あの頃、君を追いかけた

(c)Sony Music Entertainment Taiwan Ltd.

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 2011年、台湾や香港で大ヒットした映画「あの頃、君を追いかけた」(ザジフィルムズ、マクザム、Mirovision配給)が、このほど公開される。
 舞台は台湾の中西部にある町、彰化。あまり深く将来を考えることのない高校生コー・チントンことコートン(クー・チェンドン)と、その仲間たちの群像劇である。時代は1994年頃からの10年ほど。高校生たちは、大学に進学、卒業してからの数年間を、いささかの誇張を交え、ドタバタふうではあるが、軽快なタッチで、青春の喜怒哀楽を綴っていく。日本のコミック、井上雄彦の「スラムダンク」に憧れた高校生たちは、大学では、日本のアダルトビデオの世話になる。台湾と日本、その状況はさほど変わらない。もちろん笑わせるが、ラスト近くからは、爽やかな涙を誘い、なかなかの瑞々しさ。こなれた演出に洗練を感じる。
 コートンには仲良しの同級生が4人いる。中学からの親友で、いつも股間を勃起させていることからボーチと呼ばれているシュー・ボーチュン(イエン・ションユー)。シェ・ミンハ(スティーブン・ハオ)は成績は優秀だが、食いしん坊で太っていて、アハと呼ばれている。バスケのNBAが大好きで、トレーディングカード収集が趣味のツァオ・グオション(ジュアン・ハオチュエン)は勉強が嫌い。リャオ・インホン(ツァイ・チャンシエン)は、いつも股間を掻いているので、マタカキと呼ばれている。

(c)Sony Music Entertainment Taiwan Ltd.

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 5人は、いわばクラスの問題児。コートンとボーチは、ヒステリックな女教師の授業中に、オナニーのまねごとをする。たちまち二人は席替えとなり、コートンは優等生のシェン・チアイー(ミシェル・チェン)の前に座らされる羽目になる。しかも、チアイーに、勉強の指導を受けるよう、教師から言い渡される。チアイーは、5人組が憧れている女生徒だ。
 5人は、チアイーの注目を引こうと、いろいろとアプローチする。マタカキは、下手な手品を見せる。ツァオは、上手くもないドリブルを披露する。ポーチは、夜なのに、チアイーの家まで出かけて、リコーダーを吹く。アハだけは、幼稚でない証拠とばかり、エア・サプライのコンサートに誘うなど、老獪だ。そんな中にあって、コートンは、チアイーを好きなのに、わざと粗野な振る舞いで、素直に思いを伝えられないでいる。コートンの一種の愛情表現だが、チアイーは、百も承知である。
 ある日、チアイーが教科書を忘れる。コートンがとっさに、自分の教科書をチアイーに渡し、コートンが叱責を受ける。チアイーは、少しでもコートンの成績がよくなるよう、自作の試験問題をコートンに与える。しかし、乗り気ではないコートンの反応はいまいちである。チアイーはコートンに言い放つ。「軽蔑するのは、自分が頑張らないで、人の努力をバカにする人」と。やがて、コートンの成績が少しずつ良くなっていく。
 1997年。大学への進学の日が来る。コートンたち5人の仲間とチアイーは、それぞれの道を進む。そして、コートンとチアイーの愛の行方を、ハラハラしながら見守ることになる。

(c)Sony Music Entertainment Taiwan Ltd.

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 監督は、もともと、いろんなジャンルのネット小説で注目を浴びたギデンズ・コー。映画監督のキャリアは浅いけれど、すでに手だれ。本作は、自身の自伝的小説の映画化で、幅広い才能を感じさせて、さらに今後に期待がもてる。
 台北生まれ、中華圏で抜群の人気を誇るジェイ・チョウの唄う「ヌンチャク」が挿入されたり、校内放送の呼び出しで「3年2組、ジェイ・チョウ、生徒指導室にすぐ来なさい」などの楽屋落ちサービスもちらほら。セリフに散りばめた数々のメッセージもいい。あきらめないこと、人の努力をばかにしないことなど、少年から青年、大人になっていくために必要な心構えが、さりげなく伝わる。映画の冒頭、ノートに書かれた言葉は、「笑われる夢にこそ価値がある」、「正義に必要なのは卓越した武芸だ」、そして「人生に無意味な出来事はない」である。

2013年9月14日(土)より、新宿武蔵野館ico_link千葉劇場ico_link ほか全国順次ロードショー!

『あの頃、君を追いかけた』公式Webサイトico_link

監督:ギデンズ・コー(九把刀)
製作総指揮:アンジー・チャイ(柴智屏)
出演:クー・チェンドン(柯震東)、ミシェル・チェン(陳妍希)
2011年/台湾/110分/中国語/シネマスコープ
配給:ザジフィルムズ/マクザム/Mirovision
宣伝:ザジフィルムズ
協力:トリウッド
特別協力:駐日台北経済文化代表処
協賛:チャイナ エアライン


台湾アイデンティティー

(C)2013マクザム/太秦

(C)2013マクザム/太秦

 「台湾アイデンティティー」(太秦配給)というドキュメンタリー映画を見た。台湾の人たちが、6人登場する。いずれもお年寄りばかりで、自らの人生を振り返る。
 絶景である。雲のかかった山がそびえる。台湾の中部、阿里山郷の達邦(タッパン)に、原住民族のツオウ族が暮らす村がある。

(C)2013マクザム/太秦

(C)2013マクザム/太秦

 高菊花(日本名・矢多喜久子、ツオウ族名・パイツ・ヤタウヨガナ)さんは、80歳。子供のころから日本式の生活で、みそ汁を飲み、和服を着ていた。日本人と思っていたと言う。
 台湾の人口は約2300万人。その2%、約50万人が、もともと台湾に住んでいた原住民族である。日本の統治下では、生蕃、蕃人と呼ばれて、後にいろんな部族を総称して、高砂族と呼ばれた。現在、台湾政府が規定している14部族のうちのひとつがツオウ族で、約7000人。うち1000人が、達邦で暮らしている。
 高さんの父は、ツオウ族のリーダーで、原住民族の自治会をあちこちで結成したことから逮捕され、処刑される。高さんは、母親や多くの兄弟の生活を支えるために歌手となるが、国民党による尋問が続く。それでも、過去を振り返り、「幸せだった」と言う。音楽好きの父が、ピアノで「ドナウ川のさざ波」を弾いてくれた。歌手を引退後、小料理屋を開き、台湾人と結婚するが、党の尋問は続く。1971年、高さんは、「しないこともしたことにして」自首証を書き、やっと自由の身となる。

(C)2013マクザム/太秦

(C)2013マクザム/太秦

 黄茂己(日本名・春田茂正)さんは、90歳。しっかりと歩く姿は、年齢を感じさせない。中学を出た後、神奈川県の高座にあった海軍工廠(こうしょう)で働く。「雷電」という戦闘機を作る工場だ。敗戦直後、日本で結婚するが、台湾に戻り、教職に就く。1947年、二二八事件が起こる。各地で台湾人が蜂起するが、国民党が武力制圧する。「武器はない。空気銃で戦争できるわけはない」と黄さん。仲間たちは、裁判もなく、ただ嫌疑だけで、処刑されたという。「人間として認めてくれなかった。悔しかった」と黄さん。死者、行方不明者は、2万数千名だった。
 高さんの大叔父にあたる鄭茂李(日本名・手島義矩、ツオウ族名・アワイ・テアキアナ)さんは、85歳。耳や目が衰えている。18歳で志願して海軍に入る。「当時、男は兵隊になれたら名誉。日本人が可愛がってくれた」と言う。台湾からは、約21万人が日本兵として戦争に参加、3万人が死んでいる。鄭さんは「完全な日本人と思っていたが、日本人にはなれなかった」と笑うが、「日本が戦争に負けたから、私たちも負けた」と涙ぐむ。
 横浜に住む呉正男(日本名・大山正男)さんは、85歳。茨城の生まれで、東京の中学に進学。陸軍に志願して、航空通信士として従軍、北朝鮮で終戦を迎える。中央アジアの捕虜収容所で強制労働に従事、60キロの体重が40キロに減る。「帰れるという噂のたびに希望を持ったが、死ぬ可能性もあった。もう1年いたら、死んでいた」と語る。中学時代の世話になった下宿のおばさん、片思いだった少女がいたからこそ、生きて帰れたと思っている。台湾に帰りたいと思ったが、二二八事件の勃発で、帰れなかった。
 インドネシアのジャカルタに住む宮原永治(台湾名・李柏青、インドネシア名・ウマル・ハルトノ)さんは、92歳。日本の志願兵として、戦地を転々とする。終戦後、インドネシアはオランダに独立を宣言、ハーグ協定締結までの4年間、宮原さんは日本兵として戦う。約1000名の日本兵のうち、700人が亡くなった。現存する人は、いまや、宮原さんと、あともう一人だけである。「戦争、戦争で、青春時代はなかった」と語る宮原さんだが、1970年代に、日本企業の駐在員として、インドネシアと日本を何度も往復した。
 張幹男(日本名・高木幹男)さんは、82歳。父は台湾人だが、母は日本人。戦後の1958年、台湾独立派の本を翻訳しようとするが、反乱罪で逮捕される。28歳から8年間、いまは観光地となっている緑島の政治犯収容所に入れられる。1970年、旅行会社を設立、多くの政治犯を採用する。やめさせろと忠告されるが、「やめさせたら、暴動を起こすよ」と突っぱねる。台湾独立派である。「統一なんてとんでもない。統一されて死ぬよりも、反対して死んだほうがいい」、「私のアイデンティティーは、国は、台湾」と言い切る。
 海に出て、死にたかったこともあったと語る高さんは、「ラ・パロマ」を唄い、ジャズ、ヨーデルを唄い、「知床旅情」を唄う。台湾の原住民族の老女である。
 6人の語る意味は、重く、深い。日本との関わりの中で生き抜いてきた。よく「歴史を鑑に」と言うが、歴史などは施政者の都合のいいように書き改められる。市井の、時代を生き抜いた人の発言こそが、真の歴史と思う。
 監督の酒井充子は、以前、「台湾人生」というドキュメンタリー映画を撮った。いまはDVDになっている。本作と合わせて、ぜひご覧ください。登場人物の人生に寄り添う、耳を傾ける。それが、「歴史」を学ぶ第一歩だろう。

2013年7月6日(土)より、ポレポレ東中野ico_link他全国順次ロードショー!

『台湾アイデンティティー』公式Webサイトico_link

監督:酒井充子
出演者:高菊花、黄茂己、呉正男、宮原永治、張幹男
製作:マクザム、太秦
製作総指揮:菊池笛人、小林三四郎
企画:片倉佳史 
プロデューサー:植草信和、小関智和
ナレーター:東地宏樹
撮影:松根広隆 
音楽:廣木光一 
編集:糟谷富美夫
2013年/日本/カラー/HD/102分
協力:シネマ・サウンド・ワークス 大沢事務所
助成:文化芸術振興費補助金
配給:太秦


ラーメンより大切なもの~東池袋 大勝軒 50年の秘密~

(C)2013 フジテレビジョン

(C)2013 フジテレビジョン

 長野県下高井郡山ノ内町。志賀高原の美しい風景が映る。おいしくて、麺、チャーシューがたっぷり。連日、長蛇の列ができたという、もはや伝説のラーメン店「大勝軒」の店主だった山岸一雄さんの故郷である。
 映画「ラーメンより大切なもの~東池袋 大勝軒 50年の秘密~」(ポニーキャニオン配給)は、もとはテレビのドキュメンタリーとして、過去3回放映されて大好評だったが、このほど劇場公開版が完成した。2000年ころからの取材は、10年以上に及び、山岸さんの、いわばラーメン人生の一代記となった。
 2001年。池袋のサンシャイン60の近く、行列の出来るラーメン店「大勝軒」がある。2時間待ちはザラ、遠く川崎から食べに来る常連もいる。格段、特殊なラーメンではない。しょうゆ味のごくふつうの東京ラーメンである。麺は自家製で260グラム、量がたっぷり。常連客は口を揃える。「他のラーメンとは全然違う」と。

(C)2013 フジテレビジョン

(C)2013 フジテレビジョン

 山岸さんは1934年生まれ。父は、山岸さんが8歳のときに戦死、16歳で上京、旋盤工として働くが、すぐに周囲の勧めもあって、ラーメン店を始めるべく修行を重ねる。東池袋に「大勝軒」を開いたのが1960年、山岸さんが26歳のときだった。席数16の小さい店だが、良心的な、おいしいラーメンだと評判を呼び、常連客が大勢支持してくれるようになる。
 まだ暗い午前4時から準備をする。チャーシューとスープを作り、麺を打つ。開店は11時なのに、最初の客は7時半に来ている。常連さんらしく、勝手に店の前の鉢植えに水をやっている。10時にはもう30人ほどが並ぶ。1日200食限定、営業時間は午後3時までの4時間。繁盛している。
 定休日は水曜日。山岸さんは病院に行く。
膝の痛みがひどく、変形性関節症と診断される。体重を落とすか、手術をするかしないと、1年で歩けなくなる、と医者は言う。それでも、山岸さんは、特に手当もせず、仕事に打ち込む。
 週2回、栃木県から通う客もいる。山岸さんは、自分の体より客が大事と考えているようだ。弟子も多い。誰にでも教える。企業秘密はない。名古屋でリストラにあった人が弟子入りした。研修が終わって帰るときには、餞別を渡す。年に一回だけ、定休日以外に休む日がある12月の第1日曜日だ。故郷、長野県の穂波中学の同窓会である。山岸さんは、ずっと幹事を務めている。医者の診断から2ヵ月、自力で立ち上がれないくらい、膝が悪くなっている。

(C)2013 フジテレビジョン

(C)2013 フジテレビジョン

 店に一枚の猫の絵がある。猫が好きだった妻をガンで亡くしたときに買ったものだ。油で汚れているが、そのままにしてある。妻とは幼なじみ、しかもいとこである。開店のすぐ前に結婚、苦労を共にしてきた仲間でもあった。
 取材中、店の奧にスペースがあるのを見つける。25年間、妻と暮らした部屋である。いわば思い出の部屋、なぜ閉ざしたままなのだろう。
 大晦日、年越しのラーメンを望まれ、この日だけはいつもの倍以上の500食以上のラーメンを用意する。1年でいちばん忙しい日である。夜9時すぎ、やっと閉店となる。山岸さんは、ハーモニカを取り出し、故郷を思い、「ふるさと」を吹く。
 2004年、冬。店に山岸さんの姿はない。医者の診断から2年経っている。取材中にも、うとうとするほどの睡眠不足である。山岸さんが倒れる。
 「大勝軒」は、いまや全国にある。山岸さんの弟子たちが、看板を守っている。山岸さんは、保証金といった類の金銭は一切受け取らない。もはや、厨房に立てないほど、膝が悪化している。どうなるか。また、閉ざされたままの部屋は、どうなっているのか。
 これは、仕事ひと筋、悲しい思い出を自らの内に封印したまま、駆け抜けていった男の話である。タイトル通り、ラーメンより大切なものは、世の中に多々ある。何を学ぶか、多くの材料を提供する映画である。

2013年6月8日(土)より
シネマサンシャイン池袋ico_link他全国順次ロードショー!

『ラーメンより大切なもの~東池袋 大勝軒 50年の秘密~』公式Webサイトico_link

語り:谷原章介
原作:ザ・ノンフィクション「ラーメンより大切なもの」(フジテレビ)
監督:印南貴史 
構成:岩井田洋光
撮影:山岸恵史
音楽:高田耕至
エンディングテーマ曲:久石譲「ふるさとのメロディー」
製作統括:塚越裕爾
企画:堤康一
エグゼクティブプロデューサー:味谷和哉
プロデューサー:西村朗、山田敏弘
協賛:カネジン食品 
協力:大勝軒のれん会、麺屋こうじグループ
製作:フジテレビジョン
制作プロダクション:メディア総合研究所
宣伝:KICCORIT
配給:ポニーキャニオン


孤独な天使たち

(c)2012 Fiction - Wildside

(c)2012 Fiction – Wildside

 今年で72歳になる、イタリアの監督ベルナルド・ベルトルッチの新作「孤独な天使たち」(ブロードメディア・スタジオ配給)は、一言で言うと、瑞々しい教養小説のたたずまい。14歳の少年が、おとなへのとば口にさしかかる1週間の日々を、母親の異なる姉との触れあいの中で、綴っていく。いささかミステリアスに、一歩間違うと、大変な事態に陥るサスペンスをはらみながらの展開に、ハラハラ、ドキドキ、引き込まれてしまう。  
 監督生活50年、「暗殺の森」、「ラストタンゴ・イン・パリ」、「1900年」、「ラストエンペラー」、「シェルタリング・スカイ」などなど、およそ、映画の歴史に残る数々の傑作を撮ったベルナルド・ベルトルッチである。2003年に撮った「ドリーマーズ」以来、10年ぶりになる。70歳を超えたベルトルッチの、肩の力を抜いての一作だろう。
 このところ、ベルトルッチの旧作を見直す機会があり、「ベルトルッチの分身」、「暗殺の森」、「1900年」を立て続けに見た。ドストエフスキーの短編を基に、実験的ともいえる「ベルトルッチの分身」では、殺人を犯した若い大学教授に、その分身が現れての混乱ぶりが、軽妙に描かれる。「暗殺の森」は、ベルトルッチが29歳で監督、反ナチをめぐっての骨太の政治ドラマ。「1900年」は、資産階級と労働者の立場を超えて、二人の少年の生涯に渡る友情を、イタリア現代史に絡めて謳いあげた傑作である。本作は、過去のベルトルッチ作品に比べると、大作ではないだろう。しかし、繊細な若者のありように深く迫って、とても老境にある人の演出とは思えないほどの若々しさ。

(c)2012 Fiction - Wildside

(c)2012 Fiction – Wildside

 14歳の少年ロレンツォ(ヤコポ・オルモ・アンティノーリ)は、父親が不在、母親のアリアンナ(ソニア・バルガマスコ)とも、ぎくしゃくした関係だ。学校ではカウンセリングを受けるほどの、自閉症気味な少年である。やっと、学校行事のスキー合宿に行くことで、母親は少しは安心する。ところが、ロレンツィオは、合宿の費用で、1週間分の食料やジュース、コーラなどを買い込み、自宅のアパートの地下室で、好きな本を読み、好きな音楽を聴いて過ごそうとする。地下室には、ベッドもあり、ボイラー室も隣接していて、居心地がよさそうである。
 そこに、しばらく会っていなかった、異母姉にあたるオリヴィア(テア・ファルコ)が押し掛けてくる。オリヴィアは、私物を取りに来たと言って、ロレンツォに小銭をせびって、出ていってしまう。深夜、行くところがないとオリヴィアが戻ってくる。母親に通報されては困るロレンツォは、しぶしぶ同居を許す。突然、オリヴィアが吐く。どうやら、ロサンゼルスに住んでいたころからのヘロイン中毒だったことが判明する。見かねたロレンツォは、祖母の入院している病院から睡眠薬を入手したり、必死にオリヴィアを看病する。

(c)2012 Fiction - Wildside

(c)2012 Fiction – Wildside

 かつて、オリヴィアは、ロサンゼルスで写真の個展を開いたことがある。その作品に見入るロレンツォ。何とか、回復する気配を見せたオリヴィアは、食欲が出てくる。夜中、ふたりは、母親の寝ている部屋に忍び込み、食料にビールを調達する。語り合う姉と弟。デヴィッド・ボウイの唄う「ロンリー・ボーイ・ロンリー・ガール」に合わせて、寄り添うように踊る。そして、1週間が経過する。
 踊るシーンには、濃厚な時間が流れる。セリフはないが、ふたりの感情がほとばしる。「暗殺の森」では、ドミニク・サンダとステファニア・サンドレッリの女優ふたりが、「ラストタンゴ・イン・パリ」では、マーロン・ブランドとマリア・シュナイダーが、それぞれタンゴを踊ったように、このダンス・シーンは、秀逸。まるで、孤独の、若いふたりの心の叫びを聞くようである。
 「孤独な天使たち」を見ると、過去のベルトルッチ作品を見たくなるにちがいない。ベルトルッチは健在である。

2013年4月20日(土)より、シネスイッチ銀座ico_link ほか全国順次公開

■『孤独な天使たち』

監督:ベルナルド・ベルトルッチ
出演:ヤコポ・オルモ・アンティノーリ、テア・ファルコ 他
脚本:ニッコロ・アンマニーティ、ウンベルト・コンタレッロ、フランチェスカ・マルチャーノ、ベルナルド・ベルトルッチ
2012年/イタリア/97分/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル
字幕翻訳:岡本太郎
原題:IO E TE
配給:ブロードメディア・スタジオ


ブルーノのしあわせガイド

(c)2011  I.B.C. Movie

(c)2011 I.B.C. Movie

 よき師と出会う。大事なことに気付く。また、多少いい加減でも、ここぞという時に、努力し、全力を出す。これは「教育」にとって、重要なことだろう。イタリア映画「ブルーノのしあわせガイド」(アルシネテラン配給)は、シリアスなテーマを、コメディの見本のように、軽快な笑いにくるんで見せる、まことにハッピーな作品。

(c)2011  I.B.C. Movie

(c)2011 I.B.C. Movie

 中年のブルーノ(ファブリッツオ・ベンティヴォリオ)は、元は教師。いまは、スポーツ選手やポルノ女優といったタレントの伝記などのゴーストライターや、元教師としての経験から、落ちこぼれ生徒の補習塾で、貧しいながらも、なんとか気ままに暮らしている。ある日、ブルーノの補習塾に通う14歳の生徒ルカ(フィリッポ・シッキターノ)の母親マリーナ(アリアンヌ・スコメーニャ)に呼び出される。マリーナはシングルマザーで、仕事の関係で、半年もの間、アフリカのマリに行くことになる。ついては、息子を預かって欲しい、と言う。「いったい、なぜ?」と驚くブルーノに、素顔を見せたマリーナは言う。「私が分からないの?」と。なんと、今から15年前に、ブルーノはマリーナと一晩、過ごしている。ルカは、その時に出来た子供であった。

(c)2011  I.B.C. Movie

(c)2011 I.B.C. Movie

 ブルーノとルカの同居が始まる。ルカはブルーノが父であることを知らない。補習塾と変わらず、相変わらずのタメ語で、ブルーノに接する。実の父子である。パニーノにきゅうりは不要、なんてことまで似ている。思わず、どんな父親だったかと尋ねるブルーノに、「どうせロクな男じゃない」と答えるルカ。

 ブルーノに、ルカの通う高校から呼び出しがかかる。このままでは卒業できないルカに、ブルーノは真摯に向かい始める。ブルーノは、ルカが授業で習っているホメロスの話さながらに、実人生を巧みにおりまぜた教え方をする。すこしずつだが、ルカは勉強に興味を示しはじめる。ブルーノは、相変わらずのいい加減さながらも、必死でルカに接する。ルカもまた、父とも知らず、ブルーノを慕うようになる。ところが、ルカには、麻薬らしきものに手を出している、悪い仲間がいる。そして、ブルーノは、やっかいな事件に巻き込まれてしまうのだが…。
 原題は「Scialla!」、シャッラ。まあまあ、いいから、といったほどの意味だ。人生と適当に、いい加減につき合ってきた父と子が、10数年を経て初めて出会う。そして、肩の力を抜きつつも、父と息子が、本気を出そうとする。このいい加減さが、まことに爽快、まあまあいいから、これでいいよと、幸せな気分になれる。そして、思わぬ人生の出会いが、まことに痛快な結果をもたらしてくれることになる。
 ブルーノのような、先生が日本にもいればいいのだが。
 当初は脚本家、以降、イタリアのテレビで活躍してきたフランチェスコ・ブルーニの監督、脚本、原案になる。劇場用映画の初監督とは思えないほどの実力だ。

2013年4月13日(土)より、シネスイッチ銀座ico_link ほか全国順次公開

『ブルーノのしあわせガイド』公式Webサイトico_link

出演:ファブリッツィオ・ベンティヴォリオ、バルボラ・ボブローヴァ、ヴィニーチョ・マルキオーニ、フィリッポ・シッキターノ
監督・原案・脚本:フランチェスコ・ブルーニ
(『見わたすかぎり人生』、『副王家の一族』、『ナポレオンの愛人』、『はじめての大切なもの』脚本)
制作:ベップ・カスケット、IBCムービー・プロダクション、ライ・シネマ協力
原題:Scialla!
2011年/イタリア/イタリア語/95分/カラー/ドルビーSRD/
配給:アルシネテラン


サバイビング・プログレス - 進歩の罠

(c)2011 Cinemaginaire/Big Picture Media

(c)2011 Cinemaginaire/Big Picture Media

 サブタイトルに「進歩の罠」と付いたドキュメンタリー映画「サバイビング・プログレス」(ユナイテッドピープル配給)は、気宇壮大な文明批評を展開する。

(c)2011 Cinemaginaire/Big Picture Media

(c)2011 Cinemaginaire/Big Picture Media

 およそ、人間が誕生して、どれくらいの歴史があるのかは知らないが、人間とチンパンジーは違っている。映画は、ある実験を見せる。黄色く塗られたL字型の積み木が2個。ひとつは、立てることができるが、もう一つには、重りが仕掛けられているのか、立てることはできない。チンパンジーは、一つは立てることができるが、もう一つは立てることができず、諦めてしまう。幼児が同じことをすると、立てられないほうが、なぜ立てられないのか、原因を見つけようとする動作を示す。これが、人間とチンパンジーの違いなのだそうだ。
 『暴走する文明 「進歩の罠」に落ちた人類の行方』を書いた作家のロナルド・ライトが、主なナレーションを担当する。ライトは言う。「知識という21世紀のソフトウェアを、5万年前のハードウェアで動かしているのが問題」と。
 確かに、いまの人間は、多くの技術を開発し、クスリを開発し、医療技術も進歩させた。宇宙にロケットを飛ばし、ステーションを作る。原子力も手に入れた。だが、マイナス面もある。霊長類学者のジェーン・グッドールは言う。「人間は、地球の生物で最も知的なのに、唯一の故郷、地球を破壊しようとしている」と。
 ライトは、いまの人口増加に触れる。ローマ帝国滅亡から大航海時代までの1300年間で、人口は2億人増えた。今は、3年ほどで2億人、増えている。70億人を超えた現在、この人口増加は無視できない、と。今は、先進国の資源消費が甚だしい。14億人を抱える中国が、欧米並の消費レベルになると、地球資源は完全に不足するそうだ。

(c)2011 Cinemaginaire/Big Picture Media

(c)2011 Cinemaginaire/Big Picture Media

 中国の国際研究学会のディレクター、ビクター・ガオは、中国の歴史を振り返りながら、唱える。「経済成長路線で、近代化、工業化を目指すべき」と。実際、中国では、見事な経済発展を遂げつつある。ところが、ライトは指摘する。「今、自然資本、つまり、空気、水、森林、農地、石油や金属などの鉱産物といった財産が、減りつつある」と。
 女性作家、マーガレット・アトウッドは、こう考えている。「世界は大きくはない。資源には限りがある。自然は永久に使い続けられない。無制限のクレジットではない」。人類の歴史で、さまざまな文明が起こり、滅亡した。原因は、資源の枯渇とされている。
 いろんな人が、経済の成長を願い、実行する。アメリカのブッシュ元大統領も、「経済は成長すると信じている」と演説する。日本の歴代の政治家たちも、そう考えている。はたして、そうだろうか? 遺伝学者のデイビッド・スズキは、経済学と現実社会は、まったく別物と考えている。「生命体があるから水が循環している。微生物がいるから土で食物が育つ。昆虫がいるから花が咲く。地球が健全さを保つには、自然の営みが必要」と言い、さらに「経済学が、こういった自然を無視している」と指摘する。
 食料不足、気候変動、エネルギーの枯渇などなど、いま私たちの抱える問題は多い。新しい技術開発で、ある程度、克服することは可能とは思う。が、しかし、そのような技術は、富める者がますます豊かになり、貧しい人たちには、何の恩恵も与えない。遺伝子工学や、いろんな技術が発展しても、ますます格差は拡大するばかり。
 さて、どうすればいいか。映画は、ラストで提案する。それは、私たち、ひとりひとりに関わってくることなのだが。
 監督は、カナダのマチュー・ロイ。共同監督にハロルド・クルックス。製作総指揮に、数々の傑作映画を撮り続けているマーティン・スコセッシが名を連ねる。配給は、ユナイテッドピープルという会社である。「映画で社会を変える」ということで、良質のドキュメンタリー映画を配給したり、DVDで、すぐれた映画の上映会を呼びかけている。応援したい仕事である。

2013年3月23日(土)より、渋谷アップリンクico_link ほか全国順次公開

■『サバイビング・プログレス - 進歩の罠』

監督:マチュー・ロワ
共同監督:ハロルド・クロックス
プロデューサー:ダニエル・ルイ、デニース・ロバート、ゲリー・フライブ
原作:ハロルド・クロックス、マチュー・ロワ
英題:SURVIVING PROGRESS
86分/カラー/英語/カナダ/2011年
配給:ユナイテッドピープル


よりよき人生

(c) Wild Bunch 2011

(c) Wild Bunch 2011

 日本の政権交代で、公共事業がますます膨れあがる。これで経済復興が出来るとは思えないし、ますます貧富の差が出来るように思う。会社も個人も、いくらかは借金しやすい状況になるかも知れないが、これで経済復興、インフレ解消になるとも思えない。
 フランス・カナダ合作の映画「よりよき人生」(パンドラ配給)を見ながら、フランスでも、貧しい人が借金を重ねると、とんでもない目にあうのだなあ、と痛感した。

(c)Jean-Claude Moireau

(c)Jean-Claude Moireau

 調理人のヤン(ギョーム・カネ)は、シェフの職を求めて、レストランの面接に行く。体よく断られるが、そこでウェイトレスをしているナディア(レイラ・ベクティ)と知り合い、さっそくデートに誘う。結果、うまく事が運ぶが、朝、目覚めると、ヤンは、ナディアには9歳になる男の子スリマンがいることを知る。スリマンは、レバノン人との間にできた子供で、ナディアはシングルマザーであることが分かる。
 ヤンは、心優しい青年で、スリマンともすぐに仲良しになる。ある日、三人は、ピクニックに出かけた湖畔で、すてきな廃屋を見つける。ここにレストランを開業すればうまくいくのでは…。ヤンは開業資金を捻出するために奔走する。
 ヤンは、あちこちから借金を重ねるが、消防署の認可がおりず、レストランの開業は困難を極める。辛い現実がのし掛かる。やむを得ず、ナディアはカナダでの職を選び、単身、出かけてしまう。パリ近郊、サン=ドニの町に取り残されたヤンとスリマンの二人暮らしが始まる。やがて、ナディアとの連絡が途絶え、音信不通になってしまう。
 ざっとのあらすじから窺えるのは、フランスと日本では、システムこそ違え、貧しい者は簡単には借金できないこと。無理をして、いったん借金してしまうと、高い利息で返済を続けなければならない。よりよき人生を求めても、ちっともよりよき人生にはならない。

(c)Jean-Claude Moireau

(c)Jean-Claude Moireau

 夢が叶わず引き裂かれる男と女、血の繋がっていない男と少年の「家族」が、貧困と戦う。映画は、暗に、血が繋がっていなくても、濃密な人と人との関係があり、フランスの抱える貧者の現実があることを伝える。
 残された道は、とにもかくにも、ナディアのいるカナダまで出かけること。ヤンとスリマンの「父子」は、カナダに向かう。
 多くの厳しい現実を前にした三人は、よりよき人生に向けて、どのように生きていくのか。映画の示した問いの持つ意味は大きい。ことは、フランスだけの話ではない。日本の現実もまた、ほとんど同じなのだから。
 監督、共同脚本は、セドリック・カーン。数年前、「チャーリーとパパの飛行機」という映画で注目を浴びた監督。
 貧困で、悲惨な状況でも、僅かでも「希望」はあるはず。一歩、踏み出すことである。ヤンとスリマンが、カナダに向かったように。

2013年2月9日(土)より、新宿武蔵野館ico_linkにてロードショー

■『よりよき人生』

監督・脚本:セドリック・カーン
脚本:カトリーヌ・パイエ
撮影監督:パスカル・マルティ
編集:シモン・ジャケ
出演:ギョーム・カネ、レイラ・ベクティ、スリマン・ケタビ
2011年/フランス・カナダ共同製作/111分/35mm・デジタル/カラー
原題:Une Vie Meilleure
配給:パンドラ
後援:フランス大使館


明日(アシタ)の空の向こうに

(C) Kid Film 2010

(C) Kid Film 2010

 「明日(アシタ)の空の向こうに」(パイオニア映画シネマディスク配給)は、ポーランドのドロタ・ケンジェジャフスカ監督の新作である。小欄で紹介した「僕がいない場所」も彼女の作品だ。「木洩れ日の家」では、凛とした老女の人生のほぼ最後の日々を描き、「僕がいない場所」では、母から拒否される悲惨な境遇の少年を、きめ細やかな視点で描いた。このほどの新作は、またも不幸な境遇の少年たちを描く。
 ポーランドとの国境に近い、ロシアの田舎の町。駅舎に寝起きする少年たちがいる。いわば、ストリート・チルドレン。身よりもなく、住む家もない。物乞いや、ちょっとした盗みで、なんとか生き延びているのだろう。6歳のペチャ(オレグ・ルィバ)と10歳の兄ヴァーシャ(エウゲヌィ・ルィバ)は、今日も駅のベンチの下に寝そべって、拾ったたばこをふかしている。
 ヴァーシャは、11歳の友達リャパ(アフメド・サルダロフ)と、かなり前から、国境を越えてポーランドに行く計画をあたためている。いろんな情報を集めて、いよいよポーランド行きを実行する。せめて、今よりは、いい暮らしになるはずと信じてのことだ。ヴァーシャとリャパは、少年とはいえ、すでに大人の世界に足を踏み入れている。ペチャはまだ6歳、ませてはいるが、あどけなさが残る幼児である。

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(C) Kid Film 2010

 3人は、なんとか貨物列車に乗り、国境近くの町に着く。ペチャは、持ち前の愛くるしさで、パンを売るおばさんを美人だと誉めそやし、食料を得る。ペットボトルに小川の水を汲み、3人は国境を目指す。
 道中、リャパの知り合いの老人を訪ねたりするが、3人の旅は続く。結婚式に出会い、「幸福のおすそわけ」をねだる。大人たちの愛し合うシーンに遭遇し、こっそり見てしまう兄たちだが、ペチャはてんとう虫と遊んでいる。
 やっと、国境にたどり着く。金網には高圧電流が流れている。空き缶で、穴を堀り、なんとか金網をくぐり抜ける。ポーランドだ。「お空はどこも同じだね」とペシャ。そこには、いまよりはましな、新しい暮らしが待っているはずだったが…。
 ポーランドとの国境に近いロシアの実情が、くわしく語られているわけではないし、子供たちの目指すポーランドが、ユートピアとして描かれているわけではない。辛い境遇に身をおく少年たちが、いまよりは少しはましな生活を求めて、一歩踏みだそうとしている。その少年たちに寄り添うような監督の視線が、なんとも暖かく、優しい。

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(C) Kid Film 2010

 悲惨な運命の、恵まれない子供たちを描いた映画は数多い。ことは、ポーランド、ロシアに限った話ではない。映画では、人の良いおとなたちも登場するが、子供たちを、このような状況に追いやったのは、ほかでもない、おとなたちとその社会である。声高ではないが、ドロタ・ケンジェジャフスカ監督の強固な意志が窺える。
 緑豊かな草原。大空を翔ける鶴の群れ。おだやかな木洩れ日。小川で戯れる少年たちの表情。映像が美しく、素晴らしい。
 2曲出てくる音楽は、どちらも哀愁を帯びて、心に残る。ことに、ラスト近くとエンド・クレジットで、ロシアの歌手アルカディ・セヴェルヌィによって唄われる「鶴は翔んでゆく」は名曲だ。少年たちのいまと未来を指し示すかのようだ。「鶴の群れは遠い彼方に飛び立つ 荒れ狂う吹雪の野原を越えて 遠いかなたに飛ぶ力は尽きて 夜更けに森の広場に舞い降りた…」
 6歳のペチャの叫びに耳を傾けるおとなたちがいて、だから、少年たちの未来に、わずかでも希望があればいいのだが。

2013年1月26日(土)より、新宿シネマカリテico_link他全国順次公開

『明日(アシタ)の空の向こうに』公式Webサイトico_link

監督・脚本・編集:ドロタ・ケンジェジャフスカ
製作・撮影監督・編集:アルトゥル・ラインハルト
共同製作:丹羽高史、ズビグニェフ・クラ、チャレク・リソフスキ
出演:オレグ・ルィバ、エウゲヌィ・ルィバ、アフメド・サルダロフ 他
2010年/ポーランド・日本合作/118分/カラー/35mm(1:1.85)/ドルビーデジタル
原題:“JUTRO B?DZIE LEPIEJ”
配給:パイオニア映画シネマデスク
宣伝協力:ブラウニー


二つの祖国で 日系陸軍情報部

(C)MIS FILM Partners

(C)MIS FILM Partners

 伝えておかなければならないことを伝える映画がある。映画は、エンタテインメントであっても、もちろん異存はないが、後世に残しておきたい、伝えたい、そんな映画もあらまほしい。
 すすきじゅんいち監督は、戦後生まれだけれど、すぐれたドキュメントを撮り続けている映画作家のひとり。このほど公開される「二つの祖国で 日系陸軍情報部」(フイルムヴォイス配給)は、すずきじゅんいちの、残したい、伝えたい思いにあふれた映画だ。
 二つの祖国とは、アメリカと日本。アメリカの陸軍に秘密情報機関(MIS)があって、ここには多くの日系人が所属していた。日系人であっても、国籍はもちろんアメリカである。アメリカ国内では、日系人ということだけで、人種差別を受ける。太平洋戦争が始まる。日本は、父もしくは母の国である。父母の祖国、日本と戦うことになる。兄弟同士、敵味方に分かれるケースもある。

(C)MIS FILM Partners

(C)MIS FILM Partners

 戦中、MISの兵士として従軍、戦後は敗戦国の日本側と交渉し、日本の再建復興に務める。生き残っている人もまだ多くいるが、当然、過去を語る辛さを抱えている。上院議員のダニエル・イノウエ、元ハワイ州知事のジョージ・アリヨシなど、多くの元MISの人たちにインタビューする。沖縄戦での実情も、明らかになる。
 まさに、戦争で翻弄された日系人たちである。家族や親戚の住む祖国日本への思いと、アメリカ人としての現実に、いわば、板挟みになる。もうかなりの年齢の人たちばかりである。インタビューのひとつひとつは、淡々と語られるが、語る言葉の意味は重い。「あまり話す気にはなれない、思い出すのが辛すぎる」、「私は日本ではアメリカ人、しかしアメリカの入国管理局では、日本人扱い」、「自らの運命を呪った。先祖の故郷、親戚の暮らす沖縄に侵攻し、人を殺す状況になるかもしれない」、「飛行機が何機も来襲し、我々が撃ち落とした。その中の一機には弟が乗っていた」…。
 MISでの、もともとの仕事は、戦時中の日本の情報を傍受し、翻訳したり、捕虜の尋問の通訳などだが、日本軍に投降を説得したりもした。優れた日系人だからこその仕事であった。そして、アメリカは、日本についての多くの情報を得る。時の大統領トルーマンが「人間秘密兵器」と言ったほどである。
 戦後すぐ、マッカーサーによる占領下にも、多くの情報活動や、調査など、MIS日系人の果たした役割は大きい。戦後の数々の利権をめぐって起きた下山事件の調査にまで、関与する。

()MIS FILM Partners

(C)MIS FILM Partners

 この映画の前に、すずきじゅんいちは「東洋宮武が覗いた世界」、「442日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍」という2本のドキュメントを撮っている。併せてご覧になると、戦前戦後と続いた日系人の現実が、くわしく理解できるはずである。学校では習わなかった、つい最近の歴史が、映画を通して学ぶことが出来る。すずきじゅんいちは、いい仕事を残したと思う。
 また、この9月に、すずきじゅんいちは「1941 日系アメリカ人と大和魂」(文藝春秋)という本を上梓した。この3本の、いわゆる日系史映画三部作を撮ることになるいきさつから、三本の映画の背景や、2010年にロサンゼルスで遭遇した車での大事故、さらにアメリカの医療制度にまで言及している。さらに、妻の女優、榊原るみとの出会いから現在までが描かれている。榊原るみは、本作「二つの祖国で 日系陸軍情報部」の「監督の監督」としてクレジットされている。まことに遊び心にあふれて、ほほえましい限り。
 映画と著書から、すずきじゅんいちの伝えたい、残したい思いが、存分に窺える。

2012年12月8日(土)より、新宿K’s cinemaico_link銀座テアトルシネマico_link他全国順次ロードショー!

■『二つの祖国で 日系陸軍情報部』

≪第25回東京国際映画祭 公式出品作品≫

企画・脚本・監督:すずきじゅんいち
監督の監督:榊原るみ
音楽:喜多郎
製作:鈴木隆一、渋谷尚武、古賀哲夫、櫻井雄一郎
出演:ハリー・アクネ、グランド・イチカワ、ノーマン・ミネタ、ダニエル・イノウエ、ジェイク・シマブクロ、タムリン・トミタ 他
2012年/日米合作/カラー&BW/ステレオ/HDCAM/100分
原題:MIS -Human Secret Weapon-
配給:フイルムヴォイス


【2作品紹介】ワンナイト、ワンラブ / ミラクルツインズ

c Sigma Films Limited/ BBC 2011

(c) Sigma Films Limited/ BBC 2011

 最近見た2本のおすすめ映画、まずは「ワンナイト、ワンラブ」(グラッシィ配給)。 
 昔、「手錠のままの脱獄」という映画があった。特殊な状況での人種差別を描いた、スタンリー・クレイマー監督の傑作だった。囚人護送車が事故を起こし、白人のトニー・カーティスと黒人のシドニー・ポワチエが、手錠に繋がれたまま脱走してしまう。ふたりの囚人は、お互いの肌の色に憎しみを抱いている。しかし、手錠に繋がれているため、行動をともにせざるを得ない。やがて、ふたりの間には以前とは異なる感情が芽生えてくる、といった映画だった。

c Sigma Films Limited/ BBC 2011

(c) Sigma Films Limited/ BBC 2011

 「ワンナイト、ワンラブ」は、この「手錠のままの脱獄」と似たシチュエーションだが、舞台は、イギリスのスコットランドで開催されている最大級のロック・フェスティバル。ロック・シンガーのアダム(ルーク・トレダウェイ)は、女性だけのパンクバンドのモレロ(ナタリア・テナ)と、ささいなことから喧嘩となる。ふたりは、通りがかった警備員から、仲良くしろと言われ、手錠をかけられてしまう。
 身勝手なアダムに、気の強いモレロだ。いがみあっているふたりだから、話は合わない。なんとか手錠を外そうと、いろいろ努力をするが、うまくいかない。アダムにはガールフレンドが、モレロにはボーイフレンドがいる。バンド仲間たちも加わっての大騒動になる。やがて、モレロのバンドの出番が近づいてくる。仕方なく、手錠に繋がれたまま、アダムは、モレロのバンドと同じステージに立つことになる。

c Sigma Films Limited/ BBC 2011

(c) Sigma Films Limited/ BBC 2011

 映画は、実際のロック・フェスティバルの開催中に撮影しているので、ドキュメンタリー・タッチ。実際のステージでのロックが聞こえている。まるで、フェスティバルの現場にいるかのように、現実とフィクションが一体になっていく。ステージが始まる。モレロたちの演奏に、アダムが加わる。それがまた、たいへんな盛り上がりを見せる。もちろん、ふたりの手錠は繋がったまま。そして、さらにいろいろな事件が起こる。やがて、アダムとモレロには、今までとは違う感情が芽生えてくる。
 制限された状況でのドラマ展開が、スピーディ。困難に直面しながらも、音楽を介してのふたりの感情の変化が、巧みに捉えられる。ロック音楽に詳しくなくても、じゅうぶんに楽しめる映画だ。

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(c)Twin Triumph Productions, LLC

 もう1本はドキュメントの「ミラクルツインズ」(アップリンク配給)。日本ではあまり知られていないが、子供の遺伝性の難病に嚢胞性線維症(CF)がある。粘度の高い分泌物のせいで、肺や膵臓の機能を著しく低下させるという難病だ。医学の進歩で、なんとか延命は図れるが、決定的な治療は臓器移植しかない。
 一卵性双生児のアナベル・万里子とイサベル・百合子は、1972年、ロサンゼルス生まれ。父はドイツ人、母は日本人である。ふたりは、生まれつき、肺の嚢胞性線維症で、幼いころから、何度も何度も入退院を繰り返していた。しかし、ふたりは厳しい闘病生活に耐え、なんとか大学を卒業する。アナベルは遺伝カウンセラーとしてスタンフォード大学病院に勤務、イサベルは、ソーシャルワーカーとして、アナベルと同じ病院に務める。
 治療には、臓器移植しか方法はない。臓器提供者が現れるまで、手術を待つしかない。イサベルは結婚するが、いつ肺機能が低下するかは分からない。2000年、アナベルの肺機能が低下、なんとか両肺の移植手術を受ける。イサベルもまた、2004年、移植手術を受ける。

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(c)Twin Triumph Productions, LLC

 映画は、アナベルとイサベルの幼い頃からの闘病生活と、その周辺を丹念に描く。ふたりは、常に呼吸困難である。常に病院での生活である。臓器提供を受けるまで、死と向き合って、手術を待ち続ける生活である。
 しかし、ふたりはくじけない。ひたすら、生き抜こうと考える。そして、見事に生き延びる。
 臓器移植をめぐっての考え方は、アメリカと日本では、いささか異なっている。臓器を提供することについては、日本ではなかなか浸透していない。脳死か心臓停止かの死の定義についても、日本では考え方はさまざまだ。映画は、臓器提供や臓器移植についての、幅広い理解を訴えるが、果たして、日本ではどのような展開になるのか、まだまだ議論が続くことと思う。
 健康保険証の裏面を見てみた。「脳死後及び心臓が停止した死後のいずれでも、移植の為に臓器を提供します」とあり、「心臓が停止した死後に限り、移植の為に臓器を提供します」ともある。どちらが「死後」なのか、明確ではない。臓器提供を承知したとしても、提供したくない臓器が選べることになっている。心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、眼球、である。眼球だけは提供するとした友人がいるが、日本全体では、臓器提供を承知する人は、まだまだ絶対数が少ないという。

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(c)Twin Triumph Productions, LLC

 映画は、ことさら、臓器移植を訴えたりはしない。ふたりの、ひたすらに生きていく気力、姿勢が示される。アメリカでは、手術費用など、経済的に困っている場合でも、救済基金のプログラムが用意されていたりの道は開かれている。静かな表現だが、ふたりの肯定的な生き方に、ときめく。

 映画「ワンナイト、ワンラブ」と「ミラクルツインズ」は、人生の困難に対して、どう対処するかの生き方を問いかけている。つまりは、与えられた人生をどう生きていくか、ということだろう。まだまだ、映画から学ぶことは多い。

『ワンナイト、ワンラブ 』渋谷シネクイントico_linkほか全国順次公開中
『ミラクルツインズ』2012年11月10日(土)より、渋谷アップリンクico_linkほか全国順次公開

■『ワンナイト、ワンラブ』

監督:デヴィッド・マッケンジー
プロデューサー:ジリアン・ベリー
撮影監督:ガイルズ・ナットゲンズ
音楽監督:ユージン・ケリー
出演:ルーク・トレダウェイ、ナタリア・テナ、マシュー・ベイントン、アラステア・マッケンジー、ルタ・ゲドミンタス、ソフィー・ウー
2011年/イギリス/82分
配給:グラッシィ

『ミラクルツインズ』公式Webサイトico_link

監督:マーク・スモロウィッツ
出演:イサベル・ステンツェル・バーン、アナベル・ステンツェル
2011年/アメリカ・日本/94分/英語・日本語
原題:The Power of Two
配給・宣伝:アップリンク