「ある日のくつばこで」(第2学年)

1.はじめに

 目の前の2年生の児童との授業を重ねる中で、最も大切にしたいと感じたのは、善悪の判断ができ、進んで「よい」と思うことを実行できる児童の育成である。学習指導要領における第1学年及び第2学年の内容に「よいことと悪いことの区別をし、よいと思うことを進んで行うこと。」と示されており、これはまさに低学年の児童に育てたい力である。
 道徳科の内容項目「善悪の判断」は、指導にあたっては、次のような点が重要であると考える。

抽象的な概念ではなく、身近な生活体験をもとに考えさせること
「みんながやっているから」ではなく人としての正しさや公正さを基準に判断させること
考えたことを実際の行動に結びつけようとすること

 「善悪の判断」は、単に道徳的知識を理解するだけにとどまらず、児童が自らの行為を省み、よりよい生き方を模索するための基礎となる価値である。また、学習指導要領解説において、「善悪の判断」が最初の内容項目に位置づけられているのは、児童が自分の行為を律する態度を形成することが全ての道徳的実践の出発点であり、道徳性の育成の基本となる学びだからだと考える。
 本実践では、この「善悪の判断」を扱った道徳科の授業を通して、児童が日常生活の中で「これはよいことだろうか。」「どうすればよかったのだろうか。」と自ら考え、迷いながらも自分なりの答えを導き出そうとする態度を育みたいと考えた。その過程を通して、児童一人一人が自分の感じ方や考えを大切にし、自分の軸を少しずつ強くしていくことを目指した。

2.6つの提案をもとにした実践

提案1 主体性をもった導入のあり方

 本時では、児童が自分自身の生活を振り返りながら学習に主体的に取り組むことを大切にした。導入では、「正しいことだと分かっていても、なかなか行動できないことってありますか?」と問いかけ、児童の日常を振り返らせた。児童はそれぞれの経験を思い出しながら、「ある。」「ない。」と反応し、自分なりの状況を思い浮かべていた。そのうえで「今日のお話には、みんなと同じように思い悩んでしまう、まり子さんという女の子が出てきます。まり子さんの悩んでいる様子を、みんなで一緒に考えてみたいと思います。まり子さんになったつもりで、みんなで話し合いたいところに線を引きながら聞いてください。」と語りかけた。このような導入を設定した意図は、児童が登場人物の心情を自分の体験と重ねながら教材に入り込むことをねらったものである。自らの経験を手がかりにしながら教材に向かうことで、まり子の葛藤を「自分にもあり得ること」として捉え、自分ごととして考えることができるようにしたいと考えた。加えて、教科書に線を引かせる活動を取り入れ、児童が「まり子さんの気持ち」や「自分が共感した部分」を視覚的に捉え、自分の思いを可視化できるようにした。これにより、児童は教材を読む過程で自分の感じ方を整理し、あとの話し合いの場面でも自分の考えについて根拠をもって表現しやすくなると考えた。
 以上のような導入によって、児童が教材の内容を自分の生活と重ね合わせながら主体的に読み進め、登場人物の葛藤を通して「善悪の判断」について深く考える基盤をつくることができるようにした。

提案2 発達の段階に合わせた教材提示の工夫

 道徳科の授業では、教材の理解度によって、児童の考えの深まり方や道徳的価値の理解の程度に大きな差が生まれる。特に低学年では、登場人物の心情の変化や場面の関係を把握する力がまだじゅうぶんに育っていないため、教師がどのように教材への導入や読みを支援するかが重要となる。
 教師が教材を範読した後、児童が何度も本文に戻りながら読み直し、内容を確認していく授業が多く見られる。しかし、この方法では、内容理解になってしまい、国語科での読み取りの学習のようになってしまうおそれがある。道徳科の学習で大切なことは、登場人物の行動や心情を正確に読み取ること以上に、その行間に込められた意味や人間としての在り方を、自分自身に置き換えて考えることである。そのため、本実践では、児童の発達の段階に応じて、教材の全体像を短時間で把握できるように工夫した。具体的には、挿絵を用いながら登場人物の行動や場面の移り変わりを黒板上に整理し、視覚的に理解できるようにした。こうした提示は、文字情報だけでは内容を把握しにくい低学年の児童にとって、物語の流れや登場人物の心の動きを捉える手がかりとなる。
 また、教師が挿絵を順に示しながら、登場人物の表情や動作に着目させることで、児童は「まり子さんはこのとき、どんな気持ちだったのだろう。」「もし自分だったらどうしただろう。」といった内面の問いを自然にもち始める。このような支援により、児童は登場人物を単なる物語上の存在としてではなく、自分と重ね合わせて考える対象として捉えることができるようになる。結果として、児童は教材を表面的に理解するのではなく、登場人物の葛藤や選択を通して「善悪の判断」という価値を自分自身の課題として捉え直す姿が見られた。これは、発達の段階に応じた教材提示の工夫が、道徳的価値の理解を深めるうえで有効に機能したことを示している。

提案3 話し合う場面の焦点化

 児童が教材のあらすじを把握した後、登場人物の心情の揺れに焦点を当て、深く考えるための話し合いの場を設定した。導入で教科書に話し合いたいことについて線を引いたことを想起させ、「どの場面で、まり子さんが一番困っていたのか。」を話し合った。教師は児童の共感や疑問の多かった3つの場面を黒板上で整理した。すなわち、①「かずみさんに『だれにも言わないでね。』と言われた場面」、②「としおさんが靴を元通りにしてくれたのに、なぜか心がくもっている場面」、③「お母さんの言葉を思い出し、『そうだ、勇気を出そう。』と決心した場面」である。これらの場面は、児童自身が「気になる」「考えてみたい」と感じた部分であり、教師が一方的に選んだのではなく、児童の声を基に選んだ場面だった。このように、児童が自ら話し合いたいことを選択することは、児童が主体的に考えようとする意欲を高めるうえで極めて有効である。自ら「考えたい」と感じた場面であるからこそ、児童は登場人物の心情を自分の経験と照らし合わせながら深く考えることができる。さらに、教師があらかじめ教材研究を重ね、どの場面に道徳的価値の核心が表れているのかを的確に把握しておくことで、児童の発言を生かしながら、ねらいとする価値理解に自然に迫る授業展開が可能となる。
 このように、話し合いの場面を児童の実感に基づいて焦点化し、教師が学級全体で考え、話し合う方向性を整えることで、児童は自分たちの話し合いに見通しをもって可視化して授業することができた。

提案4 ねらいの設定

 本実践のねらいは、道徳科的諸価値についての3つの理解、すなわち「価値理解」「人間理解」「他者理解」の観点から構成した。これらの観点を通して、児童が「善悪の判断」という価値を自分自身の生き方と関連づけて考えることを目指した。
 第一に、価値理解の観点である。児童が「正しいこととは何か。」「なぜ正しいことを行うことが大切なのか。」を考え、人間としてよりよく生きるうえで善悪を判断することが欠かせないことを理解できるようにする。単に知識としての理解ではなく、道徳的価値を自分の生活や行動に結びつけてとらえることを重視した。
 第二に、人間理解の観点である。児童が、正しいとわかっていても行動に移すことが難しいという「人間の弱さ」に気づくことができるようにした。登場人物であるまり子の葛藤を通して、価値を実現することが容易でないこと、その迷いやためらいの中にも人間らしさがあることを理解させることを重視した。
 第三に、他者理解の観点である。善悪を判断する際の感じ方や考え方は、人によって異なるということを理解させたい。児童同士の意見交流を通して、「自分だったらこうする」「友達は違う考えをもっている」といった相互理解の場を設け、他者の考え方を尊重しながら自分の考えを深めることをねらいとした。
 これら3つの観点を総合し、本実践ではこのようなねらいを設定した。

 正しいと分かっていること(価値理解)に対して、なかなか実行できない人間の弱さ(人間理解)に触れさせながら、善悪の判断をすることは、自分の勇気だけでなく、自他を大切にすることにもつながることを感得させ、正しいことは進んで行おうとする実践的態度を育てる。

 このように、価値理解・人間理解・他者理解の3つの観点を通してねらいを構成することにより、児童が「善悪の判断」を「自分の生き方に関わる課題」としてとらえることを目指した。

提案5 発問構成のあり方

 本実践では、曽我文敏氏の提唱する「発問構成のパターン」を参考に、児童が登場人物の心情を自分ごととしてとらえ、「善悪の判断」について価値を深く考えられるよう、発問の構成を工夫した。曽我氏は、発問を通して児童の思考を段階的に深め、価値の理解・人間の理解・自己の成長実感へと導くことの重要性を指摘している。本実践でもその考えを踏まえ、次のように基本発問と補助発問を関連づけて設定した。

発問構成

発問内容

ねらい・意図

基本発問1

「『だれにも言わないでね。』と言われたときのまり子は、どんな気持ちだったでしょう。」

登場人物の葛藤に寄り添い、状況を具体的に捉える。

補助発問

「どうして困っているのですか。」
(人間の弱さに気づかせる発問 ― 人間理解

正しいと分かっていても行動できない人間の弱さに気づかせる。

基本発問2

「なぜか心がくもっているまり子の気持ちは、どんな心なのでしょう。」

迷いと後悔の心情に注目させる。

補助発問

「だまっていてもいいのではないですか。」
(人間の弱さに気づかせる発問 ― 人間理解

行動しないことの理由を自分に重ねながら考えさせる。

基本発問3
(中心発問)

「『そうだ、勇気を出そう』と決心したまり子の気持ちをどう思いますか。」

決心の瞬間に込められた価値を見つめる。

補助発問

「お母さんのどんな心を感じたのですか。」「お家に帰ってお母さんに何と言いたいですか。」
(人間の強さを感得させ、価値を把握させる発問 ― 価値理解

自分の内面を見つめ、価値を自分の生き方に結びつける。

 このように、発問を「人間の弱さへの気づき(人間理解)」から「人間の強さの感得(価値理解)」へと段階的に構成することで、児童が登場人物の行動や心情を通して道徳的価値を深く考えられるようにした。また、補助発問によって児童の多様な感じ方や考え方を引き出すことで、互いの意見の違いに気付き、他者理解を深めることにもつなげた。これらの発問構成により、児童は「正しいとわかっていても行動できない自分」から、「勇気をもって正しいことを行おうとする自分」へ向かおうとする学びが生まれ、ねらいである「正しいことは進んで行おうとする態度の育成」へとつなげることができた。

提案6 展開後段のあり方

 本実践では、児童に内面的な変化を実感させるため、授業の展開後段に「書く活動」を位置づけた。単なる感想記述にとどめず、児童が本時で考えた道徳的価値について、「自分がどのような感じ方・考え方をしていたのか」「授業の中で、自分の感じ方・考え方がどのように変化したのか」を自覚させることを目的とした。そのために、教師は児童の内面的自覚の姿を以下のア~オに整理し、視覚的に提示した。

ア 今まで気づかなかったことに 気づいた。
イ もやもやしていたことが はっきりした。
ウ 足りないことが よく分かった。
エ 今まで思っていたものが 違うものに変わった。
オ 分かっていたことが 分からなくなった。

 児童にはこの中から自分に最も近いものを1つ選ばせ、その理由を文章で表現させた。その際、

自分の過去の経験
本時の学習を通しての考えの深まり(登場人物への共感・仲間の発言など)
これからの自分の生き方への期待

の3つの観点を意識して記述するよう促した。
 このように、児童に「自分の感じ方・考え方の変化」を言語化させることで、教材を通して高まった心情や意欲と、自己の生き方を見つめ直す時間とが連続的に結び付く学習となった。児童は、善悪を判断することの意味を「まり子の物語」から「自分自身の生活」へと引き寄せ、道徳的価値を自分の生き方と関わらせて考えることができた。 この「5つの内面的自覚の姿」を活用した書く活動は、児童一人一人の内面的成長を可視化する手立てとしても有効であり、教師にとっても児童の道徳的成長の手がかりを捉える貴重な資料となった。

3.展開例

(1)主題名

勇気を出して

(2)教材名

ある日のくつばこで

学習活動
(○教師の主な発問、◎中心発問、★ねらいに迫るための補助発問、・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点
☆評価


1 価値について話し合う。
○正しいことだと分かっていても、なかなか行動できないことってありますか。
・ごみを自分から拾わないことがある。
・あいさつをしないことがある。
・ゲームがやめられない。
・夜遅くまで起きてしまう。

◇正しいことは理解しているものの、なかなか行動できない経験を想起させ、価値への想起を図る。


2 教材「ある日のくつばこで」を読んで、話し合う。

○お話には、まり子さんと、かずみさんととしおさんの3人が出てきます。まり子さんが困ってしまう場面があります。
○まり子さんの困りごとに注目し、みんなで話し合いたいことに線を引きながら聞いてください。
どこに線を引きましたか。何を話し合いたいですか。
かずみさんに言われたとき、どう思ったのだろう。
・なんで心がくもったままだったんだろう。
・どうして勇気を出せたんだろう。

◇登場人物をの紹介し、まり子さんの思いを考えることを伝える。その際、「困っている」というキーワードを出すことで、主人公の心に寄り添わせる。さらに、「みんなで話し合いたいこと」を発表させることで、その後の活動を児童主体の活動へと導く。(場面の焦点化と児童主体の活動へ)

○お話の内容(場面・話し合うこと)を整理する。
「だれにも言わないでね」と言われたまり子
「なぜか、心がくもって」いるまり子
「そうだ、ゆう気を出そう。」と決心したまり子
「だれにも言わないでね。」と言われたときのまり子は、どんな気持ちだったでしょう。
・本当は駄目なのに。
・嫌だな。
・どうすればいいのかな。
★「どうしてそんなに困っているのですか。」
・仕返しがこわい。
・先生がいなくて不安。
・自分もいじめられるかも。
なぜか心がくもっているまり子の気持ちは、どんな心なのでしょう。
・だまっていていいのかな。 
・心にひっかかるな。
・言わないといけないけど。

◇児童の問いを共有しながら、挿絵とともに黒板に示し、話し合うことの全体像を把握させる。
◇最後の「そうだ、ゆう気を出そう。」をみんなで考えるために、はじめのかずみの思いである「だれにも言わないでね。」を考えることから始めることを伝える。
◇正しいと分かっていても行動できない人間の弱さに共感させる。

★だまっていてもいいのではないですか。
・かすみさんがやっていないことになる。
・正しいことをしなくてはいけないのでは。
「そうだ、勇気を出そう。」と決心したまり子の気持ちをどう思いますか。
★お母さんのどんな心を感じたのですか。
・正しいことをするのが大切という心。
・怖いけど頑張る心。
・駄目なことは駄目とちゃんと言ってあげる心。
★お家に帰ってお母さんに何と言いたいですか。
・すごく困ったけど、勇気を出せたよ。
・みんなのためにも自分のために頑張れたよ。

◇行動しないことの理由を自分に重ねながら考えさせる。

3 これまでの自分を振り返り、気づいたことについて話し合う。
○今日は、「よいことと悪いこと」についてみんなで考えました。これまでの自分を振り返ってみて、新たに気付いたことやはっきりしたこと、自分に足りなかったと思うことがありますか。ア~オの中から自分の心に最も近いものを一つ選び、選んだわけを教えてください。

◇自分の内面を見つめ、価値を自分の生き方に結びつける。
☆善悪の判断をすることは、自分の勇気だけでなく、自他を大切にすることにもつながること考えているか。(発言・ワークシート)
ア 今まで気づかなかったことに気づいた。
イ もやもやしていたことが はっきりした。
ウ 足りないことがよく分かった。
エ 今まで思っていたものが 違うものに変わった。
オ 分かっていたことが 分からなくなった。


4 教師の話を聞く。
○みなさんと一緒に、よいことと悪いことをしっかり考えて行動することの大切さを考えました。それは、自分のためであり、みんなのためでもあるのですね。これからも、自分やこの学級の仲間、いろいろな仲間を大切にしていきたいですね。先生にもこんな経験があります。

◇教師も共に学ぶ存在として、本時の学びを振り返る共に、正しいことは進んで行おうとしてきた教師自身の経験を話し、余韻を残して終わるようにしたい。

※ワークシート

4.板書例

5.まとめ(授業の成果と今後の課題)

 本実践では、「善悪の判断」を中心に、児童が登場人物の心情に寄り添いながら、自分の生活や生き方に引き寄せて考えることをねらいとして授業を構成した。発問の工夫や書く活動の工夫を通して、児童一人一人が「正しいと分かっていても行動できない人間の弱さ」に気づきながら、「正しいことを進んで行おうとする勇気」へと心を動かす姿が見られた。このことは、道徳的価値の内面的な自覚を促すうえで一定の成果を示したものと考える。
 今後は、道徳性の発達の連続性という観点からは、課題が残る。今後は、本時の学びを基盤として、中学年・高学年へと発達の段階を見通した実践を重ね、価値理解の深化を図っていく必要がある。また、児童が安心して自分の考え方や感じ方を表現できるためには、日常的な人間関係や集団のあり方が大きく影響する。したがって、道徳科の授業をより充実させるためには、豊かな学級経営のうえに道徳の学びが成り立つという視点を常にもち、学級づくりの観点からも研究を深めていくことが重要であると考える。児童が互いの違いを認め合い、安心して意見を交流できる学級風土の中でこそ、道徳性は実感を伴って育まれていく。そのような教育実践を今後の課題として継続的に探究していきたい。

【参考文献】

  • 『道徳の教科化に思う』 著者・発行者 曽我文敏
  • 『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 特別の教科 道徳編』(文部科学省)

「ブランコ乗りとピエロ」(第6学年)

1.はじめに

 OECD(経済協力開発機構)はEducation2030プロジェクトにおいて、「エージェンシー(Agency)」を中核的な概念として位置づけ、児童・生徒の主体的な学びについての指針を示している。これを受け、群馬県教育委員会では、第4期教育振興基本計画の最上位目標のキーワードに「エージェンシー」を示し、エージェンシーを発揮する「自律した学習者」を目指し、「自分で考えて、自分で決めて、自分で動き出す」児童・生徒の育成を進めている。
 本研究では、道徳科の授業における「自律した学習者」について、「主題を自分ごと化して捉え、対話や交流によって道徳的価値について考えを深め、自分や社会との関わりから、よりよい自己の生き方について見つめ直している児童」と設定した。この児童像の実現に向けて、「話し合い活動」と「課題探究型の授業展開」の2点について工夫をした実践を行った。
 本実践記録は、令和7年2月に実施した授業であるが、今回紹介する授業実践は、令和6年度の1年間を通して実践してきたものである。また、「第58回 関東地区小学校道徳教育研究大会 千葉大会」で発表した内容が基となっており、その後に行った授業改善も追記した内容となっている。

2.話し合い活動の工夫

 本研究では、話し合い活動をさらにステップアップさせ、児童がエージェンシーを発揮して学びに向かうために、ファシリテーション能力を向上させ、主体的に話し合い活動を進めるための工夫として、以下の3つの手立てを講じた。

(1)トリオ・ディスカッション
 道徳科の授業では、児童のファシリテーション能力を高めるために、3人組での授業形態を採用した。具体的には、机を3つ横一列に並べ、3人組をつくる。3人組のうち、中央の児童がファシリテーターとなり、両端の児童の考えや意見をつなぐように話し合う工夫を行った。これは、ファシリテーション能力を向上させるだけでなく、児童の本音を引き出すことにも有効であると考えた。

(2)座席の工夫
 先述のトリオ・ディスカッションを行うにあたり、児童の座席を毎時間ランダムで設定した。これまでの授業において、さまざまな話し合い活動の工夫を行ってきたが、人間関係の慣れが生じ、話し合い活動を通した深い学びになっていなかった実態を受け、毎時間ランダムに3人組の座席を設定して授業を行った。これにより、多くの児童がファシリテーターを経験したり、多様な見方や考え方に触れたりすることができる機会となることを意図した。この結果として、固定化された友達関係内での話し合いや班活動における暗黙的なルール(ワークシートを回し読みするなど)が生じず、常にさまざまな友達に自分の考えや立場を伝える必要性をもたせることができた。

(3)手ぶらトーク
 中心発問について児童が話し合いを通して学びを深める場面において、これまでは、ワークシートなどを持参しての話し合い活動を行う授業が多く展開されてきた。しかし、児童の活動を詳しく見てみると、「ワークシートを見せ合うだけ」「友達のワークシートの記述を写すだけ」「ワークシートの記述を読み上げるだけ」になってしまっている様子が数多く見られた。そのために、本実践では、子どもたちにワークシートを持参させない「手ぶらトーク」を導入した。また、手ぶらトークを行う際は、児童の話し合いたい内容などに応じて教室内のフリースペースに「話し合いを行う場」を設定した。この結果、児童が友達の意見をワークシートに書く活動がなくなり、話し合いに集中することができるようになっただけでなく、さまざまな見方や考え方に触れることで、考えを広げたり、深めたりすることができるようになった。

3.課題探究型の授業展開の工夫

 既存の授業形態からの脱却と児童・教師の授業観の転換を図るために、「課題探究型の授業展開の工夫」を行った。この授業展開は、児童が道徳の授業における中心発問を「自ら設定」することで、主題を自分ごと化して捉え、対話や交流によって道徳的価値について考えを深め、自分や社会との関わりから、よりよい自己の生き方について見つめ直す授業への転換を意図して実施した。
 年度当初は、児童一人ひとりが教材文から「めあて」に沿った学習課題(モヤモヤ)を設定し、学級内で授業を通して深めたい課題(1~3つ程度)に絞り、トリオ・ディスカッションや手ぶらトークを通して各自の納得解を導き出す授業展開を行った。

「ウイルスとの戦い-父にエールを-」を読んで、みんなで考えたいこと(課題)を作ろう。

1

2

3

4

わたし

周りの人

その他

児童A

2

児童C

1

児童E

2

児童G

2

なぜ、父は噂が広がっても診察を続けたのか。

父の姿を見てどんな感情がこみ上がってきたのか。

なぜ、自分も病気にかかる可能性があるなか、患者さんを受け入れたのか。

なぜ、お父さんは危険なのに診察を続けていたのだろう。

児童B

3

児童D

2

児童F

2

児童H

2

なぜ「県内初のコロナ感染者が父のクリニックだ」と噂を立てられたのか。

どうして変な噂が立っていても自分がかぜの症状になったとしても諦めずに診察し続けたのか。

お父さんはなぜ病気にかかるリスクがあるのに暑い中患者を診察するのか。

父はなぜ危ない状況でも診察を続けたのか。

年度始めの課題づくりの児童の記述(一部)

 しかし、当初は授業時間のマネジメントが不十分であったため、本時で深めたい学びに達していない授業が多くなってしまった。そのため、さらなる授業改善を行った。そこで取り入れたのが、教材文に対する中心発問を児童一人ひとりが考えて絞り込むのではなく、トリオ・ディスカッションを活用した中心発問づくりである。課題づくりの授業を通して、児童一人ひとりが課題をつくる力が十分に身についてきたことから、トリオ・ディスカッションで課題づくりを行う際においても、児童一人ひとりが自分の考えをもちつつ、友達と話し合い活動を行うことで、よりよい洗練された課題をつくることができると考えたためである。

「ゴゴ 九十四歳の小学生」を読んでモヤモヤ(課題)を考えよう。
ポイント お話の中でモヤモヤする所を探し、めあてについて考えを深められる課題を作ろう。

1班

6班

九十四歳になってまで、なぜ卒業することを諦めなかったのか。

なぜ、そんなに小学校を卒業したいと思ったのか。

2班

7班

校長先生に励まされたゴゴは何を思って学校にまた通いはじめたのか。

なぜ、ゴゴは試験に落ちたけど諦めきれない気持ちがあったのか。

3班

8班

なぜ、九十四歳で学校に通おうとしたのか。

なぜ、九十四歳になってから学校に通ったのか。

4班

9班

九十四歳になっても学ぼうとする気持ちを支えているものはなんだろう。

なぜ、卒業試験で数点足りなかったのに諦めずに学校に戻って勉強することを続けられたのか。

5班

ゴゴはなぜ卒業するのを諦めなかったのか。

年度末の課題づくりの児童の記述(一部)

 ここで、課題をつくる際における児童のよりどころになるのが、教材文における「主人公(登場人物)の心情の変化に着目する」ということである。教師が、教材研究を行う際の視点をあえて児童に示し、考えさせることにより、「課題を見いだす力」を伸長させるとともに、自ら見いだした課題を自分たちの力で解決しようとする「主体的に学習に取り組む態度」の育成につなげ、「自律した学習者」の育成を図った。

4.実践報告

(1)主題名

広く受け入れる心

(2)教材名

ブランコ乗りとピエロ

(3)教材について

 本教材では、サーカス団の2人の登場人物(ブランコ乗りのサム、ピエロ)の心情の変化を通して、自分とは異なる他者の気持ちや考え方を受け入れる方法を考えることができる。また、助け合いや協力し合える人間関係の形成についても深く考えることができる。
 児童の学齢を考えると、少しずつ他者の考えを受け入れたり、理解しようとしたりする気持ちが芽生え始める時期である。しかし、人の心の弱さに着目すれば、自分が他者より優位に立ちたい気持ちをもったり、自己中心的な言動や行動をしてしまったりすることを自覚したうえで、どのように行動するのがよいのかが求められる。その際、相手や他者の立場、周りの状況などを総合的に判断したうえで、自分と違う考えや思いとの折り合いをつけたり、新しい解決策を見つけ出したりすることで、よりよい人間関係が形成されることに気づかせたい。

(4)本時のねらい

 サムとピエロの気持ちや考え方の違いについて捉え、相手を広い心で受け入れたり、理解したりして、異なる考えをもつ他者と相互に理解し合うことが、考えや価値観を広げることにつながることに気づかせ、自分と異なる考え方について寛容な気持ちで受け入れようとする意欲を育てる。

(5)展開例

学習活動
(○教師の主な発問 ・予想される児童の反応)

◇教師の支援 ☆評価(方法)


1.自分自身について考える。

○あなたは、広い心で生活することができていますか。
・この前、ささいなことで、友達とけんかしちゃった。
・いつも相手の気持ちを考えて過ごせている。
・あまりできていない。

2.めあてを確認する。
○「広い心とは、どのような心かを考える」

◇トリオ・ディスカッションで具体的なエピソードを引き出し、ファシリテーターの児童がファシリテートできるよう、「例えば」「具体的には」などの話型を示す。


3.教材文の範読を聞く。

4.教材文に対する課題を考える。

5.学級全体で課題を絞り込む。

◇範読後、すぐにトリオ・ディスカッションで課題を考えさせ、ICT機器を活用して学級内で共有する。
◇課題をつくる際には、常にめあてを意識することを指導する。

6.絞り込んだ課題について、トリオ・ディスカッションで話し合う。

7.先の課題について、手ぶらトークで話し合う

◇課題解決のためのトリオ・ディスカッションや手ぶらトークをしている児童に対し、必要に応じて、多面的・多角的に考えたり、見方や考え方を広げたりすることができる補助発問を行う。

8.意見を共有する。

予想される中心発問と児童の反応
・ピエロがサムを憎む気持ちが消えたのはなぜか。
⇒ピエロがサムを憎む気持ちが消えたのは、サムの頑張りに気づいたからではないか。

・サムがピエロを受け入れたのはなぜか。
⇒サムがピエロを受け入れたのは、自分の頑張りを認めてくれたからではないか。

・サムとピエロが握手をしたのはなぜか。
⇒お互いに考えていることは、自分の立場だけだが、考えていることの方向性が同じだと気づいたからではないか。


9.教師の説話を聞く。

10.納得解を見つけ、個人の振り返りを行う。

◇教師自身の体験談(仲違いしたエピソードなど)を簡潔に紹介し、その時の失敗や解決策を話す。
◇ICT機器を活用して、ほかの児童の振り返りを学級全体で共有する。
☆異なる考えをもつ他者を相互に理解し合うことのよさに気づき、寛容に受け入れようとする気持ちの納得解をもつことができたか。(振り返り)

(6)板書計画

5.考察とまとめ

(1)児童の振り返りについて
 本実践における児童の振り返りでは、「今まで広い心というのはただ優しい、ただ何でも許してくれるだけの人だと思っていたけれど、広い心は自分のことだけを優先して相手のことをしっかりと知らないまま勝手に妄想して叱るのではなく、相手のことを知り、理解したうえで相手にしっかりと自分の気持ちを伝えることが大切なのだと思いました。」や「広い心について考えてきて、自分は今まではすぐ怒ったりしていたけど、この授業を通して友達とけんかしてもすぐ怒るんじゃなく、落ち着いて話したいと思いました。」「友達に対して広く受け入れる心をもっていきたい。100%は難しいかもしれないけど70%くらいは受け入れられるように生活していきたい。」「これまでは広い心というものがあまり分からなかったけど、広い心とは、自分の非を認めたり相手が頑張っていることを褒めたりして、優しく接する心のことなんだなとこの授業を通して思った。」「今までは、広い心は何でも受け入れてくれるだけの人だと思っていたけれど、この授業を通して、自分のことも相手のことも認めてあげることが大切だと思った。認めてあげるには、まず相手のいいところを探してみるのもいいと思いました。」などの記述が見られた。児童は、相互に理解し合うことのよさに気づくことができていただけでなく、今後の生活において、児童自身がどのような態度で生活していきたいかについても記述することができていた。

(2)課題づくりについて
 本研究における自ら課題を設定する活動は、4月より道徳の時間を中心に繰り返し行ってきた。道徳の授業においては、課題をつくるだけで授業時間が終わってしまうことが年度始めではしばしば見られたが、徐々に課題をつくる時間が短縮され、本実践時においては、3分間のトリオ・ディスカッションで、ほぼ全ての3人組が課題をつくれるようになった。また、めあてを意識させることで、教師の想定している中心発問からも大きく外れることがなく、教材文を一度範読するだけで課題をつくることができるようになった。
 本実践においては、めあてを意識した課題づくりを児童が行ったことで、想定していた中心発問が児童から出てきた。また、課題を絞り込む場面では、ピエロの気持ちを理解することは容易であると児童が判断し、「ピエロは、すぐ分かる」とのつぶやきをしていたことから、サムの気持ちの変容についての課題を本時の中心発問として絞り込むことができた。

(3)本実践のまとめ
 本実践では、これまでの道徳の授業に対する問題意識を打開するための方法として、課題(中心発問)づくりを通した児童の主体的な学びのスタイルをデザインしてきた。課題づくりを授業に取り入れることに対して、多くの先生方は「難しすぎる」「授業がめちゃくちゃになってしまい、ねらいから外れてしまう」「一部の訓練された学級で行った取り組み」と感じられるかもしれない。本実践は、公立小学校の平均的な学級での取り組みであり、令和6年度の指導のみで、児童が成長し実践できたものである。本実践を通して私が、最も大切だと感じることは、いかに子どもたちの可能性を教師が信じ、任せることができるかということである。子どもたちは、もともと「自律した学習者」になるだけの素質を一人ひとりがもっており、私たち教師はその素質を引き出すための手立てを勇気をもって講じていくことが求められているのではないかと思う。

※本実践は、令和6年度に筆者が前任校である「みなかみ町立古馬牧小学校」で実践したものである。

自己の生き方についての考えを深める学習の実現~自己の判断を問うことを通して~「初めてのアンカー」(第6学年)

※本実践は兵庫教育大学附属小学校に在籍されていた際の実践です。

1.はじめに

 道徳科の授業では、道徳性を養うために「自己の生き方についての考えを深める学習」が重要視される。この学習は、教材の登場人物の気持ちや行動を考え、価値理解を深めるだけでなく、学んだことを自分自身と結びつけながら、より深い思考を重ねることで成立する。しかし、実際の授業では教材についての話し合いが進む一方で、それを自分の生き方と関連づける場面が少なくなることが課題として挙げられる。そのため、道徳科では教材の枠を超えた学習テーマを設定することがあるが、テーマが抽象的になることで教材の内容と乖離し、子どもたちが考えを深めにくくなる場合も少なくない。
 そこで、本実践では、教材の状況の中で学習テーマを活かしながら「自己の判断を問う」発問を設定することで、抽象的なテーマについて考える前段階となる学びを意図した。これにより、教材の話し合いの中で価値理解を深めつつ、自分ならどうするかを考え、自己の生き方についての思考を深めていくことが可能になるのではないかと考えた。
 具体的には、「家族の幸せは誰がどう創るのか?」というテーマのもと、「『仕事を断ってもらって運動会に来てもらうこと』と『悲しいけれどお父さんを仕事へ送り出すこと』のどちらが家族の幸せを創ることにつながるのか」という発問を設定した。この発問を通じて、子どもたちはまきや父親の気持ちを踏まえながら、自分ならどうするかを考え、家族の幸せについて主体的に判断する機会を得ることができるのではないだろうか。
 本実践では、このような発問を用いることで、自己の生き方についての考えを深める学習へとつなげる手立ての一つとして提案したい。

2.主題設定の理由

(1)ねらいや指導内容について
 家族とは、人が初めて所属する集団である。ここでいう家族とは、たとえ血のつながりがなくとも幼い頃から自分を守り育ててくれた存在も含みたい。家族は家族の幸せを願い、利害や損得がない無私の愛を注ぐ。そのような愛を受け、育つ中で人は安心を感じ、人や物事に対して主体的に関わる原動力となったり、支え合いや助け合い、思いやりの心を養っていったりする。そのため、家族の幸せを願い、自分にできることを考え家庭生活を充実させていくことは重要であろう。しかし、幼い頃から家族の愛を受け育ってきた子どもたちは、“してもらう” ことが当たり前と感じ、自分が家族の幸せを作る主体でもあることは自覚をしていないことが多い。ここで大切なことは、家族それぞれの思いや願いに目を向け、家族の幸せにとって自分にできることは何かを考えることである。家族の思いや願いは「親からの子どもに対する思い」「子どもからの親に対する思い」など方向性や意味もさまざまにある。それらを多面的・多角的に捉えることで、家族の苦労や努力が分かり、家族の幸せを求めて進んで役に立つことをしようとする実践意欲や態度を養うことにつながっていくだろう。

(2)児童の学習状況や実態について
 本学級の子どもたちは、家族が自分のことを思い、支えてくれることに喜びや感謝の気持ちを感じている子が多い。例えば授業参観の際には、恥ずかしながらもいつも以上に張り切ったり、休み時間に両親と話したりする姿がある。ここから、これまでの家庭生活でたくさんの愛を受け育ってきたことが想像できる。しかし、上述のように家族から何かを “してもらう” ことが当たり前となり、家族の幸せを願い、家族の一員として能動的に働きかけようとする態度は十分でない。この時期の子どもたちは、客観的な視点が育ち、集団における自分の立場や役割を自覚できるようになる。そのことも踏まえ、本主題を考えることに適している時期であると考えた。

3.教材について

 本教材は、運動会で初めてアンカーに選ばれたまきと、漁師の父親との関わりを描いた話である。毎年、仕事で運動会を見に行くことができなかった父だが、初めてまきがアンカーに選ばれた今年は、見に行く予定であった。まきは心から喜ぶが、父は急遽、仕事に行かなければならなくなった。仕事とはいえ、まきは裏切られた気持ちになり、父にそっけない態度をとる。その後、母や祖母の発言から父の思いを考え、仕事に向かう父に思いを伝えに行く話である。父が行事に来られなくなったという設定は子ども達も想像がしやすく、まきに自我関与しやすいだろう。また、複数の立場の人物の登場により、家族のことを思うものの仕事への責任感があり、葛藤する父親の思いが想像でき、家族の一員として自分にできることについて考えやすいと考えた。

4.実践事例

(1)教材名

「初めてのアンカー」(出典:日本文教出版 令和6年度版『小学道徳 生きる力6』)

(2)主題名(内容項目)

家族の幸せを創るために C[家族愛、家庭生活の充実]

(3)本時のねらい

 急遽、仕事が入り娘の運動会を見に行くことができなくなった父親と、その事実を知り葛藤するまきの姿を通して、家族それぞれの思いや願いに目を向け、家族の一員として自分にできることについて考え、家族の幸せを求めて進んで役に立つことをしようとする道徳的実践意欲と態度を養う。

(4)展開例

学習活動

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点
●準備物など ☆評価


1 事前アンケートの集計結果を見て話し合う。

○幸せとは自然にできるのだろうか。
・自然にはできないかな。
・でもどうやってできるのだろう。

【アンケート内容】
1 「家族は幸せのほうがよい?理由は?」
2 「家族の幸せなときはどんなときですか。」

●アンケートの集計結果

【学習テーマ】家族の幸せは誰がどう創るの?


2 教材文「初めてのアンカー」を読んで、話し合う。

○教材を読んでどのような感想をもちましたか。
・まきがかわいそうだ。
・お父さんも仕方がないけど。
・自分だったら気持ちよく送り出せないな。
・せっかく初めてのアンカーに選ばれたのに・・・何で仕事が入るんだよ。
・なんでおばあちゃんやお母さんは怒らないんだろう。
・まきは自分のことばかりを考えている。もっと家族の気持ちを想像してあげないと。

○子どもたちの興味や関心から授業を展開していくために、教材を読んだ感想の交流から始める。
○感想の交流をしながら、子どもの興味を捉えると同時に教材理解も促す。

【教材理解で押さえておきたいポイント】
・はじめて運動会に父が来てくれるまきの喜びの気持ちへの共感。
・事情で仕方なく仕事に行かなければならなくなった父親の思い、葛藤。

◎「お父さん、待って―。」と追いかけたまきは何を考えていただろう。
・お父さんも辛いんだ。私は小さい子どものようにだだをこねていただけだ。
・私に今できることは、運動会に出て欲しかったと伝えるのではなく、無事に帰ってきてね、と明るく送り出すことじゃないか。

☆運動会に行けなくなった父親の思いを想像するまきや、他の家族の気持ちを考えることを通して家族の幸せを願って自分にできることについて自己との関わりで考えることができたか。

○父に仕事を断ってもらい運動会に来てもらうか、悲しいけれど仕事に送り出すかではどちらのほうが家族の幸せを創れているだろう。
・前者。そのほうが家族みんなが喜ぶから。
・後者。家族も悩んだり、悲しんだりするときがある。家族が頑張れるように応援することが家族の幸せを創ることだと思う。
○家族の幸せは、誰がどう創るのだろう。
・自分もしてもらってばかりじゃなくて家族の思いを知り、家族の幸せのために自分にできることを考えること。
・自分ばかりじゃなく、家族への思いやりや尊重の気持ちをもつこと。

○ “家族の幸せ” という抽象的な事柄について考えやすくするために2つの選択肢を挙げて問う。
その際、考えの根拠を言語化できるように「なぜそう思うの?」などと理由を問う。

【授業中で活用したい問い返し例】
○父親に急遽、仕事が入ったことを知ったときまきはどのような気持ちだっただろう。
○まきは、てるてる坊主をなぜ作っていたのだろう。
○祖母や母の発言はどのような思いからだろう。
○まきにとってのてるてる坊主の意味は変わったかな?
○はじめはあんなに悲しんでいたのになぜ,変わったの?
○お父さんを送り出した先にいいことってあるのだろうか。


3 本時の振り返りをする。

○今日の授業でいちばん大切だと思ったことや、新しく気づいたことは何ですか。
・自分は家族に何かをしてもらって当たり前と思っていた。でも、家族にはそれぞれの役割や思いがあるということが分かった。まきのように家族の思いを想像して、支えてあげられるようにしていくことも家族の幸せにつながるのだと思う。これからは自分も家族の一員としてできることをしたいし、そのために家族の思いを想像できる自分になりたい。

5.板書例

6.まとめ

 本実践では、「自己の生き方について考えを深める学習」を展開するために、教材の状況の中で自己の判断を問い直す活動を設けた。その結果、子どもたちは、教材の状況と学習テーマ「家族の幸せは誰がどう創るの?」をつなげながら「もし、自分が同じ立場だったら、どのように考えどのような判断をするか」と自分ごととして思考を深めていたように感じる。
 特に、「『仕事を断って運動会に来てもらうこと』と『悲しいけれどお父さんを仕事へ送り出すこと』のどちらが家族の幸せを創ることにつながるのか」という発問では、子どもたちはこれまでの話し合いで考えたことを適用させ、家族の幸せを創るために具体的な判断を行った。この過程で、まきの気持ちだけでなく、父親の責任感や葛藤、罪悪感といった家族の思いにも目を向け、自己中心的な視点から多面的な視点へと広げ、家族の幸せについて考える姿が見られた。
 本実践では、自己の判断を問う発問を用いることで、教材の話し合いを単なる価値理解にとどめず、自己の生き方についての考えを深める学習へと展開していく手立ての一つとして提案した。今後も、道徳科の授業において教材の状況を活かしながら、自己の判断を問い直す場面を取り入れ、子どもたちが「自己の生き方」について深く考えられる学びを実現できるような授業設計を行っていきたい。

「マインツからの便り」(第5学年)

1.はじめに

 国際社会の中で他国の文化を理解し、異文化との交流を進んで行う姿勢を育むことは、児童にとって重要な学びの一環である。本教材と教師の実体験を通じて、児童が異文化理解の大切さを理解し、自分の考えを積極的に表現しようとする意欲と態度を育てたい。

2.教材について

教材名:「マインツからの便り」

補足資料:恩師及び現地で出会った日本人教師からのビデオレター

3.実践報告

(1)主題名

世界の人々と C[国際理解、国際親善]

(2)本時のねらい

 異文化交流における自己表現の大切さに気づき、積極的に他者と関わったり、挑戦しようとしたりする意欲を育てる。

(3)展開例

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点 ☆評価


「マインツ」とはどのような街か、インターネットなどで調べる。
○マインツってどこの国だと思う?
・ドイツ・ヨーロッパ
○マインツで活躍したサッカー選手を知っていますか。
・岡崎慎司選手・武藤嘉紀選手

◇児童が興味をもてるように、インターネットを活用したり、教師がまとめたスライドをもとに具体的に話をしたりする。
☆児童が興味や関心をもったか。


「マインツからの便り」の資料を使い、日本人がマインツでどのように生活しているかを紹介する。

◇発問が児童に考えさせる内容になるよう工夫する。

補足資料(ビデオレター)を視聴し、異文化での挑戦について具体的に考えさせる。

◇ビデオ内容をわかりやすく要約し、精選しておく。

○どうして身振り手振りや挑戦が必要なのだろう?
・言葉が通じないから。
・自分の考えを伝えたり、相手の話を聞いたりしたいから。

☆異文化交流における課題や意義を理解しているか。

児童が自分たちの経験や考えを共有する時間を設ける。
○自分ならどのように異文化交流をするか、グループで話しましょう。
・身振り手振り・積極的に挑戦する。
・他者を理解する。
・コミュニケーション

◇状況に応じて教師がサポートしたり、海外に行ったことのある児童の話を取り上げたりすることで話合いが深まるようにする。
◇言語的・非言語的コミュニケーションを例示する。
☆グループでの協働的な学びが進んだか。

教師自身がかつてマインツを訪れた際のエピソードを共有し、異文化での挑戦や学びを話す。

◇実体験を話すことで、児童と教材との距離を縮める。


本時の学びを整理する時間を取り、道徳ノートに「学んだこと」をまとめる。
○今日の授業で学んだことは何ですか。
○これから挑戦してみたくなったことは、どんなことですか。

◇個人での内省が深まるように、簡単な質問を投げかける。
☆振り返りに具体性があるか。

4.授業記録

【導入】

T   マインツって、ヨーロッパのどこの国でしょう?どんな人が活躍していたのか、Google Earthやインターネットなどで探しましょう。
C01 ドイツ。
C02 すごい。道路に自動車と電車が走っているよ。
C03 ドイツの車って有名なメーカーがたくさんあったね。
C04 日本代表で活躍した岡崎選手やヴィッセル神戸で活躍している武藤選手がこのチームにいたよ。

(考察)
マインツ自体は、ミュンヘンやベルリンのように名の通った地域ではないが、岡崎選手や武藤選手がプレーしたサッカーチームがあることを知り、2人とも兵庫県でプレーした(している)という共通点に気づいていた。子どもたちの反応からは、マインツについて調べていくうちに教材との距離が少し縮まっていったように感じる。

街の象徴「マインツ大聖堂」、悠久の歴史を刻む壮麗な姿
活気あふれる「シラー通り」、マインツの心臓部を歩く
マイン川とライン川が交わる地点、壮大な景色の広がるクルーズの出発地

大学時代の恩師のインタビュー
ドイツ留学時、語学留学修了認定証をもらった際の同じクラスのメンバー

ドイツ語学留学修了認定後、同じクラスのメンバーとの交流の様子
ドイツ留学時、お世話になったチューターさんによるビデオレター

【展開】

C01 普段、日本で生活していたら、伝統芸能とかあまり意識しなかったけど、いざ「紹介し てください。」と言われると、困るなあ。
C05 目の前で聞いている人は、みんな海外の人ばかりだから、うまく伝わるかなあ?
C06 言葉に詰まったときに、ジェスチャーでやり取りしているのを見たことがあるよ。

(考察)
教材を読んだり、ビデオレターを視聴したりしていくなかで、海外での生活には少しハードルが高そうだと感じている児童もいた。それは、言葉の壁や文化の壁など、自分の生活してきた環境と違う部分もあったからだと考える。しかし、それは、自分を表現するための大切な機会であると捉えている児童もいた。

T   自分なら、どのように異文化交流しますか。グループで話し合ってみましょう。
(中心発問)
C07 私は話すのが少し苦手だから、まずは相手の話を聞くところからスタートしたいな。
C08 僕は、日本の文化を知ってもらうために、スライドにまとめて紹介しようかな。
C09 僕は、ジェスチャーしながら、言葉で伝えたいな。
C02 日本の料理を振る舞いたいな。

(考察)
子どもたちの発言から、異文化交流に対する多様なアプローチが見られた。C07さんの「相手の話を聞く」という姿勢や、C08さんの「日本文化をスライドで紹介する」提案、C09さんの「ジェスチャーを使った伝達」、C02さんの「日本の料理を振る舞う」アイデアには、それぞれの個性や得意分野を生かした考えが表れており、多様性を尊重する姿勢がうかがえた。また、どの発言にも前向きな意欲が感じられ、児童が自主的に交流方法を模索している様子が見られたのはよかった。一方で、実践に向けては「具体的に何をどのように伝えるか」「相手の文化をどれだけ理解するか」といった計画の具体化が必要である。教師が考えを共有する場や実践的なシミュレーション活動、相手の文化を調べる学びの機会を設けることで、もっと児童が自分らしく向き合うことができ、交流することができるのではないかと考える。

5.板書例

6.授業への工夫など

(1)ビデオレターを活用
 リアルな経験談を児童に伝えることで、異文化交流の重要性を実感させる。

(2)ディスカッションを重視
 グループ活動を通じて児童同士の意見交換を促進する。

(3)道徳ノートによる振り返り
 異文化交流において自分の考えを積極的に表現しようとすることの大切さについて、考えを深める。

7.考察

児童が異文化交流に興味をもち、自己表現の方法を主体的に考え始める姿が見られた。
ディスカッションを通じて、協力しながら学ぶ力が向上した。
今後は、具体的な異文化交流の場を設定し、実践の場を増やすことが課題である。

(補足資料・ビデオレター)

「絵はがきと切手」(第3学年)

1.主題名

友だちならどうする B[友情、信頼]

2.教材名

絵はがきと切手(出典:文部省『小学校 道徳の指導資料とその利用3』)

3.主題設定の理由

(1)価値観
 友達は、家族以外で特に深い関わりをもつ存在であり、友達関係は共に学んだり、遊んだりすることを通して、互いに影響し合って構築されるものである。集団での活動が活発になるこの時期の児童に、心がつながっていると相手を信頼して行動する主人公への共感的理解を深めさせ、友達との心のつながりを大切にしようとする意欲を育てていくことが重要である。

(2)児童観
 3年生の児童は、2年生から3年生に上がるときにクラス替えを経験し、新しい友達ができるなどで活動範囲が広がり、集団との関わりも増えることで友達関係が広がってきている。しかし、気の合う友達同士で仲間をつくって仲間内で楽しもうとする傾向も見られはじめている。友達同士の仲の深まりも見られる一方で、言いたいことを言えずに抱え込んでしまったり、伝え方が悪くてトラブルに発展してしまったりすることもある。4月に行ったアンケートによると、2年生までに道徳の時間に取り組んできた活動として最も多かったのは「考えを書くこと」である。さらに、2年生までの経験と3年生の道徳の時間にやってみたいことを比べると、「グループで話すこと」が20ポイント上昇している。これらのことから、本学級の児童は、友達との交流を望んでいることが分かる。本時では、このような児童の実態をもとに、友達同士の心のつながりについて考えさせ、その大切さを実感させたい。

(3)教材観
 本教材は、「転校した友達の正子から絵葉書が届いたが、定形外のため料金不足だった。そのことを正子に伝えるかどうか迷ったひろ子は、友達だからこそ間違いを教えることを選び、返事を書く」という内容である。友達を思うがゆえに迷うという、中学年の子ども達が感じやすい場面が取り上げられている。ひろ子が迷う場面で、兄からは「友達なら、定形外のことを教えてあげたほうがいい。」母からは「お礼だけ書いたほうがいい。」と異なるアドバイスをもらい、さらにひろ子は悩んでしまう。この葛藤する場面を用いることで、「友達とのよりよい関係」について考えることで、友達を信頼し、助け合っていこうという気持ちを高めていくことができる教材である。

(4)指導観
 本時の指導に当たっては、道徳的行為に関する体験的な学習を取り入れることで、友達と関わり合うなかで必要な、相互理解、信頼、助け合いの大切さについて語り合うことで、友達を大切にする心を育てていきたい。そのために、定形外郵便のことを本人に伝えるかどうか迷うひろ子の気持ちにじゅうぶん共感させたうえで、伝えることを選択した意図に迫り、「友達のため」を考えたとき、どうするべきなのかについて議論する場を設けていきたい。また、児童の実態をもとに自分の立場を明確にしたうえで、ふだんから重要視してきた児童同士が語り合う時間をじゅうぶんに確保していきたい。

4.実践報告

(1)本時のねらい
 友達に対して、本当のことを伝えようとする行動の意味を話し合うことを通して、友達との心のつながりの大切さを自覚し、互いに信頼し合い、助け合おうとする心情を育てる。

(2)展開の概要

学習活動
(○教師の主な発問 ・予想される児童の反応)

◇教師の支援 ☆評価(方法)


1. 友達の大切さについて話し合う。
〇何か困っていたね。どうして迷っていたの。
・転校しても手紙をくれたから、この二人は仲よしなのに、間違ったことをしていたから。
・手紙をもらってうれしい。でも、定形外郵便物だよって言うか、迷っている。

◇定形外郵便物について説明しておく。
◇範読を聞き、手紙をやりとりする仲のよい友達同士の関係に着目することにより、本時の価値へ方向づけることができるようにする。


2. 心が動いた場面について話し合う。
(1)本当のことを友達に伝えるかどうかについて話し合う。
〇みんななら、どうする。

◇兄の考えと母親の考えを構造的に板書に示すことにより、本当のことを友達に伝えるかどうかで悩む主人公の気持ちに寄り添い、自分と重ね合わせて考えることができるようにする。

【伝える】
・友達なら、間違っていることも教えてあげないと、これからもずっと間違ったままになってしまう。
【伝えない】
・ひろ子を思って送ってくれた手紙。悪気があったわけじゃないから伝えなくていい。

◇ロイロノートで「言う」「言わない」「迷う」どれか一つのカードを提出させることにより、誰がどう考えているかを把握できるようにし、児童の交流が活発になるようにする。
◇主人公が迷う場面の役割演技を行い、相手のことを思って悩む主人公を共感的に理解させていく。

(2)主人公が本当のことを友達に伝えることを選んだ理由について話し合う。
〇どうして、教えてあげることにしたの。
・友達だからこそ、間違いは伝えてあげたい。
・友達のためになることをしたい。

◇主人公が「本当のことを伝える」を選んだ理由を考えさせることにより、本当に友達のためを思って行動することとはどんなことなのかについて考えを深めさせ、価値の内面化を図る。

(3)これまでの生活を振り返り、「友だちを思う」とはどういうことなのかについて話し合う。
〇「友達を思う」とは、どういうことなのだろう。
・相手のことを本当に考えて行動すること。
・わかってくれると信じて、言いたいことはちゃんと伝えること。

◇これまでの生活を振り返り、友達を思って行動した経験を語り合い、実践意欲を高める。


3. 教師の説話を聞く。

◇友達と信頼できる関係を築いていくことのすばらしさを知らせて、友達との心のつながりを大切にしようとする心情を高める。
☆友達との心のつながりを大切にし、信頼できる関係を築いていこうとする意欲をもつことができたか。(ワークシート・発言)

5.板書計画

6.板書の実際

7.考察

(1)導入について
 本題材では、現代の子どもたちには馴染みの薄いであろう「定形外郵便物」が取り上げられている。そこで今回は、導入で挿絵を見せながら、定形外郵便物の料金不足について補足説明をした。それから範読に入る際に、「今回はこれが少しネックになるんだ。困るところがどこなのか考えながら聞いてね。」と伝えた。予備知識を与え、不安なく読み進められるようにしたことと、範読を聞く視点を与えることで、外れた思考(「定形外郵便物って何だろう」等)にならず、スムーズに中心場面に迫ることができた。

(2)展開について
 料金が不足していたことについて、友達に伝えるかどうかの立場をはっきりさせて議論させるために、タブレット端末アプリ「ロイロノート」を活用した。児童から出た言葉を用いて「教えてあげる」「教えない」「迷う」のカード(色別)を用意し、共有できるフォルダに提出させた。このように、」自分の立場を明確にしたうえで「同じ意見の人の話を聞いてきて」「違う意見の人の話を聞いてきて」と話し合う場を設定した。児童はタブレット端末を持って友達の話を聞きに行き、共感したり、違いに気づいたりして「友達を思う」ということを多面的に考えていった。自分の立場が明確なため、自信をもって話すことができた。また、全体共有の場で話すのが苦手な児童も、活発な話し合いができた。

(3)終末について
 「自分だったら、どんなお返事を書くか。」と問いかけ、ワークシートを配付した。すると、児童の手が止まり、沈黙が流れた。手紙を書くまでは「相手を思ったら教えてあげることが大切。」と堂々と述べていた児童も、相手を思うが故にどんな言葉を使って伝えればいいのか迷い、考えていたのだった。この沈黙こそが、とても大切な時間なのだと考えた。3年生の児童は、低学年のときと比べて活動範囲が広がり、集団意識をもちはじめる時期であり、今まで以上に友達の存在を感じ、「親友」「仲間」という言葉を授業内でも多く挙げられていた。そこであらためて「親友として」言葉を伝えるには、再度考える必要があったことがわかった。実際に書かれた手紙の内容は、つたない言葉ではあったが、児童が精一杯考えたものであることが伝わってきた。学習指導要領解説にある「友達とのよりよい関係の在り方を考え」る時間をもつことができた。
 本時では沈黙を味わったのだが、「どうして手紙を書く手が止まったのか」という問い返しをするということも考えられる。児童の思考が深まるきっかけは、授業内のあちこちに散らばっていることをあらためて感じられた実践だった。

思考を顕在化し吟味し合う道徳授業実践~Padletによる相互参照・相互交流の環境の構築~「わりこみ」(第2学年)

※本実践は兵庫教育大学附属小学校に在籍されていた際の実践です。

1.はじめに

 「考え、議論する道徳」と掲げられているように、道徳科では対話的な授業を基本とすることが多い。対話によって、子どもたちそれぞれの内面にある考えや価値観を顕在化する。そうして顕在化した考えや価値観をクラスの仲間とさらに吟味しあうことで、自分の考えとの相違点や共通点を自覚することができる。そして、自分の価値観を再構成したり、自己を見つめ、自己の生き方について考えを深めたりしていくのである。学校現場の実情としては、発達の段階や、学習の時期によって対話が難しい場合があるものの、個々の内面にある多様な考えや価値観が顕在化してこなければ、いくら個人が深く生き方について考えていたとしても、集団で学ぶ意義は薄れてしまうだろう。
 そんな課題に対して、一人一台端末、ICTの活用が役に立つ。ICTは時間的、空間的制限を取り払うことが可能である。集団の中で声をあげられなくても、端末を通して考えを共有することで、クラスの友達同士の考えを互いに見合い、交流することができる。それを相互参照・相互交流ともいう。相互参照・相互交流はICTの活用としては基本的なものであるが、発達の段階や学級の成熟度に合ったアプリやシステムでなければ、操作の難しさや機能の物足りなさから活用を避けられてしまうことがあった。そこで今回は、オンライン掲示板アプリ「Padlet」を扱う。このアプリはブラウザで起動し、子どもの端末側でインストールする必要がないため、容易に導入することができる。また、操作が簡単で、見やすくポップなUI(ユーザーインターフェイス)が特長である。そのため低学年であっても操作に混乱することなく、簡単に使用することができる。今回はその特長を活かし、2年生の授業の終末で活用した。

2.主題設定について

 本授業では、主題を「よいこと、よくないことってどうきめる?」と設定した。物事の善悪について的確に判断し、自らの正しいと思うところに従って行動するためには自律性が必要である。つまり、善悪の判断力を養うことは、同時に自律的な態度を育てていくこととも言えるだろう。自律的な態度は、子どもたちがこれから価値観の多様な未来の社会を主体的に生き抜く力となる。また、善悪の判断力を養うためには、第一に、よいことやよくないことの判断基準を知ることが重要である。加えて、よいと判断したことを実行する勇気も大切である。しかし、この学年の子どもたちは、自分の物事の判断について無意識的であることが多い。また、よいことやよくないことが分かっていても、自分の利害や自信の欠如から正しいことを明言できないことも少なくない。このような実態を踏まえると、自分の決断した物事の判断理由について考えることを通して、善悪の判断基準を自分の内に構築することが重要である。また、よいことやよくないことを判断し、行動できる喜びを感じていくことも重要である。したがって、本主題を通して、よいこととよくないことの判断の理由について考えることで、よいと思うことを進んで行おうとする道徳的な判断力を養いたい。

3.教材について

 今回扱う教材「わりこみ」は、人気のすべり台の行列に並ぶけんじと「ぼく」のところに、友達のいさむが割り込もうとする話である。後から列に来たいさむは、最初けんじに「入れて。」とお願いをする。いさむと仲良しのけんじは「いいよ。ぼくの後ろに入れよ。」と言う。しかし、けんじの後ろに並んでいた「ぼく」は、順番を抜かれたくない気持ちからけんじを睨みつける。すると、「ぼく」の気持ちを察したけんじが「じゃあ、きみの後ろならいいだろう。」と提案する。「ぼく」は一瞬迷いつつも、最終的には、「やっぱり、わりこみはいけないよ。」と割り込みがよくないことをはっきりと伝えるという話である。自分の損得を考えて判断に迷う「ぼく」と、周りの気持ちを考えて判断する「ぼく」を比較することが容易な構図であり、本主題に設定した、よいこととよくないことの判断の理由について考えることができる教材である。また、本教材は多くの子どもたちにとって似たような生活経験があると考えられる。そのため、登場人物の気持ちに自我関与しやすく、自分のこととして考えやすいという特徴もある。

4.実践報告

(1)主題名(内容項目)

 よいこと、よくないことってどうきめる? A[善悪の判断、自律、自由と責任]

(2)本時のねらい

 割り込みをしようとした友達のいさむに「自分が損をしなければ」と心が揺れつつも、「わりこみはいけないよ。」と言った「ぼく」の気持ちを考えることを通して、よいこと、よくないことの判断の理由について考え、よいと思うことを進んで行おうとする道徳的判断力を養う。

(3)展開例

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点 ☆評価


○(3枚のイラストを順番に見せながら)これってよいこと?よくないこと?それはなぜ?
・よい。
・よくない。
・どちらとも言える。

◇自分たちの善悪の判断基準について意識を向けるために問う。また、教材の人物の「新しい遊具で早く遊びたい。」と言うワクワクする気持ちに共感し、自我関与を促すために、3枚目のイラストでは教材場面に似たものを提示する。

学習テーマ:よいこと、よくないことってどうきめる?



(前段)

○話を読み、思ったことを教えてね。
・ちゃんと並んでいるのに、わりこんだらいやな気持ちになるな。
・けんじもいさむもよくない。
・自分だけわりこみするのはずるい。
○けんじが「きみの後ろならいいだろう。」と言った時、「ぼく」はどのような気持ちだっただろう。
・後ろだったらいいかも。
・自分の順番は変わらないからいいかも。
・ちょっとくらい大丈夫かな。

◇主体的に学びに向かうことができるようにするために、子どもたちの素直な感想や、疑問から授業を展開していく。

◇自分の損得で判断してしまうという人間的な弱さに共感し、これまでの自分の経験と重ねて振り返られるように「ぼく」の心の弱さが表れている場面の気持ちを問う。

☆心の弱さによって損得で判断したり、正しいことが言えなかったりする気持ちに共感し、「自分にもそのようなことがなかったか。」と自己を見つめて考えていたか。



(後段)

○「順番が変わらないなら……」と心が揺れつつも、なぜ「ぼく」は「わりこみはよくないよ。」と注意したのだろう。
・自分さえよければいいわけではないから。
・周りの人の気持ちも考えて判断した方がいいと思ったから。
・自分の損得で決めるよりも、みんなのことを考えて決めるほうがレベルが高いと思うから。

◇自分の損得以外の判断理由について考えることができるようにするために、人間的な弱さを表出しつつもそれを乗り越え、注意した「ぼく」の気持ちを問う。
◇「ぼく」の考えるよいこと、よくないことに対して多面的・多角的な思考を促すために、適宜問い返しを入れる。
【多面的・多角的な思考を促す問い返しの例】
・(みんなの気持ちを考えて)わりこみはよくないと言う意見があるけれど、けんじさんがいさむさんに「入っていいよ。」というのはやさしさではないのだろうか。
・みんなのことを考えて決める判断はなぜよいの?
・もし後ろに並んでいる子が文句を言っていなかったら「ぼく」は列に入れていたのかな?
☆よいこと、よくないことの判断理由について多面的・多角的に考えようとしていたか。


○ここまでの話を全て踏まえて、登場人物をほめてあげよう。
・「ぼく」さんへ。勇気を出してだめなことを伝えたことがすごいね。
・けんじさんへ。最後は割り込みがだめなことに気づけたのが素敵だね。

◇登場人物を「ほめる」活動を設定することで、授業の話し合いを経て考えた、自分なりのよいこと、よくないことの判断が自然とできる場とする。オンライン掲示板アプリ「Padlet」を活用することで、多様な意見を相互参照、相互交流し、短時間や授業時間外でも思考を深めることができるようにする。

5.授業記録

【導入】
3枚のイラストを順番に提示し「よいことかよくないことか」を判断する。

イラスト①
イラスト②

イラスト③

T 「よいこと、よくないことってどうきめる?」ノートに書きましょう。
T (イラスト①を提示して)家でお母さんが片付けしていました。それをこの子は手伝いました。これってよいこと?
C よいこと。
T よいことなんだね。ではこれは?
T (イラスト②を提示して)給食いっぱい食べたいな。なので、おかわりすること。
C よいこと。
C よくないこと。
C いいけど……。
T いいけど?
C おのこしはだめ。
C おかわりする人いるでしょ?好きなものだけはだめ?
C 子どもは小さい。どんどん成⻑する。だからおかわりはよい。
C 成長するけど、食べすぎはだめ。おなかがいたくなる。
C うんうん。
T (イラスト③を提示して)新しくて大きい遊具ができたらうれしい?
C うれしい!
C 僕はうれしくない。だって授業に遅れたり、列に並ぶ時に押し合いになったりする。
T 列って言ったけど、お友達が「間に入っていい?」って言って入るのはいいこと?
C 何にも聞かずに入るのはいけないこと。
C 並んでいて、「いいよ」って言っても、後ろの人もいいかどうか聞いてない。
C 1人だけ入ってきたらよくない。
C つけたしで、「入っていい?」って聞いて「いい。」というのはいい?まだ聞いていない後ろに並んでいる子がいやな気持ちになる。
C 〇〇ちゃんと〇〇ちゃんがいったように、後ろの人はせっかく並んでいるのにまた時間がかかる。
C 「入っていい?」って全員に聞く。
T 「よいこと」って言った人は?
C ゆずり合いだからいいこと。
C ゆずった子、ゆずられた子がうれしい。
T 「よいこと」って、自分がうれしいとか、ゆずってくれた子がうれしいからよいこと、ってことか。
C うんうん。

(考察)

よいこと、よくないことについての自分たちの判断に意識を向け、判断した理由に対して自覚的になるための導入を設定した。教材と似た場面を扱ったイラスト(イラスト③)を提示したときには、すでに「順番抜かしはよくない。」「後ろの人が嫌な気持ちになる。」というように、みんなのことを考えた判断をしている子が多かった。一方で、目の前の相手に視点を向けて、「ゆずり合い」であることと捉え、よい判断であると考える子もいた。このズレを授業の中心で扱うことで議論を呼べるのではないかと考え、授業展開を調整した。このように、導入は、子どもの実態を把握し、授業展開を柔軟に変更させる役割を担ったり、教材の状況設定に自己を重ね、主体的に学びを進めやすくしたりする機能がある。

【展開前段】
教材を読み、興味をもった部分から話を展開し、わりこみについて考えていく。わりこみについて表出した価値観をもとに、「みんなのことを考えた判断」と「自分の損得を考えた判断」を比較し、人間理解とともに、よいこと、よくないことの判断について考えていく。

T 先生が読むから、思った気持ち(よい・よくない・どちらともいえる)に印をつけて、終わったら感想を教えてね。では、読みます。(範読)
(教材範読後)
C いさむさんって、どの人?
T では、人物を確認しようか。(人物のイラストを順番に指しながら。)
T この人は?
C 「ぼく」。
C けんじ。
C いさむ。
T いさむがけんじに「入れて」と言って、けんじが「ぼくのうしろに入って」という話だね。
C 「ぼく」はちゃんとけんじさんの後ろに並んでいたのに、わりこまれていやな気持ちになったな。
T 〇〇さんは何を思った?
C いやそうな顔している
C 〇〇さんと〇〇さんにつけたしで、1人だけ入れていたからほかの後ろの人がいやな気持ちになる。
T あなたが入ったら後ろの人が困るっていうこと?
C 「ずるい」って言葉を聞いたことあるやろ?
C うん。
C 1人だけわりこんで列に入るのは「ずるい」やろ。後ろの子も入りたいはずだから。
T 「ずるい」ってプラス?マイナス?

C マイナス。
C けんじさんはいいと思うけど、周りの人がいやな気持ちになる。体でやっていい?表してみてもいい?(動作化)
T 〇〇さんどんな気持ち?
C いまの〇〇さんが前でやってくれた顔でわかるんやけど、すごくいやな気持ち。「何でそこに入ったん?」こんな感じ。
C そうそう。
T どんな顔?
C こんな顔。
C せっかく並んでたのにわりこんでくると、場所をとられたみたいになるから。
C みんなわりこみされたらいややん?それと同じで、わりこみしたらあかんからちゃんと順番に並ぶ。
C せっかくすべり台で早く並んだのにぬかされたらいや。
C 5人くらい並んでいるのになんで1人だけ?ずるい。
T わりこむことがいやな気持ちになることはよくわかった。
C もし、自分たちが遠足に行って、同じように遊んでてわりこんで来た人がいたら、だれでもいやな気持ちになる。
T いまの考えの意味はわかる?その人たちだけでなく、みんなも含め、他のいろんな人もいやな気持ちになるってことだね。
T じゃあ、わりこみはだめなんだ。
C 絶対だめ!
T でも、主人公は一度、「ぼく」の後ろだったらいいかも、って思ってたよね。これはなんで?
C 自分の後ろやったら順番が変わらないから。
C そうそう。自分は損しないから。
C あかん。
C 危険人物が2人になった!けんじさんも「ぼく」もいじわるや!
C 自分は前にいるから後ろは気にするけど、自分は気にするから後ろにしたと思う。
T こういうきめかたをしたことってある?自分は損しないからまぁいいかって。
C うん。(数人がうなづく。)
C でもさ、「入ってもいい?」って入ったら自分の負けやねん。後ろの人が勝つってなる。後ろになる人はいやな気持ちになるやろ。やさしい気持ちで心を落ち着かせてるから勝ちやと思う。
C 待っている間に楽しいとか怖いとかわかるやんか。だからぼくなら入ってもらってもいい。
T そうなの?並んでいて、自分の先にいかれたらいやじゃないの?
T 〇〇さんはいま、「先に行ったら、楽しいとか怖いってわかる」って言っているけどさ、〇〇さんはどう思う?
C それは、人それぞれ。
T なるほど、〇〇さんはプラスの考えが出来る。だけど、「人それぞれ」と言った〇〇さんのように、それがよくないって思う人もいるんだね。このようにいろいろな考え方があることがわかるのは道徳の授業でたいせつなことの一つだね。
T このときの「ぼく」は、「順番が遅くならなきゃいい」って心ゆらいじゃったんだよね。
C なんで心ゆれているか。後ろにいる人に心をパーンってされた(銃で打つポーズをしながら)。
C 「ぼく」は「自分の順番が変わらなかったらいい」って思っているけど、最後にやっぱり「周りの子はどんな気持ちだったのか」って考えたんだと思う。
T 最初「ぼく」は「後ろに入れても損しないからいい」って思ったんだけど、後で「ぼく」は気付いたんだね。「周りの人はいやな気持ちだ」って。
C この「ぼく」は人に振り回されている。例えばお城やったらけんじさんが王さまみたいになって、「ぼく」は家来みたいになっている。けんじさんの言いなりになりかけている。
T つぶやいていた〇〇さん。
C 言うことを聞かされている。
C (教科書の場面絵を見ながら)なんで最後の2人は照れているの?
C だってさ、「ぼく」が言って後ろの子が「ずるいなあ」ってつぶやいていた。その時にちゃんと言ってくれて順番が遅くならずにすんだ。だから、「ありがとう」って思っているんじゃないの?
C 結局、最後にいさむさんが「並ぶわ。」って言ったらいいんだ。
C 後ろの人に聞かずにやったらあかんって書いてるやん?教科書にある「入れて。」「ぼくのうしろに入れよ。」これはよくないってことをしている。
T やっぱり自分の損得じゃなく、周りの人の気持ちを考えてよいこと、よくないことを考えることが大事、ってことかな。

(考察)

子どもの素直な思いから授業を展開していくため、範読後に感想交流を取り入れた。多くの子どもたちがわりこみのあった事象に対して、「周りの人たちにとって迷惑である」という視点からの判断をしていた。そこで「でも『ぼく』の後ろだったらいいかもと悩んだよね?」と自分の損得で判断しようとした「ぼく」を比較対象として取り上げて問うた。すると、「わかる。」「順番が変わらないから。」などと人物の人間的な弱さの部分に共感しつつも、損得を考え判断していた自分が心の中にいたことを見つめていた。「みんなのことを考えた判断」「自分の損得の判断」を比較しながら、後者の判断に一瞬心が揺らいだ「ぼく」に対して、「危険人物」「王様みたい」「自分の負け」と表現し、物事の判断に対する重み付けを自然と行い、テーマについて吟味していたように感じた。このように、種類の違う価値観同士を比較することは、考えを深めたり、テーマについて考えることの手立てとなることがわかる。ただ、今回は、「みんなのことを考えた判断」と「自分の損得を考えた判断」を対話の流れの中で比較していたため、話についていけない子どももいた。「今はAとBを比べているよね。」などと教師が適宜、話の構造を説明する介入を行うことで、理解や対話の熱が全体に広がっていったのではないかと考える。

【展開後段】
「みんなのことを考えた判断」に焦点を当て、けんじが友達を列に入れた行為を取り上げ、「友達に場所をゆずること」はやさしさではなかったのか?と問う。そうすることで、テーマに設定している、「よいこと、よくないことのきめかた」について多面的・多角的な思考を働かせることができ、考えを深めていく。

T ちょっと聞いていい?
C いいよ。
T けんじさんはいさむくんにゆずってあげたよね?これってけんじからいさむへのやさしさじゃないの?ほら、授業の初めにも(導入で答えたことを取り上げて)「ゆずり合いならいい」って言ってるよ。
C でも、でも。(一斉につぶやく)
C 悪いやさしさ!悪いよいこと!
T つぶやきが多いね。近くの人としゃべってごらん。
(グループトーク)
T では、いま話したことを聞かせて。
C ゆずって入れてあげたら、後ろの人がどんどん後ろに回されていくやろ?それやったら最初から一番後ろにすべき。
C ゆずるのはいいことなんやけど、後ろの人がどう思うかはわからないから、後ろの人にも聞いたらいいんじゃないかな。
C 〇〇さんにつけたしで、ゆずるのはやさしくていいことやけど、後ろの人のことを考えてないとよくない。
T なんで、みんなのことを考えないとだめなの?
C 自分のことばっかりだと、後ろの人が「早くすべりたい」っていやな気持ちになる。
T けんじくんは、いさむくんへのやさしさではないの?
C わるいよいこと!いさむ。後ろの人にはわるいことをしている。
T なるほど。難しいね。よいこと、よくないことって、どう決めるの?
C いさむさんをことわって、後ろに並んでもらったらいい。
T 〇〇さん、何かつぶやいていた?
C (教科書の場面絵で後ろに並んでいる人を順番に指差しながら)そうすると、うれしい、うれしい、うれしい……正しい、ってなる。
T 正しいことはうれしい?
T うん。
T では、タブレットを出して。
T 今日お話に出てきた人を1人ほめてあげてください。
(Padletに記入)
(Padletの画面を写したTVモニターの前に集まって意見共有・ふり返り)
T 何人か当てていいかな。書いたことを詳しく教えてね。

T 「『ぼく』さんへ。『ぼく』さんは勇気をもってやっぱりだめだなと言っていたからすごいなと思いました。」これを書いてくれた人。
C はい。
T 理由を聞かせてくれる?
C 言うのがよいことでも言いづらかったりするから。
C そう。正しいことを言うのはすごいねん。
C だから勇気があるって。
T 確かに。正しいと思ったことを言うのは勇気がいることかもね。「正しいことは正しいと言おう」ってことだね。黒板に書いておこう。
T けんじさんをほめている人もいるね。「けんじさんへ。最後はいいこと悪いことを区別できていてすごい。」これは?
C あとでわりこみはよくないことって気づいていたからすごい。最後はいさむもみんな笑顔になっている。
T 確かに。顔にも注目したんだね。
T もっと聞きたかったけど、時間がきてしまったから今日はここで終わろう。またたくさん意見聞かせてね。書いてくれたのもまたじっくり見てみてね。

(考察)

子どもたちは話し合いながら、 自分の損得を考えた判断みんなのことを考えた判断 という重み付けをしていた。そこで展開後段では、「みんなのことを考えた判断」に対して多面的・多角的な思考を働かせられるよう、「けんじの行為はいさむへのやさしさではないのか。」と問うた。子どもたちは、目の前の友達にとってはよいことであっても、視野を広げてみると、周りの人たちにとってはよい判断ではない、ということを考えていた。そのことはイラストを順番に指差し、「うれしい」と言う姿や、最終的に笑顔になった、いさむ、けんじの表情への着目からも読み取れる。このように、子どもにとってよいと思われる価値観同士を比較することによって多面的・多角的な思考が働き、考えを深める手立てとなった。
しかし、一方で、「なぜ、みんながうれしいことがよい判断だと思うのか」の明確な理由については話し合うことができなかった。議論が足りないと感じる点についてはしっかりと立ち止まり、全体で考える時間を取らなければ学びは浅くなる。そのためにも、教師が授業分析の段階で、子どもたちと考えたいことについて核となる部分を明確にもっておく必要があるだろう。

6.板書例

7.授業への工夫など

(1)多面的・多角的な考えを働かせるための比較思考を用いた問いの設定
 道徳科の目標には「物事を多面的・多角的に考え」という文言がある。多面的・多角的に考えることを通して、道徳的価値の意義や意味を様々に捉えたり、唯一絶対の解がない問題に対しての柔軟な思考力を養ったりできる。今回は、そのために「みんなのことを考えた判断」「自分の損得を考えた判断」「目の前の友達へのやさしさの判断」の3つを比較対象として取り上げた。子どもたちにとって共感し得る価値観であるため、よいこと、よくないことの判断の理由について精緻に比較・吟味することができたと考える。また、比較は、共通項を見出すことができることから、道徳的価値についての普遍的でたいせつなものを見つめることができるだろう。

(2)相互参照・相互交流を容易に促すオンライン掲示板アプリ「Padlet」の活用
 “はじめに”でも述べたように、道徳科授業においてICTを上手く活用し、相互参照・相互交流を行うことは有効である。しかし、ICTの活用に慣れていない学級や低学年の場合、操作や作業が複雑になり時間がかかることなどの課題もあって、子どもたちが相互参照・相互交流のよさを感じる前に使用を控えてしまいがちとなる。つまり、操作や作業が簡単かつ、相互参照・相互交流のための共有性に優れたツールが必要になる。今回活用した「Padlet」はまさに、それらの課題を解決してくれるものである。具体的な特徴としては、子どもが入力した投稿が自動で整理され画面に配置されること、「いいね」やコメントをつけるなどの相互交流の機能が充実していること、アプリを特別にダウンロードしなくても、教師がQRコードを提示し子どもが端末のカメラから読み取るだけで使用できること、などである。今回、これらの機能により、相互参照・相互交流を短時間で行うことができた。

8.考察

 今回は、オンライン掲示板アプリ「Padlet」を活用した実践を紹介した。本授業での活用場面は終末のみにとどまったが、子どもたちの学習状況に応じて、導入や、展開前段、または1時間を通して活用することもできるだろう。今回、子どもたちにとって「Padlet」を使用するのは初めてに近い状態であった。しかし、2年生の子どもたちでも、自分なりの考えを素早く入力・投稿し、友達の投稿をたくさん読み、さらには自然と「いいね」やコメントをつけるなどしていた。端末に反映された友達の投稿を読みながら、「へー。」「〇〇くんはいさむくんをほめているんだ。」「これはぼくも同じ気持ちだ。」などとつぶやいている姿も見られた。また、授業が終わってからも数日間は友達の投稿に対するコメントが付け加えられていた。これらはまさに相互参照・相互交流を容易に行うことができ、かつそのよさを堪能している姿である。そしてそれは1時間の授業にとどまるものではない。
 ICTの活用を考えるときには、そのよさを子どもたちが十二分に感じられる環境デザインが最も重要なのだと改めて感じた。今後は、終末以外で活用するなど、さらに実践を積み重ねていきたい。

※QRコードはデンソーウェーブの登録商標です。

自己を見つめる学びをデザインする道徳授業実践~メンチメーターによる思考の変容の自覚~「決めつけないで」(第4学年)

※本実践は兵庫教育大学附属小学校に在籍されていた際の実践です。

1.はじめに

 道徳科では、「自己を見つめる」学びが重要視されている。このことについて、学習指導要領解説には次のように記載されている。「自己を見つめるとは、自分との関わり、つまりこれまでの自分の経験やそのときの感じ方、考え方と照らし合わせながら、更に考えを深めることである。このような学習を通して、児童一人一人は、道徳的価値の理解と同時に自己理解を深めることになる。」ここでの自己理解とは、自分のできることやできないこと、思いや願いなど、自分のことが次第にわかることである。自分のことがわかることとは、自分の現在地を知ることであり、「〇〇な自分になりたい」という望ましい自己像を実現するための一歩となる。子どもたちは、今の自分の現在地と、なりたい自分とを認識するからこそ、そのギャップを埋めるために、自覚的に日々の言動を振り返り、自身の成長を実感したり、見つけた課題を軌道修正したりしながら前向きな気持ちで、よりよい生き方を追求していくのである。しかし、「自己を見つめる」学びは簡単ではない。自己を見つめるためには、自己を対象化し客観視する必要がある。自己を対象化するための鏡としての役割がある「教材」や「友達の考え」に加え、年齢や個人の発達の段階に合わせた教師の適切な援助や介入の方法を多様に検討することが大切になる。そのことから、今回は「自己を見つめる学び」を支援するためのデジタルツールとして「Mentimeter(メンチメーター)」を用いた実践を紹介する。これにより自己の考えを可視化し、その変容を自覚できるようにしたい。
 「Mentimeter」は、リアルタイムに参加者からフィードバックを得ながら、スライドに反映させることができるプレゼンテーションツールである。ブラウザで起動できるため、どの自治体でも導入へのハードルが比較的低いと考える。

 具体的な方法・手順を、以下に記す。

授業前に教師が「Mentimeter」のスライドを作成する。(操作や設定の詳細については、Webで検索すれば出てくるのでここでは割愛する。)
導入時にそれぞれの考えを「Mentimeter」に入力し可視化する。
終末場面で再度質問に対する考えを「Mentimeter」に入力する。

2.主題設定について

 本授業では主題を「決めつけることの意味」と設定した。一人一人が公平さを大切にする社会では、いじめや差別が減り、それぞれの個性が発揮され多様性に溢れた豊かな人間関係が構築されていく。本授業で対象とする中学年の子どもは、物事を捉える視野が狭く、自分中心的な思考になりがちな発達段階にある。そのため、物事を判断する際に自分の気持ちや利益を優先させてしまい、公平さを欠くことがある。今回扱う“決めつけ”の態度もその一つである。自分の見えている世界から相手を決めつけることは、真実を捻じ曲げることになり、誤った判断や、他者への偏見へとつながる。しかし、人はよくないこととわかっていながら、日常生活の中では無意識に決めつけてしまっている場合が多い。ここで大切なことは、無意識に決めつけを行っていないかどうか自分の言動を省みたり、自分の利益を優先させた判断をしてしまう決めつけを生み出す心について知ったりすることである。さらに、差別や偏見をしてしまう自分自身の弱さに向き合いつつ、客観的な視点から、公平な行為または不公平な行為を見たときに周りの人たちはどのように感じるのか想像を巡らせることも大切である。これらのことを踏まえ、本授業でのねらいを「よくないとわかりつつも相手のことを決めつけてしまう人間的な弱さについて考え、相手を一面的な見方で捉えず、公正、公平に接しようとするための道徳的判断力を養う。」とした。

3.教材について

 本時で扱う教材「決めつけないで」は、ちさとのことをクラスのみんなが決めつける話である。はじめ、ちさとが学習発表会の主役に立候補すると聞いたわたしは、仲良しのよう子と共に「ちさとさんには無理だよ。できないに決まっているよ。」と普段の性格や言動から決めつける。しかし、ある日の放課後、わたしはたまたま一生懸命にセリフの練習をしているちさとの姿を目撃し、ちさとの努力に気づく。そして、主役決めの日、ちさとが立候補したことに対して反対するみんなに対して、ちさとさんの努力を伝え推薦するのである。初めはちさとのことを決めつけていたわたしが、自分が決めつけてしまっていたことに気づき行動を改めるという、変容が捉えやすい教材である。前後のわたしの姿を比較することで決めつけの意味について考えやすく、また学校生活という子どもたちにとって身近な状況設定ということもあり、自分事として考えやすいことも特徴である。これらのことから本教材は主題に迫ることに適しているといえる。

4.実践報告

(1)主題名(内容項目)

決めつけることの意味 C[公平、公正、社会正義]

(2)本時のねらい

 演劇の主役になりたいちさとの思いや頑張りを知ることで、主役は無理だと決めつけてしまっていた自分の言動を反省したわたしの姿を通して、よくないとわかりつつも相手を決めつけてしまう人間的な弱さについて考え、相手を一面的な見方で捉えず、公正、公平に接しようとするための道徳的判断力を養う。

(3)展開例

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点 ☆評価


○決めつけるって、どういうイメージ?
・嫌なイメージ。否定。
・いじめ、差別。
・実際にはしていないのに、決めつけられること。

◇決めつけに対する価値観を表出させるために、言葉のイメージを問う。その際に、児童が考えがちな決めつけのイメージとのズレを感じることができるように、あえてポジティブな気持ちになる決めつけの場面を提示する。
◇学習テーマについての授業前の考えを表出、可視化するために「Mentimeter」を活用する。

学習テーマ:どこまでが決めつけなのだろう



(前段)

○この話の決めつけはどこにあった?
・ちさとに「主役は無理だ。」と言ったところ。
・普段の様子から決めつけているところ。

◇教材の範読前に、「このお話の決めつけはどこにあるだろう。」と読む視点を与えることで、教材理解を促すとともに道徳的問題に焦点化しやすくする。

○決めつけることは何が問題なのだろう。
・相手が傷つく。いじめにつながる。
・ちさとが学校に来なくなるかもしれない。
・相手を信じられなくなる。

◇決めつけの問題の本質について考えを巡らすことができるようにする。
☆決めつけによる影響について様々な視点から考えることができている。

◎なぜ、よくないとわかりつつみんなは決めつけをしているのだろう。

◇決めつけは無意識に行われているかもしれないという自分への気づきを促すために、登場人物が決めつけをしていた理由を問う。



(後段)

・本人は決めつけているつもりはなかった。
・思ったことを言っているだけ。
・ちさとさんとあまり仲良くなかったから。

◇多面的・多角的な思考を促すために、児童の意見に対して適宜問い返しを入れる。
【問い返しの例】
・もし私がちさとの努力を見ていなかったらどうしていたと思う?
・もし、わたしがちさとさんと仲がよかったら決めつけをしていただろうか。
◇決めつけをしてしまう人間的な弱さへの理解とともに、それを乗り越えるための促進条件について考えを巡らすことができるように問う。


◇どこまでが決めつけなのだろう。
・自分の思い(私情)に流されて判断した時。
・色々と見えない部分を想像せずに判断すること。

◇授業前の考えと比較ができるようにするために「Mentimeter」に考えを入力する。
☆学習テーマについて自分なりの考えをもち、友だちと対話する中で多面的・多角的な見方をしようとしていたか。

5.授業記録

【導入】
“決めつけ”の言葉からイメージすることを出し合う。

T みんな、この言葉聞いたことある?(黒板に「決めつけ」と書く)
C 決めつけ?あるある。
T ほとんどの人があるのかな。では、決めつけのイメージを教えて。
C 例えば、お菓子を奪ったりしてないのに、他の人が「奪った奪った!!」って、強くいう感じ。
C 私は、ゴミなんかが床に落ちていて、「あんたやろ」って言われたことある。これが決めつけかな?
C あるある。
C えっと、私は決めつけ=否定なんじゃないかな、って思っている。
C 私も同じ。今まで、何回もあった。
C めっちゃ、あるある。でも、決めつけじゃなく、そうとしか思えない時もあるけどね。
T なるほど。みんなは「否定」ってイメージは共感できるかな。
C はい。
C 僕は、「でかい声出すなよ」って、決めつけられたことある。自分はそのとき声を出してなかったのに。
T 「○○さんだ」って、決めつけられたんだ。
C でも、僕は普段でかい声出しているから、言いたいのもわかるけど。
T そうなんだ。自分のことを自分で意識できているのは素敵なことだよ。あと、声が大きいのは悪くない。でも、決めつけられたんだね。そのとき、どんな気持ちだった?
C 「うるさいなぁ」って感じ。
C えっと。決めつけは “否定and強くいう”。強くって、相手の心に刺さるイメージ。
C 一瞬で刺さる。
C 家で友達とバスケのゲームをしているときにパス出そうとしたんだけど、間違って違う人に出して、「絶対わざとだろ!」って言われた。
C ある、ある。
T そのとき、どんな気持ちだった?
C 間違いなのに。わざとじゃないのに。「ほんまに間違えただけ!わかってよ。」って気持ち。
C 決めつけって、他の人が「あ、そうやな。」って言ったら、広がっていく。
T 今の〇〇さんの話って、決めつけた人もそうやけど、それを聞いて「うん、そうやな」って話を進めた周りの人たちも、ちょっとよくないんじゃないかな、という意味?
C そう。
C たしかに。
T 例えば、決めつけた時に、周りの人たちが「いやいや、それは違う。」って言ったら終わるけど、決めつけて、「そうだよね。」と乗っかっていったら、広がっていく感じかな。
C だけど、周りに広がるほど、違うっていう余地がないときもある。
C 決めつけを広げていくのもダメなんだけど、周りも納得するほど本当にその人がなんかミスっぽいことをしていたら、責任自体はあると思う。
T 思わせている人にも責任あるんじゃないか?と。
C まあまあ、どっちもどっち。かな。
T 素直な気持ちを言ってくれてありがとう。道徳の授業って、よいことばっかりいうこともあるんだよね。それはそれでよくないと思う。いま、素直に「決めつけられる人にも責任があるかもな。」って思ったことを伝えられたのは素敵なことだね。
T ちなみに先生が、今日このクラスに入ってきた時、「このクラスはよく話が聞けるクラスだなあ。」って言ったの覚えている?正直いうと先生、このクラスの状態をまだ何も知らずにあえてそう言ったんです。
C そうなの?
T この先生の発言は決めつけ?
C 確かに。
C よい決めつけと悪い決めつけがある。例えばよい決めつけだったら、「自分はやってないけど、ほめられる」とか。
C なんかうれしいな。でも、本当にやっている子がかわいそう。
C そうだな。事実じゃないもんね。
T 例えば、物を拾ってくれた人が別にいるのに、違う子に対して、「この子が拾ってくれたんだ。」と思って、「拾ってくれたんだ。ありがとう。」っていう感じかな。
C そんな感じ。
T なるほど。これは確かに決めつけかもしれないね。うれしいかもしれない決めつけ。
C でも、本当に拾っていた人は嫌な気持ちじゃない?
C だから、そういういい言葉の決めつけっていうのは、必ずしもいい決めつけではない。
T あ、そっか。別の人の悪い気持ちも生み出すからね。色々考え方があるね。
T じゃあ、どこまでがきめつけ?今日はこんなことを頭に入れながら一緒に考えてみようか。授業後に少しでも考えが広がっているといいね。
T 書けた人は、このQRコードを読み取って今の考えを言葉にしてみてね。(「Mentimeter」のQRコードを示す。)

(考察)

導入時、子どもたちが決めつけに対して既にもっている考えを述べられるよう促した。イメージだけを共有するつもりであったが、ある子が具体的な状況を話してくれた。そのことにより話が広がり、色々な場面における決めつけについてイメージできた。このように、具体的な状況を投げかけて、子どもたちの頭の中に鮮明な映像が描かれるようにすることが、話し合いの質や課題意識を高める一つのポイントだと考える。
「Mentimeter」に考えを書いたあとは、画面だけ見せたままにしておき、意見については深く取り扱わなかった。一度言語化することにより、教材を通した対話の中で、自分を見つめる材料として活用できる。画面に可視化されたそれぞれの考えを見ながら比較したり、共通点を探したりする活動も大事である。そうすることが自他の考えを客観視し、自己を見つめるための一つの過程だと考えるからである。

【展開前段】
教材を読んだ感想交流から、初めに「決めつけ」という道徳的問題について話し合う。

T この話のどこに決めつけがあるか考えながら読んでみてね。
T (範読後)決めつけはありましたか?隣の人と見つけたところを確認して教えてね。
C 「ちさとさんには無理だよ」っていうところ。無理って決めつけているし、セリフをすらす
ら言えないっていうのも決めつけている。

C 悪口だよね。
C そうでもないけど。
T いまのやりとりも面白いね。悪口に聞こえた人と悪口に聞こえない人がいるってことは、
みんなの生活でも悪口じゃないと思っていても、悪口に捉える人もいるかもしれないってことだね。ちなみに、先生には悪口に聞こえました。さて、「ちさとには、主役は無理でしょ」って言っているけど、どうやって判断しているのだろう?

C 普段の様子。性格。
C 「話すのも苦手」って書いているし。
T いまの意見、最初の誰かの話に似ているね。声が大きいっていうのが自分の性格であって、「声が大きいよね。君だろ。」みたいに言われたっていう。
C 姉がいるんだけど、色々やらかす時が多くて。だからなんかあったときに「お姉ちゃんや
ろ。」って決めつける。
T 〇〇さんはこのお話の決めつけの姿を見ながら、自分のお姉ちゃんとの出来事を思い出してたってことね。
C 僕も、弟に同じことを感じる。
C 〇〇さんは自分の弟との出来事を思い出して、ちょっと重ねたのか。
C あの、悪口ではないんだけど、「最初は、ちさとさんには、ぜったい無理って思っていたけれど~」のところ、みんな、わかる?
C うん、決めつけた。
C 「ちさとさんが主役になりたいって言っているらしいよ。」って言っている。この、ようこさんも悪いんじゃないかなと思う。
C あー。だって、なんか、何も言ってないのに。悪い方にもっていくみたいな感じになっているから。たしかに。
T あ、これと、さっき言ってたことと似てる感じ?乗っかっちゃったのか。確かに、このわたしは「ちさとさんには難しいよね」みたいな感じで乗っかってるね。
C 乗っかっているってどういう意味?
C 乗っかっているっていうのはさ、1人がこう言ったら、他の人も「確かにそうだよね」みたいな感じで合わせていく感じ。
C 人の意見に同調して、話してつなげていく。「えー、なんか役やりたいらしいよ」「らしいよ」「そうだよね」「無理だよね」って乗っかっている。
C そもそも、こそこそ話しているのもよくない。
T こそこそもよくないんだ。
T みんな、この話を読んでいた時に、ちさとさんのことをどう思った?ちさとさんの気持ち。もしこのとき、ちさとさんがこの話を聞いていたとしたら、どんなことを思うかな?
C いじめや。
C 悲しい。
C 悪口だ。
C わかる。
T そう思うかもしれないね。他にある?
C 「私ってこういうの向いてないかな?」って自信をなくす。
C あ、同じこと思っていた。いいね。
T 「同じこと思っていた」っていう表現もいいね。話を聞いている証拠だね。「自信なくすかも」「私、向いてないんかな」ショックやね。
C 学校に行く気なくなる。
T だから、さっき誰かがいじめって言ったけど、決めつけはそれぐらいにつながるってことだよね。決めつけたことを本人が聞いていないからと言って、言っていいわけでは……。
C ない。
T そうだよね。
C 違う人が聞いていても、いじめになる。
T ほお。
C もし、そのことを私が聞いていたら、先生に言いに行く。「私とかようこさんに、なんでそんなこというんや」みたいな感じで、怒りに行く。
T 〇〇さんの気持ちに共感する?
C うん。

(考察)

導入で課題意識が芽生えた「決めつけ」に着目するように促し、教材を読む視点とした。子どもたちは教材内に描かれた決めつけを見つけ、「なぜそう思ったのか」と理由を考えることで、教材における道徳的問題点を焦点化しつつ、個人の価値観を表出することにつなげていた。このように、「なぜよくないのか」「それが起こるとどうなるのか」といった決めつけが及ぼす影響について考えたことで、いじめや偏見、差別は絶対にダメなことなのだという、本内容項目で必ず押さえていきたい態度を再確認することにつながっていた。そのことが、その後の中心発問である「ダメだとわかりつつもしてしまう」人間的な弱さについて考えていくことにつながっていく。

【中心発問】
◎なぜよくないとわかりつつみんなは決めつけをしているのだろう。

T 決めつけってさ、今みんなが言ってくれたように、いじめにつながったりするマイナスな気持ちになるんだよね?そういうことがわかっているのに、なんでしてしまうのだろう。
C あー。確かに。
C 気付いていないんじゃない?
T 決めつけていることに?
C そう。自分が決めつけをしているって気付かないから悪気がない。
C それあるかも。
C あとは自分が正しいと思っていると決めつけをするんじゃない?
C あー。
T なるほど。決めつけは基本的にマイナスなイメージでよくないことなんだけど、マイナスなのにしてしまうことがあるのは、それに気付いていないことがあったりすると。さらに人は自分が正しいと思えば思うほど決めつける可能性が上がる。こんな感じかな。
C そんな感じ。
T ということは、人の思いを知ったり、自分の考えが全てじゃないって考えたりすることができていれば、決めつけを防げる可能性があるかもしれないってことね。
T いまさ、みんなはちさとさんの気持ちをこの人の立場に立って想像したよね。立場に立って想像するって、実は簡単なことではなくて。何かをみんな経験するとか、誰かの気持ちを想像しているから、ちさとさんの気持ち感じられているんだと思うんだけど、みんなは友達とか知り合いとかで、こういう風にちさとさんの状況と似た経験した人と出会ったことある?
C ない。
C ある。
T ないのに想像できるの?気持ち。どうやって想像した?この人のこと。
C 私、そういったことが実際にあって。
T 辛かったら話さなくていいからね。
C 大丈夫です。こういう系のことが実際にあって、「あんたには無理やろ」とか言われたこともあって、すごく嫌な気持ちだった。その時に、「私もやってみたいんだけど。」って言っても、「いや、さすがに無理やろ、向こう行って。」みたいな、そういう感じのことがあった。「なんで決めつけるの?」って思って、ムカつく気持ちと、悲しい気持ちと、辛い気持ちとがあった。
T よく辛い話をしてくれたね。こうやって、辛い経験をクラスで喋れるっていうのは、みんなが優しいから、みんながちゃんと聞いてくれるって信頼しているからだと思うよ。だから、きっとこのクラスの仲間のことを〇〇さんは信用しているし、みんな優しいんだと思う。
C そうやで〜!
C 私は、そういう経験がないんだけど。こういう物語とかを読んで、「もし、あの私がちさとさんだったらみたいなことを思ったら。」っていうのをやったら、そういうことが言えるし考えられる。
T そういう考え方大事だよね。「もし自分だったら」っていう思考で考えていくっていう。
C 最近のニュースの話なんだけど。どこかの団体でパワハラがあって。パワハラされた人がなんかケガして、みたいな話があったんだけど。そういうのを見て想像できるようになってる。
T そうやって、日頃の誰かが悲しんでるニュースとかをちゃんと見て考えているんだね。立場に立つって難しいけど、みんなはそういうことからも学んでるっていうことか。
T ずっとここ、マイナスな話をしてるんだけど。でも、わたしは、変わったよね。最初はちさとのことを決めつけたやん?でも最後はこうやって、「いや、ちさとさん頑張ってたから、主役やってもいいんじゃない?」って言ってるよね。途中で、ちさとさんが頑張ってるシーンを見たっていうのがあったんだけど、 もしさ、わたしがこのシーン見てなかったとしたら、どうなってたと思う?
C 決めつけてたでしょ。
C 僕もそう思う。
T もし見てなかったら、決めつけたままで言ってたってこと?恐ろしいね。
C 恐ろしいね。なんかさ、私は「もし〜だったら。」ってよく考えるんだけどさ。そう考えるの面白いよね。
C わかる。怒られなかったのかな?みたいな。想像力がつく。
T そんな考え方をしてるんだ。「もし」って考えて、想像力をつけることはとっても大事だね。
T もしさ、わたしが放課後に頑張っているちさとさんを見てなかったら、決めつけたままやったと言っていたけど、でも、〇〇さんが言ったように想像力を働かしてたとしたら、防げたかもしれないのかな?
C うん。そう。想像力を働かせていたら。
C でも、なかなかできないこともあるけど。
T なるほど。みんなの話聞きながら、すごい疑問に思うことがあったんだけど。
C なに?
T もし、ようこさんがちさとさんとすごく仲良かったら、決めつけていたと思う?思わない?
C 決めつけてない。
T 何で?理由教えて。
C だって仲いい友達とかだったら、そんな悪口言われていたら嫌だから。
C そう、自分のめっちゃ仲良しの友達だったら、「いや、そんなことないよ。」って言ってあげたい。
C お笑い芸人の「やればできるよ」の人みたいな感じで、「やればできるよ。」ってポジティブに言ったら自信もつくし、ちさとさんにもプラスな言葉を僕やったらかけるんじゃないかな。
C 同じ。仲のいい人は仲のいい関係性があるから言いにくい。仲がよかったら「頑張れ!」って応援する。
C 「主役頑張れ〜!」とかいうよね。
C いまの話を聞きながら、やっぱり関係性が決めつけと関係してるんじゃないかな、って思った。自分のことを思い出しても関係性によって、接し方も違うと思うし、私が悲しい時に寄り添ってくれるのは大体の仲のいい子。いじめにあった時、励ましたりしてくれるのは、関係性の深めの人だった。関係性によって色々変わっていて、誰にでも公平に接するってことはできてないんじゃないかなと思った。
C これ、複雑。
T なるほど。ここまでをちょっと整理するよ。決めつけってよくないっていうイメージが皆の中にすごくあったんだけど、よい決めつけもあるかもしれないと。そんなところから「決めつけって何かな?」って話をみんなはしていたわけ。そうしたら、複雑な気持ちにならないよい気持ちだったら決めつけではないよね、とか言ったりしていた。決めつけを防ぐには、人の思いを考えるとか、自分が正しいと思わないとか出てきたね。他にも想像力があるといいかもしれないっていう(※板書)のところが関係しているかもしれないと。決めつけは気付いていないことから起こるっていうのも関係しているかもね。そしてさっきは関係性が決めつけっていうのを生み出しているかもしれないという話も出てきた。
C うん、うん。
T そして、人って自分の感情だから、自分の好き嫌いとかでちょっと態度が変わっちゃうときがある、っていうのが、みんながいま話してくれたことなのかな。先生はこの話を聞きながらある人のある言葉を思い出した。紹介していい?
C いいよ。
T それは、「私心のない判断を行う」という稲盛和夫さんという有名な経営者の言葉です。「私心」っていうのは、「自分の感情だけや自分の利益だけを考える心」という意味らしいです。 何かを決めようとするときに、自分の利益のことばかりを考えると、判断は曇り、その結果、間違った方向へ行ってしまうよ。ということらしい。さらに大昔、3000年ほど前の中国の人もこれに似たようなこと言っている。「私心なく然る後に好悪は理(に)当たる公正とはこのことなり。」簡単にいうと、自分の好き嫌いや、自分の利益をばかりを考える心をなくしたら、いいものができたり、人にとって平等な世界が生まれたりしていくよ、っていう意味らしいです。
 ここから思ったことは、人が何かを判断する時に、自分の好き嫌いや自分が得しようっていうような思いが入ると、よくない結果になるっていうことなのかな。
C それは本当だと思う。なんか自分が、こうやと思うから、こういうのはおかしいと思うし、そしたら結果、人を傷つけてしまうかもしれない。相手のことを考えた上でいう、っていうのが大事なんじゃないかな。
C 確かに。
T 今日、みんなから決め付けについていろんなキーワード出てきました。どれが正解とかじゃないよ。でも、自分の中での正解はあると思う。
T では、はじめに書いた、「どこまでが決めつけ?」っていうテーマに対して、今ならなんて答える? もう一度メンチメーターに入れてみよう。そして、比べてみよう。
(「Mentimeter」に入力する。)

(考察)

中心発問として「ダメだとわかりつつも決めつけはなぜ起こるのだろうか。」と問うことで子どもたちは「自分が正しいと思い込んでいるから。」「気付いていないから。」「想像力を働かせればよい。」と言ったように、公平に接していくことを阻む要件(阻害条件)とそれを乗り越えることにつながる要件(促進条件)について自分たちなりの言葉で意味づけを行なっていた。ここからわかることは、世間一般で言われている言葉を教師側から教えるのではなく、子どもの世界から自分たちの言葉で表現することが一番の理解や納得につながるということである。子どもなりの言葉に着目できるよう、教師の価値分析や教材分析が重要になる。
最後に、子どもたちが意味付けた内容に近しい著名人の名言を伝えた。このことにより、自分たちが意味付けしたことは多くの人にとって重要な視点、考え方であると気付いていた様子が授業後の反応から感じられた。

6.板書例

7.授業への工夫など

(1)自己を見つめるために、「Mentimeter」を用いて多様な考えを可視化し変容を自覚する工夫
 自己を見つめることは簡単なことではない。そのためには、自分の考えを外化し、客観的に捉え、多様な他者の考えに触れ、自分の考えと比較することが必要となる。そこで、自分とクラスの友達の考えを同時に、リアルタイムで可視化できる「Mentimeter」を用いた。
 「Mentimeter」は自分の入力した考えがリアルタイムでスライドに反映される。このツールに授業前と授業後で同じ問いに対する回答を入力し可視化する。そうすることで、自己の考えを客観視しつつ自己の授業前と後の考えの変容を自覚することができると考えた。また自分の考えだけでなく、友達の考えも同じスライド上に反映されることから、他者の考えに触れ、比較する思考が自然と働く環境設定がデザインされる。これらのことを生かし、自己を見つめる手立てとした。

(2)価値理解を深めるため、教材の状況設定を少し別の設定に置き換え、個別の状況下を問う工夫
 道徳的価値の捉え方は、立場や状況により変わることがある。このことから、教材内の一事例のみで考えるよりも、いろいろな状況下で考える方が、様々な見方で道徳的価値を捉えることができるため、価値理解が深まると考える。そのことから本実践では、「もし、主人公のわたしが、ちさとが放課後に一生懸命頑張っている姿を見ていなかったら?」や「もし、初めに決めつけをしたわたしとよう子がちさとと仲がよかったら?」という問いを設定した。それらの問いについて考えることで、子どもたちはよくないとわかりつつも決めつけてしまう人間的な弱さの要件についてより深く考えを巡らすことになると考える。結果、価値理解が深まり、さらにはそのことを通して自己を見つめることにつながるだろう。

8.考察

今回、自己を見つめる学びを実現するための手立てとして「Mentimeter」を用いた。授業後、子どもたちは、前後の「Mentimeter」を比較しながら「考えが変わってる!」「いろいろな言い方があるな。」などと発言していた。「Mentimeter」に考えを入力し、友達の考えも含めて同画面上で見て比較することは、自己を見つめることに有効であったと考える。また、本ツールは、誰の考えなのかが見えない仕様になっているため、クラスの関係性によるバイアスがかかるのを避けることができ、他者の考えを取り入れやすかったのではないかと思われる。しかし、「Mentimeter」は25文字以内の入力制限があったり、自己の考えの前後の直接的な比較が難しかったりすることもあるので、子どもの発達段階によっては別のアプリやツールを使うことも考慮したい。特に低学年では相互参照、相互交流が容易な「Padlet」というツールを使うことも有効であると考える。これらのICTツールをどのように活用することが子どもたちにとって効果的なのか、様々に試しながら検討していきたい。

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自分事の学びをデザインする道徳授業実践~ICTによる相互参照可能な道徳日記の活用~「すれちがい」(第5学年)

※本実践は兵庫教育大学附属小学校に在籍されていた際の実践です。

1.はじめに

 道徳科の授業では、特に自分事の学びが重要視されている。「自己の生き方についての考えを深める」道徳科においては当然のことと言えよう。しかし、実際の授業では、導入場面で生き生きと自分の経験を語っていた子ども達が、教材の内容に入り対話を進める中で、いつの間にか「他人事で考えてしまっていないか?」と感じる場面が少なくない。この理由の一つとして、導入時に自分の生活経験とつながっていたもの(自分の経験を想起できていたもの)が、教材に描かれている事象や話し合いの話題と切り離されてしまうことが考えられる。つまり、導入で扱う話題と展開における話題にズレが生じていることが問題なのである。「自己の生き方についての考えを深める」道徳科では、教材での話し合いが自分たちの生活や生き方とつながっているということを実感し、自分事の学びを実現することを大切にすること、そこに意識を向けるべきである。そこで今回は、「導入と教材内の話し合いをつなぎ、自分事の学びをデザインする」ことができるようにするための“ICT活用”を取り入れた実践を紹介する。

 具体的な方法・手順を、以下に記す。

授業日までに、教材の内容に似たテーマを設定し、家庭学習や、朝学習などの時間に道徳日記を書く。(授業外でも相互参照を可能にするため、ロイロノート等の相互交流が可能な授業支援ソフトを用いる。)
友達が書いた日記を、家庭学習や朝学習などの時間に読み合う。(道徳の次の授業で活用するために行うというよりも、“互いのことを知るため”といったような、学級づくりの目的で交流する理由を伝えると、主体的に取り組む姿につながりやすい。)
日記の中から、共有したいものを教師が選出し、導入時に提示する。
日記の内容と教材の内容の往還を意識しながら授業を展開する。

2.主題設定について

 本授業では主題を「相手をわかろうとすることの意義」と設定した。多様な個性や考えが存在する社会の中で豊かな人間関係を築くためには、自分と異なる意見を互いに認め合い、理解を深めていくことが必要である。しかし、相手の過ちや失敗によって不快な思いをしたときに、異なる意見や立場の相手を理解しようと歩み寄ることは簡単ではない。なぜなら、人は自分が正しいと断定的に考え、一面的に物事を捉えたり、自分の立場を守るため、相手の考えや過ちを一方的に非難したりするなどの自己本位な言動に陥りやすい弱さをもっているからである。ここで大切なことは、自分も同じ過ちを犯してしまうかもしれないという自覚をもち、謙虚になることである。そうすることで、決めつけや思い込みといった偏った見方から抜け出すことができる。そして、視野が広がり、相手の心の内部にまで意識を向け、相手のことをわかろうとする気持ちが醸成されていくのである。そういった[相互理解、寛容]の捉えのもと、ねらいを「相手をわかろうとすることの意義について考え、謙虚な心をもち広い心で異なる意見や立場を尊重する道徳的実践意欲と態度を養う」とした。

3.教材について

 本時で扱う教材「すれちがい」は、ピアノ教室に一緒に行く約束をしたよし子とえり子が、些細なことからすれ違いを起こしてしまい、仲違いしてしまう話である。本教材は、二人の視点から話が描かれていて、読み手側からは二人のすれ違いが客観的に捉えやすい構造になっており、よし子の「許したくない」という気持ちと、えり子の「不快な思いはしているが、謝ろう」とする気持ちの双方から考えやすくなっている。物事を断定的に捉え、寛容になれない人間的な弱さと、わかろうと相手へ意識を向ける意義について考えることができ、主題に迫ることに適した教材だと言える。

4.実践報告

(1)主題名(内容項目)

「相手をわかろうとすることの意義」 B[相互理解、寛容]

(2)本時のねらい

 些細なことから互いにすれ違う二人の姿を通して、相手の過ちや失敗で不快な思いをした時でも、相手をわかろうとすることの意義について考え、謙虚な心をもち広い心で異なる立場や意見を尊重する実践意欲と態度を養う。

(3)展開例

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点 ☆評価


自分たちの道徳日記に書かれた内容(経験)を見て感想を伝え合う。
(テーマ:ごめんねと言われたけれども許せなかった経験ってある?)
○友達の日記に書いている経験に共感できるかな。
・友達の具体例に共感する姿
・日記に書かれていない新たな具体例を想起する姿
・したことのない経験に驚く姿
○学習テーマを設定する。

◇事前に家庭学習で書いた道徳日記(ロイロノート)を見せながら、共感できる内容の日記はどれかを問うことで自身の道徳的価値観の自覚を促すとともに、一人ひとりが具体的場面を想起し自分事として教材の内容の話し合いに臨むことができるようにする。

学習テーマ:人はいつでもわかり合うことは必要なのだろうか



(前段)

○この話の問題はどこだろう。
・お互い悪くないのにすれ違っているところ。
・よし子が、謝ろうとしてくれているえり子の話を聞こうとしないところ。
○よし子はなぜ、謝ろうとしてきたえり子の話を聞こうとしなかったのだろう。
・自分のことばかり考えているから。
・余裕がないから。
・相手が悪いと思っているから。
・自分が正しいと思っているから。
・自分のことしか考えていないから。
○話を聞こうとできないよし子と、不快な思いをしても謝ろうとしたえり子の違いは何だろう。
・余裕があるかないかの違い。
・相手の思いを大事にしようとしているかしていないかの考え方の違い。
・許す心があるかないかの違い。

◇互いにすれ違い、すれ違う理由には目を向けようとしないとった教材に含まれる道徳的問題に焦点化できるようにするために、図を使って人物がしたことや状況等を時系列に沿って表し、教材理解を促す。
◇よし子に対する共感的発問を子どもに投げかけることで、相手に対して寛容になれない人間的な弱さに共感できるようにする。
◇事前に書いた道徳日記にある具体例を数個選び黒板に提示する。展開の中で、教材の事例と子どもたちの具体的な経験の往還を意識しながら問うことで、価値理解を深めていく一助とする。

☆相手を許すことができないよし子の思いと,不快な思いをしつつも謝ろうとしたえり子の思いを考える際に,自分との関わりで捉えようとしていたか。



(後段)

◎仲よくしなくてもいいと思う相手にだったらわかろうとしなくてもいいのではないだろうか。
・自分から歩み寄ることでそこから共通点が見つかり、仲よくできるかもしれない。
・仲よくなれなくても、新しいことに気づくかもしれない。

◇相互理解の意義を深く考えることができるようにするために、相互理解が必要ではない場合も認め得る状況設定と比較する。
◇表出した考えに対して、「なぜ」と問い返すことで、子どもたちが感じている相手をわかろうとすることのよさの根拠を表出し、自覚することができるようにする。また、人間的弱さの部分にも着目するよう促すことで、弱さを乗り越えていく強さについて考えられるようにする。


○人はいつでも相手をわかり合うことは大切なのだろうか。
・わかり合うことは大切だけど、必ずしもわかり合える必要はないと思った。でもわかろうとすることはどんな時でも大切だと思う。

◇学習テーマについての考えを問うことで、授業を通して変容した自らの考えを明確にもち自己の生き方につなげられるようにする。
☆学習テーマについて自分なりの考えをもち、友達と対話する中で多面的・多角的な見方をしようとしていたか。

5.授業記録

【導入】
自分たちの道徳日記(ロイロノートに記述したものを複数印刷して黒板に掲示したもの)に書かれたそれぞれの経験を見て感想を伝え合う。
(日記のテーマ:「ごめんね」と言われたけれども許せなかった経験って、ある?)
※事前に友達が書いたものを家庭学習で読む活動を行い、クラス全員の経験を共有している。

T 道徳日記で書いてくれたものの中から、みんなが共感してくれそうなものを持ってきたよ。紹介させてね。
C いいよ。
C 読んだ、読んだ。

教師が事前に選出した道徳日記の写真を黒板に貼り、共有する。
共有した日記は以下の6枚である。

1枚ずつ提示しながら、共感したことや、似たような経験を引き出せるよう子どもたちと対話をしていった。その後、学習テーマづくりに進んだ。

T こうやってみんな許せなかったことを書いてくれたんだけど、○○さんは、今振り返った時に、「今度からは許して仲よくしたいです」って書いているね。こんなふうに、許せない経験でも可能ならばわかり合ったらよかったな、と思ったことある?
C うん。
C わかり合うことって大切。
T そうなんだ。なんで? どんどんしゃべっていいよ。
C 人が思っていることがわかるから。
C わかり合うことで、今はわからんけど、「この子はこんな子なんや」ってわかってくるから。
T それがわかったらどんないいことがあるの?
C わかり合っていったら、「こういうことが好きやからこういうプレゼントあげようかなぁ」とか、相手の好きなもの嫌いなものがわかるから、そのために行動できる。
C 人間関係がつながってくる。
C わかり合うことで、友達ができる。
T 友達が増える、人間関係がよくなるってことね。
C わかり合うことで何か人の気持ちがわかって、その人はこう言われたら傷つくなとかがわかるから、傷つけることが減っていく。傷つけにくい。
T なんとなく言おうとしてることわかる?
C わかる。
T じゃあさ、人はいつでもわかり合うことって必要なの?
C ときには。
C いつでもかはわからない。
T なるほどね。では今日はこれをテーマにしていこうか。
T 学習テーマ「人はいつでもわかり合うことは必要なのだろうか。」と黒板に書く。
C 先生、ちなみに○○さんは日記でみんなと違うこと書いていたよ。ぼくも、許せないってなったことはないけど、それと同じで、○○さんは「寝たら全部忘れてしまう」って。
C そうそう。許せなかったことないっていうのがあったね。
C あったあった。

(考察)

子どもたちは導入時、わかり合うことの良さを良好な人間関係のためと捉えていた。そのような現時点での捉えを揺さぶり、考えを深めるために上記の学習テーマを設定した。当たり前のことと思っていたことをあらためて問われ、「いつでもかはわからない。」と発言したことから、深く考えていなかった自己に気付き、これからの学習への意欲を高めていた。
友達の日記の内容に共感し、似た経験を生き生きと語ったり、教師が黒板に提示したもの以外の興味をもった日記について、子どもの側から投げかけがあったりする場面があった。このことから、子どもたちは自分たちの生活につながる事柄や、まだ経験していなくともこれから経験する可能性がある事柄には非常に高い興味関心をもち、自分事として学びを形成していくことが分かった。

教材を読んだ後の感想から問題点に焦点化した後、よし子とえり子の違いについて話をしていく場面。

T この話はみんなの感想でもあったけど、よし子さんとえり子さん両方イライラしているよね。同じように見えるんだけど、先生は大きな違いを見つけた。みんなはわかるかな。よし子さんとえり子さんの違いは何だろう。
C えり子さんはよし子さんに1度謝ろうとしている。
C でも、よし子さんはそれを聞こうとしない。
T そう、話を聞こうとしなくて、えり子さんはイライラしているのに、謝ろうすることができたんだよね。ここわかる?
C わかる。
T お互い、同じようにイライラしているのに。なぜだろう?
C よし子さんはえり子さんが家に帰ってからゲームしたり漫画読んだりしていたと考えたからじゃないかな。
C 勝手に思い込んでいたってこと?
C うん。自分がゲームしていたからとか漫画やっていたかなとか思い込んでいたら、話を聞こうともできなくならない?
T なるほど。
C 事情があったから、えり子さんは謝ることができた。えり子さんにも急にお使いを頼まれたっていう事情があったから遅れたって。
C それでレジが混雑していたこともあったから。
C 事情があったら許せる。事情があったら謝れる。
T ○○さんが言っていること、わかる? そんな感じ?
C うん。
C 事情によるかなあと思っていて、○○が言ったように、ゲームとかだったら許せないけど、急にできた用事とか、仕方ない事情があったら許せる。
C よし子さんはずっと思い込んでいたから。事情がもし、何かいい事して遅れたとかやったら許せるかもしれないけど、でもよし子さんは既に思い込んでしまっているから。だから話すら聞いてくれない。
T ということは思い込み、相手が悪いと思い込んでいるって言うのが問題か。で、自分は悪くないっていう思いが、「相手が悪い」という思い込みにつながるということだね。
T これ、プラスの感情、マイナスの感情?
C マイナスの感情。
T マイナスの感情は黒板に何色で書いておく?
C 青色。
T では、青丸つけとくね。
C えーっと、よし子さんの、「自分からピアノ教室に誘っておいて電話もかけてこないし、広場へも来ないなんて。」って、それは思い込みやなぁ。
T 今、思い込みのことをつないでくれたんだ。
T この中で(日記)思い込んでしまっているなーって話はあるかな?
C ○○ちゃんのがそう。
T これか。友達がびっくりさせたけど相手が悪いと思い込んでいるかもしれへん、ってやつね。
C あーなるほど。友達はほんま仲よくなりたくてやっているかもしれへんけど、でも自分は嫌な気持ちして、相手が悪いって思いこんでいるってことか。
T あぁ、似た経験あるんだ。
T なるほど。よし子さんの気持ちはわかってきたね。では、えり子さんの方はなぜ謝ることができた?
T 特にこの○○さんとか○○さんの書いた日記はえり子さんの思いに近いんじゃない? なんで謝ることできたんだろう。
C また自分が悪いって思っているから謝ろうと思った。
C 自分が悪かったから。
C 自分も悪いかなって思っているから謝れたのかな。
T 自分も悪いと思えているんだ。
C ちゃんと自覚している。
C よし子さんは全部えり子さんの責任にしていたけど、えり子さんはそうしてない。
C 全責任はえり子さんにある。
T よし子さんは、全責任を相手に押し付けたんだ。
C 1番最後によし子さんが、えり子さんの話を聞いてくれたら「あぁそういうことがあったんかって許す感情」が出てくんねんけどそれを聞こうともしないから出てこないねん。
T 聞こうともしないというのも問題なんだ。
C この今の問題さ、○○さんのアイスの話と似てる。この「許せなかった」のことにつながってると思う。このアイス事件は全部お父さんが悪いって思い込んでいるから。
C わかる。
T じゃあ、みんなの生活でも思い込みって結構あるんだね。先生もドッキリとしちゃった。
T でも、思い込んでてもいいんじゃない? 話聞かなくてもいいんじゃない?
C ダメでしょ。あかんでしょ。
T 即答されました。悲しい。何でだろう。
C なんかさ。仲が悪くなってさ、二度と口をきかなくなったりする。
C ぼく、よし子さんの悪いとこばっか頭にあるわ、よし子さんの悪いところめっちゃ感じちゃう。
C ぼくはそこまで悪いと思わへん。
C これまでの話を聞いてたけど、なんだかえり子さんも怒ってる気持ちあるけど、よし子さんとまだ仲よくしたい気持ちもあったから、謝れたんじゃない?
C 確かに。
C 教科書を見てたら、えり子さんの1つだけ悪いところ見つけた。「私から後で電話することにした」って約束したのに、それを守れなかった。
C 勝手に思うだけじゃなくて、相手に言わないといけない。
C なんか後で分かってくれるやろうって思うんじゃなくて、ちゃんと自分で言わないといけない。言わないと伝わらない。
C 話聞こうとしないと仲よくなれないから、やっぱ自分から聞くのも大事っていうことだな。
T 話を聞いたら、必ずわかり合えるの?
C そうとも限らん。
T わかろうとしたら、わかり合える?
T 色々話をしたそうだね。ペアで話をしてみようか。

(ペア活動)

C この人の疑問が解決できなければ、多分わかり合うことはできない。
T では、これは解決できないんだ。
T わかろうとするとわかり合おうとするっていう言葉がここまで出てきてるんだけど、この言葉の意味の違いわかる? わかる、わかり合う、どっちが先?
C わかろうとして、わかり合う。
T あってる?そんな感じ?
C うん。
T わかろうとする。まぁ話を聞こうとするっていうことだね。その後わかり合う。か。他に話をしていた人で何かある?
C わかり合える時はわかり合えて、わかり合えない時はなんかまだ怒ってる感じ。
T わかろうとはできるけど、結果としてわかり合えない時もあるってことだね。例えばわかり合えないことって、どんなこと?
C ここのペアで言ってたんだけど、外国って家に土足であがったりするやん。そんなふうに文化が違ったりしたらわかり合えないかもしれない。
T ああ。文化の違いとかやったら受け入れられないことがあるかもしれないということか。
T 今日から土足で家入っていいよって言われたらどう?
C やったります。
T なるほど、あなたはわかるけど、あなたはわかり合えないってことか。面白い。このクラスの中でもそれぞれあるんだね。
C 剣とか銃を持っていっていいとか。
T それも文化の違いであるね。
C ぼくはわかり合えるけど。
C 前に授業でやった個性みたいなことでも言えるかも。家族の個性っていうか。家族によっては例えば私の家は目玉焼きに醤油かけるけど、友達の家ではマヨネーズみたいな。
C 砂糖大さじ2。
T めっちゃ細かいね。さすが料理家。
T 個性によってもわかりあえないこともあるってこと?
C うん。
C 先に自分が謝ろうとしても、相手が聞かなかったらわかりあえないし、相手に伝わらなかったら意味ない。
C だからまずわかろうとしないと意味がない。
T こういう→ってこと?(板書に矢印を書き込む。)

(考察)

初めは道徳日記や自分たちの経験と教材の話合いをつなぐための働きかけを教師から積極的に行っていた。それらを重ねることで、生活経験とのつながりがあることへの気づきが芽生えている様子があり、子どもからも「今の話は日記の○○と似ている。」という声が上っていた。そのことから、子どもは教材の内容についての話し合いをしつつも自分たちの経験と重ねたり、つなげたりしながら話を進めていた。つまり、教材の話をもとに自己の生き方へ内省的な視点を向けて考えることで、話し合いの内容が自分事となり自己の生き方についての考えを深めることにつながっていた。
子どもたちは、よし子とえり子の違いからわかり合う時に必要な寛容の心や謙虚さ(思いこみをせず、そのためには自分が悪いかもしれないという思いをもつことも大切だということ)について自分たちの経験と重ねながら話をしていた。そして話を進めるうちに、「そもそも話を聞こうとしなければ意味がない。」と発言があったように、自然と主題「わかろうとすること」について考える文脈が生まれていた。

【中心発問】

◎ もし初めから仲よくならなくていいと思う相手とか、この人とは人間関係がよくならなくてもいい、っていう相手だったら、わかろうとしなくていいのではないだろうか?
C いやいや、必要。
C 最初は仲がよくないけど、仲をどんどんよくするために必要。
T あーって言っているけど何に言ってるの?
C 可能性にかけるみたいな。
C 可能性あるのに、挑戦しないのはおかしいやろ、みたいな感じ。
T なんで? わかろうとしたら大親友になるの?
C 大親友とかはならなくてもいいんだけど……。
C もしかしたら話してみたら、気があったりするかもしれへんから外見とかそういうので判断したら仲良しになれるかもしれないのになられへんじゃん。だからダメ。
C ぼくと○○君みたいに「可愛いもの好き」みたいなことが話したらわかるかもしれん。
C やっぱりもっと友達とか増やしたい子もおるだろうし、例えば中野先生とか実習の先生とかと仲よくなるときにやっぱりなんかこの人こうやなぁって分かっていくと仲よくなれる。趣味とか好きなものが合わないとしても、またそこから同じ趣味を見つけていけばいいし、好きじゃなくても体験してみたいとぼくは思う。
C なんかさー、新しい挑戦もできる。
C 仮に好みとかが違うかったとしても、違うものに触れて、新しいことに踏み出せるかもしれへんてこと。可能性広がる。
C そう、それがわかろうとするにつながるってこと。
C やってみたらなんかめっちゃ楽しかったっていうような。友達がハーモニカをやってて、それをやってみたらめっちゃ楽しかったっていうのがぼくもある。
T ○○さんは、その時に、まずわかろうとしたってこと?
C YouTubeとかでも同じのありそう。それをやって挑戦してみようみたいな。
C 流行が広がる。
C やりたいこととか。
C 自分の趣味になって、自分の趣味が広がる。
C 自分の個性が周りに広がる。
C 周りに個性が広がっていく可能性がある。
T みんなでも結局これが人間関係につながるみたいなこと言ってるね。
T でもさっきあったようにわかり合えないことってあるよね。仮に絶対にわかり合えないってとき。その場合はどうする?
C それでもいる!!
C 例えばAくんは中遊びが好きで、B君は外遊びが好きとして、それをわかろうとするんやったら、最初はこの遊びにしよう、その後はこの遊びにしようってどっちの思いも大事にしていってあげるとわかり合えていくんじゃないかな。
C そう。どっちも大事にしたらいい。
C 仮に意見が合わなくてもどっちもしたらいいんじゃん。
C そうそう。
T それは分かった。今のはわかり合える可能性があるかもしれないって思っているパターンでしょ? でも、絶対にわかり合えないって仮にわかってたらわかろうとしなくていいんじゃないの?
C 違う。
C やっぱりわかり合おうと思わなければ友達減っていくんです。そういう感じ。
T 今は自分の周りにあるものがどんどん減っていくって感じかな?わかり合おうとしないと。
C うん。クラスのみんながどんどんこっちに寄っていく感じ。(自分から離れているジェスチャーで表現する。)
C 友達が減るから。自分の個性を変えるんじゃなくて、例えば、さっきのA君が外遊び好きで、B君が中遊び好きの例やけど、それが違うなってなったらどちらかに合わせるのではなくて、また違う遊びを見つけたらいい。
C あぁ。三つ目の。
T 個性は変えなくていい。つまり合わせなくても良いってこと?
C そう。
C 一個から二個、二個から三個、三個から四個、にしたらいいねん。
T なんだかかっこいい名言ができたな。
C 名言かざろう。
T 「なかったら作るねん。」 by 5年1組。
T 一から二個、二個から三個にしてあげるってことね。
T じゃあ、最後テーマについてペアで話をして終わろうか。

(ペアでテーマ「いつでもわかり合うことは必要か。」について話す。

(考察)

中心発問として「もし初めから仲よくならなくていいと思う相手や、この人と人間関係はよくならなくていいという相手だったらわかろうとしなくていいのではないだろうか?」と投げかけた。これは、子どもたちの「わかろうとすることが大切だ」という価値観に対して別の状況設定を比較材料として出すことで、価値観を揺さぶり、わかろうとすること(相互理解)について深く考え直すことを意図したものである。子どもたちは、「わかろうとしなくても良いことも認められるような状況であっても、わかろうとすることが大切だ」と言い切り、その理由を一生懸命自分たちなりの言葉で表現していた。結果として下線部のように主題に設定した「わかろうとすることの意味」を自分たちで見出すことにつながっていた。

6.板書例

7.授業への工夫など

(1)教材の問題を自分事として考えるために、事前に教材に似た場面を道徳日記に書く工夫
 教材内での話し合いを自分事として考えていくことができれば、より実生活に結び付いた学びになり、生き方について考えを深めていくことにつながる。しかし、子どもたちの中には、教材から具体的な経験を想起できない子どもがいる。結果、どうしても抽象的な話し合いに終始してしまう場合がある。そうすると教材から離れて自己を見つめ考えることができない。そこで、事前に道徳日記として、相手をわかろうとすることができなかった経験を書く活動を設定する。また、友達が書いた日記の内容を事前に共有しておく。そうすることで、教材に出合ったときに具体的な場面が想起され、教材の内容を自分事として考え、主体的に話し合っていく手がかりにしたい。

(2)価値理解を深めるため、子どもたちが想起した具体的場面である個別の状況下を展開内で問う工夫
 道徳的価値の捉え方は、立場や状況により変わることがある。このことから、教材内の一事例のみで考えるよりも、いろいろな状況下で考える方が、様々な見方で道徳的価値を捉えることができるため、価値理解が深まる。事前に日記に書かれた子どもたちの経験は教材とは異なる様々な状況が描かれている。教材内の出来事から主題に関わる話し合いをする際に、導入で活用した子どもの道徳日記を数枚掲示し、比較しながら違いを問うていくことで、価値理解が深まる対話ができるようにした。
 これは、導入と展開を自分事での学びでつなぐ一つの手立てとなり得ると考える。

8.考察

本実践は自分事の学びをデザインしていくために、道徳日記を活用した。教材と似た場面を授業前に個人で想起したこと、また友達の日記内容を共有しておくことで授業内の話し合いの際には日記内容と教材の話し合いを結びつけることができていた。それは授業内の子どもの発言と主体的に話し合いに参加する姿から見取ることができた。また、道徳科の授業では、道徳的価値に関する話し合い(意義や意味)になればなるほど話が抽象化する傾向になり、話し合いが噛み合わなくなることが課題としてある。今回の手立てに用いた道徳日記では、[相互理解、寛容]に関わる具体的な場面を多数共有していたことで、抽象的な話し合いの際の理解の助けになっていた。
今回は授業内の話し合いと自分たちの経験を往還させる実践として、道徳日記を用いた初めての試みであった。そのため、教師から「今の話し合いはみんなの日記と重なることがある?」などといった働きかけを多く行った。授業内で次第に子どもから日記の内容とつなぐ場面も出ていたものの、中心発問以降は日記内容とつなぐ姿は見られなかった。これは子どもたちの中に学び方として積み上がっていないことが理由として挙げられる。継続的に手立てとして取り入れることで、子どもたちは教材での話し合いを生活経験と結びつける学び方を学んでいくだろう。そして次第に「道徳科の学びは自分たちの生き方につながっているのだ。」と実感し、道徳科を学ぶ意義を高く感じる子どもたちの姿につながっていくだろう。今後もこの取り組みを継続していきたい。

「青の洞門」(第6学年)

1.主題名

心が心を動かす D[感動、畏敬の念]

2.教材名

青の洞門(東京書籍)

3.主題設定の理由

(1)ねらいとする価値について
 人は、相手が精一杯取り組む場面や自分の可能性に挑戦する姿を見た時に心を打たれることがある。また相手を思いやる心や優しさに触れた時、素直に感動する心をもっている。
 高学年になると、人間の力を超えるようなことに挑戦する姿勢や人の心の美しさに目を向けられるようになる。人の心や行為の素晴らしさを素直に受け止め、尊敬や畏敬の念を深めることで、自分の在り方を見つめるきっかけとなる。
 今回の学習を通して人のために尽くす心や姿に、素直に感動したり尊敬したりする心を育てたい。さらに自分の在り方を考える機会としたい。

(2)児童の実態について
 「手品師」の学習では、「どんなにうれしい話でも最初の約束を守った主人公を見て、自分も最初の約束を大切にしていきたいと思った。」と人の心がもつ誠実さに気づき、自分の生活と結び付けて考える姿が見られた。また、「主人公が男の子を優先することが優しくて、すごいと思った。」という記述が多く見られた。他の道徳の授業でも、登場人物の心の優しさや思いやりに目を向けて考える児童が多い。
 今回の学習を通して、人のために尽くす心に加えて、人の力では達成が難しいと感じる目標にも立ち向かう気持ちや最後まで諦めない心などの、人間がもっている様々な心に触れさせたい。そして、その思いが偉業を成し遂げることに繋がり、人の心を大きく動かすことがあることに気づかせたい。

(3)教材について
 菊池寛の「恩讐の彼方に」を原作とする教材である。罪を償う旅をしていた了海は、多くの人が命を落とさないように絶壁に道を通すことを目指す。そこに了海が殺した主人の息子、実之助が敵討ちに来る。しかし石工達に止められる。実之助は隙を狙って了海の命を狙うが、一心に槌ふるう了海の姿を見て完成まで敵討ちを待つ決心をする。1年以上かけて完成した時、実之助は了海の手を握りしめ、二人は感激の涙にむせびあう。
 21年の歳月を、道を通すために費やす了海の気高い心に触れ、復讐心を忘れて感激する実之助の気持ちを考えることを通して、人の心や姿に素直に感動する心を育てたい。

4.研究主題~確かな学力を培い、たくましく生きる力を育む道徳授業の創造~との関連

(1)教材を理解しやすくするための取り組み
 教材の時代背景を先に説明して登場人物の関係を理解することで、心情を考えやすくする。また、出てくる言葉の意味を確認したり、道具の実物を示したりして教材理解の一助としたい。教材提示はBGMを用いながら語り聞かせることで、教材の世界に浸れるようにする。

(2)児童の発言を生かす
 児童の発言を予想して、あらかじめ価値項目に合わせた分類を考えておく。児童の思考が深まるように補助発問を用意して、ねらいに迫れるようにする。また、板書計画に児童の発言を記録しながら整理して、児童が理解しやすい板書を目指す。

(3)自己を見つめる時間
 感動した経験を振り返りやすくするために、ワークシートの発問に登場人物の「実之助のように」という言葉を入れて、児童が今日の授業を思い出しながら、自分の経験を記入できるように工夫した。また、感動した時の心情を「心がじーんとした」という言葉でも表現することで、児童が経験した心の動きを感じられるようにした。
 【ふり返り】の4項目は毎時間同じ内容で、児童に授業の振り返りをさせている。書くことが苦手な児童もこの欄は記入することができている。さらに、授業によって児童が描く顔の表情が変わるため、教師自身が授業を振り返るときにも生かすことができている。

クリック or タップでPDFが開きます。

※本実践は、町田市内小学校在籍時、同市の道徳教育研究会における研究をベースに取り組んだものである。

5.教材分析

場面

登場人物の心情
<考えられる発問> ・予想される児童の反応

関連する価値

①1~14行目
了海が山国川を訪れ、水死人に念仏を唱える。

村人
可哀そうだ。成仏してほしい。
了海
年に何人も亡くなる鎖渡しを何とかしたい。

D[生命の尊さ]

②15~32行目
了海が鎖渡しを通る。そして大絶壁に道を通す決心をする。

了海
鎖渡しで命を落とす人を救いたい。人の役に立ちたい。ようやく自分が追い求め続けていたものを見つけた。

D[生命の尊さ]
B[親切、思いやり]
A[希望と勇気、努力と強い意志]

③33~35行目
了海は道を作るため寄付を求めて、村を歩き回る。

了海
道を作るために力を貸してほしい。
村人
道を作ることは不可能だ。無理な計画だ。

D[生命の尊さ]
B[親切、思いやり]
A[希望と勇気、努力と強い意志]

④36~39行目
了海は岩壁に第一の槌を振るった。

了海
少ししか進まない。この計画は無理かもしれない。でも諦めるわけにはいかない。

A[希望と勇気、努力と強い意志]

⑤40~48行目
主人殺しの大罪を犯した了海が僧となり、諸国を巡り歩く。

了海
自分が犯した罪を少しでも償いたい。世のため、人のために力を尽くしたい。自分にできることは何だろうか。そのために旅をして探し続けよう。

D[生命の尊さ]
B[親切、思いやり]

⑥49~53行目
了海は岩壁の側に小屋を建て、槌を振るい続ける。村人は寄り付かなかった。

了海
毎日少しずつでも取り組んでいくぞ。いつか道を通すことができるだろう。
村人
絶対に無理だ。関わりたくない。

D[生命の尊さ]
A[希望と勇気、努力と強い意志]

⑦54~61行目
了海は15mほど掘り進め、村人は石工を雇った。

了海
少しずつだが進んできた。いつか道ができると信じて、続けるぞ。
村人
道ができるかもしれない。手伝おう。

D[生命の尊さ]
B[親切、思いやり]
A[希望と勇気、努力と強い意志]

⑧62~64行目
石工はいなくなり、了海だけが掘り続ける。

了海
自分は諦めないぞ。人の役に立ちたい。
村人
やっぱり無理だ。手伝うのをやめよう。

D[生命の尊さ]
B[親切、思いやり]
A[希望と勇気、努力と強い意志]

⑨65~74行目
18年もの間、了海は槌を振り続けて半分まで進んだ。村人は再び石工を集めた。

了海
半分までできたぞ。先は長いが頑張るぞ。
村人
一人で半分も進めた了海はすごい。この前は辞めてしまって申し訳なかった。手伝おう。

D[生命の尊さ]
B[親切、思いやり]
A[希望と勇気、努力と強い意志]

⑩75~85行目
了海が殺した主人の息子、実之助がやってくる。実之助は敵討ちの旅の苦労が報われる時を迎える。

実之助
ようやく了海に会える時がきた。岩壁を掘り続けるような奴はきっと強いだろう。負けられないから、しっかり準備をしよう。

D[生命の尊さ]
C[家族愛、家庭生活の充実]

⑪85~96行目
実之助は人間とは思えない姿をしている了海に会い、張り詰めていた気持ちが怯む。しかし敵を討つ宣言をする。

実之助
このような弱々しい人を殺して良いのだろうか。しかし父を殺された悔しさは忘れられない。中川家の将来がかかっているから殺す。

<発問①>
「父のかたき、かくご!」と言った時、実之助はどのような気持ちだったのでしょう。
・ようやくこの日がきた。これで父の思いを晴らすことができる。
・よくも父を殺したな。やっと敵を討てる。
・お前のせいで、中川家がなくなったのだ。許せない。絶対に殺してやる。

D[生命の尊さ]
C[家族愛、家庭生活の充実]

⑫97~100行目
了海は殺される覚悟を決めた。

了海
道を通したかった。自分が罪を犯したから、ここで切られるのだ。仕方がない。

D[生命の尊さ]

⑬100~106行目
石工達が了海を殺すのをとめる。実之助は仕方なく引き下がる。

石工
了海に最後まで完成させてほしい。
実之助
気持ちが揺らいでしまったことが悔しい。隙をみて了海を殺すぞ。

D[生命の尊さ]
C[家族愛、家庭生活の充実]

⑭107~124行目
数日後の夜更け、実之助は敵討ちに向かう。しかし了海が振るう槌の音と念仏の声に決心が打ち砕かれる。。

了海
絶対に道を通すぞ。自分はどうなってもいい。世のため、人のために尽くすのだ。
実之助
どうしてそんなに続けられるのか。一心に槌を振るう姿がすごい。今、殺してはいけない。

<発問②>
槌を振るい続ける了海の姿を見た実之助はどのようなことを考えたのだろう。
・了海が精一杯槌を振るう姿がすごすぎる。道を通そうとする強い思いが伝わる。
・殺してはいけない気がしてきた。
・でも父の敵は討たないといけない。

D[生命の尊さ]
B[親切、思いやり]
A[希望と勇気、努力と強い意志]

⑮125~131行目
実之助も石工達に交じって働き始める。了海と実之助が並んで槌を振るう。

了海
道を完成させたい。絶対に成し遂げる。
実之助
1日も早く完成させて、敵を討つぞ。

D[生命の尊さ]
B[親切、思いやり]
A[希望と勇気、努力と強い意志]

⑯132~141行目
了海が槌を振るった時、小さな穴から山国川の流れが見えた。了海から泣き笑いが起こる。

了海
ようやく山国川の流れが見えた。自分の願いが叶った。何年もかかったが、成し遂げられて本当に嬉しい。諦めなくて良かった。

D[生命の尊さ]
A[希望と勇気、努力と強い意志]

⑰142~146行目
了海は実之助に山国川の流れを見せた。二人は手を取り合って喜びの涙にむせんだ。

実之助
山国川が見える。夢みたいだ。
二人
21年間も続けてきて、本当に大変だったが、やりがいがあった。できないと思っていたことが達成できて嬉しい。

A[希望と勇気、努力と強い意志]

⑱147~151行目
了海は実之助に自分を切るように伝える。

了海
このような願いを達成できた日に死ぬなら幸せだ。敵として自分を切ってほしい。

D[生命の尊さ]

⑲152~166行目
実之助は復讐心よりも偉大な事業に対する驚きと感激で胸がいっぱいになる。再び了海の手を取り、感激の涙にむせびあう。

実之助
このようなことが、人の手で達成されたことが凄すぎる。父の敵よりも、今は道が完成した喜びを一緒に分かち合いたい。

<中心発問>
再び了海の手を取り、固く握りしめているとき、実之助はどのようなことを考えていたのだろう。
・長い時間をかけて、続けてきたことに感動した。
・了海の手でこのような大きなこと成し遂げられたことがすごい。
・父の敵を討つことよりも、一緒に取り組んで道が通った喜びを分かち合いたい。

D[生命の尊さ]
B[親切、思いやり]
A[希望と勇気、努力と強い意志]

6.本時の学習

(1)ねらい
 実之助が、了海の長い年月をかけて道を通した姿を見て、復讐する気持ちを超えて心を動かされたときの思いを考えることを通して、人の心や姿に素直に感動する心情を育てる。

(2)展開の計画

学習活動
○主な発問 ◎中心発問 ・予想される反応

◇指導上の留意点 ●評価


1 実之助の立場を説明して、教材への導入を図る。
○実之助の父が了海に殺されたことについて
○江戸時代の敵討ちについて
○青の洞門と洞門を掘るための道具について

◇登場人物の関係や時代背景を簡単に説明する。
◇青の洞門の写真と槌とのみの実物を見せる。


2 教材「青の洞門」を読み、話し合う。
○「父のかたき、かくご!」と言った時、実之助はどのような気持ちだったのでしょう。
・ようやくこの日がきた。これで父の思いを晴らすことができる。
・よくも父を殺したな。やっと敵を討てる。
・お前のせいで、中川家がなくなった。許せない。絶対に殺してやる。

◇BGMを用いた語り聞かせを行う。

○槌を振るい続ける了海の姿を見た実之助はどのようなことを考えたのだろう。
・了海が精一杯槌を振るう姿がすごすぎる。道を通そうとする強い思いが伝わる。【D感動、畏敬の念】
・殺してはいけない気がしてきた。【D生命の尊さ】
・でも父の敵は討たないといけない。【葛藤】

◇槌とのみを振るう姿を教師が動作化する。
◇了海のどのような姿に実之助の決心が揺らいだのか、また実之助の敵討ちに対する葛藤を考えられるように、必要に応じて補助発問をする。

◎再び了海の手を取り、固く握りしめているとき、実之助はどのようなことを考えていたのだろう。
・長い時間をかけて道を作り続け、成し遂げたことに感動した。【A希望と勇気、努力と強い意志】
・父の敵を討つことよりも、今は喜びを分かち合いたい。このような偉業を成し遂げた了海には生きてほしい。【D生命の尊さ】
・了海の手で、このような大きなことを成し遂げられたことがすごい。【D感動、畏敬の念】

◇隣同士で話し合う時間を設けて、自分の考えを整理する時間をとる。(3分程度)
●了海の思いや姿を見た実之助の復讐する気持ちを超えて心を動かされたときの思いについて、考えを広げたり深めたりしている学習状況を把握する。【観察、記録】

3 人の心や姿に感動した経験を振り返る。
○実之助のように人の心や姿から、心がじーんとしたり、感動したりしたことはありますか。
・テレビで、治らない病気と言われていても治そうとお医者さんや看護師さんが頑張っていて感動した。
・スポーツ選手が頑張って、成果を出している姿を見てすごいと思った。自分も諦めそうになった時に、そのことを思い出して頑張れた。

◇ワークシートを活用する。
●自分との関わりの中で、人の心や姿に素直に感動した経験について振り返り、考えを深めている学習状況を把握する。【ワークシート、記録】


4 教師の説話を聞きながら、本時の学習を振り返る。

◇教師が人の心や姿勢に感動した経験を話す。

(3)1組の児童の反応

学習活動
○主な発問 ◎中心発問 ・予想される反応

◇指導上の留意点 ●評価


1 実之助の立場を説明して、教材への導入を図る。
○実之助の父が了海に殺されたことについて
○江戸時代の敵討ちについて
○青の洞門と洞門を掘るための道具について

◇登場人物の関係や時代背景を簡単に説明する。
◇青の洞門の写真と槌とのみの実物を見せる。


2 教材「青の洞門」を読み、話し合う。
○「父のかたき、かくご!」と言った時、実之助はどのような気持ちだったのでしょう。
・やっと敵を討てる。殺してやる!
・探し続けた人にようやく会えた。
・悲しみや憎しみ、恨みの気持ちがある。

◇BGMを用いた語り聞かせを行う。(教科書は見ずに)
◇実之助の悲しみや了海に対する憎しみなどを考え、人間理解に繋げる。

○槌を振るい続ける了海の姿を見た実之助はどのようなことを考えたのだろう。
・年をとっているのに掘っていることがすごい。
・ずっと掘っているから、ごめんなさいという気持ちが伝わる。
・手伝って完成したら殺そう。

◇槌とのみを振るう姿を教師が動作化する。
◇了海のどのような姿に実之助の決心が揺らいだのか、また実之助の敵討ちに対する葛藤を考えられるように、必要に応じて補助発問をする。

◎再び喜びを分かち合いながら了海の手を取り、固く握りしめているとき、実之助はどのようなことを考えていたのだろう。
・よくやった。
・一生懸命村のためにしてきたことがすごい。
・許そう。
・二人の気持ちが打ちとけた。「道を通すぞ」という目標を達成した気持ち。

◇隣同士で話し合う時間を設けて、自分の考えを整理する時間をとる。(3分程度)
●了海の思いや姿を見た実之助の復讐する気持ちを超えて心を動かされたときの思いについて、考えを広げたり深めたりしている学習状況を把握する。【観察、記録】

3 人の心や姿に感動した経験を振り返る。
○実之助のように人の心や姿から、心がじーんとしたり、感動したりしたことはありますか。
・夢のために頑張っている人。
・人と人とのつながり。人の心の強さ。
・応援したくなるような人。

◇ワークシートを活用する。
●自分との関わりの中で、人の心や姿に素直に感動した経験について振り返り、考えを深めている学習状況を把握する。【ワークシート、記録】


4 教師の説話を聞きながら、本時の学習を振り返る。

◇教師が人の心や姿勢に感動した経験を話す。

(4)2組の児童の反応

学習活動
○主な発問 ◎中心発問 ・予想される反応

◇指導上の留意点 ●評価


1 実之助の立場を説明して、教材への導入を図る。
○実之助の父が了海に殺されたことについて
○江戸時代の敵討ちについて
○青の洞門と洞門を掘るための道具について

◇登場人物の関係や時代背景を簡単に説明する。
◇青の洞門の写真と槌とのみの実物を見せる。


2 教材「青の洞門」を読み、話し合う。
○実之助が「父のかたき、かくご!」と言った時、どのような思いが込められていたのでしょう。
・やっと敵が討てる。これで心が楽になるかも。お父さんの敵が晴らせる。
・これで中川家が復活するかもしれない。

◇BGMを用いた語り聞かせを行う。(教科書を見ながら)
◇実之助の悲しみや了海に対する憎しみなどを考え、人間理解に繋げる。

○槌を振るい続ける了海の姿を見た実之助はどのようなことを考えたのだろう。
・何でここまでやるのだろう。頑張れるのだろう。
・それは了海のためになるのだろうか。
・反省している気持ちが伝わる。
T「父のかたき、かくご!」と言った時の気持ちはなくなっている?
・忘れてはいない。でも苦労している気持ちは分かる。

◇槌とのみを振るう姿を教師が動作化する。
◇了海のどのような姿に実之助の決心が揺らいだのか、また実之助の敵討ちに対する葛藤を考えられるように、必要に応じて補助発問をする。

◎再び了海の手を取り、固く握りしめているとき、実之助はどのようなことを考えていたのだろう。
・やっとここまできた。
・21年間もの間続けてきたことがすごい。
・やったー!一緒に作ったことに対する思い。
・殺さなくてよかった。
T実之助の思いを変えたのはどんな心?
・了海の頑張り。真意。みんなのために取り組む気持ち。

◇隣同士で話し合う時間を設けて、自分の考えを整理する時間をとる。(3分程度)
●了海の思いや姿を見た実之助の復讐する気持ちを超えて心を動かされたときの思いについて、考えを広げたり深めたりしている学習状況を把握する。【観察、記録】

3 人の心や姿に感動した経験を振り返る。
○実之助のようにだれかの人の心や姿から、心が温かくなったり、「すごいな」と感動したりしたことはありますか。
・一生懸命に取り組んでいる人がすごい。
・失敗しても諦めない人がすごいと思う。自分も頑張ろうと思う。

◇ワークシートを活用する。
●自分との関わりの中で、人の心や姿に素直に感動した経験について振り返り、考えを深めている学習状況を把握する。【ワークシート、記録】


4 教師の説話を聞きながら、本時の学習を振り返る。

◇教師が人の心や姿勢に感動した経験を話す。

(5)板書計画

<参考>
○事前におさえたい内容

実之助の父が了海に殺されたことについて
主人殺しの罪

江戸時代では、親殺し以上の凶悪な犯罪であった。のこぎり引きの上、磔の刑となる。また殺された家も家事不取締(自分の家の名を汚した)として、所領が没収される。つまり家が亡くなることになる。中川家が亡くなった実之介は縁者(親戚)に育てられた。

江戸時代の敵討ちについて
敵討ち

原作は「恩讐の彼方に」という題名で、恩讐には「情けや恩と恨み」という意味がある。原作では仇討ちという表現を用いていて、親を殺した者を打ち取ることで、家の汚名を返上したことになる。敵討ちには一家再興(再構)の期待が込められている。

青の洞門と洞門を掘るための道具について
槌とのみ

人の手で成し遂げられた偉業だと感じさせるために、実物を示し、音を聞かせる。太いのみを用いると、良い音が出る。

理解が難しいと考えられる言葉
むせぶ

息を詰まらせて泣くこと。今回は喜びや感動で胸がいっぱいになって涙する。

敵討ち

人物の関係と江戸時代の背景を説明する時に伝える。

「すれちがい」(第5学年)

1.はじめに

 本教材を通して、友達と意見を交流し合い、その共通する思いや違いを理解することから、自分本位な考えのままでは問題は解決しないことに気づかせることが重要である。相手の立場や意見を尊重することのよさを十分に感じ取り、謙虚で広い心をもって相手に接していくことの意味を捉えさせたい。
 よって、本時の学習活動において、児童がいかに自分のもつ価値観を広げることができたか、その気付きや学びを道徳ノートに記し、確かな学びとしていくことが大切である。道徳ノートの在り方や板書において、ねらいに向けた児童の思考の整理をしっかりと行うことが求められる。

2.教材について

 自分と異なる立場や意見に対して、謙虚で広い心をもつことの大切さを感得させる学習である。自分と異なる立場や意見に対してどのように考えることが豊かな人間関係の構築につながるか、児童一人一人が自分との関わりの中で理解していくことが必要である。

3.実践報告

(1)主題名

相手の立場もたいせつに B[相互理解、寛容]

(2)教材名

「すれちがい」(出典:日本文教出版 令和2年度版『小学道徳 生きる力5』)
※参考:pp.140-141「すれちがい 学習の手引き」

(3)本時のねらい

 よし子とえり子のすれちがいの原因や、お互いを理解するために大切な気持ちを考えることから、自分と異なる意見や立場を尊重しようとする態度を養う。

(4)展開例

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点 ☆評価


1 日常生活での身近なトラブルについて話し合う。
○相手をなかなか許せず、嫌な気持ちになったことはありませんか。
・ある。約束をすっぽかされて、開き直ってしまった。今でも嫌な思い出として覚えている。
・ある。相手が悪かったのに仲直りのために自分から声を掛けた。複雑な思いだった。

◇相手の気持ちについて考えさせることで、ねらいとする指導内容への意識を高めさせる。



(前段)

2 教材を読んで考え、話し合う。
○よし子とえり子が、もとのように仲よくするには、どのような思いを大切にしていけばよいでしょう。よし子、えり子のどちらかの立場を選んで、自分なりの解決の方法を考えましょう。

◇道徳ノートを活用し、自分の意見をじっくりと整理するとともに友達の考えのよさについても捉えさせる。

よし子
・まずはえり子の話を聞いてあげる。
・あやまろうとしているえり子の気持ちを受け止める。
・一度約束を破ったとしても許してあげる。
・約束は全部自分で決めるのではなく、相手の立場を考えてから決める。
えり子
・スーパーでのことなど、まずは事情をよし子に話す。
・伝言メッセージを残せばよかった。
・事情があったことが伝わるまで、時間をかけてよし子に話をしていく。
・もしものことを考えて事前に約束をしておく。

◇児童によし子、えり子のどちらかの立場を選択させることで主体的に自分の考えをもたせる。

○「よし子」の立場で考えた人どうし、「えり子」の立場で考えた人どうしで意見を交流しましょう。

◇似ている意見や異なる意見、新たに気づかされたことなど、話し合う視点をもたせ、友達の意見から自分の意見をより深めさせる。

○次に、「よし子」の立場と「えり子」の立場で意見を交流しましょう。

◇事情があったとはいえ、相手の立場を考えていなかった二人の考えに気づかせる。

○わかっていても、相手の立場を大切にできないことがあります。それをのりこえて、たがいにわかり合うためには、どんな考え方が大切なのか、学級全体で話し合いましょう。

◇単なる方法論の話し合いに終始するのではなく、すれちがいや過ちは誰にでもあるもので、どのような心でいることが大切なのかを考えさせる。

・冷静に考えて、いま、何が問題なのかを考えることが必要。
・お互いに、相手の立場になって、相手の気持ちを理解していくことが大切。
・気持ちを切りかえて考えてみる。
・深呼吸をし、時間をおいて冷静になってよく考えてみる。

☆相手の立場を考えられる広い心をもつことの大切さを考えているか。(発言・道徳ノート)



(後段)

3 自分の生活を振り返る。
○広い心で相手の立場を大切にすることについて、自分なりの考えや思いをまとめましょう。

◇ふだんの生活や過去の経験を振り返り、これからの自分の生き方についてじっくり考えさせるようにする。

・感情的にならずに冷静に相手の気持ちを考えてやりとりを行っていくことが大切である。
・相手の悪いところばかりに注目するのではなく、相手がもつ良いところにも注目し、一緒に生活していくことを大切にしていく。
・言葉で気持ちを伝え合っていく。

☆自分と異なる人の意見や立場を受け入れようと、ふだんの生活を振り返り考えているか。(発言・道徳ノート)


4 教師の話を聞く。
○みなさんの思いを大切にして、これから出会う人々との関わりをよりよいものにしていきましょう。

◇導入に戻りながら、相手の立場を理解し尊重する姿勢をもつことが、自分たちの生活をより高めていくことについて語る。

4.板書例

5.考察

(1)導入時において、「相手を許せなかった経験」について問うが、児童自身が本時の課題を自分ごととして捉えられるように、事前にアンケートを取って児童の経験を把握するなどの工夫を行うとよい。
(2)学習の手引き 「問題をつかもう」において、課題の提示をしっかりと行うことで、本時の学習活動を確実に進行させることができる。
(3)学習の手引き 「問題について話し合おう」において、「よし子」の立場で考えた人どうし、「えり子」の立場で考えた人どうしで意見の交流をする際には、友達の意見を書き留めたいという児童もいた。道徳ノートにメモ書きをさせたいところであったが、先に自分の考えを書いており記入する場所に余裕がない場合があり、事前にメモ用紙等を用意しておく必要があった。道徳の授業では、書くことによって深く自分を見つめことができるので、日頃の授業でノートのまとめ方等をしっかり指導することが大切であると再認識した。
(4)それぞれの立場で考え意見を発表させる際には、より感情移入させるために「よし子」と「えり子」の顔のイラスト画を持って意見を述べさせるとよい。
(5)板書は、右から左へと記入していくだけではなく、二人の立場を黒板の左右に分けて書いていく対照的な板書の在り方なども有効である。
(6)この教材のように、様々な考えを交流し合いながら、自分の考えをじっくり整理させる必要がある場合、本時のねらいに即した詩・言葉・歌の紹介を行うなど、余韻を残す終末を設定するのもよい。
(7)児童自身が、友達との交流活動によって価値観を広げることができたと認識することも、本時では大事な他者理解であると考える。授業の最後に、道徳ノートの自己評価欄において、そのことを価値づけながら振り返らせるとよい。

6.まとめ

 本実践において、単なる方法論の話し合いに終始せず、相手の立場を考えられる広い心の大切さを考えることができるようにするためには、教師が、児童の等身大の意見を受容しつつ、問い返しを行ったり適切に判断を加えた意見を提案したりしながら、多様な他者との共存の在り方について考えられるようにしていくことが求められる。また、多様である「広い心」そのものの在り方を、児童とともに検討することも必要になるかもしれない。児童の発達段階に即し、建設的な学習活動を設定していく大切さを改めて感じた教材であった。

※本実践は前任校での取り組みをまとめたものである。