学び!とPBL

学び!とPBL

高校における「総合的な探究の時間」(授業とPBL①)
2022.12.20
学び!とPBL <Vol.57>
高校における「総合的な探究の時間」(授業とPBL①)
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

1.総合的な探究の時間

図1 校外での体験学習 これまで主に学校外でのPBLを取り上げてきました。ここからの数回は、福島県立ふたば未来学園高校(学び!とPBL〈Vol. 1819 〉参照)の鈴木貴人先生にご協力をお願いし、先生の論を軸にして、高校での「総合的な探究の時間」(以下、「総探」)について述べていきます。実態と離れた抽象的な指導法や理論だけを語るのではなく、県内で指導する先生にインタビューした内容や、複数の高校における授業実践の実態に基づいた内容とすることで、明日からの指導に役立たせることができればと考えています。
 「総探」が、高等学校で全面実施されてから8か月が経過しました。しかし、多くの学校では新たに探究学習を設計するといった「立ち上げ」の苦労よりも、これまでの「総合的な学習の時間」をどのように変えるか、「改善」の苦労の方が大きいように感じられます。

2.福島県における探究学習の源流

 福島県における探究学習は3方向の源流があるように考えられます。
 1つは、OECD東北スクール(学び!とPBL〈Vol. 050607080910 〉参照)における子どもたちの成長とそこでの教員の経験です。被災地の課題を解決するために、主体的に課題に関わりながら学ぶ探究学習への期待は震災直後から寄せられており、こうした教育の土台となったのが、OECD東北スクールでした。OECDによると、福島・宮城・岩手3県の被災地の中・高生によってなされたPBLは、「子供たちのやる気、興味、そして想像力に高い価値を見出し」て、「子供たちのやる気を引き出すため、モチベーションを高める効果的な学習法である」と報告されています。同じく、「1.イニシアティブをとり、協力する。2.プロセスから学ぶ。3.将来を考える」ことの3点についてプロジェクトを通して身に付けることが目標とされており、このことは2022年度から全面実施された「総探」で期待されている学びと相似形を成しています。
図2 思考ツールの活用 2つ目の方向は、全国的な探究学習の起源であるスーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)、スーパー・グローバル・ハイスクール(SGH)に指定された高校で先行して行われてきた学習です。こうした学校で実践されてきた学習の多くは、PBLではなく、Inquiry Based Learning(探究型学習、以下IBL)に寄った探究学習だったと思います。
 IBLは、自ら問いを立て、問いに対して幅広く調査・研究し、新しい知識を創造し、課題を解決する方策を立てていくことが目的とされています。これまで一部の学校で実践されてきた探究学習が、2018年の学習指導要領からは、「古典探究」や「世界史探究」、「理数探究」といった各教科における「探究」を冠した科目が新設され、「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」へと名称が変わり内容が一新され、2022年度から全面実施されました。そのためすべての高校で探究学習は一層の注目を集め、そのような学びをデザインする教員の学校を超えた協働についても、関心が寄せられています。
図3 教員間の対話から 3つ目の方向は、これまでの教員の経験に根差した探究学習です。これまで、商業高校、工業高校といった実業高校では、課題研究を3年次のカリキュラムの柱として実践してきました。ある工業高校建築科の課題研究では、子どもたちが理想の家屋を設計し、それをミニチュアで作成しました。その後、作成したミニチュアを付近の大規模商業施設の催事場に展示し、来客の皆様に子どもたち自身でコンセプトや作成過程での工夫や苦労を語ってくれました。課題研究で求められる学習は、現実社会から学ぶこと、子どもたちが体験的に学ぶことなど多くの点で探究学習と相似形の学びが展開されています。
 一方で、想定外を所与のものとする探究学習とは異なり、成果を第一に考えるため、課題研究のタクトは教員に委ねられていて、必ずしも生徒が主体であるとは言い難い現状があります。実業高校の実践は一例に過ぎず、教員がそれまでに実践してきた学習や、学んできた研究やその過程をそのまま子どもたちの学習に移入していること、つまり、各教員の中のメンタルモデルが第3の方向ということができます。
 特にこの教員のメンタルモデルの変容が最も難しく、かつ重要なテーマです。なぜなら、経験の異なる教員個人の見方・考え方を活かしつつ、それを統合しながら知識・技能を横断する思考力を獲得するためのカリキュラム開発が「総探」では期待されており、各学校のグランド・デザインの実現にまで通底するからです。

3.「立ち上げ」よりも「改善」が難しい

図4 校外での体験学習 「総探」は、2008年の学習指導要領の改訂以来継続して打ち出されている「生きる力」の育成に大きく寄与します。しかしながら、これまでの高校は小学校、中学校教員の協働に対して、教員それぞれの個業化が課題でした。
 また、学習指導要領の改訂という外的要因から始まった「総探」なので、第3の方向で述べたように各教員の内発的な動機とは必ずしも符合するとは言い切れません。
 加えて、実践2年目以降は教科を超えて共通言語化するのが難しく、ペーパーテストだけでは評価のできない共通の資質・能力を具体化し、「総探」の成果を教員相互の対話から導き出す「改善」を行う必要があります。例えるなら、1年目の、真っ白なキャンバスに教員の理想とする姿を描いていく「総探」は思い思いに実践できますが、2年目以降、描かれた絵を手直しし「改善」していく方が難しく、これからの「総探」のカリキュラム開発はより難しい局面を迎えることが予想されます。
 今回は「総探」の源流について述べました。次回は探究サイクルの始まりである「課題設定」の実態と課題について述べていきたいと思います。

(※鈴木貴人先生の原稿を、三浦が本連載に合わせて編集しています。)