マヤ ― 天の心、地の心 ―

(c) Eric Black

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 もうかなり前、マヤ文明に魅せられた利根山光人という画家の「マヤ」という本を読んだ。重くて大きな本で、読むというより、見た、といった方が正確だろう。記憶が定かではないが、マヤの人たちの歴史や造形の巧みさを、多くの遺跡などの写真とともに紹介した本だったように思う。
 そんなことを思い出しながら、ドキュメンタリー映画「マヤ -天の心、地の心-」(ユナイテッドピープル配給)を見た。
 いま、マヤの人たちが、どのような環境で、どのように暮らし、何を信じ、何を考えているかが、あざやかに伝わってくる。映画の中に、何度も、マヤの人たちの世界観の基となる創世神話「ポポル・ヴフ」の一節が挿入される。冒頭は、「これは物語の始まりである。今なお物音も立てず、とても穏やかである。ひっそりと、静まりかえっている」。 
 海亀が泳ぐ。湖で小舟を漕ぐ人がいる。マヤの予言にはこうある。「マヤ暦の最終日に、川や海の色が変わり、神々が民を纖滅し、新世界を誕生させる」。
 マヤには、ツォツィル族、ツェルタル族、チョル族、マム族などが先住民として、主にメキシコ南部からグアテマラで暮らしている。映画では、多くのマヤの人たちが、自然の持つ偉大な力について語る。そして、スペインをはじめ、いろんな国によって、征服され、略奪された歴史を語る。グアテマラは、1960年から30数年、内戦が続いた。政府軍が、多くのマヤの人たちを殺害した。映画でも、その詳細が語られる。
 今なお、人種差別がある。メイドとして働いても、食事は立って食べる。若い女性が、内戦時、グアテマラからメキシコに逃げた話をする。マヤの指導者や大人たちは殺される。政府軍が道路を封鎖する中、子供たちは、森の中を通って逃げのびる。
 マヤ精神の指導員が、内戦を振り返る。「死体が道路のあちこちに。25万人の死者、行方不明者で、その多くはマヤ人だ」と。
 熱帯雨林が伐採される。干ばつが起こり、森は破壊される。ジャガーなどの動物もいなくなる。親たちは、森の伐採を認めないと殺される、と諭す。ある森などは、3分の2が破壊された。男性は、「長生きはしたくない、マヤで死を意味する、カヌーと亀の夢を見たから」と言う。

(c) Eric Black

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 かつて、一帯をスペイン人が侵略した。先住民は、山に逃げる。その山で、外国人が金鉱を発見する。再び追い払われる。マヤの人たちは、「精霊の山だから、むやみに山に触れない」と教えられる。しかし、グアテマラ政府は、山と金鉱を、他国籍企業に売る。金鉱からは、悪い空気が流れてくる。赤ちゃんや子供たちの皮膚に、赤い斑点ができる。金を掘るために、シアン化合物を使用しているかららしい。
 マム族の住む村で、初めての地域集会が開かれる。団結し、戦い続けようと呼びかける。
 教会で、子供たちが歌う。「もうすでに空気は汚染されてしまった…最後の瞬間に奇跡を求めています」と。
 マヤの人にとって、トウモロコシは神聖なもの。ツォツィル族は、政府軍が認めていないので、バンダナで顔を隠して、トウモロコシを刈る。マヤの先祖たちは、何千年も前から、トウモロコシで支えられてきた。メキシコ北部で、遺伝子組み換えのトウモロコシの栽培が承認された。多国籍企業、モンサントの進出だ。北米自由貿易協定が結ばれ、アメリカから安いトウモロコシが入ってくる。
 ますます貧しくなるマヤの人たち。かつて家族が殺され、いまは金鉱からの被害、さらに、トウモロコシ。女性は言う。「侵略者が尽きない。脅され、いつも震えている」と。
 いま世界は、一見、豊かかもしれない。その豊かさは、少数の人たちの犠牲の上に成り立っている。では、近未来は? 今や世界は、マヤ暦通り、神々が民を纖滅する時代になっているのかも知れない。新世界は「ひっそりと、静まりかえっている」はずだ。
 ドイツ映画である。監督、脚本は、フラウケ・ザンディッヒ、エリック・ブラック。

2012年10月6日(土)より、渋谷アップリンクico_link他にて順次公開

■『マヤ ― 天の心、地の心 ―』

≪第24回 アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭 オフィシャルセレクション≫
≪バンクーバー国際映画祭 2012 オフィシャルセレクション≫

監督・脚本:フラウケ・ザンディッヒ、エリック・ブラック
撮影監督:エリック・ブラック
助監督:フロリーナ・メンドーサ
製作:アンブレラ・フィルムズ・プロダクション、ZDF/3SAT共同製作
99分/2011年/ドイツ/スペイン語/カラー/16:9
配給:ユナイテッドピープル


コッホ先生と僕らの革命

 (C)2011 DEUTSCHFILM / CUCKOO CLOCK ENTERTAINMENT / SENATOR FILM PRODUKTION

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 サッカーの強豪国ドイツに、いつ、どのようにしてサッカーがもたらされたのか。映画「コッホ先生と僕らの革命」(ギャガ配給)は、フィクションではあるが、ドイツ・サッカーの父と称される実在の人物、コンラート・コッホが、どのようにドイツにサッカーを伝えたかを描いていく。
 ドイツの帝国学校は、エリート校ではあるが、金持ちの子弟だけではなく、労働者階級の生徒もいる。生徒の間には、いじめも存在する。コッホ先生(ダニエル・ブリュール)は、英語の教師として赴任するが、イギリスで考案されたサッカーを利用して、英語を教えようとする。学校では、規律、服従を重視するが、コッホ先生はサッカーを通して、フェアプレーと仲間を敬愛する精神を伝えようとする。
 生徒たちは、とまどいながらも、サッカーの面白さに魅せられていく。コッホ先生を招いた校長先生のメアフェルト(ブルクハルト・クラウスナー)は、なにかとコッホ先生に肩入れするが、コッホ先生と、古い慣習を維持しようとする後援会会長たちとは、いろいろと摩擦が生じはじめる。

 (C)2011 DEUTSCHFILM / CUCKOO CLOCK ENTERTAINMENT / SENATOR FILM PRODUKTION

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 とはいえ、まったくシリアスなドラマではない。ドイツ帝国学校の古い慣習と、サッカーを教えようとするコッホ先生の理念とのズレが、笑いを誘う。戦争では、ドイツはフランスに勝利、今や、イギリスが敵といった時代背景がある。しかもサッカーは、イギリスで考案されたスポーツで、ドイツ人から見れば、ボールを蹴るなど、野蛮極まりない。この落差の数々に、多くの笑いが生まれる。巧みに配置されたユーモアに、映画の作り手セバスチャン・グロブラー監督の、人間を見つめる眼差しの暖かさを感じる。
 「貧富の差は、いつの時代、どの国にも絶対的に存在するが、サッカーを楽しむ上では無縁、貧富の差はない」と、映画は、おだやかに語りかけてくる。
 1874年のドイツ、ブラウンシュヴァイク。エリートの多く通うカタリネウム帝国学校が舞台である。ここに、イギリスのオックスフォードに留学していたコッホ先生が、ドイツ初の英語教師として赴任してくる。コッホ先生はカタリネウムの卒業生だ。これからは通信の時代、英語の教育が必要になるとの実験的意味もあっての人事である。 
 コッホ先生は、生徒たちにイギリスのイメージを聞く。野蛮だ、女帝がいる…。別に間違ってはいないが、偏見だとコッホ先生は思う。
 級長のフェリックスは、学校の後援会長の息子で、奨学金で通学するヨストをいじめている。
 夜、パーティの席で、コッホ先生は、学校全体の権力者である後援会長に出会う。規律と服従がすべてと言う会長に、未来は子供たち自身が決めることと、コッホ先生は答える。
 優秀なクラスの生徒たちだが、コッホ先生の英語の授業に、深い関心を示さない。「3分以内に体育館に集合」とコッホ先生。英語で「これはサッカー・ボールだ」と、ボールを蹴り、「これがゴールだ」と、「蹴る」ことを教える。
 生徒たちは、たちまち、サッカーに魅せられる。いつもイジメの対象になっているヨストは、サッカーの才能があって、仲間からも一目置かれるようになっていく。嫉妬からか、フェリックスだけは面白くなさそうである。

(C)2011 DEUTSCHFILM / CUCKOO CLOCK ENTERTAINMENT / SENATOR FILM PRODUKTION

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 ある日、コッホ先生の授業を見ようと、後援会長たちが、教室にやってくる。誰もいない。
 そして、体育館で、生徒たちがサッカーに興じているのを見る。ちょっとした事件が起きる。いきさつを理解できない後援会長は、たちまち、サッカー禁止令を校長に命じる。さて…。
 いまや市民権を得たサッカーだが、その黎明期のドイツでの話である。時代の変遷の節目節目には、教育の内容、質は、変化せざるを得ない。コッホ先生の行動や判断から、今なお、学ぶべきこと多々である。もちろん、サッカーや教育にとどまる話ではない。フェアプレーの精神、仲間や敵すら、人として敬うことは、時代を超えて、永遠の真理であることを、映画は伝える。

2012年9月15日(土)、TOHOシネマズシャンテico_link他全国順次ロードショー

■『コッホ先生と僕らの革命』

監督:セバスチャン・グロブラー
脚本:フィリップ・ロス、ヨハンナ・シュトゥットゥマン
原案:セバスチャン・グロブラー、ラウル・ライネルト
>出演:ダニエル・ブリュール、ブルクハルト・クラウスナー、ユストゥス・フォン・ドーナニー、トマス・ティーマ ほか
>2011年/ドイツ映画/114分/カラー/シネスコ/ドルビーデジタル
字幕翻訳:吉川美奈子
>>原題:Der ganz grose Traum
提供・配給:ギャガ
後援:ドイツ連邦共和国大使館


ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳

(c)2012『ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳』製作委員会

(c)2012『ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳』製作委員会

 写真家、福島菊次郎さんは、1921年3月生まれだから、91歳になる。今なお、現役の写真家である。
 映画「ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳」(ビターズ・エンド配給)は、戦後すぐから、広島の原爆被災者の記録、東大の安田講堂事件、自衛隊の潜入取材、三里塚闘争、公害問題などの現場を撮り続けている福島さんの「今」を追いかける。戦後日本の、いわば負の部分を活写した福島さんの歩みも合わせて、まことに迫力に満ちたドキュメントだ。
 映画は、2011年の9月、「9・19さようなら原発」のデモから始まる。90歳の福島さんが、シャッターを押す。
 福島さんは、フォトジャーナリスト学校で、若い人たちに語る。「問題自体が法を犯していれば、カメラマンは法を犯してもかまわない。そういう状況を発表するのは必要、映像に関わるカメラマンとして写すべき」と。
 福島さんは、敗戦直後から、25万枚以上の写真を撮っている。そして、自らの歴史を語り始める。
 かつての戦争では、新聞ジャーナリズムはこぞって国の体制に協力した。反戦を唱えて、新聞社を辞めた気骨あるジャーナリストも、少数だが、存在した。
 昭和の作家たちも、戦争に関しては、黙ってはいなかった。野間宏、梅崎春生、中野重治、大岡昇平、五味川純平…。
 福島さんは、写真家として、反骨、反戦を貫き続けている。少数どころか、いまや孤高のジャーナリストかもしれない。

(c)2012『ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳』製作委員会

(c)2012『ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳』製作委員会

 1951年、福島さんは、広島の被災者である中村さんと出会う。中村さんは、奥さんを原爆症で亡くし、6人の子供を育てている。中村さんは言う。「私の写真を撮ってくれ。ピカに出会ってこのざまだ。このままでは死にきれない。仇を取ってくれ」と。1961年、中村さん一家の10年を記録した写真集「ピカドン ある原爆被災者の記録」が世に出る。
 福島さんは語る。「中村さんが種をまいてくれて、それが木になっていった。社会の不正義に対してカメラを向けさせ始めたのは中村さんだった」。
 アメリカの原爆傷害調査委員会が、日本でどのような調査をしたのかの実態が明かされる。多くの被災者の血液を採血する。レントゲン写真を撮る。人体解剖は5千体を超える。
 瀬戸内海に浮かぶ祝島。1982年、中国電力は原子力発電所の建築計画を発表する。祝島の対岸近く、上関町だ。漁業権を売り渡した漁協もあるが、反対運動は今でも続いている。2009年以降、福島さんは、写真を撮り続けている。
 瀬戸内海の島々も撮影した。徳山湾に浮かぶ仙島にある戦争孤児施設だ。子供たちに、戦争中と同じように「報恩感謝」「無我献身」を説いている。
 60年代、安保闘争が始まる。福島さんは、学生たちの反体制運動を支持する。学生たちの叫びを、現場で撮る。「カメラの中立性なんてない。危ないところに入らないと“報道”というのはできない」と福島さんは考えている。
 1966年、新国際空港の建設反対運動を取材する。「俺たちは主権者」という老人たちに、福島さんは感動する。機動隊による強制代執行で、農民放送塔が破壊される。成田国際空港は、1978年に開港する。
 1967年から3年間、福島さんは、自衛隊と兵器産業の実態を撮影する。PRのためと偽っての取材で、撮影禁止の場所の隠し撮りも平然と行う。自衛隊のチェックを受けずに作品を発表する。当然、圧力がかかるが、福島さんはたじろがない。事実、福島さんは暴行され、家に放火されている。
 広島は、ずっと撮り続けている。1978年には「原爆と人間の記録」を刊行、写真展も開催する。
 高度成長の歪みとも言える「公害」を撮り、昭和天皇の戦争責任についても問いかける。

(c)2012『ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳』製作委員会

(c)2012『ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳』製作委員会

 いま、福島さんは、山口県柳井市で、愛犬のロクとひっそり暮している。まさにたまかな暮しである。スーパーで買い物をし、自炊する。バイクに乗り、補聴器屋さんに出入りする。国の年金は拒否している。
 昨年3月の地震と津波。昨年9月、福島さんは、福島県南相馬市の原発20キロ圏検問所や飯舘村を取材、撮影する。福島さんは思う。「今のフクシマがヒロシマに重なる」。
 監督の長谷川三郎さんは、ドキュメンタリー作家。映画の冒頭で、37キロしかない福島さんをおぶって階段を昇る。福島さんは軽いが、その仕事、人生の意味は、とてつもなく重い。

2012年8月4日(土)より
銀座シネパトス、新宿K’s cinemaico_link広島八丁座ico_linkほか全国順次ロードショー!

『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』公式Webサイトico_link

監督・脚本:長谷川三郎
朗読:大杉漣
撮影:山崎裕
録音:富野舞
編集:吉岡雅春
スチール:那須圭子
プロデューサー:橋本佳子、山崎裕
製作:Documentary Japan. 104 co ltd
制作プロダクション:Documentary Japan.
2012/日本/114分/カラー/デジタル
配給:ビターズ・エンド


ぼくたちのムッシュ・ラザール

micro_scope inc. (C)2011 Tous droits reserves

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 カナダ・ケベック州のモントリオールは、フランス語圏になる。モントリオールの小学校を舞台にしたカナダ映画「ぼくたちのムッシュ・ラザール」(ザジフィルムズ、アルバトロス・フィルム配給)は、だからフランス語で語られる。
 小学校で女教師が自殺する。校長先生を始め、先生仲間や生徒たちにとっては、衝撃的な事件である。新聞に報道された記事を見て、バシール・ラザールと名乗る男が小学校にやってくる。アルジェリアからの移民で、19年間、教師をしていたという。ラザールは、校長に「先生にしてくれ」と願いでる。
 ドラマは起伏に富んだものではない。小学校を舞台に、静謐に、淡々と語られるが、巧みな語り口に、少しずつ、緊迫感が増してくる。
 11歳前後だから、日本でいうと小学校の5、6年生くらいだろうか。いろんな国からの移民が多いせいか、生徒たちの出自もさまざまである。

micro_scope inc. (C)2011 Tous droits reserves

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 男の子のシモンが、鍵の掛けられた教室で、首を吊っているマルティーヌ先生を発見する。あわてて飛び出すシモン。女生徒アリスも、現場を目撃してしまう。
 学校は大騒動、生徒だけでなく、先生たちも驚くばかり。校長先生(ダニエル・プルール)は、生徒たちの心のケアを、専門の心理カウンセラーに託し、とにかく穏便に済まそうとする。
 そんな中、バシール・ラザール(フェラグ)と名乗る中年の男性が、小学校を訪ねてくる。「子供たちの助けになりたい」と、校長先生に掛け合う。誠実そうなラザールを見て、代用教員として採用する。ラザールは、シモンとアリスのいるクラスの担任になる。
 学校側は、事を荒立てないで、穏便に処理したいのだが、ラザールは、シモンとアリスの態度から、マルティーヌ先生の自殺が、まだ生徒たちの間に、深い戸惑いのあることを悟る。
 ラザールは、国語のフランス語を教えるが、その方法も内容も、時代遅れである。難しいバルザックを筆写させたり、古い文法を教えたりで、生徒たちは呆気にとられる。先生を丸く囲むようになっている机の配置を、まっすぐに並べ換えたりする。それでも、訥々と語りかけるラザールに、生徒たちは少しずつ心を開いていく。
 アリスは、マルティーヌ先生の死について、作文を書く。カウンセラーの指導だけでは、解決できる問題ではないことをラザールは理解する。ラザールは、アリスの作文を題材に、学校全体で話し合うことを提案するが、事なかれでありたい校長先生は、ラザールの提案を却下する。
 シモンは、マルティーヌ先生の死が、自分の取った行動が原因かもしれないと思い込んでいる。ある生徒が、祖父の死を話題にしたことから、マルティーヌ先生の話が飛び出す。「話したい人はいるか?」と、ラザールは問いかける。そして、シモンが話し始める。
 映画の進行に合わせて、ラザールの秘めていた過去が、少しずつ露わになる。生徒たちの心の傷に気づき始めるラザールは、自らも深い心の傷を負っていたのである。
 教師と生徒、教師と父兄、親と子の、多層な人間関係が描かれ、一見、シリアスな内容に見える。ある教師が言う。「いまの生徒は核爆弾のようなもの。触れれば火傷する」と。抑制の効いたユーモアが随所に見られ、それが逆にリアリティを保証する。

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micro_scope inc. (C)2011 Tous droits reserves

 原作は、エヴリン・ド・ラ・シュヌリエールの戯曲で、ラザールの演じる一人芝居である。エヴリンは、女優でもある劇作家で、本作では、アリスの母親役で出演している。ラザール役のフェラグは、アルジェリアの生まれ。控えめで地味な役どころを、飄々と演じて、達者。
 監督のフィリップ・ファラルドーは、原作者エヴリンの意見を尊重、脚本も書いている。
 退屈はしない。小さな波紋が静かに広がっていくような、巧みな作劇術だ。
 ラザールは、訥々と生徒たちに語る。
 「教室という場所は…、そうだな…、友情と…、勉強、思いやり、そういう場だ。人生があり…、それぞれの人生を捧げ、分かち合う場だ。絶望をぶつける場ではない」
 そして、ラザールは、生徒たちに話すと約束した寓話を語り始める。傷ついた木が、その木で孵化しようとするさなぎを守る話である。
 教師が国歌を歌っているかいないかを調べるような国もある。そんな国の教師全員に見せたい映画。
 映画「ぼくたちのムッシュ・ラザール」には、心震える、素晴らしいラストシーンが控えている。

2012年7月14日(土) シネスイッチ銀座ico_linkほか全国順次公開

■『ぼくたちのムッシュ・ラザール』

監督・脚本:フィリップ・ファラルドー
原作:エヴリン・ド・ラ・シュヌリエール
出演:フェラグ、ソフィー・ネリッセ、エミリアン・ネロン
2011/カナダ/フランス語/95分/シネマスコープ/ドルビーSRD
原題:Monsieur Lazhar
特別協力:ケベック州政府在日事務所
後援:カナダ大使館
提供:ニューセレクト、ザジフィルムズ
配給:ザジフィルムズ、アルバトロス・フィルム


『幸せへのキセキ』

(C) 2012 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

(C) 2012 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

 しみじみ、ほのぼの、笑って、泣けて、心温まる。よく練られた脚本で、味のあるセリフがたっぷり。良質のユーモアに笑い、爽やかな展開に涙する。このところ、3DやらCG駆使の大味な映画が多いが、久しぶりに「ウェルメイド」と思えるアメリカ映画だ。
 「幸せへのキセキ」(20世紀フォックス映画配給)という、変わったタイトルだが、キセキとは、軌跡と奇跡の両方を意味しているようだ。チラシに「最愛の人の死から立ち直ろうとする家族の<軌跡>を描く、実話から生まれた<奇跡>の物語」とある。さらに大きく、「家を買ったら、動物園がついてきた」とある。まさにチラシのコピー通りで、原題は「We Bought a Zoo」(私たちは動物園を買った)である。
 妻に先立たれたジャーナリストが、14歳の息子、7歳の娘を育てながら奮闘するが、いろいろと問題が起こる。そして、転居を決意、なんと転居先の住居には、動物園がついている。

(C) 2012 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

(C) 2012 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

 映画は、軽快に始まる。ベンジャミン(マット・デイモン)は、ロサンゼルスの新聞にコラムを書いているジャーナリスト。今日は、中南米のある国の独裁者に突撃取材する。アメリカを批判し、中国との結びつきを実証するコメントをとる。最後に、好きな映画は、と質問する。独裁者は「トイ・ストーリー」と答える。いきなりのギャグに大笑い。現場取材は危険も伴う。嵐のなかでの取材もある。
 最愛の妻が半年前に亡くなる。ベンジャミンは、14歳の息子ディラン(コリン・フォード)と、7歳の娘ロージー(マギー・エリザベス・ジョーンズ)の面倒を見ながらの日々で、食事や通学の準備など、なにかとうまくいかない。
 ディランは反抗期か、会話も「別に…」の一点張りで、ベンジャミンは息子に対して、つい辛く当たってしまう。学校でも、なにかと問題を起こすディランは、絵を描くのが好きだが、不気味な絵ばかり描いている。
 ある日、ベンジャミンは上司から、新しい仕事を勧められる。時代は変わる、ウェブに執筆してもらえないか、というわけだ。しかし、古いタイプのジャーナリストのベンジャミンは、受け入れない。そんな時に、ディランがまた、学校で事件を起こし、とうとう退学処分となる。
 いま住む町は、妻との思い出ばかり。いっそ、すべてをやり直そうとばかり、ベンジャミンはあっさり退職、町を離れる決意を固める。
 ロージーを連れて、郊外のあちこちに転居先を探すベンジャミン。豊かな自然の残るローズムーアに格好の家を見つける。しかし、これはいわゆるワケあり物件で、もう2年間も閉園したままの動物園がついている、というものであった。
 いまなお、多くの動物がいて、前オーナーの遺産をやりくりしながら、数名の飼育員たちが働いている。ライオンやベンガルトラ、クマなどがいる。見ると、ロージーがクジャクと遊んでいる。ベンジャミンは、いきいきと遊ぶロージーを見て、決心する。ここに移ろう、と。

(C) 2012 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

(C) 2012 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

 ベンジャミンの兄ダンカン(トーマス・へイデン・チャーチ)は会計士をしている。いろいろと経費のかかることを予想して、ダンカンは反対する。しかし、ベンジャミンの決意は固い。乗り気でないディラン、はしゃぐロージーとともに、一家は引っ越してくる。
 新しく動物園のオーナーになったベンジャミンに、飼育員たちは好奇の目を向ける。飼育員の主任は、まだ若い女性のケリー(スカーレット・ヨハンソン)に、大きな体で酒好きのピーター(アンガス・マクファーデン)、いつもサルを肩に乗せているロビン(パトリック・フュジット)など、動物は好きだが、どこか変な人たちばかり。
 ケリーの親戚にあたるリリー(エル・ファニング)は、動物園にあるレストランを手伝っているが、1歳年上のディランに、淡い恋心を抱く。
 いろいろと問題が起こる。動物園を維持するだけでなく、再開園を考えているベンジャミンのやり方と、飼育員たちの考えが対立する。開園のためには、さらにぼう大なお金がかかることが明るみに出る。動物園のスターともいえるベンガルトラが死にかかる。開園には、きびしい農務省の審査にパスしなければならない。
 そんな中、ベンジャミンとディランの父子関係が、ますますこじれてくる。
 だが、ベンジャミンは、あきらめない。奇跡を信じているわけではないが、なんとか、家族のため、自分のために夢を叶えるよう、必死に取り組んでいく。 
 大好きな映画「フィールド・オブ・ドリームズ」の中に、こんなセリフがある。「それを作れば、やってくる」。主人公のケヴィン・コスナーは、とうもろこし畑に野球場を作る。そして、奇跡が起こる。
 マット・デイモンもまた、動物園を再開園しようとする。はたして、「キセキ」は起きるのだろうか。
 人生には、数々の難局が待ちかまえる。夢があり、希望があっても、その実現には、多くの苦労が伴う。それでも、願った夢や希望が実現するよう、人は努力する。本作は、その夢や希望を実現するためには、努力を惜しまず、けっしてあきらめないこと、とエールを送る。

2012年6月8日(金) TOHOシネマズ スカラ座ico_linkほか全国ロードショー

■『幸せへのキセキ』

監督:キャメロン・クロウ
原作:ベンジャミン・ミー
音楽:ヨンシー
出演:マット・デイモン、スカーレット・ヨハンソン、トーマス・ヘイデン・チャーチ、パトリック・フュジット、エル・ファニング、ジョン・マイケル・ヒギンズ
2012年/アメリカ/ヴィスタ/2時間4分
原題:We Bought a Zoo
配給:20世紀フォックス映画


ベイビーズ-いのちのちから-

(c)2010 Chez Wam/Thomas Balmes

(c)2010 Chez Wam/Thomas Balmes

 ナミビア、モンゴル、日本、アメリカで、赤ちゃんが生まれる。赤ちゃんたちの仕草、泣いたり眠ったりの表情に、思わず微笑みがこぼれる。どの国の赤ちゃんも、それはもう、可愛いのである。
 映画「ベイビーズ-いのちのちから-」(エスパース・サロウ配給)は、生まれたばかりの赤ちゃんたちが、お座りから、ハイハイを経て、声を出し始め、一人で立ち上がり、歩き出すまでの約1年間を描いたドキュメントである。
 ナミビアのポニジャオは女の子。ママのおっぱいを飲んでいる。モンゴルのバヤルシャルガルは男の子。生後すぐ、バスタオルに包まれて退院、草原の家に帰っていく。東京のマリは女の子。ママに抱かれている側にネコがいる。アメリカのサンフランシスコの郊外、オークランドで生まれたハティは女の子。やはり近くにネコがいる。
 1時間19分、映画は、赤ちゃんたちの成長を記録していく。説明のナレーションやセリフは、一切ない。ただもう、淡々と、赤ちゃんたちを写し出す。
 生活環境はそれぞれ異なる。ナミビアとモンゴルは自然の残る場所だが、アメリカのオークランドと日本の東京は都会である。その風俗や生活習慣は、それぞれ異なっている。
 都会生まれのマリやハティが、どのように育つかの見当はつくが、ナミビアやモンゴルでは、いくつかの独特の育児のありようが、丹念に描かれる。

(c)2010 Chez Wam/Thomas Balmes

(c)2010 Chez Wam/Thomas Balmes

 ポニジャオは裸で育っている。うんちは、とうもろこしの芯で、拭き取る。バヤルシャルガルには、一度にたくさん口のなかに入らないよう、おしゃぶりにはマッチが刺してある。おむつなどはないから、仰向けになったバヤルシャルガルは、そのままおしっこを上に向けて出す。
 ポニジャオは、上のお兄ちゃんといっしょに、ママのおっぱいを吸う。儀式の一種だろうか、顔に母乳が飛ぶ。ママは、母乳をポニジャオの顔になすりつける。地面に這い蹲って、石などを舐めたりするが、元気そのもの。
 羊の群れがいる。散髪は、ママが包丁で剃る。妊娠中にお腹に塗った赤い泥のようなものを、ポニジャオの頭にも塗る。
 赤ちゃんたちは、少しずつ成長する。手を床について、起きあがろうとする。掃除機の動きをキョロキョロ眺める。ガラガラをじっと目で追う。水たまりで遊ぶ。犬やネコに触れたり、ハエの行方を目で追う。
 やがて、赤ちゃんたちは、ハイハイを始める。国こそ違え、赤ちゃんたちの成長の経過は、同じである。やがて、みんな、声を出し始める。
 積み木遊びがうまくいかない。トイレットペーパーを引っ張りだす。その都度、声を出し、喋りだそうとする。
 やがて1年。そろそろ、立ち上がろうとする。赤ちゃんたちは、たくましく成長していく。
 バヤルシャルガルは、羊のそばで、立とうとする。ポニジャオは、柱に掴まって、立とうとする。ハティは、ドアの取っ手に掴まって、立とうとする。マリは公園の芝生で、立とうとする。
 感動的なシーンが続く。人間、だれしもが、かつては赤ちゃんだった。大人は、人を騙したりするが、赤ちゃんは無垢そのもの。

 若い人は、いずれ親になるだろう。ぜひ、見て欲しい。すでに子供のいる人は、懐かしく見ることと思う。眠り、泣き、怒り、笑う赤ちゃんたちから、いのちの尊さ、逞しさが伝わってくる。映画は、優しい微笑みを浮かべて、見ることが出来る。
 監督のトマス・バルメスは言う。
 「二度と繰り返すことのない唯一の瞬間をとらえるため、人間が五感でまだ体験していないことを体験する“初めての瞬間”にそこに居ようとつとめました」。
 希有なドキュメントである。

2012年5月5日(土) 新宿ピカデリーico_linkほか全国ロードショー

■「ベイビーズ-いのちのちから-」

監督:トマス・バルメス
原案・製作:アラン・シャバ
出演:子供たち/ポニジャオ(ナミビア)、マリ(日本)、ハティ(アメリカ)、バヤルジャルガル(モンゴル)、両親/タレレルアとヒンデレ(ナミビア)、セイコとフミト(日本)、スージーとフレイザー(アメリカ)、マンダフとプレフ(モンゴル)
2010年/フランス/79分/カラー/デジタル/ビスタ
原題:BABIES
推薦:社団法人日本助産師会
協賛:たまごクラブ ひよこクラブ
提供:紀伊國屋書店 メダリオンメディア
配給・宣伝:エスパース・サロウ


少年と自転車

(c) Christine PLENUS

(c) Christine PLENUS

 ベルギーの監督ダルデンヌ兄弟は、ほぼ3年ごとに、映画を作り続けている。1996年の「イゴールの約束」、1999年の「ロゼッタ」、2002年の「息子のまなざし」、2005年の「ある子供」、2008年の「ロルナの祈り」と、その作品はどれも静謐なたたずまいで、貧しく、辛い立場にいる人たち、ことに恵まれない境遇の子供たちに向けるまなざしは、慈愛に満ちて、優しい。
 このダルデンヌ兄弟の新作が「少年と自転車」(ビターズ・エンド配給)だ。

(c) Christine PLENUS

(c) Christine PLENUS

 11歳の少年シリル(トマ・ドレ)は、児童養護施設にいる。シリルの願いは、自分を施設に預けた父親(ジェレミー・レニエ)と再会し、ともに暮らすこと。
 施設から、かつて住んでいた団地の家に電話をしても、つながらない。シリルは、学校を抜け出して団地に向かうが、父親は住んでいない。シリルの自転車は処分されたようで、見つからない。
 そんなシリルに救いの手を差しのべたのが、美容院を営むサマンサ(セシル・ドゥ・フランス)だ。シリルは、サマンサに週末だけの里親になってくれるように頼む。引き受けたサマンサは、恋人よりも、シリルと過ごす時間を選ぶ。
 週末、自転車に乗って、シリルの父親を探す二人。やっと、父の居所が分かるが、父親は「会いたくない」と、シリルを突き放す。シリルは、強盗までして得た金を父親に届けても、邪険に拒否される。
 シリルの束の間の幸せと、辛い状況が描かれるが、これが社会の真実なのだろう。映画を見ていても辛くなるが、では大人たちが、社会が、シリルのような苛酷な境遇の子供たちに、いったい、何ができるのだろうか。
 サマンサのような、母性愛に目覚めた女性に巡り会えたからいいようなものの、もし、彼女のような女性と会うことがなかったら、と思うと、背筋が寒くなる。
 サマンサとの時間を喜ぶシリルだが、さらに、やっかいな事件が持ち上がる。

(c) Christine PLENUS

(c) Christine PLENUS

 映画のもとになった実話がある。2003年、ダルデンヌ兄弟は、「息子のまなざし」の公開時に来日した。ダルデンヌ兄弟は、女性の弁護士から、児童養護施設にいた子供が、迎えにくるはずの父親を、施設の屋根に登って待ち続けていたという話を聞いた。結局、父親は迎えに来なかったのだが。
 日本でも、いろんな事情から、子供を見捨てる親がいる。大人が、そして社会が、今の子供を取り巻く現実を、真剣に考えなければならない時代だろう。
 シリルを演じたトマ・ドレ少年の、大人たちに縋るような、哀しみをたたえた表情や、憎しみをこめた眼差しが、すべてを物語る。
 フランソワ・トリュフォー監督の「大人は判ってくれない」という映画で見せたジャン・ピエール・レオの表情と、本作「少年と自転車」のトマ・ドレ少年の表情が、重なって見えてきた。 

2012年3月31日(土)
Bunkamuraル・シネマico_linkほか全国順次ロードショー!

「少年と自転車」公式Webサイトico_link

監督・脚本:ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:セシル・ドゥ・フランス、トマ・ドレ、ジェレミー・レニエ、ファブリツィオ・ロンジョーネ、オリヴィエ・グルメ
エンディング曲:ベートーヴェン ピアノ協奏曲「皇帝」(アルフレッド・ブレンデル+ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)
2011/ベルギー=フランス=イタリア/87分/カラー/1:1.85/ドルビーSRD
字幕翻訳:松岡葉子
提供:ビターズ・エンド 角川書店 dongyu WOWOW
配給:ビターズ・エンド


ヒューゴの不思議な発明

(C)2011 Paramount Pictures. All Rights Reserved

(C)2011 Paramount Pictures. All Rights Reserved

 マーティン・スコセッシ監督の「ヒューゴの不思議な発明」(パラマウント ピクチャーズ ジャパン配給)は、今年のアカデミー賞の作品賞、監督賞、脚色賞など、11部門にノミネートされただけあって、映画への愛に満ちた、楽しくて、美しい映画。
 いまは、ネットで検索すると、本を読んだり、人に聞いたりしなくても、多くの情報を入手できる。ちなみに、リュミエール兄弟、ジョルジュ・メリエス、ロベール・ウーダン、フリッツ・ラング、D・W・グリフィス、ダグラス・フェアバンクス、ハロルド・ロイド、チャールズ・チャップリンといった人名をご存じでないなら、あらかじめ調べておくと、いかに本作が映画への愛に満ちているか、お分かりいただけると思う。
 スコセッシは、来日記者会見で語る。「私にはまだ幼い娘がいる。妻から言われた。たまには娘のために映画を撮れば」と。
 これまでスコセッシは、「タクシードライバー」や「ラストワルツ」、「レイジング・ブル」、「アビエイター」、「ディパーテッド」、「シャッター アイランド」などを撮った。たしかに、社会性のあるテーマを扱った映画が多かったが、少年と少女が登場、サイレント映画をめぐっての、魔法のような、夢のような映画を撮ったのは初めてだろう。
 1942年生まれのスコセッシは、幼い頃から、父親に連れられて、多くの映画を見たという。戦後すぐから1950年代にかけてのビリー・ワイルダー監督や、ジョージ・スティーヴンズ監督の映画だ。ワイルダーなら、「サンセット大通り」、「第十七捕虜収容所」、「麗しのサブリナ」、「七年目の浮気」、「翼よ!あれが巴里の灯だ」だろうし、スティーヴンズなら、「陽のあたる場所」、「シェーン」、「ジャイアンツ」、「アンネの日記」だったろう。もちろん、西部劇も大好きだった。
 さらに、スコセッシは、もっと古い、それこそリュミエール兄弟が映画を発明した直後に作られた映画も、数多く見ているはずである。

(C)2011 Paramount Pictures. All Rights Reserved

(C)2011 Paramount Pictures. All Rights Reserved

 「ヒューゴの不思議な発明」は、ちょうどその頃、1930年代のパリでのお話である。
 大きな駅舎の時計台に隠れ住む少年ヒューゴ(エイサ・バターフィールド)は、父(ジュード・ロウ)を火事で亡くし、時計修理のおじに育てられている。いつのまにか、そのおじも行方不明、ヒューゴの仕事は、駅にたくさんある時計のネジを巻くことである。
 ヒューゴは、駅舎の中にあるオモチャ屋からブリキのオモチャを盗もうとして、主人のジョルジュ(ベン・キングズレー)に見つかってしまう。ポケットを調べられたヒューゴは、父の残した大切なノートを、ジョルジュに取り上げられる。ノートを見たジョルジュは、大変な驚きようだったが、ヒューゴには、その意味は分からない。
 ノートには、壊れてしまった機械人形の修理方法が書いてある。この人形は、父がとても大切にしていたものである。しかし、この人形を動かすには、胸にあるハート型の鍵穴に合う鍵を見つけなければならない。
 ヒューゴは、罪の償いでジョルジュの店で働くことになり、やがて、ジョルジュの養女イザベル(クロエ・グレース・モレッツ)という少女と仲良しになる。イザベルは、なぜかジョルジュから、映画を見ることを禁じられている。映画の大好きなヒューゴは、半ば強引にイザベルを映画館に連れていく。映画は、ハロルド・ロイドのドタバタ・コメディの「要心無用」だ。初めて見た映画に、イザベルは驚き、喜ぶ。
 原作のブライアン・セルズニックの「ユゴーの不思議な発明」(アスペクト文庫)では、ふたりの会話のなかに、大きな時計の針にぶらさがるハロルド・ロイドの「要心無用」の有名なシーンが出てくるが、ふたりが映画館で見たのは、ニュース映画、「夜の時計店」というマンガ映画、それにルネ・クレールの「ル・ミリオン」だった。
 ふと、ヒューゴはイザベルのペンダントを見ると、ハートの形をした鍵ではないか。ふたりは、壊れた人形に鍵を差し込むと…。
 やがて、人形が動きだし、それが、ジョルジュの秘められた過去と結びついていく。

(C)2011 Paramount Pictures. All Rights Reserved

(C)2011 Paramount Pictures. All Rights Reserved

 かつて映画は魔法のようと言われたが、これは、その魔法のような映画に捧げられた映画。夢と希望があり、心あたたまる映画。何度も、はっとするような美しい映像が流れる。3D画面いっぱい、時計台から見たパリの夜景に息を呑む。3D効果の驚くシーンもたっぷり。
 冒頭にあげた人名を調べていなければ、すぐ調べたくなる。そして、理解するはずである。映画は夢であり、魔法であり、見た人の人生を豊かにすることを。
 スコセッシは言う。「7歳から108歳まで、誰にでも、楽しんでもらえる」と。
 これは、マーティン・スコセッシという映画を愛する人の撮った、映画への愛に満ち溢れた映画。 

2012年3月1日(木・映画の日)
TOHOシネマズ有楽座ico_linkほか全国ロードショー(3D/2D同時公開)

■「ヒューゴの不思議な発明」

監督・製作:マーティン・スコセッシ
製作:グレアム・キング、ティム・ヘディントン、ジョニー・デップ
脚本:ジョン・ローガン
出演:ベン・キングズレー、エイサ・バターフィールド、クロエ・グレース・モレッツ、ジュード・ロウ ほか
2011年/アメリカ/126分
原題:HUGO
配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン


ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

(C) 2011 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC

(C) 2011 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC

 長くて、不思議なタイトルだ。何がうるさくて、何が近いのか。どのような意味なのかを考えながら、映画を見ていた。
 「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(ワーナー・ブラザース映画配給)は、2001年のニューヨーク、9・11同時多発テロで父親を亡くした11歳の少年オスカーの物語。
 オスカー(トーマス・ホーン)は、ブランコなど怖いものがたくさんあり、周囲にうまくとけ込めない繊細な少年だ。
 オスカーは、父のトーマス(トム・ハンクス)が大好き。父と過ごす時間をかけがえのないものと思っている。父は、そんな息子のために、調査探検ゲームを考え出す。たとえば、「20世紀に共通する物探し」とか、昔、ニューヨークにあった「6番目の区を証明する物探し」といったゲームである。

(C) 2011 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC

(C) 2011 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC

 9・11の事件で、父が亡くなる。
 1年が経過する。オスカーはまだ、父が死んだことに納得がいかない日々を過ごしている。ふと、オスカーは、父のクローゼットから1通の封筒を見つける。「ブラック」と書かれた封筒には、鍵が一つ入っていた。オスカーは、きっとこれは、父の仕掛けた調査探検ゲームだ、ブラックという人を訪ねあてて鍵の秘密を解明すれば、父の残した何らかのメッセージに行き着くのではないか、と思い込む。
 オスカーは、電話帳でブラックの名前を探す。ニューヨークには、ブラックという名前は472人もいる。オスカーは、綿密な計画を立てて、一人一人訪ね始める。
 母(サンドラ・ブロック)は悲しみに暮れている。「出かける」としか言わないオスカーは、母との関係もうまく行かなくなっている。
 何人ものブラックさんたちは、オスカーの話に聞き入り、励ましてくれるが、鍵の秘密は解明できないままである。
 オスカーの祖母(ゾーイ・コールドウェル)は、近所に住んでいる。ある日、オスカーは、祖母の家にいる間借り人の老人(マックス・フォン・シドー)に出会う。間借り人は口がきけないため、オスカーとは筆談で話す。間借り人は、オスカーのブラックさん探しに同行を申し出る。
 「やってみないと分からない」、「怖さを乗り越えて進め」と言っていた父の言葉を、オスカーは思い出す。オスカーと間借り人の、ブラックさん探しの「旅」が続く。
 はたして、オスカーは、鍵の秘密を探り当てることができるのだろうか?
 オスカーの視点からではあるが、多くのことが描かれる。オスカーは、母や祖母には言えない秘密を抱えている。そして、オスカーの行動を通して、9・11後のニューヨークの縮図が浮かび上がる。オスカーの出会う、多くの人たちの人生さえも。

(C) 2011 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC

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 監督のスティーブン・ダルドリーが撮った長編映画は、これまでに「リトル・ダンサー」、「めぐりあう時間たち」、「愛を読むひと」の3本だが、いずれもアカデミー賞の監督賞にノミネートされた。4本目となる本作は、今年のアカデミー賞では、監督賞のノミネートは果たせなかったが、作品賞、助演男優賞(マックス・フォン・シドー)にノミネートされている。
 オスカーに扮するトーマス・ホーンは、高い知能があるが、広汎性発達障害の疑いもある少年役を熱演する。
 大人であっても、かけがえのない人や物を失うことは、辛いことだろう。まして、オスカーは、まだ少年である。辛い経験の少ない若い人は多いと思うが、長い人生、いつか、どこかで、誰しもが辛い体験を持つはずだ。
 どんなに辛くても、何を信じ、どう行動すればいいのか。映画は、何がうるさくて、何が近いのかを考えることで、前に進む勇気を与えてくれる。怖がっていたブランコを、オスカーはついに一人で漕げるようになるのだから。 

2012年2月18日(土)より、丸の内ピカデリーico_linkほか全国ロードショー

「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」公式Webサイトico_link

原作:ジョナサン・サフラン・フォア
監督:スティーヴン・ダルドリー
製作:スコット・ルーディン
脚本:エリック・ロス 
撮影監督:クリス・メンゲス 
美術:K.K.バレット 
衣装:アン・ロス
出演:トム・ハンクス、サンドラ・ブロック、トーマス・ホーン、マックス・フォン・シドー、バイオラ・ディビス、ジョン・グッドマン、ジェフリー・ライト、ゾーイ・コールドウェル
2011年/アメリカ/129分
原題:Extremely Loud and Incredibly Close
配給:ワーナー・ブラザース映画


運命の子

(C)Shanghai Film Group Co., Ltd. Shanghai Film Studio/TIK FILMS/Stellar Mega Films Co., Ltd./21 Century Shengkai Film

(C)Shanghai Film Group Co., Ltd. Shanghai Film Studio/TIK FILMS/Stellar Mega Films Co., Ltd./21 Century Shengkai Film

 「さらば、わが愛 覇王別姫」、「花の生涯~梅蘭芳~」と、チェン・カイコー監督は、中国伝統の京劇をテーマにした映画に優れた手腕を見せる。いずれもスケールの大きな傑作で、京劇のファンはもちろん、一般の映画好きを魅了し続けている。このほど公開の「運命の子」(角川映画配給・原題「趙氏孤児」)もまた、京劇で長く上演され続けているレパートリーだ。 
 原典は「史記」である。今から2000年以上も前に書かれた「史記」は、前漢時代の歴史家、司馬遷の纏めた中国初の歴史書で、紀元前90年頃に完成、全130巻からなる。伝説の黄帝の時代から、司馬遷の生きた漢代まで、ざっと1000年以上の歴史が綴られる。
 多くの人物が出てくる。皇帝、貴族から、一介の庶民、ヤクザのような人物に至るまでの栄枯盛衰の歴史を、多くの逸話とともに痛快に描く。決して、無味乾燥な歴史書ではない。今でも読み継がれているのは、おそらく、現代にも通じる普遍の真理が描かれているからと思われる。 

(C)Shanghai Film Group Co., Ltd. Shanghai Film Studio/TIK FILMS/Stellar Mega Films Co., Ltd./21 Century Shengkai Film

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 映画「運命の子」は、この司馬遷の「史記」の中の「趙世家」に基づくチェン・カイコーのフィクションだが、実在の人物が多く登場する。
 紀元前598年の春秋時代、晋の国の高官を務める趙一族が粛清される事件が起こる。趙一族は皆殺しにされようとするが、生まれてすぐの男の子が、母親、荘姫(ファン・ビンビン)の機転で生き残る。荘姫は、医師の程嬰(グォ・ヨウ)にわが子を託して自害、程嬰は、自らの子を犠牲にして、残された子を程勃と名付け、育てる。しかも程嬰は、なんと趙氏を滅ぼした武官、屠岸賈(ワン・シュエチー)に、程勃の後見を頼む。やがて屠岸賈は、程勃(8歳をウィリアム・ワン、15歳をチャオ・ウェンハオ)を溺愛するようになる。程嬰の狙いは、やがて、大きくなった程勃に真実を告げ、屠岸賈への復讐を果たすことだった。
 実の子ではないが、屠岸賈とて人間である。慕われ、武術を教えた子が可愛くない訳がない。情が移るのは当然である。成長した程勃は、出生の秘密を知り、悩むことになる。そして、事情を知った養父と息子は、現実に立ち向かうが…。 

(C)Shanghai Film Group Co., Ltd. Shanghai Film Studio/TIK FILMS/Stellar Mega Films Co., Ltd./21 Century Shengkai Film

(C)Shanghai Film Group Co., Ltd. Shanghai Film Studio/TIK FILMS/Stellar Mega Films Co., Ltd./21 Century Shengkai Film

 中国の人気スターがずらりと顔を揃える。屠岸賈を演じたワン・シュエチーが、史実とは異なる残虐非業な武官と、養子を溺愛する養父の同一人物の複雑な性格を演じて、見事である。母親役のファン・ビンビンは、息を飲むほどの美女。最近では「孫文の義士団」、「新少林寺」でも、その美貌は輝いている。医師の程嬰を演じるグォ・ヨウは、中国で一番人気のある俳優。大ヒットした「狙った恋の落とし方」など、やはり中国で大人気の監督フォン・シャオガンのほとんどの映画に出ている。 
 戦闘シーンの迫力もさることながら、美しい風景が数多く映し出され、チェン・カイコーの美意識に見ほれる。
 見ていて思ったのは、日本の歌舞伎にも、子を犠牲にした演目が多いことだった。菅原道真の失脚事件を題材にした「菅原伝授手習鑑」の中の「寺子屋」や、伊達騒動を描いた「伽羅先代萩」、熊谷直実が恩に報いるために実子を犠牲にする「熊谷陣屋」など、忠義のために子を犠牲にする話は多い。古今東西、人を感動させるドラマの仕掛けは合い通じるのだろう。
 古い歴史の話ではあるが、世の理不尽さ、不条理は、いまなお存在する。虐げられ、恨みを晴らそうとすることもある。晴らせないまま、別の人生を選ばざるを得ないこともある。親も子も悲しみを背負い、それでも生きていく辛い現実がある。
 「史記」を読まれたり、京劇や歌舞伎、映画をいろいろとご覧になると、そういった様々な人生に遭遇することが出来るはず。フィクションではあるけれど、取りも直さず、このようなドラマは、人間の生きてきた歴史に基づいているのだから。

2011年12月23日(金・祝)より、Bunkamura ル・シネマico_linkほか全国順次公開

「運命の子」

監督・脚本:チェン・カイコー
原典:司馬遷『史記』
原作小説:陳凱歌「運命の子」(角川文庫刊)
出演:グォ・ヨウ、ワン・シュエチー、ファン・ビンビン、ホワン・シャオミン、ハイ・チン、チャン・フォンイー
2010年/中国映画/カラー/128分/ドルビーSRD
原題:趙氏孤児{SACRIFICE}
配給:角川映画