学び!とESD
学び!とESD
電通総研が日本人を対象に実施した「エコ不安」に関するウェブアンケートが今年3月に公表され、16〜25歳の1,000人のうち7割以上が気候変動に「不安」を感じていることが分かりました(図1参照)。また「気候変動に対する感情は私の日常生活にネガティブな影響を与えている」かどうかを尋ねた質問には半数近くが「はい」と回答。「子どもを持つことをためらう」かどうかについては、14%強が「はい」を選んでいます。
「気候変動に対する感情は、私の日常生活(食事、集中力、仕事、学業、睡眠、自然の中で過ごすこと、遊ぶこと、楽しむこと、恋愛のうち少なくとも1つ)にネガティブな影響を与えている」と答えた人の割合は、日本で49.1%となり、11か国中5番目に高い割合になりました。
若者たちの切実な危機感
上記のように、気候変動に対して不安を抱いている若者は決して少なくないにもかかわらず、教育実践ではどれだけこのような「エコ不安」が考慮されてきたのかは恐らく検討の余地があるのでしょう。
こうした実際に対して、「学び!とESD」のシリーズの一環として、これまでに「地球規模課題とSEL」(SEL: Social and Emotional Learning)の特集を組み、大学の授業で共有されてきた「気候変動詩」を2度にわたり紹介してきました(「学び!とESD」Vol.42 & Vol.43)。
上記のような不安が若者たちに浸透する世界的な傾向を反映しているのか、学生たちの詩には、確かにひしひしと忍び寄るような気候危機に対する切実さが伝わるものが少なくありません。ここで紹介するのは、地球を「わたし」として描き、「悲しみの涙」を降らしても、その悲痛な声に気づかない人類に対して厳しい問いかけをしている作品です。
地球の代弁者として
興味深いことに、気候変動をテーマにした学生たちの詩を読んでいると、山や川など自然の、もしくは鳥や白熊など動物たちの、さらには一惑星である地球の代弁者となって現在の危機的な状況を訴えている作品が少なくないことに気づきます。
学生たちの中には言葉で詩作をするだけでなく、背景や絵を添えて気候変動の時代に生きる情動を表現する学生も珍しくありません。一例として、次の作品を紹介します。
こちらも「私の声はもう届かない」という悲痛なまでの地球の叫びを伝えています。人類が犯した罪の重さと代償への自覚を読者に促すような手厳しさすら感じ取れる作品です。
ただ、ここで紹介した「代弁の詩」には双方ともに最後には希望につながる想いが込められていることは注目に値すると言えましょう。「あなたの声には人、国、世界を動かす力がある」のであり、地球崩壊の前に「力強い声を聴かせて」と結ばれています。また、「大丈夫 聞こえているよ」と呼びかけられ、「大丈夫 今から歩けばまだ間に合う」、「大丈夫 私も一緒に歩くから」、「踏み出す一歩が怖いなら それでいい」、「一緒に歩けば それでいい」という調子で「大丈夫」が4回も繰り返され、読む者は断罪されるどころか、受容されていく結びとなっています。気候ストライキに参加するグレタさんの真剣な眼差しも若者からのメッセージであれば、こうした詩に象徴される包容的な眼差しも若者からのメッセージなのです。
本特集である「社会・情動的学習」の「社会」の部分も「情動」と同様に重視していますので、気候変動詩をつくっている社会学の教室では自作の詩を隣のクラスメートと読み合う時間も大切にしています。詩に息吹が注がれるせいでしょうか、声に出して読むことは殊の外、大きな効果があるようです。「大丈夫」と詩の作者から繰り返し語りかけられる学生はカラゲンキとは次元の異なる内発的なエンパワーメントを感じ取るのだと思います。
【参考文献】
- 電通総研(2023)「気候不安に関する意識調査(電通総研コンパス Vol.9)」(国際比較版:2023年3月22日) https://institute.dentsu.com/articles/2823/
- 朝日新聞「エコ不安:環境問題に悩み気持ちが沈む:若者らに広がる」(2023年7月4日(夕刊))
- 「学び!とESD」Vol.42 (地球規模課題とSEL(1) 気候変動詩の試み~その1~)
- 「学び!とESD」Vol.43 (地球規模課題とSEL(2) 気候変動詩の試み~その2~)