美術鑑賞の現在地 後編(2010~) 第3回「ビジネスと美術鑑賞(2)対談:アートの動き」

株式会社MAGUS 代表取締役
上坂真人
筆者

 2015年のことです。ある人が突然「美術鑑賞の話が聞きたい」と大学に訪ねてきました。広告制作や写真素材を提供する企業アマナの上坂さんです。語り合ううちに美術の現状や問題意識など、すっかり意気投合しました。ビジネスと美術について語るには最もふさわしい方だと思いますので、今回ご登場いただき、上坂さんの話を通して2010年以降のビジネスと美術鑑賞の関係について見ていきましょう。

アートをもっと「動き」に

筆者:なぜ、私のところに訪ねて来られたのですか?
上坂:そうですね……では、突然で申し訳ないですが、藤原聡志とか、水谷吉法とか、日本人アート写真家をご存じですか? 今、世界でとても高い人気を誇っていますが……。
筆者:不勉強ですみません……分からないです。
上坂:いえ、奥村さんの責任ではありません。まさに、そこが問題なのです。海外では、アート写真家のブランディングや、センスのある消費者とアーティストが交流する機会などを企業がきちんとサポートしています。日本でも音楽やスポーツにお金を使うことはありますけど、アートにはそうでもないですよね。世界的に活躍しているアスリートや音楽家は知られていても、アーティストはほとんど知られていません。一方で、アート業界側も、アートにお金を投じるメリットを企業に提案しているとはいえない状況でした。当時、このままだと、日本は世界とますます分離してしまうという問題意識があったのです。
筆者:なるほど、そういえば、その話で盛り上がりましたよね。「アートの普及に対して社会は何もやっていないんじゃないか」とか「アートを健全に批判したり、資産的に価値づけたりするなど、多面的に評価するメディアが不在だ」とか。海外では、新聞や雑誌のトップニュースがアートだったり、レコード大賞みたいなアートアワードがあったりするのに、日本はそうじゃない。ただ「このアートが高い」とか「なんか評判がいいらしい」だけで終わっているという話だったと思います。
上坂:アートは、人や企業、資金、作品や評価などが連動する生き生きした「動き」だと思います。社会や文化、経済も含めたダイナミックな「動き」です。でも、メディアや教育がそこを踏まえているようには思えないし、「動き」自体がニュースになっていません。そこで、まず、世界的な視点で、かつ、経済的な視点からも、きちんと評価できるメディアを日本で立ち上げようと思いました。ようやく今年の1月に『ARTnews JAPAN』をロールアウトすることができたところです。
筆者:アートをもっと「動き」にしようというわけですね。
上坂:アマナはアートフォトを手掛けている会社なので、2005年あたりから、アートを「見る」だけではなく「買う」、あるいはアーティストと「語る」、アートを通して文化を「考える」、そんなライフ・スタイルの実現を目指しました。
 その活動の中で、日本精神科看護協会の末安民生会長が「アートには効用がある」と話していて、じゃあ「アートが心を静める効果を数値化し、医薬品企業を巻き込んでセミナーをやったら面白い」と思いついたのですが、その時、奥村さんの本が目に飛び込んできました。
筆者:ビジネスと美術鑑賞を結び付けた題目に引っかかってしまったわけですね。
上坂:ええ、まんまと(笑)。居住空間、オフィス、医療施設などの空間コーディネイトに関心のある方を対象に、3回連続セミナー「アートは人の心を鎮めるか」を企画して、その一つが、奥村さんと末安会長の対談「アート鑑賞が心に効く三つの理由」でした。
 でも、奥村さんの話は「アートが心を静める」というよりも、むしろ「脳を活性化させる話」でした。期待とは正反対だったのです(笑)。でも、面白かったので今もお付き合いを続けさせていただいているというわけです。
筆者:そうだったんですか。期待に応えられずに、申し訳ない(笑)。どうも生来「アートは心を豊かにする」とか「生活を美しくする」という言説が苦手で、「本当にそうか?」と思ってしまう性格なんです。

アートのある生活

上坂:世界のアートシーンと接しながら、日本と感じるギャップはそれだけではありません。例えば、日本には展覧会とか画廊とか、息が苦しくなるような空間はあるのですが、街の人々が気軽に入ったり、アートを買ったりする『空間』がないんですね。気軽に楽しめる『フェスやフェア』も少ない。作品の前でこの作家はああだとか、この作品はこうだとか、「語り合う」スタイルも見られない。そこで、街の人々が楽しめる開放的な『空間』としてギャラリー『IMA CONCEPT STORE』を六本木に作りました。セミナーで使った場所です。
筆者:大好きな海外の作家の作品があって喜んだことを覚えています。同時にそれが気軽に買える場所でした。
©Shinichi Ichikawa上坂:最近は『イエローコーナー』といって、高品質の写真を購入できるギャラリーを「東京ミッドタウン日比谷」に作りました。「絶対、当たるはずがない」と言われましたけど、若い人がよく買ってくれて、今「ニュウマン横浜」に二号店を開店しています。
筆者:自分たちと今の若い人では、かなりアートに対する感覚が異なっていると思います。クラウドファンディングなどもその現れかなと思いますけど、商品として買うというよりも、縁に参加するというか、アートを共有する感覚で購入しているんじゃないでしょうか。
上坂:そうかもしれません。海外では、ミレニアム世代の70%が家にアートを飾り、30%が1年間に1度はアートを購入しているんですよ。それは単なる投機や消費ではないと思います。日本でも若者を中心に気軽にアートを楽しんだり、語り合ったり、時に購入したりするような動きが出ているのかもしれません。
 『フェスやフェア』では、世界8カ国から作家が参加する『浅間国際フォトフェスティバル』を行いました。長野県の東、浅間山麓の御代田町に、旧メルシャン美術館跡地がありますが、PR活動なし、ほぼ一か月半で2万人来場しました。視察に来た企業はANA、資生堂、電通、博報堂、ヤフー、ソニー、パナソニック、野村不動産、三菱地所、三井住友銀行、三菱商事、第一生命保険など70社ほどです。企業側にも、スポーツや音楽のようにアートを企業戦略として「活用する」風潮が見えてきたのかなと思います。
筆者:以前この連載でも取り上げさせてもらいました(※1)。写真が落ち葉に埋もれていたり、プールに沈んでいたりしていて、「こんな展示があるんだ!」と驚きました。町の人々や参加者が作品の前で語ったり、その空間を楽しんだりする姿も素敵でした。
上坂:新しい文化・高原公園都市を目指していた御代田町にも、まちづくりや不動産価値の向上という点で貢献できたかなと思っています。
 アートフェスやイベントを行う自治体は多くありますけど、そのほとんどは人口減少に歯止めがかかってません。ただ北海道の東川町だけは例外で、「東川町国際写真フェスティバル」「全国高等学校写真選手権大会」「高校生国際交流写真フェスティバル」というイベントをきっかけに1994年に6973人だった人口は2018年には8216人まで増加しています。もちろん、アートだけが原因ではないのですが、自治体にちゃんと貢献しているかとか、アートの自己満足で終わってはいけないとかは大切な視点だと思います。
筆者:上坂さんは次々とというか、「事を起こして」いきますよね。私は、今「アートは縁起だ」とよく話しているのですが、まさにそれを実践している方だと思います。

アートとビジネスの新しい動き

筆者:新しい動きは様々なところで現れていますね。2018年には文化庁が「総合的な文化行政の推進に向けた機能強化」として組織再編していますが「文化経済・国際課」「文化資源活用課」「参事官・文化創造担当」などの組織名からも新しい概念が見えると思います。
 2019年度から文化経済戦略に基づいた「文化経済戦略推進事業」というのも行われているんですが(※2)、そこでは「アーティストと企業の共創事業」「アーティストによる企業向けワークショップ」「アーティストと企業・起業家のネットワーク」「文化芸術への投資の測定・評価」「アーティストとの交流が企業にもたらす好影響」「文化を源泉としたビジネス課題解決」「民間企業の美術品コレクションの形成と活用」などが提案されています。一昔前を考えれば、アートのとらえ方はずいぶん変わったと思います。
 美術教育だけを見ていると、このような動きは中々見えません。でも教育はあくまで社会の一部ですから、できるだけ物事を広く見ていく必要があると思います。私にとって上坂さんは教育以外の視野を獲得する大事な出会いでした。
上坂:ありがとうございます。世界のアート市場はどんどん拡大、拡張していて、日本だけが取り残されている感じです。まだまだ世界で、日本の存在感は薄くて、近年「日本のアート市場を1兆円規模に」という話も散見するようになりましたが、まだ0.3兆円くらいじゃないかなあ。
筆者:以前働いていた宮崎県立美術館はマグリットの「現実の感覚」を所蔵しているんです。国立新美術館「マグリット展」でも展示されていた名作です。1990年代に購入した時は2億7千万でした。「今、いくらくらいですか?」って画廊関係者に効いたら20~50倍はするだろうと言っていました。世界と日本で大きなギャップがあるようですが、知らない方は多いですね。
上坂:企業がどんどん仕掛けていくべきだと思います。アマナは膨大な写真コレクションを持ち、いろいろな作家とつながっているのですが、作家の代わりにギャラリーやメディアと交渉したり、世界の主要アートフォトフェア・フェスに出展して、アーティストを招聘し作品を販売したり、企業のブランドに応じて高品質なイベントを企画運営したりしています。そのようなプロジェクト「IMA」を立ち上げたのが、2011年でした。
筆者:取り組みは2010年代から始まっているのですね。上坂さんのお話を伺っていると、「ビジネスと美術」という狭いとらえ方ではなくて、企業も人々の創造的な生活をつくりだしていく「動き」であって、その一つにアートがあるという感じがします。
上坂:私たちは、アートの愉しさや深さを広げ、民間企業の力で日本をアートでもう少し素敵にすることを目指しています。ただ、よく誤解されるのが企業の社会貢献という考え方です。私たちが行っているのは、単なる社会貢献ではないし、社会貢献ではダメだと思います。提案しているのは地道な企業戦略です。それが欠けると、何十年も前に起きた「企業によるアートの買占め」につながって、「○○社が○○の名作を○○億円で購入した」みたいな「あだ花」で終わってしまいます。
 ただ、2018年あたりからは、はっきりと流れが変わり始めました。私たちのところに、商業施設がから「アートのコーナーを作りたい」という話が次々と来るようになりました。彼らも、もうグルメやファッションでは差がつかないことに気付いたのでしょう。
 でも、「アートだったら、なんでもいいので」みたいな感じもあって、まだまだ抽象的な依頼です。アートを日常にするシナリオに欠けるというか、消費者構造を変革する前提に欠けています。「アートは社会問題の表出物」であり、「アーティストと語ることを通して生まれるものがある」という観点もないですし、自国のアーティストを育てようとする意識もありません。
 海外では金融機関が膨大な調査を発表していて、アートが産業化する基礎ができています。富裕層はほぼ全員がアートコレクターなんですが、そこにアプローチする意識も明確です。アートの専門教育では、アートに関わるディベート、マーケット調査、契約実務、プレゼンまで行っています。そのあたりも世界とのギャップでしょうね。
 企業がアートを支えるのは、確かな企業戦略が必要で、一般的な消費者だけでなく、富裕層も含めてビジネス的意義と社会的意義をしっかり見つめていかないといけないと思います。
筆者:その解決策の一つが、今、取り組んでいらっしゃるMAGUSですね。アートスクールのような個人向け事業、コレクターを増やす手立てなどいろいろ実践されているようですが、そのあたりを来月じっくりと伺わせていただければと思います。

※1:学び!と美術<Vol.75>「写真は地域社会を変える?」
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art075/
※2:文化経済戦略推進事業
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunka_keizai/92916901.html

小学校 生活:「生き活きうぃーくる」第112回、今月のピックアップ

生活科ブログ「子どもがかわる 授業がかわる『生き活きうぃーくる』」:第112回「コロナ禍を乗り切る授業スタイル~ハイフレックス型授業~」今月のピックアップ「新年度・新学期の準備に役立つ3本」を追加しました。

金の糸

© 3003 film production, 2019

 「金の糸」(ムヴィオラ配給)は、人生の波乱や年輪の重みが、ズシリと伝わるような映画である。
 老女ふたりと老いた男性の人生そのものを描いているわけではないけれど、その人生がどういうものであったかが、くっきりと浮かび上がる。
 現代。ジョージアの首都トビリシ。かなり年輩の女性で、作家のエレネ(ナナ・ジョルジャゼ)は、パソコンに向かって執筆中である。プルーストの「失われた時を求めて」の一節を思い浮かべて、「私たちの一生を言い当てている」と呟く。
 エレネは、生まれたときからの古い家で、娘夫婦とその孫娘、エレネからみるとひ孫の四人で暮らしている。
 今日は、エレネの79歳の誕生日。もはや、誰もそんなことは覚えていない。確実に、老いの孤独が忍びよっている。
 そんなエレネの話し相手は、エレネと同じ名前のひ孫(マリタ・べリゼ)だけ。
 ある日、エレネは、娘のナト(ニノ・キルタゼ)から、ナトの姑になるミランダ(グランダ・ガブニア)が引っ越してくると言われる。
 高齢のミランダは、アルツハイマーのせいか、ガス栓を閉め忘れ、あやうく火事になるところだったらしい。
 エレネは、かつて政府高官だったミランダを快くは思ってはいない。年金や印税収入だけでは苦しいと、ナトに言われ、しぶしぶ、ミランダを迎え入れることになる。
© 3003 film production, 2019 エレネは足を悪くしていて、いまや、ほとんど外には出ない。ひ孫のエレネは、曾祖母のために、外の通りの絵を描いてくれる。
 突然、エレネに電話がかかってくる。なんと、エレネの60年もの前の恋人だったアルチル(ズラ・キプシゼ)からである。
 エレネの誕生日を覚えていたアルチルは、お祝いのメッセージを伝える。そして二人は、かつて、朝までタンゴを踊った通りのことを思い出す。アルチルもまた、足が不自由で、車椅子を必要としている。
 ミランダが越してくる。近所の人たちは、住居を世話してもらったりで、礼を言ったりする。まんざらでもないミランダ。
 ミランダは、いまの風潮に批判的で、かつてのソ連時代を思い出すばかり。
 エレネとアルチルの「思い出」電話は、続いている。ふたりに、辛い記憶もよみがえってくる。
 エレネ、アルチル、ミランダは、ジョージアがグルジアといっていた時代を生き延びてきている。
 いまエレネは、中庭に出る程度で、外に出ることはない。アルチルもまた車椅子の生活である。いまなお、過去の権勢の残るミランダには、アルツハイマーが進行している。
 やがて、これまで三人が秘めていた過去や、それぞれの関係が明るみに出ることになる。
 美しいシーンが連続する。ふたりのエレネにしか見えないショット。若いエレネとアルチルが通りで踊る。
 エレネが幼いエレネに、一枚の絵を見せて、「金の糸」について話す。これまた、情感たっぷりで、うっとりするシーンだ。
© 3003 film production, 2019 芸術一般に造詣の深いジョージアの人たち。ここでも、控え目だが、うっとりする音楽に、たびたび引用される詩が、とてもすてきだ。
 ラスト近く、老人三人の、まさに「失なわれた時」がよみがえってくる。恋愛の甘い思い出だけではない。尋常な作家人生でなかったエレネの哀しみが、ズシリとのしかかってくる。
 三人の俳優の演技が、素晴らしい。エレネを演じたナナ・ジョルジャゼは、もともとは映画監督である。ミランダ役のグランダ・ガブニアと、アルチル役のズラ・キプシゼは、ジョージアを代表する名優である。
 監督・脚本は、1928年生まれのラナ・ゴゴベリゼ。ジョージアを代表する女性監督で、自らの人生を反映させた脚本は、波乱の人生を生きた証だろう。
 スターリンの時代から、ソビエト連邦、ロシアと国名は変わったけれど、ジョージアのここ100年ほどの歴史を、ぜひ、振り返ってほしい。
 いま、ロシアはウクライナに軍事侵攻している。ジョージアもまた、2008年には、ロシアと軍事衝突の歴史がある。
 「金の糸」を見ていて、古いフランス映画で、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の「旅路の果て」を思い浮かべた。かつて俳優だった人たちの老人ホームが舞台で、過去のさまざまな人生が交錯する。
 「金の糸」も、「旅路の果て」も、できるだけ若いうちに見ていただきたい。必ずや、悔いのない人生を選ぶ助けになることと思う。

岩波ホールほか全国公開中

『金の糸』公式Webサイト

監督・脚本:ラナ・ゴゴベリゼ
撮影:ゴガ・デヴダリアニ
音楽:ギヤ・カンチェリ
出演:ナナ・ジョルジャゼ、グランダ・ガブニア、ズラ・キプシゼ
原題:OKROS DZAPI/英語題:THE GOLDEN THREAD/2019年/ジョージア=フランス/91分
日本語字幕:児島康宏
配給:ムヴィオラ

女性差別と教育(その2)

 女性差別について学ぶうえで、他の人権課題とも関連して特に重要なテーマとなるのは、①女性差別の歴史、②いまの社会の女性差別、③ポジティブアクション、④性暴力などでしょう。今回と次回では、この4種類のテーマについて学習するうえでのポイントを提案してみたいと思います。今回は、①の歴史と、②のいまの社会の女性差別という二つについて論じます。次回には、③④に進む予定です。

①女性差別の歴史

 女性差別の歴史は、古代から考えるべきかもしれませんが、ここでは、現代とのつながりや他の差別問題とのつながりを念頭に置いて、明治維新以後の歴史を論じポイントを整理するよう努めます。日本では明治維新以後「富国強兵」などの政策が進められ、女性差別だけではなく、さまざまな差別が強化されました。この点は、この連載の第9回でも述べたとおりです。
 「富国強兵」とは「国を富ませ、軍事力を増強していく」という意味です。「富国」とは「経済を発展させること」という意味のはずですが、実際には財閥と地主を豊かにしました。
 「富国」と一体だったのが「貧民化」です。これは、侵略を進めるうえで不可欠の要素でした。松方デフレ政策だけではなく、諸施策の影響により農民は生活を圧迫され、土地を売って小作農になったり、都会に出て労働者になったりしました。国民が貧しいのですから、ものをつくっても国内で売れる可能性は低いことになります。<資源も乏しい国だから、資源と市場を求めて海外に出るしかない。国民であるわたしたちは貧しい生活を余儀なくされているが、それはやむを得ないのだ。日本の生きる道は戦争以外にない。>そう思ってこそ、「生活を豊かにするには海外へ」という発想になりやすいといえます。1936年に起こった2・26事件のときの青年将校たちは、昭和恐慌にあえぐ貧しい農村の若者たちが多かったといいます。
 「富国強兵」策の土台として、徴税、学制、兵役の三つがあります。学制は、1872年に発布されました。江戸時代の寺子屋では近代的工業や近代的軍隊に適合する人は育たないということで、学制が導入されたのです。1873年には地租改正が行われました。江戸時代の税制は物納で、生産高に応じて増減しました。それでは国の財政を安定して確保できないと、たとえ凶作の年であっても地価の3%を毎年貨幣で納税することとしたのです。徴兵制に象徴される兵制改革も重要でした。江戸時代には、武士のみが武器を持って闘うことを認められていました。近代的軍隊を創るためとして、国民皆兵を進め、徴兵制度を敷きました。これらすべてが、さきにのべたような国づくりに役立ちました。学校では、工場労働に向くよう、正確な時間単位で動くことが大切にされました。遠足のように、軍隊の行軍の練習として学校に導入された行事もあります。運動会などの行進練習は、軍隊として動くための準備でした。農業をするなら、号令に従って分単位で動く必要はありません。国民は、地租改正反対一揆をはじめ、全国各地でこうした政策に反対を唱えて立ち上がりました。
 財閥と地主を富ませ、国民を貧しくして、海外侵略を進めるという政策は、明治時代になって以後、10年に一度は内戦や海外侵略戦争を起こすという結果につながりました。貧しい農村からすると、「富国強兵」を前提に考え、自分たちが生き残るには、海外侵略をしてそこに移り住み、農業などを広げていくしか道はないという発想に導かれた人たちもいました。あくまで「富国強兵」を前提にすれば、ということです。
 この政策が、日本という国を破綻させ、国土を荒れさせて終わったことは、よく知られています。第二次世界大戦に突入し、アメリカ軍などの攻撃を受けて、日本は焦土と化しました。
 このような一連の過程と女性差別の強化は、結びついて進みました。江戸時代までの日本は、当時海外から日本に来ていた宣教師や外交官によると、ヨーロッパと比べて男女平等だったといわれます。これが明治時代に変わります。それまでは武士の世界における価値観だった「三従の教え」などがすべての国民に求められ、民法などによって家父長制が法制化されていきます。明治の民法のもとでは、女性に親権は認められていませんでした。詩人の金子みすゞ も夫から離婚を言い渡され、娘を夫にとられそうになって、抗議の自死をしました。「男性は外で働き、女性は家で家事・育児」という男女の役割分業論は、戦時には「男性は戦争に出向き、女性は銃後で国を守る」となりました。男らしさが強調され、天皇の「御真影」 は髭を伸ばし、軍服を着た姿となっています。明治天皇は、江戸時代の間は眉や髭を剃り、顔におしろいを塗って暮らしていました。それが明治時代に入って、髭を伸ばし、軍服を着て描かれ、それが全国の学校に配られたのです。これが男らしさの象徴とされました。
 第二次世界大戦後、連合国は、このような国のあり方を問題にし、日本が二度と侵略国家にならないように財閥解体や農地改革などの政策を打ち出しました。また、国民主権(主権在民)、基本的人権の尊重、平和主義という三原則に立った憲法制定(改正)を支援しました。その中には、婦人参政権をはじめ男女の平等が定められています。

②いまの社会の女性差別

 現代の女性差別について学んで議論をし始めると、学習者の年齢や経験にもよりますが、女性差別の有無などが話題になることがあります。大学で取り上げた経験で言えば、「男と女は生物として違いがあるのだから、そもそも平等にすることはできない」とか、「男性差別もある」とか、「男も大変なんだ」とか、「女性差別反対を主張する人は言い方に問題がある」など、さまざまな意見が出てきます。このようなことを考慮するとき、女性差別をめぐる社会的状況に関する事実 から入ることには意味があります。
 そこで参考となるのがジェンダーギャップ指数です。前回紹介したジェンダーギャップ指数は、小学校高学年以上で学ぶなら、早い段階で資料として提供できるものです。世界経済フォーラム という経済団体によって指摘されていることであり、その影響も大きいといえます。日本政府も 、ある程度はジェンダーギャップ指数を意識して政策を立てるようになってきています。もっとも、政府は、目標を立てても、なかなかそれを達成できないでいるのが現状です。なぜそうなるのかが問題です。
 ジェンダーギャップ指数を取り上げることにより、「いったいなぜ日本が女性差別の度合いで世界でも120位の低い国とされているのだろう」という疑問は抱くことができます。この疑問をしっかりと抱くことができれば、そこから自分たちの周りを確かめる方向へとつないでいきやすくなります。日本の政治や経済、労働や教育など、さまざまな領域における事実を子どもたち自身で確かめていくことにつなぎたいものです。
 なお、ジェンダーギャップ指数(GGI)を紹介するときには、他にも、「ジェンダー開発指数 」(GDI)や「ジェンダー・エンパワーメント指数 」(GEM)、「ジェンダー不平等指数 」(GII)や「社会制度・ジェンダー指数 」(SIGI)もあることを知っておいた方がよいですし、必要に応じてそれらでの日本の順位などを学習者に紹介しておくこともあってしかるべきです。ちなみに「ジェンダー開発指数 」(GDI)でみると、日本は167カ国中55位(2020年12月16日発表)となっています。「ジェンダー不平等指数 」(GII)では、162カ国中24位(2020年12月15日発表)です。つまり、日本はジェンダーギャップ指数以外では、そこそこの順位にとどまっているということです。では、この三つの指数にはどのような違いがあって、なぜジェンダーギャップ指数を基本に考えようとするのかが問われます。少なくとも教員は、このあたりを認識しておく必要があります。

G7男女共同参画サミットに参加した各国の代表(2017年、イタリア)

 ジェンダーギャップ指数を出発点に調べて見えてくるのは、日本社会が、女性に不利益が集中している社会だということです。2018年8月、入試得点を操作して女性の合格率を低く抑えてきた医科大学のあることが発覚しました。それを報じた新聞記事などでは、「医師の長時間労働が背景に 」あったと述べています。いまの医師の長時間労働を前提にすれば、子育てなどと両立させることが困難です。男女の性別役割分業を前提にすると、女性は結婚や出産をきっかけにやめる可能性が高い。だから、家事・育児は女性に任せて男性に医師になってもらうことが必要だ。そういう論理から女性差別が正当化されたのだというのです。言い換えれば、長時間労働を維持することと女性差別はセットになっていたということです。
 医学界だけではありません。日本の産業界全体でも同様の問題 が指摘されています。特に1980年代以来、1986年に労働者派遣法 が制定されるなどして非正規労働が急速に増え、特に女性の間に広がりました。社会に競争が広がるもとで追い込まれた人たちが増えていき、女性に期待されてきたのは、家庭や地域でそういう人たちのケア活動をすることです。その一方で正社員が絞られていき、長時間労働を求められてきました。これは悪循環をもたらしています。正社員の長時間労働を前提にし、年功序列や終身雇用などで一つの企業への縛りを強くする。男性が多くを占める正社員は、能力を発揮して業績を上げるよりもお互いの気持ちを大切にする人間関係重視の発想を強めていく。人間関係が「得意」で「空気を読める」人間の方が重宝される。こうして、能力を発揮するより、人がもたれ合う傾向が強まり、企業としての生産性は低下 する。「女子力 」という発想もこういう組織のあり方に合致します。経済活動で必要なスキルも、企業を超えて社会的に標準化されている度合いが少なく、結局同一価値労働同一賃金 が実現しにくい。女性差別とこうした企業の体質が一体化して、ますます女性を排除する。力と意欲のある女性は、こういう企業では管理職になりにくく、力を認められないことから退社しやすくなる。その一方で、女性の人材は、福祉やケアに関わる領域などで低賃金労働者として働くようになり、それでも社会的な問題状況を解決するには至らない。安心して子どもを産み育てにくい環境のため、子どもの数が減っていく。企業はますます生産性を低下させる。結果として日本社会は経済的に沈没していく。このような社会のあり方が、男女をともに追い込んでいるといえます。
 これは、いつか来た道ではないでしょうか。明治時代に入って「富国強兵」をスローガンに、財閥や地主など一部の人を富ませ、国民の多くを貧困化させていった。侵略しなければ自分たちの暮らしも良くならないと思い込む。だから、政府の進める戦争・侵略政策を支持する。それによってますます財閥や地主などが豊かになり、国民の多くは貧しくなる。そして戦争に突入し、最後は焼け野原になって終わった。敗戦によってようやく、社会の体質とも言える仕組みを変えることができた。
 ところが、第二次世界大戦の敗戦により仕組みを改善したはずの日本では、また社会的な価値観や仕組みにより問題状況が生まれ、それに縛られている限り問題状況を抜け出せなくなっているということです。長時間労働と多くの人たちの不安定労働を前提にした産業構造が、日本社会を縛り付けています。現代日本でのアンコンシャス・バイアス として最も大きいものの一つは、これではないでしょうか。さまざまな人の力を生かせる社会を創れるかどうかにより、日本の未来が変わるでしょう。そして、そのような方向に向けての変化も現れています。

 ジェンダーについて考えるには、まず、①女性に不利益が集中しているという事実を明らかにすることです。次いで、②そのことにより男性も追い込まれていることを示すことが必要です。そこから③それらの土台にあって人びとを追い込む重石のようになっている仕組みを変えていこうとすることへとつなぎます。①と②の順番を間違えると混乱が広がります。
 こうして、経済面から見たときに現在の女性差別の土台にある仕組みとは、長時間労働と不安定な非正規労働であり、同一価値労働同一賃金から遠い賃金体系です。そして、それらを正当化する役割を果たしているのは家父長制や性別役割分業です。これらを乗り越えて行けるかどうかが、現代日本の大きな課題だといえます。

【参考・引用文献】
・金子みすゞ記念館ウェブサイト
・日本文教出版ウェブマガジン 大濱 哲也氏(北海学園大学)「学びと!歴史」(2007.11)
・内閣府男女共同参画局ウェブサイト
・世界経済フォーラムウェブサイト
・厚生労働省ウェブサイト
・国連開発計画駐日代表事務所ウェブサイト
・OECD開発センターウェブサイト
・国連開発計画人間開発報告書(2022)
・朝日学生新聞社ウェブサイト(2018.9.2)
・独立行政法人経済産業研究所ウェブサイト 山口 一男氏(客員研究員)「日本的雇用システムが女性の活躍を阻む理由」(2014.12)
・Manpower Clipウェブマガジン 岡 佳伸氏(特定社会保険労務士)「労働者派遣法とは? 2021年4月改正までの派遣法の歴史」(2021.5.25)
・Start ITウェブマガジン「日本の労働生産性を低下させる原因と生産性が低い会社の共通点とは?」(2019.6.13)
・朝日新聞デジタル フォーラム「女子力って?」(募集期間2016年12月26日~2017年1月24日14時 計1621回答)
・情報産業労働組合連合会ウェブサイト 朝倉 むつ子氏(早稲田大学教授) 特集「格差是正をもっと前へ「同一労働同一賃金」「同一価値労働同一賃金」へ「基本給」に踏み込んだ議論を」(2016.7.19)
・株式会社クオリアウェブサイト「アンコンシャス・バイアスとは? 事例と対処法」

Webマガジンまなびと:「学び!と人権」Vol.10

Webマガジン:「学び!と人権」Vol.10 “女性差別と教育(その2)” を追加しました。