Webマガジンまなびと:「学び!とPBL」Vol.86

Webマガジン:「学び!とPBL」Vol.86 “地域独自で取り組む探究学習は、他地域での実践に活かすことができるのか?”を追加しました。

地域独自で取り組む探究学習は、他地域での実践に活かすことができるのか?

 前回は探究学習の課題設定を取り上げて、ローカルでの生活者としての気付きから課題を設定し、グローバルなど大きな規模でも捉えていくこと、いわゆるグローカルの視点の重要性を考えてみました。こうした視点を持つことは、自身が設定した課題や気付きを通じて、誰かの困りごとに共感をすることや、対岸で起きている出来事に寄り添う資質を育むことにつながるのではないでしょうか。それは、一つの地域や国で課題が解決することが困難になっている現代社会において、地球規模で課題に向き合うことを目指すSDGsの重要な柱「グローバルシティズンシップ(地球市民)」の基盤を創ることでもあると思います。今回は、地域独自で実施している探究学習の他地域での汎用性について考えてみたいと思います。

ひろの映像教育プロジェクト

 福島県双葉郡広野町では、2015年から「ふるさと創造学」の実践として中学生が地域を題材にドキュメンタリー映画を制作する「ひろの映像教育プロジェクト」に取り組んできました。広野町がこの取り組みを開始した背景としては、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故によって避難を経験した子どもたちが、元の地域への帰還を進める中で地域社会との関係を再構築するという課題がありました。
 ここでは紙幅の都合上、映像制作教育の詳細は省きますが、映画は総合芸術であり、多様な役割を分担させるチームプレーになります。また、テーマ設定から取材、編集、さらには上映会に至るまで様々な対話と思考を求め続けられる、まさに探究的な作業になります。広野町の実践では、それらに加え、映像作家など外部の方との協働や地域住民との接点の創出など、多様な協働の機会を通じて地域に関与し、映像作品を完成させます。これまで広野町で制作された映像作品は32本にも上り、その時々の地域を記録するアーカイブとして公開されています(*1)

広野町での町中の撮影風景

東京都における外国ルーツの若者たちとの映画制作

 広野町での実践は、2016年から豊島区での子どもたちの地域理解として、また2019年には台東区における外国人住民との共生施策の一環として参考にされてきました。
 2020年には東京都全体から参加者を募る形で外国ルーツの若者たちとの映像制作の取り組み「Glocal Cinema Meetup!」が開催され、都内に在住・在学する外国にルーツのある青少年世代が自分たちの暮らす東京都を題材に映像作品を完成させ、上映会を開催しました。この取り組みでは、参加者たちが日常的に抱えている疑問や不安を語るところからテーマ設定が行われました。当時はコロナ禍の真っただ中で、社会的な不安も高まる中、ルーツや肌の色、異文化などの差別や偏見などについての不安も増長されていた時期でもありました。そうした状況下で、参加者たちは映像制作を通じて自己と向き合いながら地域や社会にも向き合い、作品(*2)を制作しました。上映会では制作に参加したメンバーから映像制作を通じて社会に参画をしていくことの意義について語られ、アクティブラーニングとシティズンシップ形成の可能性を大いに感じる機会となりました。

台東区でのイスラム教寺院への撮影風景

私たちの教育実践は他地域でも活かされるのか?

 広野町での実践が東京都での実践の参考となった理由は大きく二つあります。一つは、アクティブラーニングを通じて地域を知る活動への期待。そしてもう一つは、越境を経験しながら地域に関わる機会の創出でした。いずれも、原子力災害によって長期避難を経験した地域での教育実践であることに着目され、都市部における地域理解への活用や文化を越境しながら地域で暮らす外国ルーツの若者たちの地域参画の機会創出としての参考となりました。

Glocal Cinema Meetup! 上映会集合写真

 「ふるさと創造学」の設置を推し進めた双葉郡教育復興ビジョンには、主たる方針の一つとして「双葉郡から新しい教育を創り出し、県内・全国へ波及させる」が掲げられています。説明には「震災、原発事故からの教育復興と持続可能な地域復興に向けた取組は、少子高齢化や産業の曲がり角にさしかかった全国の地域社会においてモデルとなる。」と述べられています(*3)。これは何も災害被災地の特殊な実践の話だけではなく、私たちが取り組んでいる教育実践が地域や規模、さらには文化を越境した時に、どのような実践として活用できるのかというイメージを膨らませることの重要性を含んでいるのだと思います。それは先述のグローカルな視点を持つことでもあり、他者の困り事や他地域の課題に寄り添う資質を育む学びにつながる可能性でもあると考えています。みなさんの実践についても、こうした視点で捉えてみると、面白い可能性が拡がるかもしれません。

*1:ひろの映像教育プロジェクト公開作品
https://youtube.com/playlist?list=PLMib7hbhcSpm-y4pv0W2xSwtrZd8pWdbp&si=iWPEPxaRK6BfUge1
*2:Glocal Cinema Meetup! 公開作品
https://youtube.com/playlist?list=PLMib7hbhcSpkoxDSyz7soRvDAyjhAvmnv&si=oOWYc10LCfHfSJGz
*3:福島県双葉郡教育復興ビジョン 平成25年7月31日報告
https://futaba-educ.net/new/wp-content/uploads/2014/06/vision20130731.pdf

デジタル教科書サポートサイト:活用事例を公開

デジタル教科書サポートサイト:「活用事例」を公開しました。

Webマガジンまなびと:「学び!とESD」Vol.65

Webマガジン:「学び!とESD」Vol.65 “「ユネスコ教育勧告」の誕生(その3) これからの教育になにが大切かを考える教材づくりの第一歩”を追加しました。

「ユネスコ教育勧告」の誕生(その3) これからの教育になにが大切かを考える教材づくりの第一歩

 今号では「学びとESD!」Vol.50Vol.51で紹介した「ユネスコ教育勧告」(正式名称「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シチズンシップ、持続可能な開発のための教育に関する勧告」)の「その後」の一端をお伝えします。「ユネスコ教育勧告」は2023年11月に採択されましたが、その後は欧州やアジア等の地域レベルで、そして国レベルで推進していく方向へとシフトしつつあります。アジア太平洋地域でも同勧告に明記された理念を各加盟国が実現していくためのロードマップができるなど(*1)、世界各地で取り組みが徐々に始まっています。そして、日本でも具体的な活動が見られるようになりました。その1つが教材開発や教員研修にフォーカスを当てた事業です(*2)

「ユネスコ教育勧告」と教材

 教材について、「ユネスコ教育勧告」には「加盟国は、すべての教員および学習者が、本勧告に規定された主導原則が盛り込まれた、マルチメディア・コンテンツを含む質の高い教授と学習の教材・リソースにアクセスできるよう取り組むべきである。 / これらの実物およびデジタルフォーマットの教材へのアクセスは、オープンな教育リソースの共有をすすめることや実際のおよび / またはデジタルのリソース・センターを設置することによって促進される。」(第35項)と記載されおり、各国で「ユネスコ教育勧告」を広めるための教材開発が期待されています。ここで紹介する教材開発はこうした勧告文の要請に応えようとする試みであり、国連のメッセージと学校内外の教育現場とを架橋するための事業でもあります。このシリーズの「その1」(Vol.50)及び「その2」(Vol.51)で述べたように、この勧告の標題にESDが明記されていますので、自然環境のみならず、人権など社会的な側面にもフォーカスを当てたこの教材はESDに対する見方にバランスをもたらす効果も期待できるでしょう。

カード型教材の概要

 条約や勧告などの国連文書を教える際、通例は、抽象度が高く形式ばった文章に解説を加えて伝えることが少なくありませんでした。そうしたやり方も重要かもしれませんが、実際に教育を変えていく効力をもたらすには、より広く理解してもらえるような工夫が求められると言えます。
 そこで上記の事業では、伝統的な教材とは異なる、複数の問いを用いて対話を重ねるカード型教材の作成に挑みました。「学びとESD!」Vol.51で述べた「14の主導原則」の1つ1つに焦点を当て、カードの(おもて)面では簡潔な意訳(導入文)を載せ、そこからこぼれ落ちてしまう知見や視点を補完したり、他者との対話を通して理解を深められたりするように、1枚のカードにつき3つずつの問いを付置しています。さらに裏面では原文(英文)の該当箇所を、その日本語訳とともに掲載し、必要に応じてさらなる関連の情報を二次元コードで加えています。さらに、「ユネスコ教育勧告」に親しみをもってもらえるようにイラストも加えてデザインし、計42の問いを含めた15枚(表紙も含む)のカードができました。
 一例を挙げてみましょう。14の主導原則の1つ1つのキーワードについては「学び!とESD」Vol.51を参照していただくことにし、ここではその中の1つである「ライツホルダー」を取り上げます。「ユネスコ教育勧告」におけるその文章は次のとおりです(*3)

人種、皮膚の色、世系、ジェンダー、年齢、言語、宗教、政治的意見、 民族的、種族的 (ethnic) および社会的出身、出生に関わる経済的・社会的条件、障害、その他いかなる背景にかかわらず、国際人権法で規定されているように、 教育において、また教育を通じて、差別されないこと、インクルーシブであること、公正であることを確保し、同時に学習者を権利をもつ者 (rights-holders) としてエンパワーする。

 このままでは理解は容易ではないので、この教材では次のように意訳をしています。「どんな違いがあろうとも / だれもが差別されない権利をもっている / 学びによってすべての人を『権利をもつもの』として力づける」。
 人種や皮膚の色など個々の用語についてはいっさい省き、条件抜きで差別は許されないという気骨なメッセージをシンプルに伝えるように意訳されています。形式的なステートメントを親しみやすいものにする効果を狙った導入部分です(図1参照)。
 さらに、勧告文のエッセンスを理解するための3つの問い、すなわち「何気なく偏見をもったり差別したりしていた自分に気づいたことはありますか?」という身近な問い、「なぜ偏見や差別は生まれるのでしょうか?」という根本的な問い、さらに「学習者の誰もが、自分が「権利をもつもの」なんだと自覚できるようになるためには、どうずればよいのでしょうか?」という行動を促すような問いが載っています。
 これらを4〜5人ほどのグループで各質問に答えながら対話を重ね、1つ1つの原則に対する理解を深めていくという構成です。ちなみに、上記のカードには裏面に追加情報として、国内外の政策に関連する情報、すなわち「子どもの権利条約の考え方」に関するURLと、「こども基本法」に関するURLにアクセスできるようにしています。

図1 カード型教材(表面)図2 カード型教材(裏面)

 これらの教材を使用して試験的に行ったユネスコスクールでの教職員研修では、次のような声が聞かれました。

  • 世界で求められている教育の方向性がどのようなものであるのかを知ることができた貴重な機会でした。それをただ知識として学ぶだけでなく、話し合いの中で体験的に学んだのも意義があったと思います。
  • やはり問いの形は大切だなと感じました。今回の議論は生徒たちとの話し合いや授業の中でも活用できそうです。
  • 14のエッセンスについて自分のグループで話し合わなかったものについて、他グループの発表を聞けて、少しでも理解を深められたことはよかったです。

 さらなるカード型教材の詳細については、参考文献の1.にアクセスしてみて下さい。解説文と共に実際のカードをダウンロード及び印刷できるようになっています。次号では、こうした教材と教員や職員等を対象にした研修の課題を含めてお伝えしたいと思います。

*1:詳細は次の英文サイトを参照のこと。
https://articles.unesco.org/sites/default/files/medias/fichiers/2024/09/Road%20Map%20for%20Asia-Pacific%20of%20the%20UNESCO%20Recommendation%20for%20Peace_Human%20Rights%20and%20Sustainable%20Development_0.pdf
*2:文部科学省による「令和6年度ユネスコ活動費補助金」によって実施された「『ユネスコ教育勧告』普及のための教材開発及び教員研修モデルの構築」事業(聖心女子大学及び日本国際理解教育学会(協力団体))として実施された。
*3:ここで用いる邦訳は参考文献2.の暫定訳からのものである。