兵士は戦場をどのように記録しているか

承前

 日本は、米国との協力をさらに強固にするために、「積極的平和主義」をかかげ、新たに安全保障関係の法体系の整備をなし、自衛隊が米軍の後方支援に参与できるようにしました。安倍総理は、この後方支援が自衛隊員にrisk-危険をともなうことがない安全に配慮したものである、と縷々説いています。はたしてそうでしょうか。
 この「後方支援」は、日米の防衛協力を取り決めたガイドラインによると、logistic supportとされております。logisticは兵站(へいたん)のことです。兵站とは、戦争において軍隊が必要とする武器・弾薬・食料等々の補給や兵士の運搬をする任務のことです。日本陸軍は、歩兵・騎兵・砲兵・工兵・輜重兵(しちょうへい)・看護卒から構成されていましたが、輜重兵は「もしも輜重兵が兵隊ならば蝶々トンボも鳥のうち」「もしも輜重兵が兵隊ならば電信柱に花が咲く」などと揶揄されるほどに軽蔑され、兵科とみなされていませんでした。まさに日本軍は、兵站の思想が欠落しており、食は敵地でとれとした軍隊でした。そのため戦地においては、現地住民の食を奪い、各占領地で多くの非道を行いました。この補給を蔑視した体制こそは、とくに太平洋戦線において、日本軍死者の7割前後が餓死であったことにも読みとれましょう。

戦争をみつめたろうか

 近代戦、とくに現代の戦争においては、兵站の確保が必須のことで、兵站の破壊が戦争を左右します。まさに兵站は真っ先に攻撃をうけます。後方支援だから戦場でないなどというのは現代の戦争について無知か意識的欺瞞のきわみです。しかも「危険」をriskとみなし、dangerと説明しないのは言葉の詐称そのものです。riskが意味する「危険」は、たとえば商売などで“リスクを取る”といわれる表現にみられるように、その人が負うべき自由と責任と不可分に結び付いた概念にほかなりません、戦場における危険は、兵士が己の責任でリスクを取るものでしょうか。それは、否応なしにおそって来るdanger-危険にほかなりません。これは、言葉の綾ではなく、戦場の危険を隠蔽するための詐欺的言語操作そのものでないでしょうか。ことほどさように言葉の置き換えで本質を隠蔽した政治が現在まさにまかりとおっているのが、日本の政治なのです。
 このような時代だからこそ、戦争とはどのような世界かを、戦場の兵士の目で確かめることとします。戦後教育は、「平和教育」を課題としてきましたが、戦争がもたらした世界を個別具体的に説くことを「児童生徒」にとり「残酷」だとしてにげてきました。慣例のごとく企画される8月行事を「平和」なる冠で営むものの、正面から戦争に向きあう「戦争展」は忌避されてきたのではないでしょうか。それだけに戦争といえばTVや映画のなかの格好のいい世界としか理解できない、戦場の死が己のことと重ねて読み解く想像力を失わせたといえましょう。そこで戦争とは何かを、徴兵された若者が、一人の兵士として戦場で見聞を記録した世界から問い質すこととします。

第1師団歩兵第15連隊窪田仲蔵の旅順戦記

 長野県諏訪郡の農民窪田仲蔵は、1873(明治3)年生まれで93年12月に第1師団歩兵第15連隊に現役兵として入営、翌94年日清開戦で第2軍の下、乃木希典の指揮下で旅順攻略に参加、12月に1等卒、95年3月に上等兵に昇進、終戦で帰国、勲8等瑞宝章を授与された人物(岡部牧夫「兵士の見た日清戦争」)。その従軍日誌は、戦場で生きた兵士の相貌を詳細に記録しており、旅順のおける殺戮戦を克明に認めております。この旅順における日本軍の殺戮戦は、「旅順虐殺」として世界に報じられ、後に日中戦争下における南京占領での「南京虐殺」に重ねてあらためて想起されることとなったものです。旅順口の白玉山東麓に万忠墓はその死者を慰弔したものです。日記には、日本兵が清国の軍民を殺戮していく思いがあますところなく吐露されています。そこには戦場における兵士の心理が読み取れましょう。

敵兵退却の後我兵士の死体を見るに一の首あらず皆敵兵之れを切り持去れり。或は手なきもあり足なきもあり腹は十文字に切り武器被服皆持去り実にザンコクの殺しをなしたり。余等は之れを見て実に耐え兼此の後敵と見たら皆殺しにせんと一同語り進む。(明治27年11月19日)
互に砲戦2時間にして日は既に西山に傾く。此の時敵の死体三つあり。見るに皆火あぶりにし亦腹等は十文字に切りあり。是は前18日双台溝に於て敵の為めに無残の殺しを受けし故其仇として我兵士今此の死体を此の如くしたるなり。余等も是れを見て一寸の心を安ぜり。(11月20日)
余等は急に追撃す。敵も三方討ち破られ逃ぐるに遑あらず土民の衣を着て土民に詐るあり。或は人家に隠れ或は屋根の上を逃るもあり恰も蟻の散るが如し。此の時余等は旅順町に進入するや日本兵士の首一つ道傍木台に乗せさらしものにしてあり。余等も之れを見て怒に堪え兼気は張り支那兵と見たら粉にせんと欲し旅順市中の人と見ても皆討殺したり。故に道路等は死人のみにて行進にも不便の倍なり。人家に居るも皆殺し大抵の人家二三人より五六人死者なき家はなし。其の血は流れ其の香も亦甚だ悪し。捜索隊を出し或は討ち或は切り敵は武器を捨て逃るのみ。之れを討ち或は切る故実に愉快極まりなし。此の時我軍の砲兵は後方にありて天皇陛下万歳を三呼す。(略)其夜は戸併に桶等を打ち破し以て火を燃き其の夜を明かしたり。夜明けて水を求めんとし見るに死人のみにて実に水を飲む如き清水なし。此の時酒或は砂糖菓子等を分捕り亦皮を分取り首に巻き將校中には虎の皮等を分捕せしもの沢山あり。昨夜よりの寒気実に厳しく吾等も皮のため寒を凌げり。兵卒中には酒を沢山飲み大酔し寒を知らざるものもあり。此の戦後日の調に依れば婦人40余人を殺したりよ云ふ。是日暮れて後見分の付かざるなり且つ我軍双台溝の戦敵のため残酷の殺しを設か奮怒の至りに出来事なり。此の時吾れ戦友と共に裏町に入り見れば5人医書一所に死し中に大なる犬一匹之を守り居るあり。是れ其家の主人ならん。(11月21日)
神国の兵は僅の兵を以て1日に之れを攻め落したり。其の敵は嚢の中の鼠の如し皆殺しにして逃ぐるは甚だ僅なり(11月22日)

従軍画家浅井忠が描いた世界

 ここに記述されている旅順の様相は、占領後に旅順に入った東京青梅の御嶽神社に奉仕する御師片柳鯉之助(1866年生)、日清開戦で充員召集で第1師団野戦砲兵第1連隊に入営、2等軍曹、第2小隊長として従軍した人物の記録です。

此日旅順の市街及附近を見るに、敵兵の死体極めて多く、毎戸必ず三四以上あり。道路海岸至る所屍を以て埋む。其状鈍筆の能く及ぶ所にあらず。午後6時舎営に帰る。今や各所は悉く日旗の金風に翻るのみ。(片柳「遠征日誌」11月25日)

 このような旅順の光景は、従軍画家浅井忠が描いた「旅順最後の捜索」(東京国立博物館蔵)ico_linkによって、現在も想起することができます。この旅順占領が現出した世界は、紛争地となっている各地に、現在も展開しているのです。

 

参考文献

  • 大濱『近代民衆の記録 兵士』新人物往来社 1978年
  • 大濱『天皇の軍隊』講談社学術文庫 2015年

多様なコミュニケーション能力の育成のためのアーティストによるワークショップ(第2学年)

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

1.単元名

多様なコミュニケーション能力の育成のためのアーティストによるワークショップ
~美術作品鑑賞と演劇のコラボレーション~

2.問題の提起と研究の目的

 生徒たちがこれから生きていく世界は,国際化や少子高齢化等が加速度的に進み,異文化コミュニケーションや世代間コミュニケーションが強く求められる時代となる。そのような世界では,上手く描くであるとか,美しさを模倣するといった技術的なことはさして求められない。もっと根源的なこと,「想像力により,人間関係を構築していく力」「人と人をつなぐための能力」が最も必要とされる。換言すれば多様なコミュニケ―ション能力の育成が求められる。
 多様なコミュニケーション能力を育成するためには,「物事を決まった一方向から見るのではなく,別の視点で見ていくこと」が必要である。そのことにより固定概念から脱却し,物事の意味や価値を新たに見いだすことが可能になる。「固定概念からの脱却と新たな価値や意味の発見」は,今までとは違う「オルタナティブ」な考え方でものを創りだそうとする姿勢をはぐくみ,多様なコミュニケーションを生むことに繋がると考える。
 しかし,生徒たちが1日のほとんどを過ごす学校や学級は,教師と生徒だけという閉ざされた特殊な世界である。そして,教師はどうしても一応に物事をとらえ,同じような考えや行動に縛られがちで,固定観念に囚われがちである。また,学校は生徒にとって日常そのものであり,日々同じような生活が繰り返される。このような環境の中では,多様なコミュニケーション能力を育成することは容易ではない。そこで,学校における「非日常性」あるいは「変化」を生徒に提供し,多様なコミュニケーション能力の効果的育成のため,学校教育の中にアーティスト(ここでは現代美術作家をさす)によるワークショップの導入を試みることとした。
 アーティストは,新しいものを創り出す事を生業としている。そのような人物と出会いともに活動することは,生徒たちにとって,当たり前となっている日常生活や閉塞的な思考を見つめ直す絶好の機会となる。いつもとは違った視点で物事を考え,新鮮なまなざしを持って世界を見ると,今までとは違う「オルタナティブ」な生き方を見つけられるようになる可能性が広がる。このような活動を通して,生徒たちは自ら,多様な視点で物事を見ることの意味を知るとともに,世界感を広げ,多様なコミュニケーション能力の重要性を深く認識できると期待する。

3.これまでの研究実績

 筆者は,過去2カ年にわたり文化庁の予算により「オルタナティブな視点の獲得」と「多様なコミュケーション能力の育成」を目的としたアーティストによるワークショップを以下の通り実施してきた。

(1)平成24年度(2012年)
 京都造形大学教授・椿昇氏とシロくま先生を講師にワークショップ「新写生会」を実施

(2)平成25年度(2013年)
 アーティスト・山本高之氏を講師にワークショップ「Boxing」を実施

(3)平成25年度(2013年)
 アーティスト・山本高之氏を講師にワークショップ「ふつうの門」を実施

 これらの実践を通して,まず美術の時間における生徒たちの変容が見られた。以前は,美術的価値は美しく描いたり上手くつくったりすることだと考えがちであったが,自分自身の想像力で新しい何かを創造することの価値に気づく生徒たちが現れてきたのである。このことは,今後美術の授業を越えて様々な場面で新たな価値を見いだすことに繋がる。また,画一的で閉塞的になりがちな学校や授業から,多様な価値を認められる学校や授業へと変化する兆しが見え始めている。このような変化を確実に生徒の力とするためにも,今後,継続的・効果的な事業として,さらなる実践を重ねることが求められる。
 その一方で,いくつかの課題や問題点も感じることとなった。最大の問題は,アーティストの情報やワークショップの内容に関する個々の資料が,一カ所に体系的に構築されていないため有効活用できないということである。ワークショップの目的を達成するために,それらは最も重要な要素であるが,そのデータの不完全さや希薄さから,現場の教師はその開催を断念せざるを得ないという実情がある。また,ワークショップが単なる実技指導に終わりがちで本来的意義の達成に至らないことも多々ある。派遣事業という制度はできたが,その中身の充実は開催者に一任されているため,現場は手探りの状態であり,理想的で効果的なワークショップとはほど遠い現状がある。そこで,学校におけるアーティストによるワークショップを公開実践し,その中で明らかになる効果や課題についての研究協議を通して,学校におけるアーティストによるワークショップの質的向上とさらなる普及につなげることとした。

4.平成26年度の取り組み

 平成26年度は,美術鑑賞に「演劇」のコラボレーションを実践した。その内容は,20点あまりのアートカードの中から作品1点を選び,「描かれた場面のその後,その前」や「画面の外に広がる光景」などを各チームで想像して劇を創作し上演するというものであった。チーム構成は,出席順で男女混合の6~7名程度とし,下記の通り,3日間の日程を組みプロの劇団員を講師に迎えて行った。
 また,期間中に公開ワークショップと研究協議会を設け,他機関への普及や連携を拡大していくこともその目的とした。

(1)日程
 ワークショップ:平成26年12月1日(月)~3日(水)(全9時間)
 振り返り:平成26年12月4日(木)(1時間)

(2)ワークショップアーティスト
 ・大原渉平氏(劇団しようよ/NPO法人フリンジシアタープロジェククト)
 ・紙本明子氏(劇団衛星/ユニット美人/NPO法人フリンジシアタープロジェククト)
 ・三田村啓示氏(空の驛/NPO法人フリンジシアタープロジェククト)

(3)公開ワークショップ及び研究協議会
 平成26年12月2日(火)5限,6限

(4)研究協議会指導助言者
 ・蓮行(劇団衛星代表)
 ・五島朋子(鳥取大学准教授)

5.評価基準

関心・態度
・自分の発想や意見・考えを積極的に発言するとともに友人の考えにも耳を傾ける。
・それぞれが主体性を持ってチームの意見をまとめ,より良い劇にしていこうとする。

発想・構想の能力
・鑑賞者に伝えたい内容を,正確かつ効果的に表現するために,台詞や動作などを発想力豊かに考えて構想を練り,創造的な劇の構成を考える。

創造的技能
・自分及びチームのメンバーの役柄や劇の各場面を総合的にとらえ,台詞の言い回しや表情・動作等の効果的表現方法を獲得する。

鑑 賞
・自分のグループ及び各グループの演劇作品について,自分の考えや意見・感想を口頭又は文章で表現できるとともに,自他の考えの良さや視点の違いの面白さに気付く。
・演劇の元になった作品をより詳しく研究するなど主体的・積極的に鑑賞を深め,芳醇な美術作品の世
界を楽しむ。

6.単元の指導計画

学習活動・内容

指導上の留意点

12/1
1/9h

・事前準備:ムンクの《叫び》を元に,ワークシート(資料1)にそって物語つくりの練習をする。
・チームごとに,アートカードの中から作品を1点選び,「描かれた場面のその後,その前」や「画面の外に広がる光景」等を想像して,起承転結を意識した物語をつくる。大まかなストーリーが出来たら,プロットを作成する。

・物語が絵から逸脱しないよう伝える。

・ワークシート(資料2,資料3)を用意するが,それにこだわり過ぎず,スムースな話し合いのための補助的利用とする。
・画中の様々なモチーフ(人,動物,室内外の風景など)をよく観察し,それらをうまく活用するよう伝える。

・コミュニケーションゲームを行う。(第1回目)
「バースデーチェーン」「エナジー回し」「歩く&とまる&手拍子の数でチームをつくる」などテーマに従い演技をする。
・物語をつくっていくワークを行う。
ナイフとフォーク・公園・猛獣使い・殺人現場…など,だんだん物語をつくっていけるようなワークをする。

・一枚の絵をつくっていくワークを行う。
・劇の脚本を作成する

・多くの人とのコミュニケーションを図るため,言葉や身体・表情などを工夫して使うよう指導する。
・形態は円とし,「その中心で演技をする」,「動作を順番に回す」などして,自分自身の動きを友人に披露するとともに,友人の動きも観察できるようにする。

・劇作りの基礎を体験するトレーニングとする。演技の場に一人,また一人と入っていき,全員が演技に係わることで完成する内容とする。
・ワークシート(資料2,資料3)を使ってさらに作業を進める。チーム名や構成も考えるとともに,どんな絵画をテーマにしたか等も発表する。発表することで,お互いに刺激を受け,創作意欲を高める。

12/2
3/9h

・発声練習と体をあたためるコミュニケーションゲームをする。(第2回目)
・劇の脚本を完成させ,配役をきめて演技練習をする。

・導入とする。

・それぞれが相互に意見やアイデアを交換しつつ脚本を制作させる。唐突な場面展開や,台詞の不自然さなど細部にも注意させる。

12/3
2/9h

・発声練習と体をあたためるコミュニケーションゲームをする。(第3回目)
・演技練習の続きを行う。
・講師に一度見てもらい,助言を受ける。

・この時間のうちに立って稽古することを目標とする。
・通し練習をするチーム,完成に向けた細部をつくるチームなど,それぞれの実態に合わせて指導・助言を行うことで劇の完成にむかう。

12/3
1/9h

・チームごとに劇を発表する。
劇の発表終了後,どのアートカードを元に制作したのかを考える。

・講師先生のまとめを聞く。

・各チームの持ち時間は5分以上10分以内とする。
・発表の順番は,鑑賞者の集中力や興味・関心を維持させるために,指導者側が決める。
・元になった作品の確認は、数枚のアートカードから選ぶクイズ形式とする。

・各チームの良かった点と少しの改良点を聞くことにより,自分たちの劇を客観的にとらえさせる。

12/4
1/9h

・ワークショップの振り返りをする。

・ワークシート(資料4)にそって振り返ることで,自分たちや友人の作品を分析的かつ冷静に批評させる。

7.まとめ

 生徒たちは,導入で行ったコミュニケーションゲームに,最初は戸惑いをみせたり,恥ずかしくて上手く参加できずにいた。しかし,やがて身体と気持ちがほぐれていき,大きな声を出したり,楽しみながら動けるようになっていった。
 また,一枚の絵から物語をつくあげることは,生徒にとって難度が高かったようだが,チームで意見を出し合い,協同して作品を作り上げることに喜びも感じていた。講師先生方の適切なアドバイスを受けることで,「いい劇をつくりたい」という意欲が高まっていった。少ない人数ではあったが,自分たちの劇の元になった美術作品への興味関心が高まり,作品について調べたりするなどの自発的な行為も見られた。また,人前で思いっきり演技ができたことに,普段の授業では味わうことが少なかった喜びと満足感を覚える生徒が多かった。
 公開授業を行ったのは,全体として,男子は元気が良く女子は非常におとなしいという学級であった。当初は,女子は控えめで男子が積極的にリードしていたが,やがて女子が変わっていった。劇作りのための話し合いや演技練習を繰り返す中で,「観客に見てほしい」とか「よりよい劇にしたい」という向上心が生まれていったようだ。その証として,講師先生に自分たち演技の客観的評価を求める姿が多くみられた。「ワークショップの振り返りを見ると,苦手なことに挑戦する事の意義を感じている生徒が多数いた。また,アーティスト(今回はプロの俳優)に,自分ではいいとも悪いとも思わないような変な所を褒められた不思議な経験も,多様な価値観を知ることに繋がり,刺激となっていたようだ。
 鑑賞という点では,劇の元になった美術作品への興味・関心がまだ薄いということ,また,劇の元が美術作品でなければならないという必然が無いことも反省としてあげられる。今後は,生徒により多く作品の情報を与えるとか,歴史画など作品のテーマを決めて演劇を作り上げるなど方法を考えてみたい。そうすることによって,本授業がより確かに美術鑑賞教育の中に位置づけられる可能性が高まると考える。
 この演劇ワークショップの振り返りを見ると,生徒たちは他者への積極的働きかけの一手法としての演劇の効果,またこの活動を通して得られた喜びや満足感,充実感に心地よい疲れと達成感を覚えていたことがわかる。特筆すべきは,演技者と鑑賞者の双方が,このワークショップに楽しさを感じた点である。単純ではあるが,楽しいというのは良質の経験である。楽しさは自発性を生み,さらなる自己表現へと続いていく。そしてそれは「他者へ伝える力」や「協力する力」へと繋がることが期待される。多くの生徒の感想にも,想像力を持って創造することが,人と人をつなぐ大きな力となることを体感したという内容の記述があった。
 現代社会や地域の抱える課題を先鋭的かつ独自の視点でとらえるアーティストによるワークショップは,固定概念からの脱却と新たな価値や意味の発見を意図して行うもので,生徒にオルタナティブな視点を育成するために非常に効果的である。研究協議会には,大学職員,博物館学芸員,アートNPO職員,劇団関係者,中学校の教員等の参加があり,幅広い情報交換や人的交流ができた。特に県内外のアーティストに関する多くの情報を保有する県立博物館から情報提供や助言をいただき,協力体制の強化が図れたことは,継続的・体系的な事業の展開にとって非常に有意義であった。加えて,ワークショップの開催の目的や意義について参加者同士共有が図れたと共に,人と情報のネットワークが整い,今後の幅広い活動や課題解決のための協力関係の構築という社会的効果も生まれたといえる。

【資料編】※クリックすると拡大します

資料1

資料2 大原涉平作

資料3 大原涉平作

資料4

[論説]情報活用能力調査から見た小・中学生の情報活用能力の傾向 黒上晴夫 ほか

  • 情報活用能力調査から見た小・中学生の情報活用能力の傾向 
    …黒上 晴夫
  • 「VOCALOID」を用いた音声処理の実習 
    …大沼 祐太
  • 奈良TIMEとコラボする情報科授業
    —垣間見えたこれからの「教員」と「生徒」の形— 
    …鹿島 慎一
  • 問題解決能力を育てる「課題研究」
    —プログラミング実践— 
    …山口 将人
  • 子どものためにICTで変われる教師をつくる
    —本校と自主研究団体の取り組みを通して— 
    …大西 久雄
  • ブレッドボードを使って,ディジタル回路のしくみを学ぶ 
    …柏木 隆良
  • インターネットとプライバシーの権利
    —「忘れられる権利」はどこまで認められるか— 
    …長谷川 友彦
  • クリップアート廃止の代替策
  • クリエイティブコモンズ
  • 迷惑をかけず,お互い気持よく
    —情報のマナーについて,学校で何をどう教えるべきか—

デジタルネイティブ世代とアクティブ・ラーニング(その1)

1.デジタルネイティブ世代の特徴

 デジタルネイティブ世代。学生時代からインターネットやパソコンなどのデジタル環境が当たり前のものとして存在し、特別に意識することなくデジタル機器を自身の手足のように自在に使いこなしている人々のことをデジタルネイティブと呼ぶ。日本ではおおよそ1976年前後からの世代が該当するとされている。
 橋元良明氏(東京大学教授、社会心理学者)は、電通との大規模な共同研究をもとに、デジタルネイティブを76世代(1976年前後に生まれた若者)、86世代、96世代と大きく3つに分類し、その特性を示した(『ネオ・デジタルネイティブの誕生』ダイヤモンド社,2010)。参考までに、下記に橋本氏による各世代の特徴を簡潔に記す。
 76世代は、パソコンによるインターネットリテラシーが高く、パソコンをベースとして情報を縦横無尽に収集し、コミュニケーション活動を行う。自分の価値観、信念を重視し、他人や情報に影響されず自分らしい生き方をする(自分流)。
 86世代は、携帯によるインターネットリテラシーが高く、携帯をベースとして情報を収集し、コミュニケーション活動を行う。社会との調和、他人との調和を重んじる。自分だけの考えや価値を貫き通すのはカッコ悪いと感じている(調和型)。
 96世代は、ユビキタスにモバイルネットを駆使して動画情報を自在に操る。機械的親和性が高く、感覚主義、快楽原理の傾向がある。言葉より映像、音楽を重視し、映像処理優先脳(朝から晩まで頭の中が動画漬け)に切り替わっている感がある。社会への信頼は高く、つながり志向、私生活中心主義の傾向がある。
 このようにユビキタスな映像処理優先脳を持つ現在20歳前後のネオ・デジタルネイティブ世代の学生が今後確実に増加していくであろうという予兆は、大学教員として日々実感しているところである。

【タブレット端末を使いこなすネオ・デジタルネイティブ世代】

学生のファシリテーター役としての潜在的能力は高い(タブレット端末を媒体として)

動画を駆使したiPad用デジタル教材づくりはお手のものである

2.大学生の生徒化とアクティブ・ラーニング

 先日ゼミの4年生の学生に、4年間で大学の授業をどれぐらい休んだかと聞いたところ、「授業は4年間、全授業、一度も遅刻も休んだこともありません」という回答を得た。この学生のように大学生の皆勤賞はさすがに珍しいが、きちんと授業に出席し、部活やサークルなどの学生同士の人間関係も大切にし、大学生活に満足している学生も少なくない。学生たちの授業への出席率の高さ、真面目さ、従順さをさして、「大学生の生徒化」としてよく教職員間で話題になる。これは今までの文科省がすすめてきた大学改革、各大学の努力の成果でもある。
 一方、読書などの自主的な勉強時間の激減や海外留学などの大学外の様々なダイナミックな体験からの学びが少なくなっていることが課題とされている。
 ただ、これだけ授業に毎時間出席し、日々まじめに課題をこなしている学生に対して、さらに自主的に、ダイナミックに学べというのは酷である。やはり大学の授業の中で、ネオ・デジタルネイティブ世代の特性、よさを生かした魅力的なアクティブ・ラーニングを実践し、見本を示すことが、教員養成系の大学における教員の使命であろう。次号では、筆者の大学におけるアクティブ・ラーニングについて報告する。

 

今田 晃一(いまだ こういち)
文教大学 教育学部 教授 (兼)文教大学教育研究所所長
1959年生まれ。神戸大学大学院教育学研究科修士課程修了後、大阪府公立中学校教諭(技術科)、大阪教育大学教育学部附属池田中学校教諭、大阪府教育委員会指導主事を経て、2002年度より文教大学教育学部心理教育課程に着任。専門は、教育方法、教育工学、授業づくり(学術博士:神戸大学)。文部科学省ICT活用教育アドバイザー。平成9年度松下視聴覚教育研究賞文部大臣賞受賞。文部科学省検定教科書著者(技術科・情報科)。

「できた!」さぁ、何と言いますか?

 子どもが「できた!」と絵を持ってきた時に困りませんか?「え…何これ!」「分からんし…とりあえず褒めとこう」「○○ちゃん、上手~!」「ん…(適当やな…)」みたいな(苦笑)。
 今回は、子どもが自分の絵を持ってきた時の話し方について考えてみましょう。

1.「できたね!」

 最も大切なのは、最初の一言です。「できた!」と絵を持ってきたとき、子どもは「自分の絵」を見ていません。相手の表情や目を見つめています。だから、子どもの目を見返して「できたね~!」と言いましょう。それによって子どもの「できた」が認められます。「できた喜び」がお互いに共有できます。それが、真っ先にやることだろうと思います。作品を見るのはその次の話です。

2.いきなり褒めない

撮影:西尾隆一

 すぐに褒めてはいけません。「上手~」「素敵~」のような褒め言葉には、いくつか問題があります(※1)。
 まず「上手」「素敵」などは「全体的な評価」です。どこが上手で、どこが素敵なのか、分かりません。具体性を欠くのです。「でも、絵を見たときに本当に素敵だと思ったんです…」ええ、それは素直な感情でしょう。でも、そう思うより前に「特定の色合い」や「何かの形」に惹かれたはずです。その次に「素敵」だと思ったはずです。自分が惹かれた場所、気になった部分の方が伝えるべきことです(※2)。
 効果という点でも疑問です。例えば「上手ですね!」と言われたら普通は戸惑います。なぜなら、それは絵の評価というよりも人格の評価だからです。それに、ピアノでも絵でも、だいたい上手と言われる人ほど、自分より上手な人が世の中にたくさんいることを知っています。「上手ですね!」「いやあ、そんなことは…」と困るのがオチです。小学校4年生あたりから「上手~」は通用しなくなります。
 また、褒め言葉は「上から目線」になりがちです。「馬にニンジン効果」のようなえげつない要素もあります。時には叱るよりも強力な指導になります(※3)。また、「おしまい」「打ち止め」というメッセージにもなるので、元気な子は「上手!」と言われたとたんに運動場に飛び出していくでしょう(※4)。
 ともかく、いきなり褒めることは控えるのが賢明です。湧き上がってくる褒め言葉を我慢して、「どれどれ」「なになに、よく見せて」と落ち着いて入りましょう。

3.「言う」よりも「聞く」

 まず、子どもに尋ねましょう。絵のどこかを指さして「ここは?」「これは?」で十分です(※5)。後は「成り行き」です。えっ…「それでいいの?」
 「いいんです!」
 なぜなら、「聞く」ことは「あなたのやったことに興味がある」というメッセージになるからです。次に、返ってきた答えに「へぇー」「ふーん」と頷けば、それは「あなたのやったことを私は理解した」ことになります。さらに子どもの発言を「繰り返し」たり、「なるほどね」と言ったりすれば、「あなたのやったことを認めた」という意味になるのです。
 子どもと作品は一体です(※6)。子どもの絵には、その子の思いや工夫がつまっています。大人の評価は脇に置いて、その子が何を感じ、何を考えているかをとらえましょう(※7)。それは、かけがえのない「その子らしさ」を確かめる大事な行為です。第一「聞く」だけでいいので、とっても楽です(笑)(※8)。

4.展開する

 とはいえ、単純に聞くだけでは先に進みません。話を展開するテクニックが必要です。
 「それで?」は、誘い水や「もっと話を聞きたいな」というメッセージです。無理のない程度に「突っ込む」ことで、子どもの思いが引き出されたり、工夫が分かったりします。
 「どこ?」は、子どもの言葉を、目の前の絵に根拠づけていく言葉です。国語の授業でも多用します。発言を文章や絵に戻すことで、子どもの工夫と、それによって生まれた効果をはっきりさせることができます。
 「具体化する」。子どもの語彙は限られています。そこで、「こういうことかな?」「○○で、○○なんだね」と大人が補ったり代弁したりします。「その子の事実」が明確になるでしょう。
 「事実と意見を分ける」。子どもは闇雲に絵を描きません。どの部分にも「その子がそうした理由」があります(※9)。でも子どもは事実と意見を混ぜて発言します。そこで「こう思ったから(意見)、こうしたんだ(事実)」のように、事実と意見を解きほぐすように進めます。
 「組み立てる」。「ここを塗って、こうなったので、こう感じたんだね」のように子どもの発言を、目の前の絵にそって、順序良く組み立て直しましょう。そうすることによって絵の論理性がお互いに整理できます。
 「伝える」。そのうちに、だんだんと、子どもの絵が分かってきます。「そうか、そういう理由でこう描いたのか」「これにはそんな工夫があったのか」。そのとき、うれしいような、驚いたような感情が湧いてきます。すかさず、その気持ちを素直に伝えましょう(※10)。「すごいなあ」「素敵だなあ」。あれ?「褒めるな」って言っていたのに……。
 「大丈夫です!」
 この段階で出てくる言葉は自然です。自分の気持ちがこもっているので説得力があります。何よりあなたはいつの間にか笑顔になっています。

5.楽しむ

 「できた」を共有し、「ここは?」と尋ね、自分の気持ちを素直に伝える。それが、子どもが自分の絵を持ってきた時の話し方です。それは本当に楽しい行為です。絵を描いた本人より、絵を見ている大人の方が楽しいかもしれません。子どもが「できた!」と持ってきた時、それは至福の時を味わうチャンスです。ぜひチャレンジしてみてください(※11)。

 

※1:ある先生が「小学校の先生は反射的にほめてしまう癖がある」と言っていました。
※2:人は、自分に生じた考えや気持ちをそのまま伝えることが上手くありません。例えば夜遅く帰ってきた子どもをつい叱ってしまいますが、それは二次的な感情で、一次的には「よかった、無事に帰ってきた」です。これを真っ先に伝えるだけで、その後の展開は変わってきます。
※3:学び!と美術Vol.12「ほめて育てる?」参照
※4:褒めたり、叱ったりすることが成績の向上(あるいは低下)につながったというのは錯覚にすぎないという研究もあるようです。
※5:子どもの思いや工夫は部分に宿るものです。どこか絵の部分を指さすだけで「そこはね…」とうれしそうに話してくれます(詳しくは、学び!と美術Vol.36「子どもの絵の見方」参照)。
※6:学び!と美術Vol.25「子どもの見方」参照
※7:学び!と美術Vol.06「『その子らしさ』の図画工作・美術」参照
※8:大人は児童画という「まなざし」を持っています。四つ切、クレヨン、絵具、定番の画材や紙、参観日などに展示されるという制度、私たちは児童画という枠組みから子どもの絵を見ているのです。「聞く」ことは、私たちの「まなざし」を、その子の実践にそって、問い直す行為です。
※9:学び!と美術Vol.36「子どもの絵の見方」参照
※10:以前、ピアニストに「褒められるより、『いい気持になった』『楽しかった』と自分の素直な気持ちを伝えてもらえた方がうれしくないですか?」と言ったことがあります。すると「確かにそうだけど、それ以上にうれしい言葉がある」と教えてくれました。それは「もっと聞きたい」だそうです。なるほど、だからプロでもアンコールの拍手がうれしいんですね。絵で言えば「もっと見たいな」「ほしいな、この絵」「飾りたいな」でしょうか。それは最高の褒め言葉、殺し文句でしょう。
※11:でも、毎回や始終は無理です。忙しければ「できたね!」だけでいいと思います。部分的でも十分でしょう。

3年8ヶ月

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 震災後から描き始めている4作目の漫画が完成しました。

 私の思いは、震災後の福島の状況を風化させないことだけにあり、私は福島県人として、この活動を続けていく義務があると思っています。

 2014年11月、写真家の中筋純さんと浪江方面へでかけるチャンスをいただきました。震災後、私は、それらの場所へ行くことができませんでした。今回、実際に目で見て感じたことがたくさんありました。その時の思いや、避難されている方々の思いなどを想像してできたのが、今回の漫画です。避難されている想いは、まだまだ遠い物だと思いますが、心を込めて描きました。福島には、まだまだ帰宅できないところがたくさんあります。いろいろな方に福島に関心を持っていただけると助かります。

 私の漫画は、「福島の真実!」を描いているわけではありません。風化させずに、そして希望のある作品(フィクション)にしようと常に思っています。

 この漫画は、いろいろな方の協力によって製本されております。この場をお借りして感謝申し上げます。

 今回も手に取っていただきありがとうございます。

 また、最後まで読んでいただきありがとうございます。

 そして、また来年お目にかかれたらうれしく思います。

読み物プラスVol.14「奥羽行進曲」
読み物プラスVol.01「NOT YET OVER-あどけない瞳に映るもの-」
学び!トピックス Vol.32「福島の先生が3.11後を漫画に。」