タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密

(C)2011 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

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 スティーブン・スピルバーグ監督の映画を初めて見たのは、1973年の「激突!」だった。もう、38年前になる。車が大型のタンクローリーを追い抜く。逆に車はタンクローリーから執拗に追われることになる。ただこれだけの状況を、サスペンスたっぷりに描き、その鮮やかな語り口に驚いたものだ。2年後、「ジョーズ」でスピルバーグは大ブレイクする。
 その後、80年代には「インディ・ジョーンズ」のシリーズ、90年代には「ジュラシック・パーク」のシリーズなどなど、大ヒット作を連発したのはご存知の通りで、その活躍ぶりは、凄まじいものがある。「E.T.」や「未知との遭遇」、アカデミー賞の作品賞と監督賞などを受賞した「シンドラーのリスト」も、スピルバーグ作品だ。

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 このスピルバーグの新作「タンタンの冒険」(東宝東和配給)は、現在の映画製作がたどり着いた技術の、ほとんどすべてと言ってもいいくらいの精緻な映像。アニメーションと実写が結合、ベルギーのエルジェの手になる傑作コミックの世界を、見事なまでに映像化、監督の力量を、これでもか、これでもかと見せつけてくれる。
 若いレポーターのタンタンは、フォックステリア犬のスノーウィと、世界中を舞台にスリル満点の冒険を続ける。原作は全部で24冊、日本でも翻訳コミックが出版されている。どれも、おもしろく痛快。夢があり、希望に満ちている。いままで、ジョージ・ルーカスやスピルバーグが作ってきた、一連のエンタテインメント映画の基になるような原作である。
 映画は、原作の「なぞのユニコーン号」と続編の「レッド・ラッカムの宝」に、サハラ砂漠を舞台にした「金のはさみのカニ」の合体したストーリーで進行する。
 タンタン(ジェイミー・ベル)は、白い犬スノーウィといつも一緒、骨董市でユニコーン号という船の模型を買う。ところが、怪しげな二人組から、買ったばかりの模型を、売ってくれないか、と迫られる。なにかあると思ったタンタンは、いろいろ調べたところ、ユニコーン号は、海賊に襲われた軍艦だったことが分かる。しかも、軍艦は、多くの財宝を積んでいたらしい。艦長のアドック卿は、「アドックの血を引く者が秘密を知る」という言葉を残していた。タンタンは、模型の軍艦のマストから、巻物になった羊皮紙を発見する。 

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 これがきっかけに、タンタンとスノーウィは、ユニコーン号の秘密を解明しようとするが、大変な事件に巻き込まれて、とんでもない冒険を経験する。舞台は海、砂漠、空中と変化し、目まぐるしいスピードで進行する。
 広大な砂漠のシーンが、一瞬にして、大海原に切り替わる。思わず息を飲む。
 よく見ないと分からないが、タンタンをつけ狙う悪者役サッカリンに、007でおなじみのダニエル・クレイグが扮している。これまた、見せてくれる。
 もう、理屈抜きに面白い。タンタンもスノーウィも、優れた能力があるわけではない。ふつうの若者、犬である。ドジを踏みながらも、迫る危機に挑戦し続ける。やがて、夢や希望を決してあきらめないタンタンとスノーウィの活躍に、思わず拍手を送ることになる。
 3Dである。ことさら、飛び出してこなくても、迫力はじゅうぶん。美しく、きめ細かい映像に、素直に驚く。
 原作コミックの面白さに、映画の最先端の技術が加わる。たまには、理屈抜きで楽しまれてはいかが。まだ二作ほど、映画になるらしい。
 「タンタンの冒険」シリーズだけでなく、「スピルー」など、ベルギーには、優れたコミックが多い。映画を見て興味を持たれたら、ぜひ原作のコミックも見てください。

2011年12月1日(木)より、TOHOシネマズ スカラ座ico_linkほか全国ロードショー

■「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」

監督・プロデューサー:スティーブン・スピルバーグ
脚本:スティーブ・モファット、エドガー・ライト、ジョー・コーニッシュ
プロデューサー:ピーター・ジャクソン、キャスリーン・ケネディ
製作総指揮:ケン・カミンズ、ニック・ロドウェル、ステファン・スペリー
編集:マイケル・カーン
共同プロデューサー:キャロリン・カニンガム、ジェイソン・マッガトリン
音楽:ジョン・ウィリアムズ
シニア視覚効果スーパーバイザー:ジョー・レッテリ
出演:ジェイミー・ベル、アンディ・サーキス、ダニエル・クレイグ
2011年/アメリカ・ニュージーランド/上映時間1時間47分/スコープサイズ/ドルビーSRD/日本語字幕:戸田奈津子/字幕協力:ムーランサール ジャパン
原題:THE ADVENTURES OF TINTIN:THE SECRET OF THE UNICORN
配給:東宝東和


孔子の教え

(C)2009 DADI CENTURY (BEIJING) LIMITED ALL RIGHTS RESERVED

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 およそ人間はどうあるべきか? たいへんな問いだが、孔子の「論語」のなかに、ひとつの答えがあると思う。弟子の子貢が、師の孔子に教えを請う。生涯の信条となる言葉とは、と。孔子は答える。「それ恕か。己の欲せざるところは、人に施すなかれ」。「恕」とは、思いやりのこころ、といった意味だろう。
 古今東西、普遍の真理と思う。
 今年2011年は、辛亥革命100周年、中国共産党の創設90周年にあたる節目の年。ここ数年、中国では、国策映画ともいうべき「建国大業」や「建党偉業」が製作され、興行成績は分からないが、多くの劇場で公開された。そのせいか、ふだんなら、たいていは日本より早く公開されるはずのハリウッドの大作映画の公開が遅れるという事態になったようだ。  
 節目の年ということなのか、日本では、このところ相次いで、中国の映画が劇場公開される。少林寺の歴史を辿った「新少林寺」、孫文と辛亥革命を描いた「1911」、司馬遷の「史記」を基にした京劇「趙氏孤児」の映画化「運命の子」などなど。

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 注目は、冒頭にあげた孔子の晩年を描いた「孔子の教え」(ツイン配給)だ。孔子は、「論語」で有名だが、その人生はどのようなものなのか、案外知られていない。意外にも、中国では、真正面から孔子を描いた映画は、これが初めてという。
 紀元前500年のころだから、ざっと2500年前、乱世の春秋時代。各地で起こる勢力争いのなか、周王朝は崩壊の危機にある。
 大国に囲まれた小国の魯の没落貴族の家庭に生まれた孔子は、乱世を憂い、魯の役人となる。
 魯の国には、殉葬といって、主人が死ぬと、使用人まで埋葬される慣習がある。孔子は、この悪しき慣習を廃止、魯の改革に乗り出していく。政治家としての才能を発揮した孔子は、やがて政治の陰謀に巻き込まれ、失脚する。
 紀元前497年。妻子や弟子を残して、孔子は放浪の旅に出る。孔子を慕う弟子は多い。顔回(レン・チュアン)が、旅する孔子に追いつく。ほかの弟子たちも、木簡を積んだ馬車とともに、孔子に合流する。弟子とともに、各国を巡る旅は、14年も続くことになる。
 映画は、史実をもとに、孔子晩年の20数年を再現する。迫力ある戦闘シーンも出てくるが、師弟同行の過酷な旅が、きめ細かく描かれる。もちろん、孔子の残した数々の有名な言葉たちが、場面場面に合わせて、効果的に語られる。
 「学を好み、死を守りて、道を善くす」、「義を見て為ざるは、勇なきなり」、「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」…。
 「論語」に残された孔子の言葉は、含蓄にあふれ、示唆に富む。分かりやすく解説した本も多数、出版されている。
 辛亥革命100周年の年、孔子の巨大な像が、天安門広場隣の中国国家博物館の北門前に飾られた。そして、ほどなく、撤去された。

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(C)2009 DADI CENTURY (BEIJING) LIMITED ALL RIGHTS RESERVED

 また、ノーベル平和賞に対抗してか、昨年創設された孔子平和賞は、この秋、中止を決定。その後、孔子世界平和賞を創設するという新聞記事が出たが、これまた中止になったという。孔子をめぐって、いまの中国共産党のブレている現実が、端的に表れているようだ。
 孔子は説く。「寡きを患えずして、均しからざるを患え。貧しきを患えずして、安からざるを患う」と。世の格差、不公平が問題だ、と。 
 日本だけでなく、今、世界のあちこちで、いろんな意味での格差社会に、反対の声があがっている。そんな今、孔子の残した言葉の数々を、施政者や企業家は、改めて味わってほしい。もちろん、若い人たちも。
 筆者は、四十でも惑い、五十でも天命を知らず、六十でも耳に順わず。馬齢を重ねるばかりの不明を恥じるのみ。

2011年11月12日(土)より、シネスイッチ銀座ico_linkほか全国順次公開

■「孔子の教え」

監督:フー・メイ
製作:ハン・サンピン
プロデューサー:チュイ・ポーチュウ
脚本:チェン・ハン
撮影:ピーター・パウ
衣裳デザイン:ハイ・チョンマン
音楽:チャオ・チーピン
出演:チョウ・ユンファ、ジョウ・シュン、チェン・ジエンビン
2009/中国/中国語/125分/カラー/シネスコ/ドルビーデジタル
配給:ツイン


天国からのエール

(C)2011『天国からのエール』製作委員会

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 高校生のころ、どんな音楽に熱中していたのか、大人たちとどんなふうに接していたかなどを、ふと思い出すような映画である。
 「天国からのエール」(アスミック・エース配給)は、沖縄のロック好きの高校生たちに、私財で音楽スタジオを作って、無料で提供する弁当屋のおやじの話である。実話である。おやじは、腎臓ガンを抱えているが、高校生たちには何も語らない。
 当然、おやじはいつか死ぬだろう、若者たちは成長していき、涙の別れが待つといった感動的なテーマだ。きっとお涙ちょうだい、とあらかじめ思ってしまう。ところが、これが抑制の利いた佳作、感動の押しつけがましさがなく、ユーモアも交え、サラリと描いて、いっそ清々しい。

(C)2011『天国からのエール』製作委員会

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 沖縄・本部町(もとぶちょう)。「あじさい弁当」を営む大城陽(阿部寛)は、母親、妻の美智子(ミムラ)、幼い娘の4人暮らし。近所の高校生たちが、お昼に弁当を買いにくる。
 高校生のアヤ(桜庭ななみ)は、同級生とロックバンドを組んでいる。練習する場所がないのが悩みである。アヤは、弁当を買いにきた折り、弁当屋の側の空き地を見て、ここが使えたらいいのに、と話している。
 それとなく聞きつけた陽は、高校生たちに音楽スタジオの提供を決意する。陽は思う。若いころには、まわりの大人たちが何かと面倒をみてくれた、それが、いまの若いもんにはないんや、と。
 スタジオが出来上がる。料金はいらない、設備は自由に使っていい、ただし、人としての姿勢、礼儀、秩序をわきまえること、と陽は宣言する。陽は、挨拶をしないメンバーに注意する。高校生たちは、陽のいろんな注意から、自らの規則をスタジオに張り出す。
 曰く、あいさつをしましょう!、赤点は絶対取らないこと!、人の痛みのわかる人間になれ!!、後輩には優しくおしえましょう!などなど。
 喧嘩が原因で、停学になっていたユウヤ(矢野聖人)が、バンドに復帰する。バンドの音楽は日増しによくなっていく。ハイドランジア(あじさい)というバンド名は、陽の弁当屋の名前だ。
 陽は級友を頼って、地域のFM局に働きかける。そしてその音楽が放送されるまでになる。ハイドランジアは、なんと、沖縄のロックフェスティバルに出場が叶うことになるが、陽の病状は進行していく。
 陽は何度も、「あきらめてはいけない」と言う。音楽好きの友人の死を経験した陽の、若者たちに託した夢が叶おうとしているのだが…。

(C)2011『天国からのエール』製作委員会

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 陽を演じる阿部寛が、いいおやじ役である。豪快さと繊細さを合わせた表現は、すぐれた演出家に鍛えられた歴史を感じさせる。アヤ役の桜庭ななみが、素直で爽やかな役どころを巧みに演じる。本欄でも紹介した「書道ガールズ!! わたしたちの甲子園」でも、ひときわ目立つ演技を披露した女優さん。
 人としての姿勢、礼儀、秩序をわきまえる。夢を諦めない。若い人たちへの、ごくあたりまえのメッセージが、ストレートに伝わってくる。
 モデルとなった仲宗根陽さんは、1998年にあじさい音楽村を創設、プロのミュージシャンを目指す若者を、何人もメジャーデビューさせた。2009年、逝去。享年42歳。映画は、故・仲宗根陽さんとその家族に捧げられる。

2011年10月1日(土)より、新宿バルト9ico_linkほか全国ロードショー

「天国からのエール」公式Webサイトico_link

監督:熊澤誓人
脚本:尾崎将也、うえのきみこ
出演:阿部寛、ミムラ、桜庭ななみ、矢野聖人、森崎ウィン、野村周平
2011/日本/114分/カラー
配給:アスミック・エース


ライフ-いのちをつなぐ物語-

(C)BBC EARTH PRODUCTIONS (LIFE) LIMITED MMXI.ALL RIGHTS RESEVED.

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 イギリスのBBCは、「ディープ・ブルー」や「アース」など、すぐれたドキュメント映画を作り続けている。このほどの映画は「ライフ いのちをつなぐ物語」(エイベックス・エンタテインメント配給)だ。
 地球には、500万種もの生き物がいるという。つまり、500万通りの生き方がある。映画は、そのほんの一部だが、動物や植物たちのさまざまな生態を描いて、飽きない。ひたむきに生きるために活動する動物たちの生態からは、いったい「いのち」とは何かを、深く、考えさせられる。子のいのちを守る親の生態は、ひょっとして、人間よりも優れているのではないか、と。
 冒頭は、南極ロス海。ウェッデルアザラシが出産する。天敵はいない。春とはいえ気温は零下30度。風速30メートルもの強い風が吹く。母は風から子を守り、魚をとるために、氷を破って、子とともに海に潜る。

(C)BBC EARTH PRODUCTIONS (LIFE) LIMITED MMXI.ALL RIGHTS RESEVED.

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 コスタリカのリモン州。イチゴヤドクカエルは、おたまじゃくしの赤ちゃんを背中に乗せて、10メートルもある高い木に登る。赤ちゃんの数だけ、木に登り、水滴のある葉のくぼみに運ぶ。えさは、母親の無精卵だ。
 コンゴのモンティカ。密林に住むニシローランドゴリラは、一見、子供の世話をしないように見える。父ゴリラは、周囲に気を配り、叫び声をあげることで、縄張りを守り、子供たちを守っている。
 ケニアのアンホセリ。アフリカ象に赤ちゃんが生まれる。生まれてすぐ、親たちと、水を求めて歩く。湿地帯でおぼれそうになる赤ちゃん象を救うのは、おばあちゃん象だ。
 そう、親たちがしっかりと子を守っているのだ。
 生きるために、どのように食べるものを調達するのだろうか。道具を使うサルもいる。
 アルゼンチンのグランチャコ。ハキリアリは毎日、草を噛みきり、みんなで巣に運ぶ。草は食べない。草の発酵を利用してキノコを作るのだ。発生した炭酸ガスは、巣から地上に通じる換気口に出ていく。
 エチオピアのシミエン山地。ヒゲワシは、他の動物の食べない骨を食べる。固い骨をくわえて、岩場に落とす。うまく割れないこともある。何度も何度も、岩場に命中して骨が割れるまで、繰り返す。
 ブラジルのボアビスタ。フサオマキザルは、ヤシの実の皮を口で剥き、乾燥させた後、石を使って、実を割る。道具を使うのは人間だけではない。子ザルは大人の真似をして、うまく割れるよう、訓練をしている。
 ユーモラスなシーンもある。マダガスカルのアンダシベ。カメレオンがカマキリなどを捕獲する様子が描かれる。秒速15メートルというスピードで舌を延ばし、虫たちを捕らえる。
 アメリカのノース・カロライナ州。ハエジゴクは、甘い蜜をハエに吸わせ、パクッと捕らえる。もっとも、蜜をハエに吸わせ、花粉を運んでもらうことで、ハエジゴクは種を保っているのだが。

(C)BBC EARTH PRODUCTIONS (LIFE) LIMITED MMXI.ALL RIGHTS RESEVED.

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 生き延びるための智恵者もいる。
 ケニアのルキンガ。トカゲに追われても、逃げ延びる道をふだんから整備しているのがハネジネズミ。逃げ延びる様子は、けなげで可愛い。
 ベネズエラのロライマ山。オリオフリネラの天敵はタランチュラ。襲われそうになると、小石のように体を丸めて、高い所から落ちていく。
 キリスト・トカゲといわれているバシリスクは、水の上を優雅に飛び跳ねる。
 種を残すために、いのちは、いろんな形で受け継がれていく。圧巻は、南太平洋、トンガのザトウクジラ。雌のクジラは尾をバタつかせ、海ににおいをまき散らす。雄が集まってくる。逃げる雌、追う雄たち。40トンもある体をぶつけあって、雄たちは戦う。勝ち残った一頭が、雌とともに泳ぐ。
 生きとし生けるものは、自然にうまく適応し、天敵と戦い、子を守り、愛する。そして、弱肉強食のなかで、いのちを守り続け、新しいいのちを育んでいる。
 いのちとは何か。映画は、ひとりひとりに、いのちの意味を問いかけてくる。

2011年9月1日(木)より、TOHOシネマズ日劇ico_linkほか全国ロードショー

■「ライフ-いのちをつなぐ物語-」

監督・脚本:マイケル・ガントン&マーサ・ホームズ
製作:マーティン・ポープ&マイケル・ローズ
製作総指揮:アマンダ・ヒル、ニール・ナイチンゲール、ジョー・オッペンハイマー、マーティン・フリーマン、マーカス・アーサー
音楽:ジョージ・フェントン
編集:デヴィッド・フリーマン
2011/イギリス/35mm/ビスタサイズ/ドルビーデジタル
原題:ONE LIFE
製作:BBC Earth Filems 
配給:エイベックス・エンタテインメント


おじいさんと草原の小学校

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(C)2010 British Broadcasting Corporation, UK Film Council and First Grader Productions Limited. All Rights Reserved.

 人間、死ぬまで勉強とか、生涯学習とか言われている。生きている限り、学ぶことには限界がない。学びたいと思う意欲があれば、それでよいのである。
 84歳、文字の読めない老人が、小学校に入学する。80歳近くも年下の子供たちに混じって、ABCから読み書きを習っていく。
 映画「おじいさんと草原の小学校」(クロックワークス配給)の舞台は、アフリカのケニア。ケニアは、イギリスの長年にわたる統治から、1957年に独立、2003年からすべての国民を対象に無償教育をスタートさせる。

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(C)2010 British Broadcasting Corporation, UK Film Council and First Grader Productions Limited. All Rights Reserved.

 キマニ・マルゲ(オリヴァー・リンド)は84歳。読み書きが出来ない。ラジオのニュースを聞いて、勉強しようと、最寄りの小学校にやってくる。
 校長先生のジェーン(ナオミ・ハリス)に、勉強したいと頼むマルゲ。ある教師は、ノートと鉛筆2本が必要と、マルゲを冷たくあしらう。いくら断られても、何度も何度も、杖をつき、足を引きずりながら、入学を訴えるマルゲ。ズボンを子供たちのように半ズボンにしてまで、マルゲは入学を願う。
 狭い小学校である。3名くらいで机がひとつ、子供たちが優先と、周りが反対するなか、ジェーンは、何とか、マルゲの入学を許す。
 初めて文字を学ぶマルゲの表情がいい。喜ぶマルゲだが、時折、辛い過去が脳裏をよぎる。マルゲは、貧しい村の出身、教育を受けたことがない。かつて、ケニアが独立するための戦いに参加、イギリス軍によって、妻子は目前で殺害され、自身もひどい拷問を受ける。足が悪いのは、拷問のせいである。
 嬉しそうに勉強に励むマルゲだが、ことは順調にはいかない。マルゲのことがラジオで報道され、周囲の反対や干渉が露骨になっていく。ジェーン先生もまた、批判の対象となり、左遷話が持ち上がる。はたして、マルゲは、学び通すことができるのか。

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(C)2010 British Broadcasting Corporation, UK Film Council and First Grader Productions Limited. All Rights Reserved.

 映画は、ドキュメンタリー・タッチ。じっさいにあった話に基づいているが劇映画である。マルゲに扮するオリヴァー・リンドが、過酷な過去にトラウマを持ちながら、学ぶ喜びに目覚める老人役を、リアルに演じる。
 世界じゅうのみんながみんな、なに不自由なく、教育を受けているわけではない。世界には、さまざまな事情で、小さいころからの教育を満足に受けられない人たちが、いまなお大勢いるのである。
 子供たちを前に「自由を!」と叫ぶマルゲ。勉強したいという思いを決してあきらめないマルゲ。過去の出来事は、マルゲにとって忘れることは出来ないはずである。マルゲは言う。「忘れてはならないが、前進しなくては」。
 マルゲは「私にとって自由は、学校に行き学ぶこと。私はもっと学びたい」という言葉を残し、獣医になる夢が成就しないまま、2009年に世を去る。
 マルゲの人生からは、学ぶべきことは多い。

2011年7月30日(土)より、岩波ホールico_linkほか全国順次公開

「おじいさんと草原の小学校」紹介Webサイトico_link

監督:ジャスティン・チャドウィック
出演:ナオミ・ハリス、オリヴァー・リトンド、トニー・キゴロギ 
2010/イギリス/カラー/シネスコ/ドルビーデジタル/103分
原題:THE FIRST GRADER
配給:クロックワークス


ちいさな哲学者たち

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(c) Ciel de Paris productions 2010

 なぜ、フランスでは、「教育」をめぐっての、優れたドキュメンタリー映画が多いのだろうか? 「ぼくの好きな先生」、「パリ20区、僕たちのクラス」に続いて、またまた、フランスの「教育」関連のすてきなドキュメンタリー映画がやってきた。
 「ちいさな哲学者たち」(ファントム・フィルム配給)は、パリの近郊、ジャック・プレヴェール幼稚園が舞台。ここでは、3歳からの2年間、月に何度か、哲学のクラスが開かれる。
 フランスのある調査では、子供たちがネットなどでゲームをする時間が、平均5時間半という。信じられないが、恐るべき長さと思う。そのような事実もあってか、幼少のころから、自らの頭で考えさせようとする試みのひとつが、この哲学の授業、というわけである。
 さすがフランス。ルネサンス以降、モンテーニュ、パスカル、デカルト、ルソー、モンテスキュー、ヴォルテール、ベルクソン、サルトル、ボーヴォワール、デリダ、ラカンといった、錚々たる哲学者を輩出した国である。

(c) Ciel de Paris productions 2010

(c) Ciel de Paris productions 2010

 幼児クラスの担当は、パスカリーヌ・ドリアニという女性の先生。子供たちは輪になって座り、先生は、輪の中央に置いたローソクに火を点ける。いろんな国からの移民の子供たちだろう、アフリカ各国の黒人が多く、アジア系も目立つ。肌の色は違うが、差別などは一切、ない。カメラは、幼児たちの素直な言動を、丹念に捉える。
 先生は子供たちに問いかける。大人と子供の違いは? 友だちと恋人の違いは? 友だちは喧嘩するか? 兄弟は友だちになれるか? 頭がいいとはどういうことか? リーダーとは? 死とは何か? 愛とは? 男と女の違いは? 金持と豊かさの関係は? 自由とは? 大人は何でもできるか? などなど。 
 子供たちの発言は、さまざまである。いかにも子供らしいものから、大人顔負けの鋭いもの、常に両親や兄弟などの身近な家族と比較したりで、多種多様である。すぐに反対の意見を口にしたり、逆に質問をする子供もいる。
 初めは無反応だった子供たちだが、先生の巧みなリードで、子供たちは考え、語りはじめる。いまでは先生は聞き役、議論が脱線し始めると、さりげなくもとに戻す。興味がなくて、うとうとする子供もいるが、そこそこの議論に発展させる子供もいる。「他の人の話も聞けよ」と言ったりする。暴力を振るう子供もいるが、先生は静かに諭す。
 授業の後、友だち同士で話し合うこともある。ある女の子は、親に言う。「砂場でお友だちと愛と死について話をしたの」と。
 このような授業が、2年間続く。少しずつ、子供たちの目の輝きが増してくる。そして、「考えるのが好きだから」と言うほどの成長を遂げる子供もいる。
 なによりの効果は、授業についての親子の会話である。授業での話が、家庭にまで持ち込まれるのだ。

(c) Ciel de Paris productions 2010

(c) Ciel de Paris productions 2010

 子供たちは、繊細で柔らかなガーゼのようなものだろう。接し方ひとつで、いかようにも変わりうる。大人は、子供たちの話し合いを見守り、子供たちの疑問に、丁寧に答えることが重要だ。映画からは、子供たちが確実に成長し、子供たちに無限の可能性のあることが、じわりと伝わってくる。
 ちなみに、幼稚園の名は、シャンソンの「バルバラ」や「枯葉」を作詞し、映画「霧の波止場」や「天井桟敷の人々」など、多くの映画の脚本を書いた詩人ジャック・プレヴェールの名前にちなんだものと思われる。他にも、「星の王子さま」のアントワーヌ・ド・サン=テグジュベリ、「レ・ミゼラブル」のヴィクトル・ユーゴー、「嘔吐」のジャン・ポール=サルトルなどの名が、公立の学校名に冠されている。
 フランスは、「自由、平等、博愛」を標榜する国である。また、大学の入学資格試験のバカロレアにも哲学が課せられる。学校の名でさえ、文化人の名前が付けられる。「教育」をめぐる優れた表現が多いのも、頷ける。
 これは、教育に携わる日本の大人に見て欲しい映画と思う。が、なによりも、親子で見て、映画で語られたさまざまなテーマについて、親子で話し合うことができれば、よりいいのでは。

2011年7月9日(土)より、新宿武蔵野館ico_linkほか全国公開

「ちいさな哲学者たち」公式Webサイトico_link

監督:ジャン=ピエール・ポッツィ、ピエール・バルジエ
出演:ジャック・プレヴェール幼稚園の園児たち、パスカリーヌ・ドリアニ先生 
2010/フランス/97分/ヴィスタサイズ/ドルビーSRD
原題:just a beginning 
配給:ファントム・フィルム


奇跡

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(C)2011『奇跡』製作委員会

 小さい頃から、「鉄道」が好きだった。車窓から、ポイントの切り替えや操車場を眺めたり、汽車やディーゼルカー、電車などの型式を調べたり、絵に描いたりした。お年玉をすべて使って、鉄道模型で遊んだ時期もある。以後、時刻表を熟読して、駅名を覚えたり、仮想旅行を立案したりと、鉄道にまつわる思い出は多い。東海道に新幹線が走ったころには、さすがにマニアではなくなったが、試験走行には出かけていった。そのような記憶が、「奇跡」(ギャガ配給)を見て、よみがえってきた。
 このところ、いくつかの日本映画を見ているが、本作は、出色の出来。主人公は小学生の兄弟だが、周囲のおとなたちを巻き込んで、笑って、ホロリとさせて、ハラハラする。そして、ほのぼのした結末に、すがすがしくなる。
 両親の離婚で、福岡と鹿児島に別れて暮らす兄弟がいる。兄の航一(前田航基)は、鹿児島にある、母、のぞみ(大塚寧々)の実家で、祖父母(橋爪功、樹木希林)と同居している。弟の龍之介(前田旺志郎)は、売れないギタリストの父、健次(オダギリジョー)と博多で暮らしている。

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(C)2011『奇跡』製作委員会

 2011年3月12日、博多から鹿児島までの九州新幹線が、全線開通する。航一は、ある噂を聞きつける。全線開通する朝の一番列車は、博多から鹿児島に向かう「つばめ」と、鹿児島から博多に向かう「さくら」である。この一番列車が、時速260キロですれ違う瞬間に奇跡が起き、これを目撃すると、願いが叶う、というのである。
 兄弟は、日頃、携帯電話で情報を交換している。願いは、なんとか両親が仲直りして、再びみんなで暮らすこと。
 さっそく兄弟は、クラスメイトや、周りのおとなたちを巻き込んで、奇跡の実現に挑戦し始める。どうやら、新幹線のすれ違う場所は、鹿児島本線の川尻駅の近くのようである。
 航一は、さっそく龍之介に連絡する。大阪で暮らした家族四人の生活の復活を望む航一だが、龍之介は、いまの父との生活に懸命で、父のライブの受付をこなしたりしている。それでも、ガールフレンドを巻き込んで、兄との再会に向けて、計画を練り始める。
 おとなたちも、それなりに商店街復興を目指そうとする。酔っぱらいながらの話ではあるが、和菓子職人だった祖父は、飲み仲間から、新幹線の開業記念の「かるかん」を作るよう、励まされる。

(C)2011『奇跡』製作委員会

(C)2011『奇跡』製作委員会

 航一たちは、レアもののフィギュアを、祖父の力添えで売却、なんとか旅費を捻出する。あとは、いかにして、学校をさぼるか、である。とにかく、新幹線の開業前日には、目的の場所にたどりつかなくてはならない。
 一見、無茶な計画のようでもある。いよいよ、航一たちは、鹿児島から川尻へ、龍之介たちは、博多から川尻へ、それぞれ出発する。果たして、子供たち7名は、800系の一番列車「つばめ」と「さくら」のすれ違いを、ちゃんと目撃することが出来るのだろうか。  
 兄弟役の前田航基と前田旺志郎は、お笑いコンビ「まえだまえだ」で、実の兄弟でもある。まったくお芝居くささがなく、達者な演技を披露する。さりげなく交わされる子供たちの会話は、おとなの現実を鋭く見抜いて、じつに自然で、思わず笑いを誘う。善意に満ちたおとなたちの言動もまた、コミカルで微笑ましい。ひとえに、「ワンダフルライフ」や「誰も知らない」を撮った是枝裕和監督の、並々ならぬ演出力だろう。
 おとなには、かつて希望を信じた純粋さを、子どもには、一歩、人生に踏み出していく勇気を、映画「奇跡」は与えてくれるはずである。

2011年6月11日(土)より、新宿バルト9ico_linkほか全国ロードショー
6月4日(土)より、九州先行公開

■「奇跡」

監督・脚本・編集:是枝祐和
出演:前田航基、前田旺志郎、大塚寧々、オダギリジョー、夏川結衣、阿部寛、長澤まさみ、原田芳雄、樹木希林、橋爪功 他 
主題歌:くるり「奇跡」(SPEEDSTAR RECORDS)
2011年/日本/127分/カラー/ヴィスタ/DTS-SR
配給:GAGA


四つのいのち

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(C)Vivo film,Essential Filmproduktion,Invisibile Film,ventura film.

 小高い山の田舎の村、山羊を飼っている老人が死ぬ。仔山羊が生まれる。歩き始めた仔山羊は、群れからはぐれて、大きな樅の木の下に横たわる。春、村の人たちによって、木は切り倒され、炭にするために運ばれていく。
 「四つのいのち」(ザジフィルムズ配給)は、たったそれだけのことを、ゆっくり、静かに、映しだす。
 舞台はイタリアの南部、カラブリアにある田舎の村。聞こえてくるのは、風の音、山羊の鳴き声、山羊の首に付けた鈴の音、犬の吠える声。映画の効果音や音楽、人物のセリフは、ほとんど、ない。観客はまるで、この村にいるかのように、村の様子を見つめることになる。
 牛飼いの老人は、毎日、元気な犬を連れて山羊を追う。絞った山羊の乳は、教会の埃と交換する。老人はその埃を、水で溶かして、薬代わりに飲む。

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(C)Vivo film,Essential Filmproduktion,Invisibile Film,ventura film.

 やがて老人は死ぬ。そして、仔山羊が生まれる。よちよちと歩き始めた仔山羊は、やっと群れについていくようになるが、山道の溝に落ちて、群れからはぐれてしまう。そして、大きな樅の木の下に、体を横たえる。
 冬、雪が降る。やがて、木の根っこに蟻たちが走るようになる。
 春、樅の木が切り倒される。運ばれた木は、村の広場に立てられて、お祭りが始まる。夜まで、村人たちは木を囲んで、お祭りを楽しんでいる。
 木は、表面が削られ、小さく切られる。トラックが来て、木は運びだされる。山の中腹の炭焼き場で、井桁に組まれた木に藁をかぶせて、燻す。炭が出来上がる。その炭を出荷する。
 村の様子は、いつもと、変わらない。  
 映画で描かれた、山羊や犬、蟻などの生き物、樹木、その加工品である炭、その炭を作り使う人間の四つのいのちは、どれも同等のように、淡々と描いていく。格別、人間のいのちだけが尊いわけではない。生きとし生けるもの、みんな、尊いのである。
 これは、映像による詩のような映画。静謐な佇まいから、映像の背後にある作り手の思いが伝わる。見えるものの背後に見えるものは何か。

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(C)Vivo film,Essential Filmproduktion,Invisibile Film,ventura film.

 脚本、監督のミケランジェロ・フランマルティーノは、生物の多様性や持続可能性の社会についての考えを聞かれて、「今、色々な分野の人たちが、人間はもっと謙虚にならなくてはいけないということを認識しはじめてきたのではないかと思います。今まで人間は多くのものを搾取しすぎたのではないか、傲慢だったのではないか、将来の事について考えが無さすぎたのではないか、無責任だったのではないかということを考え直しているのだと思います」と答えている。
 原発の事故は、人間が手にした技術なのに、満足に制御さえできない。搾取した、傲慢な、無責任な人間の、いい例だろう。事故が現実となった今、さまざまな「いのち」に思いを馳せてみる。映画「四つのいのち」は、「いのち」のありよう、謙虚であることの尊さを教えてくれる。

2011年4月30日(土)より、シアター・イメージフォーラムico_linkほか全国順次公開

「四つのいのち」公式Webサイトico_link

監督・脚本:ミケランジェロ・フランマルティーノ
2010年/イタリア=ドイツ=スイス/88分/ステレオ/ヴィスタ/カラー 
原題:Le Quattro Volte
協力:イタリア文化会館
提供・配給:ザジフィルムズ


イリュージョニスト

(C)2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

(C)2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

 もう6年ほど前になるが、フランスのシルヴァン・ショメ監督のアニメーション映画「ベルヴィル・ランデブー」を見た。自転車好きの孫を訓練して、ツール・ド・フランスに出場させたおばあちゃんが主人公。レースの最中に孫がマフィアに誘拐される。おばあちゃんは、三つ子のおばあちゃんたちといっしょに、愛する孫を救いだそうとする。いささかデフォルメされた映像表現ながら、ほのぼの感たっぷり。マフィアを追いかけるシーンなど、ユーモアと洒落っ気のあるアニメーションであった。
 そのシルヴァン・ショメの新作が「イリュージョニスト」(クロックワークス、三鷹の森ジブリ美術館配給)。前作「ベルヴィル・ランデブー」のタッチとちがって、老手品師と少女のふれ合いを、美しく切なく、老いと若さ、そして時代の変遷を、しっとりと描いていく。
 テレビが普及、ロック音楽が世界にあふれようとする1959年のパリ。かつては人気があったと思われる手品師のタチシェフは、今では場末のバーで手品を見せている。スカーフを使って、帽子からウサギを取り出す手品などは、もはや時代遅れ。

(C)2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

(C)2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

 やがて、パリから逃れるように、タチシェフは、スコットランドの離れ小島にたどり着く。やっと電気が点灯したばかりの田舎町のバーで、タチシェフは手品を披露する。それでも、素朴な町の人たちは、帽子から電球を取り出すタチシェフの手品に、喝采を送る。
 バーで働く、身寄りのない貧しい少女アリスは、タチシェフの手品に感動、夢を叶えてくれる魔法使いと思ってしまう。なんと、島を離れるタチシェフの後を追いかけていく。
 心やさしいタチシェフは、アリスから、自分の生き別れになった娘の面影を見いだす。ふたりは、エジンバラにたどり着く。そして、言葉の通じないふたりの共同生活がはじまる。
 アリスはタチシェフの世話をして、タチシェフはアリスの望むものを、魔法のように取り出しては、プレゼントする。そのようなことが永遠に続くわけはない。
 時代は変わってゆく。タチシェフの財布の中身は少なくなっていく。そんなとき、すっかり成長したアリスは、恋をする。そして、ふたりは…。

(C)2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

(C)2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

 カットカットの映像が、ゆったりと暖かく、優しい。アメリカ製の飛び出してくるアニメーションとは対極の静謐さである。
 原作は、映画「ぼくの伯父さん」や「プレイタイム」の監督ジャック・タチの残した脚本に基づく。老いてゆく手品師と、成長しつつある少女とのふれ合いを、詩情豊かに描いた本作は、人生には輝かしい未来もあるけれど、多くの時間を生きた人生もあることを伝えて、哀切極まる。

2011年3月26日(土)より
TOHOシネマズ六本木ヒルズico_linkほか全国ロードショー

「イリュージョニスト」

監督・脚色・キャラクターデザイン:シルヴァン・ショメ
オリジナル脚本:ジャック・タチ
美術監督:ビアーネ・ハンセン
作曲・ビジュアルエフェクト:ジャン=ピエール・ブシェ
デジタルスーパーバイザー:キャンベル・マカリスター
2010年/イギリス=フランス/カラー/1:1,85ビスタ/ドルビーデジタル・DTS/80分 
原題:L’Illusionniste(英題:THE ILLUSIONIST) 
配給:クロックワークス、三鷹の森ジブリ美術館
提供:クロックワークス、三鷹の森ジブリ美術館、スタジオジブリ、日本テレビ、ディズニー


英国王のスピーチ

(C)2010 See-Saw Films. All rights reserved.

(C)2010 See-Saw Films. All rights reserved.

 今年のアメリカ・アカデミー賞に12部門にわたってノミネート、作品賞、監督賞(トム・フーパー)、主演男優賞(コリン・ファース)、オリジナル脚本賞(デビッド・サイドラー)の4部門を受賞した「英国王のスピーチ」(ギャガ配給)は、前評判通りの傑作である。
 吃音障害に悩む国王と、その矯正に務める言語矯正士の出会いと対立、和解を、英国らしいウィットとユーモアに満ちて描いている。それが、なんともほのぼのさわやかな感動を覚える。

(C)2010 See-Saw Films. All rights reserved.

(C)2010 See-Saw Films. All rights reserved.

 1925年。のちのイギリス国王ジョージ6世(コリン・ファース)が国王になる前、まだヨーク公だったころ、大英帝国博覧会の閉会のスピーチをすることになる。ヨーク公は国王ジョージ5世の次男で、幼いころからの吃音障害、内気な性格である。父は厳しく、容赦なく、ヨーク公を人前に立たせる。
 ヨーク公は、たどたどしく、「私は…ここに…」、「国王の言葉を…」、「預かり…」としか言えない。緊張のあまりスピーチができない。
 見かねた妻のエリザベス(ヘレナ・ボナム・カーター)は、ヨーク公とともに言語矯正の専門家を訪ねるが、いい専門家にめぐりあえない。そして、オーストラリア人のライオネル(ジェフリー・ラッシュ)というスピーチ矯正の専門家にたどりつく。ライオネルは、シェイクスピア役者に憧れてロンドンに出てきたが、夢叶わず、いまはスピーチ矯正で生計を立てている。正式な免許や資格などは、ない。
 頑固でやや型破りな性格のライオネルは、ヨーク公といえども平等に扱う。患者は診察室に来ること、それぞれ愛称で呼び合うことを宣言する。また、ヨーク公の心を開かせるためにぶしつけな質問を繰り返し、ついにヨーク公は怒りだす始末。
 ちゃんとしゃべれるようにと、ライオネルはヘッドホンで音楽を聞かせながら、シェイクスピアの「ハムレット」のセリフをヨーク公に読ませる。効果なしと思ったヨーク公は、ふと、レコードに録音されたセリフを聞くと、そこには吃音がなく驚く。

(C)2010 See-Saw Films. All rights reserved.

(C)2010 See-Saw Films. All rights reserved.

 1936年ジョージ5世崩御、ヨーク公の兄が、エドワード8世として即位する。しかし、国王は離婚歴のあるアメリカのシンプソン夫人と恋に落ちる。国王エドワード8世は王の座よりも恋を選ぶ。ヨーク公はやむなくジョージ6世として国王を継ぐことになる。
 新国王はふつうに会話ができても、緊張するスピーチでの吃音はまだ治らない。戴冠式を控えて、国王はライオネルを臨席させ、なんとか無事にスピーチを終える。
 そのニュース映画を家族とともに見る国王。ヒトラーの演説もニュース映画に登場する。国王は、ドイツ国民を前にしたヒトラーの演説の巧みさに驚く。
 1939年9月。ヒトラーの率いるドイツはポーランドに侵攻、イギリスはドイツに宣戦布告、第2次世界大戦が始まる。ウィンストン・チャーチルをはじめ、政府要人の見守る中、英国国民に向けた国王の演説が始まる。
 国王に扮するコリン・ファースとスピーチ矯正役のジェフリー・ラッシュの身振り、表情、セリフが絶品。身分の相違を超えて育んでいく信頼関係が、ユーモアたっぷり、きめ細やかに描かれる。
 決して、なりたいとは思わなかったのに国王になったジョージ6世。シェイクスピア役者になりたかったのになれなかったライオネル。この二人の出会いと訣別、和解、ふれあいを通して育まれた信頼と友情のかたちに、心ふるえる。控えめながら、国王の妻エリザベスを演じたヘレナ・ボナム・カーターは、献身的に夫に尽くす役どころをさらりと演じていて、見事。
 ベートーベンの交響曲第7番の有名な第2楽章が挿入される中、自らを鼓舞し、国民の気持ちを奮いたたせようとする国王のスピーチには、だれしもが素直に感動するはずである。
 英国の王室のありようについては、いろいろな議論があると思う。映画はそれぞれの置かれた状況、立場で、いかに生きようとすればいいのかを伝え、多大の示唆に富む。

2011年2月26日(土)より、TOHOシネマズ シャンテico_linkBunkamuraル・シネマico_link 他にて全国公開

■「英国王のスピーチ」

監督:トム・フーパー
脚本:デヴィッド・サイドラー
2010年/イギリス×オーストラリア合作/カラー/ビスタ/ドルビーSR、ドルビーデジタル/118分 
原題:The King’s Speech/字幕翻訳:松浦美奈
配給:ギャガ