イタリアにおける逆インクルージョン型の学校とインクルーシブ教育(3)

1.はじめに

 インクルーシブ教育は、メインストリームに障害がある児童生徒が合流する形態が一般的といえますが、もともと障害がある子どものためのスペシャルスクールにおいて、その専門性を残しながらいわゆる「健常」といわれる児童生徒が合流して障害がある子どもと障害のない子どもが共に学ぶ「逆インクルージョン」の形態もあります。
 こうした取り組みの一事例としてVol.71(*1)において、イタリアのISISS “Antonio Magarotto”(アントニオ・マガロット)」における聴覚障害教育分野での取り組みを紹介しました。イタリア各地にある元聾学校だった4つの学校を一つの組織に統合し、この組織を挙げて「逆インクルージョン」を実践しているというもので、前回はその組織の中の高等学校について紹介しました。
 この3月に改めてイタリアのインクルージョンへの取り組み状況を調査する機会が持つことができました。そこで今回は、ISISS “Antonio Magarotto”を構成する学校群の一つであるIC “Tommaso Silvestri”(トンマーゾ・シルヴェストリ)」(幼稚園、小学校、中学校)を訪問して、イタリアの義務教育段階における逆インクルージョンの取り組みをより深く探ることにしました。今回はそのことについて紹介します。
 なお、「逆インクルージョン」ということについては、Vol.71の記載を参照していただきたいと思います。

2.逆インクルージョン校ISISS “Antonio Magarotto”とIC “Tommaso Silvestri”の関係

 ISISS “Antonio Magarotto”は、イタリア全国に4つの学校を有している国立の学園組織です。ISISSとはISTITUTO STATALE DI ISTRUZIONE SPECIALIZZATA PER SORDIの頭文字をとったもので、直訳すると国立聴覚障害専門学校(機関)ということになります。Vol.71ではISISS “Antonio Magarotto”の歴史について詳しく記し、この組織の中の学校の一つであるIPSIA “Liceo e Convitto”というローマにある寄宿舎付きの高等学校の取り組みを紹介しました。
 今回は、このISISSの中の学校の一つで、幼稚園・小学校・中学校を擁するIC “Tommaso Silvestri”校を訪問しました。ICとはISTITUTO COMPRENSIVOの略称で、直訳すると総合学校(施設)となり、幼稚園、小学校、中学校など、複数の教育段階が共存する学校複合体のことを意味しています。一般に、ICは地域内で互いに近接していて、単一の校長で運営されているところに大きな特徴がありますが、学校評議会や教職員もこの組織単位で構成されています。
 IPSIA “Liceo e Convitto”もIC “Tomasso Silvestri”ももともとは聾学校でしたが、現在は、聴覚障害との関連で「逆インクルージョン」を展開する学校として、ISISS “Antonio Magarotto”という学校群の組織で運営されているということになります。

3.IC “Tommaso Silvestri”校について

 この学校の概要について、分校責任者兼専門教育最新プロセス支援担当のLucrezia Di Gregorio先生に詳しくお話を伺うことができました。以下の内容は、この聞き取りを中心に関連資料などを参照してまとめたものです。

 IC “Tommaso Silvestri”の起源は、1784年1月5日に、司祭だったトンマーゾ・シルヴェストリが、イタリア初の聾学校を設立したことに遡ります。学校名は、イタリア聾教育の伝統を築いたこの司祭にちなんで名付けられました(*2)
 1946年6月2日に、イタリアが王政から共和制に移行したことにより、この学校は「ローマ国立聾学校」となりました。1952年から1970年まで、耳鼻咽喉科医のデチオ・スクーリが校長を務め、1956年には聴覚学センターも併設されました。この時期は、生徒数と職員数が増加し続け、1965年には生徒数が300人に達するほどの盛況を博していました。
 1970年代までこのように聾学校として機能していたのですが、1977年の法律第517号によりイタリアの教育制度がインクルージョンに転換してからは、聴覚障害がある児童生徒も原則として地域の学校で学ぶことになりました。そのため、この学校は在籍者が減少し始め、次第に聴覚障害を伴う重度重複障害児童生徒が在籍する学校となっていきました。児童生徒数が12人まで減少した時期もあり、閉校寸前にまで追い込まれてしまいました。
 1990年代後半になると、国のインクルージョンの推進が進展する中で、この聾学校は学校としての機能を廃して聴覚障害者ための福祉的な施設に転換して存続するか、これまでの様態を変えることで学校として機能を保持して存続するかの選択を迫られることになりました。その結果この学校は、聴覚障害者団体と協力して逆インクルージョンの取り組みを開始する道を選択しました。2000年に3つの学校段階を一つの管理下に統合する学校再編を経て、IC “Tommaso Silvestri”として新たなスタートを切ることになったのです。2012年以降、この学校は、地域にある幼稚園と小学校のクラスを統合し、規模を拡大してきました。

IC “Tommaso Silvestri”が入っている建物の全景

4.司祭トンマーゾ・シルヴェストリについて

 トンマーゾ・シルヴェストリ(Tommaso Silvestri、1744年4月2日-1789年9月7日)は、イタリアのトレヴィニャーノ・ロマーノにあるサンタ・カテリーナ・ダレッサンドリア教会の司祭でした。
 彼は、教会法学者でありローマ・サピエンツァ大学の学長でもあったパスクアーレ・ディ・ピエトロと出会い、資金援助を受けて1783年にパリへ渡ります。世界で初めて聾教育を開始したシャルル=ミシェル・ド・レペが運営する聾学校で6ヶ月間学び、聾唖者への教育法を習得しました。1785年に帰国後、彼はローマのパスクアーレ・ディ・ピエトロの自宅にイタリア初の聾学校を開設し、レペの聴覚障害者への教育法をイタリアにもたらしました。シルヴェストリが用いた方法は、手話、文字、音声を用いて聴覚障害者を教育し、話せるように教えるというものだったということです。フランス手話とイタリア手話には類似したところが多いのは、こうした背景があるからだということです(*3)
 1785年に、シルヴェストリは『生まれつきの聾唖者を速やかに話せるようにし、教え込む方法について』という論文を執筆しましたが、早すぎる死により未完に終わっていました。現在このテキストは、いくつかの批評的考察とともに、シモネッタ・マラニャとロベルタ・ヴァスタ編『シルヴェストリ修道院長マニュアル:イタリアにおける聾唖教育の起源』(ボルドー出版、2015年)に収録されているということです(*4)

5.IC “Tommaso Silvestri”における逆インクルージョンへの取り組み

 IC “Tommaso Silvestri”は、ローマのテルミニ駅から徒歩で20分ほどのノメンターナ通りに面した建物の中にあります。この建物はもともと「ローマ国立聾学校」でしたが、現在は、ローマ国立聴覚障害者協会(Istituto statale per sordi di Roma:ISSR)の拠点となっています。聴覚障害に関する研究、資料提供、コンサルティング、トレーニング、最新情報の提供を行うセンターとしての機能を有していて、聴覚障害に関する研究・情報センターともなっています。

学校環境
 日本流にいえばこの建物の1階と2階の一部と庭をIC “Tommaso Silvestri”が利用しています。子どもが伸び伸びと活動できるだけの校庭を有しているのは、ローマの中心部の学校としては珍しいということです。
 教室は日本の標準的な教室の半分くらいの広さのところが多かったのですが、児童生徒数が少なく適度の空間が確保されているように感じました。

在籍幼児児童生徒
 現在のIC “Tommaso Silvestri”は、幼稚園3クラス、小学校8クラス、中学校1クラスで構成されています。各クラスの在籍者数は11~12名ほどで、その中に聴覚障害のある幼児児童生徒が1~2名在籍しています。その他はいわゆる健聴といわれている幼児児童生徒になります。クラスサイズが小さいため、子ども同士や教師と子どもが濃密に関わり合うことができ、聴覚障害がある幼児児童生徒もクラスに一人というケースは少なく孤立を防ぐことができるところに利点があると思いました。聴覚障害がある子どもの通学圏は広く、通学時間に1時間近くを要するケースもあるということでしたが、いわゆる健聴の子どもの多くは、学校周辺の地域に在住していました。なお、聴覚障害のある幼児児童生徒が、同学年で3人以上になった場合は、クラス増を検討するということでした。いわゆる「健聴」といわれる子どもやその保護者が進んでこの学校を選択しているのですが、その背景としてイタリアと日本における「教育」のとらえ方に違いがあることを強く感じました。

教員について
 教員の資質のとらえ方については、この学校も前回訪問したIPSIA “Liceo e Convitto” と一致していました。すべての教員は、健聴の子どもの教育のカリキュラムを編成し、実施できる教師であると同時に聴覚障害教育の専門性を身につけた専門教師であることを前提にしているということです。そのため、この学校には特別支援教育を専門に担当する教師(支援教師)は採用されていませんでした。
 聴覚障害がある幼児児童生徒のコミュニケーションへの対応については、各教室に自律とコミュニケーション支援員が配置されていました。

教育内容
 各学校段階ともに国の標準的なガイドラインに即していますが、聴覚障害がある子どもへの配慮が行き届いていることが強調されています。
 また、イタリア語とイタリア手話(LIS)のバイリンガルで授業が行われていることも大きな特徴です。この学校では、バイリンガリストの育成を目指しているわけですが、いわゆる健聴の子どもも幼稚園の段階から日常的にLISに触れ、LISを修得していきます。
 2008年から小学校の教育課程に正式にLISが盛り込まれ、成績をつけるようになっています。これが国から正規に認可されたのは、2021年になってからだということでした。完璧なバイリンガリストを育てるのは容易ではないが、幼稚部から在籍している中学生は、ハイレベルでLISが使えるようになると、先生はおっしゃっていました。

幼稚園での取り組みから
 幼稚園の教室は1階にあり、校庭とも直結しています。
 1クラスの朝の会の様子をじっくり見学させてもらいました。担任一人に幼児が10人ほどで、その中に聴覚障害がある幼児が二人在籍していました。自立とコミュニケーション支援員が一人配置されていて、聴覚障害がある子どもを中心にLISの支援をしていました。朝の会は、日本の幼稚園で一般的に行われている活動と変わりなく、着席して、挨拶、出欠、日付等を一人一人が前に出て確認するという一通りの形式に則って行われていました。かつての日本の聾学校幼稚部の見学で筆者が感じた極度の緊張感(現在は状況が変わっていると思われますが)は感じられませんでした。
 特徴的なのは、1日の活動の確認、名前のつづりの確認、数字の確認、曜日の確認などに必ず手話や指文字を伴い、その都度全員で確認していたところです。担任と支援員は、子どもの活動を観察し、聴覚障害のある/ないにかかわらず、発音や手話を丁寧に支援していました。こうした活動を日常的に繰り返していくことにより、手話が自然に身につき、聴覚障害がある子どもといわゆる健聴の子どものコミュニケーションも自然に育まれているように受け止めました。

小学校、中学校での取り組みから
 小学校と中学校は2階のフロアにありました。それぞれの教室での活動を丁寧に見学することはできなかったのですが、担任のほかにコミュニケーション支援員が入っていて、他のイタリアの学校と同様、児童生徒が自らの意思で活動している光景が目につきました。
 授業では、手話も使われていましたが、それだけではなく電子黒板も積極的に利用されていました。この学校は、アメリカのオハイオ州の聾学校と姉妹校となっており、2008年から電子黒板を導入し、文書は紙媒体も用いて目的に応じて適切な使い分けができるように配慮しているということでした。オハイオ州の聾学校と同じ方針で、「子どもが動かず、教師が動く」ことをモットーにしていることも強調されていました。
 また、音楽にも力を入れていて、特別なボードとリズムを振動で伝えるラウドスピーカーが導入され、聴覚障害があっても音楽が学べるよう配慮されていました。現在、音楽は週に1時間ですが、より多くの時間を確保したいという希望があることを伺いました。
 授業は、基本的にはクラス単位で行われていますが、社会性の育成や知識の広がりという点などから、適宜同学年や異学年合同のオープンクラスでの活動も設けていました。

6.おわりに

 インクルーシブ教育を充実させていくためには、クラスサイズが小さいこと、教師が通常の教育に熟達していて、且つ障害等の特性に応じた専門性を有していること、日常生活やコミュニケーションを支える支援員が機能していること、障害特性に応じた環境が整えられていることなどが望まれます。IPSIA “Liceo e Convitto”に続けてのIC “Tommaso Silvestri”訪問を通じて、障害種等によっては「逆インクルージョン」という形態の方が、一般的な通常の学校におけるインクルージョンよりもこうした条件をクリアしやすくする可能性があるということを強く実感しました。
 まだ、訪問が叶っていないトリノのISISS Magarotto Torinoや廃校となってしまったパドヴァのConvitto statale per Sordi Antonio Magarotto Padovaでも、新しい学園組織に転換して「逆インクルージョン」を取り入れたことにより、聴覚障害がある子どもといわゆる健聴の子どもが一緒に生活を送るようになって、双方にメリットがあることが確かめられたという話も伺いました(パドヴァ校は現在閉鎖されてしまっているのですが、その主な理由は、学校を維持するための人材確保が困難になったことということでした。残念なことではあります)。
 現状では、日本でこのような「逆インクルージョン」の体制を組むことは困難だといえます。しかし、「イタリアだからできる」「形だけ整えても中身は大したことはない」と突き放した見方をしていては、障害者権利条約が示す「共生社会」の実現に向けた動きや、その理念に基づいた「インクルーシブ教育システムを構築」はなかなか進展しません。障害の有無に関わらず、双方にメリットのある「インクルーシブ教育システムの構築」を推し進めていくためにさまざまなあり方を検討していくことが大切だということを、イタリアの「逆インクルージョン」の取り組みは教えてくれているように思います。

【謝辞】
 今回の調査にあたっては、ローマ在住のFrancesco Albertiさんにご尽力いただきました。IC “Tommaso Silvestri”の分校責任者Lucrezia Di Gregorio先生、幼稚園インクルージョン担当のAnna D‘Annibale先生には丁寧な説明とご案内をいただきました。心より感謝いたします。

*1:2025.12.26

大内進(2025)「イタリアにおける逆インクルージョン型の学校とインクルーシブ教育(2)」学び!と共生社会<Vol.71>

https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/inclusive/inclusive071/
*2:MinervaWeb No.71(2023)“La Biblioteca dell’Istituto statale per sordi di Roma”(ローマにある国立聾唖者研究所の図書館)
https://www.senato.it/leg19/4800?newsletter_item=18695&newsletter_numero=1519
*3:“Silvestri Tommaso”, GENTE DI TUSCIA(トゥーシア地方の歴史人名辞典)
https://www.gentedituscia.it/silvestri-tommaso/
*4:IC “Tommaso Silvestri”のWebサイト「学校の歴史」
https://ictommasosilvestri.edu.it/index.php/scuola/la-storia/

「交流及び共同学習」の現況を探る

1.はじめに

 今回は、障害のある児童生徒と障害のない児童生徒が触れ合い、共に活動する「交流及び共同学習」について取り上げます。「交流及び共同学習」は、すでに学校教育に定着し、さまざまな取り組みがほとんどの学校で展開されています。しかしながら「交流及び共同学習」に対して、障害がある子どもを育てている保護者の方の中で、SNSの情報などから不安や疑問を持っていらっしゃる方が少なくなく、改めて状況を確認しておく必要があると思いました。また、「交流及び共同学習」の実施率については大規模な調査が実施されていますが、質的側面については関係者からエビデンスに基づく報告が少なく、この点についても確認したいと思います。

2.学習指導要領における「交流及び共同学習」の変遷

 「交流及び共同学習」は、障害のある児童生徒と障害のない児童生徒の両者にとって、経験を深め、社会性を養い、豊かな人間性を育むとともに、お互いを尊重し合う大切さを学ぶ機会となるなど、適切に運用されれば、現在の特別支援教育体制下においては大きな意義を有するものだと言えます。まず、学習指導要領の記述を中心に、交流及び共同学習の成立と目的について確認しておきたいと思います。

2004年(平成16年)以前は「交流教育」

 1998年(平成10年)に示された学習指導要領までは、「交流教育」という用語が用いられ、「交流」は努力義務としての扱いでした。小学校学習指導要領総則の「第5 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項」の2(11)に次のような記述が認められます(*1)

 (11)開かれた学校づくりを進めるため、地域や学校の実態等に応じ、家庭や地域の人々の協力を得るなど家庭や地域社会との連携を深めること。また、小学校間や幼稚園、中学校、盲学校、聾学校及び養護学校などとの間の連携や交流を図るとともに、障害のある幼児児童生徒や高齢者などとの交流の機会を設けること。

 この記述から、この当時においては、「交流」が学校教育の包摂化というよりも地域に開かれた学校づくりという側面で捉えられていたことがわかります。

2004年以降は「交流及び共同学習」

 障害者基本法の一部改正を契機に、「交流教育」から「交流及び共同学習」へ名称と概念が変更されることになりました。

・2004年 改正された障害者基本法
 2004年に改正された障害者基本法の第16条(教育)の第3項には、「国及び地方公共団体は、障害者である児童及び生徒と障害者でない児童及び生徒との交流及び共同学習を積極的に進めることによって、その相互理解を促進しなければならない。」と明記されています。
 交流学習には、障害のある子どもと障害のない子どもが一緒に参加して、相互の触れ合いを通じて豊かな人間性を育むことを目的とする活動という側面が強く、それに対して、共同学習には、教科等の学習に障害のある子どもと障害のない子どもが一緒に参加して、そのねらいの達成を目的とする活動という側面が強いと言えます。本来このように異なった目的の活動であったものが、高次の判断により交流学習と共同学習が一体としてあることを明示するために、「交流及び共同学習」という表現が用いられるようになったと認識しています。以後、教育行政の用語として「交流及び共同学習」が用いられることになります。
 これによって、国として「交流及び共同学習」に取り組むことが法的にも明確になり、障害のある子どもとない子どもが共に学び、相互理解を深める目的が明確化されたと言えます。

・2009・2010年特別支援学校学習指導要領(新旧移行期)
 特別支援学校の制度創設に伴い、2009年(平成20年)及び2010年(平成21年)に改訂された特別支援学校学習指導要領等が「特別支援学校幼稚部教育要領」「特別支援学校小学部・中学部学習指導要領」「特別支援学校高等部学習指導要領」の名称に統一され、「交流及び共同学習」についても計画的実施が推進されることになりました(*2)

・2012年(平成24年)
 障害者の権利に関する条約の国連における採択に関連して、日本の障害者制度改革が進められ、障害者基本法の改正等がありました。教育に関しても、中央教育審議会初等中等教育分科会で「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」が取りまとめられました。この報告には「交流及び共同学習」について、以下のような記述が認められます(*3)

 改正障害者基本法の理念に基づき、障害のある子どもと障害のない子どもが可能な限り共に学ぶことができるように配慮する観点から、「交流及び共同学習」を一層推進していくことが重要である。また、一部の自治体で実施している居住地校に副次的な籍を置くことについては、居住地域との結び付きを強め、居住地校との「交流及び共同学習」を推進する上で意義がある。居住地校交流を進めるに当たっては、幼児児童生徒の付き添いや時間割の調整等が課題であり、それらについて検討していく必要がある。また、特別支援学級と通常の学級との交流及び共同学習も一層進めていく必要がある。

・2017年(平成29年) 改訂学習指導要領
 2017年に公布された小学校学習指導要領総則「第5 学校運営上の留意事項」の2のイには、交流及び共同学習の推進を明示した以下のような記述があります。同様の記述は、平成29年告示の幼稚園教育要領、中学校学習指導要領にも認められます(*4)

イ 他の小学校や,幼稚園,認定こども園,保育所,中学校,高等学校,特別支援学校などとの間の連携や交流を図るとともに,障害のある幼児児童生徒との交流及び共同学習の機会を設け,共に尊重し合いながら協働して生活していく態度を育むようにすること。

 障害者基本法の一部改正を契機に、「交流教育」から「交流及び共同学習」へ名称と概念が変更されることになりました。

3.交流及び共同学習の実施状況

2017年の文部科学省調査から

 学習指導要領に「交流及び共同学習」が明示された2017年度に、文部科学省は「障害のある児童生徒との交流及び共同学習等実施状況」に関する調査を実施しています(*5)
 交流及び共同学習にはさまざまな形態がありますが、学校間交流、居住地校交流、特別支援学級の実施状況の結果は以下のとおりでした。

(1)特別支援学校との交流及び共同学習(学校間交流)の実施状況
 2~3割の学校が学校間交流を実施していました。実施している学校のほとんどは毎年度継続的に実施しているということですが、この時点では、まだ実施に至っていない学校が多かったことがわかります。

出典:文部科学省「障害のある児童生徒との交流及び共同学習等実施状況」に関する調査
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/10/30/1397010-3.pdf

(2)居住地校交流
 居住地校交流については、小・中学校では2~4割が実施しているが、高等学校だと大きく減少することが示されていました。

出典:文部科学省「障害のある児童生徒との交流及び共同学習等実施状況」に関する調査
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/10/30/1397010-3.pdf

(3)特別支援学級との交流
 特別支援学級が設置されている学校の約8割が実施しているが、2割ほどの学校では実施していませんでした。

出典:文部科学省「障害のある児童生徒との交流及び共同学習等実施状況」に関する調査
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/10/30/1397010-3.pdf

この調査結果からは、以下のようなこともわかりました。

  • 活動は、学校行事(98.7%)音楽、体育、図工(7〜8割)などをメインに給食、清掃、クラブ活動などで多く取り組まれており、国語や算数といった教科学習での交流は少ない傾向にある。
  • 学校段階別に見ると、中学校・高等学校と校種が進むにつれ、教科時数の確保が優先され、交流の頻度や参加範囲が減少していた。
  • 教育課程上の位置付けについては、小・中学校では「総合的な学習の時間」や「特別活動」に位置付けて実施する学校が多かった。

課題として、地域間の差や人材不足、教員の負担増などが示されていました。

文部科学省 2022年(令和4年)度公立小・中学校等における教育課程の編成・実施状況調査から

 文部科学省では毎年、公立小・中学校等における教育課程の編成・実施状況に関する調査を実施していますが、「交流及び共同学習」について、直近では2022年度の調査において扱われています(*6)

(1)実施状況
 2021年(令和3年)度の実施状況を見ると、実施している学校が8割前後になっていました。実施していない学校は2017年の調査から大幅に減少していますが、それでも2割前後の学校で未実施でした。

出典:文部科学省 令和4年度公立小・中学校等における教育課程の編成・実施状況調査
https://www.mext.go.jp/content/20240430-mxt_kyoiku01-000029047_01.pdf

(2)交流の内容(学校間交流、居住地校交流、特別支援学級との交流)
 学校間交流は、1割前後、居住地校交流は1割から3割、特別支援学級との交流は7割強で実施されていることが示されています。これらの数値は、いずれも2017年の調査結果を下回っています。

出典:文部科学省 令和4年度公立小・中学校等における教育課程の編成・実施状況調査
https://www.mext.go.jp/content/20240430-mxt_kyoiku01-000029047_01.pdf

 「交流及び共同学習」は、法的にもしっかり位置付けられ、学習指導要領に明示されてから時間も経過しています。また、文部科学省も「交流及び共同学習ガイド」(*7)を示したり、「交流及び共同学習オンラインフォーラム」(*8)を開設したりして「交流及び共同学習」のより一層の充実に努めています。国立特別支援教育総合研究所からは「『交流及び共同学習』の授業づくり」というリーフレット(*9)も発行されています。こうした経緯から、質の幅はありつつも「交流及び共同学習」の実施率は年々高まっているものと信じていたのですが、文部科学省の調査からは、そのようには進展してきていないことが示されています。

4.理念に根差した目的の追求への期待

 改めて、「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」から「交流及び共同学習」の目指すところについて確認しておきたいと思います。

(3)交流及び共同学習の推進
 特別支援学校と幼・小・中・高等学校等との間、また、特別支援学級と通常の学級との間でそれぞれ行われる交流及び共同学習は、特別支援学校や特別支援学級に在籍する障害のある児童生徒等にとっても、障害のない児童生徒等にとっても、共生社会の形成に向けて、経験を広め、社会性を養い、豊かな人間性を育てる上で、大きな意義を有するとともに、多様性を尊重する心を育むことができる。
 特別支援学校と幼・小・中・高等学校等との間で行われる「交流及び共同学習」については、双方の学校における教育課程に位置付けたり、年間指導計画を作成したりするなど交流及び共同学習の更なる計画的・組織的な推進が必要である。その際、関係する都道府県教育委員会、市町村教育委員会等との連携が重要である。また、特別支援学級と通常の学級との間で行われる「交流及び共同学習」についても、各学校において、ねらいを明確にし、教育課程に位置付けたり、年間指導計画を作成したりするなど計画的・組織的な推進が必要である。

 ここには、基本的な方向性としては、障害のある子どもと障害のない子どもが、できるだけ同じ場で共に学ぶことを目指すべきであることを踏まえて、障害のある子どもが地域社会の中で積極的に活動し、その一員として豊かに生きる上で、障害のない子どもと「交流及び共同学習」を通して相互理解を図ることがしっかり示されています。
 この理念を実現するためには、現状の教育システムにおいて通常の教育と特別支援教育が融合している状態には至っていないことから、障害の有無にかかわらず子どもたちが共に生きていくことを学ぶ機会として「交流及び共同学習」の実施率を一層高めるとともに、質の向上に向けた取り組みが不可欠だと言えます。
 しかしながら、「交流及び共同学習」を実施していない学校もあり、その質についても定量的なデータが把握できない状況にあります。
 今回、「交流及び共同学習」を取り上げたのは、私が信頼している方からのSNSでの発信で、「交流及び共同学習」に期待しながらも、それが障害のある児童生徒の保護者にとって大きな負担になっていること、学校、管理職、教員が積極的に対応しているケースばかりではないことなどが訴えられていたことに触発されたことによります。特に「交流及び共同学習」の質の側面については、グッドプラクティスは公表されているものの、具体的な課題や問題点が可視化されているとは言えない状況にあるように受け止めました。課題や問題点を広く共有して、理念の具現化に向けた対応策を探っていく方向に進んでいくことが期待されます。

5.おわりに

 「交流及び共同学習」が学習指導要領に明示されてから、すでに10年が経過しようとしています。しかしながら、文部科学省の調査結果などを吟味すると、多くの学校で積極的に取り組んでいる状況は把握できるものの、「交流及び共同学習」がすべての学校に本来の目的に即して定着するまでにはもうしばらく時間がかかるように思われました。また、その質の側面についても客観的なエビデンスが得られにくく、本来の目的にふさわしい取り組みとして障害のある児童生徒や障害のない児童生徒の成長に寄与することに対してどこまで質が高まっているか確かめにくい状況にあるようにも思います。
 「交流及び共同学習」は、単に障害のある児童生徒と障害のない児童生徒が「同じ空間」にいることではありません。「同じ場で共に学ぶ」という目的を達成するためには、質的向上、すなわち、障害の有無で線引きをしないカリキュラムの編成や適切な環境設計が求められてきます。
 日本と同様にドイツも特別支援学校をしっかりと機能させる体制を堅持していますが、障害がある子どもの通常の学校での学びの質の補償のために特別支援学校の教員を通常の学校に派遣する体制を構築するなどして「インクルーシブ教育」を充実させるための人的、物的環境を整えています(*10)
 特別支援教育対象幼児児童生徒が増大し、特別支援学校が増え続けている日本の現状において、「交流及び共同学習」の充実を図っていくことによって関係者の負担が増すことはあっても減少することは考えられません。より抜本的な体制の在り方についての議論が深められてもよいように思います。

*1:小学校学習指導要領(平成10年12月)第1章 総則
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/cs/1319944.htm
*2:特別支援学校学習指導要領等
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/tokushi/1284518.htm
*3:共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/houkoku/1321667.htm
*4:小学校学習指導要領(平成29年告示)
https://www.mext.go.jp/content/20230120-mxt_kyoiku02-100002604_01.pdf
*5:文部科学省「障害のある児童生徒との交流及び共同学習等実施状況調査結果」
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/10/30/1397010-3.pdf
*6:文部科学省(編)『令和4年度公立小・中学校等における教育課程の編成・実施状況調査』調査結果

https://www.mext.go.jp/content/20240430-mxt_kyoiku01-000029047_01.pdf
*7:文部科学省『交流及び共同学習ガイド(2019年3月改訂)』

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/1413898.htm
*8:文部科学省『交流及び共同学習オンラインフォーラム』

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/1413898_00001.htm
*9:国立特別支援教育総合研究所『特別支援教育リーフ Vol.11「交流及び共同学習」の授業づくり』

https://www.nise.go.jp/nc/cabinets/cabinet_files/download/1079/86a29c17c9e4739e30e03f379dc05ce5?frame_id=1235
*10:Special education needs provision within mainstream education

https://eurydice.eacea.ec.europa.eu/eurypedia/germany/special-education-needs-provision-within-mainstream-education

「共生社会」という言葉とその理解

1.はじめに

 「共生社会」について、学校教育で扱われる度合いが高まっていることは、このマガジンのVol.30(*1)Vol.48(*2)などでもたびたび紹介してきました。「共生社会」という言葉に接する機会が増えていることは確かなのですが、それでは、「共生社会」の意味はどのように理解されているのでしょうか。
 昨年末、障害者雇用の記事がニュースサイトに掲載されていました。その記事自体は、障害者雇用ビジネスの課題や雇用主の責任を正面から取り上げた建設的で内容でしたが、そのコメント欄は、「共生社会の実現」に懐疑的とも読み取れるような意見であふれていました。ニュースサイトの記事のコメントには、極端な意見や誤情報も少なくないと言われていますが、それでもこれらのコメントに接して、「共生社会」や「障害者雇用」という言葉の理解が十分に行きわたっていないために、戸惑いや疑義が生じている側面もあるだろうということを感じざるを得ませんでした。
 そこで、今回は「障害者雇用」とも関連させながら、「共生社会」ということばの理解について、いくつかの調査研究を参考にしながら探ってみることにしました。

2.障害者雇用関連の記事から

 前述の記事は、「障害者雇用の問題『雇っているのに、一緒に働いていない』 数合わせから戦力化へ」(*3)というタイトルがついていました。
 この記事には、「障害者雇用の課題と展望」がまとめられていました。障害者の雇用については、障害者雇用促進法に基づき障害者の法定雇用率が雇用主に課されていますが、記事には次のようなことが記されていました。

  • 近年、この障害者の雇用率が段階的に引き上げられ、企業等にとっては経営上の重要な課題となってきている。
  • 一方、制度の要請が強まるほど、現場での対応が追いついていないという現実も見受けられる。
  • こうした中で、表向きは雇用契約を結び、例えばIT企業や商社の社員として雇用された障害者が、外部事業者の運営する遠隔地の農園で作物を育てているといったように、法定雇用率の達成を主目的としているかのようにも受け取られる実態が認められるようになってきた(これが、タイトルの『雇っているのに、一緒に働いていない』ということです)。
  • そのために「障害者雇用」を進めるための制度が、かえって実態の見えにくい雇用を生んでいるという矛盾が生じてきた。
  • 厚生労働省は、こうした事態を受けて外部事業者に過度に依存することは適切ではないとして障害者雇用代行を含む外部活用型の雇用形態についての指針を明確化し、企業側の関与を求める姿勢を示した。
  • このことを契機に障害者雇用ビジネスの潮流も量から質の重視へと変わりつつある。

 記事は、このように現状を整理したうえで、次世代の「障害者雇用ビジネス」に求められる価値は、単に働く「場所」を用意することではなく、「戦力」として企業の生産性向上につなげる役割こそが中核となるであろうとまとめています。
 筆者もこうした流れが進んでいくことを期待するものですが、この記事はyahooニュースとしても配信されていて、そのコメント欄には、障害者雇用の難しさ、あるいは現状では企業にとって「戦力」になっていないことなど不満やとまどいを訴える声であふれていました(残念ながらこの記事は、Yahoo!ニュースでは既に削除されていて、記事もコメントも読むことができなくなっています)。
 これらのコメントは、「共生社会の実現」や「障害者雇用」が組織や個人の業績、生産性などを脅かしていると受け止めての反応であり、短期間に一定程度の成果が求められる業績主義の社会で奮闘している人々の率直な気持ちも表れているようにも思われました。
 このような厳しいコメントを読んで「共生社会」実現への歩みを進めることの厳しさを感じたのですが、「共生社会」には、包摂、協力、共同などの面から業績社会を補填する役割を果たす側面もあります。「共生社会」の実現に向けて着実に歩みを進めていくためには、こうした声を受け止めつつ、「共生社会」という言葉の理解をより深めていくことが肝要だということを再認識させられました。

3.「共生社会」という言葉の認知と社会的配分のありかたへの姿勢

 「共生社会」の実現に対する社会の動きの受け止めについて、長ら(2019)は、社会的地位や経済的な豊かさについての理想的な社会的配分のあり方と「共生」に関する知識との関連から調査を実施しています(*4)
 この調査は、「共生社会」という言葉の認知と社会的地位や経済的な豊かさの理想的な社会的配分のあり方の関連について、性別・年齢層・居住地域による層化抽出を行った成人2000名を対象に調査されたものです。
 この調査では、社会的地位や経済的な豊かさについての理想的な社会的配分のあり方を捉えるために「社会階層と社会移動全国調査(SSM調査)」(*5)を拠り所として、「高い地位や経済的豊かさなどの利益をどのような人が得るのがよいか」という点について、4つの意見を提示して、回答者に最も近いものを選択させる問いを発しています。
 4つの意見とは、以下のとおりです。

  • 「実績をあげた人ほど多くの利益を得るのが望ましい」(実績原理)、
  • 「努力した人ほど多くの利益を得るのが望ましい」(努力原理)、
  • 「必要としている人が必要なだけ得るのが望ましい」(必要原理)、
  • 「誰でもが同じくらいに利益を得るのが望ましい」(平等原理)

 「実績原理」や「努力原理」はどちらかというと能力や成果を重視した「業績主義」の立場に立つもので、「必要原理」「平等原理」はどちらかというと多様性や協調性を重視した「共生」の立場に立つものと整理できそうです。
 この調査からは、「共生社会」という言葉の認知が、大学進学者では、理想的な社会的配分のあり方として「必要原理」を支持することと関連していること、非大学進学者においては「共生社会」という言葉の認知と理想的な社会的配分のあり方に関連が見られなかったということが示されたということです。
 この研究を踏まえて、津多(2024)は、「共生社会」の推進が明確に学校教育に導入された世代である高校1年生を対象に「共生社会」という言葉の認知と理想的な社会的配分のあり方の関連について調査しています(*6)
 その結果は以下のように整理されています(詳細は原典を参照してください)。

 「第一に、高校1年生にとって「共生社会」という言葉の認知は理想的な社会的配分のあり方として「実績原理」を支持することと関連する。この結果は、長ほか(2019)が提示している、大学進学者において「共生社会」という言葉の認知が理想的な社会的配分のあり方として社会的分断を克服する基盤原理として重視される考え方でもある「必要原理」を支持することと関連する、という成人調査の結果とは大きく異なる結果であった。」
 「第二に、第一の点を傍証する結果として、「共生社会」という言葉の認知は、高校生活において「進路のための学習」を重視することと関連していた。進学校における「進路のための学習」の「進路」の多くが4年制大学進学であることを踏まえると、「共生社会」という言葉の認知は、「実績」や「努力」の結果としての知識の所有の側面と関連していると考えられる。また、この関連が強くみられたのは理想的な社会的配分のあり方として「努力原理」を支持する場合であった。」
 「第三に、第一の点で言及した傾向は、学業成績によらず全体的な傾向としてみられたことである。この結果は、業績としての「共生社会」という言葉の認知の側面が学歴社会において学業成績によらず浸透していることが背景にあると考えられる。ただし、「共生社会」という言葉の認知自体は、学業成績の上位者で相対的に高い傾向がみられた。」

 この調査の考察からは、「共生社会」という言葉が、必ずしも本来理想とされている「必要原理」とつながって理解されているわけではないということが読み取れます。調査対象となった高校1年生は、「共生社会」については、中学校段階、特に「公民科」で学んできているものと思われます。相対的に理想的な社会的配分のあり方として「実績原理」を支持する割合が高かったのは、学業での評価が優先される学校社会の中で「言葉を聞いたこともあり、その意味も知っている」比較的学業レベルが高いと思われる層でした。
 知識優先で、「共生社会」の内容を十分に理解した上で、「実績原理」を支持しているのではないということは、残りの学校教育を受けている期間中にその肉付け、つまり具体的な活動を通して「共生社会」にコミットするプロセスが必要だということを意味しているように思われます。そうした活動によって、本来理想とされている「共生社会」の本質的な理解が深まっていくように思われます。これは、全ての生徒に必要なことだとも言えます。しかし、「学業」が優先されている学校にあっては、その優先順位が高くなることは期待できないことかもしれません。

4.まとめ

 「障害者雇用」とも関連させながら、いくつかの関連研究を参考に「共生社会」ということばとその理解について吟味してきました。
 引用した「障害者雇用」に関するニュースサイトの記事は、「共生社会の実現」を目指すというよりも法定雇用率を達成することに主眼を置いた障害者雇用ビジネスの成り立ちと課題を丁寧に分析し、社会包摂を正面に据えた建設的な提案を含む内容でした。しかしながら、読者のコメントには、効率主義、実績主義に立った皮相的な内容の反応が少なくありませんでした。中には、現状の「障害者雇用」の課題を詳らかにしてくれる内容のものもありましたが、こうした否定的な反応には、「共生社会」が「業績社会」を補填する役割も担っていることを理解して、そのとらえ方がぶれないように冷静に対応していくことが求められていることを痛感しました。
 また、「共生社会」という言葉の認知と理想的な社会的配分のあり方の関係を探求した二つの調査は大変興味深いものでした。実践や経験を伴わない机上の学習に留まっている段階では、「共生社会」という言葉も生徒自身が身を置いている「業績原理」や「努力原理」の文脈で捉えて当然だと言えます。こうした結果を導いているのは、現在の学校の仕組にも一因があるとも言えそうです。小中学校の段階において、インクルーシブな環境での体験を通して内面的な豊かさを成長させてきた生徒が多ければ、異なった結果が出ていたかもしれません。
 「共生社会」にしても「インクルーシブ教育システムの構築」にしても、観念的な言葉遊びに興じるのではなく、それらの言葉を真の意味での理解するためには、実践レベルでの積み上げを愚直に進めていくことが求められていると言えるのではないでしょうか。

*1:学び!と共生社会 <Vol.30> 社会科と「共生社会」
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/inclusive/inclusive030/
*2:学び!と共生社会 <Vol.48> 障害者の雇用の促進と共生社会
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/inclusive/inclusive048/
*3:TBS CROSS DIG「障害者雇用の問題『雇っているのに、一緒に働いていない』 数合わせから戦力化へ」
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/withbloomberg/2386954
*4:長創一朗・岡本智周・青木結・小山田建太(
2019)「共生社会・歴史認識・配分原理・社会的諦観に関わる社会意識の分析:学歴と年齢層の観点による 2018 年調査データの検討」『共生教育学研究』6, pp.61-76.
*5:2025年社会階層と社会移動調査研究会「仕事と生活に関する全国調査」
https://ssm2025.jp/
*6:津多成輔(2024)「『共生社会』という言葉の認知と理想的な社会的配分の関連―地方公立進学校の高校 1 年生を対象とした調査の分析―」『共生学研究』01, pp.178-199.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kyoseigakukenkyu/1/0/1_178/_pdf

イタリアにおける逆インクルージョン型の学校とインクルーシブ教育(2)

1.はじめに

 筆者は、わが国のインクルーシブ教育の推進に寄与することを目的としてイタリアのインクルーシブ教育に関する情報収集を継続的に進めています。イタリアでは1970年代に障害児のための特別な学校を廃止しました。原則として障害がある子どもも障害のない子どもと共に学ぶ学校体制に移行して現在に至っているわけですが、インクルーシブ教育を推進するということは、学校教育システムを漸進的に変革していくということにほかなりません。こうした観点でイタリアの実践からはさまざまな変革に向けた視点を学ぶことができます。
 「逆インクルージョン型」という学校形態もその一つです。本連載でも、<Vol.38>(*1)で「イタリアにおける逆統合型の学校とインクルーシブ教育」というタイトルで、かつて盲学校だった中学校の事例を紹介しました。今月の上旬にイタリアを訪問する機会があり、その折にローマにある旧ろう学校で「逆インクルージョン型」に取り組んでいる高校を見学することができました。そこで、今回はイタリアの「逆インクルージョン型」第2弾としてこの学校の取り組みを紹介することにしました。
 なお、<Vol.38>では、いわゆる「健常」といわれる児童生徒が在籍している、障害者教育の機能を有した学校について、「逆統合」という用語で表現していましたが、現在の教育制度の下で「統合」という用語を用いることは適切ではありませんでした。そこで、今回は「逆インクルージョン型」と表すことにします。
 また、イタリアのインクルーシブ教育については、これまでにもこのマガジンでたびたび紹介してきております。関連するバックナンバーをご参照ください。イタリアのインクルーシブ教育の概要をまとめた『イタリアのフルインクルーシブ教育―障害児の学校を無くした教育の歴史・課題・理念』という書籍も刊行されておりますので、深く学びたい方には、こちらでご確認ください。

2.「逆インクルージョン」ということ

 インクルーシブ教育の定義についてはこれまでもたびたび確認してきていますが、文部科学省の報告より確認しておきたいと思います(*2)

 障害者の権利に関する条約第24条によれば、「インクルーシブ教育システム」(inclusive education system)とは、人間の多様性の尊重等の強化、障害者が精神的及び身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能とするとの目的の下、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組みであり、障害のある者が「general education system」から排除されないこと、自己の生活する地域において初等中等教育の機会が与えられること、個人に必要な「合理的配慮」が提供されること等が必要とされている。

 こうしたインクルーシブ教育システムの理念にもとづいて、わが国でも障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組みづくりが進んでいるわけですが、多くの場合、通常の小・中学校等の学級に障害がある子どもが在籍するという形態が一般的だといえます。他方、障害がある児童生徒のための教育機能を保持しつつ、そこにいわゆる健常の児童生徒を入学させるという形態もあり得ます。これが「逆インクルージョン」ということです。イタリアでは、1970年代のインクルーシブ教育に転換したのですが、障害の特性などを考慮して、教育省は「逆インクルージョン」型の学校形態を容認しています。

3.逆インクルージョン型ろう学校「Magarotto」校の概要

(1)学校組織について

 今回訪問したISISS “Antonio Magarotto(アントニオ・マガロット)” は、イタリア国内に4つの学校を有している国立の学園組織の一つです。ISISSは、ISTITUTO STATALE DI ISTRUZIONE SPECIALIZZATA PER SORDI の頭文字をとったもので、直訳すると国立聴覚障害専門学校ということになります。
 学校名に名前が冠されているアントニオ・マガロット(1891-1966)は、イタリアで聴覚障害者の権利向上のために尽力した教育者・実践家で、イタリア国立ろう者協会(Ente Nazionale Sordi、ENS)を創設し、「イタリアのろう者の父」とも呼ばれています。彼は、ローマとパドヴァにろう者のための教育機関を設立したのですが、ISISS “Antonio Magarotto” はその流れを継いでいる学校ということになります(*3)
 また、彼の子息のCesare Magarotto(チェーザレ・マガロット)は、世界ろう連盟(World Federation of the Deaf,WFD)の設立者の一人です。
 この学園には以下の学校が属していて、いずれも「逆インクルージョン」型の体制をとっています。

IC T. Silvestri校(ローマにある保育園・小学校、ICはISTITUTO COMPRENSIVOの略称です。)
SMS Fabriani校(ローマにある中学校、SMSは、中学校(Scuola Secondaria di Primo Grado)を示す略称です。
Roma – IPSIA, Liceo e Convitto(ローマにある寄宿舎付きの高等学校)
Torino-IPSIA (トリノにある高等学校)

 今回見学した学校は、③のローマにある高等学校です。
 なお、IPSIAとは、Istituto Professionale di Stato per l’Industria e l’Artigianatoの略で、直訳すると国立産業工芸職業学校となります。職業専門学校の一種で、産業・工芸分野に特化し、実践的な技術や専門知識を教え、生徒が就職や上級の学校(技術系大学など)に進めるよう育成する学校を指しています。自動車整備、電気・電子、機械、ファッション、美容、食品加工など多岐にわたるコースを提供しています。修業年限に関しては、3年間で職業資格(Qualifica Professionale)を取得できて早期就職が可能、5年間で国家試験(Maturità)受験資格が得られ、プロフェッショナル・ディプロマを取得できるということです。卒業後は大学や高等技術院(ITS)への進学の道も開かれています。

(2)ISISS “Antonio Magarotto”の歴史(*4)

1784年1月

ローマに最初のろう学校が設立される。デ・レペに影響を受けたトマゾ・シルヴェストリは、裕福な家庭に生まれた聴覚障害がある子どもたちだけでなく、すべての聴覚障害がある子どもたちに教育を受ける機会を提供することを目指した。

1870年9月

学校は、1870年にイタリア政府に譲渡され、「王立ろうあ学校」という名前が付けられた。1889年に、ろう者コミュニティの歴史的な場所であるノメンターナ通りの建物に移転した。

1842年9月

シルヴェストリによって聴覚障害がある子どものための施設が設立された。

1951年9月

ローマのアントニオ・マガロットが施設を設立した。国立ろうあ機関(ENS)が正式に運営する最初の専門施設である。ろう者向けのグラフィックアートとタイポグラフィのコースを提供する最初の公立学校。マガロットは既に1933年にパドヴァに同様の私立学校を設立して、彼自身が校長を務めた。

1954年5月

アントニオ・マガロットによって、パドヴァにある姉妹校とともに、ローマにも寄宿制の国立ろう学校が設立された。

1960年6月

ENS専門学校が、「ローマ国立ろうあ者工業工芸専門学校」として法的に認可された。グラフィック、タイポグラフィ、電気工学に加え、写真などのコースが設けられ、寄宿舎も併設された。

1978年10月

1978年10月21日付法律第641号により国有化され、文部省の直轄となる。

2000年9月

幼稚園 – ローマ小学校 – ローマ中学校- ローマIPSIAマガロット – ローマITEマガロット – パドヴァIPSIAマガロット – トリノあらゆるレベルの聴覚障害教育を専門とする公立学校を統合してISISSが設立された。
幼稚園から中学校まで聴覚障害のある生徒の教育を専門とする「トマゾ・シルヴェストリ」校がISISSマガロットに組み込まれる。
すべての学校段階に聴覚障害のある生徒と健聴の生徒の両方が在籍し、イタリア語とLIS(イタリア語手話)のバイリンガルによる「逆インクルージョン型」の運営が開始された。

2013年9月

寄宿舎にはイタリア各地から集まった生徒が入舎し、重度の聴覚障害や認知機能や情緒・人間関係に問題を抱えているケースもあることから、2013/14年度からローマのイタリア社会科学院との提携を開始する。

4.“Magarotto” Roma – IPSIA, Liceo e Convitto校における「逆インクルージョン」取り組みの概要

(1)設置されている課程

 学校のタイプとしては、職業教育を柱とする高等学校として位置付けられており、以下の4つのコースが設けられていました。

イタリア製工業生産コース(Corso Produzioni Industriali Made in Italy)
「イタリア製産業と職人技」について学び関連技術スキルの習得を目的とする。
ろう教育の伝統的な職業教育である「グラフィックスと印刷」を継承している。
技術支援メンテナンスコース(Corso Manutenzione Assistenza Tecnica)
電気・電子機器のメンテナンス・保守、電機システムの保守管理、通信分野の管理や制御などのスキルの習得を目指している。
サイエンティフィックスポーツ高校(Liceo Scientifico Sportivo)
スポーツに重点を置いたセクションで、文化的枠組みの中で運動科学と1つ以上のスポーツ分野についての理解を深めることを目的としている。
サイエンティフィック応用科学高校(Liceo Scientifico Scienze Applicate)
数学と科学に重点を置きつつ、言語、技術、方法論等についても学び、科学技術文化に関する高度なスキルを身に付けることを目指している。その一環としてロボットの開発に取り組んでいた。
商業サービス
ソーシャルネットワーク上で企業のコミュニケーション管理、マーケティングや企業イメージ向上、会計・管理・商業プロセスの実装など社会経済分野で発揮できるスキルを習得することを目的としている。

 これらの中には、聴覚障害教育で伝統的に扱われてきた内容が発展したものも含まれていますが、新たに生み出された内容も認められます。

(2)在籍生徒について
  • 各課程は5年制で、各学年3クラス前後。
  • 多くのクラスに聴覚障害生徒が複数在籍している。
  • 聴覚障害生徒が在籍するクラスの生徒数は12~15人程度。
  • 聴覚障害生徒は遠隔地からも入学しており、寄宿舎を利用している。入舎できるのは聴覚障害生徒に限られている。
  • 手話の授業がある。聴覚障害生徒とのコミュニケーションに役立つことから、聴覚障害のない生徒の多くが受講している。それにより手話による生徒間のコミュニケーションが自然に展開されるようになっている。
(3)教員について
  • 多くの聴覚障害生徒が在籍しているが、支援教師の配置は少ない。
  • コミュニケ―ション支援のための支援員が配置されている。
  • すべての教員が、支援教師に頼ることなく自ら支援教師の役割を担えることを目指している。
(4)学校環境について
  • 学校周辺の地域を教区とする教会が敷地内にある。司祭はさまざまな活動を展開しており、教会が地域社会と学校をつなぐパイプ役として大きな役割を果たしている。
  • 4棟の寄宿施設が敷地内に建てられていて、聴覚障害生徒に提供されている。寄宿舎は、校舎とは独立していて、社会的な交流とプライバシーの両立を実現している。
  • 各棟には専用バスルーム付きの部屋(シングル、ダブル、トリプルルーム)に最大32床のベッドが備え付けられている。
  • 各階には専用の非常口が設置されている。各種設備も充実している。
  • 寄宿生のためにスポーツジムなどの設備が充実している。
  • 広大な敷地で、スポーツグラウンド、体育館などの設備が整えられている。

5.まとめ

 イタリア教育省の資料により、いわゆる盲学校やろう学校の機能も有した「逆インクルージョン型」の学校がイタリア各地に存在することは把握していました。ミラノの視覚障害に特化した「逆インクルージョン型」の中学校についてはこれまでに何度か訪問し、その概要については、本連載でも紹介してきました。
 聴覚障害に特化した「逆インクルージョン」に取り組んでいる学校の実態についても実際に確かめておく必要があると思っていたのですが、今回その機会を得ることができました。
 2003年ごろに、エミリア・ロマーニャ州にあるモデナ市のインクルーシブ教育の実施状況調査を手伝ったことがあります(*5)。当時、教育委員会の担当者や学校の管理者、地域保健機関のカウンセラーが、口をそろえて聴覚障害がある家族からの通常の学校への就学の抵抗の強さに苦慮していることを訴えていました。手話によるコミュニケーションへの保障に不安があったからです。こうした保護者や聴覚障害がある児童生徒の不安は無理もないことです。そうした気持ちに寄り添いながら、インクルーシブ教育をどのように進展させていくのだろうかとイタリアの取り組みの方向に関心を持ち続けてきました。
 今回の学校訪問で、逆インクルージョンを実現するために、カリキュラム、障害がある生徒とない生徒への配慮、教員の対応、学校環境の整備や地域とのつながりなどさまざまな面で工夫や配慮がなされていることがわかりました。その結果として、インクルーシブ教育を推進の舵はそのままに当事者や家族の不安の軽減を可能にする「逆インクルージョン」が聴覚障害の領域でもうまく機能していると実感することもできました。
 インクルーシブ教育の「御旗」を振りかざして強権的な姿勢をとることなく、柔軟で現実的な対応ができている教育行政の懐の深さ、障害がある児童生徒と共に学び遊ぶことを主体的に選択したいわゆる健常といわれる児童生徒とそれを支えている保護者の姿勢、コミュニティの中で共に生きていくということを空気のように当たり前のこととして受け止め地道な活動を積み重ねている地域住民や学校の運営者の穏やかで強靭な精神、組織や人々のこうした意識や考え方も「逆インクルージョン」を可能にしてといえます。しかし、いずれも日本の現状とは大きく異なっています。「たかがイタリア、されどイタリア」。「アントニオ・マガロット」校の取り組みを日本でどう伝えるか悩みに悩んだことでした。
 とはいいつつ、わが国でもさまざまな努力が積み重ねられています。例えば令和7年3月、東京都から「インクルーシブ教育システム体制整備に関する検討協議会報告書」(*6)が公にされていますが、都立特別支援学校と都立高等学校等の協働的な取り組みの推進について次のような記述が認められます。

共生社会を実現するために、学校教育の場においても障害のある児童・生徒と障害のない児童・生徒との相互理解が必要。この際、教員同士の理解を深めてから、生徒等同士の理解を深めるという順序に加え、保護者同士のつながりを構築することが大切
都立青鳥特別支援学校八丈分教室の設置・運営を行っていることや、高等学校において障害のある生徒等と共に学ぶ取組の一層の推進が求められていることなどを踏まえ、まずは、設置者が同一である都立特別支援学校・都立高等学校で、障害のある生徒等と障害のない生徒が日常的に共に学ぶことのできる環境を整備し、生徒等の個々の状況に応じた協働的な活動を推進
その活動を都立学校はもとより、区市町村立小・中学校等も含めた都全体に拡大し、障害のある児童・生徒と障害のない児童・生徒との相互理解の醸成を図る

 こうした教員同士、生徒同士の理解はもとより保護者同士のつながりを構築するという取り組みを地道に継続され、それがより広範囲で日常的にものになっていけば、「障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組み」が一層整ってくるものと期待されます。現状の日本の制度では参考にできるところが限られますが、「逆インクルージョン」の取り組みが刺激になるところも少なくないように思われます。

*1:2023.03.27
大内 進「イタリアにおける逆統合型の学校とインクルーシブ教育」学び!と共生社会 <Vol.38>
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kyoiku/02-kyoudou_070521-pdf-pdf
*2:文部科学省「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1321669.htm
*3:“Magarotto“Roma – 高校および寄宿舎
https://www.isiss-magarotto.edu.it/roma/
*4:ISISS “Antonio Magarotto”の歴史
https://www.isiss-magarotto.edu.it/la-scuola/la-storia/
*5:石川政孝編(2005)「『イタリアのインクルーシブ教育における教師の資質と専門性に関する調査研究』報告書」 国立特別支援教育総合研究所
https://www.nise.go.jp/josa/kankobutsu/pub_f/F-129.html

*6:東京都教育委員会(2025)「インクルーシブ教育システム体制整備に関する検討協議会報告書について」

https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/school/document/special_needs_education/inclu_kyoiku_system_kyougikai

「合理的配慮」の動向

1.はじめに

 11月11日の毎日新聞朝刊に、障害者の雇用や「合理的配慮」などに関するアンケート調査結果の速報が報じられていました(*1)。この調査は、障害者の社会参画を後押しし共に生きる社会を目指すという観点から、2025年秋に国内主要企業を対象に実施されたものです。
 この記事によると、「合理的配慮」への対応に関しては、回答があった92社の4分の1にあたる23社から「合理的配慮に至らなかった事例がある」という答えがあったということです。調査結果の詳細は原文を参照していただきたいのですが、「合理的配慮」に至らなかった事例の背景には環境整備の課題が示されていました。
 この記事からは、個々のケースで異なる当事者が求める「合理的配慮」への適切な対応にそれぞれの企業が苦慮している状況がうかがわれました。
 これまで本連載でも「合理的配慮」については断片的に触れてきていたのですが、今回は、改めて「合理的配慮」の捉え方と対応について学校教育とも絡めて探ってみたいと思います。

2.改めて障害のある人への「合理的配慮」の提供について

 障害のある人への「合理的配慮」の提供は、2024年4月1日からすべての事業者(民間企業、私立学校なども含む)に対して法的に義務化されるようになりました。これは「改正障害者差別解消法」に基づくものです(*2)
 国・自治体などの行政機関における「合理的配慮」の提供は、2016年4月から義務化されています。「改正障害者差別解消法」では、それまで努力義務だった民間事業者(企業、店舗、私立学校などすべて)も義務の対象となったのです。毎日新聞の調査もこれを受けてのものだと言えます。

3.そもそも「合理的配慮」とは

 ここまで、「合理的配慮」という用語を自明のこととして使ってきましたが、多くの誤解も生じているようですので、この用語の意味を再確認しておきたいと思います。
 「合理的配慮」は、障害者権利条約の英文に表記されている「reasonable accommodation」にあたり、「障害者の権利に関する条約」の政府訳(*3)でこの表現が採用されたものです。
 障害者権利条約の内容を国内で実施するために、障害者基本法の改正、障害者差別解消法の制定等が行われたのですが、その際に「合理的配慮」がそれらの法律に取り入れられました。
 この日本語訳については、特に「accommodation」に「配慮」の語をあてることに当初から議論があったのですが、最近でも、市川沙央さんが、「令和6年4月から障害者差別解消法が改正され、合理的配慮の提供が民間事業者にも義務化されましたが、日本の「障害者差別解消法」に対して思うところがあれば、お聞かせください」という問いに対して、この用語の問題点を次のように指摘しています(*4)

―――
 作家としてここは『言葉』について語ります。『合理的配慮』という訳はほとんど誤訳と言ってよく、今からでも『合理的調整』とするべきだと考えています。例えば『rights』は『権利』ではなく『権理(権理通義)』(by福沢諭吉)と訳すべきだった、つまり『利』という字のネガティブな印象のせいで人権を理解できない国民になってしまったという話もあるように、こうした言葉の誤選択は国民の精神性に悪影響を及ぼし尾を引いたりするので、私は意地でも『合理的調整』と書いていこうと思います」
―――

 「合理的配慮」は、法律に取り入れられたこともあり、公的な用語として変更することは難しそうです。しかし「合理的配慮」を用いる場合には、日本語の「配慮」からくる語感やニュアンスにとらわれないよう留意する必要があるということをしっかり共有しておきたいと思います。
 ちなみに、英国では「reasonable accommodation」ではなく「reasonable adjustment」という用語が用いられています(*5)。こちらは、明確に「合理的調整」と理解することができます。罰則規定も設けられているということです。

4.学校教育分野での「合理的配慮」の定義

 教育の分野での「合理的配慮」の定義も見ておきたいと思います。文部科学省関連では、平成24年の中教審「特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告」の中に「合理的配慮」に関連する記述が登場しています(*6)

本特別委員会における「合理的配慮」の定義
○ 上記の定義に照らし、本特別委員会における「合理的配慮」とは、「障害のある子どもが、他の子どもと平等に「教育を受ける権利」を享有・行使することを確保するために、学校の設置者及び学校が必要かつ適当な変更・調整を行うことであり、障害のある子どもに対し、その状況に応じて、学校教育を受ける場合に個別に必要とされるもの」であり、「学校の設置者及び学校に対して、体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」、と定義した。なお、障害者の権利に関する条約において、「合理的配慮」の否定は、障害を理由とする差別に含まれるとされていることに留意する必要がある。

 ここでも「配慮」とは、「適当な変更・調整を行うこと」で「個別に必要とされるもの」であり、「合理的」に関しては「体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と定義されています。一般的な日本語の「配慮」という言葉から想起される「思いやり」や「気遣い」という意味合いは含まれていません。

5.学校における「合理的配慮」の誤解

 「合理的配慮」について、学校の中で適切な理解が広まっていない可能性があるのではないかという疑問から、学校の教員を対象とした調査が行われています(*7)
 2021年に行われたこの調査では15項目の質問項目に回答を求めて、合理的配慮に関する理解度を測ったということですが、「有利な扱い」「クラスメートが提供」「人手・時間帯」の3項目で誤答率が高かったということです。
 「有利な扱い」とは、「合理的配慮提供により障害者が非障害者よりも有利になってはいけない」と捉えてしまうことです。「合理的配慮」の基底には「社会モデル」という考え方があるのですが、それを欠いていると、不平等である配慮のない状態を平等と見なしてしまい、結果として、「障害のある子に対してだけ提供される合理的配慮は、現在の均衡を失するものとして警戒され、有利に扱うものになっていないかという論点が焦点化されやすくなる」と分析しています。
 「クラスメートが提供」は合理的配慮の提供主体に関する理解に関連しています。法的には合理的配慮提供の義務は学校に課せられていて、在籍する個々の子どもにはないのですが、「思いやりを持って障害のある子を手助けすることも合理的配慮に含まれると誤解している者が多かった」ということです。著者は、法によって求められている義務と従前からの教育的指導とが混同されている可能性が示唆されると考察しています。
 3点目の「人手・時間帯」は、合理的配慮の提供内容が状況によって変化し得ることを理解しているかを確認する項目です。合理的配慮を「子どもがバリアを経験している場面でできることをすること」と捉え、「場面が変わればできることも変わる」ということが、研修を積んだ教員でも十分に理解されていなかったということです。
 こうした傾向について、著者は「学校現場では、すべての子どもを同じように扱うことが平等だという考え方が未だ強く存在している。その結果、合理的配慮の本質への理解、すなわち他の子どもと異なる扱いをすることが機会の平等につながるという理解がさまたげられやすい」のではないかと考察しています。
 このような「合理的配慮」への誤解が生ずるのは、理解・啓発の取り組みが十分でないということも考えられますが、日本特有の教育制度の中にもその要因が含まれているように思われます。

6.おわりに

 毎日新聞の記事をきっかけに、「合理的配慮」の捉え方について探ってきました。
 「合理的配慮」という用語は広く用いられるようになってきていますが、毎日新聞を始め、関連する調査からは企業や学校の苦悩やこの用語の本質的な意味理解がいまだに不十分であるといった課題が浮かび上がってきました。
 用語の誤解では、特に「配慮」という日本語の解釈に大きな課題があるように思います。わが国の「障害者権利条約」の批准に尽力された石川准氏は、「合理的配慮は気遣いや心配りではない。合理的環境調整のことであると徹底してほしい」(*8)と主張されています。
 「合理的配慮」は、日本の制度を鑑みたときに適合する訳語として障害者権利条約の政府訳に採用されたものと推察します。そしてこの訳語は、障害者差別禁止法などの法律の条文にも使われているため、早急に表記を改めるのは容易なことではないと思われます。現実的な対応として「障害者権利条約の基本に立ち返って, 「配慮」とは「環境整備」を意味しているのだということを強く主張していくことが大切だと言えます。「配慮」を「わがまま、優遇、特別扱い」ととらえてしまう誤解を解いていくことも忘れてはならないことです。誤解を解き「環境調整」を進めるという観点からは、障害のある人との対話を重ねることも大切だと言えます。内閣府のパンフレットでは、「建設的対話」の重要性が強調されています。
 また、まだ日本の社会や学校には、「社会モデル」の捉え方が浸透しているとは言えないことも紹介した調査から浮かび上がってきました。「合理的配慮」の適切な理解のためには、「社会モデル」の考え方の周知も図っていく必要もあるように思います。

*1:毎日新聞記事「障害者差別を考える 障害者雇用、主要92社調査 合理的配慮「至らず」25% 環境整わず対応苦慮」
https://mainichi.jp/articles/20251113/ddm/001/040/099000c
*2:内閣府「リーフレット「令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されました」」
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai_leaflet-r05.html
*3:外務省訳「障害者の権利に関する条約」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_000899.html
*4:障害者.com「「合理的配慮ではなく、合理的調整と呼ぶべき」芥川賞受賞作「ハンチバック」著者、市川沙央さんインタビュー」
https://shohgaisha.com/column/grown_up_detail?id=3038
*5:GOV・UK “Reasonable adjustments for workers with disabilities or health conditions”
https://www.gov.uk/reasonable-adjustments-for-disabled-workers#:~:text=Employers%20must%20make%20reasonable%20adjustments,contract%20workers%20and%20business%20partners
*6:中央教育審議会初等中等教育分科会 特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」の「3.障害のある子どもが十分に教育を受けられるための合理的配慮及びその基礎となる環境整備」(平成24年7月13日)

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1325887.htm
*7:平林ルミ・飯野由里子「学校における合理的配慮の理解と課題」、東京大学学術機関リポジトリ、『青と白 クリーン&国連スタイル 市民社会 SDG 進捗報告書』、pp.20-34

https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/2007454/files/cbfe07005.pdf
*8:福祉新聞、「合理的配慮は障壁の除去 障害者政策委員会で石川氏が講演」(令和6年6月30日)

https://fukushishimbun.com/series06/35771

「東京2025デフリンピック」開催と手話

1.はじめに―11月に「東京2025デフリンピック」開催―

 昨年の11月の本連載 <Vol.58>で「聴覚障害とインクルージョン ―東京2025デフリンピックをきっかけとして」と題して「東京2025デフリンピック」を紹介しました(*1)。いよいよ11月15日から26日までの12日間にわたって、「第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025」が、東京都を中心に静岡県、福島県で開催されます。
 デフリンピックは、耳のきこえない、きこえにくいアスリートたちによる国際的な総合スポーツ競技大会で、世界的な規模の大きな催しになっています。
 「東京2025デフリンピック」は、日本で初めての開催であり、デフリンピック100周年という記念すべき大会だということですが、この大会では、次のようなビジョンが掲げられています(*2)

―――

デフスポーツの魅力や価値を伝え、人々や社会とつなぐ
世界に、そして未来につながる大会へ
“誰もが個性を活かし、力を発揮できる”共生社会の実現

―――

 これらのビジョンからは、「東京2025デフリンピック」の開催を通じて聴覚障害に対する理解を深めるだけでなく、誰もが暮らしやすい「共生社会の実現」に向けた社会の変容も目指そうとしていることがわかります。また、この大会では、共通言語として国際手話が用いられることになっています。
 こうしたことを受けて、今回は「東京2025デフリンピック」に絡めて、共生社会の実現と「手話」の関連について取り上げることにします。

2.手話と共生社会

 日本の聴覚障害教育では、長いこと「音声言語によるコミュニケーションを中心とした「聴覚口話法」が取り入れられて」いました(*3)
 しかし、文部科学省に設置された「聴覚障害児のコミュニケーション手段に関する調査研究協力者会議」が1993年(平成5年)にまとめた『聴覚障害児のコミュニケーション手段について(報告)』で、手話も重要なコミュニケーション手段であることが示され、それまで主流だった聴覚口話法だけでなく手話など他のコミュニケーション方法も取り入れた聴覚障害教育への転換が促進されるようになりました。
 また、2025年(令和7年)6月25日には、「手話に関する施策の推進に関する法律」(手話施策推進法)が施行されています。この法律において、手話が重要な意思疎通の手段であると位置づけられ、国や地方公共団体に手話の習得・使用支援、文化の保存・継承、国民理解の増進といった施策のいっそうの推進が求められることとなりました。
 手話について、文部科学省の「聴覚障害教育の手引き」(*4)では、「日本語対応手話」、「日本手話」といったいくつかの形態の分類がなされていますが、日本ろうあ連盟は、そうした分類に異議を唱え、音声言語である日本語と対等な一つの言語として「手話言語」を位置づけるという立場をとっています(*5)
 文部科学省としては、聴覚障害教育も日本語を基盤としているために「日本語対応」ということを外すことはできないのだと理解できますが、他方で、改正障害者基本法(平成23年公布)において手話が言語と位置づけられたということも、しっかり認識しておく必要があります。いずれにしても「手話」が重要な意思疎通の手段として位置付けられたことを、私たちはしっかり認識しておく必要があります。ちなみに、東京都は「東京都手話言語条例」を制定しており、その認知度についても調査しています。「あなたは、手話が音声言語である日本語とは異なる一つの言語であるということを知っていましたか。」という問いに対して、知っていたという回答が64.0%、知らなかったという回答が36.0%だったということです(*6)
 実際に、近年、手話通訳付きのテレビや講演などに接することが多くなり、「手話」の認知度が高まってきていることを実感しています。しかしながら、そうした場面が増えることで、いわゆる「健聴者」の手話そのものへの理解はどれだけ進んでいるでしょうか。手話は、「手話を第一言語とする聴覚障害者に正確な情報を届けるため」のものではあるのですが、そうした認識で済ませてしまってよいのかと最近思うようになりました。

3.「東京2025デフリンピック」と学校教育分野での対応

 東京都は、「東京2025デフリンピック」を通じて共生社会の実現に向けた取り組みに力を入れていますが、東京都教育委員会からも、学校教育の分野の聴覚障害の理解に向けた以下のような映像教材が配信されています。

(1)映像教材『みんなで話そう 初めての手話』
 2025年に東京で開催されるデフリンピックを契機に、子どもたちがより手話への関心を高めるための動画を制作。学校でよく使われている手話で紹介しており、学校の教材や手話の学習等として活用できます(*7)

(2)映像教材『みんなで応援しよう!東京2025デフリンピック!』
 「東京2025デフリンピック」の開催を契機に、児童生徒がデフリンピックへの興味・関心を高めるとともに、聴覚障害への理解を深め、障害の有無にかかわらず、共生していこうとする意識や姿勢を育むため、都立学校の生徒の意見を取り入れて作成した、聴覚障害理解に関する映像教材です(*8)

 いわゆる「健聴者」が手話を習得することにより、よりインクルーシブな社会が構築できるということについては、<Vol.58>でイタリアのコサットという地域の取り組みを紹介しました。いわゆる健聴の児童生徒が第2外国語として手話を選択することによって、聴覚障害の有無にかかわらず共に学べる場を築いていこうとするものでした。
 共生社会の実現を目指すという観点からは、「手話」の存在を知るだけでなく、より多くの「健聴者」が、手話を使えるようになることが望ましいといえます。しかし、言語は一朝一夕に習得できるものではありません。経験の蓄積が必要です。子どもの時から「手話」に親しめるような環境を整えることは、とても大事なことだと言えます。
 そうした意味でも東京都の「東京2025デフリンピック」への取り組みの意気込みが伝わってくるのですが、東京都には、公立の小学校が約1250校(私立を含めると約1300校)、中学校が約600校(私立を含めると約800校)、高等学校が167校(私立を含めると429校)、特別支援学校が58校もあります。どれだけの学校がこうした映像教材を積極的に活用するか大変興味深いところです。

4.おわりに

 本稿の執筆にあたって、積読状態になっている書籍や資料の山を探っていたところ、『目で見ることばで話をさせて』(*9)というタイトルの本が出てきました。「健聴者も聾者も、ほぼみんなが手話を使っていた」島を舞台にしたアメリカのアン・クレア・レゾットという聾者でもある作家によって著された物語です。聴覚障害のある人がそうでない人が、手話を介して分け隔てなく暮らしていた島に、本土から「聾」の原因を突き止めに優生思想と偏見に満ち研究者が入り込んできます。この人物は聾の少女メアリーを拉致し、身体を拘束して研究材料とするだけでなく、メアリーの言語をも奪おうとします。こうした混乱の顛末が本書には記されています。
 この作品の舞台となっているのは、アメリカ東海岸、ボストンの南に位置するマーサズ・ヴィンヤード島です。この島では20世紀の初頭まで、かなりの割合で遺伝性の聴覚障害のある人が発現していました。島民の4人に一人に聴覚障害があった時期もあったということです。この実態については、『みんなが手話で話した島』(*10)という本に詳しく書かれています。『目で見ることばで話をさせて』は、この本を参考にして著されています。
 この2冊の本を読むと、手話を使える人がマジョリティになることで、聾者は障害者(ハンディキャップ)ではなかったという事実を知ることができます。
 共生社会の実現を目指すという観点からは、より多くの「健聴者」が手話を使えるようになることが望ましいと言えます。しかし、言語は一朝一夕に習得できるものではありません。経験の蓄積が必要です。「東京2025デフリンピック」での取り組みが、「健聴者」の手話の習得への促進に寄与していくことを期待したいと思います。
 なお、「東京2025デフリンピック」については、文部科学省からも「いよいよ!開催直前デフリンピック予習ガイド」という広報が発信されています(*11)

*1:学び!と共生社会 <Vol.58> 聴覚障害とインクルージョン ―東京2025デフリンピックをきっかけとして
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/inclusive/inclusive058/
*2:「東京2025デフリンピック」公式サイト
https://deaflympics2025-games.jp/main-info/about/#gsc.tab=0
*3:日本弁護士会「わが国のろう教育の歴史」
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/opinion/2005/2005_26_2.pdf
*4:文部科学省「聴覚障害教育の手引」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1340250_00009.htm
*5:一般財団法人全日本ろうあ連盟「「手話の捉え方」について」
https://www.mext.go.jp/content/20230228-mxt_tokubetu01-000027851_02.pdf
*6:東京都政策局「手話が言語であることの認知度」

https://www.metro.tokyo.lg.jp/information/press/2024/02/2024022911
*7:東京都教育庁指導部特別支援教育指導課「映像教材『みんなで話そう 初めての手話』」

https://www.youtube.com/playlist?list=PL5P7kTPVbatw_YIZZFYKjiUsJ90BxRVEg
*8:東京都教育庁指導部特別支援教育指導課「映像教材『みんなで応援しよう!東京2025デフリンピック!』」

https://www.youtube.com/playlist?list=PL5P7kTPVbatxGwrUU8DbFe5hnYBw_CijD
*9:アン・クレア・レゾット作、横山和江訳(2022)『目で見ることばで話をさせて』岩波書店

https://www.iwanami.co.jp/book/b605334.html
*10:ノーラ・エレン・グロース著、佐野正信訳(2022)『みんなが手話で話した島』早川書房

https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000614098/
*11:文部科学省「いよいよ!開催直前デフリンピック予習ガイド」

https://mext-gov.note.jp/n/na65a8d338745

共生社会の形成は絵空事?

1.はじめに

 最近、オーバーツーリズムや外国人労働者の増加の影響のせいか、SNSなどで「多文化共生は絵空事」という主張を耳にすることがあります。確かに急激な外国人の増加で、風景が変わってきているという印象は否めません。
 しかし、今の社会情勢は、「共生」を抜きにして未来を語ることはできない状況にあります。障害者の社会参加についても、国連の障害者権利条約の批准以降、その認識が深まり、「共生社会」の実現に向けた動きが蝸牛のごとくではあるかもしれませんが進展してきているといえます。
 そうした状況の中で、いくつか気になる報道に接しました。今回はそのことを取り上げてみたいと思います。

2.市川沙央さんの寄稿

 9月12日に『ハンチバック』という小説で芥川賞を受賞した小説家の市川沙央さんの寄稿文が、朝日新聞に掲載されました(*1)。この寄稿文はデジタル版にも掲載されていて無料で読むことができます。見出しは、「奪われた「共生」の言葉 障害者なき対話に市川沙央さんは思う」となっています。掲載直後に大きな反響があり、私も複数の知人からの情報でこの記事のことを知りました。
 内容は、2024年秋に朝日新聞社主催で開催された「朝日地球会議2024」におけるアクセシビリティ対応に対する異議申し立でした。「誰ひとり取り残さず、すべての人が暮らしやすい持続可能な地球と社会について、みなさまとともに考えていく」と謳っている『朝日地球会議』」に登壇する人達は、全て元気そうな人ばかり、障害当事者や家族あるいは支援者の立場の人すら一人もいない、プログラムのテーマにも、障害者に関するものは一つもないようだ。会場参加者のアクセシビリティに関しては手話通訳も同時字幕も用意されていないといった「共生」への対応の不徹底を批判したものです。詳細については原文を確認していただきたいと思います。
 それに対して、朝日新聞社は即座に反応し、「市川沙央さんの朝日地球会議への指摘受け」という見出しの記事で「共生」への取り組みを強化していくという内容の記事を配信しました(*2)。そこには、「私たちはご指摘を重く受け止め、市川さんのおっしゃる「断絶」をなくす努力を続けてまいります。」という朝日新聞社の姿勢が示されていました。
 障害者権利条約が批准されて10年が経過し、障害者を含めニーズがある人々へのアクセシビリティ対応が浸透してきていると思っていたのですが、「共生」を掲げた「朝日地球会議」では、障害者の参加が全く意識されていなかった、また、寄稿されるまでそうしたことに気づかず見過ごしていたという問題も指摘しているものでした。
 対して同時期に開催された東京都主催の「だれもが文化でつながる国際会議2024」(*3)では十分な対応がなされていたということも対比されていました。私はこの会議の展示に少しばかり協力していたのですが、こちらは、クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー(高齢化や共生社会など、東京の社会課題解決への貢献を目指し、高齢者、障害のある方、外国にルーツのある方、赤ちゃんや子どもなどを対象者に「アクセシビリティ向上」と「鑑賞・創作・発表機会の拡大」に取り組むプロジェクト)の取り組みの一つであり、アクセシビリティについては、万全の対応がなされていたといえます。
 私はこの異議申し立てを知って、障害者権利条約が批准された時の新聞報道を思い出しました。広く読者に伝わるように紙面の目立つところに掲載してくれるだろうと期待していたのですが、見出しも小さくわずかな分量の記事でした。障害者の社会参加への認識が、思っていた以上に希薄だと感じたものです。
 その後、関連する国内法の改正等があり、アクセシビリティ対応についても改善が進んできていたのですが、まだまだ日常に溶け込む段階にまで至っていないことを、今回の出来事は教えてくれたように思います。
 市川さんは、「365日ほとんど家の中に閉じこもっている私のところにだって障害者の苦境の情報は届くのです。足で稼ぐ新聞記者の目と耳にもっと多くの情報が入っていないわけがない。」とも記しています。情報が入っても、他人事としかとらえられていない現状は、一新聞社だけの問題ではなく、社会、ひいては通常の学校が、まだまだインクルーシブになっていないことの証左だといえるのかもしれません。今回の市川さんの問題提起を、自分事としてとらえていくことが大切だといえます。

3.舩後議員の参議院不出馬の表明

 今年の6月に参議院議員の舩後靖彦さんが、参院選に不出馬の表明をしました(*4)
 ご存じのように、舩後さんは指定難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)で人工呼吸器をつけて活動されていました。舩後さんと木村英子議員が就任して以降、国会内のハード面/ソフト面でのバリアフリーが進みました。舩後さんが、「こののちに重度障害のある議員が就任した際の道筋になったと自負しております」と述べているとおり、全ての人に社会は開かれていることを体現され、合理的配慮の提供という観点からも大きな貢献をなされました。
 その表明の中に、「共生社会」の形成に関連する重要な指摘がありました。
 一つは、議員への道が全ての人に開かれていることを強く意識されていたということです。このことについて、次のように述べられています。

一方、働くなかで感じたのは、議員は「超人的に健康で、体力があって、元気な人ばかり」ということです。国会議員は「そういうもの」という固定観念は、「元気で動けなければ役に立たない」という優生思想につながってしまいます。この社会には、望んでいても十分に働けない人が多くいます。ごく一部の「強い男性」しか活動できないのは、国権の最高機関の姿として健全とは思いません。だからこそ、私や木村議員、天畠議員の存在意義を感じ頑張ってまいりましたが、年齢的にも体力的にも、さらに6年間は難しいと考えた次第です。

 年齢や体力にあらがうことはできません。次に繋がっていくことが期待されます。
 もう一つは、特別支援教育からインクルーシブ教育への転換に向けて積極的に活動されてきたという点です。表明では以下のように述べられています。

また、参議院議員となって最初の委員会質疑から継続的に取り組んできたのが、特別支援教育からインクルーシブ教育への転換です。合理的配慮やバリアフリー化などの環境整備に関しては、一定進んだと評価できる面もありました。しかし、就学先決定の仕組みを変え、誰もが共に学ぶインクルーシブ教育への制度転換は、国連・障害者権利委員会の勧告にもかかわらず、1ミリも進んでいません。このため子どもの数は減少しているのに、特別支援学校・学級で学ぶ子どもの数が急増し、分離が拡大しているという結果で、忸怩たる思いです。

 インクルーシブ教育については、制度としては「共生社会」の形成めざす方向性が示されましたが、実態は、特別支援学校が増え、通常の学校での対応が追い付いていないという状況にあります。「分離が拡大している」と受け止めている舩後さんが議員から退かれることは大変残念なことです。
 しかし、「今後は民間の立場から、「命の価値は横一列」、「可能性はノーリミット」を訴え、活動してまいりたいと思います。(中略)この活動は、終わりはないものと見ています。故に、後続されるみなさんがやりやすくする事がわたくしに課された使命と思っている次第です」と会見を締めくくられていました。今後のご活躍に期待したいと思います。

4.おわりに

 「共生社会の形成」に関連して、二つのトピックを取り上げました。
 市川沙央さんの朝日新聞の事業への異議申し立ても、舩後さんの参議院不出馬の表明も、学校教育や社会教育との関連を抜きにして考えることはできません。
 「朝日地球会議2024」における障害者の参加やアクセシビリティの対応への配慮の欠如は、組織的な問題でもあり、イベントの主催者や参加者の意識の問題でもあります。障害がある人やニーズのある人との接点が希薄であったことが、背景にあると思われます。「共生社会の形成」に向けた学校教育段階の役割は大変重要だということが、改めて浮き彫りにされたように思います。
 舩後靖彦さんは、「共生社会の形成」という観点から「インクルーシブ教育」の実現に向けて尽力されてきましたが、道半ばで引退されることになりました。
 「共生社会の形成」は絵空事ではありません。現在、文部科学省では次期学習指導要領改訂に向けた取り組みが進められています。この9月25日には、教育課程企画特別部会における論点整理が報告されました(*5)
 「共生社会の形成」に向けた改善がどのように図られていくか、引き続き注視していきたいと思います。

*1:2025年9月12日、朝日新聞、「奪われた「共生」の言葉 障害者なき対話に市川沙央さんは思う」
https://www.asahi.com/articles/AST991S3BT99UPQJ00FM.html
*2:2025年9月12日、朝日新聞、「「共生」への取り組み強化 市川沙央さんの朝日地球会議への指摘受け」
https://www.asahi.com/articles/AST9B34Z8T9BULZU002M.html?iref=pc_leadlink
*3:だれもが文化でつながる国際会議2024
https://www.creativewell-conference.jp/
*4:【会見文字起こし&動画】参院選2025 不出馬表明 記者会見
https://reiwa-shinsengumi.com/activity/24771/
*5:2025年9月25日、「教育課程企画特別部会 論点整理」
https://www.mext.go.jp/content/20250925-mxt_kyoiku02-000045057_01.pdf

学校施設のバリアフリー化の推進に向けた新たな動き

1.はじめに

 公立学校等の建築物については、令和2年の「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(*1)(以下「バリアフリー法」という。)及び同法施行令の一部改正により、一定規模以上の新築等を行う場合に建築物移動等円滑化基準(以下「バリアフリー基準」という。)の適合義務の対象となる特別特定建築物として位置付けられ、既存の当該建築物についても同基準の適合の努力義務が課せられることになりました。既存施設を含めて、所管する公立小中学校等施設のバリアフリー化が求められたということになります。
 このことを受けて文部科学省では、令和2年12月に有識者会議の報告を取りまとめ、学校施設のバリアフリー化の推進に取り組んできました。学校施設バリアフリー化推進指針を改訂し、令和7年度末までの公立小中学校等のバリアフリー化に関する整備目標を設定しました。今年度はその整備目標最終年度にあたるということになります。
 そうしたこともあって、1月に「学校施設の在り方に関する調査研究協力者会議」の下に「学校施設のバリアフリー化の推進に関する検討部会」が設置され、今後の学校施設のバリアフリー化の在り方及び学校施設バリアフリー化推進指針の改訂について、具体的・専門的な検討が行われることになりました。
 3月31日には、バリアフリーへの取り組みの推進に関する「学校施設におけるバリアフリー化の一層の推進について(通知)」という通知が文部科学省大臣官房文教施設企画・防災部長から発出されています(*2)
 8月22日には、改訂された「学校施設バリアフリー化推進指針」(*3)が公表され、「公立小中学校等施設のバリアフリー化に関する整備目標(令和8年度~令和12年度)」(*4)も示されました。
 それを受けて、同日付で、今度は文部科学省大臣官房文教施設企画・防災部長から「学校施設におけるバリアフリー化の一層の推進について(通知)」(*5)が発出されています。
 このように、今年に入って目まぐるしい動きが認められるわけですが、学校のバリアフリー化は学校だけの問題ではなく、共生社会の実現という面でも重要な課題といえます。そこで、今回はこの「学校施設のバリアフリー化」に向けての動きについて取り上げてみたいと思います。

2.これまでの経緯

 これまでの小中学校の建築物のバリアフリー化に向けた施策を整理すると以下のようになります。詳細は、8月22日に発出された「学校施設におけるバリアフリー化の一層の推進について(通知)」を参照してください。

令和2年のバリアフリー法及び同法施行令の一部改正により、一定規模以上の新築等を行う場合にバリアフリー基準の適合義務の対象となる特別特定建築物として、公立の小中学校等が新たに位置付けられ、既存の当該建築物についても同基準の適合の努力義務が課せられることになった。公立小中学校等以外の学校施設についても、特定建築物として新築等を行う場合にバリアフリー基準への努力義務が課せられ、バリアフリー化が求められている。
公立小中学校等施設におけるバリアフリー化について、令和7年度末までの5年間に緊急かつ集中的に整備を行うための国の整備目標が定められ、その財政支援が強化された。
令和3年度より、公立小中学校等施設のバリアフリー化の加速に向けて、各学校設置者の取り組みを支援するため、一定の要件を満たす場合の国庫補助の算定割合を1/3から1/2に引き上げ、行政説明の実施、事例集の作成等、様々な取り組みも実施されることになった。
令和6年に公布されたバリアフリー法施行令の一部を改正する政令の改正により、バリアフリー基準の見直しが行われ、当該政令改正が施行される令和7年6月からは、原則、階ごと(各階)に1以上の設置が求められることになった。令和6年度補正予算及び令和7年度政府予算案においても、バリアフリー化のための改修工事を支援する費用が計上された。

 令和2年度から令和6年度までの整備状況は、図1のように示されています(*6)。「令和2年度から令和6年度までの整備状況の推移を確認すると、一定の進捗は認められるものの、推進通知で示した令和7年度末までの整備目標に対して進捗が十分でない状況」(*2)にあることが認めらます。

図1 これまでの整備状況
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/a_menu/shisetu/seibi/mext_00003.html

3.新たな整備目標

 文部科学省では、令和7年1月に「学校施設の在り方に関する調査研究協力者会議」を設置し、今後の学校施設のバリアフリー化の推進に関する取り組み等について検討するとともに、令和8年度以降の整備目標に関することや、学校施設のバリアフリー化の充実に向けた学校施設バリアフリー化推進指針の改訂等についても検討を行ってきました。その結果が8月22日に公表され、新たな整備計画が示されたということになります(*4)
 新たな整備目標では、これまで令和7年度末までとしていた整備目標の期限を、令和12年度末までに変更しています。教育新聞の記事(*7)には、「学校施設のバリアフリー化 30年度末までに整備目標を後ろ倒し」というタイトルがつけられていました。
 その内容としては、避難所に指定された97%相当の学校にバリアフリートイレを設置し、段差解消のためのスロープを全学校に整備することなどが示され、総論・基本的な考え方も以下のように見直されています(*8)

バリアフリー化に関する意義や考え方、バリアフリー化を行う対象等についての記載の充実

  • バリアフリー化は、全ての子供たちの学びの保障に関わることであることを追記
  • 障害の有無に関係なく、一緒に学び、生活し、どの児童生徒等にとってもウェルビーイングを確保するといった観点から、バリアフリーに対する認識を捉えなおすことについて追記
  • バリアフリー基準の改正による規定の充実等の状況について追記
  • 物理的な障壁だけでなく、五感に関するものや情報アクセスなど、あらゆるものが障壁になる可能性があることを考慮しながら、バリアフリー化を検討することを追記
  • 水害発生時の垂直避難への対応の重要性や避難所整備やまちづくりと連携したバリアフリー化の推進について追記

当事者参画に関する記載の充実

  • 当事者参画の重要性や、当事者参画を通じたバリアフリー化の質の向上や心のバリアフリーの推進の取り組みにつなげていくことについて追記

整備計画の策定、計画的な整備に関する記載の充実

  • 配慮が必要な児童生徒等にとってのエレベーター整備の重要性や配慮を要する児童生徒等の入学に関する情報を早期に把握しつつ、児童生徒の就学期間を見据えたうえで、バリアフリー化を行うことの重要性について追記
  • 施設の運営・管理、人的支援等のソフト面との連携の充実について追記
  • バリアフリー化は、全ての子供たちの学びの保障に関わることであること
  • 当事者参画の重要性や、当事者参画を通じたバリアフリー化の質の向上や心のバリアフリーの推進
  • 配慮が必要な児童生徒等にとってのエレベーター整備の重要性
  • 配慮を要する児童生徒等の入学に関する情報を早期に把握しつつ、児童生徒の就学期間を見据えたうえで、バリアフリー化を行うことの重要性
  • 施設の運営・管理、人的支援等のソフト面との連携の充実

などが追記されている点で、基本的な考え方が利用する児童生徒や教育活動を担う教員等に寄り添ったものになってきたように受け止められます。
 これからの具体的な整備目標は、図2のように示されています(*4)

図2 今後の具体的な目標
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/250822-mxt_sisetuki-000044240_03.pdf

4.海外の実践から

 国連の障害者の権利条約の締結との関わりもあって、学校施設のバリアフリー化への取り組みは、日本以外の国々でも喫緊の課題となっています。
 ここでは、EU圏の中でモデル的な取り組みをしているポーランドの例について紹介しておきたいと思います。ポーランドでは、欧州社会基金プラス(European Social Fund Plus: ESF+)(*9)の資金援助を受けて、「アクセシブル・スクール・モデル」というプロジェクトが実施されました。

アクセシブル・スクール・モデル

 これは、ポーランドにおけるアクセシビリティに関する2つの重要な法律「アクセシビリティ確保に関する法律」および「公的機関のウェブサイトおよびモバイルアプリケーションのデジタルアクセシビリティに関する法律」に基づいて、建物のバリアフリーも含めて教育機関のアクセシビリティに関する基準を設定し、インクルーシブ教育の課題に直面している学校および主要な機関にとっての指針としようとする取り組みです。

連携協力によるモデルの開発

 本モデルの開発は、基金財団、研究機関、政府機関、大学等が連携して行われ、本モデルの予備版を共同で作成し、約200校の小学校に助成金を提供し、これらの学校でテストし、最終版を開発していったところに大きな特徴があります。
 アクセシビリティの専門家、小学校の代表、教育行政当局の協力により、特別なニーズを持つ人々のニーズ、アクセシビリティ基準、そして教育機関の特定の特性を考慮した、小学校向けの包括的なアクセシビリティ・モデルが生まれたのです。
 本モデルは小学校のアクセシビリティ基準を規定しようとするものですが、他の教育機関にも適用でき、建物、入口、教室、特別教室、体育館、食堂、図書館、衛生設備、その他の関連エリアへのアクセスゾーンなど、学校インフラのアクセシビリティに関する建築基準等が定められています。また、アクセシビリティ基準の教育的側面は、個別指導、特別なニーズへの対応、職員の能力と資格の向上、学校への交通手段の提供など、多岐にわたっています。

新築の建物と既存の教育施設

 本モデルとそこに含まれるアクセシビリティ基準には、既存の施設と新設の施設の両方が含まれていますが、テストの結果、アクセシビリティを実現するプロセスに大きな違いがあることがわかり、モデルの最終版では、新築の建物と既存の建物2つの視点で整理されています。新築の場合は設計者のためのガイドラインであり、既存施設の場合は、施設のアクセシビリティ向上に向けた道しるべとなります。

包括的アプローチの重要性

 本モデルでは、学校のアクセシビリティを向上させるためには、校舎インフラのアクセシビリティと学校が行う教育やケアの両面からアプローチすることの重要性が強調されています。つまり、学校が行うあらゆる活動における既存の障壁を排除し、新たな障壁の発生を防ぐためには、単に建築上のアクセシビリティを向上させたり学校に設備や技術的解決策を提供したりするだけでは不十分だということです。それだけでは、教育の質の向上や個々の教育ニーズを持つ児童を学校コミュニティの生活の向上を補償することに直結しないととらえているのです。こうした包括的なアプローチによって、学校アクセシビリティの真の改善を保証していこうとする姿勢には大いに学ぶところがあるように思います。

実践例や事例をまとめたマニュアルの刊

 本モデルを具体的に紹介するマニュアルとして「アクセシブル・スクール・モデル – 実装マニュアル」(*10)が刊行されています。包括的アプローチに基づいた指針を学校で適用した優れた実践例や事例、アクセシビリティ基準の実装に役立つさまざまなコンテンツ等が掲載されています。
 このポーランドからの発信からは、EU圏内外を問わず大いに啓発されるところがあるように思います。英文ですが、画像を眺めるだけでも大いに刺激を受けます。

5.まとめ

 小中学校の建物のバリアフリー化については、令和2年のバリアフリー法及び同法施行令の一部改正以降、継続的に取り組まれてきました。しかし、令和2年度から令和6年度までの整備状況の推移を確認すると、「一定の進捗は認められるものの、推進通知で示した令和7年度末までの整備目標に対して進捗が十分でない」(*2)状況にあることが示されています。
 こうしたこともあって「学校施設の在り方に関する調査研究協力者会議」によって公立小中学校のバリアフリー化に向けた検討がなされ、改めて新たな整備目標の期限を令和12年度末までに変更した案が示されることになったと理解できます。
 それを受けてこの8月22日に「学校施設におけるバリアフリー化の一層の推進について(通知)」(*5)が発出されたわけですが、学校施設の在り方に関する調査研究協力者会議が取りまとめた案には、ポーランドの「アクセシブル・スクール・モデル」が示している当事者に寄り添った姿勢も認められます。また、令和7年3月31日付の通知には次のような記述もあります(*2)

 学校施設は、多くの児童生徒が一日の大半を過ごす学習・生活の場です。このため、障害のある児童生徒が支障なく安心して学校生活を送ることができるようにする必要があることはもとより、災害時の避難所など地域のコミュニティの拠点としての役割も果たすことから、学校施設のバリアフリー化を一層進めていく必要があります。
 近年では、障害の有無や性別、国籍の違い等に関わらず、共に育つことを基本理念として、物理的・心理的なバリアフリー化を進め、インクルーシブな社会環境を整備していくことが求められており、学校においても、障害等の有無に関わらず、誰もが支障なく学校生活を送ることができるよう環境を整備していく必要があります。

 学校のバリアフリー化は、障害のある児童生徒だけでなく、障害のない児童生徒にとっても安心して学校生活を送るために必要だということが記されています。また、地域のコミュニティの拠点としての役割という観点からもその推進が求められています。数値目標も大切ですが、誰にとっても有益である質の高い学校施設のバリアフリー化の推進を期待したいと思います。

*1:「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」
https://laws.e-gov.go.jp/law/418AC0000000091
*2:令和7年3月31日付「学校施設におけるバリアフリー化の一層の推進について(通知)」
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/2022/mext_00002.html
*3:学校施設バリアフリー化推進指針
https://www.mext.go.jp/content/250822-mxt_sisetuki-000044256_001.pdf
*4:公立小中学校等施設のバリアフリー化に関する整備目標(令和8年度~令和12年度)
https://www.mext.go.jp/content/250822-mxt_sisetuki-000044256_02.pdf
*5:令和7年8月22日付「学校施設におけるバリアフリー化の一層の推進について(通知)」
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/2022/mext_00004.html
*6:学校施設のバリアフリー化の推進

https://www.mext.go.jp/a_menu/shisetu/seibi/mext_00003.html
*7:令和7年8月22日教育新聞「学校施設のバリアフリー化 30年度末までに整備目標を後ろ倒し」

https://www.kyobun.co.jp/article/2025082204
*8:学校施設の在り方に関する調査研究協力者会議(第3回)資料1「今後の学校施設のバリアフリー化の推進に関する取組について(案)」

https://www.mext.go.jp/content/20250801-mxt_sisetuki-000043647_1.pdf
*9:欧州社会基金プラス(European Social Fund Plus: ESF+)は、欧州連合(EU)の主要な財源で、人の雇用、教育、スキル、そして社会包摂に投資することで、経済的・社会的・地域的な連帯を支援する基金
*10:THE ACCESSIBLE SCHOOL MODEL IMPLEMENTATION HANDBOOK

https://www.dostepnaszkola.info/wp-content/uploads/2024/03/The-Accessible-School-Model-Implementation-Handbook.pdf

インクルーシブ教育システムの推進と中教審の審議の動向(1)

1.はじめに 学習指導要領の改訂に向けた中教審での審議が進行中

 学校での学習の目標や内容は、学習指導要領で定められています。令和6年12月に文部科学大臣から中央教育審議会に対して「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」(*1)という諮問がなされ、次期の学習指導要領の改訂に向けた審議が進んでいます。
 文部科学省は中央教育審議会の審議について、「審議の過程で現在の課題や論点等をお示ししていきながら、審議自体を学習指導要領の浸透のプロセスにしたいと考えています。可能な限り議論の過程を追っていただくと共に、様々な形で積極的に御意見をお寄せいただければ幸いです。」(*2)として、「諮問のポイント資料及び諮問文・諮問概要・諮問参考資料」(*3)や「教育課程企画特別部会における審議の様子」(*4)を公表しています。
 そこで、本連載でも中教審関連の審議内容を定期的にチェックし、インクルーシブ教育システムの構築に関わる討議内容をピックアップしてその動向を追っていきます。

2.『インクルーシブ教育システムの構築』ということの確認

 障害者の権利条約を批准した国々は、インクルーシブ教育の推進が課せられているわけですが、批准国は、それぞれの国情に応じてさまざまな形態で取り組みを進めています。わが国では、「令和の日本型学校教育」の構築をめざすという考え方のもとにその取り組みが進められています。
 その基本的な考え方は、教育課程部会教育課程企画特別部会(第10回)の資料にも次のように記されています(*5)

特別支援教育は、障害のある子供の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、子供一人一人の教育的ニーズを把握し,その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うもの。また、特別支援教育は、発達障害のある子供も含めて、障害により特別な支援を必要とする子供が在籍する全ての学校において実施されるもの。
障害者の権利に関する条約に基づくインクルーシブ教育システムの理念を構築し、特別支援教育を進展させていくため「障害者の権利に関する条約に基づくインクルーシブ教育システムの理念を構築し、特別支援教育を進展させていくために、引き続き、障害のある子供と障害のない子供が可能な限り共に教育を受けられる条件整備、障害のある子供の自立と社会参加を見据え、一人一人の教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できるよう、通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある多様な学びの場の一層の充実・整備を着実に進めていく必要がある。

 こうした記述から、次期学習指導要領の改訂においても、インクルーシブ教育システムの構築についてはこれまでの考え方をベースにして対応していくということが伝わってきます。

図1 インクルーシブ教育システムの構築のための特別支援教育の考え方について
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20250704-mext_kyoiku01-000043568_11.pdf

3.教育課程部会教育課程企画特別部会(第10回)

 7月4日に開催された教育課程部会教育課程企画特別部会(第10回)では、「障害のある子供に対する教育課程の充実について」(*6)という議題が設けられました。
 ここでは、障害のある子どもに対する教育課程の充実について、現状認識のもとに顕在化している主な課題と次期学習指導要領に向けての方向性が示されました。小中高等学校における現状と顕在化している主な課題については、次の図のように記されています。

図2 障害のある子供たちの教育課程の編成に関する主な課題
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20250704-mext_kyoiku01-000043568_05.pdf

 ここには、通常の学級に在籍する学習面又は行動面の困難があって個別の配慮や支援を受けていない子どもが多数存在していること、通級による指導を受ける児童生徒および特別支援学級に在籍する児童生徒の数が増加してきているという現状認識が示されています。インクルーシブ教育の推進という観点からの教育課程編成での対応に関して部分的な言及にとどまっている印象を受けましたが、「考えられる方向性」として、教育課程の取り扱いや編成に関して次のような考え方が示されていました。

【考えられる方向性】

2.通常の学級に在籍する障害のある子供たちが通級による指導を利用する場合の特例的な取扱い

通常の学級に在籍する通級による指導を受ける障害のある子供たちに対して、障害のない子供たちとできる限り共に学びながら、障害の状態等に応じたきめ細かな指導の実現を図る観点から、以下のような教育課程の特例的な取扱いを認めることを検討してはどうか。

通級による指導において、自立活動の指導に加えて、障害の状態等を踏まえ特に必要がある場合には、各教科の指導を行うことを可能とすることを検討してはどうか。通級による指導の授業時間数や修得単位数の上限を見直すことや、教育課程の編成に当たって、発達障害などの障害種ごとの配慮事項を示すことについても検討してはどうか。
通級による指導を含め、教育課程全体を通じて、児童生徒の障害の状態等を考慮した教育課程の編成を行い、例えば、各教科(※)の目標・内容の一部について、障害の状態等を考慮したものに替えることや取り扱わないことなどについても検討してはどうか。
(※高等学校においては各教科・科目))

 ここでは、児童生徒の障害の状態等を考慮して、これまでよりも柔軟な教育課程の編成の在り方の検討をめざすことが示されています。これにより、一人一人の児童生徒の多様な特性を考慮した教育課程が編成しやすくなると言えます。障害のある児童生徒が通常の学級で学びやすくなるための方向性が示されていると受け止めました。
 今後の会合でどのような意見が出され、それらがどのように答申に収斂していくか。これからの審議を丁寧に追い続けていきたいと思います。

4.障害のある子どもと障害のない子どもが共に学ぶ機会の充実

 「障害者差別解消法」では、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会(共生社会の実現に向け、障害を理由とする差別の解消を推進すること)が謳われています。
 小学校段階になりますが、学校教育法施行令第22条の3の障害の程度に該当する(障害があると認定されている)児童で、通常の学級を選択したケースは、令和元年の調査によると(*7)、公立小学校等を指定した児童は全国で2835人でした(残念ながら直近のデータは公表されていないようです)。これは障害に認定を受けている児童の約26%で、残りの70%余りの児童は特別支援学級や学校を選択していることになります。こうした状況が続くのであれば、障害がある者とない者が共に学ぶ機会として「交流及び共同学習」を一層重視していく必要があります。

図3 公立小・中学校において学校教育法施行令第22条の3に規定する障害の程度に該当し、特別な教育的支援を必要とする児童生徒の数等に関する調査結果
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20221227-mxt_tokubetu02-000026808_5.pdf

 こうした点については、第10回の部会資料においても「交流及び共同学習については障害のある子供と障害のない子供がともに協働的に学び合うことの重要性を示す方向で検討してはどうか。」という考え方が示されていました。また、すでに「インクルーシブな学校運営モデル事業」において、発展的な交流及び共同学習を実現するための教育課程の編成等について実践研究が取り組まれており、各地域・学校の実践を踏まえつつ、交流及び共同学習を発展させるための方策も必要ということも示されていました。これらについても今後どのように肉付けがされていくか、議論の推移を追っていく必要があります。

交流及び共同学習については、その意義として、障害のある子供と障害のない子供がともに協働的に学び合うことの重要性を示す方向で検討してはどうか。
(交流及び共同学習に関する論点)
「インクルーシブな学校運営モデル事業」において、発展的な交流及び共同学習を実現するための教育課程の編成等について実践研究に取り組んでいるところであり、各地域・学校の実践を踏まえつつ、交流及び共同学習を発展させるための方策が必要ではないか。

図4 考えられる方向性と論点②(特別支援学級、特別支援学校)
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20250704-mext_kyoiku01-000043568_05.pdf

5.まとめ

 学習指導要領はおよそ10年のスパンで改訂が行われていますが、新しい学習指導要領が実施されるとすぐに次期の学習指導要領の改訂に向けた審議がスタートします(*8)

図5 学習指導要領の変遷
出典:文部科学省ホームページ
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/idea/1304360_002.pdf

 障害者権利条約の批准により、わが国もインクルーシブ教育の推進へと舵を切ったのですが、インクルーシブ教育は、単に障害がある者とない者が同じ場で生活するだけでは成立しません。共に学び共に支えあって生活していくためには教育課程の在り方も大きく影響します。その意味で、インクルーシブ教育は通常の教育の改革を求めているとも言えます。学習指導要領は、ほぼ10年にわたって用いられるわけですから、学習指導要領の改訂は、インクルーシブ教育の在り様にも大きく影響してきます。
 「障害のある子供と障害のない子供が可能な限り共に教育を受けられる条件整備、障害のある子供の自立と社会参加を見据え、一人一人の教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できるよう、通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある多様な学びの場の一層の充実・整備を着実に進めていくため」に、学習指導要領の改訂がどういう方向に進んでいくのか、引き続きその動向を追い続けていきたいと思います。

*1:中央教育審議会、「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」
https://www.mext.go.jp/content/20241226-mxt_kyoiku01-000039494_1.pdf
*2:文部科学省、「特集ー今年度の重要施策と課題」、『教育委員会月報』、2025年4月号
https://www.mext.go.jp/content/20250410-mxt_syoto01-000040905_20.pdf
*3:文部科学省、「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/mext_00003.html
*4:文部科学省、「教育課程部会 教育課程企画特別部会」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/101/index.html
*5:令和7年7月4日 教育課程部会教育課程企画特別部会(第10回)参考資料3-1「論点整理補足資料」
https://www.mext.go.jp/content/20250704-mext_kyoiku01-000043568_11.pdf
*6:令和7年7月4日 教育課程部会教育課程企画特別部会(第10回)資料3
「障害のある子供に対する教育課程の充実について」
https://www.mext.go.jp/content/20250704-mext_kyoiku01-000043568_05.pdf
*7:文部科学省「通常の学級に在籍する学校教育法施行令第22条の3の障害の程度に該当する児童生徒の現状について」

https://www.mext.go.jp/content/20221227-mxt_tokubetu02-000026808_5.pdf
*8:文部科学省、「学習指導要領の変遷」

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/idea/1304360_002.pdf

イタリアにおける知的障害がある子どもの美術館へのアクセスの促進とインクルージョン

1.はじめに

 本欄では、これまで何度かイタリアにおける共生社会の実現に向けた取り組みについて紹介してきました。今回は、アートの分野で知的障害がある子どもの社会参加を目指した取り組みについて取り上げます。ミラノにある「L’abilità」(*1)という非営利団体の取り組みです。
 イタリアの教育は原則としてフルインクルージョン体制になっていますので、障害のある子どもも地域の小学校や中学校に在籍しています。障害があると認定された子どもの生活や学習を支えるためには、通常の学校の資源だけでは十分ではないことは否めません。インクルーシブ教育に消極的な立場からは、常にその不安が指摘されています。イタリアでは、そのことに対処するためにさまざまな工夫をしているのですが、その一つとして、地域の保健機関や障害者団体、施設など関連機関が学校と連携協力して、障害がある子どもや家族を支援しています。
 2023年に、科学研究費による調査の一環としてこの組織を訪問し、責任者にインタビュー調査をしました(*2)。そこで今回は、「L’abilità」の概要とインクルーシブなコミュニティの創造を目指した美術館へのアクセスの取り組みを紹介することにします。

2.非営利団体「L’abilità」について

 「L’abilità」は、イタリアのミラノで障害をある子どもと家族を支援するために、当事者が中心になって設立された非営利団体です。1998年10月に誕生しました。ミラノ市内で4つの施設を運営しています。
 「L’abilità」は、学校や地域保健機関(AUSL)と連携して、障害がある子ども、特に知的障害や自閉症と認定された子どもたちの生活面での「自律」やソーシャルスキル面での支援に関する活動を行っています。日本では「自立」に重きが置かれていますが、イタリアでは「自立」の前提として「自律」が重視されています。独力で物事を達成することを早くから求めず、自分の意志でやりたいことを選択したり決めたりすること、他者に自分の思いを伝えることなどができるようになることを優先しています。この施設で対象としている子どもの年齢は0〜10歳の範囲です。対象となる子どもの障害は、自閉症、知的障害が中心です。約200人の子どもたちが、学校の就業時間前や放課後にこの施設にきて活動をしているということでした。60人のスタッフで対応していました。スタッフの職種は、看護師、心理士、支援員などです。
 イタリアのインクルーシブ教育が、初期段階のダンピングから脱却し、当事者や保護者から支持を受けるようになったのは、学校という教育機関だけの努力のみならず、地域の関連機関との連携や協力も背景にあるといえるのではないかと思います。「L’abilità」は、そうした機関の一つとして、知的障害がある子どもを支えてきました。こうした関係機関との連携は、学校の中だけでインクルーシブ教育を自己完結させるという発想からの脱却が必要だということを教えてくれます。

3.プロジェクト “Museo per tutti” への取り組みについて

 イタリア語の “Museo per tutti” は、museum for all、つまり、「みんなのためのミュージアム」という意味です(*3)
 「ミュージアムは、知的障害者にもアクセスしやすい場でなくてはいけない。」という理念から、「L’abilità」によって2015年からこのプロジェクトが開始されました。ある財団の協力と支援を受けて、知的障害者の社会参加の促進するための一つの方策として、美術館(博物館)や文化の世界へのアクセスを容易にするための活動も展開しています。
 私たちは、この活動の中心的担い手であるカルロ・リーヴァ(Carlo Riva)氏にインタビューし、この取り組みの概要について伺いました。
 このプロジェクトを始めるきっかけは、知的障害がある人と美術館との関わりに関する調査を実施したことでした。一度も美術館に行ったことがないという人が多い、知的障害のある人自身が美術館は自分たちとは縁遠いものだと思いこんでいるという結果から、その改善に向けてこのプロジェクトが立ち上がりました。活動を開始した当初は、美術館が視覚障害や聴覚障害の人達へのサポートは行っているものの、知的障害がある人を受け入れたことがないというのが実態で、そのための知識やノウハウも有していなかったということです。
 “Museo per tutti” の取り組みには、イタリア各地の美術館も興味を示し、全土で35の美術館・博物館が参加する大きなプロジェクトに発展し、現在に至っています。
 リーヴァ氏は、「買い物に行く、遊びに行くのと同じような感覚で、美術館に行きたいという気持ちが育ち、実際に知的障害がある人が美術館に行って楽しむことができるようになることを目指している」と語り、そのためには、「私たちは文化を変えなければならない」と何度も強調していました。

4.プロジェクト “Museo per tutti” における美術館への支援活動

 このプロジェクトでは、具体的に以下のような活動を展開していました。

美術館のスタッフ(学芸員はもちろん、チケット売り場や案内係など美術館のすべてのスタッフ)を対象に約1年~1年半という長期間にわたって研修を実施する。
美術館と協力して知的障害がある人のためのガイドブックを作成する。
必要に応じてガイドブックを改訂する。
「L’abilità」のスタッフが継続して美術館にアクセスし、包括的・協働的・継続的な支援を行う。
協力美術館間のネットワークを形成し、情報共有する。

 またこのプロジェクトで大切にしていることとしては、次のようなことが示されました。

何よりも知的障害がある人の「自律」を大切にする。

 「美術館に行く前に、二つの絵の画像を見せて、どちらが見たいかを尋ねる。そして、本人がそれを選ぶ。それが自律ということ。」すなわち、「自分で選べること、それから、自分が選べるということがわかることが自律だと考える」とリーヴァ氏は述べていました。
 日本の教育では、どちらかというと「自立」に重きが置かれていますが、リーヴァ氏は、「毎週同じ作品を見たいといったら、その選択を大事にする。作品を見て説明ができなくても、何かを知りたい、わかりたいという気持ちや感情がそこにある。そうした、何かをしたいと思うことを助けていくことがこのプロジェクトの目的である」とも述べていました。イタリアの教育では「自律」への支援に力が入れられていることがよくわかりました。

5.すべての人のためのガイドブックの作成

 “Museo per tutti” プロジェクトでは、美術館と協力して、「すべての人のためのガイドブック」の作成に取り組んでいます。
 このガイドブックは、知的障害がある人も含めてすべての人が理解できることを目指して、簡潔な言語やレイアウトによる「Easy-to-read」版と絵カードを用いて表した「AAC(Augmentative and Alternative Communication)」版が用意されています。内容としては、「施設へのアクセス」と「作品紹介」の2種類が作成されています。したがって、このガイドブックは、知的障害者とその介護者、子ども連れの家族、イタリア語が困難な他国籍の人々、教師とそのクラス、高齢者など、すべての人が使用できます。
 ミラノの「ブレラ絵画館」のガイドブックは、イタリア語ですがWebサイトからダウンロードすることができます(*4)

6.おわりに― “Museo per tutti” の取り組みから学ぶこと

 “Museo per tutti” の取り組みでは、知的障害がある人の「美術館へ行きたい」、「作品を鑑賞したい」という欲求を引き出し、家族やスタッフなど周囲のサポートによって対象者が自己実現を図ることができる仕組みが準備されていました。
 以前にも紹介しましたが、国際博物館会議(ICOM)は、2022年に新しい定義を採決しました。

博物館は、有形及び無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会のための非営利の常設機関である。博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む。倫理的かつ専門性をもってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する。(*5)

 障害者の権利条約の批准以降、わが国の美術館でもバリアフリーやアクセシビリティへの対応や障害の特性に応じた鑑賞への配慮などが進んできていることは確かです。障害者や特別支援学校を対象とした教育普及活動も3割以上の施設で実施されています(*6)
 他方、“Museo per tutti” が展開しているような、インクルーシブ(包摂的)な社会の構築という観点から障害がある人もない人も共にアートを楽しむための通常の展示の在り方やガイドブックの工夫などについては、「文化を変えなければならない」ことでもあり、容易ではありません。長期的な視点に立って “Museo per tutti” の取り組みを受け止め、将来像を検討していくことが肝要かと思われます。

*1:非営利法人「L’abilità」
https://labilita.org/chi-siamo
*2:手塚千尋、池田吏志、大内進、茂木一司、笠原広一、「イタリアの美術館におけるアクセシビリティの概念に関する研究Ⅰ-非営利団体「L’abilità」によるプロジェクト “Museo per tutti” に関するインタビュー調査-」、第62回大学美術教育学会香川大会、2023年9月23日
*3:“Museo per tutti” ホームページ
https://www.museopertutti.org/
*4:ブレラ絵画館ガイドブック
「Easy-to-read」版
https://pinacotecabrera.org/wp-content/uploads/2025/01/Pinacoteca-Brera-Guida-Museo-per-tutti.pdf
「AAC」版
https://pinacotecabrera.org/wp-content/uploads/2025/01/Pinacoteca-Brera-CAA.pdf
*5:国際博物館会議による新しい博物館定義(ICOM日本委員会による日本語確定訳文)
https://icomjapan.org/journal/2023/01/16/p-3188/
*6:文化庁 令和5年度「障害者による文化芸術活動の推進に向けた全国の美術館等における実態調査」報告書

https://www.bunka.go.jp/seisaku/geijutsubunka/shogaisha_bunkageijutsu/pdf/94037802_01.pdf