民主主義の実現をめざし

承前

 『公民の書』は敗戦翌年の1946年に「補修版」として再刊されます。その再刊は、「今日の新時代は何も或人人が考へて居るやうに凡て百八十度方向転換と言ふ訳でなく、十何年前までに戻つて更にそれから再出発さへすれば、やがて健全な民主主義完成を将来に帰することができる」との想いで、新渡戸稲造から学んだ世界が戦後日本の原点になりうるとの決意の表明にほかなりません。戦後日本の建設は、戦前との断絶ではなく、新渡戸から学んだsocietyを問い質すなかで、確乎とした人間への目線を育てることが課題とみなされています。
 この想いは、戦後の1950年10月に著した「新公民道の提唱」で、「日本の政治は今までは上から治めるのであつて、下から公民が持ち寄つてお互いの生活を作り上げていくシヴィクスなる技術を知らなかった」からだとを説いたなかにもうかがえます。日本の政治を滅ぼしたもの、日本を破局に導いたのはcivicsという観念が乏しかったからだと。civicsなる提言は、民主主義を担うための「秩序形成能力」、それを支える「社会的価値判断能力」を身につけ、一人びとりの民衆が民主主義の主体的担い手となることへの期待にほかなりません。

天を仰ぎ神明と語り―公民道の根にある世界

公民道は単に人々を横の関係に結び付けるばかりでなく、若干、縦の関係に人の心を繋いで、天を仰ぎ神明と語り、胸奥深く秘むる内心の光に徹して、見ざるに畏るるの心義を拓くのでなければ、完全を期し難いのである。
かような公民道は、如何にして国民の心に植え付けられるであろうか。私は宗教を離れてその実現の不可能なことを念うのである。

 「縦の関係に人の心を繋」ぐという言説は、前田の師新渡戸稲造が『修養』(明治44年)において、「人間は縦の空気をも呼吸せよ」と説いた教えに学んだものです。それは、青年が志を立てるときに名利を求めるのではなく、「冷静に、私心を離れて公正に考へて貰ひたい」となし、この理想に達するために「人間以上のあるものがある。そのあるものと関係を結ぶことを考へれば、それで可いのである。此縦の関係を結び得た人にして、始めて根本的に自己の方針を定めることが出来る」と、新渡戸が説いた世界にほかなりません。ここに前田は、新渡戸に学び、垂直に天を仰ぎ見る、人間たる私を問い質すときに公民道という横のつながりがより深くなってくることに想いいたし、知らない者同士の連帯を生み育て、civicsの内面化が可能になることを確信したのです。
 いわば見えないものを畏敬する念こそは、1953年11月の「民主主義は先ず心から」において、「民主主義はその行動の形態に於て、共同の生活を、各人が共同して行うことである。共同生活の処理、即ち政治は各人の責任である」となし、己の在り方に目を向けさせたものにほかなりません。ここには、政治を担いうる公民となること、政治を主体的に担いうる存在、civicsへの強き期待が表明されています。まさに秩序形成能力を身につけた公民の育成こそが民主主義を根づかせるために欠かせません。
 その実現への道程は、1955年7月の「私の素朴な幻滅感」で、「民主的な意味で各人が手をつないで共同の生活を行政する姿」を「打ち建てなければならぬ」としているように、道遠き歩みです。それだけに前田は、共同生活を営むことができる、そういう政治に参加する姿勢を学び身につけるcivicsが要るのだと説き続け、その実現を終世の課題として苦闘しました。

前田多門の原点にあるもの

 そこには、「民主主義の根本思想というものは人格の尊厳にある。ということは人格、一人、一人の個性を尊重しなければならないということにある」と1961年10月の講演「政治と民主主義」で説いた世界、「その地域において住民が自分らの力で共同生活を作り上げていく」「われわれが共同生活体の責任者として共同生活体を盛り上げていく」ことを実現したいとの思いがあります。
 しかし知らぬ者同士の連帯だとか横のつながりだとかということを、いろんな形で説きながら、その連帯を為し得ない、異質なる他者を許せない己を知り、その弱き己の姿に前田は涙しています。弱き我を見つめることで、異質なる他者の存在を理解できたのです。この心をみる眼こそは、民衆の智慧に期待し、その可能性に賭けたのです。まさに民衆は、生きていく日常の生活で、神仏や何かに祈りをささげる、自然と向き合うなかで、自然を畏敬する念がその心にあることを、前田はそれなりに認めていたのではないでしょうか。そこには、人間の弱さに対する眼差し、弱さによせる共鳴とその弱さを共有し共に涙することによって、何かを模索していく姿があります。宗教を問い語るときに求められるのは、このような眼差しです。
 いわば公民教育、市民教育、「市民」が市民であり得ると言うことは、市民が横の連帯をしていくときに、「縦の関係に人の心を繋ぐ」ことで、はじめて連帯の実現が可能となります。強さの連帯ではなくて、弱さを相互に認め合い、相互の差異を確認し、町なら町をよりよくしていく方策を探っていく、その歩みを通して連帯を求めていくことが問われているのではないでしょうか。そのためには生きて在る私を見えざる眼で問い質していけるか否かが問われていましょう。このことがcivicsには宗教の裏付けが必要だと前田に言わせたのです。
 想うに日本の教育には、断片としての知識を授けますが、人間として生きるとは何かという根源的な問いかけをする原点がありません。まさに現在問われているのは、一個独立した主權者となるためにも、自分で考える、哲学することを身につけることです。私にいわせれば、私の考えていることを私の言葉で他者に伝え、私の世界を私の言葉で語れるようにすること、civicsを担う器となり得るか否かが問われているのだといえましょう。この根源的な問いこそは、社会の共同性を担い、より良き明日を可能とします。

図画工作の授業(3)~評価方法のいろいろ

 前回からの続きです。評価は、評価規準の設定、測定、分析などいろいろな側面がありますが、今回は授業で活用できる方法を簡単に紹介したいと思います。

1.作品

 作品は図画工作で最も信頼性が高く、全員分の評価データが揃う公平な評価資料です。提示されたパフォーマンス課題(題材)に対する解答(作品)ということもできます。一人一人が自分なりの資質や能力を発揮した成果ですから、作品から子どもの声を聞くような気持ちで丁寧に分析しましょう(※1)。「いいこと考えたよ」「ここを工夫したんだ」などのいろいろな声が聞こえるはずです。時には「先生、ぼくもっとこうしたかったよ」「あんまり考えられなかったよ」など題材や指導を見直す視点も与えてくれます。

2.座席表

図1

 作品になったときに「過程で見せた特徴的な姿」「表現が変化した理由」などは消えてしまいがちです。これを補完するのが座席表などを用いた記録です。子ども同士の関係を矢印で記入したり、簡単にメモを書き留めたりします(図1)(※2)。ポイントは記入しながら生まれる空欄です。それは見落としている子どもである場合が多く、その発見が次の指導につながります(※3)。ただ、授業中に先生が座席表をもって常に記録して回るというのは不自然です。題材や年間指導計画との関わりで「この題材の、この場面で」で実施するとよいでしょう。

3.デジタルカメラ

 プロセスを撮影しておくことも有効です。例えば下絵を撮影しておくと、完成したときに「こんな工夫を加えた」ことがわかります(※4)。またカメラで撮るという行為は「あなたの作品を認めている」というメッセージにもなるので、称賛的な活動としても有効です。撮影した写真を授業のまとめに活用することもできるでしょう。ただ、カメラをもって撮影ばかりしているのはお勧めしません。評価者である前に、まず指導者であることが大切です。

4.ワークシート

 感想などを書かせたワークシートも貴重な評価資料です。子どもたちが形や色、イメージなど共通事項を手掛かりに振り返れるように設問等を工夫するとよいでしょう(※5)。マインドマップや概念地図のような形式で記述への負担を少なくする方法もあります(※6)。小グループでお互いの作品のよさや工夫したことを話し合い、その結果をまとめさせると、教師の気付かぬ点が出てくるのでお勧めです。前号では作品の題名や物語などを考える方法を紹介しましたが、これも有効な評価資料です(※7)。

5.スケッチブック

 スケッチブックはポートフォリオとして考えることができます。アイデアスケッチ、感想文、関連する作文、作品の写真、相互評価で使った付箋など、学習で用いた様々な資料を貼っていくと、1学期もすれば立派な評価資料になります。全員分が確実に蓄積しますので、評価の公平性という観点からも妥当な方法です。「学習帳」を「図画工作ノート」として4年間通して活用している例もあります(※8)。継続的に見ることで学年を超えた発達や成長がよく分かります。

6.ルーブリック

図2

 ルーブリックは、作品や発表など特定の課題に対するもの、単元や題材で育てたい力を見るもの、あるいは教科や学校レベルで考えるものなど、いろいろな種類があります。子どもが自己評価に使ったり、教師が作品評価に使ったりするなど方法も様々です(※9)。パフォーマンスを評価する仕組みとして近年広がっていますが(※10)、パソコンを使って簡単に相関や平均などの統計的な分析ができるようになったことも理由の一つでしょう。
 図2は、授業分析を目的にした鑑賞活動の自己評価ルーブリックです(※11)。現在、中央教育審議会で議論中の「三つの柱」をもとに、知識・技能として「①形や色など作品の特徴のこと」「②作品について話し合うこと」、思考・判断・表現として「③自分の考えを組み立てること」、学びに向かう力・人間性として「④学びに向かう力」の4項目を設定しています(※12)。
 鳥取県北条町立北条小学校で半年間調査した結果から現在分かったのは以下です。

  • 自分たちの作品を鑑賞するときは「①形や色など作品の特徴のこと」と他の項目との相関が強くなることです。おそらく、子どもたちは作るときに大事にしたことをそのまま鑑賞の視点にして友達の作品を見ているのでしょう(※13)。
  • 美術作品を鑑賞するときは「③自分の考えを組み立てること」と「④学びに向かう」の間に相関が強くなります。子どもたちにとって、大人の作品は未知の表現世界なので、考えることを頑張っているのかもしれません。
  • 「②作品について話し合うこと」だけが他の項目とあまり相関しません。小学生だからか、授業の内容によるものか、そもそもルーブリックに問題があるのか、まだ理由は分かりませんが、「盛んに話し合っている」「よく発言する」など表面的な様子だけを評価することは気を付けた方がいいでしょう。

 図画工作や美術は、これまで子どもの一人一人の資質能力をとらえようと、一方的な「冷たい評価」ではなく、子どもの成長を目指す「温かい評価」が目指されてきました。ただ、子どもの様子の記述やエビデンスの低いアンケート等などに偏っており、エビデンスとしては弱かったと思います。今後は、他教科と連動した様々な方法の開発が進むでしょう。

 

※1:評価規準をもとにすることが原則です。
※2:http://www.nier.go.jp/kaihatsu/hyouka/shou/07_sho_zugakousaku.pdf?time=1470709916241
※3:評価には教師の指導力を高める側面もあります。
※4:「学び!と美術 <Vol.05> 造形活動が育てる学力」の「どんぐりと山猫」の下絵段階(図1:デジタルカメラで撮影)と完成段階(図2)を比較して下さい。
※5:「感想を書きましょう」は曖昧です、具体的な視点が必要でしょう。
※6:http://www.nier.go.jp/kaihatsu/hyouka/shou/07_sho_zugakousaku.pdf?time=1470709916241

※7:なお、活動した直後に「振り返って書く」よりも、一日、二日たった後の日記や作文の方が具体的で評価に役立つ場合が多いようです。作品が仕上がった直後に感想文を書くのは大人でも結構つらいものです。落ち着いてから書く方がよく振り返れるのです。なお、子どもは作品を前にすれば数年たっても詳細に何を工夫したか思い出せます。
※8:当時東京都の図画工作専科だった内野務先生の実践です。

※9:「特定の課題に関する調査(図画工作・美術)」で用いられた解答類型は、作品評価のためのルーブリックといってよいでしょう。http://www.nier.go.jp/kaihatsu/tokutei_zukou/(19p~33p、84p~96p)
※10:例えば、第51回佐竹賞佳作賞 千葉県袖ケ浦特別支援学校森田亮先生の実践「教育美術8月号」2016
※11:筆者作成。このルーブリックを用いて、北条小学校以外に札幌市、川崎市、名古屋市などで鑑賞の授業について調査を行っています。
※12:授業分析やルーブリック開発を目的としたもので、個人内評価を行うためではありません。
※13:北条小学校と共同で作成した「表現活動のルーブリック」を用いた調査の分析からも、子どもたちが「形や色」を重視している傾向がうかがえます。

民衆という存在

承前

 前田多門は、『公民の書』(1936年)において、市政、町村政を担う地方自治における民衆の権限につき、「範囲は小さく、力に限りがあるにしても」、「国政以上に充実」したものなのだと位置づけ、その民衆像に言及しています。

議会は貴衆両院で法律案を可決したからとて、すぐそれで法律としての国家意思は発生しない。必ず御裁可を俟つて効力が完成するのである。然るに地方自治の場合では、市会の議決、町村会の議決はその議決の瞬間にその自治体の意思として完全に成立する。その内には無論国家の監督上の許可認可を要するものがあらう。さやうな事項はそれぞれ許可認可がない内は実行は出来ぬものゝ(例へば起債)、然し地方自治体の意思そのものは、議決の瞬間に立派に成立したのであつて、敢て監督官庁の行為を俟つまでもない。範囲は小さく、力に限りがあるにしても、民衆的権限は国政以上に充実して居ると言へるのである。
(民衆は)一見迂愚軽躁と見えるかも知れない。然し長い眼で見れば、その判断はおのづから帰趨する所があつて、決して忽がせにはなし得ないものがある。アブラハム・リンカーンの言に「一部の人間を長い間欺くことは出来る、全部の者を短い間欺くことは到底出来ない」といふのがある。さすがは峻傑、うまい事を言つたものだと思ふ。民衆の判断はこれである。これを除外して正しい政治は出来ない。して見ると、民衆の一般の投票によつて選出される代議士が、常に民衆の声を代表して国政に参加する重要性がはつきりする。仮令世の中がどんなに変つても、この仕組みは決して変はるべきものではない

民衆によせる眼差し

 こうした民衆によせる眼差しは、「立憲政治か独裁政治か」(1935年)で「究極の監督者は民衆の声に帰す。知識は専門家に、然し智慧は民衆に属すべき理である」となし、テクノクラートとしての官僚の営みも、その智慧の部分は民衆の声に帰するとみなしていたのです。民衆の声に耳を傾けない政治はありえないと認識していました。
 いわば『一票の力』(1935年)は「どんな善政の姿を取つても、それが民衆の意思と連絡のない時は、長きに亘つて正しい政治は行はれるものではない」との確信にささえられた提言でした。この思いは、民衆が公民として、「自分達が協力して公共事業を作り上げれば、それは結局自分達のお互ひに享有する楽土が現出するのであつて、公共生活は重苦しい厄介なものではなく、各人が寄り合つて楽しい生活を共にするためのものであることを銘記すべきである」となし、「人は公民となって初めて人生の尊貴を味ふことができる」という信念によるものです。
 ここには、秩序形成能力を身につけた民衆の意思こそが地方自治体の運営を可能にするとの指摘にみられますように、現在主張されている地方分権論を先取りした主張が読みとれます。昨今の議論には、civicsの認識が欠落しているため、秩序形成能力が問われていることに眼がとどかず、市民たる者の責任と義務が稀薄ではないでしょうか。
 まさに『公民の書』は、縦の関係が強調される時代に対峙し、互いに横に手をつなぎ合う横の平等人同士の協力を覚醒することで、時代の閉塞感を打開していく公民の道を説き、民衆の秩序形成能力への期待を表明した作品といえましょう。

連帯協力への途

 ここで提示された横の平等人同士の連帯協力を可能とする公民という観念には、世界との連帯、今で言えば国際的な連携を問いかける発想が読みとれます。ここには第一次大戦後の1923(大正12)年から1926年までジュネーブの国際労働委員会における日本政府代表を務めた経験がうかがえます。ちなみに労働総同盟の鈴木文治が労働者代表として国際労働会議に出席できるように政府を動かしたのは前田の力が大です。
 前田は、「吾々が一日の生存を完うするためにも、それは吾々の周囲に聯なる、知れる、また知らざる、見える、また見えざる無数の人々と持ちつ持たれつして居るのである」となし、生産と消費の関係が生みだす「経済の理法」にささえられて社会は動いていること、当世風に言えば国際化に言及します。いわば自然的な関係に支えられた「隣保相佑」の秩序は、「経済の理法」と「社会の約束」に支配される共同体に変わり、公民にはその社会を形成していく力の担い手となることが期待される。その力は一国から世界へと及ぶものとみなされたのです。
 このような「世界の日本」になるためには、「国際正義の実現のため各人は協力を吝むべきではない。それはこの世に生を享けた吾々人類の、心懸くべき大きな公民道であると信ずる」となし、「国際平和の建設の為に」「国際正義と世界平和に対して、より多く建設的な貢献をなす心懸けを養」ねばなりません。まさにcivicsとしての公民道には、各地の人々と国際正義と言うことにおいて、いかに連帯を作っていけるか、そうした意味における世界平和への目線が託くされていました。
 いわば前田が提起した公民への期待は、上から押さえつける権力的関係性ではなく、下から公民が互いに協力し合って生活を作り上げていく、社会の秩序を形成していくという、横の連帯という概念で説かれたわけです。この思いこそは「国内のcivicsにとどまらず、国際間の平和もやはり同一の公民道精神によって支持されるべきだ」との問いかけにほかなりません。
 昭和十年代に提示された問いかけは現在まさに市民たる者に求められるものではないでしょうか。昨今声高に喧伝されている「市民自治」とか「世界市民」なる言説にみられる「市民」には、己の要求をのみ主張し、市民が負うべき責務、互いが同心協力し、自らの秩序を構築していくために求められることは何かを問い質す眼が欠落しているのではないでしょうか。それだけに前田が敗戦時にcivicsに言及した思いを現在まさに想起すべきです。

奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ

(c)2014 LOMA NASHA FILMS – VENDREDI FILM – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – UGC IMAGES -FRANCE 2 CINÉMA – ORANGE STUDIO

 教育を、洗濯機とタオルにたとえた教育者がいる。教師が洗濯機なら、生徒は、さまざまな性質を持ったタオルである。一律に、強く洗濯しても、丈夫なタオルもあるが、たいていは、ぼろぼろになってしまう。タオルごとに、その性質を見抜き、洗い分ける。もちろん、そういった、優れた性能が、洗濯機に要求される。なるほどと思う。
 優れた洗濯機、教師が登場する映画が、「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」(シンカ配給)というフランス映画だ。全編、ドキュメンタリー・タッチで描かれるが、ちゃんとした劇映画である。ただし、じっさいにあった出来事に基づいている。
 フランスのパリ郊外。レオン・ブルム高校の新学期が始まる。1年生の、おちこぼればかりのクラスに、歴史と美術を教える女教師、アンヌ・ゲゲン(アリアンヌ・アスカリッド)が赴任してくる。アンヌ先生は、厳格ではあるが、ひとりひとり、生徒と向き合う。教員歴は20年、アンヌ先生が挨拶する。「教えることが大好き、退屈な授業はしないつもり」と。

(c)2014 LOMA NASHA FILMS – VENDREDI FILM – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – UGC IMAGES -FRANCE 2 CINÉMA – ORANGE STUDIO

 クラスは、まるで、人種のるつぼ。いろんな国からの移民の生徒たちがいる。宗教もちがえば、ものの考え方もさまざま。しっかりと勉強をしないといけないことは分かっていても、成績はよくない。陰湿ないじめなどは存在しないが、生徒同士のちょっとしたいざこざは、日常茶飯事である。
 フランスには、中学生、高校生を対象にした、「レジスタンスと強制収容所」についての研究コンクールがある。1961年、当時の教育大臣、リュシアン・パイが創設したコンクールで、人権と民主主義の原則に関わる価値を継承し、その正当性と近代性を評価させる目的である。
 アンヌ先生は、このコンクールへの参加を提案する。フランスからも、多くのユダヤ系の人たちが、アウシュヴィッツに強制的に送られている。やっかいなテーマであり、本来の成績には関係のない研究である。生徒たちのほとんどは、そろって反対する。それでも、説明の当日、そこそこの生徒たちが、参加する。研究対象を分担したり、ともかく、研究がスタートする。
 そんな矢先、アンヌ先生が、ひとりの老人を教室に招く。大量虐殺が行われた強制収容所からの、数少ない生存者のひとり、レオン・ズィゲル(本人)である。レオンは、アウシュヴィッツの悲惨な状況を、生徒たちに語り出す。

(c)2014 LOMA NASHA FILMS – VENDREDI FILM – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – UGC IMAGES -FRANCE 2 CINÉMA – ORANGE STUDIO

 フランスだからこその映画とは思うが、教師たるものは、どうあるべきかも、描いている。映画に出てくるような、国の歴史を直視した、若い人たちによる研究コンクールは、日本の国の発想では、まずありえない。ほんの、ここ70年ほどの歴史である。当時を知る人も、どんどん少なくなっている。私見だが、日本の、いまの政治状況を憂える人は、増えているように思う。当たり前のことを当たり前に発言する。当然なことである。このフランス映画は、きちんと、平和と自由が、いかに大切で、貴重なものかを、きちんと訴えている。
 映画に登場する高校生マリック役のアハメッド・ドゥラメが、自身の体験をシナリオに書き、女流の映画プロデューサー、監督のマリー=カスティーユ・マンション=シャールが、全面的に協力、映画が実現した。
 高校生のころ、世界史の教師が、教科書から離れて、フランス革命の重要さと、いろんなクラシック音楽のおもしろさを語った。優れた洗濯機、いや、いい教師だったとおもう。ささいなきっかけが、優れた効果をあげるのも、教育の効用かもしれない。
 いまの日本。本作をきっかけに、学び、教育は、どうあるべきか、さまざまな議論が活発になればと思う。

2016年8月6日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAico_linkヒューマントラストシネマ有楽町ico_link角川シネマ新宿ico_linkほかにて全国順次公開!

『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』公式Webサイトico_link

監督:マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール
脚本:アハメッド・ドゥラメ、マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール
出演:アリアンヌ・アスカリッド、アハメッド・ドゥラメ、ノエミ・メルラン、ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ、ステファン・バック
配給:シンカ
【2014年/原題:Les Heritiers/105分/フランス語/シネスコ】