学び!と美術

学び!と美術

新年雑感~図画工作・美術が今できること
2019.01.10
学び!と美術 <Vol.77>
新年雑感~図画工作・美術が今できること
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 本連載「学びと美術」のテーマは「図画工作・美術が今できること」です。これまで「図画工作・美術にできることは何か」「子どもの何に役立つのか」などを様々な事例や取材などをもとに考えてきました。すでに77回、7年目に突入しています。本稿では、今まで述べてきたことを振り返りながら、図画工作・美術の未来について考えます。

論理的な思考力や学びの姿勢

世界に対する視野の広がりを示す児童画(※30) 連載当初述べていたのは「美術が論理的な思考力を育成する」「学力向上に効果がある」「図画工作・美術で子どもや学校は変わる」ということでした(※1)
 担当していた全国の研究指定校や大会の発表校からは「学力テストの算数B問題が向上しました」「非行や問題行動が半減しました」「遅刻率が減少しました」などの声が届いていました(※2)。小学校では「図画工作を研究すると、一人ひとりの子どもを先生たちが見るようになる。それは国語や算数に広がる」と言われ、中学校では「美術鑑賞を学校全体で取り組んだら、先生同士が話し合うようになって職員室の雰囲気が変わった。子どもはお互いを認め合うようになり人間関係が改善した(※3)」と教えてもらいました。
 「指定校や発表校ではどんな教科でも起こることだ」と返されそうです。確かに指定校や発表校では先生たちは頑張ります。教育委員会の支援や地域の協力なども手厚くなります。その他様々な原因が考えられます。それを、図画工作・美術だけに絡めとってしまうのは間違いだと思います。
 でも、子どもから見れば、図画工作・美術はせいぜい週に2時間。それに取り組んだからと言って、子どもや学校が大きく変容するのも不思議な話です。子ども一人ひとりの自分らしさが認められること、先生の子どもに対する姿勢が変わることなどが連鎖的に起こっているのではないでしょうか。
 図画工作・美術は、単にものをつくったり描いたりする時間ではありません。「いきいき」や「自由で楽しい」という言葉がよく用いられますが、実際は子どもがしっかり考え、多様な資源の中で格闘する学習です。作品をつくり上げることを要求され、途中であきらめさせてはくれません(※4)
 子どもの発揮した学力が確実に伝わってくるものの一つが作品です。学校に展示されている作品の多くから「自分の力を存分に出せたよ」という声が聞こえれば、「一人ひとりが資質や能力を発揮しながら学習した」と判断できます(※5)。そのような学校であれば、子どもは自分の「自分らしさ」が認められているでしょう。子ども側から学習を考え、指導改善や評価を行っている学校だろうと思うのです。
 もちろん推測であり明確に証明されていません。ただ、近年、芸術教育と学力に関する統計的な分析が行われるようになってきました(※6)。学力と美術を結び付けるタイトルの本も出版されています(※7)
 何より、学習指導要領の目標が三つの柱で統一されました。図画工作・美術が、知識や技能、思考力などの確かな学力を育成することは、制度的にも成立したのです(※8)
 今後一層、美術と学力の関係は普通に語られるようになるでしょう。統計や技術の発達で将来的に成果も明確になっていくと思います。

美術教育とビジネス

 一方、美術館などを通して美術教育が多くの人々に役立つことについても書いてきました(※9)
 きっかけの一つは2013年3月にニューヨークの美術館調査で早朝の美術館に並ぶビジネスマンの姿を見たこと(※10)、もう一つは2014年に海外企業がMBAではなく美術学校に社員を派遣し研修させる話を知人から聞いたことです(※11)。一瞬「?」と思いましたが、美術館で見る子どもたちの姿や教育普及活動などから考えれば、容易に理解できます。人々は、美術を通して資質や能力の覚醒と十全な発揮を求めているのでしょう。それを2015年に本にまとめました。
 その後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートがグローバル企業の幹部トレーニングを行っていること(※12)、ロンドン芸術大学の中のカレッジの一つ、セントラル・セント・マーチンズが2016年MBAコースを開設したことなど(※13)、世界的にはビジネスマンがアートスクールに通うのは珍しいことではなくなってきました。
 日本でも2017年には経済誌の週刊ダイヤモンドが美術特集を行い、「創造性を養うのにアートは不可欠」「AI時代に必要なものは感性」などを指摘します(※14)。ビジネスと美術を結び付けたタイトルの本も次々と出版されています。2018年の9月から10月に出されただけでも10冊近くあり、「ビジネスの限界はアートで超えろ(※15)」「なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?(※16)」など百花繚乱です。課題がないわけではありませんが(※17)、いずれも美術の社会的な効果を述べようとしていることでは共通しています。
 ビジネスと美術を結び付けた実践の先駆者であるニール・ヒンディは、企業が期待するアートの効果として以下のような内容を挙げています(※18)

  • 様々な角度から物事を観察し解釈する
  • 無関係と思われているものを結び付ける
  • 新しい視点やアイデアを生み出す
  • 人と異なる発想をしようとする態度
  • 新たな意味や価値をつくりだし、それを社会に発信する

 変革の激しいAI時代、ビジネスモデルが一夜にして崩れ、急速に業界再編が進む社会的な状況で、違いを生み出そうとアートに期待するのは当然かもしれません。
 しかし、ヒンディの挙げるメリットは、すべて図画工作・美術の時間で実現されていること、あるいは目指されていることではないでしょうか?(※19)
 芸術は歴史的な遺産で、それが教養だというだけではなく、人間の根源性や哲学、科学などを提示し、常に私たちの見方や考え方に変革をせまります。美術館は、落ち着いた心持ちになるだけではなく、記憶が活性化し、思考力が働き、創造性が発揮される空間です(※20)。図画工作・美術のゴールも同じでしょう。
 美術に対する期待は、年々高まっています。2018年末には患者と介護者が無料で美術館を訪問するプログラムがはじまったこと(※21)、難民をツアーガイドやコミュニケーターとしてトレーニングしていること(※22)などのニュースが飛び込んできました(※23)。今後、美術は社会全体の問題解決へと幅を広げ、成年層や働き盛りを対象とする流れが強くなるでしょう(※24)。同時に、美術教育の効果はより鮮明になり、以前よりも重視される方向に向かうだろうと思います。
 そのような動きは、遠からず日本に到来するはずです。何より私自身、美術教育とビジネスに関する仕事が増加しています(※25)。昔閑散としていた金曜夜の美術館も、最近は背広姿でいっぱいになってきました。

これからの図画工作・美術

 図画工作・美術教育は、これからどこへ向かっていくのでしょう。
 科学技術の進展や社会の変化は加速度的です。今はスマートフォンを肌身離さず持っていますが、10年もすれば、「iPhoneをみんな持っていたよね」という時代がやって来るでしょう(※26)
 美術館ではオーディオガイドではなくスマートグラスを身に付け、自分の視点の動きに応じてデータが出てくる方法で鑑賞したり、スマートスピーカーで複数のAIとディスカッションする鑑賞が行われたりするでしょう。そのデータは高速通信(5G)やAIで即座に解析され、美術館のバーチャル空間化も伴って、美術鑑賞の場所や時間、方法は飛躍的に変化・拡張していくでしょう(※27)
 学校では、画面化した机上で、多様なコンテンツをもとに構図や場面展開を工夫しながら表現しているでしょう。ドローンやAR等なども用いているでしょうし、困ったときには友達ではなく手元のAIに相談しているかもしれません。短期的には、図画工作や美術を中心としたカリキュラムマネジメントや学習プログラム開発などが進展し、教科を越えた学習効果を測定する研究も促進されると思います。
 同時に子どもの学力も変化します。
 「知識、技能、思考習慣……私たちの学力は、社会や時代の影響を受けながら進化し続けています。同時に、変化を果たしたときに、それ以前の世代と、今の世代では、お互いの学力がかなり様相の異なるものになっています。」(※28)
 おそらく今の子どもたちの頭の中には3Dやドローンが入っています(※29)。世界に対する視野は広がっています(※30)。そう思わなければ理解できないような絵もすでに現れてきています。子どもの学力は進化を続け、身体感覚も変容し、それにどう対応していくかは図画工作・美術においても大事な課題でしょう。
 ただ、そのような未来を思い浮かべるほど、子どもが普通に絵を描いたり、粘土で何かつくったりする実践とその経験が、やはり大切だという気持になります(※31)
 図画工作・美術に含まれている行為性や身体性、多様な価値観、環境や社会との相互作用、論理的な思考力、感性や創造力、独創的な態度形成などが変わるとは思えません(※32)。子ども一人ひとりの自分らしい思いや願い(※33)、自らの行為を通して学ぶこと(※34)なども根源的な性質としてますます大切になると思います。
 2019年は学習評価の年、簡素で無理のない評価、子ども自身が発揮した資質や能力を自覚できる評価、保護者や地域との評価の共有などが議論されるでしょう。でも、どんな評価をしようとも、子どもを温かなまなざしで見つめることは図画工作・美術で大事なことです。
 絵や粘土、工作、造形遊び、デザイン、工芸など、当たり前の実践の中で、子どもを見つめ、認め、支えることは、これからも求められます。そこで展開される子どもたちの姿と、先人たちが大切にしてきた教育実践の中に未来の図画工作・美術の姿が探せるように思います。

※1:『学び!と美術 <Vol.05> 造形活動が育てる学力』『学び!と美術 <Vol.04> 図画工作・美術で学力が伸びる?』
※2『学び!と美術 <Vol.03> 「子どもの学力が伸びる」という「言説」』
※3『学び!と美術 <Vol.66> 「朝鑑賞」で学校改革』
※4『学び!と美術 <Vol.28> ホントは厳しい図画工作・美術』
※5『学び!と美術 <Vol.36> 子どもの絵の見方』
※6『学び!と美術 <Vol.61> 美術への期待と学力のエビデンス』、C.リッテルマイヤー『芸術体験の転移効果―最新の科学が明らかにした人間形成の真実』東信堂 2015、OECD教育研究革新センター編著『アートの教育学 革新型社会を拓く学びの技』明石書店 2016、『学び!と美術 <Vol.43> 「フィリピンの貧困地域における鑑賞教育の可能性」』『学び!と美術 <Vol.53> 「おえかき」から学力を伸ばす ~フィリピン貧困地域カシグラハン調査報告:第2回~』
※7:例えば、フィリップ ヤノウィン著 京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター訳『学力をのばす美術鑑賞 ヴィジュアル・ シンキング・ ストラテジーズ:どこからそう思う?』淡交社 2015
※8『学び!と美術 <Vol.55> 新学習指導要領の要点(1)』『学び!と美術 <Vol.56> 【インタビュー】新学習指導要領の要点(2)~中学校美術科 環太平洋大学副学長 村上尚徳教授』『学び!と美術 <Vol.57> 新学習指導要領の要点(3)~構造的・関連的に理解する』など
※9:主に国立近代美術館一條彰子学芸員が代表の科学研究費による成果です。『学び!と美術 <Vol.33> これからの美術鑑賞~「文脈」と鑑賞教育』『学び!と美術 <Vol.34> 探求的な鑑賞~探究活動を基盤とする美術鑑賞「Inquiry Based Appreciation」』『学び!と美術 <Vol.62> 放課後スクールの充実~エスポー美術学校の調査報告から』など
※10:科研費研究「美術館の所蔵作品を活用した鑑賞教育プログラムの開発」研究代表者:一條彰子(東京国立近代美術館)、研究分担者及び協力者:今井陽子(東京国立近代美術館)、上野行一(帝京科学大学)、岡田京子(国立教育政策研究所)、奥村高明(聖徳大学)、寺島洋子(国立西洋美術館)、藤田千織(東京国立博物館)、細谷美宇(東京国立近代美術館)、室屋泰三(国立新美術館)の調査から。
※11:女子美術大学前田基成教授の話から。
※12:山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』光文社新書 2017
※13:ニール・ヒンディ著、長谷川雅彬監修、小巻靖子訳『世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること』クロスメディア・パブリッシング(インプレス) 2018
※14:週刊ダイヤモンド「美術とおカネ全解剖 アートの裏側全部見せます」(ダイヤモンド社) 2017年4月1日号
※15:増村岳史『ビジネスの限界はアートで超えろ!』ディスカヴァー・トゥエンティワン 2018
※16:岡崎大輔『なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?』SBクリエイティブ 2018
※17:美術史や美術の理解、タイトルという問いに対する答えなどに課題を感じます。「同じようなテーマで、同じような視点の商品を、同じようなルートで売る」ことを批判する識者もいます。
※18:前掲書13を筆者がまとめました。
※19:ただし、画一的な作品主義や教師の指示通りに描く学習方法では難しいと思います。
※20:美術館を出たときに、世界に対するまなざしが変化した自分を発見したことはないでしょうか。
※21https://www.theartnewspaper.com/news/oxford-museums-train-refugee-guides-and-curators
※22https://www.theartnewspaper.com/news/oxford-museums-train-refugee-guides-and-curators
※23:アートアマナプランナー上坂真人さんから提供されています。
※24『学び!と美術 <Vol.44> アール・ブリュットの鑑賞実践報告』『学び!と美術 <Vol.69> アール・ブリュットにどう向かう?~「全部はみえない展」』
※25:例えば、市長、社長、頭取などが参加する経済界の研修会、上場企業の社員向け講演会、企業や高齢者介護NPOの人材研修プログラム開発などが増えてきました。
※26:この原稿を書いていたら、中国バイドゥCEOが「スマートフォンは20年以内に消える」という予言をしたニュースが入ってきました。https://www.businessinsider.jp/post-182805
※27:2020年にサービス提供が予定されている5G(次世代無線通信システム)によって、膨大なデータやり取りが可能になり、AIの進化や利用も加速します。詳しくは「スマート化する世界-5G+AIが生み出す新たな価値」https://news.mynavi.jp/article/20180926-697578/
フェルメールの作品、全36点がGoogleのアプリ「Meet Vermeer」のバーチャルミュージアムで見られるようになりました。https://artsandculture.google.com/project/vermeer
※28:奥村高明『マナビズム―「知識」は変化し、「学力」は進化する』東洋館出版社2018
※29:ドローン的な画像については『学び!と美術 <Vol.76> 子どもの絵の見方 ~田川図画展の実践から~』を参照してください。
※30:掲載画像は、ドコモ未来ミュージアム2018小学校3~4年の部のドコモ未来大賞シルバー『Future Global Summit』髙田瑛太さんの作品。ドコモ未来ミュージアム2018より。「未来の動物会議」はこの展覧会の定番のように描かれるテーマですが、動物だけでなく、微生物、植物とそのまなざしが広がってきています。http://www.docomo-mirai.com/detail.php?id=17_8
※31:ケヴィン・ケリーは未来予測として結果や物よりも流れや動きがより重要になると指摘し「経験の価値は上がり続けている」と述べています。ケヴィン・ケリー著、服部桂訳『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』NHK出版 2016
※32:より具体的に解明され、現代的な解釈にはなるでしょう。
※33『学び!と美術 <Vol.06> 「その子らしさ」の図画工作・美術』
※34『学び!と美術 <Vol.09> 行為に浸り、私を実感する図画工作・美術』