芸術文化による共生社会の実現を目指して 「だれもが文化でつながるサマーセッション2023」から

 現在、芸術文化に視点をあてて共生社会の実現を目指した取り組みが様々な形で展開されています。誰もが芸術文化に親しみ、芸術文化を通じて交流し、相互理解を深め、支え合うことによって、誰もが参加できる社会を実現しようとするものです。
 2023年7月29日から8月6日までの9日間、東京都美術館で、「だれもが文化でつながるサマーセッション2023」(東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京主催)が開催されました。2022年に開催された「だれもが文化でつながる国際会議2022」を受けて展開されたものです。
 東京都では、「『未来の東京』戦略」に基づいて様々な事業を展開しています(*1)。「『未来の東京』戦略」の中の、戦略6には、ダイバーシティ・共生社会戦略として「インクルーシブシティ東京プロジェクト」、戦略15には、文化・エンターテインメント都市戦略として「芸術文化によるウェルビーイング向上プロジェクト」が掲げられています。
 このイベントはそうした戦略の一環として実施されているもので、まさに芸術の力を活用してウェルビーイングに生きる共生社会の実現を目指す取り組みの一つだといえます。
 そこで、今回はこの取り組みから共生社会の実現について考えてみたいと思います。

「だれもが文化でつながる国際会議2022」

 2022年度は、国際カンファレンスとして「だれもが文化でつながる国際会議2022」が実施されました。その概要と成果については、以下に引用する2022報告書の「はじめに」の記述から読み取れます(*2)
 現在、芸術文化が有する多様性や相互理解がもたらす社会包摂性や、人々のウェルビーイングを享受できる機能を重視した取組が、世界各地に広がっています。本カンファレンスでは、こうした国内外の動向を紹介し、交流と新たな連携を促進するため、国際会議、ショーケース、短期集中キャンプ、ネットワーキングの4つのプログラムを実施しました。都立文化施設を中心に、世界5カ国・地域から集まる100組以上の専門家、団体、クリエイター、そして来場者とともに、芸術文化の社会包摂を共創する国際的プラットフォームの形成を目指しました。
 10日間に渡り実施した本カンファレンスは、オンライン配信を行ったことで、延べ5000人を超える人々が国内外から参加しました。登壇・参加者の経験や知見に基づく発表やディスカッションは、多くの示唆に富んだものであるとともに、ダイバーシティ&インクルージョンを目指す東京という都市において、芸術文化がどのような役割を担うのか、そこで文化施設はどのようなプレゼンスを持ちうるのか、それぞれ課題や展望が示されたといえるでしょう。

「だれもが文化でつながるサマーセッション2023」

 2023年度は、前年度の国際カンファレンスを受けて、そこで得られた知見・ネットワークを国内文化施設や教育機関等へ広めるとともに、共生社会の実現に向けた取組を推進することを目的として実施されたということです(*3)
 催されたイベントは多岐にわたっていましたが、「アクセシビリティと共創」がテーマに掲げられ、国内におけるアクセシビリティに関する認識や価値観を再考するきっかけをつくり、芸術文化による共生社会の実現に向けた“新たなコミュニケーションのあり方”を創造するメインプログラムとして、八つのトークセッションが実施されました。

トークセッションの概要

 国内のアクセシビリティ実践事例や障害のある方による芸術表現、文化施設での取り組み、最先端のテクノロジー活用等について、障害当事者を含む専門家やアーティストを招いて議論が展開されたのですが、各タイトルと主旨を、パンフレットの記載から紹介しておきます(*3)

セッション①「文化的『社会的処方』と共創の場」
 「だれもが文化でつながる国際会議2022」で議論された共生社会における芸術文化活動を活用した取組について、イギリスでの実践を参照しつつ、日本国内での国や大学での共生社会の実現に向けたグローバルな事例を交えて、今後の展望について議論する。

セッション②「ろう者による表現」
 2025年開催のデフリンピックを視野に、ろう者の文化や表現を理解し、ともに共生する社会の在り方について理解を深める。ろう当事者であるデフアートの研究者やアーティストの三者が、ろう者の言語や身体性とつながる文化・表現について語ることを通じて、ろう者・聴者の関係性のあり方を再考察する。

セッション③「ふれることから出会う世界」
 セッションの前に映画『手でふれてみる世界』を上映
 視覚障害のある方の芸術文化の楽しみ方の幅を広げる取組と可能性について議論する。
 「手でみる」イタリアでの実践やインクルーシブ教育の事例を通して、知覚の多様性や、視覚障害のある方の世界観やコミュニケーションについても語り合う。

セッション④「来館しやすい美術館」
 アクセシビリティや障害当事者への理解促進につながる取組事例を紹介する。
 先駆的かつ継続的に取り組んできた徳島県立美術館や水戸芸術館の事例を通して、美術館の課題と展望を語り合う。

セッション⑤「劇場・ホールにおける共創的体験」
 世代や背景を問わず、表現を通して出会い合える劇場・コンサートホールの機能や可能性を語り合う。障害のある方との表現活動に取り組んできた近藤良平氏と、コンサートホールでの「リラックスパフォーマンス」やアウトリーチプログラムを、障害のある方との議論を重ねて実践してきた梶奈生子氏とともに、誰もが楽しめる舞台芸術や音楽、また鑑賞体験のあり方を議論する。

セッション⑥「デフリンピックに向けて」
 2025年のデフリンピックを視野に、国内外の聾者とともに芸術文化を楽しむための文化施設の機能や、表現への情報保障の在り方について議論する。耳の聞こえる人も聞こえない人も一緒に楽しむために創作された「手話能」の関係者を交えて「伝統/現代」の垣根を超えた「表現」の今後の展望を語る。

セッション⑦「情報保障とテクノロジー」
 最先端技術等を用いアクセシビリティの拡充に取り組む文化施設やオルタナティブスペースの事例を通して、テクノロジーを活用した情報保障への理解と知見を深め、多世代や様々な領域を接続させる「いまとこれから」の情報保障について議論する。

セッション⑧「共創するとは何か~文化的実践を通して~」
 地域の高齢者と共同制作の実践を重ねるアーティスト西尾美也氏と様々な障害や世代や属性の人と協働と対話を重ねてきた研究者伊藤亜紗氏の対談を通して「共創」することの可能性を探る。「共に創る」ことの本質と可能性に迫り、共生社会のあり方の議論を、次回の国際会議につなぐキックオフとする。

 そして、以上のトークセッションによる内容を深掘りし、学びを深めるプログラムとして、「レクチャー&ワークショップ」、「展示」、「パフォーマンス×ラボ」が展開されました(*3)
 なお、トークセッションの一部については、参考資料として主催者からも報告されています(*4)。また、10月2日(月曜日)から11月30日(木曜日)まで、期間限定でアーカイブ映像が公開されるということです(*5)

トークセッションから受け止めた「芸術文化と共生社会」に関わるキーワード

 「だれもが文化でつながるサマーセッション2023」のトークセッションから、「芸術文化と共生社会」に関連するキーワードとなる言葉を拾うことができました。そのいくつかについて、私なりに「共生社会の実現」という観点から整理しておきたいと思います。

「文化的処方」
 セッション①からは、薬ではなく人のつながりを処方するのが「社会的処方」、社会の仕組みの外側の、アートやカルチャーによるケアを「文化的処方」という呼び方で推進していくという考え方を学びました。医療や福祉とアートの連携はこれまでにも様々な実践がありますが、「文化的処方」を推進していくためには、「芸術文化や文化施設」の意識変革が求められていると受け止めました。

「手話の市民権」
 「手話の市民権」とは、今回のイベントからたどり着いた私の造語です。聴覚障害教育では、長い間「手話」の使用が認められていませんでした。近年になって、手話は言語であるという見方が受け入れられるようになり、情報アクセシビリティへの対応が急速に進んできています。目前に迫った東京で開催される「2025デフリンピック」をきっかけに、文化という観点から新たな共生社会を創造していこうとする意気込みが、セッション②とセッション⑥から強く感じられました。

「見るという固定観念からの脱却」
 『手でふれてみる世界』の上映とセッション③の内容は、「見る」ということに固執してきた美術館の固定観念をとらえなおすきっかけを与えてくれたように思います。すでにいくつかの美術館において、「見る」ことだけに拘泥しない活動が胎動してきていると受け止めていますが、通常の展示でも視覚に障害がある人が楽しめるような動きがさらに高まっていくことは、視覚に障害がある人のためだけでなく、「共生社会」の実現にもつながっているのだと感じました。

「平場で勝負する美術館」
 芸術文化の共創を推進するためには、美術館も来館者の目線に合わせた対応が不可欠だというメッセージをセッション④から受け取りました。他方、来館者に迎合するだけでは、活動の水準を維持することは難しく、期待しない方向に行ってしまう危険性も内在していることをセッションの議論から感じました。

「共創的体験」と「文化的共創」
 セッション⑤やセッション⑧からは、改めて共生社会は、共に学び共に創っていくという活動の積み重ねで実現していくものだと教えられました。そのための様々な工夫やしかけがあることを示唆されました。

おわりに

 主催者は、今年度の取り組みが「アクセシビリティと共創」をテーマに開催され、芸術文化による共生社会の実現に向けた取組について理解を深める場となったと総括しています(*4)。期間中、芸術文化や福祉関係の施設関係者、教育関係者など約4,000人の参加者があったということで、アートと共生社会への関心が広まってきていることが数字にも表れていました。
 文部科学省と厚生労働省では、「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」に基づく国の基本的な計画に沿って、鑑賞の機会の拡大・創造の機会の拡大・作品等の発表の機会の確保など、障害者の側からの「文化芸術活動」の推進に関する施策を展開しています(*6)
 東京藝術大学が中核となって、2023年から39の機関の連携した「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」も始動しています(*7)。全国の各自治体でも芸術文化による共生社会づくりの取り組みを進めています。
 こうした取り組みが、根を張って広がっていくかが大きな課題となっていますが、今回の「だれもが文化でつながるサマーセッション2023」は、次の展開に向けて知見を共有する意義深いイベントになっていたように思います。
 2022年8月に開催された国際博物館会議(ICOM)プラハ大会において、新たな博物館の定義案が採決されました(*8)。新定義には「博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む。」という記述があり、博物館(美術館)も変革を求められているといえます。
 芸術文化と共生社会の実現に向けた展開については、学校教育とも無関係ではなく、今後もその動向を見守っていく必要がありそうです。
 なお、私もこのイベントにおいて「触察」というテーマで、「手でみる絵」の展示とレクチャー&ワークショップに協力させていただきました。

※画像は、公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京よりご提供いただきました。

*1:「未来の東京」戦略
https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/basic-plan/mirainotokyo-senryaku/html5.html#page=1
*2:2022報告書
https://creativewell.rekibun.or.jp/uploads/CWT_Report_Low.pdf
*3:だれもが文化でつながるサマーセッション2023
https://creativewell-session.jp/
*4:報道資料「だれもが文化でつながるサマーセッション 報告」
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2023/09/07/06.html
「だれもが文化でつながるサマーセッション開催報告(PDF:1,736KB)」
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2023/09/07/documents/06_01a.pdf
*5:「だれもが文化でつながるサマーセッション2023」アーカイブ
https://creativewell.rekibun.or.jp/activity/detail/summersession2023/
*6:「障害者による文化芸術活動の推進に関する基本的な計画(第2期)」の概要
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/93860901_03.pdf
*7:共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点
https://kyoso.geidai.ac.jp/
*8:国際博物館会議(ICOM)による新しい博物館定義日本語訳
https://icomjapan.org/journal/2023/01/16/p-3188/

ICOM日本委員会による日本語確定訳文は以下の通りです。

 博物館は、有形及び無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会のための非営利の常設機関である。博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性
と持続可能性を育む。倫理的かつ専門性をもってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する。

学校図書館と「読書バリアフリー」

 「障害者の権利に関する条約」を受けて制定された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」においては、公的機関に障害者への合理的配慮の提供を義務付けています。公的機関には図書館も含まれています。
 この法の理念の重要性を鑑みて、公益社団法人日本図書館協会(以下、日本図書館協会)は、2015年12月に「図書館利用における障害者差別の解消に関する宣言」(*1)を発表し、その推進に取り組む決意を示しました。それを受けて、差別や合理的配慮の事例を示すとともに、図書館での具体的な取り組み方法を明らかにすることを目的に、2016年3月18日に「図書館における障害を理由とする差別の解消の推進に関するガイドライン」を示しています。このガイドラインによると、学校図書館もその対象に含まれています(*2)
 そこで、今回は、学校図書館と「読書バリアフリー」への対応について確認しておきたいと思います。

学校図書館の位置付けと機能

 学校図書館と「読書バリアフリー」対応について考察するに先立って、学校図書館の位置付けと機能について確認しておきます。学校図書館は、学校図書館法に規定されているのですが、文部科学省のホームページには次のように記載されています(*3)

学校図書館の法的位置付け
○ 学校図書館法の規定[第3条]により、学校図書館は、すべての学校(小・中・高等学校、中等教育学校、特別支援学校)に置かなければならないものとされている。
○ 学校図書館の目的については、「図書、視覚聴覚教育の資料その他学校教育に必要な資料((略))を収集し、整理し、及び保存し、これを児童又は生徒及び教員の利用に供することによって、学校の教育課程の展開に寄与するとともに、児童又は生徒の健全な教養を育成すること」[第2条]とされ、学校は、次のような方法によって、学校図書館を児童生徒及び教員の用に供するものとされている[第4条第1項]。

【法律に規定された学校図書館の供用方法例】

  • 図書資料を収集し、児童生徒及び教員の利用に供すること。
  • 図書館資料の分類配列を適切にし、及びその目録を整備すること。
  • 読書会、研究会、鑑賞会、映写会、資料展示会等を行うこと。
  • 図書館資料の利用その他学校図書館の利用に関し、児童生徒に対し指導を行うこと。
  • 他の学校の学校図書館、図書館、博物館、公民館等と緊密に連絡し、及び協力すること。

○ 学習指導要領(総則)においても、指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項として、「学校図書館を計画的に利用しその機能の活用を図り、児童(生徒)の主体的、意欲的な学習活動や読書活動を充実すること」とされている。

○ さらに、学校図書館法では、学校図書館の運営についての附帯事項として「学校図書館は、その目的を達成するのに支障のない限度において、一般公衆に利用させることができる」とされている[第4条第2項]。

学習指導要領での扱い

 学校図書館の活用については、学習指導要領でも言及されているのですが、その記載について原文を確認しておきたいと思います。『小学校学習指導要領』の第1章総則、第3の1の(7)に、次のような記載が認められます(*4)

(7)学校図書館,地域の公共施設の利活用
 学校図書館を計画的に利用しその機能の活用を図り,児童の主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善に生かすとともに,児童の自主的,自発的な学習活動や読書活動を充実すること。また,地域の図書館や博物館,美術館,劇場,音楽堂等の施設の活用を積極的に図り,資料を活用した情報の収集や鑑賞等の学習活動を充実すること。

 この記述から、学校教育では学校図書館の利活用が適切になされ、学校図書館の充実を図っていくことの重要性が理解できるのではないでしょうか。

学校図書館と「読書バリアフリー」への対応

 先に日本図書館協会が、「図書館における障害を理由とする差別の解消の推進に関するガイドライン」(*2)を示しているということを紹介しました。
 このガイドラインでは、その対象について次のように記載しています。
 「図書館法でいう公立図書館・私立図書館の他、図書館同種の施設等、市民が利用するあらゆる図書館を対象とする。さらに、学校図書館や大学図書館、その他の学校にある図書館・室等も対象とする」。
 学校図書館と公共図書館は根拠となる法律が異なっていますが、この「ガイドライン」では、学校図書館もその対象となっていることがわかります。したがって、学校図書館は、「障害者等の読書環境の整備」の推進の面でも整備が求められているということになります。

「障害者等の読書環境の整備の推進」と「読書バリアフリー法」

 それでは、「障害者等の読書環境の整備」とは、具体的にどのようなことなのでしょうか。2019年6月28日に「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(読書バリアフリー法)」(*5)が施行されました。
 「読書バリアフリー法」は、視覚障害、発達障害、肢体不自由などの障害によって読書が困難な人々の、読書環境を整備することを目指して制定されたもので、「障害の有無にかかわらず全ての国民が等しく読書を通じて文字・活字文化の恵沢を享受することができる社会の実現」を目的とし、国や自治体に、視覚障害者等の読書環境を整備する責務を定めています。
 その第9条には、視覚障害者等が利用しやすい媒体(点字図書・拡大図書・電子書籍等)の充実と、円滑な利用のための支援が行われるよう、国や自治体が必要な施策を講ずることが記されています(*6)

出典:文部科学省ホームページ
https://www.mext.go.jp/

 ここに記されている内容が、公立図書館等とともに学校図書館においても求められているということになります。このようにみてくると、学校図書館も「読書バリアフリー」環境の整備に無関係ではないことが一層明確になるのではないでしょうか。インクルーシブ教育システムの構築という観点からも、学校図書館がこうした内容の整備、充実を図っていくことは意義あることだと思われます。啓発用のリーフレットも作成されていますので、詳細についてはこちらを参照してください(*7)
 なお、「読書バリアフリー法」の制定に先立って、「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」(「通称:教科書バリアフリー法」)が制定されています(*8)。この法律の施行により、教科用特定図書等(いわゆる拡大教科書)が発行されるようになりました。本稿では詳しく触れませんが、「教科書バリアフリー法」が、「読書バリアフリー法」の成立にも大いに寄与したことをお伝えしておきたいと思います。

「学校図書館等における読書バリアフリーコンソーシアム」による調査

 文部科学省のウェブサイトに「学校図書館等における読書バリアフリーコンソーシアム」というページがあります(*9)
 文部科学省総合教育政策局地域学習推進課が「図書館における障害者利用の促進」事業に基づいて設置したコンソーシアムであり、東京大学先端科学技術研究センター近藤武夫研究室が事務局として運営しているものです(*10)
 この「学校図書館等における読書バリアフリーコンソーシアム」では、令和4年度に学校図書館における体制や図書・データの共有について実態を把握するために、特別支援学級を設置している小中学校及び特別支援学校を対象としたアンケート調査を実施しました。その結果がサイト上に公開されています(*11)。回収率が低いため、実態を反映した結果になっていないところがあるかもしれませんが、学校図書館への専門性のある職員の配置、図書購入費の確保、「読書バリアフリー」に関する蔵書や資料の共有の課題など大変興味深い結果が示されています。この実態調査の結果の概要を以下に示します。

主な調査結果

学校図書館の配置人数の平均
通常学校では司書教諭0.8名、学校司書0.8名、ボランティア3.7名。
特別支援学校では司書教諭1.1名、学校司書0.6名、ボランティア1.4名。
図書館担当として任命されている司書教諭
通常学校では、ゼロは約3割、学校司書ゼロも約3割、ボランティアゼロは約7割。
特別支援学校では、図書館担当として任命されている司書教諭ゼロは約4割、学校司書ゼロは約7割、ボランティアゼロは約9割。
学校司書の配置について、通常学校より特別支援学校の方が、統計的に有意に少ない人数でした。
非常勤の学校司書
通常学校では週あたり平均2日、勤務時間は平均10時間。
特別支援学校では週あたり平均0.4日、勤務時間は平均1.9時間と少ないことが示されました。
ただし、数値の偏りがとても大きく、中央値で確認した場合は、
通常学校では週あたり1日勤務、勤務時間は5時間。
特別支援学校では週あたり0日、勤務時間は0時間。
学校図書館専用の部屋の有無
「専用の部屋がない」通常学校で4.5%、
特別支援学校では31.4%。
学校図書館の図書購入費の平均額
通常学校では約40万円、
特別支援学校では約18万円。
通常学校より特別支援学校の方が、統計的に有意に少ない。
バリアフリー図書・資料
約7割~9割の通常学校、
約6割~9割の特別支援学校に蔵書がない。
特別支援学校においては、点字図書や拡大図書等は2割程度、さわる絵本も4割程度蔵書。特別支援学校には、障害種ごとの困難さに対応した蔵書がある学校もあるようですが、偏りも大きく、蔵書がある学校とない学校の差が大きい可能性が示唆されました。
デジタルデータ(テキストデータやEPUB等)
通常学校、特別支援学校ともに、蔵書はほぼない。
バリアフリー図書・資料の製作・取り寄せ・提供経験
9割以上の学校で経験なし。
学校図書館でもバリアフリー図書・資料の製作やその共有、またデータの公衆送信ができることについて
「知っている」という回答は約1割、
「知っているが具体的にはわかっていない」という回答は約3割。

示された課題

この調査では、結果から次のような課題点を示しています。

  • 学校図書館には専門性のある司書教諭や学校司書の配置が少ない。特に、特別支援学校では学校司書ゼロも多く、図書購入費の予算も通常学校の半分以下。
  • バリアフリー図書の蔵書状況もとても少ない。
  • 専門性のある司書教諭や学校司書の配置やバリアフリー図書・資料の効果的な共有方法の構築が求められる。
  • 著作権法第37条で認められている、学校図書館による資料の製作・取り寄せ・提供に関する正しい知識の啓発も必要。

まとめ

 学校図書館は、公立図書館と法的根拠は異なりますが、同じ図書館として、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」や「読書バリアフリー法」の対象となっています。
 「学校図書館等における読書バリアフリーコンソーシアム」の調査によると、それらへの対応状況は大変厳しいものでした。しかし、この状況には無理からぬ点もあるかと思います。そもそも、学校図書館自体の整備が学校図書館法に照らして十分とはいえない状況にあるからです。文部科学省の令和2年度「学校図書館の現状に関する調査」によると、次のような状況が示されています(*12)

(1) 「学校司書」を配置している学校の割合は、小・中・高等学校でそれぞれ68.8%、64.1%、63.0%であり、小・中学校は前回より増加したが、高等学校は減少。
(2) 学校図書館図書標準を達成している学校の割合は小・中学校でそれぞれ71.2%、61.1%であり増加しているものの、その割合はいまだ十分ではない状況。

 こうした状況にあって、学校図書館には、「子どもの読書活動のより一層の推進に向けた対応」、「教科等の学習における活用促進に向けた対応」(*13)に加えて、多様な要請への対応も求められているのです。
 こうした課題への対応については、現状では、「各学校・地域の実情に応じつつ積極的に対応していくことが、期待される」というところにとどまっているのですが、学校図書館の置かれている状況をしっかり認識し、新たな課題として浮かび上がってきた「読書バリアフリー」等への対応についても引き続き注視していく必要があるように思います。「インクルーシブ教育システムの構築」という観点からも大切なことだといえます。

*1:日本図書館協会「図書館利用における障害者差別の解消に関する宣言」
https://www.jla.or.jp/portals/0/html/lsh/201603seminar/sengen.pdf
*2:日本図書館協会「図書館における障害を理由とする差別の解消の推進に関するガイドライン」
https://www.jla.or.jp/portals/0/html/lsh/sabekai_guideline.html
上記の内容を筆者が要約。
*3:学校図書館
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/dokusho/meeting/08092920/1282744.htm
*4:『小学校学習指導要領』
https://www.mext.go.jp/content/20230120-mxt_kyoiku02-100002604_01.pdf
*5:視覚障害者等の読書環境の整備(読書バリアフリー)について

https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/gakusyushien/1421441.htm
*6:視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=501AC0100000049
*7:誰もが読書をできる社会を目指して~読書のカタチを選べる「読書バリアフリー法」~(啓発用リーフレット)

https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/gakusyushien/mext_01304.html
*8:「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」(通称:教科書バリアフリー法)について

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/1378183.htm
*9:読書バリアフリーに向けた取組について 学校図書館等における読書バリアフリーコンソーシアムについて

https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/gakusyushien/mext_01809.html
*10:進めよう、豊かな読書活動 学校図書館等における読書バリアフリーコンソーシアム

https://accessreading.org/conso/
*11:令和4年度アンケート結果速報

https://accessreading.org/conso/report/
*12:令和2年度「学校図書館の現状に関する調査」の結果について

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/dokusho/link/1410430_00001.htm
*13:これからの学校図書館に求められる課題

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/dokusho/meeting/08092920/1282750.htm

「生徒指導提要」(改訂版)と共生社会

「生徒指導提要」について

 昨年の12月に文部科学省から「生徒指導提要」(改訂版)が公表されました。「生徒指導提要」については、文部科学省のWebサイトで以下のように示されています(*1)

 「生徒指導提要」とは、小学校段階から高等学校段階までの生徒指導の理論・考え方や実際の指導方法等について、時代の変化に即して網羅的にまとめ、生徒指導の実践に際し教職員間や学校間で共通理解を図り、組織的・体系的な取組を進めることができるよう、生徒指導に関する学校・教職員向けの基本書として作成したものです。

 そこで、今回は、「生徒指導提要」(改訂版)において、共生社会の形成に関連する内容がどのように扱われているか探ってみることにしました。

出典:文部科学省ホームページ
https://www.mext.go.jp/

 「生徒指導提要」の改訂については、教育新聞で以下のように解説されています(*2)

 生徒指導提要はかつて、「生徒指導の手引」と呼ばれていました。1965年に公刊されたのがその始まりです。その2年前に「青少年非行防止に関する学校と警察との連携の強化について」という通知文が出されるなど、生徒による非行が社会問題化していたことを受けて作成され、全国の中学や高校に配布されました。
 その後、1981年には校内暴力の深刻化や不登校の増加が進んだことから、中高生の現状や心理への理解を促す目的で改訂版が示されました。しかし、この手引の現場への影響力は弱く、生徒指導は依然として、各学校が慣例を踏襲する形で実施されていました。
 その後も子どもの問題行動が複雑化・多様化し、低年齢化も進んだことから、組織的で体系的な生徒指導の在り方を、国が基本書として示す必要性が指摘されるようになりました。そうして「生徒指導の手引」を全面改訂する形で作成されたのが、2021年に公表された「生徒指導提要」です。

 生徒指導上の課題は、平成22年以降もより一層深刻化している状況が続いています。学校・生徒指導を取り巻く環境についても、いじめ防止対策推進法等の関係法規の成立など大きく変化してきています。こうしたことを踏まえ、今日的な課題に対応していくために、生徒指導の基本的な考え方や取組の方向性等を再整理して改訂されたのが、今回の改訂版ということになります。
 今回の改訂版は、第Ⅰ部「生徒指導の基本的な進め方」と第Ⅱ部「個別の課題に対する生徒指導」で構成されています。
 改訂版では、「生徒指導」とは「社会の中で自分らしく生きることができる存在へと児童生徒が、自発的・主体的に成長や発達する過程を支える教育活動のこと」と定義し、「教え込む教育」からの脱却が図られています。
 そのため、第Ⅱ部「個別の課題に対する生徒指導」もより丁寧な記述になっています。具体的には、いじめ、暴力行為、少年非行、児童虐待、自殺、中途退学、不登校、インターネット・携帯電話に関わる問題、性に関する課題、多様な背景を持つ児童生徒への生徒指導などが扱われています。従来のいじめ、不登校、少年非行、児童虐待等の課題にとどまらず、LGBTQ、外国人児童生徒など共生社会の形成とも関連する新たな課題も重視されるようになってきていることが読み取れます。

「共生」に関する記述

 この欄で何度も紹介してきていますが、障害者の権利条約の理念でもある共生社会の形成については、「中央教育審議会初等中等教育分科会特別支援教育の在り方に関する特別委員会」報告において、次のように記されています(*3)

 「共生社会」とは、これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。それは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。このような社会を目指すことは、我が国において最も積極的に取り組むべき重要な課題である。

 ここに示されていることは、すべての学校教育の根幹をなすものだと筆者は理解しています。そこで、「生徒指導提要」(改訂版)ではどのように扱われているか確認してみました。「共生」に関する記載が4か所に認められました。共生社会の形成への言及が、日本では特別支援教育の側から用いられるようになりましたが、「障害の有無」ということにとどまるものではなく、「多様性を認め、他者を尊重し、互いを理解しようと努め、人権侵害をしない人」を育てるという観点から、これは、すべての学校教育で大切にされなければいけないことだといえます。その意味で、生徒指導を行う際の基本的な視点や方向性に「共生」が考慮されたことは大きな意義があると思われます。ちなみに、旧版の「生徒指導提要」も調べてみたのですが、「共生」に関する記述は認められませんでした。
 改訂版に記載されている部分を抜き出して以下に示します(太字は筆者)。

1(1.1.2 生徒指導の実践上の視点)
 これからの児童生徒は、少子高齢化社会の出現、災害や感染症等の不測の社会的危機との遭遇、高度情報化社会での知識の刷新やICT活用能力の習得、外国の人々を含め多様な他者との共生と協働等、予測困難な変化や急速に進行する多様化に対応していかなければなりません。

2(1.2.2 発達支持的生徒指導)
 発達支持的生徒指導では、日々の教職員の児童生徒への挨拶、声かけ、励まし、賞賛、対話、及び、授業や行事等を通した個と集団への働きかけが大切になります。例えば、自己理解力や自己効力感、コミュニケーション力、他者理解力、思いやり、共感性、人間関係形成力、協働性、目標達成力、課題解決力などを含む社会的資質・能力の育成や、自己の将来をデザインするキャリア教育など、教員だけではなくスクールカウンセラー(以下「SC」という。)等の協力も得ながら、共生社会の一員となるための市民性教育・人権教育等の推進などの日常的な教育活動を通して、全ての児童生徒の発達を支える働きかけを行います。このような働きかけを、学習指導と関連付けて行うことも重要です。意図的に、各教科、「特別の教科 道徳」(以下「道徳科」という。)、総合的な学習(探究)の時間、特別活動等と密接に関連させて取組を進める場合もあります。

3(2.5.2 特別活動の各活動・学校行事の目標と生徒指導)
 特別活動の目標は、学級・ホームルーム活動、児童会活動・生徒会活動(以下「児童会・生徒会活動」という。)、クラブ活動(小学校のみ)、学校行事の四つの内容を総括する全体目標として、以下のように示されています。
 特別活動における「自己(人間として)の(在り方)生き方についての考えを深める」とは、実際に児童生徒が実践的な活動や体験的な活動を通し、現在及び将来にわたって希望や目標をもって生きることや、多様な他者と共生しながら生きていくことなどについての考えを深め、集団や社会の形成者としての望ましい認識をもてるようにすることであり、その指導においては、キャリア教育の視点を重視することも求められます。

4(4.3.1 いじめ防止につながる発達支持的生徒指導)
 いじめに取り組む基本姿勢は、人権尊重の精神を貫いた教育活動を展開することです。したがって、児童生徒が人権意識を高め、共生的な社会の一員として市民性を身に付けるような働きかけを日常の教育活動を通して行うことが、いじめ防止につながる発達支持的生徒指導と考えることができます。

 児童生徒が「多様性を認め、人権侵害をしない人」へと育つためには、学校や学級が、人権が尊重され、安心して過ごせる場となることが必要です。こうした学校・学級の雰囲気を経験することによって、児童生徒の人権感覚や共生感覚は養われます。

「障害がある子ども」との関連

 障害者の権利に関する条約の批准を契機として、我が国の教育においても、「最終的には、条約の理念が目指す共生社会の形成に向けてインクルーシブ教育システムを構築していくことを目指」(*3)した取組が進められています。
 学習指導要領にも次のような記述が認められます。「我が国においては,『障害者の権利に関する条約』に掲げられている教育の理念の実現に向けて,障害のある児童の就学先決定の仕組みの改正なども踏まえ,通常の学級にも,障害のある児童のみならず,教育上特別の支援を必要とする児童が在籍している可能性があることを前提に,全ての教職員が特別支援教育の目的や意義について十分に理解することが不可欠である。」(*4)
 インクルーシブ教育システムの構築については、この概念が特別支援教育から発信されてきたということもあってか、障害や特別なニーズがある児童生徒の立場に主眼が置かれているのですが、「同じ場で共に学ぶことを追求する」という観点からは、すべての児童生徒にとっての意義も考慮される必要があるように思います。
 こうした視点から、「生徒指導提要」(改訂版)をながめてみると、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(いわゆる「障害者差別解消法」)に関する記述はありましたが(268ページ)、「障害がある子ども」との関連については、発達障害と精神障害のみで、その他の障害がある児童生徒についての具体的記述は認められませんでした。
 障害者の権利に関する条約では、多様な特性のある児童生徒が共に学んでいけるように学校の在り方を見直していくことを求めています。これを受けて、文部科学省の報告にも「共に学ぶことを進めることにより、生命尊重、思いやりや協力の態度などを育む道徳教育の充実が図られるとともに、同じ社会に生きる人間として、互いに正しく理解し、共に助け合い、支え合って生きていくことの大切さを学ぶなど、個人の価値を尊重する態度や自他の敬愛と協力を重んずる態度を養うことが期待できる」(*3)と記されています。
 多様な子どもたちが共に学ぶことは、障害のない児童生徒においても意義深いという側面があります。中・長期的な視野に立って、広い枠組みで障害のない生徒にとっても障害がある生徒とともに学ぶことの意義について、より丁寧に扱われるとよかったのではないかという感想を持ちました。
 なお、「生徒指導提要」は、小学校、中学校、高等学校だけでなく特別支援学校にも関わりのあるものですが、協力者会議の委員には、発達障害の専門家は含まれているものの特別支援教育関係の専門家は含まれていないようでした。

まとめ

 本稿では、「生徒指導提要」(改訂版)において、共生社会の形成に関することがどのように扱われているかを限定的に見てきました。
 改訂版は、従前の「生徒指導提要」をベースにしているのですが、多様な背景を持つ児童生徒の増加を踏まえ、「児童生徒が『多様性を認め、人権侵害をしない人』へと育つためには、学校や学級が、人権が尊重され、安心して過ごせる場となることが必要」であるということから、従前よりも多くのページを割いて具体的に示していることがわかりました。
 「全ての児童生徒にとって安全で安心な学校づくり・学級づくり」を目指すための留意点として次のような諸点も示されていました。

「多様性に配慮し、均質化のみに走らない」学校づくりを目指す
児童生徒の間で人間関係が固定されることなく、対等で自由な人間関係が築かれるようにする
「どうせ自分なんて」と思わない自己信頼感を育む
「困った、助けて」と言えるように適切な援助希求を促す

 また、今回の改訂版では、「ともに学ぶ」という観点からは物足りなさを感じる面もありましたが、「共生」に関する記述も入り、多様性(diversity)を認め、包摂(inclusion)を目指すという方向性も明確に示されていることも確認できました。
 「生徒指導においては,特別支援学校,通常の学校という場の違いに意味をおく実践は,もはや過去のものとなっている。むしろ,すべての学校における生徒指導に特別支援教育の知見が必要であり,また,逆に,これまで主として中・高等学校で取り組まれてきた生徒指導のノウハウを特別支援学校における生徒指導に活用する,新しい取組を開発するべき段階にきているといえる。」(*5)という指摘もあります。
 ドラスティックな変換は困難なことですが、この改訂版の内容を行政や学校現場がしっかり読み取り、日々の実践に反映していくことが期待されます。

*1:文部科学省「生徒指導提要(改訂版)」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1404008_00001.htm
*2:教育新聞「改訂された生徒指導提要 そのポイントを分かりやすく解説」
https://www.kyobun.co.jp/glossary/student_guidance/g20230120_01/
*3:「中央教育審議会初等中等教育分科会特別支援教育の在り方に関する特別委員会」報告
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1325884.htm
*4:【総則編】小学校学習指導要領(平成29年告示)解説
https://www.mext.go.jp/content/20230308-mxt_kyoiku02-100002607_001.pdf
*5:阿部 正一・阿部美穂子(2014) 特別支援学校における生徒指導の実践動向と今日的課題.
富山大学人間発達科学研究実践総合センター紀要.教育実践研究,No.9,41-50

https://www.edu.u-toyama.ac.jp/cerp/bulletin/bulletin2014/04abe.pdf

『バスが来ましたよ』から学ぶ

はじめに

 『バスが来ましたよ』という絵本をご存じでしょうか。この本は、小学生が代を重ねながら10年以上、視覚に障害がある人のバス通勤をサポートし続けたという実話を元にした内容になっています。2022年に発刊されていますが、今年の1月に行われた全国の書店の店員を対象にしたアンケートで「おすすめしたい絵本」の10位に選ばれ、最近また、新聞やテレビで取り上げられることが増えてきています。
 障害がある人へのサポートが学校や保護者からの直接的影響ではなく、自然発生的に始まり、それが長年にわたって子どもたちの間で引き継がれていったというほのぼのとした実話が感動を呼んでいるようです。
 中央教育審議会初等中等教育分科会の特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告の中に、特別支援教育の推進についての基本的考え方の一つとして次のようなことが記されています(*1)

 「特別支援教育に関連して、障害者理解を推進することにより、周囲の人々が、障害のある人や子どもと共に学び合い生きる中、公平性を確保しつつ社会の構成員としての基礎を作っていくことが重要である。次代を担う子どもに対し、学校において、これを率先して進めていくことは、インクルーシブな社会の構築につながる。これは、社会の成熟度の指標の一つとなるものである。」

 「社会の成熟」ということを考える上で、この実話は重要な話題を提供してくれていますので、今回はこのことを取り上げることにしました。

『バスが来ましたよ』

 この絵本には、進行性の眼病で視力を失った人が、10年以上同じ時間帯に同じバスで通学する小学生に支えられて通勤を続けたという逸話が紹介されています。
 中途で視覚障害者になると、さまざまな不自由に見舞われます。その中でも、日常生活に必要な活動をスムーズにこなすこと(日常生活動作)、文字などの視覚情報をやり取りすること(文書処理)とともに、安全に能率よく移動すること(歩行)が、視覚障害における「3大不自由」といわれています。職場で仕事をすることが可能であっても、そのために大変な思いをして朝夕の通勤をしなければならないということになります。
 「バスが来ましたよ」と一人の女児に声をかけられたことをきっかけに始まったサポートは、声かけだけにとどまらず、乗車時の誘導、座席の確保に及びます。心理的にも肉体的にも通勤時の大きな負担軽減になったに違いありません。
 サポートは、その児童が卒業した後も妹や友達に引き継がれ10年以上続けられました。引継ぎも、子どもたちによって自発的に行われ、いつも支援している児童が休みの時は、別の児童が対応するようになっていたということです。
 サポートを受けていたご本人である和歌山市職員だった山﨑浩敬さんは、そのことをエッセイにして「小さな助け合い」をテーマにした全国信用組合中央協会主催の作文コンクールに応募されました。作品は最高賞「しんくみ大賞」を受賞(*2)。それが新聞やテレビで取り上げられ、広く知られることになったのです(*3)。2022年1月のことでした。このニュースがきっかけとなって、『バスが来ましたよ』(*4)という絵本がまとめられ、心温まる話としてさらに多くの人の共感を得るところとなったのです。
 思いやりの気持ちを形にして示し、それを継承してきた子どもたちの優しさ、そしてその親切を受け止め子どもたちと繋がり続けることができた山﨑さんの幸せな気持ちが、この絵本からは伝わってきます。
 そして、この話には後日談があります。山﨑さんは、定年退職した後も和歌山市の職員として勤務され、小学生との交流が続いていました。ところが、別の病によって通勤が途絶えてしまったのです。最近、そのことがマスコミで取り上げられ、また広く話題になっているということになります(*5)

私にとってのデジャヴュ体験だった『バスが来ましたよ』

 この話を知った時、私は、海外在住で視覚に障害があるAさんから6年前に伺っていた体験談を思い出しました。
 Aさんは、日本企業の海外支社に勤務されています。Aさんは、目が不自由になってからも自宅から大都市の街中にある勤務先までバス通勤をしていました。毎日、同じ時間帯に乗っているうちに、いつも同じバスに乗り合わせていた乗客の一人が、下車してから会社のある建物までガイドをしてくれるようになったそうです。そして、その輪が自然に広がっていき、いつのまにかAさんをガイドするチームができ上がり、毎朝、そのチームの都合のつく人がサポートしてくれるようになりました。おかげで、通勤の苦労が軽減されたとおっしゃっていました。お話を伺った時に、こういうことが自然にできていく、人々の優しさに感銘を受けました。
 また、Aさんは、視覚が活用しにくくなり、見えていた時と全く同じように業務を遂行することが困難になってしまいました。効率性を最優先に考える日本人スタッフの部署にいたAさんは、次第に追い詰められていくという経験をされたそうです。ところが、上司の計らいもあって、現地のスタッフが中心の部署に異動したら、空気は一変。おおらかな環境になって、それまでの息苦しさはなくなり、心理面でも落ち着き、周囲のスタッフの支援を受けながら安心して業務をこなせるようになったということです。この話を伺った時、「社会の成熟度」の違いについて考えさせられたものです。

この話をどう受け止め、どう生かしていくか

 私の幼いころから「小さな親切運動」が盛んに啓発されていました。これは東京大学の総長だった茅誠司氏の卒業式の告辞がきっかけとなって始まったものでした(*6)
 「小さな親切」は現在でも続いていて、意義深い活動だと認識していますが、それが運動として展開されなければ根付かない状況にあるのであれば、インクルーシブ社会の構築という観点からすると、社会はまだ未成熟ということになります。
 『バスが来ましたよ』が共感を呼んでいるのは、障害者のバス乗車をサポートするという「小さな親切」が自発的に、しかも長年にわたって引き継がれてきたというところにあるとするならば、「社会の成熟」が進んできているととらえてよいのかもしれません。
 茅誠司氏は、「小さな親切」は Co-operative する現象であると解釈しており、何かのきっかけがあって小さな雪がころがり出すと、それが次第に発達して「なだれ」となるように、「小さな親切」をきっかけとして、これが社会の隅々までもなにげなく、またまんべんなく行われるようになることを希望してやまないと、卒業式の告辞で述べています。
 この『バスが来ましたよ』の話題は、学校教育における「道徳科」や「障害者理解促進」の活動における格好の材料ともなりうるのですが、茅氏のいうように広がっていくには、その扱い方が問われているように思います。
 立命館大学大学院教授の荒木寿友氏は、メッセージ性の強い教材を道徳科の授業として展開する場合、次のような学習活動を含む必要があると主張されています(*7)

  1. 自己を見つめる(自己内対話)
  2. 多面的・多角的に物事を考える(多様性の確保)
  3. 自分の生き方(人間としての生き方)について考える(将来への展望)

 『バスが来ましたよ』の話は未来に希望を感じさせてくれるエピソードに違いありません。単に障害者理解の「いい話」「感動的な話」として紹介するだけでは、子どもたちに一時的な高まりを生じさせても、「社会の成熟」につながるものにはなっていかない可能性が高いと思われます。自分事として受け止めさせるためには、学校教育の中でも丁寧に活用していくことが期待されます。

*1:特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告「1.共生社会の形成に向けて」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1325884.htm
*2:第11回 小さな助け合いの物語賞 受賞作品「あたたかな小さい手のリレー」
https://www.shinyokumiai.or.jp/overview/about/writing11/000635.html
*3:例えば、読売新聞記事「始まりは女児の声『バス来ましたよ』…失明男性通勤をサポート、バトンは10年以上に」
https://www.yomiuri.co.jp/national/20210126-OYT1T50099/
*4:絵本『バスが来ましたよ』
文:由美村嬉々、絵:松本春野、発行:アリス館、2022年6月刊。

https://www.alicekan.com/books/4024/
*5:NHK「サヨナラバス 小さい手のリレーの続きは…」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230323/k10014010231000.html
*6:「小さな親切」運動本部「卒業式告辞が、運動スタートのきっかけとなりました」
http://www.kindness.jp/wp-content/uploads/2017/04/%E5%8D%92%E6%A5%AD%E5%BC%8F%E5%91%8A%E8%BE%9E.pdf
*7:荒木寿友「道徳授業づくり実践講座(3)メッセージ性の強い教材をどう扱う?」

https://www.meijitosho.co.jp/sp/eduzine/q4um/?id=20180723

通常の学級に在籍する「障害があると認定された」児童生徒数の推移

はじめに

 前回、通常の小学校、中学校、高等学校で学んだ星加良司さんの歩みを紹介しました。しかし、障害のあるなしにかかわらず通常の学校で学ぶことが当たり前という仕組みには、現在もなっていません。
 障害があると認定された児童生徒の通常の学級への就学については、法的に全く規定されていなかった段階から、少しずつ対応がなされるようになってきています。
 現在の制度は「学びの連続性」を掲げて、障害の程度や種別に応じた場を選択することを求めており、就学に関する相談や支援等の就学手続きを経て就学先の学校が決定されていくことになります。学校教育法施行令第22条の3に示されている障害の程度に該当する場合であっても、そうした手続きを経て、通常の学級に在籍することは不可能ではなくなっています。
 そこで、今回は「障害がある」と認定された児童生徒の通常の学級への在籍状況について、歴史的な変遷を踏まえて確認しておきたいと思います。

障害児の通常の学級への在籍に関する制度の変遷

 このことについては、すでに「学び!と共生社会<Vol.10> インクルーシブ教育システムの構築と就学先決定の仕組み」で紹介しているのですが、改めて振り返っておきたいと思います。
 星加さんが小学校に入学した1980年代は、一定の障害のある者(視覚障害者等、学校教育法施行令第22条の3にその程度が示されています)については、特別支援学校(当時は養護学校など)に就学することとされていました。分離教育が当たり前の時代で障害がある子どもの通常の学級への在籍を認める仕組みにはなっていなかったため、保護者などの強い働きかけや努力によって例外的に通常の学級への在籍が認められる場合があったということになります。
 その後、障害のある児童生徒が通常の学級に在籍するようになり、平成14年の学校教育法施行令の改正により、「認定就学制度」が導入されました。これは、「障害がある」と認定されている児童生徒であっても、小学校や中学校の施設設備が整っているなど通常の学校で受け入れが可能と判断された場合には、特例として特別支援学校ではなく通常の小中学校へ就学することを可能としたものです。この制度によって、通常の学級への在籍が認められた児童生徒を、「認定就学者」(学校教育法施行令第5条)として位置づけていました。
 そして、平成25年の学校教育法施行令の改正によって、就学の仕組みが全面的に見直されました。これは、平成24年7月に公表された中央教育審議会初等中等教育分科会報告「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」の提言等を踏まえたものでした。
 この改正では「認定就学者」の仕組みを廃して、障害があるか否かにかかわらずすべての児童生徒が通常の学校に入学するという前提で就学の手続きが開始されることになりました。これまでの姿勢が180度転換されたといえます。その上で、就学基準に該当する子どもは「障害の状態、本人の教育的ニーズ、本人・保護者の意見、教育学、医学、心理学等専門的見地からの意見、学校や地域の状況等を踏まえた総合的な観点から就学先を決定する」という仕組みとなったのです。つまり、就学において「同じ場で共に学ぶこと」からスタートし、「多様で柔軟な仕組みを整備」して総合的な観点から就学先を決定するようになったのです。
 就学先決定の過程では、市町村教育委員会は、本人・保護者に対し、十分情報提供をしつつ、本人・保護者の意見を最大限尊重し、教育的ニーズと必要な支援について合意形成を行うことも強調されています。小学校等へ就学することが原則となったので、特別支援学校等への就学基準に該当する子どもについては、「認定特別支援学校就学者」として位置づけられ、特別支援学校等への就学が検討されることになりました。
 しかし、就学先については、最終的には、市町村教育委員会が決定することが適当であるという従来の考え方は変更されていません。インクルーシブ教育システムの構築の枠組みに沿って整えられたのですが、本人・保護者の意向が全面的に尊重されるまでには至っていないため、就学先がなかなか決まらなかったり、保護者が不安を感じたりする事例も認められるようです。

小中学校における第22条の3に該当する児童生徒の在籍状況

 上記のように、就学の仕組みは変わってきていますが、学校教育法施行令第22条の3の障害の程度に該当する児童生徒であっても通常の学級に在籍することが可能です。
 では、全国レベルで見たときに、実際に通常の学級に在籍する児童生徒数はどのように推移して、現在はどうなっているのでしょうか。
 公立小中学校における学校教育法施行令第22条の3に該当する者の数(障害種別在籍者数)については、文部科学省特別支援教育課がまとめている「特別支援教育資料」に掲載されています。現在、文部科学省のホームページには、平成17年度から令和3年度のデータが掲載されていますので、それが拠り所となります(*1)
 その資料によると、平成25年度までは、「認定就学者」として整理されています。また、制度が変わってからは、「公立小中学校における学校教育法施行令第22条の3に該当する者の数」として示されています。
 平成20年度特別支援教育資料(第1部集計編)には、平成15年度から20年度まで6年間の「小中学校における認定就学者数の推移」が示されています(*2)

図1 平成15年から20年までの小中学校における認定就学者数の推移(平成20年度「特別支援教育資料」より)

 これによると、小学校の通常の学級に在籍する第22条の3に該当する児童数は年々増加しており、毎年第1学年に300~400名程度入学していたということが分かりました。中学校でも、小学校ほど顕著ではありませんが、平成15年度では323人だった認定就学者が平成20年度では662人となり、増加傾向が認められました。
 平成21年以降の「特別支援教育資料」では、平成24年から令和元年まで「公立小中学校における学校教育法施行令第22条の3に該当する者の数」として、障害種ごとに該当する児童生徒数が整理されています。それらのうち、平成24年度、25年度、27年度、28年度、29年度、令和元年度の資料から、学校教育法施行令第22条の3に該当する児童生徒であって通常の学級に在籍している者について、表1、及び表2にまとめてみました(*3)
 全体的傾向として、第22条の3に該当して小学校に在籍する児童が1300人から1600人、中学校に在籍する生徒が600人から800人程度の間で推移していることが読み取れます。ただ、平成29年度、令和元年度は減少に転じている傾向が認められます。インクルーシブ教育の推進という観点からは、増大していってもよいと思われるのですが、必ずしもそのようには進んでいないようです。

表1 公立小学校の通常の学級に在籍する第22条の3に該当する児童
(通級による指導を受けているものを含む)

年度

合計

視覚
障害

聴覚
障害

知的
障害

肢体
不自由

病弱

重複
障害

平成24
(2012)

1,518
(100%)

93
(6.1%)

255
(16.8%)

596
(39.3%)

413
(27.2%)

129
(8.5%)

32
(2.1%)

平成25
(2013)

1,500
(100%)

99
(6.6%)

262
(17.5%)

541
(36.1%)

417
(27.8%)

121
(8.1%)

60
(4.0%)

平成27
(2015)

1,418
(100%)

101
(7.1%)

249
(17.6%)

545
(38.4%)

355
(25.0%)

139
(9.8%)

29
(2.0%)

平成28
(2016)

1,575
(100%)

124
(7.9%)

344
(21.8%)

584
(37.1%)

359
(22.8%)

137
(8.7%)

27
(1.7%)

平成29
(2017)

1,443
(100%)

103
(7.1%)

239
(16.6%)

594
(41.2%)

343
(23.8%)

144
(10.0%)

20
(1.4%)

令和元
(2019)

1,344
(100%)

90
(6.7%)

256
(19.1%)

547
(40.7%)

276
(20.5%)

149
(11.1%)

26
(1.9%)

(平成24年度、25年度、27年度、28年度、29年度、令和元年度の「特別支援教育資料」を基に筆者が作成)

表2 公立中学校の通常の学級に在籍する第22条の3に該当する生徒
(通級による指導を受けているものを含む)

年度

合計

視覚
障害

聴覚
障害

知的
障害

肢体
不自由

病弱

重複
障害

平成24
(2012)

718
(100%)

46
(6.4%)

112
(15.6%)

280
(39.0%)

184
(25.6%)

80
(11.1%)

16
(2.2%)

平成25
(2013)

633
(100%)

46
(7.3%)

103
(16.3%)

211
(33.3%)

169
(26.7%)

96
(15.2%)

8
(1.3%)

平成27
(2015)

679
(100%)

41
(6.0%)

111
(16.3%)

263
(38.7%)

161
(23.7%)

99
(14.6%)

4
(0.6%)

平成28
(2016)

816
(100%)

63
(7.7%)

160
(19.6%)

281
(34.4%)

216
(26.4%)

90
(11.0%)

6
(0.7%)

平成29
(2017)

671
(100%)

57
(8.5%)

125
(18.6%)

227
(33.8%)

152
(22.7%)

96
(14.3%)

14
(2.1%)

令和元
(2019)

724
(100%)

52
(7.2%)

116
(16.0%)

277
(38.3%)

145
(20.0%)

121
(16.7%)

13
(1.8%)

(平成24年度、25年度、27年度、28年度、29年度、令和元年度の「特別支援教育資料」を基に筆者が作成)

 また、障害種別に見ると、特別支援学級では、知的障害の在籍が圧倒的に多いのですが、通常の学級の在籍では、相対的に他の障害種の割合が大きくなっています。参考までに令和元年度の特別支援教育資料から、第22条の3に該当する児童の公立小学校の特別支援学級と通常の学級の在籍状況について障害種別に比較したグラフを図2に示します。

図2 障害種別に見た公立小学校の特別支援学級と通常の学級の在籍の割合(令和元年の「特別支援教育資料」を基に筆者が作成)

まとめ

 日本の学校教育では、「インクルーシブ教育システムにおいては、同じ場で共に学ぶことを追求するとともに、個別の教育的ニーズのある幼児児童生徒に対して、自立と社会参加を見据えて、その時点で教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できる、多様で柔軟な仕組みを整備することが重要である」ことから「小中学校における通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある『多様な学びの場』を用意しておくことが必要である」としています。こうした立場から、学校教育法施行規則第22条の3に該当する児童生徒は、特別支援学校や特別支援学級で学ぶことが推奨されているわけですが、実際には、年度によって変動はあるものの、学校教育法施行令第22条の3に該当していても少なからぬ児童生徒が通常の学級に在籍しています。このことが文部科学省の資料から確認いただけたのではないかと思います。共生社会の実現という観点から、こうした実態をどうとらえ、今後どのように展開していったらよいのか考えるきっかけの一つになれば幸いです。

*1:特別支援教育について 特別支援教育資料関連
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/1343888.htm
*2:平成20年度特別支援教育資料(第1部集計編)
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/30/1279975_006.pdf
*3:「公立小中学校における学校教育法施行令第22条の3に該当する者の数」が障害種別に掲載されている「特別支援教育資料」
・特別支援教育資料(平成24年度)第1部集計編 6(4)
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2013/10/24/1335675_1.pdf
・特別支援教育資料(平成25年度)第1部集計編 6(4)
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2014/05/30/1348287_1.pdf
・特別支援教育資料(平成27年度)第1部集計編
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2016/06/28/1373352_01.pdf
・特別支援教育資料(平成28年度)第1部集計編
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/10/28/1386911_000.pdf
・特別支援教育資料(平成29年度)第1部集計編
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/10/28/1406445_000.pdf
・特別支援教育資料(令和元年度)第2部調査編
https://www.mext.go.jp/content/20200916-mxt_tokubetu02-000009987_03.pdf

なお、平成26年度及び平成30年度については、以下の理由により、除外した。
平成26年度については、障害種別の人数と総計数が合致せず、データの信頼性に不安があるため。
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2015/06/08/1358541_01.pdf
平成30年度については、小1、中1のみのデータに留まっていたため。
https://www.mext.go.jp/content/20200128-mxt_tokubetu01-000004454-003.pdf

「新居浜市出身全盲の東大教授 星加良司さん~点字とともに歩んだ道~」と共生社会

 この3月10日(金)から3月31日(金)まで、愛媛県新居浜市立別子銅山記念図書館の開館30周年記念の読書バリアフリー特別展示として、「新居浜市出身全盲の東大教授 星加良司さん~点字とともに歩んだ道~」が開催されました。筆者は、会期終了間際にウェブでこの情報を得、夜行バスで新居浜に赴き、見学をしてきました。
 星加良司(ほしか りょうじ)さんは、5歳の時に小児がんで全盲となりました。小学校、中学校、高校と新居浜市内の通常の学校で学び、東京大学への進学を果たしました。現在、東京大学大学院教育学研究科バリアフリー教育開発研究センター教授として、「障害者を無力化する社会的な諸関係・諸編成に関する研究」を行っていらっしゃいます(*1)
 今でいうインクルーシブ教育になりますが、一貫して通常の学校で学び、東京大学に進学した星加良司さんの歩みは、これまでもマスコミ等を通じて知ることができました。しかし、直に資料等に触れる機会はありませんでした。 この展示を見て、改めて共生社会を実現していくためには、インクルーシブ教育の体制整備で常に矢面にたたされている「教育の公平性」や「コスト」の課題について真摯に向き合っていかなければならないと感じました。そこで、今回は星加さんの事例を紹介するとともにこのことを考えてみたいと思います。

地域の学校で学んだ星加さん

 星加さんが通常の小学校へ入学したのは1982(昭和57)年。当時はまだ、「統合教育」という言葉が用いられていた時代です。通常の学校に通う星加さんは、しばしばマスコミでも取り上げられていました。NHKは、星加さんが小学校に入る前から大学入学までを長期取材し、1994年に『良司君、旅立ち ~全盲大学生、18年の記録~』を放送しています。この番組では、星加さんが小学校から高校まで通常の学級で級友と一緒に学校生活を送った日々が描かれていました。2020年3月15日には、星加さんと東ちづるさんが、この映像を見ながら、多様性社会に向けて何が必要か語り合う「あの日 あのとき あの番組 共に生き共に支える~多様性社会へのメッセージ~」という番組も放送されました(*2)

展示のインパクト

 筆者が関心を持つのは、全盲で通常の学校に学び、ストレートで東京大学に入学したという快挙もさることながら、小・中・高と12年間にわたって、どのような環境で学校生活を送り、知力を培ってきたかというところにあります。
 星加さんの学校生活の様子は、ドキュメンタリー番組などを通して断片的に知ることができていたのですが、使っていた教材やノートを具体的に知る機会を得ることができないでいました。
 意気込みだけでインクルーシブ教育が成就できるものではありません。視覚活用に制約がある場合、周囲の人々は点字の教科書や教材を準備し、さらには、視覚情報を補完する触覚や聴覚教材を整えたり環境を整備したりして支援する必要があります。また、当事者としての本人は、視覚活用を前提としている学友と共に学び生活していくために、視覚に頼らないコミュニケーションテクニックを身につけることも必要になってきます。そのことを実感するためには、使われていた教材やノートなどを直に確かめる必要があります。
 今回の企画展示は、星加さんが実際に使っていた点字辞書や点字絵本などが新居浜市立図書館に寄贈されたことを契機に開催されたもので、寄贈された点字書籍等だけでなく、手作りの補助教材や問題集、入試模試の点訳、星加さんが記したノートなども展示されていました。展示されている教材を目の当たりにして、教材作成に取り組んだ保護者やボランティアの熱意とそれを受け止め自家薬籠中のものとしていった星加さんの努力とに胸を打たれました。

展示されていた教材やノートに学ぶ

 他の子と同じように普通の小学校で学びたい思いと治療のために自宅からの通学が必要ということもあって、星加さんは地元の新居浜市立宮西小学校に入学しました。
 1975(昭和50)年4月に6人の全盲の児童が公立の小学校に入学したことを契機に、全盲の児童が小学校に入学する機運が高まってきている時期でした。1990年代初めには、小学校に入学するケースが全国で100事例を超えるまでに至っています。
 しかし、その受け入れ態勢は地域によって大きく異なっていました。特別な配慮はしないと宣言して、全盲の子どもを受け入れていた学校もありました。当時の状況下ではそういう選択もあり得たのでした。NHKの番組によると、宮西小学校も「良司君を特別扱いしない」という方針をとったと紹介されていました。特別なことをしないということは、一般には「視覚を活用している子ども」と同じように対応するということになりますが、宮西小学校の場合は、「必要以上に過保護にしない」といった意味合いであったように受け止められます。実際に、学校生活ではさまざまな工夫や配慮がなされていたことがわかります。
 それでも、点字の教科書や触覚教材については、盲学校の入学を選択すれば学校から配付されるのですが、通常の小学校ではそれらを自前で用意しなければなりません。
 母親の澄子さんがそれらの教材作りを一手に担ったのでした。高校では、学校で使用する教材だけでなく、大学入試対応の問題集や模擬試験問題などの点訳も必要になってきます。複数の教科にわたり分量も多くなっています。母親一人の力ではとても応じきれません。全国の点訳ボランティア300人がサポートしたということです。
 展示されていたのはそうした教材や問題集、そして星加さんのノートや作品類でした。
 写真①は、星加澄子さんが作成した教科書の一部です。

写真① レーズライターと切り抜きで作成した手作り教科書の一例(筆者撮影)

 レーズライターという、ペンで描いた線が凸に浮き上がる特殊な用紙に文字や絵を手書きし、絵などは輪郭線だけでは触認知しにくいので、必要に応じて紙を切り抜いて貼り付けてあります。低学年の教科書はグラフィック情報が多いので、大変な作業になります。
 良司さんはというと、指先でその教材を読み取り、レーズライターを使って、点字だけではなく普通の文字や数字でも問題に解答したり、ノートをとったりしていました。
 普通の文字の読み書きの不便さが点字の発明につながっているにもかかわらず、そのことは考慮されていなかったということでしょうか。これは、当時通常の学校に入学した全盲児の多くが洗礼を受けた「統合教育あるある」の一つでもあります。そのため、小学校低学年で通常の学校での生活をギブアップしてしまい、中途で盲学校へ転校せざるを得なかったという事例も少なくありませんでした。星加さんの場合は、逆にこれを貫き通したのです。普通文字を使いこなしただけでなく、点字も自力でしっかりマスターしていることも展示されていたノートからわかりました。星加さんは、全盲であっても普通の文字を読み書きして学習出来ることを示してくれました。
 写真②は、星加さんが普通の文字で書いた数学の方程式の解答の一部です。

写真② 普通の文字で書いた方程式の解答(筆者撮影)

 明確に視認できる文字で解が記されていることがわかります。盲学校の教員であれば、驚きを越してあきれるに違いありません。点字で処理できるのに何という無駄な労力を費やしているのかと。通常の学校の配慮のない環境では、かくも過酷な努力を強いられるのかと捉えられるかもしれません。ですが、星加さんの場合は、ストレスを超克した営みになっていたのではないでしょうか。
 かつて、凸図を触って、それを模写することが上手な全盲児童に出会ったことがあります。その児童も全く配慮をしないということを前提に通常の小学校に入学し、高学年になるまで日々、レーズライターで読み書きして学習に臨んでいたのでした。盲学校では無理とみなされていた普通の文字の読み書きや描画が、通常の学校にいることで身につけることができていたのです。皮肉なことではあります。

共生社会におけるマイノリティへの対応と配慮

 障害がある児童生徒が通常の学校で学習や生活を営んでいくためには、さまざまな工夫や配慮が必要となります。視覚障害、とりわけ全盲の場合は、情報を保障するためにより多くのコストが発生することになります。
 星加さんの場合は、国の教育制度にとらわれないで通常の学校で学ぶことを選択したために、1980年代には、そのコストをほとんど自分で負担しなければなりませんでした。展示されていた自作の点字教科書や教材は、圧倒されるものでした。これだけの負担をやりぬいたということに驚嘆するとともに、その熱意とエネルギーに敬服しました。他方、家族や支援者がこれだけの無償の労力をつぎ込まなければ、通常の学校生活を支えることが難しかったということを痛感させられました。
 現在は、いわゆる「合理的配慮」がなされるようになってきて、事情は変わってきていますが、それでも、全盲児童が通常の学校に就学するためには、「合理的配慮」の範疇にはおさまらない「配慮」が必要となります。
 「インクルーシブ教育システムの構築を目指した特別支援教育体制」に移行してからは、就学先は保護者や本人の意向を最大限に尊重して決めるということになっています。
 「配慮」の困難性から、全盲児童生徒の就学に際しては、自治体の対応にも温度差があるようですが、依然として視覚特別支援学校(盲学校)を勧められることが多いようです。いずれにしても、全盲の児童生徒が通常の学校で学ぼうとすると保護者にかなりの負担がかかることを覚悟しなければならない状況は続いています。
 また、全盲児の出現率が低くなっているという事情も考慮する必要があります。令和3年度の文部科学省の統計では、全国の視覚特別支援学校に在籍する義務教育段階の視覚障害児童生徒数は887人(小500、中387)となっています(*3)
 そのうちの約50%は重複障害が占めていて、小・中学校の教育課程で学ぶ全盲児童生徒の数はさらに少なくなります。1学級在籍者1~2人の学級が圧倒的に多く、欠学年がある学校も少なくありません。つまり、現在の視覚特別支援学校は、残念なことに集団の確保が難しくなってきているのです。全盲児の地域の学校への就学希望が、無理からぬ状況になってきているともいえます。
 通常の学校に在籍していても適切な配慮があって、そこで生き抜く力を育てていくことができれば、障害の有無にとらわれることなく力を発揮できる可能性があることを星加さんは証明しました。また見方を変えれば、家族や本人が強い意志を貫いたからこそ、今の星加さんがあるといえるかもしれません。
 全盲者は、マイノリティである障害者のうちでもマイノリティです。これから誕生するかもしれない第2第3の星加さんに道を拓いていくためには、より大局的な視点からマイノリティが社会の資源として活躍できるような仕組み作りも進めていく必要があるように思いました。
 「公平性」や「コスト」にとらわれすぎると、マイノリティはさらに機会を奪われてしまいます。障害の程度だけを物差しにした「適性就学」に固執するのではなく、個々の状況に応じた柔軟な対応を認め、家族にかかるコストの軽減も含めて、長期的展望を持ってより当事者に寄り添った対応を進めていく必要がある、星加さんの展示は私にそのように語りかけているように思われました。

*1:東京大学 先端科学技術研究センター研究者一覧
https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/research/people/staff-hoshika_ryoji.html
*2:NHKティーチャーズ・ライブラリー「あの日 あのとき あの番組 共に生き共に支える~多様性社会へのメッセージ~良司君、旅立ち~全盲大学生・18年の記録~」
https://www.nhk.or.jp/archives/teachers-l/list/id2021015/
*3:文部科学省 令和3年度 特別支援教育資料 第1部データ編
https://www.mext.go.jp/content/20221206-mxt_tokubetu02-000026303_2.pdf

イタリアにおける逆統合型の学校とインクルーシブ教育

 筆者は、2月末に科学研究費による研究(*1)の一員としてイタリアの「共生社会」に向けた取り組みについて調査を行いました。その調査活動の一つとして、インクルーシブ教育体制に移行する以前は盲学校で、現在は「逆統合型」の学校となっている中学校を訪問する機会を得ました。今回は、ホットな話題としてこのことを取り上げたいと思います。

1 「共生社会」とは

 本論に入る前に改めて文部科学省が示している「共生社会」の定義を確認しておきたいと思います(*2)。平成24年の「特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告」には次のように示されています。
 「これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。それは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。このような社会を目指すことは、我が国において最も積極的に取り組むべき重要な課題である。」
 文部科学省では、こうしたゴールをめざして様々な施策を打っています。直近では、この3月13日に「通常の学級に在籍する障害のある児童生徒への支援の在り方に関する検討会議」という有識者会議の報告が公表されています(*3)。その報告では、通常の学級に在籍する障害のある児童生徒へのより効果的な支援施策の在り方が提言されています。その多くは既に示されている内容の充実を求めるものですが、「よりインクルーシブで多様な教育的ニーズに柔軟に対応するため、特別支援学校を含めた2校以上の学校を一体的に運営するインクルーシブな学校運営モデルを創設すること」という方向性が提言されているところに新鮮味があります。日本の「共生社会」の実現を目指したインクルーシブ教育の取り組みは、残念ながら国際的な評価は芳しくありませんが、漸進的でありながら検討が進んでいるということは言えそうです。この有識者会議の報告については、改めて取り上げたいと思います。

2 フルインクルーシブ教育を推進するイタリア

 以前に本連載でも報告したことがありますが、イタリアでは1970年代から障害児のための特別な学校を廃止しました。原則として障害がある子どもも原則として地域の小学校や中学校に在籍して障害のない子どもと共に学ぶ、「誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型」の学校体制に移行したのです。ドラスティックに「共生社会」の実現を目指したフルインクルーシブ教育体制に転換したと言えます(ただし、当時のイタリアでは、「インテグレーション」という呼称が用いられていました)。
 イタリアのフルインクルーシブ教育の概要については、筆者が翻訳のお手伝いをした『イタリアのフルインクルーシブ教育――障害児の学校を無くした教育の歴史・課題・理念』に紹介しました(*4)。詳細については、こちらで確認していただけますと幸いです。

3 逆統合型の学校「ヴィヴァイオ中学校」

 今回調査したヴィヴァイオ中学校(Scuola Media Statale per Ciechi “VIVAIO”)は、ミラノ盲人協会(Istituto dei Ciechi di Milano)の一角にあり、1939年に協会附属の専門学校としてスタートし、1962年から義務教育段階の盲学校として運営されていました。そして、制度改革で1975年に逆統合型の学校として存続することを選択したのでした。一般の中学校(scuola media statale)として機能しつつ、視覚障害教育の機能をも保持し続けている逆統合型の学校という特色を有しています。
 インクルーシブ教育と言うと、通常の学校に障害がある子どもが入るという形態が一般的です。しかし、この中学校は、かつての「盲学校」としての機能を保持しつつ、そこにいわゆる健常の生徒を入学させることで、インクルーシブ教育を実現しているのです。「逆統合型」と称する由縁です。現在では、視覚に障害がある生徒だけでなく、他の障害があると認定されたり、明確に障害があるとは言えないものの特別な支援が必要(SEN,イタリア語ではBES〈Bisogni Educativi Speciali〉)とされたりする生徒も多数受け入れています。日本でもこうした形態が提案されたことはありますが、正規の手続きを経て実現した例は寡聞にして聞いたことがありません。
 イタリアの盲学校や聾学校は、1970年代のインクルーシブ教育への転換で廃止対象となりましたが、それらの学校は次のような形態をとって生き残りを図りました。

学校としての機能を廃し、障害児の支援センター等に業態を変えて存続。
一般の小学校、中学校となって存続。
教育省(文部科学省)の特別な認可を得て、インクルーシブ教育の理念を活かしつつ特別学校としての機能を残しつつ通常の小学校あるいは中学校に転換して存続。

 この学校は、③の形態をとったということになります。こうした学校の取り組みは、インクルーシブ教育の推進のために必要な課題や配慮点を明らかにするための実験的な役割も果たしていたようです。

4 ヴィヴァイオ中学校の概要

 筆者は、これまでにもこの中学校の取り組みを調査してきましたが、今回の調査では、これまでの調査内容を補強する情報が得られ、直近の実態を把握することができました。詳細については、研究成果報告としてまとめることになりますが、その要点を以下に記します。

在籍生徒について
  • 全校生徒240人。1学年の生徒定数は80名、各学年3クラス+1クラスの計10クラス。+1クラスは、パンデミックの影響を軽減するためにクラスを増設したもの。学級定数を減じることで、手厚い支援が可能となった。ヴィヴァイオ中学校は国立学校(イタリアの公立学校の多くは国立)ですが、イタリアで、こうした対応については学校の裁量が認められている。
  • 障害があると認定されている生徒は、全校で46人。1学級に4~5人在籍している。
  • 障害種では、視覚障害の生徒が相対的に多いが、様々な障害のある生徒も在籍している。
  • 障害があるとは言えないが特別な支援を必要とする学習障害等の生徒も各学級2~3人在籍している。
  • 他の中学校と比較すると、およそ5倍近い人数の障害やニーズのある生徒が在籍している。
スタッフについて
  • 教師は全体で70人ほど。視覚障害のある教員も勤務している。うち28人が支援教師。支援教師は、学級の中で障害がある生徒の指導を担当している点で、日本の特別支援学級担当の教師の機能を果たしているが、学級担任と共に学級の運営にも責任を有しているところが日本の制度と大きく異なっている。
  • 教員の他にアシスタントも配置されている。これは日本の特別支援教育支援員の役割に相当する職種であるが、日本と異なっているのは、正規の学校職員として位置づけられている点。この指導員には、2種類ある。「自立(自律)及びコミュニケーションアシスタント」及び「エデュカトーレ」と言われる指導員である。障害の重い生徒の生活面や行動面の支援を担当するのが「自立(自律)及びコミュニケーションアシスタント」。心理面での支援を担当するのが「エデュカトーレ」。この学校には20名いる。
授業等について
  • 授業時間は一コマ50分で、週41時間。一般の中学校よりも授業時間数が多くなっている。一般の中学校は午前中の授業で30時間前後であるのに対し、この中学校は午後も授業があり、週4日は午後3時50終了、1日は4時40分終了となっている。
  • この学校では、イタリアの学習指導要領にあたる規定に盛り込まれている中学校で教えなければならない教科(イタリア語、数学、理科、歴史 イタリア史、英語等)に加えて、「演劇」「美術」「音楽」などのアート系や「体育」などの科目を重視している。体育では視覚障害がある生徒の「歩行指導」も扱われている。
  • 「演劇」「美術」「音楽」を重視した学習活動が展開されている。とくに、音楽では器楽の指導にも力を入れており12名の担当者が個別指導にあたっている。

数学の授業の一コマ。電子黒板、通常の黒板、弱視者用のブラックライト黒板が活用されていた。視覚に障害があるが生徒全盲の教師から点字や触図による図形の指導を受けている一場面(視覚障害教育の機能を有していることがわかる)

インクルーシブ対応について
  • インクルーシブ教育への対応として、障害があったり特別な支援が必要とされたりする生徒のための日常生活訓練や触覚活用等の指導が1年時に週1時間設けられていて、クラスの半分程度の生徒がこの授業を受講している。
  • 障害があると認定された生徒は「個別指導計画」が作成され、その計画に基づいて指導が展開される。
  • 授業は、クラス単位での集団指導、グループ別の小集団指導、教室内での個別指導、教室外での取り出し指導など、指導内容や生徒の実態に応じて様々な形態で行われている。
「障害のない」生徒にとっての意義
  • 障害の有無にかかわらず、一人一人の生徒に応じたきめ細やかな対応がなされているところが保護者や生徒に評価されている(*5)
  • アートに特化したカリキュラムは、「障害がない」とされる生徒にとっても魅力があり、入学希望者が多い。

5 まとめ

 これまでイタリアのフルインクルーシブ教育については、日本国内で評価が大きく分かれていました。インクルーシブ教育の推進グループは高く評価し、他方、イタリアの進め方は適切ではないと批判的な見方をしている行政担当者や研究者も少なくありませんでした(*6)
 確かにイタリアのインクルーシブ教育への転換期には、混乱が生じました。そうした困難を経ながらも、ぶれることなくインクルーシブ教育が推進され現在に至っています。日本でも「障害者の権利に関する条約」を批准して以降、イタリアの制度への注目度が高まってきているように受け止めています。
 パンデミックの落ち着きを待って、数年ぶりのイタリア訪問となり、ヴィヴァイオ中学校を訪れるのは8年ぶりということになります。今回は校内をじっくり案内していただくことができました。改めて、「逆統合型」の学校が、フルインクルーシブ教育体制下で特別支援学校の機能を補完する役割を果たしていることを実感し、日本でもその気になれば十分対応できる可能性がある仕組みだと受け止めました。
 インクルーシブ教育を推進していくためには、新たな仕組みを創設していくという視点が不可欠です。教育を取り巻く状況が大きく異なるために、単純に比較することはできないのですが、「共生社会」の実現を目指すという観点からは、イタリアの取り組みには学ぶことが少なからずあるように思われます。取り組みや時間軸の一部をとらえてそこだけを強調するのではなく、取り組みの一つ一つを吟味して参考になるところは大いに学ぶという姿勢が大事なのではないでしょうか。
 今回の調査は、アートの領域でのインクルーシブな対応やアクセシビリティの状況を調査することが主眼でした。この学校でのインクルーシブなアート教育に関しても、授業参観や担当教師からの聞き取りを行いました。これらの詳細については、研究チームによる成果報告として取りまとめていくことになります。

*1:科学研究費基盤研究(B)「視覚障害及び同重複障害児者が主体的に学ぶインクルーシブ・メディアアート教材開発」、研究代表者:茂木一司(跡見学園女子大学)、研究課題/領域番号21H00855.
*2:文部科学省「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」(特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告)、平成24年7月
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1325884.htm
*3:文部科学省「通常の学級に在籍する障害のある児童生徒への支援の在り方に関する検討会議」報告、令和5年3月
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/181/toushin/mext_00004.html
*4:アントネッロ・ムーラ(著)、大内進(監修)、大内紀彦(翻訳)『イタリアのフルインクルーシブ教育――障害児の学校を無くした教育の歴史・課題・理念』、明石書店、2022/10/1
*5:青木千枝子、報告「イタリアのインクルーシブ教育の実際」

https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/hikaku/111206_inclusive_edu_aoki.html

*6:例えば、石田祥代・是永かな子・眞城知己編『インクルーシブな学校をつくる』(ミネルヴァ書房、2020)における眞城知己による第2章「インクルージョンの概念―学校との関連から―」28pの記述
http://www.sanagi.jp.net/files/books/inclusiveschool2.pdf(期間限定公開)

通常の学校に勤務する「障害がある教員」の姿を知る

 前回は、共生社会の形成という観点から「障害のある教員」の雇用について取り上げました。教育委員会における障害者雇用においては、長年にわたって法定雇用率を満たしていない実態が明らかになり、そのことを契機として学校教育の場に障害者の採用をより増やしていく方針が文部科学省の施策に盛り込まれてきていることを紹介しました。このことは、共生社会の実現という観点からも大変望ましいことだといえます。しかし、現実には障害がある人が教育職員、とくに通常の小学校、中学校、高等学校の教員として働く際には、容易には解決できない難題が待ち受けており、合理的配慮への対応も含めて、障害がある人が働きやすい環境を整えていくことが急務であることもお伝えしました。
 そうした厳しい状況にありながら、数は少ないものの、「障害がある教員」が確実に通常の学校で働いています。そこで、今回は、出版物やテレビ放送等を通して実際に紹介されている二つのケースから、障害がある人が働いている学校での授業の工夫や同僚の配慮、課題などについて具体的に考えてみたいと思います。

1 新井淑則さん

 最初は「全盲先生、泣いて笑っていっぱい生きる」(*1)の著者でもある新井淑則さんを取り上げます。新井さんについてはマスコミでもたびたび取り上げられていますので、ご存じの方も多いのではないかと思います。2016年8月には、新井さんの体験をもとに制作された『盲目のヨシノリ先生〜光を失って心が見えた〜』というドラマも日本テレビで放送されています(*2)
 新井さんは、1985年に埼玉県の中学校の国語科教諭になり、1989年に右目、数年後に左眼の網膜剥離を起こし、ほぼ全盲状態になってしまいました。休職、養護学校教員などの過程を経て、2008年に普通中学校の教諭に復職が叶い、昨年3月に定年を迎えられました。
 通常の学校の教員が中途視覚障害者となった場合、現状では、多くの自治体において元の学校の教員として復帰するのは甚だ難しい状況にあります。新井さんの場合も、リハビリテーションのトレーニングを経て教員としての復帰を果たしますが、新井さんが望んでいた元の中学校への復帰は叶わず、県立養護学校(特別支援学校)への異動となりました。これが、日本の教育行政のこれまでの一般的な対応で、通常の中学校への異動が叶わなかったことについては違和感を覚えないという方も少なくないのではないかと推察されます。
 詳細については、新井さんの著書等で確認していただきたいのですが、その後も教育委員会は新井さんが希望する中学校への復帰をなかなか認めませんでした。それが、2005年に地元の長瀞町の町長との出会いがあって、状況は大きく動きます。町長自らがトップダウンで中学校復帰への橋渡しをしてくれたのです。このことによって、2008年に埼玉県秩父郡長瀞町立長瀞中学校に赴任することができました。復職を希望してから10年かかって、中学校の現場に復帰することができたということになります。
 復帰した中学校では、全盲の教員が授業を遂行するために様々な工夫や配慮をすることで、国語の教師としての任を全うできるよう支援したということです。具体的には次のようなことなどが挙げられます。

授業は教員が二人一組となりチームで対応し、必要に応じて役割を分担してパートナーの教員や朗読ボランティアがサポートする。
ICレコーダーや点字教科書、録音教材、音声パソコンなど様々な機器の活用を図り、指導の工夫をする。
授業の進め方についてもパートナーの教員達と日々改善策を検討する。

 こうした対応により、新井さんと新井さんの勤務する学校は「目が見えなくても授業はできる」ことを証明してくれました。さらに、失明してから実に22年を経て、念願のクラス担任を受け持つことができるようにもなりました。そして、新井さんは昨年(2022年)3月に定年を迎えました。新井さんと、卒業する3年生たちの最後の数か月の様子は、「デクノボー魂~全盲の中学教師 最後の授業~」としてまとめられ、NHKテレビの「ハートネット」という番組で放送されています(*3)。その番組で紹介された、卒業する生徒から贈られた録音メッセージには、ありのままの姿を見せて接していた新井さんへの思いが語られていました(*4)

「先生が授業中にみんなのところに回ってきてくれて、たくさん話せたので良かったです。」
「よしのり先生がいなかったら不登校になってたかもしれません。」
「つらいことがあっても、何でも乗り越えられるんだろうなって思いました。」
「よしのり先生と出会って将来の夢も決まりました。」
「帰り道、進路の話とか聞いてくれたことを覚えてますか? 楽しかったです。」

2 大前雅司さんの例

 次に取り上げるのは、15年前に教員として採用され、和歌山県橋本市の一般の中学校で教壇に立っている大前雅司さんの例です。大前さんも全盲です。大前さんの中学校の教師としての姿も、NHKテレビの「ハートネット」という番組で紹介されました(*5)
 また、大前さんは、視覚に障害のある教師の集まりである「全国視覚障害教師の会」の副代表も務め、後進の指導に当たられています(*6)
 その番組から、大前さんが授業でおこなってきた工夫、同僚のサポート、生徒たちの声などを確認しておきたいと思います。

教材の準備について、赴任当初は点字の教材がなく、教科書、資料集、問題集などの内容の把握は点訳ボランティアや朗読ボランティアの力を借りて行ったために時間がかかり、授業は自転車操業のようで大変苦労した。しかし、現在は生徒全員がタブレットを活用して、大前さんが作成した資料やデータなどを確認してスムーズに授業を進めることができるようになっている。
授業の工夫について、生徒は視覚を活用していることから、大きなモニターに様々な視覚教材を見せることで見て分かりやすい授業を心掛けている。社会科の授業で使う地図は特別に拡大印刷したものに凸の輪郭線を同僚に書いてもらい、それに点字シールを付けて使用している。
授業は、大前さんのほかにもう1人の教員が教室に入ってチームで行う。授業の展開、進行はすべて大前さんが担い、サポートの教師は、プリントの誤字脱字やレイアウトの確認など、挙手をした生徒の指名など目での確認が必要なときのフォロー等を担当する。

 こうした工夫を凝らすことによって、大前さんの授業は生徒たちからも好評であることが番組から伝わってきました。
 また、大前さんの勤務する学校では、動線の妨げにならないように身の回りの整理整頓を心がけるなど、同僚にも良い影響を及ぼしているということでした。
 生徒たちにも大前さんの思いは届いているようで、番組では次のような生徒の声が紹介されていました。

「先生は目が見えないので、席の順番とかがちょっとわからないときもあるし、不自由だなと思うときもあるけど、支障は出てないし、あんまり気にしてない。親しみやすくて、いつも授業が楽しい。」
「ちゃんと『大前先生』と言ってから、何か言うようにしています。みんなのことを考えて、楽しい授業をしようと一生懸命やっているのがすごく伝わって、そういうところがすごく面白い。」

まとめ

 通常の学校で働いている「障害がある教員」の例として、すでに出版物やテレビ放送等を通して実際に紹介されている二つの事例を示しました。
 今回紹介した事例から、教材の準備を周到に行う、指導法を工夫する、サポートをする教員などと共にチームで対応する、などの工夫や配慮により、障害がある教員であっても、通常の中学校でスムーズに授業を進めることが可能であることが示されました。今回の事例は、教育委員会の対応や学校長の理解など、恵まれたケースではあるかもしれませんが、こうした好事例が広まっていくことが期待されます。
 また、紹介した二事例からは、学校という空間の中で、障害のある教員がありのままの姿で生徒と自然に接していくことによって、障害のある者とない者が支え合っていく社会、いわゆる共生社会の形成につながり、日々苦労が絶えないことも多いものの、生徒にも教員にもプラスに働いていることが読み取れたのではないかと思います。
 しかし、「障害がある教員には通常の小学校や中学校の勤務は無理、本人の健康面などへの負荷という点からも望ましくない」という考え方は、強く残っています。小中学校の教員になれたものの、担任に就かせてもらえないといった声も聴かれます。共生社会の実現を目指したインクルーシブ教育の推進ばかりでなく、障害者雇用という観点からも障害がある教員の採用促進が要請されています。そのためには壁をつくるのではなく、今回紹介した事例のように壁をなくしていく方向に向かうグッドプラクティスは大いに参考になるのではないかと思います。

*1:『全盲先生、泣いて笑っていっぱい生きる』
マガジンハウス社刊(2009)
*2:「盲目のヨシノリ先生〜光を失って心が見えた〜」
https://www.ntv.co.jp/24h/drama2016/
*3:「デクノボー魂~全盲の中学教師 最後の授業~」
2022年5月10日、NHKテレビ「ハートネット」で放送。

https://www.nhk.or.jp/heart-net/program/heart-net/2060/
*4:「全盲の中学教師 最後の授業で伝えたこと」
「デクノボー魂~全盲の中学教師 最後の授業~」の番組を基にまとめられた記事。(記事公開日:2022年06月10日)

https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/653/
*5:NHK福祉情報サイトハートネット
「全盲の教師が教壇から伝えたいこと」(記事公開日:2023年01月13日)

https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/740/
ハートネットメニュー

*6:「全国視覚障害教師の会」
http://jvt.lolipop.jp/
一般の小学校、中学校、特別支援学校、盲学校などに勤務する視覚に障害がある教員で構成されている団体。メンバーは100名程度で、お互いの悩みや仕事の課題などを相談したり、便利な教材やIT機器などの情報を共有したりしている。

障害がある教育職員の雇用と共生社会の形成

 共生社会とは、「これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。それは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。このような社会を目指すことは、我が国において最も積極的に取り組むべき重要な課題である。」文部科学省特別支援教育の在り方に関する特別委員会による報告「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」にはこのように記されています(*1)
 これまで、本欄では、学齢段階の幼児児童生徒の観点から「基本的な方向性としては、障害のある子どもと障害のない子どもが、できるだけ同じ場で共に学ぶことを目指す」ことを主眼に置いた「共生社会」の実現について話題にしてきました。しかし、学校もまた小さな社会であることからすると、「障害者の権利に関する条約」で求めている障害のある人とない人が共に生きる社会を実現していくためには、子どもだけでなく学校で働く人々も含めて学校の在り方を考えていく必要があります。そこで、今回は、障害がある教職員の実態について探ってみたいと思います。

障害者雇用制度と法定雇用率

 障害者の雇用に関しては、「障害者雇用制度」が定められています。これは、民間企業や国・地方公共団体に一定以上割合で障害者を雇用するように義務づけた制度のことです。この制度によって、企業や国・地方公共団体には法定雇用率(障害者雇用率)の達成が義務付けられています。平成30年には、国や地方公共団体における法定雇用率の水増し問題が大きく報道されました。教育委員会を含めて地方自治体等の公的機関において、障害者手帳の交付に至らないなど障害者に該当しない者を障害者として雇用し、障害者の雇用率が水増しされていた問題です。これは、雇用の問題であると同時に共生社会の形成に向けた取組に対しても水を差すものでした。

教育委員会における障害者雇用に関する実態調査から

 文部科学省では、この水増し問題の直後の令和元年に「教育委員会における障害者雇用に関する実態調査」を実施しています(*2)。平成31年4月に公表された「教育委員会における障害者雇用推進プラン」に基づいて、都道府県・指定都市教育委員会を対象に、障害者雇用の実態把握やその課題の洗い出しを行うとともに、取組事例の展開等を通じて各教育委員会における障害者雇用の取組を促進することを目的として取り組まれたものです。
 この調査から、令和元年6月1日現在の都道府県教育委員会における障害者雇用の状況について、実雇用率が教育職員の事務職員の全体で1.87%と、法定雇用率を満たしていないことが明らかになりました。職種別に見ると、事務職員の実雇用率が7.39%に達しているのに対して、教育職員の実雇用率は1.27%にすぎませんでした。職員の構成比はほぼ1:9になっていますので、障害がある教育職員がいかに少ないかがわかります(表1)。さまざまな理由が考えられますが、事実として、共生社会の実現を抱えて取り組んでいる学校の職員の雇用率が、2.4%の法定雇用率を満たしていなかったということになります。

教育職員

事務職員

全体

対象職員数の構成比

90.20%

9.70%

実雇用率

1.27%

7.39%

1.87%

表1 職種別の雇用状況(*2より)

 表2は、学校種等別の雇用状況を示しています。障害がある教職員の雇用率は、当然のことながら、教育職員については、特別支援学校が最も高く、中学校、小学校は1%以下となっていました。事務職員についても小学校、中学校では雇用率が低くなっている傾向が認められました。

教員職員の実雇用率

事務職員の実雇用率

教育委員会事務局

5.47%

小学校

0.69%

4.05%

中学校

1.00%

3.92%

高等学校

1.33%

11.49%

特別支援学校

4.23%

15.17%

その他

0.60%

6.45%

全体

1.27%

7.39%

表2 学校種等別の雇用状況(*2より)

 都道府県ごとの状況も公開されていて、図1に示したようになっていました。どの自治体も教育職員については、軒並み2%以下になっていることがわかります。

図1 職種別の実雇用率(*2より)

 このように、この調査が実施された令和元年において、教育委員会関連では法定雇用率が達成されていませんでした。こうした状況は長年にわたって続いていたわけですが、こうした障害者が教員になることを阻む要因については、社会構造や学校教育特有の文化等に起因するところがあるのかもしれません。共生社会の実現を目指してインクルーシブ教育の理念を実現していくためには、教職員の雇用の拡大や合理的配慮への対応も含めてドラスティックに捉えなおしていく必要があるのかもしれません。

近年における障害者雇用の動向

文部科学省「障害者雇用推進プラン」

 文部科学省では、共生社会の実現に向けた取組を加速し、より積極的に障害者の活躍の場の拡大を図るため、平成31年1月に文部科学副大臣のもとに省内の関係課で構成される「障害者活躍推進チーム」を設置しています。そして、同年4月に学校教育、生涯学習、スポーツ、文化芸術の各分野において、より重点的に進めるべき6つの政策プランを示しました。その中の6番目として、「障害のある人が教師等として活躍することを推進する~教育委員会における障害者雇用推進プラン~」という施策が盛り込まれています。概要には次のように記されています(*3)

6 「教師の養成、採用、入職後にわたる総合的な取組により、障害者が教師等として活躍できる環境整備を推進。
❶教師に係る障害者雇用の実態把握
❷教職課程における障害のある学生の支援に係る好事例の収集・発信
❸教員採用試験の改善
❹相談支援体制の構築や支援スタッフの配置などの好事例の収集・発信
❺障害のある教師が働きやすい環境整備
❻教師以外の職員の障害者雇用の推進

厚生労働省「新たな障害者雇用率の設定」

 ホットな情報として、厚生労働省が令和5年1月18日に、企業等が雇用すべき障害者の割合(障害者雇用率)を現行の2.3%から2.7%に引き上げることを決めたことが報じられています。令和6年度から段階的に引き上げ、令和8年度に2.7%とするということです。企業の障害者雇用率引き上げに合わせ、国と地方公共団体、教育委員会もそれぞれ雇用率を段階的に引き上げ、令和8年7月以降の雇用率は国と地方公共団体が3.0%、教育委員会は2.9%とするということです(*4)

まとめ

 本稿では、文部科学省の調査から、教育委員会における障害者雇用において、法定雇用率を満たしていない実態が明らかになったこと、そのことや社会の動きを踏まえて、学校教育の場における障害者の採用をより増やしていくことが施策として示されるようになってきていることを紹介しました。このことは、障害者雇用の観点からだけでなく、共生社会の形成という観点から大変望ましいことだと言えます。しかし、障害がある人が教育職員、とくに小学校、中学校、高等学校の教育職員として働く際には、さまざまな壁や容易には解決できない難題、課題が待ち受けているのが現実です。単に法定雇用率の充足ということだけでなく、合理的配慮への対応も含めて、障害がある人が働きやすい環境を整えていくことや学校等で学んでいる幼児児童生徒にとってもプラスになるように学校等の在り方の見直しを進めていくことが求められているように思います。そうしたプロセスを丁寧にたどっていくことにより、法定雇用率も満たされ、障害の有無にかかわらず教育職員にとって働きやすい職場へと変貌し、共生社会の形成へと進んでいくことが期待できるのではないでしょうか。

*1:文部科学省 特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/houkoku/1321667.htm
*2:文部科学省 「教育委員会における障害者雇用に関する実態調査」
https://www.mext.go.jp/content/20210326-mxt_kyoikujinzai01-000011998-1.pdf
*3:「文部科学省 障害者活躍推進プラン」概要
https://www.mext.go.jp/content/20200731-mxt_kyousei02-000010642_2.pdf
*4:令和5年度からの障害者雇用率の設定等について
https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/001039344.pdf

「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の実態調査」から

 この12月13日に、文部科学省から「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の実態調査」の調査結果が公にされました。「通常の学級に在籍する児童生徒の8.8%に発達障害の可能性がある」という内容の記事が、新聞などでも広く報道されました(*1)
 この調査は、今後の施策の在り方等の検討の基礎資料とするために、「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒」の実態と支援の状況を明らかにするために初等中等教育局特別支援教育課によって調査されたものです(*2)
 同様の調査は平成24(2012)年にも実施されています。その時の結果は6.5%でした。単純に比較することはできませんが、10年間で2.3ポイントほど上昇したということになります。
 この間、発達障害者支援法の改正(2016)、高等学校における通級による指導の制度化(2018)、平成29(2017)・30(2018)年に小・中・高等学校学習指導要領における特別支援教育に関する記述の充実などの発達障害を含め障害のある児童生徒をめぐる様々な施策等の変化もありました。
 今回はこの概要を紹介するとともに、調査が意味することについて考えてみたいと思います。

調査の概要

調査方法

 文部科学省発表の資料によると調査の方法は、以下のとおりです。
 この調査は令和4年1月から2月にかけて実施されています。母集団は、全国の公立の小・中・高等学校の通常の学級に在籍する児童生徒で、対象児童生徒数88,516人(小学校:35,963人、中学校:17,988人、高等学校:34,565人)で、そのうちの74,919人について回答(回収率84.6%)が得られました。
 回答は、調査対象の学級担任等が記入し、特別支援教育コーディネーター、教頭(副校長)のいずれかによる確認の後、校長の了解の下で為されたということです。従って、「本調査の結果は、発達障害のある児童生徒数の割合を示すものではなく、特別な教育的支援を必要とする児童生徒数の割合を示すものである」(*2)ということに留意する必要があります。

調査内容

 調査内容は、「Ⅰ.児童生徒の困難の状況」と「Ⅱ.児童生徒の受けている支援の状況」の二つの観点から整理されていますが、今回は「Ⅰ.」の状況についてのみ紹介します。
 なお、この調査の「児童生徒の困難の状況」については、「学級担任等による回答に基づくもので、発達障害の専門家チームによる判断や医師による診断によるものではない。従って、本調査の結果は、発達障害のある児童生徒数の割合を示すものではなく、特別な教育的支援を必要とする児童生徒数の割合を示すものであるということと、平成14年調査、平成24年調査と対象地域や一部質問項目等が異なるため、単純比較することはできないこと」という留意事項が付記されています(*2)

調査結果の概要

 学習面又は行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒数の割合が、平成24年に行った調査においては推定値6.5%でしたが、今回の調査では、図1に示しているとおり、小学校・中学校においては推定値8.8%で、単純に比較することはできませんが、平成14(2002)年6.3%、 平成24(2012)年6.5%、令和4(2022)年8.8%と増えてきていることが認められます。なお、今回初めて調査した高等学校(公立の全日制又は定時制に在籍する1~3年次のみを対象)においては推定値2.2%だったということです。小学校及び中学校について、学年別に集計した結果は図1及び図2のようになります。

図1 小学校における「学習面、各行動面で著しい困難を示す」とされた児童生徒(グラフは筆者作成)

図2 中学校における「学習面、各行動面で著しい困難を示す」とされた児童生徒(グラフは筆者作成)

調査結果から

 この結果については、会議の座長であった宮崎英憲氏は、「増加の理由を特定することは困難であるが、通常の学級の担任を含む教師や保護者の特別支援教育に関する理解が進み、今まで見過ごされてきた困難のある子供たちにより目を向けるようになったことが一つの理由として考えられる。そのほか、子供たちの生活習慣や取り巻く環境の変化により、普段から1日1時間以上テレビゲームをする児童生徒数の割合が増加傾向にあることや新聞を読んでいる児童生徒数の割合が減少傾向にあることなど言葉や文字に触れる機会が減少していること、インターネットやスマートフォンが身近になったことなど対面での会話が減少傾向にあることや体験活動の減少などの影響も可能性として考えられる。」と考察しています(*2)

海外の状況

 「学習面、各行動面で著しい困難を示す」児童生徒の増加傾向は、海外でも広く認められます。ここでは、データが入手できたフィンランドと英国(イングランド)の状況を紹介しておきたいと思います。

フィンランド

 フィンランドでは、小学校6年間と中学校3年間が一貫した総合学校で義務教育が施されていますが、障害等があると認定された児童生徒だけではなく、全ての児童生徒に合理的配慮が受けられる前提で学校教育が展開されています。そこには3段階の支援体制が設けられています。General support(一般的な支援)は全ての子どもが持っている権利で、Intensified support(強化された支援)になるとより丁寧で長期的な支援が提供され、Special support(特別な支援)では保護者や児童生徒を交えて個別の教育計画が作成され、一層充実した支援を受けることができます。
 図3は、フィンランドの2000年から2020年までのすべての総合学校(小・中学校)の児童生徒のうち、特別な支援を受けた児童生徒及び強化された支援を受けた児童生徒の割合を示したものです(*3)。これらのデータは、フィンランド統計局の教育統計に基づいています。2011年から特別なニーズのある(強化の対象となる)児童生徒への対応が開始され、その割合が年々増加していることがわかります。2020年を見ると、総合学校の児童生徒の9.0%(51,100人)が特別支援を受け、12.2%(69,300人)が強化の対象となっています。よりインクルーシブな支援体制の下で、総合学校の生徒の21.3%、約5人に一人が強化または特別支援を受けているということになります。

図3 フィンランドの総合学校における特別な支援及び支援(強化)の対象となる児童生徒の割合の推移

英国(イングランド)

 図4は、英国(イングランド)における2007年から2020年までの特別な教育を必要とする生徒(SEN)数の推移を示したものです(*4)。近年連続で増加傾向にあり、2020年1月にはその対象が137万人になったということです。なお、グラフでは、ピークが2010年ごろになっていますが、これについては、2010年以前は過剰診断されていた可能性があり、それが見直された結果として減少傾向をたどることになったこと、2014年に特別な支援の在り方が改革されたことなどに起因していると分析されています。この数年の着実な増加は、子どもたちが適切に再評価され、システムが追いついたことを示していると捉えられています。いずれにしても、特別な支援を定めた文書(ステートメント)にもとづいて支援されている児童生徒の数(SEN with a statement)の数は3.3%前後で変動幅が小さいのに対して、支援が必要とされている児童生徒の数は、変動が激しく、近年再び増加傾向にあるということが読み取れます。

図4 英国(イングランド)における特別なニーズのある児童生徒の割合の推移

 ここでは2か国を例示しましたが、「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒」の増加傾向は日本だけの傾向ではないことが理解できます。フィンランドでは、移民の問題などもあり、全ての子どもに特別支援の視点に支援体制を築く、学級規模を小さくする、担任を複数制にするなど、通常の学級のしくみの見直しもなされています。当然、通常の教育にかかる教育予算も増やされています。
 英国(イングランド)については、「学び!と共生社会<Vol.23>」でもすでに紹介しましたが、ティ-チングアシスタント(TA)の導入、ナショナルカリキュラムの工夫、コーディネーターの配置と専門性の質の向上など、通常の学級の改善が進められてきています。

まとめ

 今回の文部科学省による実態調査は、通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の実態と支援の状況を明らかにし、今後の施策の在り方等の検討の基礎資料とするために実施されたものです。その結果、「知的発達に遅れはないものの学習面又は行動面で著しい困難を示す」児童生徒は増大傾向にあり、一学級に35人在籍していると仮定すると、通常の学級にニーズのある児童生徒が約3人在籍しているということが示されました。こうした状況に対応するためには、管理職のリーダーシップや担当する教員の専門性の向上や努力だけではなく、抜本的な対応を講じていく必要もありそうです。今後、この調査結果が多方面から検討され、適切な対応策が示されていくことが期待されます。

*1:主な新聞記事
読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20221213-OYT1T50101/
朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/DA3S15501395.html
毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20221213/k00/00m/040/018000c
日経新聞
https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20221213-OYT1T50101/
*2:文部科学省:通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について
https://www.mext.go.jp/content/20221208-mext-tokubetu01-000026255_01.pdf
*3:Intensified or special support for every fifth comprehensive school pupil
https://www.stat.fi/til/erop/2020/erop_2020_2021-06-08_tie_001_en.html
*4:Department Education: Special educational needs and disability : an analysis and summary of data sources
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1082518/Special_educational_needs_publication_June_2022.pdf