1640日の家族

© 2021 Deuxième Ligne Films – Petit Film All rights reserved.

 よく「生みの親より育ての親」というが、まさにそう思わざるを得ないフランス映画が「1640日の家族」(ロングライド配給)だ。
 プールで家族5人が遊んでいる。アンナ(メラニー・ティエリー)には、夫のドリス(リエ・サレム)との間に、アドリとジュールというふたりの男の子がいるが、4年半ほど前に、1歳半のシモンという子どもを里子に迎えている。
 6歳になったシモン(ガブリエル・パヴィ)はすっかり家族の一員で、子どもたちは、いつもいっしょに遊んでいる。
 シモンのほんとうの父親エディ(フェリックス・モアティ)は、シモンが生まれてすぐに妻を亡くし、やむを得ず、福祉の里親制度を利用して、シモンを里子に出す。制度では、月に一回の面接が許されていて、父子交流が続いている。
 そんなある日、エディはシモンとの生活を再開したいと申し出る。アンナは、里親制度に従って、シモンに個室を用意したり、実の子以上に、シモンをたいせつに育ててきた。
 アドリはもう子どもから少年期を迎えている。いきさつを知ったアドリは、自分の部屋が欲しかった不満をもらす。
© 2021 Deuxième Ligne Films – Petit Film All rights reserved. 児童社会援助局が、段階的にさまざまな施策を用意する。まずは、週末を父子で暮らすこと。はじめはスムーズでなかった父子だが、シモンは少しずつエディにこころを開いていく。
 シモンは、エディの持っていた写真を持ち帰る。そこには、シモンの洗礼式の家族が写っている。これを見たアンナは、愕然とする。シモンは里子であって、自分の実の息子ではないことを。
 やがてクリスマス休暇が近づいてくる。そんなさなか、アンナは、児童社会援助局の、ある約束を破ってしまう。果たしてシモンはいったいどうなるのか。
 フランスには、まだまだ課題がありつつも、一応、きちんとした制度が用意されているように思える。日本では、里子に出される実数が少ないせいか、いまのところ、目だったトラブルは聞こえてこないようだ。
 日本では、とうの昔から少子化が進み、国は、少子化対策とやらで、こども庁やら、こども家庭庁といった役所を作ることで、少子化に歯止めをかけようと、いろんな施策を用意しているようだが、遅すぎる。こんな、どうせタテ割り行政に拍車をかけるような役所は、不要である。まるで、病気になってから、薬や注射を探すようで、はなはだ、こころもとない。
 少子化とならないよう、若い人たちが、安心して結婚、出産できるような社会がまっとうだと思う。そして、もっともっと、社会全体が子どもを育み、愛することが重要だろう。
© 2021 Deuxième Ligne Films – Petit Film All rights reserved. さまざまな家族の形があると思う。要は、社会全体が、弱者である子どもたちをたいせつにすることだろう。実の子どもたちをひどい目に合わせている親たちの実態を知るにつけ、いまの日本はどうなっているのか、暗澹たる気分になる。
 監督、脚本は、ファビアン・ゴルジュアール。いくつかの短編を撮った後、5年ほど前に、代理母出産の女性を描いた「ディア―ヌならできる」を撮っている。1976年生まれの監督がまだ子どもだったころ、じっさいに1歳半の里子を迎え、6歳までいっしょに暮らしたという。映画の設定とまったく同じである。
 脚本化にあたって参考にした映画は、チャールズ・チャップリンの「キッド」、ロバート・ベントンの「クレイマー、クレイマー」、スティーヴン・スピルバーグの「E.T.」。なるほどと思う。
 映画の成功は、アンナを演じたメラニー・ティエリーとシモンを演じたガブリエル・パヴィの、実の親子のような、リアルな演技だろう。ことに2014年生まれで、映画初出演のガブリエル・パヴィの、健気そのものの表情、仕草は、絶品である。
 実の子どもではないのに、育ての親として子どもに叱り躾けることも含めて、愛情を持って接する。これが当然のことであってほしい。

2022年7月29日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国公開

『1640日の家族』公式Webサイト

監督・脚本:ファビアン・ゴルジュアール
出演:メラニー・ティエリー、リエ・サレム、フェリックス・モアティ、ガブリエル・パヴィ
2021年/フランス/仏語/102分/1.85ビスタ/5.1ch/原題:La vraie famille/英題:The Family/日本語字幕:横井和子
配給:ロングライド

ゆめパのじかん

©ガーラフィルム/ノンデライコ

 大阪の西成区で生まれて育った。まだ幼い頃、近所に空き地があり、自由に出入りできた。そこで、古い材木を寄せ集めて、小屋を作ったりした。また、細い竹を割って、ふしを肥後守というナイフで削って、刀の鞘を作ったりした。さらに、輪ゴムや竹ひごを使って「ピストル」を作り、厚いボール紙を四角く切って「弾」にして遊んだ。遊具はほとんど手作り。日が暮れるまで、空き地で遊んでいた。
 2016年に、大阪出身の映画監督、重江良樹が、大阪の西成区、釜ヶ崎地区を舞台に、民間の学童保育の一事例を描いたドキュメンタリー映画「さとにきたらええやん」を撮った。本欄でもレビューしたので、ご記憶されていることと思う。その重江良樹監督の新作である。
 「ゆめパのじかん」(ノンデライコ配給)とは、おかしなタイトルだが、正しくは「川崎市子ども夢パーク」、略して「ゆめパ」。今度の舞台は、神奈川県の川崎市高津区にある、子どものための遊び場「ゆめパ」である。
 「ゆめパ」は、工場の跡地を利用、約1万平方メートルの敷地に、2003年に開設された。映画は、「ゆめパ」が、どのような施設で、子どもたちやおとながどのように過ごしているかを、ナレーションを交えて、ていねいに紹介していく。
 撮影当時、ここの所長だった西野博之が、「川崎市子ども権利条例」を紹介する。「子どもには、ありのままの自分でいること。休息して自分を取り戻すこと。自由に遊びもしくは活動すること。安心して人間関係を作り合うことができること」。そして言う。「ゆめパは、それが大切であるというのを考慮して作られた」と。
©ガーラフィルム/ノンデライコ 子どもたちは、自由気ままに遊んでいる。おとなも子どもも、小さいながら、ウォータースライドで遊んでいる。みんな、泥まみれだ。膝を擦りむいて手当を受ける子どももいる。
 ここには、いろんなスペースがあり、ピロティでは、おとなといっしょに三線を演奏している。雨の日でも遊べる「全天候広場」がある。楽器演奏のできるスタジオがある。乳幼児・親子専用の「ゆるり」という部屋がある。「ごろり」という部屋は、文字通り、ごろりとくつろげるスペースだ。好きなことをしてもいいし、何もしなくてもいいことが分かる。
 フリースペースの「えん」では、登校拒否の子どもたちや、定時制や通信教育の高校に通う生徒たちが、自主勉強をしたり、ゲームに興じている。ここは、障がいの有無、年齢、国籍に関係なく、登録さえすれば、だれでも利用できる。スタッフの指導で、ミシンで服を縫う女の子もいる。
 ここ「えん」では、みんなで昼食を作る。この日のメニューは、スパゲチ。
 カメラは、いろんな子どもたちに向けられる。8歳のリクトは、昆虫や動物が好き。カマキリやカナヘビを観察している。学校での勉強については、一家言を持っている。
 10歳のヒナタは、植物が大好きで、いつも植物図鑑を手に観察している。11歳のミドリは、木工が好き。木工をボランティアで指導するのは、建築士の福峯衆宝だ。指導は厳しいが、子どもたちを見る目は、優しい。子どもたちの感性の豊かさを、よく知っている。
 15歳のサワも、木工が好きで、子どもたちにノコギリの扱いを教え、自らはスツールや箸などを作る。サワは、自分の将来について、真剣に考え始めている。
©ガーラフィルム/ノンデライコ 「子どもゆめ横丁」が開催されようとしている。指導は、いまの所長で、当時、副所長だった友兼大輔だ。みんなで、模擬店や手作り品の売店を設営する。もちろん、お金の管理や設営の解体まで、すべて手作りだ。
 見ていて、いまの時代、この「ゆめパ」は、子どもたちのユートピアのように思えてくる。いま、子どもをめぐる状況は、まことに、ひどい。2020年度の日本の児童、生徒の自殺者数は400人を超えている。小中学生の不登校児は、約20万人という。さらに、いじめの実態にも、学校ぐるみで解明しようとしない。
 理想をいえば、このような施設はないような社会が望ましい。だが、子どもたちを取り巻く現実は、ほとんどおとなたちの作り出したものである。
 映画でも描かれるが、子どもたちは、短い時間で、驚くほどの成長を遂げる。ところが、子どもたちを取り巻く厳しい現実がある。せめて、「ゆめパ」のような場所が、日本のあちこちにあればいいなあと思うしかない。
 監督の重江良樹が、映画のタイトルについて、インタビューに答えている。「ゆめパ」で過ごす子どもたちが、何者にも邪魔されず思いっきり自由に過ごせる『じかん』。そうした抑圧のない『じかん』の中で、子どもたちは様々なことを感じ、考え、育っていると思う。そしてゆめパに流れるこうした『じかん』が全ての子どもたちにあるよう願いを込めて」と。
 愚策ばかりの政治を俯瞰すると、少子高齢化などは、とうの昔から分かりきっていたこと。子どもひとりにつき、いくばくかの給付金で済む話ではない。せめて、地方自治体から率先して、「ゆめパ」運動の全国展開はいかがなものか。

2022年7月9日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開

『ゆめパのじかん』公式Webサイト

監督・撮影:重江良樹
構成・プロデューサー:大澤一生/編集:辻井潔/音楽:児玉奈央
制作協力:認定NPO法人フリースペースたまりば/撮影協力:川崎市、川崎市子ども夢パーク、公益財団法人 川崎市生涯学習財団、夢パーク支援委員会、ちいくれん(地域で子育てを考えよう連絡会)、風基建設株式会社
製作:ガーラフィルム、ノンデライコ/配給:ノンデライコ
2022/日本/90分/日本語/カラー/ドキュメンタリー
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会
推薦:厚生労働省社会保障審議会

【2作品紹介】イントロダクション / あなたの顔の前に

 韓国のホン・サンス監督の映画が好きである。
 どの作品も、格段、劇的な展開はない。何気ない日常の会話から、どのような人物なのかがうかがえ、ふと、それぞれの人生の一端が、垣間見える。呑んだり食べたりするシーンが多いが、ここでの会話や表情に、おおげさに言えば、「人生の真実」があるように思えるのだ。
 そのホン・サンス監督の新作が2作品、同時公開される。「イントロダクション」と「あなたの顔の前に」(どちらもミモザフィルムズ配給)だ。

「イントロダクション」 
© 2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「イントロダクション」
© 2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved
 「イントロダクション」は、3つの短いエピソードからなる。
 第1章。ソウルの韓方病院に、ヨンホ(シン・ソクホ)という若者がやってくる。院長の父親(キム・ヨンホ)に呼び出されたのだ。父親は、ある大物俳優(キ・ジュボン)の応対で忙しい。ヨンホは待っている間、幼なじみの看護師の女性と立ち話をする。
 第2章。ヨンホの恋人ジュウォン(パク・ミソ)は、衣装デザインを学ぶために、いまベルリンにいる。ヨンホは、突然、ベルリンにやってくる。ヨンホはジュウォンに「なぜ、こんなところまで来たのか」と問う。「勉強よ」とジュウォン。「ぼくもここに来ようか」と言うヨンホ。ふたりは路上で抱き合う。
「イントロダクション」
© 2020. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved
 第3章。海に面したレストランで、ヨンホの母親(チョ・ユニ)と大物俳優が会っている。母親は、以前、ヨンホが俳優を志望していたことを知って、この席にヨンホを呼ぶ。ヨンホは、友人(ハ・ソングク)を誘って、レストランに向かう。大物俳優は、ヨンホが俳優を断念した理由を知って、突然、怒り出す。
 たった、それだけの話である。注目すべきは、人物の仕草と会話、その表情である。観客は、いま現在と、この後どうなるかを、思わず想像してしまう。
 人生は、なかなか思い通りにはいかないし、経済的に恵まれていても幸せとは限らない。映画は、多くの余韻を残して、終わる。

「あなたの顔の前に」 
© 2021. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved

「あなたの顔の前に」
© 2021. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved
 「あなたの顔の前に」の主人公は、元は女優で、いまはアメリカに住むサンオク(イ・へヨン)だ。このサンオクが突然、韓国に戻ってくる。
 サンオクは、長く疎遠だった妹のジョンオク(チュ・ユニ)のマンションに厄介になっている。姉妹はカフェに出かける。「なぜ帰ってきたのか」と訊くジョンオクに、「ただ会いたくて」とサンオク。
 ふたりは、公園を散歩する。「俳優さん?」と声をかけられるサンオク。
 ジョンオクの息子スンウォン(シン・ソクホ)が開いているトッポッキの店に立ち寄る。スンウォンは留守で、店を出るふたり。戻ってきたスンウォンは、ふたりを追いかけ、伯母のサンオクに財布をプレゼントする。
 サンオクは、幼いころに住んでいた家を訪ねる。緑いっぱいの庭は残っていたが、住居はもうなくなっていて、洒落たお店になっている。
「あなたの顔の前に」
© 2021. Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved
 会ったことのない映画監督ソン・ジェウォン(クォン・ヘヒョ)の誘いで、サンオクは監督の指定した居酒屋に向かう。店主は留守で、鍵を預かった監督は、近くの中華料理店から出前をとり、ふたりは強い酒を呑む。監督は、若い頃から、サンオクのファンで、短編映画を作る旅に出ないかと口説く。やがて監督は、サンオクのある秘密を知ることになる。
 ただそれだけの、サンオクのたった1日の出来事が、淡々と描かれる。タイトルの意味は本編で明かされるが、絶妙のタイトルと思う。
 これまた、どのエピソードも深い余韻を残す。観客は、かならず、いろいろと想像をめぐらすはずである。そういうふうに、巧みに編集されている。
 いわば、映像と映像のあいだに、そして映像の裏に、とても雄弁なセリフと深いドラマがあるのだ。なにより、人間のさまざまな感情が、くっきり浮かびあがる。そして、おおげさに言えば、「人間って何か」を問いかけてくる。

 どちらも脚本、撮影、音楽、編集を担当したのは、監督のホン・サンスである。恐るべき才人である。俳優陣は、多くが演劇の経験者で、映画出演のキャリアが豊富。巧いなあと感心するのは、「あなたの顔の前に」で映画監督に扮したクォン・ヘヒョだ。ホン・サンス作品に多く出ていて、イザベル・ユペールと共演した「三人のアンヌ」での演技は圧巻だった。
 韓国の映画に限らず、映画は「人間を学ぶ」教科書と思っている。ぜひ、ホン・サンスの映画から、多くを学んでいただきたい。

2022年6月24日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町新宿シネマカリテアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

『イントロダクション』『あなたの顔の前に』公式Webサイト

『イントロダクション』
監督・脚本・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:シン・ソクホ、パク・ミソ、キム・ヨンホ、イェ・ジウォン、ソ・ヨンファ、キム・ミニ、チョ・ユニ、ハ・ソングク
2020年/韓国/韓国語/66分/モノクロ/1.78:1/モノラル
原題:인트로덕션 英題:Introduction 字幕:根本理恵
配給:ミモザフィルムズ

『あなたの顔の前に』
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:イ・ヘヨン、チョ・ユニ、クォン・ヘヒョ、シン・ソクホ、キム・セビョク、ハ・ソングク、ソ・ヨンファ、イ・ユンミ、カン・イソ、キム・シハ
2021年/韓国/韓国語/85分/カラー/1.78:1/モノラル
原題:당신 얼굴 앞에서 英題:In Front of Your Face 字幕:根本理恵
配給:ミモザフィルムズ

ワン・セカンド 永遠の24フレーム

© Huanxi Media Group Limited

 「ニュー・シネマ・パラダイス」をはじめ、映画への愛を語った映画は、数多く作られているが、「ワン・セカンド 永遠の24フレーム」(ツイン配給)は、中国の巨匠、チャン・イーモウ監督が、限りなく愛する映画への熱い想いを語りかける。
 タイトルの「ワン・セカンド」は、1秒のことである。サブタイトルの「24フレーム」は、映画の1秒間は、フィルムのコマにして24フレームあることを意味している。
 舞台は1969年ころの中国。文化大革命の真っただ中、中国の西北部にある強制労働所を脱走した男(チャン・イー)が、砂漠を歩いている。
 男は、強制労働に従事することになり、妻と別れ、娘とも疎遠になる。男は、娘の姿が、あるニュース映画に1秒間だけ写っていたことを知り、その映画を見たいと思う。
 ただそれだけのために、男は強制労働所を脱走し、娘の出ているニュース映画が、どこで上映されるかを探し続けている。
 男はやっと、ある小さな村で、ニュース映画が上映されることをつきとめる。
 ところが、娘の出ているはずのニュース映画のフィルムを、子ども(リウ・ハオツン)が盗むところを男は目撃する。その子どもは、まだ幼い女の子で、弟のために、どうしても映画のフィルムが必要なことが分かってくる。女の子には名前はなく、亡くなった父親リウの娘だったことから、ただ「リウの娘」と呼ばれていることも明らかになる。
© Huanxi Media Group Limited リウの娘から取り戻されたフィルムは、上映する村に運ばれるが、なんと運搬係の不手際で、ケースからはみ出した大量のフィルムは、泥にまみれて、汚れてしまう。なんと、男の探していたフィルムも、この中に含まれている。
 村の映画館の映写技師で責任者でもあるファン(ファン・ウェイ)は、映画を早く見たがっている村民たちを説得して、フィルムの洗浄にとりかかる。
 娘の映像を見たいだけの男もまた、村人たちと共に、この洗浄作業を手伝うことになる。
 村の映画館は、村民たちの数少ない娯楽を提供している貴重な場である。映画上映は、年に数回、あるかないかの一大イベントなのだ。この日も、ニュース映画だけでなく、劇映画の「英雄子女」が上映される予定である。
 そんな一地域の事情や、映画のフィルムをめぐる登場人物たちのそれぞれの事情が、少しずつ露わになっていく。
 老獪そのものの作劇術である。チャン・イーモウは、多くの傑作を撮り、北京で開催された夏、冬の五輪の演出でも有名である。
 そのチャン・イーモウが、自らの多くの経験を辿るような映画を撮りたいと思うのももっともなこと。そして、この「ワン・セカンド」で、実現してみせた。
 映画は、教育にも似て、学習にもなるが、反面、洗脳の道具になる媒体でもある。国威高揚にも利用される。だから、映画を見る側は、その映画がどんな背景で作られ、なにを訴えたいかを理解することが重要である。
© Huanxi Media Group Limited 「ワン・セカンド」もまた、そもそも文化大革命がどのような事件だったかを理解する必要があるだろう。多くの文献があるから、各自、学習されたい。
 「ワン・セカンド」では、娘の姿をひと目でも見たいと願う男や、辛い過去を抱える映写技師ファン、弟のために奔走するリウの娘の、それぞれの背景が巧みに編集されて表現される。
 チャン・イーモウは、中国という国への批判を忘れたとも言う人もいるが、このほどの映画について、こう述べている。「我々には夢があり、それを追い求めていくことで、今日の困難は困難として、明日はより良くなると信じることができる。人と映画の関係性や映写技師の上映会の日の興奮や人には言えない苦悩を通して、こういったことを伝えられると考えた。本作は映画の物語であり、物語や登場人物たちを通して、人の心情を表現したいと思った」。多くの映画を撮り続けている監督自身の、映画への並々ならぬ愛が伝わってくるではないか。
 圧巻は、みんなでフィルムの洗浄をするシーンだろうか。すべて、チャン・イーモウの経験に基づいているそうだ。
 「ニュー・シネマ・パラダイス」の成人したトトが、ラストシーンで映像を見続けるように、「ワン・セカンド」の男もまた、娘の24フレーム、たった1秒間を見続けることになる。
 映画の持つ多くの意味を、改めて考えさせてくれる。これは、映画への愛に満ちた、チャン・イーモウの力作だろう。

2022年5月20日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』公式Webサイト

監督・脚本:チャン・イ―モウ 『妻への家路』
出演:チャン・イー 『オペレーション:レッド・シー』、リウ・ハオツン、ファン・ウェイ 『愛しの故郷』
2020年/中国/中国語/103分/シネスコ/原題:一秒钟/字幕翻訳:神部明世
配給:ツイン

フェルナンド・ボテロ 豊満な人生

© 2018 by Botero the Legacy Inc. All Rights Reserved

 1932年、コロンビア生まれのフェルナンド・ボテロの描く、ふっくらとした絵や彫刻は、眺めているだけで、ほんわか、ほのぼのとしてくる。いま90歳、現役の画家、彫刻家だ。
 このボテロの人生を辿ったドキュメンタリー映画が「フェルナンド・ボテロ 豊満な人生」(アルバトロス・フィルム配給)だ。
 まだ40歳だった父が亡くなる。裕福ではなかったボテロは、闘牛士に憧れて、闘牛学校に通いながら、大好きな絵を描き続ける。ボテロは、16歳そこそこで、地元メデジンの新聞「エル・コロンビアーノ」にイラストを描く。
 首都のボゴタで、個展まで開くようになったボテロは、20歳の頃に描いた絵が7000ドルで売れ、修行のため、スペインのマドリード、イタリアのフィレンツェに出かける。スペインでは、ベラスケスやゴヤ、フィレンツェでは、ピエロ・デラ・フランチェスカらの作品から多くを学ぶ。
 当初は、さまざまなスタイルで描いていた絵が、ある日を境に一変する。1956年頃、メキシコに移住したボテロは、やや大きめのふっくらとしたマンドリンのスケッチを描いていた。そして、サウンドホールを意識的に小さく描いてみたところ、ボテロは、マンドリンが爆発したような感覚に捉われたという。
 ふっくらとした人物画は、それまでに多くの画家が描いていたが、ボテロの絵は、さらにふっくらと、ふくよかである。
© 2018 by Botero the Legacy Inc. All Rights Reserved 後に、多くのデッサンや下絵を、ボテロの長男と長女が見つける。ボテロのたどった足跡が分かるだけでなく、卓越した色彩で、ふっくらと豊満な作品を予感させる。
 1961年には、ダ・ヴィンチに敬意をこめて、多くの「12歳のモナ・リザ」を描き、ニューヨークの近代美術館に展示されるようになる。どれも、ふっくらとした少女のようなモナ・リザで、微笑ましい限りの絵だ。
 もちろん、敬意を込めたパロディのような絵は、「モナ・リザ」だけではない。ピエロ・デラ・フランチェスカや、ベラスケスの「女官たち」などにヒントを得た絵も多く描いている。
 絵だけではない。パリでは、ルネサンスに学びつつ、彫刻に熱中する。
 ボテロの人生は順風満帆ではない。まだ幼い三男のぺドリートを交通事故で亡くし、自らも手を負傷する。一時はぺドリートの絵ばかり描き続け、傑作の「馬に乗ったぺドリート」を完成させる。
 ボテロが世界的に有名になったのは、パリをはじめ、世界じゅうで、彫刻の展示を開催してからである。彫刻もまた、人物、動物など、たいていは、ふっくら、豊満である。
 そんなボテロを批判する人もいる。「不快だ、まるで食品会社のキャラクターのようだ」と。ボテロはまったく気にしない。ボテロは言う。「作品にユーモアは不可欠、小さく紛れ込ませるだけで、鑑賞しやすくなる」と。
 一連のマリー・アントワネットの肖像画がいい例だろう。「芸術は楽しくなくっちゃ、楽しみを生まなくっちゃ」とボテロ。
 ハッピーな絵を描くだけではない。当時のコロンビアには、麻薬密売や爆弾テロが多発、麻薬王のパブロ・エスコバルが家の屋根で射殺された事件に材を得た絵を描く。
© 2018 by Botero the Legacy Inc. All Rights Reserved9 メデジンにあるボテロのハトの彫刻が爆破される。ボテロは、爆破されたハトをそのままにして、隣に新たにハトの彫刻を置く。戦争で生まれたハトと平和で生まれたハトというわけである。
 長女のリーナが父の言葉を紹介する。「芸術は物事を変えることは出来ない。でも人々の記憶に証を残せる」と。二つのハトが、その証だろう。
 アメリカ兵がイラクの捕虜を虐待していた。2004年のアブグレイブ刑務所での捕虜の虐待事件を知ったボテロは、虐待されたイラク兵たちの絵を描き続ける。むごいシーンをあくまでも美しく、ちょうどピカソが「ゲルニカ」を描いたように。2007年、約60枚の虐待シリーズは、カリフォルニア大学バークレー校に寄贈される。
 ボテロは、35年にわたって収集していたピカソやシャガール、ミロ、バルティスらの絵を、ボゴタのボテロ美術館に寄贈する。さらに、高価なモネの絵も買い足しての寄贈である。
 北京、上海でも大掛かりなボテロの展示があり、フランスのエクス・アン・プロヴァンスでは、「ボテロとピカソの対話」という展示が開催される。「涙が出そうだ」とボテロ。
 このような素晴らしいドキュメンタリー映画を撮ったのは、カナダのドン・ミラーである。バンクーバーを拠点に映画やテレビのドキュメンタリーを製作している。
 これが公開される4月29日(金)からは、Bunkamuraザ・ミュージアムにて「ボテロ展 ふくよかな魔法」という展示が開催される。まっさきに見にいこうと思う。

2022年4月29日(金・祝)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー!

『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』公式Webサイト

監督:ドン・ミラー
2018年/カナダ映画/英語・スペイン語/ビスタ/デジタル5.1/82分/原題:BOTERO
後援:コロンビア共和国大使館、インスティトゥト・セルバンテス東京
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム

人生の着替えかた

 短いようで長い人生には、さまざまなことが起こる。まだ若い人でさえ、何度かは大きな転機を経験する。映画「人生の着替えかた」(アークエンタテインメント配給)は、ざっと30分少しの短編映画が3本。それぞれ、いままでの人生の殻を抜けだして、新しい人生に向かおうという、文字通り「人生の着替えかた」がテーマのオムニバスである。共通しているのは、舞台出身の俳優、秋沢健太朗が主演を務めることだ。

「MISSING」 ©アトリエレオパード 1本目は「MISSING」。脚本は蛭田直美。
 天ケ瀬透(秋沢健太朗)は、幼い頃、兄の翔(中村優一)と遊んでいて、兄に殺されそうになった記憶がある。
 翔はいま指名手配中で、警察から追われている。妊娠中だった妻の死の原因を作った男に暴行を加えた容疑である。透のアパートには、翔の指名手配書が貼られ、透にアパートから退去するよう、書き加えてある。
 手配書のせいで、透の就職もうまくいかない。キッチンカーで働いているひまり(小篠恵奈)と知り合い、付き合い始めても、長く続かず、透は落ち込むばかりの日々を送っている。
 ある日、翔に暴行された男が街に戻ってくる。身を隠していた翔が透の前に現れる。透は、「邪魔すんなよこれ以上、俺の人生!」と、今までの怒りを翔にぶつける。翔は、ある決心を秘めているらしく、透は、翔の行き先を追いかけていく。

「ミスりんご」 ©アトリエレオパード 2本目は「ミスりんご」。脚本は岡部哲也。
 舞台は秋田の横手。健二(秋沢健太朗)と雄介(反橋宗一郎)は仲良しコンビである。ふたりは、一儲けしようと、軽い気持ちでオレオレ詐欺の手伝いをする。
 うまく金を引き出して、元締めのヤクザに金を渡そうとしたとき、とんだハプニングが起きる。結果、健二と雄介は、騙し取った金を持って逃げ惑うことになる。なんとか逃れようとしたふたりは、たまたま開催中のミスりんごコンテストに参加して、身を隠そうと企てる。
 なんと女装してコンテストに出たふたりは、3名が選ばれるミスりんごに、ふたりとも選ばれてしまう。当然、ヤクザがふたりを探し、追い詰めてくる。はたして…。

「お茶をつぐ」 ©アトリエレオパード 3本目は「お茶をつぐ」。脚本は蛭田直美。
 雷太(秋沢健太朗)は、ムツミ園という日本茶の店の長男である。聴覚障害のある雷太は、父の耕三(篠田三郎)の死後も、家業を継ぐことなく過ごしている。
 姉の瑞穂(美沙央)は、店を雷太に継いでもらいたいのに、なんの反応もない雷太にいらいらするばかり。
 ある日、父の知り合いだと言って、貞二(木村達成)と名乗る若者が店にやってくる。貞二はいきなり、「この店は俺が継ぐ」と言いだす。
 生前の耕三は、お茶の「合組」(ごうぐみ)という技術を持っていて、茶葉を絶妙にブレンドし、〈ムツミ〉と名付け、顧客に提供していた。貞二は、なんと耕三の遺書を持っていて、「店の全権を貞二に譲る」と遺書を示す。ただし、最後の一行に、「雷太が遺言書の存在を知って24時間以内に〈ムツミ〉の合組に成功したら、店は雷太に譲る」とある。
 翌日、耕三の遺書に託した思いに気付かぬまま、雷太は常連の顧客の前で、合組したお茶を判定してもらうことになる。もちろん、貞二もまた、合組に挑むことになる。

 3作とも、まったく映画のジャンル、テーマは異なっている。「MISSING」は、兄弟の桎梏を描いたシリアスなドラマだが、「ミスりんご」は、軽いタッチのコメディ。「お茶をつぐ」は、聴覚障害者が茶葉の奥義に挑む、ちょっとスリリングなストーリーだ。
 いずれも、主役の秋沢健太朗の魅力、演技力をうまく引き出していると思う。もともと、数多くの舞台経験があり、どんな役柄でも器用にこなす力量がある。3作のなかでは、聴覚障害者に扮した「お茶をつぐ」が難しい役どころと思うが、手話の演技に、まったく違和感を感じさせない。コミカルに演じた「ミスりんご」のコンテスト・シーンでは、女装を披露する。どこか、ビリー・ワイルダー監督の「お熱いのがお好き」を思い出して、笑いが止まらない。
 かつて、篠原哲雄監督の「癒しのこころみ」という映画の公開前に、監督ともども、秋沢健太朗に短いインタビューをさせてもらったが、謙虚で物静かな好青年だった。ミュージカル「忍たま乱太郎」にも出演しただけあって、とてもいい声の持ち主だ。
 「MISSING」の監督は後藤庸介、「ミスりんご」の監督は岡部哲也、「お茶をつぐ」の監督は篠原哲雄。撮影は、3作とも、篠原哲雄監督の多くの映画や、最近では谷口正晃監督の「ミュジコフィリア」、金子修介監督の「信虎」を撮った上野彰吾。どのシーンも、いきいきと美しく撮ることで定評のあるカメラだ。

 3作を続けて見て思う。人生は、いちどしかない。困難があれば、いくらでも人生を着替えることだ。そして、瞬間瞬間を、誠実に、着実に生きることだろう。

2022年3月25日(金)より、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー

『人生の着替えかた』公式SNS

「MISSING」
出演:秋沢健太朗、中村優一、小篠恵奈/森山栄治
監督:後藤庸介
脚本:蛭田直美
音楽:GEN
撮影:上野彰吾

「ミスりんご」
出演:秋沢健太朗、反橋宗一郎、加村真美、小坂涼太郎、朝香賢徹/大谷亮介
監督・脚本:岡部哲也
音楽:GEN
撮影:上野彰吾
◎日本芸術センター第12回映像グランプリ 演技賞受賞作品

「お茶をつぐ」
出演:秋沢健太朗、木村達成、美紗央/篠田三
監督:篠原哲雄
脚本:蛭田直美
音楽:GEN
撮影:上野彰吾
◎Monza film festival(イタリア・モンツァ国際映画祭)招待作品
◎ダマ―国際映画祭特別招待作品

2022年/日本/カラー/101分
プロデューサー:馮啓孝
企画・製作:アトリエレオパード
配給:アークエンタテインメント

金の糸

© 3003 film production, 2019

 「金の糸」(ムヴィオラ配給)は、人生の波乱や年輪の重みが、ズシリと伝わるような映画である。
 老女ふたりと老いた男性の人生そのものを描いているわけではないけれど、その人生がどういうものであったかが、くっきりと浮かび上がる。
 現代。ジョージアの首都トビリシ。かなり年輩の女性で、作家のエレネ(ナナ・ジョルジャゼ)は、パソコンに向かって執筆中である。プルーストの「失われた時を求めて」の一節を思い浮かべて、「私たちの一生を言い当てている」と呟く。
 エレネは、生まれたときからの古い家で、娘夫婦とその孫娘、エレネからみるとひ孫の四人で暮らしている。
 今日は、エレネの79歳の誕生日。もはや、誰もそんなことは覚えていない。確実に、老いの孤独が忍びよっている。
 そんなエレネの話し相手は、エレネと同じ名前のひ孫(マリタ・べリゼ)だけ。
 ある日、エレネは、娘のナト(ニノ・キルタゼ)から、ナトの姑になるミランダ(グランダ・ガブニア)が引っ越してくると言われる。
 高齢のミランダは、アルツハイマーのせいか、ガス栓を閉め忘れ、あやうく火事になるところだったらしい。
 エレネは、かつて政府高官だったミランダを快くは思ってはいない。年金や印税収入だけでは苦しいと、ナトに言われ、しぶしぶ、ミランダを迎え入れることになる。
© 3003 film production, 2019 エレネは足を悪くしていて、いまや、ほとんど外には出ない。ひ孫のエレネは、曾祖母のために、外の通りの絵を描いてくれる。
 突然、エレネに電話がかかってくる。なんと、エレネの60年もの前の恋人だったアルチル(ズラ・キプシゼ)からである。
 エレネの誕生日を覚えていたアルチルは、お祝いのメッセージを伝える。そして二人は、かつて、朝までタンゴを踊った通りのことを思い出す。アルチルもまた、足が不自由で、車椅子を必要としている。
 ミランダが越してくる。近所の人たちは、住居を世話してもらったりで、礼を言ったりする。まんざらでもないミランダ。
 ミランダは、いまの風潮に批判的で、かつてのソ連時代を思い出すばかり。
 エレネとアルチルの「思い出」電話は、続いている。ふたりに、辛い記憶もよみがえってくる。
 エレネ、アルチル、ミランダは、ジョージアがグルジアといっていた時代を生き延びてきている。
 いまエレネは、中庭に出る程度で、外に出ることはない。アルチルもまた車椅子の生活である。いまなお、過去の権勢の残るミランダには、アルツハイマーが進行している。
 やがて、これまで三人が秘めていた過去や、それぞれの関係が明るみに出ることになる。
 美しいシーンが連続する。ふたりのエレネにしか見えないショット。若いエレネとアルチルが通りで踊る。
 エレネが幼いエレネに、一枚の絵を見せて、「金の糸」について話す。これまた、情感たっぷりで、うっとりするシーンだ。
© 3003 film production, 2019 芸術一般に造詣の深いジョージアの人たち。ここでも、控え目だが、うっとりする音楽に、たびたび引用される詩が、とてもすてきだ。
 ラスト近く、老人三人の、まさに「失なわれた時」がよみがえってくる。恋愛の甘い思い出だけではない。尋常な作家人生でなかったエレネの哀しみが、ズシリとのしかかってくる。
 三人の俳優の演技が、素晴らしい。エレネを演じたナナ・ジョルジャゼは、もともとは映画監督である。ミランダ役のグランダ・ガブニアと、アルチル役のズラ・キプシゼは、ジョージアを代表する名優である。
 監督・脚本は、1928年生まれのラナ・ゴゴベリゼ。ジョージアを代表する女性監督で、自らの人生を反映させた脚本は、波乱の人生を生きた証だろう。
 スターリンの時代から、ソビエト連邦、ロシアと国名は変わったけれど、ジョージアのここ100年ほどの歴史を、ぜひ、振り返ってほしい。
 いま、ロシアはウクライナに軍事侵攻している。ジョージアもまた、2008年には、ロシアと軍事衝突の歴史がある。
 「金の糸」を見ていて、古いフランス映画で、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の「旅路の果て」を思い浮かべた。かつて俳優だった人たちの老人ホームが舞台で、過去のさまざまな人生が交錯する。
 「金の糸」も、「旅路の果て」も、できるだけ若いうちに見ていただきたい。必ずや、悔いのない人生を選ぶ助けになることと思う。

岩波ホールほか全国公開中

『金の糸』公式Webサイト

監督・脚本:ラナ・ゴゴベリゼ
撮影:ゴガ・デヴダリアニ
音楽:ギヤ・カンチェリ
出演:ナナ・ジョルジャゼ、グランダ・ガブニア、ズラ・キプシゼ
原題:OKROS DZAPI/英語題:THE GOLDEN THREAD/2019年/ジョージア=フランス/91分
日本語字幕:児島康宏
配給:ムヴィオラ

ロスバンド

FILMBIN AS © 2018 ALLE RETTGHETER FORBEHOLDT

 ノルウェーから、力強く、ほほえましい映画が届いた。「ロスバンド」(カルチュアルライフ配給)だ。
 ロック好きの若者たちが、決勝大会に出ようと、車で旅をする。ただそれだけの映画なのに、ぐいぐいと惹き付けられる。
 ドラムをたたくグリム(ターゲ・ホグネス)と、ギター兼ボーカル担当のアクセル(ヤコブ・ディールード)は、ロスバンド・イモターレというロックバンドを持っていて、いつかロック大会に出ようと、練習に励んでいる。
 たぶん、15歳か16歳くらいだろう。グリムは、初めて聴いたライブで、有名なドラマーから、サイン入りの写真をもらって、日頃の励みにしている。
 ギターの達者なアクセルは、かなりの音痴なのに、本人はまったく自覚していない。大会に提出したデモテープは、グリムが、音程補正ソフトで修正したものである。
FILMBIN AS © 2018 ALLE RETTGHETER FORBEHOLDT 結果、予選をパスして、決勝大会に出る資格を得る。
 大会の開催は、ノルウェーの北の町トロムソ。メンバーが二人では、いささか頼りない。そこで、ベースが弾けるメンバーのオーディションを開く。やってきたのは、たった一人、9歳の女の子ティルダ(ティリル・マリエ・ホイスタ・バルゲル)だ。
 ティルダは、まだ幼いけれど、バッハの「無伴奏チェロ組曲」を弾きこなすほどの腕前で、なにより、気が強い。
 「本物のバンドは、車でツアーだ」とアクセル。そこでグリムは、自転車修理工場を営む一家の次男坊、マッティン(ヨナス・ホフ・オフテブロー)に声をかけ、なけなしのバンド預金で運転手として雇う。
 いわゆるロードムービーである。ノルウェーの家庭事情の実例がいくつか示され、ドラマには多くの伏線が用意されている。
 少年たちや女の子には、まったく、問題がないわけではない。それぞれがなにがしかの「訳あり」をかかえている。
FILMBIN AS © 2018 ALLE RETTGHETER FORBEHOLDT トロムソへの旅は、決して楽な旅ではなく、さまざまな「事件」が起きる。
 かといって、ドラマはシリアス一辺倒ではない。むしろ、軽快な笑いが用意され、ほどよい振れ幅が楽しめる作りである。
 ノルウェーのロックには、まったく馴染みはないが、ラスト近くで演奏される「Walk Your Own Way」と「Feel」が聴こえる頃には、心震え、思わずこみ上げてくる。そう、歌の通り、自分自身で決めた道を、歩めばいいのである。
 監督は、クリスティアン・ロー。日本で公開されるのは、これが初めてと思うが、少年少女を描かせては定評のある作家だそうだ。
 ちなみに、ノルウェーという国は、民主主義度と世界報道自由度のランキングで、世界一位である。
 「ロスバンド」といった、自由な、痛快な映画が作られるのも、当然だろう。

2022年2月11日(金)より、新宿シネマカリテ他にて公開!

『ロスバンド』公式Webサイト

監督:クリスティアン・ロー
出演:ターゲ・ホグネス、ヤコブ・ディールード、ティリル・マリエ・ホイスタ・バルゲル、ヨナス・ホフ・オフテブロー 他
原題:LOS BANDO/ノルウェー・スウェーデン/2018年/94分/カラー/ノルウェー語・スウェーデン語/シネマスコープ/5.1ch/映倫PG-12
後援:ノルウェー大使館
配給:カルチュアルライフ
宣伝:VALERIA

ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男

© 2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

 1975年、ウエストバージニア州パーカーズバーグ。夜中、ビールを呑んだ若者たちが、川に飛び込み、騒いでいる。ボートが一隻現れ、若者たちを蹴散らす。ボートから、なにやら液体らしきものがまき散らされる。パーカーズバーグには、アメリカきっての化学製品の巨大企業、デュポン社の工場がある。
 映画「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」(キノフィルムズ配給)が始まる。
 1998年、オハイオ州シンシナティ。弁護士のロブ・ビロット(マーク・ラファロ)は、名門の法律事務所に採用される。着任早々のロブのところに、ウィルバー・テナント(ビル・キャンプ)という、パーカーズバーグで農場を営む男が現れ、ロブの祖母の知り合いだと言う。ウィルバーは、農場がデュポン社の廃棄した化学物質によって汚染され、調査してほしいと訴える。そして、牛などがどんな被害にあったかを記録した大量のビデオを置いていく。
 ロブの法律事務所は、もともとは企業相手で、ロブはウィルバーの依頼をいったんは断る。祖母ともしばらく会っていないロブは、祖母を訪ねがてら、ウィルバーの農場に赴く。
 荒れ果てた農場である。ウィルバーは、デュポン社が近くの埋立地に廃棄した化学物質のせいで、どんな被害があったかを説明する。牛の肥大した臓器、黒く変色した歯をロブに見せる。さらに、仔牛の半数は蹄に奇形があり、雌牛は背中に腫瘍がある、と言う。ウィルバーは、オハイオ川にロブを案内し、石が白く変色しているのを見せる。多くの牛が、埋葬されている。「次々と牛が死に、いまや190頭」とウィルバー。
 農場で、狂ったように暴れ出す牛を目前にしたロブは、ショックを隠せない。さらに、ウィルバーの持ち込んだビデオを見たロブは、生々しい被害にさらに驚き、デュポン社相手に訴訟を起こす。
 1999年。ロブの許に、デュポン社の廃棄物に関する開示資料が届く。「PFOA」という、化学物質らしい略号が頻出するが、ネットで検索しても、出てこない。これは、環境保護庁の規制外の化学物質ではないかと、ロブは推測する。ロブは、裁判所にさらに資料の開示を求める。
 2000年。ロブは、「PFOA」が、人体に有害な化学物質であることを突き止める。川や水道水に、デュポン社の廃棄した「PFOA」が漏れて、家畜や人体に大きな影響が出ているのではないかと、ロブは推測する。
 家庭生活を犠牲にしてまでも、ロブの調査が続く。不仲になりつつある妻のサラ(アン・ハサウェイ)や、事務所の上司トム(ティム・ロビンス)との確執もある。
 ロブの孤独な調査が続く。そしてロブは、すでに40年もの間、隠し続けていたデュポン社の恐るべき秘密を知ることになる。
 いわゆる「公害」問題に、真っ正面から取り組み、一弁護士の、それこそ人生を賭けた奮闘ぶりが丁寧に描かれ、緊張感もたっぷり。
 超大企業は、専門家はもちろん、環境保護庁どころか、政府をも味方につける。それは、開発した製品から、膨大な利益を手にしているからである。有害物質だと分かっていても、埋め立て、廃棄する。被害が出ても、被害認定の基準が厳しかったり、訴訟で敗訴しても、安い金額で済ませようとする。
 和解を勧めたことのあるロブに、怒ったウィルバーは、「金の問題じゃない、奴らに罰を与えろ」と叫ぶ。デュポン社の秘密を知ったロブは、「自分の身は自分で守るしかないのか」と述懐する。
 まるで、日本の現実と同じ図式ではないか。水俣病を代表とする一連の公害裁判を振り返ってみればいい。被害が出ても、訴訟になっても、企業や国は、すべて先延ばし。被害者側が、因果関係をすべて証明するまで時間を稼ぎ、びくとも動かない。この映画でも、訴訟の途中で、ウィルバーとその妻は、がんを発症、亡くなってしまう。
 デュポン社と、多くの原告との集団訴訟についての経過は、ネットに詳しく報道されている。ぜひ、確かめられたい。
 ロブを演じたマーク・ラファロは、環境保護運動に熱心な俳優だ。2016年、ニューヨーク・タイムズ紙の記事で、デュポン社を相手に10数年もの間、闘い続けている弁護士ロブ・ビロットの詳細を知る。そして、自ら製作も兼ねて、映画化を決意したという。こんな硬派な俳優、日本にはいないなぁ。
 ちなみにマーク・ラファロは、映画「フォックスキャッチャー」では、デュポン財閥の御曹子であるジョン・デュポン率いるレスリング・チームに勧誘されるレスラー役を演じた。まさに皮肉な巡り合わせと言えよう。
 監督は、マーク・ラファロのオファーに応じたトッド・ヘインズ。「エデンより彼方に」や「キャロル」、「ワンダーストラック」などで、キレのある演出を披露している。
 有害物質を大量廃棄した結果、製造された素材は、デュポン社の登録商標の「テフロン」である。「テフロン」は、もとは戦車の防水材として開発され、その後、油不要で、焦げ付かないフライパンの加工素材として世界じゅうで使われ、一世を風靡した。
 大事なのは、便利さの影にひそむ企業の魂胆を見抜くことである。人が死んでからでは、遅い。そう、人生の学びは、尽きないのだ。

2021年12月17日(金)、TOHOシネマズ シャンテほかロードショー

『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』公式Webサイト

監督:トッド・ヘインズ(『キャロル』『エデンより彼方に』)
出演:マーク・ラファロ、アン・ハサウェイ、ティム・ロビンス、ビル・キャンプ、ヴィクター・ガーバー、ビル・プルマン
2019年/アメリカ/英語/126分/ドルビーデジタル/カラー/スコープ/原題:DARK WATERS/G/字幕翻訳:橋本裕充
提供:木下グループ
配給・宣伝:キノフィルムズ

ユダヤ人の私

©2021 Blackbox Film & Medienproduktion GMBH

 3年ほど前に、「ゲッベルスと私」というドキュメンタリー映画が公開された。ナチスドイツの高官で、宣伝大臣ゲッベルスの秘書を務めていたブルンヒルデ・ポムゼルという女性の証言を記録したもので、ポムゼルが103歳のときのインタビューだった。この映画が「ホロコースト証言シリーズ」3部作の第1弾で、この「ユダヤ人の私」(サニーフィルム配給)は、第2弾である。
 映画は、マルコ・ファインゴルドという、1913年にハンガリーで生まれて、ウィーンで育ったユダヤ人男性の証言を記録したものだ。インタビューしたのは2019年で、ファインゴルドが105歳のときだった。
 映画は、ファインゴルド自身の証言で構成され、合間に多くのアーカイブ映像が挿入される。
 ファインゴルドの証言をもとに、ざっとの履歴を辿ってみよう。
 ナチスが政権をとった1913年、ファインゴルドは、兄エルンストとともにイタリアで床用ワックスなどの販売をしていた。パスポート更新でウィーンに戻った1938年、ドイツはオーストリアに侵攻、ファインゴルドはイタリアに戻れなくなる。
©2021 Blackbox Film & Medienproduktion GMBH ただユダヤ人というだけ で、迫害を受けたファインゴルドは、1939年、チェコスロヴァキアのプラハで逮捕される。ちょうど、ドイツがポーランドに侵攻した頃である。
 1939年11月、ファインゴルドは、プラハの刑務所からポーランドのクラクフにある刑務所に移送され、1941年から、アウシュヴィッツをはじめ、ドイツのあちこちにある強制収容所を転々とする。過酷な状況のなか、終戦の1945年4月まで、収容所で生き延びる。
 その間、母は病死、父は爆撃を受けた傷が原因で死亡。上の兄ナタンも死亡、兄エルンストとは、同じ収容所にいたことがあるが、1942年、安楽死関連施設で死亡している。偽名を使って、1945年までドイツにいた妹のローザは、消息不明。
 終戦後、生き延びたファインゴルドは、ユダヤ人への支援や、ナチスの犯罪を暴く講演活動を行い、ナチスに協力したオーストリアの責任を、70年以上、訴え続けていた。また、10万人ものユダヤ人難民をパレスチナに逃がした経緯も、自身の言葉で語っている。
 「国家と人は過去の過ちを忘れている」と語るファインゴルドの言葉が、重くのしかかる。
 ファインゴルドは、2019年9月、106歳で亡くなる。
 この映画を撮った、4人の監督グループの一人、クリスティアン・クレーネスは言う。「オーストリアの多くの若者は、アイヒマンやゲッベルスが何者であったか、分かっていない。いまなお、世界じゅうで、反ユダヤ主義や人種差別を目的にした暴力行為が、年々、増加している。これまで堅実だった民主主義国家が、危険な方向にゆっくりと傾き始めている」。
©2021 Blackbox Film & Medienproduktion GMBH いまの日本も、まさにそうではないか。世界で唯一、原爆の被災国なのに、憲法を変えようとし、敵を想定し、自衛力を増強し、戦争に加担しやすくなる状況を作ろうとしているように思える。
 映画で挿入されるアーカイブ映像は、1930年、ベルリンでの少年たちのボクシングの練習を描いた「ボクシングの技術」から、1961年、エルサレムでのアイヒマン裁判の一部までの全14篇。いずれも、本編と何らかの関係があっての使用だろう。映像に込められた意味を深く考えていただきたい。
 数百万人ものユダヤ人が虐殺された歴史は、さまざまな形で検証されている。映画「ユダヤ人の私」も、そのひとつに過ぎないが、マルコ・ファインゴルドや、「ゲッベルスと私」のブルンヒルデ・ポムゼルの残した証言は、永遠に語り継がれるべきだろう。
 ちなみに、この「ホロコースト証言シリーズ」の第3弾は、アウシュヴィッツで人体実験を繰り返した、ヨーゼフ・メンゲレという医者についてである。さらに、このシリーズは、まだあと2、3本、製作が予定されているようだ。
 日本は、ポツダム宣言すら、つまびらかに読んでいないという元総理大臣がいる国だ。ドイツやオーストリアは、映画というメディアを駆使して、自らの歴史を必死に検証している。見習うべきだろう。

2021年11月20日(土)より、岩波ホールにてロードショー

『ユダヤ人の私』公式Webサイト

監督:クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、クリスティアン・ケルマー、ローランド・シュロットホーファー
製作:ブラックボックスフィルム&メディアプロダクション
オーストリア映画/2021年/114分/ドイツ語/16:9、4:3/モノクロ
日本語字幕:吉川美奈子
協力:オーストリア文化フォーラム東京
配給:サニーフィルム