《札幌発信シリーズ》 鑑賞(1) 絵の中の「遊び」、教えます!

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

図画工作・札幌発信シリーズ<6>

指  導  計  画

題材名

絵の中の「遊び」、教えます!~ブリューゲル作「子供の遊戯」より~

学年

総時数

準備

ブリューゲル作「子供の遊戯」掲示用拡大版、児童配布用縮小版、ワークシート、感想カード、のり、はさみ、筆記用具

学習目標

 作品の中に描かれている様々な遊びの様子から発見したことや想像したことを「遊びの説明書」の形で記述する。
 「説明書」の内容を互いに交流し合うことで、多視点的な見方や考え方、感じ方に気づき、より深く作品を味わう。

「絵の中の遊びを教えて!」

 児童はこれまでに絵の鑑賞活動を通して見つけたことや想像したことを、記述したり話し合ったりしてきた。その過程で友達の意見に刺激を受けたり、全体交流の中で新たな見方や驚きが生まれたりし、学習を楽しむ様子が見られた。
z_vol13_01 鑑賞教材との出会いは、いつも静かに行わせている。他の情報を耳に入れずに、まずは自分と作品が1対1で向き合うためである。今回の「子供の遊戯」も同様に提示した後、
 T「さあ、今日の絵には何が描かれているかな。」
 C「たくさんの人がいる」
 C「変わった仮面をかぶった人もいるよ。」
 T「え、どこにいるの?」
 C「この建物の中だよ」(前に出てきて絵を指さす)
 C「子どもが遊んでいるみたい」
等のやりとりを行った。数名の児童から考えを聞いたところで、
「実はこの絵は、いま数名が話してくれたとおり「子どもの遊び」を描いたものなんだ。少し見ただけでも、おもしろそうな遊びがたくさんあるよね。今日はこれからみんなに「自分が注目した遊び」の「解説者」になってもらいます。そして、絵の中でどんな遊びが行われているのか、友達と教え合ってみよう。」と投げかけた。

「絵をじっくり見て、遊び方を想像しよう!」

z_vol13_02 児童には絵(A4版程度)と、遊びの説明を記述するワークシートを配布し、絵と向き合う時間をたっぷりと保障した。そうすることで、児童は絵から得られる情報を最大限に引き出し、気づいたこととイメージしたことを頭の中で混ぜ合わせることができていったようだった。
 考えがまとまっていった児童は「遊びの名前」や「必要なもの」、「遊びの簡単な説明」「遊びのおもしろさ」などの項目をワークシートに記述していった。教師は児童が考えた遊びの内容を価値づけたり、共感的に理解したり、あるいは「ここにある○○は何をするもの?」とゆさぶったりしながら観察していった。書き終えた児童は、違う遊びに着目し、「遊びの説明書」を増やしていった。

「遊びの説明会を開こう!」

 交流は、教室内で自由に歩き回って交流する「フリー説明会」と、学級全体で思いや考えを共有する「全体説明会」の2つの場を用意した。

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 フリー説明会の狙いは「全体の場で発言することが苦手な児童にも声を出す機会を与えること」と「自分と同じ(あるいは違う)遊びに着目した友達の説明を事前に知ること」である。
 この1対1で行う交流を通して、児童は「自分と似た考えの人がいるんだな。」と共感することから安心感や満足感を得たり、「そんな遊びもあるかもしれないな。」と刺激を受けたり、自身のアイディアをふりかえったりし、自分の考えをより明確にしていった。
 全体説明会では、
 C「(絵を指さしながら)この遊びは「ひっぱれひっぱれエッサッサーゲーム」と言います。必要な道具はひもです。ルールは、人が人をおんぶして、おんぶされた人同士がひもをひっぱります。ひもを取るか、相手を落とすと勝ちです。この遊びのおもしろさは、仲間とのチームワークが大切ということと、勝つぞという気合いが入るところです。」
 T「なるほど。おもしろそうだね。同じ遊びに注目して説明書を作った人はいないかな。」
 C「私は「わっかつな引き」という名前にしました。ルールはほとんど同じだけど、ひもを取るのではなくて、手をはなしたり、背中から落ちたりすると負け、というふうにしました。」
 C「僕は「うま引き」という名前。おもしろさは、バランス感覚を養えるところと、友情を深められるというところだと思う。」
 T「同じ遊びでも、名前はみんなちがうね。共通していることは、3人一組で行い、ひもをひっぱる、という遊び方だね。友達との協力が大事、ということも言えそうだね。」

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などというように、「他の遊び方は?」と考えの多様化を図ることや、「似ているところ、違うところは…」「共通点は…」と意見を整理することに重点を置きながら、交流をすすめていった。
 また、児童から出た遊びを、掲示用の絵の中にふきだしとして貼り付け、増やしていくことによって「視野が広がっていく実感」を感じられるように意識した。

「児童の感想から」

「この遊びを実際にやってみたくなりました。」
「同じ遊びに注目していても、見方が変わればルールもちがうのが楽しかったです。」
「他の人の意見は、自分で考えつかなかった遊びがあって、いろいろなことが考えられました。」

「感想カードより」

  • いつもはあまり書くことは得意じゃないけど、今日はたくさん書けた。
  • この世界に入ってもっと詳しく知りたい。

 児童の声や感想カードからは、児童の多くがこの授業に関心をもって取り組めたことがわかる。
 また、「友達の交流を通して考え方や見方が広がった」と感じたり、授業の始めと終わりで「自分と絵との距離が縮まった」と感じたりすることができた、と記述した児童もいた。

「授業を終えて」

 鑑賞の授業では、児童に絵の題名を伝えないこともある。しかし、この教材ではあえて絵の題名を告げてスタートすることで、「遊びの絵って言うけれど、どんな遊びが描かれているんだろう。」という視点から児童に興味を持たせ、絵の世界に引き込もうと考えた。
 今回鑑賞したブリューゲルの「子供の遊戯」は、児童にとって身近なものである「遊びの絵」であったことから、自身の知識を生かしたり、経験と重ねたりするなど、イメージを膨らませやすかったようであった。
 また、「説明書」を作るという行為を行わせることにより、自然と絵をじっくりと観察する必要性を生みだそうと考えた。説明書の記述は、単なる想像で終わるのではなく、「ここにこう描かれていて、これが実は…」などと言うような、きちんと対象と向き合って得られる「説明の根拠」を加えることが大切であると考え、児童とのやりとりの中で意識的に引き出した。
 全体交流では、それぞれの目のつけどころが違う点や、同じ箇所を選んでいても、遊びの説明が異なる点に面白さを感じることができたようであった。
 絵の「全体」から「遊び」を選ぶ事は、絵を細分化して鑑賞することにつながるが、後の全体交流を通して、「そんなところにこんな遊びがあったのか。」と一人では気づかなかった視点に気づいたり、遊びの説明の話し合いを重ねていくことで、「ひとつの遊び」から「絵の全体像」へ少しずつ視野が広がったりするなど、作品の世界により入り込めたようであった。

「授業改善すると」

 今回の授業をふりかえると、以下の改善点が挙げられる。
 ①「色や形へのこだわりの追求」…全体的な絵の色彩や、描かれているものの形に着目し、そこからイメージを膨らませていく展開。
 ②「作者の思いへの追求」…たくさんの遊びを見つけたところから、この作品に込められた作者の思いや作品の意図を探り、新たな気づきを生む展開。
 「色」「形」「作者の思い」など、授業の軸になるものを指導者側がしっかりと打ち立てておく必要がある。そうすることで「子どものアイディアや気づき」をより造形的な方向へ進めることができると考える。

【監修者 北海道教育大学岩見沢校 准教授 阿部宏行】

《札幌発信シリーズ》 表現(2)立体に表す・鑑賞(1) きもちをかたちに

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

図画工作・札幌発信シリーズ<5>

指  導  計  画

題材名

きもちをかたちに ~粘土で自分の気持ちを表そう!~

学年

総時数

準備

☆鑑賞
・本校や札幌市内にある、抽象的な彫刻作品の写真

☆作品づくり
・油粘土
・ブロンズ粘土
・ねんどべら
・メッキスプレー
・さびカラー
・黒色発泡スチロール

学習目標

 自分の表したい「きもちのかたち」をブロンズ粘土を用いてつくることができる。
 粘土の手ごたえや質感に親しみ、つくりだす喜びを感じたりつくる行為を楽しんだりする。

主な学習内容

  • 札幌市にある、抽象的な形の彫刻作品の鑑賞を行う。
  • 粘土の質感、技法などを確かめるために油粘土で遊ぶ。
  • 鑑賞で感じたことを大切にしながら、ブロンズ粘土で、抽象的な作品作りを行う。

主な評価の観点

  • 自分の表したい「きもちのかたち」を見つけ、感じたことを活かしてつくることを楽しもうとする。(造形への関心・意欲・態度)
  • 自分のイメージや材料とのかかわりから、表したい形を考えている。(発想や構想の能力)
  • 粘土の特性を生かしながら、自分の表現に必要な技能を適切に使い、表している。(創造的な技能)
  • 抽象彫刻や友達の作品から、その形の表わしていることを想像したり、美しさや面白さを感じたりしている。(鑑賞の能力)

1.<感じたままに~抽象彫刻の鑑賞~>

z_vol12_01 『本校の玄関前には「大いなる希望」と題された抽象彫刻がある。
 子ども達にとってなじみの深い、この彫刻を取り上げることで、「難しそう」「よくわからない」という既成概念を持たせず、抽象表現に親しむことができると考えた。その他、鑑賞で用いた5つの作品は、全て札幌市内で見ることができる作品である。子ども達が何気なく道を歩いていて、美術作品に出会った時に「あ」と目を留め感性の素地を養いたいと考え、子ども達にとってなるべく身近に感じられる作品を選んだ。それらの作品の画像を、大画面テレビに映し「どんな感じがする?」と問いかけた。

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 最初は「○○の形に見える」と見立てを行っている子が多かったが、ある子の「喜んでいる感じに見える。」という発言をきっかけに、鑑賞は深まり、彫刻作品から受ける感じを話す子どもが増えていった。作品を見て感じたことを互いに伝え「わかる!」と共感しあったり「私は逆に…」と自分とは違う感じ方に触れたりしながら、子ども達は、抽象のイメージをつかんでいった。鑑賞の授業後、ある子どもの振り返りには『今日見た作品は全部、はっきりした形ではないけれど、色々な見方ができて、つくった人には表したいことがあるということがわかった』と書かれていた。抽象的な表現を子ども達なりの言葉で理解していった。

2.<きもちをかたちに ~自分の気持ちを表そう~>

①油粘土でおためしタイム
 まず「おためしタイム」と称して、油粘土で色々なことを試してみた。この「おためしタイム」には3つのねらいがある。

  1. 自分のつくる作品のイメージを膨らませる。
  2. 指先でひねり出したり、丸めたり、手のひらで伸ばしたりしながら粘土の感触や技法を確かめる。
  3. 用具の使い方を確かめる。
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 鑑賞の学習の印象が強く残っていたため、子ども達の意識は、自然と抽象的な形に向いていった。気に入った形ができた子は「これ、とっておいてもいい?」とそれをエスキースとして作品づくりを行っていた。

②ブロンズ粘土ってどんな粘土?
 作品の製作には、ブロンズ粘土を用いた。子どもたちにとっては初めて出会う材料である。ブロンズ粘土は彫塑性に優れており、磨くことによって光沢が出る。その特徴を子ども達と確かめ、いよいよ作品づくりである。

③自分の気持ちを立体に表そう
 きもち、という言葉から「喜び」や「怒り」などの「感情」をテーマに選ぶ子、「夢をテーマに…」「仲の良い友達とのつながりを表したい」など、自分が表したいことのイメージを形にしようとする子、様々な方向に子ども達の発想と活動は広がっていった。
 子ども達は、指先や手のひら全体を使い、ブロンズ粘土の感触を楽しみながら作品づくりを進めていった。
 自分自身や友達と会話をしながら、子どもの手は止まることがなかった。そこには、自分の思いを表現しようと模索し続ける子どもたちの姿があった。作業が進むにつれ「芯を入れたい」「空中に浮かせたい」など、ブロンズ粘土以外の材料を必要とする子が増えてきた。

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 次の時間には鑑賞コーナー(ミニ美術館)を設置した。作品をここに置き、照明を当て、「見て感じる」ことと「つくる」ことを繰り返していった。客観的な目で作品を見つめることで、作品の形がどんどん豊かなものになっていった。
 さらに次の時間には、実物投影機とプロジェクターを用意して、作品をスクリーンに映し出せるようにした。作品が映されると、子ども達の中から歓声があがり「本物みたい」「ひび割れをなくしたほうがいいね」など自然な関わりが生まれた。
 仕上げの方法は、作品をどんな風合いにしたいのかによって選択させた。屋外に置いてある彫刻のように仕上げたい時には、彫塑作品用の「さびカラー」(いぶし銀)を用いるように、つるりとした光沢を出したい時には、メッキスプレーを使用するように指導した。
 さびカラーを塗り、布で磨いたり、スプレーをしたりすることで、更に金属らしい光沢や重厚感が生まれた。

完成作品 ~子どもたちの作品カードから~

 自分の内面を抽象的な形で表すという難しいテーマに、子ども達は抵抗なく取り組むことができた。それは、最初に鑑賞を行ったことが大きかったように思う。抽象彫刻から感じることを互いに言葉で伝えあう活動を通して、子どもたちは抽象の面白さを感じ取り、それを自分の表現に生かすことができた。
 作品を展示すると、真剣でありながらも、あたたかな眼差しで互いの作品を見合っていた。自分の作品について語る子どもの顔は自信に満ちており、友達が「わかる!そんな感じがする!」と共感してくれたり「でも私は○○な感じがする」と別の感じ方を伝えてくれたりすると、ますます満足した様子だった。
 この実践を通して、子ども達は抽象表現という新たな表現方法を知り、自分の表現を見つけることができた。鑑賞活動と表現活動をつなぐ実践を今度も研究していきたい。

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作品名 「つながり」
作品にこめた思い
大きくても小さくても、どんな形もつながりあえる「心」をテーマにしました。
感想
一度ひびがはいると大変なので「心も一緒だな」と思いました。

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作品名 「そだっていく心と不安の花」
作品にこめた思い
下のブロックみたいなものは、人からの支えで「土」と同じ。根っこがからみついて木(心)をだいて守っているけど、ことばという刃はとうしてもふせげない。でも言葉は心を育てる水でもある。
感想
すごくたのしくて、げいじゅつがすごくわかったような気がする。

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作品名 「心の波」
作品にこめた思い
波の部分は心の色々な波を表しています。トゲトゲしたものは「驚き」涙のような形は「悲しみ」丸は「悩み」です。
感想
最初は思ったような形ができなくて大変だったけど最後には納得のいく作品ができてよかったです。

【監修者 北海道教育大学岩見沢校 准教授 阿部宏行】

《札幌発信シリーズ》 表現(2)絵に表す 雪ぞうさんとあそぼう

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

図画工作・札幌発信シリーズ<4>

指  導  計  画

題材名

雪ぞうさんとあそぼう

学年

総時数

評価規準

  • 関心・意欲・態度
    雪像と自分とのお話をつくり、楽しく表そうとしている。
  • 発想・構想の能力
    雪像と自分とのお話に合った形や色を考えている。
  • 想像的な技能
    絵の具やクレヨンを用いて雪像と自分を、表したい思いに合った工夫している。
  • 鑑賞の能力
    自分や友達の作品の形や色をもとによさを感じながら、楽しく見ている。

材料用具

絵の具、クレヨン、色画用紙

子どものイメージを広げる「さっぽろ雪まつり」

 『さっぽろ雪まつり』は62回を数え、世界中から観光客を集めるイベントとなっている。札幌の中心部を東西に延びる大通公園など数か所で開催され、大雪像の迫力と完成度の高さは見る人の心を打つ。それは、大人でも子どもでも同じである。特に子どもにとっては、空から舞い降りる柔らかい雪が雪像に姿を変えた、その圧倒的な存在感に心を奪われる。
 伏見小学校の2年生は生活科の『さっぽろ雪まつり』を探検する学習がある。子どもは雪像を見ると、「すごく大きい」「かっこいい」「きれい」といった感動体験をする。その感動体験と自由にイメージを広げることができる低学年の発達特性を生かし、雪像と自分を描く題材を設定する。
 5時間の題材とし、はじめの1・2時間目はイメージを膨らませ、願いをもち、自分の表現に浸る。3・4時間目は願いの質を高め、表現を広げる。5時間目は全体で鑑賞活動を行う。

雪像との距離を縮める全体交流

 生活科の『雪まつりたんけん』では、探検に出かけることを目標としているため、雪像との心の距離は遠く、ただ眺めている関係にある。雪像と子どもの心の距離を縮めるために、全体での交流を設ける。
「どんな雪像があったかな」と問いかける。子どもからは、
「お寺があったよ」
「おおきな恐竜もいたね」
「大きなジャンプ台もあった」と返ってくる。
 ここで、雪像と子どもたちの距離を近付けていく。
「みんなは、ジャンプ台で滑ってみたい?」と聞くと
「え~。こわいな」
「スキーが苦手だからなあ」
「でも楽しいかも。滑ってみたい」などと、子どもは雪像と自分の距離を近付け始める。
「ジャンプ台のほかにも、お寺があったよね」
「あった。お寺の中はどうなっているのかな」
「雪のお寺の中に入ってみたい」
「じゃあ、ぼくは恐竜にのってみたいよ」と、教師や友達との対話を通して、自分のお気に入りの雪像とのイメージを広げ、距離を縮めていく。

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イメージに合った色画用紙

絵具での描画

絵具での描画

 『ジャンプ台でかっこよくジャンプしている自分』『大きな恐竜に乗って、町を眺めている自分』イメージをもつことができた子どもは、「描きたい」と願いをもつ。
 ここでは、子どものイメージを十分に生かすためにも、色画用紙を使用する。画用紙の色は自分で選ばせるようにする。夜の雪像を描きたい子は黒、青天の下の雪像を描きたい子は青など、具体的なイメージから色を選ぶ子もいれば、オレンジを選んだ子に意図を聞くと、「オレンジって楽しい感じがするから」と抽象的なイメージに合う色を探す子もいる。

 描画材は絵の具とクレヨンを使用する。クレヨンは絵の具をはじくことや、絵の具の上からクレヨンで描けることを前題材までに学習しておくと、どちらから使用するかも自分で選ぶことができ、表現を広げることができる。
 1・2時間目は自分の机で表現に向かい、自分のイメージした世界に浸る。
 「ぼくはスノーボードでジャンプ台を滑っているところにしよう」「ぼくは、ふくろうに乗って遠くまで飛んで行くんだ」とイメージした子は、絵の具でジャンプ台や雪像を描き始めた。ジャンプ台や雪像が完成すると、その上からクレヨンで自分を描く。描画材の特性を押さえておくことで、より自分のイメージにあった表現に近付くのである。
 教師は机間指導を行う。絵の具の水の量やクレヨンとの併用など、描画の仕方については随時指導していくが、子どもと対話をしながら、どんな思いでかこうとしているかを見取ることに努める。また、対話をしていくことによって、子ども自身がさらにイメージを膨らませることにもつながっていく。
 T「何をかくの?」
 S「ジャンプ台だよ」
 T「ジャンプ台で何をしているの」
 S「お友達と一緒にそりで滑るんだ」
 T「どんなそり?一人で乗るの?」
 S「二人で乗るそりにしようかな」
 T「二人乗りは楽しいね。お友達とたくさんすべりたいね」
 S「5人で乗れるそりもつくってみようかな」

願いの質を高める環境の変化

 3・4時間目は、よりイメージを膨らませながら、新しい願いへとつなげていくことをねらい、教室環境を変える手立てを取る。

「雪をふらせたんだね。きれいだね。私もふらせようかな」

「雪をふらせたんだね。きれいだね。私もふらせようかな」

 自分のイメージが表現でき、満足感が得られた子どもは「友達はどんなことを描いたのかな」と他者の表現に興味をもつ。そこで、3間目からは教室から図工室に場所を変える。4人掛けの机になり、必然的に友達の作品が見合えるようにする。座席は同じ雪像の子にしたり、色が単色の子と多色の子にしたりするなど、表現に刺激を受けるようにする。
 教師は机間指導を行う。1・2時間目は子どもの思いを見取ることに努めたが、教室環境の変化を生かし、子ども同士がお互いの作品を形や色に焦点化して交流するように声かけをしていく。

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互いの表現に刺激を受け合う

 T「4人とも雪像さんと楽しそうにしているね。雪像さんの色が違うね」
 S「本当だ。○○ちゃんの雪像に色が付いてる」
 S「探検のとき寒かっただでしょ。だから洋服を着せてあげたの」

 T「同じジャンプ台だね。二人の絵の顔の形が違うね」
 S「うん。ぼくはすごく楽しいから笑っているの」
 S「え~。わたしこわいから目をつむっているの」

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絵を通して交流

 形や色に焦点化することで、「どうしてその色にしたの?」「同じ雪像なのに形が違っておもしろいね」と交流していく。そして、「もっと、自分も描き足したいな」と新しい願いをもつ。

鑑賞を通した相互評価

 5時間目には鑑賞活動を行う。お互いの作品をよく見るために、どのように掲示するかを問う。色画用紙で並び方を考える子もいれば、雪像の仲間で並べてみたいと考える子もいる。それぞれの作品の形や色を見ながら、友達のイメージに浸っていく。

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同じ雪像でも
子供のイメージによって
作品が異なる

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雪像との距離が縮まり、
雪像と遊んでいる自分

授業を終えて

 どのような題材であっても、子どもが自分自身で世界で一つの作品を生むために、自分のイメージをもつことが重要であると考える。今回の題材では、全体交流を設定することで、イメージが膨らんでいったと考える。これからも子供の自由な発想を大切にし、授業の導入を考えていきたい。

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自分の好きなキャラクターの雪像と遊んでいる作品。
キャラクターと友達になったんだよと、笑顔が見られた。

【監修者 北海道教育大学岩見沢校 准教授 阿部宏行】

唐木田又三の世界

 かつて、私は「宇宙」について真剣に考えた時期があった。それは「宇宙に果てがない」ということを知った時だった。現実に果てがないということは、いったいどのような世界なのか? 私が感知できる領野からは理解し難く、全ては「限り」があると考えていたからです。しかし「宇宙に果てがある」としても、その先・向こうはどうなっているのか? このことは私の未解決の謎です。
 此の度、この謎を払拭するような「本」が[2010年9月]に出版されました。それは「無 ソノ フシギ ナ シクミ」唐木田又三 著の本であります。

「無ソノ フシギ ナ シクミ」唐木田 又三 著

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哲学や禅で言う「無」に当たる独特な発想で「この現実は、実は何もないのだ」という。著者の長年あたためてきた思考によりまとめ上げ、現実世界をあらためて認識させる衝撃的な本。
発行/工房カラキダ(長野市篠ノ井山布施6350)
TEL.026-229-2433
印刷/信毎書籍印刷株式会社 定価:3000円

<目次/概要>

「空」著者の墨筆

「空」著者の墨筆

  • まえがき 「世界(宇宙)の真相は無である」ということは…
  • すべてのものには「それ自身」がある
  • 無について 無にも「それ自身」がある・無には…
  • 禅について インド…
  • 古禅者のことば (1)~(7)
  • おわりに 無を知った時、人間は…[ページ中に著者の墨筆書き装入あり]/ 国立国会図書館所蔵

著者の本書に至る心の経過

 私は哲学についての何の肩書きも経歴もないのですが、心の経過は次の通りです。
 昭和18年旧制中学校4年生(17才)の頃、「この現実は何もないのだ」と感じ、以後その実感は今に至るまで変わりません。こういうことは、哲学や禅で言う「無」に当たるのだと思い、哲学専攻の道に進もうと思ったのですが、丁度戦時下であり紆余曲折あって結局美術工芸の方に進みました。
 「無」についてのことはポケットの奥に仕舞い込み、普通の生活をして来ました。それでも途中、思い出したように、この考えをポケットから取り出して小さな冊子を作りました。

  • 世界が虚構であるということについての三つの小品(1960年)
  • ゆかなかったのにかえった(初版1983年・再編集2010年)
  • 石ころの笑い(2010年)

 そして生業とした陶芸や好んで描く絵で、何とかその世界を表現しようと試み、自分なりのものはしたと思っても、あくまで主観的なものです。無の仕組み等になると、言葉でなければできません。
 そういうこともあって、昨秋「石ころの笑い」(20頁)を書いたのですが説明不足を感じ、今夏再びもっと詳しく書いたのが本書です。緻密な論の構成が弱く、哲学の学にはなっていませんが率直な考えをそのまま書いたものなのでー種の哲学エッセイとしてその言おうとする中味を汲み取って頂ければ幸いです。
2010年[無ソノ フシギ ナ シクミ出版によせて]
唐木田 又三

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著者と縄文時代の石棒/佐久穂町にて(2010年)

プロフィール
 著者の唐木田又三氏は1926年長野生まれ。東京芸術大学工芸科中退後、長野市松代に窯を築き、絶えていた「松代焼の技術復元」に成功。その後、「青磁」の研究を始める。そして「寂(さび)焼」で新境地を開発してきた陶芸家であり、常に独自の哲学的思考の世界をもち制作に取り組んできた希有な芸術家である。 
 その他/著者が長年にわたる松代焼研究をまとめた「信州松代焼」信濃書籍出版社より1994年刊行。/2010年には・ゆかなかったのにかえった(再編集)・石ころの笑い「無ソノ フシギ ナ シクミ」の3冊が出版された。 国立国会図書館所蔵

著者との出会い

 著者である唐木田又三氏と私との出会いは、今から遡ること約40年前(1970年)のことです。当時私は美術教師の駆け出しで長野の研修先で初めてお会いし、いろいろと教示を受け現在に至っています。唐木田氏は「青磁」の研究の真っ只中の時期であったと思われます。
 研修先の工房棟には釉薬や焼き物の原料・粉砕・撹拌する機械(ポットミル)と思われるものが列をなして回転し、その音が棟内に響きわたり、その中で唐木田氏は黙々とデータを取りながら分析していた姿が印象的でした。そのような忙しい最中を私に語ってくれた「創造性の開発」「2名の芸術家について」「不変と現象」など…大変刺激的な内容でありました。そして私は工房棟の外に積まれた陶器・陶片を見つけ、この事を唐木田氏に尋ねると「制作したほとんどが満足したものがなく、このように壊して破片となる」とのことでした。美しい青磁の作品と思えたものが壊されてしまう。私は驚きました。この出会いは、後の私の創作活動の原点となった出来事でありました。

日記抄から

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著者の日記抄

 著者が「青磁」の研究・創作に取り組む、その葛藤の場面を知る貴重な1967~1970年にかけての日記抄がある。抜粋したー部をご紹介したいと思います。

 青磁は中国で発明され東洋の独特の趣を持つ偉大な焼き物といわれている。

「◎厳正な形は力だ。それは非情で非人間的だ。力や生命の根源をそこに感ずる。
蒼古ということは大きな深い美感だ。(蒼古とは粉飾を洗い落として骨格だけになったもの)。
1.徹底主義・完全主義であること。
2.常に極限を目指すこと。
3.純化させ純粋な音を鳴らすこと。
「幽婉なる幻の至顕のごとし」
青磁は幻想的な物質だ。その魅惑は深く強く心を吸い込む。青磁の数ミリの小片だけで十分見るにたえる。そのようなことは絵画や彫塑にはない。材質が表現であるところに青磁の特質のーつがある。青磁は淡青色のモノクロームでフォルムはそのモノクロームを最大に生かすためだけにある単純な幾何学的形態がよし。

1970年10月20日 青磁窯焚き。ー点の雲もない秋晴れ。3時に目が覚め、4時に起き出し窯たきはじめ4時45分。真っ暗。星空美し。5時半頃 暁天。

10月21日 夕刻窯出し。ふるえる心でとり出す。二重貫入青磁成功。本年青磁窯焚き、14回目にして成る。

青磁とは詩的に言えば厳格な精神と夢幻的な物質によって作り出す幽玄蒼古な世界である。散文的に言えば、無機的な非情な世界を純粋に氷結させようとするものだ。

厳しい自戒自律の精神でのみ到達できる端正な世界というものがある。感情の放恣(勝手気ままでしまりのないこと。わがままで、だらしのないこと)や慢心や甘えさときっぱり縁を断ち倫理的な自制の仕事をしたい。それだけでは息苦しいかろうから時に自由な遊びの仕事もしたいが 仕事の本筋はそのようでありたい。仕事にー本筋金を通したいのだ。……常にバッハや禅に学び、精神を鍛えながら職人根性に徹したい。文弱の芸でなく志士の芸を志す。

青磁とはなんと寡黙な表現手段であろうか。単色の単純形に全てを賭ける。その方向は考えの上では容易に認められよう。だがその実現の技術的な困難さは何というひどいものだ。オルガンのー音に全てをゆだねようとするのと同じだが、ー回ー回オルガンを土台から作り上げてそのー音を出そうとするところに演奏家とは違う苦役が課せられ、その殆どが空しい絶望で終わる。表現手段としてこんな徒労の多い自分と作品との間が遠いものが他にあるだろうか。人力の限りを尽して奇蹟の来訪を期待するようなものだ。火神の偶然の手が夢に描いた材質の片鱗を現出して見た時、作者はそれを遠くから来たもののように驚いて見入るだけだ。

◎青磁という極めて古い時代に既にーつの極点に達したものを今さらどうしてそれをやろうとするのか。そもそものはじめは青磁という深い音色への魅惑にはじまった。それが現代にどのような意味を持つかどうか考えるより先にその魅力がおれをとりこにした。……中略……現状はまだ意に満たぬこと甚だしいが、現在の到達点に立ってー窯ごとに策を練り実行ゆくことでいつかは「物質の恍惚」を手に入れる時がくると信じている。

「青磁大鉢」作品内側-部分

「青磁大鉢」作品内側-部分

青磁壺

青磁壺

青磁 それはよく見ると、もろくてこわれやすく作るとき焼成ロスも多くとても実用向きとはいえぬものです。実用品のように生活に溶け込ませるために楽しさを与える装飾(絵付け等)は皆無で単純至極な形とただー色の釉で突き放されています。そのつきつめた形に強い意志と力を感じ、非現実とも思える釉色・釉調に現実を超えたものへの果てない憧憬を感じさせられます。」

 この日記抄の青磁を研究・制作を通して綴られた内容からも、著者の精神性や世界観を伺い知ることができるのではないかと思います。
 そして、著者は個展を開催する度に哲学的なメッセージを文記していました。

  • 現代物理学の最先端では「無がビッグバンを起こして150億年たった姿が現在の宇宙だ」ということで、それから言うとこの世の材料も「無」だということになり、この世の姿はまさしく幻影ということになります。末期の一瞥(べつ)のように幻影をなつかしく眺めるその気分・その状況を陶器で、また絵であらわしてみたい。
    <個展に際しての手紙から抜粋1989年8.26>
  • 最近になって、物理学者が「宇宙は無から生まれた」と言い出してきています。どこまで証明されたかは知りませんが、今まで直感だけが根拠だった「無の思想」が物証を得て、いよいよ人間精神を大きく揺り動かしてゆく新しい時代の力として、表舞台に出始めるかも知れません。
    <個展における著者の「夢幻泡影」所収から1990年>

さいごに

 物理・科学世界のめざましい展開からも、人類は常に「知恵」を結集しながら次々と新しい扉を開いてきている現状です。著者が18歳の時(1944年)「この現実は何もないのだ」というインスピレーションがありました。次第に物理・科学世界も著者のかつてのインスピレーションを立証してゆくかのように「無」の研究が進められてきています。
 この「無ソノ フシギ ナ シクミ」の本から私は「今、希有な現実にいる」ということを感じました。そして、この現実世界が「無」・「幻影」であれば「この幻影に楽しみたい」と思いました。


《札幌発信シリーズ》 表現(2)絵に表す 12才の自分を表そう

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。
※この実践は、前任校の札幌市立伏見小学校において6年生で行ったものです。

図画工作・札幌発信シリーズ<3>

指  導  計  画

題材名

12才の自分を表そう

学年

総時数

6(+道徳2)

題材のねらい

  • 自画像の表情を工夫したり、背景の表現方法を工夫したりすることで、「自分のイメージ」を表現する。
  • 自分を見つめ、自分らしさを再発見・再確認していく喜びを感じる。

主な学習内容

  • (【道徳2時間との関連】自分の内面を見つめる。自分で、友達・保護者のアンケート調査で、自分についてのイメージを見つめ直す。)
  • 「自分のイメージ」から自画像の表情を思い描き、表現する。
  • 「自分のイメージ」から色や形を発想し、表現方法を選んだり試したりしながら背景を表す。
  • 互いの作品を鑑賞し合い、それぞれのイメージの伝わり方とその表現のよさを感じ取る。

材料・用具

白画用紙、鉛筆、消しゴム、水彩絵の具、ローラー、スパッタリング用の道具、ストロー、ビー玉、スタンプ、はさみ、のり など

主な評価の観点

  • 「自分のイメージ」が表現されていくことに楽しさや満足感を感じようとしている。(造形への関心・意欲・態度)
  • 「自分のイメージ」に合うために、どのような表情や背景にするとよいか思いを膨らませている。(発想や構想の能力)
  • 「自分のイメージ」に合った表現方法を試しながら、工夫して表している。(創造的な技能)
  • イメージと関連させながら互いの作品のよさをとらえたり感じ取ったりしている。(鑑賞の能力)

1.「自分らしさってなんだろう?」(道徳との横断的関連)

 「自分って…?」
 「自分らしさって…?」
 「自分のよさって…?」
 これまで当たり前のように考えてきた(または考えてこなかった)自分って、考えてみると案外よくわからない。
 日本の子どもたちは、他の先進国と比べても自己肯定感が際立って低いと言われている。卒業まであと数ヶ月の子どもたちに、「自分」を深く見つめる眼をもってほしい、特に、「自分のよさ」「自己肯定像」をしっかりととらえてほしい、と願い本題材に取り組んだ。
 道徳の時間を活用して、「自分らしさ」について考えた。ワークシートに自分自身で自分の趣味・特技・特徴などを書き込んだり、友達から「~さんのいい所」を書いてもらったり(子どもたちは友達の反応を想像以上に嬉しそうに受け止めていた)、保護者にアンケートで「~のいい所」を書いてもらったりすることで、自分を見つめ直していき、「自分のイメージ」を再発見・再確認していった。
 「自分は○○が好き。まわりの友達も認めてくれている。」
 「自分ではこう思っていたけど、意外に友達からはこう見られているんだ!」
 「お父さんもお母さんも私の○○がいい所って言ってくれている。」
 「僕は将来、○○の道を生きたい。だから○○ははずせない。」

2.「自分らしい表情?…マジ顔?笑顔?変顔?」

 「“今の自分”を自画像に表そう。“自分のイメージ”に合うのはどんな表情だろう?」
 鏡とにらめっこをする子どもがいたり、友達同士で顔を見せ合う子ども(自然とにらめっこに発展していき笑いが起こる)がいたりする。
 表情が決まったところで自画像を描き始める。それぞれの「自分のイメージ」は違うのだが、描いているときの様子はみんな真剣そのものであった。

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 自画像を描くとき、「顔を描く」ということに抵抗感をもっている子どもや、漫画的・記号的に顔を描く子どもも少なくない。そこで事前に、顔をよく見たり触ったりすることで、顔の造形的な美しさや面白さに気付くことができるようにした。そうすることで、子どもは自分の顔とじっくりと向き合いながら、表現していくことができた。

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鉛筆による自画像

3.「自分らしい形や色で背景を表そう!」

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 背景を表していくとき、子どもは自分の内面とより親密に対話することになる。
 「自分らしい色って…?形って…?」
 「どんな表現方法にすればイメージに合うかな?」
 目に見えない「自分の内面」を形や色でどう表現するか、またその表現からイメージをどう広げていけるか、そこに、これまで習得してきた「発想・構想の能力」や「創造的な技能」が表れる。
 子どもたちは、これまでの図画工作科で培ってきた資質や能力を働かせて、ローラーやスパッタリング、にじみや点描などの表現技法を選び、試しながら、画面に自分を映していく。

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自分のイメージに合うように様々な表現技法で表された背景

4.背景と自画像を組み合わせよう

 完成した背景に、自画像を組み合わせていく。
 事前に完成への見通しについては確認していたので、子どもたちは背景を表していく時点で、どこに自画像を当てはめようか考えている。自分の思い描く通りに自画像と背景を組み合わせていった。
 出来上がると、子どもたち一人一人の個性が表れた多様な作品が生まれた。
 「キーパーとしてサッカーに挑む自分」を表そうと、グラウンドの土の色一色の中にゴールを描き、真剣な表情の自分を当てはめる子、「面白い自分」を表わそうと、明るい色の下地の上にはじけるような点やコミカルな図形を配す子、淡い色と花びらで画面を構成し「明るい自分」を表す子、自分の好きな本やプレゼントなどの具体的表現と抽象的な背景を組み合わせて自分らしさを表現する子など多様な作品が並んでいる。

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切り取った自画像と背景を組み合わせた完成作品

5.“あなた”がいて“わたし”がいる

 この題材を通して、子どもたちは常に「自分との対話」を続けている。その時忘れてはいけないのは、「他者との対話」の存在である。導入やまとめなど、私は折に触れて子どもの作品を全体で見合うことを大切にしてきた。または、自然発生的に行われる友達同士での交流を大切にしてきた。「この形が~さんらしい」「~君らしさって○○だからこの色なんだね」「こうすると、もっと~さんらしさが出ると思うよ」このような友達からの評価が、自分の表現を高め、自分をより深く見つめることにつながっていったのだと考える。

6.この実践を終えて

 出来上がった作品を見る子どもたちの表情はどこか誇らしげであった。自画像というと、「似ているか似ていないか」という評価で見てしまいがちだが、この題材を経験した子どもたちにとっては、今回の作品は「似ているかどうか」以上に大切なものが表現されているものとなったようである。それはまさしく、子どもたち一人一人の「自分らしさ」や「自分のよさ」である。見た目だけではなく、作品から滲み出る内面のよさをとらえられるからこそ、作品を鑑賞したときに、子どもたちは先ほどの表情を浮かべることができたのだと思う。
 今回の題材が終わっても、“自分を見つめる眼”をこれからも大切にもち続けてほしいと願っている。

【監修者 北海道教育大学岩見沢校 准教授 阿部宏行】

3.11への怒り

今月のPhoto:サルビア・ミクロフィラの花だそうです。おひな様に似ている可憐な花に見惚れてしまいました。(郡山市)

今月のPhoto:サルビア・ミクロフィラの花だそうです。おひな様に似ている可憐な花に見惚れてしまいました。(郡山市)

 かつて、番長と呼ばれていたY君が、福島にいる私の身を案じながら怒りの電話をよこしました。「東北地方にもっと困っている被災者がいるのに、なぜ買い占めるのだ!」という、関東圏での目にあまる食料などの買いあさりに対する怒りです。中学生の頃も話がよくわかり、説得に応じる番長ではありましたが、四半世紀を経て、私の自慢できる教え子に育っていることを実感しました。現状把握や社会認識、考えや行動の判断など、大きく成長したことを感じさせてくれました。これまでも、私が感じることを代弁してくれたり、今回のように怒りを表現してくれたりすることは幾度かありました。この怒りは彼らしい怒りだと思いながら、卒業後の社会学習、生涯学習の力を改めて考えさせられました。
 「災害に付き物の略奪と無法状態が日本で見られないのはなぜか?」という海外から寄せられる疑問に対し、私は、日本人の学習力だと答えたいと思います。学校での評価も、まず子どもたちの考え方や判断の人間性が優先されます。教科評定も決しておろそかにするわけではないのですが、評定学力がどんなに優れていても、人間的な成長が見られなければ賞賛されることは非常に少ないと思われます。また、社会や職場で、新人を迎える時なども、採用時の成績や学歴が優秀であることに注目することはあっても、人間的に優れた人であることを期待します。そして、恊働する中で、能力的に優れていることは認めながらも、集団が好むのは優しさや思いやりのある人間的に優れた人材なのではないでしょうか。

 私たちは、昭和の末期に学力的に優秀な子どもを育てる教育の実現を果たしてしまったと考えています。個々の学力向上だけを目指してきた教育の限界を実証的に味わってきた経験をもっています。知識や技術がどんなに優秀であっても、それらをどのように発揮し、社会貢献に活用するかが真の教育の目的であることを知っているのです。法とは何か、科学技術とは何か、医術とはどうあるべきか、デザインとは何をすることなのかについて、世に送り出す人材育成の中で多くを考えさせられてきました。そして、さまざまな現実に遭遇した経験から現代の教育認識が形成されてきたのです。その結果、教科学力だけが学習の評価ではなく、優れた人間性に支えられてこそそれらが活きることを知り、たとえ、成績不振であっても、人間的に優れてさえいれば、それが「生きる力」として、社会に迎えられることも知っているのです。
 近年の学力低下論は、そのような教育認識のもと、人間的に優れた人材を社会に送り出しながらも、思考するための知識や発揮される技術などが、子どもたちから低下してしまっていることへの懸念から発したものなのでしょう。けっして戦後の教育黎明期の偏差値による競争原理にもとづく教育に戻そうとするものではないはずです。
 優れた人間性とは、現代日本の教育ではルールの遵守や公共性などといった次元だけで評価できるものではありません。どんなに優秀な能力を有する人材でも、個々にその能力を発揮しようとするときの力は小さいものです。柔軟な人間関係を形成した集団の中でその能力が活用できれば、その集団の総力は、個々の能力を合わせた以上の仕事を成し遂げるのです。そういった社会力を含めた観点による人間性の評価なのです。
 過去の教科学力の評価は、学習直後にその成果を求める傾向にありました。先生が「わかった?」と児童生徒に尋ねることもその傾向を示しています。たとえ「はい、わかった。」という返事があったとしても、その記憶や理解がどれほど維持されるものなのかは疑問です。そのことを多くの大人が証明してもいます。心もとないとしか言いようのない学習成果の蓄積に対し、評価観の転換を私たちは求められているのです。

 私は、教育を化学肥料と「ウンチ」に例えることがあります。速効的な成果を求める教育とは、化学肥料を施すことに、また、遅効的な成果を期待する教育とは、忘れた頃にじっくり効いてくる牛糞や鶏糞を元肥に用いることに似るからです。
 それは決して教科学習を否定するものではありません。子どもが真剣に取り組んだ計算学習は、その蓄積によって数学的思考力を育みます。また、書き言葉から学ぶ語彙力とは、豊かな思考力や表現力の基礎となるものです。遅効的に個々の人間性を育て、環境認識や集団感覚を育てようとする教育の力を改めて考えてみる必要がありそうです。
 「なぜ日本では略奪が起きないのか?」ということへの回答は、「日本の家庭や社会、そして学校は、遅効的な教育を大切しているから」ということなのかもしれません。
 しかし、今回の東日本を襲った大惨事は、復興に相当な時間を要すると思われます。戦後生まれの人々にこれまで味わったことのない忍耐を強いることになるでしょう。
 Y君と同じ思いの人たちのネットワークは、被災者を長く守ろうとするでしょう。耐え抜かなければならない人々の心を個が結集した集団の大きな力で支えていけることを願います。


《札幌発信シリーズ》 表現(1)造形遊び つくろう!わくわくストリート

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

図画工作・札幌発信シリーズ<2>

指  導  計  画

題材名

つくろう!わくわくストリート

学年

総時数

材料・道具

ビニールシート、カラーセロファン、ポスターカラー、OHP用カラーペン、ハンガー、連結クリップ、セロテープ、はさみ、筆、刷毛、ブルーシートなど

題材の目標

ビニールシートを使って工夫し、空間を変えることを楽しむ。

題材の評価

  • 自分のイメージを膨らませ、空間づくりを楽しもうとしている。<関心・意欲・態度>
  • 材料のよさを生かして、空間が楽しい感じになるように表し方を思い付いたり考えたりしている。<発想や構想の能力>
  • ビニールシートを使って吊るし方や模様など表したいことを工夫している。<創造的な技能>
  • 互いの活動の面白さをとらえたり、楽しさを感じ取ったりしている。<鑑賞の能力>

学習内容

  • 学校の中のある場所をわくわくするような空間に変えることを知る。
  • 透明なビニールシートを使って、透けたり光を通したりする特性を生かし、ポスターカラーやカラーセロファンなどを用いて表現する。
  • イメージを膨らませ、色の重なりや吊るす形の面白さを感じながら表現する。
  • いろいろな方向から見たりのぞいたりして、楽しい空間になっているか鑑賞する。

題材構成

【1時間目】

 空間を変える場所へ行き、どんなふうに変えると楽しい空間になるかイメージが膨らむようにする。
 ビニールシートを使うことを伝え、触ったり吊るしてみたりしながら、ビニールの特性に気付いていく。

【2時間目】

 イメージを膨らませながら、ビニールシートにポスターカラーやカラーセロファンなどを使って表現する。天井に吊るして次時への工夫や思いがさらに膨らむようにする。

ポスターカラーでプラスチックのふたをスタンプにして押す

ポスターカラーでプラスチックのふたをスタンプにして押す

刷毛を使ってポスターカラーを飛ばす

刷毛を使ってポスターカラーを飛ばす

ポスターカラーをつけた刷毛で自由に線を描く

ポスターカラーをつけた刷毛で自由に線を描く

下から見て、光の透け具合や色の重なりを確かめている

下から見て、光の透け具合や色の重なりを確かめている

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作品を吊るしてみて、さらに工夫したいことを考え、イメージが膨らむようにする

作品を吊るしてみて、さらに工夫したいことを考え、イメージが膨らむようにする

【3時間目】

z_vol09_10 前時に引き続き、表現する。時折天井に吊るし、光や色の重なりに気付き、吊るし方を工夫する。さらに楽しい空間にするには、どう工夫したらいいか考えながら表現する。



カラーセロファンをつけ、カラーペンでさらに線を重ねている

カラーセロファンをつけ、カラーペンでさらに線を重ねている

ポスターカラーの線の上にカラーセロファンを重ね、光の透け方や色の重なりを楽しんでいる

ポスターカラーの線の上にカラーセロファンを重ね、光の透け方や色の重なりを楽しんでいる

吊るしながらカラーセロファンを貼っている

吊るしながらカラーセロファンを貼っている

【4時間目】

 鑑賞。様々な方向から作品を見合い、自分の作品と友達の作品との違いや色の重なりの面白さや吊るす形の工夫に気づき、楽しい空間になったことを味わう。

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【まとめ】

 ポスターカラーやカラーセロファンなどを自分の表現に合わせて、自由に使えたことが良かった。また、子どもたちに身近な学校の中の場所を“わくわく”する場所に変える題材の設定も子どもたちの意欲を引き出すことができた。
 場の設定として、廊下の踊り場や階段上に針金を何本も張り、そこへハンガーと連結クリップでビニールシートを吊るした。試しに吊るしてみたり、吊るし方にも工夫ができたりと楽しんで活動していた。
 ただ、ポスターカラーはすぐには乾かないので、吊るすときにビニールシートどうしがくっついてしまったり、子どもたちの服についてしまったりしたことが、残念だった。本実践では、制作場所を廊下や教室で行ったが、広い場所で活動できるともっと楽しめたのではないかと考えている。

【監修 北海道教育大学岩見沢校 准教授 阿部宏行】

《札幌発信シリーズ》 表現(1)造形遊び つながる・つなげる・レインボー

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

図画工作・札幌発信シリーズ<1>

指  導  計  画

題材名

つながる・つなげる・レインボー

学年

題材概要

z_vol08_01 この題材はポリテープを使って、「レインボー」を表現していく造形遊びである。
 「レインボー」というテーマと大量のカラフルなポリテープから思い付いたことから、色々な結び方や場所との関わり方に挑戦し、一人一人が活動の幅をどんどん広げていく。

題材ではぐくみたい資質や能力(評価規準)

  • 友だちと協力しながら活動し、普段使っている教室を、レインボーの世界につくりかえる楽しさを味わう。(造形への関心・意欲・態度)
  • 材料や場所とかかわることによって豊かに発想を広げ、いろいろなつなぎ方を考えている。(発想や構想の能力)

材料・用具

  • ポリテープ(1メートルに切り揃えたもの)
  • セストボールのゴール、フラフープなど(子どもたちと相談して、ポリテープをつなげてみたいものを集めた)

※はさみ、テープなどの用具は使わず、「結ぶ」という行為に限定した。

授業の実際

●子どもの「やってみたい!」に寄り添う

 導入時に、教室で一人2本だけポリテープを渡し「その2本をつないでみよう!」となげかけた。色々な結び方を試したあと、「これを使って教室にレインボーの世界をつくろうと思うんだけど…」となげかけると、子どもたちは「これじゃあ足りない!」「もっと色が欲しいよ!」と声を上げた。
 子どもたちと一緒に、必要な色やつなげてみたい物などを相談し、子どもに生まれた「やってみたい!」という気持ちに寄り添いながら、活動を始めた。

とりあえず結んでみようか

とりあえず結んでみようか

●どうやってつなげようかな?

 「まずは何から始めよう…?」広い教室を前に、子どもたちはまず友達とつなげてみることからスタートした。「レインボー」というテーマに沿って色を順番につなぐ子や、とにかく長くつなげてみる子など、小さな行為からスタートした。

●ここにもつなげちゃおう!

 活動をつづけていくうちに、つながる範囲がどんどん広がっていった。上から下へたらしてみる、はじからはじまでつなぐ…など、空間を意識した活動が生まれてきた。

 教師が「次は何を計画中?」と問いかけると、「あの友達のところまでつなげたいんだ!」「友達と一緒に、ここにたくさんつり下げるの!」と一人一人見通しをもっていた。友達と関わりながら活動することで、いろいろな「やってみたい!」気持ちが子どもに次々と生まれていった。

レインボーの世界が広がってきたよ!

レインボーの世界が広がってきたよ!

高いところからどんどん下につなげてみたらどうかな?

高いところからどんどん下につなげてみたらどうかな?

●見立てから発想を広げて

 「虹のカーテンができた!」活動の中で、子どもたちは見立てながら発想を広げていった。始めはとにかくつなげていた行為が、見立てから生まれた発想から、意図のある表現に変化していった。

虹色の順番にならべてつなげたよ

虹色の順番にならべてつなげたよ

虹のカーテン!

虹のカーテン!

虹のリングができたよ

虹のリングができたよ

 ある子どもが「虹の海に網をはった」と話してくれたので、「○○君はハンガーに結んで虹の魚をつくっていたよ」と紹介すると、「ここに泳がせようかな」と、発想から友達と関わるきっかけをつかんでいた。

虹の海に網を広げたよ!

虹の海に網を広げたよ!

●レインボーの世界、完成!

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 活動の後に、「虹の世界を探検しよう!」と投げかけた。子どもたちはお互いの活動を見ているために、友達の活動のあとを壊さないように大事にしながらも、どんどん中に入っていって鑑賞を楽しんだ。そのうちに、床に寝転がって下から見た眺めを楽しむ子どもがあらわれた。それを見た子どもたちは「先生、上からも見てみたいから、台に上っていい!?」と声をかけてきた。
 子どもたちは鑑賞しながら、「ここのピンとはった所が、元気な感じがするよ」「ここの虹のカーテン、サラサラ揺れて光を通してきれいだね」と、お互いのよさを感じ取っていた。

虹のカーテンをくぐったよ!

虹のカーテンをくぐったよ!

下から見ると、虹がかかっているみたい!

下から見ると、虹がかかっているみたい!

上からも見たい!台に上っていい?

上からも見たい!台に上っていい?

終わりに

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 子どもたちは思うまま、自由に活動しているように見えるが、実際に活動にはかなりの制約がある。
 ・ポリテープの長さ(1メートル)
 ・切ったり割いたりしない。
 ・テープなどで接着しない。(結ぶだけ)
 ・生活班で教室のはじからスタート
 しかし、この制約があるからこそ、友達との新たな関わり方や、「こうしたい!」を実現する発想が生まれるのである。また、自分の活動を進めていくと、場所の制約から必ず友達の活動とぶつかることになる。そのときに、お互いの活動の良さを認め、組み合わせたり、場所を共有したりする活動も、高学年を前にした4年生の子どもたちにとって大切な行為であると考える。
 教師が子どもの「こうしたい!」という気持ちに寄り添い、語り合いながら題材を構成していきたい。

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【監修 北海道教育大学岩見沢校 准教授 阿部宏行】

イリュージョニスト

(C)2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

(C)2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

 もう6年ほど前になるが、フランスのシルヴァン・ショメ監督のアニメーション映画「ベルヴィル・ランデブー」を見た。自転車好きの孫を訓練して、ツール・ド・フランスに出場させたおばあちゃんが主人公。レースの最中に孫がマフィアに誘拐される。おばあちゃんは、三つ子のおばあちゃんたちといっしょに、愛する孫を救いだそうとする。いささかデフォルメされた映像表現ながら、ほのぼの感たっぷり。マフィアを追いかけるシーンなど、ユーモアと洒落っ気のあるアニメーションであった。
 そのシルヴァン・ショメの新作が「イリュージョニスト」(クロックワークス、三鷹の森ジブリ美術館配給)。前作「ベルヴィル・ランデブー」のタッチとちがって、老手品師と少女のふれ合いを、美しく切なく、老いと若さ、そして時代の変遷を、しっとりと描いていく。
 テレビが普及、ロック音楽が世界にあふれようとする1959年のパリ。かつては人気があったと思われる手品師のタチシェフは、今では場末のバーで手品を見せている。スカーフを使って、帽子からウサギを取り出す手品などは、もはや時代遅れ。

(C)2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

(C)2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

 やがて、パリから逃れるように、タチシェフは、スコットランドの離れ小島にたどり着く。やっと電気が点灯したばかりの田舎町のバーで、タチシェフは手品を披露する。それでも、素朴な町の人たちは、帽子から電球を取り出すタチシェフの手品に、喝采を送る。
 バーで働く、身寄りのない貧しい少女アリスは、タチシェフの手品に感動、夢を叶えてくれる魔法使いと思ってしまう。なんと、島を離れるタチシェフの後を追いかけていく。
 心やさしいタチシェフは、アリスから、自分の生き別れになった娘の面影を見いだす。ふたりは、エジンバラにたどり着く。そして、言葉の通じないふたりの共同生活がはじまる。
 アリスはタチシェフの世話をして、タチシェフはアリスの望むものを、魔法のように取り出しては、プレゼントする。そのようなことが永遠に続くわけはない。
 時代は変わってゆく。タチシェフの財布の中身は少なくなっていく。そんなとき、すっかり成長したアリスは、恋をする。そして、ふたりは…。

(C)2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

(C)2010 Django Films Illusionist Ltd/Cine B/France 3 Cinema All Rights Reserved.

 カットカットの映像が、ゆったりと暖かく、優しい。アメリカ製の飛び出してくるアニメーションとは対極の静謐さである。
 原作は、映画「ぼくの伯父さん」や「プレイタイム」の監督ジャック・タチの残した脚本に基づく。老いてゆく手品師と、成長しつつある少女とのふれ合いを、詩情豊かに描いた本作は、人生には輝かしい未来もあるけれど、多くの時間を生きた人生もあることを伝えて、哀切極まる。

2011年3月26日(土)より
TOHOシネマズ六本木ヒルズico_linkほか全国ロードショー

「イリュージョニスト」

監督・脚色・キャラクターデザイン:シルヴァン・ショメ
オリジナル脚本:ジャック・タチ
美術監督:ビアーネ・ハンセン
作曲・ビジュアルエフェクト:ジャン=ピエール・ブシェ
デジタルスーパーバイザー:キャンベル・マカリスター
2010年/イギリス=フランス/カラー/1:1,85ビスタ/ドルビーデジタル・DTS/80分 
原題:L’Illusionniste(英題:THE ILLUSIONIST) 
配給:クロックワークス、三鷹の森ジブリ美術館
提供:クロックワークス、三鷹の森ジブリ美術館、スタジオジブリ、日本テレビ、ディズニー


学校のIT化への対応

■ 学校への情報技術の導入

 学校における情報技術の活用(IT化)が年々すすんでいるが、国では今後全国の小中学生にデジタル教科書を使用させることを検討している。
 デジタル教科書とは教科書、副読本はもとより関連するあらゆる情報を内蔵し、生徒の必要とする情報を瞬時にとり出せる小型映像端末である。教師はこれを使って生徒の実態に応じた個別指導を行うことになる。情報化社会は意識や行動の面で個人を構成単位とする社会であるから、学校においても生徒の多様な学習ニーズに応じた個別指導が必要になってくる。その意味で学校のIT化は時代に適合した有効な学習手段であると言えそうだ。
 ただ情報技術の進化は著しく、機器の使用という実態が先行し、子どもの精神的、肉体的発達との関連についての理論付けや成果、問題点等の検証や研究は十分ではない。そのためか学校のIT化について様々な意見がある。

■ IT化についての異見

 脳科学者や精神科医、文学者、教育学者の中にはテレビやパソコン、ケータイ等の情報機器操作の活動は、脳の前頭前野を活性化させないとか、映像でみる実験や観察の様子は記憶に残る可能性が低いと指摘する人がいる。また文章作成の折、手書きの場合は脳の動きが活発化するが、パソコンやケータイで文章をつくる場合は脳があまり動かないとも言う。パソコンやケータイに深くかかわっている子どもは他人とのコミュニケーションが不得手になり、周囲の人と人間関係を築いたり豊かな感性の発達が難しくなる等、子どもの成長過程で好ましくない影響があると主張する。
 情報や産業活動のグローバル化がすすむ現在、学校のIT化は時代の要請でもあるから阻止することはできない。とはいえIT化の問題点が学問的に証明されていないにしても、子どもたちが日常生活のレベルで共生や協働、協調が困難になったり脳力の低下をきたす懸念があるとしたら、それへの対応を考えなければならない。電子機器を使って学習効果をあげながら人間のもつ本来の力(仮に人間力という)も育てていくにはどうしたらよいか、教育界にとって大きな課題である。

■ 情報技術の導入と人間力の調和

 デジタル教科書等を導入した授業展開のモデル作成やカリキュラム開発は当然行うべきであるし、IT化と人間形成との関連の研究も重要であるが、当面現実論としての対応を考えてみたい。
 まず個々の教師が情報機器の必要性を理解し、自分自身がパソコンをはじめデジタル教科書等の情報機器の操作に習熟することである。その上で旧来の学習方法の実績を基に情報技術との調和を図ることが必要である。
 私たち日本人は従来から日常生活の中でごく自然に新技術と人間力の調和を心掛けてきた。例えば、日常自動車を利用している人が、運動不足や足の弱化を補うために徒歩やジョギングを行うというようなものである。精神的活動では読書力を育てるために全国のほとんどの中・高校で始業前や放課後一定時間読書をさせて読書の習慣化を図っている例がある。これらの実践にならって、学校で書き取りや手書きの文章作成等の活動を実施してみたらどうだろう。さらにことばを使う話し合いの訓練を行うことも必要である。
 電子機器の発達のためか、今の日本では人間の感覚のうち視覚を偏重する傾向が強いが、他の感覚の活動も促すべきであろう。バランスのとれた人間形成のためには芸術、スポーツ、技術(工作)等身体を動かす活動や実験、観察の学習に努力すべきと考える。
 学校のとりくみとしては、子どもの多様な学習ニーズに応えるため学年や学級の枠を越えた学習集団をつくって子どもの適性、興味、関心、習熟度に応じた指導を行うことも考えてみてはどうか。新しい事態に対応するためには優れた教師集団を組織することが求められる。元々教師は担当する学級を一人で受けもって授業を行うという仕事の性質上、組織的に学習指導することが一般に苦手である。しかし高機能をもつ電子機器を使って個別の学習ニーズに応えるということは、全く未知の経験であるから互いに助け合うことが重要である。
 個々の教師が、自分の特技や専門性を基に研鑽を積み、情報化時代にふさわしい教師像、教師集団像を構築して新しい時代に堂々と立ち向かってもらいたいと、切に願うものである。
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