成城学園初等学校 第1回 社会科と子どもに向き合う会を追加しました。
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東京学芸大学 道徳授業パワーアップセミナー(上廣道徳教育アカデミー)
Webマガジンまなびと:「学び!とESD」Vol.42
Webマガジン:「学び!とESD」Vol.42 “地球規模課題とSEL(1) 気候変動詩の試み~その1~”を追加しました。
地球規模課題とSEL(1) 気候変動詩の試み~その1~
1. SELの重要性
世界的に著名な歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリが語るように、数年前まで気候変動を否定し、心配するに値しないと語っていた人々が「もう手遅れだ」「この世の終わりだ」と言い始めています。ハラリは従来に見られた否定の態度と同様に絶望の態度もまた危険だと主張します(*1)。予測困難な現代社会に生きる私たちに求められているのは、極論に引っ張られないグレーゾーンにとどまる力なのでしょう。
こうした気候危機の時代に求められる学習方法としてユネスコはESDを推進する上でSEL(社会情動的学習)の重要性を説いてきました。SELとは、冷静に自己を捉え、他者との関わりを通して社会的なコンピテンスと感情的なコンピテンスを育む教育プログラムを指します(*2)。「学び!とESD」Vol.37に示したような気候危機の時代を生きていく若者たちにとっては、知識習得の学習のみでは人生の舵取りには不十分であり、SELの重要性は増していると言えるでしょう。
しかし、いざ実践となると、とかく情緒的なやり取りに終始してしまったり、気候変動教育の知的側面を軽視してしまったり、かえって悲観的になってしまったり、さまざまな課題に直面してしまう教師も少なくないようです。
こうした課題に留意しつつ、筆者は気候変動という次世代を不安に駆り立てる典型的な地球規模課題をテーマに、SELの実践において小中学校や大学で試行錯誤をかさねてきました。この拙論を皮切りに、その経験からSELの有効性や課題について考えるシリーズを始めたいと思います。
2. 気候変動詩の試み
大学の授業で、毎年11月から年末にかけて開催される国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)の時期に合わせて「気候変動詩」を作る試みを始めて4年目になります。きっかけは次のとおりです。プラネタリー・バウンダリーなどの地球規模課題のデータを学生に示すと、生物多様性の消失や気候変動などの現実を示す厳しいデータはある種の「手遅れ感」を与えてしまうことがあります。それでは、教育とは言えないので、たとえ絶望の淵に置かれていたとしても、クラスの仲間と感情を共有し、現実を受けとめつつも、前向きに歩んでいけるように授業の展開を工夫する必要に迫られたという経験です。ただし、こうした状況下で求められるのは「現実は厳しいけれど元気を出せ!」とか、「どうせ希望がもてないのなら楽しもう!」という根拠のない楽観主義とは異なります。それは、自己や他者との対話を通した学習であり、深い次元でのエンパワメントの過程でもあります。そのアプローチとして筆者はSELは有効であると捉えています。
この数年、SELを実践している授業の1つに、現代社会の諸問題を扱う社会学概論があります。この授業は毎年、70〜90名ほどの学生が履修する比較的大きなクラスです。授業の前半で集中的に気候変動に関するデータを学びます。前述のとおり、この段階では地球規模の温暖化のデータの深刻さを目の当たりにして焦燥感や諦念さえ抱く学生もいます。また、これまでの世代の体たらくのツケをなぜ自分たち以後の世代が払わなくてはならないかという怒りに近い感情をもつものもいて、気候危機に対する反応はさまざまです。
授業後のリアクション・ペーパーを活用して感情の共有をグループワークなどで行なった後に、COP等で活躍するグレタ・トゥーンベリさんら、環境活動家をはじめとする未来世代の行動と国境を越えた連帯に象徴される希望へのアクションについても学びます。そして徐々に情動を駆使して詩を作るプロセスに入り、いくつかの作品例をもとに、年末年始に詩作に挑み、期末レポートとして提出します。さらに一連の授業の終盤において、他者の詩を鑑賞したり、自身の詩を他者に聞いてもらったりするなどして、クラス全体で感情の共有をします。
中には激情を吐露したような表現もたまに見受けられますが、概して学生たちの詩には、大学時代に深く学んだ証となるような力作が少なくありません。大半の詩は、深い思索を通して自らの内に生じた情動を知性にも裏打ちされながら表出した言葉であり、気候変動という不条理を冷静に自分ごととして捉えている世代の切実さも伝わってきます。はじめは情動に凌駕されていたとしても、徐々に理知的な思考プロセスとも織り交わり、知性なしには成立し得ない学びの営みとなっていきます。また、気候変動という窮状を乗り越えるためにユーモアを駆使したような作品も珍しくありません。
次に、このシリーズの初回として、短い詩から始めたいと思います。ここで紹介していく詩は作者の許可を得て掲載された報告書からの再掲となります(*3)。
3. 自己変容の詩
授業では、ESDの理論も学びます。例えば、「自己変容と社会変容のための学び」です。社会を持続可能にするには、まずは自分から行動していく自己変容が求められ、その結果、コミュニティが、ひいては社会が変わるという理論です。こうした考え方に触発されたのか、大学2年生の学生(N.C.さん)は次の詩を創作しました。
とかく日本の学校では全員で「一斉にスタート」が少なくありません。平和問題に取り組んでも、環境問題に取り組んでも、「一斉」の文化の中で学びが展開される場面はよく見受けられます。ESDはこうした「伝統」に対して示唆に富む教育であると言えます。“ESD for 2030”で「行動するESDとは基本的に行動する市民なのである」と主張されるとき、それは自己変容を起点とする行動でなくてはならないのです。ちなみに、授業では上記の詩作の前に、強力なリーダーによる1人の100歩と100人の1歩はどちらが重要かというデモクラシーやガバナンスに関する課題についても考える機会を提供しています。この学生の詩はその真髄を軽やかに捉えた表現であると言えます(“ESD for 2030”については「学び!とESD」Vol.07, Vol.08, Vol.09, Vol.18を参照)。
このシリーズの次号以後でも気候危機の時代を生きる若者の詩を紹介しつつ、教育が希望の営みとなり得るのかについてさらに考えてみたいと思います。
【参考文献】
*1:ユヴァル・ノア・ハラリ「地球を守るコスト」(朝日新聞2022年1月29日朝刊)
*2:神田和可子「社会情動的学習(SEL)」(日本国際理解教育学会編『現代国際理解教育事典 改訂新版』明石書店、2022年刊、所収)
*3:『地球規模課題に応答する学習に関する研究 ―気候変動教育に焦点を当てて―』(2019-2021年度科学研究費助成事業 基盤研究(C) 研究課題番号 19K02792、研究代表者:永田佳之)
先生のための金融教育セミナー(ハイブリッド形式)
先生のための金融教育セミナー(ハイブリッド形式)を追加しました。
Webマガジンまなびと:「学び!と美術」Vol.130
Webマガジン:「学び!と美術」Vol.130 “アニメーションづくりを通して、世界とつながる” を追加しました。
アニメーションづくりを通して、世界とつながる
今回はKOMA KOMAの生みの親である布山タルト先生にアニメーションづくりでの学びについてお伺いしました。「動き」を表現することは、世界とつながる実感を得ることだと、布山先生は語られます。
人と人をつなぐアニメーションづくり
私は1990年代からアニメーション作家として活動していたんですが、2002年に当時住んでいた岐阜県で「飛騨国際メルヘンアニメ映像祭(2002~2010年)」が開催されることになって、仲間と一緒にアニメーション制作のワークショップを企画しました。そこでつくった装置の一つが、ちゃぶ台の上でコマ撮りアニメをつくる「コマドリアニメテーブル」で、カラフルなボタンなどは今のKOMA KOMAとよく似ています。
その装置はすごく好評で、何時間もそのちゃぶ台を囲んで楽しそうに作品をつくっている家族もいました。その様子を見ているうちに、なんだか生活とアニメーションが地続きにあって、アニメーションをつくることが人と人をつないでいるように感じられて、自分はこういう場を求めていたんだと気づいたんです。
それがきっかけで、次第に作品制作からワークショップ実践に活動の主軸を移すようになったんですが、10年間ほどそれを続けるうちに、来場した人しか体験ができないワークショップという形式に、普及の面で限界を感じるようになりました。そんな折、ちょうど文化庁の「メディア芸術クリエイター育成支援事業」の募集が始まって、当時考えていた「アニメーションと教育をつなぐ」というコンセプトのアートプロジェクトを提案して、それが運良く採択されて開発したアプリが、KOMA KOMAの最初のバージョンです。
生涯教育のような、もっと広いイメージでした。アニメーションというと、普通は娯楽として受け止められると思うんですが、アニメーションをつくること自体にはさまざまな「学び」がある、ということを提案したかったんです。だから正確には「アニメーションと学びをつなぐ」と言ったほうが適切かもしれませんね。
ただ、当時の漠然とした野望みたいなものとして、文字の読み書きと同じように、アニメーションをつくることを、すべての人が表現のベースとして学べるようになったら面白いだろうとは思っていました。もし小学校の授業で全員がアニメーションづくりを体験するようになれば、日本の義務教育を受けた人たちは、みんな一度はアニメーションをつくることになりますよね。そんなことを考えていた気はします。
だから今回、KOMA KOMAをウェブアプリにする話をいただいたとき、日本文教出版という、教科書会社がもつであろう学校に普及させるノウハウに対する期待はありました。
自分でアニメーションの面白さを見つけてほしい
自分が先生になって教える、という形にはあまりしないようにしています。場だけを提供して、あとは子どもたちに自分でアニメーションの面白さを発見してほしいんです。
実際、ワークショップでは教えるというより子どもから学ぶことのほうが多いと思っています。子どもたちと接していると、アニメーションにはこういう可能性があったのか、と気づかされるような表現と出会うことがよくあります。たとえば、たった4枚の絵で人類の進化を表現しちゃう子がいたり、カメラをモニターに向けてフィードバックする映像をコマ撮りする子がいたり。素直にすごいなあと思う。はじめから「アニメーションとはこういうものです。」と言ってつくり方を教えたら、そういう表現はなかなか生まれないと思うんです。
アニメーションをつくろうとするときに、自分の好きなテレビアニメを模倣することも否定はしませんが、もっといろいろな可能性のある自由な表現だということに気づいてもらいたい。KOMA KOMAが機能的にずっとミニマムなままなのも、自由に使っていい道具としてデザインしているからです。「あなたが工夫すればいくらでも面白くなるけど、工夫しなければ何も始まらないツールだよ。」というメッセージを、アプリに忍ばせているわけです。そういうツールを使ってもらうことで、自然と「アニメーションは自由であっていいんだ。」と気づいてもらえるのが理想です。
「動きの造形遊び」のように考える
それと大切にしたいのが、鑑賞の時間ですね。完成作品だけでなく、製作途中の映像を確かめてみる鑑賞の時間も大事だと思っています。コマ撮りアニメでは、目の前でいじっているモノと、動かしてみた映像とのギャップがあるほど面白かったりするのですが、まずはそんな驚きを感じてほしい。そしてその動きの意味が、みんなの解釈によって「あんな動きに見える」「こんな動きに見える」というように、作者の意図を越えてどんどん広がっていくのが、鑑賞の面白さ。いわば「動きの見立て遊び」ですね。
もちろん意図的に動かして意図通りに伝わる、ということにも意味はあります。でも、それはどちらかといえば表現の技術的なこと。専門的にアニメーションを学ぶのであれば必要なことですが、図画工作や美術の教育では、意図しなかった動きや、うまくいかない表現も含めて楽しむ方が、表現へのやる気を後押しすると思うんです。できるだけ偶然性を楽しむ、ということを大切にしたいです。
あと注意したいのが「コマをたくさん撮ってすごい」というほめ言葉。根気よく頑張った子の努力をほめたい気持ちは分かるんですが、それだけが物差しになると、少ないコマ数で面白い表現をしようとする子が軽んじられてしまいます。表現の価値は、コマ数という量の多さで評価されるべきではないでしょう。少ないコマ数の制約の中で、自分なりに工夫して動きの表現を追求するアニメーションの奥深さに、先生たちにも気づいてもらいたいです。
まず1コマ撮影してみて、変化したことを基にして次のコマの展開を決めるというプロセスは、たしかに造形遊びに近いと思います。KOMA KOMAによるアニメーション制作は、いわば「動きの造形遊び」なんですね。
ちょっと専門的な話になりますが、アニメーションの動きのつくり方は大きく2つあります。まず動きの中の重要なポーズをかいてから間を埋めていく「ポーズ・トゥー・ポーズ」。分業による商業アニメは基本こちらです。一方、KOMA KOMAのようなコマ撮りアニメーションでは、頭から順に撮っていく「ストレート・アヘッド」になります。どちらがいいとか正しいということはないんですが、基本的に前者は計画的で、後者は即興的になりやすい。そして私としてはやはり、即興性のほうが好きなんですね。
だから子どもたちにアニメーションを教えるときにも、はじめにストーリーを考えさせて、きっちり絵コンテをかいてから撮影するといった、プロの制作工程を真似た指導はあまりしません。それよりも最初は即興的な「動きの造形遊び」を入り口として、そこから少しずつ「動きを見る目」や、動きをつくる奥深さを理解していく。そんな流れがいいと思ってます。KOMA KOMAというツールは、そうした流れの入り口のところの体験を後押しすることに特化して、デザインしているわけです。
世界とつながる実感を得る
「動きを見る目」は、身の回りの動きに関心をもつようになると解像度が上がります。そして、もっと解像度を上げるためには、知識も必要になる。私はアニメーションというのは、アートとサイエンスをつなぐものだと思っているんです。たとえば猫の動きをアニメーションでリアルに表現したければ、猫の習性や骨格といった科学的な知識も必要になってきます。アニメーションをつくることが、そういう勉強のきっかけになればいいなと。
でも最近ではAIがアニメーションを自動生成するようになってきて、そのうち猫のアニメーションも簡単に生成できるようになるはずです。そういうAIの表現に違和感がなければ、きっとそれで満足してしまって、わざわざ科学的知識を調べようとは思わないでしょう。違和感に気づくためにも「動きを見る目」は大事だと思います。
今後はアニメーションの表面的な質の高さ――例えば絵が整っているとか、動きが滑らかとか、ストーリーで言えば起承転結がはっきりしていてオチがあるとか、そういう「プロっぽい」表現は、AIを活用すれば誰でも簡単にできるようになるでしょう。だからこそ、これからの図画工作や美術の教育では、先生が表面的な質の高さに目を奪われないように気をつけて、もっと根本的な、表現を通して世界を理解することや、世界とつながる実感を経験させることに、注力すべきだと思います。
アニメーションづくりで「世界とつながる」というのは、人間だけじゃなくさまざまなモノともつながりを感じるという意味です。何かが動くときの感じ――私はそれを「動感」と言っていますが、コマ撮りで動感の表現に没頭しているとき、私たちは動かす対象と自分の身体を重ねて、一体化しているような感覚になる。それがアニメーションになって「動いた!」という喜びは、自分の身体が世界とつながったという実感なんだと思っています。「アニメーションは絵空事だから」といって、自分が日常的に経験している世界の身体性と切り離してしまえば、世界に対して背を向けた表現になりかねません。私としては、あくまでも世界とつながりながら、アニメーションの表現を楽しんでほしいんです。
まずは、iPad版のKOMA KOMAでやってきたことを維持して壊さないことですね。KOMA KOMAは、とにかく手軽に、アニメーションづくりへの敷居をできるだけ下げることがねらいだったので、今回それがウェブアプリになったことで、インストールしなくてもすぐ使えるというメリットは、とても大きいと思っています。
ただ、ウェブアプリはネットにつながっていないと使えません。学校によっては、ネットワークが不安定な教室もあるだろうと考え、一度ネットにつなぐと、アプリが端末に一時的にダウンロードされて、ネットが切れても使える仕様にしました。ただそうすると、ウェブブラウザの少ないメモリ容量しか使えないので、コマ数の上限を99コマにしています。コマ数が少なすぎるという意見も聞きますが、それは表現の工夫を促す制約として、ポジティブに受け止めてもらえるとうれしいです。
あとは今回、色の設計もユニバーサルデザインを意識して改善しました。特別支援教育の専門家である大内進先生のご助言をいただいています。すそ野を広げるという観点から、いろいろな人にとって、より使いやすいツールになることは、私としてもありがいことです。
アニメーションをつくることを表す「アニメイト」という言葉には、元気づけるとか活気づけるという意味があります。アニメーションをつくることは、文字通り人々を元気づけ、活気づけてくれるのです。KOMA KOMAの意義は、そうしたアニメーションのもつ潜在的なパワーに、誰でも手軽に触れられるようにしたことだと思います。「KOMA KOMA×日文」に150万もアクセスがあったのも、きっとそんなアニメーションづくりの魅力に、たくさんの人たちが気づいたからでしょう。
今は画像だけじゃなく、音も一緒にコマ撮りできるアプリ「KOMA OTO」を開発しています。目の見える人も見えない人も、一緒に楽しめるアプリです。これからはインクルージョンも念頭において、さまざまな人たちが共にアニメーションづくりを楽しめるようなツールや教材を開発していきたいと思っています。
「KOMA KOMA×日文」は、以下のサイトからどなたでもご活用いただけます。
https://www21.nichibun-g.co.jp/komakoma/
「KOMA KOMA×日文」を含めた、令和6年度版「図画工作」で使用できるQRコンテンツに関しては、こちらからご覧ください。
https://www.nichibun-g.co.jp/r6es_textbooks/zuko/qr/

アニメーション研究者・東京藝術大学大学院教授。
岐阜県のIAMASでメディアアートの研究・教育に従事した後、フリーの映像作家として活動。2000年代以降は国内外で多数のワークショップを実践し、昨今は初等中等教育におけるアニメーション教育やインクルーシブ教育のためのツール開発等に取り組む。2012年公開の『KOMA KOMA for iPad』は累計400万ダウンロードを超える。2021年に日本文教出版と共同でWEBアプリの『KOMA KOMA×日文』をリリース。日本アニメーション学会事務局長。日本アニメーション協会理事。一般社団法人日本アニメーション教育ネットワーク理事。『アニメーションブートキャンプ』ディレクター。博士(学術)。
図工のみかた:「The Work of Wonder」更新
図画工作科ブログ「図工のみかた」:「The Work of Wonder みかたをかえるプログラミング」Phase025 “トークイベント報告③ひらめきの構造”
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令和5年度 佐賀大学教育学部・附属小中学校 教育研究発表会
令和5年度 佐賀大学教育学部・附属小中学校 教育研究発表会を追加しました。
中美特設サイト更新
中学校美術の先生応援サイト「中美 チュービ」:「指導の悩みABC」先輩からのアドバイス vol.37 “【マンガ】小学校図工の展覧会を見学して”
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