わたしの叔父さん

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 一昨年の第32回東京国際映画祭で、グランプリを受けたデンマーク映画「わたしの叔父さん」(マジックアワー配給)が、このほど公開される。寡黙で静謐な運びだが、人生の選択、決断を問いかける、力強い作品だ。
 デンマークの田舎。27歳の女性クリス(イェデ・スナゴー)は、酪農を営む叔父さん(ペーダ・ハンセン・テューセン)と、まるで親子のように暮らしている。叔父さんは脚が悪く、クリスが身の回りの世話をしている。ほとんど、ふたりの会話はない。食事をし、牛の世話などをする日常が、淡々と描かれていく。ふたりは、時折、スーパーで買い物をし、夜はゲームのスクラブルを楽しむ。まるで、決まりきったパターンの暮らしぶりだ。
 食堂のテレビが、世界の動きを伝える。イタリアの国境近くに難民が押し寄せたとか、北朝鮮がミサイルを発射したとか、トランプとプーチンが会談するとかのニュースだ。叔父さんもクリスも、ニュースにはまったく無頓着だ。
 ある日、クリスは、難産の母牛を、無事に出産させる。もともとクリスは獣医に憧れていて、いまなお、その夢を持ち続けている。農場に出入りしている獣医のヨハネス(オーレ・キャスパセン)は、無事に出産させたクリスの手際よさを褒める。クリスは、高校を卒業する寸前、叔父さんが倒れ、その面倒をみるために、合格した獣医養成の大学への進学をあきらめたのだった。
© 2019 88miles やがて、ヨハネスは、なんとかクリスの夢が叶うようにと、獣医学の本を貸したり、助手として、あちこちの牛の診察に連れていくようになる。
 そんなある日、教会に出向いたクリスは、聖歌隊に参加しているマイク(トゥーエ・フリスク・ピーダセン)という青年と出会う。マイクの家も、代々、農場を経営しているが、本人は跡を継ぐ気はなく、環境工学の勉強を重ねている。
 マイクは、聖歌隊の練習を聴きに来るようクリスを誘い、さらにデートに誘う。戸惑いながらも、クリスは誘いを受け、近くのホテルのレストランに向かう。
 大きな事件などは、まったく起こらない。極端に少ないセリフが、背景になる事情を徐々に明かしていく。クリスの亡くなった両親のことなども。
 クリスには、かつての夢を実現させることと、叔父さんの面倒を見続けることの葛藤がある。クリスの将来を気遣う叔父さんは、さりげなくクリスの背中を押そうとするが、クリスにとっては、叔父さんの存在は、かけがえがない。ぶっきらぼうな命令口調で、叔父さんに「手を洗え」とか言うクリスだが、心の底での気遣いは深い。
© 2019 88miles 搾乳や採り入れに機械化が進んでいるとはいえ、細々とした酪農経営で、将来はどうなるかは未知数である。クリスと叔父さんは、やがて人生の選択を迫られることになる。かといって、映画に深刻さはない。ひたすら静かに、ゆっくり、さりげないユーモアを交えて、ドラマは進行する。
 無口で、あまり表情に変化のないクリス役のイェデ・スナゴ―が、27歳女性の微妙な心理のひだを、わずかな表情の変化で、きめ細かく表現する。女優になる前には、実際の獣医だったそうだ。東京国際映画祭の会場で、彼女とすれ違ったが、スラリとした、とても美しい人だった。叔父さんを演じたペーダ・ハンセン・テューセンは、プロの俳優ではなく、イェデ・スナゴ―の実際の叔父さんで、酪農家である。しかも撮影は、叔父さんの農場で行ったという。映画と現実がことごとく一致してのリアリティに、ただただ驚く。
 監督、脚本、撮影、編集をひとりで担当したフラレ・ピータゼンは、小津安二郎を師と仰ぎ、「主人公が人生の選択に葛藤する姿を現実的に描きたいと思った」と言う。結果、大成功だろう。
 誰しもが迎える人生の岐路。他者を思いやり、いかに生きるか。映画の問いかけは、深く、重い。

2021年1月29日(金)より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

『わたしの叔父さん』公式Webサイト

監督:フラレ・ピーダセン
出演:イェデ・スナゴー、ペーダ・ハンセン・テューセン、オーレ・キャスパセン、トゥーエ・フリスク・ピーダセン
2019年/デンマーク/デンマーク語/カラー/DCP/シネスコ(1:2.35)/110分/字幕翻訳:吉川美奈子/デンマーク語監修:リセ・スコウ
原題:Onkel/後援:デンマーク王国大使館/配給・宣伝:マジックアワー

Webマガジンまなびと:「学び!と共生社会」Vol.12

Webマガジン:「学び!と共生社会」Vol.12 “インクルーシブ教育システムの構築と基礎的環境整備”を追加しました。

インクルーシブ教育システムの構築と基礎的環境整備

 今回も、文部科学省における「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議報告」(素案)について触れさせていただきます。前回、素案には「共生社会の形成に向けて、障害者の権利に関する条約に基づくインクルーシブ教育システムの理念を構築することを旨とすることが重要である」と示されていることを確認しました。(*1)
 その上で、インクルーシブ教育システムの理念を構築し、特別支援教育を進展させていくために、引き続き、①障害のある子どもと障害のない子どもが可能な限り共に教育を受けられる条件整備を進めることと、②障害のある子どもの自立と社会参加を見据え、一人一人の教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できるよう、通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある多様な学びの場の一層の充実・整備を着実に進めていくという、これからの特別支援教育の方向性が提示されたこともお伝えし、その方向性の一つとして全ての教師に特別支援教育に関する専門性が求められていることに言及しました。
 今回の素案には、財政的、人的な側面など義務教育標準法の改正につながる踏み込んだ記述は認められなかったのですが、昨年12⽉21⽇の閣議で、政府は令和3(2021)年度の当初予算案を決定しました。
 その中に、令和7(2025)年度までに公⽴⼩学校の1学級の定員を、現在の40⼈以下から35⼈以下に引き下げることが盛り込まれていました。今回の予算案は小学校のみで、中学校は含まれていないのが残念ですが、16年ぶりの教職員定数の改善ということになります。(*2)
 このことは、今後のインクルーシブ教育システムの構築にも少なからず波及するところが出てくるように思われます。特別支援教育に直接かかわる部分だけでなく、基礎的環境整備につながるからです。
 本来、インクルーシブ教育システムの構築のためには、本体である小学校や中学校の基礎的環境整備も不可欠です。インクルーシブ教育にシフトしている国々では、指導者がきめ細やかな配慮ができるように学級規模を小さくするなどのさまざまな工夫がなされていました。OECDが示したデータはそのことを物語っています。(*3)

図1 小学校の平均学級規模(2018,OECD)

 例えば、筆者が調査を行ってきたイタリアの場合、もともと小学校の学級定員は25名と少ないのですが、障害のある子どもが在籍する場合は、20人となっていました。さらに低学年では、2学級に1名の教員が増員されていました。障害のある子どもには支援教師が配置されていますので、インクルーシブ教育による担任への負担が偏ることもありません。
 よりきめ細やかな対応が可能になれば、素案で示されている「障害の有無に関わらず誰もがその能力を発揮し、共生社会の一員として共に認め合い、支え合い、誇りを持って生きられる社会の構築を目指す」という「これからの特別支援教育の方向性」が一層明確になり、その取り組みの内容の充実が期待できます。素案にはさらに、次のような記述も認められます。

○それぞれの学びの場における各教科等の学習の充実を進めるとともに、

  • 障害のある子供と障害のない子供が、年間を通じて計画的・継続的に共に学ぶ活動の更なる拡充
  • 障害のある子供の教育的ニーズの変化に応じ、学びの場を変えられるよう、多様な学びの場の間で教育課程が円滑に接続することによる学びの連続性の実現

を図る。

○この方向性を実現するため、

  • 就学支援、指導方法や指導体制、施設環境など障害のある子供の学びの場の整備
  • 特別支援教育に携わる教師の専門性の向上
  • GIGAスクール構想による1人1台端末等の最新のICT技術の活用
  • 関係機関の連携強化による切れ目ない支援体制の整備

を進める。

 現在開催されている通常国会には上限⼈数を定める義務教育標準法の改正案の提出がめざされていますが、成⽴すれば令和3年度に小学2年生から毎年度1学年ずつ引き下げ、令和7年度には全学年で上限⼈数が35⼈となることになります。基礎的環境整備については様々な要因が絡み合い、多方面からの対応が必要となりますが、インクルーシブ教育システムの構築からも国会での審議を見守っていきたいと思います。

*1:新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議報告(素案)
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000210233
*2:令和3年度予算編成 大臣折衝
https://www.mext.go.jp/b_menu/activity/detail/2020/20201217.html
*3:OECD.stat:Average class size by type of institutions(グラフは、データを基に筆者が作図。)
https://stats.oecd.org/index.aspx?queryid=79502

希望のヒカリ

1.子どもたちに希望を与えた「光」

 福島市の高校生チームは、2018年の秋頃から、翌年3月開催予定の台湾・立人高級中學の学園祭参加の準備を始めました。
 しかし、彼らは台湾との交流・協働事業だけでなく、もうひとつこの年の秋に予定されていた「福島市高校生フェスティバル」の企画も行っていました(これについては別に報告することとします)。高校生が市内ににぎわいを取り戻すという目的のもとに準備が進められ、夜、会場にイルミネーションを展示するというアトラクションが企画されていました。
図1 希望のヒカリの制作① 実行委員会と大学生、そして大学の教員とで話し合い、「インスタ映え」する、高校生のレベルを超えたものを飾りたいということになり、2018年の夏1ヶ月かけて、いろいろなアイディアを持ち寄り、ああでもない、こうでもないと日曜日の度に集まって試作を繰り返し、最終的に球体(180面体)の巨大なイルミネーションのオブジェが完成しました。このイルミネーションの発端が、大学生が被災地の子どもたちに元気を出してもらいたいと作ったオブジェだったことから、「希望のヒカリ」と名付けました。

2.仲間に「希望のヒカリ」を贈りたい

図2 希望のヒカリの制作② さて、台湾との交流・協働を進めるにあたって、このイルミネーション「希望のヒカリ」を先方の立人高級中學に贈呈したいということになりました。台湾は贈り物の文化が盛んで、私たちの交流を進める度にたくさんのプレゼントをいただいています。福島を訪問された時の記録をまとめた豪華な写真集を頂戴するに及んでは、何をお返しすればいいのか途方にくれるほどでした。それなら、先方の学園祭に参加させていただくお礼に、私たちの手作りのイルミネーションを友情の証として差し上げたいということになったのです。
図3 希望のヒカリの制作③ しかし、この「希望のヒカリ」は、もともと屋外用に作った、直径1.6mの球形のオブジェで、分解して部品の状態で台湾に空輸しなければなりません。それらの材料や工具を海外に送れるのかどうかもわかりません。また、一度組み立ててしまうと動かせないので、どこにこれを設置するか予め許可を得なければなりません。組み立てるにも丸1日かかります。部品が欠ければ、その時点でアウトとなります。先方の校長先生からは受け入れを快諾してもらいましたが、これを実現させるためにはたくさんの課題をクリアする必要がありました。

3.力を発揮するリーダーたち

図4 台湾で発表するダンスの練習 そもそも、学園祭への参加はステージとブースが基本でした。ステージでは福島チームの発表の時間が既に確保されており、その練習を続けていました。また、ブースは福島の真実を伝えるという内容で、震災と原発事故の事実や現在の課題をポスターで伝えるというものでした。これについても、話し合いと準備の時間に多くの時間が割かれ、春休みに入るや、毎日これらの準備に追われることとなりました。
図5 立体で作った人工ピラミッド これを取り仕切っていたのは、既に終了していた「高校生フェスティバル」で育ったリーダーたちでした。先方の高校とも自分たちで連絡を取り、ステージの時間や演目、準備物なども詳細に確認していました。当初予定していた演目が場にそぐわないとされ、急遽変更することとなり、ダンスの振り付けを友達に頼み、一からやり直すことになりました。ブースに展示するポスターは中国からの留学生に協力を得つつ、何を台湾の仲間に主張するのか、そのためのパンフレットも必要だから作ろう、その原稿を誰が担当するのか、いつまでにやるのか、人口問題を考えるための人口ピラミッドを立体で作ったらもっと伝わるのではないか、そのようなことが自分たちで考えられるようになってきました。
図6 完成した希望のヒカリ 「希望のヒカリ」はポリカーボネート製のプラスチックダンボールでできており、LEDの光の不思議な拡散を楽しむ構造となっています。ダンボールを切って90枚の部品を作り、機械で折って、ドリルで穴を空けて、数百箇所をボルトで留めて、中にLEDを仕込みます。大学生の力も借りながら、ようやく準備は整いましたが、現在使っているボルトの材質が輸出規制対象となっていることが直前にわかり、全部ボルトを買い直すことになります。たくさんの部品や道具を限られた容積に収めなければならず、それはもう立体パズルのような複雑な思考も要求されました。
 これらの作業には、海外で実施したOECD東北スクールのノウハウが活かされていました。生徒と大学生、大人たちとの協力体制も万全で、これなら成功を勝ち取れるという確信を持つことができるようになりました。