GOGO(ゴゴ) 94歳の小学生

© Ladybirds Cinema

 アフリカのケニアに、94歳になる小学生がいる。プリシラ・ステナイというおばあちゃんだ。現地の言葉で、ゴゴ(おばあちゃん)と呼ばれている。ゴゴは、3人の子どもに、22人の孫、52人のひ孫がいる。もとは助産師で、住んでいる小さな村で、多くの出産に立ち会っていて、今なお、現役の助産師である。
 一応はドキュメンタリー映画だが、「GOGO(ゴゴ) 94歳の小学生」(キノフィルムズ配給)は、おそらく世界で最年長の小学生の日常に寄り添ったエピソードが続き、劇的である。
 ゴゴは90歳で、6人のひ孫といっしょに、小学校に入学する。女の子は寄宿舎に入るので、ゴゴもまた自宅から寄宿舎に入る。90歳を過ぎると、耳は遠くなるし、片目は見えない。もういっぽうの目も、はっきりとは見えないようだ。ゴゴは、小さいときから、牛や鶏の世話などで、そもそも学校には行ったことがない。
© Ladybirds Cinema ゴゴは、算数の授業で、かけ算に答えるが、耳が遠いので、先生とのやりとりも厄介だ。みんなが昼寝をしていても、ゴゴは一生懸命に教科書を読んでいる。ひ孫のチェプコエチは、ゴゴの復習を手伝っている。ゴゴは、子どもたちに昔話を聞かせる。子どもたちは、熱心にゴゴの話に聞き入る。映画は、ゴゴの学校生活をゆったり、淡々と描いていく。
 みんなで、1週間のバス旅行に出かける。平原の向こうはタンザニアだ。キリンやライオンに出会って、みんなは大喜びだ。
 卒業試験が近づいているある日、ゴゴは94歳の誕生日を迎える。サミー校長先生をはじめ、みんながゴゴを祝ってくれる。ゴゴも尽力していた、女の子用の新しい寄宿舎が完成を迎える。ゴゴの名前をとって、ゴゴ・プリシラ・ステナイ寄宿舎という。ゴゴは、お祝いのスピーチをする。
 さあ、卒業試験が始まる。果たして、ゴゴは合格するのだろうか。
© Ladybirds Cinema いまでは、ケニアの子どもたちは、ほとんどが教育を受けられるようになったが、年配のことに女性たちは、そもそも学校に行けなかった。ゴゴは、「世界じゅうに教育の大切さを伝えることができるなら」と、映画の出演を引き受けたという。映画のタッチは、どこかで見たことがあると思っていたら、2014年の4月に本欄で紹介した「世界の果ての通学路」と同じ、フランスの映画監督パスカル・プリッソンの作品だ。「世界の果ての通学路」は、ケニア、アルゼンチン、モロッコ、インドの辺鄙な場所に住む子どもたちが、長い時間をかけて通学する様子を描いた傑作ドキュメンタリー映画だった。
 パスカル・プリッソン監督のこの新作は、小学校の授業風景や、子どもたちの生き生きとした表情、そして、ケニアの村の様子を活写する。自ずと、小さい子どもたちにとって、教育がいかに大切かが伝わってくる。
 映画の資料に、ゴゴの言葉が紹介されている。「世界中の全ての子供たち、特に少女たちに伝えたい。学校に行くことはあなたたちの力になり、財産となります。だから突き進んで下さい」。また、ゴゴのいる寄宿舎のドアには「学ぶことに年齢は関係ない」という看板が掲げられている。その通りである。

2020年12月25日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

『GOGO(ゴゴ) 94歳の小学生』公式Webサイト

監督:パスカル・プリッソン
2019年/フランス/英語・スワヒリ語/カラー/スコープサイズ/DCP/5.1ch/84分/原題:Gogo/字幕翻訳:長澤達也
配給:キノフィルムズ
提供:木下グループ

トルーマン・カポーティ 真実のテープ

© 2019, Hatch House Media Ltd.

 もとより、トルーマン・カポーティのあまり熱心な読者ではない。「ティファニーで朝食を」という映画は、原作とはかなり違っていたようだ。ベネット・ミラー監督の映画「カポーティ」では、カポーティの甲高い声を真似たフィリップ・シーモア・ホフマンの熱演もあってか、やっと作家カポーティの実像に、少しは近づいたのかなと思っていた。このほどのドキュメンタリー映画「トルーマン・カポーティ 真実のテープ」(ミモザフィルムズ配給)は、さらにまた、カポーティの実像により近づいたようだ。
 愛読書のひとつに、ハーパー・リーの書いた「アラバマ物語」(暮しの手帖社・菊池重三郎 訳)がある。グレゴリー・ペック主演で映画にもなった。このハーパー・リーは、カポーティより年上、カポーティが「冷血」を書くのに、多大の協力をしたと言われている。
 カポーティは、1924年、ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。10代でニューヨークに移り住み、「ニューヨーカー」誌の雑用係の職を得る。19歳で書いた小説「ミリアム」でデビュー。ついで、「遠い声、遠い部屋」を書く。傑作は、1949年に書いた短編集「夜の樹」(新潮文庫・川本三郎 訳)ではないか。以降、流行作家として、作品数は多くはないが、著名な作家の仲間入りを果たす。1966年の「冷血」が大ベストセラーとなり、ニューヨークのセレブたちとの交友が深まる。遺作は、3章ほどが「エスクァイア」誌に掲載された「叶えられた祈り」で、自身を重ねた作家のP・B・ジョーンズが登場する。1984年、「叶えられた祈り」は未完のまま、死去。
© 2019, Hatch House Media Ltd. 映画は、カポーティの評伝を書いたジョージ・プリンプトンが、カポーティを知る人たちにインタビューした膨大なテープ録音から始まる。「カポーティの生涯を辿っている。あなたの思い出も聞かせてくれないか」と。さらに、映画を監督したイーブス・バーノーが、プリンプトンのテープを基に、カポーティを知る多くの人物に、新たにインタビューした映像が追加されている。カポーティの私生活をよく知る養女ケイト・ハリントンを始め、多くの作家たちや、女優、ジャーナリストたちが登場する。
 絶賛もされるが、酷評もある。一人の人物についての表現の幅広さに、驚かれると思う。当然、見どころ、聴きどころは、トルーマンについて、誰がどのように語るか、だろう。ざっとの顔ぶれである。
 テネシー・ウィリアムズの晩年のパートナーだった作家のドットソン・レイダー。「叶えられた祈り」に登場するゲイの作家のモデルが、テネシー・ウィリアムズのようだ。女優のローレン・バコールは、1966年、カポーティがプラザ・ホテルで開催した「黒と白の舞踏会」というパーティに出ている。ベトナム戦争のさなかなのに、このパーティには、500人を超えるセレブが参加したという。NBCの「トゥナイト・ショー」の司会者、ジョニー・カーソン。「ニューヨーカー」誌の女性編集者バーバラ・ローレンス。「ハーパーズ・バザー」や「ヴォーグ」の女性編集者のバブス・シンプソンは、数多く、ニューヨークの社交界の取材をしている。作家のノーマン・メイラーは、カポーティとほぼ同じ時代の高名な作家で、カポーティの作品には厳しい批評もするが、十分その才能を認めている。もちろん、ハーパー・リーも登場する。
 そのほか、上流階級で、大金持ちの夫人たち。鉄道王コーネリアス・ヴァンダービルトの孫娘。CBS会長、ウィリアム・ペイリー夫人のバーバラ・ペイリー。「ワシントン・ポスト」紙の社主、キャサリン・グラハムなどなど。そのほか、誰が登場するかは、見てのお楽しみ。
© 2019, Hatch House Media Ltd. 映画をこよなく愛したカポーティは、多くの雑誌や新聞のインタビューにたびたび登場する。もちろん、映画にも出演する。ロバート・ムーア監督の「名探偵登場」や、ウディ・アレン監督の「アニー・ホール」だ。
 富と名声を得たカポーティは、「叶えられた祈り」という小説の執筆を、あちこちに喧伝する。しかし、ニューヨーク社交界の寵児となったカポーティは、享楽の日々を過ごす。酒に溺れ、ドラッグに手を出す。この新作は、多くの前払いを受けたにもかかわらず、なかなか出来上がらない。やっと、いくつかの原稿が「エスクァイア」誌に掲載される。小説での名前だけでなく、実名を晒して、セレブたちの私生活やゴシップを、白日のもとに晒すことになる。結果、トルーマンは、社交界から追放となる。ますます、酒とドラッグの日々を過ごす。
 翻訳された「叶えられた祈り」(新潮文庫・川本三郎 訳)の第3章「ラ・コート・バスク」を読んでみた。セレブたちが激怒するのも当然だろう。
 カポーティには屈折した過去がある。その反動として、社交界に憧れたのかどうかは分からないが、文学の作家なら、もっとストイックな生き方があったのではないかと思わざるを得ない。
 女性ともつきあったが、ゲイである。小柄でもある。多くのコンプレックスもあったと思われるが、結果としてカポーティは、生き急いだと思われる。
 未完の小説の3つの章を読む限りでは、どうやって、この3つの章が、ひとつの物語となるかは、とうてい理解できない。映画「トルーマン・カポーティ 真実のテープ」は、カポーティの真実にかなり近いものと思われるが、遺作をめぐっては、多くの謎も存在することをほのめかす。トルーマン・カポーティは、さまざまな意味で、興味尽きない作家だろう。

2020年11月6日(金)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』公式Webサイト

監督・製作:イーブス・バーノー
出演:トルーマン・カポーティ、ケイト・ハリントン、ノーマン・メイラー、ジェイ・マキナニー、アンドレ・レオン・タリー
2019年/アメリカ=イギリス/英語/98分/カラー・モノクロ/ビスタ/5.1ch
原題:The Capote Tapes
字幕:大西公子
字幕監修:川本三郎
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:ミモザフィルムズ

異端の鳥

COPYRIGHT @2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN ČESKÁ TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKÝ

 2019年の東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門で、「ペインテッド・バード」というタイトルで上映された「異端の鳥」(トランスフォーマー配給)は、やっとこのほど、一般公開を迎える。
 宣伝のチラシにはこうある。「戦火を逃れ、少年はたった一人で、人間の悪意に対峙する――。モノクロームの圧倒的な映像美で描かれる、3時間の驚異の映画体験!」とある。まさにその通り。
 原作がある。ポーランドの作家、イェジー・コシンスキが、1965年に発表した「ペインティッド・バード」である。世界じゅうで翻訳され有名になった小説だが、ポーランドでは発禁、コジンスキ自身は後に自殺している。映画にしたのは、チェコののヴァーツラフ・マルホウルで、たぶん日本で一般公開されるのは、これが初めてではなかろうか。
 一言で言うと、美しいけれど、凄まじい映画だ。眼を覆いたくなるような凄惨な場面もいくつか示されるが、それほど、人間の抱える心の闇や、人種差別、性をも含めた暴力などが、存在するからだろう。逆に、舞台となった東ヨーロッパの自然や風景が、ゆったりと美しく描かれていく。
 全体は9つの章からなる。場所は特定されてはいないが、東ヨーロッパのどこか。時代は第二次世界大戦のさなかである。ドイツ兵やソ連兵が出てくるが、あくまでも、場所の設定は「ある場所」だ。
 ひとりの少年(ペトル・コトラール)が追っ手から逃れているのか、森のなかを走っている。少年は、同じ年代の少年たちから、ひどい仕打ちを受ける。
 「マルタの章」が始まる。黒い瞳で、黒い髪、色黒の少年は、叔母に預けられている。まわりの人たちは、金髪で白い肌だ。少年は、村人や子どもたちから、ひどいいじめにあう。ある朝、叔母が亡くなる。おどろいた少年は、持っていたランプを落としてしまい、火事になる。粗末な家は燃え尽きてしまう。
COPYRIGHT @2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN ČESKÁ TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKÝ 「オルガの章」。村人たちから少年への、ひどい仕打が続く。病気や怪我をおまじないで治療するオルガが、少年を救い、引き取ることになる。オルガの助手となった少年は、高熱にうなされる。オルガは、少年の熱を下げようと、少年の顔だけを残して、土の中に埋めてしまう。カラスが少年を襲う。顔が血にまみれる。最悪の事態の寸前、オルガは少年を救う。この治療が効いたのか、少年の熱が下がる。ある日、少年は、また村人に脅され、激流の川に落ちてしまう。
 「ミレルの章」。なんとか命をとりとめた少年は、粉屋のミレル(ウド・キアー)の元で働く作男に救われる。少年は、ミレルの妻から、亡くなったという子どもの服を譲り受ける。ミレルは、妻を見る作男の視線に嫉妬し、作男にひどい暴力をふるう。雨の中、驚いた少年は、ミレルの家を飛び出す。
 「レッフとルドミラの章」。少年はレッフ(レフ・ディブリク)という鳥売りと知り合う。レッフは、一羽の鳥に白いペンキを塗り、空に放つ。ペンキを塗られた鳥は、ほかの鳥たちから攻撃され、少年の目の前に落ちてくる。差別は人間だけでなく、鳥の世界でも存在する。レッフの妻のルドミラ(イトカ・チュヴァンチャロヴァー)は、近くに住む少年たちを誘惑する。少年の母親たちは、ルドミラにリンチを加え、殺してしまう。悲しんだレッフは、自殺する。
 「ハンスの章」。少年は、森の中で、脚を怪我した馬と出会う。少年は、馬を村まで連れていく。ちょうど、村ではコサックの男たちが宴会を開いている。少年は、呑めない酒を無理矢理に呑まされ、倒れてしまう。少年は、村人たちから馬車に乗せられ、ドイツ軍の駐屯地に送られる。「ユダヤ人を届けにきた」と。少年の始末を付ける兵士が募られ、ハンス(ステラン・スカルスガルド)がその任務にあたる。ハンスは、顎をしゃくって少年を逃がし、空に銃を放つ。少年の生き残りをかけた旅は続く。少年は、射殺された人のカバンの中から、パンを見つけ、生き延びる。
 「司祭とガルボスの章」、「ラビーナの章」、「ミートカの章」、「ニコデムとヨスカの章」と、少年の悲壮な旅は続く。敬虔な司祭(ハーヴェイ・カイテル)に救われたかと思うと、信者のガルボス(ジュリアン・サンズ)から虐待される。ラビーナからは性的虐待を受ける。戦争孤児として、やっと少年は、ソ連軍の駐屯地で保護される。親切な狙撃兵のミートカ(バリー・ペッパー)は、少年に銃をプレゼントする。
COPYRIGHT @2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN ČESKÁ TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKÝ 戦争が終わる。たくましく生き抜いた少年は、もはや、以前の少年とは、まったく別の人間に成長を遂げている。
 もちろん、寓話である。人間の持つ残虐さが、さまざまな形で表現される。虐待、差別、暴力、殺戮などなど。そんな状況でもなお、生き延びる少年の逞しさと、いろんな意味での成長が、説得力たっぷりに描かれていく。
 世の中の差別、暴力に対する深い憤りが読みとれる。人間の持つマイナスの部分が、見事にあぶりだされる。思えば、ユダヤ人だけでなく、いろんな人種差別が歴史として存在する。いまのアメリカも、ひどい人種差別がまかり通っている。日本の国会議員ですら、明らかな差別発言を平気でしている。
 戦争の悲惨さ、残酷さは、歴史をひもとくまでもない。世界のあちこちに難民がいる。異端の鳥は、どの時代、どの場所にも存在するし、ペンキを塗られた異端の鳥は、ひどい迫害を受ける。人間もまた同様で、これが、世界の現実なのだろう。
 映画の成功は、少年を演じたペトル・コトラールを見出したことだろう。ほとんど喋ることのない、極端に少ないセリフである。ペトル・コトラールは、さまざまな表情と、身体全体での仕草で、見事に演じ切ってしまう。少年の出会う人物に扮した俳優は、映画界の大物揃い。ドイツ生まれのウド・キアー、ポーランド生まれのレフ・ディブリク、スウェーデン生まれのステラン・スカルスガルド、アメリカ生まれのハーヴェイ・カイテル、イギリス生まれのジュリアン・サンズ、カナダ生まれのバリー・ペッパーと、文字通り、国際的だ。よくぞのキャスティングに、モノクロ映像の鮮やかさ。脚本、監督のヴァーツラフ・マルホウル、会心の一作だ。
 およそ、人間とはいったいどういう存在なのか。2時間49分の長い映画だが、学ぶこと、多々。

2020年10月9日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー

『異端の鳥』公式Webサイト

監督・脚本:ヴァーツラフ・マルホウル 『戦場の黙示録』
原作:イェジー・コシンスキ「ペインティッド・バード」

キャスト:ペトル・コラール、ステラン・スカルスガルド、ハーヴェイ・カイテル、ジュリアン・サンズ、バリー・ペッパー『プライベート・ライアン』、ウド・キアー
2018年/チェコ・スロヴァキア・ウクライナ合作/スラヴィック・エスペラント語、ドイツ語ほか/169分/シネスコ/DCP/モノクロ/5.1ch/R15
原題:The Painted Bird
字幕翻訳:岩辺いずみ
配給:トランスフォーマー
原作:「ペインティッド・バード」(松籟社・刊)
後援:チェコ共和国大使館
日本・チェコ交流100周年記念作品

mid90s ミッドナインティーズ

© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

 25年ほど前に、ロサンゼルスに4日ほど滞在したことがある。映画「mid90s ミッドナインティーズ」(トランスフォーマー配給)の時代背景もまた、タイトル通り、1990年代の真ん中のロサンゼルスである。
 ロサンゼルスでは、主に、「サンセット大通り」や「プリティ・ウーマン」、「ビバリーヒルズ・コップ」といった映画の舞台になった場所をぶらぶらしただけだが、サンタモニカのビーチは、吹く風が心地よく、たいへん快適だった記憶がある。
 さて、映画の主人公は、13歳のスティーヴィー(サニー・スリッチ)という、スケートボードに憧れている少年で、母親のダブニー(キャサリン・ウォーターストン)と、兄のイアン(ルーカス・ヘッジズ))の3人で暮らしている。
 スティーヴィーは小柄。力が強くて、体格のいいイアンをいつか見返してやりたいと思っている。
 ある日、スティーヴィーは、ふとスケートボード店を訪ねる。ここでスティーヴィーは、17歳前後の常連の若者たち4人と知り合う。みんな、タバコを吸い、話すことは下ネタばかり。もちろん、スケートボードの得意な連中で、レイ(ナケル・スミス)、ファックシット(オーラン・プレナット)、フォースグレード(ライダー・マクラフリン)、ルーベン(ジオ・ガリシア)だ。スティーヴィーから見れば、みんなカッコよく、まぶしい存在だ。スティーヴィーは、ルーベンから中古のスケートボードを40ドルで譲り受ける。初めはスティーヴィーに親切だったルーベンは、みんなから可愛がられているスティーヴィーを疎んじるようになる。
© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved. スケートボードの練習中に、スティーヴィーは屋根から落ちる。このままスケートボードを続けさせていいのかどうか、当然、母親は心配する。
 母親の心配をよそに、スティーヴィーは、仲間たちといろんな体験を積み重ねていく。女の子たちとのパーティー、タバコ、酒、ドラッグ……。そんな折り、兄と殴りあいの喧嘩をするスティーヴィーを見て、母親はスケートボードの仲間との交際を禁じたりする。それでも、母親の目を盗んでは、スティーヴィーは、仲間との時間を過ごしている。
 スティーヴィーは家族によく思われていないことをレイに打ち明ける。レイは言う。「自分の人生は最悪だと思うだろ。でも周りのヤツらを見てみろ。まだマシだと気づく」。そして、仲間たちの置かれている現実を、スティーヴィーに話し始める。
 スティーヴィーは13歳。大人への入り口はまだ遠い。レイたちは、すでに半分ほどはおとなの仲間入りをしている。やがて、スティーヴィーは、人生で何が大切かを感じ取っていく。
 いわば、若者の成長ドラマだが、映画の見せ方が斬新だ。若者たちのさまざまなファッション。車の間を縫うように疾走するスケートボード。1960年代なかばの音楽が映像に寄り添う。ほとんど、知らない音楽だが、うまくドラマとリンクしているようで、爽快だ。知っているのは、ハービー・ハンコックの演奏する「ウォーター・メロンマン」くらい。映画の後半、ヒップホップの傑作、GZAの「リキッド・ソード」が流れるころには、若かりし頃を思い出したおとなは、心ふるえているはずだ。
© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved. スティーヴィーを演じたサニー・スリッチが、圧倒的に達者で、繊細な演技を披露する。「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」や「ドント・ウォーリー」に出ていた名子役で、プロのスケートボーダーでもある。
 レイを演じたナケル・スミスもまた、プロのスケートボーダーだが、長編初出演とは思えないほどの演技に驚く。
 出番は少ないが、母親ダブニー役のキャサリン・ウォーターストンは、傑作の「インヒアレント・ヴァイス」で、ホアキン・フェニックスの元恋人役を演じている。また兄のイアンを演じたルーカス・ヘッジズは、子役の頃から、「ムーンライズ・キングダム」や「グランド・ブダペスト・ホテル」などに出演。「マンチェスター・バイ・ザ・シー」では、20歳にしてアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされている。まことに贅沢で実力あるわき役たちだ。
 脚本を書き、製作に名を連ね、監督したのは俳優のジョナ・ヒル。主役ではないが、「マネーボール」」と「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で、アカデミー賞の助演男優賞にノミネートされるほどの実力派だ。監督自身、ロサンゼルスで実際にスケートボードに乗っていて、多くの仲間と知り合ったという。その経験が、見事なドラマに結実した。
 おとなは誰しも、かつて子どもであった。映画は、子どもたちがおとなになろうとするひとときを、鮮やかに捉えている。

2020年9月4日(金)より、新宿ピカデリー渋谷ホワイトシネクイントほか全国ロードショー

『mid90s ミッドナインティーズ』公式Webサイト

監督・脚本:ジョナ・ヒル『ウルフ・オブ・ウォールストリート』『マネーボール』(出演)
製作総指揮:スコット・ロバートソン『レヴェナント:蘇りし者』、アレックスG・スコット『レディ・バード』
製作:イーライ・ブッシュ『レディ・バード』
音楽:トレント・レズナー、アッティカ・ロス
出演:サニー・スリッチ『ルイスと不思議の時計』『聖なる鹿殺し』、キャサリン・ウォーターストン『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』、ルーカス・ヘッジズ『ある少年の告白』『ベン・イズ・バック』、ナケル・スミス
2018年/アメリカ/英語/85分/スタンダード/カラー/5.1ch/PG12
日本語字幕:岩辺いずみ/提供:トランスフォーマー、Filmarks
配給:トランスフォーマー

ジョーンの秘密

© TRADEMARK (RED JOAN) LIMITED 2018

 2000年、イギリスに住む老女ジョーン・スタンリーが、スパイ容疑で逮捕される。80歳である。第二次世界大戦時に、イギリスの原爆開発の機密資料をソ連に流したというスパイ容疑だ。「ジョーンの秘密」(キノフィルムズ、木下グループ配給)は、まるで信じられない状況、設定だが、なんと史実に基づいている。
 1912年生まれのメリタ・ノーウッドが、80歳になって、ソ連側のスパイだったことが明るみに出る。容疑は、かつてイギリスが開発していた原爆の資料を、ソ連に引き渡したというもの。この史実をもとに、ジェニー・ルーニーの書いた「Red Joan」が映画の原作になる。
 ジョーンを演じるのは、イギリスの名優、ジュディ・デンチである。いろんなスパイ映画に出て、とっても貫禄がある。これだけで、見たくなる。
 映画は、ジョーンの取調べが進行する2000年の現在と、過去の出来事が巧みに交錯する。現在と過去が、めまぐるしく繰り返されるが、軽快なテンポで、飽きさせない。若き日のジョーンを演じたソフィー・クックソンが、知的な雰囲気たっぷりで、気合いのこもった演技を披露する。
 MI5に拘束されたジョーンは、無罪を主張するが、受け入れてもらえない。つい最近亡くなった政府高官の残した資料から、政府高官とジョーンは、ソ連のKGBと繋がっていたという資料が出てきたからである。
 自宅在住が許されたまま、ジョーンの取調べは、1938年にまで遡る。優秀なジョーンは、ケンブリッジ大学で物理を学んでいる。そこでジョーンは、同学年のソニア(テレーザ・スルボーヴァ)という女性と出会う。ソニアは、ロシア系のユダヤ人で、ジョーンを共産主義関係の集まりに誘う。
© TRADEMARK (RED JOAN) LIMITED 2018 その場で、ジョーンは、ソニアの従弟のレオ・ガーリチ(トム・ヒューズ)と出会う。ハンサムなレオに、心ときめくジョーン。
 現在。ジョーンには、弁護士をしている息子ニック(ベン・マイルズ)がいるが、突然の母の拘束に、驚きながらも、尋問に立ち会うことになる。
 1941年。ケンブリッジを卒業したジョーンは、核兵器開発機関で働いている。機関のリーダーであるマックス・デイヴィス教授(スティーヴン・キャンベル・ムーア)は、ジョーンの才能を見抜き、原爆開発計画に参加させる。
 これを知ったレオは、ジョーンに迫る。「ソ連側に原爆関連の資料を提供するように」と。スターリンの独裁と共産主義を嫌うジョーンは、レオの要求を拒否する。
 現在。母親が隠していた秘密が明らかになるにつれ、ニックは驚くばかり。やがて母親の弁護を引き受けることになる。
 1945年。アメリカ、イギリス、カナダが共同で開発していた原爆が完成。アメリカは広島と長崎に原爆を投下する。報道で知ったジョーンは、その悲惨さに驚き、手元の資料をソ連側に引き渡す。
 ジョーンは、なぜ機密資料をソ連側に引き渡したのか。ジョーンの秘密が、徐々に明らかになっていく。
© TRADEMARK (RED JOAN) LIMITED 2018 映画は、大きな問いを投げかける。ジョーンのとった行動は正しかったのか、と。これは、核兵器の安全保障としての抑止力の是非である。ジョーンは、核兵器を開発した国だけでなく、抑止力が平等になるよう、西側の情報をリークしたため、このことを罪とは思っていない。
 いま、核兵器を保有している国は、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、北朝鮮とされている。また、核実験は未確認の国が、イスラエル、イランである。持てる国は、持とうとしている国に、持たせようとしない。大国のわがままが、どこまで、世界で通用するのか。
 私見の書生論だが、日本は唯一、核で被爆した国であることを忘れないでほしい。核兵器による抑止力は、外交上の有利さはあるかも知れないが、これから先、いつ、どんな形で兵器として使用されるか、だれも分からない。つい最近、アメリカの古い文書「日本のミサイル防衛と防空」の詳細が公になった。中国が核実験に成功した1960年代、アメリカが日本に示した文書である。アメリカは、1976年の中国の核戦力を予想し、日本の主要都市を攻撃した場合、特に防空体制をとらない場合、1800万人が即死する、とある。
 やめるべきである。唯一の被爆国の日本は、世界に核廃止を訴えるべきである。とにかく、核兵器を全滅させること。それが、人類が生き延びることである。
 優れた映画と思う。監督は、イギリスの舞台畑で、演劇、オペラ、ミュージカルの演出で著名な、トレヴァー・ナン。ジュディ・デンチが全幅の信頼を寄せる演出家である。
 映画は、ジョーンの秘密を明らかにするが、ジョーンのとった行動に、結論を出さない。出すのは、ひとりひとりの観客である。

2020年8月7日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー

『ジョーンの秘密』公式Webサイト

監督:トレヴァー・ナン
原作:ジェニー・ルーニー著「Red Joan」
出演:ジュディ・デンチ、ソフィー・クックソン、トム・ヒューズ、スティーヴン・キャンベル・ムーア、ベン・マイルズ
2018/英語/イギリス/101分/5.1ch/カラー/スコープ/原題:REDJOAN/PG12
字幕翻訳:チオキ真理
配給:キノフィルムズ/木下グループ

WAVES/ウェイブス

©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

 「人間、万事塞翁が馬」という。生きていると、いいこともあれば、悪いこともある。かなりの年齢でなくても、若い人とて、同じだろう。映画「WAVES/ウェイブス」(ファントム・フィルム配給)では、男子高校生が、幸福の絶頂から、悲惨な状況になる。その激しい落差は、観客として、かなり戸惑う。
 アメリカのフロリダ。タイラー(ケルヴィン・ハリソン・Jr)は、裕福な家庭で育ち、高校ではレスリングの選手として活躍している。タイラーには、アレクシス(アレクサ・デミー)という恋人がいる。もう、最高に恵まれた高校生活を過ごしている。
 ただ、父親のロナルド(スターリング・K・ブラウン)は、タイラーのレスリングを厳しくコーチし、「他の者より10倍の努力をしろ」とタイラーに手厳しい。ロナルドの妻キャサリン(レネー・エリス・ゴールズベリー)は、タイラーの実の母親ではないので、ロナルドの態度について口をはさむことのない日々である。
©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved. ある日突然、タイラーは、肩の痛みを訴える。医者は、試合に出ることはもちろん、レスリングを続けることを禁じる。無理を承知で、試合に臨んだタイラーは、初めて現実の厳しさを知る。
 さらに間が悪いことに、タイラーは、アレクシスから妊娠したことを打ち明けられる。堕胎を迫るタイラーに、アレクシスは産む決意を告げる。そして、タイラーとアレクシスの間に、最悪とも言える事件が起きる。
 タイラーには、エミリー(テイラー・ラッセル)という妹がいる。タイラーの異変を近くで感じながらも、エミリーはどうすることも出来ないでいる。いまや、タイラーの起こした事件がきっかけで、両親の関係も最悪になりつつある。
 そんなエミリーを慰めるのがルーク(ルーカス・ヘッジス)だ。ルークは、兄と同じレスリング部の選手で、エミリーの抱える状況に深い理解を示してくれる。ルークもまた、父親との深い確執を抱えている。ふたりの仲は急接近していく。
 ざっとの結構は、どこにでもあるドラマの体裁である。ところが、映画としての見せ方が、実に斬新なのだ。凝りに凝った色彩に、ドラマの展開にうまくリンクした音楽と歌詞が、絶妙なのだ。
©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved. さまざまな「愛の形」があることが分かる。タイラーたちは若いけれど、さまざまな苦しみに直面する。だが、人生は続く。やはり「人間、万事塞翁が馬」なのである。
 どんな状況であっても「希望」は忘れない、捨てないことだ。ダイナ・ワシントンの唄う「What a Difference a Day Makes」が、必ず佳き日々が来ることを示唆し、エイミー・ワインハウスの唄う「Love is a Losing Game」が、人生の楽しさを訴える。グレン・ミラー楽団の名曲「ムーンライト・セレナーデ」が、ひたすら美しく引用される。
 ともあれ、「今を生きる」ことである。良いことは、必ず、やってくる。
 タイトルは「波」だ。さまざまなイメージを込めたタイトルと思う。それぞれがイメージして欲しい。脚本を書き、監督したのはトレイ・エドワード・シュルツだ。1988年生まれというから、まだ若い人だが、その美的感覚は、研ぎすまされている。かつて、テレンス・マリック監督の「ツリー・オブ・ライフ」で、撮影のアシスタントを務めている。
 未来への期待大の映画作家が続々。トレイ・エドワード・シュルツも、その一人だろう。

2020年7月10日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

『WAVES/ウェイブス』公式Webサイト

監督・脚本:トレイ・エドワード・シュルツ(『イット・カムズ・アット・ナイト』)
出演:ケルヴィン・ハリソン・Jr、テイラー・ラッセル、スターリング・K・ブラウン、レネー・エリス・ゴールズベリー、ルーカス・ヘッジズ、アレクサ・デミー
音楽:トレント・レズナー&アッティカス・ロス (『ソーシャル・ネットワーク』、『ゴーン・ガール』)
原題:WAVES/2019年/アメリカ/英語/ビスタサイズ/135分/PG12
配給:ファントム・フィルム

ハニーランド 永遠の谷

©2019,Trice Films & Apollo Media

 北マケドニアの首都スコピエから20キロメートルほどの距離ながら、ここはもう山岳地帯で、そう高くはなさそうだが、断崖絶壁の山がある。ここに、昔ながらの養蜂で生計をたてている、ハティツェ・ムラトヴァという女性がいる。映画「ハニーランド 永遠の谷」(オンリー・ハーツ配給)は、ドキュメンタリー映画なのに、実にドラマチックだ。
 映画は、ハティツェの養蜂を通して、利便さ優先、経済優先の、現代文明への警鐘を鳴らすかのよう。
 ハティツェは、ほとんど目の見えない寝たきりの母親ナジフェと暮らしている。以前は、近隣に住んでいる人がいたようだが、いまは、ハティツェと母親だけになっている。
 ハティツェは、今日も山に登り、蜂蜜を採取する。そして、蜜蜂のために、半分は残す。これが、養蜂を持続可能にしている方法論なのだろう。
©2019,Trice Films & Apollo Media ハティツェは、近くの町に蜂蜜を売りに行く。1ビンで10ユーロほどにしかならない。そして、髪の毛染めを2.5ユーロで買う。
 ある日、トラックやキャンピング・カーを率いた家族が、近くにやってくる。たくさんの牛を飼っていて、にぎやかなこと、この上ない。しかも、7人もの子どもがいる。無垢なハティツェは、大家族にも親身に接するが、父親は、金が目当てで、養蜂に手を出す。
 業者からの注文は、10キロ、20キロとエスカレートしていく。やがて、ハティツェの蜜蜂は、壊滅的な打撃を受けることになる。
 「人間と自然はいかに共存するか」との、鋭い問いを投げかける。先進国の多くは、相変わらず、経済成長を叫んでいる。永遠の成長などは、無理である。ほどほどにするべきだと思う。
 もはや、大量生産、大量消費、大量廃棄は、もういい加減に、改めるべきだろう。地球の資源は有限である。いつまでも、いいわ、いいわで、成り立つはずがない。見終わって思う。これはもう、映画という枠を超えた文明論だ、と。
©2019,Trice Films & Apollo Media 10年ほど前のインドのケララ州の話である。携帯電話の普及で、電磁波の発生する基地局が増え、働き蜂のナビゲーション能力が損なわれたという。「過ぎたるは及ばざるが如し」、「足るを知る」ことである。
 映画は、3年もかけて、約400時間、撮影されたらしい。ドキュメンタリーなのに、ドラマチックなのも頷ける。本作は、今年のアカデミー賞で、長編ドキュメンタリー賞と国際映画賞(かつての外国語映画賞)の2部門でノミネートされ、これはアカデミー賞史上初とのこと。
 こんなすごい映画を撮ったのは、リューボ・ステファノフと、タマラ・コテフスカの二人で、両名とも、環境問題に深い関心を寄せる映画作家である。とにかく美しく、力強い映画である。何度も、見たくなるほどの力作だろう。

2020年6月26日(金)より、アップリンク渋谷アップリンク吉祥寺他にて全国順次公開

『ハニーランド 永遠の谷』公式Webサイト

監督:リューボ・ステファノフ、タマラ・コテフスカ
プロデューサー・編集:アナタス・ゲオルギエフ
撮影:フェルミ・ダウト、サミル・リュマ
サウンドデザイナー:ラナ・エイド
字幕:林かんな
2019年/北マケドニア/トルコ語・マケドニア語・セルビアクロアチア語/86分/1.85:1
配給:オンリー・ハーツ
後援:駐日北マケドニア共和国大使館

その手に触れるまで

© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF

 1時間24分ほどの短い映画である。まだ13歳の少年が、イスラムの過激思想に洗脳され、「聖戦」を実行しようとするドラマで、全編、緊張感に満ちている。「その手に触れるまで」(ビターズ・エンド配給)の舞台は、ベルギーの首都ブリュッセルの西、人口10万人足らずの町モレンベークで、イスラム教徒が多く住んでいる。
 13歳になるアメッド(イディル・ベン・アディ)は、ゲーム好きのごくふつうの少年だ。ところが、いま、イスラム教の聖典であるコーランに夢中になっていて、近くのモスクに足しげく通っている。
 アメッドは、識字障害の克服でお世話になったイネス先生(ミリエム・アケディウ)にも、宗教上の理由で、挨拶の握手もしない。これを知ったアメッドのママ(クレール・ボドソン)は、アメッドを叱るが、アメッドはママに、「飲んだくれ」とアラビア語でつぶやく。父が家出して以来、ママは毎晩のように酒を飲んでいるからだ。
 アメッドは、信頼しているイスラムの導師(オスマン・ムーメン)に、イネス先生のアラビア語を歌で学ぶ授業の話をする。導師は言う。「聖なるアラビア語を、歌で学ばせるとは冒涜的だ」。そして、アメッドに問う。「このような背教者には、どうする?」。「排除すべき」とアメッド。導師は言う。「聖戦の標的だ」と。
© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF アメッドは、ナイフを忍ばせ、標的のイネス先生に近づいていく…。
 映画の舞台になったモレンベークは、過激なイスラム教徒が多く住んでいて、2015年のパリ同時多発テロ事件や、2016年のブリュッセル連続テロ事件にも、深く関わっていたらしい。
 宗教は、もともと、どれも寛容であるべきと思う。ところが、いろんな宗教の歴史は、そうはいかない。同じ宗教でも、親子、兄弟がいがみあい、戦いつづける歴史がある。イスラムとて、穏健な人たちもいるが、過激な行動を実行する人たちもいる。
 洗脳されるのは、なにも若い人たちだけではない。たまたまコロナ騒ぎとやらで、いつもより注意深く、国会中継を見ていた。いまの政府の一連の対応は、ひどい、としか言いようがない。一部の新聞やテレビは、政府に不都合なことは、詳細に報道しない。むしろ、政府に都合のいいように、事実を切り取ってしまう。多くの人が、いまの国会や政府の実情を知れば、内閣の支持率は40%前後もあるはずがない。いまの政府は、多くのメディアを懐柔し、あきらかに大衆を洗脳しているのではないか。
 アメッドは、一度、イネス先生の襲撃に失敗する。それでもなお、「聖戦」を信じている。映画は、だから、ドラマに接した観客に、多くの情報を受け入れ、どのような人生を選択するかの、大きな問いを投げかける。
© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF アメッドを演じたイディル・ベン・アディの演技が、圧倒的にいい。ことに、あまり変化のない、思い詰めたような表情なのに、微細な感情の変化を、見事に表現する。アメッドは、イネス先生の襲撃に失敗した後、少年院に入れられる。農場での更正プログラムの一環で、農場作業に従事するシーンがある。アメッドは、農場主の娘ルイーズ(ヴィクトリア・ブルック)と、ひとときの時間を過ごすが、ほんの一瞬の微笑に、とても素直な表情を見せる。
 ラストシーンが、多くを示唆し、唐突に終わる。監督、脚本は、ベルギーのダルデンヌ兄弟だ。「息子のまなざし」や、「ある子供」、「ロルナの祈り」、「少年と自転車」、「サンドラの週末」など、多くの傑作を撮り、どの作品も、社会的に恵まれていない人たちに、暖かく寄り添う姿勢を貫いている。もはや、映画というジャンルを超えたメッセージがあり、いまという世界の現実に、鋭い問題提起を続けている。
 劇中、例によって効果音などは、ない。ラストで流れる音楽は、シューベルトのピアノ・ソナタ第21番の第2楽章である。シューベルトが最晩年に行き着いた、静謐で、崇高な、美しい音楽。緊張感いっぱいの第2楽章が、アメッドの未来を暗示するかのよう。
 いまの時代、必見の映画。多くの人に、強く、広く、お勧めしたい。

2020年6月12日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!

『その手に触れるまで』公式Webサイト

監督:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:イディル・ベン・アディ、オリヴィエ・ボノー、ミリエム・アケディウ、ヴィクトリア・ブルック、クレール・ボドソン、オスマン・ムーメン
エンディング曲:フランツ・シューベルト「ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960 第二楽章 Andante sostenuto」(演奏:アルフレッド・ブレンデル)
2019年/ベルギー=フランス/84分/1.85:1/英題:YOUNG AHMED/原題:LE JEUNE AHMED
後援:ベルギー大使館
配給:ビターズ・エンド

プラド美術館 驚異のコレクション

© 2019 – 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved

 もう30年ほど前になるが、スペインのマドリードから北西に50kmほどのエル・エスコリアルに10日ほど滞在したことがある。マドリードからはバスか鉄道で約1時間ほど。何度か、プラド美術館に出かけた。さらに前、団体旅行でマドリードとグラナダを訪ねたときに、プラド美術館に行ったが、ゆっくりと見ることは出来なかった。
 このほど、ドキュメンタリー映画「プラド美術館 驚異のコレクション」(東京テアトル配給)を、懐かしさいっぱいの思いで見た。
 圧巻である。主に絵画を通してではあるが、まるでスペインの近代史そのもの。プラド美術館所蔵の絵画には、ティツアーノがあるし、もちろん、ベラスケスや、ゴヤ、エル・グレコもある。
 昨年の11月、プラド美術館は開館200周年だった。これを記念してだろうか、プラド美術館が全面的に協力しての映画化である。
 プラド美術館の現在の館長ミゲル・ファロミールが、愛着のある作品を紹介する。ティントレットの「弟子たちの足を洗うキリスト」だ。また、コレクション部門のアンドレス・ウベダ・デ・ロス・コボスは、お気に入りの作品として、クロード・ロランの風景画を挙げる。ウェイデンの「十字架降下」をフランドル派の最高傑作とするのは、板絵保存官のホセ・デラ・フェンテだ。これには女優のマリナ・サウラも同調する。
© 2019 – 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved 建築家のノーマン・フォスターに、ダンサーのオリガ・ペリセットのお気に入りは、ゴヤの「黒い絵」のシリーズだ。
 映画のナレーションを担当し、案内役を務めるのは、俳優のジェレミー・アイアンズ。「プラドは変化と成長を続ける、生きた美術館」と述べる。
 コレクションは、歴代の王、王女たちの心を引いた作品ばかりが選ばれる。それは、ティツィアーノ、ルーベンス、ボッス、ヴァン・ダイク、ベラスケス、ゴヤたちだ。彼らが主に描くのは、ここ400年ほどのスペインの歴史に登場する国王、王女、貴族たちと、周辺にいる市井の人々だ。
 ジェレミー・アイアンズが、スペインのざっとの歴史を紹介する。
 1561年、カール5世の息子のフェリペ2世は、首都をマドリードに定め、2年後、エル・エスコリアルに巨大な修道院を建設する。ここには、美術館、図書館、歴代の王家の墓もある。
 二つの大戦の間に、表現の自由を求めた芸術家たちが、プラド美術館に足を運ぶ。映画監督のルイス・ブニュエル、画家のサルバドール・ダリ、作家のガルシア・マルケスたちだ。ダリは、「プラドが燃えたら何を守るか」との問いに、「空気を守るだろう。ベラスケスの“女官たち”に漂う最高品質の空気を」と答える。
 マネもまた、ルイ13世の国王付画家だったラトゥールに手紙を書く。「ベラスケスの絵を見る喜びをきみとわかちあいたい。ベラスケスは画家の中の画家だ」と。
© 2019 – 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved 映画は、プラド美術館の有名な絵画と、そのエピソードを、次々と紹介していく。ベラスケスの「十字架上のキリスト」。ルーベンスの「三美神」。ゴヤの「1808年5月2日」、「1808年5月3日」。さらに、ベラスケスの「織女たち」、「ウルカヌスの鍛冶場」、「ブレダの開城」。フラ・アンジェリコの「受胎告知」。「受胎告知」は、二度にわたる修復の経過も描かれる。
 フェリペ2世がコレクションに加えたというヒエロニムス・ボスの「快楽の園」や、ピーテル・ブリューゲル、ヨアヒム・パティニール、スルバランなどに続いて、女流画家アング・イッソラ、カラッチ、グイド・レーニも紹介される。
 圧巻は、何度も登場するゴヤだ。「裸のマハ」、「十字架のキリスト」、「わら人形の遊び」、「我が子を食らうサトゥルヌス」、「犬」、版画集「ロス・カプリチョス」など。いずれも、ゴヤの人間観察の深さを物語る傑作ばかりだ。個人的に好きなゴヤ作品は「カルロス4世とその家族」だ。ゴヤは、「見たままに描く」と言ったが、この絵の人物たちの表情は、目に見えない内面を鮮やかに描いたと思う。宮廷画家の首席に上り詰めたゴヤが、王室の腐敗を端的に表現したものと思われる。
 1936年、プラド美術館の館長だったピカソは言う。「芸術は日々の生活の埃を魂から洗い流してくれる」。
 サブタイトル通り、プラド美術館のコレクションは、「驚異」だろう。プラド美術館は、かつて三大陸にわたって繁栄したスペイン王国の歴史そのもの。
 脚本、監督は、ヴァレリア・パリシという女性だ。見事な仕事で、これはアート系のドキュメンタリー映画では、必見と思う。

近日公開

『プラド美術館 驚異のコレクション』公式Webサイト

ナビゲーター:ジェレミー・アイアンズ
監督・脚本:ヴァレリア・パリシ
脚本:サビーナ・フェディーリ
企画:ディディ・ニョッキ
2019年/イタリア・スペイン/英語/92分/カラー
原題:THE PRADO MUSEUM. A COLLECTION OF WONDERS
配給・提供:東京テアトル/シンカ

恐竜が教えてくれたこと

©2019 BIND & Willink B.V. / Ostlicht Filmproduktion GmbH

 11歳の少年サム(ソンニ・ファンウッテレン)は気付く。「この世の生き物はすべて、いつか死ぬ」と。そして思う。「地球で最後の恐竜は、自分が最期の恐竜だと知っていたのかな」と。さらにサムは考える。「人はいつか死ぬ。小さいぼくはひとりになる。孤独に耐えるようにならなければ」と。
 映画「恐竜が教えてくれたこと」(彩プロ配給)は、少年の視線を通して、おおげさに言えば、人生の意味を問いかけている。原作がある。ロンドン生まれで、オランダ育ちの児童文学作家アンナ・ウォルツの書いた「ぼくとテスの秘密の七日間」(フレーベル館・野坂悦子 訳)だ。映画は原作とほぼ同じ運びである。
 舞台は、オランダにある小さな島のテルスヘリング島。サムは、パパ(チェッポ・ヘッリツマ)とママ(スサン・ボーハールド)、3歳上の兄ヨーレ(ユーリアン・ラッス)といっしょに、一週間のバカンスを楽しんでいる。
©2019 BIND & Willink B.V. / Ostlicht Filmproduktion GmbH 浜辺で遊んでいるとき、ヨーレがサムの掘った穴に落ちて、骨折する。ママは偏頭痛になって寝込んでしまう。悪いことばかりではない。サムは、サルサの練習をしている少女テス(ヨセフィーン・アレンセン)と出会う。サムより少し年上のテスは表情豊か。ついサムは、サルサの練習に加わる。
 テスはサムに言う。「パパは火山の噴火で亡くなった」と。サムは、また、いろいろと考える。人が死ぬってどういうことなのか、と。そしてまた、家族でいちばんの年下だから、孤独に耐える訓練をしなければ、とも。パパとヨーレは、別の島で治療中で、ママはずっと寝ている。サムは、孤独に耐える訓練を続けていく。
 そんなサムに、テスは言う。死んだと思っていたパパが生きていて、ネットで調べて、ママには内緒で、この島に招待した、と。やがてサムは、テスの計画に巻き込まれていく。
 孤独に耐える訓練中、サムにある事件が起き、サムは、「思い出」の大切さを知る。サムは思う。テスとテスのパパは、12年分の思い出を無くしていたのだ、と。
©2019 BIND & Willink B.V. / Ostlicht Filmproduktion GmbH サムとテスを見ていると、微笑ましい限り。子どもからおとなへのとば口にある少年少女のやり取りが、美しい島で展開する。ほんの一週間のあいだに、サムとテスは、みごとな変身を遂げる。
 児童文学ではあるが、これはおとなのための小説、映画だろう。おとなも、かつては子どもだった。子どももおとなも、これからの人生は、いつだって、自分で決めるしかない。そんな勇気を授けてくれる。
 登場人物は、おとなも子どもも、一風変わっていて個性的。サムもテスも、これからおとなの仲間入りをすることになる。いつまでも、最後の恐竜が何を知っているかに、思いを馳せる人間でいてほしいいものだ。
 このようなすてきな映画を撮ったのは、オランダのステフェン・ワウテルロウトで、これが長編の初監督になる。原作、脚本ともに秀でていて、読み応え、見応えがある。

2020年3月20日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

『恐竜が教えてくれたこと』公式Webサイト

監督:ステフェン・ワウテルロウト
脚本:ラウラ・ファンダイク
原作:アンナ・ウォルツ「ぼくとテスの秘密の七日間」(野坂悦子訳、フレーベル館)
出演:ソンニ・ファンウッテレン、ヨセフィーン・アレンセン ほか
2019年/オランダ/オランダ語・ドイツ語/カラー/84分
英題:My Extraordinary Summer with Tess
配給:彩プロ
後援:オランダ王国大使館