学び!とシネマ

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ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男
2021.12.16
学び!とシネマ <Vol.189>
ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男
二井 康雄(ふたい・やすお)

© 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

 1975年、ウエストバージニア州パーカーズバーグ。夜中、ビールを呑んだ若者たちが、川に飛び込み、騒いでいる。ボートが一隻現れ、若者たちを蹴散らす。ボートから、なにやら液体らしきものがまき散らされる。パーカーズバーグには、アメリカきっての化学製品の巨大企業、デュポン社の工場がある。
 映画「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」(キノフィルムズ配給)が始まる。
 1998年、オハイオ州シンシナティ。弁護士のロブ・ビロット(マーク・ラファロ)は、名門の法律事務所に採用される。着任早々のロブのところに、ウィルバー・テナント(ビル・キャンプ)という、パーカーズバーグで農場を営む男が現れ、ロブの祖母の知り合いだと言う。ウィルバーは、農場がデュポン社の廃棄した化学物質によって汚染され、調査してほしいと訴える。そして、牛などがどんな被害にあったかを記録した大量のビデオを置いていく。
 ロブの法律事務所は、もともとは企業相手で、ロブはウィルバーの依頼をいったんは断る。祖母ともしばらく会っていないロブは、祖母を訪ねがてら、ウィルバーの農場に赴く。
 荒れ果てた農場である。ウィルバーは、デュポン社が近くの埋立地に廃棄した化学物質のせいで、どんな被害があったかを説明する。牛の肥大した臓器、黒く変色した歯をロブに見せる。さらに、仔牛の半数は蹄に奇形があり、雌牛は背中に腫瘍がある、と言う。ウィルバーは、オハイオ川にロブを案内し、石が白く変色しているのを見せる。多くの牛が、埋葬されている。「次々と牛が死に、いまや190頭」とウィルバー。
 農場で、狂ったように暴れ出す牛を目前にしたロブは、ショックを隠せない。さらに、ウィルバーの持ち込んだビデオを見たロブは、生々しい被害にさらに驚き、デュポン社相手に訴訟を起こす。
 1999年。ロブの許に、デュポン社の廃棄物に関する開示資料が届く。「PFOA」という、化学物質らしい略号が頻出するが、ネットで検索しても、出てこない。これは、環境保護庁の規制外の化学物質ではないかと、ロブは推測する。ロブは、裁判所にさらに資料の開示を求める。
 2000年。ロブは、「PFOA」が、人体に有害な化学物質であることを突き止める。川や水道水に、デュポン社の廃棄した「PFOA」が漏れて、家畜や人体に大きな影響が出ているのではないかと、ロブは推測する。
 家庭生活を犠牲にしてまでも、ロブの調査が続く。不仲になりつつある妻のサラ(アン・ハサウェイ)や、事務所の上司トム(ティム・ロビンス)との確執もある。
 ロブの孤独な調査が続く。そしてロブは、すでに40年もの間、隠し続けていたデュポン社の恐るべき秘密を知ることになる。
 いわゆる「公害」問題に、真っ正面から取り組み、一弁護士の、それこそ人生を賭けた奮闘ぶりが丁寧に描かれ、緊張感もたっぷり。
 超大企業は、専門家はもちろん、環境保護庁どころか、政府をも味方につける。それは、開発した製品から、膨大な利益を手にしているからである。有害物質だと分かっていても、埋め立て、廃棄する。被害が出ても、被害認定の基準が厳しかったり、訴訟で敗訴しても、安い金額で済ませようとする。
 和解を勧めたことのあるロブに、怒ったウィルバーは、「金の問題じゃない、奴らに罰を与えろ」と叫ぶ。デュポン社の秘密を知ったロブは、「自分の身は自分で守るしかないのか」と述懐する。
 まるで、日本の現実と同じ図式ではないか。水俣病を代表とする一連の公害裁判を振り返ってみればいい。被害が出ても、訴訟になっても、企業や国は、すべて先延ばし。被害者側が、因果関係をすべて証明するまで時間を稼ぎ、びくとも動かない。この映画でも、訴訟の途中で、ウィルバーとその妻は、がんを発症、亡くなってしまう。
 デュポン社と、多くの原告との集団訴訟についての経過は、ネットに詳しく報道されている。ぜひ、確かめられたい。
 ロブを演じたマーク・ラファロは、環境保護運動に熱心な俳優だ。2016年、ニューヨーク・タイムズ紙の記事で、デュポン社を相手に10数年もの間、闘い続けている弁護士ロブ・ビロットの詳細を知る。そして、自ら製作も兼ねて、映画化を決意したという。こんな硬派な俳優、日本にはいないなぁ。
 ちなみにマーク・ラファロは、映画「フォックスキャッチャー」では、デュポン財閥の御曹子であるジョン・デュポン率いるレスリング・チームに勧誘されるレスラー役を演じた。まさに皮肉な巡り合わせと言えよう。
 監督は、マーク・ラファロのオファーに応じたトッド・ヘインズ。「エデンより彼方に」や「キャロル」、「ワンダーストラック」などで、キレのある演出を披露している。
 有害物質を大量廃棄した結果、製造された素材は、デュポン社の登録商標の「テフロン」である。「テフロン」は、もとは戦車の防水材として開発され、その後、油不要で、焦げ付かないフライパンの加工素材として世界じゅうで使われ、一世を風靡した。
 大事なのは、便利さの影にひそむ企業の魂胆を見抜くことである。人が死んでからでは、遅い。そう、人生の学びは、尽きないのだ。

2021年12月17日(金)、TOHOシネマズ シャンテほかロードショー

『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』公式Webサイト

監督:トッド・ヘインズ(『キャロル』『エデンより彼方に』)
出演:マーク・ラファロ、アン・ハサウェイ、ティム・ロビンス、ビル・キャンプ、ヴィクター・ガーバー、ビル・プルマン
2019年/アメリカ/英語/126分/ドルビーデジタル/カラー/スコープ/原題:DARK WATERS/G/字幕翻訳:橋本裕充
提供:木下グループ
配給・宣伝:キノフィルムズ