「葛飾北斎の神奈川沖浪裏」を読み解く ~『みる美術』、BIG PADとiPadを活用して~(第1学年)

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

1.基礎データ

題材・単元名

感覚的アプローチによる鑑賞と分析的アプローチによる鑑賞Ⅰ
~電子黒板(BIG PAD)とタブレット(iPad)を活用して、「葛飾北斎の神奈川沖浪裏」を読み解く~

時間数

1時間

題材・単元の
特徴

鑑賞の学習が表現の学習と関連しながら相互に影響し合える学習内容にしていくことが大切である。本校では3年間の鑑賞題材を系統的に位置づけ、表現と鑑賞の一体化を図りながら鑑賞学習を展開している。1年では、見ることを素直に楽しむことから鑑賞の学習を進めていきたいと考え、感覚的アプローチによる手法を学習の入り口にして、分析的アプローチの手法によって得たいくつかの学習課題を、生徒一人ひとりが価値意識をもって発表し合うことでお互いの共通点や違いなどに気づくことが大切である。新たな発見から導かれる認知活動によって創造的思考力が刺激されることで、創造的な思考力も高まり表現活動へと結び付いていけるのではないかと考えている。

授業環境

活動環境

美術室またはPC教室など

人数

教師1名 生徒34名

教材や用具

教師:電子黒板(BIG PAD:シャープ)、タブレット(iPad:アップル)
生徒:教科書(日本文教出版1年)、美術資料(秀学社)、タブレット(iPad)、鑑賞ワークシート、筆記用具

コンピュータ
動作環境

使用デジタル教材

提示型デジタル教材『みる美術』
日本美術 名品コレクション 編

OSバージョン

Windows7

教材や用具

電子黒板(BIG PAD)、タブレット(iPad)

その他

ネットワーク環境、タブレット学習システム (STUDYNET、STUDYTIME:シャープ)

2.活用事例および展開

①ねらい
 学習指導要領では、1年の鑑賞の学習で絵画作品を鑑賞する場合、「造形的なよさや美しさ」「作者の心情や意図と表現の工夫」「美術文化に対する関心を高める」ことや「作品などに対する思いや考えを説明し合うなどして、対象の見方や感じ方を広げる」ことが求められている。「ものの見方や感じ方」から得られる想像力や発想力を、鑑賞の学習を通して伸ばしていくことは、「どのように表現するか」という構想・構成力、「色・ 形・材料」で表現するための技能など、美術の学習を通して培う基礎的な力を伸ばしていくことにつながり、本校美術科の授業づくりの核となるものであると考えている。
 創意工夫したり試行錯誤したりするなかで「自分が望む価値」を総合的にまとめ上げていくことを目標に、美術の学習に取り組んでいくことを通して、心豊かな生活を創造していけるような力を身につけて欲しいと考えている。

②『みる美術』利用の意図
 絵画作品の鑑賞では、作品に込められた作者の思いを感じ取ることや、絵画表現の多様性について理解するとともに、鑑賞の活動を通して造形的な感覚や判断力、造形的言語を養いながら、体験的に造形美術に関わる知識理解を高めることが大切である。これまでの鑑賞の授業では、教科書や資料集に掲載されている図版、カラーコピーやカラープリントによる限られた大きさの図版による授業が中心であった。また、掛け図などの大判の図版を使っても、黒板の位置からでは教室の後ろ側の生徒には何が描かれているのかを読み取ることが難しく、十分な鑑賞活動ができるとは言い難い。そこで今回は、掲示型のデジタル教材『みる美術』を使い、葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」の鑑賞を電子黒板とタブレットを活用して、教師と生徒が双方向で授業を展開できるように試みた。
 タブレットの拡大機能を活用することで画面に描かれたものをじっくりと鑑賞し、何が描かれているのかについて読み解きながら、作者がこの作品に込めた思いなどを感じ取ることや、生徒同志でお互いに感じたことや考えたことについて発表し合うことで、多視点的な見方や考え方、感じ方に気づき、より深く作品を鑑賞できるようにした。感じたことや考えたことなどをタブレットの画面に直接書き込むことでイメージを図式化したり言語化するこができることや、書き込んだ内容をネットワーク学習システムを使って電子黒板に送り、その画面をクラス全体で見ながら友達に説明することで学習を深めることができる。

③評価について
美術への関心・意欲・態度
・美術作品に関心を持ち、見ることを親しみながら作者の心情や意図、創造的な表現の工夫などに関心を寄せ、鑑賞する楽しさを味わいながら見方や感じ方を広げようとしている。
鑑賞の能力
・美術作品をじっくり鑑賞し、形や色彩などの特徴や印象、よさや美しさ、作者の心情などを感覚的に味わう。
・美術作品を分析的に見ることにより、作者が作品に託した思いや創造的な表現の工夫などに迫ることで美術の世界の楽しさを実感する。
・日本美術のよさや美しさなどを感じ取り、美術文化に対する関心を高める。

④指導計画

学習活動の流れ

指導上の留意点、評価方法

「感覚的アプローチによる鑑賞方法」
・作品から感じ取った第一印象(直感的な印象)を大切にして、感じたことや考えたことを自分の言葉でワークシートに記述し、お互いに発表する。
・自分の考えや思い、友達の考えや思いについて共通点や違いがあることに気づく。

「分析的アプローチによる鑑賞方法」
・分析的な視点で作品を読み解く。画面に描かれている様々な情報を、造形的な視点から分析し、ワークシートに記述し、お互いに発表する。
・友達の発表を聞き、様々な見方や考え方があることを理解し、改めて自分の感想をまとめる。

<留意点>
・感覚的アプローチによる鑑賞では、作品の第一印象を大切にすることに加え、作品をじっくりと鑑賞することで見えてくることや感じ取れることも大切にしたい。
・タブレットの画面の大きさに限界があるため、電子黒板やプロジェクタなどで大きな図版を鑑賞できるようにする。教師側からの情報は極力提示せずに、ゆっくり、じっくりと作品を鑑賞する時間を確保し、生徒が感じたことや考えたことを自分の言葉で発表できるような環境をつくる。
・ワークシートへの記述や、積極的に発言ができない生徒に対しては、教師の発問をきっかけにして、自分の感じたことや考えたことを言語化させるようにする。〈ワークシートや発言〉

<評価>
・作品をじっくりと鑑賞し、自分の考えを述べているか。〈ワークシートへの記述と発言内容〉
・タブレットを活用し、様々な視点から作品を読み解く活動をしているか。〈授業観察やタブレットへの書き込み〉
・分析的アプローチによる鑑賞方法から、読み解いたことについて論理的に考えをまとめることができたか。また、友達の発表を聞いて、自分の考えたことと比較しながら、自分の意見をまとめることができたか。〈ワークシートや発言内容〉

3.本時の展開

①目 標
・美術作品に関心を持ち、鑑賞の活動を通して、その作品の世界を楽しむ。
・美術作品を感覚的アプローチの手法でじっくりと鑑賞し、作者の心情や意図など作品に込めた思いに迫る。
・美術作品を分析的なアプローチの手法で鑑賞し、作品が表している内容、形、色彩、材料、表現方法などから判断し、想像や推理を働かせ作品について読み取りながら、絵の世界を探究する楽しさを味わう。
・自分の感じたことや考えたことを発表し、ワークシートにまとめていくことで、自分の考えを整理する。
・友達の発表を聞くことで、感じ方や考えに共通点や違いがあることに気づく。

②『みる美術』を活用した授業の展開

主な学習活動・内容

教師の指導・評価の留意点

導入10分

・タブレット配布。
・タブレットの操作についての確認。
・STUDYTIMEへログイン。
・作品の図版を生徒のタブレットに配布。
・鑑賞(感覚的鑑賞と分析的鑑賞)についての説明。
・作品を鑑賞(感覚的鑑賞)し、作品から感じ取った第一印象をワークシートに記述する。
・作品をじっくりと鑑賞し、何が描かれているのか、どのように描かれているのかを感じ取る。

【教師の発問例より】
※「何が描かれていますか?」
→様々な視点から何が描かれているかクラス全員に発言させるなどして、言語化を図る。
【生徒の回答例:発表】
→描かれている富士山や波のことを様々な視点から言語化させる。
富士山→山、土、岩、溶岩、雪、森など。
波→波、大波、小波、しぶき、泡など。

・鑑賞したことをワークシートに記述させることで、自分の思いや考えを整理し明確にさせる
・発表したことについては肯定的に受け止める。
※電子黒板(BIG PAD)の活用
※タブレットを2人で1台使用。2人グループをつくる。
感覚的鑑賞(直観的鑑賞)を中心に、作品を鑑賞させ、画面から感じとったことをワークシートに記述させる。分析的にならないように鑑賞の視点(発問)を示す。

【発問例】
「作品を見て、第一印象はどんな感じですか?」
「画面全体をじっくり鑑賞してみましょう」
※「何が描かれていますか?」
→生徒の発言した「描かれているもの」をすべて板書する。クラス全員が一回は発言できるようにする。
「季節は?」「時間は?」「もう一度作品を見て、画面全体からてはどのような感じを受けますか?」

展開
30

・作品を鑑賞(分析的鑑賞)し、画面に描かれていることを詳しく読み取りワークシートに記述する。

分析的アプローチによる鑑賞の視点を示す。

■タブレットの活用①
・画面の波の方向に矢印をつける。
・舟に乗っている人間に、番号をつける。
□タブレットに書いたことを電子黒板に送る。

【発問例】
「動きの激しい波の方向をよく見て、波の方向を矢印で示してみましょう」
「波の方向を調べてみて、何を感じましたか?」
「人間は何人いますか?」

・友達の回答を確認しながらもう一度画面をじっくりと見る。

■電子黒板の活用①
・生徒の回答を確認する。

・作品から読み取ったことをお互いに発表する。
・この作品のタイトルを知らせる。
  葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」

・友達の発表を聞いて、他の考えや意見が無いか、じっくりと考えさせる。
・富嶽三十六景や「神奈川沖浪裏」などの説明。

■タブレットの活用②
・一番初めに目がいくところや視線の動き、富士山を見せるための工夫などを図形や矢印などを使ってタブレットに書き込む。

□タブレットに書いたことを電子黒板に送る。

【発問例】
「北斎はこの作品でどこを見せたかったのでしょうか?この作品を見た時の、あなたの視線の動き方を示してみましょう。」
「一番初めに目がいくところはどこですか?そこからどのように視線(視点)が移動しますか?数字や矢印で描いてみしょう。」
「葛飾北斎は富士山を見せるためどのような工夫をしていますか?」
「形、色彩、構図など、気がついたことをタブレットに書き込んでみましょう。」

・作品から読み取ったことをお互いに発表する。
・友達の発表を聞いて、質問や疑問点などがあれば発表させて、意見交換をする。

※発表したことについては、できるだけ肯定的に受け止めるようにする。なぜ、そう感じたか、読み取ったかを大切にする。

・友達の考えを確認しながらもう一度画面をじっくりと見る。

■電子黒板の活用②
・生徒の考えを確認する。

まとめ 10分

・作品に込めた北斎の心情や意図、表現の工夫など、今日の授業を通して、自分の思いや考えをまとめる。(時間があれば発表しお互いの考えを知る)
・本作品の第一印象と、分析的に鑑賞した後での印象の違いについて考え、ワークシートに記述する。

・本時の鑑賞の活動では、タブレットを活用し、図版の全体→図版の細部→図版の全体というように、作品全体から受ける印象や特徴を大切にしつつ、細部の詳細な観察を通した分析的アプローチの手法から、新しい発見や気づき、作者の表現意図の推理など、鑑賞の活動が「探究する楽しさ」を持っていることを体験的に理解できるようにする。

③指導のポイント
・感覚的アプローチからの鑑賞の手法で、生徒の視点でじっくりと鑑賞することで、ただ見ているだけでは気づかない様々なことに気づき、発見することの楽しさを味わわせることにねらいを置き、また一方では、分析的アプローチによる鑑賞の手法で、形や色彩、材料、表現方法など、北斎が作品制作においてどのような造形的な工夫をしているかを探ることによって、より高次元の鑑賞学習となることが期待できる。
・北斎の作品鑑賞を通して、日本美術のよさや美しさについて感じ取らせながら、日本の美術文化に対する関心も高めていきたい。
・『みる美術』を活用することで、鑑賞作品の図版全体を鑑賞することができ、タブレットを活用することで、見たい部分を自由に拡大することができるので、それまで気づきにくかった様々なものが見えてくる。例えば、そこに描かれている具体的なもの、筆のタッチ、色彩表現など、生徒自身で様々な発見をする楽しみを味わわせながら授業に取り組ませることができる。
・電子黒板を活用することで、生徒がタブレットに書き込んだ情報を生徒全体で共有しながら授業を進めることができる。お互いが感じたことや考えたことなどを発表し合うことで、共通点や違いがあることに気づき、相互交流を図りながら様々な価値観を理解させたい。

4.感想等

 「神奈川沖浪裏」に代表される葛飾北斎の富嶽三十六景のシリーズは、富士山を中心に北斎が作品に込めた思いや、様々な表現上の工夫を感じ取ることができる図版が多いので、1年生の鑑賞教材として適している。この作品は、教科書や美術資料に掲載されていたり、掛け図などの大型図版資料も手に入れることもできるが、今回の実践のように電子黒板とタブレットを活用したことで、生徒が自分の鑑賞活動のペースに合わせて作品を鑑賞できるようになった。また、ワークシートもあくまでも鑑賞の活動を補助するような形で活用するようにしたことで「よさや美しさを感じ取り味わう活動」がじっくりと取り組めるようになったと考える。
 これまでのワークシート中心の授業では、生徒一人ひとりの鑑賞活動を教師は読み取ることは出来たが、生徒がお互いに友達がどのような見方や考え方をしているのかが分かりづらく、自分の見方や考えと比較しながら学習する活動が希薄であったことが挙げられる。
 今回の授業は1時間扱いであったが、じっくり作品を鑑賞させたり、発表の時間を十分にとることを考えると2時間扱いで題材化した方がよかった。今後もさらに、ワークシートの形式や教師の発問の内容とタイミングなど、各学年の発達段階に応じた工夫について考えていきたい。

特集 ためす

図画工作の活動は、子どもたちが様々なことを
「ためす」機会にあふれている。
この「ためす」という行為は、どのような意味をもつのか。
子どもたちの成長に何をもたらすのか。なぜ必要なのか―。
東京都豊島区立目白小学校での授業実践を振り返りながら
それぞれ違う立場で子どもにかかわる三名に話し合っていただいた。

→続きは、PDFデータをご覧ください。
icon_pdf_small「形forme No.300」PDFダウンロード(3.8MB)

インデックス
2  特集 「ためす」
   鼎談  大学教授 林耕史
      小学校教諭 原薫美子
        保護者 赤池紀子
   「ためす」を実践する 「絵の具で夢もよう」 鈴木陽子
9  場の設定-美術室編- 山本幹雄
10  授業実践 小学校5・6年生向き「多彩な焼き物」
12  授業実践 中学校2・3年生向き「ずっとさわっていたい形」
14  鑑賞 先ず見る「レオ・レオニ」 辻政博
16  1 / 127,336,619 松岡茂樹
19  ともに学ぶ
20  児童・生徒作品解説

教育の生態系と資源

 教育は人間に何か詰め込めば出来上がりという単純なものではありません。生態系のように様々な資源がつながりあってはじめて成立します(※1)。本稿では教育の資源の幾つかを取り上げて日々の実践について見直してみましょう。

1.先生という資源

 教育は人なりと言われるように、最も重要な教育の資源は先生でしょう。その先生の大切な役割は授業です。そして先生はよりよい授業をするために、常に学び続けています。そのための場は豊富で、校内の研究会、行政的な研修、教育団体の研究大会、大学の研究会、学会など様々です(※2)。中でも授業研究会という仕組みは日本独特のものです。実際に授業を実施して、目の前の子供の姿から改善を図るやり方を明治以来百年以上も続けています(※3)。そんな国はどこにもありません。
 私たちの日々の授業はその蓄積の上にあります。この環境に身を置く限り、授業を進めるテクニックや実践力は半ば自動的に高まっていきます。全米最優秀教員の実践発表を聞いたことがありますが、その内容のほとんどは日本の先生が日々やっていることでした。フィンランド詣が相当流行っていた時も、帰国してきた同僚の言葉は皆同じ「日本の方が授業はうまい」でした。日本の先生は指導力があります。だからこそ日本の8割の保護者が学校を信頼しているのでしょう(※4)。そしてそれは様々な研修の場や組織などによって支えられているのです。

2.教材という資源

材料:サランラップ、新聞紙、お花紙、水性ニス、その他

材料:サランラップ、新聞紙、お花紙、水性ニス、その他

 一人の先生が黒板の前に立って授業を始めました。彼女は、様々な知識や指導技術を駆使して授業を進めています。でも、その有能さは、彼女の知恵や経験だけで成立するものではありません。滑らかな黒板、書きやすいチョーク、安全な絵の具、質のよい画用紙など、すでに用意された様々な道具や材料が、彼女を支えています。おそらく、どれか一つ欠けても彼女は自分の能力を十分に発揮することはできないでしょう。
 私たちは授業内容に応じて様々な教材・教具を適宜選んで用いることができる環境にあります。その多くは民間と先生達の連携によって生まれてきました。例えば、木版プレス機は先生と教材会社が苦労して作り出したものです(※5)。教材開発コンクールを実施し、入賞作を教材化している会社があります(※6)。時代の変化に応じてペットボトルに描けるクレヨンも開発されています(※7)。美術館限定だったアートカードも購入できるようになりました(※8)。挙げるときりがありません。今も教育現場の声を拾って新しい教材が生み出されていることでしょう。先生の有能さはこのような教材や教具によって支えられているのです。

3.教科書という資源

 教材の中でも教科書は別格です。全国民の願いを反映して、国は毎年400億の予算を組み、子供達に教科書を無償で届けています(※9)。子供達は配られたピカピカの教科書を大事に開きます。書き込んだり、ラインを引いたり、一年も立つとボロボロになります。
 世界に目を向けると日本のような国はほとんどなく、多くの場合、学校保管や貸出で、当然書き込みは禁止です。内容はテンコ盛りで、日本の教科書みたいに内容が精選され、題材や単元という学習活動のまとまりごとに配列さている感じはありません(※10)。日本の教科書の指導書には詳細な指導案や単元計画、年間指導計画などもついています。それらは全国の優れた先生の実践を反映したものです。しかも4年ごとに更新されます。先生の手元には常に最先端の教材があるということになります。先生は、これらを活用することで、よりよい授業への近道を通ることができるでしょう(※11)。日本の「教科書」はある意味日本のつくりだした文化と言えます。これもまた、かけがえのない教育の資源の一つです。

 先生、教材、教科書、それぞれに多くの人やモノ、コトがつながっています。その結節点に私たちは立っています。図画工作や美術の授業を始める前に、それが広大な地平の歴史のある生態系から生まれていることを実感してみてはいかがでしょうか。

 

※1:生態系という用語を使うのは、人やモノ、コトなどを等しく資源ととらえ、そこにつながりを見つけ、何を保全したらよいか明らかにしようとする概念だから。
※2:例えば美術教育では大正時代の教育運動、戦後の様々な教育団体による研究会などが実践や改善を行ってきた。
※3:千々布敏弥「日本の教師再生戦略」教育出版(2005)
※4:文部科学省の調査、ベネッセ・朝日新聞共同調査などより
※5:当時図画工作の先生だった吹田文明と新日本造形株式会社
※6:(株)内田洋行「発明考案品懸賞募集・アイデア募集」
※7:ぺんてる(株)など
※8:(株)美術出版サービスセンター
※9:「義務教育諸学校の教科用図書の無償に関する法律」(昭和37年法律第60号)の提案理由には、教科書の無償化が、国民全体の願いであることを踏まえた上で「わが国の教育史上、画期的なものであって、まさに後世に誇り得る教育施策の一つ」だと述べられている。
※10:例えばアメリカは自由発行制度で、市場の大きな地域の方針で作成される。州のガイドラインに漏れないように内容を増やす傾向がある。貸与なので5-7年の使用に耐える頑丈さも必要になる。国立教育政策研究所「各国の教科書制度と教育事情」『第3期科学技術基本計画のフォローアップ「理数教育部分」に係る調査研究 [理数教科書に関する国際比較調査結果報告]』(2009)
※11:ところがそれをしないまま「指導方法が分からない」「○○式がいい」と言う先生がいる。まずは教科書を十分に研究し、教科書の通りにやってみてはどうだろうか。実践の宝庫である教科書はなかなか奥が深いはずだ。

新しい日本へのあゆみ(第6学年)

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

1.単元名

新しい日本へのあゆみ

2.目 標

 戦後の復興や日本万国博覧会(以後「万博」)の開催に関心を持ち,戦後の改革や日本国憲法の制定,国際社会への復帰と産業の復興,大阪万博の開催とその後の復興の様子について,聞き取り調査や図書資料の活用,年表,文書資料などを活用して調べることを通して,戦後,日本は民主的な国家として出発し,国民生活が向上して国際社会の中で重要な役割を果たしてきたことを理解できるようにする。

3.評価規準

社会的事象への関心・意欲・態度
○日本の復興に関心を持ち歴史の学習を振り返ることで,日本の歴史や伝統を大切にし,国を愛する心情や世界の平和を愛する心情・態度をもつことができる。

社会的な思考・判断・表現
○日本が民主的国家として行った政策の意義や当時の人々の思いや願いについて考えることができる。
○調べたことや考えたことをもとに,これからの日本がどうなっていくべきかという自分の意見を表現することができる。

観察・資料の活用
○聞き取りを行ったり,統計・文書資料等を活用したりして,戦後のあゆみや外国との関係,人々の生活について調べることができる。

社会的事象についての知識・理解
○戦後,日本は民主的な国家として出発し,国民の不断の努力により国民生活が豊かになり,国際社会の中で重要な役割を果たしてきたことが理解できる。

4.本単元の指導にあたって

教材について
○大阪大空襲などで大きな被害を受けた自分たちが住む大阪で,戦後,開催された万博を取り上げることで子どもたちは興味・関心を持ち,様々な課題の解決や人々の願いに向けて努力した先人の働きによって,戦後の大阪が発展してきたことや,その時を生きた多くの人々の姿から,自分たちの豊かで平和な生活が成り立っていることを捉えやすい。
○万博の開催にあたっては,開催条件が5つ(経済や技術の発展・文化の向上・安定した社会体制・広い国交・国が平和であること)あり,戦後の日本のあゆみは万博開催条件を満たす内容が多く,万博開催までのあゆみの学習は戦後の日本の様子や政策を網羅できる教材である。また,万博のテーマ「人類の進歩と調和」からもわかるように,人々の未来への夢や希望を感じられる教材である。
○地域には,戦争を体験し,大阪万博も体験された方が多くおられるため,当時のめざましい発展や思いを聞き取ることができる。

指導について
○導入では,戦後すぐの大阪の写真と万博の写真を比べることで,戦後25年で万博を開催できるほど日本が復興したことに興味を持てるようにし,万博開催までの日本の政治や外国との関係,人々の生活を予想し,単元の学習計画を立てられるようにする。
○日本国憲法や諸政策の学習では,大日本帝国憲法と比較することで,日本が民主的な国家としてスタートしたことを押さえられるようにする。
○万博を通して学習したことを活かし,戦後の日本の復興と発展の様子を調べ,国際社会の中で,日本が今なお重要な役割を果たしてきている事へと知識を広げたい。

5.単元の指導計画

学習のねらい

子どもの活動と内容

評価規準の具体例

1
本時

万博の様子について調べ,戦後の生活や社会の様子と比べて,万博が開けるようになった理由を予想し,学習計画を立てられるようにする。

○「戦後の大阪と大阪万博」の写真を比べて,話し合う。
○資料から「万博」について調べる。
・77か国参加
・最新技術
○日本の国づくりの様子について考える。

戦後の日本が25年で万博を開催できるまでに復興できたのはなぜか調べてみようとする意欲を持てたか。
(関心・意欲・態度)

2

基本的人権の尊重や平和主義などについて調べ,日本が平和で民主的な国家として再出発したことが理解できるようにする。

○戦後,日本でどのような政治が行われたのか話し合う。
○日本の政治について調べる。
・日本国憲法の制定
・男女平等
・教育改革
○どのような世の中になったか考える。
○外国との関係について話し合う。

戦後の日本の改革について調べ,戦後の日本が平和で豊かな国を政治中心につくっていこうとしたことが理解できたか。
(知識・理解)

3

戦後の日本と世界との国交について調べ,日本が国際社会に復帰し,様々な国と交流を持ったことに気づくようにする。

○外国と国交を開くために,どのようなことを行ったのか予想する。
○日本と諸外国との関係を調べる。
・サンフランシスコ平和条約
・国際連合へ加盟
・オリンピック開催
○外国との関係について考える。
○日本の産業が大きく発展したことを知る。

戦後の日本が外国とどのような関係になっていったかを調べ,戦後の日本が国際社会に復帰し,世界に認められるようになってきたことを理解できたか。
(知識・理解)

4

産業の復興や技術の進歩などについて調べ,国民の不断の努力があったことに気づき,日本の経済が発展していったことを考えられるようにする。

○万博で紹介された技術について話し合う。
○当時の人々の生活について調べる。
・国連からの支援
・3種の神器
・地下鉄・高速道路
○人々の生活の変化を考える。
○万博開催の条件とこれまでの学習を照らし合わせ,開催できるか話し合う。

戦後の人々の様子を調べ,戦後の日本の経済が急激に発展し,人々の生活が豊かになったことを理解できたか。
(知識・理解)

5

6

万博後の日本が他にどのようなことをしたのか調べ,日本が目指した国づくりについて考えることができるようにする。

○日本がどのような国づくりをしてきたのか話し合う。
○万博後の日本について,年表から調べる。
○調べたことを観点ごとにまとめ,発表する。
・平和で民主的な国
・外国との交流
・産業の発展
・国際支援
・リーダーシップ
・環境保全
○日本は1番どこに力を入れるべきか話し合う。

文書資料やインターネット,図書資料を使い,万博後の日本が行ってきた国づくりについて調べることができたか。
(観察・技能)

7

戦後のあゆみの中での人々の工夫や努力,未来にかける思いや願いを考え,これからの日本の役割や努力していくことを考えることができるようにする。

○歴史単元の年表を振り返り,当時の出来事や人々の願いを話し合う。
○自分たちの未来は,どのようにありたいのか考える。
○現在の日本の政治について話し合う。

これからの日本がどうなっていくべきかを自分の意見をもって話し合い,そのために自分にできることを考えることができたか。
(思考・表現・判断)

6.本時の学習

①目 標
 文書資料などから万博の様子について調べ,戦後の生活や社会の様子と比べて,万博が開けるようになった理由を予想し,学習計画を立てることができるようにする。

②学習展開

主な学習活動・内容

指導の工夫と教師の支援

資料

○写真を見て万国博覧会が開かれた頃の様子について話し合う。
・町が25年で変化
・大阪万博の開催
・多くの人が参加
・外国からも参加
・外国の文化

○戦後すぐの大阪と万博の写真を提示し,比較することで,25年の間にどのような変化があったのか興味が持てるようにする。
○大規模な催しである万博が大阪で開かれたことを知り,大阪万博に興味を持てるようにする。

・写真「敗戦直後の大阪市の様子」
・写真「万博開会式」「空から見る万博」

万博が開けるようになるまでに,日本はどのような国づくりを行ったのだろう

○資料「大阪万国博覧会」から万博について調べる。
・77か国が参加
・人類の進歩と調和
・様々なパビリオン
・6400万人以上が参加
・国際交流の場
・最新技術
・当時の未来予想の現実化

○これまでの学習から,長年描いていた万博開催が実現したことが分かるようにする。
○大阪万博のパビリオンで紹介されたものの中で,現代社会で実現されているものを取り上げ,この時代の人たちの不断の努力が現在につながっていることに気づくようにする。

・自作資料集「大阪万国博覧会」

○戦後,万博が開催できるようになったころの日本の国づくりの様子について考える。
・国の政治が整えられる。
・経済や産業の発展
・外国との交流
・人々の努力

○万博について調べたことをもとに,万博が開催できるようになった日本の様子を政治や経済,外国との関係などの視点から考えられるようにする。

○万博が開かれた頃の日本の国づくりについて,これから調べていきたいことを話し合う。
・国の政治
・外国との関係
・産業の発展と人々の生活

○考えたことをまとめることで,単元を通しての学習計画を作るようにする。
○子どもたちが考えた意見に対して「万博開催条件」を提示することで,今後,問題解決をする際の意欲を高められるようにする。

・検証資料「万博開催条件」

7.板書計画

地域とともにある学校づくりで目指すこと

icon_pdf_small「日文の教育情報 No.131」PDFダウンロード(360KB)

■学校運営協議会設置の現状

 全国153市区町村、1570校(平成25年4月1日現在)に学校運営協議会が設置され、いわゆるコミュニティ・スクールが指定されている。
 本県でも5市町、91校の公立学校に学校運営協議会が設置され、学校だけでは多種多様なニーズに十分に応えることが困難になっている学校の現状と、児童生徒や学校周辺の組織と連携することで地域活動の活性化を図りたいという地域の願いから両者の連携がつくり出されているといえる。
 先日、平成25年度文科省指定研究推進モデル校・都城市立山田中学校で研究公開が開催され、「コミュニティ・スクールによる地域とともにある学校運営協議会づくり」をテーマとしたパネルディスカッション(コーディネーター・大阪教育大・新崎国広准教授)のパネラーとして参加する機会を得た。
 山田中学校では、学校の教育活動を支援(あるいは地域住民に学校支援を依頼)するボランティア組織として社会福祉協議会等を委員とした「学校支援地域本部(学校支援ボランティアの会)」が位置付けられている。
 また、「目指す地域像」を設定するなど「地域や家庭において、学校と同じ方向性で教育すること」を共通理解し、主に福祉教育を中心として地域と協働した教育活動を展開している。
 研究公開では、学校運営協議会制度のメリット・デメリット及び学校の主体性について協議された。

■学校運営協議会制度のメリット・デメリット

 学校運営協議会制度のメリットとして児童生徒が地域の一員としてのアイデンティティを確立するのに有効であることは多くの実践校で指摘されている。一方、デメリットとして教職員の多忙があげられている。
 学校経営方針等に対する「承認」という参画度の高い仕組みを活かすには熟議が欠かせないという意味では教職員には多忙感が伴う。
 教職員の多忙解消には行政の具体的なサポートも必要だが、学校で完結する教育システムとしての学校観というパラダイムを転換することが多忙感の解消には必要であると考える。地域とともにある学校というシステムへと教職員が自覚的にスタンスを変えていくことが重要である。
 また、学校運営協議会が教職員人事に関与することに慎重な教育委員会が多いが、学校運営方針やそれに関わる当該校の求める教員像が明確になるに伴いガバナンスの在り方として避けられない課題であることを視野に入れておく必要がある。

■学校運営協議会制度における学校の主体性

 地域住民の意向を反映した学校運営の推進は、学校評議員制度や学校関係者評価制度でも意図されたものであったが、両制度は学校の「正統性」を前提としたものであり、学校としては導入に対して抵抗感の少ない制度であったといえる。
 学校と地域の連携による開かれた教育活動・学校運営の実践をとおしてソーシャルキャピタルの醸成というベクトルが主体相互に自覚されてきたことに伴い、地域住民のニーズと学校の「主体性」を調整する仕組みが必要となってきた。このことがガバナンスの概念を導入した学校運営協議会制度の背景にあると考える。
 したがって、学校は課題解決のために地域の支援を得るという意識から、学校をよくする事が地域をよくする事につながるという方向性を地域に明示し、地域と学校が双方向で関わっていくことが必要である。
 また、地域に在る様々なコミュニティは学校を媒介とすることで「子どものため」にという共通項で集いやすいことから学校は地域コミュニティを発展させる核となる可能性を持っている事を自覚しておく必要がある。

 先述のパネルディスカッションでは、「私たちは子どもの頃、地域の人たちから温かく叱られながら育った。」という意見が出された。都城市には薩摩藩・郷中教育の伝統がある。郷中教育は、一定区域のなかで行われる異年齢による自治的な教育であったことを特徴とした。
 地域とともにある学校とは地域の教育的伝統・文化を継承・発展させ、地域自治の将来の担い手を育成することが期待されていると考える。その一つのシステムとして学校運営協議会制度(コミュニティ・スクール)の実践に取り組まれている都城市教育委員会、山田中学校に敬意を表したい。

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障がいを乗り越えたスポーツの魅力

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 幼少期は人前に出ることが苦手で引っ込み思案なところがありました。小学校3年のあるとき,担任の先生に作文を書いて褒められたのです。それをきっかけに自信をつけていき,人前に出ることも比較的できるようになりました。自分に秘められている潜在能力を引き出してもらえた瞬間でした。
 高校2年のとき,交通事故で脊髄損傷という下肢障がいを負います。医者から「明日からは歩けないよ」と宣告されたときは,ショックで立ち直れませんでした。しかし,脊髄を損傷した人が社会復帰するための病院に入院したことが,後に私の心に変化をもたらします。寝たきりの病室からふっと廊下を見ると,カラフルな車いすに乗った患者さんがさっそうと駆け抜けている姿があるのです。それを見ているうちに,「早く私もああいう車いすに乗ってもとの生活を取り戻したい」と思ったのです。それが障がいを受け入れられるきっかけでした。
 時は1998年,オリンピック,パラリンピックの自国開催が決まり,アイススレッジスピードスケートという日本に歴史のない競技が,選手の発掘のために長野で講習会を開いたのです。その講習会に遊び心で参加しました。リンクでクルクル回っていると,その姿をノルウェーから来た講師が見て,「3か月後のリレハンメルパラリンピックに出てみないか」と声をかけてきたのです。そこから私は障がい者スポーツにのめり込んでいき,もっと上達したい,向上したいという気持ちになっていきました。
 現在,車いす陸上競技をしていますが,汗をかいて,そして爽快感を得て,また次に向けてのモチベーションにつなげていける,それがスポーツであるとも思っています。そういう意味で私が走っている姿を見て,車いす競技の魅力というものを感じていただければ,選手としてはこのうえない喜びです。
 最近,子どもが小学校に通い始めました。自分自身,怒られて闘争心を燃やすというよりも褒められて自信をつけてきたタイプでした。小学校のときはやはり褒められて自信をつけていくほうが,子どもにとってプラスの影響が多い気がします。先生方には,是非その子のよいところを伸ばしていただけたらと思います。


土田和歌子

土田和歌子

東京都清瀬市生まれ。
パラリンピックにおいて,日本人初の夏冬金メダリスト。
1993年,日本で最初にアイススレッジスピードスケートを始める。
リレハンメル,長野の両パラリンピックに出場。
その後,アイススレッジスピードスケートが廃止されてからは,車いす陸上競技に転向し,シドニーから四大会連続でパラリンピックに出場。
現在は,2016年のリオデジャネイロパラリンピックに向け,活動中。

キリシタンの時代―Godの世界はどう説かれたか(続)

ザヴィエルの日本像

 日本の16世紀は、大航海時代の波涛に乗って1549(天文18)年8月に鹿児島に上陸したイエズス会士にはじまる布教により、キリシタンの時代といわれるほどにキリシタンの信仰が日本人の心をとらえていました。ザヴィエルは、「日本人は私の見た他の如何なる国民よりも理性の声に従順な国民」「質問は際限がない位に知識欲に富んでいて」(1552年1月29日)と、ヨーロッパの会友宛書簡で述べ、日本宣教への大きな手ごたえを実感していました。そのため日本に来る宣教師には「日本人のする無数の質問に答えるための学識」があり、「宇宙の現象のことを識っている」「学者」が相応しいとも。一方で日本宣教には、堺の繁栄に注目し、その交易が多大なる利益をもたらすとの認識を布教の保護者であるゴアの総督に伝えています。
 ここに来日したイエズス会の宣教師は、ザヴィエルの意向をふまえ、やがて巡察師ヴァリニャーノが確定した日本順応策の下で、貿易の利に期待した戦国大名の要望に応じるのみならず、戦乱のなかに放置された民衆の心をつかみ、急速にキリシタンの信徒を増やしていきました。その教勢は、1550年に約3万人、布教後30年で13万人、1614年の禁教令前夜にはおよそ40万前後の信徒数であったといわれています。当時の人口が2700万程度であったこと、布教区域が近畿以西の西日本であることを考慮すれば、かなりの布教率といえましょう。ちなみに現在のキリスト教徒数は、カトリックが約45万人、プロテスタントが65万人といわれています。ここには、16世紀のキリシタンの活力の盛んな状況に比べ、近代化の尖兵たる宗教との自負をもっていた近代のキリスト教、特にプロテスタントの墜ちこんだ隘路を見ることが出来ます。それだけにイエズス会は己の世界、造物主たる創造主宰神Godをどのように説いたが問われましょう。

大日からデウスへ

 ザヴィエルの話は、上陸地鹿児島において、造物主である創造主宰神デウスを「大日」と説き、天地創造からキリストの誕生、生涯、復活、昇天を語ったがために、天竺からの新しい教え、仏教の一派とみなされました。この「大日」との訳語は、ザヴィエルが案内人ヤジロウに学んだことで、日本人の嘲笑をまねいたのです。「大日」なる用語は、密教でいう光明遍照、常住不在、衆徳全備であるものの、創造主宰神ではありえず、当時卑猥な隠語としても使われていたのでした。それだけにイエズス会士は、このような誤りを犯さないためにも、教理教会の用語の移植にあたり、体系的な哲学をもつ仏教語に学びながらも、教理の和約、とくにデウスの訳語に苦闘しました。
 デウスの訳語としては、当時ひろく使われていた「天尊」「天帝」「天命」「天道」のなかから、「天道」が採用され、キリシタンに広く用いられていきました。しかし「天道」には、キリシタンの教えに違和感をあたえることなく導く利点があるものの、デウスとその摂理が誤解される危険がありました。このことは、1603年に刊行された『日葡辞書』において、「天道」を次のように訳していることに読みとれます。

Tenno michi(天の道)天の道、すなわち、天の秩序と摂理と、すでに我々はデウス(Deos 神)をこの名で呼ぶのが普通であるけれども、ゼンチョ(getios異教徒)は上記の第一の意味[天の道]以上に考え及ぼしていたとは思われない。

 そして「天」については、

Ten(天)天空、また、書物の中では、「天道」と同じ意味で、天の秩序または運航と支配とを言う、ある人々は、この語[天道] によってデウス(神)、すなわち、天の支配者を表わすと理解しているようである。

 創造主宰神であるデウスを天道とすることは、天に想いを致す信仰として、大きな違和感なく日本人の心をとらえることが可能になりました。林羅山は、こうしたキリシタンの説法に対し、「儒教を盗んで天道を説いて酒の搾りかす吐くもの」と非難します。
 かつ、「天下は天下のまわり者」という戦国乱世の論理は、天道に認められた者こそが天下人になれるとの風潮にみられますように、時代人心を動かす意識でした。まさにこの意識、気分は、天道への信仰とみなされたキリシタンへの道を可能となし、人心を魅惑したのです。
 しかしデウスの世界は、天の秩序、運航を支配する天道理解だけでなく、愛と恩寵と救済が信仰の要でした。いわば訳語は、いかに類似なものを提示していようとも、この信仰的要義を充分に伝えるものと成り得なかったのです。ここにイエズス会は、可能な限り、日本の習俗への眼を大切にした順応策をとりながらも、信仰の要義にかかわる言葉を原音で表記し、イエスの福音を証することに努めました。すなわち創造主宰神はデウス、天国は「ごくらく(極楽)」でなくパライソ、霊魂はアニマ、恩寵はガラサ、祈祷はオラショ、誘惑はテンタサン、信仰はヒイデス、聖者はサントス等々。教会の組織的用語では仏教、とくに禅宗の用語を借用しながらも、信仰の内面にかかわるものはラテン語等の原音表記で日本の神仏の世界と異なる造物主である創造主宰神の世界の優位性を説いたのです。

「神神の微笑」に怯え

 Godの世界は、キリシタンの時代にデウスとして、その信仰の要義が日本に伝えられ、キリシタンの時代をもたらしました。そこでは、日本の神々と異なる唯一の創造主宰神たるデウスにつき、日本の世界に向き合い、日本人の心に引き寄せて信仰の在り方が語り聞かされておりました。その信仰の世界は、19世紀に来日したプロテスタントの宣教師以上に、日本という大地をみつめて説かれたものでした。しかしその歩みは、芥川龍之介がオルガンチィノを主人公にした作品『神神の微笑』で描かれていますように、日本という大地の営みに濾過され、信仰の要義を原音で表記することで堅持しようとした信仰世界すらも失いかねない闇に直面していました。キリシタンの宣教師は、19世紀の「文明の徒」プロテスタントと異なり、この日本の闇を直視し、原音にこだわることで信仰の証に努めましたが、「神神の微笑」に怯え、たじろぐ世界が待ち受けていたのです。南蛮寺の夕闇にたたずむオルガンティノの耳に老人がつぶやきます。

「泥烏須(デウス)も必ず勝つとは云われません。天主教(てんしゅきょう)はいくら弘まっても、必ず勝つとは云われません。」…「我々は木々の中にもいます。浅い水の流れにもいます。薔薇の花を渡る風にもいます。寺の壁に残る夕明りにもいます。どこにでも、またいつでもいます。御気をつけなさい。御気をつけなさい。」

参考文献

  • 土井・森田・長南編訳『邦訳日葡辞書』(岩波書店 1980年)
  • 『キリシタン書・排耶書』(日本思想体系25 岩波書店)

吉岡徳仁 クリスタライズ

 吉岡徳仁(1967- )は、アート/デザイン/建築など幅広い領域において、自由な着想と実験的な創作から数々の作品を生み出し、国内外で高く評価されています。世界中の美術館に作品が収蔵/常設される、国際的に活躍するデザイナーであり、空間そのものを作品とするアーティストでもあります。自然界の丈夫な蜂の巣(ハニカム)構造を紙の椅子にした「Honey-pop」、柔らかい繊維をパンのように焼いて強靭な構造にする「PANE chair」は、彼のユニークな発想を形にした試みですが、今回の個展で発表される結晶のシリーズは、それらに続く自然構造のプロジェクトです。音楽を聞かせながら形作られた結晶の絵画「Swan Lake」、結晶化した薔薇の彫刻「Rose」は、自然から生み出され「クリスタライズ=結晶化/アイデアを具体化」した作品です。また、鋼鉄より強い自然界のクモの糸から発想した新作「蜘蛛の糸」は、わずか7本の糸で作られた結晶の椅子です。これらの作品が点在する空間を、180万本ものストローによる白い竜巻「Tornado」が、ダイナミックにつないでいます。
 クリスタルプリズムによる虹の教会「Rainbow Church」は、12mのステンドグラスです。画家アンリ・マティスが作ったロザリオ礼拝堂を訪れた時の感動的な「光の体験」を、いつか人々と共有したいと吉岡は考え、光の建築空間を創り出しました。この作品空間は携帯カメラで撮影でき、作品を楽しむ観客の姿がどんどんネット上にも拡散し共有されつつあります。ぜひ、吉岡による作品空間を訪れ、自然と人間の関係や、新たな創作のかたちについて考えてみてください。

(東京都現代美術館 企画係主任 学芸員 森山朋絵)

 

<展覧会情報>

  • 吉岡徳仁 クリスタライズ
  • 2013年10月3日(木)~2014年1月19日(日)

展覧会概要

  • 吉岡徳仁の公立館初の大規模個展。過去の代表作や国内初公開のインスタレーションなど、吉岡が作品へと結実させた、自然が秘める美しさを全身で感じることができる空間を創出しています。

東京都現代美術館ico_link

  • 所在地 東京都江東区三好4‐1‐1
  • TEL 03-5245-4111(代表)
  • 休館日 月曜日(10月14日、11月4日、12月23日、1月13日は開館、10月15日、11月5日、12月24日、12月28日~1月1日、1月14日は休館)

<同時開催の展覧会>

  • うさぎスマッシュ展 世界に触れる方法(デザイン)
  • 2013年10月3日(木)~2014年1月19日(日)

その他、詳細は東京都現代美術館ico_linkでご覧ください。