Webマガジンまなびと:「学び!とESD」Vol.57

Webマガジン:「学び!とESD」Vol.57 “地球規模課題とSEL(3) 気候変動詩の試み~その3~”を追加しました。

地球規模課題とSEL(3) 気候変動詩の試み~その3~

 電通総研が日本人を対象に実施した「エコ不安」に関するウェブアンケートが今年3月に公表され、16〜25歳の1,000人のうち7割以上が気候変動に「不安」を感じていることが分かりました(図1参照)。また「気候変動に対する感情は私の日常生活にネガティブな影響を与えている」かどうかを尋ねた質問には半数近くが「はい」と回答。「子どもを持つことをためらう」かどうかについては、14%強が「はい」を選んでいます。
 「気候変動に対する感情は、私の日常生活(食事、集中力、仕事、学業、睡眠、自然の中で過ごすこと、遊ぶこと、楽しむこと、恋愛のうち少なくとも1つ)にネガティブな影響を与えている」と答えた人の割合は、日本で49.1%となり、11か国中5番目に高い割合になりました。

図1 出典:電通総研(2023)

若者たちの切実な危機感

 上記のように、気候変動に対して不安を抱いている若者は決して少なくないにもかかわらず、教育実践ではどれだけこのような「エコ不安」が考慮されてきたのかは恐らく検討の余地があるのでしょう。
 こうした実際に対して、「学び!とESD」のシリーズの一環として、これまでに「地球規模課題とSEL」(SEL: Social and Emotional Learning)の特集を組み、大学の授業で共有されてきた「気候変動詩」を2度にわたり紹介してきました(「学び!とESD」Vol.42 & Vol.43)。
 上記のような不安が若者たちに浸透する世界的な傾向を反映しているのか、学生たちの詩には、確かにひしひしと忍び寄るような気候危機に対する切実さが伝わるものが少なくありません。ここで紹介するのは、地球を「わたし」として描き、「悲しみの涙」を降らしても、その悲痛な声に気づかない人類に対して厳しい問いかけをしている作品です。

地球の代弁者として

 興味深いことに、気候変動をテーマにした学生たちの詩を読んでいると、山や川など自然の、もしくは鳥や白熊など動物たちの、さらには一惑星である地球の代弁者となって現在の危機的な状況を訴えている作品が少なくないことに気づきます。
 学生たちの中には言葉で詩作をするだけでなく、背景や絵を添えて気候変動の時代に生きる情動を表現する学生も珍しくありません。一例として、次の作品を紹介します。

 こちらも「私の声はもう届かない」という悲痛なまでの地球の叫びを伝えています。人類が犯した罪の重さと代償への自覚を読者に促すような手厳しさすら感じ取れる作品です。
 ただ、ここで紹介した「代弁の詩」には双方ともに最後には希望につながる想いが込められていることは注目に値すると言えましょう。「あなたの声には人、国、世界を動かす力がある」のであり、地球崩壊の前に「力強い声を聴かせて」と結ばれています。また、「大丈夫 聞こえているよ」と呼びかけられ、「大丈夫 今から歩けばまだ間に合う」、「大丈夫 私も一緒に歩くから」、「踏み出す一歩が怖いなら それでいい」、「一緒に歩けば それでいい」という調子で「大丈夫」が4回も繰り返され、読む者は断罪されるどころか、受容されていく結びとなっています。気候ストライキに参加するグレタさんの真剣な眼差しも若者からのメッセージであれば、こうした詩に象徴される包容的な眼差しも若者からのメッセージなのです。
 本特集である「社会・情動的学習」の「社会」の部分も「情動」と同様に重視していますので、気候変動詩をつくっている社会学の教室では自作の詩を隣のクラスメートと読み合う時間も大切にしています。詩に息吹が注がれるせいでしょうか、声に出して読むことは殊の外、大きな効果があるようです。「大丈夫」と詩の作者から繰り返し語りかけられる学生はカラゲンキとは次元の異なる内発的なエンパワーメントを感じ取るのだと思います。

【参考文献】

  • 電通総研(2023)「気候不安に関する意識調査(電通総研コンパス Vol.9)」(国際比較版:2023年3月22日) https://institute.dentsu.com/articles/2823/
  • 朝日新聞「エコ不安:環境問題に悩み気持ちが沈む:若者らに広がる」(2023年7月4日(夕刊))
  • 「学び!とESD」Vol.42 (地球規模課題とSEL(1) 気候変動詩の試み~その1~)
  • 「学び!とESD」Vol.43 (地球規模課題とSEL(2) 気候変動詩の試み~その2~)

時間も人も超えて「つながる」美術の授業 ~これからの図工・美術の先生(第1回)~

連載「これからの図工・美術の先生」では、各地の大学で図工・美術の教師を目指す学生たちを指導している先生方に、「いま、どんな授業をしているのか?」についてうかがいました。授業に込められた、「将来、こんな図工・美術の先生になってほしい」という願いをひも解いていきます。

第1回は、茨城大学の小口あや先生の授業です。

教員養成の重要性

私は現在は大学に勤務していますが、その前は15年間小学校教員をしていました。教員になる道を選んだのは、小学校6年生のときの担任の先生や中学校の美術の先生のようになりたかったからです。

小学校6年生のときの担任の先生は、図工の時間に私の絵をよく褒めてくださいました。自分が失敗したと思っていた風景画の色塗りも、「こういう塗り方もいいものだ」と感心したように眺めてくださっていました。そういう見方もあるのか、と意外に思ったことを覚えています。

また、あるときは黒板に「一筆一色」と板書されて、「難しいかもしれないけれど、一筆ごとに少しずつ色を変えて塗るようにしてごらん」とおっしゃいました。

当時の私には確かに難しかったのですが、一生懸命にそのように色をつけていくと、今までの自分の絵にはなかった豊かな表情が生まれました。

描き方によって、豊かな世界を生み出すことができることを先生は教えてくださいました。自分の表現の可能性を広げてくださる方でした。

その先生の影響で、中学校では美術部に入りました。顧問の美術の先生もたいへん一生懸命に見てくださる先生でした。大学を出てそれほど経っていない、お若い先生でした。

部活の時間になると、先生はご自身の大学時代のお話や美術についてのいろいろなお話をしてくださいました。

私が家で毎日してくるデッサンを丁寧に指導してくださいました。また、あるときは休日に希望者を集めてスケッチ遠足に連れて行ってくださったりしました。お忙しかったでしょうに、美術が好きになり始めた我々に、本当によく寄り添ってくださったと感謝しています。

今思い返すと、世界には美術という価値あるものがあるということを、小学校や中学校の先生方は私の人生の初期に実感させてくださっていました。こうした個人的な経験もあり、図画工作科や美術科を指導する教師を育てることは非常に重要だと考えています。

つながる授業

昨年末、長年共に過ごした我が家の愛猫とお別れをしました。老衰だったようで、私を含めた家族に見守られながら旅立ちました。

命が尽きる少し前に、私は愛猫が生きている最後の姿をスケッチブックに刻み付けるようにボールペンで描きました。悲しいけれど大切なときを自分の手で残すことができました。おかげで、大好きな存在に最後までしっかり寄り添えたように思います。

それは、私に描く力をつけ、描くことの意味を見いだせるように指導してくださった小学校以降の先生方のおかげでした。先生方が教えてくださったことが、ずっとあとに私の人生の大変な場面で出現し助けてくれたのです。

学生には、自分が行った授業が教え子の未来や人生につながっていることを意識して教壇に立ってほしいと思います。

数年前から、私のいくつかの授業では「美術の専門家としての教員」と対話する授業を1回入れています。授業科目によって異なりますが、最も多いときは画家、彫刻家、平面デザイン作家、ユニバーサルデザインの開発者・研究者・デザイナー、美術史家の先生が、ご自身の作品やご研究を携えて参加され、学生と向かい合います。

もちろん学生は、大学教員としてのその先生方とはすでに顔を合わせているのですが、この授業では作品や研究をしている美術の専門家としての先生方に出会うことになります。

授業では、学生は美術の専門家やその作品や研究と対話したあとに、指導案の作成や模擬授業などの美術科授業づくり、その発表(口頭発表や模擬授業)を行います。授業の終わりには「自分が出会った美術の意義をつかみ、学生自身の考えによって、美術科授業の計画から実践、評価までを一通り自力で行うことができる」ことを目指して行っています。

この授業は、美術の専門家が人生の長い期間をかけて真剣に取り組んできた美術に対する姿や考え、そして何よりも目の前で生きている美術の専門家に触れることで、より広い視野で美術を捉えることを最大のねらいとして行っています。

例えば、彫刻家の島剛先生は、ガラスを溶かしてつくったご自身の作品を見せ、学生からの感想や問いに対して応える形で対話を進めていきます。

対話は表現の根源に触れられるように進められます。人生を通して真剣に制作に取り組んできた芸術家の表現の根源に触れることは、1回の授業では難しいものがあります。とはいえ、島先生とその作品に触れたあとで学生がつくった題材には、島先生との対話が反映されています。

芸術家と、芸術家が本気で追究してできた作品を体験した学生は、教師となったときに、そのときの自分の想像を超える美術の深さや広さが存在することを知った上で現場に立つことができると思います。

また、美術には人と共にあるという側面もあります。例えば、ユニバーサルデザインの研究者であり開発者でありデザイナーでもある齋藤芳徳先生は、介護用の浴槽やいすを開発してきました。学生は、その開発経緯を齋藤先生の論文を読んだり齋藤先生と話をしたりしながら聞きます。

齋藤先生の授業を聞いた学生がつくった題材や授業には、「その場に行って確認する活動」が入っています。それは、齋藤先生が浴槽やいすを開発するために、実際にさまざまな介護現場に行って調査を行う姿と重なります。

学生は美術で学ぶことは自分のためだけではなく、他の人の人生に寄り添うためのものにもなることを学ぶのです。

学生が将来教壇に立ったときには、教科書の背後にあるこうした芸術家や研究者、それぞれの作品や研究があることを意識して授業ができるようになっていてほしいと思います。

大学の授業は最後に成績が出てひと段落します。ただ、私はそこを全てのゴールとはしていません。それはどの校種の先生も同じではないでしょうか。

卒業後しばらくして、あるいはずっと先のどこかで「あのときのあの先生の話(作品・研究)とつながった!」「そういうことだったんだ!」と気づくことがあります。

学んだことが私が愛猫の最後の姿を前にしたときのように、教室での授業を超えた「ここぞ」というところで現れるかもしれません。教壇に立って教えることは、教室の外の、過去にも未来にも、自分以外の誰かにもつながっているのです。それを学生が少しずつ実感できるように、私は授業をしています。

小口 あや(こぐち・あや)

茨城大学教育学部(教育学野)美術教育教室講師。茨城大学教育学部学校教育教員養成課程美術コース卒業、同大学教育学研究科教科教育専攻美術教育専修修了。茨城県公立小学校教諭勤務、茨城大学教育学部助教を経て現職。
鑑賞教育、美術科授業づくりについての研究を行っている。日本文教出版令和6年度版小学校図画工作科教科書著者。

「コロコロとりでをこうりゃくしろ!」(第4学年)

1.題材名

コロコロとりでをこうりゃくしろ!

2.学年

第4学年

3.分野

工作に表す

4.時間数

8〜10時間

5.準備物

児童:水彩用具一式 など

教師:杉ぬき板(1m程度)、くぎ(25mm)、ビー玉、木っ端(最大3cm程度にカットされた木っ端をたくさん用意する)、プラスチック段ボール、のこぎり、金づち、ペンチ、木工用接着剤、ボール紙、カラーペン、紙やすり など
※プラスチック段ボールは2cm程度の幅の帯に切って用意しておく(2cm×20cm程度のもの、横長の形で縦筋にカットする)

6.題材設定の理由

 中学年ののこぎり題材として、また、くぎをたくさん打つことができる活動として考えました。ビー玉を転がすフィールドとしての目的で長い板を三つに切り、木工用接着剤とくぎでつないで形を変えることからイメージを広げていきます。ゲームをつくる楽しさを味わいながら、くぎとプラスチック段ボールの壁を組み合わせてビー玉のコースをつくっていきます。くぎが打ちにくくなる段差のある2枚目の板には木っ端を並べたり積み上げたりする「とりで」を設定し、立体的な表現活動になるようにしました。

7.題材の目標

【知識及び技能】
 道具を正しく安全に使いながら、今までの経験を生かし、材料を組み合わせてつくるときの感覚や行為を通して、形の面白さや形の組合せによる感じなどが分かる。
 くぎを打ったり木片を組み合わせたりビー玉を転がしたりしながら試し、表したいことに合わせて形や色、遊び方を工夫してつくる。

【思考力、判断力、表現力等】
 ビー玉の転がり具合やくぎや壁の感じを試しながら、形の変化や面白さを感じ取り、見たこと感じたことから表したいことを見付け、形や色、材料などを生かしながらイメージをもち、つくりたいゲームをどのように表すかについて考える。
 木片やプラスチック段ボールなどを組み合わせてできる形や色や、自分たちの作品の造形的なよさや面白さ、表したいこと、いろいろな表し方などについて、感じ取ったり考えたりし、自分の見方や感じ方を広げる。

【学びに向かう力、人間性等】
進んで材料の形や色などからいろいろなよさや面白さを見付け、楽しく遊べるものを表す活動に取り組み、つくりだす喜びを味わうとともに、形や色などに関わり楽しく豊かな生活を創造しようとする。

8.評価規準

【知識・技能】
 道具を正しく安全に使いながら、今までの経験を生かし、材料を組み合わせてつくるときの感覚や行為を通して、形の面白さや形の組合せによる感じなどが分かっている。
 くぎを打ったり木片を組み合わせたりビー玉を転がしたりしながら試し、表したいことに合わせて形や色、遊び方を工夫してつくっている。

【思考・判断・表現】
 ビー玉の転がり具合やくぎや壁の感じを試しながら、形の変化や面白さを感じ取り、見たこと感じたことから表したいことを見付け、形や色、材料などを生かしながらイメージをもち、つくりたいゲームをどのように表すかについて考えている。
 木片やプラスチック段ボールなどを組み合わせてできる形や色や、自分たちの作品の、造形的なよさや面白さ、表したいこと、いろいろな表し方などについて、感じ取ったり考えたりし、自分の見方や感じ方を広げている。

【主体的に学習に取り組む態度】
つくりだす喜びを味わい進んで材料の形や色などからいろいろなよさや面白さを見付け、楽しく遊べるものを表す学習活動に取り組もうとしている。

9.指導計画

内容・時間

児童の活動の流れ

教師の指導の手立て

○導入
(道具の扱いと安全指導などを含む)
15分

●題材の意図や手順を知る。
●道具の扱いを学ぶ。
●作品のイメージをもつ。

▼題材の目的やイメージを伝える。
▼材料や道具の説明をする。
▼作例を使って説明する。
・ビー玉が転がりながら「とりで」を通過し、ゴールを目指すゲームであることを児童の関心が高まるように工夫して説明する。
・プラスチック段ボールの帯の端にくぎを通して打つことで壁ができることを例示する。

○フィールドづくり
45分

①板を2か所のこぎりで切り、三つのパーツに分ける。
②三つのパーツを好きな形に組み合わせ、木工用接着剤とくぎでつなぎ合わせる。

・真ん中のパーツは両端のパーツに載るようにする。
・くぎは極端に端にならないように注意する。(材料が割れることがある)
・板の組合せ方を工夫することでゲームのイメージが変わってくることを伝える。

○フィールドの色を塗る
30分

①紙やすりをかけてトゲを取る。
②思い付いたゲームのイメージに合わせた色を絵の具で塗る。

・これからつくるゲームの世界がどんなストーリーになるかをイメージできるように指導する。
・くぎを打ったり木っ端を組み合わせたりする前に全体に色を付ける。

○壁を取り付け、コースをつくる
○中央の板パーツに木っ端を組み合わせて貼り、ビー玉が通り抜ける「とりで」をつくる
270分

①ビー玉を転がしながら全体のコースのレイアウトをイメージする。
②プラスチック段ボールの両端の筋にくぎを通し、板に5mmほど打ち込んで壁をつくる。
③壁の組合せ方を工夫しながらビー玉の通るコースをつくっていく。
④木っ端を使って中央の板パーツの上に木工用接着剤で貼って組み合わせ、壁やトンネルなどをつくっていく。
⑤さまざまな材料を組み合わせて、ゲームが楽しくなるように飾る。

・ゲームのイメージがわくような導入を工夫する。
・プラスチック段ボールの取り付けを例示し、くぎの打ち方の工夫で壁を折り曲げたり複雑な形にしたりできることを示す。
・ビー玉が通り抜けられる幅を確保するように注意する。
・段差をビー玉が乗り越えられるようにボール紙を渡す。
・中央の板パーツは机から浮いていて隙間があるためくぎが打ちにくいので、木っ端の組み合わせでコースをつくるように勧める。
・必要に応じた材料を用意する。

○出来上がったゲームで遊ぶ(鑑賞)
90分

①友だちのゲームを試してみる。自分のゲームを試してもらう。
②修正・追加してつくる。

・友だちのゲームで遊んだり、自分のゲームをやってもらったりすることで感じた新しいアイデアを作品に反映できるようにする。

10.題材を考えるということ

 今回紹介した『コロコロとりでをこうりゃくしろ』は、板にくぎを打ってビー玉を転がすという比較的ポピュラーな題材に、「板をのこぎりで切って組み合わせる」「木っ端を積んだり並べたりして楽しむ」「プラスチック段ボールを壁に使って形を組み合わせて楽しむ」などの造形的な要素をプラスして、くぎを打つだけではない表し方を使って工夫できるようにアレンジしたものです。

↑本題材のアイデアシート。アイデアが浮かんだときに描き止めておくようにしている。

 子どもの感受性や想像力が素晴らしいとはいえ、子どもが今まで見たことや体験したこと、身に付けた知識や技術は大人に比べると非常に少なく、「想像しよう」「工夫しよう」と言うだけではなかなか表現につながっていかないことがあります。そのことからも、子どもが安易に結び付いてしまいがちな日常(例えばゲームやアニメのイメージなど)から題材の魅力を使って子どもを切り離すことによって、新しい見方や考え方と出会えるようにしていく必要があると思います。
 題材は教師と子どもをつなぐ大切なツールです。題材づくりを通して、「世界にはこんなに美しいものや面白いことがあるのだ」ということを目の前の子どもの感受性と重ね合わせながら、提案したり共感したりすることができます。題材をつくるには、大人の価値観の押しつけることなく、子どもがどんなことを感じ、どうしたいのかということを常に考え、使う材料や行為をよく検討し、「なぜこうするのか」「なぜこれを使うのか」ということに確かな必然性をもって取り組みたいです。
 オリジナル題材をゼロから考えることは、子どもと素材や行為に関して十分に検討する必要があるので教師にとってとても勉強になります。「ゼロから考えるのはハードルが高いな」と感じられるのであれば、教科書に載っている題材や既成の題材を基に、そこに自分なりの考えやアイデアを加えたり修正したりしながら取り組んでいくのもよいのではないかと思います。
 子どもの視点で考え、「ここをちょっと変えると楽しんでくれるのではないかな」というアイデアが思い浮かんだら積極的にアレンジしてみると、今後、オリジナル題材を考えていく際に生かされていくと思います。目の前の子どもの気持ちと自身の思いを重ね合わせながら、子どもが見て感じていることに共感する見方・考え方で題材づくりに取り組めば、身近なところに素敵な題材のアイデアが見つかるかもしれません。

※本実践の児童作品は、「みんなの図工ギャラリー」にも掲載予定です。
https://www21.nichibun-g.co.jp/zuko_gallery/3-4nen/