犬部!

©2021『犬部!』製作委員会

 篠原哲雄監督の新作「犬部!」(KADOKAWA配給)が公開される。一見、不思議なタイトルだが、映画を見進めるうちに、納得がいく。
 犬や猫だけではなく、生きとし生けるものの命の尊さを、声高ではなく、獣医学を学んだ若者たちの視点から描いた力作だ。実話に基づいているが、フィクションである。映画の基になったのは、2010年に出版された「北里大学獣医学部 犬部!」(片野ゆか・ポプラ社)で、評判をよんで、複数のコミックにもなった。
 篠原監督の作品は、「月とキャベツ」以降、そのほとんどを見ている。幅広い題材を映画化しているが、どの作品にも共通して思うのは、清潔、誠実なこと。
 昨年の暮れ、「シネマDEりんりん」という映画サークルの主催で、篠原監督と1時間ほど話す機会があった。監督がなぜ映画の世界に入ったのかから、助監督を経て監督になったいきさつ、師匠筋になる森田芳光監督の思い出、最新作の状況などを話してくれた。愚問にも、誠実かつ丁寧にご対応をいただき、監督のお人柄がしのばれた。
 新作「犬部!」の舞台は、青森県の十和田市だ。2003年初夏。花井颯太(林遺都)は、十和田獣医科大学で学んでいる。授業が終わるやいなや、颯太はアパートに戻ろうとする。颯太は生来の犬好きで、生まれたての子犬の面倒をみるためだ。
©2021『犬部!』製作委員会 アパートに戻る途中、颯太は傷だらけの犬を保護する。颯太の後輩で、猫好きの佐備川よしみ(大原櫻子)が、子犬を見るために颯太のアパートにやってくる。さらに、颯太の同級生の柴崎涼介(中川大志)もやってきて、颯太の連れ帰った犬の体をきれいにして、ニコと名付ける。持ち主が判明する。ニコは、大学の外科実習用の犬で、やがては解剖される運命だと分かる。
 居場所をつきとめた安室教授(岩松了)と、教授の手伝いをしている秋田智彦(浅香航太)は、逃げ出した犬を連れ戻しに、颯太のアパートにやってくる。いったん、連れ戻されたニコは、再び颯太のアパートに逃げてくる。教授は、帰ろうとしないニコを見て、「我々は、動物の命を救うために獣医学を学んでいる。君は獣医学の世界を変えるかもしれない」と、ニコを颯太に譲渡する。
 「俺は一匹も殺したくない」という颯太は、「犬部」の設立を柴崎たちに打ち明ける。「犬たちを保護して新しい飼い主を見つけること」と颯太。「犬部」は、颯太、よしみ、柴崎、秋田の4人で発足する。
 16年後の2019年晩春。颯太は東京で花井動物病院を開業している。他の犬に噛まれた犬、野良猫の去勢依頼など、どんな動物でも助けることで、颯太の病院は繁盛している。
©2021『犬部!』製作委員会 ある日、颯太を訪ねて、川瀬(田辺桃子)という女性がやってくる。なんでも、十和田市のペットショップで、ペットが増えすぎて、飼育が不可能になっている、という。颯太は、十和田市に向かう。
 秋田は、父親の経営する秋田アニマルクリニックの獣医師になっている。野良猫や野良犬を受け入れられない現実に、心苦しく思っている。また、よしみは、過去のトラウマを抱えながら、伝染病の研究者になっている。
 颯太は、十和田市のペットショップで、ある事件を起こし、逮捕されてしまう。ニュースで知った秋田とよしみは、十和田に駆け付けるが、柴崎の姿はない。
 映画は、「犬部」4名の現在と過去を行きつしつつ、その生き方を描いていく。
 優れた映画監督は、手を変え品を変え、人の生き方を描く。篠原監督も、さまざまな人物の生き方を描いてきたと思う。「犬部!」もまた、ペットの命の尊さを訴えるだけではなく、4人の若者の生き方に寄り添う。
 若い俳優たちが、力のこもった演技を披露する。安室教授役の岩松了は、劇作家、演出家でもあり、達者。出番は少ないが、田中麗奈が顔を見せる。
 さらに安定、円熟した篠原演出をお楽しみください。

2021年7月22日(木・祝)全国ロードショー

『犬部!』公式Webサイト

監督:篠原哲雄
脚本:山田あかね
出演:林遣都、中川大志、大原櫻子、浅香航大、田辺桃子、安藤玉恵、しゅはまはるみ、坂東龍汰、田中麗奈、酒向芳、螢雪次朗、岩松了
原案:片野ゆか「北里大学獣医学部 犬部!」(ポプラ社刊)
主題歌:「ライフスコール」Novelbright(UNIVERSAL SIGMA / ZEST)
配給:KADOKAWA

ESDと気候変動教育(その2) ‘Learning by Doing’ ― アジア学院からの示唆

 ‘ESD for 2030’ ベルリン大会(学び!とESD <Vol.18>)において喫緊の課題として繰り返し強調されていた気候危機ですが、どのような教育実践が考えられるのでしょうか。
 気候変動教育はESDの重要なテーマとして「国連ESDの10年(DESD)」の後継プログラムである「グローバル・アクション・プログラム(GAP)」のもとでも取り組まれてきました。ユネスコは国連気候変動枠組条約(UNFCCC)やユニセフなど13の国連機関との連携を通じて、気候変動教育とパブリック・アウェアネス(一般市民の意識啓発)を推進しています。
 第1弾に続き(学び!とESD <Vol.14>)、今回は2019年ユネスコ/日本ESD賞(*1)の国内公募で日本を代表するESD実践として選出された学校法人アジア学院(*2)の教育実践から気候変動教育について考えていきます。

‘Learning by Doing’(実践による学び)

 「共に生きるために ‘That We May Live Together’」をモットーに間もなく創設50周年を迎えるアジア学院は、栃木県那須塩原市に1973年に創立された農村指導者養成専門学校です。アジア・アフリカ・中南米・太平洋諸島などから集う学生は国籍や宗教などの違いを越えて、約9カ月間におよぶ有機農業による自給自足の共同生活を送りながらサーバントリーダシップや農業技術などを学んでいます。
 2021年4月に入学したアジア学院に通う学生は、これまでの学びについて「食べものがつくられる過程を体験することで、いのちをいただく意味や生命についても考えるようになった」「気候変動という概念を使わずに核心部分を学んでいる」など、入学から3カ月を経て感想を共有してくれました。これらの感想は、教育のあり方や学び方に新たな視座を与えてくれます。自然の法則に従った農業を通した ‘Learning by Doing’(実践による学び)は、これまでのESDや気候変動教育においても指摘されてきた知識偏重型の学びに代わる実践とも言えるでしょう。
 アジア学院の創設者である髙見敏弘氏は、「食べものは、自然の営みと人間の営みの結晶」であると説き、自然と人間を結ぶ絆である食べものの尊さを首唱してきました。さらに、人間中心的生活様式は人間性を奪い取る危険性を孕んでいるとし、私たちの生に備わっている情感や感覚を豊かにすることの重要性についても言及しています。
 近年、ESDおよび気候変動教育においても認知的学習と社会情動および行動的学習とのバランスが指摘されています。アジア学院の実践は、その課題を乗り越える示唆を与えてくれます。

 次に、2019年度に聖心女子大学グローバル共生研究所にて永田研究室が実施した社会情動的学習(SEL)に焦点を当てた気候変動教育の実践をもとに、気候変動教育の可能性について考えます。

2019年度のアジア学院での授業風景

気候変動教育における物語の可能性

 本実践は、ストーリーテリングと詩の創作活動を通して気候変動の論点でもある気候正義に焦点を当てた内容で編成しました。2014年の国連気候サミットの開会式にて気候変動活動家でありながら詩人でもあるキャシー・ジェトニル=キージナー氏が当時7カ月の愛娘に宛てた ‘Dear Matafele-Peinam’ (*3)から着想を得ました。
 学生たちの作品には、気候変動のような地球規模で想像が及ばないと思われがちな複雑な課題を一人ひとりの心へ手繰り寄せ、自然が主語になっている作品や希望を描いた作品、気候変動を引き起こした人間による開発を問う作品、母なる大地へ向けた作品など想像力に富んだ作品の数々が生まれました(*4)
 ここでは紙幅の関係上、下記に学生の作品を一つ紹介します。

Mさんの詩「傷ついた大地へ願いごと」(筆者訳)

 上記の詩は情感や感覚を呼び起こす学びが学習者にもたらされた事例と言えるでしょう。作者自身の心の動きはもちろんですが、読者も想像を巡らせ、感情が動かされるのではないでしょうか。
 先述の髙見氏による食べものが自然と人間を結びつける役割を担っていたのと同様、ストーリーテリングや詩を用いた感性を育む学びは、自己と他者(自然も含む)との関係を結びつけ、競争や所有に対極する分かち合いの共同体を築く足掛かりとなるでしょう。

*1:ユネスコ/ESD賞については学び!とESD <Vol.10>をご覧ください。
*2:長年にわたり、公正で平和な社会づくりおよびサーバントリーダーの輩出に貢献してきたことが評価され、国内公募で選出されました。
*3:2014年国連地球サミット開会式(https://youtu.be/mc_IgE7TBSY
*4:本実践の詳細に関しては大栁ほか(2020)をご覧ください。

【参考文献】

  • 大栁由紀子・神田和可子・永田佳之(2020)「アジア学院における気候変動教育:価値観・行動・ライフスタイルの変容に向けた試み」『euodo: Journal of Rural Future Study(アジア学院紀要 nr.4』pp.12-29(英語版, pp.2-11).
  • 神田和可子(2018)「気候正義―変革を可能にする若者の力―」『気候変動と教育に関する学術的研究―適応と緩和のためのESD教材開発と教員研修』科学研究費最終報告書, 代表:永田佳之, pp.30-37.
  • 髙見敏弘(1996)『土とともに生きる―アジア学院とわたし』日本基督教団出版局.
    ―(2020)「食べものを分かち合うことはいのちを分かち合うこと―被造物としてあるべき生き方を求めて」『euodo: Journal of Rural Future Study(アジア学院紀要)nr. 4』pp.101-108. (英語版, pp.92-100)
  • 永田佳之(2020)「理論編③気候変動教育の現在 国際的な動向および国内外の理論と実践」『開発教育』編集委員会編『開発教育 67号』認定特定非営利活動法人 開発教育協会, pp.20-29.
  • UNESCO. Climate Change Education and Awareness. 〈https://en.unesco.org/themes/addressing-climate-change/climate-change-education-and-awareness〉(2021年7月1日参照)

Webマガジンまなびと:「学び!とESD」Vol.19

Webマガジン:「学び!とESD」Vol.19 “ESDと気候変動教育(その2) ‘Learning by Doing’ ― アジア学院からの示唆”を追加しました。

バードウォッチングと図画工作・美術

写真1「ケリ」 アクリルガッシュ、F0キャンバス180×140mm
写真2「アオジ」 Johan Scherft
https://jscherft.wixsite.com/website-johan-3/papercraft
 バードウォッチングを始めてしまいました。理由は「イラストの仕事でよく鳥の絵を描いていたこと(写真1)」「緊急事態宣言中に鳥の工作にいそしんでいたこと(写真2)」「空を飛べたらいいなと思う子どもだったこと」などだろうと思います。
 始めてみると、まあ深い、深い。熟達者には当たり前のことかもしれませんが、私にはいろいろ新鮮で、図画工作や美術に役立つかもしれない風景が見えてきました。

道具が変わると「世界」が広がる

 バードウォッチングを始めたのは2020年の6月ぐらいです。最初はコロナ禍の運動不足解消が目的でしたから、「公園に出かけたら、鳥に会えるかな」という程度でした。運よく、カワセミを見つけたりするのですが、当然効率は悪いわけです。
 そのうち「野鳥の森」や「バードサンクチュアリ(※1)」を持つ公園などに足を運ぶようになります。そこには観察小屋が設置されていることが多く、野鳥に遭遇する効率は格段に上がりました。
 ただ、そこに集まる人々はバズーカ砲のような望遠レンズ付のカメラや双眼鏡を持っています。まるで身だしなみコードのように…。そこで試しに双眼鏡を購入してみることにしました。最初は拡大率10倍、重さ170g、21mm対物レンズのオペラグラスでした。するとカワセミが「そこ!」にいるように見えるではないですか! すぐに物足りなくなって、12倍、600g、42mm対物レンズの双眼鏡に買い替えます。レンズが大きくなると入ってくる光量が増えます。色収差(※2)も起きない仕組みになっているので、格段に鳥が美しく見えます。ストラップにはブランド名が光り輝き…気分は上がります。
 これをきっかけに、東京23区内の野鳥が観察できる公園を探して、そこを訪れるようになりました。オオタカ、モズ、アオジ…新しい鳥を見るたびに大喜びです。道具を入手することで、見える世界が一気に広がったというわけです。
 これを図画工作・美術に置き換えてみましょう。おそらく、子どもにとっても、道具は自分の行動が変わる「世界の扉」やその「広がり」でしょう。私たちは「筆でこのような表現ができる」「金槌は手の巧緻性を高める」など、道具の効果や有用性などで語りがちです。しかし、道具の使用は、意欲や喜びのある世界の拡張であり、学習調整力や知識の獲得など、もっと多面的に考えることが大切だと思います(※3)

コミュニティに参加すると「情報」が変わる

 観察小屋に集まる熟達者は、初心者には怖い存在です。難しい顔をして、じっと鳥を待っていますし、お互い顔見知りのようで「一見さんお断り」の雰囲気も漂わせています。定年退職者が多いので年齢層も高く、かなり話しかけにくいのですが、少しずつ、声を交わすようになりました。
 すると、どんどん情報が入ってくるようになります。「〇〇公園にレンジャクがいる」「朝の5時には〇〇が現れる」など、彼らの情報は次の訪問場所や時間を決めるのに大変役立ちます。また、多くの人々はブログ、ツイッターなどを駆使するICT強者でした(※4)。それによって観察小屋のコミュニティは自分たちの活動域を広げているわけです。彼らがアップする情報は、ほとんど匿名化されていますが(※5)、彼らと交流し、情報を分析することで、新しい鳥に会う確率は飛躍的に高まりました。
 同時に鳥の生態にも詳しくなっていきます。鳥の名前すら分からず「きれいな鳥が見られればいい」という程度だったのが、次第に「夏鳥、冬鳥など時期によって観察できる鳥は異なる」「地面、木々の間など生息する高さが鳥によって違う」「朝は活発に活動し、昼おとなしくなり、夕方また活動する」など、鳥の生活が見えるようになってきました。
 コミュニティという観点からは、図画工作・美術の授業も同じでしょう。他の授業のように全員黒板の方を向いた机と椅子に座っているわけではありません。情報はすぐに周りの友達から取得できるようになっており、これを交換し合いながら学習しています。授業づくりにおいては、常に共同性が発揮され、情報の交流を活性化できるようにデザインすることが大事でしょう。

撮影すると「見え方」が変わる

 そのうち写真や文章の「見え方」が変わるようになります。
 例えば、三つの写真を比べてみましょう。どれも「枝に止まっている鳥」が写っています。それ以上でも以下でもありませんし、私もそのようにしか見ていませんでした。

「キビタキ」「アオバズク」「オオルリ」

 しかし、カメラを持って撮影するようになると(※6)、写真の周りが分かるようになります。キビタキは明るい林の中ほどの小枝、アオバズクは開けた神社や公園にある木の枝、オオルリは遠く高い木の先端です。同様に、野鳥雑誌などに掲載される写真の見え方も変わります。写っていない部分が見えるようになりますし、気温や湿度も感じられるようになります。また、さえずりや位置などの記述、例えば「ピッコロのような明るい鳴き声」「沢のある林縁部」なども理解できるようになります。
 さらに、自分の行動も変わります。当初は他のカメラマンを目印にしながら、まだ見ていない鳥を「追っかけ」ていましたが、次第に「マイ・フィールド」を決めて、抱卵や子育て、巣立ちなどの生活史を見るようになっていきました。まとめれば図のようになるでしょうか。

 この話を美術鑑賞に例えれば、図中の前半と後半のように、珍しい作品を追っかけるときもあれば、お気に入りの美術館の常設展に通ったりすることもあるわけです。参加者の状況や場、知識や技術などによっても美術鑑賞の内容は変化します。様々な局面があるのですから、一律に〇〇型がよいというわけではなく、多様な美術鑑賞が行われるのが望ましいと思います。
 子どもの作品評価にも結び付きます。一枚の写真には、経緯や技術、時間、人々、季節など様々な資源が含まれています。少なくとも、自分の撮影した写真については、たった一枚であっても、そこから前後左右、数多くの話ができます。子どもたちの作品も同じでしょう。子どもは自分の絵について、たくさんの話ができるはずです。それを引き出しつつ、画用紙の枠の中だけで評価することなく、多くの観点から検討したいものです。

 一方、バードウォッチングは環境を変化させる側面も持ち合わせています。例えば、多くのカメラマンが撮影することは、親鳥がストレスから巣を放棄したり(※7)、幼鳥がカラスに襲われたりすることにつながります(※8)
 一人の視点から見れば、確かに道具が世界を広げ、共同性によって情報の質が変わり、物事を多方向からとらえられるようになるのですが、同時に、その一人ひとりがアクティブな資源となって鳥の生態系や環境の変化に加担していることを忘れてはいけません。
 教育も同じです。先生や子どもたちは、常に行為者として、教育の生態系に関わっています。少なくとも教師は、超越的な立場にいるのではなく、自分自身が学びの世界を変える資源であるという自覚を持って、目前の教育に携わっていくことが必要なのだろうと思います。

※1:人が立ち入れないようにして野鳥を保護している場所です。観察小屋や観察用の壁に設けられた小さな観察窓から観察することができます。
※2:レンズから入ってくる光は色によって屈折率が異なるため、焦点の位置がずれてにじみを起こす現象です。
※3:子どもの技能は高まっているのに、いつも同じ道具だったり、擦り切れた筆を使わせていたりしていないかも検討する必要があるでしょう。
※4:高齢者だからICTに弱いというのは思い込みだと思います。
※5:人が集まり過ぎて野鳥に悪影響を与えることを避けるためと思われます。
※6:カメラの選定や使い方等については熊本の西尾隆一先生(「学び!と美術<Vol.37>」カワセミの写真の撮影者)の指導を受けています。
※7:服の色彩を抑えたり、望遠レンズを迷彩色にしたりするなど一定の配慮はするのですが、鳥側から見れば自分に向いているカメラの対物レンズは光っており、それがストレスになるようです。
※8:カラスは、遠方からカメラマンを観察し、カメラの方向から巣の位置を確認すると言われています。