学び!と美術

学び!と美術

探求的な鑑賞~探究活動を基盤とする美術鑑賞「Inquiry Based Appreciation」
2015.06.10
学び!と美術 <Vol.34>
探求的な鑑賞~探究活動を基盤とする美術鑑賞「Inquiry Based Appreciation」
奥村 高明(おくむら・たかあき)

「アルミでパック!」
材料:アルミホイル

 「Inquiry Based Appreciation」グッゲンハイム美術館やMoMAなど海外の美術館に共通する美術鑑賞の方法です。探究活動を基盤とする美術鑑賞活動という意味で、私たちは「探求的な鑑賞」と呼んでいます(※1)。本稿では、そのポイントをまとめてみましょう。

1.鑑賞者の変容を目指す

 基本的な立場は「変容」です。「鑑賞活動を行った前と後では、鑑賞者の見方や考え方、感じ方、世界の捉え方が何か変わっているべきだ」ということです(※2)。ただ鑑賞を楽しむのではなく、より積極的に鑑賞者の変容をめざすのが「探求的な鑑賞」と言っていいかもしれません。授業の「目標」に似た考え方でしょう(※3)。

2.テーマを提案する

 まず、鑑賞活動のテーマを参加者に提案します(※4)。明確に宣言する場合もありますが、簡単な問いで柔らかく意識させる方法もあります。例えば、テーマが「場所」の場合、参加者に「大切な場所を思い浮かべてください」と問いかけます。そして、思い浮かべた場所について、参加者同士で紹介し合ってから、鑑賞活動に入ります。これによって、年齢、所属、人種などバラバラだった鑑賞者同士が、同じ気持ちで鑑賞を始めることができます(※5)。

3.複数の作品を用いる

 同じ作家、違う作家いろいろですが、たいてい3~4作品の作品が組み合わされています。一つのテーマに対して複数の作品を組み合わせて鑑賞するのがオーソドックスな方法のようです。
 例えば、都市の「まなざし」について考えるために、江戸の浮世絵、印象派の風景画、沖縄の観光ポスターと組み合わせるという感じでしょうか?

4.複数のアクティビティを入れる

 一つの方法だけで鑑賞活動をしません。テーマにそって、簡単なアクティビティをいくつか組み合わせます。その例を挙げてみましょう。

(1)基準
 ゴッホの風景画を見た後に、紙に一本の線を引きます。両端に「抽象的」と「自然主義的」と書き、目の前の絵が、直線上のどこに位置づくか点を記入します。その後に、ゴッホが描いた場所の「写真」を見ます。多くの人の点がどちらかに移動します。数人に理由を説明してもらって「基準」ということについて考えます。

(2)視点づくり
 カルダーの部屋に行きます。柔らかい針金と色紙を渡されて、カルダーの動く彫刻から触発されて何かを簡単につくります。その後に、なぜそれをつくったのか、カルダーの作品のどこがヒントになったか話し合います。参加者の制作活動を通して鑑賞の視点を整理し、深めていきます。

(3)感覚の統合
 「見る」「聞く」「味わう」「匂う」「触る」の5つを視点に、絵から感じたことを短い文にします。みんなが書いたら、それを一人ずつ視点の順に発表します。すると、一枚の絵から、「詩」が生まれます。同時に感覚が「統合」されていきます。

(4)物々交換
 二人組になって自分の身につけている大切なモノを「交換」します。まず、受け取った方が、自分の触覚や観察力、想像力などを使ってモノについて説明します。次にモノの持ち主が、モノにまつわるエピソードを紹介します。すると、受け取った側は、目の前のモノが全く新しい形で見えてきます(※6)。「文脈」を通して見ていることに気付く簡単な方法です。

(5)発見と発表
 作品から「言葉」を見つけ、手元の紙に複数書き留めていきます(※7)。参加者は、見つけた言葉を一人一つずつ発表していきます。自分と同じものが出ると、それを手元の紙から消していきます。この方法だと発表し易く、また多くの人が発表できます。小学校の国語や社会で、よくノートに意見を書いた後、発表者を全員起立させて、同じ意見が出たら座らせていくという方法を取ることがありますが、それに似ています。

5.大事な情報は発見や発言の後で

 「探求的な鑑賞」では、鑑賞活動やそのテーマにとって欠かせない「情報」があります。絶対に外せない言葉や知識、概念などです。例えば、カンディンスキーの作品に関連のある曲を聞いた時には「共感覚」でした。カンディンスキーは絵を見ると音楽が出てくる、音楽を聴くと色や形が見える「共感覚」の持ち主だったそうです。もちろん、頭ごなしに言うのではなく、アクティビティや発言の後、タイミングよく挟み込みます。

 今、日本で「探求的な鑑賞」の実践や理論はほとんど見られません。でも、15年前に比べ、鑑賞活動はずいぶん豊かに、多様になってきました。これを発展させるためには「探求的な鑑賞」は今後、期待できる分野でしょう(※8)。また、中央教育審議会教育課程部会の教育課程企画特別部会では「芸術で育まれる資質や能力については、そこで培われるものの見方や考え方等には他分野にも転移可能な汎用的なもの」があると議論されています(※9)。テーマが明確で論理的な構造を持つ「探求的な鑑賞」は、その具体的な指導事例になるかもしれません。

 

※1:本稿は、下記科研の海外調査や国立美術館のワークショップなどに基づいている。科研費研究「美術館の所蔵作品を活用した鑑賞教育プログラムの開発」研究代表者:一條彰子(東京国立近代美術館)研究分担者及び協力者:今井陽子(東京国立近代美術館)、上野行一(帝京科学大学)、岡田京子(国立教育政策研究所)、奥村高明(聖徳大学)、寺島洋子(国立西洋美術館)、藤田千織(東京国立博物館)、細谷美宇(東京国立近代美術館)、室屋泰三(国立新美術館)
※2:海外の学芸員は、よく「美術館に来て何も変わらないで帰ったら、私たちの意味はない」と言います。
※3:海外の美術館は、学校段階の鑑賞活動でナショナルカリキュラムを基本とすることが多い。
※4:テーマは、取り扱う作品や鑑賞の内容によって変わります。ブルックリン美術館では「女性」でした。MoMAでは「アイデンティティ」でした。「場所」、「人」、「時」など、簡単な言葉で十分だと思います。
※5:「気持ちづくり」というか、「意識を置く」という感じです。グッゲンハイム美術館エデュケイターのシャロンは、日本で行われた研修会で「事前統合」と呼んでいました。鑑賞活動は拡散しすぎて困ることもあるので、意識の統一にはいい方法だと思います。
※6:「文脈」については前回(Vol.33)を参照してください。
※7:カンディンスキーの絵では、「線」「動き」「黙示録」「楽器」「方向」「位置」などでした。
※8:筆者は、これまでテートの「アートの扉」や「文脈」について研究してきましたが、「探求的な鑑賞」との共通点が多くあると考えています。テート美術館編 奥村高明・長田謙一監訳「美術館活用術~鑑賞教育の手引き~」美術出版社
※9:教育課程企画特別部会配布資料「今後の教育課程の在り方について(これまでの議論等の要点のまとめ)(案)(整理中)」より 2015.5.25