学び!と美術

学び!と美術

アール・ブリュットの鑑賞実践報告
2016.04.11
学び!と美術 <Vol.44>
アール・ブリュットの鑑賞実践報告
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 今回はアール・ブリュット(※1)の鑑賞についての実践報告です。

1.はじめに

 まず、アール・ブリュットで気を付けたいのは「まなざし」です。個人的な反省を一つ紹介しましょう。2008年、あるポスターを見た時のことでした。目に入ってきた画像に驚きました。いくつもの棘によって構成された顔で、感情が迫ってくるような圧力に惹かれました。「いったい何という作家なんだ?」と思い、ポスターの文字を読むと「アール・ブリュット-交差する魂-(※2)」とあります。滋賀県の知的障害者施設で作陶する澤田真一(※3)さんの作品でした。それが分かった瞬間、作品の見え方がスッと変化したのです。まるで目が曇ったようでした。おそらく「芸術家の作品」から「障害者の作品」という文脈で見たのでしょう。以前からエイブル・アートなどに着目し、「まなざし」を問い直そうと話している本人が「まなざし」にとらわれているのです。「まなざし」の強固さを改めて自覚させられた出来事でした。

2.アール・ブリュット鑑賞会の依頼

 アール・ブリュットを鑑賞する際に配慮すべきは、特定の「まなざし」から固定的に見ることでしょう。だからといって、「まなざし」を否定するのも変ですし、筆者自身も悩みつつ実践しているのが現状です(※4)。今回紹介するのも、その一例としてお聞きください。
 「障害のある方々の創作活動を支援する人々に、作品や作家を見る新たな視点をつくりだす機会として対話による鑑賞体験のナビゲーターをしてもらえませんか。」
 東京中野で活動する「社会福祉法人愛成会」からのお誘いでした(※5)。二つ返事で快諾しましたが、なかなか難しい話です。
 「障害を支援する人々に新たな視点、、、」
 「対話だけで視点の転換に成功するかな、、、」
 いろいろ考えて、今回は「探求的活動を基盤とする美術鑑賞」を用いることにしました。テーマをもとに「ギャラリートーク」と「アクティビティ(簡単なゲーム、鑑賞ツールを使った活動など)」を組み合わせて行う方法です(※6)。テーマは「大切なもの」にしました。「作者が何を大切としているのか探ること」は「自分との関わりをもちやすい」と考えたからです。アクティビティには、大切なものを交換して説明し合う「物々交換」(※7)、好きな作品を選ぶ「持って帰るとしたらどの作品?」(※8)などにしました。また、作品にまつわる知識や作家の人生などについては流れの中で適宜紹介することにしました。

3.参加者の声

 恐る恐る始めたものの、始めてみると参加者は積極的に発言しました。その多くは「好きを追求する活動」や「行為や感覚」などに対する共感的な意見でした。例えば「粘土にいくつも小さな穴を開けている作品(写真1)(※9) 」には「私も、粘土に指を突き刺すのが好きで、、、」、「セロハンテープと紙で作られた戦士や怪人の群れ(写真2)(※10)」には「私もヒーローにはまったんですよね、、」などです。
 確かに、アール・ブリュット作品の多くは日常世界を対象とし、身近にある材料や用具、方法などでつくられています。分かりにくい対象を選んだり、美大でこそ身につく特別な技法や用具を用いたりはしません。どの作品にも、ある種の親しみがあり、それでいて「すごいなあ」という驚きをもっています。それが、共感を生んだのでしょう。
 また、探求活動自体が面白かったという感想もありました。
 「作品の背景にある物語を、沢山の人と一緒に作品に入り込みながら探していく感じが、とても心地よかったです。」
 これは一般的な鑑賞活動でもよく聞かれる言葉です。ということは、今回の鑑賞活動が特殊ではなかったということかもしれません。

写真1

写真2

4.おわりに

 当初は「障害や病気」などから「作品を見る」という特殊性を際立たせるような鑑賞になるのではないかと心配していました。でも参加者は自分自身にある欲求や感覚、行為性などを語り合っていました。また「障害とは何か」「芸術とは何か」など難しい話にもならず、むしろ作家に対してリスペクトに近い感情が生まれていたように思います。「大切」というテーマが功を奏していたのかもしれません。今後も継続しながら検証していきたいと思います。

 

○社会福祉法人愛成会とは
 東京都中野区にて、昭和33(1958)年に設立された社会福祉法人です。施設入所支援をはじめ、生活介護事業や就労継続支援B型、相談支援、共同生活援助、アトリエなどを展開し、障害のある方々の創作活動の支援と発信も行っています。

 

※1:生(brut)の芸術(art)。1945年に画家のジャン・デュビュッフェが考案しました。伝統的な美術教育を受けていない人が既成の芸術の流派や傾向にとらわれずに表現した絵画や造形のことで、アウトサイダー・アートはその英訳です。障害というニュアンスは本来ないのですが、施設等で表現された行為が取り上げられることが多いようです。他に障害者芸術をとらえ直す運動としてエイブル・アートという概念もあります。
※2:http://www.no-ma.jp/artbrut/
筆者が見たのは「パナソニック汐留ミュージアム」で2008年に行われた展覧会のポスターです。企画を担った「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」(滋賀県近江八幡市)とは、その後、ご縁が生まれました。例えば2013年の「対話の庭 Dialogue of Garden―まなざしがこだまする」では、『アール・ブリュットから鑑賞教育を考える』というギャラリートークを実施しました。
http://www.no-ma.jp/?p=4803
※3:海外の美術館に収蔵されたり、展覧会に出品されたりするなど、今や日本を代表する作家として活躍されています。
※4:人は文化的、社会的な生物で、そもそも「まなざし」から自由ではありません。むしろ「まなざし」から見るのが自然な在り様なので、難しいところです。
※5:厚生労働省の補助で平成26(2014)年度に始まった『障害者の芸術活動支援モデル事業』の研修プログラムの一環として行われました。会場は同じく愛成会が福祉医療機構からの助成を受けて実施する「なかのZEROホール」での日本のアール・ブリュット作家の展覧会にて実施されました。本展は「アール・ブリュット 人の無限の創造力を探求する2016」(2016.1.12~3.27」の一つで、他に中野サンモール商店街などでの「街角アール・ブリュット展」中野サンプラザでの「アール・ブリュットフォーラム」、「パフォーマンスアーツイベント」など中野駅周辺がアール・ブリュット一色となる企画です。
※6:詳しくは「学び!と美術」<Vol.34>
※7:詳しくは「学び!と美術」<Vol.34>。以前は自分の時計で行っていましたが、今はグッゲンハイム美術館のシャロン学芸員に教えてもらったこの方法が気に入っています。
※8:アートカードを用いたアートゲームでもよく行われます。
※9:吉川秀昭さんの作品
※10:古賀翔一さんの作品