道徳科の評価②

 6月になり早稲田大学のイチョウ並木が萌黄色の新葉から深緑の葉へとすっかり変わりました。梅雨の恵みの雨や夏の強い日差しを受け、さらに葉が茂り、そして11月になると見事に紅葉して、校内に黄色いじゅうたんを敷き詰めます。毎年の繰り返しですがイチョウの強い生命力を感じます。しかし、単に見ているだけではイチョウの成長がよくわかりません。40年前、私が大学生だった時に比べれば確かに幹が太く立派になりましたが、1年1年の成長はよく見えません。どうすればイチョウの成長を把握することができるでしょうか? 道徳科では『物事を広い視野から多面的・多角的に考え』とあります。イチョウを前から見るだけではなく、幹を切って上から見れば年輪がイチョウの成長を表しているでしょう。外から見えない心の成長も、長い時間の経過や違った視点から見ることにより把握することができるのではないでしょうか。
 今回は、前回から引き続き道徳科の評価の在り方について具体的に考えていきたいと思います。見えにくい心の成長をどのようにして可視化するか。さらに、その評価を生徒や保護者にどのように通知すればよいかについても提案したいと思います。先生方に少しでも参考にしていただけるようになればと考えています。

1 評価方法

「評価方法について考えてきましたか?」
「はい! 僕は中央教育審議会の答申に述べられている『ポートフォリオ評価』について考えてみました。ポートフォリオ評価は学習の記録を振りかえることにより成長を評価する方法ですので、授業で使っているワークシートを毎回ファイルに保存して、学期末や年度末などに見直すとよいと思います。」

認知評価シート(ワークシート)

「響君、宿題をやってきましたね! ポートフォリオとは、画家や写真家が自分の能力を示すために作られた作品集のことです。教育の分野では、生徒の作品、感想文、ワークシート、ノート、自己評価表、教師からのフィードバックや評価などを蓄積したファイルのことを言います。このポートフォリオを振り返ることにより生徒の変化や成長の状況を先生はもとより生徒自身も把握することができます。ポートフォリオ評価を効果的に実施するにはいくつかの工夫が必要です。一つは、参考資料『認知評価シート(ワークシート)』のようにある程度形の決まったワークシートや自己評価表を使用すると変化の状況が把握しやすくなります。もう一つは、ワークシートや自己評価表に先生からの一言などのフィードバックを生徒一人一人に書いてあげることも効果的です。三つ目としては、生徒が振り返りをするときの視点を指示してあげることです。漠然と眺めていてもなかなか先生が意図する変化や成長に気づいてくれませんので、『印象に残っている授業はどれですか。その理由は何ですか。』『生活していて実際に役立った内容はありましたか。』などの問いを生徒に投げかけることも大切です。答申にはもう一つ別な評価方法が紹介されていると思いますが?」
真理「『パフォーマンス評価』です。論述やレポートの作成、発表、グループでの話し合い、作品の制作などの活動を評価するとありますが……?」
「そうですね。パフォーマンス評価はフィギュアスケートの採点方法だと思ってください。フィギュアスケートでは、選手の演技を採点員が一定の基準に基づいて採点します。同様にパフォーマンス評価も課題に対する生徒の取り組みをルーブリックという評価基準を基に評価します。フィギュアスケートでは、ジャンプ・ステップ・スピンなどの技を演技の中に必ず入れるような課題が出されています。パフォーマンス評価ではどのような課題を与えるかも大切なポイントです。」
真理「実技教科は実際に作品を作ったり、演技をしたりすることができますが、道徳科ではどのような課題を与えればよいかな?」
道子「生徒がどのように問題を解決すればよいか、どのような生き方をすればよいかを道徳的価値を基に考えて話し合う課題がいいとも言われています。」
「そうですね、学習指導要領が求めている『考え、議論する道徳』や『深い学び』がパフォーマンス評価の場になりますね。またそのような活動において、友達の考えや発表について感想を述べたり、質問をしたりするような相互評価を生徒間で行わせることにより生徒自身の学習への評価がさらに深まります。」
「ポートフォリオ評価とパフォーマンス評価以外にも評価方法はありますか?」
「人材育成のために使われている手法として、結果だけでなくそこまでに至る過程(プロセス)を評価する『プロセス評価』という評価方法があります。

 学習においても、先生が生徒の学習プロセスを観察し、その学習状況を評価する方法が考えられます。また、この学習プロセスは生徒にどこまで考えられたかという学びの達成感を自覚させることもできます。道徳科では、道徳的価値を正しく理解するとともに、自分自身がその価値を自覚して行動しているか自己を見つめてみることが、道徳的行為を実践するためには大切なポイントです。つまりこのことは道徳的価値を認知し、さらにメタ認知することにより認知的行動へとつながる認知的な学習プロセスです。先ほど紹介した参考資料はこのような学習プロセスを基に作成したものです。今後は生徒の思考に沿った授業の展開を考えて、授業を行い、評価することも考えられるのではないかと思います。」
道子「岡田先生、学習のプロセスごとの評価はどうすればよいでしょうか?」
「発問に対する意見、ワークシートへの記入内容、感想文、自己評価、生徒同士の相互評価などがあります。
 図の『心のグラフ』は、円グラフによって自分の考えや思いの割合を扇形の面積で示すものです。考えたり、議論したりする中で、生徒自身が視覚的に自分の心の変化や成長をとらえることができます。この他に、数直線上に自分の位置を示す方法などもあります。皆さんも考えてみてください。」

2 評価の通知

真理「評価の方法についてはわかりましたが、その評価をどのようにして生徒や保護者に伝えるかが問題だと思います。」
「数値ではなく記述式で通知しなければならない。生徒や保護者が納得していないようなことを書いたらまずいな……。」
道子「生徒の問題点ばかりを書くわけにもいかないし……。先日の中学校道徳教育セミナーでも多くの先生方が心配していました。岡田先生、どのようにしたらよいでしょうか?」
「そうですね。生徒のマイナス面ばかりでは道徳科に対する学習意欲がなくなりますし、納得できないような評価を書けば生徒や保護者の先生に対する信頼感が揺らぎます。評価の通知は、生徒の良いところしっかりと把握し、認め励ますようなプラス思考の評価でなければなりません。また、生徒の日ごろの行動や言動を観察することにより、 道徳性の成長の様子をより正確に把握することができると思います。さらに、道徳性は人格を構成するものであるので、個々の内容項目ごとに評価するのではなく、大くくりなまとまりとして評価することも忘れてはなりません。そのためには、先生は多面的・多角的な視点から生徒を見つめ、評価していかなければなりません。そのような評価を行うための方法として、生徒自身の学習への評価を活用することが考えられます。毎時間の自己評価表の記述内容やポートフォリオに対する振り返りをもとに具体的に記入するとよいでしょう。例えば、ポートフォリオの振り返りで一番印象に残っている授業が生命は死んでも親から子供へと続くことであったら、『生命の大切さについてしっかり考えていました。』と単に道徳的価値について記入するのではなく、『授業ではしっかり考え、発言していました。特に生命についての学習では、生命の大切さを生命の有限性や連続性の視点から深く考えていました。』と通知したらどうでしょうか。」
「なるほど、生徒が自分で考え記入した内容ならば生徒は納得しているし、保護者にも説明できますね!」
道子「考えていてもワークシートなどに自分の考えを記入しない生徒にはどうすればよいですか?」
「確かに書くことが苦手な生徒もいますね。そのような生徒にはどのように考えているか個別に聞き取るような支援をすることで解決します。なお、評価は学級担任の先生が一人で行うことが多いですが、学年の先生や部活動の先生など複数の先生からも評価していただくことも大切だと思います。」

 第8回、第9回と連続して道徳科の評価について述べましたが、いかがでしたでしょうか? 道徳が教科となり評価をどうするかは中学校道徳教育セミナーでも大きな話題になっていました。この課題を解決するには、「指導と評価の一体化」「学びと評価の一体化」と言われるように授業をしっかりと行うことにより評価は見えてくるのではないかと思います。
 次回は最終号になりますので、道徳教育を、道徳科をどのように実施していけばよいかカリキュラムマネジメントの視点について考えていきたいと思います。ご期待ください。

道徳科の評価①

 ゴールデンウィークが過ぎ、学校も本来の姿を取り戻す5月ですが、5月病といわれるように体調を崩して学習や仕事がうまくいかなくなる人が現れてくる時期でもあります。

 次のグラフは福島県教育委員会が不登校生徒数と復帰生徒数を月ごとに集計したものです。5月に不登校生徒が急激に増加することがわかります。4月は新しい学校や学級で緊張しながら頑張ってきた生徒が、ゴールデンウィークでほっと一息つくとともに今までの精神的な疲れや肉体的な疲労が噴き出て体調を崩すのでしょう。頑張りすぎてバーンアウトしないように本人自身が心がけることが大切ですが、周りの人が配慮してあげることも重要です。
 私が教諭時代に担当した母子家庭の女子生徒は、学校では熱心に授業に取り組み、クラスの学級委員に推薦されて頑張り、家庭ではキャリアウーマンとして働くお母さんをお手伝いして支えていました。しかし、中学2年生のゴールデンウィークに二人で沖縄に旅行して、青い空と海を眺めているうちに急に学校に戻りたくなくなり、不登校になりました。
 担任として生徒の立派な行動ばかり見ていて、心の中に抱えている悩みや苦しみに気づいてサポートしてあげられなかったことを今でも後悔しています。
 今回からは、道徳科の評価について学んでいこうと思います。道徳が特別の教科となり、見えない心をどのようにして評価するのか、評価をどうやって子供や保護者に通知するのかなど評価の在り方が大きな課題となっていると思います。
 新学習指導要領の評価観も押さえて、道徳科の評価の在り方について考えていきたいと思いますので、先生方の課題解決の糸口としていただければ幸いです。

1 形成的評価

「今回からは道徳科の評価について考えていきましょう。まず皆さんは評価と聞くとどのようなことを思い浮かべますか?」
真理「成績かな。」
「通知表の成績。5、4、3、2、1と母の怖い顔です。」
「響君は勉強をさぼっていたの? 通知表の成績は評定といいますが、大学生に評価のイメージを聞くとほとんどの学生が評価を成績と答えますね。近年、アメリカやイギリスなどでは評価についての研究や実践が盛んに行われています。その新しい評価観では、評価には『診断的評価(diagnostic assessment)』『形成的評価(formative assessment)』『総括的評価(summative assessment)』の三つの評価があるといわれています。診断的評価は、入学や学年当初などに、生徒の学力実態や生活体験、興味や関心、どの程度の知識や技能を持っているかなどを事前に把握する評価です。RPDCAのPlan(指導計画)を立てる前に行うResearch(学術調査)に当たるものです。」
真理「積み重ね教科といわれる数学科では、中学1年生の入学時期に小学校の算数のテストを実施して、1年生の学力を分析してその後の指導方法の参考にすることがありますが、それが診断的評価ですね。」
「そうですね! 診断的評価は学習前に実施する評価であることがポイントです。これに対して、学習後に実施する評価を総括的評価と言います。学習のねらいとすることが身についているか、学習の到達度を把握するものです。この評価を基につけられたものが、皆さんが思っている成績(評定)に当たるものです。」
道子「すると形成的評価とは学習中に行われる評価ということですか?」
「形成的評価は授業内の学習活動が意図したとおりの成果をあげているか確認し、成果をあげていないときは指導計画や指導方法の変更を行い、授業を改善していくための評価です。PDCAサイクルのCheck(評価)に当たるものであり、『指導と評価の一体化』を図るために行われる評価とも考えてよいでしょう。しかし、最近になりこの形成的評価がassessment for learning 『学習のための評価』と英訳されるようになりました。その理由は、形成的評価は教師にとっては授業の改善に取り組むための評価であるとともに、生徒自身が学習を改善するための評価でもあるという考えからです。この考えは新学習指導要領改訂の指針となった中央教育審議会答申の『第9章 何が身に付いたか-学習評価の充実-』の中で『学習評価は、学校における教育活動に関し、子供たちの学習状況を評価するものである。「子供たちにどういった力が身に付いたか」という学習の成果を的確に捉え、教員が指導の改善を図るとともに、子供たち自身が自らの学びを振り返って次の学びに向かうことができるようにするためには、この学習評価の在り方が極めて重要であり、教育課程や学習・指導方法の改善と一貫性を持った形で改善を進めることが求められる。』と述べられています。」
道子「新学習指導要領の『主体的・対話的で深い学び』の主体的な学びとは、子供たちが自ら学ぶことですね。」
「そうです。主体的な学びを推進していくためには、学習の主体者である子供たち自身が自らの学びを評価していくことが大切です。答申の『評価に当たっての留意点等』には『評価の観点のうち「主体的に学習に取り組む態度」については、学習前の診断的評価のみで判断したり、挙手の回数やノートの取り方などの形式的な活動で評価したりするものではない。子供たちが自ら学習の目標を持ち、進め方を見直しながら学習を進め、その過程を評価して新たな学習につなげるといった、学習に関する自己調整を行いながら、粘り強く知識・技能を獲得したり思考・判断・表現しようとしたりしているかどうかという、意思的な側面を捉えて評価することが求められる。』とあります。子供たちが自ら学ぶために行う評価であり、そのためには評価活動が学習活動の一つとなる assessment as learning 『学習としての評価』、さらには子供たちの『学びと評価の一体化』が今後求められると思います。」

2 道徳科の評価の在り方

「次に道徳科の評価の在り方について考えていきましょう。響君、新学習指導要領には評価はどのようにすると書かれていますか?」
「『第3 指導計画の作成と内容の取扱いの4』に『生徒の学習状況や道徳性に係る成長の様子を継続的に把握し、指導に生かすように努める必要がある。ただし、数値などによる評価は行わないものとする。』とあります。この評価は『指導に生かす』とあるので、授業者つまり先生が授業改善のために行う形成的評価を意味しているのではないかと思います。」
「そうですね。道徳科における生徒の学習状況や道徳性の成長は、先生の指導によって変わってきますので、授業の評価に基づいて指導計画や指導方法を改善することが求められます。このこと以外にもこの文面からいくつか大切なことを読み取ることができます。その一つは、生徒の道徳性が学期や年間を通してどれだけ成長したかを把握することが求められていることです。生徒の成長は一人一人違います。つまり、他の生徒と比較するのではなく、生徒一人一人がいかに成長したかを積極的に受け止めて、認め励ます個人内評価が大切であることを示しています。また、継続的に把握するということは一時間ごとの評価ではなく、学習活動全体を通して見取り評価するということも表しています。このことは、授業は内容項目を主題として行われていますが、その内容項目ごとに評価するのではなく、大くくりなまとまりとして評価することが求められています。」
真理「岡田先生。もし、授業を通してある道徳的価値への理解が深まり、その道徳的価値を基に自分の生き方について考えるようになった生徒がいたらどのように評価しますか?」
「道徳的価値はよりよく生きるための基盤であり、人格の形成に関わるものですから、そのような場合には、特に顕著な成長として具体的に評価するべきでしょう。」
「なるほど! 数値などによる評価は行わない理由が少しわかったような気がします。僕は数値などで評価しない理由を高校受験などの進路資料として道徳科の評価を使用しないためだと今まで思っていました。成長を評価するには、54321やABCなどではなく、成長の状況を具体的に記述しなければ、何がどのように成長したのかよくわかりませんね。しかし、生徒一人一人の成長を具体的に記述するのは大変だなー。文章を書くことが苦手な僕はコピペ(コピーしてペーストすること)したくなる。」
真理「コピーはだめよ! 生徒は一人一人違うのだから。」
「……。」
「道徳科の評価は、生徒の人格に関する評価であるので、受験の資料にするようなことはあってはならないことです。それではもう一つの形成的評価、生徒自身が自分の学習を振り返り、学びを改善する評価について見てみましょう。このことについては学習指導要領には書かれていますか?」
道子「第3の2 指導に当たって配慮することの(3)に『生徒が自ら道徳性を養う中で、自らを振り返って成長を実感したり、これからの課題や目標を見付けたりすることができるよう工夫すること。』が、生徒の学習評価だと思います。」
「そうですね。生徒が自ら自分の成長を振り返る、つまり自己の成長を評価するという学習者の評価が述べられています。」
真理「自らを振り返るとは、冷静にかつ客観的に自分を見つめ、自分の状況を理解し、メタ認知を深めることだと思います。しかし、このことはとても難しいことだと思います。どのようにすればよいでしょうか?」
「大人になっても自己理解ができない人が確かにいますね! 次回は、『先生は生徒の成長をどのように捉えるか? 生徒は自分の成長をどのように捉えるか?』について議論をしたいと思いますので、考えてきてください。」
「宿題ですか?」
「主体的な学びです。」

 第8回はいかがでしたでしょうか? 今回は評価についての理論や新学習指導要領の考え方について述べましたので、次回は実際に評価をどのように行うか実践的な内容について考えていきたいと思います。ご期待ください。

道徳科の指導法②

 新しい年度が始まりひと月が経とうとしていますが、先生方は如何お過ごしでしょうか? 入学式、学年・学級開き、様々なガイダンスなどが終わり、やっと落ちついた学校生活に戻られたのではないかと思います。道子たち早稲田大学道徳教育研究会MOSの仲間も新しいメンバーを加えて12人になりました。本年度初めての集まりでは、今年は2週間に1回、研究授業と研究協議会を自主的に行い、授業力の向上を図ると意気込んでいました。
 前回に引き続き、イギリスの学校の授業をもう一つ紹介しようと思います。写真は中学生の化学の授業です。学校は、1576年に設立された公立の男子校で、11歳から18歳までの生徒が学んでいます。かの有名なロックスター「ミック・ジャガー」の母校でもあります。生徒たちは科学者のように白衣を着て、実験室で真剣に考え、活発に発言していました。授業の内容は物質の質量でした。日本の学校では、先生が初めに質量とはこのようなものですと定義を説明することが多いですが、この授業では、重さが同じだが大きさ、形、素材などが違ういろいろな条件での事例をもとに先生があれこれと質問して、生徒自身が質量の定義を納得するまで考えます。このように先生と生徒が問答を続けていく指導方法は、哲学者のソクラテスが、弟子たちに教えるのではなく、問答を通して自分たちで考えさせた方法で、「ソクラテスメソッド」と言われます。イギリスの先生は、「ティーチャー」よりも生徒に考えさせる「ファシリテーター」です。
 それでは、今回も道徳科の授業について学んでいこうと思います。学習指導要領で、考える道徳、議論する道徳が求められていますが、イギリスで行われているような生徒自らに考えさせる授業も参考になるのではないかと思います。

1 考える道徳・議論する道徳

真理「岡田先生、これからの道徳科では、考えたり、議論したりする授業が求められていますがどうしてですか? 今までの授業でも先生が質問して生徒が考え、先生と生徒、生徒同士が話し合う授業をしていたと思いますが……。」
「確かにそうですが、本当に深く考えたり、議論したりしていたでしょうか? 例えば、前回取り上げた『人形』では、老夫婦の立場を尊重することが大切だという道徳的価値には多くの生徒は気付きますが、なぜ相手の対場を尊重しなければならないのか、相手を尊重するということはどういうことか、自分は日ごろ相手を尊重しているだろうかなどについて考えを深めなければ、単なる教材の読み取りだけに終わってしまいます。学習指導要領には道徳科の目標として、『よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、①道徳的諸価値についての理解を基に、②自己を見つめ、③物事を広い視野から多面的・多角的に考え、④人間としての生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる。』と、考えるための視点が具体的に述べられています。特に、考えを深めるためには広い視野から多面的・多角的に考えることが挙げられています。(番号・下線:筆者)
 道徳的価値について自分の理解が浅いことや自分の考え以外にも多様な考えや価値観があることに気づかせるには、友達と話し合うことがとても有効です。このことが、議論する道徳が重視されている理由の一つでしょう。」
真理「自分を見つめることはとても難しいと思います。私は友達と話しているうちに、自分の課題に気づくことがあります。」
「そうですね! 自分を冷静に見ることは、大人でもなかなか難しいものです。反抗期の真っただ中にいる中学生に、『あなたは相手を尊重していますか?』と聞くと、『また先生のお説教か!』と逆効果になってしまうことがあります。心理学にはメタ認知という言葉があります。一つ上の次元から自分の認知状態を見つめることで進む自覚や自己理解のことです。メタ認知は他者と話し合うことにより深まります。『私たちは日ごろ相手のことを尊重して行動しているだろうか?』と対象者や視点を広げて議論することが大切です。」
道子「議論することが大切なことはわかるのですが、生徒たちは授業になるとなかなか発言してくれません。どのようにすれば議論するようになりますか?」
「議論を上手にさせるには、いくつかのポイントがあります。一つは、議論をする前に考える時間を与えて自分の意見をもたせることです。意見がないと人の話を聞いているだけで話し合いに参加できません。また、意見をワークシートや付箋に書かせておくことも有効です。二つ目は、話しやすい雰囲気をつくることです。座席が隣とか前後の人は日ごろから話すことが多いのでそのペアで議論するバズセッション。誰もが発言できる4人ぐらいのグループ・班で行うグループワーク。生徒同士が向かい合うように机をコの字型に並べて座り意見を言い合うディベート。机を端に寄せて円を作って座り、発言者はボールを持って話し、次の発言者にボールを渡すサークルタイムなどがあります。三つ目は、話し合いのルールを決めておくことです。司会者を決めて、司会の指示に従い発言すること。初めに全員が一人一人順番に自分の考えを発表して、意見交換をすること。友達への質問や感想は意見交換が終わった後に行うことなどを事前に決めておくとよいでしょう。」
道子「社会科では、考えを深めるためにディベートを時々行います。しかし、ディベートでは勝敗を決めますが、普遍的な道徳的諸価値について学ぶ道徳科でも可能ですか?」
「確かにゲームのように簡単に勝ち負けを決めるわけにはいきませんね。『人形』では、作者の小林秀雄さんは『もしだれかが人形についてよけいな発言でもしたら、どうなっていたであろうか。』と最後に述べています。ここで作者のように話をしない側と何か話をするべきである側に分かれてディベートをすると、話さない側からは、ねらいとする道徳的価値である『相手の立場の尊重』が出てきますが、話す側からは、黙って食事をするのは失礼だと道徳的価値の『礼儀』が出てきます。ともに生きていくのに大切な道徳的価値ですから、当然、甲乙を付けるわけにはいきません。このようなことは私たちの生活でもしばしば起きることです。どうすればよいか考え、最善の対処方法を考えていくことが大切です。このことが学習指導要領で道徳科において育成する資質・能力として、道徳的な判断力を一番に挙げている理由だと思います。道徳的な判断力は、様々な状況下において人間としてどうのように対処すればよいかを道徳的諸価値の理解を基に考え、理性的に判断する能力です。この能力を育成するためには、道徳科において生徒が自ら考え判断する授業をすることが求められます。」
「音楽では美しいメロディーやハーモニーを聞いて感動しますが、なぜ美しいのか理論的に考えるよりも、まず、美しいと感じる感性が大切です。判断力は大切ですが、道徳的な心情も大切ではないでしょうか?」
「響君のように美しいとか善いと感じたり、『人形』の老夫婦の苦しさや悲しさを察したりできることはとても大切です。しかし、人間は時としてその場の雰囲気や感情に流され、発言や行動をして後悔することがあります。常に冷静に考え、判断することはよりよい人生を送るためにはとても大切なことだと思います。」

2 主体的・対話的で深い学び

道子「新しい学習指導要領では、主体的・対話的で深い学びを実施することが求められていますが、道徳科ではどのように考えたらよいですか?」
「『主体的・対話的』は、生徒が自分で考えたり、友達と議論したりする考える道徳・議論する道徳に通じると思います。『深い学び』については、道徳科の指導で配慮する事項として、『(5)生徒の発達の段階や特性等を考慮し、指導のねらいに即して、①問題解決的な学習、道徳的行為に関する②体験的な学習等を適切に取り入れるなど、指導方法の工夫をすること。その際、それらの活動を通じて学んだ内容の意義などについて考えることができるようにすること。また、③特別活動等における多様な実践活動や体験活動も道徳科の授業に生かすようにすること。』と述べられています。(番号・下線:筆者)」
真理「問題解決的な学習は、具体的にどのように行えばよいでしょうか?」
「学習指導要領の解説には、『道徳科における問題解決的な学習とは、生徒一人一人が生き る上で出会う様々な道徳上の問題や課題を多面的・多角的に考え、主体的に判断し実行し、よりよく生きていくための資質・能力を養う学習である。』とあります。これは生徒が道徳的諸価値を基に、適切な行為を自ら選択し、実践しようとする意欲や態度を育成することです。また『人形』を使って考えてみましょう。老夫婦と相席になった場面で、『皆さんがこのような場面に遭遇したらどうしますか? その理由も併せて考えてください。』というような課題を生徒たちに与えて、グループで議論させてみたらどうでしょうか? 生徒たちは道徳的諸価値を基に、実行可能な最善の解決策を具体的に考えると思います。」
真理「体験的な学習等を取り入れるとは、どのような指導をすればよいのでしょうか?」
「学習指導要領の解説には、具体的な道徳的行為の場面を想起させ追体験させることや、教材に登場する人物等の言動を即興的に演技して考える役割演技など疑似体験的な表現活動を取り入れた学習が紹介されています。『人形』において、老夫婦と相席している場面を写真のように役割演技させてみたらどうでしょうか? さらに演じた生徒に実際に体験してみてどのようなことを思ったか感想を発表させることにより、教材を読むだけでは気づかない登場人物の思いをクラス全体で共有するができます。ただし、体験的な学習では演じさせるだけで授業を終わりにしてしまったら、ねらいとする道徳的価値の理解や意義などについての考えが深まりません。演じて気が付いたことや考えたことを、必ず振り返らせることを忘れないようにしてください。」
「特別活動などで行った活動を道徳科の授業に活用するのは、例えば合唱コンクールで体験したことを授業の題材にするようなことですか?」
「そうですね。役割演技などの疑似体験と違って、生徒たちも自分たちが実際に体験したことなので、考えや議論が深まると思います。合唱コンクールは、役割と責任や協力などの体験として道徳科の導入や展開で活用すると効果的でしょう。ただし、学級活動の反省会にはならないように注意してください。新しい学習指導要領ではカリキュラムマネジメントが重視されています。総合的な学習の時間で行われる『職場体験』と道徳科の『勤労観』をクロスカリキュラムで実施するような工夫も今後さらに考えていくことが大切でしょう。」

 第7回は授業づくりの参考になりましたでしょうか? 次回は教科化で先生方がおそらく一番心配されている「道徳科と評価」について考えていきたいと思います。ご期待ください。

道徳科の指導法①

 1年がたつのは早いもので、もう3月になりました。春は別れと出会いの季節です。学校では卒業式が行われ、生徒たちが新しい進路へと旅立って行きます。そして2週間もすると、新入生が入学してきます。校長の時、入学式では緊張と希望で顔を紅潮くさせていたまだ小学生のような生徒が、3年間で立派な大人へと成長した姿を見ることが卒業式の一番の楽しみでした。教師という仕事は、人の成長にかかわることができる素晴らしい仕事だと思います。
 4日から12日まで院生を引率してロンドン大学教育研究所と3つの公立学校の視察に行ってきました。写真は、中・高等学校で教科として行われている「ドラマ」の授業です。シェイクスピアのハムレットの一部分を生徒が演じています。父親の亡霊が出てきて今の王になっている弟に殺されたことを伝え、真実を知ったハムレットが嘆き苦しむところです。「ドラマ」では、生徒にとって古語となっているシェイクスピアのセリフを言語学の視点から検討し、さらにセリフに込められている心情を考え、それを体で表現し、演じます。日本の国語科と道徳科をミックスしたような教科です。
 それでは、今回からは、新しく始まる「特別の教科 道徳」の授業について考えていこうと思います。新しい学習指導要領では、考え、議論する授業、主体的・対話的で深い学びが求められています。そのような授業はどのように行っていくかを考えていきたいと思います。深い学びの授業例として「役割演技」が紹介されていますが、イギリスで行われている「ドラマ」に似ているところがあります。道徳科の授業に取り入れることも考えてみてはどうでしょうか?

1 指導体制

「岡田先生、道徳科の授業をどのように行っていけばよいのでしょうか? 僕はまだ一人で授業を行っていく自信が無いです。先日の中学校道徳教育セミナーで、僕が担当したグループでは、校内の指導体制づくりが話題となりました。道徳科の授業は担任が行わなくてもよいでしょうか?」
「学習指導要領には指導に当たっての配慮事項として、『学級担任の教師が行うことを原則とするが、校長や教頭などの参加、他の教師との協力的な指導などについて工夫し、道徳教育推進教師を中心とした指導体制を充実すること』とあります。学級担任が授業を行う理由は、生徒のことを一番理解していることやコミュニケーションがとりやすいことが理由です。しかし、副担任や学年の先生でも、生徒との人間関係や信頼感があれば授業をすることも可能でしょう。私は校長の時、毎年授業を行っていました。時には担任の先生とTTで行ったこともありましたが、生徒はとても喜んでいました。また、先生自身にも教材に対しての得手不得手があります。その教材を得意とする先生が、全ての学級を指導するようなローテイション授業も有効だと思います。」

2 ねらいと教材分析

真理「今回の教科化では、登場人物の心情のみを聞いていくような画一的な授業はよくないといわれていますが、どのように授業を展開していけばよいでしょうか?」
「確かに登場人物の心情を読みとるだけでは国語科の授業と変わりません。道徳科の授業では、登場人物の思いや考えの基となる道徳的価値について学ぶことが大切です。そのためには、先生がまず教材をしっかり読んでおくことは重要です。
 小林秀雄の『考えるヒント』の中にある『人形』という作品を読んだことがありますか? 急行列車の食堂車で遅い晩飯を一人食べていた小林さんが老夫婦と相席することになりました。静かにビールを飲んでいる老紳士の横で、奥さんは背広、ネクタイ、帽子を身につけた薄汚い人形を取り出し、食事を与え始めました。小林さんは、人形は亡くなった息子に違いないと思いました。夫は死んだ息子による妻の乱心を鎮めるために人形をあてがい、二度と正気に戻らぬ妻を、こうして連れ立っている、と思いました。奥さんは運ばれたスープを一匙すくっては、まず人形の口に持っていき、それから自分の口に持ってきます。そこに女子大生と思われる娘さんが小林さんの隣に座りました。彼女はすぐに事を悟ったようでした。この不思議な会食に素直に順応し、四人はごく当たり前のように、無言で、穏やかに食事を終えたのです。もしも、あの時、誰かが人形について余計な発言でもしたらどうなっていただろかと、小林さんが回想する随筆です。
 さて、この作品を道徳科の教材として授業をしようと思いますが、この作品の中にはどのような道徳的価値が含まれていますか?」
真理「老夫婦への思いやりでは……。」
「妻をいたわる夫の家族愛も考えられる。」
道子「老夫婦の立場を尊重する寛容や広い心、さらに人間そのものへの人間愛もあります。」
真理「命について考えさせられると思います。」
「普通、道徳科で使用する教材の中には複数の道徳的価値が存在しています。どの価値についても授業ができそうですが一つに決めることが大切です。これが授業のねらいとなります。」
「思いやりでもよいと思うけれど、相手の立場を尊重する寛容が良いと思います。」

「そうですね。人にはそれぞれ誰にも言えない知られたくない悩みや苦しみを抱えているものです。そのような相手の立場を尊重する寛容な心が大切です。ねらいが決まったら次にその道徳的価値がどのように教材の中に含まれているか分析します。次の図は、『人形』の中に登場する小林秀雄さんの言動とその心情を基に整理したものです。この時、教材の話が大きく変わり、ねらいとする道徳的価値に迫る『ヤマ場』をしっかりと押さえることが大切です。」
道子「つまり起承転結の転にあたるところ。『人形』では、若い娘さんの出現ですね。」
「なぜ『ヤマ場』が大切なのですか?」
「相席する娘さんに対して小林さんは心の中でどのようなことを思っていたと思いますか?」
「『余計なことを言わないで黙っていて欲しい』と思っていたと思います。」
「『小林さんはなぜ黙っていて欲しいと思っていたのかな』と生徒に聞いたらどうなりますか?」
「『老夫婦のことを考えて欲しいから』と答えると思います。」
「そうですね! 娘さんの出現の場面からねらいとする道徳的価値『寛容』に気づき、深く考えることができます。つまり、教材の『ヤマ場』を押さえることにより、ねらいに迫る中心発問を設定することができます。このように教材を分析し、それぞれの場面で発問を次のように設定することにより、目指すねらいに迫っていくことができます。
起:補助発問① 老夫婦と相席することになった時、作者はどのようなことを思っただろうか
承:補助発問② 人形に食べさせる夫人を見て、どんな思いが込み上げてきただろうか
転:補助発問③ 作者の心持ちとはどのようなものだろうか
結:中心発問④ 食事が穏やかに終わった時、作者はどのようなことを考えていただろうか
 これらの発問をすべてする必要はありません。また、生徒の発達の段階を配慮して中心発問を補助発問③にすることも考えられます。
 なお、生徒がそれぞれの発問に対して、どのように答えるかを事前に想定しておくことは忘れないでください。」

3 導入と終末

真理「授業の展開の方法はわかりましたが、導入と終末はどのようにすればよいでしょうか?」
「道徳科の導入は、『つかみ』で良いと思います。『つかみ』とは吉本総合芸能学院で教える言葉で、舞台に立った時に、しゃべっていたりお菓子などを食べていたりするお客さんの視線を短時間に舞台へ向けるために行う芸のことです。今日は何をするのかと全生徒の興味関心を授業に引き付けることが導入です。多くの場合は、ねらいや教材に関することを取り上げることが多いようです。」
「僕なら『人形』の導入では、食堂車や相席のことを知っているか聞いてみたいと思います。」
「今の中学生は食堂車や相席を知らないので、食堂車の写真を見せてもいいでしょう。」
真理「導入の方法は大体わかりました。しかし、私は終末がいつも、『今日はこのようなことを学びましたので今後の生活に生かしていきましょう』というような価値の押し付けをして、生徒指導のようになってしまいます。」
「それは皆さんが自分の教科指導の終わりに本時のまとめをしているからです。道徳科の学習指導案では、まとめではなく終末となっています。それはまとめをしたら授業で味わった心地良い良心の余韻が消えてしまうからです。終末は、授業で学んだ道徳的価値への理解をさらに深めたり、道徳的価値を実践しようとする意欲や態度へとつなげたり、さらには自己を見つめたりする大切な場面です。」
真理「具体的にどのような方法がありますか?」
「板書で授業を振り返る、感想を書かせる、『私たちの道徳』を使う、先人や偉人の言葉を紹介する、説話や先生自身の経験談を話すなどがあります。」
「担任の先生の経験談は生徒に受けそうだ!」
道子「響は生徒に話せるような道徳的な行為を実践したことがあるの?」
「……。」

 第6回目はいかがでしたでしょうか? 次回は、新しい学習指導要領が目指す「考える道徳・議論する道徳」、「主体的・対話的で深い学び」について考えていきたいと思います。ご期待ください。

中学校道徳教育セミナー ―「考え,議論する道徳」の授業と評価―

写真提供:朝日新聞社

 日本は立春が過ぎても寒い日々が続いていますが、お隣の韓国では冬季オリンピックが開催され熱い戦いが繰り広げられています。怪我を精神力と努力で乗り越えて金メダルを取ったフィギュアスケートの羽生結弦選手をはじめ、多くの日本選手が感動を与えてくれています。その中でもスピードスケート女子500mで優勝した小平奈緒選手が、2位となって涙を流す李相花選手を抱きしめ、韓国語で「よくやったね」と声をかける姿が絶賛されています。韓国メディアは「氷を溶かした李と小平の友情」「李を配慮したマナーの手」「五輪王者としての品格」などと称賛しています。
 小平選手自身は優勝したことについて「金メダルをもらうのは名誉なことですが、どういう人生を生きていくかが大事になると思う。」と記者会見で謙虚に述べています。そして、まだ無名で大学卒業後の進路も決まらずにいた小平選手を雇い、無償の支援を続けてくれている相沢病院の相沢孝夫理事長へ「私は本当に人に恵まれた人生だったと思っています。相沢病院との出会いは必然であり偶然。本当に苦しい時も、成績よりも私の夢を応援してくれた。」と素直に感謝の言葉を述べています。一生懸命努力した小平選手も素晴らしいですが、それを温かく支えた相沢先生や信州大学の結城匡啓先生たちも素晴らしいです。(小平選手の会見は「朝日新聞デジタル記事」より引用)
 「学び!と道徳2」のテーマは『世界から尊敬される国際人を育てよう』ですが、小平選手のように日本と韓国の国境を越えて称えられるような国際人を私たちも是非育てていきたいものです。
 さて、今回は、前回約束した1月21日に早稲田大学で行われた「中学校道徳教育セミナー」の報告です。当日はグループワークの司会・発表者として頑張っていた、道子、真理、響たちに、内容を報告してもらおうと思います。

「セミナーは私の開会の挨拶後、事例発表、講演、グループワークの3部構成で行われましたので、それぞれを順に振り返ってみましょう。第1部の事例発表は、品川区立荏原第五中学校教諭の戸上琢也先生と筑波大附属中学校教諭の多田義男先生の実践報告がありました。
 戸上先生は早稲田大学教職大学院の第1期生で、道子さんたちの大先輩ですね。発表のテーマは『道徳科における主体的・対話的で深い学びの実現とその評価』でしたが、道子さんは先輩の発表からどのようなことを学びましたか?」
道子「戸上先輩の取り組みは、『理論と実践の往還』という教職大学院のポリシーに基づいた素晴らしい研究実践だと思いました。先輩は、問題解決的な学習とは、道徳上の課題に対して各人が考えた判断基準を、議論を通して比較・検討することにより自分なりの納得解を導き出す(再考する)学習活動であると理論づけています。そして、その理論を具現化するために、付箋紙を活用したワークシート使って各自の考えを付箋紙に記入させ、その付箋紙を議論するシートに貼って話し合いをさせるという教育活動を考案し、授業実践をされています。

セミナーでは「生命の尊さ」を主題として、副読本『新・あすを生きる2』(日本文教出版)の『命を見つめて』と、絵本『100万回いきたねこ』(佐野洋子作)を教材とした二つの授業事例が発表されました。『100万回いきたねこ』では、絵本を紙芝居にするような工夫もしていました。」
「議論するシートでは、共感する考えには赤い付箋紙を使い、質問は黄色い付箋紙に書くような工夫もしていました。これは、友達との相互評価を通して、自己評価(メタ認知)を進めることになりますね。
 多田先生の事例発表は、『4コマ漫画やエッセイを使い自己について深く省みる道徳授業』の実践報告でしたが、響君はどんなことを学びましたか?」
「授業実践は「個性の伸長」を主題に、副読本『新・あすを生きる2』(日本文教出版)の『「自分」ってなんだろう』を教材とした実践報告がありました。教材が4コマ漫画なので、マンガ好きの僕にはとても親しみやすく、4コマが起承転結になっているので、内容について考えたり、友達と話しあったりしやすいと思いました。
 もう一つの実践は3つのキーワード『地球』『個性』『自分』を違う言葉で言い換えるグループワークを行い、地球・個性・自分の順に主題につながるように発表させてから、生徒の気づきとその理由を聞いていくという取り組みでした。また、考えさせるために、自分からペア・4人グループ、そして全体といった工夫もしていました。」
「考えさせるには教師の発問や生徒の発言に対する切り返しなども大切ですね。
 事例発表後、全日本中学校道徳教育研究会顧問である東京都北区立飛鳥中学校の鈴木明雄校長先生から講評がありました。
 セミナーはその後、第2部に移り、畿央大学大学院教授の島恒生先生から『「考え、議論する道徳」の授業と評価』というテーマで講演がありました。真理さん、島先生の講演を聞いてどのようなことを学びましたか?」

真理「島先生のご講演には、6つのテーマがありました。
 1つ目は、『「道徳性」の再確認』です。道徳性を育てる道徳とは、見方や感じ方、考えを広げ、深めることで、主体的に判断し行動する『自立』を目指すことであるという内容でした。そのためには、教材における登場人物の行為を理解する『状況理解レベル』や登場人物の感じたことや考えたことを考える『心情読解レベル』から、登場人物の行為や心情の基となる道徳的価値に基づいた感じ方や考え方、生き方といった『道徳的価値レベル』について考える授業にすることが大切だと話されていました。
 2つ目は、『基本的な価値観』です。道徳の評価は、evaluationの評価(値踏み)やassessmentの評価(診断)ではなく、appreciationの評価(真価を認めて励ます)とするようなプラス思考が必要だと述べられていました。
 3つ目は、『指導観を明確に』です。道徳授業の『学習者は子ども』という考え方です。教師がしゃべり、知識を伝達する教師中心の授業から、生徒が考え、話し合う、主体的・対話的な授業へ変えていくことが大切であると話されていました。
 4つ目は『道徳の内容の理解』です。道徳の内容は、生徒の発達の段階や内容の視点を押さえておくことが重要とのお話でした。
 5つ目は、『授業技術を磨く』です。話す・書く・板書などの活動の意味や意義を生かしていけるように授業技術の向上に努めることが大切と述べられました。
 6つ目は、『推進体制をつくる』です。教師がチームとなって、みんなで道徳に取り組むような推進体制をつくるお話でした。」
「道徳科の評価は、生徒のよさを認め、励ます評価であるべきです。このことは通知表に記述するときの重要な視点となりますね。
 さて、セミナー第3部のグループワークは、参加者を12のグループに分けて、先生方が考えていることや悩んでいることなどについてフリートーキングをしました。今回のセミナーには、参加者は東京を中心に関東各地からいらしていましたが、中には宮城県や新潟県など遠方から参加している先生、私立学校の先生、そして、教育委員会の方など総勢60人が参加しました。各グループで話が盛り上がっていましたが、どんな内容でしたか?」
「僕のグループでは、校内の指導体制づくりが話題となりました。一人で頑張っていくのは難しいので、指導案やワークシートなどの共有化を図り、みんなで楽しく授業に取り組んでいくことが大切だ、時には副担任や管理職を含めたローテーション授業を導入するべきだというような意見が出ました。」

真理「私のグループでは、評価が一番の話題になりました。『おおくくりな評価』では保護者には何を言いたいのかわかりにくいのではないか。通知表の記述には、生徒の振り返りや自己評価が役立つのではないか。先生によって評価が変わらないように、学校としての評価基準を設けたり、評価についての情報交換を実施したりする必要があるなどの意見が出ました。」
道子「私のグループには、私学の先生がいて、授業をどう実施していくか悩んでいました。このような研修会に参加したり、校内研修会を開催したりしたいと話していました。公立の先生からは、議論のさせ方、授業の終末の持ち方、教科になった時の教科書の使い方、道徳ノートの活用方法など授業に関する具体的な課題が出されました。」
「話し合いの内容は、司会をしたMOS(早稲田大学道徳教育研究会)のメンバーがまとめて発表し、参加者全員で共有しました。先生方からは皆さんの発表が上手だという声が上がっていましたよ。」
「いえいえ、僕たちよりも早稲田大学がアクティブラーニングのために作った最新型の教室をほめていたようですよ!」

 第5回目はいかがでしたでしょうか? 次回からは「中学校道徳教育セミナー」のテーマでもあった道徳科の指導方法について考えていきたいと思います。ご期待ください。

道徳教育の内容

 新年あけましておめでとうございます。皆様はどのようなお正月を迎えられたでしょうか? 我が家では大みそかに長男夫婦が初孫を連れて泊まりに来て、家族全員でにぎやかに新年を祝いました。お屠蘇も1歳の孫から最年長の私へと歳の順にいただき、みんなの健康と長寿を願いました。しかし、元旦の夜、孫が急に具合が悪くなり、あわてて休日診療所についていくとロタウイルスでした。自分の子どもの時もこのようなことがしばしばあったことを思い出し、子育ての大変さを思い出しました。親の子どもに対する慈愛、家族が育む家族愛、そして、健康の大切さを感じる正月でした。
 さて、1月21日に、道子、真理、響が所属しているMOS(早稲田大学道徳教育研究会)の主催で「中学校道徳教育セミナー」が早稲田大学で行われました。畿央大学大学院の島恒生先生の講演と二つの事例発表や、参加者全員がグループを作って道徳の授業の方法や評価などについて意見交換をして、話し合いました。道子、真理、響たちMOSのメンバーは、話し合いの司会や発表者としてとても頑張っていました。詳しいことは次回紹介したいと思います。

1 道徳教育と内容項目

「今日は、道徳教育の内容について考えてみましょう。中学校学習指導要領(平成29年3月31日告示)の「第3章 特別の教科 道徳 第2 内容」では『学校教育活動全体を通じて行う道徳教育の要である道徳科においては、以下に示す項目について扱う。』として、4つの視点と22の内容項目を挙げています。この内容項目とはどのようなものでしょうか?」
「学習指導要領に定められているのだから、先生は道徳科で生徒にしっかり教えなければいけない内容だと思います。」
真理「そうかな? それでは道徳的価値を押し付けることになるのではないかな?」
「中学校学習指導要領解説「特別の教科 道徳編」には、『教師と生徒が人間としてのよりよい生き方を求め、共に考え、共に語り合い、その実行に努めるための共通の課題である。』とあります。つまり内容項目は、教師が教え込むものではなく、生徒が主体的に人間としての生き方を考え、よりよく生きる力を育む上で必要とされる道徳的価値を含んだ内容です。」
道子「生徒が考え、判断するための拠り所のようなものだと考えればよいですね。」

内容項目一覧表(クリックでPDFが開きます)

「右の表は、新学習指導要領に定められた小学校・中学校の内容項目を一覧にした表です。現行のものと比べて変わったところがわかりますか?」
「1~4の視点がA~Dの視点に変わっている。」
道子「視点の順番が入れ替わっている。」
「なかなか良い視点に気付きましたね。道徳科では1~4をA~Dに改め、1の視点をAの視点に、2の視点の『他の人』を『人』に改めBの視点に、そして、3の視点に『生命や』を加えてDの視点とし、4の視点をCの視点としています。これは、四つの視点が『自分自身』から『人』、『集団や社会』、『自然や崇高なもの』へと対象が広がるほうが生徒にとって理解しやすいと考えています。では、内容項目で変わったところはありますか?」
真理「各内容項目に標語が付きました。」
「内容項目内に含まれている重要な道徳的価値が分かりやすくなりましたね! ほかにありませんか?」
「中学校では、『思いやり』と『感謝』が一つになっています。」
「思いやりに対する感謝ということで統合されましたが、感謝には、『多くの人々に支えられて今の自分があるこということに感謝すること』もあることを忘れないでください。」
真理「『友情』と『男女の敬愛』が一つになっています。」
「これは男女の友情もあるし、LGBTのように多様な性が存在していることを踏まえて統合されたようです。」
道子「『集団生活の充実』と『より良い学校生活』が一つになっています。」
「生徒にとって一番身近な集団生活は学校生活なので一つにしています。しかし、生徒は学校以外にもいろいろな集団に所属していますので、集団生活の基本はしっかりと押さえておいて下さい。」
「『自然愛護』と『感動、畏敬の念』に分けている。」
「これは小学校の内容にあわせて分割されました。新しい内容項目は、自然の素晴らしさへの感動と東日本大震災などで経験した人間の力を超える自然への畏れを内容にしています。」

2 内容項目間のつながり

「次に小学校の内容項目とのかかわりについて考えてみましょう。中学校の内容項目数は24から22に減りましたが、小学校では1,2年生は16から19に、3,4年生は18から20に増えています。どうして増えたのでしょうか?」
「小学校でも道徳教育が重視されているということかな。」
真理「情報化が進み、人と直接話す機会が少ない子どもに会話の場を提供するためかな。」
道子「教科化の理由とされているいじめ問題とグローバル化です。」
「そうですね! いじめを防止するために『公正、公平、社会正義』『個性の伸長』『相互理解、寛容』を小学生のうちから学べるようにし、グローバル化への対応として『国際理解、国際親善』を増やしています。」
「『個性の伸長』、『公正、公平、社会正義』、『国際理解、国際親善』の内容項目は、小学1年生から中学3年生までの9年間学ぶことになる! これって押し付けているみたいになるのでは?」
「響君の指摘はとても大切なポイントですね。中学校学習指導要領の「総則 第2 教育課程の編成 4 学校段階間の接続」には、『(1)小学校学習指導要領を踏まえ、小学校教育までの学習の成果が中学校教育に円滑に接続され、義務教育段階の終わりまでに育成することを目指す資質・能力を、生徒が確実に身に付けることができるよう工夫すること。特に、義務教育学校、小学校連携型中学校及び小学校併設型中学校においては、義務教育9年間を見通した計画的かつ継続的な教育課程を編成すること。』とあります。また、「第3章 特別の教科 道徳 第3 指導計画の作成と内容の取扱い」では『1 各学校においては、(一部省略)道徳科の年間指導計画を作成するものとする。なお、作成に当たっては、第2に示す内容項目について、各学年において全て取り上げることとする。その際、生徒や学校の実態に応じ、3学年間を見通した重点的な指導や内容項目間の関連を密にした指導、一つの内容項目を複数の時間で扱う指導を取り入れるなどの工夫を行うものとする。』とあります。内容項目は道徳性を育成するために児童生徒の発達段階を考慮して系統的に編成されています。その中には、同じ内容をらせん階段のように毎年繰り返すことにより深めていくスパイラルな指導(図1)、樹木の枝のように内容が広がり発展していくもの(図2)、複数の内容が蜘蛛の巣(ウェブ)のようにかかわりをもっているもの(図3)があります。一つの内容項目だけに視点を当てて指導するのではなく、内容項目間のつながりも考慮して指導することが求められます。」

図1

図2

図3

道子「岡田先生、『3年間を見通した重点的な指導や(中略)複数の時間で扱う指導』とはどのようなことですか?」
「年間35時間ある授業で22の内容項目をすべて実施しますが、残りの13時間に何をすればよいかカリキュラムマネジメントすることが大切です。中学1年生ではAの視点『自分自身』やBの視点『人』からはじめ、中学2年生、3年生と学年が進むにつれてCの視点『集団や社会』やDの視点『生命や自然、崇高なもの』へと視野を広げていくように指導していくことも考えられます。また、いじめ問題への対策としては、いじめに関する内容項目を1年間に何度か実施するということも考えられます。」
「残りの13時間は、生徒の発達の段階や実態を考え、指導計画を立てるということですね。」

 第4回目はいかがでしたでしょうか? 次回は「中学校道徳教育セミナー」の報告と道徳科について考えていきたいと思います。ご期待ください。

学校における道徳教育②

 12月は師走と書くように先生方が忙しく走り回る時期です。学期末の成績処理をはじめとする事務処理に追われたり、教育相談や進路相談を実施したり、3年生を担当する先生は生徒の推薦書を持って高校を駆け回っておられるのではないでしょうか。インフルエンザも流行し始めます。健康にはご留意ください。私が勤務する教職大学院では秋クォーターの学校臨床実習が終了し、冬クォーターの授業が始まって院生が大学に戻り、師走の町のようににぎやかになりました。しかし、院生たちは授業と同時に実習の報告書の作成や報告会の準備にと忙しく取り組んでいます。私自身も道徳教育について学会発表・講演会と忙しい日々を送っています。
 道子、真理、響が所属しているMOS(早稲田大学道徳教育研究会)も活動を再開しました。

1 生徒指導と道徳教育

「今回は、道徳教育と他の教育活動との関係を考えてみましょう。まず生徒指導との関係です。皆さん、生徒指導とはどのような教育活動ですか?」
真理「生徒たちが学校や社会の中でよりよく生きていけるように意図的に指導したり、支援したりする教育活動です。」
道子「生徒が自主的・自律的・主体的に行動する資質や能力を育成することもあります。」
「生徒指導提要では生徒指導の意義を『生徒指導とは、一人一人の児童生徒の人格を尊重し、個性の伸長を図りながら、社会的資質や行動力を高めることを目指して行われる教育活動のことです。すなわち、生徒指導は、すべての児童生徒のそれぞれの人格のよりよき発達を目指すとともに、学校生活がすべての児童生徒にとって有意義で興味深く、充実したものになることを目指しています。……(一部省略)……各学校においては、生徒指導が、教育課程の内外において一人一人の児童生徒の健全な成長を促し、児童生徒自ら現在及び将来における自己実現を図っていくための自己指導能力の育成を目指すという生徒指導の積極的な意義を踏まえ、学校の教育活動全体を通じ、その一層の充実を図っていくことが必要です。(下線は筆者による)』とあります。」
「人格のよりよき発達を目指すことや、学校の教育活動全体を通じて行うことなど、道徳教育とよく似ている。道徳教育と何が違うのかな?」
真理「生徒指導には授業がないが、道徳教育には要となる授業が週1時間あることでは……。」
「なかなか良い視点に気付きましたね。教育学のヘルバルトは、教育の方法を『教授』『訓育』『管理』の3つに分けました。『教授』は、教材を用いて行う教育、つまり教科や知育のことです。『訓育』は、特に教材を必要とせず、先生と生徒の関係による教育、つまり教科外教育(領域)や徳育などです。道徳の授業には、教材を用いて学ぶ『教授』と、先生と生徒がともに考え、ともに語り合う『訓育』の両面があります。また、道徳教育は学校の教育活動全体を通して行われる『訓育』でもあります。これに対して、生徒指導は、ヘルバルト派のラインが考えた、訓育と管理と新たに養護を加えた『指導』に属します。その内容は、よりよい人格や自己指導能力などを育成する『訓育』とともに、学校生活などの管理や支援・援助するガイダンス機能なども含まれています。このように道徳教育と生徒指導には性格の違いがありますが、相互補完する関係もあります。」

道徳教育(授業)に対する生徒指導の貢献

生徒指導に対する道徳教育(授業)の貢献

道徳の授業に対する学習態度を育成することができる

道徳的判断力や道徳的心情が育つことで生徒指導が進めやすくなる

生活指導の問題事例や実践例などを授業の教材として活用する

道徳の授業を生徒指導へとつなぐことができる

学級内の人間関係や環境を整備することで望ましい授業の雰囲気を生み出す

道徳の授業を通して児童生徒理解が深まり、生徒指導が行いやすくなる

道子「道徳教育と生徒指導は連携していくことが効果的ですね。」

2 体験活動と道徳教育

「次は体験活動と道徳教育について考えてみよう。平成20年3月に公示された中学校学習指導要領の解説「総則編」では『道徳教育を進めるに当たっては,教師と生徒及び生徒相互の人間関係を深めるとともに,生徒が道徳的価値に基づいた人間としての生き方についての自覚を深め,家庭や地域社会との連携を図りながら,職場体験活動やボランティア活動,自然体験活動などの豊かな体験を通して生徒の内面に根ざした道徳性の育成が図られるよう配慮しなければならない。』とありますが、なぜ体験活動は道徳性の育成に関係があるのだろうか?」
「道徳的な行為を体験することができるからだと思います。」
真理「情報化が進み、人と直接話す機会が少ない子どもに会話の場を提供する。」
道子「体験活動は考えるきっかけを与えてくれるからだと思います。」
「体験活動には、3つの種類があります。
 ①直接体験:自分自身が対象になる実物に実際にかかわる
 ②間接体験:インターネットやテレビなどを介して感覚的に学び取る
 ③模擬体験:シミュレーションや模型などを通して模擬的に学ぶ
 この中で、近年、間接体験と模擬体験は増加しているが、直接体験が減少していると言われています。直接体験には、間接体験や模擬体験に比べ、得るものがたくさんあります。例えば、テレビを通して富士山のご来光を見た時と実際に苦労して登って見た時は臨場感や感動が違います。さらに、そこまで行く間に出会う多くの人々とのコミュニケーションがあります。富士の自然・文化・歴史などに触れ、学ぶことができます。このような体験を通して、子どもは感動したり驚いたりしながら『なぜ』『どうして』と考えを深め、実際の生活や社会・自然の在り方について学びます。」
真理「直接的な体験活動は、道徳的判断力や道徳的心情の育成に効果があるということですね?」
道子「道徳的実践意欲と態度も育つと思う。」
「最近、旅行で体験活動をすることが流行しているが、何か行ったことはありますか?」
道子「修学旅行で京都に行き、清水焼の茶碗の絵付けをしたことがあります。」
「僕は、お寺で写経をした。」
道子「どうして写経をしようと思ったの?」
「ご利益があると聞いたので……。」
真理「写経した後で何か良いことはあったの?」
「見ての通り、変化なしです。しかし今思い返すと、使い慣れない筆で一字一字集中して書いていると無心になり、書き終わった時、とても清々しい気分になれたよ。」
「響君はとても貴重な体験をしたようですね。『体験』はただの経験だけでは何も意味がありません。響君のように体験を振り返り、価値づけをすることにより意義ある『経験(経験知)』になります。
 右の図は、このことを表した『経験学習サイクル』です。この中で、体験の内省的観察(振り返り)をすることで、体験は意味あるものとなります。そして新たに直面する体験に前の体験で学んだ経験知を活かすことが重要です。
 このことは、道徳教育がめざす道徳的行為の実践への具体的な指導展開です。さらに、振り返りによって概念化された道徳的価値は、具体的な行為を伴う道徳性を育成します。
 中学校学習指導要領解説「特別の教科 道徳編」(平成29年7月)には、『豊かな体験は,生徒の内面に根ざした道徳性を養うことに資するものである。これらの体験活動を通して生徒が気付く様々な道徳的価値は,それらがもつ意味や大切さなどについて深く考える道徳科の指導を通して,内面的資質・能力である道徳性としてより確かに定着する。道徳科の指導においては,職場体験活動やボランティア活動,自然体験活動などの体験活動を生かし,体験を通して感じたことや考えたことを基に対話を深めるなど,心に響く多様な指導の工夫に努めることが大切である。』とあります。
 学校における体験活動は、道徳的実践・道徳的行為につながります。そのような体験活動を道徳の授業で振り返り、道徳的価値への理解や自覚を深め、道徳性を育成することが大切です。一方、特別活動では、学校や社会における実際の体験活動による学習、すなわち『なすことによって学ぶ』ことを通して、全人的な人間形成を図るという意義を有しています。特別活動の学びを質的にも量的にも充実するためには、ただ体験活動をするのではなく、体験活動に道徳的価値をもたせ何を学ぶのかを明らかにし、活動後に振り返りをすることにより、体験に基づいた新たな実践が生まれるように指導していくことが大切です。」

 第3回目はいかがでしたでしょうか? 次回は道徳教育の内容について考えていきたいと思います。ご期待ください。

学校における道徳教育①

 「学び!と道徳2」第2号を掲載させていただきます。
 10月、各地区で公立学校の新規採用選考の合格発表がありました。私が勤務する教職大学院でも多くの院生が合格し、来年の4月には教師として羽ばたいていくことになりました。合格通知を手にして、喜びとともに教師としての自覚が芽生え始めているようです。しかし、合格者の中には今頃になって、「先生、もう一度道徳の授業のやり方を教えて下さい。」と言ってくるようなものもいます。新前教師として、現職の先生方にご迷惑をおかけすると思いますが、温かくかつ厳しいご指導・ご支援をよろしくお願いします。
 このシリーズに参加してくれる道子、真理、響たちも、先輩たちに続けとますます学びに力が入っているようです。

1 学校ではどのようにして道徳教育が行われているのか

真理「実習校で、部活指導の中で道徳教育をしているという先生がいます。」
「生徒指導をしっかり行えば、道徳教育はいらないという先生もいるよ。」
道子「道徳教育はしつけと同じだから、家庭で行えばよいという意見もあるわね。」
真理「私が卒業した学校は『文武両道』を教育目標にしていて、勉学とスポーツに力を入れていたので、運動が苦手な私は大変だった。」
「人格の完成を教育の目的としている教育基本法では、第2条の教育の目標の一で『幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い【知育】、豊かな情操と道徳心を培う【徳育】とともに、健やかな身体を養う【体育】こと』と定めています。これは、知育・徳育・体育をバランスよく行うことにより、生きる力を育成することです。図のように、知育・徳育・体育のどれ一つでも不十分だと、生きる力が十分に育たないということになります。道徳心を培うとあるように道徳教育は、徳育です。教育基本法はすべての教育に対して定められた法律ですから、学校教育はもとより家庭教育でも徳育をすることが求められています。しかし、近年家庭の教育力の低下は課題になっています。そのような状況に対して、学校・家庭・地域社会全体が協働して子どもへの徳育を行うことの重要性がますます高まっています。話は変わりますが、響君の専門である音楽科や美術科などは、表現活動や鑑賞を通して豊かな情操を培うので大切な徳育の一つであるとも考えられます。」
「体育が苦手な真理は、生きる力が弱いということか。」
真理「失礼ね!」
「響君、そんなに簡単に考えてよいかな。本日のアクティビティーは、道徳教育は学校でどのように行われているか、を考えてみましょう。」
「道徳の時間と言いたいが、今の先生の話では、僕の音楽科も関係しそうだな。」
「冴えているね! 平成29年3月31日告示の学習指導要領には『学校における道徳教育は、特別の教科である道徳(以下「道徳科」という。)を要として学校の教育活動全体を通じて行うものであり、道徳科はもとより、各教科、総合的な学習の時間及び特別活動のそれぞれの特質に応じて、生徒の発達の段階を考慮して、適切な指導を行うこと。』とあります。つまり、道徳教育は、週1回の道徳の時間に行われる授業と学校の教育活動全体で行うことになっています。真理さんの実習校の先生が言うように部活動でも当然道徳教育は行われます。しかし、部活動ですべての内容を指導できるかは疑問です。指導するべき内容が指導されなかったり、指導しても不十分だったり、さらには内容間のつながりや発展に触れられないことがあります。そこで、道徳の時間(授業)で指導の足りないところを補ったり、深めたり、内容を統合したりすることが求められています。このことが扇の『要(かなめ)』のように、道徳の時間を中心として学校の教育活動全体で道徳教育が行われているという意味です。」
真理「私の数学科でも道徳教育をしなければならないということですね。難しいな……。」
「その通りです。学習指導要領では『道徳教育の目標に基づき、道徳科などとの関連を考慮しながら、第3章特別の教科道徳の第2に示す内容について、数学科※の特性に応じて適切な指導をすること(※各教科が入る)』とあります。皆が教科指導をするとき、道徳教育の指導内容が自分の教科の指導内容とどのような関わりがあるか常に考え指導していくことが求められています。」
道子「数学は公式や定理を使って問題を解くから、公式や定理はきまりと考えられるのでは……。」
真理「そうか! きまりを守ることの大切さを教えることができるね。」
「音楽では合唱や合奏で互いに協力することの大切さを指導できる。」

2 道徳教育の目標

「音楽科との関係は理解できたけれど、道徳教育の目標って何だろう?」
道子「道徳性の育成でしょ。響、勉強不足よ。」
「確かに新しい学習指導要領には『道徳教育は、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき、自己の生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養うことを目標とすること。』とあります。自分はどう生きるべきか考えるとき、どのように行動すればよいかを自ら考え判断するとき、さらには社会の中で自立した人間として多様な人々と協働しながら生きるにはどのようにすればよいか考えるときの基盤となるものが道徳性であり、その道徳性を養うことが道徳教育の目標であるということです。」
「判断や行動の基準のことかな?」
「判断や行動の基準は、道徳教育の指導内容、つまり、道徳的諸価値です。道徳性とは、『よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を広い視野から多面的・多角的に考え、人間としての生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる。(特別の教科 道徳の目標)』と学習指導要領にあるように、よりよく生きるための基盤である、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度のことです。」
「前回勉強した見えない心の中にある、善悪を判断する理性、善悪を感じる感性、そして善いことを行おうとする心構えのようなものかな。」
真理「だから道徳教育は心の教育と言われるのか。」

3 他律から自律へ

道子「先生、道徳教育は『生徒の発達の段階を考慮して、適切な指導を行うこと。』とは、どういうことですか?」
「まだ小学生のような中学1年生と大人っぽい中学3年生では、同じ内容でも指導の在り方が違うということかな。」
真理「教育と指導の違いかな?」
「すごいところに気付いたね。教育という言葉は、『教え』『育てる』という意味ですね。道徳教育では、行動や言葉遣いについてはどうすればよいか教えるとともに、よりよい言動を自ら考え実践しようとする心情も育てます。例えば、何も知らない幼い子どもや小学1、2年生には『高齢者が電車に乗ってきたときには席を譲りましょう。』と教えることは大切です。しかし、中学生にもなればいつも親や先生から言われて行動するのではなく、自ら考え判断して高齢者に席を譲ろうと思う心の力を育てることが大切です。
 発達心理学者のピアジェは、道徳性の発達は他律から自律へと変化していくと述べています。子どもは自己と他者との区別がつかない『自己中心性』の無秩序な時期から社会とのかかわりの中で、親や大人との『強制関係』から子ども同士の『協同関係』という2つの段階へと発達すると考えています。
 強制関係は大人の言うことを聞くことが基本的な義務であり、規則が外部から子どもに押し付けられている。これは他律的な道徳です。これに対して、『協同関係』は子ども同士が自分たちで規則を作りだし、自ら作った規範に従う。つまり、自律的な道徳です。
 哲学者のカントの道徳哲学も他律から自律へ転化させるプロセスを述べています。命令や義務といった外的な強制にいやいや従う他律的な行為から、自分のうちにある良心に照らした道徳的な規準『格率・格律』と全ての人間の道徳的な行為を制約する普遍的な規準『道徳法則』を一致させることにより行われる自律的な行為へと転化することが大切であると述べています。
 皆さんが教える中学生は思春期の第2次反抗期でもあります。親や先生などの大人の言葉に素直に従うことができない生徒が多いと思います。先生から価値を押し付けるのではなく、生徒自身に考えさせ自覚させることが大切です。」
「なるほど、勉強をしなさいと言われてもやる気にならないわけだ!」
真理「響は勉強が嫌いなだけでしょ。」
道子「私たちも自律的に学びましょう。」

 第2回目はいかがでしたでしょうか? 第3回も引き続き学校における道徳教育について考えていきたいと思います。ご期待ください。

【新連載スタート】道徳について考える

1 初めに

 はじめまして。このたび、大原龍一先生『道徳教育で素敵な人生を創ろうよ』に続き、「学び!と道徳」を担当させていただくことになりました。
 グローバル化が進む中、2020年には東京でオリンピックが開催され世界中から多くの人々が日本にやってきます。多様な見方や考え方を尊重し、温かく迎え入れる思いやりや広い心が必要となります。私たち教師は道徳教育を通して、将来を担う生徒たちを世界の人々から尊敬される道徳性豊かな国際人へと育てましょう。
 私は教職大学院で、院生たちが道徳教育について学ぶために自主的に立ち上げた「道徳教育研究会MOS」の世話人をしています。このシリーズには、3人のMOSのメンバーに参加してもらおうと思います。
 まずは、3人(道子、真理、響)の紹介をします。道子はMOSの代表で、大学院では道徳教育をテーマに研究しています。社会の先生を目指しています。真理は、数学が専門で、何事も理論的に考える理系女子です。響は、音楽の先生を目指す感性豊かな男子学生です。この3人と私で道徳教育について対話をしながら考えていきますので、よろしくお願いします。

2 モラルとマナー

時事通信社

「みんなこの写真を見たことがあるかな?」
「見たことないな……。」
真理「多くの人が品物を買うために並んでいるコンビニエンスストアの写真かな。」
「さすがに真理は理論的だな! この写真は、イギリスのBBCが作成した東日本大震災レポート「Pray for Japan」の中の1枚です。このレポートは世界中に報道され、人々に驚愕と賞賛を引き起こしました。そこで本日のアクティビティーです。世界の人々はこのような写真を見て、日本人のどういった面を賞賛したのだろうか?」
「割り込みをしないで順番を守っている。」
真理「震災などが起きると、食料などを求めて略奪が起きることが多いのに、お金を出して買っている。」
道子「みんなが協力して、災難を乗り越えようとしている日本人の道徳性。」
「そうかな? みんなと同じことをしないと非難されたり、仲間はずれにされたりするからだと思う。」
「そのことを同調性、同調圧力といいます。」
道子「人間って、自分だけよければというような弱さや醜さがある反面、溺れている人を我も顧みず助けるような道徳心もある。」
真理「道徳ってどのようなものですか?」
「広辞苑には、『人のふみ行うべき道』と出ている。」
「道徳の『道』は、『判断や行為をするときの筋道のある考え』という意味です。また、『徳』の旧字は『悳』で、『真』と『心』という二つの字が結合して出来ていて、『真っすぐな心』という意味です。道と徳の二つをつなぐと『判断や行為をするときに規範となる真っすぐな心』というような意味になります。
 欧米では道徳をモラル(moral)といいますが、これはラテン語のモース(mos)が原語となっています。モースの意味は、習慣、風習、行儀などですが、きまりや道の意味もあります。つまり、『古くから多くの人々に行われているもの』という意味だと思います。
 モラルとともにマナー(manner)という言葉が使われますが、マナーという言葉は、ラテン語のマヌス(manus)『手』という言葉から発生したと言われています。手動を意味するマニュアルや爪につけるマニュキアもマヌスから発生した言葉です。つまり、体の中の一部である手を語源としているマナーは、『一部の場所や時代で行われているものである』という意味があります。これに対して、モラルは『時代を越えて世界中の多くの人々が行うことが当然であるものと思っているもの』だと考えてよいでしょう。」
「なるほど、レディーファーストは欧米のマナーだから、日本ではやらなくてもいいということだ。」
真理「何を言っているの、時代が変わったのよ!」
道子「グローバル化の時代、多様な価値観を尊重することが求められているけれど、マナーは多様な価値観であり、モラルが普遍的な価値ということかな……。」

3 人格とは

「本日二つ目のアクティビティーは、『人格』についてです。教育基本法の第1条には『教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない』と、人格の完成が教育の目的とされています。皆さんは、人格とはどのようなものと考えていますか?」
「そんなこと今まで考えたこともない。たぶん、人間性と同じだと思う。」
道子「人格が素晴らしい人を人格者というから、道徳性と同じでは?」
真理「言動が素晴らしいからといって、道徳性が優れていると判断していいのかな。心の中では何を考えているかわからない。」
「東日本大震災の時、『心は見えないが心遣いは見える。思いは見えないが思いやりは見える。』というコマーシャルがテレビで盛んに流れていたことを覚えていますか。私たちが研究している道徳教育は心の教育といわれるように、道徳的な行為を実践することができる心の力を育てることに取り組んでいます。

 右の図は、人間を、『周りからは見えない心(理性や感性)』と『見える行動や判断できる言葉』の関係から表したものです。私たちの言動には、親や先生からこのような時はこのようにするのだと教えられた通りに行う他律的なものと、自分でどうすればよいか道徳的な価値に基づいて考え判断して行う自律的なものがあります。何も知らない子供には他律的な指導性が必要ですが、自らの力で生きていかなければならない大人には自律性が求められます。
 ここで本題である人格について話を戻しましょう。人格は、英語ではperson、personalityといいますが、personの原語はラテン語のペルソナ(persona)で、顔の前にあるもの、仮面という意味です。真理さんが考えるように仮面の下にどんな心が隠れているかとても心配ですね。哲学や倫理学では、心の中で道徳的な価値に基づいて考えたり思ったりしたことが言葉や行動となって現れると考え、人格に道徳的な価値を含めて考えます。
 しかし、心理学では、刺激に対する反応を心(性格)と考えるので、道徳的な価値を含めません。また、私たちが取り組んでいる教育学や道徳教育では、教育基本法にあるように、人格は人間の成長の過程の中で形成されていくものと考えられています。」
真理「人間は人格という仮面をかぶっているということですか。相手に自分の顔を見せないからSNSやネット上で平気で悪口を書くことができるわけだ……。」
道子「だから私たちは、仮面の下にある心を育てるために道徳教育を研究しているのです。」
「わかりました。道徳教育研究会MOS代表!」

4 次回に向けて

 第1回はご満足いただけましたでしょうか?
 次回からはしばらく、道徳教育そのものについて考察してみたいと思います。道子、真理、響たちにも引き続き参加してもらおうと思います。
 これから10回にわたっての連載になります。頑張りますので、ご期待ください。