北日本新聞創刊140周年記念 エッシャー 不思議のヒミツ

北日本新聞創刊140周年記念
「エッシャー 不思議のヒミツ」展 ポスター
 富山県美術館は国内外有数のコレクションを所有し、アートとデザインを紹介する美術館です。今回は企画展、コレクション展それぞれの見どころや注目作品について、担当の学芸員の方々にお話を伺いました。

――「エッシャー 不思議のヒミツ」展で展示されている、《描く手》や《昼と夜》は、教科書でも取り上げています。教科書では作品を通してエッシャーの錯視のテクニックや、不思議な世界の表現に注目しています。
 「エッシャー 不思議のヒミツ」展において、《描く手》や《昼と夜》はどのように紹介していますか?展覧会の特徴とともに教えてください。

 《描く手》は、二次元(平面)で描かれているものが、三次元(立体)のようにみえる面白さがある作品です。紙から手が浮き出てもう一方の手を描くというユニークなアイデアが見どころです。見る人が自然とこの作品世界にひきこまれるように、エッシャーは、画鋲で貼られた何気ない紙や、手が飛び出してきたのを強調するように手の影を濃く描くなど、工夫を凝らしています。エッシャーは独特な視点でありえない風景を表現しています。
 《昼と夜》は、オランダの広大な田園地帯を鳥たちが飛んでいる作品です。一つの形が次第に別の形へと変化していく、メタモルフォーゼの技法を駆使し、画面中央を境目に、左側は昼間に飛ぶ黒い鳥、一方右側は夜に飛ぶ白い鳥が描かれています。本作はエッシャーの作品の中でも、代表的な作品の一つです。

《描く手》1948年制作 リトグラフMaurits Collection, Italy
All M.C.Escher works © 2024 The M.C.Escher Company, Baarn, The Netherlands.
All rights reserved mcescher.com

《昼と夜》1938年制作 木版 Maurits Collection, Italy
All M.C.Escher works © 2024 The M.C.Escher Company, Baarn, The Netherlands.
All rights reserved mcescher.com

――富山県美術館では20世紀美術を中心に、国内外の様々な作品を鑑賞することができます。「コレクション展 第1期」で見ることのできる、オススメの作品を教えてください。

ジャクスン・ポロック《無題》
 黄色い下地に、赤、青、グレーなどの絵の具が塗られ、その上から黒いエナメル塗料の線が、網のように画面を覆います。一見、無秩序のように見えますが、エナメル塗料は画面から大きくはみ出すことはなく、画面構成が意識されていることがうかがえます。作者のポロックは、抽象表現主義という動向を代表する画家で、床に広げたキャンバスに、絵の具を垂らす「ポーリング」と呼ばれる技法を用いて抽象絵画に新境地を開きました。本作からはその初期の試行錯誤が伺えます。

《無題》1946年[メゾナイト板・油絵具・エナメル・新聞コラージュ 60.5×48cm]
ジャクスン・ポロック[アメリカ・1912~56年]

アルベルト・ジャコメッティ《裸婦立像》
 台座から棒のようなものが立ち上がっています。近くで見ると、頭部や両腕、足を確認することができ、人の姿が表されていることがわかります。ジャコメッティは、キュビスムやシュルレアリスムの影響を受けた後、細長く引き伸ばされた人物像を制作しました。モデルを見つめれば見つめるほど対象の細部しか見えなくなり、全体を見るためにはモデルを後退させなくてはならないという葛藤のなかで、消え入りそうなほど小さな人物像を制作しました。

《裸婦立像》1950年頃[ブロンズ・着色 21.0×7.2×5cm]
アルベルト・ジャコメッティ[スイス・1901~66年]

――教科書ではポスターを通して、効果的にメッセージを伝えることについて取り上げています。デザイン・コレクション展第1期「プレイバックIPT!:音楽」もまた、ポスターを展示しています。今回の展示では、どのような視点でポスターを展示していますか?注目したいポイントとあわせて教えてください。

 2024年は富山県美術館が3年に一度開催しているポスターの国際公募展「世界ポスタートリエンナーレトヤマ(IPT)」が開催される年であることから、これまでのIPT入選作の中から音楽にまつわるポスターを展示しました。
 そこには、誰もが名前を知っているようなミュージシャンのコンサートや、レコード、CDの発売告知もあれば、音楽の教科書に顔と名前の出ているような音楽家のイメージを、デザイナーが自身のグラフィック作品として表現した作品、レコードジャケットのデザインを多く手掛けたデザイナーが制作したポスターなどがあります。あらゆる切り口から、音楽を視覚的に表現することについて様々な方に興味を抱いてもらえるような構成を意識しました。

デザイン・コレクション展第1期
「プレイバックIPT!:音楽」展示風景

展覧会情報

■『北日本新聞創刊140周年記念 エッシャー 不思議のヒミツ』
会期:2024年4月27日(土)~6月30日(日)
会場:富山県美術館 展示室2、3、4
公式サイト:https://tad-toyama.jp/exhibition-event/18109
休館日:毎週水曜日
開館時間:9:00~18:00(入館は17:30まで)
観覧料:一般:1,500円(1,200円) 大学生:1,000円(800円) 高校生以下無料
※( )内は20名以上の団体料金

【関連作品 教科書掲載情報】

  • 令和4年度版「高校生の美術1」p44.
    昼と夜[木版・紙/39×68cm]
    1938 M.C.エッシャー[オランダ・1898~1972]
  • 令和5年度版「高校生の美術2」p20.
    描く手[リトグラフ・紙/28.4×33.4cm]
    1948 M.C.エッシャー

Webマガジンまなびと:「学び!とESD」Vol.54

Webマガジン:「学び!とESD」Vol.54 “世界中で深刻化する教員不足の現状とこれから ~ユネスコの報告書から考える~”を追加しました。

世界中で深刻化する教員不足の現状とこれから 〜ユネスコの報告書から考える〜

 2015年の国連総会において「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されてから、今年(2024年)で9年が経過しました。持続可能な社会を目指し「SDGs(持続可能な開発目標)」という共通の目標の達成期限である2030年はもうすぐそこまで近づいています。今回紹介するユネスコの報告書の中でも、SDGsの目標4(SDG4)である「質の高い教育をみんなに」を達成するためには、教員は中心的な役割を担うことが期待されています。一方、現在、日本だけでなく世界的に教員不足の問題は深刻化しています。そこで今月は、2024年2月にユネスコから発刊された『教員に関するグローバル・レポート(Global Report on Teachers)』(*1)についてご紹介します。

図1 「教員に関するグローバル・レポート」(表紙)
出典:UNESCO Digital Library

 この報告書には「教員不足への対応と専門性の変容」という副題が付けられており、世界的に広がる教員不足の現状やその対応について187ページにわたり論じられています。ユネスコは、SDG4の達成の重要なアプローチとして、有資格の教員を大幅に増加させることを挙げています。しかし、発展途上国においても先進国においても教員不足は深刻化しており、このような現状に対してユネスコは本報告書の中でも警鐘を鳴らしています。例えば、サハラ以南のアフリカではSDG4を達成するために新たに求められる教員数は1500万人であると予測されています。また、フランス、オランダ、イギリスなどのヨーロッパ諸国、日本、アメリカなどの先進国においても、離職する教員数を補充することができていない状況が報告されています。しかし、今回取り上げる報告書が刊行されるまでは、教員に関して、多様な地域や国のデータや政策、国際的なイニシアチブを体系的に捉えて提示したような専門的なレポートは存在していませんでした。こうした事態を受けて、ユネスコは教員に関する国際的な報告書を2年ごとに刊行することしました。その第一弾にあたる報告書が今回取り上げた『教員に関するグローバル・レポート』です。なお、この報告書は2015年5月に韓国・仁川で開催された世界教育フォーラムの成果文書である「2030年に向けた教育:包括的かつ公平な質の高い教育及び万人のための生涯学習に向けて(仁川宣言)」で表明された公約の進捗状況のモニタリングと公約達成を支援することが目的とされています。
 以下、同報告書の概要版(*2)に記された8つのキーメッセージを紹介します。

  1. 「2030年までにすべての人が質の高い教育を受けられるようにする」というSDG4を達成するためには、世界全体で4400万人の初等・中等教育段階の教員の増員が必要である。教員不足は先進国と発展途上国の両方に影響を及ぼしている。これらの教員の大半(10人中7人)は中等教育レベルで必要とされており、必要な教員の半数以上は、離職する既存の教員の代替として求められている。
  2. 教員不足の課題は複雑で、モチベーション、採用、定着、研修、労働条件、社会的地位などの要因が相互に影響し合っている。この課題に効果的に取り組むためには、全体的かつ体系的なアプローチが必要である。
  3. 教員不足は、教員の仕事量の増加や幸福感の低下、将来の教育者の意欲低下、教育格差の継続、教育制度への財政負担の増大など、広範囲に及ぶ結果をもたらす。
  4. 2015年から2022年にかけて、初等教育における教員の離職率は4.6%から9%へと世界中で倍増している。国の所得水準や報酬にかかわらず、教員は働き始めてから5年以内に退職している(*3、*4)
  5. 教員不足を解消するためには、採用の増加、魅力の向上、定着に取り組む戦略が必要である。専門能力開発への公平なアクセスを備えた魅力的なキャリアパスは、教員を確保し、職業生活を通じてモチベーションを維持するために不可欠である。
  6. 教職における男女平等を促進し、特定の教科、レベル、指導的役割における女性の割合の低さに対処するとともに、男性が教職に就いたり、教職に留まったりすることを奨励する包括的な政策が必要である。教員は、その地域社会の多様性を反映した人材であるべきであり、それによって教職の魅力が増し、学習経験が豊かになる。
  7. 教員の労働条件を改善することは、質の高い教員の確保を強化する鍵であり、これには、意思決定に教員を参加させ、相互支援を特徴とする協力的な校風を提供することが含まれる。
  8. 教育への十分な国内支出は、教育財政、特に一定の水準以上の教員給与を保証するために重要な役割を果たす。新任教員への投資は、教員の減少に対処するための費用対効果の点でも有効な長期戦略となりうる。

 日本においても、教員不足の現状に対しては文科省が、その実態や対応について各都道府県や各政令指定都市の教育委員会に向けて調査を実施してきました。また、質の高い教員の確保に向けた総合的な方策を講じるなど、解決に向けた様々な対応が検討され試みられています。一筋縄では解決が難しい課題ですが、持続可能な社会に向けて示された「質の高い教育をみんなに」という目標(SDG4)に向けて、教育現場の声に傾聴する姿勢を保ちつつ、継続的に対策を講じていくことが望まれます。

*1:ユネスコ(2024)『教員に関するグローバル・レポート:教員不足への対応と専門性の変容』(英文)
UNESCO(2024)Global Report on Teachers: Addressing teacher shortages
and transforming the profession.

https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000388832
*2:ユネスコ(2023)『教員に関するグローバル・レポート:教員不足への対応 概要版』(英文)
UNESCO(2023)Global report on teachers: addressing teacher shortages; highlights.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000387400
*3:本報告書の中では、「特に男性教員と新任教員の離職率が高く、着任後5年以内に離職する割合が多い」「カナダ、香港(中国)、英国、米国では、新任教員の40%が勤務開始後5年以内に退職する」といった先行研究のデータ(Gallant and Riley 2014など)を取り上げながら、新任教員と離職の関係性について考察している(UNESCO 2024: 20, 60, 78, 147)。
*4:Gallant, A. and Riley, P. 2014. Early career teacher attrition: new thoughts on an intractable problem. Teacher Development 18(4), pp. 562–580. doi: 10.1080/13664530.2014.945129.