じっくり見ると見えてくる ~そっくり葉っぱ~(第1学年)

1.題材名

「じっくり見ると見えてくる ~そっくり葉っぱ~」(第1学年/6時間)

2.題材設定の理由

 本校は福岡市の博多湾に浮かぶ能古島にある小中一貫校である。校舎は豊かな自然に囲まれており、教室から見える「能古島から見た福岡の風景」は新鮮で格別であった。このことを生徒に言うと「いやぁ、僕らは毎日見ているので…」と返答があった。そのとき、本校生徒は自然が豊かな環境に囲まれ過ごしているが、本当に自然の良さや美しさ感じているのかと疑問に思った。そこで改めて自然の良さや美しさを再認識するとともに、ものを「よく見て感じる」という原点に立ち返ってほしいと考え、本題材を設定した。

3.準備(材料・用具)

教師:学習プリント、スケッチ用紙、鑑賞プリント、はさみ、カッターナイフ、牛革、スーベルカッター、ベベラ、木槌、スポンジ、筆洗、ゴム台、穴あけポンチ、クラフト染料、布たんぽ、ヘラ、仕上げ剤(レザーコート、トコフィニッシュ)
生徒:筆・パレット(絵の具セットより)、Chromebook

4.学びの目標

【知識及び技能】
 葉っぱの形や色彩、風合いなどを捉え、革素材の特性を生かし、意図に応じて染めの効果や筆や布たんぽなどの道具の使い方を工夫して表すことができるようにする。

【思考力・判断力・表現力】
 心惹かれた葉っぱの形や色彩から感じとった自然の造形的な美しさ、そのものがもつ風合い、生命感、時間の経過などといった多様な印象やイメージから、主題を生み出し試行錯誤を通してよりよいものへ造形物と構想を練ることができるようにする。

【学びに向かう力・人間性】
 形や色彩、風合いなど心惹かれたところを葉っぱから感じとり、その特徴を捉えて心豊かに表現することに関心をもち、意欲的に取り組む態度を養う。

5.評価規準

【知識・技能】
知・技 形や色彩を理解し、染料の特性を理解し、使い方や活かし方を身に付け意図に応じて表している。

【思考力・判断力・表現力等】
 葉っぱを見つめ感じとった形や色彩、風合いの良さや美しさ、生命感などを基に主題を生み出し、構想を練っている。
 葉っぱの造形的な良さや美しさを捉え、そのものがもつ風合いや生命感や時間の経過などといった多様な印象やイメージを感じとっている。

【主体的に学習に取り組む態度】
態表 形や色彩、風合いなどを自然物から感じとり、その特徴を捉えて心豊かに表現することに関心をもち、意欲的に取り組んでいる。
態鑑 作品の良さや美しさや作者の工夫について考えるなどして見方や感じ方を広げている。

6.指導のポイント

題材観
 本題材は、形として残したいお気に入りの葉っぱを選び、その色や形から自然の美しさを感じとるとともに、多様な印象やイメージを捉え、新たなよさや美しさなどを発想し、試行錯誤を通してよりよいものへ造形物として表現する活動である。初めて出会うであろう革素材や専用の工具、染料といった道具の使用を通して新鮮な気持ちで対象物を「よく見て感じとる」ことができる題材である。

指導観
 指導に当たっては、初めに今回使用する革素材が、食用の牛の皮が使われており、命の素材であるとともに私たちの生活にも深く結びついていることを学習する。次に革素材の特性や歴史、制作で使う道具について学んだ後に、準備した葉っぱをスケッチする。その際に葉っぱそのもののらしさを捉えられるように、形や全体のバランス、葉脈の方向など部分と全体のバランスに着目させたい。染色の際には下地の色の上から別の色を重ねる方法を教師が示すことで、自分の葉っぱならばどのように行うか生徒に考えさせる。並行して、革の端切れを活用し、葉脈の線の太さや深さを表現するためにスーベルカッターの力加減の練習をさせたり、重色の表現を試させたりして、自分が感じた表現したいイメージへと近づくヒントを掴ませる。最後に仕上げ材を塗布して、葉っぱのうねりの感じを表現させる。
 本題材の要所でChromebookのスライド機能を使った振り返りを行うことで、できたことや工夫したこと、次回行うことの見通しをもたせていく。

 この活動でできたことや感じたこと、意図に応じた自分なりの工夫を記述し、次にやろうと思っていることを言語化して振り返ることで、次の制作に向けて見通しをもてるようにしている。

 完成した作品と、全体の活動を通した振り返りを行うことで、主題を表すための工夫や大切にした点を明確にする。Chromebookを活用したデジタルポートフォリオとしてまとめることで、今後の作品制作での振り返りとして活用させていきたい。

7.題材の指導計画

学習活動の流れ

◆:指導上の留意点 ◎:評価方法

事前

○作品として残したいお気に入りの葉っぱを探しておくように連絡する。

◆選ぶ際に形や色彩、その葉っぱがもつ風合いや雰囲気など心惹かれたところを考えさせる。

1

○革素材の性質や道具の使い方について学ぶ。
・牛革の半裁を見たり触ったりし「革」が命の素材であることを知る。
・身の周りにどのような革製品があるか考え、人の生活と革素材との関わりについて考える。

◆牛革について実際に見たり触れたりし、学ぶことで命の素材であることを実感させ、大切に扱う意識をもたせる。

2
3
4
5

○葉っぱのスケッチを行い、革に転写する。
・葉っぱをよく見て輪郭線や葉脈の線の形などに着目して描く。

◆葉っぱをスケッチするとともに、なぜこの葉っぱを選んだのか、どこに心惹かれたのかなどを考えさせ、言語化させる。


知技【スケッチ】
態表【様相観察】

○葉っぱの葉脈やテクスチャを表現する。
・示範をもとにセーベルカッターやべベラを効果的に使う。

◆教師が示範を行い、革の端切れを利用し、セーベルカッターやべベラでの打刻の練習をさせる。

○色の変化に着目し染料で染める。
・示範をもとに筆や布たんぽを使い、葉っぱの色や色の変化を表現させる。

◆革の端切れを利用し、彩色の際に色を重ねる順番や濃淡など練習や試行錯誤をさせる。

○仕上げ材を使って、任意の形に成形する。

◆葉っぱの形を思い起こさせ、作品をねじったり折ったりすることで表現させる。必要に応じてクリップを使い、型をつけさせる。

知技【作品】
【作品】

6

○友達の作品を鑑賞する。
・Chromebookを活用し、自分の作品を記録しポートフォリオを作成する。
・ポートフォリオと作品を並べグループで鑑賞を行い、最後に全体鑑賞会を行う。

【ポートフォリオ】
態鑑【鑑賞プリント】

8.授業を終えて

①授業者の願い
 これまでただ漠然と見ていた自然の形や色彩の美しさに対して、さらに意識して見ることで生命感や時間の経過など、これまで気付かなかったことに気付いたり、見る視点が変わったり、物事を深く考えたりするようになる。それは様々なものの本質に迫ることにつながることであると考える。この授業を通して、自分の身の周りのことや生活に置き換え、自身を見つめ、人との関わりやこれから起こりうる様々な事象などの捉え方に対して、より意識して考えてほしいと期待する。

②成果と課題
 「革」という素材やそれを加工する専用の道具を扱うことは、子どもたちにとっては初めてである。多くの子ども達がそれらの道具を使った制作活動を通して、葉っぱの形や葉脈の線、紅葉で変化する色などをよく見て、改めて自然のよさや美しさを感じ取ることができたと考える。出来上がった作品は校内に展示している。本校は小中一貫校であるため中学生がつくった美術作品を小学生が見る機会があり、早く中学校の授業を受けたいと楽しみにしている。校内での展示はもちろんのこと、地域の公民館など校外での展示も積極的に行い、より広く発信を行っていきたい。
 一方で、制作の際に十分な試行錯誤を経ずに一度の重色で満足してしまった生徒もいる。染色の途中で他の生徒と交流し、他の良さや自己の工夫の余地に気付かせる時間を十分にとることが必要だったように思う。また、終末に可能であれば落ち葉のたまっているところや水たまりの水面など、その葉っぱに合う周囲のシチュエーションを考えさせて写真を撮ることで、さらに自然の良さや美しさについて深く考えさせ、ポートフォリオにまとめることも考えられる。今後もさらによりよい展開を模索していきたい。

自己を見つめる学びをデザインする道徳授業実践~メンチメーターによる思考の変容の自覚~「決めつけないで」(第4学年)

※本実践は兵庫教育大学附属小学校に在籍されていた際の実践です。

1.はじめに

 道徳科では、「自己を見つめる」学びが重要視されている。このことについて、学習指導要領解説には次のように記載されている。「自己を見つめるとは、自分との関わり、つまりこれまでの自分の経験やそのときの感じ方、考え方と照らし合わせながら、更に考えを深めることである。このような学習を通して、児童一人一人は、道徳的価値の理解と同時に自己理解を深めることになる。」ここでの自己理解とは、自分のできることやできないこと、思いや願いなど、自分のことが次第にわかることである。自分のことがわかることとは、自分の現在地を知ることであり、「〇〇な自分になりたい」という望ましい自己像を実現するための一歩となる。子どもたちは、今の自分の現在地と、なりたい自分とを認識するからこそ、そのギャップを埋めるために、自覚的に日々の言動を振り返り、自身の成長を実感したり、見つけた課題を軌道修正したりしながら前向きな気持ちで、よりよい生き方を追求していくのである。しかし、「自己を見つめる」学びは簡単ではない。自己を見つめるためには、自己を対象化し客観視する必要がある。自己を対象化するための鏡としての役割がある「教材」や「友達の考え」に加え、年齢や個人の発達の段階に合わせた教師の適切な援助や介入の方法を多様に検討することが大切になる。そのことから、今回は「自己を見つめる学び」を支援するためのデジタルツールとして「Mentimeter(メンチメーター)」を用いた実践を紹介する。これにより自己の考えを可視化し、その変容を自覚できるようにしたい。
 「Mentimeter」は、リアルタイムに参加者からフィードバックを得ながら、スライドに反映させることができるプレゼンテーションツールである。ブラウザで起動できるため、どの自治体でも導入へのハードルが比較的低いと考える。

 具体的な方法・手順を、以下に記す。

授業前に教師が「Mentimeter」のスライドを作成する。(操作や設定の詳細については、Webで検索すれば出てくるのでここでは割愛する。)
導入時にそれぞれの考えを「Mentimeter」に入力し可視化する。
終末場面で再度質問に対する考えを「Mentimeter」に入力する。

2.主題設定について

 本授業では主題を「決めつけることの意味」と設定した。一人一人が公平さを大切にする社会では、いじめや差別が減り、それぞれの個性が発揮され多様性に溢れた豊かな人間関係が構築されていく。本授業で対象とする中学年の子どもは、物事を捉える視野が狭く、自分中心的な思考になりがちな発達段階にある。そのため、物事を判断する際に自分の気持ちや利益を優先させてしまい、公平さを欠くことがある。今回扱う“決めつけ”の態度もその一つである。自分の見えている世界から相手を決めつけることは、真実を捻じ曲げることになり、誤った判断や、他者への偏見へとつながる。しかし、人はよくないこととわかっていながら、日常生活の中では無意識に決めつけてしまっている場合が多い。ここで大切なことは、無意識に決めつけを行っていないかどうか自分の言動を省みたり、自分の利益を優先させた判断をしてしまう決めつけを生み出す心について知ったりすることである。さらに、差別や偏見をしてしまう自分自身の弱さに向き合いつつ、客観的な視点から、公平な行為または不公平な行為を見たときに周りの人たちはどのように感じるのか想像を巡らせることも大切である。これらのことを踏まえ、本授業でのねらいを「よくないとわかりつつも相手のことを決めつけてしまう人間的な弱さについて考え、相手を一面的な見方で捉えず、公正、公平に接しようとするための道徳的判断力を養う。」とした。

3.教材について

 本時で扱う教材「決めつけないで」は、ちさとのことをクラスのみんなが決めつける話である。はじめ、ちさとが学習発表会の主役に立候補すると聞いたわたしは、仲良しのよう子と共に「ちさとさんには無理だよ。できないに決まっているよ。」と普段の性格や言動から決めつける。しかし、ある日の放課後、わたしはたまたま一生懸命にセリフの練習をしているちさとの姿を目撃し、ちさとの努力に気づく。そして、主役決めの日、ちさとが立候補したことに対して反対するみんなに対して、ちさとさんの努力を伝え推薦するのである。初めはちさとのことを決めつけていたわたしが、自分が決めつけてしまっていたことに気づき行動を改めるという、変容が捉えやすい教材である。前後のわたしの姿を比較することで決めつけの意味について考えやすく、また学校生活という子どもたちにとって身近な状況設定ということもあり、自分事として考えやすいことも特徴である。これらのことから本教材は主題に迫ることに適しているといえる。

4.実践報告

(1)主題名(内容項目)

決めつけることの意味 C[公平、公正、社会正義]

(2)本時のねらい

 演劇の主役になりたいちさとの思いや頑張りを知ることで、主役は無理だと決めつけてしまっていた自分の言動を反省したわたしの姿を通して、よくないとわかりつつも相手を決めつけてしまう人間的な弱さについて考え、相手を一面的な見方で捉えず、公正、公平に接しようとするための道徳的判断力を養う。

(3)展開例

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点 ☆評価


○決めつけるって、どういうイメージ?
・嫌なイメージ。否定。
・いじめ、差別。
・実際にはしていないのに、決めつけられること。

◇決めつけに対する価値観を表出させるために、言葉のイメージを問う。その際に、児童が考えがちな決めつけのイメージとのズレを感じることができるように、あえてポジティブな気持ちになる決めつけの場面を提示する。
◇学習テーマについての授業前の考えを表出、可視化するために「Mentimeter」を活用する。

学習テーマ:どこまでが決めつけなのだろう



(前段)

○この話の決めつけはどこにあった?
・ちさとに「主役は無理だ。」と言ったところ。
・普段の様子から決めつけているところ。

◇教材の範読前に、「このお話の決めつけはどこにあるだろう。」と読む視点を与えることで、教材理解を促すとともに道徳的問題に焦点化しやすくする。

○決めつけることは何が問題なのだろう。
・相手が傷つく。いじめにつながる。
・ちさとが学校に来なくなるかもしれない。
・相手を信じられなくなる。

◇決めつけの問題の本質について考えを巡らすことができるようにする。
☆決めつけによる影響について様々な視点から考えることができている。

◎なぜ、よくないとわかりつつみんなは決めつけをしているのだろう。

◇決めつけは無意識に行われているかもしれないという自分への気づきを促すために、登場人物が決めつけをしていた理由を問う。



(後段)

・本人は決めつけているつもりはなかった。
・思ったことを言っているだけ。
・ちさとさんとあまり仲良くなかったから。

◇多面的・多角的な思考を促すために、児童の意見に対して適宜問い返しを入れる。
【問い返しの例】
・もし私がちさとの努力を見ていなかったらどうしていたと思う?
・もし、わたしがちさとさんと仲がよかったら決めつけをしていただろうか。
◇決めつけをしてしまう人間的な弱さへの理解とともに、それを乗り越えるための促進条件について考えを巡らすことができるように問う。


◇どこまでが決めつけなのだろう。
・自分の思い(私情)に流されて判断した時。
・色々と見えない部分を想像せずに判断すること。

◇授業前の考えと比較ができるようにするために「Mentimeter」に考えを入力する。
☆学習テーマについて自分なりの考えをもち、友だちと対話する中で多面的・多角的な見方をしようとしていたか。

5.授業記録

【導入】
“決めつけ”の言葉からイメージすることを出し合う。

T みんな、この言葉聞いたことある?(黒板に「決めつけ」と書く)
C 決めつけ?あるある。
T ほとんどの人があるのかな。では、決めつけのイメージを教えて。
C 例えば、お菓子を奪ったりしてないのに、他の人が「奪った奪った!!」って、強くいう感じ。
C 私は、ゴミなんかが床に落ちていて、「あんたやろ」って言われたことある。これが決めつけかな?
C あるある。
C えっと、私は決めつけ=否定なんじゃないかな、って思っている。
C 私も同じ。今まで、何回もあった。
C めっちゃ、あるある。でも、決めつけじゃなく、そうとしか思えない時もあるけどね。
T なるほど。みんなは「否定」ってイメージは共感できるかな。
C はい。
C 僕は、「でかい声出すなよ」って、決めつけられたことある。自分はそのとき声を出してなかったのに。
T 「○○さんだ」って、決めつけられたんだ。
C でも、僕は普段でかい声出しているから、言いたいのもわかるけど。
T そうなんだ。自分のことを自分で意識できているのは素敵なことだよ。あと、声が大きいのは悪くない。でも、決めつけられたんだね。そのとき、どんな気持ちだった?
C 「うるさいなぁ」って感じ。
C えっと。決めつけは “否定and強くいう”。強くって、相手の心に刺さるイメージ。
C 一瞬で刺さる。
C 家で友達とバスケのゲームをしているときにパス出そうとしたんだけど、間違って違う人に出して、「絶対わざとだろ!」って言われた。
C ある、ある。
T そのとき、どんな気持ちだった?
C 間違いなのに。わざとじゃないのに。「ほんまに間違えただけ!わかってよ。」って気持ち。
C 決めつけって、他の人が「あ、そうやな。」って言ったら、広がっていく。
T 今の〇〇さんの話って、決めつけた人もそうやけど、それを聞いて「うん、そうやな」って話を進めた周りの人たちも、ちょっとよくないんじゃないかな、という意味?
C そう。
C たしかに。
T 例えば、決めつけた時に、周りの人たちが「いやいや、それは違う。」って言ったら終わるけど、決めつけて、「そうだよね。」と乗っかっていったら、広がっていく感じかな。
C だけど、周りに広がるほど、違うっていう余地がないときもある。
C 決めつけを広げていくのもダメなんだけど、周りも納得するほど本当にその人がなんかミスっぽいことをしていたら、責任自体はあると思う。
T 思わせている人にも責任あるんじゃないか?と。
C まあまあ、どっちもどっち。かな。
T 素直な気持ちを言ってくれてありがとう。道徳の授業って、よいことばっかりいうこともあるんだよね。それはそれでよくないと思う。いま、素直に「決めつけられる人にも責任があるかもな。」って思ったことを伝えられたのは素敵なことだね。
T ちなみに先生が、今日このクラスに入ってきた時、「このクラスはよく話が聞けるクラスだなあ。」って言ったの覚えている?正直いうと先生、このクラスの状態をまだ何も知らずにあえてそう言ったんです。
C そうなの?
T この先生の発言は決めつけ?
C 確かに。
C よい決めつけと悪い決めつけがある。例えばよい決めつけだったら、「自分はやってないけど、ほめられる」とか。
C なんかうれしいな。でも、本当にやっている子がかわいそう。
C そうだな。事実じゃないもんね。
T 例えば、物を拾ってくれた人が別にいるのに、違う子に対して、「この子が拾ってくれたんだ。」と思って、「拾ってくれたんだ。ありがとう。」っていう感じかな。
C そんな感じ。
T なるほど。これは確かに決めつけかもしれないね。うれしいかもしれない決めつけ。
C でも、本当に拾っていた人は嫌な気持ちじゃない?
C だから、そういういい言葉の決めつけっていうのは、必ずしもいい決めつけではない。
T あ、そっか。別の人の悪い気持ちも生み出すからね。色々考え方があるね。
T じゃあ、どこまでがきめつけ?今日はこんなことを頭に入れながら一緒に考えてみようか。授業後に少しでも考えが広がっているといいね。
T 書けた人は、このQRコードを読み取って今の考えを言葉にしてみてね。(「Mentimeter」のQRコードを示す。)

(考察)

導入時、子どもたちが決めつけに対して既にもっている考えを述べられるよう促した。イメージだけを共有するつもりであったが、ある子が具体的な状況を話してくれた。そのことにより話が広がり、色々な場面における決めつけについてイメージできた。このように、具体的な状況を投げかけて、子どもたちの頭の中に鮮明な映像が描かれるようにすることが、話し合いの質や課題意識を高める一つのポイントだと考える。
「Mentimeter」に考えを書いたあとは、画面だけ見せたままにしておき、意見については深く取り扱わなかった。一度言語化することにより、教材を通した対話の中で、自分を見つめる材料として活用できる。画面に可視化されたそれぞれの考えを見ながら比較したり、共通点を探したりする活動も大事である。そうすることが自他の考えを客観視し、自己を見つめるための一つの過程だと考えるからである。

【展開前段】
教材を読んだ感想交流から、初めに「決めつけ」という道徳的問題について話し合う。

T この話のどこに決めつけがあるか考えながら読んでみてね。
T (範読後)決めつけはありましたか?隣の人と見つけたところを確認して教えてね。
C 「ちさとさんには無理だよ」っていうところ。無理って決めつけているし、セリフをすらす
ら言えないっていうのも決めつけている。

C 悪口だよね。
C そうでもないけど。
T いまのやりとりも面白いね。悪口に聞こえた人と悪口に聞こえない人がいるってことは、
みんなの生活でも悪口じゃないと思っていても、悪口に捉える人もいるかもしれないってことだね。ちなみに、先生には悪口に聞こえました。さて、「ちさとには、主役は無理でしょ」って言っているけど、どうやって判断しているのだろう?

C 普段の様子。性格。
C 「話すのも苦手」って書いているし。
T いまの意見、最初の誰かの話に似ているね。声が大きいっていうのが自分の性格であって、「声が大きいよね。君だろ。」みたいに言われたっていう。
C 姉がいるんだけど、色々やらかす時が多くて。だからなんかあったときに「お姉ちゃんや
ろ。」って決めつける。
T 〇〇さんはこのお話の決めつけの姿を見ながら、自分のお姉ちゃんとの出来事を思い出してたってことね。
C 僕も、弟に同じことを感じる。
C 〇〇さんは自分の弟との出来事を思い出して、ちょっと重ねたのか。
C あの、悪口ではないんだけど、「最初は、ちさとさんには、ぜったい無理って思っていたけれど~」のところ、みんな、わかる?
C うん、決めつけた。
C 「ちさとさんが主役になりたいって言っているらしいよ。」って言っている。この、ようこさんも悪いんじゃないかなと思う。
C あー。だって、なんか、何も言ってないのに。悪い方にもっていくみたいな感じになっているから。たしかに。
T あ、これと、さっき言ってたことと似てる感じ?乗っかっちゃったのか。確かに、このわたしは「ちさとさんには難しいよね」みたいな感じで乗っかってるね。
C 乗っかっているってどういう意味?
C 乗っかっているっていうのはさ、1人がこう言ったら、他の人も「確かにそうだよね」みたいな感じで合わせていく感じ。
C 人の意見に同調して、話してつなげていく。「えー、なんか役やりたいらしいよ」「らしいよ」「そうだよね」「無理だよね」って乗っかっている。
C そもそも、こそこそ話しているのもよくない。
T こそこそもよくないんだ。
T みんな、この話を読んでいた時に、ちさとさんのことをどう思った?ちさとさんの気持ち。もしこのとき、ちさとさんがこの話を聞いていたとしたら、どんなことを思うかな?
C いじめや。
C 悲しい。
C 悪口だ。
C わかる。
T そう思うかもしれないね。他にある?
C 「私ってこういうの向いてないかな?」って自信をなくす。
C あ、同じこと思っていた。いいね。
T 「同じこと思っていた」っていう表現もいいね。話を聞いている証拠だね。「自信なくすかも」「私、向いてないんかな」ショックやね。
C 学校に行く気なくなる。
T だから、さっき誰かがいじめって言ったけど、決めつけはそれぐらいにつながるってことだよね。決めつけたことを本人が聞いていないからと言って、言っていいわけでは……。
C ない。
T そうだよね。
C 違う人が聞いていても、いじめになる。
T ほお。
C もし、そのことを私が聞いていたら、先生に言いに行く。「私とかようこさんに、なんでそんなこというんや」みたいな感じで、怒りに行く。
T 〇〇さんの気持ちに共感する?
C うん。

(考察)

導入で課題意識が芽生えた「決めつけ」に着目するように促し、教材を読む視点とした。子どもたちは教材内に描かれた決めつけを見つけ、「なぜそう思ったのか」と理由を考えることで、教材における道徳的問題点を焦点化しつつ、個人の価値観を表出することにつなげていた。このように、「なぜよくないのか」「それが起こるとどうなるのか」といった決めつけが及ぼす影響について考えたことで、いじめや偏見、差別は絶対にダメなことなのだという、本内容項目で必ず押さえていきたい態度を再確認することにつながっていた。そのことが、その後の中心発問である「ダメだとわかりつつもしてしまう」人間的な弱さについて考えていくことにつながっていく。

【中心発問】
◎なぜよくないとわかりつつみんなは決めつけをしているのだろう。

T 決めつけってさ、今みんなが言ってくれたように、いじめにつながったりするマイナスな気持ちになるんだよね?そういうことがわかっているのに、なんでしてしまうのだろう。
C あー。確かに。
C 気付いていないんじゃない?
T 決めつけていることに?
C そう。自分が決めつけをしているって気付かないから悪気がない。
C それあるかも。
C あとは自分が正しいと思っていると決めつけをするんじゃない?
C あー。
T なるほど。決めつけは基本的にマイナスなイメージでよくないことなんだけど、マイナスなのにしてしまうことがあるのは、それに気付いていないことがあったりすると。さらに人は自分が正しいと思えば思うほど決めつける可能性が上がる。こんな感じかな。
C そんな感じ。
T ということは、人の思いを知ったり、自分の考えが全てじゃないって考えたりすることができていれば、決めつけを防げる可能性があるかもしれないってことね。
T いまさ、みんなはちさとさんの気持ちをこの人の立場に立って想像したよね。立場に立って想像するって、実は簡単なことではなくて。何かをみんな経験するとか、誰かの気持ちを想像しているから、ちさとさんの気持ち感じられているんだと思うんだけど、みんなは友達とか知り合いとかで、こういう風にちさとさんの状況と似た経験した人と出会ったことある?
C ない。
C ある。
T ないのに想像できるの?気持ち。どうやって想像した?この人のこと。
C 私、そういったことが実際にあって。
T 辛かったら話さなくていいからね。
C 大丈夫です。こういう系のことが実際にあって、「あんたには無理やろ」とか言われたこともあって、すごく嫌な気持ちだった。その時に、「私もやってみたいんだけど。」って言っても、「いや、さすがに無理やろ、向こう行って。」みたいな、そういう感じのことがあった。「なんで決めつけるの?」って思って、ムカつく気持ちと、悲しい気持ちと、辛い気持ちとがあった。
T よく辛い話をしてくれたね。こうやって、辛い経験をクラスで喋れるっていうのは、みんなが優しいから、みんながちゃんと聞いてくれるって信頼しているからだと思うよ。だから、きっとこのクラスの仲間のことを〇〇さんは信用しているし、みんな優しいんだと思う。
C そうやで〜!
C 私は、そういう経験がないんだけど。こういう物語とかを読んで、「もし、あの私がちさとさんだったらみたいなことを思ったら。」っていうのをやったら、そういうことが言えるし考えられる。
T そういう考え方大事だよね。「もし自分だったら」っていう思考で考えていくっていう。
C 最近のニュースの話なんだけど。どこかの団体でパワハラがあって。パワハラされた人がなんかケガして、みたいな話があったんだけど。そういうのを見て想像できるようになってる。
T そうやって、日頃の誰かが悲しんでるニュースとかをちゃんと見て考えているんだね。立場に立つって難しいけど、みんなはそういうことからも学んでるっていうことか。
T ずっとここ、マイナスな話をしてるんだけど。でも、わたしは、変わったよね。最初はちさとのことを決めつけたやん?でも最後はこうやって、「いや、ちさとさん頑張ってたから、主役やってもいいんじゃない?」って言ってるよね。途中で、ちさとさんが頑張ってるシーンを見たっていうのがあったんだけど、 もしさ、わたしがこのシーン見てなかったとしたら、どうなってたと思う?
C 決めつけてたでしょ。
C 僕もそう思う。
T もし見てなかったら、決めつけたままで言ってたってこと?恐ろしいね。
C 恐ろしいね。なんかさ、私は「もし〜だったら。」ってよく考えるんだけどさ。そう考えるの面白いよね。
C わかる。怒られなかったのかな?みたいな。想像力がつく。
T そんな考え方をしてるんだ。「もし」って考えて、想像力をつけることはとっても大事だね。
T もしさ、わたしが放課後に頑張っているちさとさんを見てなかったら、決めつけたままやったと言っていたけど、でも、〇〇さんが言ったように想像力を働かしてたとしたら、防げたかもしれないのかな?
C うん。そう。想像力を働かせていたら。
C でも、なかなかできないこともあるけど。
T なるほど。みんなの話聞きながら、すごい疑問に思うことがあったんだけど。
C なに?
T もし、ようこさんがちさとさんとすごく仲良かったら、決めつけていたと思う?思わない?
C 決めつけてない。
T 何で?理由教えて。
C だって仲いい友達とかだったら、そんな悪口言われていたら嫌だから。
C そう、自分のめっちゃ仲良しの友達だったら、「いや、そんなことないよ。」って言ってあげたい。
C お笑い芸人の「やればできるよ」の人みたいな感じで、「やればできるよ。」ってポジティブに言ったら自信もつくし、ちさとさんにもプラスな言葉を僕やったらかけるんじゃないかな。
C 同じ。仲のいい人は仲のいい関係性があるから言いにくい。仲がよかったら「頑張れ!」って応援する。
C 「主役頑張れ〜!」とかいうよね。
C いまの話を聞きながら、やっぱり関係性が決めつけと関係してるんじゃないかな、って思った。自分のことを思い出しても関係性によって、接し方も違うと思うし、私が悲しい時に寄り添ってくれるのは大体の仲のいい子。いじめにあった時、励ましたりしてくれるのは、関係性の深めの人だった。関係性によって色々変わっていて、誰にでも公平に接するってことはできてないんじゃないかなと思った。
C これ、複雑。
T なるほど。ここまでをちょっと整理するよ。決めつけってよくないっていうイメージが皆の中にすごくあったんだけど、よい決めつけもあるかもしれないと。そんなところから「決めつけって何かな?」って話をみんなはしていたわけ。そうしたら、複雑な気持ちにならないよい気持ちだったら決めつけではないよね、とか言ったりしていた。決めつけを防ぐには、人の思いを考えるとか、自分が正しいと思わないとか出てきたね。他にも想像力があるといいかもしれないっていう(※板書)のところが関係しているかもしれないと。決めつけは気付いていないことから起こるっていうのも関係しているかもね。そしてさっきは関係性が決めつけっていうのを生み出しているかもしれないという話も出てきた。
C うん、うん。
T そして、人って自分の感情だから、自分の好き嫌いとかでちょっと態度が変わっちゃうときがある、っていうのが、みんながいま話してくれたことなのかな。先生はこの話を聞きながらある人のある言葉を思い出した。紹介していい?
C いいよ。
T それは、「私心のない判断を行う」という稲盛和夫さんという有名な経営者の言葉です。「私心」っていうのは、「自分の感情だけや自分の利益だけを考える心」という意味らしいです。 何かを決めようとするときに、自分の利益のことばかりを考えると、判断は曇り、その結果、間違った方向へ行ってしまうよ。ということらしい。さらに大昔、3000年ほど前の中国の人もこれに似たようなこと言っている。「私心なく然る後に好悪は理(に)当たる公正とはこのことなり。」簡単にいうと、自分の好き嫌いや、自分の利益をばかりを考える心をなくしたら、いいものができたり、人にとって平等な世界が生まれたりしていくよ、っていう意味らしいです。
 ここから思ったことは、人が何かを判断する時に、自分の好き嫌いや自分が得しようっていうような思いが入ると、よくない結果になるっていうことなのかな。
C それは本当だと思う。なんか自分が、こうやと思うから、こういうのはおかしいと思うし、そしたら結果、人を傷つけてしまうかもしれない。相手のことを考えた上でいう、っていうのが大事なんじゃないかな。
C 確かに。
T 今日、みんなから決め付けについていろんなキーワード出てきました。どれが正解とかじゃないよ。でも、自分の中での正解はあると思う。
T では、はじめに書いた、「どこまでが決めつけ?」っていうテーマに対して、今ならなんて答える? もう一度メンチメーターに入れてみよう。そして、比べてみよう。
(「Mentimeter」に入力する。)

(考察)

中心発問として「ダメだとわかりつつも決めつけはなぜ起こるのだろうか。」と問うことで子どもたちは「自分が正しいと思い込んでいるから。」「気付いていないから。」「想像力を働かせればよい。」と言ったように、公平に接していくことを阻む要件(阻害条件)とそれを乗り越えることにつながる要件(促進条件)について自分たちなりの言葉で意味づけを行なっていた。ここからわかることは、世間一般で言われている言葉を教師側から教えるのではなく、子どもの世界から自分たちの言葉で表現することが一番の理解や納得につながるということである。子どもなりの言葉に着目できるよう、教師の価値分析や教材分析が重要になる。
最後に、子どもたちが意味付けた内容に近しい著名人の名言を伝えた。このことにより、自分たちが意味付けしたことは多くの人にとって重要な視点、考え方であると気付いていた様子が授業後の反応から感じられた。

6.板書例

7.授業への工夫など

(1)自己を見つめるために、「Mentimeter」を用いて多様な考えを可視化し変容を自覚する工夫
 自己を見つめることは簡単なことではない。そのためには、自分の考えを外化し、客観的に捉え、多様な他者の考えに触れ、自分の考えと比較することが必要となる。そこで、自分とクラスの友達の考えを同時に、リアルタイムで可視化できる「Mentimeter」を用いた。
 「Mentimeter」は自分の入力した考えがリアルタイムでスライドに反映される。このツールに授業前と授業後で同じ問いに対する回答を入力し可視化する。そうすることで、自己の考えを客観視しつつ自己の授業前と後の考えの変容を自覚することができると考えた。また自分の考えだけでなく、友達の考えも同じスライド上に反映されることから、他者の考えに触れ、比較する思考が自然と働く環境設定がデザインされる。これらのことを生かし、自己を見つめる手立てとした。

(2)価値理解を深めるため、教材の状況設定を少し別の設定に置き換え、個別の状況下を問う工夫
 道徳的価値の捉え方は、立場や状況により変わることがある。このことから、教材内の一事例のみで考えるよりも、いろいろな状況下で考える方が、様々な見方で道徳的価値を捉えることができるため、価値理解が深まると考える。そのことから本実践では、「もし、主人公のわたしが、ちさとが放課後に一生懸命頑張っている姿を見ていなかったら?」や「もし、初めに決めつけをしたわたしとよう子がちさとと仲がよかったら?」という問いを設定した。それらの問いについて考えることで、子どもたちはよくないとわかりつつも決めつけてしまう人間的な弱さの要件についてより深く考えを巡らすことになると考える。結果、価値理解が深まり、さらにはそのことを通して自己を見つめることにつながるだろう。

8.考察

今回、自己を見つめる学びを実現するための手立てとして「Mentimeter」を用いた。授業後、子どもたちは、前後の「Mentimeter」を比較しながら「考えが変わってる!」「いろいろな言い方があるな。」などと発言していた。「Mentimeter」に考えを入力し、友達の考えも含めて同画面上で見て比較することは、自己を見つめることに有効であったと考える。また、本ツールは、誰の考えなのかが見えない仕様になっているため、クラスの関係性によるバイアスがかかるのを避けることができ、他者の考えを取り入れやすかったのではないかと思われる。しかし、「Mentimeter」は25文字以内の入力制限があったり、自己の考えの前後の直接的な比較が難しかったりすることもあるので、子どもの発達段階によっては別のアプリやツールを使うことも考慮したい。特に低学年では相互参照、相互交流が容易な「Padlet」というツールを使うことも有効であると考える。これらのICTツールをどのように活用することが子どもたちにとって効果的なのか、様々に試しながら検討していきたい。

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Webマガジンまなびと:「学び!と共生社会」Vol.50

Webマガジン:「学び!と共生社会」Vol.50 “インクルーシブ教育の充実と地方自治体の動き”を追加しました。

インクルーシブ教育の充実と地方自治体の動き

1.はじめに

 これまでも本欄でたびたび触れてきていますが、2022年9月に国連の障害者権利委員会より、障害のある人の人権や自由を守ることを定めた「障害者権利条約」への対応に関する勧告が示されました。そこには、現在の特別支援教育の枠組みが障害のある子どもを通常の学びの場から分離しているとして、障害のある子もない子も共に学ぶ「インクルーシブ教育」の推進に向けて国の行動計画を作ることが示されました。これに対して、国の回答は「多様な学びの場で行われている特別支援教育のシステムを維持しつつ、勧告の趣旨を踏まえて引き続きインクルーシブ教育システムの推進に努めたい」というものでした(*1)
 地方分権が進む中で、インクルーシブ教育の推進についても地方自治体の動きが大きな影響をもってくると思われますが、こうした中で、さらに歩みを進めてフルインクルーシブ教育の実現をめざした取り組みを進めている自治体も出てきています。フルインクルーシブ教育への取り組みについては、大阪市、豊中市、枚方市等の実践がよく知られていますが、本稿では、フルインクルーシブ教育への対応を巡って関心を集めている国立市の動向を中心に、自治体ぐるみでの取り組みの意義について検討します。

2.文部科学省 地方教育行政の充実に向けた動き

 文部科学省は、令和5年7月19日に「令和の日本型学校教育」を推進する地方教育行政の充実に向けた調査研究協力者会議の報告を公にしています(*2)
 この会議は、「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」(令和3年1月中央教育審議会答申)において挙げられた学校運営に係る地方教育行政の在り方に係る検討事項その他当面する課題等を踏まえ、地方教育行政の充実改善に向けた検討を行うために設けられたものです。
 この報告の中には、諸々の教育課題の一つとして次のような記述が認められます。

「学校には、特別支援教育の対象となる児童生徒や外国人児童生徒、不登校児童生徒、特定分野に特異な才能のある児童生徒等に対して適切な支援を行うことが求められている。また、いじめや児童虐待、ヤングケアラー、貧困を抱える児童生徒への対応など、子供が直面する課題に向けた対応は、多様化・複雑化している。」

 ここで示されている内容は、文部科学省が示す「インクルーシブ教育システムの構築」に大きくかかわっているものだといえます。
 本報告書は、「令和の日本型学校教育」を推進する地方教育行政を実現するための方策として、教育委員会の機能強化・活性化、教育委員会と首長との効果的な連携、学校運営の支援のために教育委員会が果たすべき役割などを提言したものです。当然のことながら、「インクルーシブ教育システムの構築」の推進にもつながるものとして受け止めていくことが期待されます。これにより「インクルーシブ教育システムの構築」がより我が事として受け止められ、地方教育行政に反映されていくことが期待されます。

3.国立市の取り組み

 最近、 インクルーシブ教育への取り組みについて、 国立市の対応が話題になっています(*3)
 国立市では、全国の自治体に先駆けて、2019年度に策定した市の教育大綱で「フルインクルーシブ教育」を目指すと明記しました。障害の有無にかかわらず、可能な限り地域の学校でともに学ぶ理念を掲げたということです。昨年5月に、市教委は東京大学大学院教育学研究科ともフルインクルーシブ教育の推進に向けた共同研究の協定を締結していて、その本気度がうかがわれます。
 こうした動きは唐突に出てきたものではありません。国連の採択以前の2005年に、国立市では当事者の陳情から障害者が当たり前に暮らすための宣言が発表され、条例が策定されています。2019年には、「国立市人権を尊重し多様性を認め合う平和なまちづくり基本条例」(*4)も制定されています。このように国立市では、障害がある人が地域で暮らすことに長年にわたって取り組んできていたのですが、教育の分野にまで十分に踏み込めていませんでした。こうした背景を知ると、「フルインクルーシブ教育」を掲げた教育大綱の策定への流れが理解できます。
 国立市の取り組みは、全ての子どもがともに学ぶ方向性を強く打ち出しており、文科省が掲げる「インクルーシブ教育システム」の枠組みに収まるものではありません。そのためにあえて「フルインクルージョンの推進」としていることです。
 国立市の方針に対して批判的な意見もあるだろうことは想像に難くありません。市が掲げるフルインクルーシブ教育のあり方や市教委が結ぶ東京大学大学院教育学研究科との協定を巡って、市議会で紛糾したということです(*5)
 しかし、市教委へのインタビュー記事には次のような記述もあります(*6)

「『個別支援はなくさないで』『特別支援学級がなくなるのが不安』という声もあり、一足飛びに推進することは適切ではないと考えています。個別支援が必要であることやその選択は尊重しつつ、通常学級の指導を充実させることで、特別支援学級を選ばなくてもいい状況をつくっていきたいです。」

 フルインクルーシブ教育を50年にわたって続けているイタリアでも、保護者や当事者には、通常の学級で生活することへの不安から特別な学校を求める声があります。そして、実際にそうした学校もわずかながら存在します。
 筆者は、この3月中旬にイタリアを訪問して、そうした機関の一つを実際に見学する機会を得ました。
 イタリアでは、すべての幼児児童生徒の通常の学級での生活を保障するために、さまざまな仕組みが整えられています。それでも、現実的な問題として、高度の医療的ケアや介護などの体制を完備することが困難なケースもあります。そうした対応を必要とする児童生徒が、整った環境を望むのは当然です。その帰結として通常の学級以外の選択も特例として認められているということです。だからといって、保護者や当事者、さらにはそうした特別な機関の関係者が、フルインクルーシブ教育を否定しているわけではありませんでした。
 引用した記事からは、国立市の場合もフルインクルーシブ教育をめざしているものの、性急な改革を進めようとしているわけではなく、丁寧に対応していこうとしていることがわかります。「フルインクルーシブ」という言葉に惑わされることなく、そのことをしっかり理解しておく必要があるのではないかと思います。

4.「インクルーシブ教育システムの構築」ということ

 文部科学省も「インクルーシブ教育システムの構築」を掲げて「同じ場でともに学ぶことを追求する」ことを明確に示しています。
 今後の進め方については、「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」の中で、施策を短期(「障害者の権利に関する条約」批准まで)と中長期(同条約批准後の10年間程度)に整理した上で、段階的に実施していく必要があるとして、具体的に次のように示しています(*7)

 短期:就学相談・就学先決定の在り方に係る制度改革の実施、教職員の研修等の充実、当面必要な環境整備の実施。「合理的配慮」の充実のための取組。それらに必要な財源を確保して順次実施。
 中長期:短期の施策の進捗状況を踏まえ、追加的な環境整備や教職員の専門性向上のための方策を検討していく。最終的には、条約の理念が目指す共生社会の形成に向けてインクルーシブ教育システムを構築していくことを目指す。

 これまでの施策の流れは、「特別支援教育」の立場からのニーズのある児童生徒への支援という観点から組み立てられてきていました。しかし、インクルーシブ教育は、本来「通常の教育」の範疇にあるものです。「インクルーシブ教育システムの構築」が進んでいくと、その進展に伴う課題の克服をめざして「通常の教育」の枠組みに沿った施策の充実に重点が置かれるようになっていくと考えられます。
 現在、特別支援教育の対象となっている児童生徒のマジョリティは「知的障害」です。全児童生徒数が減少傾向にあるにもかかわらず、特別支援学校や特別支援学級の在籍者が増大している傾向にあります。

図1 特別支援学校在籍者数の推移(各年度5月1日現在)
出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/content/001076370.pdf

図2 特別支援学級在籍者数の推移(各年度5月1日現在)
出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/content/001076370.pdf

 合わせて、通常の学級で障害のない児童生徒とともに学ぶ知的障害児も増えてきています。しかし、通常の学級における知的障害児の教育に関する実践の報告・検討の数はまだ極めて少ない状況にあります。今後は、「知的障害教育の専門性を有する教師を中心として、通常の学級における支援システム構築が推進されていく必要がある」(*8)といえます。しかし、それだけではいずれ閉塞状態に陥ってしまうでしょう。「インクルーシブ教育システムの構築」が進展すると、「通常の学級」本体の枠組みの再検討と「通常の学級」を支える仕組みづくりも迫られていくことになると思われます。こうした仕組みづくりは、学校教育の範疇だけでは対応できません。そうした点においても、関係部局が緊密に連携しやすい自治体ぐるみでの関わりが大切になってくると思われます。

まとめ

 インクルーシブ教育の充実には、国としての姿勢だけでなく、地方自治体の取り組みも大きく影響します。制度だけではなく財政の確保といった面から、教育委員会だけでなく首長部局や市長部局の対応も重要になってくるからです(*9)。自治体全体でフルインクルーシブ教育を展開しようとしている国立市の取り組みからは、人事面や財政面での工夫や課題も明らかになってくるものと思われます。
 そうした面で、「フルインクルージョン」を掲げた国立市の取り組みは大変貴重なのですが、一つの自治体の動きがどのように受け止められていくかが今後のインクルーシブ教育の進展に大きく影響してくるように思われます。また、他の自治体の今後の動向にも注視していきたいと思います。

*1:NHK福祉情報サイト 障害者権利条約 国連勧告で問われる日本の障害者施策
記事公開日:2022年11月18日
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/723/
*2:文部科学省 「令和の日本型学校教育」を推進する地方教育行政の充実に向けて
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/177/mext_01516.html
*3:毎日新聞記事 東京・国立市での挑戦/上 「ゴーストにしない」母の選択 手探りの「フルインクルーシブ教育」
https://mainichi.jp/articles/20231120/ddm/013/100/036000c
東京・国立市での挑戦/下 「ちゃんとさせなくてもいい」 教師の「見方」で子供たちは変わる
https://mainichi.jp/articles/20231204/ddm/013/100/020000c
*4:国立市人権を尊重し多様性を認め合う平和なまちづくり基本条例
https://www.city.kunitachi.tokyo.jp/soshiki/Dept01/Div01/Sec03/gyomu/0373/0374/1552625272645.html
*5:毎日新聞記事 国立市「フルインクルーシブ教育」 議会予算委、協定で紛糾/東京
https://mainichi.jp/articles/20240309/ddl/k13/100/003000c
*6:東洋経済 国立市が東大とタッグ、「フルインクルーシブ教育」に本気で動き始めた背景原則「すべての子どもが同じ場で学ぶ」を目指す

https://toyokeizai.net/articles/-/697724
*7:文部科学省 「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1321669.htm
*8:田中 亮・奥住秀之 通常の学級における知的障害児の教育に関する研究動向─インクルーシブ教育システムにおける指導・支援と教育課程編成の充実に向けて─.東京学芸大学教育実践研究 第18集 pp.143-147,2022

https://www2.u-gakugei.ac.jp/~scsc/bulletin/vol18/18_18.pdf
*9:柴垣 登 特別支援教育における都道府県間格差についての予備的考察. 立命館人間科学研究 第36号 2017. 6

https://ritsumei.repo.nii.ac.jp/record/4371/files/gl_36_shibagaki.pdf