道徳科の指導 ―多面的・多角的に考える―

 長雨が続いた今年の梅雨も学校が夏休みになるとともにやっと終わり、暑い夏がやってきました。皆様は如何お過ごしでしょうか。夏休みになりホッとされている方もおられるのではないかと思います。
 最近、海外の大学への留学や海外からの留学生を受け入れるために1年を春・夏・秋・冬の4つに区切ったクオーター制を取り入れ、9月卒業・入学ができるようにしている大学が増えてきています。早稲田大学ではこの制度を率先して導入したので、夏クオーターが8月の第1週まであり、小学生・中学生・高校生が夏休みである7月も授業を行っています。このためか留学生の在学数が日本一であり、外国籍の教員も増えています。私が所属する教育学研究科高度教職実践専攻(教職大学院)では2年前から中国籍の方が国語教育を担当して、国語の先生を目指している学生の指導を行っています。これからの日本はますますグローバル化が進み、多くの外国の人々とコミュニケーションを取り、互いに尊重し、協働して生活する社会になっていくのではないかと思います。

 さて、今回も前回に引き続き道徳科の授業の在り方について考えていきます。「物事を広い視野から多面的・多角的に考える学習」とはどのようなことか、特に、道徳科における『多面的・多角的』とはどのようなことを言うのかについて述べたいと思います。

1 「多面的・多角的に考える学習」とは

「今日は道徳科の学習の視点である『物事を広い視野から多面的・多角的に考え』について考えていきましょう。ここでのポイントは『多面的・多角的に考える』ということがどのようなことを提言しているかです。先日、夏に実施される教員採用選考試験で行われる集団討論の練習を行いました。討論は『授業中、寝ている生徒がいたらどうするか』というテーマで行いました。みんなはどんな意見を述べますか?」
真理「まず机間指導して起こします。」
「生徒が寝るということは授業が面白くないからだと思います。楽しい授業、わかり易い授業を行います。」
真理「興味や関心を高める授業も大切だと思う。」
「練習の時も響君・真理さんと同じく、教科指導の在り方について討論しましたが、10分もすると話題がつき、話し合いが続かなくなりました。練習だったのでよかったですが、本番の試験だったら困ります。どうすればこのような事態を打開することができますか?」
道子「教科指導ばかりではなく、生徒の学校生活や家庭での生活について考えてみるとよいと思います。」
「なるほど、部活動で朝練習をして疲れていたとか、夜遅くまでゲームをしていて寝不足だとかいろいろな事例が考えられる。」
「そうですね。教科指導だけでなく生徒指導や家庭との連携など別の視点で考えることが大切です。試験ではそのようなコーディネートをすることができる人が高く評価されます。『多面的・多角的に考える』ということは、視点や場面を変えることにより別のことが見えてくる。つまり多様な視点や場面を通して物事を考えることです。」
真理「数学で学ぶ多面体や多角形の学習に似ていますね。円錐を上から見ると円、横から見ると三角形に見えるというようなことですね。」
道子「どうして多様的な見方や考え方をしなければならないのですか?」
「それはこれからの時代はグローバル化の進展、科学技術の発展などによって社会が大きく変化し、多様な価値観の人々が互いに相手を尊重して生きていかなければならなくなるからです。中央教育審議会答申(2014年10月)『道徳に係る教育課程の改善について』の中では『人としての生き方や社会の在り方について、多様な価値観の存在を認識しつつ、自ら感じ、考え、他者と対話し協働しながら、よりよい方向を目指す資質・能力を備えること』が求められています。このためには『多面的・多角的に考える』ことにより、道徳的諸価値に対する概念的な理解や自己中心的な見方から、多様で豊かな見方や考え方を育てることが大切とされています。」
「前回学んだメタ認知を進め、自己を見つめることにもつながりますね。」
「そうです。そして『多面的・多角的に考える』には、答申に述べられているように他者と対話することが必要になります。」

2 道徳科における「多面的・多角的に考える学習」

「次に、道徳科における『多面的・多角的に考える学習』とはどのような学習か、具体的に考えてみましょう。皆さんは『臓器提供意思表示カード』を知っていますか?」
道子「脳死後または心臓停止した死後、自分の心臓や肺などの臓器を、移植を必要としている人へ提供するかしないかを意思表示したカードです。臓器提供者のことを『ドナー』と呼び、日本文教出版の教科書の教材にもなっていますね。」

臓器提供意思表示カード

表面裏面

「運転免許証の裏面に同じ内容のものがついています!」
「そうですね。響君は提供にサインしましたか?」
「はい、偶然にも自分に与えられた命と体ですが無駄にはしたくないので、移植することにより救える人たちへ臓器を提供して役立ててもらいます。」
「立派ですね! しかし、提供するには本人以外に家族の同意が必要であることを知っていますか? 本人の意思が、家族に伝えられておらず、不明のときには、家族は判断に思い悩むことになります。」
「運転免許証には家族の記入欄が無いです。なぜ家族は反対するのですか?」
「本人の意思が家族にも伝えられているときには、家族は本人の意思を尊重しての判断がしやすくなります。一方で、本人の意思が不明なときには、脳死の場合でも脳の動きが停止していていずれはなくなりますが、しばらくは機械や薬の力を借りて心臓をはじめとする臓器は働いて、まるで寝ているような状態に見えます。この様子から提供することを拒む家族の人もいます。どうしてだと思いますか?」
道子「脳の働きが治るかもしれない、それまでは死を認めたくないと考えているからだと思います。」
「そうですね。臓器を取り出すということは愛する人の死を認めることになります。このため、家族の人は提供を拒否しますね。」
「本人は、脳は死んでいるのだからまだ生きている臓器を役立てたいと思っているが、家族は、愛する者の死を認めることができないと考えているということですね。」
「では教材にはありませんが、移植を担当する医師はどう思っているでしょうか?」
真理「家族の気持ちは十分にわかるが、脳死からは回復する見込みがないことを家族には理解してほしい。」
「そうですね。臓器提供は終末期の選択肢の一つですが、家族の思いを尊重します。本人、家族、医師と立場を変えてみることにより、生命尊重という価値には、生命の偶然性・有限性・連続性という三つの考え方があることが分かります。さらに、臓器移植には、家族愛・人間愛・社会貢献などの道徳的諸価値も関わっていることに気づかせてくれます。『多面的・多角的に考える学習』とは、このように多様な視点から総合的に考えさせることによって生徒たちの道徳性を育む学習です。」
「キャリア教育として働いている人の話を聞いたり、実際に職場体験をしたりすることが行われていますが、このような活動を通して、働くことの意義や大切さを考えることも『多面的・多角的に考える学習』と考えてもよいですか?」
「響君は、今日は冴えていますね! 道徳科の授業の中で、他教科や体験学習などの教育活動での学びを生かしていく横断的な学習も考えられますね。」

 今回は道徳科の学習の一つである「物事を広い視野から多面的・多角的に考える学習」について述べました。中学生は自分の利害だけで物事を見るのではなく、他者のこと、自分が所属する集団のことを考え行動することができます。『多面的・多角的』な視点で考える学習を通して道徳性を養ってください。次回は、「人間としての生き方についての考え方を深める学習」について述べたいと思います。ご期待ください。

子どもと大人をつなぐ場所

 「子どもと大人が同じ気持ちになる」それは教育のスタートです。でも大人と子どもの世界はけっこう違っていて、これがなかなか難しい。簡単な方法はないのでしょうか?

「なぜ」を繰り返す子ども

 文化に染まりきっていない子どもにとって、身の回りの世界は不思議だらけです。
 電車が生き物のように動くのは謎だし、車のドアが自動で開くのも不思議、象のように大きな動物がいるのも驚きです。「どうして電車は動くの?」「なぜ象は大きいの?」子どもの「なぜ?」に答えられず、困った大人も多いでしょう。
 そのため、常に自分の知識や経験を総動員しながら世界を見つめ、答えを探そうとします。足元の水たまりに「なぜこんな色をしているのだろう」とのぞきこみます。道端のひび割れから顔を出す雑草に「どうして、こんな所から生えるのだろう」と座り込みます。道路で不審な動きをしている子どもの姿はそういうことでしょう。
 日々「なぜ」「どうして」を繰り返しながら世界と交流しながら、その都度、その子なりに意味や価値をつくりだしている生き物、それが子どもです。

子どもから大人に

 でも、年齢を重ねるにつれ、世界に対する理解は積み上がり、社会的な概念が形成され、他者と価値を共有しながら話し合えるようになっていきます。
 同時に、電車が動くとか、象がいるなどは当たり前のこととなり、水たまりや雑草に驚きを感じることも減っていきます。身の回りの世界に対する不思議さは表れを潜め、晴れて「物事の分かっている大人」になるのです。それは、何を見てもたいてい意味が分かり、何に触れても経験をもとに判断できるようになった「大人な姿」です。
 その頃に、自分がもはや子どもではないことに気づきます。かつては子どもだったけれども、目の前にいる子どもと感じ方が違うのです。時には、同じものを見ているはずなのに、別のものを見ているような感覚にすらなります。「とうとう大人になってしまったなあ」と自覚をするのです。

大人が子どもに戻る場所

 そんな大人たちが子どもに戻れる場所があります。
 例えば家族旅行などで行く山や川、海などです。山道で粘土を見つけ、海辺で砂山をつくり、河岸から川に飛び込む……それらの行為そのものに夢中になります。草むらで不思議な虫や花を見つけて喜び、水中眼鏡を着けて魚やサンゴに出会い、その美しさに吸い込まれる……その気持ちや感覚に大人と子どもの違いはありません(※1)
 美術館もそのような場所の一つでしょう。ツンと澄ましたような外観で、中に入ると薄暗く、広い空間が広がっていて……入館するときに、少しばかり不安な気持になります。進んでいくと、いくつもの部屋に分かれ、そこには見たこともない形、不思議な色、驚くほど精緻な描写など様々な美術作品が展示されています。意味や価値が分からず、方向感覚も失い、まるで迷子のような気分になります。
 美術館で味わうそのような気持ちや感覚は、子どもが身の回りの世界に感じていることに似ています。言い換えれば、子どもにとっては、身の回りの世界が不思議で満ち溢れた美術館なのです。
 美術館を大人が子どもに戻れる場所としてとらえたとき、そこで、知的な好奇心を高めたり、新鮮なアイデアを思いついたり、世界を編み直したりできれば、美術館で行われる教育活動としては大成功でしょう。

大人と子どもをつなぐ「教科書美術館」

 図画工作や美術の教科書にも、美術館のようなページが用意されています。題材としては示されていませんが、一定のテーマをもとに構成された展覧会や美術館のようなページです。
 例えば「教科書美術館」。ページを開くと、いろいろな形や色(1・2上)、石の輝きや月のクレーター(3・4下)、びっしりと並んだ電車(5・6上)など、「これは何?」と戸惑い、不思議な気持ちになります。土や石などの自然物、不思議な道具、過去から現代の美術品、様々な児童作品など幅広い対象が山ほど盛り込まれています。開くだけで「なにこれ?」「これ不思議!」などワンダーランドに入ったような気持ちになれるといったら言い過ぎでしょうか?

日本文教出版 2020年度版教科書
『図画工作 1・2上』p.6 「教科書美術館 すきな かたちや いろ なあに(一部)」

日本文教出版 2020年度版教科書
『図画工作 3・4下』p.2 「教科書美術館 しぜんの形(一部)」

日本文教出版 2020年度版教科書
『図画工作 5・6上』p.2 「教科書美術館 身近なものを見つめて(一部)」

 その気持ちのまま、子どもたちに話しかけてみましょう(※2)
 場面は、ある日の休み時間、先生の机の周りを数人の子どもたちが取り囲んでいます。開くのは3年生の図画工作の教科書美術館(3・4上「しぜんの色」)、ページを開くと、試験管に入った色砂がずらり……。

日本文教出版 2020年度版教科書『図画工作 3・4上』p.2-4 「教科書美術館 しぜんの色」

 先生「これ全部、土なんだって?!」
 子ども「え~土~?!」
 子ども「知っている!神社の下がこの色!」
 子ども「そう、アリジゴクがいたところ!」
 先生「みやぎ、かごしま、さいたま……いろんな県があるんだね」
 子ども「鹿児島のおじいちゃんちの近くの砂浜がこの色だった!」
 子ども「運動場の色に似てる~」
 次々と展開する会話から、自然には「いろいろな色」があるという気づきが生まれ、色と場所の概念が広がっていきます(※3)
 この後、「いろいろな土の色を集めてみよう」と提案し、身近な環境から土を集めたり、知人や親せきなどから土を送ってもらったりしながら、「土の図鑑」をつくる活動もできるでしょう。その土を用いて、簡単に描くのもよいでしょう(※4)


 ページを開くだけで、大人を子どもに戻し、大人と子どもで創造的な学習活動をつくりだせるとしたら、「教科書美術館」は、子どもと大人が同じ気持ちになれる最も簡単な方法かもしれません。

※1:少しばかり非日常的な場所、新鮮で、不思議な空間に囲まれたとき、大人は子どもと同じ気持ちになれるのだと思います。
※2:教科書は授業を行うためだけでなく、気軽に子どもたちとおしゃべりするために使うという視点もありかなと思います。
※3:おそらく保護者と子どもが開いても同じような会話ができるでしょう。
※4:目黒区五本木小学校 鈴木陽子先生の実践。『図工のみかた』第10号(日本文教出版)

「2020年度版 小学校教科書のご案内」図工資料DL:年計・評価規準追加

「2020年度版 小学校教科書のご案内」特設サイト:「2020年度版教科書『図画工作』のご案内」に「資料ダウンロード:年間指導計画案・評価規準の参考事例(Excelファイル)」を追加しました。

小中連携って、どんな意味があるんだ?

今までなかった「どうとくマンガ」!
「道徳教育」についてよく抱かれる疑問を取り上げ、マンガでわかりやすく解説します!

第11回のテーマは、「小中連携の取り組みから見えること」についてです。

【登場人物】

徳田一道(とくだかずみち)

徳田一道
(とくだかずみち)

主人公。若手の中学校教師。異動先の学校で道徳教育推進教師に任命された。

愛智 恵(あいちめぐみ)

愛智 恵
(あいちめぐみ)

一道の同僚の教師。同じく道徳教育推進教師に任命された。

知多正義(ちたまさよし)

知多正義
(ちたまさよし)

一道の同僚のベテラン教師。生徒指導主任を務める。

仁科良子(にしなりょうこ)

仁科良子
(にしなりょうこ)

一道の同僚の教師。一道のクラスの副担任を務める。

モモ

モモ

なぜか一道に「道徳」について教えてくれる妖精(?)。

ルル

ルル

モモと一緒に「道徳」について教えてくれる妖精(?)。一道にしか見えないはずが……?

とめ,はらい,はね(第1学年)

 これまで水書用紙を使った学習は,2年生の3学期,3年生の初めての毛筆指導で行ったことがありました。
 水書用紙を活用することで,すぐに書き始めることができ,筆の持ち方や特長をじっくり学習することができました。何重の渦巻きが書けるかに挑戦すると,こちらから指導しなくても,子どもたちの筆の持ち方はどんどんよくなっていきました。こちらが一番大切にしたいと思っている「筆を立てて,腕を大きく動かして書くこと」ができました。

1.1年生に,水書用紙を活用した学習を実施

 今回は,1年生の『かん字』「せんのおわり」「とめ・はね・はらい」の単元の学習で,水書用紙を活用した学習を行いました。筆は,水彩画で使用する「水書用筆」を使用して学習を進めました。
 「小」「大」の漢字の線の終わりに注目し,「とめ」「はね」「はらい」の特徴を子どもたちに聞きました。すると,「はね」は,「ぴょんとはねる」という答えが返ってきました。「はらい」については,「だんだん細くする」という答えが返ってきました。そこでこちらから,上にぴょんとはねあげた「はね」や左はらいと同じような「右はらい」などの悪い線の例を示しました。すると,「それはあかん」と言い,自分たちの言葉でいろいろな説明をしてくれました。そして,「はね」は「1回とまって,ゆっくり横にはねる」「右はらい」は「だんだん太くして,1回とまって,三角の形のようにはらう」とまとまりました。

2.説明後に,自分たちで確かめる実技へ

 次に,自分たちの線の終わりがきちんと書けているか,水書用筆を使って確かめようと実技を始めました。


 「これ,使ったことある」という子どももいましたが,初めて水書用筆を持つ子どもも多く,不安げな様子も見られました。まずは,姿勢や鉛筆の持ち方を確かめ,同じ持ち方で書くことを伝え,書き始めました。
 なかなか納得できる線が書けないようで,何度も何度も練習していました。力が入りすぎていたり,正しい持ち方ができていなかったりすると,なかなかうまく書けないようでした。


 しかし,水書用紙は,うまく書けなくても消しゴムを使わずにどんどん書き進めることができ,途中であきらめることなくうまく書けるコツを進んで学んでいました。


3.正しい持ち方で正しい線を書こうとすることで

 2学期の12月の取り組みでしたが,1年生のスタートの絵を活用した線描きの練習から筆を使うと,もっとわかりやすく線の違いを学習できるのではないかと感じました。そして,水書用筆を使って正しい線を書こうとしていくことで,正しい鉛筆の持ち方も身につくのではないかと感じました。また,3年生の初めての小筆指導のときにも水書用筆や水書用紙を活用すると,スムーズに指導できるのではないかと感じました。


○水書用紙・水書用筆とは?
 平成29年に公表された新学習指導要領解説 国語編に,「水書用筆等」の文言が明記されました。
 水書用筆は,弾力性に富み,扱いやすい筆記具です。また,併せて使う水書用紙は,水に濡れると色が変わり,乾くと元に戻るという特性があります。
 何度も練習できること,汚れを気にしなくてよいことなどから,低学年の子どもたちにぴったりの練習用具として,注目を集めています。