「クミクミックス」(第3学年)

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

1.題材名

「クミクミックス」

2.目 標

 切った段ボールの形から発想して,つないだり組み合わせたりして自分の表したいものをつくる。

3.準備(材料・用具)

教師:段ボール・段ボールカッターなど

児童:はさみなど

4.評価規準

造形への関心・意欲・態度
○段ボールを切ったり,つなげたりしてつくる活動に進んで取り組もうとしている。

発想や構想の能力
○切った段ボールの形や,組み合わせた形から発想し,自分の表したい感じを思い付いている。

創造的な技能
○段ボールを切ったり,組み合わせたりしながら,切り方や組み合わせ方を工夫している。

鑑賞の能力
○段ボールを組み合わせて表現するよさを感じたり,友だちの組み合わせ方の面白さに気付いたりしている。

5.本題材の指導にあたって

 3年生の子どもたちは,これまでの授業の中で,最初につくりたいものをイメージし,そのイメージに合わせてつくる題材に多く取り組んできた。つくりたいものをつくるための材料として,段ボールはよく使用してきたものの一つである。今回は,この段ボールを切ったり組み合わせたりしてできた形の面白さから発想を働かせ,つくり,つくり変えていく活動を体験させたいと考えた。子どもたちが全身を使って活動を行う中で,発想を膨らませ,身近な段ボールから新たな発見ができるようにしたい。
 まずは段ボールとのであいの段階で,段ボールカッターを使い,大きく切ったり,いろいろな形に切ったりする活動の時間を十分にとる。子どもたちの体の大きさほどあった段ボールが,手に持って加工できる程度に小さくなったころに,切込みを入れ,組み立てる方法があることを伝える。
 段ボールをどのような形に切るか考えながら試し,切った段ボールを組み合わせたり組み変えたりしながら,自分の気に入った形を見付け,さらに思いを広げていくことができる活動を展開したい。

6.指導計画(全2時間)

学習活動の流れ

指導上の留意点



15分

〇段ボールカッターの使い方を知る。
〇板状の段ボールを大きく,真っ直ぐに切る。

・段ボールカッターの安全な使い方を実演する。
・段ボールは,箱状・板状のもの,無地のもの,大きさの異なるものなど,色々な種類を用意しておく。
・段ボールカッターに慣れさせるため,練習としてまずは板状にして,大きく切ること,真っ直ぐに切ることを促す。

最初は真っ直ぐに切ってみよう!



60分

〇段ボールを色々な形に切る。
・丸に ・三角に ・ギザギザに
〇切った段ボールに切込みを入れ,組み合わせたり,組み変えたりする。

・試しながら,色々な形に切ることを促す。
・接着剤やセロハンテープを使わず,切込みを入れることだけでしっかりと段ボールを組むことができることを説明する。

細かく切った段ボールを交互に組んでみたよ。丈夫な土台にしよう。

組み方を工夫して船をつくろう!切り込みを入れて、帯状の段ボールを通すと接合の方法が広がるよ。




15分

〇友だちの作品を鑑賞する。

・それぞれの作品から,工夫の違いによるよさに気付けるよう促す。

陽だまりハウスでマラソンを

(c)2013 Neue Schönhauser Filmproduktion, Universum Film, ARRI Film & TV

 人は必ず老いる。さあ、どうするか。舞台は、ドイツの老人ホーム。ここに、かつてオリンピックで活躍したマラソン・ランナーのパウル・アヴァホフと、その妻マーゴが夫婦そろって入居してくる。日頃、マーゴは、たびたび病気で倒れる。客室乗務員をしている娘は多忙で、母親の面倒は見れない。渋々、入居してみたものの、元気なパウルはパーティ用の人形を作ったり、合唱したりのホームの生活が耐えられない。ホーム・スタッフの万事事なかれ主義や、やたらホームの生活を仕切りたがる住人がいて、パウルは面白くない。パウルは決意する。「走ろう」と。

(c)2013 Neue Schönhauser Filmproduktion, Universum Film, ARRI Film & TV

 「陽だまりハウスでマラソンを」(アルバトロス・フィルム配給)は、70歳を過ぎた老人が再びマラソンに挑むドラマ。これが実にうまく作られている。映画の冒頭、パウルはゴール寸前、ソ連の選手を抜いてヘルシンキ・オリンピックのマラソンで優勝する実写らしいフィルムが挿入される。この実写らしいフィルムが、実はフィクションである。1952年のヘルシンキ・オリンピックのマラソンで優勝したのは、人間機関車といわれたチェコスロバキア(今のチェコ)のエミール・ザトペックで、銀メダルはアルゼンチンの選手である。また、劇中、パウルは、1956年、メルボルン・オリンピックのマラソンでも優勝したと出てくるが、メルボルンでの優勝者はフランスのアラン・ミムンで、2位はユーゴスラビアのフランジョ・ミハリクだ。ゴール前は接戦ではなく、優勝したミムンと2位のミハリクとの差は、たしか1分30秒ほどの差だったと思う。また、1956年のボストン・マラソンでも、パウルが優勝したと出てくる。この年の優勝者は、フィンランドのアンティ・ヴィスカリで、前年の優勝が、日本の浜村秀雄だった。ドイツの選手はマラソンでは、それほどの活躍はみせていない。それでも映画の設定の巧みさだろう。戦後の復興を遂げようとするドイツに、国民的な英雄が現れたというフィクションを、さもありえたかのように見せているわけである。
 日本ではそう有名ではないと思うが、芝居のうまい俳優が勢ぞろい。ディーター・ハラーホルデンがパウルに扮し、力演、奮闘する。脇役たちも年齢相応の達者揃い。背景の事情はいくぶん切実なのに、表現はユーモラス、ちょっぴり皮肉でもある。きびきびとした展開で、スピーディ。心地いい。

(c)2013 Neue Schönhauser Filmproduktion, Universum Film, ARRI Film & TV

 妻のマーゴは、すでに老人ホームを「終の棲家」とあきらめている。それでもパウルに促され、かつて務めたサポート役に復帰する。「ベルリン・マラソンに出る」とパウルは言う。パウルのことをバカにしていた周囲の人たちは、かつてパウルが偉大なマラソン・ランナーだったことに気付き始めて応援するように
なっていく。過去の栄光があるとはいえ、70歳を過ぎた老人がマラソンに挑む。ここに、さまざまな問題が噴出する。さて、どうなるか。
 いくつになっても夢や希望を持つことだろう。そして、決してあきらめないこと。応援したくなる対象は数多くあっていいと思う。誰しもがパウルのような老人ではない。だが、パウルを応援することは誰でも出来る。
 人は必ず老いる。監督、脚本のキリアン・リートホーフがインタビューに答えている。「…時が過ぎ、人生の終わりが近づいたときに、自分はどう行動するのだろう…。年老いてから初めて考えるのではなく、そのずっと前から考えておくべきものと思う」と。

2015年3月21日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ico_link新宿武蔵野館ico_linkほか全国順次ロードショー!

■『陽だまりハウスでマラソンを』

監督・脚本:キリアン・リートホーフ
出演:ディーター・ハラーフォルデン、ターチャ・サイブト、ハイケ・マカッシュ、フレデリック・ラウ
配給:アルバトロス・フィルム
2013年/ドイツ映画/115分/デジタル5.1ch/シネマスコープ
原題:Back on Track
推薦:公益社団法人日本マスターズ陸上競技連合
協力:東京ドイツ文化センター

身近な地域の調査『刈谷市南部から日本の農業を考える』(第2学年)

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

1.単元名

身近な地域の調査『刈谷市南部から日本の農業を考える』

2.単元の目標

社会的事象への
関心・意欲・態度

社会的な
思考・判断・表現

資料活用の技能

社会的事象についての知識・理解

学校周辺の農業について,フィールドワークや取材活動などに主体的に取り組むことができる

学校周辺の農家が大切にしていることを多角的に捉え,自分たちの生活に結び付けて将来の姿を考察することができる

フィールドワークや取材活動で得た知見を,自分の言葉でまとめたり級友に伝えたりすることができる

農業の全国的な現状や課題と地域の農業が抱えるそれとを比較し,共通点や差異を捉えることができる

3.単元の指導に当たって

(1)教材観
 農業の高齢化とそれに伴う後継者不足は全国的な課題である。その課題の解決策として国は『農事組合法人』を制度化し,日本の農業を大規模農業へ転換するよう支援を進めている。同時に,自営的な小規模農業を守り,生きがいや居場所作り,郷土コミュニティーの形成など高齢者でも農業を続けていける仕組みづくりも行われている。本校を中心とした刈谷市南部は『農事組合法人』を中心に大規模農業が展開されると同時に,産直センターへの出荷や自家用の作物を栽培するなどの高齢者を中心とした小規模農家の両方が存在する。まさに日本の農業の縮図となっており,地域から日本全体の姿を見る身近な地域の調査の目的に沿っている。

(2)目指す生徒像
・自ら問題をもち,追究を深める生徒
・学校周辺の農業が抱える問題に切実感をもつ生徒
・これからの地域農業のあり方を考え始める生徒(=郷土に愛着を感じる生徒)

(3)手立て

手立て1 生徒が自ら問題をもち,追究を深めるための手立て
ア:学校周辺で行われ,農業従事者の高齢化という問題を抱える地域農業を教材化する。
イ:学校周辺の田畑で栽培されている作物を調べたり,農家やJA,産直センターに取材や調査活動を行ったりするなど,体験的な活動を軸にした単元構想の工夫をする。

手立て2 地域の社会的事象が抱える課題に切実感をもち,これからの地域の姿を考え始めるための手立て
ア:取材や調査活動の中で,農業に携わる方と関わり,思いや願いに触れる場を設定する。
イ:取材や調査活動によって明らかにしたことを通して,仲間と関わる場を設定する。
ウ:意見交流において,切り返しなどをしたり,ゲストティーチャーを登場させたりすることで,問題を焦点化する。

4.単元の指導計画

時数

学習のねらい

生徒の活動と思考
生徒の問題

評価規準の具体例

1

◎地域の農産物を食べてみよう
・地域の農業に目を向けさせ,興味をもつ

・地域の農作物のことを意識していなかった

・何という名前の品種なのか

2

◎学区の作物調べをしよう

・大豆がとても多い

・作物調べを通して,地域の農業に興味をもち,自らの問題を見つけることができる
(関心・意欲・態度)

3

◎作物調べを通して分かったことと,分からなかったことを出し合おう

・大豆栽培をしている
『農事組合法人』ってどんな集団なんだろう

4

◎庚申塚(学校の北側)の調査を通して『農事組合法人』がどんな人たちか追究しよう

○農家への取材活動を行う
・お年寄りで農作業のできない人が『農事組合法人』に預ける
誰が利益を得ているのか調べたい

・庚申塚の調査を通して学区の農業が抱える課題を見出すことができる
(思考・判断・表現)

5

◎庚申塚の調査から分かったことと分からなかったことを出し合おう

6
7

◎JAへの取材を通して地域農業が抱える課題を明らかにしよう

○JA(営農センター)や産直センターへの聞き取り調査,取材活動
・農業では十分な収益が得られない
・地域農家は高齢化している
・地域農家の厳しい現状を受けて大規模化している

・この地域の農業が大規模化してきている背景や従事する人々の願いをあきらかにすることができる(思考・判断・表現)

8

◎JAへの取材から分かったことと分からないことを出し合おう

9

◎農業が大規模化してきていることについて考えよう

10
11

◎農業が大規模化してきている学校周辺の小規模農家について考える

○小規模農業を続ける人たちに迫る調査活動を行う

・小規模農業を続ける人に迫る調査活動ができる
(資料の活用)

12
本時

○追究したことを出し合い,小規模農家の思いや願いに迫る
・小規模農家は自分の土地を守っていきたいという思いが強い

・地域農業が抱える課題を切実に捉え,これからの農業のあり方を考えることができる。
(思考・判断・表現)

13

◎単元まとめを書こう
・単元を振り返り,農業について考えたことや調査活動を通して学んだことをまとめる

○単元まとめを書く
・小規模も大規模もこの国には必要だ
・もっと農業を活性化する方法を探したい

5.本時の学習

(1)目標
・調査結果やこれまでの学習を基に自分の考えをもち,話し合いに参加することができる。(関心・意欲・態度)
・地域農業が抱える課題を切実に捉え,これからの農業のあり方を考えることができる。(思考・判断・表現)

主な学習内容

学習活動と生徒の思考

教師の見取り・支援

○学習課題を確認する
◎農業が大規模化している学校周辺の小規模農業について考える

○前時までに追究してきたことを出し合う(話し合い)
・小規模農家が続ける理由
・小規模農業の難しさ
・大規模農業が拡大する理由
・大規模農業の難しさ

・前時までの追究を座席表に落とし,生徒の意見を十分に見取る
・左記の4点を中心に構造的な板書を心掛け,農業が大規模化してきていることを明確にする

○話し合いを深める

○小規模農業のこれからを考える(話し合い)
・小規模農業を続けることは収益面,高齢化など難しいことが多いから,徐々に衰退
・土地があるから始める人もいるのではないか

・話し合いをこれからの小規模農業がどうなるのかという点に焦点化するために,意図的に指名したりする

○ゲストティーチャーの話を聞く

○ゲストティーチャーの話を聞き,これからの地域農業のあり方に目を向ける(聞く→ひとり調べ)

・生徒の意見を聞いて感じたことを率直に語る中で,JAとして地域の農業を守っていきたいという願いを伝えてもらう

○これからの農業の姿を考える

○これからの地域農業のあり方を考える(話し合い)
・小規模も大規模もこの国には必要だ
・農業自体を活性化する必要がある

・自分たちにできることも含めて考えさせる
・どのような意見も肯定的に受け入れる

鑑賞教育~発達と言語活動

 教育は、「計算とか言語とか基礎的なスキルをベースに、思考力や判断力を高めましょう」で終わりがちです。でも、これからは、コミュニケーションとか、人間関係をつくるとか、社会に参画するとか、そのような実践力が求められるでしょう。それは、美術鑑賞が十分に担える部分です。
 このときにポイントになるのは、鑑賞における発達と言語活動です。本稿ではその二つを視点に、低学年、中学年、高学年、中学1年、中学2・3年の特徴を、簡単に説明します。

 なお本稿で紹介した作品は全て、日本初、本格的美術鑑賞のウェブサイト「鑑賞教育.jp」で見ることができます(※1)。サイト中の「鑑賞教育キーワードmap」では、各学年に最適の作品をキーワードで選んだり、プレゼンモードで鑑賞したりすることができるので、ぜひ参考にしてください(※2)。

低学年

 子どもが鑑賞している姿は、大人とはずいぶん違います。大人は一対一で対決するように美術作品に出合いますが、低学年の子どもはむしろスッと一体化します。そこから、何か感じて、発言します。視覚だけでなく、触覚や聴覚なども活発に働かせています。私はよく「鑑賞は全身運動」と呼んでいるのですが、例えば、高村幸太郎の《手》に出合ったら、子どもたちはすぐに、あの複雑な手の形を真似ようとします。マイヨールの《夜》の前で、同じポーズをとります。言語活動的には、全身で感じ、考えたことが言葉になれば、それだけで十分でしょう。

中学年

 この学年で特徴的なのは、想像の世界、物語の世界がどんどん膨らんでいくことです。東山魁夷《道》だと、道の真ん中に立って「向こうに何がある」「外国に行ける」とか、いろんなことを言います。絵の中に入り込んで、その世界を見渡すように語ります。子どもにとって作品は、作品というよりも、目の前に広がる世界なのです。言語活動的には「この形がきれい。この動きが面白い」のように、原因と結果を分けることができるようになります。進行役は、子どもの意見の「根拠」を丁寧に押さえるように進めると、絵と関係のない話に広がって、収集がつかなくなってしまうことはありません。

高学年

 高学年は、かなり分析的、論理的に鑑賞するようになります。「どこからそう思ったの」という質問にもはっきり答えられますし、謎解きとか推理とか、話し合いそのものを楽しむ特徴をもっています。例えば古賀春江《海》について、いろいろ話し合った後に、「じゃあこの作品に題名をつけましょう」というと「私はね、《空想と現実の世界》、それは、女の人が、潜水艦が、、、、」と話すことができます。鑑賞を進める側としては、形や色などの造形的な要素をしっかり取り出して、一緒に謎を解いてみるような姿勢がよいでしょう。

中学1年生

 中学生は、自分を見つめる年齢です。自分にこだわったり、周りの目を気にしたりしはじめます。それは同時に、「作家は何を考えたのだろう」という問いが成り立つということです。「作家について語る」は「自分について語る」と同じことですから。例えば、アントニー・ゴームリー《反映/思索》で、「過去の自分と今の自分を比較して人生について考えている」などのような発言ができるようになります。また、日本文化について考えたり、現代作家の社会に対するメッセージを読み解いたりすることもできます。テーマを決めてディベートや小グループでのディスカッションなど、いろんな方法を試すといいでしょう。

中学2・3年生

 美術は、「これを美術として見ましょう」「それをこのような方法で担保しましょう」という約束事や制度の側面があります。それは、国の歴史や社会背景などで、かなり違います。そのことが、中学2・3年生にもなると理解できるようになります。例えば、モーリス・ドニ《雌鶏と少女》を見て、縦書きのサインとか縦長の画面構成などから日本らしさを見つけ、文化的な影響について考えることができます。「学芸員が作品を配置した意図」「美術館が美術を定義する」などのような難しいテーマに挑戦するのもよいでしょう。

 これからは、単に、学力を高めるということだけではなく、社会を生き抜く力を高める、あるいは自分の気付かない能力を覚醒させる、などが求められるようになるでしょう。そのために美術館に行ったり、美術鑑賞をしたりするということが、美術の一つの「役割」になるかもしれません。その際に、発達や言語活動に配慮して、育てたい力にそった鑑賞活動を行うことが大事だと思います。

 

※1:「鑑賞教育.jp」
平成24~26年度科学研究費基盤(B)「美術館の所蔵作品を活用した鑑賞教育プログラムの開発」研究代表:一條彰子(東京国立近代美術館)の成果報告である。奥村は研究分担者で、特に「鑑賞教育キーワードmap」の原案作成に携わっている。本稿はその骨格部分を解説したものである。
※2:「鑑賞教育キーワードmap」
「担当している学年には、どんな作品を鑑賞させたらいいの?」「この作品を鑑賞するには、どんな方法があるの?」などの疑問を解決するきっかけとなるよう作成されたウェブサイト。美術館での学習において、児童生徒の反応が高かった作品を選択し、各学年の鑑賞の特徴、作品解説、鑑賞方法・実践例や子どもの言葉とともに紹介している。キーワードや作品解説、プレゼンモードでの鑑賞など、教員や学芸員が美術館・博物館の所蔵作品を活用し、鑑賞教育プログラムを考案・指導する際の手助けとなる。

日本列島という世界

承前

 江戸時代、「徳川の平和」がもたらした「読み書き」の文化は、日本の近代化をささえる原動力となり、日本国民を育成する器を用意しました。ここに展開された国民教育は、日本列島の多様性を一元化し、国家が各地域の固有性を強権的に剥奪していくことで可能となったものです。その営みは、「母乳とともに呑みこんできた愛国心」と評されたような民族主義を生み育て、日本国民を「愛国心」中毒にすることにもなりました。
 このような日本人の姿は、東北学院の創立に尽力した宣教師ホーイが日本人の「愛国心なるものは確かに病的で、「我が国」というかの病的な一句が、「われらの父なる神の御国」よりも、もっと包括的」(1891年6月6日付書簡)との嘆きに読みとれます。日本のキリスト者は、内村鑑三が二つのJ-JesusとJapan-にたくして己の信仰を問い語ったように、強く愛国心に囚われた存在でした。
 この病理は、プロレタリアの国際連帯が使命であるにもかかわらず、1922年に開催されたコミンテルン主催の極東民族大会に出席した日本の共産主義者が排外愛国主義に冒されていることに対し、ジノヴィエフが「母乳とともに飲みこんできた愛国心」と論難した言動にも見ることができます。まさに日本国民は、キリスト者にせよ共産主義者にしても、「愛国主義」の虜ともいえる存在だったのです。この「愛国主義」は、「大東亜戦争」の敗北を受け、戦後教育で問い質されました。しかし戦後70年の現在、「愛国主義」の病理がもたらした世界を凝視することなく、戦後体制からの脱却を大義とする「愛国心」なるものが声高に説かれております。

戦後教育の転換

 戦後教育は、「大東亜戦争」の敗北を痛覚となし、教育勅語を失効させ、新たな教育の指針を1947年に教育基本法で定めました。その前文は、「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にして個性ゆたかな文化の創造をめざす教育の普及徹底」を高く掲げ、人間の尊厳を説き、閉ざされた愛国心からの脱皮をめざすものでした。
 しかし戦後教育の原点であった教育基本法は、2006(平成18)年に全面改定され、「教育の目標」として、「伝統と文化を尊重し、それをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」を新たな教育の指針として提示します。この改定は、「占領体制」を継承した戦後の枠組みからの脱却をめざしたもので、最終的に日本国憲法を根本的に創りなおすことをめざす第一歩にほかなりません。ここに学校教育では、「愛国心教育」が説かれ、「公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育の推進」と、「公共の精神」が声高に説かれることとなりました。
 この「公共の精神」は、「我が国と郷土を愛する」とした「愛国心」を担わせることを意図し、「個人の尊厳」を呑みこむものにほかなりません。それだけに現在問い質すべきは、「我が国と郷土を愛する」と説かれた「愛国心」と「愛郷心」が同一のもとしてありうるか否かを、日本列島の住民がいかにして「日本国民」となり、「母乳とともに飲みこんできた愛国心」の持ち主に造形されたかを歴史として読み解くことではないでしょうか。そこで先ずは、日本列島なるもの在り方がどのように認識され、その住民が何時「日本国民」となったのかを読み解くことにします。

吉田松陰の眼

 江戸時代は、地域が異なれば、東国を旅する長州藩士吉田松陰が言葉の通じないことに困惑しましたように、異質な世界でした。列島という空間は、各地に固有の言葉が飛び交い、方言といわれることとなる言語様式が日常的な世界でした。このことは、亜寒帯から亜熱帯におよぶ日本列島の構造がもたらした文化の落差にほかなりません。
 この列島は、千島から琉球列島に連なる弓状の弧状列島で、その容(かたち)がはなづな(花綵)のようだとして、後に花綵列島と称されます。列島の住民は、黒船が来航する状況下に噴出した危機感にうながされ、日本とは何かを自覚的に問うこととなります。
 NHK大河ドラマの主人公吉田松陰は、下田沖の米艦に搭乗、密航を企図した責めを負わされた囚人として、萩の野山獄に幽閉されました。ここで認めた『幽囚録』は、下田踏海の一挙を決意した己の志を顧み、鎖国日本に迫りくる列強の圧力を前に、日本を「皇国」とみなし、その容を「常山の蛇」と位置づけ、危機に対峙する想いを吐露しております。

夫れ神州は東北は蝦夷に起り、蝘蜒委蛇(えんえんゐい)として西南のかた対馬・流求(りゅうきゅう)に至る、長さ千里に亙りて広さ百里に過ぎず。是れ常山の蛇に非ずや。首至り尾去る、豈に其の術なからんや。蓋し機内は所謂六合(りくごう)の中心にして万国の仰望する所、皇京の基、万世易はることなし。

 松陰は、列島の容が蛇のようにくねくねと曲がったものだとの認識をもとに、孫子が説いた「常山の蛇」を想起し、「其首を撃てば則ち尾至り、其尾を撃てば則ち首至り、其の中を撃てば則ち首尾俱に至る」と説き、日本独立を論じます。まさに蛇の如き日本列島像は、宇宙から日本を捕えたもののごとき映像にほかならず、列島を「常山の蛇」とするために一個固有の愛国心によって首尾一体となる絆を深めざるを得ないことを実感せしめます。まさに列島の住民は、日本という大地に生きる者として、日本国民に相応しい精神の共有性を身に帯びた存在であることが求められたのです。この「精神の器」こそは、他国と異なる日本の固有性へのこだわりであり、「皇国」という幻想にほかなりません。ここに病的なる愛国心の根があると言えましょう。

未来に輝く子どもたち

 家族で遠方へ出かけたときにいつも思うことがあります。それは震災から4年が経ち、震災の記憶が薄れていくのだろうと感じています。福島県では、毎日のテレビニュース番組で各地域の放射線量が報道され、仮設の住宅に多くの方が避難生活を送っています。また、本校がある場所は福島第一原子力発電所から30キロにあり、隣接する地域(居住制限区域)の4つの小学校が、本校の校庭に仮設校舎を建て同じ敷地内でともに生活を送っています。そのような中で、子どもたちは後ろを向くことなく、明るく元気に前を向いて一生懸命に頑張っています。
 美術の教員として、子どもたちの感じていることをどのように表現させればいいのか、また、頑張っている姿を保護者や地域の方にどう発信すればよいのかなど、子どもたちや地域の実態を考えて、教材の選定や題材の見直しをしてきました。そのなかで、学校全体として取り組んでいる文化祭にスポットをあてて今年度は取り組みました。
 文化祭は、体育館を会場に様々な発表があります。主に、各学級による合唱コンクールや各学年の総合的な学習の時間の学習成果の発表です。美術科では、授業で制作した作品を校舎内に展示をしますが、それ以外に各学級で文化祭のテーマにあった大きな絵を描いて体育館の壁面に展示するビッグアートコンクールを行います。

 はじめに、文化祭のテーマを生徒会が中心になり、全校生徒から募集します。募集した中から生徒会で話し合いテーマを決定します。今年度のテーマは「挑戦」、サブテーマが「限界の壁を越えるまで」でした。
 つぎに、文化祭テーマをもとに全校生徒で原画を考えました。各学級で互いの原画を見て、テーマにふさわしい原画を選びました。それをもとに各学級の6名の制作係が制作を行いました。

授業内でテーマについて考えて、一人一人が原画を描いた。

 制作は、9月中旬から昼休みの時間や放課後の時間を使いながら行いました。子どもたちに文化祭展示までの制作計画を提示して、各学級の制作委員が互いに制作内容の分担を決めたり、制作手順を確認したりするなど話し合いをしながら進めていきました。

<制作工程>
 ・パネルに、ロール紙をはる。
 ・鉛筆で原画を見ながら下書きする。
 ・ポスターカラーで着色する。

 完成した作品を文化祭前日に体育館へ展示しました。制作委員たちは、自分たちの描いた作品を見て完成させた喜びと達成感に満足していました。また、互いの作品を見て労をねぎらうとともに、同じテーマからのとらえ方の違いや表現方法など、学年の壁を越えて楽しそうに話をしていました。さらに、他の準備をしている生徒たちも足を止めて、絵を見たり、制作委員と制作内容の話している姿がありました。

<左上から1年生、右上が2年生、左下が3年生。各学年4学級の12枚の作品>

 ビッグアートコンクールとしてスタートした企画のため、先生方に審査員になっていただき、文化祭の閉会式前までに審査をしていただきました。どれも力作で先生方も審査に大変苦労されたと聞きました。また、子どもたちが制作をしている段階から、多くの先生方に声をかけていただいたことが励みとなり、今回の力作につながったと感謝しています。
 文化祭には、PTAの方々をはじめ、多くの保護者や地域の方々が来校されていました。少しでも子どもたちが元気に学校生活を送っている姿と成長した姿が伝わればと思いました。
 最後に、震災前からあった文化祭ですが、震災後に再開された文化祭のテーマ「笑顔」「CIRCLE」など、人と人との繋がりや絆をテーマに掲げていましたが、今年度のテーマが大きく変化していることに気づきました。生徒会の子どもたちに、なぜ今年度のテーマが「挑戦」なのか聞いたところ、『今まで様々な方たちに支援や応援をいただいて僕たちは頑張ってこられた。そのお礼の意味を込めて、いろいろなことに挑戦する僕たちの成長した姿を見てほしい』との思いがあったからだそうです。その思いを聞いたときに、言葉に詰まり何も言えず、ただ感動しました。前を向いて頑張ろうとする子どもたちがたくましく思えました。これからも美術教育を通しながら、未来を担う子どもたちを育てていきたいと思います。