〈主婦〉の学校

© Mús & Kött 2020

 アイスランドの首都レイキャビクに、1942年に創立された「主婦の学校」がある。主に、若い女性が、1年間、いわゆる花嫁修業をするための学校として開校した。
 映画「〈主婦〉の学校」(kinologue配給)は、この学校の今を描いた、なんともほのぼのとするドキュメンタリーだ。「主婦の学校」は、もともと、良き主婦になるために、料理や裁縫、家事一般を学ぶために開設されたが、映画を見ているうちに、いまや、必ずしもそうではないことが分かってくる。
 現在、在校している若い女性たちが語る。「主婦になるために行くのではない」、「編み物に興味があって、自宅から車で通っている」、「ハンバーガーを売る店に勤めているが、料理が好きで、ハンバーガー以外も作れるといいなあ」。
 学校には寮があり、その施設が紹介される。広くて立派なキッチンがあり、多くの食材が保管されている。
 寮の部屋で若い女性たちが話している。刺繍をやりたい、服の穴を繕いたい、ズボンのリフォームを究めたい、などなど。
 校長は女性のマルグレート・ドローセア・シグフスドッテイル先生。ほかに、刺繍や洋裁、調理、織物や編み物の担当の先生たちがいる。
 秋に学期が始まる。丸一日をかけてブルーベリーやクロベリー摘みに出かける。もちろん、ジャムなどに加工する。
 校長が語る。「ここは共学で、性別に関係なく、大事なことが学べる。掃除や料理はもちろん、環境への意識を育てる。服は修繕して着る。ズボンに穴が開いても捨てない」。
© Mús & Kött 2020 先生たちは、とにかく初歩の初歩から、さまざまなことを教える。
 学校では、今でも1年間、学ぶ。1967年に在学した美容師は言う。「祖母や母が何でもしてくれたので、じゃがいもの茹で方さえ知らなかった問題児だった。マナーの知識も役立ったし、食卓の整え方、身の振舞い方を学んだ」と振り返る。
 映画は、現在の調理や編み物などの教室の様子と、過去の教室の映像が交互に出てくる。食卓のセッティング、アイロンかけ、刺繍や編み物、消火器を使っての消火訓練など、丁寧な描写が続く。
 1997年からは、男性も入学してくる。後に環境・天然資源大臣になった男性は、「自分の面倒は自分でしたかったから」と入学の動機を語る。さらに、「料理や裁縫などを自分でしたかったから」と付け加える。「技術が身に付き、うれしい。買ったものを大事にし、長持ちさせられる。穴の開いた服など、捨てるのはもったいないよ」とも。
 父兄を招いてのパーティがある。すべて、先生の指導で、在校生が行う。服や寝具など、生徒たちが作ったものの展示もある。
 校長が振り返る。「経済危機だった2008年から2010年頃は、多くの入学志願があった。定員24名のところ、60人もの応募があった。景気が上向くと、志望者が減った」。
 校長は、礼儀作法を重視する。卒業生は「玄関での客の迎え方を始め、ふさわしい振る舞いを学んだ」と言う。
 学校は、近所の人たちに開放する日がある。コーヒー・ビュッフェが設けられ、みんなで作ったパンを売る。完売になる。
© Mús & Kött 2020 いま、寮には15名、入居できる。食べるもので余ったものは、一切、捨てない。金曜日の食事は、余ったもので作る。
 かつて、あちこちで、このような学校が多くあったらしいが、いまは、ほとんどが閉鎖しているそうだ。いまなお、このレイキャビクにある「主婦の学校」は健在である。そもそも学校は、学位を取得するだけではない。この「主婦の学校」の目標は3点。「日常生活に役立つ教育、進学のためのよい準備を提供する」、「学生が社会の様々な分野の仕事に就くための準備を提供する」、「学生は勤勉さ、自信と自発性を高めることを学ぶ」。
 昔、テレビでおもしろおかしく、若いアイドルのような女性に、野菜の皮むきや野菜を刻ませて、その手際のまずさを喜ぶような番組があった。あちこちでゴミにされる古着が目立つ。洗濯してアイロンをかければいいのに、みんなクリーニングに出す。おそらく、今も、現実は変わらないと思う。義務教育で、裁縫を学んだりしたが、ほんのわずかの時間だった。こんな学校、日本にこそ、あった方がいい。
 ちなみに、この「主婦の学校」の今の授業料は、日本円で約40万円。寮費は約6万3千円ほど。決して安くはないと思うが、長い人生を考えると、安いのではないか。
 見ていて、ほのぼのとして、深く考えさせるドキュメンタリーだった。監督は、ステファニア・トルスという女性の映像作家。これがドキュメンタリー映画のデビュー作で、日々の暮らしを大切にすることが、いかに重要かが、ひしひしと伝わってくる。
 蛇足かも知れないが、アイスランドは、選挙による、女性初の大統領を生んだ国である。性差別など、ほとんどないに等しい、いわゆるジェンダー平等の先進国である。
 学校の先生たちに、また、教育や環境問題関係の官僚、政治家たちに、この映画の感想を伺いたいものだ。

2021年10月16日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

『〈主婦〉の学校』公式Webサイト

監督・脚本・編集:ステファニア・トルス
出演:アゥスロイグ・クリスティヤンドッティル(卒業生・1947年在学)、ラグナ・フォスベルグ(卒業生・1967年在学)、ラグナル・キャルタンソン(卒業生・1997年在学)、グズムンドゥル・インギ・グズブランドソン(卒業生・1997年在学)
2020年/アイスランド/アイスランド語/ドキュメンタリー/78分/カラー/ビスタサイズ/ステレオ/DCP
原題:Húsmæðraskólinn/英題:The School of Housewives
後援:アイスランド大使館
提供・配給:kinologue

「長く続いた戦争と人々のくらし」(第6学年)

1.単元名

「長く続いた戦争と人々のくらし」(第6学年)

2.目標

 日中戦争や我が国に関わる第二次世界大戦などに着目して、遺跡や文化財、地図や年表などの資料で調べ、戦争の長期化や戦線の拡大に伴う国民生活への影響、各地への空襲、沖縄戦、広島・長崎への原爆投下を捉え、この頃の世の中の様子を考え表現することを通して、日中戦争や我が国に関わる第二次世界大戦を経て、国民が大きな被害を受けたことを理解できるようにするとともに、学習問題を主体的に追究・解決しようとする態度を養う。

3.評価規準

知識・技能
○日中戦争や我が国に関わる第二次世界大戦などについて、遺跡や文化財、地図や年表などの資料で調べて、戦争の長期化や戦線の拡大に伴う国民生活への影響、各地への空襲、沖縄戦、原子爆弾投下の様子を理解している。
○調べたことを年表や図表などにまとめ、日中戦争や我が国に関わる第二次世界大戦を経て国民が大きな被害を受けたことを理解している。

思考・判断・表現
○日中戦争や我が国に関わる第二次世界大戦などに着目して問いを見出し、戦争の長期化や戦線の拡大に伴う国民生活への影響、各地への空襲、沖縄戦、原子爆弾投下の様子について考え、表現している。
○日中戦争や我が国に関わる第二次世界大戦などを関連付けたり総合したりして、この頃の世の中の様子を考え、適切に表現している。

主体的に学習に取り組む態度
○日中戦争や我が国に関わる第二次世界大戦などについて、予想や学習計画を立てたり、学習を振り返ったりして、学習問題を追究し、解決しようとしている。

4.本単元の指導にあたって

○教材について
 本単元は、焼け野原となった戦後の東京の写真を導入資料とし、「どんな戦争だったのか」「人々はどんなくらしをしていたのか」という学習問題を設定することが一般的である。しかし、戦後の写真のみを提示した場合、「戦後の人々のくらし」や「焼け野原からの復興」へと子どもの意識が向かうことも想定される。
 そこで、戦前のにぎやかなまちの様子と戦後の焼け野原を比較する導入とすることで、本単元の学習内容である15年に渡る戦争とその影響へと問題意識を焦点化しやすいようにしている。

○学習過程について
 日本国憲法に「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」が三原則として掲げられている理由を本単元の学習内容と関連させながら考える場面を最後に設定している。政治の学習の際にも子どもは三原則について学んでいるが、戦争を学んだことでその価値への認識が深まることを期待している。

5.単元の指導計画

学習のねらい

◆本時の問い
○子どもの活動 ・内容

評価規準の具体例

1
本時

戦前と戦後のまちの様子を比較することで、戦争やその時代の人々のくらしへの関心を高める。
疑問に思うことを集約し、学習問題をつくる。

○1925年頃の銀座の写真と1945年の下町の写真を比較し、考えたことを話し合う。
・活気のあったまちがボロボロだ。
・何があったのだろう。
○1925年から1945年の間の出来事を示す年表をもとに、疑問を出し合い学習問題をつくる。
・戦争が始まった原因は何だろう。
・どんな戦争だったのだろう。
・戦争中、人々はどんな生活をしていたのだろう。

【思考・判断・表現】
2枚の写真を比較したり、年表に書かれた出来事を読み取ったりすることを通して、自分なりの問いを見出している。

学習問題
日本が戦った戦争はどのような戦争だったのだろう。
そして、戦争により人々のくらしはどうなったのだろう。

○学習問題に対する予想をし、学習計画を立てる。

【主体的に学習に取り組む態度】
学習計画を立てることができている。

2

不景気に苦しむ日本が大陸に進出し、日中戦争へと至る経緯を理解する。

◆日本と中国との戦争は、どのようにして始まったのだろう。
○日中戦争へと至る経緯を教科書や映像資料をもとに調べる。
・不景気を解決するために満州に進出した。
・鉄道を爆破した。
・国際連盟を脱退した。
○戦争へと至った要因について話し合う。
・不景気への対応として外国へ進出したことじゃないかな。
・国際社会から孤立したことも要因かもしれない。

【知識・技能】
資料から必要な情報を読み取り、中国との戦争が始まる経緯について理解している。

3

中国との戦争が始まって以降、戦場がアジア・太平洋へと広がり、やがてアメリカ・イギリスとの戦争へと突入していったことを理解する。

◆戦争はどのようにしてアジア・太平洋に広がっていったのだろう。
○アメリカ・イギリスとの戦争が始まるまでの経緯を教科書や映像資料をもとに調べる。
・資源を求めて東南アジアへ進出した。
・それをきっかけにアメリカとの関係が悪化した。
○アメリカとの生産力・資源の差を見て、今後の戦争がどうなっていくのか予想する。
・これほどの差があるから、大きな被害が出るのだろう。

【知識・技能】
資料から必要な情報を読み取り、戦争がどのようにアジア・太平洋へ広がっていったか理解している。

4

国民の生活が戦争中心になったことを調べ、戦争が生活に与える影響を考える。

◆戦争によって、人々はどのようなくらしをするようになっていったのだろう。
○教科書、図書資料、映像資料をもとに、国民生活の様子を調べる。
・物資が配給されるようになった。
・まちの中に畑がつくられた。
・空襲に備えた訓練が行われた。
○戦争が人々のくらしにどんな影響を与えたか考え、話し合う。
・自由が奪われた。
・あらゆることが戦争中心の生活になった。

【知識・技能】
資料から必要な情報を読み取り、戦時下における国民生活の様子を理解している。

5

戦争中の子どもたちの生活の様子を調べ、戦争が子どもに与える影響について考える。

◆戦争は子どもたちのくらしにどんな影響を与えたのだろう。
○教科書、図書資料、映像資料をもとに、子どもの生活の様子を調べる。
・授業で軍事教練をしている。
・工場で働いた女学生もいる。
・親と離れて疎開をしていた。
○戦争は子どもたちのくらしをどう変えたかについて考え、話し合う。
・戦争に賛成するような考え方をするようになった。
・自由な時間が減り、戦争に協力しなければならなくなった。

【知識・技能】
資料から必要な情報を読み取り、戦時下における子どもたちのくらしの様子を理解している。

6

空襲によって、戦場の兵士だけでなく多くの一般国民が戦争の犠牲になったことを理解する。

◆日本各地は空襲によってどんな被害を受けたのだろう。
○教科書、図書資料、映像資料をもとに、空襲の被害を調べる。
・日本のいたるところが被害にあっている。
・死者が1万人を超えている都市もある。
○戦場での戦いと空襲には、どんな違いがあるのか考え、話し合う。
・空襲では、兵士でなく一般人が犠牲になる。
・一般人は攻撃されるだけで反撃することができない。

【知識・技能】
資料から必要な情報を読み取り、空襲による被害の様子を理解している。

7

沖縄戦や原爆投下による甚大な被害を経て、日本が全面降伏し、戦争が終結したことを理解する。

◆戦争はどのようにして終わったのだろう。
○沖縄戦や広島・長崎の原爆被害について調べ、日本が降伏するまでの過程をまとめる。
・沖縄の地上戦で多くの住民が犠牲になった。
・原爆は人類が経験したことのないほどの被害をもたらした。
・ソ連から攻められ、降伏した。

【知識・技能】
資料から必要な情報を読み取り、戦争がどのようにして終わったのか理解している。

8

これまで調べてきたことを年表や関係図に整理することを通して、戦争の様子や国民生活への影響を理解する。

○これまでの学習を年表や関係図にまとめる。
○それをもとに、学習問題のまとめを文章で書く。
・日本は景気をよくするために満州で戦争を起こし、その戦争が中国だけでなくアジア・太平洋にまで広がり、大きな被害を与えた。また当時の国民も戦争により苦しい生活を強いられていた。日本は空襲や沖縄戦、原子爆弾の投下などにより大きな被害を受け降伏し、戦争が終結した。
○この単元での学びを自分の生き方にどう生かすか、話し合う。
・まずは身近な人に伝えたい。
・戦争への関心をもち続けたい。

【思考・判断・表現】
これまでの学習をもとに、戦争と国民生活のかかわりについて考えている。

【主体的に学習に取り組む態度】
この単元での学びをもとに、これからの自分の在り方を考えている。





この単元の学習をもとにして、日本国憲法の意味を生活と関連付けて考える。

◆日本国憲法の三原則に「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」が掲げられているのはなぜか。
○本単元の学習内容を根拠として、本時の問いについて考え、話し合う。
・戦争中は子どもが労働させられたり、召集令状で戦地に送られたり、何かを強制されることが多かった。そのようなことがないように、「基本的人権」が掲げられていると思う。

【思考・判断・表現】
この単元の学習をもとにして、日本国憲法の意味を生活と関連付けて考えている。

6.本時の学習

①目標
○戦前と戦後のまちの様子を比較することで、戦争やその時代の人々のくらしへの関心を高める。
○疑問に思うことを集約し、学習問題をつくる。

②学習展開

主な学習活動・内容

指導の工夫と教師の支援

資料

①1925年頃の銀座の写真を見て、まちの様子について気付いたことを発表する。
・人がいっぱいいる。
・路面電車も走っている。
・すごくにぎやかな感じがする。

・「もしあなたがこの写真の場所に降り立ったら、そこではどんな音や声が聞こえてきそうかな」などと発問し、子どもがその時代に身を置いてまちの様子を想像できるように促す。

・1925年頃の銀座四丁目と松屋銀座の写真

②1945年の下町の写真を見て、まちの様子について気付いたことを発表する。
・建物がほとんど壊れている。
・焦げたにおいがしそうだ。
・助けを求める声も聞こえてくるんじゃないかな。

・ここでも、聞こえてきそうな音や声、漂っていそうなにおいなどを想像させることで、臨場感をもってまちの様子を想像できるように促す。

・1945年の下町の写真

③1925年と1945年の写真を比較し、その変化の様子について考えたことや疑問に思ったことを話し合う。
・にぎやかだったまちがもっと発展するかと思ったら、ボロボロになっている。
・戦争が関係しているのかな。

・「何が原因でこんなに大きな変化が起こったのか」という趣旨の発言を取り上げ、次の活動へと展開する。

④1925年から1945年の略年表を見ながら、疑問に思うことを出し合い学習問題をつくる。
・どうして戦争を始めたのだろう。
・どこでどんな戦いが行われたのだろう。
・国民の生活が制限されると書かれているけれど、どんな生活だったのだろう。
・爆弾はどこに落とされたのだろう。
そして、人々にどんな被害があったのだろう。

・出された疑問を「戦争の開始や拡大」「国民生活の様子」という視点で分類することで、この2つの視点を盛り込んだ学習問題が設定できるようにする。(写真参照)

・年表
(写真参照)

学習問題
日本が戦った戦争はどのような戦争だったのだろう。
そして、戦争により人々のくらしはどうなったのだろう。

⑤学習問題に対する予想をし、学習計画を立てる。
・土地や利益をめぐって、戦争を始めたのかな。まずは戦争が始まった原因を調べよう。
・どこで、どんな戦いが行われたのか、犠牲になった人がどれくらいいたのかも調べたらいいと思うよ。
・戦争中は食べ物がなくて困ったという話を聞いたことがあるよ。どんな生活をしていたのか調べてみたいな。
・原爆でたくさんの人が亡くなったというテレビを見たことがある。戦争でどんな被害があったのか知りたいな。

・調べる事柄や順序を模造紙などに書いて掲示することで、次時からの学習に見通しがもてるようにする。

■本時で提示した略年表

■年表を見ながら出された子どもの疑問を整理した模造紙

本学級の児童は、上部青枠の中にある、「1925年頃にぎわっていた日本は、どのように戦争を行い、人々にどんな影響を与えたのか」を学習問題として設定した。

機関誌・教育情報:「社会科NAVI」Vol.29

機関誌・教育情報:「社会科NAVI(小・中学校 社会)」Vol.29 “[ここに注目!]「未来の学校みんなで創ろう。PROJECT」という試み” を追加しました。