チャールズ皇太子提唱の「ハーモニー原則」と教育 ~不確実性の時代における希望への営み~

ダンフリーハウス 読者の皆さんは英国王室のチャールズ皇太子が「ハーモニー」と呼ばれている原則を提唱していることをご存知でしょうか。
 2019年10月26日~29日、この原則に魅せられたビジネス、医療、建築、農業、教育関係の専門家36人がスコットランドのダンフリーズ・ハウスという古い館に集い、文字どおり膝を付き合わせて地球の未来について話し合いました。ダンフリーズ・ハウスは王室が所有する2,200エーカーもの広大な土地にあり、そこでは「ハーモニー原則」に則った教育プログラムや有機農業などをチャールズ皇太子の財団が営んでいます。
ダンフリーハウスで「ハーモニー教育」を講義するダン校長先生 筆者は、この会議に招待され、トンボ帰りではありましたが、一連の討議に参加し、他の国々や国際機関からの参加者と一緒に皇太子に進言する機会を与えていただけました。参加してみて分かったのは、気候変動の影響で今、アクションを起こさなければ次世代は不可逆的な事態に見舞われるという認識を共有している専門家の集いであったということでした。参加者の誰もがこの10年が勝負であると捉えていたのです。なかには後戻りできなくなる転換点(ティッピングポイント)は近づいており、この5年くらいが勝負だと主張する人もいました。一部の科学者を除いて、ここまでの危機感を抱く日本人では決して多くないのではないでしょうか。
 集った人々にはもう一つ共通している点がありました。それは、教育に可能性を見出し、最も有効な「ツール」であると捉えていることでした。しかも、気候変動に関する知識を教えるのでなく、地球規模の温暖化を引き起こしてきたような教育、すなわち地球資源を犠牲のもとに物質的な豊かさを追い求めるような価値観や知識・技能を培ってきた教育のあり方を根底から変えねばならないという信念をもつ専門家たちでした。
タペストリーの間で皇太子を待つ専門家たち 晩餐会で親睦を深めた後、タペストリーの間で筆者を含めた10人がチャールズ皇太子に進言をする機会が与えられました。そこでの議論で希望を託された教育のひとつがESD(持続可能な開発のための教育)でした。折しも2030年に向けた‘ESD for 2030’(持続可能な開発のための教育:SDGs達成に向けて)がユネスコ総会及び国連総会で決議される直前であり、SDGs(持続可能な開発目標)を実現するための教育の重要性が際立った会議でもありました。
 「国連の10年」として2005年に始まった当初のESDには、学校などの組織全体を持続可能な未来に向けて再編するという大胆な構想が描かれていました。ところが、実際には旧態依然たる制度内での試みにとどまる実践が少なくなかったと言えます。これを「ESDの矮小化」もしくは「ESDの断片化」と筆者は呼んできました。最近、SDGsでも同様の傾向が散見されるのではないでしょうか。
 こうした懸念に対してダンフリーハウスでの最後のセッションでは、チャールズ皇太子の提唱する「ハーモニー原則」こそ、持続可能な社会に向けて私たちの日常に変容を根幹からもたらすものであり、農業や建築のみならず教育でも本格的に英国内外で広められるべきであるという結論に達しました。
 話はトントン拍子に進み、この会議に参加していたリチャード・ダン氏(元アシュレイ小学校校長)が来日し、本年3月6日と7日に7つの「ハーモニー原則」をどう学校や地域で実践し得るのかについてセミナーを開催する運びとなりました(詳細は下記URLを参照)。なお、チャールズ皇太子の財団の支援によって翻訳され、印刷・製本過程で二酸化炭素の排出を極力抑えて作られた教師用ガイドブック『ハーモニー:私たちの世界の新たな見方と学び方』も当日、お披露目される予定です。

■ESD for 2030 のエッセンス 持続可能な未来を実現する6つのハーモニー原則
https://www.u-sacred-heart.ac.jp/event/20200122/2933/

イーディ、83歳 はじめての山登り

© 2017 Cape Wrath Films Ltd.

 「人生、なにをするにも、遅すぎることはない」。また、「人間、死ぬまで勉強」。そんなことが、じっくりと伝わってくる映画が「イーディ、83歳 はじめての山登り」(アット エンタテインメント配給)だ。
 タイトル通り、長年、ロンドンに住むイーディ(シーラ・ハンコック)は83歳の老女。もう30年間、夫の介護を続けている。その夫が亡くなる。ふと、イーディは、父親の書いた古い絵はがきを見つける。そこには「この変な山に登ろう」とある。変な山とは、スコットランドにあるスイルベンという山だ。
 長年の介護を続けたイーディの苦労は、娘のナンシー(ウェンディ・モーガン)には、なかなか理解できない。3年後、ナンシーは、イーディを施設に入れようとする。豪華な設備の施設だが、そこに住む人たちを見て、イーディは愕然とする。まるで、ただ死を待つだけなのか……。
 イーディが家のなかを整理していても、つい口論ばかりで、母と娘の関係はギクシャクしたままだ。
© 2017 Cape Wrath Films Ltd. そんなある日、イーディはなじみのフィッシュ&チップスの店で、いつもの食事をする。ふと、イーディは、「追加注文をしてもいいか」と尋ねる。「なにも遅すぎることはないさ」と店員。突然、イーディははっと気付く。すでに諦めていたけれど、父との約束だったスイルベン山に登ろう、と。
 「しばらく留守にする」と、ナンシーに留守電を入れたイーディは、ひとり、夜行列車のカレドニアン・スリーパーに乗り、インバネス駅に到着する。
 ユーモアのセンスはあるものの、イーディは気弱なのに頑固で、やや偏屈な女性だ。駅で偶然知り合った青年のジョニー(ケヴィン・ガスリー)は、たまたま登山用品店を営んでいる。イーディは、ジョニーに、いろいろと助けてもらいながらも、その都度、口論になる。それでも、ジョニーは友人のマクローリン(ポール・ブラニガン)とともに、イーディのいろんな事情を知るうちに、キャンプの基礎知識や、登山道具の使い方、登山ルートの確認などを、イーディに指導していくことになる。やがて、イーディは、他人に頼ることの重要さに気付いていく。
© 2017 Cape Wrath Films Ltd. スイルベン山は、731mの低い山だが、頂上に登るには、2kmもの急勾配の尾根がある。元気とはいえ、イーディは、83歳の老女である。果たして……。
 スコットランドの絶景が続く。老女と青年の、ほんわかとなる心のふれあいがある。なにより、何歳になっても謙虚に学ぼうとするイーディの心意気に感心する。
 イーディを演じた女優シーラ・ハンコックは、1933年生まれで、映画の撮影当時は、イーディとほぼ同じ年齢だ。長年の構想を実現させた監督は、CM業界のキャリア豊富なサイモン・ハンター。イーディに寄り添うジョニー役は、「サンシャイン/歌声が響く街」や「ダンケルク」に出ていたケヴィン・ガスリーで、大ベテラン女優を相手に、互角に渡り合う。
 ニュージーランドの有名な登山家、エドモンド・ヒラリーは言っている。「私たちが征服するのは、山ではなく私たち自身だ」と。ラストの30分ほどは、ほとんど、セリフのない映画である。イーディの行動と、胸の内に去来する「想い」は、きっと見る者に勇気を与えてくれるはずだ。「Never Too Late」(遅すぎることは決してない)なのだから。

2020年1月24日(金)、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

『イーディ、83歳 はじめての山登り』公式Webサイト

監督・脚本:サイモン・ハンター
出演:シーラ・ハンコック、ケヴィン・ガスリー、ポール・ブラニガン、エイミー・マンソン、ウェンディ・モーガン
2017年/イギリス/英語/102分/シネスコサイズ/原題:Edie
後援:(公社)日本山岳・スポーツクライミング協会、ブリティッシュ・カウンシル
配給:アット エンタテインメント

Education 2030と新しいコンピテンシーの定義①

1.OECD東北スクールとOECDキーコンピテンシー

 OECD東北スクールの成功は、国内においては学習指導要領の改訂などに影響を与えることになりますが、国際的にもその成果は影響を与えることになります。OECD教育スキル局は、1997年にはじめたDeSeCoプロジェクトによるキーコンピテンシーの定義を、社会の変化に合わせて再定義するプロジェクトを東北スクールの終了直後の2015年に開始しました。それがEducation 2030です(本連載の第11回第15回で簡単に触れています)。
 一般的にOECDキーコンピテンシーと呼ばれる能力は

  1. 相互作用的に道具を用いる/1A.言語、シンボル、テキストを相互作用的に用いる能力/1B.知識や情報を相互作用的に用いる能力/1C.技術を相互作用的に用いる能力
  2. 異質な集団で交流する/2A.他人といい関係を作る能力/2B.協力する。チームで働く能力/2C.争いを処理し、解決する能力
  3. 自律的に活動する/3A.大きな展望の中で活動する能力/3B.人生計画や個人的プロジェクトを設計し実行する能力/3C.自らの権利、利害、限界やニーズを表明する能力

の三つに分類されており、これらは、DeSeCoと補完関係にあるPISAによって評価されます。
 OECD東北スクールのスタート時では、プロジェクトによってこのOECDキーコンピテンシーがどのように伸びるかが大きな意味を持っていました。しかしプロジェクトの進展とともに、違和感が増し別の評価指標をつくったことは既に述べました(連載第7回)。

2.PISAが求めているもの

 シュライヒャー氏によれば、PISAを提案したのは5人であとはみんな敵だった、というほど、プロジェクトは困難を極めたとしています。現在もなお、PISAが国際間で学力競争を煽っているとして、各国の知識人を中心に反対意見が途切れることはありません。実際、フィンランドでは、PISAの高スコアを維持するために移民の受け入れを渋ったり、PISAのためのドリルのようなものが出てきたりしたという話を、同国の研究者から聞いたことがあります。また、わが国においても2003年の調査で、読解力や数学的応用力が低下しているとされ、これが「PISAショック」となって「ゆとり教育」の排除につながったのは記憶に新しいところです。
 しかし、このような対応はPISAの趣旨からすれば誤っているといわざるを得ません。PISAを行う趣旨は、そうした子どもたちの学力レベルや構造が、どのような教育制度、社会的インフラ、文化状況によってもたらされるのかを国際比較によって明らかにすることであり、子どもたちの背景を無視して、付け焼き刃のように学力を高めても何の意味もありません。何よりも教育の目的が、学力の向上ではなく、well-being(よりよいあり方)に置いている点は重視すべきだと思います。2019年末、PISA2018で再びわが国の読解力が低下したことがあちこちで取り上げられていますが、またあの「ショック」が再来するのでしょうか。

3.Education 2030

図1 2015年時点でのコンピテンシーの概念図(OECDジャパンセミナー) さて、Education 2030は、現在の子どもたちが大人になる2030年ごろには、どのような能力が必要となって、それはどのような教育によってもたらされるのか、という問いからスタートしました。これらを明らかにするために、世界各国の教育研究機関と連携するのみならず、日本を含む世界の教育省や教育行政、そして何より教育の当事者である教員や生徒たちの幅広い声を正面から受け止めて議論を進めていくという、オープンな方式をとりました。私たちの地方創生イノベーションスクール2030も、その「声」を届けることが目的の一つでした。
 OECDといえば約40カ国からなる経済先進国からなる組織ですが、非加盟国も含め、かつ教育の最終目標を「経済発展」ではなく「個人や社会のwell-being」に置いています。

図2 2016年12月の概念図(OECDジャパンセミナー)

図3 2017年3月の概念図(OECDジャパンセミナー) 世界の多様な価値観を前提にしつつも、VUCAと呼ばれる、気まぐれで、不確実で、複雑で、曖昧な社会で生き、その社会を変えるイノベーションを起こすために必要な知識やスキル、態度、価値観とは何かを協働的に探っていくことが中心です。
 毎年開催されるOECDジャパンセミナーでは、地方創生イノベーションスクール2030の実践が報告されると同時に、Education 2030の進捗状況が毎回報告されました。コンピテンシーを示す概念図は毎回変わり、再定義の難しさと同時に、様々な声を拾い集めながらつくり出していく真摯さを強く感じました。むしろ、このプロセスに強い魅力を感じるくらいです。

4.OECDラーニングフレームワーク

 本節は生徒国際イノベーションフォーラム2017の準備を進めていた2017年ごろを述べているつもりですが、上記のEducation 2030は現時点で一定の結論を出しているので、現在の状況を述べさせていただきます。

図4 OECDラーニングフレームワーク2030

 図4に示すのが、OECDラーニングフレームワーク2030と呼ばれる概念図で、次回に示そうと考えているラーニングコンパス2019の前身となるものです。
 左の方を見ると、知識(Knowledge)やスキル(Skills)、態度や価値観(Attitudes and Values)のそれぞれの内容が示されるとともに、その三つが一つになってコンピテンシー(Competencies)を構成する様子が表現されています。右側の円の中には生徒(Students)がいて、読み書き(Literacy)、データ(Data)、デジタル(Digital)、算数(Numeracy)等の認知的な(Cognitive)基礎能力や健康(Health)、社会的および情動的(Social & Emotional)な能力が基礎となり、その周りに「新たな価値を創造する力(Creating new value)」「対立やジレンマに対処する力(Reconciling tensions & dilemmas)」「責任ある行動をとる力(Taking responsibility)」の三つの能力があり、これらがよりよい未来の創造に向けた変革を起こす力に必要な要素としています。その外側には、この力を伸ばしていくための、見通し(Anticipation)、行動(Action)、振り返り(Reflection)を繰り返すAARサイクルが示されています。これらは全体として個人と社会の(Individual & Social)Well-Beingに向かうものとなっています。
 さらには、これらがたんに個人に内蔵された能力と発達していくのではなく、親(Parents)、教師(Teachers)、仲間(Peers)、コミュニティ(Communities)との間で育まれているという点が重要です。能力というのはレゴブロックのように実態のある「モノ」ではなく、生き物のように生態系(Ecosystem)の中で生まれ育まれるものだからです。