学び!とシネマ

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ハニーランド 永遠の谷
2020.06.24
学び!とシネマ <Vol.171>
ハニーランド 永遠の谷
二井 康雄(ふたい・やすお)

©2019,Trice Films & Apollo Media

 北マケドニアの首都スコピエから20キロメートルほどの距離ながら、ここはもう山岳地帯で、そう高くはなさそうだが、断崖絶壁の山がある。ここに、昔ながらの養蜂で生計をたてている、ハティツェ・ムラトヴァという女性がいる。映画「ハニーランド 永遠の谷」(オンリー・ハーツ配給)は、ドキュメンタリー映画なのに、実にドラマチックだ。
 映画は、ハティツェの養蜂を通して、利便さ優先、経済優先の、現代文明への警鐘を鳴らすかのよう。
 ハティツェは、ほとんど目の見えない寝たきりの母親ナジフェと暮らしている。以前は、近隣に住んでいる人がいたようだが、いまは、ハティツェと母親だけになっている。
 ハティツェは、今日も山に登り、蜂蜜を採取する。そして、蜜蜂のために、半分は残す。これが、養蜂を持続可能にしている方法論なのだろう。
©2019,Trice Films & Apollo Media ハティツェは、近くの町に蜂蜜を売りに行く。1ビンで10ユーロほどにしかならない。そして、髪の毛染めを2.5ユーロで買う。
 ある日、トラックやキャンピング・カーを率いた家族が、近くにやってくる。たくさんの牛を飼っていて、にぎやかなこと、この上ない。しかも、7人もの子どもがいる。無垢なハティツェは、大家族にも親身に接するが、父親は、金が目当てで、養蜂に手を出す。
 業者からの注文は、10キロ、20キロとエスカレートしていく。やがて、ハティツェの蜜蜂は、壊滅的な打撃を受けることになる。
 「人間と自然はいかに共存するか」との、鋭い問いを投げかける。先進国の多くは、相変わらず、経済成長を叫んでいる。永遠の成長などは、無理である。ほどほどにするべきだと思う。
 もはや、大量生産、大量消費、大量廃棄は、もういい加減に、改めるべきだろう。地球の資源は有限である。いつまでも、いいわ、いいわで、成り立つはずがない。見終わって思う。これはもう、映画という枠を超えた文明論だ、と。
©2019,Trice Films & Apollo Media 10年ほど前のインドのケララ州の話である。携帯電話の普及で、電磁波の発生する基地局が増え、働き蜂のナビゲーション能力が損なわれたという。「過ぎたるは及ばざるが如し」、「足るを知る」ことである。
 映画は、3年もかけて、約400時間、撮影されたらしい。ドキュメンタリーなのに、ドラマチックなのも頷ける。本作は、今年のアカデミー賞で、長編ドキュメンタリー賞と国際映画賞(かつての外国語映画賞)の2部門でノミネートされ、これはアカデミー賞史上初とのこと。
 こんなすごい映画を撮ったのは、リューボ・ステファノフと、タマラ・コテフスカの二人で、両名とも、環境問題に深い関心を寄せる映画作家である。とにかく美しく、力強い映画である。何度も、見たくなるほどの力作だろう。

2020年6月26日(金)より、アップリンク渋谷アップリンク吉祥寺他にて全国順次公開

『ハニーランド 永遠の谷』公式Webサイト

監督:リューボ・ステファノフ、タマラ・コテフスカ
プロデューサー・編集:アナタス・ゲオルギエフ
撮影:フェルミ・ダウト、サミル・リュマ
サウンドデザイナー:ラナ・エイド
字幕:林かんな
2019年/北マケドニア/トルコ語・マケドニア語・セルビアクロアチア語/86分/1.85:1
配給:オンリー・ハーツ
後援:駐日北マケドニア共和国大使館