとまらない。民主主義の善し悪しが端的に現れる。それでも議論を尽くし、なんとか前に進もうとしたり、他人の異なる意見を尊重する姿勢は窺える。
 ウケ・ホーヘンダイク監督のメッセージにこうある。「オランダの誇りについての映画のはずが、シェイクスピアの戯曲と何ら変わらなくなった」と。工事の経過は、それほどの騒動、葛藤、対立などに満ちている。だが、何よりも本作は、ドキュメンタリーの作り手と、取材される側の信頼にあふれている。それでなければ、これだけの記録映像はあり得なかっただろう。いろんな意味で、貴重な記録で物語だと思う。すったもんだのあげく、2013年4月、改修工事を終え、新しい美術館が完成する。再び、レンブラントや、フェルメール、ヤン・ステーン、フランス・ハルスたちの名画に接することができる。オランダに出かける機会があれば、このアムステルダム国立美術館を真っ先に訪れたいと思っている。

2014年12月20日(土)より渋谷・ユーロスペースico_linkほか順次公開!

『みんなのアムステルダム国立美術館へ』公式Webサイトico_link

監督:ウケ・ホーヘンダイク
2014年/オランダ/カラー/97分/オランダ語・英語/DCP
日本語字幕:松岡葉子
原題:The New Rijksmuseum
配給:ユーロスペース

ダムネーション

(c)2014 DAMNATION

 ダムを作るのには、いろいろな目的がある。なにしろ、川をせき止めて大きな貯水湖を作るのだから、大規模に自然を破壊する大がかりな建設作業となる。目的は水力発電であったり、災害を防ぐ治水や、灌漑用の水の確保である。いいことも多いが、元からダムの出来る場所に住んでいる人は立ち退きとなる。
 そのようなアメリカでのダム事情を歴史的に振り返り、維持費のかかる効率の悪いダムを壊して、自然を取り戻そうとする動きを追ったドキュメンタリーが公開される。
 「ダムネーション」(ユナイテッドピープル配給)は、1935年9月、当時の大統領フランクリン・ルーズベルトの演説から始まる。「10年前、ここは無人で砂漠だけ。荒々しい川が流れている。世界一のダムの完成を祝福しよう。アメリカ国民の誇り、世界に誇るべき第一級の工学的勝利、偉大なる成果だ」と。

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 ナレーターを、本作をトラヴィス・ラメルと共同で監督したベン・ナイトが務める。国の役人や、環境保護派の人たち、もともとアメリカに住んでいる人たち、絵を描いているアーティストたちが登場する。もちろんダム推進派の人は、聴聞会でダムの重要性を力説したりする。ベンが振り返る。「ダムと水力発電は国策の一部だったが、他の資源開発と同じく、度を越してしまった」と。なにしろアメリカには、1メートル以上のダムは、2013年現在、約7万5千基あるという。
 1881年、電球が発明された頃にナイアガラの滝で水力発電が始まっている。ひとしきりアメリカでのダムの歴史が綴られる。まだ土木技術が未完成の頃に事故が起こる。ダムが決壊して、大量の水が町に溢れ、2,200人が亡くなった事故となる。
 大恐慌がアメリカを襲う。1931年、フーバーダムとグランドクーリーダムの建設が始まる。当初は多くの雇用を生み、国民は称賛を送る。第2次世界大戦用の飛行機や船、爆弾が大量に作られ、水力発電は戦争に貢献する。やがてダムは、アメリカ中の川という川に作られていく。

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 環境破壊は著しい。元から住んでいる人たちは川に遡ってくるサケ漁で暮らしている。法律でダムにサケの通る魚道を作ることになっているが、本来の川ではない。やがて、サケは激減する。多くの環境保護団体が立ち上がる。国もバカではない。効率の悪いダムを、巨額な費用を投じて取り壊しにかかる。やがて、自然が戻ってくる場所もある。
 アメリカと日本では、いささか事情は異なるが本質は同じである。一旦ダム工事に着手していても、ダム不要を唱えるなどのさまざまな反対で、延々と工事が延期になっているという話も聞く。そもそもダムは、治水に、電力に、灌漑用に、役に立つものなのか。自然環境の破壊とを秤にかけて、ダムは必要なものなのか。公共の大きな建築工事である。巨額の利権が発生する。一体、わたしたちはどう考えればいいのだろうか。
 映画は、戻ってきた自然に拍手を送り、壊したいダムの壁に、ヒビ割れの絵やハサミと切り取り線などの絵を描いているアーティストを登場させる。また、自然の戻った川で、環境保護派やアウトドア派は、サケ漁やカヤックを楽しんでいる。
 ダムは、その善し悪しが相半する。少なくとも、映画「ダムネーション」は、ダムの存在、これから建設されようとするダム計画に関して、わたしたちは知らん顔が出来ないことを伝える。映画にも出てくる作家エドワード・アビーはこう言う。「行動なき感傷は魂を殺す」と。日本などは、ダムをめぐっての活発な議論が、もっともっと起こってしかるべき国だと思うのだが。

2014年11月22日(土)より渋谷アップリンクico_linkほかで公開!

『ダムネーション』公式Webサイトico_link

提供:パタゴニア
制作:シュテッカー・エコロジカル、フェルト・ソウルメディア
製作責任者:イヴォン・シュイナード
プロデューサー:マット・シュテッカー、トラヴィス・ラメル
監督:ベン・ナイト、トラヴィス・ラメル
編集:ベン・ナイト
アソシエイトプロデューサー:ベーダ・カルフーン
企画:マット・シュテッカー、イヴォン・シュイナード
配給:ユナイテッドピープル
87分/アメリカ/英語/2014年
後援:WWFジャパン(日本公開に関して)

ハッピー・リトル・アイランド ―長寿で豊かなギリシャの島で―

(C)ANEMON

 ギリシャでテレビのドキュメンタリーを作っているニコス・ダヤンダス監督が、ニューヨーク・タイムズの「祝福された長寿の島」と題された記事を読む。ギリシャのエーゲ海の小さな島であるイカリア島の人々は、世界のどこよりも長寿で幸せに暮らしているという。監督は、映画「ハッピー・リトル・アイランド―長寿で豊かなギリシャの島で―」(ユナイテッドピープル配給)を撮るためにイカリア島に向かう。ちょうど、アテネから島に移住しようとしているトドリスとアナというカップルを取材する。

(C)ANEMON

 ギリシャはこのところ経済が疲弊、長生きする人や幸せな人は稀といった現実がある。三人に一人は貧しく、若者の半分は無職という。アテネを抜け出そうとしても、仕事がない。トドリスは、コンピューター関係の仕事をしているが、治安が悪化したアテネを脱出しようとしている。トドリスは思う。「もはや、アテネでは幸せを見つけられない。格差が生じ、人々は助け合おうとしない」と。
 トドリスは、まずひとりでイカリア島に向かう。島には松やオークが茂り、オリーブ畑が広がっている。トドリスは土地と家屋を買う。修理や手入れが必要なボロ家だが、畑を耕し、なんとか早くアナを迎えようとしている。近くに住む、80歳になるヨルゴスがトドリスに言う。「ここの生活にも慣れるし、きっと道は見つかるさ」と。ヨルゴスは、小さいころから作物を育て、自給自足している。「お金がなくても生きていける。作物を育てる大地があるさ」とヨルゴス。
 トドリスの奮闘が始まる。農業経験は初めてである。やがてコツらしきものは掴むけれど、なかなか計画通りに事は運ばない。ヨルゴスは、毎日欠かさずに働き、「体は疲れるが、精神は疲れない」と言う。とても80歳には見えない。オリーブ油を作ったり、蜂蜜作りの仕事もある。
 長寿の調査で、フランスからロマンという医者が島にやってくる。墓地に向かい、墓碑を見る。100歳まで生きた人が多くいることを知る。元気そうな老女に長寿の秘訣を聞く。「人生は美しいものよ。うまく生きられるならね。人生を楽しめないなら、死んだほうがマシよ。互いを思いやって生きたい、助け合いでね。それが望みよ」と老女。

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 オリーブを収穫する人たちがいる。人手が足りないときは、みんなで助け合う。島では、資金集めのパーティがよく開かれる。学校を維持するための費用集めなどだ。島の伝統は、困っている人を助けること。島民には格差はない。どこかの家に問題があれば、みんなで救いの手をさしのべる。
 トドリスが島に来て数ヶ月経つ。なかなか島の人たちに馴染めない。トドリス以外にも、アテネで失業した若者が島で働いている。家賃代わりに、大家の庭の手入れをしたり、家の塗装をしたりしている。
 島の種々相が見えてくる。トドリスも、苦労しながら仲間たちと共同で農作物を作ろうと動き始める。
 いったい、人の世の「幸せ」とは何だろう。経済成長優先の国が多いなか、一見、豊かに見える世の中が、はたして本当に豊かなのか。幸せなのか。医者のロマンに話す老女の言葉がいい。「贅沢品じゃなくても必要なものは誰もが手に入れることができる。人生に必要なものがね。でも、権力者たちはそんなものに目もくれないのよ。ぶっ飛ばしてやりたいわ」
 静かに、地に足をつけて、助け合って、島の人たちは生きている。よそ者への差別もない。「幸せ」とは、「豊かさ」とはを、じっくりと考えさせてくれる映画と思う。

2014年10月11日(土)より渋谷アップリンクico_linkほかでロードショー!

『ハッピー・リトル・アイランド ―長寿で豊かなギリシャの島で―』公式Webサイトico_link

監督:ニコス・ダヤンダス
プロデューサー:レア・アポストリデス、ユーリ・アヴェロフ
製作:ANEMON
共同制作:ARTE & ERT
配給:ユナイテッドピープル
原題:LITTLE LAND
ギリシャ/2013年/ギリシャ語・英語/52分/HD/16:9/カラー/ドキュメンタリー

聖者たちの食卓

『聖者たちの食卓』より

 映画を見る喜びのひとつは、たとえばドキュメンタリー映画なら、世界じゅうの、いろんな出来事に接することができること。このほど見た「聖者たちの食卓」(アップリンク配給)は、インドの北西部、パキスタンとの国境に近いアムリトサルにあるシク教の総本山ハリマンディル・サーヒブ(黄金寺院)に訪れる信者たちに食事を振る舞う様子が、逐一描かれる。シク教の教義では、すべての人は平等である。祈りでは、「無料食堂の鉄板がずっと使い続けられますように」と唱えるらしい。

『聖者たちの食卓』より

 1日に作る食事は5万食から10万食。ともかく、そのスケールの大きさに驚く。ジャーナリストで作家の佐々木俊尚さんは、この映画へのコメントで、「喧噪と混沌にあるインドが描かれている。しかしその向こう側に見えてくる、すべてが清浄で根源的である、完璧な食風景を鮮やかに感じました。みんなで作って食べるって美しい」と書いている。言い得て妙である。
 映画では、ほんの少しだけ字幕で説明が出るが、ほとんど何の解説もない。効果音もなければ、ナレーションもない。ただ、食事の準備をし、訪れる人たちに提供し、行列した人たちが整然と食べ、その後片づけの様子が淡々と映し出されるだけである。
 食事の準備をし、調理し、配り、後片づけをする人たちが、単に一生懸命というだけではない。整然と、さも普通のように振る舞い、それぞれの役割をこなす。もはや、神々しいとしか言いようがない。
 ランガルという無料食堂である。いちどに5,000人入る食堂が2つある。10万食なら、この2つの食堂がそれぞれ10回転することになる。厨房も巨大なスペースで2ヵ所ある。食材の野菜は、寺院の近くで穫れたものや、近くの市場から仕入れる。小麦粉、豆類、米、牛乳なども、毎日毎日、大量に消費される。すべて寄付で賄われている。
 食堂のルールがいくつかある。入るときは靴を預け、手を洗い、足を清める。宗教や階級に関係なく、大人も子供も、男性も女性も、一緒に座る。レンタルもあるが、ターバンを巻き、タオルを着用する。お代わりは自由だが、残さず食べる。使った食器は元に戻す。酒、タバコの持ち込みは禁止。大勢での食事だから譲り合うこと、などなど。

『聖者たちの食卓』より

 サハダールという食事の準備や奉仕をする人は約300人。この人たちが、毎日5万食から10万食を準備し、後片づけをする。ある日のメニューは、豆カレー、チャパティ(パン)、ライタ(ヨーグルトの中に刻んだ野菜入り)、サブジ(野菜のスパイス合え)などなど。
 朝からさまざまな準備がある。にんにくや玉ねぎの皮を剥き、刻む。じゃがいもの皮を剥く。巨大な鍋で煮る。粉をこね、チャパティを焼く。午後、大勢の人が整然と食堂に向かう。食事が始まる。壮観である。シク教の信者ばかりではない。観光客や、地元の恵まれない人たちもいる。賑やかに、みんな同じものを食べる。
 ふと、近頃のファミリー・レストランの風景を思い浮かべる。まだ若いふたりが食事している。デートなのかどうかは分からないが、せっかくの食事である。なのにまったく口をきかない。二人とも黙々と携帯かスマホの画面を見て、時折、何かを食べている。いったい、食事、食べることとは何なのかと考え込んでしまう。
 監督はベルギーの映像作家、フィリップ・ウィチュスと、その妻の写真家で映像作家でもあるヴァレリー・ベルトー。アムリトサルに滞在した折り、黄金寺院での食事風景を目の当たりにして感動、製作のきっかけになったという。
 人間は、残念ながら動物や植物を食べることでしか生きていけない。人間は食べることでなんとか生きていける。食べることとは何か、あらためて深く考えてみるきっかけになるドキュメンタリーと思う。

2014年9月27日(土)より渋谷アップリンクico_linkほか全国順次公開!

『聖者たちの食卓』公式Webサイトico_link

監督:フィリップ・ウチュス、ヴァレリー・ベルトー
2011年/ベルギー/65分/Color/16:9
原題:Himself He Cooks

ローマの教室で~我らの佳き日々~

(c)COPYRIGHT 2011 BiancaFilm

 ローマにある、ごく普通の高校が舞台である。女性校長ジュリアーナ(マルゲリータ・ブイ)は、自らトイレットペーパーを交換したり、水が出たままの水道の栓を閉めたりする。古くから美術史を教えているフィオリート先生(ロベルト・エルリツカ)は、無気力で、同僚とのつき合いも皆無。教育への情熱は失せ、「生徒の頭はからっぽ」と嘆くだけ。そこに、国語の補助教員として若いジョヴァンニ先生(リッカルド・スカマルチョ)が赴任してくる。生徒になんとかやる気を持たせようと必死になる。

(c)COPYRIGHT 2011 BiancaFilm

 映画「ローマの教室で~我らの佳き日々~」(クレストインターナショナル配給)は、このような3人の先生を中心に、いろんな個性にあふれた生徒たちとの日々を描いていく。日本と比べて、イタリアの高校生は格段におませ。男女とも、すでに風貌、体格は大人である。
 ジョヴァンニ先生のクラスには、いろんな生徒がいる。万事、調子のいい生徒。授業中にもイヤホンで音楽を聴く生徒。ことあるごとに挑戦的な態度をとる生徒。ルーマニアからの移民だが、優等生もいる。
 もう老人といっていいフィオリート先生は、たまにではあるが、怪しげな場所で東洋系の女性と過ごしている。フィオリート先生に、かつての教え子らしい女性から電話がかかってくる。 
 ジュリアーナ校長先生は、教育は学校で行うべきで、学校の内と外とは区別すべき、という考えを持っている。しかし、母親が家出して学校の体育館で寝起きしている生徒には、親身になって面倒をみる。
 ジョヴァンニ先生は、態度の悪い女生徒に手を焼きながらも、家庭事情の複雑さを理解するにつれて、なにかと女生徒の支えになろうとする。
 決して、先生たちの理想通りに事は運ばない。先生とて聖人君子ではない。ミスも犯すし、生徒への誤解もある。ジョヴァンニ先生は、誤解から生徒の進級を拒否し、留年させたりもする。フィオリート先生は、昔の教え子の言葉から、学期最後の美術史の授業で、かつての熱い思いを取り戻す。先生とて人の子、逆に生徒から教えられて気付くこともある。
 映画は、教育とはかくあるべきなどと、野暮なことは言わない。結論も出さない。もともと、教育とは人間同士のつきあいである。年齢や経験の有無や、その差はあるかもしれないが、突き詰めると人と人の触れ合いである。
 イタリアの国民的詩人、ジャコモ・レオヴァルディや、アメリカの女流詩人のエミリー・ディキンソンの詩が、ジョヴァンニ先生の授業に出てくる。必死に詩の持つ意味や素晴らしさを説いても、その真意はなかなか生徒には伝わらない。映画は性急に結論は出さない。たぶん、生徒たちは高校を卒業してから、レオヴァルディやディキンソンの書いた詩を読み直し、その意味を理解することになるのだろう。

(c)COPYRIGHT 2011 BiancaFilm

 イタリアの名優3人を演出し、脚本を書いたのはジュゼッペ・ピッチョーニ。「もうひとつの世界」や「ぼくの瞳の光」などを撮り、いろんな映画祭で多くの賞を受賞している。原作は、長く教鞭をとっていたマルコ・ロドリのエッセイ「赤と青」。映画の原題も「赤と青」だ。学校の成績で、赤とはギリギリのセーフ、青は落第、あるいは留年を意味するペンの色である。ジョヴァンニ先生が生徒から借りた青いペンのエピソードが暗示に満ち、うまいタイトルと思う。
 大上段に振りかぶらず、高校の現場、その周辺での教師と生徒の触れ合いを淡く描いた、なかなかに味のある一作。

2014年8月23日(土)より岩波ホールico_linkほか全国順次公開!

■『ローマの教室で~我らの佳き日々~』

監督・脚本:ジュゼッペ・ピッチョーニ
出演:マルゲリータ・ブイ、リッカルド・スカマルチョ、ロベルト・エルリツカ
2012年/イタリア/イタリア語/101分/デジタル/シネスコ
原題:Il rosso e il blu
原案:マルコ・ロドリ著「赤と青 ローマの教室でぼくらは」晶文社 8月23日刊行予定
字幕翻訳:岡本太郎
配給・宣伝:クレストインターナショナル

ジプシー・フラメンコ

(c)2013CROMOSOMA SA/LASTERMEDIA SL/TELEVISIO DE CATALUNYA SA/EVAVILA,IDEC-UPF

 詳しくはないが、フラメンコが好きである。踊りも歌も。以前スペインのグラナダの、たぶん観光客相手と思われる場所で、フラメンコを見たことがある。魅せられてしまった。延々と踊り、唄う。マドリードには、フラメンコのライブを見せる店があった。夜の10時頃から、やはり延々と踊り、唄う。聞くと「クアトロ・メディア」、午前4時半までやっているという。さすがに終演まではつき合えなかったが、いずれも見事なフラメンコだった。
 フラメンコが華々しく踊られる映画「バルセロナ物語」を見たのもずいぶん前である。若いころのアントニオ・ガデスが出ていたが、白眉はカルメン・アマジャの踊りと歌だ。ストーリーは「ロミオとジュリエット」そのままで、格別、劇的ではなかったが、カルメン・アマジャとアントニオ・ガデスの踊りがひときわ目立つ映画だった。
 このほど公開の「ジプシー・フラメンコ」(パンドラ、ピカフィルム配給)は、不世出の天才的フラメンコ・ダンサー、歌手のカルメン・アマジャに捧げられたかのような映画だ。フラメンコが大好きな5歳の少年フアニートと、カルメン・アマジャを大叔母に持つ、やはりフラメンコの名手、カリメ・アマジャと、カルメン・アマジャの姪で、カリメ・アマジャの母親であるメルセデス・アマジャ・ラ・ウィニー、彼ら3人のフラメンコへの思いが描かれていく。ドキュメンタリー映画というより、ドラマ仕立ての展開である。

(c)2013CROMOSOMA SA/LASTERMEDIA SL/TELEVISIO DE CATALUNYA SA/EVAVILA,IDEC-UPF

 舞台はバルセロナ。カルメン・アマジャが踊り、唄う「バルセロナ物語」という映画をみんなで見ている。スクリーンを見つめるまだ5歳の少年フアニートの瞳は、カルメン・アマジャのマシンガンのような足の動きに釘付けになる。
 カリメ・アマジャに、フラメンコの舞台の話が舞い込む。大叔母のカルメン・アマジャに捧げる舞台である。若い演奏家たちは、みんなカルメン・アマジャに憧れている。カルメン・アマジャ亡き今は、この舞台にふさわしいのはカリメ・アマジャと信じている。カリメ・アマジャは、メキシコにいる母のメルセデス・アマジャ・ラ・ウィニーに電話する。「ママもいっしょに出演して」と。
 リハーサルが始まる。演奏家たちは、カリメ・アマジャのすばらしい踊りに驚嘆する。さらに、母親のメルセデス・アマジャ・ラ・ウィニーが加わることになり、リハーサルが盛り上がっていく。
 フアニートは、大好きな叔父のギターに合わせて踊る。なかなかの腕前だ。踊り用の靴を選ぶ。いろいろと迷うが、赤いエナメルを施した靴を自分の意志で選ぶ。叔父の仲間たちがフラメンコを演じている。目を輝かせて見つめるフアニート。
 カリメ・アマジャが大叔母カルメン・アマジャの話をする。カルメン・アマジャは、ある取材で「踊りとは学べるものか天性のものか」と聞かれる。カルメン・アマジャは答える。「天性のものだ。努力して身につけた高い技術は賞賛に値する。でも、心で感じないとね」と。そして、「本気で踊ろうと思ったら、情熱を注ぎ、心を込めて謙虚に向き合うべきよ」と付け加える。カリメ・アマジャは、「全身全霊を捧げて私たちが踊れば、彼女の魂も共にある」と考えている。
 リハーサルが続く。フアニートは噴水の水を浴びながら、踊る。メルセ祭で、カリメ・アマジャとメルセデス・アマジャ・ラ・ウィニーの母娘が踊る。カリメ・アマジャは、フラメンコ史上初めて女性がパンツ・スーツで踊った大叔母に敬意を込めて、パンツ・スーツで踊る。メルセデス・アマジャ・ラ・ウィニーとカリメ・アマジャの母娘、少年フアニートたちを通して、ジプシー・フラメンコの「血」は受け継がれていく。
 もう、見ていて、少しずつ、震えが込み上げてくる。映画を見て学ぶことは多い。フラメンコだけの話ではない。何事にも情熱を注ぐ、謙虚に向き合う、全身全霊を捧げる…。その通りだと思う。
 わずかの興味であることが、一本の映画がきっかけになり大いなる興味に変わる。「ジプシー・フラメンコ」を見て、ますますジプシーの歴史を、フラメンコの歴史を知りたくなった。

2014年8月9日(土)より渋谷ユーロスペースico_linkほか全国順次公開!

『ジプシー・フラメンコ』公式Webサイトico_link

脚本・監督:エヴァ・ヴィラ
出演:カリメ・アマジャ、メルセデス・アマジャ・ラ・ウィニー、フアニート・マンサーノ
原題:BAJARI
日本語版字幕:原田りえ
2012年製作/スペイン/デジタル/1:1.66/ドルビーSRD/84分
提供・配給:パンドラ+ピカフィルム

ママはレスリング・クイーン

(c)2013 KARE PRODUCTIONS – LA PETITE REINE – M6 FILMS – ORANGE STUDIO – CN2 PRODUCTION

 映画のタイトル「ママはレスリング・クイーン」(コムストック・グループ配給、クロックワークス配給協力)からは、つい見るのをパスしそうな、いかにもB級、C級のキワモノ映画を連想するが、とんでもない。息子との関係を回復するために、素人の女性がプロレスに挑戦する。静かな感動がじわりと押し寄せてくる。最近では「わたしはロランス」で、ロランスの母親役を演じた大好きな女優ナタリー・バイが、主役となる4人のオバサン・レスラーの一人に扮し、4人のオバサンは、見事なレスリングを披露する。
 北フランスの田舎町、ローズ(マリルー・ベル)は、ある些細な罪で、5年の服役を終えて出所してくる。代理母に面倒をみてもらっていた実の息子ミカエルと再会するが、ミカエルはローズに懐かない。息子と暮らすためには、ともかくローズは働かなければならない。ローズはなんとかあるスーパーで雇われることになる。息子はプロレスの大ファンで、ローズは、自分がプロレスラーになれば息子が心を開いてくれるかも知れない、と考える。ローズは早速、地元で元ヒーローだったプロレスラー、リシャール(アンドレ・デュソリエ)のジムを訪ねる。リシャールは素人同然のローズに、「仲間を集めて来い」と難題をふっかけて諦めさせようとする。ところが、ローズの決心は固い。ローズは、同じスーパーのレジ仲間に声をかける。いずれも意地悪な社長の下で、日頃のストレスが溜まっていて、それぞれ訳ありの人生を送っているオバサンたちだ。
 浮気な亭主を持つ五十路のコレット(ナタリー・バイ)、セクシーな風貌で男好きのジェシカ(オドレイ・フルーロ)、大柄な容姿にコンプレックスのあるヴィヴィアン(コリンヌ・マシエロ)の3人が、ローズの許に集結する。やる気十分の4人を前に、リシャールはコーチを引き受けることになる。
 小さな町である。オバサン4人のプロレス挑戦は、大ニュースとなる。当然、4人の抱えている仕事や私生活に、さまざまな問題がのしかかってくる。それでもオバサンたちは負けない。レスリングのトレーニングが続く。
 フランス映画の滋味がたっぷり。自らの不遇な人生から、少しでも抜け出そうとする気迫に満ちたエピソードが連続する。見ているうちに、つい4人にエールを送りたくなる。
 ローズを始め、コレット、ジェシカ、ヴィヴィアンのそれぞれの人物像、人生が、過不足なく巧みに描かれる。コーチ役のリシャールに扮したアンドレ・デュソリエは名優である。「ミックマック」や、先頃亡くなったアラン・レネ監督の「風にそよぐ草」などで渋い演技を披露している。息子を思う母親の心情を、「闘う」ことで示そうとしたローズ役のマリルー・ベリは、子役の頃からのキャリアが豊富、達者である。
 フランスのプロレスラーでは、アンドレ・ザ・ジャイアントが日本では人気があったようだが、フランスでもプロレスのファン層は厚いようだ。4人のオバサン・チームは、メキシコのチームと対戦する。そのメキシコもまた、仮面のレスラー、ミル・マスカラスといった人気者を輩出するプロレスの盛んな国である。
 女性のプロレスラーを描いた映画に、ピーター・フォーク主演、ロバート・アルドリッチ監督の「カリフォルニア・ドールズ」という傑作があったが、本作も負けてはいないほどの感動作である。監督は、テレビ・ドラマ畑のジャン=マルク・ルドニツキ。本作が映画監督のデビューとなる。
 息子と母親の確執が発端だが、4人のオバサンは不遇を嘆いているだけではない。一歩踏みだし、幸せになるよう邁進する。心震えるフランス映画だ。

2014年7月19日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ico_linkほか全国ロードショー

■『ママはレスリング・クイーン』

監督:ジャン=マルク・ルドニツキ
音楽:フレッド・アヴリル
製作:トラ・ラングマン
出演:マリルー・ベリ、ナタリー・バイ、アンドレ・デュソリエ・オドレイ・フルーロ、コリンヌ・マシエロ、イザベル・ナンティ
フランス/97分/カラー/デジタル
原題:Les Reines du ring
配給:コムストック・グループ
配給協力:クロックワークス
協力:WWEスタジオ

ネクスト・ゴール!

(c)Next Goal Wins Limited.

 映画「ネクスト・ゴール!」(アスミック・エース配給)のサブタイトルは、「世界最弱のサッカー代表チーム0対31からの挑戦」である。アメリカの準州であるアメリカ領サモアのサッカー・チームは、2001年のFIFAワールドカップ予選で、オーストラリアに0対31で記録的な大敗を喫する。ドキュメンタリー映画ながら、これが劇映画のような構成、運びで、弱小のサッカー・チームの人間模様が巧みに描かれる。アメリカ領サモアは、人口5万4千人ほどの小さな島。美しい風景と心おだやかな人たちの文化や風習もさりげなく挿入される。
 アメリカ領サモアのサッカーチームは、最低、最弱だけれど、選手たちは心意気に溢れ、懸命にサッカーに打ち込む。その姿は、むしろ微笑ましく清々しい。なにしろチームは、ここ10年の公式戦では30戦全敗、失点は200ゴールを超える。当然、ランキングは最下位だ。

(c)Next Goal Wins Limited.

 2009年には、サモア沖地震による津波被害で壊滅的な被害を受ける。それでもサッカーの大好きな選手たちは、すぐにグラウンドを整備、練習を開始する。登場する人物がことごとく個性的で、そのキャラクターがくっきりと描かれる。世界最低のゴールキーパーと言われているニッキー・サラプは、大敗を喫したオーストラリアとビデオゲームで戦い続けている。そのトラウマは深い。一度、引退してアメリカ本土に移住するが、自らのトラウマに打ち勝とうと島に戻ってくる。
 ディフェンダーのジャイヤ・サエルアは、サモアで認められている第三の性、ファファファインである。ふだんは女性として生活し、練習前には髪を整え、メイクをする。レギュラーにはなれないが、チーム仲間との絆を大事にしている。ジャイアの語る言葉は感動的ですらある。
 チームのなかでも優秀なフォワードのラミン・オットは、家族を養うために軍隊に入り、本土に移住。サッカーは駐屯地で続けていて、すべての休暇を犠牲にして島に戻ってくる。
 連戦連敗、チームをなんとかしてほしいとの要求をアメリカ・サッカー協会に送る。監督職に応募してきたのが、サッカー経験の豊かなオランダ人のトーマス・ロンゲン。頑固一徹のトーマスは、一流の指導法を身につけていながら、なかなかチームにとけ込まないでいる。昔気質で、「自分は協会で雇われた」と言い張っていたが、やがて過去の辛い出来事を選手たちに話し、自らのサッカーへの思いを選手たちに伝える。徐々にではあるが、選手たちの意識が変わり始める。トーマス自身も、選手たちから多大の刺激を受けるようになっていく。

(c)Next Goal Wins Limited.

 練習が続く。泥まみれになりながらのスライディング。まだまだ技術が追いつかない。2014年、FIFAワールドカップ、ブラジル大会の予選が近づいてくる。
 はっきり言って、技術的にはかなり劣るチームである。教会で祈って勝てるものではない。サッカーは、なによりもチーム・プレイである。高度の技術はもちろんのこと、人と人との信頼関係が横たわる。スポーツ、競技である以上、参加することに意義があるといったきれいごとではない。勝たなければ意味はないと思うけれど、ひたむきに練習に打ち込む選手たちを見ていると「勝つ」ことだけが人生ではないように思えてくる。では、何が人生なのか?の問いに対するヒントが、映画「ネクスト・ゴール!」から汲み取れるはずだ。サッカーで負け続けても、人生で勝利することはありうるのだから。
 監督は、学生時代のサッカー仲間であるマイク・プレットとスティーブ・ジェイミソン。長編ドキュメンタリーとしては初めての映画になる。

2014年5月17日(土)より全国順次公開&オンデマンド同時配信

『ネクスト・ゴール!世界最弱のサッカー代表チーム0対31からの挑戦』公式Webサイトico_link

監督:マイク・ブレット&スティーブ・ジェイミソン
出演:アメリカ領サモア サッカー代表チーム、トーマス・ロンゲン監督
2014年/イギリス/英語、サモア語/カラー/98分
配給:アスミック・エース
(c)Next Goal Wins Limited.