学び!とシネマ

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ジョーンの秘密
2020.08.05
学び!とシネマ <Vol.173>
ジョーンの秘密
二井 康雄(ふたい・やすお)

© TRADEMARK (RED JOAN) LIMITED 2018

 2000年、イギリスに住む老女ジョーン・スタンリーが、スパイ容疑で逮捕される。80歳である。第二次世界大戦時に、イギリスの原爆開発の機密資料をソ連に流したというスパイ容疑だ。「ジョーンの秘密」(キノフィルムズ、木下グループ配給)は、まるで信じられない状況、設定だが、なんと史実に基づいている。
 1912年生まれのメリタ・ノーウッドが、80歳になって、ソ連側のスパイだったことが明るみに出る。容疑は、かつてイギリスが開発していた原爆の資料を、ソ連に引き渡したというもの。この史実をもとに、ジェニー・ルーニーの書いた「Red Joan」が映画の原作になる。
 ジョーンを演じるのは、イギリスの名優、ジュディ・デンチである。いろんなスパイ映画に出て、とっても貫禄がある。これだけで、見たくなる。
 映画は、ジョーンの取調べが進行する2000年の現在と、過去の出来事が巧みに交錯する。現在と過去が、めまぐるしく繰り返されるが、軽快なテンポで、飽きさせない。若き日のジョーンを演じたソフィー・クックソンが、知的な雰囲気たっぷりで、気合いのこもった演技を披露する。
 MI5に拘束されたジョーンは、無罪を主張するが、受け入れてもらえない。つい最近亡くなった政府高官の残した資料から、政府高官とジョーンは、ソ連のKGBと繋がっていたという資料が出てきたからである。
 自宅在住が許されたまま、ジョーンの取調べは、1938年にまで遡る。優秀なジョーンは、ケンブリッジ大学で物理を学んでいる。そこでジョーンは、同学年のソニア(テレーザ・スルボーヴァ)という女性と出会う。ソニアは、ロシア系のユダヤ人で、ジョーンを共産主義関係の集まりに誘う。
© TRADEMARK (RED JOAN) LIMITED 2018 その場で、ジョーンは、ソニアの従弟のレオ・ガーリチ(トム・ヒューズ)と出会う。ハンサムなレオに、心ときめくジョーン。
 現在。ジョーンには、弁護士をしている息子ニック(ベン・マイルズ)がいるが、突然の母の拘束に、驚きながらも、尋問に立ち会うことになる。
 1941年。ケンブリッジを卒業したジョーンは、核兵器開発機関で働いている。機関のリーダーであるマックス・デイヴィス教授(スティーヴン・キャンベル・ムーア)は、ジョーンの才能を見抜き、原爆開発計画に参加させる。
 これを知ったレオは、ジョーンに迫る。「ソ連側に原爆関連の資料を提供するように」と。スターリンの独裁と共産主義を嫌うジョーンは、レオの要求を拒否する。
 現在。母親が隠していた秘密が明らかになるにつれ、ニックは驚くばかり。やがて母親の弁護を引き受けることになる。
 1945年。アメリカ、イギリス、カナダが共同で開発していた原爆が完成。アメリカは広島と長崎に原爆を投下する。報道で知ったジョーンは、その悲惨さに驚き、手元の資料をソ連側に引き渡す。
 ジョーンは、なぜ機密資料をソ連側に引き渡したのか。ジョーンの秘密が、徐々に明らかになっていく。
© TRADEMARK (RED JOAN) LIMITED 2018 映画は、大きな問いを投げかける。ジョーンのとった行動は正しかったのか、と。これは、核兵器の安全保障としての抑止力の是非である。ジョーンは、核兵器を開発した国だけでなく、抑止力が平等になるよう、西側の情報をリークしたため、このことを罪とは思っていない。
 いま、核兵器を保有している国は、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、北朝鮮とされている。また、核実験は未確認の国が、イスラエル、イランである。持てる国は、持とうとしている国に、持たせようとしない。大国のわがままが、どこまで、世界で通用するのか。
 私見の書生論だが、日本は唯一、核で被爆した国であることを忘れないでほしい。核兵器による抑止力は、外交上の有利さはあるかも知れないが、これから先、いつ、どんな形で兵器として使用されるか、だれも分からない。つい最近、アメリカの古い文書「日本のミサイル防衛と防空」の詳細が公になった。中国が核実験に成功した1960年代、アメリカが日本に示した文書である。アメリカは、1976年の中国の核戦力を予想し、日本の主要都市を攻撃した場合、特に防空体制をとらない場合、1800万人が即死する、とある。
 やめるべきである。唯一の被爆国の日本は、世界に核廃止を訴えるべきである。とにかく、核兵器を全滅させること。それが、人類が生き延びることである。
 優れた映画と思う。監督は、イギリスの舞台畑で、演劇、オペラ、ミュージカルの演出で著名な、トレヴァー・ナン。ジュディ・デンチが全幅の信頼を寄せる演出家である。
 映画は、ジョーンの秘密を明らかにするが、ジョーンのとった行動に、結論を出さない。出すのは、ひとりひとりの観客である。

2020年8月7日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー

『ジョーンの秘密』公式Webサイト

監督:トレヴァー・ナン
原作:ジェニー・ルーニー著「Red Joan」
出演:ジュディ・デンチ、ソフィー・クックソン、トム・ヒューズ、スティーヴン・キャンベル・ムーア、ベン・マイルズ
2018/英語/イギリス/101分/5.1ch/カラー/スコープ/原題:REDJOAN/PG12
字幕翻訳:チオキ真理
配給:キノフィルムズ/木下グループ

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