ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男

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 1975年、ウエストバージニア州パーカーズバーグ。夜中、ビールを呑んだ若者たちが、川に飛び込み、騒いでいる。ボートが一隻現れ、若者たちを蹴散らす。ボートから、なにやら液体らしきものがまき散らされる。パーカーズバーグには、アメリカきっての化学製品の巨大企業、デュポン社の工場がある。
 映画「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」(キノフィルムズ配給)が始まる。
 1998年、オハイオ州シンシナティ。弁護士のロブ・ビロット(マーク・ラファロ)は、名門の法律事務所に採用される。着任早々のロブのところに、ウィルバー・テナント(ビル・キャンプ)という、パーカーズバーグで農場を営む男が現れ、ロブの祖母の知り合いだと言う。ウィルバーは、農場がデュポン社の廃棄した化学物質によって汚染され、調査してほしいと訴える。そして、牛などがどんな被害にあったかを記録した大量のビデオを置いていく。
 ロブの法律事務所は、もともとは企業相手で、ロブはウィルバーの依頼をいったんは断る。祖母ともしばらく会っていないロブは、祖母を訪ねがてら、ウィルバーの農場に赴く。
 荒れ果てた農場である。ウィルバーは、デュポン社が近くの埋立地に廃棄した化学物質のせいで、どんな被害があったかを説明する。牛の肥大した臓器、黒く変色した歯をロブに見せる。さらに、仔牛の半数は蹄に奇形があり、雌牛は背中に腫瘍がある、と言う。ウィルバーは、オハイオ川にロブを案内し、石が白く変色しているのを見せる。多くの牛が、埋葬されている。「次々と牛が死に、いまや190頭」とウィルバー。
 農場で、狂ったように暴れ出す牛を目前にしたロブは、ショックを隠せない。さらに、ウィルバーの持ち込んだビデオを見たロブは、生々しい被害にさらに驚き、デュポン社相手に訴訟を起こす。
 1999年。ロブの許に、デュポン社の廃棄物に関する開示資料が届く。「PFOA」という、化学物質らしい略号が頻出するが、ネットで検索しても、出てこない。これは、環境保護庁の規制外の化学物質ではないかと、ロブは推測する。ロブは、裁判所にさらに資料の開示を求める。
 2000年。ロブは、「PFOA」が、人体に有害な化学物質であることを突き止める。川や水道水に、デュポン社の廃棄した「PFOA」が漏れて、家畜や人体に大きな影響が出ているのではないかと、ロブは推測する。
 家庭生活を犠牲にしてまでも、ロブの調査が続く。不仲になりつつある妻のサラ(アン・ハサウェイ)や、事務所の上司トム(ティム・ロビンス)との確執もある。
 ロブの孤独な調査が続く。そしてロブは、すでに40年もの間、隠し続けていたデュポン社の恐るべき秘密を知ることになる。
 いわゆる「公害」問題に、真っ正面から取り組み、一弁護士の、それこそ人生を賭けた奮闘ぶりが丁寧に描かれ、緊張感もたっぷり。
 超大企業は、専門家はもちろん、環境保護庁どころか、政府をも味方につける。それは、開発した製品から、膨大な利益を手にしているからである。有害物質だと分かっていても、埋め立て、廃棄する。被害が出ても、被害認定の基準が厳しかったり、訴訟で敗訴しても、安い金額で済ませようとする。
 和解を勧めたことのあるロブに、怒ったウィルバーは、「金の問題じゃない、奴らに罰を与えろ」と叫ぶ。デュポン社の秘密を知ったロブは、「自分の身は自分で守るしかないのか」と述懐する。
 まるで、日本の現実と同じ図式ではないか。水俣病を代表とする一連の公害裁判を振り返ってみればいい。被害が出ても、訴訟になっても、企業や国は、すべて先延ばし。被害者側が、因果関係をすべて証明するまで時間を稼ぎ、びくとも動かない。この映画でも、訴訟の途中で、ウィルバーとその妻は、がんを発症、亡くなってしまう。
 デュポン社と、多くの原告との集団訴訟についての経過は、ネットに詳しく報道されている。ぜひ、確かめられたい。
 ロブを演じたマーク・ラファロは、環境保護運動に熱心な俳優だ。2016年、ニューヨーク・タイムズ紙の記事で、デュポン社を相手に10数年もの間、闘い続けている弁護士ロブ・ビロットの詳細を知る。そして、自ら製作も兼ねて、映画化を決意したという。こんな硬派な俳優、日本にはいないなぁ。
 ちなみにマーク・ラファロは、映画「フォックスキャッチャー」では、デュポン財閥の御曹子であるジョン・デュポン率いるレスリング・チームに勧誘されるレスラー役を演じた。まさに皮肉な巡り合わせと言えよう。
 監督は、マーク・ラファロのオファーに応じたトッド・ヘインズ。「エデンより彼方に」や「キャロル」、「ワンダーストラック」などで、キレのある演出を披露している。
 有害物質を大量廃棄した結果、製造された素材は、デュポン社の登録商標の「テフロン」である。「テフロン」は、もとは戦車の防水材として開発され、その後、油不要で、焦げ付かないフライパンの加工素材として世界じゅうで使われ、一世を風靡した。
 大事なのは、便利さの影にひそむ企業の魂胆を見抜くことである。人が死んでからでは、遅い。そう、人生の学びは、尽きないのだ。

2021年12月17日(金)、TOHOシネマズ シャンテほかロードショー

『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』公式Webサイト

監督:トッド・ヘインズ(『キャロル』『エデンより彼方に』)
出演:マーク・ラファロ、アン・ハサウェイ、ティム・ロビンス、ビル・キャンプ、ヴィクター・ガーバー、ビル・プルマン
2019年/アメリカ/英語/126分/ドルビーデジタル/カラー/スコープ/原題:DARK WATERS/G/字幕翻訳:橋本裕充
提供:木下グループ
配給・宣伝:キノフィルムズ

ESDと気候変動教育(その7) COP26と若者

COP26は「失敗」であり、「グリーンウォッシュのお祭りごと」だ
そう評したのは、スウェーデンの環境活動家であるグレタ・トゥンベリさんら若者たちです。

 英国グラスゴーにて開催された「第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)」は会期を1日延長し、成果文書「Glasgow Climate Pact(グラスゴー気候合意)」が採択され、14日間の会議は閉幕しました。産業革命以降の気温上昇を1.5度に抑える目標を定め、合意されたことに対しての評価はあるものの、石炭火力の「段階的に廃止」が「段階的に削減」という表現にとどまったことは、1.5度目標の実現につながる内容が得られていないとの批判もあり、最も気候変動の影響で被害を受けやすい小島嶼国などの脆弱な国や野心的な目標を掲げていた国からは落胆の声があがりました。

COP26の開会式の様子(UNFCCCのホームページより)

若者とグテーレス国連事務総長
(UNFCCCのホームページより)
 一般的な国際会議では、先進国や新興国、途上国など各国の異なる立場から公平で公正な議論が注目される傾向が強いなか、COP26ではプレイベントなども含め、世代間の公平性・公正性についても取り上げられる場面が多く見られました(*1)。COP26の会期中には、グレタ・トゥンベリさんら若者たちはアントニオ・グテーレス国連事務総長に、気候危機に対しても新型コロナウィルスと同様の緊急権限を行使するための「システム全体の気候非常事態」を宣言するよう求める請願書を提出しました。
 近年では、政府や国際組織に若者たちが積極的に働きかける動きが特に欧州で目立って見られるようになりました。今回は、若者たちの気候変動に関する教育に向けての取り組みの一例を紹介します。

若者による未来世代のための取り組み―‘Teach the Future’(未来を教える)

 スコットランド、イングランド、ウェールズに拠点を置く‘Teach the Future’は、気候の非常事態と生態系の危機の回避に向けて教育システム全体を緊急に再構築するために設立された若者主導による運動です。各支部は1つまたは2つの学生団体からなり、‘Teach the Future’ の運動にはこれらの組織から約40名を超える若者が参加しています。他の学生団体の組織と大きく異なる点は、専門家や教員、政策立案者、起業家など多様な専門分野を兼ね備えた大人たちがアドバイザーとして若者を支援している点です。
 ‘Teach the Future’ の運動の特徴は、気候の非常事態と生態系の危機の備えとして、教育システムそのものに問題があることを英国全土の調査結果をもとに分析し、政府に対して法や制度の制定など社会システムそのものの変容を促す働きかけを行っていることです。
 COP26の会期中に刊行されたユネスコの報告書によると、調査対象100カ国のうちそれぞれの国の「ナショナル・カリキュラム(学習指導要領)」において、約半数(47%)は気候変動について言及しておらず、気候変動のコミュニケーションや教育などの取り組みが初等中等教育段階に集中していることが分かりました(UNESCO, 2021)。‘Teach the Future’はこれらの課題を補完するように、独自の英国全土の調査結果に基づき、中等教育および高等教育段階に属する若者ら自身の声で建設的な要請を政府に届けています(*2)
 ESDにおいても優先行動分野の1つにユース(若者)への支援が掲げられていますが、日本におけるユースへの支援はプログラムや学びの機会の提供や交流にとどまっていると言えるのではないでしょうか。‘Teach the Future’に見出せるような若者支援、つまり、若者自身の疑問や社会の変革を推進する若者にいかに大人世代が支援していくのか、その手立てのあり方も民主主義のあり方が問われるなかで課題となってくるでしょう。
 本年5月にベルリンで開催された「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議」(‘ESD for 2030’)(学び!とESD<vol.18>)の成果文書であるベルリン宣言(*3)においても「政治的行動」という表現が盛り込まれていますが、今回紹介した‘Teach the Future’の若者たちはまさに社会全体の仕組みを変える政治的行動を体現していると言えましょう。

*1:例えば、COP開催前のプレイベント(9月28-30日開催)では ‘Youth4climate: Driving ambition’という若者のイベントが開催されました。若者の参加を促進するための本イベントには、世界186カ国から約400人の若者の気候リーダーが参加し、若者の声はCOP26にて各国の閣僚たちのスピーチでも言及されるほどの影響力がありました。Youth4climateの詳細については次のURLよりご覧ください(https://youth4climate.live/)。
※2:要請文など詳細は【参考文献】永田研究室運営のホームページよりご覧ください。
※3:2021年5月19日に採択された「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するベルリン宣言」の英語原文:https://en.unesco.org/sites/default/files/esdfor2030-berlin-declaration-en.pdf、和文仮訳:https://www.mext.go.jp/unesco/004/mext_01485.html

【参考文献】

Webマガジンまなびと:「学び!とESD」Vol.24

Webマガジン:「学び!とESD」Vol.24 “ESDと気候変動教育(その7) COP26と若者”を追加しました。