中学校道徳教育セミナー ―「考え,議論する道徳」の授業と評価―

写真提供:朝日新聞社

 日本は立春が過ぎても寒い日々が続いていますが、お隣の韓国では冬季オリンピックが開催され熱い戦いが繰り広げられています。怪我を精神力と努力で乗り越えて金メダルを取ったフィギュアスケートの羽生結弦選手をはじめ、多くの日本選手が感動を与えてくれています。その中でもスピードスケート女子500mで優勝した小平奈緒選手が、2位となって涙を流す李相花選手を抱きしめ、韓国語で「よくやったね」と声をかける姿が絶賛されています。韓国メディアは「氷を溶かした李と小平の友情」「李を配慮したマナーの手」「五輪王者としての品格」などと称賛しています。
 小平選手自身は優勝したことについて「金メダルをもらうのは名誉なことですが、どういう人生を生きていくかが大事になると思う。」と記者会見で謙虚に述べています。そして、まだ無名で大学卒業後の進路も決まらずにいた小平選手を雇い、無償の支援を続けてくれている相沢病院の相沢孝夫理事長へ「私は本当に人に恵まれた人生だったと思っています。相沢病院との出会いは必然であり偶然。本当に苦しい時も、成績よりも私の夢を応援してくれた。」と素直に感謝の言葉を述べています。一生懸命努力した小平選手も素晴らしいですが、それを温かく支えた相沢先生や信州大学の結城匡啓先生たちも素晴らしいです。(小平選手の会見は「朝日新聞デジタル記事」より引用)
 「学び!と道徳2」のテーマは『世界から尊敬される国際人を育てよう』ですが、小平選手のように日本と韓国の国境を越えて称えられるような国際人を私たちも是非育てていきたいものです。
 さて、今回は、前回約束した1月21日に早稲田大学で行われた「中学校道徳教育セミナー」の報告です。当日はグループワークの司会・発表者として頑張っていた、道子、真理、響たちに、内容を報告してもらおうと思います。

「セミナーは私の開会の挨拶後、事例発表、講演、グループワークの3部構成で行われましたので、それぞれを順に振り返ってみましょう。第1部の事例発表は、品川区立荏原第五中学校教諭の戸上琢也先生と筑波大附属中学校教諭の多田義男先生の実践報告がありました。
 戸上先生は早稲田大学教職大学院の第1期生で、道子さんたちの大先輩ですね。発表のテーマは『道徳科における主体的・対話的で深い学びの実現とその評価』でしたが、道子さんは先輩の発表からどのようなことを学びましたか?」
道子「戸上先輩の取り組みは、『理論と実践の往還』という教職大学院のポリシーに基づいた素晴らしい研究実践だと思いました。先輩は、問題解決的な学習とは、道徳上の課題に対して各人が考えた判断基準を、議論を通して比較・検討することにより自分なりの納得解を導き出す(再考する)学習活動であると理論づけています。そして、その理論を具現化するために、付箋紙を活用したワークシート使って各自の考えを付箋紙に記入させ、その付箋紙を議論するシートに貼って話し合いをさせるという教育活動を考案し、授業実践をされています。

セミナーでは「生命の尊さ」を主題として、副読本『新・あすを生きる2』(日本文教出版)の『命を見つめて』と、絵本『100万回いきたねこ』(佐野洋子作)を教材とした二つの授業事例が発表されました。『100万回いきたねこ』では、絵本を紙芝居にするような工夫もしていました。」
「議論するシートでは、共感する考えには赤い付箋紙を使い、質問は黄色い付箋紙に書くような工夫もしていました。これは、友達との相互評価を通して、自己評価(メタ認知)を進めることになりますね。
 多田先生の事例発表は、『4コマ漫画やエッセイを使い自己について深く省みる道徳授業』の実践報告でしたが、響君はどんなことを学びましたか?」
「授業実践は「個性の伸長」を主題に、副読本『新・あすを生きる2』(日本文教出版)の『「自分」ってなんだろう』を教材とした実践報告がありました。教材が4コマ漫画なので、マンガ好きの僕にはとても親しみやすく、4コマが起承転結になっているので、内容について考えたり、友達と話しあったりしやすいと思いました。
 もう一つの実践は3つのキーワード『地球』『個性』『自分』を違う言葉で言い換えるグループワークを行い、地球・個性・自分の順に主題につながるように発表させてから、生徒の気づきとその理由を聞いていくという取り組みでした。また、考えさせるために、自分からペア・4人グループ、そして全体といった工夫もしていました。」
「考えさせるには教師の発問や生徒の発言に対する切り返しなども大切ですね。
 事例発表後、全日本中学校道徳教育研究会顧問である東京都北区立飛鳥中学校の鈴木明雄校長先生から講評がありました。
 セミナーはその後、第2部に移り、畿央大学大学院教授の島恒生先生から『「考え、議論する道徳」の授業と評価』というテーマで講演がありました。真理さん、島先生の講演を聞いてどのようなことを学びましたか?」

真理「島先生のご講演には、6つのテーマがありました。
 1つ目は、『「道徳性」の再確認』です。道徳性を育てる道徳とは、見方や感じ方、考えを広げ、深めることで、主体的に判断し行動する『自立』を目指すことであるという内容でした。そのためには、教材における登場人物の行為を理解する『状況理解レベル』や登場人物の感じたことや考えたことを考える『心情読解レベル』から、登場人物の行為や心情の基となる道徳的価値に基づいた感じ方や考え方、生き方といった『道徳的価値レベル』について考える授業にすることが大切だと話されていました。
 2つ目は、『基本的な価値観』です。道徳の評価は、evaluationの評価(値踏み)やassessmentの評価(診断)ではなく、appreciationの評価(真価を認めて励ます)とするようなプラス思考が必要だと述べられていました。
 3つ目は、『指導観を明確に』です。道徳授業の『学習者は子ども』という考え方です。教師がしゃべり、知識を伝達する教師中心の授業から、生徒が考え、話し合う、主体的・対話的な授業へ変えていくことが大切であると話されていました。
 4つ目は『道徳の内容の理解』です。道徳の内容は、生徒の発達の段階や内容の視点を押さえておくことが重要とのお話でした。
 5つ目は、『授業技術を磨く』です。話す・書く・板書などの活動の意味や意義を生かしていけるように授業技術の向上に努めることが大切と述べられました。
 6つ目は、『推進体制をつくる』です。教師がチームとなって、みんなで道徳に取り組むような推進体制をつくるお話でした。」
「道徳科の評価は、生徒のよさを認め、励ます評価であるべきです。このことは通知表に記述するときの重要な視点となりますね。
 さて、セミナー第3部のグループワークは、参加者を12のグループに分けて、先生方が考えていることや悩んでいることなどについてフリートーキングをしました。今回のセミナーには、参加者は東京を中心に関東各地からいらしていましたが、中には宮城県や新潟県など遠方から参加している先生、私立学校の先生、そして、教育委員会の方など総勢60人が参加しました。各グループで話が盛り上がっていましたが、どんな内容でしたか?」
「僕のグループでは、校内の指導体制づくりが話題となりました。一人で頑張っていくのは難しいので、指導案やワークシートなどの共有化を図り、みんなで楽しく授業に取り組んでいくことが大切だ、時には副担任や管理職を含めたローテーション授業を導入するべきだというような意見が出ました。」

真理「私のグループでは、評価が一番の話題になりました。『おおくくりな評価』では保護者には何を言いたいのかわかりにくいのではないか。通知表の記述には、生徒の振り返りや自己評価が役立つのではないか。先生によって評価が変わらないように、学校としての評価基準を設けたり、評価についての情報交換を実施したりする必要があるなどの意見が出ました。」
道子「私のグループには、私学の先生がいて、授業をどう実施していくか悩んでいました。このような研修会に参加したり、校内研修会を開催したりしたいと話していました。公立の先生からは、議論のさせ方、授業の終末の持ち方、教科になった時の教科書の使い方、道徳ノートの活用方法など授業に関する具体的な課題が出されました。」
「話し合いの内容は、司会をしたMOS(早稲田大学道徳教育研究会)のメンバーがまとめて発表し、参加者全員で共有しました。先生方からは皆さんの発表が上手だという声が上がっていましたよ。」
「いえいえ、僕たちよりも早稲田大学がアクティブラーニングのために作った最新型の教室をほめていたようですよ!」

 第5回目はいかがでしたでしょうか? 次回からは「中学校道徳教育セミナー」のテーマでもあった道徳科の指導方法について考えていきたいと思います。ご期待ください。

皇室典範の世界 ―「皇国」日本という幻想(4)―

承前

 皇位は、皇室典範により、「皇男子孫之を継承」するものと規定されました。皇統は男系男子という言説は何をもたらしたのでしょうか。

皇室典範の枠組み

 皇室典範(1889年2月11日)第1章「皇位継承」は、憲法第2条を受け、次のように規定しています。

第1条 大日本国皇位は祖宗の皇統にして男系の男子之を継承す
第2条 皇位は皇長子に伝ふ
第3条 皇長子在らさるときは皇長孫に伝ふ皇長子及其の子孫皆在らさるときは皇次子及其の子孫に伝ふ以下皆之に例す
第4条 皇子孫の皇位を継承するは嫡出を先にす皇庶子孫の皇位を継承するは皇嫡子孫在らさるときに限る

 伊藤博文は、第4条につき、『皇室典範義解』で「万世一系の皇統」をささえた世界は嫡庶混在の男統主義であることを宣言しております。

恭て按ずるに祖宗の嫡を先にし庶を後にするは継嗣の常典とす。但し皇緒萬世一日も曠くすべからざるが故に、既に摘出なきときは庶出亦位を継ぐことを得せしむ(皇位百二十一代にして庶出の天皇実に四十六代なり)我国の庶出を絶たざるは実に已むを得ざるに出る者なり

皇位継承の実態とは

 井上毅は、「皇室継統の事は祖宗の大憲の在るあり、決して欧羅巴に模擬すべきに非ず」(「謹具意見」)と述べ、男系に限定することで予想される「皇胤」減少に対処すべく、「従来の皇胤を繁栄ならしむる」「他の種々の方法」を提示します。ここに想起すべきは、3代将軍家光の頃より見ても、歴代天皇が庶出の天皇、側室の子であることです。

110代後光明――父後水尾天皇、生母が藤原光子、皇后源和子(東福門院)が養母
111代後西――父後水尾天皇、生母が藤原隆子、皇后源和子が養母
112代霊元――父後水尾天皇、生母が藤原国子、皇后源和子が養母、御光明猶子
113代東山――父霊元天皇、生母が藤原宗子、皇后藤原房子(新上西門院)が養母
114代中御門――父東山天応、生母が藤原賀子、皇后幸子(承秋門院)が養母
116代桃園――父桜町、生母が藤原定子、皇太后藤原舎子(青綺門院)が養母
118代光格――父典仁親王(慶光天皇)、生母が橘磐代、母は皇妃成子内親王、皇太后藤原維子が養母
120代仁孝――父光格、生母が藤原ただ子、皇后欣子内親王
121代孝明――生母は藤原雅子、養母は皇太后藤原祺子
122代明治――生母が中山慶子(一位局)、養母は夙子(英照皇太后)
123代大正天皇は、嘉仁(明宮はるのみや)で、生母が柳原愛子(やなぎはらなるこ・二位局)、皇后美子(昭憲皇太后)が養母となることで皇位を継承することができました。

 いわば皇位の男系主義は一夫一妻多妾という方策で可能になったものです。そこでは、嫡出の皇子女は命名の即日親王宣下がなされますが、庶出の皇子女は「百日或は萬一年等に於て叡慮を以て親王宣下あるべき」(1875年)とされたのです。庶出の子は、嫡子の皇位継承者がないことを確認して、はじめて皇后の養子となることで皇位継承者の地位につくことができました。
 まさに皇后御養子の儀は、「嫡庶の別を重ぜらるる国体なれば、後来嫡出の皇子降誕の目途なき時にあらざれば容易に御養子に定めらるる事これあるべからず。庶出の皇子と雖も皇胤勿論なれば嫡出の皇子存さざる時に臨て長幼の順序に任せ、皇后の御養子として嫡出に定めらるるとも更に遅きにあるべからず」とされたのです。

女帝否認と一夫一妻多妾

明治天皇の皇子・皇女一覧

 「文明国」をめざして制定された大日本帝国憲法と皇室典範が規定した皇位継承は、女帝否認論であるがために、庶子容認論であり、一夫一妻多妾制度ともいうべきものに支えられて可能となったものにほかなりません。しかも女帝の否定は、自由民権を主張した改進党系の桜鳴社が「女帝を立るの可否」を討論した際、沼間守一が「論者は言ん。女帝を立てざるが為めに、皇統絶るときは如何んと。予は直ちに之に答んとす。既往二千五百年間此事なし、爾後も亦是れなかる可きのみと。論者にして尚ほ説あらんか。請ふ。其詳を悉せ」と論じています。この論は、推古、皇極、齊明(重祚)、持統、元明、元正、孝謙、称徳(重祚)、明正、後桜町と、女帝が存在したことを故意に無視した立論です。民権論者にしても男系論だったのです。
 思うに「萬世一系」という神話は、女帝の存在によって可能になったものですが、明治維新で「天皇」を制度的枠組みの中核に位置付けていく過程で、男系主義を原則とした国家の造形を目指す潮流が色濃く投影されたものにほかなりません。ここに登場した男系主義による「万世一系」という言説は、1929年5月3日の大審院判決によって、「我帝国は萬世一系の天皇君臨し統治権を総攬し給ふことを以て其の国体と為し、治安維持法に所謂国体の意義亦此の如く解すべきものとす」と、国体の原器とみなされたのです。
 まさに皇統は男系によるとの言説は、広く一夫一妻多妾という風潮が顕在化していた時代が可能にした枠組みであることに思いをいたし、昨今の皇室をめぐる議論を考えてみたいものです。
 なお、明治天皇には、皇后美子の他に権典侍葉室光子、橋本夏子、柳原愛子(正二位勲一等、二位局)、千種任子、園祥子らの女性がおり、5皇子10皇女をなしますが、多くが夭折しました。明治天皇は、男子が嘉仁(明宮)、後の大正天皇のみであることを憂えた元老から「逸楽のため召させたまふにあらず、誠に国家に致し、皇祖皇宗に対する大孝を全う」するためだと局の活用を説かれましたが、耳を傾けませんでした。天皇も「一夫一妻」の文明の習いにさからえなかったのだといえましょう。
 しかし現行の皇室典範は、第1条が「皇位は、皇統の属する男系の男子が、これを継承する」と規定し、継承順位を1)皇長子、2)皇長孫、3)その他の皇長子の子孫云々と、皇男子と定めており、大日本帝国憲法の世界とかわりません。いわば「皇男子」という論理が声高に説かれるのは、皇位の維持が一夫一妻多妾制によってはじめて可能になったことを凝視せず、いまだ「皇国」日本の原器だとみなす「信仰」によるものといえましょう。

 

参考文献

  • 大濱『天皇と日本の近代』 同成社 2010年

日常の道徳教育の学びを深化する道徳科授業「うばわれた自由」(第5学年)

1.主題名

本来の自由  A[善悪の判断、自律、自由と責任]

2.教材名

「うばわれた自由」(出典:日本文教出版「新・生きる力」)

3.主題設定の理由

(1)ねらいとする価値について
 人は、自分の意志を尊重し、自由を求め、おおらかに生きていきたいと考えている。自由だからこそ、自分で判断することができ、自分で行動することもできる。何物にもとらわれない自由な考えや行動は、自主性を生み、自立心を高めていくのである。
 しかし、「本来の自由」ではなく、勝手気ままでわがままな「自分本位の自由」を求めた行動は、時として他者の気持ちを考えられず、人に迷惑をかけ、集団への悪い影響につながる場合がある。人として成長していくためには、したいことをしたいがままに行動するだけでなく、自分のわがままな意志を律し、責任を伴うことを自覚した上で、本来の自由を生かした行動をすることが大切である。
 児童には、本来の自由についての考えや行動のもつ意味やよさに気付き、自律的に行動しようとする態度を育てたい。

(2)児童の実態について
 高学年になり、学校生活において、自主的に考え、行動しようとする児童がいる。一方で、自分の自由のみを追求し、相手や周りのことを考えず、自分勝手な振る舞いをしてしまう様子も見られた。
 6月の学校行事の移動教室では、集団での宿泊生活に関わる事前学習において、「自分勝手な言動が集団生活全体に影響があること」と、自律した生活に向けての指導をした。そして、そこでは「自由とはいえ時間は守る」など、自律ある生活をしようとする姿が見られた。
 体育科の表現運動では、グループ練習の時間をとり、リーダーを中心に自由に練習する時間を設けている。練習に取り組まず、自分勝手に行動する児童に対しては、グループ全体に関わることを意識できるよう当該児童のグループ全体に指導をした。その後は、自主的、自律的に行動する児童が増えている。
 本時では、自由な考えや行動は、自分の責任を伴うことに気付かせ、その自由のよさを感得できるよう日常の道徳教育の学びを深化する道徳授業を行う。自律的な行動で、責任を伴うことが「本来の自由」につながることを気付かせたい。

(3)教材について
 森の番人ガリューは、自分の思いのままに行動するジェラール王子に決死の覚悟で、それは誤っていると訴えるが、聞き入れてもらえず、捕えられてしまう。ジェラール王子は、ガリューの訴える「自由」を理解できなかった。自分がしたいことを思うがままにできるからこそ、しばられることがなく、良い生活ができると考えていた。
 国内の状況が変わり、ジェラール王子自身も捕えられてしまう。ろう屋でガリューと再会し、ジェラール王子は、「ガリューの言葉を受け入れていれば、国は乱れることもなかった」と言い、はらはらと涙を流す。ガリューがろう屋を出る時、ジェラール王子に「本当の自由を大切にして、生きてまいりましょう」と話す。
 児童には、ガリューの言葉を聞いたジェラール王の思いをじっくりと考えさせ、思うままに行動する自由な生き方ではなく、自分を律し、責任を伴う自由のよさや大切さに気付かせたい。

4.指導の工夫

(1)イメージの可視化
 事前に「自由」に対するイメージを絵で描かせ、どのような自由を求めているか意識できるようにする。児童は「自分の受けているきまりやルールから解放される自由」や「自分の欲求を満たす自由」を想像している。
 導入で数名の児童の絵を紹介し、「自由」ついて共有することで、自分の意志で思うがままに行動できる自由を感じさせる。授業では、自分の意志のままに行動することが及ぼす影響を理解させ、児童が「本来の自由」について主体的に考えられるよう展開していく。

(2)教材提示の工夫
 教材は、音楽を流す、間を十分にとるなどの工夫により語り聞かせる。牢屋でガリューとジェラール王が話す後半の場面では、照明を薄暗くし、臨場感を出すことで児童が教材に聞き入り、登場人物の気持ちを自分のこととしてじっくり考えることができる。範読後は、牢屋に残されるジェラール王を見せ、中心場面のジェラールの様子を印象付ける。

(3)グループによる話合い活動
 「ほんとうの自由をたいせつにして、生きてまいりましょう」というガリューの言葉を聞いたジェラール王の思いを少人数のグループで考えさせる。「『本当の自由を大切に生きていく』とはどうすることか」と話し合うポイントを児童に投げかけ、「考えたい、意見を聞きたい」と意欲をもたせ、話し合わせる。
 全体で共有する場面では、「ジェラール王はほんとうの自由をたいせつに生きていくことができるか」を考えさせ、自分勝手な行動ではなく、よく考え、判断し、自律的に行動することが大切さに気付かせたい。

5.教材分析

※網掛け……授業では取り上げないが想定される発問

場面

ガリューとジェラール王子の心の動き

考えられる発問

発問の意図 他

夜明け前
森に銃声が響いた。きまりをとりしまるガリューは、馬を走らせる。

ガリュー:
・狩りをする時間ではない。
・きまりを守るよう言わなくてはならない。

ジェラール王子は、狩りをしてはいけないきまりを無視して、身勝手に遊んでいた。ガリューは、決死の覚悟で正すが、とらわれてしまう。

ガリュー:
・国のきまりを守るべきだ。
・ジェラール王子の言動は身勝手だ。
・周りのことを考えて、自分の気持ちをおさえるべきだ。
・勝手な振舞いを慎むべきだ。

「あなたが言っているのはほんとうの自由ではない。」と必死に訴えるガリューは、どんな気持ちだろう。

◆ガリューの話す「本当の自由」について理解することができる。

ジェラール王子:
・したいことをしたいようにして何が悪い。
・ガリューの言うようにしていると窮屈だ。
・自由をみんなが望んでいる。きまりを言われたくない。

○「あなたが言っているのはほんとうの自由とは申しません。」というガリューの必死の訴えを聞くジェラール王子はどんな気持ちだったのだろう。

◆王子のわがままで身勝手な考えについて捉えさせる。
◆自分の好きなことを制限されずできることが「自由」だとするジェラール王子の考えにふれさせる。

国中の人々が勝手に行動し、国が乱れた。
ジェラール王は裏切りにあい、とらわれてしまう。

ジェラール王子:
・どうして、こんなことになってしまったのだ。
・どうして裏切られたのか。

牢屋で、ジェラール王とガリューが再会する。

ガリュー:
・身勝手すぎた。自業自得だ。
・辛そうだな。
・心を入れ替えるべきだ。

(しばらくの間、二人が向き合いだまっている時ガリューはどんな気持ちだったのだろう。)

◆ジェラール王に改心してほしい気持ちに気付かせる。

ジェラール王子:
・自分が悪かった。反省している。
・どうすればよかったのか。
・ガリューに申し訳なかった。
・これからは、よく考えて行動する。

(はらはらと涙を流すジェラール王は、どんな気持ちだろう。)

◆ガリューの思いを受け止めなかった反省と謝罪の気持ちを感じさえることができる。

ガリューは牢屋から出されることになった。ガリューは「ほんとうの自由を大切にしましょう。」とジェラール王に伝える。

ガリュー:
・思うままに行動するだけでは自由ではない。
・我慢することも大切。
・自分勝手はしないこと。
・人のことも考えられるようにすること。

(「ほんとうの自由を大切にして、生きてまいりましょう。」には、ガリューのどんな思いが込められているのだろう。)

◆「本当の自由」の意義やよさをジェラールに味わわせたいという思いに気付かせる。

ジェラール王子:
・自分のことだけを考えていた。間違っていた。
・自分のしたいことばかりではだめだ。
・みんなのことを考え、行動する。

◎「ほんとうの自由を大切にして、生きてまいりましょう。」というガリューの言葉をジェラール王は、どんな思いで聞いたのだろう。

◆「本当の自由」を求め、行動しようとするジェラール王に共感させる。
◆「大切に生きていく」について考え、自由の意味やよさに気付かせる。

6.本時のねらい

 「ほんとうの自由をたいせつにして生きてまいりましょう。」というガリューの言葉を聞いたジェラール王の思いを考えることで、自由を大切にし、自律的で責任ある行動しようとする態度を育てる。

7.本時の展開

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点 ☆評価


1 「自由」という言葉のもつイメージについて話し合う。
○友達の絵を見て、どのような「自由」なのか考えよう。
・宿題がなくて、楽な生活をしている自由
・好きなものを、好きなだけ食べられる自由
・ずっとゲームや遊びができる自由

◇事前に描いた「自由」をイメージした絵を見て、自分中心で自分の意志を優先した自由について共有する。
◇登場人物を紹介し、2人の「自由」についての考えが異なることを話し、教材への導入を図る。


2 教材「うばわれた自由」の範読を聞き、話し合う。

◇BGMを活用したり間のとり方を工夫したりして読み聞かせる。
◇教材の後半では、会場を薄暗くし、臨場感を高める。

○「あなたが言っているのはほんとうの自由とは申しません。」というガリューの必死の訴えを聞くジェラール王子はどんな気持ちだったのだろう。
・したいことをしたいようにして何が悪い。
・ガリューの言うようにしていると窮屈だ。
・自由をみんなが望んでいる。きまりを言われたくない。

◇板書を通してガリューの考える「自由」について捉えさせる。
◇ガリューとジェラール王子の「自由」に対する考えの違いを視覚的に理解できるようにする。

◎「ほんとうの自由をたいせつにして、生きてまいりましょう。」というガリューの言葉をジェラール王は、どんな思いで聞いたのだろう。
・自分のことだけを考えていた。間違っていた。(反省)
・自分のしたいことばかりではなく、それをおさえてみんなのことも考えることが大切だ。(他者に対する責任)
・みんなのことを考え、行動する。(自律した行動)

◇少人数で話し合う学習形態をとり、「本当の自由を大切にして、生きていく」ことについて考え、自律的で責任を伴う自由の意味やよさに気付かせる。

○「本当の自由を大切に生きていく」とはどうすることだろう。(補助発問)

◇全体で共有する場面では、ジェラール王がどう考え、行動するかについて考えさせる補助発問を行う。
☆話合いを通して、自由を大切にし、自律的に行動しようとする気持ちがもてたか。

3 自分の生活を振り返り、これからの自分について考える。
○「自分勝手」と「自由」について考えよう。「自分勝手」に行動しなくてよかったことはありますか。
・自由時間だとしても勝手なことをせず、きまりやルールは守る。
・夏休み中に、自由に遊べたけれど、家族との約束を守って遊んだので、ほめられた。
・自分勝手に行動したために、みんなに迷惑をかけてしまった。

・ワークシートを通して、自己を振り返り、自由を大切にすることのよさを感じさせる。
・「自分勝手な行動をした」経験も可とし、授業を通して考えたことを記入するよう指導する。
☆ワークシートへの書く活動を通して自由な言動の意味やよさについて考えることができたか。


4 教師の説話を聞く。

・児童が事前に描いた絵を紹介し、自由であっても、自律して行動する大切さを感得させる。

8.板書計画

「朝鑑賞」で学校改革

 今回も、美術を生かした教育プログラムを紹介します。読売教育賞2017「カリキュラム・学校づくり」部門の優秀賞(※1)を受賞した埼玉県所沢市立三ヶ島中学校(※2)の「朝鑑賞」です。

「朝鑑賞」とは

 日本では「朝読書」「朝ドリル」など、朝に短時間の学習活動を行う習慣があります。「朝鑑賞」はそこで「美術鑑賞」をするというアイデアです。きっかけは、2015年度に美大生の作品を学生自ら小中学校でギャラリートークする「旅するムサビプロジェクト(※3)」を実施したことがきっかけでした。
 2016年度から、週に1回、金曜日の朝10分間、全教科の先生が、全クラスでいっせいに美術鑑賞を始める「朝鑑賞」が始まります。ファシリテーターは学級担任と学年担当の先生、解説型ではなく対話型で進める美術鑑賞に、当初はずいぶんとまどったようですが、生徒の変化が実感できた頃から活性化してきたようです。筆者が校内研修に参加し、対話型鑑賞のスキル指導、ルーブリック作成、統計的な分析に関わり始めたのもこの頃です。
 2017年度、朝鑑賞はさらに発展します(※4)。他の学年の先生や複数の先生で実施する、少人数で作品を囲む、生徒がファシリテーターをするなど学習スタイルが多様になりました(※5)。鑑賞方法もオープンエンドな対話もあれば、問いやテーマを設けたディスカッションもあります。美術作品の幅も広がり、武蔵野美術大学の協力を得て、学生の作品を空き教室に収蔵し、そこから学級に貸し出す仕組みができていました(※6)。これらが、11月に読売教育賞の受賞、2018年2月2日研究発表会へとつながります。

「朝鑑賞」による先生の変化

 研究発表会等で報告された先生サイドの変化は以下のようなものです。

  • 先生が、生徒の話を聞けるようになった。
  • 一方向講義型の授業が減って、双方向的な授業が増加した。
  • 先生の役割や意識が「学びの場のコーディネーター」に変化した。
  • ダンスや数学の授業などでもディスカッションを取り入れるようになり、学習効果も見られる。
  • 先生同士の意見交換が盛んになり、お互いのスキルを共有するようになった。
  • 教師の経験年数や専門の教科を超えて学習方法を話し合うようになり、校内研修が活性化した。

 週1回とはいえ、朝鑑賞の実施は先生にとっては「今でも、大変」だそうです。でも、そう話す先生の顔は笑顔でした。自分の教師としての変化をうれしそうに語る先生もいます。研究発表会のある参加者は「この学校の先生たちには個性がある」と意見を述べていました。確かに、発表会では、先生たちが自分の個性を生かしながら朝鑑賞を進めていました。また個別に聞いた話では「答えのない美術鑑賞で、子どもと一緒に考えるのが楽しい」「ワイワイ、ガヤガヤする姿を、生徒が考えている姿だと受け取るようになった」「以前は一方的に価値判断していたが、生徒の意見をまず面白いととらえる」などの発言もありました。先生たちの質的な変化は確実に起こったようです(※7)

「朝鑑賞」による生徒の変化

 生徒の発言や様子から分かる変化は以下のようなものです。

  • 「考え方の違いを知るのが面白いです」「わいてきた感情を口に出せるようになりました」
  • 友だちの意見は「どうでもいい」ものではなく「すごいものだ」と尊重するようになった。
  • 相手の意見を取り入れて、さらに新しい考え方を提案するようになった。
  • 生徒が思ったことをすぐに口にできるようになった。
  • コミュニケーション能力や共感力が高くなり生徒同士の人間関係が改善した。
  • 違っていいという姿勢が、全教科の授業や学校生活、部活動で見られている。

 学力調査、ルーブリック、アンケートの調査などからは以下が分かりました。

  • 国語の書く力が約5~23ポイント伸びている(※8)
  • 朝鑑賞を肯定的に評価している生徒の割合が高い。(87%~94%)
  • ルーブリックを用いて「知識・理解」「話し合い」「自分の考え」「学びに向かう力」の4項目を自己評価させ、統計的な分析を行った結果、「学びに向かう力」を構成する要素として「自分の考え」が重要であることが分かってきた(※9)。一方、「話し合い」に関しては、学年クラスなどで結果が一定せず、重要な要素となっていない。

 研究発表で、ある参加者は次のように語っていました。「中学3年生がくっつきあって座っていました」。実際、多くの生徒たちは友だちの話を聞きながら、静かに、でも柔らかないい顔で考えていました。学習活動では、表面的な意見の内容やその活発さに注目しがちですが、達成されているのはむしろ別のことであることが多いものです。肩を寄せ合って友だちの話を聞いたり、仲よく隣の友だちと語り合う大勢の子どもたちの「雰囲気」が「朝鑑賞」のつくりだした成果かもしれません。

「美術の自由さ」がつくりだす子どもと先生と学校

 「1週間たった1回、10分の学習で学校が変わった」
 その声は事実だと思います。ただ、学校全体で一つのことに取り組んで学校が変わることは、研究活動や教育実践などで「よくある」ことです。「総合学習にがんばったら学力が上がった」「合唱でも挨拶運動でも変化は生まれる」などの意見もあります(※10)。授業研究など学校全体の取り組みから教育や成長の変化を紡ぎ出すのは、日本の学校教育のよさでしょう。
 同時に、それぞれのプログラムの特徴も明らかにする必要もあります。研究発表会で再三指摘されていたのは美術作品の解釈の自由さでした。研究発表会の当日パネルには「何を発言しても受け止める。それは『正解はない』からだ」と書いてありました。美術鑑賞で知識、歴史認識、文脈の理解などが重要であることは言うまでもありませんが、基本的な性質として、美術作品は完成すれば作家の元を離れ、解釈の自由を手に入れます(※11)。その性質は、そのまま鑑賞者への「問い」となって働きます。それが、三ヶ島中学校の生徒と先生を変えたのかもしれません。そうだとすれば、朝読書やドリルの成果とは異なる質の学習だといえるでしょう。
 「生徒」と「先生」という存在は、固定されているわけではなく、常に状況的です(※12)。「美術を用いた対話の学び」が相互行為や学習活動を活性化させ、新たな生徒と先生をつくりだした(※13)。そこに価値や意味が固定されない美術作品の自由さ、思考の軽やかさなどが効果を及ぼしているとすれば、他の教科とは異なる成果として評価できるのではないかと思います。「生徒も、先生も、学校も、美術鑑賞を通して新しい自分に出会っている」そのような教育のデザインが三ヶ島中学校の「朝鑑賞」なのかもしれません(※14)

 

※1:1952年に始まった読売教育賞は、小・中・高、幼稚園、保育所、教育委員会、PTAなどを対象に、意欲的な研究や創意あふれる指導を行い、すぐれた業績をあげている教育者や教育団体を顕彰しています。「国語教育部門」「算数・数学教育部門」「外国語・異文化理解部門」「地域社会教育活動部門」などがあります。
※2:校長沼田芳行先生
※3:「旅するムサビプロジェクト」は、学生の作品を学生自身が全国各地の小中学校でギャラリートークする「旅するムサビプロジェクト」、黒板に絵を描く「黒板ジャック」、空き教室を利用した「公開制作」や「ワークショップ」などを三澤一実教授の指導のもとに実施しています。
 「美術の楽しさや多様性を子どもたちに伝えると共に、学生自身のコミュニケーション能力やファシリテーション能力の向上、そして現場教員の研修や授業改善に大きな成果を出し、関係者全員が共に学び合うという、これからの美術教育の可能性を提案する取り組みです。(受賞概要より)」
※4:平成29年度所沢市教育委員会委託「学び創造プラン学校クリエイト研究」の指定も受けています。
※5:「ペア型」「ギャラリー型」「グループ型」などに類型化しています。
※6:「むさしの美術館」と呼ばれています。
※7:少なくとも、朝鑑賞の場面では先生―生徒のヒエラルキーを見ることはできませんでした。
※8:所沢市が毎年実施するステップアップテストの結果をもとにした所沢市中学校平均値との比較。
※9:1学期と2学期末の年間2回、2年間にわたって生徒全員に自己評価をさせた結果を分析しています。
※10:実践している先生たちの実感や成果が教育現場で一番大切です。
※11:参加していた武蔵野美術大学の学生は、自分の作品に対する生徒の思わぬ解釈に驚き、自分の作品の新しい意味を見つけていました。
※12:例えば部活動は「熱中する先生」や「顧問の言うことは聞く生徒」などをつくり出し、「生徒指導機能の部活動依存」や「働きすぎの先生」という問題をつくり出します。
※13:簡単な喩でいえば、職場では有能な会社員ですが、家では優しいパパなわけです。本当の自分がいるわけではなく、その場の状況に応じて人は在る。
※14:ここでいうデザインは色や形を構成することではなく、対象の向こうにある人の感情や行為をデザインするという本来の意味で用います。武蔵野美術大学の美術普及・振興プログラム[旅するムサビプロジェクト]は、2017年度グッドデザイン賞を受賞しています。
www.g-mark.org/award/describe/46019

道徳教育の内容

 新年あけましておめでとうございます。皆様はどのようなお正月を迎えられたでしょうか? 我が家では大みそかに長男夫婦が初孫を連れて泊まりに来て、家族全員でにぎやかに新年を祝いました。お屠蘇も1歳の孫から最年長の私へと歳の順にいただき、みんなの健康と長寿を願いました。しかし、元旦の夜、孫が急に具合が悪くなり、あわてて休日診療所についていくとロタウイルスでした。自分の子どもの時もこのようなことがしばしばあったことを思い出し、子育ての大変さを思い出しました。親の子どもに対する慈愛、家族が育む家族愛、そして、健康の大切さを感じる正月でした。
 さて、1月21日に、道子、真理、響が所属しているMOS(早稲田大学道徳教育研究会)の主催で「中学校道徳教育セミナー」が早稲田大学で行われました。畿央大学大学院の島恒生先生の講演と二つの事例発表や、参加者全員がグループを作って道徳の授業の方法や評価などについて意見交換をして、話し合いました。道子、真理、響たちMOSのメンバーは、話し合いの司会や発表者としてとても頑張っていました。詳しいことは次回紹介したいと思います。

1 道徳教育と内容項目

「今日は、道徳教育の内容について考えてみましょう。中学校学習指導要領(平成29年3月31日告示)の「第3章 特別の教科 道徳 第2 内容」では『学校教育活動全体を通じて行う道徳教育の要である道徳科においては、以下に示す項目について扱う。』として、4つの視点と22の内容項目を挙げています。この内容項目とはどのようなものでしょうか?」
「学習指導要領に定められているのだから、先生は道徳科で生徒にしっかり教えなければいけない内容だと思います。」
真理「そうかな? それでは道徳的価値を押し付けることになるのではないかな?」
「中学校学習指導要領解説「特別の教科 道徳編」には、『教師と生徒が人間としてのよりよい生き方を求め、共に考え、共に語り合い、その実行に努めるための共通の課題である。』とあります。つまり内容項目は、教師が教え込むものではなく、生徒が主体的に人間としての生き方を考え、よりよく生きる力を育む上で必要とされる道徳的価値を含んだ内容です。」
道子「生徒が考え、判断するための拠り所のようなものだと考えればよいですね。」

内容項目一覧表(クリックでPDFが開きます)

「右の表は、新学習指導要領に定められた小学校・中学校の内容項目を一覧にした表です。現行のものと比べて変わったところがわかりますか?」
「1~4の視点がA~Dの視点に変わっている。」
道子「視点の順番が入れ替わっている。」
「なかなか良い視点に気付きましたね。道徳科では1~4をA~Dに改め、1の視点をAの視点に、2の視点の『他の人』を『人』に改めBの視点に、そして、3の視点に『生命や』を加えてDの視点とし、4の視点をCの視点としています。これは、四つの視点が『自分自身』から『人』、『集団や社会』、『自然や崇高なもの』へと対象が広がるほうが生徒にとって理解しやすいと考えています。では、内容項目で変わったところはありますか?」
真理「各内容項目に標語が付きました。」
「内容項目内に含まれている重要な道徳的価値が分かりやすくなりましたね! ほかにありませんか?」
「中学校では、『思いやり』と『感謝』が一つになっています。」
「思いやりに対する感謝ということで統合されましたが、感謝には、『多くの人々に支えられて今の自分があるこということに感謝すること』もあることを忘れないでください。」
真理「『友情』と『男女の敬愛』が一つになっています。」
「これは男女の友情もあるし、LGBTのように多様な性が存在していることを踏まえて統合されたようです。」
道子「『集団生活の充実』と『より良い学校生活』が一つになっています。」
「生徒にとって一番身近な集団生活は学校生活なので一つにしています。しかし、生徒は学校以外にもいろいろな集団に所属していますので、集団生活の基本はしっかりと押さえておいて下さい。」
「『自然愛護』と『感動、畏敬の念』に分けている。」
「これは小学校の内容にあわせて分割されました。新しい内容項目は、自然の素晴らしさへの感動と東日本大震災などで経験した人間の力を超える自然への畏れを内容にしています。」

2 内容項目間のつながり

「次に小学校の内容項目とのかかわりについて考えてみましょう。中学校の内容項目数は24から22に減りましたが、小学校では1,2年生は16から19に、3,4年生は18から20に増えています。どうして増えたのでしょうか?」
「小学校でも道徳教育が重視されているということかな。」
真理「情報化が進み、人と直接話す機会が少ない子どもに会話の場を提供するためかな。」
道子「教科化の理由とされているいじめ問題とグローバル化です。」
「そうですね! いじめを防止するために『公正、公平、社会正義』『個性の伸長』『相互理解、寛容』を小学生のうちから学べるようにし、グローバル化への対応として『国際理解、国際親善』を増やしています。」
「『個性の伸長』、『公正、公平、社会正義』、『国際理解、国際親善』の内容項目は、小学1年生から中学3年生までの9年間学ぶことになる! これって押し付けているみたいになるのでは?」
「響君の指摘はとても大切なポイントですね。中学校学習指導要領の「総則 第2 教育課程の編成 4 学校段階間の接続」には、『(1)小学校学習指導要領を踏まえ、小学校教育までの学習の成果が中学校教育に円滑に接続され、義務教育段階の終わりまでに育成することを目指す資質・能力を、生徒が確実に身に付けることができるよう工夫すること。特に、義務教育学校、小学校連携型中学校及び小学校併設型中学校においては、義務教育9年間を見通した計画的かつ継続的な教育課程を編成すること。』とあります。また、「第3章 特別の教科 道徳 第3 指導計画の作成と内容の取扱い」では『1 各学校においては、(一部省略)道徳科の年間指導計画を作成するものとする。なお、作成に当たっては、第2に示す内容項目について、各学年において全て取り上げることとする。その際、生徒や学校の実態に応じ、3学年間を見通した重点的な指導や内容項目間の関連を密にした指導、一つの内容項目を複数の時間で扱う指導を取り入れるなどの工夫を行うものとする。』とあります。内容項目は道徳性を育成するために児童生徒の発達段階を考慮して系統的に編成されています。その中には、同じ内容をらせん階段のように毎年繰り返すことにより深めていくスパイラルな指導(図1)、樹木の枝のように内容が広がり発展していくもの(図2)、複数の内容が蜘蛛の巣(ウェブ)のようにかかわりをもっているもの(図3)があります。一つの内容項目だけに視点を当てて指導するのではなく、内容項目間のつながりも考慮して指導することが求められます。」

図1

図2

図3

道子「岡田先生、『3年間を見通した重点的な指導や(中略)複数の時間で扱う指導』とはどのようなことですか?」
「年間35時間ある授業で22の内容項目をすべて実施しますが、残りの13時間に何をすればよいかカリキュラムマネジメントすることが大切です。中学1年生ではAの視点『自分自身』やBの視点『人』からはじめ、中学2年生、3年生と学年が進むにつれてCの視点『集団や社会』やDの視点『生命や自然、崇高なもの』へと視野を広げていくように指導していくことも考えられます。また、いじめ問題への対策としては、いじめに関する内容項目を1年間に何度か実施するということも考えられます。」
「残りの13時間は、生徒の発達の段階や実態を考え、指導計画を立てるということですね。」

 第4回目はいかがでしたでしょうか? 次回は「中学校道徳教育セミナー」の報告と道徳科について考えていきたいと思います。ご期待ください。

花咲くころ

© Indiz Film UG, Polare Film LLC, Arizona Productions 2013

 いまはジョージアというらしいが、かつてグルジアといっていた国がある。1991年、旧ソビエト連邦から独立、初代大統領にガムサフルディアが就任したが、反政府派との対立が激化、首都トリビシでは市街戦にまで発展した。その後も、あちこちで内戦、紛争が起こる。
 つい最近、相撲の世界では、ジョージア出身の栃ノ心が、久しぶりの平幕優勝を遂げたが、もともと、優れた映画作家を多く輩出した国である。「放浪の画家 ピロスマニ」を撮ったギオルギ・シェンゲラヤ、「落葉」を撮ったオタール・イオセリアーニ、「懺悔」を撮ったテンギズ・アブラゼなどなど、枚挙にいとまがない。
 ジョージアでは、相次ぐ内戦のため、多くの犠牲者が出る。経済的にも打撃を受ける。それでも、ジョージアの映画作家たちは、映画を撮り続けている。
 このほど、岩波ホールの創立50周年を記念して上映される「花咲くころ」(パンドラ配給)もその一本だ。2013年の東京フィルメックスでは、最優秀作品賞を受けている。なぜ、今まで公開されなかったかが不思議だが、一般公開にあたって、改めて見直してみた。

© Indiz Film UG, Polare Film LLC, Arizona Productions 2013

 1992年のトリビシ。14歳になる少女エカ(リカ・パブリアニ)と、ナティア(マリアム・ボケリア)は、幼なじみの仲良しだ。エカは、母アナ(アナ・ニジャラゼ)と、姉ソフィコ(マイコ・ニヌア)の三人で暮らしている。父は、理由が判然としないが、刑務所に入っている。一方、ナティアの父(テミコ・チチナゼ)はアルコール中毒で、家庭でのいざこざが絶えない。
 ジョージアのあちこちでは、いつ戦闘が起こっても不思議ではない。ふたりの少女は、食料を配給する列に並び、他愛のないおしゃべりをする。
 パンの配給がある。エカとナティアが並んでいる。その場で、ナティアに思いを寄せている少年のコテ(ズラブ・ゴガラゼ)が、不良仲間たちと現れて、ナティアを誘拐してしまう。ジョージアに古くからある風習の、いわゆる誘惑婚で、ほんの20数年前には、存在していたことが分かる。
 コテとナティアの結婚を祝う宴会が、コテの家で開かれる。誘拐されて、結婚を強要されたナティアの胸の内は、さぞかし複雑だと思うが、もはや観念したかのように、微笑んでいる。エカは、酒を呑み、とつぜん、狂ったように踊りだす。

© Indiz Film UG, Polare Film LLC, Arizona Productions 2013

 エカの父親は、仲良しだった友人を殺した罪で、服役しているらしい。今日の味方が、いつ敵になるとも限らない時代である。女性への蔑視が常識でさえある。ナティアが誘拐されようとしても、大人は誰ひとり、助けようともしない。エカの、さまざまな怒りを込めたと思われる踊りは、圧巻だ。
 このような時代である。雨の中、エカとナティアは、歌いながら、駆け抜けていく。
 厳しい時代で、理不尽な状況である。にもかかわらず、映画は声高に叫ばない。淡々と、丁寧に、1992年のトリビシの現実をすくいとっていく。
 監督は、1978年にトリビシで生まれたナナ・エクフティミシュヴィリと、その夫であるジモン・グロス。ナナ監督は、自らの少女時代をふりかえって、脚本を書いたという。
 ジョージアには、昔から、優れた映画監督が多い。国民もまた、それだけ、映画が好きなのだろう。映画は、時代を記憶し、未来を納得あるものにしていく責務を負ってもいる。
 原題は、「長く明るい日々」といったほどの意味だ。やがて、大人になるエカとナティアに、花が咲き、明るい未来があるはずである。

2018年2月3日(土)~、岩波ホールico_linkにてロードショー、以下全国順次公開

『花咲くころ』公式Webサイトico_link

監督:ナナ・エクフティミシュヴィリ、ジモン・グロス
出演:リカ・バブルアニ、マリアム・ボケリア、ズラブ・ゴガラゼ、ダタ・ザカレイシュヴィリ
2013年/ジョージア(グルジア)・ドイツ・フランス合作/ジョージア語/102分/1:2.35
後援:在日ジョージア大使館
配給:パンドラ