8月15日という物語 ―天皇は敗戦占領にどのように向き合ったのであろうか―

「終戦」という言説

 戦後の日本は「敗戦」を「終戦」と語ることからはじまります。歴史の教科書は、1945年(昭和20)8月15日のポツダム宣言受諾による終戦を告げる詔書が大書するものの、9月2日の米艦ミズーリ号上において重光葵外相が降伏文書調印の日に想い致しているでしょうか。昭和天皇は、その2日後9月4日の帝国議会開院式の勅語で「朕は終戦に伴ふ幾多の艱苦を克服し国体の精華を発揮して信義を世界に布き平和国家を確立して人類の文化に寄与せむことを冀ひ」と、戦後日本がめざすべき国家像を「平和国家」だと宣言します。「平和国家」なる言葉は、この勅語ではじめて使用されたもので、「国体の精華を発揮」するという脈絡でかたられたものです。
 ここに日本は敗戦後の国家像を「平和国家」への道に求めることとなります。この思いは、日本国憲法が第9条で「戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認」したがために「平和憲法」とみなし、国民が護持すべきものという戦後「神話」を説きかたらせることとなりました。しかし「平和憲法」なる神話は、戦争が「平和」の大義をかかげておこされてきた歴史を思いみれば、警察予備隊から自衛隊へ、防衛庁が防衛省に、さらに昨今では「国防軍」への改称が云々されているように、きわめて脆弱な物語です。それだけに第9条は、「平和国家」幻想による「平和憲法」を宣揚するのではなく、「非軍備憲法」「非武装憲法」であることを明確になし、戦後日本がいかなる武力・軍事力にも依存しない非武装国家をめざしたのだと提示すべきだったのではないでしょうか。憲法改定が世上をにぎわしている現在こそ、日本国民は敗戦にどのように向き合ったかを問い質さねばなりません。そこでまず昭和天皇が「国体」なる言説に囲い込んでかたりかけた「平和国家を確立して人類の文化に寄与」するなる言説は、敗戦占領とどのように向き合い、思い致した歴史認識から発せられたものかを読み解くこととします。

天皇が「人間宣言」で問いかけた世界

 昭和天皇は、敗戦の翌46年年頭「詔書」で、新たに再生する日本の原点を明治維新の時に提起した五箇条の誓文が説く世界に「民主主義国」日本の原点を見出し、ここに国家の存在の場を確認し、「終戦」を受けいれた天皇が「人間宣言」をすることで、戦後日本の方向性を国民に提示しました。「詔書」は、明治天皇が国是として下した「五箇条の誓文」を掲げ、「叡旨公明正大、又何をか加へん。朕は茲に誓を新にして国運を開かんと欲す。須らく此の御趣旨に則り、旧来の陋習を去り、民意を暢達し、官民挙げて平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、以て民生の向上を図り、新日本お建設すべし」と説き、敗戦で「焦躁に流れ、失意の淵に沈淪せんとする傾き」がある国民に「朕は爾等国民と共に在り」と語りかけます。「失意の淵に沈淪せん」とは、幣原喜重郎首相が詔書原案を英文で起草した際、17世紀の伝道者ジョン・バニアンの『天路歴程』第一部第一節にある語句“the Slough of Despond”を日本語訳したものだといわれています。

朕と爾等国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、単なる神話と伝説とに依りて生ぜるものに非ず。天皇を以て現御神(あきつみかみ)とし、且日本国民を以て他の民族に優越せる民族にして、延て世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念に基くものに非ず。

 この宣言は、「天皇の人間宣言」として敗戦国民の脳裡にすりこまれ、「象徴天皇」への道をきりひらきます。しかし「人間宣言」が提示した戦後日本の国家像は、明治維新で語られた「天皇の国」という物語を受け継ぐ、迷うことなく継承していくことで戦後日本の在り方を定め、そこに紡ぎ出された「日本という物語」を戦後日本に相応しい物語として改鋳していくことにほかなりません。そこには、敗戦を主体的に受けとめ、新生日本への想いを見出すことが出来ません。

昭和天皇にみる歴史認識

 占領下におかれた天皇の想いは、1946年1月22日の歌会始で、歌題「松上雪」によせて詠んだ天皇の歌に率直に吐露されています。

ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ松ぞををしく人もかくあれ

 この歌題「松上雪」によせた歌は、「平和と苦難へ 畏き大御心」と紹介されていますように、占領下を生きる国民へのメッセージにほかなりません。敗戦という現実を凝視する昭和天皇の脳裡には、白村江の敗戦を受けとめた天智天皇があり、大陸の国家原理を学ぶことで律令国家日本を構築していく天武天皇にはじまる治世があったのです。ここには、白村江の敗戦により唐帝国の制度文物を受容して「大君を神と」詠いあげる律令国家を形成していったように、アメリカデモクラシーを五箇条の誓文に表明された世界に通じるものとみなし、この「誓文」を「日本の民主主義」の原点に位置づけることで戦後国家を建設するのだという強き思いが読みとれます。
 昭和天皇は、こうした敗戦占領下にある日本の国民によせる思いを1947年には

冬枯のさびしき庭の松ひと木色かへぬをぞかがみとはせむ
潮風のあらきにたふる浜松のををしきさまにならへ人々

とも詠んでいます(『おほうなばら 昭和天皇御製集』1990年)。これらの歌には、厳しい冬の風雪や荒き潮風に耐える松のように、占領下であろうとも雄々しくありたいと、皇国日本の民によせる思いが表白されています。

現在(いま)、日本が問われていること

 戦後日本の物語はかかる天皇の歌に封じ込められた世界からはじまったのです。この「ふりつもるみ雪」は、民族の心を高らかに奏でた歌とみなされ、2002年(平成14)2月に小泉首相が施政方針演説でふれ、サンフランシスコ講和条約が発効して61年目にあたる2013年4月28日に天皇・皇后を迎えて開催された「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」で安倍首相も引用しました。想うに戦後日本は、敗戦を凝視し、新生日本の方途がいかなる「平和国家」をめざすかを問い質すこともないまま、明治維新が説いた「文明」的秩序をして、「民主主義」の範例とみなし、明治国家がめざした軍事による「大国日本」への道程をして、「経済大国」なる方途に読み直して歩み続けたのです。そこには非武装をささえる道義国家たる「小国日本」という在り方が忘却されています。
 現在問われているのは、維新150年という「祝典」が企図されている前夜、東京オリンピックなる狂騒に踊らされることなく、私が主語で8月15日の敗戦に向き合い、己の足場をかため、日本の明日に想いをめぐらすことではないでしょうか。日本の体力は現在まさに「失意の淵に沈淪せん」 “the Slough of Despond”という状況下にあります。それを打開する術は強権的支配で現状の打開をめざすために異分子を排除していく作法にあるのでしょうか。そこで次回からは、徳川将軍家の強権的支配が日常化していた時代、かかる時代の閉塞状況に向き合い、己の場を確かめる作法に何が求められたかを歴史として問い質すこととします。

アート・ゲーム再考

 アート・ゲームとは、美術館で販売されているようなアート・カード(※1)を使った美術鑑賞ゲームです。カード同士の共通点を探したり、仮想美術館をつくったり、ゲーム的な活動から作品鑑賞の力を身につけていくことができるとされています(※2)。鑑賞教育が多様に展開されるようになった現在、もう一度アート・ゲームについて振り返ってみたいと思います(※3)

アート・ゲームに挑戦

 筆者がアート・ゲームを取り入れたのは2003~4年の宮崎県立美術館学芸員時代です。当時、美術館内でギャラリー・トークを対話的に実践したり、その成果を発表したりしていました。そんなときアート・ゲームを日本に紹介した愛知教育大学の藤江充先生から「まさか、(やっているのは)対話だけではないでしょう?」と声をかけられたのがきっかけです。

写真1

 さっそく、宮崎県立美術館が発売していた瑛九やマグリット、ピカソなどの所蔵作品のポストカードを集めました。箱を自作して、授業で使えるように6セット程度そろえました(写真1)。実施するアート・ゲームは、藤江先生の論文(※4)や、すでに教育普及活動にアート・カードを取り入れていた滋賀県立美術館(※5)の事例を参考にしました。また宮崎県立美術館は当時、夏になると子どものための展覧会「たんけんミュージアム」を実施して様々なアート・ゲームをやっていましたので、そのノウハウも取り入れました(※6)。そして、美術館主催の研修会や学芸員の出前授業などでいろいろなアート・ゲームを実践しました。

アート・ゲームの効果

 アート・ゲームの効果を感じたのはビデオデータ分析と子どもの発言です。
 ビデオデータ分析から分かったのは出前授業の効果です(※7)。出前授業をしていない学校の子どもたちが来館したときの動きが図1です。図中の点は一秒ごとの子どもの位置で、線はそれをつないだものです。流れるように動いています。つまり、それほど作品の前に止まっていない(見ていない!)のです。一方、出前授業をすると図2のようになります。作品の前に一定の間、止まっていることが分かります。ギャラリーに入ってすぐに自分の興味のある絵の前に立ち止まり、友達と語り合っているのです(※8)
 子どもの発言とは、ある子どもが発した「ぼくの!」という言葉です。出前授業をした子どもたちがギャラリーに入ったときに、マグリットの作品を見つけて「あ!ぼくの!」と言って駆け寄ったのです。正しくは「授業のアート・ゲームで遊んだ絵」ですが、「ぼくの!」とは、まるで自分の持ち物のような表現だと思います。おそらく「作品を自分の手に持った」という行為や経験が「ぼくの」という感覚を働かせたのでしょう(※9)。それが主体的な鑑賞を促しているとすれば、重要な視点だと思います。

図1

図2

アート・ゲームの長所と短所

 それ以来、全国指導主事協議会や美術館などでアート・ゲームを紹介したり、アート・カードの作成(※10)に携わったりしました。自分なりにまとめた長所と短所は以下です(※11)

①長所

  • 自分で「持つ」感覚、作品との一体性がよい(やっぱり「ぼくの!」です)
  • 色や形が鮮明で、適度な大きさで、いつでもどこでも使い易い(ポストカードサイズであれば、対話による鑑賞やディスカッションなどに使えます)
  • 人数や場に応じて多様な学習が工夫できる(研修や採用試験、福祉などに用いている事例があります)
  • 認め合いのコミュニケーションが活性化する(芸術作品ゆえの多様性がポイントです)
  • 自分たちで鑑賞の視点をつくりだすように活動する(例えば二枚のカードから共通点を一つ見つければ、それは鑑賞の視点を一つ見つけたことになります)
  • よく見る、よく考える(先生が「じっと見なさい」と言う必要はありません。ゲームと場の仕組みが見て考える活動を促します)
  • たくさんの作品に出会える(アート・カードのセットは一つの美術館ともいえます。ゲームの方法によっては展覧会づくりや学芸員の仕事について考えることもできます)

②短所

  • ゲームで終わってしまう(ゲームが何の役に立ったのか、子ども自身に成長の実感がないことがあります)
  • 芸術作品を大切にする姿勢が育たない(カードを乱暴に扱うことへの批判があります)
  • 思い付きに終始して深く考えない(ゲームの種類にもよりますが、言語や勝負に達者な子どもが有利になります)
  • 学習評価がしにくい(学習を通してどんな能力が育ったのか分かりにくい)
  • 作品の種類や枚数に左右される(所蔵館の作品に偏るので、活動の幅がせまくなるケースがあります。セットの枚数が少なすぎて遊びにくかったり、使い込んでボロボロになったりする場合もあります(※12)

アート・ゲームのこれから

 2005年以降、アート・カードを持つ美術館は増え、教科書の補助教材(※13)として付けられたり、教材として発売されたりしました。学校や美術館でいろいろなアート・ゲームも実践されています。この15年、アート・カードは学校と美術館をつなぎ、鑑賞教育の幅を広げることに役立ったように思います。
 ただ、すでに鑑賞活動は多様になっています。「社会に開かれた教育課程」の観点から学校と美術館の関係も変化してきました。大分県立美術館では美術館が果たす役割を「図画工作・美術」以外に広げようとしています(※14)。このような動きの中で、アート・ゲームはどうなるのでしょう。おそらく、学校では定番教材の一つとして、目的やねらいをふまえた上でポイント的に用いられる方向に進むでしょう(※15)。メソッドが整理できれば、高齢者施設や福祉、企業研修などに積極的に活用される方向にも広がるだろうと考えています。

 

※1:一般的には美術館の発行するポストカードやセットなどを指しますが、広義では普通の絵ハガキ、タロットカード、あるいは1960年代の永谷園の「東西名画選カード」なども含まれます。
※2:アート・カードを使ったゲームを主にアート・ゲームと呼んでいます。アート・ゲームは愛知教育大の藤江充教授(当時)が1990年代半ばにアメリカの実践を導入したのが始まりでしょう。ただアメリカの事例は、色や形、構図など明確なねらいを持って使用するもので、活用の幅が限定的でした。「そのままでは使えそうになかったので、日本の現場に会う形に変えてアート・カードを紹介した。」と彼は述べています。藤江教授によってアート・カードは多様に活用できる性格をまとうことができたと言えます。
※3:アート・ゲームはアクティビティの一種だとも言えるでしょう。海外の事例をもとに、私たちはギャラリートークのような対話的プログラム以外の鑑賞活動を「アクティビティ」と読んでいます。「美術館の所蔵作品を活用した探究的な鑑賞教育プログラムの開発」(研究代表者:一條彰子) 科学研究費 基盤研究(B)(一般)平成28-30年度。「学び!と美術<Vol.34>」でも紹介しています。
「学び!と美術<Vol.51>」に登場した国立国際美術館学芸員の藤吉祐子さん編集による『アクティビティ・ブック』(2017)は、今、一番のお勧めです。
※4:ふじえみつる「美術鑑賞教育の一つとしてのアート・ゲーム」愛知教育大研究報告 教育科学編 第52号 2003
※5http://www.shiga-kinbi.jp/?page_id=3346
※6:宮崎県立美術館は2006年、文部科学省の「学力向上拠点形成事業(わかる授業実現のための教員の教科指導力プログラム)の委嘱事業で大学関係者や学校教育、教育委員会と一緒に、そのノウハウを集めたアート・カードを作成します。2007年には、アートボックスを作成します。マグネット盤や虫眼鏡、ヘッドフォンなど様々なキットでアート・ゲームができる鑑賞支援教材です。筆者が監修した美術出版サービスセンターのSCOPEのゲームキット「エウレカボックス」には、この鑑賞支援教材のノウハウを一部応用しています。http://bijutsu.biz/bss_bsc/scope/eureka.html
※7:学校と美術館の許可を得てギャラリーに設置してあるビデオデータから来館した学校の子どもたち(図1、図2とも小学校5年生)の動きを分析させてもらいました。
※8:奥村高明「状況的実践としての鑑賞-美術館における子どもの鑑賞活動の分析-」2004.3、美術科教育学会誌「美術教育学」第26号 pp.151-163
※9:ある女性誌の編集者が「男性誌と違って女性誌の表紙が厚いのは、女性が一度手に持って確かめてから購入する傾向があるからだ」と語っています。「本日発売―女性誌編集長の物語」桜井 秀勲 イーストプレス 1993.6。子どもも自らの感覚で確かめるという同じ傾向があります。前号で取り上げた森實先生は低学年でポーズを使った鑑賞を実践されています。似た事例として、宮崎県立美術館でサントリー美術館展を実施した時に、サントリー所蔵の初代長次郎作の黒楽茶碗を見ていた茶道を嗜む集団の一人が発した「お茶が入ったらきれいだろうね」という言葉も感覚を働かせた例の一つでしょう。ケースに入って触れない楽茶碗を、頭の中では自分の手に持ってお茶を注いだ状態にして見ていたと思われます。
※10:作成に携わったのは主に以下。
『国立美術館アート・カードセット』国立美術館。制作の経緯は「美術による学び研究会メールマガジン第164号」2017.7に詳しく書きました。http://www.nmao.go.jp/study/art_card.html
『じろじろみてね』監修:奥村高明 島根県立石見美術館。廣田学芸員や「みるみるの会」などの活躍もあり広く活用されているケースの一つです。http://acop.jp/images/2012/09/2012_mirumiru.pdf
『鑑賞ツールSCOPE vol.1(小学生用)』『SCOPE vol.2(中学生以上用)』監修:奥村高明・西村徳行 美術出版エデュケーショナル。http://www.bijutsu.biz/bss_bsc/scope/postcard.html
※11:様々な研究論文や実践報告などで言及されていますが、あくまで筆者の個人的な意見です。
※12:始めの頃の国立美術館のアート・カードが厚くコーティングされているのは宮崎県立美術館の経験からです。現在は改良が進んで薄く軽くなっています。
※13:日本文教出版の教師用指導書には、題材のポイントを記載した朱書編や指導案集、掲示資料の他、アート・カード3セットが付いています。
※14:「アートフル大分プロジェクト実行委員会(公益財団法人大分県芸術スポーツ振興財団(大分県立美術館)、大分大学、大分県、大分県教育委員会)」は県内の学校と「美術×理科」「図工×国語」など多様なプログラムを実践しています。例えば、アートとサイエンスの探究的な学びとして、地域の地層や海岸の石などから生まれる色に着目したクレヨンづくりや墨づくりなど多様な実践を行っています。「幼少期における地域の色をテーマとした教科融合型学習の開発」 科学研究費 基盤研究(B)(一般)平成28-31年度。
※15:小学校の国語でカルタを用いるように、アート・カードは学習教材として活躍してくれるだろうと思います。

児童が考えを深める道徳授業(3) ―小道具等を使用した教材提示の工夫―(第5学年)

1.主題名

やっぱり親切っていいな  B[親切・思いやり]

2.教材名

くずれ落ちた段ボール箱
(出典:文部省「小学校 道徳の指導資料とその利用 4」昭和56年3月)[一部再構成]

3.主題設定の理由

(1)ねらいとする道徳的価値について
 人間は一人では生活していけない。家族はもちろんだが、家族以外のたくさんの人々と常に関わり合いながら生活している。その中で、よりよい人間関係を築いていくことが大切であり、それがよりよい生き方につながっていく。
 よい人間関係を築くには、相手に対する思いやりが不可欠である。それが、他人に接する時の基本姿勢となる。思いやりとは、相手の立場になって相手のことを考えて、その自分の思いを相手に向けることである。そして、それを具体的に表していくのが親切な行為である。親切な行為にはいろいろあり、場合によって、温かく見守り接することもあれば、相手に対して励まし手助けをすることなどがある。
 そこで大切になってくることは、「自分にとって」ではなく、あくまでも「相手の立場になって」考えることを忘れてはいけないということである。人間一人一人は考えや性格・置かれている環境も違う。それをしっかりとらえた上で考えていかなくてはいけない。また、思いやりの心を伴った親切な行為は家族や親しい友達だけでなく、だれに対しても行っていくことが重要である。そこで自分の行った親切な行為によって、相手が喜び、また、それが自分にとっての喜びとなっていくことを知り、「やっぱり親切っていいな。」ということを考えさせていきたい。

(2)児童の実態について
 本学級の児童は気持ちの優しい児童が多く、学校生活の中でも、自然に友達のことを考えて進んで手助けをしている場面が多く見られる。また、たてわり活動などでの姿を見ても、低学年の児童が戸惑っている様子に気付き、手を添えて近くまで連れていってあげたり低学年の児童の目の高さに合わせて話をしていたりしている。
 さらに、登下校の際におばあさんが道がわからなくて困っていた様子を見て,何人かで声をかけ教えてあげたことで喜んでもらえたことを嬉しく思い日記等で教えてくれた子もいる。
 親切というのは、相手に認めてもらうためにやるものではない。自分のやった親切な行為が困っている人の手助けになり、それが自分にとっても人のために何かできたという喜びとなるものだということに気付かせていきたい。その上で、なかなか勇気がいることではあるが、相手が誰であっても、困っている人がいたら、相手の立場になって考え、そのままにはしていられない、親切にしていきたいという気持ちを考えさせていきたい。

(3)教材について
 小さい男の子が、狭い通路にあった段ボール箱を崩してしまう。男の子は気にも留めずおもちゃ売り場に行ってしまい、一緒にいたおばあさんは片付けたくても男の子が気がかりで困っていた。わたしと友子さんは、その様子を見かねて、自分たちが片付けると言って片付け始めた。しかし、店員さんに誤解され、厳しい口調で叱られてしまう。おばあさんに後でお礼を言われてもすっきりせずにいたが、後日、店員さんからの謝罪とお礼の手紙をもらい、親切にしてよかったと晴れ晴れとした気持ちになるお話である。
 親切にしたにもかかわらず、認めてもらうどころか誤解をされ叱咤され、「こんなことならしてやらなきゃよかった。」という気持ちは子どもだけでなく、大人でもそう思うことがほとんどである。そのような葛藤場面を考えさせ、親切とは何かと深く考えることができる教材である。
 この教材を通して、知らない人であっても困っている人がいたら親切にすることで、相手が喜ぶだけでなく、自分の心も「親切にしてよかった。」という晴れ晴れとしたい気持ちになるということを考えさせたい。

4.教材分析図

場面

わたしの心の動き

発問

①わたしは友子さんと買い物に出かけた。

・とっても楽しみだなあ。何を買おうかな。
・二人でいろいろ選べて楽しいだろうな。
・ワクワクするなあ。

②ショッピングセンターの裏の段ボールが山のように積んである通路を通っていた。

・今日は混んでいていやだな。
・友子さんと離れてしまいそう。
・段ボールがこんなに積んであって倒れてきたら、大変だな。
・段ボールが邪魔だなあ。

③わたしたちの前を男の子とおばあさんが歩いていた。

・おばあさんと一緒に買い物に来て、とても楽しいんだろうな。
・おばあさん一人で小さい子を連れているのは大変。
・男の子、かわいいな。

④男の子が段ボール箱にふれながら歩いていた。

・危ないな。
・倒れないといいな。
・倒れたら、けがをしてしまう。

⑤段ボール箱が通路にくずれ落ちた。

・やっぱり落ちちゃった。
・危ないなあ。
・通れない。困るなあ。
・だれもけがしなくてよかった。
・おばあさんも注意しておけばよかったのに。
・男の子は、叱られちゃうだろうな。

⑥男の子は気にする様子もなく、おもちゃ売り場に行こうとおばあさんの手をひいていた。

・ひどい。ちゃんと片付けなきゃ。
・えっ!そのままにしちゃうの?
・少しは悪いとか思わないのかな?
・小さいから仕方ない。

⑦おばあさんが整理し始めたが、男の子はおもちゃ売り場に行ってしまった。

・おばあさん一人にさせて、男の子はひどい。
・なんでおばあさんの言うことをきかないんだろう。
・男の子は、迷子にならないかな。大丈夫かな。

⑧周りの買い物客は誰も手伝うことをしなかった。

・手伝ってあげないのかな。
・見ているだけなんて、みんなひどいなあ。
・おばあさん一人でかわいそう。

⑨おばあさんの困っている様子を見て、わたしたちも段ボール箱の整理を始めた。

・おばあさんが困っているのに、何もしないのは悪いなあ。
・手伝ってあげよう。
・みんなでやれば早い。
・おばあさんが一人でやるのはかわいそう。

⑩おばあさんは、男の子が気になって、周りを見回していた。

・男の子が心配なんだろうなあ。
・男の子、迷子になっていないといいな。

⑪「わたしたちが整理します…。」とおばあさんに言うと、おばあさんは、お礼を言って男の子の方へ行った。

・これで、おばあさんは、男の子のことを探しに行けるから、安心できるだろう。
・おばあさんの役に立てる。
・おばあさんに喜んでもらえてうれしい。
・ちょっといいことしたかも。

⑫おばあさんのことを話しながら段ボール箱を一生懸命に整理していた。

・もとに戻ってよかった。
・おばあさん、男の子のこと探せたかな。
・いいことをして、気持ちいいな。
・きれいに直せそう。

一生懸命に段ボールを整理していた時、私はどんな気持ちだったでしょうか。(親切をして気持ちがいいことをおさえる)

⑬店員がやってきて、遊んでいて落としたと疑われた。

・えっ?何のこと?
・店員さん、だれかと勘違いをしている。
・わたしたちは悪いことしてないのに。
・おばあさんのかわりやっているのに。
・人違いをしないでほしい。
・話も聞かずに勝手に決めないでほしい。

⑭周りの人に叱られている様子を見られた。

・はずかしい。
・わたしたちでないのに…。

⑮悪いことをしていないと言い聞かせたのだが、言葉にならなかった。

・堂々としていればいい。
・なぜ、こんなこと言われなくてはいけないの。
・なんて言えばいいの。
・男の子のせいと言っても信じてくれないかも。

⑯それでもむしゃくしゃしながら、最後まで片付けていた。

・何で何も悪くないのにこんなふうに言われなきゃいけないの?
・ひどい。
・手伝わなきゃよかった。

⑰整理は片付いた後、店員さんにまたきつい口調で言われた。

・ひどい。
・勝手に疑って!
・最後まできれいに片付けて、何で、こんな風にいわれなきゃいけないの。
・こんなことなら、おばあさんのために片付けなきゃよかった。
・あの男の子のせいだ。
・おばあさん戻ってきて、説明をしてほしい。

①片付けが終わった後になってまでも、店員さんにきびしい口調で注意された時、私はどんなことを考えたでしょうか?

⑱おばあさんが男の子を連れて戻ってきて、お礼を言われた。

・今さらお礼を言われても…。
・今ごろ戻ってきても遅い。
・もっと早く戻ってきてよ。
・男の子が崩さなきゃこんなことにならなかったのに。
・親切にしたことには変わりない。

②「いいえ、いいんです。」と言って、その場を立ち去ったわたしの心の中には、どんな思いがあったでしょうか。

⑲朝会の時に校長先生が、ショッピングセンターから手紙が来たことをお話になった。

・また、文句を言ってきたの…。
・ひどい。学校まで連絡しなくてもいいのに…。
・どんな内容の手紙なんだろう。
・いやだな。聞きたくない。

⑳手紙の内容を聞いた。

・やっとわかってくれたんだ。
・わかってもらえてうれしい。
・おばあさんの手助けをしてよかった。

㉑友子さんも嬉しそうにしていたし、わたしも足取りが軽やかだった。

・やっぱり親切にするっていいな。
・いいことをすると気持ちがいいな。
・あの時、手伝ってよかったな。

③わたしの足取りが軽やかになったのは、心の中がどんな思いでいっぱいになったからでしょう。

5.ねらいに迫るための手立て

(1)座席の工夫
〈教材提示〉教材にじっくりひたらせるために、全員が担任の方を向くように、横の座席の児童は前向きにする。
〈話し合い〉座席をコの字にし、みんなの顔が見て、話し合いができるようにする。
〈振り返り〉前向きの座席の形にし、一人一人がじっくり自分のことを振り返られるようにする。

(2)教材の精選
 各社の副読本で使用されている教材である。内容が、文部省の方が「わたし」の心の様子をより細かく書いてあるので、原作である文部省の教材を使う。ただし、古くから使われている教材なので、現代に合わせるために一部再構成した。

(3)教材提示の工夫
 話の流れがわかりやすい教材なので、教材は手元に渡さずに、場面絵は映像で映したり、実際に段ボールを用意したりし、教師が児童の様子を見ながら範読をする。ねらいに関係なく、今の児童があまり使わない表現のところは少し省いて提示する。手紙は、映像に最初は映さずに読み、主人公と同じようにどんな内容かを考えさせる。

6.本時

(1)ねらい
 店員さんからもらった手紙を聞いて、私の足取りが軽やかになった時の気持ちを考え、だれに対しても思いやりをもち、相手の立場になって考え、困っている人には進んで親切にしようとする心情を育てる。

(2)本時の展開

□学習の流れ ○発問 ・予想する児童の活動

・指導上の留意点


□道徳的諸価値への導入
○困っている人に親切にした後、どんな気持ちになりますか。
・いいことしてよかったなあ。
・喜んでもらえて嬉しかった。
・気持ちがすっきりした。

・児童の言葉をもとに主題につなげる。





□教材を読み、話し合う。

・教材を画像に映しながら、教師が範読をする。横の座席の児童は前向きにする。
・一生懸命に段ボールを整理していた時の気持ちを教師がおさえてから発問に入る。

①片付けが終わった後になってまでも、店員さんにきびしい口調で注意された時、わたしはどんなことを考えたでしょう。
・ひどい。勝手に疑って!
・最後まできれいに片付けて、何で、こんな風にいわれなきゃいけないの。
・あの男の子のせいだわ。
・こんなことなら、おばあさんのために片付けなきゃよかった。

②「いいえ、いいんです。」と言って、その場を立ち去ったわたしの心の中には、どんな思いがあったでしょう。
・今さらお礼を言われても…。
・今ごろ戻ってきても遅い。
・男の子が崩さなきゃこんなことにならなかったのに。
・親切にしたことには変わりない。
・おばあさんには喜んでもらえたからいい。

・お礼を言われても納得いっていないわたしの気持ちと、親切にしたことにはかわらない気持ちが入り混じっている思いを出させ、どちらが強いか考えさせる。
・2人組で役割演技をさせる。

③わたしの足取りが軽やかになったのは、心の中がどんな思いでいっぱいになったからでしょう。
・やっぱり親切にするっていいな。
・いいことをすると気持ちがいいな。
・あの時、手伝ってよかったな。

・疑いが晴れてすっきりしたというような発言が出た場合は、みんなに投げかけ、話し合う。





□自分を振り返る
○相手のことを考えて親切にしたり、自分のことを考えてもらって親切にされたりして、「やっぱり親切っていいな」。と思ったことはありますか?その時のことを書きましょう。
・電車に乗っていて、おばあさんに席を代わって、お礼を言われた時。
・下校の時に転んで困っていたら、近くを通った子が、大丈夫と言ってハンカチを貸してくれた時、とてもうれしかった。

・ワークシートに書く。
・発表したい児童がいれば、発表させる。


○教師の説話をする。(手袋の話)

(3)評価
・親切にしたことを後悔していたが、店員さんからもらった手紙を聞いて、「やっぱり親切っていいな。」と思った主人公の気持ちを考えることができたか。(③の発言)
・誰に対しても思いやりの気持ちをもち、相手の立場を考え、親切にしていくことの大切さに気付き、「やっぱり親切っていいな。」、これからも親切にしていきたいなという心情になったか。(ワークシート)

(4)板書計画

(5)ワークシート