Webマガジンまなびと:「学び!とESD」Vol.59

Webマガジン:「学び!とESD」Vol.59 “ノンヒューマンの目で見る世界 ~ヒューマンとノンヒューマン~(その4)”を追加しました。

ノンヒューマンの目で見る世界 ~ヒューマンとノンヒューマン~(その4)

絵本で出会う動物という「他者」

 「接近性(学び!とESD<Vol.49>)」「声を聴く(<Vol.52>)」「デザインする(<Vol.53>)」に続き、人間と「ノンヒューマン」たちとの関係性を考える絵本シリーズの第4弾は、「目で見ること」がテーマです。実は絵本の主人公は、人間よりも圧倒的に動物が多いといわれています。絵本を読む子どもたちは、そのことに何の疑問を抱くこともなく、人間と動物を親密なものとして理解し、受け入れています。教育学者の矢野智司は、子どもが動物とのかかわりを必要とする意味を、他者(動物)と出会うことによって「人間になること」と同時に、「人間を超えた存在になる」ことだと説明しています(矢野 2011)。これは、動物が人間の特性を「鏡」のように映し出し、人間という存在をより明確に可視化する役割を果たすことを意味しています。さらに、子どもは人間の境界を越えて動物のように世界と連続的に生きることで、「人間を超えた存在」になることができるのです。

動物の目で見る世界を教えてくれる絵本

 言語学者で、社会・環境評論家でもある鈴木孝夫は、「人類の未曽有の繁栄」がもたらす「地球環境の破壊的な影響」の深刻さを危惧し、「世界を人間の目、人間の立場から見るのはもう止めよう」という提案をしています(鈴木 2019)。もちろんこれは、「学び!とESD」のノンヒューマンシリーズで論じてきた、脱人間中心主義の考え方です。しかし、そうしたものの見方に一気にシフトすることが困難であるとき、最新の科学が私たちの想像力を非科学的にかき立ててくれる役割を果たすこともあります。今回の絵本『仕掛絵本図鑑 動物の見ている世界』はそんな科学的な研究結果に基づき、動物や昆虫の目に映る世界を私たちに紹介してくれる、フランス発の画期的な視覚絵本です(*1)

『仕掛絵本図鑑 動物の見ている世界』創元社、2014年
ギヨーム・デュプラ(著)、渡辺滋人(翻訳)

 この本に登場する主人公のノンヒューマンたちは、チンパンジー、犬、猫、ウサギ、ネズミ、などの≪哺乳類≫、ワシ、フクロウ、ハト、などの≪鳥類≫、カエル、ミミズ、カタツムリ、などの≪爬虫類、両生類、環形動物、腹足類≫、そしてミツバチ、ハエ、などの≪昆虫≫、と盛りだくさん。絵本にある「彼らの目」の部分をめくると、そこには「彼らが見る世界」が広がっています。生き物の生態を科学的な知識で得る図鑑のような絵本は数あれど、動物の視覚にフォーカスし、そこから見える世界を描いているこの絵本は、大人の私たちの想像力さえも掻き立ててくれます。例えば、私たちが可愛いと思いながら撫でている猫は、こちらを同じ視野レベルでは見ていません。彼らは酷い近眼だからです。逆にワシは1キロ先のウサギを獲物としてくっきりはっきり捉えています。これだけ多岐にわたるノンヒューマンの目をとおして見る世界を知るだけで、大人にとっては、普段自分が見ている世界が絶対的であるという確信を疑う機会となり、子どもにとっては、「動物の世界に行き、そこからもどるレッスン」(矢野 2011)の機会となるのです。

「他者」の目でものを見ること

 人間にとって「他者」というノンヒューマンの存在がいかに大切かと気づくためには、絵本を閉じた先に形成される私たちの想像力が必要不可欠です。もしも人間がノンヒューマンの存在を無視し、世界を独占して生きる道を選択するならば、そこに待つのは「単色で人間のモノローグだけが虚ろに響く酷く寂しく貧しい世界」(矢野 2011)になってしまいます。それは決して持続可能な未来とはいえません。ノンヒューマンの存在や目線を感じることは、「人間の目」だけで見る世界を脱し、色鮮やかで多様な生態が共存する未来を描く一歩となります。人間が人間以外の目で見る世界は、普段私たちが見ている人間だけの世界とは違って見えるはずですし、ひいては「最高の自己客観化」(鈴木 2019)になるのです。
 本稿ではこれまでのシリーズの一環で、「ノンヒューマンの目で見る世界」を想像することの意義をお伝えしました。絵本の世界にはまだまだノンヒューマンが溢れています。次号では「触れるノンヒューマン」の世界を描いた絵本をご紹介したいと思います。

*1:創元社Webサイトの紹介より
https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=1412

【参考文献】

没後50年 香月泰男展 第三期1966→1974 色彩の復活

没後50年 香月泰男展 第三期1966→1974
ポスター
 香月泰男美術館は香月泰男が制作した油彩画、素描画、そして廃材を利用して作られた「おもちゃ」と呼ばれるオブジェなど多岐にわたる作品を収蔵、展示している美術館です。今回は約1年をかけて行われる、「没後50年 香月泰男展」より、香月泰男の色彩表現に注目する第三期の展示と、教科書に掲載されている素描《皿の上のリンゴ》ついて、学芸員の丸尾いとさんにお話を伺いました。

――香月泰男美術館では2024年3月から1年を通して「没後50年 香月泰男展」を行っています。1年間を通してどのような展示を行うのでしょうか。合わせて10月から始まる「第三期1966→1974」展の注目ポイントを教えてください。

丸尾:香月泰男は年代によって作風が変化した画家です。変化の過程を多くの作品を通して見ていただくために、転換期を迎えたおおよその年代ごとに紹介する展覧会としました。
 第一期の1931~1954年は、香月が画家を目指した東京美術学校時代から、戦争・抑留体験を経て自分のスタイルを模索する時代です。第二期の1955年~1965年は、日本画に使う顔料を油絵具に混ぜる、黒に木炭を混ぜるなど試行錯誤を重ね、独自のマチエールをつかみ、黒い絵に変化した時代を紹介しました。
 第三期では、黒い絵に色彩が戻りはじめた1966年から最晩年の1974年までの作品を紹介しています。ワンポイントのように原色を使い描かれたモチーフは、背景の黒とのコントラストでより際立ちます。晩年、毎年のように海外に出かけては、鮮やかな色使いで旅先の風景を描いています。年を追うごとに色彩を封印した黒の世界から解放されたような変化が見どころです。

《一九六九.七.二〇の月星》1969年

――「没後50年 香月泰男展」第三期では、「色彩の復活」をテーマに絵画やオブジェなど様々な作品を展示します。その中でも特に子ども達に紹介したい作品があれば、教えてください。

丸尾:香月泰男は画家ですが、人形や動物などのオブジェ(立体物)もつくりました。オブジェ制作について香月は “作りながらその人間の生活を想い動物たちの一生を想像して見改める” と述べています。このことは、見たものしか描かなかった香月の、対象を想い慈しみ描く画家としての姿勢に通じるものがあります。
 今日 “おもちゃ” と呼ばれ、多くの人に親しまれているオブジェを、香月は廃材を利用して制作しました。ひとつひとつのパーツの元は何だったのかを想像しながら見てください。

《花売り娘》1969年

――教科書では香月泰男の《皿の上のリンゴ》を掲載し、リンゴの構造や質感をとらえる香月泰男の素描表現について紹介しています。香月泰男美術館では、2025年1月から「香月泰男のデッサン・素描展」を開催予定です。今後の展覧会で見られる、香月泰男のデッサンや素描の注目ポイントを教えてください。

丸尾:“デッサン・素描するとは、ものを触覚を通して知る方法である” と香月は述べています。実際、描く対象を知ろうとするかのように、風景、動植物から日々の食卓にのぼる食材、海外旅行先の観光名所からホテルの部屋まで多くのデッサンや素描を描きました。
 香月の特徴の一つは、墨を使った素描です。背景に墨を引き、そこに水彩やクレヨンを使って描くと、背景の薄暗さが手伝ってモチーフがより鮮やかに見えてきます。また、クレヨンは水分を含んだ墨をはじくため、独特の表現が生まれます。このあたりにも注目して見てください。

《皿の上のリンゴ》1951年

展覧会情報

■『没後50年 香月泰男展 第三期1966→1974』
会期:2024年10月11日(金)~2025年1月13日(月・祝)
会場:香月泰男美術館
公式サイト:https://kazukiyasuo.com/
定休日:火曜日(火曜日が祝日の場合は開館、翌平日休館、年末年始(12/29-1/3))
観覧料:一般:500円(400円) 小中学生:200円(150円) 未就学児:無料
※( )内は20名以上の団体料金

【関連作品 教科書掲載情報】

  • 令和5年度版「高校生の美術2」p19.
    皿の上のリンゴ[鉛筆・画用紙/26.8×38.9cm]
    1951 香月泰男美術館蔵
    香月泰男[山口県・1911~74]

図工・美術のアン・ラーン ~これからの図工・美術の先生(第3回)~

連載「これからの図工・美術の先生」では、各地の大学で図工・美術の教師を目指す学生たちを指導している先生方に、「いま、どんな授業をしているのか?」についてうかがいました。授業に込められた、「将来、こんな図工・美術の先生になってほしい」という願いをひも解いていきます。

第3回は、明治学院大学の手塚千尋先生の授業です。

教員養成課程の学びでいかに「図画工作・美術」をアン・ラーン(学びほぐし)するか

私の所属する教員養成学科の学生たちは、1年生で「図画工作(教科内容)」を、2年生で「図画工作科指導法」を履修し、2年間で図画工作科の教科特性への理解と教育実装化に向けた知識・技能の基礎・基本の習得を目指します。

1年目の授業コンセプト

「自分なりの」モノの見方、とらえかた、考え方、イメージを「発見する」。

1年目は上記のコンセプトに基づき、造形遊び、絵や立体、工作の分野から7題材をかなりタイトに詰め込んでいます。

【1年目の授業で取り組む7つの題材】

1

<視点を変える1>
「なにが みえてくる?」

身の回りにある素材の色・形・質感を生かした組み合わせから考える

2

<視点を変える2>
「日常のリ・フレーミング」

自作フィルターによるスマホを使った写真撮影+エッセイによる表現

3

<色彩1>
「色水遊びから広がるイメージ」

減法混色・加法混色の原理・環境の特徴を生かした造形遊び

4

<色彩2>
「今年の1文字」

トーン配色・切り紙による表現

5

「ふしぎな ぼうし こうぼう」

「かぶる」工夫を考える

6

ことばからのイメージ

自分が好きな物語、歌詞、俳句、詩の世界観をミクスドメディアで表現する

7

動画編集によるムービー作成

高校生に向けて学科のプロモーションビデオをつくる

とにかくまずは現行の学習指導要領で育成が求められている「造形的な見方・考え方」や、それらを働かせることを通じて育成したい資質・能力とはどのようなものかを、様々な題材を通して体感することを第一のねらいとしています。

その上で、「アート」がどのような学びの機会を提供し得るのか、そして「アートの学び」とはどのような経験かということを体験ベースで思考できるようにすることを第二のねらいとしています。

受講生はセルフ・ドキュメンテーションによるポートフォリオ作成と、全ての題材のプレゼンテーション・相互鑑賞に取り組みます。「自分」が何に気づき、なぜ/どのようにしてその表現やコンセプトにたどり着いたのかを振り返ること、他の受講生が自分とは異なる考えをもち、表現しようとしていることに気づき、語りを聞くことを通して、図画工作や美術の学びで学習者は一人ひとりの「ラーニング・ストーリー」を紡いでいることや、個人の経験に立脚した「知識」が構築されていくことを理解していきます。

学生のポートフォリオより

↑色水遊び(題材③)の様子。

↑学生作品「花園ジェットコースター」(題材②「日常のリフレーミング」写真とエッセイ)

↑学生作品「夢現」(題材③「日常のリ・フレーミング」写真とエッセイ)

2年目の授業コンセプト

☞ 社会と美術(アート)/美術教育の関係性に触れながら、「なぜ図画工作科・美術科が義務教育に位置づけられているのか」を自分の言葉で説明できるようにする。

2年目は、上記の授業コンセプトに基づき、図画工作の授業設計の前提となる知識観や学習観を理解し、授業のデザイン原則について理解することをねらいとしたカリキュラム構成となっています。

具体的には、学習指導要領に示されている「知識」に関する以下の内容を、背景にある理論と指導案作成・模擬授業の実施による実践の双方から理解を深めていくということになります。

「なお、ここで言う『知識』とは、形や色などの名前を覚えるような知識のみを示すのではない。児童一人一人が、自分の感覚や行為を通して理解したものであり、(中略)児童が自分の感覚や行為を大切にした学習活動をすることにより、一人一人の理解が深まり、「知識」の習得となる。これは、図画工作科が担っている重要な学びである。」

(小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 図画工作編p.13)

授業前半は演習を交えた座学を中心に行い、後半はグループで教科書題材の題材研究、指導案作成し、模擬授業に取り組みます。その後、作成した指導案、模擬授業動画、ふりかえり動画をグループ間で相互閲覧し、学生同士でフィードバックを行います。

この課題では、「自分たちで立てた指導案通りに導入を実践してみたけれどうまくいかない!」ということを経験し、改善策を考えられるようにすることを大切にしています。

2年目の共通コンセプト

図画工作科をアン・ラーン(Unlearn:学びほぐし)する。

上記が、2年間のカリキュラムに共通するコンセプトです。学習者自身の学びの履歴には、ポジティブ/ネガティブな記憶・思い出…と色々とありますが、まずは知らずしらずのうちに凝り固まった「図画工作科」のイメージや理解を一度壊してみる。壊して、スキマを開けてみる。「10年に一度、学習指導要領は改訂されているから(自身の学習観を)アップデートしてね」と伝えると妙に納得した様子を見せる学生もいます。

「小学生に戻ったかのように楽しんだ」という感想が「考察」へ変わる時

1年目の授業前半、ポートフォリオやプレゼンテーションには「久しぶりに取り組む図画工作がとにかく懐かしくて、小学生に戻ったかのように夢中になった」という感想が並びます。もちろん、こうした感情の動きも大切にしたいところですが、自らの取り組みを考察できるようするには、振り返りの視点が必要です。

そのため、制作途中でも「あなたはどう感じた?」「なぜその色を選んだの?」「どうしてそう思ったの?」と振り返りを促す声掛けをします。中には、質問攻めにたじろぐ学生もいますが、「今、話してくれたこと、すごくステキだったなぁ。ぜひポートフォリオに残して!」と伝えると、はにかみながらも、「そうか、こういうことが『学びの過程』」なのかと、はっとした表情でメモを取っていきます。

自分の学びを自覚することや、その積み重ねが「知識」として自己内に蓄積されていくイメージが実感と共に獲得されると、学生の学びはやがて自走していきます。

さらに、カリキュラムの2年目で取り組む指導案作成と模擬授業(導入)では、図画工作科に対する理解をパフォーマンスで見取ることができます。即ちそれは、これまでの2年間で私が学生へ提供してきた授業で形成された図画工作科への理解でもあることから、私自身への評価という意味で毎年緊張する課題でもあります。

学生がつくる授業の最近の傾向としては、「みんな違って、みんなよい」が到達点として設定されがちです。それは、あくまでも共有すべき図工の学習観・知識観であり、それを可能とする学習環境をいかにデザインするかを学生自身が説明できるようになれるよう指導を心がけています。迷いながらもグループで課題達成しようと取り組む学生の姿に頼もしさを感じています。

「令和の学校型教育」で求められる「新たな教師の姿」

令和4年の中教審答申(*1)では、「令和の日本型学校教育」を担う「新たな教師の学びの姿」として、「変化を前向きに受け止め、探究心を持ちつつ自律的に学ぶ教師」像が明文化されました。それは、「教師自らが問いを立て実践を積み重ね、振り返り、次につなげていく探究的な学びを、研修実施者及び教師自らがデザインしていくこと」によって実現されるとも示されています。

つまり、自分に必要な知識・技能とはどのようなものか、そのためにどんな手段で何を学ぶべきか、といったことをセルフ・マネジメントする態度とスキルが必要になるということです。

さらに、探究者としての教師には、児童・生徒と共に「問い」を生む学習者としての側面や、対話するパートナー、問題解決場面で新たな視点を提案するファシリテーターなど、複数の役割が求められていくことが想定できます。予定調和的な学習を越えた学びを共創する存在としても期待されているのです。

探究的な姿勢や学びの習慣といった探究者としての基盤を築くためにも、養成段階では多視点から事象を探ることや、「問い」を生み出すこと、仲間との協働的な問題解決過程で多様なスキルを発揮するなど、実際に探究的な学びそのものを経験することが必要と考えます。

図画工作や美術の学習活動や美術作品の制作は、自己の感性を軸に思考したり、試行的な造形行為の繰り返しから表現方法や他者や社会との関係性をとらえ直したりすることを通して、自己の考えを深めていく探求/探究的な側面を有しています。「芸術的省察(小松、2018)(*2)」は、探究者としての教師の基盤づくりへの貢献だけではなく、不確かな世界を生きるために必要なスキルと態度の獲得にもつながると考えています。

↑「ふしぎなぼうしこうぼう」(題材⑤)では、「ふしぎな帽子」の職人になりきって制作を進める。最後のプレゼンテーションでは、取扱説明書を元に、お客さん役の学生へ帽子の魅力をセールスする。「お客様、よくお似合いです!」の声にポーズをとる学生。

※1:「令和の日本型学校教育」を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について~「新たな教師の学びの姿」の実現と、多様な専門性を有する質の高い教職員集団の形成~(答申)(中教審第240号)/令和4年12月19日
※2:小松佳代子(2018)『美術教育の可能性―作品制作と芸術的省察』勁草書房

手塚千尋(てつか・ちひろ)
明治学院大学准教授。兵庫教育大学大学院連合教育学研究科修了。博士(学校教育学)。人とひととがよりよく生きることに貢献できる学びの環境デザイン原則の構築をめざして、広義の異文化理解アートワークショップや美術教育における協働的な学びの実践研究に取り組む。著書に、『色のまなび辞典』(編著、星の環会)、『子どもの表現とアートベース・リサーチの出会い:ABRから始まる探究(2)初等教育編』(編著、学術研究出版)がある。