学び!とシネマ

学び!とシネマ

その手に触れるまで
2020.06.11
学び!とシネマ <Vol.170>
その手に触れるまで
二井 康雄(ふたい・やすお)

© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF

 1時間24分ほどの短い映画である。まだ13歳の少年が、イスラムの過激思想に洗脳され、「聖戦」を実行しようとするドラマで、全編、緊張感に満ちている。「その手に触れるまで」(ビターズ・エンド配給)の舞台は、ベルギーの首都ブリュッセルの西、人口10万人足らずの町モレンベークで、イスラム教徒が多く住んでいる。
 13歳になるアメッド(イディル・ベン・アディ)は、ゲーム好きのごくふつうの少年だ。ところが、いま、イスラム教の聖典であるコーランに夢中になっていて、近くのモスクに足しげく通っている。
 アメッドは、識字障害の克服でお世話になったイネス先生(ミリエム・アケディウ)にも、宗教上の理由で、挨拶の握手もしない。これを知ったアメッドのママ(クレール・ボドソン)は、アメッドを叱るが、アメッドはママに、「飲んだくれ」とアラビア語でつぶやく。父が家出して以来、ママは毎晩のように酒を飲んでいるからだ。
 アメッドは、信頼しているイスラムの導師(オスマン・ムーメン)に、イネス先生のアラビア語を歌で学ぶ授業の話をする。導師は言う。「聖なるアラビア語を、歌で学ばせるとは冒涜的だ」。そして、アメッドに問う。「このような背教者には、どうする?」。「排除すべき」とアメッド。導師は言う。「聖戦の標的だ」と。
© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF アメッドは、ナイフを忍ばせ、標的のイネス先生に近づいていく…。
 映画の舞台になったモレンベークは、過激なイスラム教徒が多く住んでいて、2015年のパリ同時多発テロ事件や、2016年のブリュッセル連続テロ事件にも、深く関わっていたらしい。
 宗教は、もともと、どれも寛容であるべきと思う。ところが、いろんな宗教の歴史は、そうはいかない。同じ宗教でも、親子、兄弟がいがみあい、戦いつづける歴史がある。イスラムとて、穏健な人たちもいるが、過激な行動を実行する人たちもいる。
 洗脳されるのは、なにも若い人たちだけではない。たまたまコロナ騒ぎとやらで、いつもより注意深く、国会中継を見ていた。いまの政府の一連の対応は、ひどい、としか言いようがない。一部の新聞やテレビは、政府に不都合なことは、詳細に報道しない。むしろ、政府に都合のいいように、事実を切り取ってしまう。多くの人が、いまの国会や政府の実情を知れば、内閣の支持率は40%前後もあるはずがない。いまの政府は、多くのメディアを懐柔し、あきらかに大衆を洗脳しているのではないか。
 アメッドは、一度、イネス先生の襲撃に失敗する。それでもなお、「聖戦」を信じている。映画は、だから、ドラマに接した観客に、多くの情報を受け入れ、どのような人生を選択するかの、大きな問いを投げかける。
© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF アメッドを演じたイディル・ベン・アディの演技が、圧倒的にいい。ことに、あまり変化のない、思い詰めたような表情なのに、微細な感情の変化を、見事に表現する。アメッドは、イネス先生の襲撃に失敗した後、少年院に入れられる。農場での更正プログラムの一環で、農場作業に従事するシーンがある。アメッドは、農場主の娘ルイーズ(ヴィクトリア・ブルック)と、ひとときの時間を過ごすが、ほんの一瞬の微笑に、とても素直な表情を見せる。
 ラストシーンが、多くを示唆し、唐突に終わる。監督、脚本は、ベルギーのダルデンヌ兄弟だ。「息子のまなざし」や、「ある子供」、「ロルナの祈り」、「少年と自転車」、「サンドラの週末」など、多くの傑作を撮り、どの作品も、社会的に恵まれていない人たちに、暖かく寄り添う姿勢を貫いている。もはや、映画というジャンルを超えたメッセージがあり、いまという世界の現実に、鋭い問題提起を続けている。
 劇中、例によって効果音などは、ない。ラストで流れる音楽は、シューベルトのピアノ・ソナタ第21番の第2楽章である。シューベルトが最晩年に行き着いた、静謐で、崇高な、美しい音楽。緊張感いっぱいの第2楽章が、アメッドの未来を暗示するかのよう。
 いまの時代、必見の映画。多くの人に、強く、広く、お勧めしたい。

2020年6月12日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!

『その手に触れるまで』公式Webサイト

監督:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:イディル・ベン・アディ、オリヴィエ・ボノー、ミリエム・アケディウ、ヴィクトリア・ブルック、クレール・ボドソン、オスマン・ムーメン
エンディング曲:フランツ・シューベルト「ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960 第二楽章 Andante sostenuto」(演奏:アルフレッド・ブレンデル)
2019年/ベルギー=フランス/84分/1.85:1/英題:YOUNG AHMED/原題:LE JEUNE AHMED
後援:ベルギー大使館
配給:ビターズ・エンド

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