バベルの学校

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 パリ10区にあるグランジェ・オ・ベール中学校。ここには、世界各国からフランスにやってきた子供たちがフランス語を集中的に学ぶ、適応クラスがある。年齢は11歳から15歳、日本でいうと中学生の年齢である。もとの国籍はまちまち。リビア、ウクライナ、中国、スリランカ、モーリタニア、ベラルーシ、ベネズエラ、ブラジル、セネガル、チリ、ルーマニア、セルビア、イギリス、ギニア、モロッコ等々20ヶ国におよぶ。人種が違えば、言葉も違うし、宗教も違い、風俗習慣も異なる。担任は、女性のブリジット・セルヴォニ先生。
 ドキュメンタリー映画「バベルの学校」(ユナイテッドピープル配給)は、この中学校の適応クラス24名の1年間を綴っていく。生徒たちには、さまざまな家庭の事情がある。政治的に亡命した両親がいる生徒、母国の過酷な風習に耐えられなかった生徒、少しでもいい暮らしをと移民してきた家族など、それぞれ事情が違っている。

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 授業の最初は、各国語で「こんにちわ」を言う。叔母と姪との親子面接が始まる。映像には出ていない彼女の母親は、読み書きができないが、娘の将来を真剣に考えている。母親の新しいパートナーとあまりフランス語で話さない、ボリビア生まれでチリ育ちの男の子は、母国語のスペイン語を忘れないようにと、言い訳をする。口数の少ない中国の女の子は、先生からもっと話すように言われる。みんなで映画を撮り始める。フランスにやってきたそれぞれの理由や、将来の夢を語り、それをカメラに収めていく。映画のコンクールがあって、そこに参加するつもりである。
 セルビアの男の子は、母親がユダヤ人で、ネオナチのひどい迫害から逃れてきた。ギニアの女の子は、生理が始まる年齢になると、自分の意志とは関係なく強制的に結婚させられる。モーリタニアの女の子は、パパの親戚から虐待を受け、ママのいるパリに逃れてきた。

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 自分の大事にしているものを紹介し合う授業がある。モロッコの男の子は、コーラン。ボーイスカウトの制服を着たイスラム教の女の子は、スカーフ。聖書をあげる女の子もいる。そこから生徒たちは、宗教をめぐる討論を展開する。アイルランドではカトリックとプロテスタントが戦っている、と発言する子もいる。先生は生徒たちを尊重し、自由に討論させる。
 生徒たちの多くの疑問が、フランス語のカードになって貼られる。なぜみんな同じ言葉を話さないのか? 神様はいる? なぜ大統領や王様が必要なのか? なぜ人間は動物を殺すのか? 悪魔はいるの? 地獄はあるの? 自分の宗教を信じるべきなの? なぜ金持ちは貧乏人にお金をあげないの? 生徒たちの問いに、おとなたちは、きちんと答えるべきだろう。
 映画のタイトルの「バベル」とは、旧約聖書の創世記の11章に出てくる「バベルの塔」である。ノアの洪水の後、ノアの子孫は、あちこちに散らばる。みんな同じ言葉を話している。シンアルの平野に住み着いた人たちは、自らの力を誇示しようと、神の作った石と漆喰ではなく、煉瓦を焼き、アスファルトで高い塔を作りだす。神が塔を見て言う。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」。奢りたかぶる人間への、神からの鉄槌と思う。
 「バベルの学校」の生徒たちは、言葉の違い、宗教の違い、人種の違い、習慣の違いなどを、違いとして認め合い、互いに尊重することを学んでいく。生徒たちの作った映画のコンクールが始まる。結果は?
 いまの世界のありようは、一部だけではあると思うが、異常である。憎しみと暴力に満ちている地域がある。報復の連鎖は、憎しみを増幅するだけである。「バベルの学校」を見ていると、テロリストや、テロリストと呼ぶ人たちも含めて、おとなたちの身勝手さが際立ってくる。インタビューに答えたセルヴォニ先生は言う。「生徒の話をよく聞くこと。生徒を励ますこと。生徒の価値を引き出し、自信を持たせること」。教育の根っこ、基本と思う。世界の異常な現実をみるまでもなく、教育の抱える課題は、まだまだ多い。
 監督は女流のジュリー・ベルトゥチェリ。「やさしい嘘」や「パパの木」といった劇映画を撮っている。いずれも、「命とは何か」を問いかけている。あわせてご覧いただくと、監督の希求する世界が伝わってくるはずだ。

2015年1月31日(土)より新宿武蔵野館(モーニングショー)ico_link渋谷アップリンクico_linkほか全国順次ロードショー!

『バベルの学校』公式Webサイトico_link

監督:ジュリー・ベルトゥチェリ
編集:ジョジアンヌ・ザルドーヤ
オリジナル音楽:オリヴィエ・ダヴィオー
サウンド:ステファン・ブエ、ベンジャミン・ボベー
ミキサー:オリヴィエ・グエナー
制作:Les Films du Poisson、Sampek Productions
共同制作:ARTE France Cinema
配給:ユナイテッドピープル
原題: La Cour de Babel
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
フランス/2013年/フランス語/89分/1.85:1/カラー/5.1ch/ドキュメンタリー
文部科学省特別選定 社会教育(教養) 青年向き
文部科学省選定  社会教育(教養)成人向き
2015年1月15日選定
フランス版・アカデミー賞「セザール賞」2015
最優秀ドキュメンタリー ノミネート作品

徳川の平和 Pax Tokugawana

 江戸時代は、鎖国日本として、士農工商といわれる身分秩序に固定され封建的な秩序そのもので、閉ざされた自己完結的な世界とみなされ、否定的に評価されてきました。このような江戸時代像は、徳川将軍家を打倒し、薩摩・長州などの西南雄藩による下級武士が「ミカド」等と呼称されていた天皇を擁立した復古革命、明治維新にはじまる新時代の到来を正当化するための歴史像にほかなりません。こうした江戸時代像は、日本が経済大国を謳歌していくなかで問い質され、日本の固有な歴史を強調していく風潮に棹をさす流れにのり、「徳川の平和 Pax Tokugawana」なる言説とともに、17世紀からの江戸時代を日本近代の先駆けとみなすことともなります。この「平和」をささえたのは何でしょうか。そこには、寺子屋の隆盛にみられる「もの学び」、教育への期待がありました。

高きもいやしきも皆物書たまへり

 徳川将軍家による統治は、武力による直截的支配ではなく、法と礼によることがめざされ、戦乱のない平和、徳川の平和をもたらしました。その様相は、ローマ帝国による「平和」に擬えられ、「徳川の平和 Pax Tokugawana」と評価されることとなります。このような秩序を可能にしたのは、寺子屋等の普及にみられる世界が展開していたことによります。
 世間では、17世紀初頭、すでに武具ではなく、文具が重んじられていました。仮名草子の作者三浦淨心(1565-1644)は、大御所家康が豊臣秀頼の大坂城攻略を命じた慶長19年(1614年)の序をもつ江戸の世相を記録した「慶長見聞集」で時代の空気を次のように描いています。ちなみに浄心は、北条氏の家臣で、小田原落城後に江戸で商人となった人物です。

廿四五年以前迄諸国におゐて弓矢をとり治世ならす、是によつて其時代の人達は手ならふ事やすからず、故に物書人はまれにありて、かかぬ人多かりしに、今は国治り天下太平なれは、高きもいやしきも皆物を書たまへり、尤筆道は是諸学のもとといへるなれば誰か此道を学ばざらんや

 このような気風は、江戸にかぎらず「天下の台所」として繁栄していく大坂においてみれば、5代将軍綱吉、生類憐みの令で再々にわたり「徳治」を問いかけた貞享7年(1694)、井原西鶴が『西鶴織留』に認めた世界にも読み解くことができます。村里で「老先のたのみなれ」と、子供に手習いを教授、「我ままそだちの草を刈」と躾け、いろはの「角文字」から教えていきます。そこで奈良育ちの老人、村の童と言葉が通じないがため、謡をならい、その符節でなんとか教えようと苦労しております。住む土地の違いで話し言葉が通じない世界でした。

其年より夫婦内談して、「兎角銀がかねをもふくる世なれば、せつかくかせぎて皆人のためぞかし、外聞を捨て、身のたのしみこそ老先のたのみなれ」と、奈良草履屋を二足三文に仕舞て、大坂を離れ、女房の在所、住吉の南、遠里小野に身を隠し、夕暮よりは油を売、すこし手を書を種として、所の手習子ども預り、我ままそだちの草を刈、野飼の牛の角文字よりおしへけるに、謡しらねば迷惑して、日毎に大坂へ通ひ、むかしの友にならひて、又里の子におしへける

書筆之道は人間万用達之根元

 ものが書けるかどうかは、世間に出て、己の才覚で生きていく必須とみなされていきます。17世紀末の「商売往来」は、身につけておくべきこととして、「商売持扱文字、員数、取遣之日記、証文、注文、請取、質入、算用帳、目録、仕切之覚也、先両替之金子、大判、小判、壱歩、弐朱、貫、目、分、厘、毛、払迄」「雑穀、粳(うるち)、糯(もち)、早稲、晩稲、古米、新米」等々の項目をあげています。そして、商家に生まれた者は、幼時より、まずきちんとした字を書き、算用を身につけること肝要なことであると。歌、連歌、俳諧、立花、茶湯、謡、舞、琵琶、堤、太鼓、笛、琵琶、琴などの稽古ごとは、家業に余力があれば「折々心懸、可相嗜」ことだと、説いています。
 香月牛山は、こうした時代の要請に応じるべく、元禄16年(1703)に日本で最初の育児書ともいうべき『小児必要養育草』を著し、求められる教育の作法を説きました。

手習い勤め候事は、朝十返、昼三十返、晩十返習うべし、手本ひとつを十五日とさだめて、五日に一返づつ清書をなして、三度めの清書を諳書(そらがき)にすべし、諳書とは中におぼえて書く事なり、和俗近来、童をして、手習い師匠にまかせて手習いをさする事なれば、その勤め方は、その師匠の教えにまかすべきなり、また近きころは、女の童をも、七、八歳より十二、三歳までは、手習い所につかわすなり。
謡を習わしむべきなり、謡は日本の俗楽とはいいながら、小歌・浄瑠璃の類の鄭声とは格別にして、都鄙ともに符節を合わせたるがごとくにして、相替わる事なく、古今不易の音楽なれば、知らぬはかたくななるべし

 この学習の作法こそは、徳川日本に根づき、日本の教育の原点ともいうべきものとなり、つい近年までみることができたものではないでしょうか。かつ謡の「符節」は地域ごとの固有の話し言葉がもつ壁はでのりこえる方便として役立ったのです。ここには標準語としての「国語」成立前夜の営みが読みとれます。まさに「徳川の平和」は、このような教育の普及、それは明治維新後における日本列島を一元化していく国民教育の普及をささえる基盤となったものといえましょう。

中世の日本/鎌倉幕府の成立「院と平氏の政治」(第1学年)

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

1.単元目標

  1. 院政から平氏政権の登場と源平合戦、鎌倉幕府の成立と衰えを通して、貴族政権と比較して武家政治の特色を考察する。
  2. 武士が台頭して武家政権が成立し、その支配が次第に全国に広まるとともに、東アジア世界との密接なかかわりがみられたことを理解する。
  3. 武士の台頭から武家政治への転換に着目して歴史の流れを大観し、自分の言葉で表現できるようにする。

2.教材観

 本単元は、律令政治から武士の台頭、武家政権の成立とその全国への広がりを見せる11世紀から14世紀初めの中世前半を扱った時代である。その中で、武家政権の先駆けといえる平氏政権は,日本が古代から中世に移行する上で大きな歴史的な意味をもつ政権であり,これは武家政権が展開される中世の日本を理解する重要なことがらである。
 また、鎌倉幕府の成立により武家政権が成立し全国に広がったこと、日宋貿易や元寇などを通して東アジア世界とのかかわりに気付き、多様な中世を理解することをねらいとしている。
 本単元では,院政から平清盛が朝廷内で勢力を強めていくが、しかし貴族の反発で平氏が衰退していくまでの歴史の流れ,また源氏が源平合戦を通して武家政権を樹立していく過程を政治面からだけでなく外交面や経済面からも考察させ,中世前半の歴史的特色を理解する。

本単元の構造図

3.本時(院と平氏の政治)の学習のねらい

・武士のおこりから平氏政権までの流れを確認する。
・平氏がどのようにして政治の実権を握ったのかを考察し、自分の言葉で表現する。

4.指導計画

1)院と平氏の政治 …第1時(本時)
2)武家政治の始まり …第2時
3)鎌倉時代の武士と農民 …第3時
4)鎌倉時代の農業と商業の発達 …第4時
5)元の襲来と鎌倉幕府のおとろえ …第5時

5.観点別評価規準

社会的事象への
関心・意欲・態度

社会的な
思考・判断・表現

資料活用の技能

社会的事象についての知識・理解

・院政から平氏政権、鎌倉幕府までの成立と支配の広がり、東アジアとの関わりを背景とした社会や文化など、歴史的事象に対する関心を高め意欲的に追究し、時代の特色を捉えようとする。

・院政から平氏政権、鎌倉幕府の成立と社会的な変動や武家政治の特色について、多面的・多角的に考察し、公正に判断して、その過程や結果を適切に表現している。

・院政から平氏政権、鎌倉幕府の成立と社会的な変動や武家政治に関する様々な資料を収集し、有用な情報を適切に選択して、読み取ったり図表などにまとめたりしている。

・貴族政治から武士が台頭して武家政権が成立し、その支配が次第に全国に広まることを理解し、その知識を身につけている。

6.評価計画

関心・意欲・
態度

思考・判断・
表現

技能

知識・理解

1次 院と平氏の政治

2次 武家政治の始まり

3次 鎌倉時代の武士と農民

4次 鎌倉時代の農業と商業の発達

5次 元の襲来と鎌倉幕府のおとろえ

定期テスト

合  計

2

3

2

2

7.観点別評価補助簿の例

8.本時の学習計画

第3編 中世の日本 1鎌倉幕府の成立 「院と平氏の政治」

【学習のねらい】
・武士のおこりから平氏政権までの流れを確認する。
・平氏がどのようにして政治の実権を握ったのかを考察し、自分の言葉で表現する。

学習事項・
ねらい

学習活動

学びの支援と
留意点

評価の観点等

○導入
・わたしは誰でしょう、というクイズで関心意欲を高める。

<一斉>
電子黒板で「画像をよく見て、これに関係する歴史上の人物を答えよ」を行い、正解が出たところで人物の紹介とともに今日のねらいを伝える。

テンポよく、あまり時間をかけないようにする。そして、本時のねらいとクイズがつながっていることを確認する。

○共有課題
・摂関政治以降、平氏政権までの流れをつかむ
ワークシート:課題1)

<コの字>
課題1 共有の課題
平氏政権までの政治の流れを読み取ろう

以前の政治を振り返り、天皇親政からの流れを理解させる。

【作業】
摂関政治から院政、平氏政権までの流れを確認し、ワークシートの課題1に書き込み、どのような政治の内容かも理解する。

○発展課題
・平氏が政権をにぎったことについて考察する
ワークシート:課題2)

課題2 ジャンプの課題
平氏政権が成立することになった最も大きな要因について考察する。

正解は決まっていないことを伝え、教科書や資料集・配布資料(朝廷との関係、際立つ軍事力、経済力の源、年表:清盛が生きた時代などから読み取り、要因を一つ選ばせる。

【考察】
平氏が政権をにぎるようになった要因として、関わりのあることに着目し、その中で最も関わりの深い出来事が何かを考察する。

・平氏政権について深く考察し、班で意見をまとめる

<4人班>
【作業】
選んだ要因について、班の中で意見交流し、なぜそう思うのかも自分の言葉で伝える。

どの要因を選択したとしても、選択した理由を出させて、意見交流を図る。そして政権の歴史における意義を考える。

・発表する

【発表】
各グループの歴史の流れを発表し、自分の班の意見とは違う班の意見を聞き、議論し、考える

各班の意見を聞いて気付いたことや発見したことを書き込むように指示する。
異なる意見が出ない場合は、教師側から出して、意見の多様化をはかる。

【思考・判断・表現】
要因と関わりのある歴史上の出来事を見つけ、その関連性を自分の言葉で表現することができる。

○まとめ(5分)
・平氏政権の終わりについて考察する

【考察】
平氏政権の終わりと、その理由について考える。

なぜ平氏の政権が短期間で終わり、源氏が幕府を開くのか、課題意識を持たせる。

ワークシート

年表:清盛が生きた時代

メタ認知を鍛える図画工作・美術

 以前、<Vol.25>「子どもの見方」で、「つくっている」ものと「子ども」は一体で、「作品はその子自身だ」という話をしました。今回は、そこから、もう少し話を進めてみたいと思います。

もう一人の「リトル自分」

 「子どもたちはつくっている作品と一体化する」それは、その通りなのだろうと思います。あたかも自分をつくり出しているように作品をつくります。大人もそういうところがあります。料理や工作など、つくっているときは夢中です。ときには子どもの持っているブロックを取り上げて、自分のものをつくっています…あぁ、大人げない。

 でも、いつも「つくっている作品と自分は一つ」ではないのです。人は、つくりながら、すっと体を引いて、自分の作品を見る瞬間があるのです。それは、自分のつくっている作品から、一度自分を外すような行為です。筆者の調べる限りでは、幼児も行う行為です。例えば、写真のA子ちゃんがそうです。段ボールの家の壁に、色セロハンの洗濯物を干していたのですが、1mくらい後ずさりして、その状態でじっと洗濯物を見つめます。その直後に、この子は色を取り換え始めました(※1)。つくっている作品と距離をとる。自分の体を引く。この行為には、どのような意味があるのでしょうか。
 まず、子どもたちは夢中になって、作品をつくります。つくっている作品になりきり、作品の中で遊ぶようにつくります。このとき、作品は間違いなく「自分」でしょう。では、作品から体を引いて、作品を見つめる自分は? それも自分です。ただし、作品と一体の自分ではありません。そこから距離をとった自分です。おそらく、「色はこれでいいかな」「形はもっとかっこよくならないかな」と考えているはずです。自分の作品を冷静に見つめている「もう一人の自分」、サッカー日本代表の本田選手に倣って言えば「リトル自分」です(※2)。図示するとこうなるでしょう。

 子どもが自覚しているかどうかは別として、これは「メタ認知」の一種ではないでしょうか。「メタ」とは、高次の、超えた、後ろの、などの意味で、「メタ認知」は「認知を(超えて)認知する」こと、いわば「もう一人の自分が、自分の思考や行動を把握したり、認識したりする」ということです。これを遂行できる能力が「メタ認知能力」です。
 子どものつくる作品は、学習課題という意味では計算問題や文章題と同じです。でも、それらとは異なり、作品は立派な「自分」として成立しています。その作品から体を外すことは、まさに「自分」から「もう一人の自分」が生まれた瞬間です。そして、作品を見つめる行為は、「もう一人の自分」が今の「自分」ついて考える姿にほかならないでしょう。

メタ認知が働きやすい図画工作・美術

 現在、「メタ認知」は、クリティカル・シンキング、リフレクションなどと並んで、育てたい力として着目されています。それは世界が多様で複雑になり、文化的なすれ違いに満ちているという意味で切実な課題です。単純な判断をしてしまうと、致命的なトラブルを起こしかねません。冷静に自己を見つめるまなざしが求められているのです。ただ「言うは易く行うは難し」、自分の思考や行動のモニタリングは簡単ではありません。
 図画工作や美術では、目の前に「作品という自分」と、それを見つめる「もう一人の自分」がいます。「メタ認知」は働きやすいでしょう。「メタ認知能力」を鍛える図画工作・美術、それは楽しく、かつ実効性のある学習活動だと思うのです。

 

※1:このような体を引く場面は、ベテランの先生がとらえるのが得意です。なぜなら、その次に、それまでとは違うことを始めることが多いからです。ベテランの児童理解のポイントの一つですね。
※2:2014ユーキャン新語・流行語大賞(現代用語の基礎知識選)の候補50語にサッカー界から「リトル本田」が選出されています。これは、日本代表FW本田圭佑選手が、1月にACミランへ移籍した際の入団会見で「心の中のリトル・ホンダに聞きました。そうしたら『ACミランでプレーしたい』と答えた。それが決断した理由です」とコメントしたことに由来しています。これはマンチェスター・UのFWロビン・ファン・ペルシー選手の入団会見の引用と言われています。

サン・オブ・ゴッド

(c)2014 LightWorkers Media Inc. and Hearst Productions Inc. All Rights Reserved.

 外国では、相変わらずイエス・キリスト関係や聖書関連の映画を作り続けている。昨年では、ノアの箱船を描いた「ノア 約束の舟」や、近く公開の、モーゼの十戒に材を得た「エクソダス 神と王」など、聖書やイエス・キリスト関連の映画は根強いテーマのひとつとなっている。また、多くの外国映画のちょっとしたセリフに聖書の一節が使われたりする。テレンス・マリック監督の「ツリー・オブ・ライフ」や「トゥ・ザ・ワンダー」などは、聖書に書かれた祈りそのものの映画である。キリスト教にそれほど縁のない向きには、理解の及ばないことも多いが、西欧では、聖書やイエス・キリストが生活や教育の場で身近にあり、映画の題材になることも多いのだろう。
 イエス・キリストが主人公となる外国映画をざっと思い出してみると、「キング・オブ・キングス」、「奇跡の丘」、「偉大な生涯の物語」、「ジーザス・クライスト・スーパースター」、「最後の誘惑」、「パッション」などが想い浮かぶ。このほど、イエス・キリストの伝記として、その誕生から死、復活までを描いた映画「サン・オブ・ゴッド」(ブロードメディア・スタジオ配給)が公開される。

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 手短かに天地創造の創世記から始まり、アダムとイヴ、ノアの箱船、モーゼの十戒などのエピソードが語られる。ベツレヘムに東方の三博士を迎えて、救世主としてイエスが誕生する。預言者ヨハネから洗礼を受け、神の言葉を伝えるべくイエス(ディオゴ・モルガド)は数々の奇跡を起こしながら教えを広め、弟子を集めていく。ガリラヤの湖では、漁師のペトロ(ダーウィン・ショウ)に多くの魚を釣らせる。ユダヤ人に嫌われているローマ帝国の税吏マタイや、マグダラのマリア(アンバー・ローズ・レヴァ)らも、イエスの弟子となる。
 イエスの弟子たちや、イエスの説教に共感する人たちが増えていく。多くのユダヤ人たちは、イエスこそがローマから派遣されたピラト総督(グレッグ・ヒックス)の圧政から救ってくれる、と期待するようになる。イエスの奇跡は続く。ガリラヤの湖を歩き、ラザロを死から復活させる。この奇跡を知ったエルサレムの祭司カイアファ(エイドリアン・シラー)は、イエスに熱狂する人たちの存在に、ローマ帝国が介入するのではないかと危機感を強める。
 イエスたちはエルサレムに向かい、大衆はイエスを救世主として崇める。本来、祈りの場である神殿が、いまや商いの場となっていることにイエスは怒る。エルサレムは大騒ぎとなり、騒ぎはカイアファやピラト総督の知ることになる。ユダヤ人たちはローマの支配に不満を持っている。このままでは暴動になりかねない。やがて、イエスの弟子のユダがイエスを裏切ることになる。過ぎ越しの晩餐が始まり、イエスが弟子たちに告げたこととは…。

(c)2014 LightWorkers Media Inc. and Hearst Productions Inc. All Rights Reserved.

 聖書に基づき、イエスの多くの有名なエピソードを簡潔に網羅してイエスの生涯を描いていく。続出するエピソードに、いったいイエスはどうなるかのサスペンスが盛り込まれる。しかも、ドキュメンタリー・タッチのリアルな演出である。監督は、イギリス生まれのクリストファー・スペンサーで、テレビのドキュメンタリー作品で実績を残している。過去に、ジェフリー・ハンター、マックス・フォン・シドー、ウィレム・デフォーといった著名な俳優がイエス・キリスト役を演じたが、本作ではポルトガル生まれのディエゴ・モルガドが抜擢された。テレビ・シリーズの「ザ・バイブル」でイエスを演じた実績があり、リアリティたっぷりにイエスを力演する。
 日本におけるキリスト教は特定の学校では教育の現場で教えられるが、西欧ほど一般には根付いていない。多くの外国映画を見ると、聖書の一節や、ユダヤ教、キリスト教関係のセリフに出会うことが多い。かつて、チャールトン・ヘストンがモーゼに扮した映画「十戒」を見たあと、まっ先に旧約聖書の「出エジプト記」を読み出したことがあった。外国の映画好きなら、普段から聖書を丹念に読んだりイエスの生涯を辿ったりしていると、より映画の理解が深まるはずである。その意味で、本作は常識としてのキリスト教や、イエス・キリストの生涯を理解するにはうってつけの映画である。もちろん、イエスが復活し、永遠の命を得たかどうかは、人それぞれ信じるかどうかではあるのだが。

2015年1月10日(土)より新宿ピカデリーico_link丸の内ピカデリーico_linkほか全国ロードショー!

■『サン・オブ・ゴッド』

製作:ローマ・ダウニー、マーク・バネット
監督:クリストファー・スペンサー
脚本:クリストファー・スペンサー、コリン・スウォッシュ
音楽:ハンス・ジマー
出演:ディアゴ・モルガド、ローマ・ダウニー、グレッグ・ヒックス、エイドリアン・シラー、アンバー・ローズ・レヴァ 他
2014年/アメリカ/英語/カラー/シネマスコープ/138分
原題:SON OF GOD
字幕翻訳:松浦美奈
配給:ブロードメディア・スタジオ

目標(夢)に向かって 力強く

世界も認めるレジェンド

 ソチオリンピックの年、私は10年ぶりのW杯優勝を果たした。41歳7か月の勝利はスキージャンプ界の歴史を覆す出来事だ。私はオリンピックのメダルももうすぐだと思った。メダルの方からやってくる、そんな気がした。そして、ついにオリンピック当日がやってきた。朝食前に散歩に出て、遠くに広がるソチの山々を見ながらイメージトレーニングを重ねた。リラックスして過ごしたあと、午後からは軽い筋力トレーニングで体の調整。午後7時ごろ一人で会場に向かった。
 いよいよ私の番の1本目がきた。助走、サッツのタイミング、空中姿勢、何もかもがイメージ通りだった。飛距離は139メートル、得点は140.6。2位につけた。
 2本目。私は集中し、すべてがかみ合ってもいた。飛距離は133.5メートル、得点は136.8。最後の一人カミルを残して飛び終わった。そしてカミルは132.5メートルを飛んだ。結果は、2本目の飛距離も得点も、私はカミルをわずかに超えた。それでも1.5ポイントしか上回ることしかできず、わずか1.3ポイントの差で金メダルを逃した。金メダルに匹敵する結果だった。
 「ク・ヤ・シ・イ!」と私は叫んだ。最大のチャンスだったので、本当に悔しかった。しかし、ついにオリンピックで初めての銀メダルを獲得した。うれしさがあふれるようにこぼれてきた。

3つのギネス世界記録に認定された

 私は7度目の、2014年ソチオリンピック後、3つの「ギネス世界記録」に認定された。「冬季五輪最多7度出場」、「41歳219日、W杯最年長優勝」、「ジャンプ種目の冬季五輪最年長メダル」の3つだ。こうして私はレジェンドになった。人は成功してもどこかでまた失敗するだろう。失敗し最下位に落ちても、諦めずに努力し続ければ必ずよみがえることができるのだ。

もっと遠くへ、ジャンプとの出会い

 私は、1972年、札幌オリンピックの年に北海道北部の内陸の町、上川郡下川町に生まれた。スキージャンプで有名な町だ。亡くなった母の話では、小学校に上がるまでは月の半分は病院へ通っていたほど病弱な子どもだったそうだ。小学校に上がるころからは健康になったので、山や川を飛び回っては、自然を相手に遊んでいた。父に勧められ、マラソンも始めた。冬はもちろんスキー。家の裏にあるスキー場にはジャンプ台が4つ設けられていて、冬になると、ここが遊び場だった。私の柔軟な体と足腰のバネは、下川町の自然に培われたようなものだ。
 スキージャンプとの出会いは、小学校3年生の冬。友達に誘われてジャンプ台のスタート地点に立ったときだ。
 「ウワァ! 怖いなぁ~」アプローチを見下ろしながら、友達と二人で叫んでいた。ものすごく怖いけど、飛びたい。怖いけど、どこまで飛べるのだろうっていう冒険心があった。結局、「よし、行っちゃおう」と着地の方法も知らないまま滑り降りていた。ほんの一瞬、空を舞っているような気分になり、ものすごく楽しかったのをよく覚えている。
 初ジャンプで競技のおもしろさを知ってしまった私は、両親に隠れてジャンプを始め、どんどんのめり込んでいく。「もっと遠くへ飛びたい」、その一心だった。今でもフライングヒル競技は怖いが、あのときと同じ興奮に包まれる。「どこまで飛んでいけるのだろうか、どこまでも飛んでいきたい」と。

多くの人々に支えられて

 ジャンプ少年団に所属し、下川町主催のスキー大会に両親に内緒で出場した。小学校3・4年生部門で2位になり、ますますジャンプばかりの日々を送るようになった。そのころからジャンプ少年団の関係者が訪ねてくるようになり、両親を悩ませた。費用のかかる競技だということはよく理解していた。でも、私はやめたくなかったのだ。姉や妹は「スキー代にお金がかかるから、これからお小遣いやお年玉は無くなるからね」と母から言われていたと姉から聞かされた。母は一生懸命働いてくれていたし、姉も妹も何も言わず、ずっと私のジャンプを応援してくれていた。家族は、今も変わらずずっと陰ながら支え続けてくれている。
 私は高校時代から札幌に出て、東海大四高のスキー部にお世話になった。住み慣れた下川町を離れ、札幌で寮生活だ。私自身、知らない人ばかりの札幌暮らしへの不安もあったが、よき指導者や温かい級友に恵まれ、快適な高校生活を送れた。なんといってもスキーの環境は最高だった。
 上杉監督は世界を相手に競技することを勧めてくれ、高校2年から頻繁に海外遠征を行うことになる。このとき、私はすでに世界を見据えていた。改めて、支援してくれる人たちや級友たちに支えられていたのだと実感する。人は一人では生きることはできない。周りの人々の深い理解、協力がなければ物事は進まないのだ。今も、こうして飛び続けていられることに、本当に心から感謝したい。

新たな夢に向かって歩み続ける

ソチオリンピックで川本副会長と女子ジャンプの応援に

 いいことばかりだったわけじゃない。失敗ジャンプ、2度の鎖骨骨折、それに身内の不幸……。それでもアスリートなら、どんな試練からも立ち直らなければいけない。
 紆余曲折はあったが、土屋ホームの川本謙社長(現副会長・スキー部総監督)との出会いで、私は変わることができた。川本社長は、全社員を巻き込んで社内でスキー部の後援会を作ってくださった。そして、どんなに業績がたいへんなときもスキー部を無くすようなことをせず、しっかり支え続けてくれたからだ。成績が残せないからとやめさせられるという不安から解放され、のびのびと安定した状況のなかで活動することができたのは大きい。素直な気持ちで厳しいトレーニングにも精を出すことができた。
 また社長は、人として荒削りで未熟でガンコ者の男、非礼、無礼、失礼だったかもしれない私に、時には優しく、時には厳しく、時間をかけ、いろいろなことを教えてくださった。オリンピックでメダルを取ることができ、スキー部を支え続け、応援し続けてくれた土屋ホームの社員の皆さんや川本社長に少しだけ恩返しできたような気がしている。
 メダルを取ってからは、また多くの人たちに出会い、スキー以外の多忙な日々を送ることになった。そして、今までとは違う景色を見ている。特に、社会人として礼儀作法、服装、所作、そして、言葉遣いなど、「学び直し」として考え、実践している。これからの新しい選手たちにも伝えていかなければと感じている。
 でも、私にはもう一つ、「金メダルを取る」という仕事が残っている。人はいつも目標(夢)があるから力強く前に歩み続けることができるのだと思う。
 可能性と夢は、いつも自分の歩いていく、すぐ前に残し続けていく方がいい。だから私はここまで来ることができたと思う。
 今、金メダルは夢ではなく、超えていくものの一つだと思うのだ。

写真:土屋ホーム

 

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葛西 紀明(かさい のりあき)
北海道下川町生まれ。小学3年生でスキーを始める。2014年W杯最年長優勝(41歳7か月)。2014年2月のソチ冬季五輪では個人ラージヒル銀、団体銅のメダルを獲得。同年3月、W杯最年長優勝、冬季五輪7大会連続最多出場、冬季五輪スキージャンプ最年長メダリストの3つがギネス世界記録に認定される。現在、土屋ホームスキー部選手兼監督。