Webマガジンまなびと:「学び!と共生社会」Vol.53

Webマガジン:「学び!と共生社会」Vol.53 “滋賀県立美術館のニュースに触発されて アール・ブリュットと図工・美術教育を考える”を追加しました。

滋賀県立美術館のニュースに触発されて アール・ブリュットと図工・美術教育を考える

はじめに

 滋賀県立美術館は、2016年に日本の公立美術館として初めてアール・ブリュットの作品を収蔵することを掲げました。昨年には、日本財団からアール・ブリュットのコレクションも受贈されています。それらの作品を披露する機会として、「滋賀県立美術館開館40周年記念 つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人―たとえば、「も」を何百回と書く。」がこの6月23日(日)まで開催されていました。マスコミやWeb上などでも頻回に取り上げられ、アール・ブリュットの認知が進んできているように思われます。そこで今回は、共生社会を志向とする学校教育への展望という観点からアール・ブリュットについて考えてみたいと思います。

1.アール・ブリュットとは

 アール・ブリュットについて、滋賀県立美術館のホームページでは、次のように説明されています(*1)

日本語では「生(なま)の芸術」とも訳されるアール・ブリュットは、1940年代にフランスの画家、ジャン・デュビュッフェ(1901-1985)が提唱した概念です。主にパリで活動したデュビュッフェは、自身が同時代の芸術家や文化人らと交流を深める中で、既存の文化の影響を受けずに独特の制作を行う、精神障害者や独学の作り手などの作品に心を惹かれ、それらを「アール・ブリュット」と呼び、調査や収集を行いました。

 デュビュッフェの概念が厳格だったために、英語圏では「アウトサイダー・アート」という言葉が、わが国では「エイブルアート」という言葉も生み出されているようですが、筆者は、近年、「アール・ブリュット」という言葉にネット等で触れる機会も多くなってきており、用い方に気を付けなければいけないものの、市民権を得てきているように感じています。
 気を付けなければいけないのは、デュビュッフェが提唱した概念とかけ離れた用い方をしないようにすることです。例えば、特別支援学校や特別支援学級の生徒の作品展覧会を、特殊教育時代の形態と大きく変わってないにもかかわらず、「アール・ブリュット展」と銘打っている場合などです。アール・ブリュット=障害児者の作品と、短絡的にとらえてしまう誤解を生じさせかねません。
 「アール・ブリュット」については関連する書籍がたくさん発行されていますので、それらを参照して適切に用いていただきたいと思います(*2)

2.滋賀県立美術館での「アール・ブリュット」への取り組み

 美術館は、長い間、文化財の保護を最優先としてきました。一般社団法人全国美術館会議は、美術館の原則と美術館関係者の行動指針を示していますが、1番目の原則として次のように記されています(*3)
 「美術を中心にした文化の価値を継承・発展、さらに創造することに努め、公益性・公共性を重視して人間と社会に貢献する。」
 この原則だけを読むと、保存や研究、教育を目的とする従来型の美術館像がどうしてもイメージされてしまいます。しかし、美術館の役割をそれにとどめることなく、2番目として「美術館は、人類共通の財産である美術の作品・資料及びそれに関わる環境の持つ多様な価値を尊重する。」という原則が示されています。
 また、下位にはなりますが、「8.美術館は、展示公開や教育普及などを通じ、広く人々とともに新たな価値を創造する。」、「10.美術館は、地域や関連機関と協力連携して、総合的な力を高め、社会への還元を図る。」といった原則も示されています。
 このことは、とりもなおさず、美術館は多様な芸術作品に出合える場所でもあるということを示しています。
 プロの芸術家という範疇に入っていない人の作品であるアール・ブリュットと言われている作品も多様な芸術作品に入ると思われるのですが、これまで、アール・ブリュットと言われている作品を一般の美術館が収集するということはありませんでした。
 2016年になって、滋賀県立美術館がアール・ブリュットの作品を収蔵することを宣言しました。これは、日本の公立美術館として初めてのことになります。
 昨年には、日本財団から国内の作品550点が滋賀県立美術館に寄贈され、さらに所蔵作品が充実してきました。

滋賀県立美術館全景 撮影:筆者

 この記念として、寄贈された作品のうちの450点を集めた滋賀県立美術館開館40周年記念展覧会『つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人 ―たとえば、「も」を何百回と書く。』がこの6月23日まで開催されていました。オープンの式典で、保坂健二朗館長が「日本のアール・ブリュットは世界中の美術館やコレクターなどから注目されている。これだけの規模の展覧会を開くことができてうれしい」と挨拶したことがニュースで報じられていました(*4)
 滋賀県立美術館は、アール・ブリュットの作品を自館として所蔵し、その理解、普及に大きな役割を果たしているといえます。



滋賀県立美術館開館40周年記念展の展示風景
撮影:麥生田兵吾氏(滋賀県立美術館提供)

 また、民間においても、全国各地にアール・ブリュット作品を所蔵・展示している施設があります(*5)。東京都では、東京都歴史文化財団に属する「渋谷公園通りギャラリー」がその役割を果たしています(*6)

3.美術教育とインクルーシブ教育

 通常の学校においても、インクルーシブ教育が進展する中で、同じ教室で障害があるものもないものも共に学ぶ機会が増えつつあります。また、共生社会の実現に向けた社会の動きも進展してきています。
 このような状況下で、包摂性や多様性といった観点から学校教育における図画工作科や美術科などの教科でアール・ブリュットを扱う意義は強まってきているようにと思われます。
 幸いなことに、本Webマガジンの「学び!と美術」で連載されていた奥村高明先生が、アール・ブリュットへの取り組みについて執筆されています。通常の学校での実践を検討されている、あるいは実践されている方々には大変有用な内容になっています。
 「学び!と美術 <Vol.44>(2016.04.11)」では、「アール・ブリュットの鑑賞実践報告」というタイトルの記事が掲載されています。「社会福祉法人愛成会」の依頼で、奥村先生が鑑賞体験ナビゲーターとして実施されたものですが、一般的な鑑賞活動と異なるものではなかったこと、難しい話にもならず、むしろ作家に対してリスペクトに近い感情が生まれていたことが報告されていました。「大切なもの」というテーマで鑑賞を進められたということですが、ナビゲーターの働きが重要であることが示唆されていたように思います(*7)
 また、「学び!と美術 <Vol.68>(2018.04.11)」では、「「問い」から考える「主体的・対話的で深い学び」として、滋賀県立膳所高等学校の山崎仁嗣先生が実践したアール・ブリュットの学習が検討されました(*8)。生徒たちの「問い」が、「アール・ブリュットとは何を意味しているか?」(事実的な知識の問い)⇒「アール・ブリュットは障害のある人の作品か?」(概念的な理解の問い)⇒「アール・ブリュットという枠組みは私たちにとって必要か?」(教科の本質に関わる問い)へと発展していったことから、本学習が将来、彼ら自身が文化や社会をつくりだす可能性を期待させる学びとして成立しているとまとめられています。私も「アール・ブリュット」が共生社会への架け橋になっているところに心強さを感じました。
 「学び!と美術 <Vol.69>(2018.05.10)」には、「アール・ブリュットにどう向かう?~「全部はみえない展」」の記事があります(*9)。この記事はワークショップの紹介ですが、小学1年生から大人までの、障害のある人たち、子どもたち、現役の現代美術作家など約25名の作品をキャプション、作品名、作家名なしで展示して、その作品を鑑賞する中で美術教育や障がいのあるなし、年齢やキャリアを超えて「魅力的な作品とはなんなのか」という普遍的な問いを鑑賞者自身が再考する場になることをねらった取り組みの報告になります。奥村先生によれば、「『境界』のない『場』をつくりたい、そこから何か生みだしたい」という、主催者のねらいは成功していたということで、「私たちはどのようにアール・ブリュットや美術に向かうべきなのか」のその時の到達点として、(1)大人である以上「問い続ける」、(2)鑑賞を通して「子どもに戻る」ということを挙げられていました。
 いずれの記事も簡潔に要約することには無理がありますので、是非とも本編をご覧いただきたいと思います。

4.教科書について

令和7年度版中学校教科書『美術 2・3下』p.50
「多様性と共同制作」より
 教科書での取り扱いについても確認しておきたいと思います。日本文教出版が発行する、平成7年度から使用となる検定済教科書「美術 2・3下」に、学びを支える資料として、「多様性と共同制作」の項があり、その中でアール・ブリュットの定義と画像が掲載されています。画像は、①作品画像(阿山隆之『黒牛とフラミンゴと四葉のクローバー』)、②施設画像(『ボーダレスアートミュージアムNOーMA』)③展示風景画像(『ボーダレスの証明 はたよしこという衝動』2021 )の3枚です。
 このように、教科書でもしっかり扱うようになってきているアール・ブリュットですが、学校現場で教科書がどのように扱われ、どのような授業が展開されているのか大いに興味があるところです。

5.まとめ

 もう一度、アール・ブリュットについて確認しておきたいと思います。
 滋賀県立美術館館長の保坂健二朗さんは、日本のアール・ブリュット研究の第一人者のお一人ですが、読売新聞の記事の中で次のように説明されています(*10)

「既存の芸術的文化の影響を受けていない人によって、心の奥底から作られた、評価を求めていない作品」です。では、「既存の芸術的文化の影響を受けていない」とはどんな状態なのでしょう。「正規の美術教育を受けていない」と紹介されることがありますが、美術教育を受けていないプロの作家もいますから、正確とは言えません。何を芸術と呼ぶかの基準も、実際には主観的です。アール・ブリュットは、非常にあいまいな概念なのです。

 保坂氏が言うようにアール・ブリュットは単純なものではないのですが、アール・ブリュットは、アートが特別な人による特別な人のためのものではないことを気づかせてくれました。アートを考えるうえで様々な問いも発してくれています。それは、口先だけの共生社会を目指そうとする動きとは相いれないものです。
 特別支援学校や特別支援学級の生徒の作品展覧会に「アール・ブリュット展」と冠をつけている事例が見受けられます。アール・ブリュットと称することを認めるとしても、従来の「分離型教育」の枠組みを保持したまま、当事者や関係者の閉じた空間で開催されるものであれば、「アール・ブリュット」と冠を被せることには疑問が残ります。
 共生社会の実現という観点からアール・ブリュットの意味を問い直し、新たな共生に向けた社会観の構築に向かう取り組みが盛んになっていくことが期待されます。

*1:滋賀県立美術館「アール・ブリュットについて」
https://www.shigamuseum.jp/about-the-collection/artbrut/
*2:例えば、保坂健二朗 (監修), アサダワタル (編)『アール・ブリュット アート 日本』平凡社 (2013)、ミシェル・テヴォー (著), 杉村昌昭 (訳)『アール・ブリュット』人文書院(2017)など。
*3:一般社団法人全国美術館会議「美術館の原則と美術館関係者の行動指針」
https://www.zenbi.jp/data_list.php?g=4&d=3
*4:NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/lnews/otsu/20240419/2060015722.html
*5:日本全国のおすすめアール・ブリュット(アウトサイダー・アート)美術館7選
https://spice.eplus.jp/articles/69308
*6:渋谷公園通りギャラリー

https://inclusion-art.jp/
*7:「学び!と美術」<Vol.44>(2016.04.11)「アール・ブリュットの鑑賞実践報告」

https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art044/
*8:「学び!と美術」<Vol.68>(2018.04.11)「「問い」から考える「主体的・対話的で深い学び」」

https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art068/
*9:「学び!と美術」<Vol.69>(2018.05.10)「アール・ブリュットにどう向かう?~「全部はみえない展」」

https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art069/
*10:[美術人ナビ]アール・ブリュット 創作への本能 @滋賀県立美術館…滋賀県立美術館館長・保坂健二朗×やまなみ工房施設長・山下完和

https://www.yomiuri.co.jp/culture/20240429-OYT1T50089/

【重要】サーバメンテナンスのお知らせ

2024年6月26日(水)17時~18時の間、メンテナンス作業に伴い、弊社が運営するWebサイトおよびサービス(一部を除く)がご利用いただけなくなります。大変ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解賜りますようよろしくお願い申し上げます。

Webマガジンまなびと:「学び!とPBL」Vol.75

Webマガジン:「学び!とPBL」Vol.75 “PBLを進めるための教師の資質②――一人ひとりの変化を見る”を追加しました。

PBLを進めるための教師の資質②――一人ひとりの変化を見る

 前回に引き続き、S中学校の中島史弥先生との対談形式で進めます。S中学校は、福島県の山間地に位置する人口約5000人の町にある唯一の中学校です。生徒数は約100人で、町内に高校はないため卒業後は町外に出てしまいます。町の中には海外からも観光客が訪れる名所があり、主要な財源となっています。
 今回は中学校での実践について話してもらいました。

1.「町は好き、でも外に出たい」

図1 地域に学ぶ
中島:町に一つの中学校なので地域と密接な関係にあるのかと思っていたら、以前勤めていた街場の中学校よりも希薄だったので驚きました。地域と学校が切り離されている、という感じでした。それで、1年目には、探究活動で「地域をよくするために何ができるか」を考えさせるため、町のバスで学校の外に出て地域を知る学習を展開しました。生徒たちは外で活動できるので喜んでいましたが、事後にアンケートを取ってみると「町は好き、でも将来は住まないと思う」「町の外に出たい」という意見が大半でした。
三浦:生徒たちはどのように町を捉えていたのですか。
中島:町のいいところとして「自然が多い」ことが一番多く挙がりましたが、その次は「特にない」でした。また、生徒たちが共通して挙げたのは「若者が少ない」という点です。
三浦:地方の山間部の若者たちによく見られる傾向ですね。地域の中の具体的な活動がないと、地域の中で育っているというアイデンティティを形成することができません。
図2 探究活動の授業風景
中島:1年目を反省し、地域や人と関わりがなく、自分一人でやっていたことに気づきました。学校でできることには限界があるので、この枠組みの中だけでやると、生徒たちのアイディアに蓋をしてしまいがちです。生徒たちの学びにブレーキをかけているのは学校なんじゃないかと考えるようになりました。
三浦:実践を通して、学校を突き放してみる、ということはとても大切なことです。多くの場合、学校の日常が見えなくなり、突き放すことすらできなくなります。

2.二人の伴走者との協働

三浦:実践をしたからこそ、それに気づくことができたのですね。
図3 地域おこし協力隊の二人と
中島:その年は、担任という形では探究学習に力を入れきれないため、3年生の副担任を申し出て一年活動しました。そこで1年を通して関わってくれる人を探したところ、町の地域おこし協力隊のお二人が快く引き受けてくれました。二人とも県外の方で30代、企業に勤めていたこともあり、われわれ学校の教師とは全く異なる世界を持っていました。猟友会に入っていて獣害対策や空き家対策などを行っていました。二人には、年間を通して探究の時間に入ってもらい、生徒や私も含めて、この町に対する外からの視点、学校の外からの視点を提供してくれました。
三浦:教師、特に日本の教師は自分を万能だと思う傾向が強く、何でも自分一人でやってしまい、外に助けを求めることがとても苦手だとよく聞きます。特に教師以外の業種との協働が絶望的なくらい苦手なのではないでしょうか。どのように実践を進めたのですか。
中島:自分たちで町をよくする、といっても具体的に何をしたいのかイメージできません。そこで新しい視点から課題意識を絞り込み、「若者の居場所がない」点に取り組むことにしました。このテーマに対し、個々でもいいし、グループでもいいから、やりたいことをまとめアクションに起こすまでを課題にしました。課題を持てない生徒もいて、結果的にはグループでの取り組みが多かったと思います。
図4 伴走者による授業
三浦:全ての生徒が個々に課題を持つことは理想だと思いますが、いろんなプロジェクトを経験してきて、それは現実的ではないと思っています。複数の生徒の間でそのテーマを練り上げる必要があるわけで、グループの中で役割分担していくことも重要です。アイディアを思いつくのが得意な人もいれば、それを現実とすり合わせることが得意な人、忠実に作業を行うことが得意な人、等、いろいろなタイプの人がいていいわけですから。世の中はそのような人たちでできているのだから、協働性は大切だと思います。特徴的な生徒はいませんでしたか。

3.生徒の小さな変化に気づく

中島:由香さん(仮名)という生徒がいて、成績は中ぐらいで努力家です。「町に若者を」というテーマで、どのように発信したらいいのか、一人で悩んでいました。地域おこし協力隊からのヒントを基に、「若者たちはこの町をこう思っている」ことを形にして発信する、具体的には町の広報誌やSNSに若者のコーナーを設けてもらい、そこで若者の好きな飲食店やアンケートなどをランキング形式で掲載するというアイディアにたどり着きました。それを町当局とやりとりすると、公的な媒体に特定の企業や店を紹介することはできない、と壁にぶち当たってしまいました。
三浦:そのあたりはどうしても壁になりがちですね。少子化で、若者の確保を重視するなら、このような形で若者の出番をつくってあげてもいいんじゃないかと思いますがね。
中島:けれども町からは「自然」であればいい、という代替案が示され、これでいくことになりました。この町独特の雄大な自然やそば畑、町並みなど、写真とともに原稿をつくりました。町にはかなり手を入れられましたが、載ったことはうれしい、と由香さんは言っていました。
 しかし、掲載されたものを改めて見て、これは自分が伝えたいことではなかった、と感じるようになりました。そこで始めたのが「自分でパンフレットをつくる」ことでした。「Z世代が考えるX町」というテーマで作業に入ったのが10月頃です。11月の文化祭で発表して探究活動は節目を迎えることになっていたので、結局完成させるところまではいきませんでした。
図5 クラスの集合写真
 そもそも、このような大きなテーマは中学校の探究活動で完結することではないと思っています。人生の中で生涯をかけて追求すべきテーマだと思っているので、中学校の探究活動の中でそのスタートを切れたことが大切だと思っています。普通の生徒なら壁にぶつかると諦めたり、結果を出したところで終わってしまったりするのですが、由香さんは壁にぶつかったことで真剣に自分で考えるようになった、という点で重要な視点を与えてくれました。彼女は高校生になった今も、継続して何かやろうとしています。
三浦:大きな成果を出したわけでもないのに、この由香さんの変化を追おうとした点が優れていると思います。大きな成果ばかりにこだわると、生徒一人ひとりが見えなくなり、歯車の一つとして機能を果たしたかかどうかだけで見てしまいがちになります。中島先生は学生時代、高校生のプロジェクトにのめり込んだことが、生徒の深い理解に役立っているのでしょう。