カリキュラム・マネジメントとインクルーシブ教育

 新学習指導要領には、カリキュラム・マネジメントという用語が登場しました。
 新学習指導要領では、学びの主体が子どもであることを明確にした上で、「知識及び技能」、「思考力、判断力、表現力等」、「学びに向かう力、人間性等」の3つの資質・能力をバランスよく育むことを求めています。これらを実現するためには、教育課程の編成や実施に力を注ぐだけでなく、それを評価し改善していくことが一層大切になります。これを具現化するものとして「カリキュラム・マネジメント」が必要ということになります。また、教科横断的に教育課程全体で取り組むという点からも「カリキュラム・マネジメント」は重要な意味を持っています。天笠氏は、「教科を超えて,教科と教科がつながりながら,あるいは,互いに教科と教科が連携しながら目指す資質・能力をより育てていくのだという,こういうところに願いを込めて,カリキュラム・マネジメントという言葉に託して提起されている」と述べています(*1)
 現代の学校には教科横断的に取り組んでいかなければいけない課題がたくさんあります。インクルーシブ教育システムの構築は、教科横断的な課題も含めてすべての学校教育活動に通底する課題の一つだといえます。新小学校学習指導要領解説(第3章2(1)①)には次のような記述が認められます。
 「『障害者の権利に関する条約』に掲げられている教育の理念の実現に向けて,障害のある児童の就学先決定の仕組みの改正なども踏まえ,通常の学級にも,障害のある児童のみならず,教育上特別の支援を必要とする児童が在籍している可能性があることを前提に,全ての教職員が特別支援教育の目的や意義について十分に理解することが不可欠である。そこで,今回の改訂では,特別支援教育に関する教育課程編成の基本的な考え方や個に応じた指導を充実させるための教育課程実施上の留意事項などが一体的に分かるよう,学習指導要領の示し方について充実を図ることとした。」
 新学習指導要領の総則「第4児童の発達の支援」に、「ア 障害のある児童〔生徒〕などについては、特別支援学校等の助言又は援助を活用しつつ、個々の児童〔生徒〕の障害の状態等に応じた指導内容や指導方法の工夫を組織的かつ計画的に行うものとする。」として、特別支援学校学習指導要領に示されている自立活動、個別の教育支援計画、個別の指導計画の活用なども扱われています。さらに、各教科の学習指導要領解説には、それぞれに応じた具体的な配慮の例も紹介されています(*2)
 こうした配慮は、教科毎に他とは無関係に行われたり、指導者によって対応が異なったりたりすることは望ましいことではありません。したがって、インクルーシブ教育システムの構築の推進に際しては、どの課題にも増して、カリキュラム・マネジメントの視点から組織的に取り組んでいくことが大事だということになります。

 具体的には、

  • 学校の教育目標を踏まえた教科横断的な視点で「インクルーシブ教育システムの構築」が含まれているか。
  • 組織配列した教育内容の中に「インクルーシブ教育システム構築」の要素が含まれているか。
  • 教育課程の編成、実施、評価、改善という一連のPDCAサイクルの中に「インクルーシブ教育システム」への配慮がなされているか。
  • 外部の資源も含めた人的・物的資源の活用、教材・教具・施設・設備に関しても「インクルーシブ教育システムの構築」への対応が含まれているか。

 こうした観点から常に教育課程の見直しを行うことにより、障害を含めて様々なニーズのある児童生徒の一人一人に対する支援の「質」の一層の充実が図られ、個人の価値を尊重する態度や自他の敬愛と協力を重んずるといった態度の育成も促進されていくことが期待されます。

*1:平成30年度国立教育政策研究所公開シンポジウム「資質・能力の育成に向けたカリキュラム・マネジメントの推進」
http://www.nier.go.jp/06_jigyou/symposium/sympo_h30/pdf/report_20190116.pdf
*2:教科等での配慮を整理したものについては、例えば国立特別支援教育研究所のサイトなどで確認することができます。
http://www.nise.go.jp/nc/wysiwyg/file/download/1/2369

共生社会の実現に向けた障害理解教育のありかたを考える

 新型コロナウイルス感染の影響で、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会は2021年に延期となりましたが、内閣官房では、「世界中から障害のある人も含めあらゆる人が集い、そして、障害のある選手たちが繰り広げる圧倒的なパフォーマンスを直に目にすることのできるパラリンピック競技大会は、共生社会の実現に向けて社会の在り方を大きく変える絶好の機会である」と捉え、「ユニバーサルデザイン2020行動計画」を掲げています。オリンピック・パラリンピック競技大会を契機として共生社会の実現に向け「心のバリアフリー」を推進しようとするものです(*1)。「心のバリアフリー」とは、様々な心身の特性や考え方を持つすべての人々が、相互に理解を深めようとコミュニケーションをとり、支え合うことです。
 これを受けて、文部科学省でも、すでに「交流及び共同学習」の全国的な推進事業によりその普及に取り組んでいたところではありますが、新たに「心のバリアフリー学習推進会議」が設けられ、「交流及び共同学習」の一層の充実が図られることになりました。また、新しい幼稚園教育要領、小学校・中学校学習指導要領及び特別支援学校の教育要領及び学習指導要領においても、交流及び共同学習の更なる充実を図るよう規定されていることについてはこれまでに記してきたところです。
 このように、東京でのオリンピック・パラリンピック競技大会の開催や障害者権利条約の批准を受けてのインクルーシブ教育システムの構築の推進を契機として、学校教育でも「共生社会」の実現に向けた動きが加速されていることは大変意義深いといえます。他方、国内における意識調査において、明確な差別的な振る舞いが行われているときに同調的な行動をする人は少ないものの、高齢者、外国人、障害者に差別的な考えを持っていると答える人が多かったという報告(*2)があることにも気を留めておく必要があるように思います。真の意味での「心のバリアフリー」の実現のためには、「共生社会」実現に向けた活動が表層的なレベルに留まっていては不十分だということです。自分たち自身に関わることとして、深層における理解や共感にまでその取組を高めていく必要があるのではないでしょうか。
 「ユニバーサルデザイン2020行動計画」では、「心のバリアフリー」を体現するためのポイントとして、以下の3点が示されています。

(1)障害のある人への社会的障壁を取り除くのは社会の責務であるという「障害の社会モデル」を理解すること。
(2)障害のある人(及びその家族)への差別(不当な差別的取扱い及び合理的配慮の不提供)を行わないよう徹底すること。
(3)自分とは異なる条件を持つ多様な他者とコミュニケーションを取る力を養い、すべての人が抱える困難や痛みを想像し共感する力を培うこと。

 これらのポイントを表層的なレベルに留めるのではなく深層から理解させるためには、障害理解教育の質的な充実が目指されなければならないでしょう。交流及び共同学習は、障害理解教育の重要な柱の一つですが、それは、障害理解教育の一部です。すでに記したところですが、小学校・中学校の新学習指導要領においては、交流及び共同学習の一層の充実のみならず、障害のある児童等に関する配慮が教科ごとに記述され、通常の学級における教科指導においても、個に応じて指導内容や方法を工夫することなど、これまでよりも一歩踏み込んだ規定もなされています。学校におけるすべての活動において障害理解教育の視点が大事だということです。そのためには、現実対応だけに留まるのではなく、子どもの発達の様相を考慮しつつ長期的な展望に立った構造的な障害理解教育の在り方が検討され、それが日々の実践の中に組み込まれていくことが期待されます。

*1:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/ud2020kkkaigi/pdf/2020_keikaku.pdf
*2:三重野卓(2018) 共生システムの論理と分析視角―「生活の質」およびガバナンスとの関連で― 応用社会学研究,60,135-146

インクルーシブ教育と「学びの連続性」

 前回、インクルーシブ教育の充実に向けた新学習指導要領への期待について記しました。そこで、今回は「学びの連続性」に着目して、新学習指導要領におけるインクルーシブ教育への具体的な対応について確認しておきたいと思います。
 今回の学習指導要領改訂は、2007年に特別支援教育がスタートしてから2度目の改訂ということになります。その間に前回紹介したように障害者の権利に関する条約の批准(2014年)がありました。この条約を批准するための障害者基本法の改正(2011年)や合理的配慮を定めた障害者差別解消法の施行(2016年)など、特別支援教育と深くかかわる重要な国内法の整備も進められてきました。
 今回の改訂では、こうした社会の動きを踏まえて、連続性のある「多様な学びの場」の確保や教育課程の連続性を明確にして、十分な学びを確保していこうという方向が示されました。この方向性は、2018年の中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」で示されたのですが、そこには、「障害者の権利に関する条約に掲げられたインクルーシブ教育システムの構築を目指し、子どもたちの自立と社会参加を一層推進していくためには、通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校において、子どもたちの十分な学びを確保し、一人一人の子どもの障害の状態や発達の段階に応じた指導や支援を一層充実させていく必要がある」と記されています。また、小・中学校と特別支援学校との間での柔軟な転学や中学校から特別支援学校高等部への進学などを可能にするという点からも、教育課程の連続性を考慮することの必要性が示されていました。
 ちなみに、特別支援教育の分野でも、特別支援学校(知的障害)では、小学校等の教科とは異なった「教科」で教育課程を編成することとなっていたのですが、今回の改訂において、小学校等の学習指導要領の各教科の目標及び内容を参考に指導ができる等、学びの連続性を重視したものに改善されています。
 こうしたインクルーシブ教育の視点を広く浸透させるためには、特別支援教育に関する教育課程の枠組みが、全ての教職員に理解されている必要があります。そのことを踏まえて、新学習指導要領の総則に、通級による指導や特別支援学級(小・中学校のみ)における教育課程編成の基本的な考え方が示されました。従前は「学習指導要領解説」に記されていたものが本文に記載されたわけですが、これも大きな改善点だといえます。
 また、総則に加えて、全ての教科等の「指導計画の作成と内容の取扱い」の中にも、「障害のある児童などについては,学習活動を行う場合に生じる困難さに応じた指導内容や指導方法の工夫を計画的,組織的に行うこと。」という一項が設けられました。それを受けて、各教科等の学習指導要領解説には、見えにくさ、聞こえにくさ、道具の操作の困難さ、移動上の制約、健康面や安全面での制約、発音のしにくさ、心理的な不安定、人間関係形成の困難さ、読み書きや計算等の困難さ、注意の集中を持続することが苦手であることなど、学習活動を行う場合に生じる「困難さ」ごとに、「指導上の工夫の意図」と「手立て」が例示されています。
 以上、今回の改訂においては、インクルーシブ教育の進展に向けて、小中学校等においても「学びの連続性」が重視されていることなどを確認してきました。
 これらを学校現場で着実に実現していくためには、人的あるいは物的環境の整備も不可欠ですが、その対応は、まだまだ自治体によって温度差もあるというのが実態です。各地での取り組みを注目していきたいと思います。

インクルーシブ教育の進展と新学習指導要領への期待

 小学校は2020年度から、中学校は2021年度から「新学習指導要領」が全面実施されますが、新しい学習指導要領をさまざまなニーズのある子どもの教育という観点から見ると、特別支援教育や障害理解、交流及び共同学習に関する記述がより充実しています。今回の学習指導要領が、「障害者の権利に関する条約」批准後、初めての改訂になるということもあり、小学校、中学校での「インクルーシブ教育システムの構築」への歩みがさらに進められたという印象を受けます。
出典:外務省HP「障害者権利条約」パンフレット(https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page25_000772.html 「障害者の権利に関する条約」には、「あらゆる段階における障害者を包容する教育制度(an inclusive education system)及び生涯学習を確保する。」ことと「障害者が障害を理由として教育制度一般から排除されないこと(not excluded from the general education system)」が記されていることはご存知のことと思います。
 この条文からは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会、つまり、「共生社会」の実現のために「インクルーシブ教育システム」の理念が重要であるということが読み取れます。その構築のためには、特別支援教育を着実に進めていくことはもちろんですが、それだけではなく通常の学校に在籍する児童生徒の観点からの取組も積極的に進めていかなければならない重要な課題だといえます。
 このことが、新しい学習指導要領においては、総則の「家庭や地域社会との連携及び協働と学校間の連携」の項に、交流及び共同学習の一層の充実を図ることとして規定されています。また、平成30年2月8日には、「障害のある幼児児童生徒と障害のない幼児児童生徒の交流及び共同学習等の推進について(依頼)」(29初特支第33号)という文書も発出されています。ここには以下のような重要な観点も記されています。

  • 単発の交流機会を設けるのみにとどまらず、年間を通じて計画的に取り組むこと。
  • 障害について形式的に理解させる程度にとどまらず、児童生徒等が主体的に取り組む活動とすること。
  • 交流及び共同学習を行う授業中の活動だけで終わらせないよう、児童生徒等に対する十分な事前学習及び事後学習を実施すること。

    また、日常の学校生活においても障害者理解に係る丁寧な指導を継続して実施すること。
  • 校長のリーダーシップの下、学校全体で計画的かつ組織的に取り組み、全教職員が交流及び共同学習の目的や内容等を共有すること。

 交流及び共同学習は、これまでも取り組まれてきていますが、この学習の精神は「人間形成」(交流及び共同学習ガイド)にあるといえます。インクルーシブ教育は、特別なニーズのある子どもだけの問題ではなく、すべての児童生徒の生涯にとっても重要な意味があるということがここでも理解され、このように捉えれば、通常の小学校や中学校の先生方にとってもインクルーシブ教育がより身近なものとなり、インセンティブも高まっていくのではないかと思われます。
 最後に、イタリアで現地の学校にお子さんを通わせている日本人が発しているブログを紹介しておきます。イタリアは、フルインクルージョンが実施されている数少ない国の一つです。イタリアの教育について不安を感じたことがあったものの、常同行動のあるクラスメートと共に学んでいるお子さんが、そのクラスメートをタブー視することもなく、特別視するでもなく、気の合う仲間の一人として見ている姿を見て、人間としてとても大事なことを学んでいることを感じたという内容でした。学校は人間形成の場として大切な役割を有しています。
 改めて、新しい学習指導要領によって、すべての子どもの人間形成という観点から「インクルーシブ教育システムの構築」が進んでいくことを期待しています。