焼肉ドラゴン

© 2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

 生まれて育ったのは、戦後すぐの大阪の西成区だ。今池界隈には、多くのホルモン焼きの店があった。焼肉といえば焼肉だが、主に臓物。ふつう、食べないで捨てるところから、関西弁で「ほうるもん」、転じて「ホルモン」というらしい。
 映画「焼肉ドラゴン」(ファントム・フィルム、KADOKAWA配給)は、大阪で万国博覧会が開かれる前年の1969年、兵庫県のもっとも大阪寄りの伊丹にある焼肉屋一家の、喜怒哀楽に満ちたドラマだ。空港の近くで、ひっきりなしに、旅客機が飛ぶ。一家と一家をめぐる人たちもまた、飛行機の騒音に負けないくらい、にぎやかだ。
 焼肉といっても、店の屋根の看板には、「ホルモン」と大きく書いてあるから、高級な焼肉店ではない。朝鮮半島から、強制的に日本に連れてこられた金龍吉(キム・サンホ)の営む店で、龍吉の「龍」から、みんなは「焼肉ドラゴン」と呼んでいる。
 龍吉の家族は、妻の英順(イ・ジョンウン)と4人の子どもの6人暮らし。英順は、いわゆる済州島四・三事件の被害者で、故郷の済州島を追われて、龍吉と再婚する。
 子どもの4人は、長女の静花(真木よう子)、次女の梨花(井上真央)、三女の美花(桜庭ななみ)、末っ子の時男(大江晋平)である。再婚時、龍吉は静花と梨花を連れていて、英順は美花を連れている。龍吉と英順は、戦後すぐ、国有地を不法占拠した土地を、民間から買ったという形で焼肉店を開き、やがて長男の時男が生まれる。
 龍吉は、日本兵として参戦、左の腕を失う。それでも、毎日、懸命に働き、一家を支えている。学校でいじめにあい、自閉症気味の時男に、龍吉は言う。「昨日がどんなでも、明日はきっとええ日になる」と。

© 2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

 梨花が、幼なじみで常連客の哲男(大泉洋)と結婚することになる。店では、静花と美花、美花の恋人の長谷川(大谷亮平)が、パーティの準備をしている。短気の哲男は、役所の対応に怒って、婚姻届けを破り捨てる。これが原因で、せっかくのパーティが、大騒ぎになる。冷静なのは龍吉だけで、「明日、もういっぺん市役所に行ったらええ」と、騒ぎをおさめる。
 梨花と結婚しようとしている哲男は、いまなお、静花に未練がある。歌手を夢みる美花は、長谷川とつきあっているが、長谷川には、嫉妬深い本妻の美根子(根岸季衣)がいる。
 いつも、仲が悪いわけではないのに、みんなは本音でものを言い、言い争いが耐えない。オモニと慕われる英順が、要所要所で、存在感を示す。一家に、たいへんな不幸もあるが、龍吉たちは、耐えていくしかない。
 時代は、高度成長で浮かれている。集落の一角にある「焼肉ドラゴン」にも、再開発とやらで、時代の波が押し寄せてくる。
 原作は、2008年に上演された鄭義信の同名戯曲。在日3世になる鄭義信が、映画化にあたって、脚本を書き、監督する。鄭義信は、映画「月はどっちに出ている」や「愛を乞うひと」の脚本を書いた名手である。ここでは、日本と朝鮮半島の歴史をふまえ、戦後の在日韓国人の家族のありようを、笑いと涙で見せる。浮かびあがるのは、歴史そのもの。まさに、個を描いて全体に迫る、みごとな脚本である。
 龍吉役のキム・サンホと、英順役のイ・ジョンウンが、すばらしい演技を披露する。ふたりとも、多くの韓国映画に出ているが、もともとは、舞台俳優。映画でも、精彩を放つ。日本の俳優たちも、達者な関西弁を駆使、力演と思う。
 もともと、朝鮮半島は分断されていなかった。少し前の、日本と朝鮮半島の歴史をひもとくと、登場人物たちの悩み、苦しみが、じわりと伝わってくる。龍吉は言う。「戦争で無くした腕を返せ」、「息子を返せ」、「帰るところは、ない。ここで、生きていくしかない」と。

2018年6月22日(金)より、全国ロードショー

『焼肉ドラゴン』公式Webサイトico_link

原作:戯曲「焼肉ドラゴン」(作:鄭義信)
脚本・監督:鄭義信
出演:真木よう子、井上真央、大泉洋、桜庭ななみ、大谷亮平、ハン・ドンギュ、イム・ヒチョル、大江晋平、宇野祥平、根岸季衣 ほか
配給:KADOKAWA ファントム・フィルム
製作:「焼肉ドラゴン」製作委員会

ゲッベルスと私

© 2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

 第二次世界大戦中、ヨーゼフ・ゲッベルスは、ナチス・ドイツの宣伝担当の大臣だった。ヒトラーに仕え、ドイツ国民に向けて、さまざまなメッセージを発するなど、重要な役割を果たした政府高官である。
 このゲッベルスの秘書をしていた女性、ブルンヒルデ・ポムゼルが生きていて、2016年のオーストリアのドキュメンタリー映画「ゲッベルスと私」(サニーフィルム配給)で、終戦から69年後、インタビューに応じる。映画の制作時、ポムゼルは103歳。30時間におよぶインタビューだった。
 「言われたことだけをタイプしていただけ」、「ホロコーストについては、なにも知らなかった」、だから、「私に罪はない」と、ポムゼルは言う。
 ポムゼルは、「与えられた場で働き、良かれと思ったこと、みんなのためにと思って働いてきた」と語る。だが、ポムゼルは、当時から、なにも知らなかったわけではない。「自分がやっていることはエゴイズムなのか」と自問し、「抵抗する勇気はなかった。私は臆病だった」と語っているのだから。そして、ポムゼルはきっぱりと言う。「あの体制から逃れることは絶対にできない」と。

© 2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

 ゲッベルスは当時、ヒトラーに次ぐ権力者で、その演説は、力強く、国民を鼓舞する。「勇気を持って、危険な人生を送れ!」と。
 ポムゼルがゲッベルスの人となりを語る。育ちが良く、おとなしく、紳士的な人だった。ところが、ゲッベルスは、演説で豹変する。小さな体から大きな声を出す。
 ナチス・ドイツのホロコーストが本格化する。多くのユダヤ人が強制収容所に送られる。当然、いろんな情報が制限されている。ポムゼルは言う。「みんな私たちは知っていたと思っている」、「私たちはなにも知らなかった。とうとう最後まで」。
 ゲッベルスは、力強く演説する。「ユダヤ人の気質は伝染性だ。感染してしまう。我が国の反ユダヤ政策に対し、敵は偽善的に抗議する。……我々は総統の命令に従う。……国民よ 立ち上がれ! 嵐よ 吹き荒れろ!」
 1945年、戦争が終わる。ヒトラー、ゲッベルスは自殺する。ポムゼルはソ連の強制収容所に収監される。当時と戦後を振り返って語るポムゼルの言葉に注目されたい。重く、深く、聞く者の耳に突き刺さってくる。
 2017年、ポムゼルは106で亡くなる。100年もの年輪を重ねたポムゼルの顔の深いしわが、すべてを物語っているよう。

© 2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

 映画には、ゲッベルスの演説や、当時のアーカイブ映像が挿入される。アメリカ合衆国ホロコースト記念館所蔵の、スティーブン・スピルバーグ・フィルム&ビデオ・アーカイブ・コレクションからの映像である。なかには、目を覆うようなシーンもあるが、注視されたい。
 いま、日本では、戦争が起きやすいような法が多く成立し、緊張をあおるような外交政策をとっている。公文書が隠蔽され、改竄までされている。圧力、圧力では、世界のもめごとはなにも解決しない。
 映画に限定してでも、ドイツやオーストリアでは、いまなお、過去の歴史を、いろんな角度から、検証し続けている。二度と戦争が起きないようにという、ごくあたりまえのことである。
 このドキュメンタリー映画を監督したのは、以下の4名。クリスティアン・クレーネス、オーラフ・S・ミュラー、ローランド・シュロットホーファー、フロリアン・ヴァイゲンザマー。優れた、貴重な映画だ。
 だれしも、幸せに生きようと思っている。ポムゼルという女性も、そのひとりだろう。ポムゼルに、罪悪感、無力感をもたらしたのが戦争である。映画を見て、思う。戦争の歴史を語り続け、世界じゅうの理性と知恵を集めること、と。

2018年6月16日(土)より、岩波ホールico_linkほか全国劇場順次ロードショー

『ゲッベルスと私』公式Webサイトico_link

監督:クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、オーラフ・S・ミュラー、ローラント・シュロットホーファー
オーストリア映画/2016/113分/ドイツ語/16:9/白黒/日本語字幕 吉川美奈子
配給:サニーフィルム
協力:オーストリア大使館|オーストリア文化フォーラム/書籍版:『ゲッベルスと私』紀伊國屋書店出版部

ばぁちゃんロード

©2018「ばぁちゃんロード」製作委員会

 相変わらず、日本の映画で、いいなぁと思う作品が少ない。観客に迎合するかのように、そこそこヒットしたコミックや小説の映画化が多く、作り手側は、当初から、ある程度の採算を見込んでの傾向と思われる。たいていの映画化は、原作の持つ魅力を損ねるような場合が多い。
 そんななか、篠原哲雄監督の「ばぁちゃんロード」(アークエンタテインメント配給)は、上村奈帆のオリジナル・シナリオを基にしての映画で、一言で言うと、清潔、静謐、誠実な映画だ。
 舞台は北陸の漁師町。ガソリンスタンドで働いている田中夏海(文音)は、両親が共働きのために、小さいころからのおばあちゃんっ子。自宅の庭で足を骨折、歩けなくなったおばあちゃんのキヨ(草笛光子)は、いま、施設に入っている。夏海は、高校時代からつきあっている漁師の青年、荒井大和(三浦貴大)から、「やっと船を一隻、任されることになった。結婚しよう」と、プロポーズを受ける。夏海は、おばあちゃんとバージンロードを歩きたいと願い、結婚の準備と、おばあちゃんのリハビリに奮闘する。

©2018「ばぁちゃんロード」製作委員会

 タイトルは、結婚式でおばあちゃんとバージンロードを歩くことを願うので、バージンロードならぬ「ばぁちゃんロード」。なるほど。
 おばあちゃんに扮した草笛光子の一挙一動が、とても演技と思えないほどの自然体。すでに、日本映画の多くの傑作に出演した大女優である。圧倒的な存在感、としか言いようがない。
 孫娘の夏海役は、文音。最近では、「八重子のハミング」や「おみおくり」に出演。かつてニューヨークに演劇留学をしたこともあり、まだ若いけれど、将来有望な女優さんだ。
 夏海とおばあちゃんの関係を示す、ささいだけれど、いいシーンがある。夏海は、かいがいしく、おばあちゃんに寄り添い、車椅子を押す。おばあちゃんは、人の手を借りることが好きでない。「誰かじゃなくて、夏海だからいいでしょ」と夏海。
 さしたる事件などは、ない。介護に打ち込む夏海と、住まいなどの準備をする大和との間に、ちょっとしたトラブルがあったりもするが、大事には至らない。

©2018「ばぁちゃんロード」製作委員会

 かつて、おばあちゃんと歩いた道を、いま、おばあちゃんの車椅子を押す。おばあちゃんは、ふと、北原白秋作詞、山田耕筰作曲の「この道」を口ずさむ。大貫妙子が2007年にレコーディングした「この道」が、映画の主題歌に選ばれる。これが、映画の内容、雰囲気を象徴して、ぴったりだ。
 ふと思えば、夏海に扮した文音も、大和に扮した三浦貴大も、ご両親は有名な俳優、歌手である。いわば、サラブレッド。まだまだお若いので、映画の世界でも、さらに声がかかるはずである。期待したい。
 「ばぁちゃんロード」は、べつに、小むつかしい映画ではない。結末の見当は、ほぼつくと思う。ラストでは、おもわず、こみあげてくる。
 篠原哲雄演出は、奇をてらわず正攻法。さまざまなジャンルの映画を撮っているが、これは、さわやかな感動にひたることができる。

2018年4月14日(土)より、有楽町スバル座ico_linkほか全国順次ロードショー

『ばぁちゃんロード』公式Webサイトico_link

出演:文音、草笛光子 / 三浦貴大、桜田通、鶴見辰吾 他
監督:篠原哲雄
脚本:上村奈帆
音楽:かみむら周平
主題歌:「この道」(作詞 北原白秋 作曲 山田耕筰)
歌:大貫妙子(アルバム「にほんのうた 第一集」より)
製作幹事:セントラル・アーツ
製作プロダクション:スタジオブルー
製作:「ばぁちゃんロード」製作委員会(オフィスレン/セントラル・アーツ/東北新社)
配給:アークエンタテインメント
2018年/日本/カラー/ビスタ/5.1ch/89分
©2018「ばぁちゃんロード」製作委員会

馬を放つ

 もう6、7年前になるが、キルギスの映画監督アクタン・アリム・クバトが監督・主演した「明りを灯す人」という映画を見た。小さな村で、「明り屋さん」と呼ばれている電気工の夢は、風車で村じゅうの電気をまかなうこと。その夢を実現しようとした明り屋さんは、変化する時代の荒波に翻弄されていく。
 このアクタン・アリム・クバトが脚本を書き、監督・主演した新作が「馬を放つ」(ビターズ・エンド配給)で、昨年の東京フィルメックスのコンペティション部門で上映された。このほど、あらためて見直したが、何度見ても、すばらしい映画と思う。
 ケンタウロスと呼ばれている男が、「明りを灯す人」の明り屋さんと同様、時代の荒波、変化に翻弄されていくが、翻弄されるだけではない。ケンタウロスは、キルギスの騎馬民族としての「誇り」を示そうとする。
 キルギス。地図をご覧になると分かると思うが、カザフスタン、中国、タジキスタン、ウズベキスタンに国境を接している。ソ連崩壊に伴い、1991年に独立した共和国だ。
 キルギスでは、ソ連時代から映画が作られていて、映画のなかに、トロムーシュ・オケーエフ監督の「赤いりんご」のポスターが出てくる。また、あちこちに映画館があったようで、インド映画のラージ・カプール監督「合流点(サンガム)」の話がでてくる。
 夜、ある男が、厩舎から馬を連れだし、その馬に乗り、両手を広げて、天を仰ぐ。馬を盗まれて怒った馬主のカラバイ(ボロット・ティンティミショヴ)は、容疑者らしい男を捕らえるよう、警察に話している。
 村人から、ケンタウロス(アクタン・アリム・クバト)と呼ばれている男がいる。ケンタウロスは、ギリシャ神話に出てくる半人半獣の種族で、上半身が人間で、下半身が馬である。
 ケンタウロスは、妻マリバ(ザレマ・アサナリヴァ)と、5歳になる息子ヌルベルディ(ヌラリー・トゥルサンコジョフ)と、粗末な部屋に住んでいる。かつては、映画館で映写技師をしていたケンタウロスだが、いまは遊牧民の末裔として、細々と暮らしている。
 言葉の話せないマリバは、ケンタウロスに手話で訴える。「あなたが息子に話しかけて。あなたの話しか聞かないから」。
 ケンタウロスは、古くからキルギスに伝わる言い伝えを、息子に話す。「かつて、敵なしだったキルギスの騎馬戦士。強さの秘密は、騎馬戦士を乗せた馬。馬に翼を与えたのは馬の守護神、カムアルバタだ」と。
 馬を逃がした容疑で、サディル(イリム・カルムラトヴ)という男が捕まるが、サディルは否定する。やがて、カラバイの馬が見つかり、カラバイは、馬が見つかるように祈ってくれた伝道師たちに感謝する。
 容疑の晴れたサディルは、真犯人を捕まえるべく、カラバイにある提案をもちかける。
 もうお分かりだと思うが、馬を放った犯人は、ケンタウロスである。馬主のカラバイの遠縁になる。カラバイは、馬を放った理由をケンタウロスに問いただす。「ある晩、夢を見た。白馬に姿を変えた馬の守護神カムアルバタが言った。“はるか昔、私たちは人間を友と信じ、この地に生きてきた。ところが、お前たちは自分を神だと思い込み、自然を壊し、富と権力を手に入れるために……”」とケンタウロス。そして、ケンタウロスは、自らの罪をあがなおうとする。
 まだ、キルギスには雄大な自然が残っている。それでもケンタウロスにとっては、騎馬民族としての文化や誇りは、すでに喪失している。なぜ、ケンタウロスが、馬を放ったか。映画は、その答えを観客に委ねる。5歳の息子ヌルベルディは、いまだ話せないままである。映画は、キルギスという国の行方を暗示して、閉じられる。
 ことはキルギスだけではない。いまや、世界の多くが、文化や伝統を喪失しつつある。ケンタウロスが馬に乗り、両手を広げ、天を仰ぐ。突出した映像美。古来、キルギスのことわざで、「馬は人間の翼である」と言われている。多くの寓意に満ちた、すばらしい映画だ。

2018年3月17日(土)より、岩波ホールico_linkほか全国順次公開
<岩波ホール創立50周年記念作品第2弾>

『馬を放つ』公式Webサイトico_link

監督・脚本・主演:アクタン・アリム・クバト
出演:ヌラリー・トゥルサンコジョフ、ザレマ・アサナリヴァ
2017年/キルギス・フランス・ドイツ・オランダ・日本/89分/2.35:1(シネスコ)/DCP/カラー/5.1ch
原題:CENTAUR
配給:ビターズ・エンド

花咲くころ

© Indiz Film UG, Polare Film LLC, Arizona Productions 2013

 いまはジョージアというらしいが、かつてグルジアといっていた国がある。1991年、旧ソビエト連邦から独立、初代大統領にガムサフルディアが就任したが、反政府派との対立が激化、首都トリビシでは市街戦にまで発展した。その後も、あちこちで内戦、紛争が起こる。
 つい最近、相撲の世界では、ジョージア出身の栃ノ心が、久しぶりの平幕優勝を遂げたが、もともと、優れた映画作家を多く輩出した国である。「放浪の画家 ピロスマニ」を撮ったギオルギ・シェンゲラヤ、「落葉」を撮ったオタール・イオセリアーニ、「懺悔」を撮ったテンギズ・アブラゼなどなど、枚挙にいとまがない。
 ジョージアでは、相次ぐ内戦のため、多くの犠牲者が出る。経済的にも打撃を受ける。それでも、ジョージアの映画作家たちは、映画を撮り続けている。
 このほど、岩波ホールの創立50周年を記念して上映される「花咲くころ」(パンドラ配給)もその一本だ。2013年の東京フィルメックスでは、最優秀作品賞を受けている。なぜ、今まで公開されなかったかが不思議だが、一般公開にあたって、改めて見直してみた。

© Indiz Film UG, Polare Film LLC, Arizona Productions 2013

 1992年のトリビシ。14歳になる少女エカ(リカ・パブリアニ)と、ナティア(マリアム・ボケリア)は、幼なじみの仲良しだ。エカは、母アナ(アナ・ニジャラゼ)と、姉ソフィコ(マイコ・ニヌア)の三人で暮らしている。父は、理由が判然としないが、刑務所に入っている。一方、ナティアの父(テミコ・チチナゼ)はアルコール中毒で、家庭でのいざこざが絶えない。
 ジョージアのあちこちでは、いつ戦闘が起こっても不思議ではない。ふたりの少女は、食料を配給する列に並び、他愛のないおしゃべりをする。
 パンの配給がある。エカとナティアが並んでいる。その場で、ナティアに思いを寄せている少年のコテ(ズラブ・ゴガラゼ)が、不良仲間たちと現れて、ナティアを誘拐してしまう。ジョージアに古くからある風習の、いわゆる誘惑婚で、ほんの20数年前には、存在していたことが分かる。
 コテとナティアの結婚を祝う宴会が、コテの家で開かれる。誘拐されて、結婚を強要されたナティアの胸の内は、さぞかし複雑だと思うが、もはや観念したかのように、微笑んでいる。エカは、酒を呑み、とつぜん、狂ったように踊りだす。

© Indiz Film UG, Polare Film LLC, Arizona Productions 2013

 エカの父親は、仲良しだった友人を殺した罪で、服役しているらしい。今日の味方が、いつ敵になるとも限らない時代である。女性への蔑視が常識でさえある。ナティアが誘拐されようとしても、大人は誰ひとり、助けようともしない。エカの、さまざまな怒りを込めたと思われる踊りは、圧巻だ。
 このような時代である。雨の中、エカとナティアは、歌いながら、駆け抜けていく。
 厳しい時代で、理不尽な状況である。にもかかわらず、映画は声高に叫ばない。淡々と、丁寧に、1992年のトリビシの現実をすくいとっていく。
 監督は、1978年にトリビシで生まれたナナ・エクフティミシュヴィリと、その夫であるジモン・グロス。ナナ監督は、自らの少女時代をふりかえって、脚本を書いたという。
 ジョージアには、昔から、優れた映画監督が多い。国民もまた、それだけ、映画が好きなのだろう。映画は、時代を記憶し、未来を納得あるものにしていく責務を負ってもいる。
 原題は、「長く明るい日々」といったほどの意味だ。やがて、大人になるエカとナティアに、花が咲き、明るい未来があるはずである。

2018年2月3日(土)~、岩波ホールico_linkにてロードショー、以下全国順次公開

『花咲くころ』公式Webサイトico_link

監督:ナナ・エクフティミシュヴィリ、ジモン・グロス
出演:リカ・バブルアニ、マリアム・ボケリア、ズラブ・ゴガラゼ、ダタ・ザカレイシュヴィリ
2013年/ジョージア(グルジア)・ドイツ・フランス合作/ジョージア語/102分/1:2.35
後援:在日ジョージア大使館
配給:パンドラ

ラーメンヘッズ

 ラーメンに限らず、うどん、そば、スパゲティなど、めん類は一帯に好きである。評判のラーメンを、あちこち、食べ歩いている友人が、数人、いる。当方は、食べ歩くほどではないが、まあ、普通のラーメン好き、といった程度だ。
 東京や、東京近郊の人気ラーメン店は、いつ行っても、客が行列し、入れないことが多い。運良く入れて、食べると、行列するほどの店かと思ったりして、がっかりすることもある。
 一方、すぐ近くの、ごくごく普通の醤油ラーメン、中華そばが、意外とおいしかったりもする。作るほうは、苦労して、工夫して、めんやスープに、大変なこだわりをみせるが、結局は、個人の好みが大きく左右することになる。
 中国に何度か出かけたが、その都度、出かけた町のめんを食べる。北京では、牛肉めんが多いが、日本風のラーメン屋がある。博多のとんこつラーメン屋がある。中国各地のめんを食べることのできるフードコートがあちこちにある。おいしかったのは、日本風のとんこつラーメンと、今、日本で人気の、あっさりスープの蘭州めんだった。
 ドキュメンタリー映画「ラーメンへッズ」(ミッドシップ配給)には、さまざまな苦労をして、おいしいラーメンを提供しようとする人たちが、相次いで登場する。「ヘッズ」とは、狂う、バカ、といったほどの意味で、もちろん額面通りの意味ではないだろう。
 一応、主役がいる。「中華蕎麦 とみ田」の富田治だ。20歳で、伝説の名店「東池袋 大勝軒」の山岸一雄に出会う。以前、本欄で、「ラーメンより大切なもの~東池袋 大勝軒 50年の歴史~」というドキュメンタリー映画をレビューしたが、この映画の主人公が、山岸一雄である。富田は、山岸の弟子の弟子、つまりは孫弟子になるそうだ。
 映画は、富田の仕事と私生活を紹介しながら、丹念に富田の今を追いかける。
 富田は修行をかさね、2006年、千葉の松戸で「中華蕎麦 とみ田」を開く。今では、朝早くから並ばないと、お昼に間にあわないほどの人気店だ。その言うことが、いい。「3万円の料理は、味に満足してあたりまえ。こっちは、800円で、いかに満足してもらえるかだ」と。
 富田に、企業秘密はない。こだわりと自信がある。あきれるほど多くの材料からとったスープ。何種類もの粉を季節にあわせて調合し、打っためん。その製法、過程をカメラがとらえる。大変な自信である。撮影クルーが、「企業秘密という店も多いが……」と質問する。「大したことをやっていないから、見せられないだけですよ」。
 休みの日も、ほかの店のラーメンを食べる。家族との食事も、ラーメンである。
 今なお、富田の作る「つけ麺」は、進化し続けていて、一日に提供できるめんは、減り続けているらしい。
 富田の店だけではない。5軒ほどのラーメン店が出てくる。「中華そば 葉山」のめんは、店主の齊藤幸純が、自ら青竹で踏んで、コシをだす。「福寿」は、標準的な醤油ラーメンだ。店主の小林克也は言う。「ラーメンは生きる為、仕事をする為に食べるもの」と。「らぁめん 一福」は、みそラーメンで、「味噌汁の延長で、なつかしい、おふくろの味」と石田久美子。「鯛塩そば 灯花」の高橋登夢の作る、琥珀色したスープのもとは、鯛からだけ。「中華そば 井上」のメニューは、中華そばのみ。築地の人気店で、「多い日は、1000杯、作る」と松岡勝治。
 富田が店を開いて10年になる。富田は、おなじ業界の達人2人に、声をかける。究極のラーメンを作ろう、と。多くのラーメン好きが絶賛する「らぁ麺屋 飯田商店」の飯田将太、ミシュランで星を獲得した「Japanese Soba Noodles 蔦」の大西祐貴が、富田の誘いに応じる。
 3人の、まさに究極のラーメン作りがスタートする。
 「たかがラーメン、されどラーメン」という。簡単なモノを作っているように見えるが、提供する側の情熱、工夫、努力は、ハンパではない。かつて、何事もマネをして、いろいろな技術を磨いてきた日本である。だが、今は、いろんな業界で、手抜きだとか、偽データだとか、不正が目立つ。ラーメン業界でも、不味ければ、淘汰される。自然の流れである。
 映画は、思わず笑い、驚き、あきれてしまうシーンも多い。突如、日本のラーメンの歴史が、さりげなく紹介される。楽しい映画だが、これは、とりもなおさず、エンタテインメントの味付けの効いた、ラーメンを通じての「日本人論」だろう。
 理屈ではない。たかがのラーメンを作り、されどのラーメンを作る。たかがのラーメンを食べ、されどのラーメンを食べる。映画は、いろんなラーメンを作り、いろんなラーメンを食べる日本人たちのこころの世界を、活写しているようだ。

2018年1月27日(土)、シネマート新宿ico_linkシネ・リーブル池袋ico_link千葉劇場ico_linkほか全国順次熱々のロードショー

『ラーメンヘッズ』公式Webサイトico_link

出演:富田治(中華蕎麦 とみ田)、飯田将太(らぁ麺屋 飯田商店)、大西裕貴(Japanese Soba Noodles 蔦)、松岡勝治(中華そば 井上)、髙橋登夢(鯛塩そば 灯花)、石田久美子(らぁめん 一福)、齊藤幸純(中華そば 葉山)、小林克也(福寿)
監督:重乃康紀
プロデューサー:大島新
撮影:髙橋秀典
編集:齋藤淳一
プロダクションマネージャー:望月馨
共同プロデューサー:鎌田雄介、神野敬久
音楽プロデューサー:中嶋尊史
2017年/日本/93分/カラー/16:9
企画・製作:ネツゲン
配給:ミッドシップ

マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年

©HEELS ON FIRE LTD 2017

 「初心忘るべからず」という。1942年、スペイン領カナリア諸島のラ・パルマ島、サンタクルスに生まれ育ったマノロ・ブラニクは、少年のころ、トカゲの足に、チョコレートの銀紙を巻き、「靴」を作ってやる。以降、靴のデザイナーを志して以来、マノロは、靴を作り続けている。トカゲに靴を作った少年は、大きくなって、トカゲの皮で靴を作り、いまなお、ミラノの工房で、ヒールにヤスリをかける。よくいわれるが、パン屋はおいしいパンを作り、靴屋は履きいい靴を作る。あたりまえのことだ。
 マノロのデザインした靴は、世界じゅうで有名で、多くの著名人が、その靴を絶賛する。ドキュメンタリー映画「マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年」(コムストック・グループ配給)は、マノロがどういった人物かを、本人と、本人を知る大勢の著名人が語る。その靴は、つとに有名だが、どういった人かは、あまり知られていないようだ。
 マノロは、気さくで、ユーモラス。洗練された物言いが、なんともチャーミングなのだ。マノロの生まれ育ったラ・パルマ島は、草花が茂り、あちこちにバナナ園がある自然豊かな島。マノロは、草花をいまなお愛し続けている。また、小さいころから、「ヴォーグ」や「ハーパーズ・バザー」といったファッション雑誌を愛読、雑誌に載ったセシル・ビートンの写真に魅せられる。

©HEELS ON FIRE LTD 2017

 マノロは14歳になる。父親の意向で、マノロは、スイスのジュネーブで教育を受ける。1964年、デザイナーを目指してパリに赴く。パリでは、ピカソの娘、パロマ・ピカソと出会い、仲良しになる。マノロに運命の出会いが訪れる。1965年、ニューヨークで、アメリカ版「ヴォーグ」の編集長だったダイアナ・ヴリーランドと知り合い、「靴のデザインに専念を」とのアドバイスを受ける。
 マノロは靴作りに専念する。さまざまな材料からヒントを得た、斬新なデザインの靴は、たいへんな評判になる。
 1968年のパリ。大きなデモが連続する。マノロは関心がない。「暴力もデモも嫌い」ときっぱり。1971年、憧れていたロンドンに渡る。翌年、チェルシーに靴店を開く。マノロの快進撃が始まる。
 マノロは、女性靴だけでなく、紳士用の靴も作る。俳優で、作家でもあるルパート・エヴェレットの靴は、ゼブラ柄のパンプスで、たいへんシンプルだ。
 1983年、マノロは、ニューヨークに進出。勢いは止まらない。「ヴォーグ」で大々的に掲載されたり、映画化もされたテレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」にも、マノロの靴が登場する。ソフィア・コッポラ監督の映画「マリー・アントワネット」に登場する靴もすべて、マノロのデザインだ。

©HEELS ON FIRE LTD 2017

 著名人が、さまざまな賛辞を送る。「もう他の人の靴は履かない」。「靴の帝王よ、永遠にね」。「彼は靴を生き物として扱う。靴は動物ではないし、人間でもない。マノロの生んだ生き物よ」。「彼は詩人で、ヴィジョンのある仕立師だ。ボードレールに勝るとも劣らない」。「スペインにおいて、20世紀の偉大な3人のうちの1人だ。ピカソとペドロ・アルモドバル、そしてマノロ・ブラニク」。賛辞が続く。「ヴォーグ」誌もまた、「足裏のゴッドファーザー」、「足裏の帝王」と書く。
 マノロの言葉が、ことごとく、いい。「考えたこともない、名声を得たいとか、人に知られたいとか」。「重要なことは三つ。素材の質。職人の技術。そして、どう組み立てるか」。「私は芸術家ではない。ただ靴を作っている男だ」。
 マノロは、映画を愛し、小説「山猫」を愛読し、庭の手入れをする。森羅万象、あらゆるものからデザインのヒントを得る。異なる文化を抵抗なく受け入れる。
 どのような職業に就こうと、初心を忘れないこと。それだけではない。映画「マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年」は、多くのことを示唆している。
 監督は、写真家、編集者、スタイリスト、イラストレーター、作家でもあるマイケル・ロバーツ。監督自身の手になるタイトルバック、劇中にはさまれるアニメーション、エンドロールが、ユーモアたっぷりで、楽しい。マノロ・ブラニクへの敬愛に満ちた映画の時間。学ぶこと多々。クリスマスの、これはすてきなプレゼントだろう。

2017年12月23日(土・祝)より、新宿ピカデリーico_linkBunkamuraル・シネマico_linkほか全国ロードショー!

『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』公式Webサイトico_link

監督・脚本:マイケル・ロバーツ
出演:マノロ・ブラニク、アンナ・ウィンター、リアーナ、パロマ・ピカソ、シャーロット・オリンピア、イマン、アンジェリカ・ヒューストン、ジョン・ガリアーノ、ソフィア・コッポラ、ルパート・エヴェレット
2017年/イギリス/89分/原題:Manolo: The Boy Who Made Shoes for Lizards
配給:コムストック・グループ
配給協力:キノフィルムズ

人生はシネマティック!

© BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THEIR FINEST LIMITED 2016

 第二次世界大戦下、ドイツや日本もそうだが、イギリスもまた、戦意高揚のために、プロパガンダ(宣伝)映画を作っていた。ところが、優れた映画作家たちは、戦意高揚とみせかけて、じつは痛烈な反戦映画を作っていた。日本の木下惠介監督が1944年に撮った「陸軍」などは、そのいい例だろう。火野葦平の原作をもとに、陸軍省の依頼で撮った「陸軍」は、ところどころ、国策映画の枠をはみ出すような表現が見られる。圧巻は、出征する息子を母親が見送るシーンで、これが延々と続く。もう、立派な反戦映画だろう。
 このほど公開される「人生はシネマティック!」(キノフィルムズ、木下グループ配給)もまた、ある意味、戦争のない世界を希求した映画かもしれない。
 1940年のロンドン。連日、ドイツ軍の爆撃が続いている。男性の多くは徴兵される。イギリス政府は、国民の士気高揚のために、映画を作ろうとする。コピーライターの秘書をしている女性カトリン(ジェマ・アータートン)は、コピーライターの代理でコピーを書く。これが、情報省映画局の特別顧問バックリー(サム・クラフリン)の目にとまり、脚本家グループの一員としてスカウトされる。



© BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THEIR FINEST LIMITED 2016

 士気高揚のプロパガンダ映画は、有名なダンケルクの撤退作戦の折り、イギリスの兵士たちを、小さな漁船で救助しようとした双子の姉妹の話である。カトリンは、スペイン戦争で足を負傷した夫エリス(ジャック・ヒューストン)との生活を支えるために、この仕事を引き受けることにする。脚本は、カトリンとバックリー、パーフィット(ポール・リッター)の3人で書くことになる。
 さっそく、情報省から「待った」がかかる。姉妹の乗る漁船のエンジンが故障するシーンがある。「待った」の理由は、イギリスの威信を損なうから。カトリンとバックリーは、どこか牽かれ合いながらも意見が異なり、たびたびの衝突がある。
 なんとか脚本が完成、撮影が始まろうとする。いまは落ち目だが、かつての大スター、アンブローズ(ビル・ナイ)の出演が決まる。
 当時、アメリカはまだ参戦していない。軍部はアメリカの参戦を促そうと、勇敢なアメリカ兵を、映画に登場させようとする。アメリカのパイロット役に決まったカール(ジェイク・レイシー)は、演技経験ゼロ。カトリンは、アンブローズに、カールへの演技指導を依頼したりで、撮影はなかなか進まない。いったい、どうなるのだろうか。



© BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THEIR FINEST LIMITED 2016

 登場人物はイギリス人ばかり。セリフの粋なやりとりなど、ユーモアを解するが、さまざまなこだわりや、頑固なところもある。そんなイギリス人気質が、微細に描かれる。もともと、国の宣伝目的の映画で、意にそぐわない仕事である。国からの横やりが入る。しかも、戦時下である。映画製作には、まだまだ、さまざまな難問がふりかかってくる。カトリンたちは、いかに対処しようとするのか。やがて、ロンドンに、ドイツ軍の大規模な空襲が始まろうとする。
 プロパガンダ映画を作ろうとする人たちを描いた映画だが、カトリンという女性の成長の物語でもある。時代によって、人生が翻弄される。それでも、前向きに生きていく。そんな生き抜こうとする決意や情熱が、しっかりと伝わってくる。
 家族や知り合いが、いつ死ぬかわからないのが戦争である。戦場に行かなくても、女性もまた、戦場にいるようなものである。デンマーク生まれの女性監督ロネ・シュルフィグは、士気や戦意を高揚させる映画を撮ろうとする人たちを描いた映画を作ることで、戦争の無意味さをほのめかす。国と国、民族間を問わず、戦争など、ないほうがいいに決まっている。

2017年11月11日(土)より、新宿武蔵野館ico_linkヒューマントラストシネマ有楽町ico_linkほかにて全国公開!

『人生はシネマティック!』公式Webサイトico_link

監督:ロネ・シェルフィグ
脚本:ギャビー・チャッペ
原作:リッサ・エヴァンス
出演:ジェマ・アータートン、サム・クラフリン、ビル・ナイ、ジャック・ヒューストン、リチャード・E・グラント、ヘレン・マックロリー、エディ・マーサン、レイチェル・スターリング、ジェレミー・アイアンズ
原題:Their Finest
2016年/イギリス映画/シネスコ/5.1ch/117分
配給:キノフィルムズ
PG12

地の塩 山室軍平

©山室軍平の映画を作る会

 マタイによる福音書の5章の一節に、「あなたがたは地の塩である。……あなたがたは世の光である」とある。映画「地の塩 山室軍平」(アルゴ・ピクチャーズ配給)の冠のタイトルは、ここからのものと思われる。
 山室軍平とはどういう人物か。40代、50代の10人ほどに聞いてみた。ほとんど、知らない、と答える。ひとりだけ、「救世軍で、貧しい人を救った人」と答える。
 映画は、山室軍平の一生を、忠実にダイジェストしながら、辿っていく。
 山室軍平(森岡龍)は、明治5年、岡山の貧しい農家に生まれる。優しい母親の登毛(渡辺梓)は、いつも、病弱の軍平に語る。「無事に育ち、人の迷惑にならず、人の役にたつような人間になれ」と。貧しいながらも、鶏を飼っている。母は、軍平に語ったことが叶うよう、卵を食べないと、神に誓う。
 貧しさは変わらない。軍平が9歳のとき、質屋の養子となり、勉強に励む。15歳になった軍平は、さらに勉強しようと、上京を決意する。やがて、軍平は、キリスト教と出会う。これが軍平の一生を、大きく変えるることになる。

©山室軍平の映画を作る会

 軍平は、新島襄(辰巳琢郎)を知り、京都の同志社で、新島襄の教えを受ける。
 明治22年、軍平は、吉田清太郎(水澤紳吾)と出会い、ふたりは、キリスト教の伝道で、軍平の故郷近くの高梁に向かう。途中、軍平は故郷に立ち寄る。登毛とひさしぶりに会うが、登毛は、いまなお卵を口にしない。さらに深い母の愛を感じた軍平は、恵まれない人たちに救いの手をさしのべることが、自らの救いとばかり、救世軍に身を投じる。
 軍平は、妻の機恵子(我妻三輪子)の支えもあり、貧乏ながら、世のため、人のための活動に邁進することになる。
 山室軍平の残した功績は大きい。娼妓の自由廃業を推進する。無料の労働紹介所や結核療養所を開設する。児童虐待防止運動を始める。救世軍の歳末慈善鍋で募金活動を始めるなどなど。
 軍平は、不器用だが、一途。その信じた道を歩み続ける。仲間たちから慕われ、母と妻、子どもたちへの愛を抱きながら。
 いまの日本で、山室軍平の生涯を描いた映画を撮る人たちがいることに、敬意を表したい。よくぞ、撮った、と思う。いま、日本映画の多くが、いわゆる娯楽映画。原作が、コミックや、評判になった小説、テレビドラマという映画が目立つ。そんななか、これは、清潔で誠実な映画と思う。

©山室軍平の映画を作る会

 撮影監督は、ベテランの高間賢治。風景の美しさはもちろん、行灯の明かりを忠実に映像にする。その計算されつくした映像は、見事だ。「月山」、「12人の優しい日本人」、「ラヂオの時間」、「ナビイの恋」など、高間賢治が撮影監督を務めた傑作は多い。
 音楽は、舞台音楽を多く手がける内藤正彦。明治のころの流行り歌にまじって、シンセサイザーを使ったと思われる現代音楽が、要所要所に使われる。静謐ななかの金属音が、敬虔な祈りにも似て、心なごむ。
 監督は、共同で脚本を担当し、企画段階から深く関わった東條政利。「9/10 ジュウブンノキュウ」、「カフェ代官山~それぞれの明日~」など、誠実な映画作りを貫いている。
 軍平と母、登毛との、卵について語るシーンは、3回ある。監督は、軍平たちに寄せる母の愛の深さが伝わる重要なシーンという。じっくりと見てほしいとのこと。
 いまの日本映画で、このような地味な題材の映画を撮ること自体、奇跡かもしれない。よく製作を決意され、配給が決まり、一般公開されるなあと、驚くほどだ。
 映画は、正攻法で、清潔、誠実な作りに徹し、撮りたいように撮る。その数少ない見本のような作品。
 一部の人たちは、うるおっているかも知れない、いまの日本。経済格差はますます広がり、女性や老人、子どもといった弱者にとって、厳しい時代である。私利私欲、党利党略しか考えない政治家たちは、少しは、山室軍平の残した仕事を見習うべきだろう。恵まれない人たちや、弱者に手をさしのべる。それがほんとうの政治、政治家だと思うのだが。

2017年10月21日(土)より、新宿武蔵野館ico_link岡山シネマクレールico_link他、全国順次ロードショー

『地の塩 山室軍平』公式Webサイトico_link

出演:森岡龍、我妻三輪子、辰巳琢郎、伊嵜充則、水澤紳吾、小柳心、芹澤興人、兒玉宣勝、髙澤父母道、おかやまはじめ、KONTA、堀内正美、渡辺梓
監督:東條政利
ゼネラルプロデューサー:上野有 協力プロデューサー:河本隆
脚本:我妻正義、東條政利 撮影監督:髙間賢治(JSC) 照明:上保正道
録音:中村雅光 美術:小出薫 装飾:極並浩史 衣裳:手塚勇、村島恵子
メイク:宇都圭史 結髪:新井みどり 音楽:内藤正彦
編集・CG:伊藤拓也 タイトルロゴ:MalpuDesign 佐野佳子
制作:現代ぷろだくしょん 製作:山室軍平の映画をる会
企画協力:Breath 配給:アルゴ・ピクチャーズ
2016/日本/カラー/DCP/1時間47分 ©山室軍平の映画を作る会

サーミの血

© 2016 NORDISK FILM PRODUCTION

 北欧のノルウェー、スウェーデン、フィンランド三国の北部と、ロシアのコラ半島の一部で、ラップランドとよばれる地域に、サーミ人という先住民族がいる。主にトナカイの放牧で生計をたて、言語はサーミ語。
 いまなお、白人たちが有色人種を軽蔑、差別するように、トナカイを育て、テントで移動する生活をおくるラップランドのサーミ人を、白人たちは軽蔑のまなざしでみている。心ない人たちは、サーミの人たちに、「変な匂いがする」とまで言う。
 映画「サーミの血」(アップリンク配給)は、白人たちの差別に抵抗、自由を求めて、故郷、家族を捨て、白人社会で生き抜こうとする少女の成長物語だ。昨年の東京国際映画祭のコンペティション作品として上映され、審査員特別賞と最優秀女優賞を受けた。ほぼ1年後、やっと一般公開となる。
 老女クリスティーナ(マイ=ドリス・リンピ)は、孫娘を連れて、息子の運転する車で、妹の葬式に向かっている。クリスティーナは、サーミ人で、すでにエレ・マリャというサーミ人としての名前を捨てている。少女時代に捨てた故郷、別れた妹との、死後ではあるが再会の旅でもある。

© 2016 NORDISK FILM PRODUCTION

 クリスティーナの表情は、険しい。理不尽な白人社会で生き抜いてきた辛苦を物語っているかのよう。クリスティーナは、息子の制止をふりきって、ひとり、ホテルに泊まり、少女時代を思い起こす。
 1930年代のラップランド。トナカイの放牧で暮らすサーミ人たちは、白人から軽蔑、差別されている。少女のエレ・マリャ(レーネ=セシリア・スパルロク)と妹のニェンナ(ミーア=エリーカ・スパルロク)は、サーミ語で話すことを禁じられている寄宿学校にいる。成績のいいエレ・マリャは、進学を希望するが、スウェーデンの女教師(ハンナ・アルストロム)は言い放つ。「あなたたちの脳は文明に適応できない」と。
 ある夏祭りの夜。エレ・マリャは、スウェーデン人のふりをして、ダンスをする人たちに紛れ込む。エレ・マリャは、ニクラス(ユリウス・フレイシャンデル)という青年と知り合う。名前を聞かれたエレ・マリャは、つい、「クリスティーナよ」と、スウェーデン人の名前を名乗ってしまう。
 ニクラスの実家を訪ねて、なんとか、クリスティーナは、上級の学校に進学するが、高い授業料は、とても払えない。クリスティーナは、自分のトナカイを売ってでも、授業料を捻出しようと、いったん、故郷に戻るのだが……。

© 2016 NORDISK FILM PRODUCTION

 人はだれしも、自由であるべきだが、歴史は、ある人種がある人種を軽蔑、差別し続けている。エレ・マリャは、クリスティーナと名前を偽ってまで、自由を希求する。当然のことだが、身元がばれ、手ひどい差別に遭遇する。
 映画は、サーミの人たちへの差別を具体的に示しながら、クリスティーナの女性としての成長を綴っていく。正確な衣装考証に加えて、トナカイとの共生などが、たいへんリアルに描かれる。それもそのはず、女性監督のアマンダ・シェーネルは、サーミ人の血をひき、主演のレーネ=セシリア・スパルロクは、いまなおノルウェーで、トナカイを飼っているサーミ人だ。
 映画では、自然のままの美しい景色と、恵まれた自然環境が映し出される。セリフで、いまやラップランドの人たちは、バイクを走らせていることが分かる。ラップランドの地にも、確実に文明が忍び寄っている。
 いま、スウェーデンでは、サーミ語やサーミ文化を継承、存続させる動きがあるという。すべて、サーミ人女性エレ・マリャたちが、切り開いてきた道が存在したからだろう。
 ラストのいくつかのシーンに注目されたい。老女クリスティーナの表情が、ここ数十年のサーミ人の血が、どのようなものだったかを示して、圧巻である。

2017年9月16日(土)より、新宿武蔵野館ico_linkアップリンク渋谷ico_linkほか全国順次公開

『サーミの血』公式Webサイトico_link

監督・脚本:アマンダ・シェーネル
音楽:クリスチャン・エイドネス・アナスン
出演:レーネ=セシリア・スパルロク、ミーア=エリーカ・スパルロク、マイ=ドリス・リンピ、ユリウス・フレイシャンデル、オッレ・サッリ、ハンナ・アルストロム
後援:スウェーデン大使館、ノルウェー王国大使館
配給・宣伝:アップリンク
(2016年/スウェーデン、ノルウェー、デンマーク/108分/南サーミ語、スウェーデン語/原題:Sameblod/DCP/シネマスコ―プ)