Webマガジンまなびと:「学び!とPBL」Vol.76

Webマガジン:「学び!とPBL」Vol.76 “PBLを進めるための教師の資質③――一教師と生徒の相互触発”を追加しました。

PBLを進めるための教師の資質③――一教師と生徒の相互触発

 前回に引き続き、S中学校の中島史弥先生との対談形式で進めます。S中学校は、福島県の山間地に位置する人口約5000人の町にある唯一の中学校です。生徒数は約100人で、町内に高校はないため卒業後は町外に出てしまいます。町の中には海外からも観光客が訪れる名所があり、主要な財源となっています。
 今回は中学校での前回とは別のグループの実践について話してもらいました。

1.「交流施設をつくりたい」

三浦:マスコミにも取り上げられた、もう一つの実践について教えて下さい。
中島:前回の実践と同時並行して行っていた別のグループによるものです。廃校になった校舎を自分たちの交流スペースにつくり替えようとした実践です。私たちの町には本屋さんがないので、本好きで本屋をやりたいという生徒たちと観光客と交流できる場所がほしいという生徒たちが合同で10人ぐらいのグループになって、廃校になった分校に本屋カフェをつくろうと考えました。
図1 交渉のしかたを教える
三浦:どうして分校を使う発想になったのですか?
中島:最初は、地域おこし協力隊の人たちのアドバイスで廃屋を利用する案もありました。たまたまなのですが、学生時代にアルバイトでお世話になった方が地元の分校を使って幼児教育の拠点をつくる活動をしていて、中学校での実践を話したところ、是非つながろうということになったのです。学校でそのことを生徒たちに話すと、諸手を挙げて賛同してくれました。実際に本屋カフェを開こうとすると、本をどう集めるか、インテリアや道具をどうするか、また飲食を伴うとなると保健所対応はどうするのか、たくさんの問題が出てきました。
三浦:生徒たちは、くじけずに取り組んでくれたのですか?
中島:結構面白い発想も出てきました。本を集めるのに、町の防災無線を使わせてもらおうということになり、実際に町当局と交渉をしました。これも結果的には前回同様使わせてもらえることはできなかったのですが、この実践に関心を示した町議会議員の方も現れました。本の収集は校内で生徒に呼びかけることになり、その収集には親たちも手伝ってくれました。町の物産館から、農家の規格外の野菜を売っていいということにもなりました。
三浦:親御さんや地域の人たちが実践を手伝ってくれるということはとても重要なポイントだと思います。実践は教師と生徒でやればいいというものではなく、特にPBLとなれば使えるものは何でも使う、社会実践に限りなく近づいていくことになるので。

2.自分たちでイベントを企画する

中島:11月にはグループがその分校を使ってイベントを開くことになりました。いろいろと呼びかけたのですが、空振りに終わってしまい、グループは何がまずかったのか考え、2週間後にもう一度イベントをすることになり、そのための準備を始めました。物産館や近くの牧場から野菜やヨーグルトを出品してもらうこともできました。2回目では20~30人が集まり、工夫したこともあり、準備したゲームで会を盛り上げました。本当に小さなイベントでしたが、生徒たちは「ここまでできるとは思っていなかった」と大満足でした。やればできるという実感をつかんだようです。



図2 本屋カフェのために集まる物品

三浦:それらは周りからはどう見えていたのですか?
中島:校長先生は何がどうなるのかわからないため最初は慎重姿勢で、説得に苦労した部分もありました。しかし、見通しがついてくると教育委員会につないでくれたり、後半はいろいろと力になってくれたりしました。地域おこし協力隊の人たちも、さっきの物産館の人たちやマスコミとつないでくれたりしました。
図3 町当局と交渉
三浦:中島先生はたいへんではなかったのですか?
中島:外部と交渉したり、中身をつくったりするのがとても忙しかったのですが、たいへんだとは感じませんでした。生徒たちが考えた突飛なことをやろうとすると跳ね返されてしまうので、そこをクリアするためにどうすればいいのか、いつも考えていました。
三浦:他の先生方はどうでしたか?
中島:自分は副担任の立場で探究活動を指導しましたが、自分よりも年下の担任の先生も必ず参加してくれました。最初は距離を感じていたようですが、実際に生徒たちが動くようになったのを見て、いろいろと手伝ってくれるようになりました。探究活動は難しいものと決め込んでいたようでしたが、その距離はとても縮まったようです。
三浦:生徒の活動に大人が触発されてアイディアが生まれ、またそれを見た生徒が触発されるという、相互触発モデルというのをOECD東北スクールの時に議論したことがあります。相互に影響を与え合うことになりましたね。



図4 着々と進むイベントの準備

中島:3年生で受験を控えていたので、最初から11月で終わりということにしていました。中途半端になってしまったことは残念なのですが、長い人生の課題解決のスタートは切れたかなと思っています。現在高校生の彼らは、今でも時々集まって作戦を立てているようです。

3.インタビューを終えて

 3回にわたって話を聞かせてもらいました。中島先生の勤めている学校が私の初任の中学校ということもあって、とても感慨深く聞かせていただきました。私の時代は学校が荒れていたこともあり、教育実践はほとんどゲリラ戦のようで、予め計画を立ててそれをこなすといったものではありませんでした。中島先生は私の影響も受けているので、そういった、実践のダイナミズムを知りつつも、学校や教育委員会との手続きで苦労している様子がよくわかります。
 私はちょうど40年前に学校の教師になり、その頃も学校の窮屈さに辟易していて、これから20年や30年先の未来の学校は、教師も生徒も欧米並みの自由な体質に変わっていくと信じて疑いませんでした。しかし現在の学校は40年前よりもはるかに窮屈になってしまっています。学校が過剰に責任を負っており、個人情報の管理とかコンプライアンスなどが強化され、社会的寛容性がどんどん失われていることに大きく起因していると思います。教師も生徒も、試行錯誤する時間と空間があって初めて自分の頭で考えられるようになるのだと思います。教師自身が「解のない問い」にどれだけ取り組んでいるのか、それ以前に「解のない問い」をもっているのかどうか、学校のあり方を問う重要なポイントです。
 中島先生は自分の学校以外にもつきあいの幅が広く、自分の学校や生徒を客観的に見る視点をもっています。学生時代から変わらず、周りを巻き込んで変えていこうとするエネルギーを感じました。

大阪中之島美術館と日本文教出版の共同企画『お手紙書こう』の第2弾を実施します!

大阪中之島美術館で2024年9月14日より開催される『TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション』において、大阪中之島美術館と日本文教出版の共同企画『お手紙書こう』の第2弾を実施します。詳しくは、『お手紙書こう』第2弾のページをご覧ください。
https://www.nichibun-g.co.jp/otegamikakou-nakka_2nd/

浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―

浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―
ポスター
 ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションは、銅版画家の浜口陽三の作品を主に収蔵・展示する美術館です。夏の企画展「浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―」では、教科書にも掲載されている、浜口陽三の《西瓜》を見ることができます。作品の魅力や、展覧会の注目ポイントについて、主任学芸員の神林菜穂子さんにお話をうかがいました。

――「浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―」では、教科書にも掲載している《西瓜》を見ることができます。教科書では《西瓜》のメゾチントの技法について紹介していますが、本展覧会は《西瓜》のどのような点に注目していますか?作品の魅力とともに教えてください。

神林:メゾチントは、深い黒から明るい黒までを彫りの加減で表現する銅版画です。制作に時間がかかりますが、ビロードのような柔らかな質感があるので、芸術表現として使われるようになりました。
 《西瓜》の黒や赤の色彩を、手触りを楽しむように見てください。特に黒い部分、背景はただの暗闇ではなく、静けさや柔らかさを感じさせる、深い黒です。目を凝らして見ると、上から三分の一のところに、もっと濃い帯状の黒があるのが見えてくると思います。これは何でしょう。西瓜を浮かび上がらせるような黒い闇の中には、こまかな光が満ちています。浜口の作品は多くの油絵のように主題や主張があって訴えかけるのではなく、一つの世界を見せていると思ってください。
 銅版画の中でも、メゾチントは深みのある表現です。見る人がその世界に入り、自由に感じ取って下さい。浜口の作品を見ている皆様が感じ取れるものは、見えているものだけではありません。静けさや時のとまったような雰囲気など、どこか感覚的なものもあります。そして、黒なのにあたたかみがあり、落ち着けて、穏やかな感覚をもたらします。
 メゾチントの表現は繊細すぎるため、印刷ではお伝えしきれない部分もあります。実際の作品に近づいて見ると、彫るためにかけた時間が波長のように体で感じ取れる、そのような作品です。

浜口陽三《西瓜》 1981年 カラーメゾチント 23.3×54.1cm
Watermelon Color Mezzotint

――「浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―」では、浜口陽三と波多野華涯、二人の作家を取り上げています。展覧会ではそれぞれの作家について、どのように紹介していますか?展覧会の特徴とともに教えてください。

神林:浜口陽三は20世紀後半、銅版画家として国際的に活躍しました。1950年代、パリで黒の表現が特徴的なメゾチントを色彩表現に展開し、カラーメゾチントという独自の技法を開拓しました。それまで、この作品のような、神秘的で深みのある色合いは、絵の世界に存在しませんでした。誰も思いつかない新しい発想で、新しい作品世界を生み出し、世界的に評価されました。

浜口陽三《ういきょう》 1958年 メゾチント 29.3×44.0cm
Fennel Mezzotint

神林:波多野華涯は、明治、大正、昭和を、南画家として生き抜いた女性です。南画は、江戸時代に中国から日本にもたらされ、その後、我が国で、独自の変化を遂げながら、太平洋戦争前まで、広く人々に愛された画派です。華涯は、南画の伝統をきちんと学んだ上で、新しい感覚を盛り込んで、時代の先を行くような南画を描きました。たとえば蘭は文人画の伝統では人間の徳を象徴する花で、通常は小さな画面に少しだけ描きます。今回展示している屏風は、これだけ大きな画面に、あふれんばかりの蘭の葉と花を一気に描きあげています。銀箔の上に墨で描いているので描き直しがききません。その創作意欲や情熱も、華涯の特徴です。

波多野華涯 《蘭竹図屏風》 六曲一双 大正13年/1924年 紙本銀地墨画 各168.0×374.4cm
みやじまの宿 岩惣 所蔵 右隻 蘭図

――「浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―」は、8月18日まで開催されているため、夏休みの期間に訪問することができます。訪問した学生に、おすすめしたい作品やイベントがあれば教えてください。

神林:波多野華涯の《蘭竹図》は、東京ではじめてのお披露目となります。所蔵者の特別な計らいで、ガラスの壁越しではなく、直接、近くで見ることができます。屏風は見る角度によって、表情が変わります。右から左へと絵のつながりを見ながら鑑賞したり、斜めから見て立体的な迫力を感じたりと、屏風本来の鑑賞方法を体験できるでしょう。銀箔の面は外界の光を受けて輝き、墨で描いた筆致にも迫力があります。めったにない機会なので、ぜひご来館ください。

波多野華涯 《蘭竹図屏風》 六曲一双 大正13年/1924年 紙本銀地墨画 各168.0×374.4cm
みやじまの宿 岩惣 所蔵 左隻 竹図

神林:《蘭竹図》の墨の濃淡を見た後は、ぜひ浜口陽三の銅版画をゆっくり眺めてください。作品一つ一つに独自の世界感があるので、気に入った作品を一つ見つけて、絵の世界に入った気持ちでゆったりと鑑賞していただきたいです。
 自分が選んだ作品を、自分だけの感覚や想像力で味わってください。浜口が表現する、静かで落ち着いた時の流れを感じることが出来るでしょう。

浜口陽三 《14のさくらんぼ》 1966年 カラーメゾチント 52.3×24.4cm
Fourteen Cherries Color Mezzotint

展覧会情報

■『浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―』
会期:2024年6月11日(火)~8月18日(日)
会場:ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション
公式サイト:https://www.yamasa.com/musee/
休館日:月曜日、(ただし7/15,8/12は開館)、7/16(火)、8/13(火)
開館時間:11:00~17:00(土日祝は10:00~)、最終入館16:30
(ナイトミュージアム)会期中の第1・3金曜日は20:00まで開館、最終入館19:30(6/21,7/5,7/19,8/2,8/16)
観覧料:大人:600円 大学・高校生:400円 中学生以下無料

【関連作品 教科書掲載情報】

  • 令和5年度版「高校生の美術2」p31.
    西瓜[カラーメゾチント/24×55cm]
    1981 ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション蔵[東京都]
    浜口陽三[和歌山県・1909~2000]