学び!と美術

学び!と美術

子どもと大人をつなぐ場所
2019.08.09
学び!と美術 <Vol.84>
子どもと大人をつなぐ場所
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 「子どもと大人が同じ気持ちになる」それは教育のスタートです。でも大人と子どもの世界はけっこう違っていて、これがなかなか難しい。簡単な方法はないのでしょうか?

「なぜ」を繰り返す子ども

 文化に染まりきっていない子どもにとって、身の回りの世界は不思議だらけです。
 電車が生き物のように動くのは謎だし、車のドアが自動で開くのも不思議、象のように大きな動物がいるのも驚きです。「どうして電車は動くの?」「なぜ象は大きいの?」子どもの「なぜ?」に答えられず、困った大人も多いでしょう。
 そのため、常に自分の知識や経験を総動員しながら世界を見つめ、答えを探そうとします。足元の水たまりに「なぜこんな色をしているのだろう」とのぞきこみます。道端のひび割れから顔を出す雑草に「どうして、こんな所から生えるのだろう」と座り込みます。道路で不審な動きをしている子どもの姿はそういうことでしょう。
 日々「なぜ」「どうして」を繰り返しながら世界と交流しながら、その都度、その子なりに意味や価値をつくりだしている生き物、それが子どもです。

子どもから大人に

 でも、年齢を重ねるにつれ、世界に対する理解は積み上がり、社会的な概念が形成され、他者と価値を共有しながら話し合えるようになっていきます。
 同時に、電車が動くとか、象がいるなどは当たり前のこととなり、水たまりや雑草に驚きを感じることも減っていきます。身の回りの世界に対する不思議さは表れを潜め、晴れて「物事の分かっている大人」になるのです。それは、何を見てもたいてい意味が分かり、何に触れても経験をもとに判断できるようになった「大人な姿」です。
 その頃に、自分がもはや子どもではないことに気づきます。かつては子どもだったけれども、目の前にいる子どもと感じ方が違うのです。時には、同じものを見ているはずなのに、別のものを見ているような感覚にすらなります。「とうとう大人になってしまったなあ」と自覚をするのです。

大人が子どもに戻る場所

 そんな大人たちが子どもに戻れる場所があります。
 例えば家族旅行などで行く山や川、海などです。山道で粘土を見つけ、海辺で砂山をつくり、河岸から川に飛び込む……それらの行為そのものに夢中になります。草むらで不思議な虫や花を見つけて喜び、水中眼鏡を着けて魚やサンゴに出会い、その美しさに吸い込まれる……その気持ちや感覚に大人と子どもの違いはありません(※1)
 美術館もそのような場所の一つでしょう。ツンと澄ましたような外観で、中に入ると薄暗く、広い空間が広がっていて……入館するときに、少しばかり不安な気持になります。進んでいくと、いくつもの部屋に分かれ、そこには見たこともない形、不思議な色、驚くほど精緻な描写など様々な美術作品が展示されています。意味や価値が分からず、方向感覚も失い、まるで迷子のような気分になります。
 美術館で味わうそのような気持ちや感覚は、子どもが身の回りの世界に感じていることに似ています。言い換えれば、子どもにとっては、身の回りの世界が不思議で満ち溢れた美術館なのです。
 美術館を大人が子どもに戻れる場所としてとらえたとき、そこで、知的な好奇心を高めたり、新鮮なアイデアを思いついたり、世界を編み直したりできれば、美術館で行われる教育活動としては大成功でしょう。

大人と子どもをつなぐ「教科書美術館」

 図画工作や美術の教科書にも、美術館のようなページが用意されています。題材としては示されていませんが、一定のテーマをもとに構成された展覧会や美術館のようなページです。
 例えば「教科書美術館」。ページを開くと、いろいろな形や色(1・2上)、石の輝きや月のクレーター(3・4下)、びっしりと並んだ電車(5・6上)など、「これは何?」と戸惑い、不思議な気持ちになります。土や石などの自然物、不思議な道具、過去から現代の美術品、様々な児童作品など幅広い対象が山ほど盛り込まれています。開くだけで「なにこれ?」「これ不思議!」などワンダーランドに入ったような気持ちになれるといったら言い過ぎでしょうか?

日本文教出版 2020年度版教科書
『図画工作 1・2上』p.6 「教科書美術館 すきな かたちや いろ なあに(一部)」
日本文教出版 2020年度版教科書
『図画工作 3・4下』p.2 「教科書美術館 しぜんの形(一部)」
日本文教出版 2020年度版教科書
『図画工作 5・6上』p.2 「教科書美術館 身近なものを見つめて(一部)」

 その気持ちのまま、子どもたちに話しかけてみましょう(※2)
 場面は、ある日の休み時間、先生の机の周りを数人の子どもたちが取り囲んでいます。開くのは3年生の図画工作の教科書美術館(3・4上「しぜんの色」)、ページを開くと、試験管に入った色砂がずらり……。

日本文教出版 2020年度版教科書『図画工作 3・4上』p.2-4 「教科書美術館 しぜんの色」

 先生「これ全部、土なんだって?!」
 子ども「え~土~?!」
 子ども「知っている!神社の下がこの色!」
 子ども「そう、アリジゴクがいたところ!」
 先生「みやぎ、かごしま、さいたま……いろんな県があるんだね」
 子ども「鹿児島のおじいちゃんちの近くの砂浜がこの色だった!」
 子ども「運動場の色に似てる~」
 次々と展開する会話から、自然には「いろいろな色」があるという気づきが生まれ、色と場所の概念が広がっていきます(※3)
 この後、「いろいろな土の色を集めてみよう」と提案し、身近な環境から土を集めたり、知人や親せきなどから土を送ってもらったりしながら、「土の図鑑」をつくる活動もできるでしょう。その土を用いて、簡単に描くのもよいでしょう(※4)

 ページを開くだけで、大人を子どもに戻し、大人と子どもで創造的な学習活動をつくりだせるとしたら、「教科書美術館」は、子どもと大人が同じ気持ちになれる最も簡単な方法かもしれません。

※1:少しばかり非日常的な場所、新鮮で、不思議な空間に囲まれたとき、大人は子どもと同じ気持ちになれるのだと思います。
※2:教科書は授業を行うためだけでなく、気軽に子どもたちとおしゃべりするために使うという視点もありかなと思います。
※3:おそらく保護者と子どもが開いても同じような会話ができるでしょう。
※4:目黒区五本木小学校 鈴木陽子先生の実践。『図工のみかた』第10号(日本文教出版)