「語研・小学校英語指導者養成講座」第3回オンライン講習会を追加しました。
月別アーカイブ: 2021年4月
コロナ禍の学びを考える ―持続可能な未来へのCONNECTEDkind(コネクティッド・カインド)(その1)
ESD for 2030の特集(Vol.7、8、9)でもふれた通り、ESDの優先課題のひとつは持続可能な未来をつくる市民性の育成です。その市民性を育む上で問われるのは、持続可能な未来に向けた自然との、そして人間同士の「つながり」をいかに再構築していくのかです。こうした関係性を新たに創造していくためのキーワードは「想像力」であると筆者は考えています。ただ、この想像力の涵養は狭義の美術教育に収斂されてはなりません。ここでは、そのための学びとしてCONNECTEDkind(コネクティッドカインド)という、コロナ禍で誕生したアクティビティを紹介したいと思います。
コロナ禍から生まれた新たな学び
2020年春先、多くの大学は1ヶ月ほど授業開始を遅らせることを学生に通知しました。新型コロナウイルスによる急速な感染症拡大という前代未聞の事態に直面し、唐突にステイホームと言われ、新学期を目前にしていた学生たちは戸惑いを隠せませんでした。そこで筆者は「オンライン自主ゼミ」を本来の授業開始日から行う、と伝えてみました。単位取得にならない授業ですが、結果、履修した学生ばかりか、聞きつけた他大の学生や社会人など、3カ国から10人あまりの大学院生や社会人が集う学習グループが生まれました。
非公式なので学生のニーズに合わせて自由に授業づくりができました。当初はサティシュ・クマールやバンダナ・シバによる新型コロナウイルスに関する論考を読んでいましたが、コロナ禍がもたらした不安や緊張を解くことはある程度はできたものの、学生たちは知識のレベルとは異なる、深い次元で安寧を欲していると感じました。
そこで皆で心を寄せ合えるCONNECTEDkindというアクティビティを試みてみました。このアクティビティの創始者は、ラトビアのラウラ・ベレーヴィチャさんですが、筆者にそのことを教えてくれたのはフィンランド在住のイギリス人のESD研究者でした。彼は、新型コロナウイルスの感染で世界中の子どもたちが学校で学ぶ機会を失っているが、CONNECTEDkindという素晴らしいESDの実践と出会ったのでぜひ日本の学生たちとやってみてはどうか、とメールをしてきました。昨年4月初旬のことです。
CONNECTEDkindの合言葉は “Stay home, but stay connected!”(お家にいよう、でもつながりながら!)」です。何とコネクトするかというと、人と自然、そして夢、さらには後述する「影」とです。その手法は次のようにいたってシンプルです。
- 自宅近くをスマートフォンかカメラを持って散歩する。(できるだけ晴れた日を選ぶ)
- 森や公園や道端に落ちている自然物、つまり葉っぱや枝や小石や花弁などを見つけて、その物の影と一緒に写真を撮る。何枚撮ってもOK。
- 自宅に戻ってお気に入りの1枚を選ぶ。
- 撮った写真を紙にプリントするかスマートフォン上で見られるようにし、自然物と影の形から想像したものをペンなどで描く。
- 家族や友人と対面かオンラインで作品を見せ合い、自分の作品の説明や他者の作品の印象を分かち合う。
「みんなちがってみんないい」という感性を育む
公園に落ちていた1枚の葉っぱとその影を見て、猫を想う人もいれば、船を想う人もいます。道端にある石とその影を見て、人の顔を想像する人もいれば、山を想像する人もいます。絵の得手不得手は関係ありません。誰もがもつ想像力を楽しみながら育むのです。始めは不慣れでも、想像力は鍛えられ、上達します。実際、創始者であるラウラさんも回を重ねるごとに想像したものをより上手に描くことができるようになったと言います。
彼女の作品例を見てみましょう。写真1は、ロスアンジェルスのラウラさん宅近くに落ちていた葉っぱとその影の写真です。皆さんは、この1枚の写真を見て、何を想像するでしょうか……。葉っぱと影を色々な向きに変えつつ、ラウラさんの想像から生まれたのは、バレリーナであり、キツネであり、空飛ぶ絨毯に乗る王子様です(写真2&3&4)。
多くの人は、このアクティビティを体験してみると驚きます。というのは、つい誰もが自分と同じものを描くであろうと思いますが、上記の5.で実際に見せ合うと、他者はまったく異なる「何か」を描くことが多いからです。例えば、葉っぱが魚に見えた人は、帽子を描いている他者の絵を見て新鮮な驚きを覚えます。逆に、自分と同じものを他者も描いていることを知った時は喜びを分かち合うことができます。
自分の作品と他者の作品を比べるのは、優劣ではなく個性の違いなので、意外性を楽しむことができます。その結果、他者の価値観や世界観を素直に受容するようになり、「みんなちがってみんないい」という感覚が自ずと身に付きます。新型コロナウイルスと同時に世界には不寛容も蔓延し、各地で差別や暴力行為が見られるようになりました。自分と異なる他者への想像力が問われている時代にCONNECTEDkindは格好の学習アプローチなのではないでしょうか。
「影」を受容する
先に、CONNECTEDkindでつながるのは上記の3つの要素であると述べましたが、実は「影」とのつながりがこのアクティビティの要なのです。写真を撮る時、自然物と共に影も撮影することがルールなので天気に左右されることは避けられません。晴れた日を選んで写真を蓄えておくとよいです。コロナ禍の1年間、このアクティビティをセミナーや授業で続けてみて実感できたのは、想像力を駆使して想いを込めた作品を描く人々は、作品にとって「影」が不可欠な要素であるということを感覚的に把握しているということです。誰もがもつ負の側面を否定せずに受容し、慈しむ態度は大切で、また作品を組織や地域社会と重ねれば、影で支えている人々や我々の暮らしの礎となっている自然への想像力も重要なのです。このシンプルな学びの背景には、古代中国の陰陽思想にも通じる何かがあるかもしれない、などと思いを巡らしてしまいます。
先のラウラさんの作品はいわばプロの作品であるので見事という他ありません。しかし、授業で同様に試してみると、どの作品も微笑ましいものばかりです。次回は学生たちの作品を紹介し、CONNECTEDkindの深い世界をさらに探求してみたいと思います。
Webマガジンまなびと:「学び!とESD」Vol.16
小学校 生活:「生き活きうぃーくる」第89回
小学校 生活 ブログ:「子どもがかわる 授業がかわる『生き活きうぃーくる』」第89回
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my実践事例:小学校 図画工作 No.044
my実践事例:小学校 図画工作 No.044 “「あちこちクリエイター」(第5学年)”を追加しました。
「あちこちクリエイター」(第5学年)
1.題材名
「あちこちクリエイター ~サーボモーターの仕組みから~」工作に表す
2.目標
Micro:bitでプログラミングしたサーボモーターの動く仕組みを使って,表したいものを考え,材料や用具の使い方を工夫して表す。
3.評価規準
・あちこち動くサーボモーターの仕組みを使い,楽しく動くものをつくることを通して,動き,バランスなどを理解している。
・表したいことに応じて身辺材などを活用するとともに,前学年までの材料や用具についての経験や技能を生かして,表し方を工夫して表している。
・動き,バランスなどを基に,自分のイメージをもち,仕組みを動かして感じたことなどから,表したいことを見付け,形や色,材料の特徴,構成の美しさなどを捉え,どのように主題を表すかについて考えている。
・自他の作品の造形的なよさや美しさ,表現の意図や特徴,表し方の変化などについて,感じ取ったり考えたりし,自分の見方や感じ方を深めている。
・つくりだす喜びを味わい主体的にサーボモーターの仕組みを使って,楽しく動くものをつくったり鑑賞したりする学習活動に取り組もうとしている。
4.題材について
プログラミング学習が必修化され,1人1端末が整備される中,子どもがコンピューターを学習に用いる場面が多くなってきた。また,国際的にみてもSTEAM教育の重要性も指摘されている。しかし,プログラミングをするだけで終わってしまい,教科の見方・考え方に迫るような実践は多くないと考えている。そのような状況の中で,プログラミングと図画工作科がお互いを高め合うような学びをねらった。工作に表す領域には,動きを生かして表現する機構工作がある。サーボモーターのプログラミングと合わせれば,そのような学びに迫れるのではないかと考え,この題材を設定した。
高学年の子どもたちは,今までにたくさんの材料や用具と出会い,多様な造形活動を経験してきている。その経験の中から,表したいことに合わせて表現方法を選ぶことができるようになっている。論理的に考える力も身についてきており,仕組みをうまくいかして表現することにも意欲的なことが多い。また,社会的な話題や他教科等で学習したことを作品に取り入れる表現等も表れてくる。このような要素から,子どもたちの多様な表現が予想されるので,思いついたことができるように支えたい。
子どもたちはプログラミングしサーボモーターを動かすことが初めてなので,機器やアプリの扱いについては丁寧に指導するようにした。動かせるようになってからは,十分に考える時間を確保したり,手を動かして考えたりできるような環境を設定した。また,友人とのやり取りの中での,表現の深まりを期待するため,自然な交流が生まれるように動線を工夫した。今まで経験してきた材料や用具が思い出されるように声かけしたり,思い描いた動きになるようにプログラムを整理したりと,1人1人にあった柔軟な指導を心掛けた。
5.準備物
6.指導計画(全4時間)
(1)Micro:bitをプログラミングして,サーボモーターを動かしながら表したいことを考えよう。(1時間)
(2)材料の使い方やサーボモーターの動かし方を工夫しながら,思いついたことを表そう。(3時間)
7.活動の様子
①Micro:bitを用いたプログラミングのやり方を知り、サーボモーターを動かす。
子どもたちは初めてのプログラミングだったので,やり方をまとめた資料やその他必要な情報をPCに送って共有した。また、プログラムのダウンロードや各機器の接続といった作業も必要なので,ゆっくり確実に進めることを大切にした。サーボモーターが動いたときは「やった。動いた。」と喜び,表現への意欲の高まりがみられた。
②サーボモーターの動きから表したいことを考える。
「ええ~と、どうしようかな…」
じっと,サーボモーターの動きを見つめる子,とりあえず動く部分に色画用紙を貼ってみる子,土台の種類や土台の貼り付け方をいろいろ試す子。それぞれがそれぞれの考え方をしていた。そのうちに、「これ、○○みたいだな」と考えが浮かんできたようだ。
③友人と考えを共有し,自分の考えを深める。
「私はこういう感じで表そうと思ってる」「なるほど、とってもいいね!」
しばらくすると,友人の考えが気になってきた様子で自然と交流が始まったので、「もっと交流していいよ」と全体に声をかけた。自分の言葉で説明したり,友人の考えを聞いたりすることで,さらに考えを深めていった。
①表したいことに合わせて、材料や用具を工夫してつくる。
今回は電子機器が作品に使われるので,接着は粘着力の低いマスキングテープを用いた。
「こうしたいんだけど……どんな材料を使おうかな」「割りばしとか使えるかも」。
基本は色画用紙を使うが,子どもたちは今まで積み上げてきた材料の経験を生かしながら活動していた。材料の形や色を工夫して,自分の表したいことに迫っていった。
②製作途中の作品の動画を撮って共有し,鑑賞する。
この題材は動きを生かした表現が重要なので,学習支援アプリを使い,動画を撮って共有し,鑑賞した。製作途中で鑑賞することで,他の表現から刺激を受け,自分の考えが広がったり深まったりすることをねらった。ICT環境がないときは,鑑賞するのに手間取ったり時間がかかったりしていたが,この方法によって,スムーズに鑑賞することができた。副次的な効果として,自ら動画を撮ることで,自分の作品を客観的に見ることにもつながった。
③材料やサーボモーターの動かし方を工夫しながら,思いに合わせてさらにつくる。
「みてみて~。こんなのできた!」
表したいことが形になってくると,モーターのプログラムを工夫する。そのプログラムを試しながら,表したいことをさらにつくっていく。図工のいい所とプログラミングのいい所がうまく響き合って,子どもの表現を深めていた。
「ホームランって,文字が出るようにしたよ。」
Micro:bitはサーボモーターの制御以外にも,LEDを光らせて絵や文字を表示したり,音楽を流したりするなどいろいろなことができる。モーターを動かすプログラムしか伝えていなかったが,いつの間にか作品にそのような表現を取り入れる子も表れ始める。ただそのようなプログラムに熱中しすぎて,モーターの動きを作品にいかすことがおろそかにならないように,「へぇ!文字も表示できるんだね」など,個別に価値づけるようにした。
④できた作品を鑑賞し,学習活動をふりかえる。
自分の考えた通りにモーターの動きをプログラムできるので,作品に多様性があったと感じる。また動画を撮って共有もしたが,最後は,実際の作品を見て回った。画面ではなく,実物を見ることで,立体的な感覚が働き,作品の迫力やかわいらしさをより感じることができたようだ。
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美術鑑賞の現在地~前編(1980~2000)
美術鑑賞の現在地を確認するために、1980年以降の美術鑑賞について振り返りたいと思います。正確な教育史的位置づけは、多くの方が著書や研究等で発表されていますので、ここでは筆者の見えた風景を振り返りながらまとめます。なお、個人的な取り組みが含まれるので雑感めいた話になることをお許しください。
1980年代~美術鑑賞の授業
ギュスターヴ・クールベ『嵐の後のエトルタの断崖』1870年 オルセー美術館蔵 1982年、私は中学校美術教員として採用されました。ひたすら、ポスターや絵画など「A表現」の授業に取り組んでいました。初めて鑑賞の授業をしたのは1983年1月、学校訪問の日にクールベの風景画(※1)と浮世絵を比較鑑賞する授業でした(※2)。進行は教師、空の色の違いなどから気候や湿度、風土や文化などを観点に生徒の意見をまとめる教師主導型の学習でした。
記憶として残っているのは、最後まで怖い顔で指導主事の先生が座って参観していたことと、あまりうまくいかず「前のクラスではうまくいったのになあ……」という残念な思いの二つです。その後、人前で鑑賞の授業を行うことはありませんでした。
1980年代、学校で行われていた鑑賞教育は、おおむねこのようなものだったと思います。教育研究会で美術鑑賞が話題になることもなく、私の目標も「平面構成」「風景画」「ポスター」などで立派な作品を完成させることでした。
1990年代~鑑賞教育との再会
その後、1990年、僻地の小学校教員を経て、附属小学校に異動します。実習校ですから、教育実習中は、毎日学生に国語や社会、算数などの授業を見せていました。授業研究会では図工部でしたが、研究授業では、毎回、他教科からの容赦ない指摘が飛んできました。ずいぶん授業技術を鍛えられたように思います。
ただ鑑賞の授業は行いませんでした。興味があったのは、「新しい学力観」と「造形遊び」で、その実現を目指した表現活動です。その成果を調べるために自己流で始めたビデオ分析が、「相互行為分析」や「状況論」として学問的に確立していたことを知ったのも、この頃でした(※3)。
1990年代中頃あたりから、美術教育の学会に参加し始めます。鑑賞教育の研究が増えていることを知り、愛知教育大の藤江充先生からアートゲームを教えてもらったり、美術作品鑑賞の研究発表を聞いたりしました。「小学校の普通の国語や社会の授業と変わらないのに、研究する意味があるのか」と失礼な発言をして、ずいぶん叱られた記憶もあります。
でも、「鑑賞学習で求められる教師のスキルは、学校の授業と同じ」という考えは今も変わりません。例えば「意見を認める」「意見をつなぐ」「参加者の言葉でまとめる」などはどちらも大事で、基盤の部分は共通していると思います。
1998年、学習指導要領の作成協力者に加わります(※4)。鑑賞の議論をしたときに「視覚だけでは鑑賞しない。子どもは身体全体を働かせている」と鑑賞の身体性を主張しました。当時月刊誌の編集を担当していましたが(※5)、佐賀県の先生に陶芸の名人の制作風景を鑑賞する授業をしてもらって「ろくろを回している時に、粘土が伸びると自分の首を伸ばす子ども」の姿を確認した思い出があります(※6)。
それが反映されて、平成元年学習指導要領「第2 各学年の目標及び内容」のB鑑賞に鑑賞の対象として「親しみのある美術作品や製作の過程など」と「製作の過程」が入りました。学習指導要領解説書には「器などをつくる人の様子を見る児童の姿は、体全体の感覚を働かせて見入ると言われる」と記述されました(※7)。
1990年代は、じわじわと鑑賞教育の研究や実践が増えていった時代でしょう。学習指導要領にも、「第3 指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱い」に、鑑賞学習を「必要がある場合には、独立して行うようにする」と入り、博物館活用の視点から「地域の美術館などを利用すること」という文言も加えられました。
2000年代~鑑賞教育の実践
2000年に中学校美術教諭に戻ります。この頃から、依頼されて対話型の鑑賞授業を行ったり、関連図書を購入し勉強したりしました。ただ「見様見真似」のレベルに過ぎず、本腰を入れたのは2003年宮崎県立美術館の学芸員になってからです。ギャラリートーク、アートゲーム、地域との関連という視点から振り返ってみます。
対話的なギャラリートーク
当時、宮崎県立美術館では学芸員が当番でギャラリートークをしていました。しかし、一方的な解説型だったので、会議で「もっと対話を取り入れるべきだ」と意見をしました。当初、懐疑的だった先輩学芸員も、解説の間に参加者の意見を尋ねるようになり「けっこうおもしろいね」と言ってくれるようになりました。「ギャラリートークは何か正解があるわけではなく、その人なりの方法でよい」と思いました。
自分が当番の日は、ひたすらオープンエンドなトークを進めていました。その方法は、小学校教員時代に培った授業技術です。主な留意点は
- まず教材研究をすること
- 参加者の意見は表面的なもので、本当に言いたいことはその奥にあること
- それを引き出すように話し合いを深めていくこと
などです。対話型鑑賞の全国的な研修会に参加し、考え方や技法を整理できたのもこの時期です。
美術館でのギャラリートークは、毎回のように発見があって楽しみでした。例えば同じ日本人が描いた絵でも、洋画と日本画では、参加者の話題が変わります。洋画だと描かれた人物の個性や人物史に話が進むのですが(※8)、日本画だと描かれた植物や着物の柄など季節や風物の話に進みます(※9)。トークの主題は、鑑賞者の経験や文化を背景に生まれるのです。
また、鑑賞者の言葉に「はっ」とすることも多く経験しました。例えば、点描で描かれた2mほどの瑛九の絶筆「つばさ(※10)」の前でおばあさんがしばらくたたずんで「吸い込まれるようだね……」とつぶやくのです。確かに瑛九はその絵を描いて空に昇ったのです。
トルッビアーニの抽象彫刻作品の主題を、小学2年生が言い当てたこともありました。「どうしてそう思ったのと!」と尋ねると、形から分かることを組み合わせと教えてくれました(※11)。子どもは、いつも先入観なしに作品を味わい、探索的に見ます。それが美術鑑賞に有効に働いて、主題にたどり着くのでしょう。そのような姿は子どもや高齢の女性に多く見られました。
アートカードをはじめとした様々な鑑賞法
宮崎県立美術館で用いた手作りのアートカード 学会で藤江先生にそんな話をしていたら「奥村君、対話だけじゃないよね?」と言われて、アートゲームにも取り組みました。収蔵作品の絵ハガキを集め、手作りのアートカードセットをつくり、出前授業や研修会などで活用しました。名古屋市美術館や滋賀県立美術館の実践を参考にしました(※12)。
展示室に入ってきた子どもが、ある絵を指さして「あ、俺の!」と叫んだ声は、今も耳に残っています。それは、出前授業で自分が遊んだアートカードの絵でした。「いや、君のじゃないから……」と心の中で突っ込みつつ、おそらく「自分の手に持った」ことが、作品を「自分」のように感じた理由でしょう。手に持つことによって作品と一体化するのがアートカードの効果だと思います。
夏休みになると、宮崎県立美術館は「たんけんミュージアム(※13)」という教育普及的な展覧会を開催していました。学芸員全員で知恵を出し合って、作品ごとに鑑賞法を工夫し、仕掛けや資料などを作成します。高いところに登って作品を見たり、作品の前で手作りの楽器を鳴らしたり、展覧会場はにぎやかになるのですが、親子の幸せそうな姿が見られる大好きな展覧会でした。この展覧会を通して、いろいろな鑑賞方法を学びました。
鑑賞者の動きを定点観測したのもこの頃です。その結果、「遠足のついでに来た小学生」の動線と、「アートカードなどで出前授業を経験した小学生」の動線が異なることが分かりました(※14)。気づかせてくれたのは、展示室に座っている「監視さん」の言葉です。「今日の子どもたちは、作品の前に立っているねえ」と教えてくれたのです。彼女らは、来館者を常に観察し、様々な情報を蓄積しており「頼りになる存在」でした。美術館の貴重な鑑賞資源として成立していたと思います。
地域と美術館
北海道出張で、ある美術館の学芸課長が語った「かつて美術品は地域の中にありました。地域全体を美術館と考えてはどうでしょうか?(※15)」という言葉は今も忘れられません。
美術館の中にだけ美術品があるわけではないのです。学校ができると「勉強」や「しつけ」など教育のほとんどが学校に吸い込まれますが、同様に、美術館ができると「保存のノウハウ」「売買ネットワーク」「鑑賞方法」なども美術館に吸い込まれます。美術館は地域の結節点としてとらえ、それを開いていく仕組みや組織などが必要だと思いました。
ちょうど、街づくりの活動に参加していたので、個人的な実践に取り組みました。「みやざき子ども文化センター」(※16)の事業に参加し、商店街に設置されている彫刻や、仕立て屋さんの服をつくる「動き」などが「街の美術品だ」と定義し、それを鑑賞する「街角美術館」を実施したのです。子どもたちが街角の美術品を認定する「認定・街角美術館」まで行いたかったのですが、それは実現しませんでした(※17)。
2000年代前半は、学校で鑑賞を独立して取り扱えるようになったこと、美術館と学校の連携の視点が加わったこと、美術館の経営に伴う普及活動への着目など、学校と美術館の両方で美術鑑賞に対する関心が高まっていった時代でしょう。美術鑑賞の雑誌も発行されていました(※18)し、自分自身の実践も一気に充実していくことになります。
その後、2005年に文部科学省の教科調査官として直接学習指導要領の作成に携わることになり鑑賞教育により深く関わっていくようになります(以下次号)。
※1:ギュスターヴ・クールベ『嵐の後のエトルタの断崖』1870年 オルセー美術館蔵
※2:授業前後のアンケート調査
※3:宮崎大学教育学部の上山先生(当時、現:三重大学)から『現代思想 1991年6月号 特集 教育に何ができるか 状況論アプロ―チ』共立出版を紹介してもらいました。
※4:平成10年小学校学習指導要領解説図画工作編作成協力者
※5:小学館が発行する「月刊教育技術」には巻末に授業実践が掲載されていたが、その高学年担当で、いろいろな先生に実践をお願いしていました。
※6:板良敷敏・奥村高明 編 東脊振村立東脊振小学校(現:吉野ヶ里町立東脊振小学校) 樋口和美(現:福岡女子短期大学)著「図画工作科 粘土に生命(いのち)がふきこまれたよ!!」『小六教育技術9月号』小学館(1998)
※7:文部科学省『小学校学習指導要領解説 図画工作編』日本文教出版(1999)
※8:鱸利彦『厨房の伊太利娘』
http://www.miyazaki-archive.jp/d-museum/details/view/945
※9:丸田省吾『おしろい花』
http://www.miyazaki-archive.jp/d-museum/details/view/700
※10:みやざきデジタルミュージアム
http://www.miyazaki-archive.jp/d-museum/details/view/1077
※11:トルッビアーニの彫刻のお話は、図工のみかた<06号>「学習指導要領 思考力、判断力、表現力ってなんだ?②」でも触れています。
https://www.nichibun-g.co.jp/data/education/zuko-mikata/zuko-mikata06/
※12:アートカードの経緯は以下論文が詳しい。深澤悠里亜『アートカードを使用した鑑賞法の研究―アートカードの分析と使用法の考察―』大学美術教育学会「美術教育学研究」第49号(2017) pp.337–344
https://www.jstage.jst.go.jp/article/uaesj/49/1/49_337/_pdf/-char/ja
※13:以下に詳しい。「特集 こうあるべきだのミュージアム像から、少し離れて1 宮崎県立美術館の10年「たんけんミュージアム」の冒険は続く!?」「特集 こうあるべきだのミュージアム像から、少し離れて3 作品も観客も仕掛けも、すべてが等しい教育資源 宮崎県立美術館/ユニークな鑑賞研究」『ミュージアムマガジン・ドーム 79』日本文教出版(2005)
※14:奥村高明「状況的実践としての鑑賞―美術館における子どもの鑑賞活動の分析-」美術科教育学会『美術教育学第26号』(2005)
※15:その優れた実践の一つが台湾にあります。学び!と美術<Vol.81>「美術館を開く~台湾、北師美術館の挑戦~」
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art081/
※16:NPO法人「みやざき子ども文化センター」代表 片野坂 千鶴子
「まちで学び、まちで遊ぶ」。宮崎市の橘通にある熊本洋服店、日高本店前モニュメントなどをギャラリートークしながら子供たちと見て回わりました。
※17:2007年に埼玉県加須市立加須小学校(校長:坂田英昭)の栗城敦志先生が中心となって「まちかど美術館」を実現してくれます。
※18:前掲書13 『ミュージアムマガジン・ドーム』日本文教出版
Webマガジンまなびと:「学び!と美術」Vol.104
Webマガジン:「学び!と美術」Vol.104 “美術鑑賞の現在地~前編(1980~2000)” を追加しました。
デジタル教科書・教材サポートサイト:普及促進事業関連追加
デジタル教科書・教材サポートサイト:「文部科学省『学習者用デジタル教科書普及促進事業』クラウド配信サーバの設定について」
を追加、ユーザーサポート「まなビューア クラウド対応版をリリース」
を追加しました。
























